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関連審決 無効2014-890016
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事件 平成 27年 (行ケ) 10023号 審決取消請求事件

原告株式会社のらや
訴訟代理人弁護士 奥津周
訴訟代理人弁理士 寒川潔
被告Y
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2015/08/03
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が無効2014−890016号事件について平成26年12月26日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文第1項と同旨
前提事実
1 特許庁における手続の経緯等 被告は,平成23年9月21日,「のらや」の標準文字からなる商標(以下 「本件商標」といい,本件商標に係る商標権を「本件商標権」という。)につ き商標登録出願をし,平成25年2月8日,指定商品及び指定役務を別紙指定 商品等目録記載1のとおりとして設定登録を受けた(登録第5556037 号)。
原告(請求人)は,平成26年3月17日,特許庁に対し,本件商標は商標 法4条1項7号,10号及び19号に該当するとして,本件商標の登録を無効 にすることを求めて審判の請求をした(無効2014-890016号事件)。
これに対し,特許庁は,同年12月26日,「本件審判の請求は,成り立たな い。」との審決をし,その謄本は平成27年1月8日,原告に送達された。
原告は,同年2月4日,本件訴えを提起した。
2 本件商標の商標登録出願に関係する事実(当事者間に争いがない。) (1) 原告の事業及びその使用に係る商標等 ア 原告の代表者であるA(以下「A」という。)は,平成8年8月,個人 事業として大阪府岸和田市にうどん専門の飲食店「のらや岸和田店」を開 業し,その後,大阪府内に同様の店舗を複数開店した。
平成12年8月18日,原告が設立され,Aの上記事業を承継したが, その後,原告は,平成13年ころから,直営店のほか,フランチャイズ方 式によりうどん専門の飲食店チェーンを運営するようになり,平成21年 11月の時点においては,関西圏に25店舗を,平成26年3月の時点に おいては,関西圏に19店舗,東京都に3店舗を展開している。
イ 原告の直営店及びチェーン店に属する各店舗においては,「のらや」の 屋号が使用され,店舗の看板,店舗内の暖簾,座布団,メニュー,箸袋, 持ち帰り用商品の包装箱・包装袋等に,別紙商標目録記載1のとおりの 「のらや」の文字からなる商標(以下「原告文字商標」という。)及び別 紙商標目録記載2のとおりの猫の図形からなる商標(以下「原告図形商標」 といい,これと原告文字商標を併せて「原告使用商標」という。)が,併 記又は単独で表示されている。
(2) Aの登録商標 Aは,平成12年12月25日,「のらや」の標準文字からなる商標(以 下「旧A文字商標」という。)及び別紙商標目録記載3のとおりの猫の図形 からなる商標(以下「旧A図形商標」といい,これと旧A文字商標を併せて 「旧A商標」という。)につき商標登録出願をし,平成13年9月21日, いずれも指定商品及び指定役務を別紙指定商品等目録記載2のとおりとして 設定登録を受けた(登録第4508388号及び登録第4508389号)。
その後,旧A商標は,いずれも,Aが所定の期間内に更新登録申請を行わ なかったため,平成23年9月21日存続期間の満了を原因として,平成2 4年5月30日,抹消登録された。
(3) 原告と被告の関係 ア 原告と有限会社ピアワン(以下「ピアワン社」という。)は,平成14 年5月31日,原告をフランチャイザー,ピアワン社をフランチャイジー として,原告がピアワン社に対し大阪府堺市向陵東町所在のうどん専門店 「手打ち草部うどん のらや中環三国ヶ丘店」(以下「三国ヶ丘店」とい う。)の経営に関するノウハウを提供することなどを内容とするフランチ ャイズ契約を締結した。
イ ピアワン社と被告は,平成14年11月30日,原告を立会人として, ピアワン社が三国ヶ丘店において行う営業を被告に譲渡する旨の契約を締 結した。
ウ その後,三国ヶ丘店における営業は,平成15年8月ころ,被告から有 限会社ありがとうに承継され,さらに,平成19年7月ころ,有限会社あ りがとうから株式会社夢の郷(以下「夢の郷社」という。)に承継された。
被告は,夢の郷社の支配株主であり,実質的な経営者の地位にある。
エ 原告と夢の郷社は,平成24年5月31日,原告をフランチャイザー, 夢の郷社をフランチャイジーとして,三国ヶ丘店の営業に関する従前のフ ランチャイズ契約を更新する旨の契約を締結した。
3 審決の理由 別紙審決書写しのとおりであり,その判断の概要は以下のとおりである。
(1) 商標法4条1項7号該当性 原告は,本件商標の登録出願は,フランチャイズ方式によりうどん専門の 飲食店を展開する原告がその各店舗の屋号として看板等において使用する 「のらや」の文字からなる商標を,原告の一加盟店の実質的経営者である被 告が,旧A商標に係る商標権の存続期間が満了することに乗じ,原告に無断 で行ったものであり,公正な取引秩序を混乱させるおそれのある剽窃的なも のであるから,本件商標は商標法4条1項7号の「公の秩序又は善良な風俗 を害するおそれがある商標」に該当する旨主張する。
