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事件 平成 24年 (行ケ) 10409号 審決取消請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2013/07/24
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成25年7月24日判決言渡

平成24年(行ケ)第10409号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 平成25年6月26日

判 決



原 告 大 阪 瓦 斯 株 式 会 社



訴訟代理人弁理士 北 村 修 一 郎
同 三 宅 一 郎

同 東 邦 彦



被 告 特 許 庁 長 官



指 定 代 理 人 千 葉 輝 久

同 奥 村 元 宏

同 田 部 元 史

同 大 橋 信 彦

主 文

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

事 実 及 び 理 由

第1 請求

特許庁が不服2010−1281号事件について平成24年10月11日に

した審決を取り消す。

第2 前提事実

1 特許庁における手続の経緯




原告は,発明の名称を「受電権取引支援システム」とする発明について平成

16年3月31日に特許出願をしたが,平成21年10月15日付けで拒絶の

査定を受けたので,平成22年1月20日,これに対する不服の審判を請求し

(不服2010−1281号),平成24年3月9日付けの拒絶理由の通知に

対し,同年5月14日付けで手続補正をした。

特許庁は,平成24年10月11日,「本件審判の請求は,成り立たな

い。」との審決をし,その謄本を同年10月25日原告に送達した。

2 特許請求の範囲の記載
平成24年5月14日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲(請

求項の数6)の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,請求項1の発明

を「本願発明」という。)。

「【請求項1】

電気事業者との間での電力の需給契約の締結による契約受電量を最大許容受

電量として,受電者が電力を前記最大許容受電量まで受電することができる権

利であって,前記受電者が特定期間において前記電気事業者から電力を受電す

る権利であるとともに,前記受電者が売却者もしくは購入者となり当該受電者

間に限り取引対象となる受電権について,所定のコンピュータソフトウェアを

実行することにより,受電者間における前記受電権の売却を希望する売却者と

前記受電権の購入を希望する購入者との間での前記受電権の取引を支援するコ

ンピュータにより構成された受電権取引支援システムであって,

通信回線を介して前記売却者側の受電者側端末から送信された前記売却者が

特定期間において売却したい受電権における売却対象受電量を含む情報を売却

受電権情報として取得する売却受電権情報取得手段と,

通信回線を介して前記購入者側の受電者側端末から送信された前記購入者が

特定期間において購入したい受電権における購入対象受電量を含む情報を購入

受電権情報として取得する購入受電権情報取得手段と,




前記売却受電権情報と前記購入受電権情報とに基づいて,前記売却者と前記

購入者との間での取引対象となる受電権における取引対象受電量を少なくとも

前記売却対象受電量以下に決定する取引手段と,

前記取引手段で決定した前記売却者と前記購入者との間での取引対象となる

受電権における前記取引対象受電量を含む取引対象受電権情報を前記売却者側

及び前記購入者側の夫々の前記受電者側端末に出力する取引対象受電権情報出

力手段とを備え,

前記売却者又は前記購入者側の受電者側端末に,所定のコンピュータプログ
ラムを実行することにより,前記取引対象受電権情報出力手段から出力された

前記取引対象受電権情報を受けて,前記受電者が受電可能な最大許容受電量を

前記取引対象受電量分低下側又は増加側に調整する最大許容受電量調整手段が

設けられ,

前記売却者側又は前記購入者側において,電力消費部の消費電力量の少なく

とも一部を発電可能な発電設備が設けられており,

前記最大許容受電量調整手段として,特定期間において前記発電設備の発電

量を前記取引対象受電量分増加させることで,特定期間における受電者が受電

可能な最大許容受電量を前記取引対象受電量分低下側に調整し,特定期間にお

いて前記発電設備の発電量を前記取引対象受電量分減少させることで,特定期

間における受電者が受電可能な最大許容受電量を前記取引対象受電量分増加側

に調整する発電設備制御手段が設けられ,

前記受電権における売却対象受電量は,特定期間において前記発電設備の発

電量について追加可能分の発電増加量に応じて,その発電増加量分以下に設定

され,

前記受電権における購入対象受電量は,特定期間において前記発電設備の発

電量について低下させる分の発電低下量に応じて,その発電低下量分以上に設

定される受電権取引支援システム。」




3 審決の理由

(1) 審決の理由は,別紙審決書写し記載のとおりであり,要するに,本願発明

は,特開2004−15882号公報(以下「引用例1」という。)に記載

された発明(以下「引用発明1」という。),特開2002−15036号

公報(以下「引用例2」という。)に記載された発明(以下「引用発明2」

という。)及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができた

ものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができな

い,というものである。
(2) 審決が認定した引用発明1の内容,本願発明と引用発明1の一致点及び相

違点,引用発明2の内容は,次のとおりである。

ア 引用発明1の内容

「分散電源拠点コントローラーは,汎用コンピュータおよび所定のプロ

グラムから構成され,買電要求を出した需要家と売電要求を出した需要家

とを所定の組合せ処理に基づいて組合せ,これら需要家の間で電力の売買

を行わせる分散電源拠点コントローラーを備えた分散電源システムであっ

て,

インターネットを介して,電力が余った需要家の需要家コントローラー

から分散電源拠点コントローラーに売電要求を送信し,分散電源拠点コン

トローラーはこの売電要求を受け付けて登録し,

インターネットを介して,電力が不足した需要家の需要家コントロー

ラーから前記分散電源拠点コントローラーに買電要求を送信し,前記分散

電源拠点コントローラーはこの買電要求を受け付けて登録し,

需要家コントローラーからの買電要求と前記売電要求は分散電源拠点コ

ントローラーにて登録され,所定の組合せプログラムに基づいて組合せ処

理され,分散電源拠点コントローラーにより,需要家の間で電力の売買を

行わせ,




各需要家の需要家コントローラーの表示装置のモニター表に発電量,使

用電力量,売買が行われた買電量,売電量が表示され,

需要家コントローラーの情報に基づいて,分散電源拠点コントローラー

は,需要家間における電力融通に関する管理制御を行い,売電を行った需

要家から買電を行った需要家に売買が行われた電力を供給し,

各需要家は,発電設備である分散電源と,発電した電気を消費する負荷

を備え,余剰電力および不足電力を融通し合い,電力系統からの電力供給

