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事件 |
平成
24年
(ワ)
2303号
ドメイン名使用差止請求権不存在確認請求事件
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裁判所のデータが存在しません。 | |
裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2013/02/13 |
権利種別 | 商標権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
判例全文 | |
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判例全文
平 成25年2月13日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 平成24年(ワ)第2303号 ドメイン名使用差止請求権不存在確認請求事件 口頭弁論終結日 平成24年11月21日 判 決 東京都目黒区<以下略> 原 告 日本ユナイテッド・ システムズ株式会社 東京都品川区<以下略> 被 告 シティバンク銀行株式会社 同訴訟代理人弁護士 高 松 薫 同 奥 原 力 也 主 文 1 本件訴えを却下する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事 実 及 び 理 由 第1 請求 被告には,商標第1447343号,商標第3176413号,商標第32 21808号,商標第4469518号,商標第4802712号及び商標第 4910939号の本件各商標による,ドメイン名citibank.jpに対する商標 法上の使用差止請求権については,本件各商標登録時から短くとも平成24年 1月25日の現在に至ってもなお,使用差止請求権は存在していないことを確 認する。 第2 事案の概要 本件は,ドメイン名「CITIBANK.JP」 (以下「本件ドメイン名」という。) を株式会社日本レジストリサービス (以下「JPRS」という。) に登録して いる原告が,被告の申立てに係るJPドメイン名紛争処理手続において,日本 1 知 的財産仲裁センター紛争処理パネルが本件ドメイン名の登録を被告に移転せ よとする裁定 (以下「本件裁定」という。) をしたため,被告に対し,別紙1 記載の各商標権 (以下,併せて「本件各商標」という。) に基づく本件ドメイ ン名の使用差止請求権の不存在確認を求めた事案である。 1 前提事実(証拠等を掲記した事実以外は当事者間に争いがない。) (1) 原告 原告は,平成13年3月26日,登録者名を「moving.citibank.jp」とし て,本件ドメイン名を登録した会社である。 (甲1) (2) 被告 被告は,米国法人Citibank, N.A.(以下「米国シティバンク」という。) のグループ会社であり,米国シティバンク日本支店の銀行業務に係る事業を 譲り受け,平成19年7月以降,当該業務を行うほか,米国シティバンクの 外国銀行としての日本における業務を代理している。なお,米国シティバン クに係る商業登記簿(外国会社登記簿)は,平成21年8月,すべての日本 における代表者退任を事由として閉鎖された。 (甲2,7の5,乙1,3) (3) 本件各商標 米国シティバンクは,本件各商標のうち,商標登録第1447343号, 商標登録第3176413号,商標登録第3221808号,商標登録第4 802712号及び商標登録第4910939号の商標権を有している。ま た,米国シティバンクは,本件各商標のうち,商標登録第4469518号 を有していたが,当該商標権は,平成23年4月20日存続期間満了を原因 として,同年12月28日登録が抹消された。 (4) JPドメイン名の登録事業 ア JPRSは,平成14年4月,社団法人日本ネットワークインフォメー 2 シ ョンサービスセンター (以下「JPNIC」という。) からJPドメイ ン名(トップレベルドメインが「.jp」のドメイン名を指す。)の登録事 業を移管され,当該事業を行っている。なお,JPドメイン名紛争処理に 関する規則制定の権限は,JPドメイン名事業移管契約によって,JPN ICに残されている。 JPドメイン名の登録申請は指定事業者を通じて行われるが,登録され たドメイン名に関わる契約関係は,登録者と指定事業者との間ではなく, 登録者とJPRSとの間に生じる。 (以上につき甲4,乙8の2) イ JPNICは,平成12年10月,「汎用JPドメイン名登録等に関す る規則」 (以下「本件登録規則」という。) を定め,その後本件登録規則 はJPRSに引き継がれた(汎用JPドメイン名とは,JPドメイン名の うち,セカンドレベルドメインに任意の文字列を登録できるものをいい, 本件ドメイン名も汎用JPドメイン名に当たる。)。 本件登録規則は,登録者とJPRSとの間の登録契約関係を規律するも のということができる。そして,後に述べる本件紛争処理方針と本件手続 規則も,本件登録規則と一体のものとして,原告とJPRSとの間のドメ イン名登録に関する登録契約関係を規律するものということができる。 本件登録規則は,別紙2のとおりであり,JPドメイン名紛争処理手続 に関連する規定は以下のとおりである。 「第25条の2(紛争処理方針の裁定等による汎用JPドメイン名の移転 登録) JPNICが認定する紛争処理機関(以下「認定紛争処理機関」とい う)で移転の裁定があり,当社がその裁定結果を受領してから10営業日 (当社の営業日をいう)以内に,登録者から,紛争処理方針(注記:後記 の本件紛争処理方針を指す。)第4条k項に定める文書の提出がされない 3 場 合,当社は,その裁定にしたがって,当社所定の方法による汎用JPド メイン名の移転登録をする。この場合,前条第2項の規定は適用しない。 (2項以下略)」 「第29条(登録の取消) 下記各号の事由がある場合,当社は,汎用JPドメイン名の登録を取り 消すことができる。ただし,第4号および第6号の場合には,必ず取り消 さなければならないものとする。 (1〜5号略) (6)認定紛争処理機関にて取消の裁定があり,裁定結果の通知から10 日以内に,裁判所へ出訴したことの証明が登録者から提出されないとき」 「第37条(紛争処理) 登録者は,その登録にかかる汎用JPドメイン名について第三者との間 に紛争がある場合には,紛争処理方針に従った処理を行うことに同意し, 当社は認定紛争処理機関の裁定に従った処理を行う。」 (以上につき乙6の1,乙8の2,乙10) ウ JPNICは,平成12年7月,「JPドメイン名紛争処理方針」 (以 下「本件紛争処理方針」という。) 