しかし,被告は,原告の加盟店の実質的経営者として,原告使用商標を使 用していた立場から,これらに係る商標登録が第三者に取得されることを危 惧し,第三者の参入を防止することを主たる目的として本件商標の登録出願 をしたものと認められ,本件商標を利用して原告に損害を与える目的等を持 っていたとは認められないから,本件商標は,その出願の経緯に著しく社会 的相当性を欠くものがあり,登録を認めることが商標法の予定する秩序に反 するものとして認めることができないようなものには該当しない。
したがって,本件商標は,商標法4条1項7号に該当する商標ではない。
(2) 商標法4条1項10号該当性 原告の店舗数(平成21年11月時点で,大阪府を中心に関西圏に25店 舗),証拠上認められる原告の宣伝・広告の状況等を総合すれば,原告は, うどん専門の飲食店を営業し,フランチャイズ方式により店舗を展開する企 業として,大阪府における飲食物を提供する業界においてはある程度知られ ていると推認することができるが,原告文字商標が原告の業務に係るうどん の提供及びうどんの麺・つゆ等を表示するものとして,本件商標の登録出願 日前から大阪府及び関西圏一円の需要者の間に広く認識されていたとは認め られない。
したがって,本件商標は,商標法4条1項10号に該当する商標とはいえ ない。
(3) 商標法4条1項19号該当性 上記(2)のとおり,原告文字商標は,本件商標の登録出願日において,周 知性を獲得していない商標であった。
また,本件商標が不正の目的をもって使用する商標であると認めるに足り る証拠はない。
したがって,本件商標は,商標法4条1項19号に該当する商標ではな い。
当事者の主張
1 原告の主張 審決には,商標法4条1項7号所定の「公の秩序又は善良な風俗を害するお それがある商標」への該当性判断の誤り(取消事由1)及び同項10号所定の 「需要者の間に広く認識されている商標」への該当性判断の誤り(取消事由 2)があるから,違法として取り消されるべきである。
(1) 商標法4条1項7号該当性判断の誤り(取消事由1) ア 被告による本件商標の登録出願の目的が不当なものであること 審決は,被告が本件商標の登録出願を行ったことについて,原告のフラ ンチャイズ加盟店の実質的経営者として原告使用商標を使用していた立場 から,これらに係る商標の商標登録が第三者に取得されることを危惧し, これを防止することを主たる目的として行ったものであり,原告に損害を 与える目的等をもっていたとは認められないと判断する。
しかしながら,以下に述べるような事情からすれば,被告による本件商 標の登録出願の目的が,第三者に商標を取得されること防止するためであ るとは到底認められず,不当な目的によるものであることは明らかであ る。
(ア) 被告の当初の説明内容 Aや原告の取締役であるB(以下「B」という。)が,旧A商標に係 る商標権の存続期間が満了し,その一方で被告が本件商標の登録出願を していることに気づき,被告にそのことを最初に指摘したのは,平成2 4年4月23日にA及びBと被告との間で行われた話し合いのときであ るが(甲8の1及び2),その際,被告は,本件商標の登録出願の経緯 について,被告が原告の創業メンバーの一人であったC(以下「C」と いう。)から旧A商標に係る権利を譲り受けた旨の説明をするのみで, 原告使用商標に係る商標登録が第三者に取得されることを防止するため であった旨の説明は全くしていない。
その後,被告は,平成24年5月2日の話し合いの際には,第三者に よる商標登録の取得を防止するために本件商標の登録出願を行った旨を 述べているが,平成24年4月23日から同年5月2日までの間にもっ ともらしい理由を考えて,説明ぶりを変えたものと考えられる。
以上のとおり,本件商標の登録出願の経緯に関する被告の当初の説明 内容に照らせば,被告による本件商標の登録出願の目的が,第三者によ る商標登録の取得を防止するためであったとは考えられない。
(イ) 被告が原告に何らの説明もなく出願していること 仮に,被告が,第三者に商標登録を取得されることを防止しようとす るのであれば,原告やAに対して,旧A商標に係る商標権の存続期間満 了前に更新登録の申請を行うよう指摘すれば足りる。にもかかわらず, 被告が,原告やAに対して事前に何らの指摘や説明もせず,旧A商標に 係る商標権の存続期間が満了したその日に自ら本件商標の登録出願を し,その後もAらから指摘を受けるまで,本件商標の登録出願の事実に ついて何らの説明もしていないことからすると,被告による本件商標の 登録出願の主目的が,第三者による商標登録の取得を防止することにあ ったとは到底考えられない。
(ウ) 三国ヶ丘店の店舗設備等の買取交渉の経過 原告と被告との間では,平成24年10月ころ,被告に対し本件商標 の登録出願の取下げを求める原告と,原告に対し三国ヶ丘店の店舗設備 等の買取りを求める被告との間で交渉が行われたところ,その際の交渉 経過からすれば,被告は,価値のほとんどない三国ヶ丘店の店舗設備等 を原告に高額で買い取らせようと交渉し,その交渉材料として本件商標 の登録出願の事実を用いていることが明らかである。