を最低限に抑える分散電源システム。」
イ 本願発明と引用発明1の一致点

所定のコンピュータソフトウェアを実行することにより,受電者間にお

ける電力の売却を希望する売却者と電力の購入を希望する購入者との間で

の電力の取引を支援するコンピュータにより構成された電力取引支援シス

テムであって,

通信回線を介して前記売却者側の受電者側端末から送信された前記売却

者が特定期間において売却したい電力における売却対象受電量を含む情報

を売却電力情報として取得する売却電力情報取得手段と,

通信回線を介して前記購入者側の受電者側端末から送信された前記購入

者が特定期間において購入したい電力における購入対象受電量を含む情報

を購入電力情報として取得する購入電力情報取得手段と,

前記売却電力情報と前記購入電力情報とに基づいて,前記売却者と前記

購入者との間での取引対象となる取引対象受電量を決定する取引手段と,

前記取引手段で決定した前記売却者と前記購入者との間での取引対象

なる電力における前記取引対象受電量を含む取引対象電力情報を前記売却

者側及び前記購入者側の夫々の前記受電者側端末に出力する取引対象電力

情報出力手段とを備え,





前記売却者又は前記購入者側の受電者側端末に,所定のコンピュータプ

ログラムを実行することにより,前記取引対象電力情報出力手段から出力

された前記取引対象電力情報を受けて,前記受電者が受電可能な受電量を

前記取引対象受電量分低下側又は増加側に調整する受電量調整手段が設け

られ,

前記売却者側又は前記購入者側において,電力消費部の消費電力量の少

なくとも一部を発電可能な発電設備が設けられており,

売却対象受電量は,特定期間において前記発電設備の余剰な発電量につ

いて,余剰な発電量に応じて設定され,

購入対象受電量は,特定期間において前記発電設備の発電量の不足につ

いて,不足する電力量に応じて設定される電力取引支援システムである点。
ウ 本願発明と引用発明1の相違点

(ア) 相違点1

本願発明では,「電気事業者との間での電力の需給契約の締結による

契約受電量を最大許容受電量として,受電者が電力を前記最大許容受電

量まで受電することができる権利であって,受電者が特定期間において

電気事業者から電力を受電する権利であるとともに,受電者が売却者も

しくは購入者となり当該受電者間に限り取引対象となる受電権」が取引

されるものであるのに対し,引用発明1では,当該「受電権」が取引さ

れるものではない点。

(イ) 相違点2

本願発明では,「取引対象受電量を少なくとも売却対象受電量以下」

に決定するのに対し,引用発明1では,売買される電力を「少なくとも

売却対象受電量以下」に決定するものではない点。

(ウ) 相違点3





本願発明では,「最大許容受電量調整手段」を備えるのに対し,引用

発明1では,受電量を調整する「需要家コントローラー」を備えている

ものの,「最大許容受電量」を調整するものではない点。

(エ) 相違点4

本願発明では,「最大許容受電量調整手段として,特定期間において

発電設備の発電量を取引対象受電量分増加させることで,特定期間にお

ける受電者が受電可能な最大許容受電量を取引対象受電量分低下側に調

整し,特定期間において発電設備の発電量を取引対象受電量分減少させ
ることで,特定期間における受電者が受電可能な最大許容受電量を取引

対象受電量分増加側に調整する発電設備制御手段」が設けられているの

に対し,引用発明1では,そのような手段が設けられていない点。

(オ) 相違点5

本願発明では,「売却対象受電量」が「発電増加量分以下に設定」さ

れ,「購入対象受電量」が「発電低下量分以上に設定」されるのに対

し,引用発明1では,そのように設定されるものではない点。

エ 引用発明2の内容

「需要家の消費電力量を予測し,各需要家の不足電力量あるいは余剰電

力量を計算し,契約電力量を超過すると予測された第1の需要家と契約電

力量を下回ると予測された第2の需要家とを組み合わせ,契約時に第2の

需要家に送ると契約した電力を上記第1の需要家に送るように契約電力量

を事後修正し,電力料金を再計算し,この結果を需要家及び売電業者に通

知する電力量制御方法。」

第3 原告主張の取消事由

審決には,引用発明1の認定の誤り(取消事由1),引用発明2の認定の誤

り(取消事由2),本願発明と引用発明1の対比及び相違点の認定の誤り(取

消事由3),相違点の判断の誤り(取消事由4),本願発明の作用効果の看過




(取消事由5)があり,これらの誤りは審決の結論に影響を及ぼすものである

から,審決は違法であり,取り消されるべきである。

1 取消事由1(引用発明1の認定の誤り)

引用例1の【0084】の記載によれば,引用例1の分散電源は,その最も

効率の良い定格状態(一定出力)で運転されており,当該需要家の消費電力と

の関係で決定される余剰電力及び不足電力が融通されているだけであって,電

力会社とのやりとりは,分散電源拠点A全体として行われるにすぎない。

したがって,引用発明1は,「インターネットを介して,需要家に備えられ

る分散電源を一定出力(定格状態)で運転した場合に,消費電力との関係で電

力が余った需要家の需要家コントローラーから分散電源拠点コントローラーに

売電要求を送信し,分散電源拠点コントローラーはこの売電要求を受け付けて

登録し,」,「インターネットを介して,需要家に備えられる分散電源を一定

出力(定格状態)で運転した場合に,消費電力との関係で電力が不足した需要

家の需要家コントローラーから前記分散電源拠点コントローラーに買電要求を

送信し,前記分散電源拠点コントローラーはこの買電要求を受け付けて登録

し」と限定的に認定すべきである。

2 取消事由2(引用発明2の認定の誤り)

引用例2の各需要家は,消費電力設備は有するが,発電設備は有しない。

また,引用例2の【0019】,【0020】,【0025】,【002

6】,【0031】の記載によれば,引用発明2の契約電力量は,各需要家か

ら得られる消費電力パターンからなり,販売契約電力量と許容変動量とにより

「契約電力量±許容変動量」の範囲内で電力を使用する契約として締結され,

許容変動量を超えて,契約電力量より多い,あるいは少ない電力を使用した場

合に,違約処理を行い,許容変動量以内で電力を使用した場合は報奨を与える

契約形態で契約されるものといえる。

さらに,引用例2の【0077】ないし【0079】の記載によれば,引用




例2の電力量制御方法は,仲介業者が組み合わせに最適な需要家を選択し,そ

の結果を通知するものである。

したがって,引用発明2は,「消費電力設備を有し,発電設備を有さない需

要家の消費電力量を予測し,各需要家の不足電力量あるいは余剰電力量を計算

し,需要家から得られる消費電力パターンからなり,販売契約電力量と許容変

動量とにより「契約電力量±許容変動量」の範囲内で電力を使用する契約とし

て締結され,許容変動量を超えて,契約電力量より多い,あるいは少ない電力

を使用した場合に,違約処理が行われる契約電力量を超過すると予測された第

1の需要家と契約電力量を下回ると予測された第2の需要家とを組み合わせ,

契約時に第2の需要家に送ると契約した電力を上記第1の需要家に送るように

契約電力量を事後修正し,電力料金を再計算し,仲介業者が,この結果を需要

家及び売電業者に通知する電力量制御方法。」と限定的に認定すべきである。

3 取消事由3(本願発明と引用発明1の対比及び相違点の認定の誤り)