及び「JPドメイン名紛争処理方針の ための手続規則」 (以下「本件手続規則」という。) を定めた。本件紛争 処理方針は,本件登録規則その他の規則の参照により,それと一体になる ものであって,登録者が登録したドメイン名の登録と使用から発生する, 登録者と第三者との間のドメイン名に係わる紛争処理に関する規約を定め たものとされている。 本件紛争処理方針は,別紙3のとおりであり,その主要な規定は以下の とおりである。 「第1条 目的 この「JPドメイン名紛争処理方針」(以下「本方針」という)は,社 4 団 法人日本ネットワークインフォメーションセンター(以下「JPNI C」という)により採択されたものであり,株式会社日本レジストリサー ビス(以下「JPRS」という)にドメイン名の登録をした者(以下「登 録者」という)が従う登録規則(JPRSがJPドメイン名の登録等に適 用するとして定める規則群)からの参照により,それと一体になるもので あって,登録者が登録したドメイン名の登録と使用から発生する,登録者 と第三者との間のドメイン名に係わる紛争処理に関する規約を定めたもの である。本方針の第4条で定めるJPドメイン名紛争処理手続は,「JP ドメイン名紛争処理方針のための手続規則」(以下「手続規則」という), およびJPNICにより認定された紛争処理機関(以下「紛争処理機関」 という)が別途定める補則に従って,実施されるものとする。」 「第3条 ドメイン名登録の移転および取消 JPRSは,下記のいずれかに該当する場合には,当該ドメイン名登録 の移転または取消の手続を行う。 (a,b項略) c.JPNICが採択した本方針またはその改訂版に基づいて実施され, 登録者が当事者となっているJPドメイン名紛争処理手続において,紛争 処理機関におけるパネルが下したその旨の裁定を,JPRSが受領したと き(本方針第4条i項とk項を参照) (以下略)」 「第4条 JPドメイン名紛争処理手続 本条は,登録者が,このJPドメイン名紛争処理手続に応じなければな らない紛争を定めたものである。このJPドメイン名紛争処理手続は,J PNICのウェブサイトに列挙されている紛争処理機関のいずれか一つの 紛争処理機関により実施される。 a.適用対象となる紛争 5 第 三者(以下「申立人」という)から,手続規則に従って紛争処理機関 に対し,以下の申立があったときには,登録者はこのJPドメイン名紛争 処理手続に従うものとする。 (i)登録者のドメイン名が,申立人が権利または正当な利益を有する 商標その他表示と同一または混同を引き起こすほど類似していること (A)登録者が,当該ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有 していないこと (B)登録者の当該ドメイン名が,不正の目的で登録または使用されて いること このJPドメイン名紛争処理手続において,申立人はこれら三項目のす べてを立証しなければならない。 b.不正の目的で登録または使用していることの証明 紛争処理機関のパネルが,本条a項(B)号の事実の存否を認定するに 際し,特に以下のような事情がある場合には,当該ドメイン名の登録また は使用は,不正の目的であると認めなければならない。ただし,これらの 事情に限定されない。 (i)登録者が,申立人または申立人の競業者に対して,当該ドメイン 名に直接かかった金額(書面で確認できる金額)を超える対価を得るため に,当該ドメイン名を販売,貸与または移転することを主たる目的として, 当該ドメイン名を登録または取得しているとき (A)申立人が権利を有する商標その他表示をドメイン名として使用で きないように妨害するために,登録者が当該ドメイン名を登録し,当該登 録者がそのような妨害行為を複数回行っているとき (B)登録者が,競業者の事業を混乱させることを主たる目的として, 当該ドメイン名を登録しているとき (C)登録者が,商業上の利得を得る目的で,そのウェブサイトもしく 6 は その他のオンラインロケーション,またはそれらに登場する商品および サービスの出所,スポンサーシップ,取引提携関係,推奨関係などについ て誤認混同を生ぜしめることを意図して,インターネット上のユーザーを, そのウェブサイトまたはその他のオンラインロケーションに誘引するため に,当該ドメイン名を使用しているとき c.登録者がドメイン名に関係する権利または正当な利益を有している ことの証明 申立書を受領した登録者は,手続規則第5条を参照し,答弁書を紛争処 理機関に対して提出しなければならない。パネルが,申立人および登録者 の双方から提出されたすべての証拠を検討し,本条a項(A)号の事実の 存否を認定するに際し,特に以下のような事情がある場合には,登録者は 当該ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有していると認めなけ ればならない。ただし,これらの事情に限定されない。 (i)登録者が,当該ドメイン名に係わる紛争に関し,第三者または紛 争処理機関から通知を受ける前に,商品またはサービスの提供を正当な目 的をもって行うために,当該ドメイン名またはこれに対応する名称を使用 していたとき,または明らかにその使用の準備をしていたとき (A)登録者が,商標その他表示の登録等をしているか否かにかかわら ず,当該ドメイン名の名称で一般に認識されていたとき (B)登録者が,申立人の商標その他表示を利用して消費者の誤認を惹 き起こすことにより商業上の利得を得る意図,または,申立人の商標その 他表示の価値を毀損する意図を有することなく,当該ドメイン名を非商業 的目的に使用し,または公正に使用しているとき d.紛争処理機関の選択 申立人は,申立書を提出することにより,JPNICが認定した紛争処 理機関の中から一つの紛争処理機関を選択しなければならない。申立人に 7 よ り選択された当該紛争処理機関が,本条f項に規定する併合審理の場合 を除き,このJPドメイン名紛争処理手続を管理し,実施するものとする。 e.手続の開始とパネルの指名 手続の開始および実施の手順,ならびに紛争処理の裁定を下すパネルの 指名手続は,手続規則の定めによる。 (f〜h項略) i.救済 申立人がパネルに対して求めることのできる救済は,登録者のドメイン 名登録の取消請求または当該ドメイン名登録の申立人への移転請求に限ら れる。 (j項略) k.裁判所への出訴 いずれの当事者も,このJPドメイン名紛争処理手続の開始前,係属中 または終結後のいずれの段階においても,当該ドメイン名の登録に関して 裁判所に出訴することができる。