運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成24行ケ10295審決取消請求事件 判例 特許
平成25行ケ10118審決取消請求事件 判例 特許
平成24行ケ10314審決取消請求事件 判例 特許
平成25行ケ10155審決取消請求事件 判例 特許
平成25行ケ10036審決取消請求事件 判例 特許
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 24年 (行ケ) 10309号 審決取消請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2013/09/30
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成25年9月30日判決言渡

平成24年(行ケ)第10309号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 平成25年5月27日

判 決

原 告 ジェネンテク,インコーポレイテッド

訴訟代理人弁護士 片 山 英 二

同 服 部 誠

訴訟代理人弁理士 小 林 浩

同 日 野 真 美

被 告 特 許 庁 長 官

指 定 代 理 人 今 村 玲 英 子

同 中 島 庸 子

同 堀 内 仁 子

主 文

1 特許庁が不服2010−20810号事件について平成24年

4月23日にした審決を取り消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

事 実 及 び 理 由

第1 請求

主文同旨

第2 前提となる事実

1 特許庁における手続の経緯

原告は,発明の名称を「特定Fcεレセプターのための免疫グロブリン変異体」

とする特許発明につき,特許第3457962号に係る特許権(平成4年8月14

日国際出願(以下「本件特許出願」という。)。優先権主張 1991年(平成3

年)8月14日,米国;1992年(平成4年)5月7日,米国。平成15年8月


1
1日設定登録。以下「本件特許」という。)を有している(甲13)。

原告は,平成21年4月21日,特許発明の実施に政令で定める処分を受けるこ

とが必要であったとして,5年の特許権存続期間の延長登録を求めて,特許権存続

期間の延長登録出願(以下「本件延長登録出願」という。)をし(甲1),平成2

2年4月22日,本件延長登録出願につき,手続補正を行った(甲5)。

原告は,平成22年6月8日付けで,拒絶査定を受け(甲6),同年9月15日,

拒絶査定不服審判(不服2010−20810号事件)を請求した(甲7)。特許

庁は,平成24年4月23日,請求不成立の審決(以下「審決」という。)をし,

その謄本は,同年5月8日,原告に送達された。

2 特許請求の範囲

本件特許に係る特許請求の範囲の請求項15は,以下のとおりである(以下,請

求項15に係る発明を「本件発明」という場合がある。)。

「【請求項15】配列番号8および9にそれぞれ示すヒト化マウス抗体humae1

1 1型のFab H鎖アミノ酸配列およびL鎖アミノ酸配列を含む抗体であって,

残基60がアスパラギン酸で置換され,残基61がプロリンで置換され,残基67

がイソロイシンで置換されている(抗体中のアミノ酸残基の番号付けはカバットら

の番号付けに基づく)ことを特徴とする抗体。」

3 本件延長登録出願の理由

平成22年4月22日付け手続補正後の本件延長登録出願における延長の理由と

された医薬品製造販売承認の概要は,以下のとおりである(以下,延長登録を求め

る理由となっている医薬品製造販売承認に係る処分を「本件処分」という。)(甲

1)。

(1) 本件処分

薬事法14条1項に規定する医薬品に係る同法23条において準用する同法14

条1項の承認

(2) 本件処分を特定する番号


2
承認番号 22100AMX00389000

(3) 処分を受けた日

平成21年1月21日

(4) 本件処分の対象となったもの

ア 販売名: ゾレア皮下注用

イ 有効成分

一般的名称:オマリズマブ(遺伝子組換え)

ウ 規格及び試験方法

本品は,チャイニーズハムスター卵巣細胞で生産されるマウス抗ヒトIgEモノ

クローナル抗体の相補性決定部及びヒトIgG1に由来する定常部とフレームワー

ク部からなるヒト化マウス抗ヒトIgEモノクローナル抗体である。

エ 構造式及び分子構造(略)

(5) 本件処分の対象となったものについて特定された用途

気管支喘息(既存治療によっても喘息症状をコントロールできない難治の患者に

限る)

(6) 本件処分を受けたオマリズマブ(遺伝子組換え)は,特許請求の範囲の1

5項に記載の抗体を遺伝子組換えにより製造したものである。

4 審決の理由の概要

審決の理由は,別紙審決書写しに記載のとおりであり,その概略は以下のとおり

である。

すなわち,医薬品製造販売承認申請書の別紙の図1によれば,本件処分の対象と

された医薬品であるオマリズマブ(遺伝子組換え)は,451アミノ酸からなるH

鎖(重鎖)を有するヒト化マウス抗体であると認められる。他方,本件特許の請求

項15の抗体に含まれるH鎖は453アミノ酸からなるものであり,本件処分にお

けるオマリズマブ(遺伝子組換え)は,本件特許の請求項15に記載された抗体に

該当しない。したがって,本件処分の対象となった医薬品は,本件特許の請求項1


3
5の発明特定事項の一部を備えておらず,同請求項15に係る特許発明の実施に本

件処分を受けることが必要であったとはいえない。

第3 取消事由に関する当事者の主張

1 原告の主張

審決は,本件発明の抗体に含まれるH鎖は453アミノ酸からなると解釈した上,

本件処分におけるオマリズマブが451アミノ酸からなるH鎖(重鎖)を有するか

ら,本件処分におけるオマリズマブは本件発明の抗体に該当しないと判断した。

しかし,以下のとおり,本件発明に係る特許請求の範囲における配列番号8のア

ミノ酸配列は,125番と126番に2個のアミノ酸(LysとGly)が誤って

挿入されたものであり,本件特許に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の

記載及び本件特許の優先日当時の技術常識に照らすと,同記載は誤記であることが

明らかであるから,審決の上記認定には誤りがある。

(1)ア 本件特許の優先日当時,ヒトIgG1が,H鎖(重鎖)とL鎖(軽鎖)