(1) 審決は,一方で,引用発明1では「受電権」が取引されるものではない点

で本願発明と相違するとしながら,引用発明1の「電力」と本願発明の「受

電権」とは,ともに,売買される電力といえる点で一致するとしている(審

決「第3 対比」の「1 本願発明と引用発明1の対比」の「(1)」)。

しかし,引用発明1では,需要者間で実際の「電力」が取引されるが,本願

発明では,受電者間での取引は,電気事業者と受電者との間で交わされた契

約受電量と,受電者で特定期間に予定する消費電力量及び発電量との関係で

積極的に調整可能な仮想的な受電権にすぎず,売買される電力ということは

できない。

したがって,審決の上記対比は誤りである。

(2) 審決は,相違点5について,「本願発明では,『売却対象受電量』が『発

電増加量分以下に設定』され,『購入対象受電量』が『発電低下量分以上に

設定』されるのに対し,引用発明1では,そのように設定されるものではな




い点」と認定している。

しかし,引用発明1の「余剰電力」あるいは「不足電力」は,発電電力量

と消費電力量との関係で定まるのに対し,本願発明の「売却対象受電量」あ

るいは「購入対象受電量」は,契約受電量の制約がある条件の下,契約受電

量,消費電力量及び発電量との関係で定まるものであり,両者は一致すると

はいえない。

したがって,相違点5は,「本願発明では,契約受電量の制約がある条件

の下,契約受電量,消費電力量及び発電量の関係で決まる「売却対象受電

量」が「発電増加量分以下に設定」され,契約受電量の制約がある条件の

下,契約受電量,消費電力量及び発電量の関係で決まる「購入対象受電量」

が「発電低下量分以上に設定」されるのに対し,引用発明1では,そのよう

に設定されるものではない点。」と認定すべきである。

4 取消事由4(相違点の判断の誤り)