本条に定めるいかなる要件も,本項によ る当事者の出訴を妨げるものではない。パネルが,登録者のドメイン名登 録の取消または移転の裁定を下した場合には,JPRSはパネルの裁定の 実施を,紛争処理機関からの裁定の通知後10日間(JPRSの本店の営 業日で計算)の間,保留する。もしこの10日間の間に,JPRSに対し, 登録者から申立人を被告として手続規則第3条(b)(?)に基づいて申 立人が合意している管轄裁判所に出訴したとの文書(裁判所受領印のある 訴状等)の正本の提出がなければ,JPRSはその裁定を実施する。(こ の合意裁判管轄は,東京地方裁判所またはJPRSのドメイン名登録原簿 に記載されている登録者の住所における管轄裁判所とする。手続規則第1 条および第3条(b)(?)を参照。)もしこの10日間の間に,登録者 から出訴したとの文書の正本の提出があったときには,JPRSはその裁 8 定 結果の実施を見送る。また,(i)公正証書による当事者間での和解契 約書の正本,(A)登録者が提訴した当該訴訟についての訴えの取下書お よび申立人の同意書の正本,または(B)当該訴訟を却下もしくは棄却す る,あるいは登録者は当該ドメイン名を継続して使用する権利がないとの 裁判所による確定判決またはそれと同一の効力を有する文書の正本を,申 立人または登録者からJPRSが受領するまで,JPRSはパネルの裁定 の実施に関わるいかなる手続も行わない。なお,上記の正本にかえ,写し を提出することができる。」 (以上につき乙6の1及び2) (5) JPドメイン名紛争処理手続 JPドメイン名紛争処理手続は,JPドメイン名の登録者と第三者との間 のドメイン名に係わる紛争を処理する手続であり,本件紛争処理方針,本件 手続規則等に従って処理される。申立人は,@登録者のドメイン名が,申立 人が権利又は正当な利益を有する商標その他表示と同一又は混同を引き起こ すほど類似していること,A登録者が,当該ドメイン名に関係する権利又は 正当な利益を有していないこと,B登録者の当該ドメイン名が,不正の目的 で登録又は使用されていることの3項目をすべて立証する必要があり(本件 紛争処理方針4条a項),その救済は登録者のドメイン名登録の取消請求又 は当該ドメイン名登録の申立人への移転請求に限られる(同条i項)。紛争 処理機関におけるパネルが登録者のドメイン名登録の取消又は移転の裁定を 下した場合には,JPRSは,登録者が裁定の通知後10日営業日以内に管 轄裁判所に出訴した場合を除いて,その裁定結果に基づいて,ドメイン名登 録の取消又は移転を行う(本件紛争処理方針3項c項,4条k項。本件登録 規則25条の2第1項,29条6号も参照)。 日本知的財産仲裁センターは,JPドメイン名紛争処理手続について,J PNICにより認定された紛争処理機関である。 9 ( 以上につき乙6の1及び2,乙7,8の1,乙9,10) (6) 本件裁定 被告は,平成23年10月28日,日本知的財産仲裁センターに対し,原 告を相手方として,本件ドメイン名の登録を被告に移転せよとの裁定を求め て,本件紛争処理方針に基づく申立てを行った。日本知的財産仲裁センター 紛争処理パネルは,平成24年1月18日,別紙4のとおり本件裁定を行い, そのころ原告及び被告に対して本件裁定が通知された。その後本件訴訟が提 起されたため,JPRSは,同月31日,本件紛争処理方針4条k項に基づ いて,本件裁定結果の実施を見送った。 (乙2の1〜4,乙3,5) (7) 原告と被告との関係 原告と被告との間には,本件訴訟提起以前において,本件裁定に係る申立 て以外に紛争はなかった。 2 争点 本件の争点は,@確認の利益の有無(本案前の争点),A本件裁定の正当性 (本件ドメイン名登録の移転義務の有無)である。 3 当事者の主張 (原告の主張) (1) 商標法上の使用差止請求権の不存在 ア 本件各商標の商標権者は米国シティバンクである。なお,商標第446 9518号は,平成23年4月20日にて商標存続期間満了により,同年 12月28日付けで登録は抹消されているが,その登録時から短くとも平 成24年1月25日の現在に至ってもなお,被告に「本件各商標の商標法 上の使用差止請求権は存在していない」ことを確認するため,本件にて取 り扱う。 イ 本件各商標は,その登録時から短くとも平成24年1月25日の現在に 10 至 ってもなお,専用使用権は1度も設定されたことがない。 ウ したがって,被告は,本件各商標の商標権者及び専用使用権者のどちら でもないことから,その登録時から短くとも平成24年1月25日の現在 に至ってもなお,本件各商標の商標法上の使用差止請求権については無権 原であり,当該請求権を有していなかった。 (2) 確認の利益 ア 過去の法律関係の確認 確認の利益が存在することの要件としては,確認対象の適切性と即時確 定の必要性が挙げられるが,特に本件訴訟では「請求の趣旨」において 「本件各商標登録時から短くとも平成24年1月25日」というように, 過去の一定期間の法律関係が確認できれば足りる旨の内容がある。 確認対象は,現在の紛争の解決あるいは当事者の法的地位の安定に役立 つ具体的な法律関係でなければならないので,通常は,現在の法律関係が 確認の対象となるが,過去の法律関係の確認でも,現在の権利関係の個別 的な確認が必ずしも紛争の抜本的な解決をもたらさず,かえって,それら の権利関係の基礎にある過去の基本的な法律関係を確定することが,現存 する紛争の直接かつ抜本的な解決のために適切かつ必要と認められるよう な場合には,確認の利益が認められる。 イ 紛争が現存すること 本件裁定が行われ,現在は,本件訴訟の判決結果をもとに,裁定結果を 実施する又は見送ったまま不実施にするかという最終判断がされる段階で あり,本件ドメイン名に関する紛争は現在も続いている。 ウ 確認対象の適切性 確認対象の適切性は,原告の権利又は法的地位について生じた不安又は 危険を除去する方法として,確定判決を得ることが適切であるということ であるが,特に本件訴訟は,過去の法律関係の確認によって,現存する紛 11 争 の直接かつ抜本的な解決となることで適切となる。 (ア) 過去の法律関係と本件訴訟の請求の趣旨の期間について 本件裁定は,未来の法律関係を基にしていないことは自明であること から,JPドメイン名紛争処理の手続開始日の平成23年11月2日か ら裁定通知の平成24年1月18日に至る過去の期間(裁定対象期間) における,本件ドメイン名,原告及び被告について,本件登録規則,本 件紛争処理方針及び本件手続規則による法律関係を基に裁定結果が出さ れている。 