を有し,いずれも,N末端から約110個のアミノ酸配列は,抗原特異性に応じて

部分的に異なった配列を有する可変部(V領域)であり,それ以外の部分は,各ク

ラスで配列がほぼ一定である定常領域(C領域)であり,さらにそのC領域は,約

110個のアミノ酸からなる3つの単位より構成されていることが周知であった。

H鎖についてみれば,N末端より順に,可変領域,第一定常領域(CH1領域),

第二定常領域(CH2領域)及び第三定常領域(CH3領域)から構成されている。

可変領域中,抗原分子と直接接触する領域は,超可変領域又は相補性決定部位(C

DR)と呼ばれている。

イ 本件発明は,ぜん息などの疾患の原因であるアレルギー応答を媒介する免疫

グロブリン群の一つであるIgEに対する抗体であって,B細胞上に認められるI

gE又は体内を遊離して循環しているIgEには結合するが,マスト細胞及び好塩

基球に結合しているIgEには結合しないとの特性を有するものであり,マスト細

胞や好塩基球を活性化しない抗体に関する発明である。本件明細書の記載によれば,


4
本件発明の抗IgEヒト化マウス抗体は,マウス抗体がヒト体内で有する免疫原性

をできるだけ少なくするために,ヒト抗体由来のアミノ酸配列を最大にしたもので

あり,ヒト免疫グロブリン(レシピエント抗体)のうち,結合に必要であるCDR

のアミノ酸配列中の残基のみを,所望の特異性,親和性及び能力を有するマウス抗

体(ドナー抗体)のCDR中の残基で置換したものである。

ウ 本件明細書には,VH 領域がカバットヒトサブグループIII,VL 領域がカバ

ットヒトκサブグループIであるレシピエント抗体を用いたことが記載されている。

定常領域については,アミノ酸配列はほぼ一定であるため,上記のような記載はな

い。しかし,可変領域について,ヒトをはじめとした各種動物の抗体等の配列を記

載したカバットらの文献「Sequences of Proteins of Immunological Interest」

(甲18。以下「カバットらの文献」という。)に記載のアミノ酸配列を用いてい

るのであるから,定常領域についても,カバットらの文献に記載のアミノ酸配列が

用いられていると,合理的に理解される。

本件明細書には,アイソタイプをIgG1とするMAE11をヒト化のためのド

ナー抗体として用いたことが記載されており,humae11 1型抗体の作成には,

レシピエント抗体として,ヒトIgG1が用いられたと理解できる。

カバットらの文献には発行当時知られていたヒトIgG1のCH1領域が全て記

載されていると理解されており,同文献によれば,ヒトIgG1の定常領域である

CH1領域は114番〜223番のアミノ酸配列であり,同領域について,28E

U,29NIE,36HUMAN IGG1’CL及び37KOLの4つのヒトI

gG1について,アミノ酸配列が記載されている。そして,上記4つのヒトIgG

1のアミノ酸配列は,150番のアミノ酸がGluである場合とGlnである場合

があること,222番のアミノ酸がLysである場合とArgである場合があるこ

とを除いて,全て同一である。

以上によると,当業者は,本件明細書に特に配列の修飾についての記載がない限

り,humae11 1型抗体の作成に用いられたレシピエント抗体であるヒトIgG1


5
のCH1領域については,カバットらの文献に記載のアミノ酸配列が用いられてい

ると理解したというべきであり,そのアミノ酸配列は,カバットらの文献に記載さ

れたCH1領域の114番〜149番,151〜221番及び223番のアミノ配

列と同一であり,150番目のアミノ酸はGlu又はGln,222番目のアミノ

酸はLys又はArgであると理解したといえる。

(2)ア ヒト免疫グロブリン(レシピエント抗体)のうち,CDRのアミノ酸配

列中の残基を,マウス抗体(ドナー抗体)のCDR中の残基で置換するためには,

ヒト免疫グロブリンの残基とマウス抗体の残基の対応付けを行う必要があるところ,

本件明細書では,この対応付けに,そのような対応付けが既になされているカバッ

トらの文献に記載されたアミノ酸残基の番号(以下「カバットらの残基番号」とい

い,同文献におけるアミノ酸残基への番号付けを「カバットらの番号付け」とい

う。)が用いられている。

本件明細書の配列番号8のアミノ酸配列の残基には,カバットらの残基番号では

なく,特許庁における「塩基配列又はアミノ酸配列を含む明細書等の作成のための

ガイドライン」等と同様に,最初から453番まで通し番号が付けられている。そ

うすると,当業者であれば,アミノ酸配列の修飾についての本件明細書の記載を理

解するために,配列番号8の残基番号とカバットらの残基番号の対比を行う必要が

生じる。

イ マウス抗体(ドナー抗体)のヒト化は,マウス抗体の特異性を維持しつつ,

体内で異物として認識されないようにするために行うものであるから,本件明細書

に記載のhumae11 1型抗体の作成に用いられたレシピエント抗体であるヒトIg

G1のCDRのみがドナー抗体からの残基と置換され,定常領域は,ヒト化に際し

て,ドナー抗体からの残基と置換されることはない。

また,本件特許の優先日当時,定常領域においても,アミノ酸残基の置換・挿入

により,その立体構造が変化し,それによって抗体の機能に悪影響が生じ得ること

が理解されていた。したがって,ヒトIgG1のCH1領域に,カバットらの文献


6