(1) 相違点1及び3について

審決は,引用発明2は,「電気事業者との間での電力の需給契約の締結に

よる契約受電量を最大許容受電量として,受電者が電力を前記最大許容受電

量まで受電することができる権利であって,受電者が特定期間において電気

事業者から電力を受電する権利であるとともに,受電者が売却者もしくは購

入者となり当該受電者間に限り取引対象となる受電権」を取引するという事

項を含むものといえるとした上で,引用発明1も引用発明2も,ともに需要

者間での電力融通に関するシステムや方法に係るものであり,課題解決の考

え方が共通しているから,引用発明1の電力の取引について,引用例2に記

載された事項を適用することにより,「電気事業者との間での電力の需給契

約の締結による契約受電量を最大許容受電量として,受電者が電力を前記最

大許容受電量まで受電することができる権利であって,受電者が特定期間に

おいて電気事業者から電力を受電する権利であるとともに,受電者が売却者




もしくは購入者となり当該受電者間に限り取引対象となる受電権」を取引す

るようにしたこと,及び「最大許容受電量」に基づいて受電量を調整するよ

うにしたことは,いずれも当業者が容易になし得たことであると判断してい

る。

確かに,引用発明2は,審決がいうところの「受電権」を取引するという

事項を含むものとはいえる。

しかし,引用発明2の「余剰電力量」あるいは「不足電力量」は,需要家にお

いて調整可能な発電電力量が考慮されることがない,契約電力量と消費電力
量との間で定まる電力量である。

また,本願発明における「取引の対象となる受電権における取引対象受電

量(売却対象受電量あるいは購入対象受電量)」は,その発電設備制御手段

により制御される発電設備が発電する発電量の増加分あるいは減少分に応じ

てそれぞれ積極的に設定されるものであるから,相違点4の存在に基づいて

判断されるべきである。

さらに,審決は,「『第2の需要家』が余剰電力量の売却者となり,『第

1の需要家』が不足電力量の購入者となり,・・・当該需要者間に,権利の

授受が生じている」としているが,引用例2には,需要家間の直接的な権利

の授受については一切記載されていないから,審決のこの部分の判断が事後

分析的かつ合目的な非論理的になされた後知恵によることは明白である。

そもそも,引用例1には,「契約受電量」の開示がなく,「各需要者におい

て,分散電源を一定出力(定格状態)で運転される(換言すると発電電力量

の増加若しくは減少が前提とされない)」運用形態の引用発明1に,発電設

備及び発電制御手段の開示を欠く引用発明2を組み合わせても,発電設備の

発電量の増加・減少を積極的に行って受電権の売買を可能とする本願発明に

到ることはできない。

さらに,引用発明2は,「契約電力量に対して許容変動量が定められ,こ




の変動幅を超えて受電量が変化した場合は違約処理が行われることから,例

えば,引用発明2の構成において,需要家が発電設備を備え,その発電設備

の発電量が増加あるいは減少された場合,許容変動幅を超え,違約処理を需

要家が受けることとなる可能性が発生する性質のものである」から,受電者

が発電設備を備え,契約電力量に対して許容変動量を超えた運用を行うこと

には,阻害理由があるといえる。

審決も相違点として認めるように,引用例1,2には「受電権」の概念自体

の開示がなく,「受電権取引」の概念については尚更開示されていない。この
ため引用発明1,2の課題と本願発明の課題とは,何ら共通性がない。

したがって,審決の上記判断は誤りである。

(2) 相違点2及び5について

審決は,売買される対象を売却対象のものの量以下にするということは,

ごく当たり前になされていることであるとして,売買される電力を「少なく

とも売却対象受電量以下」に設定することや,「売却対象受電量」を「発電

量増加量分以下に設定」すること,「購入対象受電量」を「発電低下量分以

下に設定」すること等は,当業者が容易になし得たことであると判断してい

る。

しかし,本願発明においては,取引対象受電量(売却対象受電量あるいは

購入対象受電量)は,「契約受電量−消費電力量」を含んで観念されるべき

電力量ということができ,単純に,「発電増加量分」あるいは「発電低下量分」

と比較できるものではない。むしろ,本願発明では,取引対象受電量とし

て,「契約受電量−消費電力量+増加後の発電量」あるいは「消費電力量−

契約受電量−減少後の発電量」の全てを選択することも可能であるが,受電

権の取引を一層確実かつ簡略化することを重視して,あえて「発電増加量分

以下」,「発電低下量分以上」に限っているのである。

したがって,審決の上記判断は誤りである。




(3) 相違点4について

審決は,引用例1には,発電設備からの電力を供給することにより,電力

系統からの電力量を減らすことが示唆されており,引用発明1の「余剰電力

および不足電力」において,ある期間において発電量が増加すると,電力系

統からの使用電力量をその発電量の増加分によって埋め合わせて電力系統か

らの使用電力量をその分だけ減少させ,発電量が減少すると,その発電量の

減少分を電力系統からの電力量によって埋め合わせるために,電力系統から

使用する電力量をその分だけ増加させようとすることは,当業者が容易に想
起し得ることであるとして,引用発明1について,このような電力融通に係

る事項を採用することにより,相違点4に係る本願発明の発電設備制御手段

を設けることは当業者が容易になし得たことであると判断している。

しかし,引用例1において,分散電源4の発電量そのものを増減するとい

う技術思想を見出すことはできない。

また,仮に,分散電源の運用形態が,引用例1の【0084】記載のもの

であるとすると,確かに,分散電源4は相互に電力融通を受けることができ

るが,融通する側の発電量は余裕分を電力系統側に売電していたのであるか

ら,その分が融通される側に送られるだけで,結果的に発電側の発電量は変

わることはない。

審決の上記判断は,本願発明に想到するまでの道筋を説明しきれたもので

はなく,明らかに後知恵によるものである。

5 取消事由5(本願発明の作用効果の看過)