請求の趣旨では「本件各商標登録時から短くとも平成24年1月25 日」としたが,被告は本件各商標を基に裁定を申立てており,「本件各 商標登録時」はJPドメイン名紛争処理の手続開始日の平成23年11 月2日より前である。さらに,裁定通知が出された平成24年1月18 日は,「平成24年1月25日」より前である。つまり,裁定対象期間 は,「本件各商標登録時から短くとも平成24年1月25日」に含まれ ている。 したがって,本件請求において,過去の法律関係として,被告に商標 法上の使用差止請求権は存在していないことを確認する期間については, 「本件各商標登録時から短くとも平成24年1月25日」を確認すれば 足りる。 (イ) 現存する紛争の直接かつ抜本的な解決 裁定制度上,裁定の結果には既判力はなく,裁定の結果に拘束されず に裁判所へ不服申立ができる。 原告は,裁定制度に忠実に従って本件訴訟を進めている。具体的には, 「『JPドメイン紛争処理方針(JPDRP)』には,どのような訴えとすべき かの定めはなく,登録者の判断に委ねられています。これまでの例では, ドメイン名使用権確認請求やドメイン名使用差止請求権不存在確認請求 12 な どの訴えが提起されています。」(乙7・4枚目)という文言に従っ て,本件訴状のように「ドメイン名使用差止請求権不存在確認請求」と して一字も変えずに忠実に本件訴訟を進めている。 裁定結果の実施・不実施を最終判断する実施機関(JPRS)は,訴 状正本を要求していることから請求の趣旨について裁定結果の実施見送 りを決定できるか当然チェックを入れており,請求の趣旨に明記されて いる過去の法律関係の確認請求であることを当然認識した上で,裁定結 果の実施見送りを正式に決定しているものである。実施機関は,本件訴 訟の判決結果をもとに,裁定結果である本件ドメイン名の移転つまり原 告から被告へ本件ドメイン名を強制的に移転するか移転しないかの判断 を行う,裁定制度における最終段階となっている。 以上のとおり,現存する紛争について,裁定には既判力がなく,裁定 結果に拘束されずに裁判所へ不服申立てができることから,原告は裁定 制度に忠実に従って本件訴訟を進めているので正に「適切」である。原 告が適切に進めた本件訴訟に対して実施機関は裁定結果の一時実施見送 りを正式に決定し,本件訴訟の判決結果を待って,原告から被告へ本件 ドメイン名を強制的に移転するか移転しないかという,現存する紛争処 理の最終判断をする段階にある。つまり,本件訴訟の判決結果が正に直 接作用して,JPドメイン名の紛争処理を行う裁定制度上,本件ドメイ ン名に関する紛争処理の抜本的な最終解決に至ることになっている。 (ウ) 以上のとおり,過去の法律関係の確認によって現存する紛争の直接 かつ抜本的な解決となることが明らかであり,本件請求の確認対象は適 切である。 エ 即時確定の必要性 即時確定の必要性(即時確定の利益)は,原告の権利又は法的地位につ いて不安又は危険が現存しており,これを除去するために確定判決を得る 13 こ とが必要であるということである。 原告は,本件訴訟の結果次第で,強制的に本件ドメイン名が移転されて しまうか移転されないで済むかという原告にとっては切迫した状態にある。 まさに,原告にとって本件ドメイン名に関する権利が奪われるか奪われな いかという危険が現存しており,これを除去するために確定判決を得るこ とが必要であることに言を待たない。 オ 以上のとおり,原告と被告の間で本件ドメイン名に関する紛争が現存し, 確認対象に適切性及び即時確定の必要性があるから,本件訴えには確認の 利益が存在する。 (3) 本件裁定の正当性(本件ドメイン名の移転義務の有無)についての反論 被告は,既判力がない裁定にもかかわらず既判力があるという前提で,裁 定の内容が正当であるから履行義務があるといった旨主張するが,既判力な い本件裁定で裁定の内容が正当である主張すること自体明らかに失当である。 裁定は,本件登録規則,本件紛争処理方針及び本件手続規則に基づいた裁 定制度全体への当事者双方による包括的同意が法的根拠である。一方,本件 訴訟は商標法(36条)である。 被告は,「申立人(被告)が権利または正当な利益を有する商標権」など と,裁定の内容から「正当な利益」を主張しているが,特定の規則や方針の 限られた中で規定された基準による単なる一用語にすぎない。もっといえば, 規則や方針に同意すれども,商標の専用使用権さえない者を「正当な利益」 があるからと,登録維持料を払っている登録者からドメイン名を奪おうとい う点からも,「正当な利益」はいい加減な基準でもある。 そもそも,専用使用権もない者に,正当な利益と認定したこと自体,過去 例にないほどのパネリストによる暴論かもしれないが,少なくとも,商標を 提示して裁定の申立てを行っているのであるから,最低限,商標権なり専用 使用権なり排他的権利が当然あるものとして裁定制度は設計されているはず 14 で ある。 (被告の主張) (1) 確認の利益について ア 確認の訴えは,即時確定の利益がある場合,換言すれば,現に,原告の 有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在しており,これを除去す るため,被告に対して確認判決を得ることが,必要かつ適切であるといえ る場合に限り許されるものである(最高裁昭和30年12月26日第三小 法廷判決・民集9巻14号2082頁,最高裁昭和54年11月1日第一 小法廷判決・判時952号55頁等)。 イ この点,本件訴訟は,本件裁定を受けたことに不服である原告が,本件 裁定結果の実施すなわち本件ドメイン名の被告に対する移転を回避するた め,本件紛争処理方針4条k項に基づき出訴したものである。本件訴訟に よって確認すべきものがあるとすれば,それは,@裁定により登録者が負 うこととなる義務を定める本件紛争処理方針の規定それ自体の有効性・適 法性か,A本件紛争処理方針の定めに従い登録者がかかる義務を負うとい えるか否か,すなわち,当該義務の発生根拠としてパネリストにより認定 された本件紛争処理方針4条a項(@)〜(B)号の事由があるか否かの いずれかであるというべきである。 ウ すなわち,本件裁定結果が命じる原告における本件ドメイン名の被告へ の移転義務は,本件紛争処理方針4条a項(@)〜(B)号に該当してい ることが,パネリストにより認定されたことによって発生したものである。 言い換えれば,原告の被告に対する本件ドメイン名の移転義務は,原告が 本件ドメイン名の登録時において従うことを同意した本件紛争処理方針の 定めに基づき発生したものである。そうであれば,確認の利益を有すると いえるためには,その内容は,請求認容の確認判決を受けることによって, 本件裁定に示された原告の移転義務が否定ないし変更されるとともに,本 15 件 ドメイン名の登録を原告が維持することができるという法律効果を発生 するような性質のものでなければならない。 