に記載されたアミノ酸配列には見られない置換・挿入のある配列があった場合,当

業者は,それが天然に存在する多型又はバリエーションであると,理解することは

ない。

したがって,当業者は,humae11 1型抗体の定常領域であるCH1領域は,カ

バットらの文献に掲載されたヒトIgG1のアミノ酸配列と完全に一致すると考え

るはずである。

ところが,配列番号8のCH1領域のアミノ酸配列うち,125番のLys(リ

シン)及び126番のGly(グリシン)に対応する配列が,カバットらの文献に

記載されたアミノ酸配列には存在せず,その点で,配列番号8のアミノ酸配列はカ

バットらの文献に記載されたアミノ酸配列と齟齬する。

ウ 2つのアミノ酸の挿入,すなわち,6つの塩基が突然変異によって挿入する

とは考えられず,実際,ヒトIgG1の定常領域であるCH1領域中に,Lys,

Glyが付加された配列は,今日まで報告されていない。

遅くとも1991年(平成3年)10月までに刊行されたカバットらの文献の発

行時点では,ヒトIgG1のCH1領域のアミノ酸配列は,前記の4つしか知られ

ていなかったのであり,それまで見つからなかった特殊なCH1配列を有するヒト

IgG1をあえてレシピエント抗体として用いたと理解するのは極めて不自然であ

る。また,そのような特殊な配列を用いたのであれば,その技術的意義が記載され

ているはずであるが,本件明細書にはその記載はない。したがって,CH1領域の

アミノ酸配列については,明示の記載がなくとも,通常のアミノ酸配列を用いたも

のと,当業者は理解する。

エ 以上によると,配列番号8の125番及び126番のLys,Glyの2つ

のアミノ酸は,誤記により挿入されたことは明らかである。したがって,本件明細

書の配列番号8が「配列の長さ453アミノ酸」との記載が「配列の長さ451ア

ミノ酸」の誤りであることも明らかである。

(3) この点,被告は,カバットらの文献にも,アミノ酸が挿入されている例が


7
記載されているとして,原告の主張は理由がないと主張する。

しかし,被告の主張は,以下のとおり失当である。

すなわち,本件特許の優先日当時,抗体分子の三次元構造は主にアミノ酸配列に

よって決定されるため,アミノ酸残基の置換・挿入により抗体のアミノ酸配列が変

更されれば,抗体が機能するために必要な立体構造が悪影響を受けることが知られ

ており,定常領域におけるアミノ酸残基の置換・挿入について,どのような変異で

あれば抗体の機能に対する影響が小さく,その機能が維持されるかについては,予

測困難であった。そして,カバットらの文献には,抗体のアミノ酸配列が網羅的に

記載されていると理解されていたから,当業者は,カバットらの文献に記載されて

いない以上,他の部位にアミノ酸が挿入されている事例がある可能性は極めて低い

と理解していた。

仮に,当業者が,カバットらの文献には掲載されていないヒトIgG1のCH1

領域の配列であって,既に掲載されている配列にはないアミノ酸残基が挿入されて

いる事例が存在する可能性があると考えたとしても,それは,カバットらの文献の

配列の表において,「ギャップ」で示されている部位,すなわち,「アミノ酸残基

が挿入されている配列を有する抗体が,他の動物種ではあるにせよ,実際に存在し,

機能している」ことが明らかな部位における挿入に限られると考える。カバットら

の文献に記載されたヒトIgG1のCH1領域のアミノ酸配列で,全長が記載され

ているものは4つあるが,これらの116番のThr(スレオニン)と117番の

Lys(リシン)の間(配列番号8の125番と126番のアミノ酸残基の位置に

相当)には,ギャップは存在しない。

以上に照らせば,ギャップの存在しない部位にLys,Glyというアミノ酸2

残基が挿入された配列番号8に接した当業者は,配列番号8におけるLys,Gl

yの挿入が,天然に存在するバリエーションや多型であると認識することはなく,

誤記であると認識するはずである。

2 被告の反論


8
以下のとおり,本件明細書には,配列番号8について,明確かつそれ自体矛盾の

ない記載がなされているから,当該記載は誤記のないものとして,記載のとおり理

解すべきである。

(1)ア 本件明細書には,配列番号8がヒト化マウス抗体humae11 1型のH鎖

(重鎖)のアミノ酸配列であることが記載されている。そして,配列番号8のアミ

ノ酸配列と,抗体の構造に関するカバットらの番号付けとを対応させると,配列番

号8のアミノ酸番号122以降が,カバットらの番号付けで113Aから223C

のCH1領域を含む定常領域に対応し,配列番号8は,上記抗体の定常領域を含む,

H鎖のアミノ酸配列を明確に示している。そして,配列番号8には,CH1領域に

位置する125番のLys及び126番のGly(一文字記号ではそれぞれK及び

G)が一貫して含まれている。さらに,配列番号8のアミノ酸の数として,上記の

125番のLys及び126番のGlyを含むものして,「453」と記載されて

いる。
ヒト化抗体は,ヒト由来のレシピエント抗体のCDRのアミノ酸残基が非ヒト

由来のドナー抗体のCDRのアミノ酸残基で置換されたものであるが,レシピエ

ント抗体については,本件明細書の実施例4に,「MAE11から残基を選択し,

ヒトFab抗体背景中に挿入または置換した(VH 領域カバットサブグループIII

およびV L 領域κサブグループT)」ことは記載されているが,そのCH1領域