すなわち,上記交渉において,原告としては,三国ヶ丘店の店舗設備 等について金銭評価をして買い取るには値しないとの判断の下,原告が 同店を買い取ることはせず,被告が本件商標の登録出願を取り下げるこ とに対する解決金として100万円を支払うことなどを提案したのに対 し,被告は,本件商標の問題と三国ヶ丘店の店舗設備等の買取りの問題 を一体のものとして解決しようと交渉をしていた。そして,その中で被 告は,原告に対し,三国ヶ丘店の店舗設備等の買取りと本件商標の問題 も含めた解決のための金員として,「簿価プラスアルファ」の金額の支 払いを求めていたところ,夢の郷社の決算書類(甲112)によれば, 三国ヶ丘店の店舗設備等の簿価額は700万円程度と認められる。しか るところ,三国ヶ丘店については,その内装,設備等が老朽化してお り,売上げの状況も芳しくなかったことからすると,被告が求めた上記 金額は,不当に高額なものであったことが明らかである。
このような経過からすれば,被告が本件商標の登録出願をした目的 は,その事実を原告に三国ヶ丘店の店舗設備等をできるだけ高額で買い 取ってもらうための交渉材料として利用することであったことがうかが われる。
(エ) 三国ヶ丘店の閉店後の経過 夢の郷社は,平成26年3月30日をもって三国ヶ丘店を閉店した が,その際,三国ヶ丘店の店舗設備,什器備品等を株式会社DELTA DESIGN(以下「DELTA社」という。)に譲渡した。
その後,DELTA社の実質的経営者と称するD(以下「D」とい う。)なる人物が,原告に対し,本件商標権の処理を含む原告と被告と の間の問題を協議することについて,被告から委任を受けているとして 交渉を求めてきた。その中でDは,原告に対し,Dを原告の経営に参画 させることを求め,その前提として,本件商標権を原告に移転すること などを提案してきたが,原告がこれを断ると,原告に不利益が生じ得る ことを示して暗に原告を脅迫するなどした。
このように,被告が,三国ヶ丘店の閉店後においても,本件商標権に 関する原告との交渉を第三者に委託し,不誠実な交渉を行わせているこ とからすれば,被告による本件商標の登録出願の目的が,その事実を原 告との間の何らかの金銭交渉の材料として利用することにあったことは 明白である。
イ 原告の義務違反を重視すべきではないこと 審決は,原告及びAが旧A商標の商標権存続期間更新登録申請を失念 し,商標権を消滅させたことについて,フランチャイザーとしての重大な 義務違反に当たるとし,他方,被告の本件商標の登録出願も原告との信頼 関係を損ねるものではあるが,原告側の義務違反の方が被告の行為を凌駕 するものであるなどと判断する。
しかしながら,原告及びAの義務違反が,商標に関する知識が不十分 であったこと及び商標管理が不十分であったことという過失に基づくもの であるのに対し,被告による本件商標の登録出願は,原告及びAが更新登 録の手続を失念していることを奇貨とし,本件商標の登録出願の事実を原 告との間の金銭交渉の材料として利用しようとする不当な目的に基づい て,故意に信義則に反する行為を行ったものであるから,被告の信義則違 反の方が原告の義務違反を凌駕していることは明らかである。
したがって,本件商標の登録出願が公序良俗に反するか否かを判断す るに当たって,原告及びAによる義務違反を重視すべきではない。
ウ 以上を総合すると,被告による本件商標の登録出願は,剽窃的で公序 良俗違反に当たるものであるから,本件商標は商標法4条1項7号に該当 するというべきであり,これに該当しないとした審決の判断は誤りであ る。
(2) 商標法4条1項10号該当性判断の誤り(取消事由2) 審決は,原告文字商標について,原告の業務に係るうどんの提供及びうど んの麺・つゆ等を表示するものとして,本件商標の登録出願前より大阪府及 び関西圏一円の需要者の間に広く認識されていた商標と認めることはできな いと判断しているが,以下のとおり,その判断は誤りである。
ア 店舗数と周知性の関係 審決は,原告の展開するうどん専門店に関して,「請求人の展開するう どん専門店は,関西圏の複数の府県に存在するものの,大阪府の17店以 外は,和歌山県に4店,兵庫県に2店,京都府に1店,奈良県に1店存在 するのみである。」として,府県ごとの店舗数のみを周知性の判断材料と している。しかし,店舗の所在地(特に,需要者が多く居住する場所との 関係)や店舗へのアクセスの容易性などによっては,店舗数がそれほど多 くなくても十分な周知性を獲得できる場合がある。
この点,原告の展開するうどん専門店は,大人だけでなく子供も楽しめ る店づくりをしており,子供連れの家族を主たる需要者層としているとこ ろ,原告の店舗は,このような子供連れの家族が多く居住する大阪市を中 心とした周辺都市に集中しているのであり,店舗数が多くなくとも十分な 周知性を獲得し得る環境にある。
また,子供連れの家族を主たる需要者層とする店舗では,店舗へのアク セスの容易性が重要であるところ,原告の店舗は,いずれも大阪府と隣接 府県とを結ぶ主要な道路沿いにある上,駐車場も備えられており,自動車 での店舗へのアクセスが容易であることから,この点でも周知性を獲得し やすい環境にある。
以上からすれば,原告のうどん専門店は,周知性を獲得するのに十分な 店舗数であるというべきである。
イ 店舗の個性による周知性 審決は,原告文字商標の周知性の判断に当たり,原告の店舗の個性を全 く考慮していない点で,周知性の判断に遺漏がある。すなわち,商標が需 要者の記憶に残り周知性を獲得する要因として,競業者との差別化(個性 を打ち出したブランド化)を図ることによって商標が需要者の記憶に残り, 周知性を獲得することがあるというべきである。