エ ところが,原告は,かかる本件裁定結果の実施(すなわち本件ドメイン 名の被告に対する移転)を回避するために提起した本件訴訟において, 「被告には本件各商標の商標法上の使用差止請求権は存在していないこと を確認する」との判決を求める旨述べ,本件各商標の商標権者は米国シテ ィバンクであるとか,被告は専用使用権の設定を受けていないから,商標 法に基づく使用差止請求権がないという主張を展開している。 しかしながら,パネリストは,本件紛争処理方針の諸規定に基づいて, 本件各商標の商標権者が米国シティバンクであることを認定するとともに, 本件各商標に係る専用使用権の設定の有無にかかわらず,本件各商標につ き,被告は正当な利益を有することを認定した上で,本件裁定をしたもの である。 すなわち,パネリストは,被告が,本件各商標について「正当な利益を 有する」(本件紛争処理方針4条a項(@)号)ことを認定することによ り,本件紛争処理方針に基づき,仲裁センターに対し本件紛争処理手続の 実施を求め,また,本件ドメイン名について仲裁センターの裁定を求め得 る「申立人」としての適格を有していることも認定しているのである。 オ 以上からすれば,本件訴訟において,原告が求めるような,被告におけ る本件各商標にかかる「商標法上の使用差止請求権」の存否を確認したと したところで,本件裁定の結果に対する影響とか効果を及ぼすものではな い。したがって,かかる権利の存否について確認したとしても,原告と被 告との間の本件ドメイン名にかかる紛争解決の役に立たないことは明白で あり,紛争解決のために必要かつ適切なものであるともいえない。 よって,本件訴えは,確認の利益がなく不適法である。 (2) 本件裁定の正当性(本件ドメイン名の移転義務の有無) 16 仮 に,本件訴訟が,本件裁定における認定判断を争い,被告に対し本件ド メイン名登録を移転する義務を負わないことを確認する趣旨であると解され る場合であっても,@本件紛争処理方針の規定が有効かつ適法であり,また, A本件紛争処理方針4条a項(@)〜(B)号の事由があるといえるから, 原告の請求は棄却されるべきである。 ア 本件紛争処理方針の規定が有効かつ適法であること (ア) JPドメイン名紛争処理手続に関しては,本件紛争処理方針4条a 項が,「適用対象となる紛争」として,申立人から次の(@)ないし (B)の申立てがあったときには,登録者は本件紛争処理方針の定める 紛争処理手続に従うべきことを規定している。 (@)登録者のドメイン名が,申立人が権利または正当な利益を有する 商標権その他表示と同一または混同を引き起こすほど類似していること (A)登録者が,当該ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有 していないこと (B)登録者の当該ドメイン名が,不正の目的で登録または使用されて いること (イ) また,本件紛争処理方針4条b項には,紛争処理機関のパネル(パ ネリスト)が上記(B)の事実の存否を認定するに際して,不正の目的 による登録又は使用であると認めることができる場合として,「登録者 が,申立人または申立人の競業者に対して,当該ドメイン名に直接かか った金額(書面で確認できる金額)を超える対価を得るために,当該ド メイン名を販売,貸与または移転することを主たる目的として,当該ド メイン名を登録または取得しているとき」を含む場合が掲げられている。 さらに,同条i項には,パネルによる申立人に対する救済は,登録者 のドメイン名登録の取消し又は申立人への移転によりされる旨も定めら れている。 17 ( ウ) 上記の定めは,その内容に照らし,ドメイン名にかかる紛争を処理 するための規定として,合理的なものであって,公序良俗その他法令の 趣旨に照らしても相当なものと認められる。また,ドメイン名の登録者 は,登録に当たって,上記の定めに服することにつきあらかじめ同意を した上で,ドメイン名登録の利益を享受している(この点,原告も同様 である)。したがって,本件紛争処理方針の規定が有効かつ適法なもの であることは明らかである。 イ 本件紛争処理方針4条a項(@)〜(B)号の事由があること 上記のとおり,本件紛争処理方針の規定が有効かつ適法なものであり, 原告においても本件ドメイン名の登録時にこれに従うことに同意している 以上,本件紛争処理方針4条a項(@)〜(B)号の事由がある場合には, 原告において,本件ドメイン名の登録を移転すべき義務が生じるというべ きである。 そして,本件ドメイン名に関し,上記(@)〜(B)号の各要件に該当 する事由があることは,以下のとおり明らかである。 (ア) 要件(@)について a 本件ドメイン名は「citibank.jp(CITIBANK. JP)」であるところ,特段の識別力を有しないトップレベルドメイ ン部分を除いた本件ドメイン名において,識別力を有する要部といえ るのは,「citibank(CITIBANK)」の部分である。 b 米国シティバンクは,本件各商標の商標権者であるところ,当該各 商標はいずれも,「citibank」又は「CITIBANK」の 文字構成からなり,本件ドメイン名はこれと同一である。 c そして,被告は,米国シティバンクから,平成19年に日本支店か ら銀行業務にかかる事業譲渡を受け,その業務を開始しており,また, 現在においても,米国シティバンクの外国銀行としての日本における 18 業 務を代理している関係にある。かかる事実からすれば,本件各商標 は,被告が権利又は正当な利益を有する商標であることは明らかであ る。 d この点,被告は,本件各商標を使用することについて,商標権者で ある米国シティバンクから許諾を得ているから,商標法上の専用使用 権の設定の有無にかかわらず,本件各商標につき,正当な利益を有し ていることは明らかである。 e 以上から,本件ドメイン名が,被告が権利または正当な利益を有す る商標権その他表示と,類似の範囲を超えて同一であることは明らか であるから,上記要件(@)に該当する事由がある。 (イ) 要件(A)について a 登録者である原告が,「citibank」又は「CITIBAN K」といった名称で一般に知られた事実はなく(本件紛争処理方針4 条c項(A)号),本件ドメイン名の登録者所在地(甲1)に登録者 の登記も存在しておらず(乙3・資料4),登記簿上の本店所在地 (平成24年2月17日付上申書)にも,登録者の本店は所在してい ない(甲7の2)。 