がどのようなアミノ酸配列を有するかについては,何ら記載がない。したがって,

配列番号8のアミノ酸配列は,実施例4の記載と矛盾せず,配列番号8のアミノ

酸配列は正しいものとして,記載されたとおりに理解すべきである。

イ カバットらの文献によると,ヒトIgG1抗体である29NIEのCH1

領域には,他のヒトIgG1抗体には見られない,カバットらの番号付けで223

番のValの挿入が,ヒトIgG1抗体である35SACには,他のヒトIgG1

抗体には見られない,カバットらの番号付けで113D番のGlx及び113E番

のSerの挿入が見られ,また,ヒトIgG1抗体である37KOLと39LEC


9
を比べると,37KOLには39LECに見られない,カバットらの番号付けで2

19番のVal及び220番のAspの挿入が見られる。

また,上記のようなCH1領域の両端付近の部分以外にも,例えばマウスIgG

1抗体やヒトIgG2抗体のCH1領域の様々な部分に,同様にアミノ酸の挿入が

見られる。

このように,抗体の機能に悪影響を与えないアミノ酸の挿入は,ヒトIgG1抗

体でも,同様の頻度で起こり得ると考えるべきである。したがって,突然変異によ

ってアミノ酸が2個挿入されるような多型はないということはできない。

なお,抗体の機能に悪影響を及ぼさずにアミノ酸残基の置換・挿入ができる部位

について,理論的な限定を行うことはできないことから,当業者はそのような部位

が「ギャップ」で示されている部位に限られると考えるとはいえない。

(2)ア 原告は,本件明細書の記載によると,レシピエント抗体のCH1領域

のアミノ酸配列は,カバットらの文献に記載されたアミノ酸配列であると理解さ

れると主張するが,以下のとおり,原告の主張は失当である。

(ア) 抗体のVH 領域及びVL 領域は,いずれも可変領域であり,定常領域に含ま

れるCH1領域とは別の領域である。また,カバットらの文献は,その当時公知で

あった,ヒト及びマウス等の動物の抗体について,アミノ酸配列を領域ごとに集め,

特に,VH 領域及びVL 領域についてはサブグループごとに分類し,カバットらの

番号付けに基づいてこれらのアミノ酸配列を並べた配列のリストであるが,特定の

VH 領域及びVL 領域のサブグループに基づいて,対応するCH1領域のアミノ酸

配列を予測できることを示したものではない。

したがって,本件明細書にレシピエント抗体のVH 領域及びVL 領域のサブグル

ープを特定する記載があったとしても,これらの領域とは別の領域であるCH1領

域で用いられるアミノ酸配列とは無関係であり,上記記載から,レシピエント抗体

の定常領域についても,カバットらの文献に記載されているアミノ酸配列が用いら

れていると理解されるとはいえない。


10
(イ) 本件明細書において,ヒト化抗体について,カバットらの文献記載のア

ミノ酸配列,あるいは一般的なアミノ酸配列とは異なる配列を用いたことが明記

されているのは,VH領域及びVL 領域についてのみであるが,これは,VH領域及

びVL 領域におけるアミノ酸の変異が,抗体の抗原結合能力に大きく影響するため

である。CH1領域は抗原結合に関与せず,技術的な関心もVH 領域及びVL 領域

に対する関心ほど高くないことからすると,仮にレシピエント抗体のCH1領域が

カバットらの文献に記載されたアミノ酸配列と多少異なっていたとしても,その点

を明細書に記載しないことは十分にあり得る。

(ウ) カバットらの文献は,刊行物に掲載されたアミノ酸配列を集めたもので

あり,ヒト抗体のアミノ酸配列を網羅的に解析したものではないし,公知のアミ

ノ酸配列をすべて集めたものとも,また同文献に記載されたヒトIgG1抗体の

CH1領域のアミノ酸配列が同領域を代表するものであるとも記載されていない。

さらに,ヒトIgG1抗体のCH1領域のアミノ酸配列が,カバットらの文献に

記載のアミノ酸配列に基づいて一般化できるとも,記載されていない。

また,カバットらの文献は,アミノ酸配列のリストであり,特定のアミノ酸配

列を有する抗体の参照文献は記載されているが,研究者が上記参照文献の抗体を

使用しなければならない事情も存在しない。さらに,本件明細書には,レシピエ

ント抗体として用いたヒト抗体を入手した事情については何ら記載がなく,レシ

ピエント抗体がカバットらの文献に記載されたアミノ酸配列とは多少異なる可能

性は十分ある。

(エ) したがって,レシピエント抗体であるヒトIgG1のCH1領域のアミ

ノ酸配列がカバットらの文献に記載されたヒトIgG1のCH1領域のアミノ酸

配列と同一であるとはいえない。

イ 原告は,当業者は,配列番号8の残基番号とカバットらの残基番号との対応

付けを行い,配列番号8のアミノ酸配列は,CH1領域である125番及び126

番にLys及びGlyが挿入されている点で,カバットらのアミノ酸配列と相違し


11
ており,これらの挿入は誤記であると認識すると主張する。しかし,この主張も失

当である。

ヒト由来のレシピエント抗体と非ヒト由来のドナー抗体について,カバットらの

残基番号を用いた対応付けが行われる理由は,レシピエント抗体のCDR中のアミ

ノ酸残基をドナー抗体のCDR中のアミノ酸残基で置換するのに必要であるからで

ある。他方,抗体のヒト化において,アミノ酸残基の置換等,アミノ酸残基の修飾

が行われない定常領域については,このような対応付けをする必要性がない。した