この点,原告のうどん専門店においては,古民家風の外観・内装を備え た店舗形式で統一するとともに,人目に付くところに「のらや」の文字及 び原告図形商標又はこれと類似の猫の図形を表示し,店員は猫の図形の入 ったユニフォームを着用し,猫の図形をモチーフにした特徴的なデザイン のオリジナル食器を用いて飲食物を提供している。また,各店舗では,箸 袋を集めた枚数に応じてオリジナル食器をプレゼントするサービスも行っ ている。
このように,原告のうどん専門店は,競業者にはない独自のサービスを 提供し,独自のブランドを形成しており,この点も原告文字商標が周知性 を獲得する要因となっている。
ウ 広告,テレビ・雑誌,イベント参加による周知性 審決は,広告,テレビ・雑誌,イベント参加による周知性に関し,個々 の事実を分断して原告文字商標の周知性への影響を判断しているが,これ らの事実は,「のらや」ブランド,ひいては原告文字商標を周知させるの に相互補完的に作用するものであり,証拠全体から総合的に判断されるべ きである。
例えば,高速道路のサインボードの広告と毎日放送ラジオの番組におけ る広告は,少なくとも平成17年4月から平成20年12月までの3年以 上の長期にわたり同時期に広告がなされている。
また,この間も原告の各店舗では,チラシの近隣への配布や新聞への折 込広告なども随時行われ,更には,「堺ものづくりフェア&物産展」など のイベントへの参加も行われている。
このように,原告の広告をはじめとする各種広報活動は,様々な媒体を 通じて同時並行的に行われており,それぞれの事実が積み重なって原告文 字商標の周知性を高めるものである。
エ 以上の事情からすると,原告文字商標が,原告の業務に係るうどんの提 供及びうどんの麺・つゆ等を表示するものとして,本件商標の登録出願前 から周知性を有していたことは明らかである。
2 被告の反論 (1) 商標法4条1項7号該当性判断の誤り(取消事由1)について ア 原告は,被告による本件商標の登録出願の目的が不当なものであった旨 主張するが,そのような事実はなく,被告が本件商標の登録出願を行った のは,審決が認定するとおり,旧A商標に係る商標権が存続期間の満了に よって消滅した場合に,第三者が原告使用商標に係る商標登録を取得する のを防止するためである。
イ 原告は,平成24年4月23日以降の原告・被告間の話し合いについて 縷々主張するが,これらは原告・被告間の積年の金銭的交渉の継続であっ て,被告による本件商標の登録出願とは直接関係のないことである。
また,原告は,本件商標の登録出願の経緯に関する被告の説明が変化し たことをその主張の根拠とするが,行動の目的には多面性があり,状況に 応じて必要な切り口から説明することは通常あり得ることであるから,被 告の説明が変化したことは何ら不自然ではなく,原告の主張は失当である。
ウ 原告は,原告の義務違反を重視すべきではない旨主張する。
しかし,原告及びAは,フランチャイザーとして,フランチャイズ契約 の根幹をなす原告使用商標に係る商標権を管理すべき責任があるのにこれ を怠り,旧A商標に係る商標権の存続期間満了までに更新登録の申請を行 わなかったばかりか,6か月の救済期間(商標法20条3項)が経過して も更新登録の申請を行わなかったことにより,旧A商標に係る商標権を消 滅させたものであり,極めて重大な義務違反を犯したものである。
他方,被告は,原告使用商標に係る商標登録が第三者に取得される危険 性を排除するというフランチャイジーとしての当然の考慮によって,本件 商標の登録出願を行ったものであり,しかも,このような行為が原告と夢 の郷社との間のフランチャイズ契約において禁止されているわけでもない。
したがって,原告の義務違反を重視すべきでないとする原告の主張は失 当である。
(2) 商標法4条1項10号該当性判断の誤り(取消事由2)について ア 原告は,店舗数と周知性との関係について,原告のうどん専門店の店舗 数が周知性を獲得するには少なすぎるとの原則的な判断については一応認 めた上で,その例外として,店舗数がそれほど多くなくても十分な周知性 を獲得できる場合があるとし,原告の店舗の立地の優位性等を主張するが, 実際にどの程度の認知度であったかを示す証拠は何ら提出されておらず, 原告の主張には裏付けがない。
イ また,原告は,周知性の判断に当たって原告の店舗の個性を考慮すべき 旨を主張するが,いかなる業種であっても,他店との差別化を図る工夫は 通常行われることであり,そのことで直ちに周知性が獲得できるものでは ない。このような差別化によって周知性を獲得したといえるためには,客 観的な証拠による裏付けを要するところ,このような裏付けとなる証拠は 何ら提出されていない。
ウ 広告,テレビ・雑誌,イベント参加による周知性に関する原告の主張も, 何ら裏付けのないものであって,失当である。
当裁判所の判断
当裁判所は,原告の取消事由1に係る主張には理由があるから,その余の点 について判断するまでもなく,審決は取り消されるべきであると判断する。そ の理由は,以下のとおりである。
1 認定事実 前記第2の「前提事実」のほか,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以 下の事実が認められる。