b また,本件ドメイン名の登録者住所地は,バーチャルオフィスサー ビスにより郵便物の取次等がなされるのみであり,事務所が存在して いるわけでもなく,また,登録者電話番号もファックス専用となって いる(甲7の2,乙3・3頁)。さらに,登録者ホームページ(甲 1)を入力しても,製作中である旨が表示されるのみで稼働していな い(甲7の2,乙3・資料5)。原告が「休眠」状態にあって,何ら 事業活動を行っていないことは,原告が認めている(乙3・資料6・ 8頁)。 c 上記事情からすれば,そもそも,原告において,何ら,「citi 19 b ank」又は「CITIBANK」の名称を用いて事業を営んでい るというような実体は皆無であり,本件ドメイン名の登録を得ること について,権利又は正当な利益を有していないことは明白である。 d 原告は,米国シティバンクから,過去に同社名義で本件ドメイン名 の取得及び管理の依頼を受けたが,平成18年3月13日以降登録維 持料の支払いがないから,未払債権が存在しているとか,平成21年 8月31日に本件ドメイン名の放棄につき最終通知を送ったとかいっ た事情を述べる(甲5・8頁等)。 しかしながら,本件裁定書(乙2の1)における判断のとおり,ま さに,かかる点はそもそも米国シティバンクとの間で解決されるべき 問題である上,さらには,仮に,かかる事情の存在を前提としたとし ても,「債権回収」(甲5・12頁等)の名目のもとに,被告あるい は米国シティバンクの承諾もなしに,本件ドメイン名を原告名義(m oving.citibank.jp名義)で登録することそれ自体, 法律上,当然に正当化されるわけではない。本件ドメイン名にかかる 無主物先占などといった独自の主張(甲5・8頁等)が成り立たない ことも,また自明である。 e 以上のとおりであり,原告が,被告あるいは米国シティバンクの承 諾もないまま,本件ドメイン名を勝手に原告名義で登録したことは明 らかであって,かかる行為を法律上正当化するに足りる事情もない以 上,原告が,本件ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有す るとはいえないことは明らかである。 したがって,上記要件(A)に該当する事由がある。 (ウ) 要件(B)について a この点,原告は,被告ないし米国シティバンクの在米代理人に対し て,「権利の移転料を『一度だけ』金額を提示していただこうと思い 20 ま した。それが弊社で納得がいかなければ,すぐに第三者に売却なり 委託をして,あとはそちらでやりとりをしていただく,ということに いたしたく存じます。弊社は清算の段階ではなく休眠の段階ですが, 債権だけでなく債務の処理を行っていることや,商法の規定において 利益追求をしなさいとされている株式会社でもありますことから,高 い金額の方が良いことになります。」などと申し向けており(乙3・ 資料6・8頁),本件ドメイン名を,被告ないし米国シティバンクに 対し,高額で売却しようとする意図を有していたことは,上記メール の内容から明白である。 b さらに,譲渡金額の決定については,「内容としてはこれまでお伝 えしております通りでございますが,一点,金額につきまして御社か ら一度ご提示頂くお話をお伝えいたしましたものの,弊社も金額を聞 かれて,はたと困り,Citibank様でも算定する基準に困ったのではと 思いました。」「それで,今どきは日本でも日本以外でも,第三者に よる客観・科学的な査定サービスが盛んでもありますので,中立な第 三者による査定を受けて,その査定金額をベースにしてお話を進めて, 最終的な金額を決めて行くのはいかがでしょう。」などと申し向けて いるところ(乙3・資料6・3頁),かかる「査定」による譲渡金額 の決定を提案すること自体,原告が,本件ドメイン名の取得に「直接 かかった金額」ではなく,これを超える金額を米国シティバンクから 得ようとする意思を有していたことを示すものというべきものである。 したがって,「登録者が,申立人または申立人の競業者に対して,当 該ドメイン名に直接かかった金額(書面で確認できる金額)を超える 対価を得るために,当該ドメイン名を販売,貸与または移転すること を主たる目的として,当該ドメイン名を登録または取得している」 (本件紛争処理方針4条b項(@)号)ことも,上記事情から容易に 21 認 められる。 c 以上からすれば,本件紛争処理方針4条b項(@)号に基づいて, 本件ドメイン名は,原告により不正の目的で登録または使用されてい ると認められる。よって,上記要件(B)に該当する事由があること もまた明らかである。 ウ 以上のとおり,本件訴訟が,原告が被告に対し本件ドメイン名登録を移 転する義務を負わないことを確認する趣旨であると解される余地がある場 合であっても,@本件紛争処理方針の規定が有効かつ適法であり,かつ, A本件紛争処理方針4条a項(@)〜(B)号の事由があるといえること から,本件裁定における本件パネリストの判断は正当であり,原告が,本 件紛争処理方針の定めに基づき,本件裁定に従って,被告に対し本件ドメ イン名登録の移転義務を負っていることは明白である。 第3 当裁判所の判断 1 確認の利益の有無(本案前の争点)について (1) 前提事実に加え,後掲の証拠等によれば,以下の各事実がそれぞれ認め られる。 ア 被告は,平成23年10月28日,日本知的財産仲裁センターに対し, 原告を相手方として,本件ドメイン名の登録を被告に移転せよとの裁定を 求めて,本件紛争処理方針に基づく申立てを行った。 (前提事実(6)) イ 被告は,当該申立てにおいて,本件紛争処理方針4条a項(@)号の事 由として,@米国シティバンクが本件各商標を有し,被告は本件各商標を 使用することにつき許諾を得ていること,A原告は本件ドメイン名をJP RSに登録していること,B本件ドメイン名の要部である「CITIBANK」と 本件各商標は,全く同一又は小文字と大文字の違いがあるだけであり,同 一又は誤認混同を生ずるほどに類似していることを主張した。 22 ま た,被告は,同項(A)号の事由として,?本件各商標は,世界的に 周知・著名であるため,原告が本件各商標を知らなかったことはおよそあ り得ないこと,?原告は被告と何ら取引関係がなく,被告が原告に対して 本件各商標の使用を許諾したことも本件ドメイン名の取得を依頼したこと もないこと,?原告の本件ドメイン名の登録者住所地は商業登記簿上の本 店所在地ではなく,原告のホームページは稼働していない上,原告に電話 をかけても何らの応答もないことを主張した。 さらに,被告は,同項(B)号の事由として,?