がって,当業者が,定常領域について,配列番号8の残基番号とカバットらの残基

番号との対応付けを行うとはいえない。

第4 当裁判所の判断

当裁判所は,概要「本件特許の請求項15の抗体に含まれるH鎖は453アミノ

酸からなるものであるのに対し,本件処分の対象とされた医薬品オマリズマブ(遺

伝子組換え)は,451アミノ酸からなるH鎖(重鎖)を有するヒト化マウス抗体

であるから,本件処分の対象とされた医薬品オマリズマブ(遺伝子組換え)は,本

件特許の請求項15の発明特定事項の一部を備えていない」との理由のみによって,

本件特許の請求項15に係る特許発明の実施に本件処分を受けることが必要であっ

たとはいえないとした審決には,少なくとも,その点については誤りがある,と判

断する。

その理由は,以下のとおりである。
1 認定事実

(1) 本件明細書の記載

本件明細書には,以下の記載がある(甲13)。

「【発明の詳細な説明】

発明の背景

この発明は,アミノ酸配列変異体抗IgE抗体およびIgE配列を含有するポリ

ペプチドに関し,とりわけIgEアンタゴニストおよびFcεR TおよびFcε


12
R IIに対して識別結合が可能なポリペプチドに関する。」(特許公報3頁6欄1

0行〜15行(以下,当該箇所が記載された特許公報の頁等のみで特定する。))

「ヒト化抗体とは,非ヒト免疫グロブリンに由来する配列を最小しか含まない免

疫グロブリン,免疫グロブリン鎖またはそのフラグメント(Fv,Fab,Fab

',F(ab')2 または抗体の他の抗原結合配列など)である。大部分においてヒ

ト化抗体はヒト免疫グロブリン(レシピエント抗体)であり,レシピエントの相補

性決定部位(CDR)からの残基が所望の特異性,親和性および能力を有するマウ

ス,ラットやウサギなどの非ヒト種(ドナー抗体)のCDRからの残基で置換され

ているものである。」(3頁6欄48行〜4頁7欄7行)

「本明細書に用いる免疫グロブリン残基番号はカバット(Kabat)ら(Sequences

of Proteins of Immunological Interest(国立衛生研究所(National Institutes

of Health),ベセスダ,メリーランド州,1987))のものであることに注意

すべきである。」(4頁7欄47行〜8欄1行)

「一つの好ましい態様は,ヒト化マウス抗体humae11 1型,2型,3型,4

型,5型,6型,7型,7a型,8型,8a型,8b型または9型のFab H鎖

およびL鎖配列を含む抗体であって,その際,該humae11 1型は配列番号8お

よび9にそれぞれ示すH鎖アミノ酸配列およびL鎖アミノ酸配列を有し,該humae

11 2型〜9型は,下記表9に示すように,該humae11 1型が有するH鎖ア

ミノ酸配列およびL鎖アミノ酸配列に対してさらに以下の修飾を有することを特徴

とする抗体である:

(略)

(h)humae11 8型についてはVH中にA60NおよびD61P;

(i)humae11 8a型についてはVH 中にA60N,D61P,V63Lおよ

びF67I;

(j)humae11 8b型についてはV H 中にA60N,D61PおよびF67

I;


13
(略)

(上記定義において抗体中のアミノ酸残基の番号付けはカバットらの番号付けに基

づくものである。)」(6頁11欄6行〜35行)

「図3は,humae11 1型のH鎖およびL鎖配列(SEQ.ID.8および9)

を示す。」(6頁12欄30行〜31行)

「変異体抗huIgE抗体

まずFCELには結合することができるがFCEHには結合することのできない

一群のマウスモノクローナル抗体を得ることにより,変異体抗huIgE抗体を製造

した。そのような8つのマウスモノクローナル抗体(MAE10,MAE11,M

AE12,MAE13,MAE14,MAE15,MAE16,およびMAE17

と称する)を,ヒトIgEまたはhuIgEの残基315−547からなるポリペプ

チドでマウスを免疫し抗IgE活性についてスクリーニングすることを含む通常の

方法により得た。」(19頁37欄1行〜38欄4行)

「IgE−一価に加え,他の態様において,最大の比率のヒト配列を含有するよ

うに(必要なまたは所望の活性の保持と同程度に)抗体を修飾する,すなわち,キ

メラに変換すなわちヒト化する。両方の場合において,機能的な効果は,マウスま

たは他のドナー抗体の抗IgE結合能をヒト背景中に導入してできるだけ非免疫原

性にすることである。キメラの作製および抗体のヒト化のための一般的な方法が知

られている(上記のように)。最小量の非ヒト抗体配列をレシピエントのヒト抗体

中に置換する。一般に,非ヒト残基をレシピエントのヒト抗体のVH,VL ,VH −

VL境界またはフレームワーク中に置換する。」(20頁40欄18行〜29行)

「MAE11抗体が有する特性は治療用に使用するのに好ましかった。(略)レ

シピエント抗体はカバットヒトκ(L)サブグループIおよびヒトサブグループ

III H鎖であったが,他のいずれのヒト抗体も好適に用いることができる。」

(20頁40欄44行〜21頁41欄3行)

「実施例4


14
ヒト化MAE11の調製

MAE11から残基を選択し,ヒトFab抗体背景中に挿入または置換した(V

H 領域カバットサブグループIIIおよびV L 領域κサブグループI)。第一の型,

humae11v1または1型を表8に記載する。」(35頁70欄28行〜33行)