(1) 旧A商標に係る商標権の消滅 旧A商標に係る商標権は,平成23年9月21日の存続期間満了により消 滅したが,これは,A及び原告が,商標権に関する知識を欠き,更新手続の 必要性を認識していなかったため,上記存続期間満了日までに更新登録の申 請を行わず,更に,商標法20条3項所定の存続期間の満了日経過後6月以 内の期間(平成24年3月21日まで)にも更新登録の申請を行わなかった ことによって生じたことである(甲7,68)。
原告は,上記期間が経過した平成24年4月になって,旧A商標に係る商 標権が存続期間満了によって消滅した事実及び被告が後記(2)のとおりの商 標登録出願を行った事実を認識したため,専門家に相談の上,同年5月30 日,改めて原告図形商標と同一の商標及び「のらや」の標準文字からなる商 標について,いずれも第30類及び第43類に属する商品及び役務を指定商 品及び指定役務として商標登録出願を行った(商願2012-43102号 及び商願2012-43103号)(甲67,68)。
(2) 被告による商標登録出願 他方,被告は,旧A商標に係る商標権の存続期間満了日である平成23年 9月21日,本件商標及び別紙商標目録記載4のとおりの猫の図形からなる 商標(以下「被告図形商標」という。)について,いずれも別紙指定商品等 目録記載1の商品及び役務を指定商品及び指定役務として商標登録出願を行 った(商願2011-67903号及び商願2011-67904号。以下, これらの商標登録出願を「本件出願」という。)。
その際,被告は,原告又はAに対し,事前に本件出願の事実を告知してお らず,また,事後においてもその事実を進んで告知することはなかった。被 告が原告又はAに対して本件出願の事実について述べたのは,後記(4)アの とおり,平成24年4月23日にA及びBと被告との間で話し合いが行われ た際に,Aらから本件出願の事実を指摘されたのに対し,これを認めたのが 初めてである。(以上につき,甲1,8の1及び2,甲68)(3) 本件出願当時の原告と被告の関係 前記第2の2(3)記載のとおり,本件出願が行われた平成23年9月当時, 夢の郷社は,原告とピアワン社との間の三国ヶ丘店の営業に関するフランチ ャイズ契約(以下「本件フランチャイズ契約」という。)におけるフランチ ャイジーの地位を承継していたものであり,原告と被告とは,本件フランチ ャイズ契約におけるフランチャイザーとフランチャイジーの実質的経営者と いう関係にあった。また,被告は,平成15年8月28日に原告の発行済株 式の6.49%に当たる40株の株式を取得しており,平成24年3月28 日に原告の100%減資が行われるまで,原告の株主の地位にあった(甲5 9,68)。
本件フランチャイズ契約においては,フランチャイジーは,「手打草部う どん のらや」という名称,サービスマーク(文字・図形)の使用のもとに 営業を行い,その使用に当たってはフランチャイザーの指示に従う旨の条項 (第3条2項),フランチャイジーは,フランチャイザーに対し,月間売上 げの2%のロイヤリティを毎月支払うものとされ,そのロイヤリティについ て,「名称,看板,商標等の使用権益」としての性質が含まれる旨の条項 (第9条1項,2項(1))が定められていた(甲65)。
また,夢の郷社は,原告に対し,本件フランチャイズ契約に基づき,原告 から納入される食材の代金やロイヤリティ等を毎月支払う義務(以下「本件 食材代金等債務」という。)を負担していたところ,平成22年5月ころか ら,その支払いが遅れるようになり,同年11月末には,期日までに支払わ れていない本件食材代金等債務の累計額が約450万円に達した。その後, 夢の郷社による支払遅延は徐々に改善されたが,平成23年5月末の時点で も,期日までに支払われていない本件食材代金等債務は,累計で約222万 円あった。そこで,Aは,同年6月から8月にかけて複数回にわたり,被告 との間で,三国ヶ丘店の経営改善と未払いの本件食材代金等債務の回収に向 けた話し合いを行った。その後,未払いの本件食材代金等債務の累計額は, 同年8月末の時点で約81万円,同年9月末の時点で約137万円となった。
(甲66,68)(4) 原告と被告との本件出願を巡る交渉の経過 ア 平成24年4月ころになって被告による本件出願の事実を認識したA及 びBは,その事情を確認するため,同月23日,被告を呼び出し,話し合 いの機会を持った。その際,被告は,本件出願を行った事情について,原 告の創業メンバーの一人であったCから,旧A商標に係る権利は本来Aで はなく,Cに帰属すると聞いていたこと,被告がかつてCに援助を行った 際に,その代償としてCから旧A商標に係る権利を譲り受けたことなどを 説明した。また,A及びBが,被告による本件出願を原告・被告間の信頼 関係を破壊する行為であるとして非難し,本件出願の取下げを求めたのに 対し,被告は,原告に無断で本件出願をしたことについて謝罪の態度を示 しつつも,本件出願の取下げの要求については,回答を留保した。(甲8 の1及び2,甲68)イ 平成24年5月2日,Aと被告との間で,本件出願を巡る話し合いが再 び行われた。その際,被告は,Cから旧A商標に係る権利を譲り受けた旨 の説明を繰り返したほか,旧A商標の商標権存続期間が満了するタイミン グで本件出願を行った理由については,旧A商標の商標権存続期間が平成 23年9月21日に満了することは,事前にインターネットで見て知って いたが,原告の経営状態が悪いことから,Aは商標権存続期間更新登録 の手続をしないだろうと思ったこと,その場合,第三者に原告使用商標に 係る商標登録を取得されるおそれがあることから,それを防ぐために本件 出願をしたことなどを述べた。また,その際,Aが,原告において原告使 用商標に係る商標登録を改めて取得したい旨を述べ,そのために必要であ るとして,被告に本件出願の取下げを求めたのに対し,被告は明確な回答 をしなかった。(甲9の1及び2,甲68)ウ その後,AとBは,平成24年7月2日及び同月10日にも被告と面談 し,本件出願の取下げを求めたが,被告の承諾は得られなかった。