本件各商標が周知・著 名である場合には,原告が本件ドメイン名の登録について権利又は正当な 利益を有する特段の事情が存在することを明らかにしなければ,本件ドメ イン名の登録は,インターネット上のユーザーを誤認混同させる不正の目 的でされたものといえること,?被告在米代理人が原告に対し,本件ドメ イン名が被告の商号及び周知表示であることを指摘して本件ドメイン名の 使用の停止及び譲渡を要求したところ,原告が本件ドメイン名の売却を要 求したこと,?原告は,ドメイン名の新規登録料・更新料を遥かに上回る 金員の支払の要求を暗に示唆したことを主張し,このような経緯から,原 告が不当な対価を得て本件ドメイン名を販売する目的で本件ドメイン名を 登録又は取得したものであることは明らかであると主張した。 (以上につき乙2の1,乙3) ウ 他方で,原告は,当該申立てにおいて,本件紛争処理方針4条a項 (@)号の事由について,@被告は,本件各商標の商標権者である米国シ ティバンクから専用使用権の設定を受けていないのであって,単なる通常 使用権の許諾を受けているにすぎないから,本件各商標について排他的な 権利がないこと,Aシティグループは,海外では著名であるが,国内にお いて著名ではないこと,B「CITIBANK」という名称は,日本国内では観念 上一般名称であり,本件ドメイン名について排他的権利を主張することは 23 難 しいことを主張した。 また,原告は,同項(A)号の事由について,?原告と米国シティバン クは,原告のインターネットサービスについて取引があり,原告は,本件 ドメイン名を米国シティバンクの依頼により登録し,平成18年3月13 日までドメイン名の登録維持料の支払を受けていたこと,?原告は,米国 シティバンクの在日営業所が閉鎖された後も,本件ドメイン名につき事務 管理(民法697条)を行い,登録を維持していたが,米国シティバンク に対して原告との取引や支払の履歴の確認を求めても,米国シティバンク は全く対応なく放置したこと,?原告は,本件ドメイン名の保管料債権が あることから,本件ドメイン名について先取特権(民法320条)をもと にそのまま占有することにしたが,民法239条1項からすれば「知的財 産という無体物を無主物であれば先占できる」と解釈できるので,放棄に より所有者のなくなった本件ドメイン名を,所有の意思をもって占有する ことによって,その所有権を取得することにしたこと,?原告は本件ドメ イン名を将来的に使用する準備を進めていることを主張した。 さらに,原告は,同項(B)号の事由について,米国シティバンクに対 して原告との取引や支払の履歴の確認を求めても,米国シティバンクが対 応しなかったことから,原告は,債権なりコストなりを回収するために本 件ドメイン名を正式に取得することを考えたのであり,正当な目的である ことを主張した。 (以上につき甲7の1,6及び19,乙2の1) エ 原告と被告との間には,本件訴訟提起以前において,本件裁定に係る申 立て以外に紛争はなかった。 (前提事実(7)) (2) 以上に基づいて,確認の利益について検討する。 確認の訴えにおける確認の利益は,判決をもって法律関係の存否を確定す 24 る ことが,その法律関係に関する法律上の紛争を解決し,当事者の法律上の 地位の不安,危険を除去するために必要かつ適切である場合に認められる (最高裁昭和44年(オ)第719号同47年11月9日第一小法廷判決・民 集26巻9号1513頁)。 これを本件についてみるに,原告は,本件ドメイン名の登録によりJPR Sとの間に生じた登録契約関係に基づく地位についての不安,危険を除去す るために,本件訴訟を提起することが必要,適切であると主張しているもの と解される。 そこで,検討するに,被告は,本件裁定に係る申立てにおいて,本件紛争 処理方針4条a項(@)号の事由に関し,米国シティバンクが本件各商標を 有し,被告は本件各商標を使用することにつき許諾を得ていることを主張し ているが,本件各商標について,その商標権や専用使用権を有するとして, 本件ドメイン名の使用差止めを主張するものではない。 すなわち,被告は,本件ドメイン名の登録に関し,原告とJPRSと間の 法律関係を規律する本件登録規則(及びそれと一体をなす本件紛争処理方針 及び本件手続準則)に則して,登録契約内容の変更(登録の移転)を求めて いるものであり,その主張する事由は,米国シティバンクの本件各商標に由 来する権利又は正当な利益ではあるが,被告自身が本件各商標について,商 標権や専用使用権を有することを主張するものではない。 したがって,仮に,本件訴訟において被告に本件各商標についての商標法 上の使用差止請求権が存在しないことを確認してみても,被告が本件各商標 について米国シティバンクから許諾を得ているという事実関係が本件ドメイ ン名の登録の移転を基礎付け得るものである以上は,原告の本件ドメイン名 の登録に関するJPRSとの間の契約関係に基づく地位についての不安,危 険は除去されないものといわざるを得ない。 そして,原告と被告との間には,本件訴訟提起以前において,本件裁定に 25 係 る申立て以外に紛争はなかったのであるから,本件各商標の商標権に基づ く本件ドメイン名の使用差止めという紛争は存在しなかったというほかはな い。 そうすると,本件は,判決をもって法律関係の存否を確定することにより, その法律関係に関する法律上の紛争を解決するものではないから,確認の利 益が認められない。 この点,原告は,本件裁定が行われ,現在は,本件訴訟の判決結果をもと に,裁定結果を実施する又は見送ったまま不実施にするかという最終判断が される段階であり,本件ドメイン名に関する紛争は現在も続いている旨主張 する。しかしながら,JPドメイン名紛争処理手続において,本件紛争処理 方針4条a項(@)号の事由に関し,申立人が商標権ないしその専用使用権 に基づく差止請求権を主張する場合ならばともかく,本件裁定に係る申立て においては,そのような主張はないのであるから,それに沿った確認対象を 選択すべきであって,本件ドメイン名を使用する権利があることの確認を求 めるのが相当であったと解される。なお,当裁判所は,原告に対し,本件ド メイン名を使用する権利があることの確認を求めるか否かを釈明したが,原 告は訴えの変更をしなかったものである。 (3) 以上のとおり,本件訴えは,確認の利益がなく不適法であるから,却下 を免れない。 2 本件ドメイン名登録の移転義務の有無について 前記1のとおり,本件訴えは却下されるべきものと解されるが,念のため, 本件ドメイン名登録の移転義務の有無について判断する。 (1) まず,本件紛争処理方針の有効性について検討する。 JPドメイン名の登録は,前記のとおり,登録者とJPRSとの間の登録 契約に基づいて行われるのであり,本件登録規則は登録契約の一部を構成す るものと解される。