特許公報50頁から53頁にかけて,配列番号8として,冒頭に「配列の長

さ:453アミノ酸」と記載された上で,3文字表記により合計453のアミノ

酸配列が記載され,その下に,1から453まで5毎に番号が付されている。な

お,125番から128番までのアミノ酸配列は「Lys Gly Lys G

ly」である。

特許公報63頁に記載された図3は,「ヒト化MaE11 1型(完全Ig

G)」との表題が付され,「H鎖」として合計453のアミノ酸配列が1文字表

記により記載されている。その125番から128番までのアミノ酸配列は「K

GKG」であり,上記の配列番号8の125番から128番までのアミノ酸配列

と同じである。

(2) カバットらの文献

カバットらの文献は,カバットらが収集した,免疫グロブリンのシグナル領域,

可変領域及び定常領域のアミノ酸配列を領域ごとに一覧化したものである。甲1

7は1991年(平成3年)に発行されたカバットらの文献の第5版であり,発行

するまでに公表されたデータが収集,一覧化されている。カバットらの文献では,

各免疫グロブリンのアミノ酸配列を,同じ領域の同じアミノ酸配列ができるだけ

並ぶように位置合わせを行い,ギャップを挿入することにより,対応するアミノ

酸残基に共通の番号を付す方法による整理がされている。(甲17,24,乙

2)

カバットらの番号付けでは,H鎖の可変領域(V H 領域)のアミノ酸配列には

0から113の番号が,CH1領域のアミノ酸配列には113Aから223Cの

番号が付されている。カバットらの文献(第5版)によると,同文献が発行され


15
た当時,ヒトIgG1のうち,H鎖のCH1領域の全長についてアミノ酸配列が

解明されているのは,28EU,29NIE,36HUMAN IGG1’CL,

37KOLの4つだけ(以下「抗体EU等」という。)であった。また,35S

AC,38MCG,39LEC,40DOSについては,その一部(アミノ酸配

列が10未満)だけが解明されていた。上記の全長が解明されている4つの抗体

EU等では,114番から223番(ただし150番及び222番を除く。)に

ついてのアミノ酸配列が一致しており,150番についてはGlu又はGlnの

いずれかであり,また222番についてはArg又はLysのいずれかであった。

(甲17,乙2)

2 本件延長登録出願における延長理由の有無について

(1) 「配列表の配列番号8に示すアミノ酸配列において,125番のLys及

び126番のGlyは,誤記に基づく挿入と認定解釈できるか否か」について

ア(ア) 本件明細書の記載によると,本件発明は,抗IgE抗体であるヒト化

マウス抗体humae11 1型にさらに修飾を加えた抗体に関する発明であり,ヒト

化マウス抗体humae11 1型のH鎖のアミノ酸配列が配列番号8で特定されてい

る。本件発明におけるヒト化マウス抗体は,ヒト化マウス抗体humae11 1型の

H鎖のアミノ酸残基60,61及び67を所定のアミノ酸残基に置換した抗体で

ある。この置換されるアミノ酸残基の番号(60,61及び67)は,カバット

らの番号付けに基づくものであることが,特許請求の範囲に記載されている。

(イ) 抗体は,H鎖(重鎖)とL鎖(軽鎖)から構成されており,それぞれ可

変領域(V領域)と定常領域(C領域)から成る。可変領域の中の超可変領域

(相補性決定部位,CDR)は抗原結合部位を形成し,抗原特異性に応じて配列

が異なっている。これに対し,定常領域は,抗原との結合には関与しない。ヒト

IgG1抗体では,H鎖は,N末端から約110のアミノ酸からなる可変領域と,

それぞれ約110のアミノ酸からなるCH1,CH2及びCH3の定常領域から

なる。(甲19,23)


16
ヒト化抗体は,ヒト免疫グロブリン(レシピエント抗体)のCDRからの残基

が所望の特異性,親和性及び能力を有するマウス等の非ヒト種(ドナー抗体)のC

DRからの残基で置換される。ヒト化抗体がヒトの体内で抗原として認識されない

ためには,非ヒト抗体からの残基での置換は最小限とするのが望ましい。また,本

件明細書には,定常領域について何らかの置換,挿入等を行った旨の記載はない。

そうすると,配列番号8に示された,ヒト化マウス抗体humae11 1型のH鎖の

アミノ酸配列は,マウス抗体(ドナー抗体)からの残基で置換されているのは,

抗原分子と結合するCDRに限られ,抗原分子との結合に関与しない定常領域に

ついては,ヒト免疫グロブリン由来のものであると理解するのが合理的である。

(甲20)