そこで,原告は,平成24年8月6日,夢の郷社及び被告に対し,三国 ヶ丘店における未払いの本件食材代金等債務の支払いと本件出願の取下げ を求めるとともに,それらが行われない場合には,夢の郷社とのフランチ ャイズ契約を解除することを検討する旨の催告書を送付したが,被告が本 件出願を取り下げることはなかった。(以上につき,甲10,68)エ 平成24年10月10日,Bと被告との間で,本件出願の取下げ及び三 国ヶ丘店の営業の継続等についての話し合いが行われた。その際,Bは, 被告に対し,まずは被告が本件出願を取り下げることが必要であり,それ が行われれば原告と被告との信頼関係が回復することになるから,しかる 後に三国ヶ丘店の営業を継続するかどうかについて協議すべきである旨を 述べた。これに対し,被告は,本件出願の取下げの要求については,前回 のAとの話し合いにおいて,特許庁の判断を待つということで話がついた などと述べ,要求に応じない態度を示す一方で,夢の郷社が三国ヶ丘店の 営業を止め,同店の営業を原告が引き継いで直営店とすることを前提に, 原告に三国ヶ丘店の店舗設備,什器備品等を査定して買い取ることを求め, 支払われる金額次第では,本件出願の取下げも含めた全面的な解決が可能 である旨を述べた。これに対し,Bは,三国ヶ丘店の店舗設備,什器備品 等については,老朽化が激しく,多額の補修費用がかかるため,経済的価 値はゼロであり,原告がこれを買い取って直営店とするつもりはない旨を 述べた上で,解決案として,被告が本件出願を取り下げることの見返りに, @夢の郷社が三国ヶ丘店の営業を止める場合には,原告が被告に解決金1 00万円を支払うこと,A夢の郷社が三国ヶ丘店の営業を継続する場合に は,同社が原告に支払うべき毎月のロイヤリティを200万円を限度とし て免除することを提案した。しかし,被告は,原告から支払われる金額に ついて,三国ヶ丘店の店舗設備等の簿価額プラスアルファの金額を希望し, Bが提示した解決金100万円については,「全然隔たりがある」などと 述べた。このように,平成24年10月10日のBと被告とのやりとりで は,金額の折り合いがつかず,双方がそれぞれ相手方の提案を検討するこ ととなった。(甲11の1及び2,甲68,115)オ 平成24年10月23日,Bと被告との間で,本件出願の取下げ及び三 国ヶ丘店の営業の継続等についての話し合いが行われた。その際,Bは, 再度,原告が三国ヶ丘店の店舗設備等を買い取ることはない旨を述べた上 で,被告に本件出願の取下げを求め,その見返りとして,解決金100万 円を支払うか,又は,三国ヶ丘店のロイヤリティを200万円まで免除す るという前回の提案を繰り返した。これに対し,被告は,飽くまで原告が 三国ヶ丘店の店舗設備等を買い取ることを求め,これと一体的に本件出願 の件も解決したいとの要望を繰り返した。また,原告から支払われる金額 についても,三国ヶ丘店の店舗設備等の簿価額プラスアルファの金額とす ることを求め,Bからの解決金100万円の提案を,「はした金」である などと述べて,全く受け入れられないとの姿勢をとった。(甲12の1及 び2,甲68,115) カ 他方で,原告は,平成24年10月22日,夢の郷社及び被告に対し, 三国ヶ丘店における未払いの本件食材代金等債務約250万円の支払い及 び本件出願の取下げを同月末日までに行うよう求めるとともに,それらが 行われない場合には,夢の郷社とのフランチャイズ契約を解除する旨の催 告書を送付したが,被告が本件出願を取り下げることはなかった(甲1 3)。
(5) 三国ヶ丘店の閉店及びその後の経過 ア その後も夢の郷社による三国ヶ丘店における営業は続けられ,平成24 年10月ころには,本件食材代金等債務の支払遅延も解消されるようにな ったが,平成25年10月ころになると,再び同債務の支払が遅延するよ うになり,平成26年3月末の時点では,期日までに支払われていない同 債務の累計額は約300万円に達した(甲66,70,115)。
このような状況の中,平成26年3月31日には,原告に連絡もないま ま,三国ヶ丘店は,「3/30をもちましてのらや中環三国ヶ丘店は閉店 の運びとなりました。」などと記載された張り紙を店舗に残して閉鎖され, 被告との連絡も取れない状況となった(甲69,115)。
イ 他方,平成26年5月ころ,三国ヶ丘店の店舗において,DELTA社 が,「うどん亭いろは」という名称でうどん店を開業した。
そこで,Bが,DELTA社が店舗を引き継いだ経緯を確認するため, 同社の実質的な経営者と思われるDに接触を図ったところ,Dは,被告を 同行するので原告との話し合いの場を持ちたいと提案してきた。