審決は,本願発明が奏する効果は,引用発明1,引用発明2及び周知技術か

ら予測される程度のもので,格別顕著なものではないと判断している。

しかし,本願発明の作用効果は,「契約受電量」なる概念の存在しない引用

発明1には見いだすことはできず,同時に,需要家が発電設備を有しない引用

発明2においても見いだすことができない。本願発明は,契約受電量の契約期




間とは異なる,ピーク時間である特定期間において,受電者側の都合に適合し

た運転計画を立てることが可能となると同時に,将来的に,契約受電量を低く

抑えることが可能となる独特の効果を奏することができるものであり,審決の

上記判断は誤りである。

第4 被告の反論

1 取消事由1(引用発明1の認定の誤り)に対し

引用発明1は,分散電源拠点内の需要家間において電力の融通を行うように

したことにより,負荷変動に対して分散電源を部分負荷運転をする必要が少な

くなり,分散電源を単独で運用する場合に比べて,分散電源によるエネルギー

供給の経済性,信頼性を向上できるというものである。分散電源拠点内の需要

家は,いずれも個別に独立して負荷を運転しており,各需要家間で電力の融通

を行ったとしても,電力取引の成立状況や負荷の消費電力の変動等により,余

剰電力と不足電力とは常に完全に相殺されるものではない。したがって,引用

発明1は,分散電源をできるだけ定格運転しようとする発明であるものの,分

散電源が機能不全になる場合も考慮されている発明であって(引用例1の【0

094】参照),定格運転した場合にのみ限定される発明ではない。
2 取消事由2(引用発明2の認定の誤り)に対し

引用例2には,需要家が発電設備を有することについての記載はないが,積

極的に有さないとする記載もなく,引用発明2は,需要家として普通に知られ

た発電設備を有する需要家を普通に想定するものといえる。

引用例2の【0070】には,「この実施の形態4では,需要家の消費電力

量を予測し,契約電力量を超過すると予測された第1の需要家と契約電力量を

下回ると予測された第2の需要家とを組み合わせ,契約時に第2の需要家に送

ると契約した電力を第1の需要家に送るように契約電力量を事後修正するよう

にしたものである」との記載がある。ここでいう「契約電力量」とは,「契約





電力量±許容変動量」のうちの契約電力量と同じ文言が使用され,実施の形態

にあるような特定の契約内容にとらわれない,より一般的な意味での契約電力

量を意味していると理解できる。

引用例2では,実行する主体が特定されない発明を認定することができる。

その機能を実現する主体が仲介業者であることは,具体的な態様の単なる例示

と考えるべきである。

3 取消事由3(本願発明と引用発明1の対比及び相違点の認定の誤り)に対し

(1) 本願発明における「受電権」の取引は,受電権の範囲内で電気事業者から
供給される電力を受電できる権利の取引であり,後に受電し消費するための

電力を確保する取引である。引用発明1の「電力」の取引も,後に受電し消

費するための電力を確保する取引といえるから,後に受電し消費するための

“電力”を確保する取引を行っている点では共通している。

(2) 引用発明1において,需要家内の消費電力量及び発電量によって決まる購

入電力に対応する受電契約が存在することは,当然に理解されるものであ

り,需要家内の消費電力量及び発電量に変動が生じると,購入すべき電力に

変動が生じ,その際に受電契約していた電力に対して増減が発生することは

引用発明1において普通に理解されるものである。したがって,引用発明1

における売却対象受電量は,契約受電量,消費電力量,発電量の3つの量の

関係によって決まるものであるということができ,本願発明の「売却対象受

電量」と対応付けられるものである。

よって,審決の相違点5の認定に誤りはない。

4 取消事由4(相違点の判断の誤り)に対し

(1) 相違点1及び3について

引用発明2は,審決に記載したとおり,「電気事業者との間での電力の需

給契約の締結による契約受電量を最大許容受電量として,受電者が電力を前

記最大許容受電量まで受電することができる権利であって,前記受電者が特




定期間において前記電気事業者から電力を受電する権利であるとともに,前

記受電者が売却者もしくは購入者となり当該受電者間に限り取引対象となる

受電権」を取引の対象とするものである。契約した受電量を「受電権」とみ

て売買の取引対象とすることは引用発明2のように知られているから,引用

発明1において,取引対象を,引用発明2のような受電権の取引とすること

は当業者が容易に想到し得たことである。

原告は,引用例1に発電設備制御手段の開示がない点について主張してい

るが,審決は,この点については相違点4として抽出して判断しており,そ
の判断は誤りのないものである。

(2) 相違点2及び5について

ア 相違点2は,「本願発明では,『取引対象受電量を少なくとも売却対象

受電量以下』に決定するのに対し,引用発明1では,売買される電力を

『少なくとも売却対象受電量以下』に決定するものではない点」である。

売買を成立させる量を売ろうとしている量以下に設定することは,商取

引の常識的なことであるから,引用発明1において,需要家間での「売

(買)電量」(本願発明の「取引対象受電量」)を「売電要求」した電力

(本願発明の「売却対象受電量」)以下に設定することは,容易になし得

ることである。

イ 相違点5は,「本願発明では,『売却対象受電量』が『発電増加量分以

下に設定』され,『購入対象受電量』が『発電低下量分以上に設定』され

るのに対し,引用発明では,そのように設定されるものではない点」であ

る。

後記(3)のとおり,引用発明1において,発電量を増加させて売電をし

ようとすること(発電量を低下させて買電をしようとすること)は当業者

が容易に想到し得ることであり,その場合に,売電(買電)をしようとす

る量を発電増加(低下)量分以下に設定することは,発電量を増加(低




下)させた分を売ろう(買おう)としているのであるから自明なことであ

る。

(3) 相違点4について

引用発明1において,分散電源は,需要家コントローラーにより発電量を

制御できるものである。引用発明1の各需要家における分散電源は,発電し

た電力が余り売却することもあるから,引用例1には,発電した電力を売却

するという技術思想自体は記載されている。

また,各分散電源の発電量は,各需要家の都合により決定することができ
るものであり,分散電源の発電量を売電しようとすることは,そもそも電力

の売買をする引用発明1においては,当業者が容易に想到し得ることであ

る。また,逆に分散電源の発電をやめて買電をしようとする場合も同様であ

る。

5 取消事由5(作用効果の看過)に対し

引用発明1は,電力会社との受電契約を締結していることを前提としたシス

テムであるし,引用発明2は,発電設備を有する場合も有しない場合も含んだ

ものであるから,原告の主張は,その前提を誤っている。

受電権の取引において,契約受電量−消費電力量+発電電力量(正・負を含

む)の範囲で取引を行うことができ,相違点2ないし5に対する判断で示した

ように構成すると,発電量を制御してその変化量分を取引量として取引するこ

とで,受電権の受け渡しを一層確実且つ簡略化することができ,受電者側の都

合に適合した運転計画を立てることが可能となり,契約受電量を低く抑えるこ

とが可能となる効果が得られるのは当業者に自明なことである。

第5 当裁判所の判断

当裁判所は,原告主張の取消事由はいずれも理由がないものと判断する。そ

の理由は以下のとおりである。

1 取消事由1(引用発明1の認定の誤り)について




(1) 引用例1について

引用例1(甲19)には,「・・・分散電源拠点コントローラー7は,・

・・汎用コンピュータおよび所定のプログラムから構成され・・・」(【0

080】),「図4は,電力融通方式の概念図である。インターネット9を

介して接続されている需要家コントローラー6と分散電源拠点コントロー

ラー7とは相互に通信可能となっており,例えば,需要家3Aの電力が不足

した場合,需要家コントローラー6Aから分散電源拠点コントローラー7に

対して買電要求21を送信する。これにより,分散電源拠点コントローラー