(ウ) ヒト化マウス抗体humae11 1型はマウスモノクローナル抗体MAE1

1に由来するものであり,本件明細書の表5「マウス抗HuIgEmab特性の概

要」(26頁)によると,MAE11型のアイソタイプはIgG1である。そして,

MAE11をヒト化する場合,マウス抗体と同じタイプのレシピエント抗体を使用

するのが普通であり,本件発明では,レシピエント抗体としてヒトのIgG1を使

用したと認められる。

イ(ア) 前記のとおり,本件発明は,ヒト化マウス抗体humae11 1型のH鎖

のアミノ酸配列のうち,カバットらの番号付けで番号60,61及び67のアミ

ノ酸残基を所定のアミノ酸残基に置換したものであり,配列番号8で示されたア

ミノ酸配列のうち,カバットらの番号付けで番号60,61及び67のアミノ酸

残基を置換することとなる。配列番号8のアミノ酸配列に付された番号はカバッ

トらの番号付けとは異なるため,カバットらの番号付けで番号60,61及び6

7が配列番号8のどの残基に該当するのかを確認するには,配列番号8のアミノ

酸配列にカバットらの番号付けを対応させる必要が生じ,本件明細書に接した当

業者は,配列番号8のアミノ酸配列に,ヒトIgG1のH鎖のカバットらの番号付

けを対応させる。


17
前記のとおり,カバットらの文献によると,ヒトIgG1の抗体EU等は,C

H1領域の114番から223番(ただし150番及び222番を除く。)につ

いてのアミノ酸配列が同一であり,配列番号8のアミノ酸配列と,カバットらの

文献に記載されたヒトIgG1のH鎖の番号付けとを対比すると,配列番号8の

CH1領域のアミノ酸配列は,125番にLys,126番にGlyが挿入され

ている点,すなわち,カバットらの番号付けで117番のLys,118番Gl

yの後に,さらに「Lys,Gly」が挿入されている点で,カバットらの文献

に記載されたCH1領域のアミノ酸配列と齟齬することが理解できる。

(イ) この点,被告は,アミノ酸残基の修飾が行われない定常領域については,

カバットらの残基番号との対比をする必要はないから,定常領域については,配列

番号8の残基番号とカバットらの残基番号の対比が当然行われるわけではない旨主

張する。

しかし,カバットらの文献には,ヒトIgG1のH鎖の可変領域及び定常領域

のアミノ酸配列が通し番号で番号付けされて記載されていること,特許請求の範

囲 に も 「 ( 抗 体 中 の ア ミ ノ 酸 残 基 の 番 号 付 け は カ バッ ト ら の 番 号 付 け に 基づ

く)」と特記されていることに照らすならば,本件明細書に接した当業者は,カ

バットらの文献から,ヒトIgG1のH鎖のアミノ酸配列のデータを,可変領域

及び定常領域の両方を含めて取得し,修飾が行われる部位がどこであるかにかか

わらず,配列番号8のアミノ酸配列とヒトIgG1のH鎖のアミノ酸配列全体と

を対比するものと解される。

ウ そこで,カバットらの文献との対比結果等を考慮するなど総合的な観点か

ら,配列番号8の125番のLys及び126番のGlyの記載が誤記によるもの

といえるかどうかについて検討する。

(ア) 本件明細書に接した当業者は,配列番号8のCH1領域のアミノ酸配列

が125番にLys,126番にGlyが挿入されている点でカバットらの文献

におけるヒトIgG1の配列と異なっているのは,誤記によるものであると認識


18
すると認められる。その理由は,以下のとおりである。

カバットらの文献は,当業者にとって,抗体のアミノ酸配列に関する不可欠な情

報を提供する基礎的資料であった(甲20,24)。そして,カバットらの文献は,

同文献が発行されるまでに収集された抗体のアミノ酸配列の情報が全て掲載されて

いるものであり,1991年(平成3年)にその第5版が発行されていることから

(甲17,乙2),本件特許出願時である平成4年8月当時,当業者は,それまで

に判明した抗体のアミノ酸配列は,基本的には,カバットらの文献に記載されてい

ると認識していたと認められる。

抗体のヒト化は,ヒトに投与した場合の抗原性を低減するために行われるもので

あり,背景となるヒト抗体は一般的な配列のものを使用するのが望ましいと考えら

れること,及び,本件明細書には,レシピエント抗体として,特別な抗体を使用し

た旨は,何ら記載がされていないことからすると,レシピエント抗体として使用さ

れたのは,一般的な抗体(本件発明では一般的なヒトIgG1)であると理解でき

る。そして,前記のとおり,カバットらの文献によると,CH1領域全長について

アミノ酸配列が判明しているヒトIgG1である抗体EU等のCH1領域は,カ

バットらの番号付けで114番から223番(ただし150番及び222番を除

く。)のアミノ酸配列が一致しており,150番はGlu又はGln,222番

はArg又はLysのいずれかであって,高い同一性を保持していることに照ら

すならば,当業者は,これが一般的なヒトIgG1のCH1領域の配列であると

理解し,本件発明で使用されたレシピエント抗体であるヒトIgG1のCH1領

域のアミノ酸配列も,これと同じであると認識すると認められる。そして,前記

のとおり,抗原分子との結合に関与しない定常領域については,ヒト免疫グロブ

リン由来のものであると認められることから,当業者は,ヒト化マウス抗体humae

11 1型のCH1領域のアミノ酸配列も,カバットらの文献に記載された上記の

CH1領域の配列と同じであると理解するものと認められる。

上記のような事実を踏まえて,本件明細書の配列番号8のCH1領域を見ると,


19
125番にLys,126番にGlyが挿入されている点でカバットらの文献に

おけるヒトIgG1の配列と齟齬しているのであるから,本件明細書に接した当

業者は,配列番号8の125番のLys,126番のGlyは誤って挿入記載さ

れたものであると合理的に理解するものと認められる。

(イ) この点について,被告は,@本件明細書の配列番号8はH鎖のアミノ酸配

列を明確に示していること,Aカバットらの文献は,ヒト抗体のアミノ酸配列の全

てが記載されていると理解されていたとはいえず,同文献に記載されたヒトIgG