そして,本件登録規則37条は,「登録者は,その登録 26 に かかる汎用JPドメイン名について第三者との間に紛争がある場合には, 紛争処理方針に従った処理を行うことに同意し,当社は認定紛争処理機関の 裁定に従った処理を行う。」と定めるから,登録者は,登録ドメインについ て第三者との間に紛争がある場合には,本件紛争処理方針に従った処理を行 うことにあらかじめ同意しているといえる。 このように,本件紛争処理方針は,登録者の同意に法的根拠があると解さ れ,その条項をみても公序良俗に反するなどの事情は見当たらない。 そうすると,本件紛争処理方針は有効であり,登録者である原告は本件紛 争処理方針に従う義務がある。 (2) そこで,本件紛争処理方針4条a項(@)〜(B)号の事由の有無につ いて検討する。 ア 本件紛争処理方針4条a項(@)号の事由の有無について 米国シティバンクは,本件各商標 (ただし,商標登録第4469518 号を除く。以下,この意味で「本件各商標」を使用する。) を有する(前 提事実(3))。他方で,被告は,米国シティバンクのグループ会社であり, 米国シティバンク日本支店の銀行業務に係る事業を譲り受け,平成19年 7月以降,当該業務を行うほか,米国シティバンクの外国銀行としての日 本における業務を代理している(前提事実(2))。また,弁論の全趣旨に よれば,被告は,米国シティバンクから本件各商標の使用許諾を受けてい ることが認められる。これらの事実に照らすと,本件各商標は被告が「権 利または正当な利益を有する商標」であると認めるのが相当である。 そして,本件ドメイン名は,「CITIBANK.JP」であり,「.JP」は日本の 国別コードを示すトップレベルドメインであって,特段の識別力を有する ものではないから,その識別力を有する要部は「CITIBANK」である。他方, 本件各商標の要部が「CITIBANK」又は「citibank」にあることは明らかで ある。 27 そこで,本件ドメイン名と本件各商標を対比すると,要部である 「CITIBANK」又は「citibank」において,共通又は小文字と大文字の相違 があるにすぎないから,本件ドメイン名は,被告が権利又は正当な利益を 有する商標と同一又は誤認混同を生ずるほどに類似していると認められる。 以上のとおり,本件ドメイン名は,被告が権利又は正当な利益を有する 商標と同一又は混同を引き起こすほど類似していると認められる。 イ 本件紛争処理方針4条a項(A)号の事由の有無について 「CITIBANK」又は「citibank」は,米国シティバンクや被告を含むシテ ィグループの商標あるいは営業表示として,日本においても著名であるこ とは明らかである。 そして,証拠(甲1,7の2,乙3)によれば,原告の本件ドメイン名 の登録者としての住所地は,商業登記簿上の本店所在地ではない上,原告 の事務所は存在しないこと,本件ドメイン名の登録者電話番号はファック ス専用となっていること,原告のホームページは,製作中である旨が表示 され,コンテンツが存在しないことがそれぞれ認められる。 他方で,米国シティバンクの依頼により原告が本件ドメイン名を登録し たことや,原告が本件ドメイン名の使用を準備していたことを認めるに足 りる証拠はない。 以上に照らすと,原告が本件ドメイン名に関係する権利又は正当な利益 を有していないと認めるのが相当である。 ウ 本件紛争処理方針4条a項(B)号の事由の有無について 上記イのとおり,「CITIBANK」又は「citibank」は,米国シティバンク や被告を含むシティグループの商標あるいは営業表示として,日本におい ても著名であることは明らかである。 そして,証拠(乙3)によれば,原告が,米国シティバンクに対し,本 件ドメイン名について,「権利の移転料を『一度だけ』金額を提示してい 28 た だこうと思いました。それが弊社で納得がいかなければ,すぐに第三者 に売却なり委託をして,あとはそちらでやりとりをしていただく,という ことにいたしたく存じます。弊社は清算の段階ではなく休眠の段階ですが, 債権だけでなく債務の処理を行っていることや,商法の規定において利益 追求をしなさいとされている株式会社でもありますことから,高い金額の 方が良いことになります。」,「穏便な形で権利を移転しても,また Citibank側でまともに引き継ぎがなされず,ドメイン名の消失や停止なり が起きては,移転した者として残念な思いをしてしまいますので,将来8 年分の更新を行って,移転手続きをしてさしあげようと思いました。これ は単なる老婆心にも似た気持ちです。」,「内容としてはこれまでお伝え しております通りでございますが,一点,金額につきまして御社から一度 ご提示頂くお話をお伝えいたしましたものの,弊社も金額を聞かれて,は たと困り,Citibank様でも算定する基準に困ったのではと思いました。そ れで,今どきは日本でも日本以外でも,第三者による客観・科学的な査定 サービスが盛んでもありますので,中立な第三者による査定を受けて,そ の査定金額をベースにしてお話を進めて,最終的な金額を決めて行くのは いかがでしょう。」などとメールにより通知していることが認められる。 以上に照らすと,原告は,米国シティバンクに対し,本件ドメイン名を 高額で売却することを意図して交渉していたと認められる。 そうすると,原告の本件ドメイン名が不正の目的で登録又は使用されて いると認めるのが相当であり,本件紛争処理方針4条b項(@)号による までもなく,同条a項(B)号の事由が認められる。 (3) 以上のとおり,本件紛争処理方針は有効であり,本件処理方針4条a項 (@)〜(B)号の事由が認められるから,原告は,同様に当該事由の存在 を認めた本件裁定に従って,本件ドメイン名登録を移転する義務を負うとい うべきである。 29 こ れに対し,原告は,裁定には既判力はない旨主張するが,被告の主張は 裁定に既判力があることを前提としていないので,主張自体失当である。ま た,原告は,本件紛争処理方針4条a項(@)号の「正当な利益」が基準と していい加減であるなどと主張するが,上記(1)のとおり,本件紛争処理方 針は有効であるし,申立人が通常使用権を有する商標が「申立人が権利また は正当な利益を有する商標」に含まれ得ると解釈しても不合理であるとはい えない。 3 結論 よって,本件訴えは,確認の利益がなく不適法であるから,却下することと して,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第29部 裁判長裁判官 大 須 賀 滋 裁判官 小 川 雅 敏 裁判官 西 村 康 夫 30 |