7はこの買電要求21を受け付けて登録し,売電要求22があるまで待機す

る。次に,電力が余った需要家3B,3Cが,需要家コントローラー6Bか

ら分散電源拠点コントローラー7に対して売電要求22を送信する。分散電

源拠点コントローラー7はこの売電要求22を受け付けて登録する。」

(【0085】),「この分散電源システムでは,需要家コントローラーか

らの買電要求と売電要求を所定の組合せ処理により組合せて電力の売買を行

う。需要家間の電力の売買管理は,分散電源拠点を管理制御する分散電源コ

ントローラーにより一括で行う。また,所定の組合せ処理についても分散電

源コントローラーにより実行される。」(【0009】),「分散電源運転

状況画面20の状況モニター部26には,上記組合せプログラム25により

分散電源4を組合せた状態が表示される。具体例として,同図に示すよう

に,需要家G1,G3から需要家G2に電力を供給している状態が表示され

ている。これらは,需要家コントローラー6の表示装置により閲覧できる。

また,画面下方のモニター表27には,各需要家3の電力使用状況が表示さ

れる。」(【0092】)との記載があり,図3のモニタ表27には,各需

要家3の発電量,使用電力量,売買が行われた買電量,売電量が表示されて

おり,「需要家コントローラーの情報に基づいて分散電源拠点内の需要家間

における電力融通に関する管理制御を行う・・・分散電源拠点では,・・・




需要家の分散電源の電力を他需要家の負荷の運転のために融通する。分散電

源拠点コントローラーは,需要家同士の電力の融通に関する管理制御を行

う」(【0004】〜【0005】),「各需要家3は,自己の発電設備で

ある分散電源4と,発電した電気を消費する照明等の負荷5と,当該分散電

源4および負荷5を管理制御する需要家コントローラー6とを備えてい

る。」(【0079】)との記載がある。

上記記載によれば,引用例1には,審決が引用発明1として認定した発明

が記載されているものと認められる。
(2) 原告の主張について

原告は,引用例1の分散電源は定格状態(一定出力)で運転されるもので

あるから,引用発明1は,「インターネットを介して,需要家に備えられる

分散電源を一定出力(定格状態)で運転した場合に,消費電力との関係で電

力が余った需要家の需要家コントローラーから分散電源拠点コントローラー

に売電要求を送信し,分散電源拠点コントローラーはこの売電要求を受け付

けて登録し,」,「インターネットを介して,需要家に備えられる分散電源

を一定出力(定格状態)で運転した場合に,消費電力との関係で電力が不足

した需要家の需要家コントローラーから前記分散電源拠点コントローラーに

買電要求を送信し,前記分散電源拠点コントローラーはこの買電要求を受け

付けて登録し」と限定的に認定すべきであると主張する。

確かに,引用例1の【0084】には,「この分散電源システム100で

は,需要家3の分散電源4は最も効率の良い定格運転を行うようにし・・・

また,分散電源拠点A全体としての余剰電力は,電力会社11に売電す

る。」との記載があり,また,【0094】にも,「この分散電源システム

100では,各需要家3の分散電源4を効率の良い定格運転させ,余剰電力

を販売し或いは不足電力を購入するようにするので,分散電源拠点全体で効

率的な運用が可能となる。」との記載がある。




しかし,引用例1の【0094】には,「また,各需要家3の有する分散

電源4が機能不全となった場合でも,他の需要家3の分散電源4から電力の

供給を受けられるので,分散電源システム100全体の信頼性が高まる」と

の記載もあり,これによれば,引用例1の分散電源は,可能であれば効率の

よい定格運転をするが,分散電源が機能不全となり,電力が不足する場合に

は,他の需要家の分散電源から電源の供給を受けられるように対応するもの

であることが認められる。この場合に,分散電源が定格状態(一定出力)で

運転されていないことは明らかであり,引用例1の分散電源は,定格状態
(一定出力)で運転されるもののみとはいえない。

したがって,原告の上記主張を採用することはできない。

(3) 小括

よって,取消事由1は理由がない。

2 取消事由2(引用発明2の認定の誤り)について

(1) 引用例2について

引用例2(甲20)には,「需要家の消費電力量を予測し,契約電力量を

超過すると予測された第1の需要家と契約電力量を下回ると予測された第2

の需要家とを組み合わせ,契約時に第2の需要家に送ると契約した電力を上

記第1の需要家に送るように契約電力量を事後修正する」(【007

0】),「・・・各需要家の不足電力量あるいは余剰電力量を計算する。・

・・このように計算された不足(余剰)電力量に対して,組み合わせるのに

適切な候補者がいるかを検索する・・・該当する需要家が見つかった場合に

は,仲介業者が・・・組み合わせに最適な需要家を選択する。・・・このよ

うにして,適切な需要家同士が組み合わされ後,組み合わせにより生じた販

売契約情報133の修正を行い(契約電力量の変更等),電力料金を再計算

し・・・この結果を需要家及び売電業者に通知する・・・」(【0074】

〜【0078】)との記載がある。




上記記載によれば,引用例2には,審決が引用発明2として認定した発明

が記載されているものと認められる。

(2) 原告の主張について

原告は,引用発明2は,「消費電力設備を有し,発電設備を有さない需要

家の消費電力量を予測し,各需要家の不足電力量あるいは余剰電力量を計算

し,需要家から得られる消費電力パターンからなり,販売契約電力量と許容

変動量とにより「契約電力量±許容変動量」の範囲内で電力を使用する契約

として締結され,許容変動量を超えて,契約電力量より多い,あるいは少な

い電力を使用した場合に,違約処理が行われる契約電力量を超過すると予測

された第1の需要家と契約電力量を下回ると予測された第2の需要家とを組

み合わせ,契約時に第2の需要家に送ると契約した電力を上記第1の需要家

に送るように契約電力量を事後修正し,電力料金を再計算し,仲介業者が,

この結果を需要家及び売電業者に通知する電力量制御方法。」と限定的に認

定すべきであると主張する。

確かに,引用例2には,発電設備を有することについての具体的な記載は

ない。しかし,需要家が発電設備を有する場合があることは周知であり,引

用発明2は,このような需要家を排除するものではない。

また,引用例2の「実施の形態1」(【0019】〜【0052】)に

は,「需要家から得られる消費電力パターンからなり,販売契約電力量と許

容電力量とにより「契約電力量±許容変動量」の範囲内で電力を消費する契

約として締結され,許容変動量を超えて,契約電力量より多い,あるいは少

ない電力を使用した場合に,違約処理が行われる」という契約を締結した場

合に,需要家が契約どおりに電力を使用しているか否かを容易に確認するこ

とができる方法が記載されてはいる。しかし,上記(1)のとおり,引用例2

には,審決が引用発明2として認定した内容の発明も記載されており,これ

を「実施の形態1」に記載されている上記のものに限定して解釈すべき理由




はない。

さらに,引用例2の【0077】ないし【0079】には,仲介者が組み

合わせに最適な需要家を選択し,その結果を通知する旨が記載されている。

しかし,引用発明2の電力量制御方法は,需要家を組み合わせて契約電力量

を事後修正して,契約どおりに電力を使用できる需要家を増加させるための

方法であるから,需要家を組み合わせる主体が誰であるかにかかわらず実行

できる方法であり,当業者であれば,引用発明2の電力制御方法が,その実

行主体を特定しないものであることは容易に理解することができるといえ
る。

したがって,原告の上記主張を採用することはできない。

(3) 小括

よって,取消事由2は理由がない。

3 取消事由3(本願発明と引用発明1の対比及び相違点の認定の誤り)につい



(1) 本願発明と引用発明1の対比について

原告は,審決は,一方で,引用発明1では「受電権」が取引されるもので

はない点で本願発明と相違するとしながら,引用発明1の「電力」と本願発