1のCH1領域のアミノ酸配列が同領域を代表するものであるとも記載されていな

いこと,Bカバットらの文献には,他の抗体にはないアミノ酸の挿入が見られる抗

体の例も記載されていること,CCH1領域は抗原結合には関与しないことから,

レシピエント抗体のCH1領域がカバットらの文献に記載されたアミノ酸配列と多

少異なっていたとしても,その点を明細書に記載しないことは十分にあり得ると主

張する。

しかし,被告の主張は,以下のとおり採用できない。

すなわち,本件発明に係る特許請求の範囲には,「(抗体中のアミノ酸残基の番

号付けはカバットらの番号付けに基づく)」と記載され,また,本件明細書におい

ても,免疫グロブリン残基番号は,可変領域,定常領域を含め,カバットらの番号

付けに基づいて記載されており,レシピエント抗体の可変領域がVH 領域カバット

サブグループIII及びVL 領域κサブグループIであるとの記載があることから,

本件明細書に接した当業者は,通常,本件明細書において,本件発明はカバットら

の文献を基礎として説明されていると認識し,これを理解するためにカバットらの

文献を参照し,対比すると解される。

確かに,カバットらの文献は,同文献が発行されるまでに公表されたアミノ酸配

列のデータが収集されたものであるから,同文献に掲載されていない未知の抗体の

存在する余地があり得ないではない。しかし,本件特許出願がされたのがカバット

らの文献の第5版が発行された平成3年の翌年である平成4年8月であることから


20
すると,カバットらの文献の第5版が発行された後本件特許出願までの間に,当業

者の理解において,新たに抗体ないしアミノ酸配列が発見されたと想定することは

考え難く,当業者は,本件特許出願時において公知となっているヒトIgG1のC

H1領域のアミノ酸配列は,カバットらの文献に記載されていると認識すると認め

られる。また,カバットらの文献には,H鎖のCH1領域の全長についてアミノ

酸配列が解明されているヒトIgG1として抗体EU等しか記載されていないが,

前記のとおり,これらは高い同一性を有することからすると,当業者は,この配

列が,ヒトIgG1のCH1領域のアミノ酸配列を代表する配列であると認識す

るものと認められる。もとより,本件明細書には,本件発明に用いられたレシピエ

ント抗体がカバットらの文献に記載された抗体のバリエーションであるとの記載は

ない。

また,確かに,CH1領域は抗原結合に関与しない。しかし,定常領域であって

も,アミノ酸残基の置換,挿入によって,その立体構造が変化し,抗体の機能に影

響を与える可能性があることに照らすならば(甲26),仮に,定常領域において,

使用されたレシピエント抗体のアミノ酸配列が公知のものと相違していた場合に,

定常領域であるとの理由により,その点の説明が省略されるとは考えにくい。

さらに,確かに,カバットらの文献には,他の抗体にはないアミノ酸の挿入が見

られる抗体の例が記載されていることを考慮すると,公知のアミノ酸配列にアミノ

酸の挿入された未知の抗体が存在する余地は否定できない。しかし,本件発明はカ

バットらの文献を基礎として説明されたものであることからすると,カバットらの

文献に記載されていない抗体を使用したにもかかわらず,あえて本件明細書にその

点に関する説明の記載を省略したものと解することは困難である。

以上を総合すれば,本件明細書に接した当業者は,本件発明に用いられたレシ

ピエント抗体のCH1領域のアミノ酸配列も,これを使用したヒト化マウス抗体

humae11 1型のCH1領域のアミノ酸配列も,カバットらの文献に記載された

抗体EU等のアミノ酸配列と同じであると認識すると認められ,この点の被告の主


21
張は採用できない。

(2) 小括

そうすると,本件明細書に接した当業者は,配列番号8のアミノ酸配列にカバッ

トらの番号付けを対応させ,配列番号8のアミノ酸配列が,125番にLys,1

26番にGlyが挿入されている点で,カバットらの文献におけるヒトIgG1の

配列と齟齬があると認識し,この2つのアミノ酸は誤って挿入されたものであり,

これらの挿入のない配列が正しい配列であると認識すると認められる。

以上のとおり,特許請求の範囲(請求項15)に係る配列番号8のアミノ酸配列

における125番の「Lys」及び126番の「Gly」の各記載は,誤記による

挿入であると認定解釈することができる。したがって,審決が,本件処分の対象と

された医薬品オマリズマブ(遺伝子組換え)が451アミノ酸からなるH鎖(重

鎖)を有するヒト化マウス抗体であって,特許請求の範囲(請求項15)の453

アミノ酸からなるものであるとの構成を充足しないとの理由のみにより,請求項1

5に係る特許発明の実施に本件処分を受けることが必要であったとはいえない,と

した判断には,少なくとも,そのことを理由とする限りにおいては,誤りがある。

なお,特許請求の範囲(請求項15)については,原告は,他の構成(「残基6

0がアスパラギン酸で置換され」との構成)についても「アスパラギンで置換さ

れ」の誤記であるとして,併せて,誤記の訂正を目的とする訂正審判請求をしたが,

同構成については,誤記であると認定することはできないとして,訂正審判請求を

不成立とする審決を維持する旨の判決(平成25年9月30日判決平成24年(行

ケ)第10268号審決取消請求事件)がされた(当裁判所に顕著な事実)ことか

ら,同判決の判断を前提とするならば,いずれにしろ,医薬品オマリズマブ(遺伝

子組換え)を対象として本件処分を受けることが,請求項15に係る特許発明を実

施するために必要であったとはいえないことになる。しかし,審決は,453アミ

ノ酸からなるものであるとの構成を充足しないとの理由のみにより,結論を導いて

いることから,再度の審理を尽くすため,主文のとおり判決することとした。


22
3 結論

以上のとおり,原告主張の取消事由は理由があり,審決にはその結論に影響を及

ぼす誤りがある。よって,審決を取り消すこととして,主文のとおり判決する。



知的財産高等裁判所第1部




裁判長裁判官

飯 村 敏 明




裁判官

八 木 貴 美 子




裁判官

小 田 真 治




23