これを受けて,同月19日,A,B,D及び被告の4名による話し合い の場が持たれた。話し合いの冒頭において,Dは,A及びBに対し,本件 出願に係る商標権に関しては被告から交渉の権限を委任されているとして, 被告の代理人として話し合いがしたい旨を申し出た。その際,同席してい た被告は,これに異を唱えることはなかった。その後,被告は,その場を 離れ,DとA及びBとの間で話し合いが続けられたが,その中で,Dは, 原告の経営にDを参画させることを求め,その前提として,本件出願に係 る商標権を被告から原告に移転させること及び未払いとなっている夢の郷 社の本件食材代金等債務を支払わせることを提案した。(以上につき,甲 71,72,73の1及び2,甲115) ウ 平成26年5月26日,A及びBとDとの間で,再び話し合いが行われ た。その際,Aらが,原告の経営への参画を求めるDの要求を断ったとこ ろ,Dは,「Yさんが商標を持っている限り,僕はそれを使って逆に御社 と戦わないといけなくなる可能性がある」などと述べ,原告に対し,被告 が保有する商標権を行使することを示唆するなどした。(甲74の1及び 2,甲115)2 検討 以上の認定事実に基づき,本件商標が,その登録出願の経緯等に照らし, 公序良俗を害するおそれがある商標といえるか否かにつき検討する。
(1) 被告が本件出願を行った目的について ア 本件出願の経緯 本件出願が行われた平成23年9月21日当時,原告と被告は,本件 フランチャイズ契約におけるフランチャイザーと,そのフランチャイジー である夢の郷社の実質的経営者という関係にあった。そして,本件フラン チャイズ契約において,フランチャイジーは,フランチャイザーである原 告の許諾の下で「のらや」の名称やサービスマーク等を使用して営業を行 い,これに対する対価としてロイヤリティを支払うこととされていたので あるから,フランチャイジーである夢の郷社及びその実質的経営者である被告としては,原告が原告チェーン店の各店舗において使用する原告使用商標に係る権利を尊重し,原告による当該権利の保有及び管理を妨げてはならない信義則上の義務を負っていたものということができる。なお,原告においては,原告使用商標に係る権利について,原告自身ではなく,原告の代表者であるA個人が旧A商標を商標登録し,これに係る商標権を保有するという形で管理していたのであるから,夢の郷社及び被告としては,Aの旧A商標に係る商標権について,上記のような義務を負っていたものといえる。
しかるところ,被告による本件出願は,原告チェーン店の屋号である「のらや」の標準文字からなる本件商標及び原告図形商標と同一であり,かつ旧A図形商標と酷似した猫の図形からなる被告図形商標について,原告の業務に係るうどんの提供及びうどんの麺・つゆ等を指定役務及び指定商品に含むものとして商標登録出願するものであり,これに基づく商標登録が認められることになると,原告が原告使用商標を使用するための法的な裏付けとなる商標権を原告の一フランチャイジーの実質的経営者である被告が保有することとなり,原告にとっては,被告の対応次第で原告使用商標の使用に支障を来すなど重大な営業上の不利益を受けるおそれが生じることになるのであるから,このような本件出願を被告が行うことは,上記信義則上の義務に反する行為といわざるを得ない。加えて,被告は,本件出願を旧A商標の商標権存続期間が満了するまさにその日に行ったものであり,しかも,本件出願の事実を,事前にA又は原告に告知せず,また,事後においても,本件出願から7か月余りが経過した平成24年4月23日までA又は原告に告知することなく秘匿し続けたのであり,同日のA及びBとの話し合いの際に本件出願の事実を認めたのも,自ら進んでのことではなく,Aらからの指摘を受けてのことにすぎない。
以上のとおり,原告チェーン店のフランチャイジーである夢の郷社の 実質的経営者として,原告使用商標の法的な裏付けとなる旧A商標に係る 商標権を尊重し,原告及びAによる当該商標権の保有・管理を妨げてはな らない信義則上の義務を負う立場にある被告が,旧A商標の存続期間が満 了するタイミングに合わせて,原告に重大な営業上の不利益をもたらし得 る本件出願を行い,しかもそのことを原告側に秘匿し続けたという本件出 願に係る経緯からすれば,被告が本件出願を行った目的については,他に 合理的な説明がつかない限りは,何らかの不正な目的によるものであるこ とが強く疑われるというべきである。特に,本件出願が行われた平成23 年9月の直前である同年6月から8月ころの時期においては,原告と夢の 郷社との間で,三国ヶ丘店における本件食材代金等債務の支払遅延が問題 となっており,Aと被告との間でその回収に向けた話し合いが行われてい たことからすれば,被告がこのような原告との金銭的な交渉を想定し,自 己に有利な交渉材料とする目的で本件出願を行うことも,十分考え得るこ とといえる。
イ 本件出願の事実が発覚した後の被告の言動 次に,本件出願の事実が原告側に発覚した後に行われたA及びBと被 告との交渉における被告の言動をみると,被告が,本件出願の事実を自己 に有利な交渉材料として利用し,原告から過大な金銭的利得を得ようとし ていることが明らかである。