明の「受電権」とは,ともに,売買される電力といえる点で一致していると

するが,引用発明1では,需要者間で実際の「電力」が取引されるのに対し,

本願発明では,受電者間での取引は,電気事業者と受電者との間で交わされ

た契約受電量と,受電者で特定期間に予定する消費電力量及び発電量との関

係で積極的に調整可能な仮想的な受電権にすぎず,売買される電力というこ

とはできないと主張する。

確かに,本願発明と引用発明1とは,取引の対象が「受電権」であるか,

「電力」そのものであるかという点で異なっており,審決は,この点を相違

点1として認定している。




しかし,本願発明における「受電権」の取引の結果,「受電権」を得た需

要家は,得た「受電権」に応じて「電力の供給」を受けることが可能とな

る。他方,引用発明1における「電力」の取引の結果,買電をした需要家

は,買電した「電力」に応じて「電力の供給」を受けることが可能となる。

したがって,本願発明と引用発明1とは,需要家が取引の結果受けるものが

「電力」であるという点では共通している。審決は,本願発明と引用発明と

は,取引の対象が「受電権」であるか,「電力」そのものであるかという点

で相違するが,両者は,需要家が取引の結果受けるものが「電力」であると
いう点で共通している部分があることを一致点として認定したものであり,

その認定に誤りはない。

したがって,原告の上記主張は採用することができない。

(2) 相違点5の認定について

原告は,引用発明1の「余剰電力」あるいは「不足電力」は,発電電力量

と消費電力量との関係で定まるのに対し,本願発明の「売却対象受電量」あ

るいは「購入対象受電量」は,契約受電量の制約がある条件の下,契約受電

量,消費電力量及び発電量との関係で定まるものであり,両者は一致すると

はいえないから,相違点5は,「本願発明では,契約受電量の制約がある条

件の下,契約受電量,消費電力量及び発電量の関係で決まる「売却対象受電

量」が「発電増加量分以下に設定」され,契約受電量の制約がある条件の

下,契約受電量,消費電力量及び発電量の関係で決まる「購入対象受電量」

が「発電低下量分以上に設定」されるのに対し,引用発明1では,そのよう

に設定されるものではない点。」と認定すべきであると主張する。

原告の上記主張は,本願発明の「売却対象受電量」あるいは「購入対象受

電量」は,契約受電量の制約がある条件の下,契約受電量,消費電力量及び

発電量との関係で定まるものである点において,引用発明1の「余剰電力」

あるいは「不足電力」と異なるものであるということを前提としている。し




かし,以下のとおり,本願発明の「売却対象受電量」あるいは「購入対象受

電量」と,引用発明1の「余剰電力」あるいは「不足電力」とは,将来にお

いて売却対象あるいは購入対象となる「電力量」という点において一致して

いる。

すなわち,本願明細書(甲1)の【0040】,【0043】,【004

4】,【0047】,【0049】,【0052】,【0053】,【00

56】の記載によれば,受電権による「売却対象受電量をその最大電力消費

量以下に設定する」(【0040】)のは,最大許容受電量を取引対象受電
量分低下側に調整することにより,売却対象となる受電権を,余剰となる受

電権と同じかそれ以下として,購入者に確実に受け渡すことができるように

確保しておくためであり(【0043】),同様に,「売却対象受電量をそ

の発電量増加分以下に設定する」(【0044】)のは,発電設備の増加可

能分の発電増加量に応じて,売却対象受電量を発電増加量分以下に設定する

ことにより,売却対象となる受電権を確保しておくためであること(【00

47】),また,受電権による「購入対象受電量をその最大電力消費量以上

に設定すること」(【0049】)は,最大許容受電量を取引対象受電量分

増加側に調整することにより,購入対象となる受電権を,不足となる受電権

と同じかそれ以上として,売却者から確実に受け取ることができるように受

け入れ可能にしておくためであり(【0052】),同様に,「購入対象受

電量をその発電低下量分以上に設定すること」(【0053】)は,購入対

象受電量を発電設備の発電低下量分以上に設定することにより,購入対象と

なる受電権を受け入れ可能にしておくためであることが記載されているもの

と認められる(【0056】)。

上記記載によれば,本願発明において,「売却対象受電量」を「最大電力

消費量以下」又は「発電増加量分以下」に設定することは,売却対象となる

余剰の受電権を確保することを意味するにすぎず,それ以上の意義を有する




ものではなく,また,「購入対象受電量」を「最大電力消費量以上」又は

「発電低下量分以上」に設定することは,購入対象となる不足の受電権を受

け入れ可能にすることを意味するにすぎず,それ以上の意義を有するもので

はないことが認められる。

そうすると,本願発明の「売却対象受電量」とは,余剰であるために売却

対象となる将来の「電力量」を意味するにすぎないから,引用発明1の「余

剰電力」とは,将来において売却対象となる「電力量」という点において一

致し,また,本願発明の「購入対象受電量」とは,不足するために購入対象
となる将来の「電力量」を意味するにすぎないから,引用発明1の「不足電

力」とは,将来において購入対象となる「電力量」という点において一致す

る。

したがって,原告の上記主張は,その前提に誤りがあり,採用することが

できない。

(3) 小括

よって,取消事由3は理由がない。

4 取消事由4(相違点に関する判断の誤り)について

(1) 相違点1及び3について

ア 引用発明2は,原告も認めているとおり,契約した受電量を「受電権」

とみて,「電気事業者との間での電力の需給契約の締結による契約受電量

を最大許容受電量として,受電者が電力を前記最大許容受電量まで受電す

ることができる権利であって,受電者が特定期間において電気事業者から

電力を受電する権利であるとともに,受電者が売却者もしくは購入者とな

り当該受電者間に限り取引対象となる受電権」を取引するという事項を含

むものといえる。

したがって,「電力」の取引を行う引用発明1において,引用発明2を

適用して,売買の対象を「電気事業者との間での電力の需給契約の締結に




よる契約受電量を最大許容受電量として,受電者が電力を前記最大許容受

電量まで受電することができる権利であって,受電者が特定期間において

電気事業者から電力を受電する権利であるとともに,受電者が売却者もし

くは購入者となり当該受電者間に限り取引対象となる受電権」とすること

は,当業者が容易に想到し得ることである。

イ 原告の主張について

(ア) 原告は,引用発明2の「余剰電力量」あるいは「不足電力量」は,需要家

において調整可能な発電電力量が考慮されることがない,契約電力量と
消費電力量との間で定まる電力量であると主張する。しかし,前記2に

おいて判示したとおり,需要家が発電設備を有する場合があることは周

知であり,引用発明2は,このような需要家を排除するものではないか

ら,引用発明2の「余剰電力量」あるいは「不足電力量」を原告が主張

するような電力量に限定して解すべき理由はない。

(イ) 原告は,本願発明における「取引の対象となる受電権における取引対

象受電量(売却対象受電量或いは購入対象受電量)」は,その発電設備

制御手段により制御される発電設備が発電する発電量の増加分あるいは

減少分に応じてそれぞれ積極的に設定されることから,相違点4の存在

に基づいて判断されるべきであると主張する。しかし,審決は,相違点

4について,引用発明1に本願発明の発電設備制御手段を設けることは

当業者が容易になし得たことである旨判断しており,この判断に誤りが

ないことは,後記(3)のとおりであるから,これに加えて,相違点1及

び3について,相違点4の存在を踏まえて容易想到性を判断すべき理由

はない。

(ウ) 原告は,引用発明2では,需要家間の直接的な権利の授受については

一切記載されていないと主張する。しかし,引用発明2は,契約電力量

を超過すると予測された第1の需要家と契約電力量を下回ると予測され




た第2の需要家とを組み合わせ,契約時に第2の需要家に送ると契約し

た電力を第1の需要家に送るように契約電力量を事後修正するものであ

るから,契約電力量(権利)が第1の需要家と第2の需要家との間で授

受されているものであり,前示のとおり,「電力」の取引を行う引用発

明1において,売買の対象を引用発明2の「受電権」とすることは,当

業者が容易に想到し得ることである。

(エ) その他,原告は,「契約受電量」の開示がない引用発明1に,発電設備

及び発電制御手段の開示を欠く引用発明2を組み合わせても本願発明に
到ることはできず,むしろ阻害理由がある等縷々主張する。しかし,引

用発明1は,電力会社との受電契約を前提としたシステムであり,契約

受電量の概念は示唆されているといえるほか,先に判示したところに照

らし,原告の主張はいずれも採用することができない。

ウ したがって,相違点1及び3に係る審決の判断に誤りはない。

(2) 相違点2及び5について

ア 前記3において判示したとおり,本願発明の「売却対象受電量」あるい

は「購入対象受電量」と,引用発明1の「余剰電力」あるいは「不足電

力」とは,将来において売却対象となる「電力量」あるいは将来において

購入対象となる「電力量」という点において一致する。そして,売買取引

を行う場合,売買の対象を売却対象の量以下とすることは,商取引におい

て常識的な事柄であるから,引用発明1において,需要家間での「売

(買)電量」(本願発明の「取引対象受電量」)を「売電要求」した電力

(本願発明の「売却対象受電量」)以下に設定することは,当業者が容易

に想到し得ることである。

また,後記(3)において判示するように,引用発明1において,発電量

を増加させて売電をしようとすること(発電量を低下させて買電をしよう

とすること)は,当業者が容易に想到し得ることであり,その場合に,売




電(買電)をしようとする量を発電増加(低下)量分以下に設定すること

は,自明なことである。

イ 原告は,本願発明においては,取引対象受電量(売却対象受電量あるい

は購入対象受電量)は,「契約受電量−消費電力量」を含んで観念される

べき電力量ということができ,単純に,「発電増加量分」あるいは「発電低

下量分」と比較できるものではないなどと主張するが,この主張に理由が

ないことは,前示のとおりである。

ウ したがって,相違点2及び5に係る審決の判断に誤りはない。
(3) 相違点4について

ア 引用発明1の「需要家コントローラー」は,「分散電源および負荷の管

理制御を行う」(【0006】)ものであるから,分散電源は,需要家コ

ントローラにより発電量を制御することのできるものである。したがっ

て,引用発明1の「需要家コントローラー」と本願発明の「発電設備制御

手段」とは,発電設備(分散電源)の発電量を制御できる点において一致

する。他方,引用発明1の「需要家コントローラー」は,その制御内容

が,「特定期間において発電設備の発電量を取引対象受電量分増加させる

ことで,特定期間における受電者が受電可能な最大許容受電量を取引対象

受電量分低下側に調整し,特定期間において発電設備の発電量を取引対象

受電量分減少させることで,特定期間における受電者が受電可能な最大許

容受電量を取引対象受電量分増加側に調整する」ものでない点において,

本願発明の「発電制御手段」と相違する。

ところで,前記3において判示したとおり,本願発明において,「売却

対象受電量」を「発電増加量分以下」に設定することは,売却対象となる

余剰の受電権を確保するためであり,「購入対象受電量」を「発電低下量

分以上」に設定することは,購入対象となる不足の受電権を受け入れ可能

にするためである。そして,取引を行う場合において,売却者がその売却




する量を確保すること,購入者がその購入する量を受け入れ可能とするこ

とは,売買当事者がその売買を確実に行うために通常行うことであるか

ら,これを「受電権」の売買に適用して,売却者側の需要家コントローラ

において,分散電源の発電量を増加させ,購入者側の需要家コントローラ

において,分散電源の発電量を低下させるように設定することは,当業者

が必要に応じてなし得ることである。

したがって,引用発明1において,需要家コントローラにより,分散電

源の発電量を本願発明の発電制御手段のような方法で調整することは,当
業者が容易になし得たことである。

イ 原告は,引用例1において,分散電源4の発電量そのものを増減すると

いう技術思想を見出すことはできないと主張する。しかし,引用発明1に

おいて,分散電源が需要家コントローラにより発電量を制御することので

きるものであることは,上記のとおりである。

原告は,仮に,分散電源の運用形態が,引用例1の【0084】記載の

ものであるとすると,結果的に発電側の発電量は変わることはないとも主

張する。原告の主張は,引用例1の【0084】に「需要家3の分散電源

4は最も効率の良い定格運転を行う」との記載があることを根拠とするも

のと解される。

しかし,前記1(2)において説示したとおり,引用例1の分散電源は,

可能であれば効率のよい定格運転をするが,分散電源が機能不全となり,

電力が不足する場合には,他の需要家の分散電源から電源の供給を受けら

れるように対応するものである。

また,分散電源が定格運転を行うようにした場合であっても,各需要家

の分散電源の発電コストは必ずしも同じになるとはいえないし,当該需要

家の分散電源の発電コストを各需要家間の売買電価格や電力会社との売買

電価格と比較した場合,当該需要家の分散電源のコストが小さいものとも




限らない。そして,各需要家は,経済合理性の観点から,自己の有する分

散電源の発電コストと,他の需要家又は電力会社との売買電価格との関係

に応じて,分散電源の発電量を制御することは,当然のことといえるか

ら,引用例1の【0084】の上記記載は,経済合理性を超えてまで,各

需要家の分散電源を定格運転をさせることを意図したものとはいえない。

したがって,分散電源の運用形態が上記【0084】記載のものであっ

ても,結果的に発電量が変わらないということはできない。

ウ したがって,相違点4に係る審決の判断に誤りはない。
5 取消事由5(本願発明の作用効果の看過)について

引用例1の図1によれば,引用発明1の需要家と電力会社とは,電力系統を

介して接続され,電力売買を行うものであることが認められる。そして,電気

事業者から電力を受電する受電者は,電気事業者との間で電力の需給契約を締

結し,契約受電量を定めているものであるから(本願明細書の【0002】参

照),引用発明1の需要家においても,契約受電量を決定して電気事業者(電

力会社)との間で需給契約を締結していることが前提となっているものと認め

られる。

したがって,引用発明1の需要家の「余剰電力量」及び「不足電力量」は,

契約受電量と消費電力量及び発電電力量との関係から導き出される余剰及び不

足の電力量といえるものであるから,引用発明1に引用発明2を適用すること

により,「受電権」の取引を可能とすることは,当業者が,引用発明1,引用

発明2及び周知技術に基づいて容易になし得たものであり,その作用効果も予

測可能なものである。

また,前示のとおり,取引を行う場合において,売却者がその売却する量を

確保すること,購入者がその購入する量を受け入れ可能とすることは,いずれ

も,売買当事者がその売買を確実に行うために通常行うことであるから,これ

を「受電権」の売買に適用して,売却者側の需要家コントローラにおいて,分




散電源の発電量を増加させ,購入者側の需要家コントローラにおいて,分散電

源の発電量を低下させるように設定することは,当業者が必要に応じてなし得

ることであり,そのような設定を行うことにより,受電権の受渡しを確実かつ

簡略化させるという作用効果も予測可能なものである。

よって,取消事由5は理由がない。

6 まとめ

以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,審決に取り消す

べき違法はない。
第6 結論

よって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のと

おり判決する。

知的財産高等裁判所第3部




裁判長裁判官 設 樂 z 一




裁判官 西 理 香




裁判官 田 中 正 哉