すなわち,被告は,平成24年4月23日の話し合い以来,Aらが一 貫して本件出願の取下げを求めていることに対しては明確な回答をせず, 同年10月10日及び同月23日の話し合いにおいては,原告に三国ヶ丘 店の店舗設備等の買取りを求め,その金額次第では本件出願の取下げも可 能である旨を述べるなどしており,原告にとって脅威となっている本件出 願の事実を,三国ヶ丘店の店舗設備等を原告にできるだけ高額で買い取ら せるための交渉材料として現に利用している。しかも,その中で,Bは,三国ヶ丘店の店舗設備等の経済的価値はゼロであり,原告がこれを買い取ることはない旨を明言し,これとは別個の話として,本件出願を取り下げることの見返りに解決金100万円を支払うことなどを提案しているにもかかわらず,被告は,飽くまでも三国ヶ丘店の店舗設備等の買取りを求め,これと一体でなければ本件出願の取下げにも応じられないという態度をとっているのであり,原告側において経済的メリットがないとして明確に拒否している三国ヶ丘店の店舗設備等の買取りを,本件出願の事実を利用して原告に承諾させようとしているものといえる。加えて,被告は,その場合に原告が支払うべき金額について,三国ヶ丘店の店舗設備等の「簿価額プラスアルファ」などと述べており,具体的な金額の提示はしていないものの,原告側が提案した100万円の解決金を「全然隔たりがある」あるいは「はした金」などと述べていることからすれば,100万円を大きく上回る,少なくとも数百万円程度の金額を暗に示唆していたものといえるところ,そのような金額は,三国ヶ丘店の店舗設備等の経済的価値をゼロと評価し,本件出願を取り下げることのみについての解決案として解決金100万円の支払等を提案している原告から見れば,明らかに過大な金額というべきである。
以上のとおり,被告は,原告との交渉の中で,本件出願の事実を,原告側が拒否の態度を示している三国ヶ丘店の店舗設備等の買取りを原告に承諾させ,原告から過大な金銭的利得を得るための交渉材料として現に利用しているのであり,このような被告の言動は,前記アのような本件出願に係る経緯と相まって,被告による本件出願の目的が,そもそも本件出願又はこれに基づく商標登録の事実を原告との金銭的な交渉を有利に進めるための材料として利用し不当な利益を得ることにあったことを推認させるものといえる。
なお,三国ヶ丘店閉店後のA及びBとDとの交渉経過をみると,Dは, 原告の経営に参加したいという自らの要求をAらに承諾させるための交渉 材料として,被告が本件出願に係る商標権を保有している事実を利用して いる。そして,上記交渉に関して,Dと被告との間にいかなる意思の連絡 があったかについては証拠上明らかではないものの,少なくとも,被告が Dに本件出願に係る商標権に関わる交渉の権限を与え,DがAらと交渉を 行うことを黙認していたことは明らかであるから,このような被告の対応 も,本件出願の目的が前記のようなものであったことを推認させる一事情 ということができる。
ウ 被告が主張する本件出願の目的 他方,被告は,本件出願を行った目的について,旧A商標に係る商標 権が存続期間の満了によって消滅した場合に,第三者が原告使用商標に係 る商標登録を取得するのを防止するためであったなどと主張する。
しかしながら,仮に,被告が主張するような事態が危惧されるのであ れば,そのような事態にならないようAらに対し,旧A商標の商標権存続 期間の満了が迫っていることを指摘し,その更新登録手続を怠らないよう 注意喚起すれば足りるはずであるし,特に,原告チェーン店のフランチャ イジーである夢の郷社の実質的経営者であり,かつ,原告の株主の一人で もあった当時の被告の立場からすれば,そうするのが当然であり,かつ自 然な行動ということができる。しかも,本件出願が行われる直前の平成2 3年6月から8月ころには,Aと被告の間で,未払となっていた本件食材 代金等債務の回収に向けた話し合いがたびたび行われていたのであるから, そのような機会に,被告からAに対し上記のような指摘等を行うことは容 易であったはずである。ところが,実際には,被告は,そのような行動は とらず,かえって本件出願を行うことをAに秘匿したまま,旧A商標の存 続期間満了の日に合わせて本件出願を行っているのである。
この点に関し,被告は,Aとの話し合いの中で,「原告の経営状態が悪いことから,Aは旧A商標の存続期間の更新手続をしないだろうと思った」などとも説明する。しかし,仮に,当時の原告の経営状態が悪かったとしても,原告及びAが,現に原告チェーン店の営業が継続している中で,原告使用商標の法的な裏付けとなる旧A商標に係る商標権が消滅するのをあえて放置することは通常考え難いことであるから,被告の上記説明は,不自然というべきである。また,仮に,Aが旧A商標の存続期間の更新手続をしないとの危惧があるのであれば,Aにその点を確認すれば足りることであり,かつ,それは容易なことであったから,そのような確認をすることもなく,Aは旧A商標の存続期間の更新手続をしないだろうと思ったなどという説明も,不自然というほかない。
更に言えば,仮に,被告による本件出願の目的が,第三者による原告使用商標に係る商標登録の取得を防止するためであったのだとすれば,被告としては,フランチャイザーである原告によって原告使用商標に係る商標権が確保されるようになれば足りるはずであり,それが実現されるのであれば,本件出願を維持することに固執する理由はないはずである。ところが,被告は,本件出願の事実が発覚した後のAらとの交渉において,Aらから,原告使用商標に係る商標登録を改めて取得したいとの意向を告げられ,そのために必要であるとして本件出願の取下げを求められているにもかかわらず,これに応じようとはせず,かえって上記イのとおり本件出願の事実を自己に有利な交渉材料として利用する行動をとっているのである。
以上によれば,本件出願を行った目的が第三者による原告使用商標に係る商標登録の取得を防止するためであったとする被告の説明は,被告の実際の言動と明らかに矛盾しており,不自然・不合理なものというべきである。
エ まとめ 以上の諸事情を総合考慮すれば,被告による本件出願の目的が,被告 が主張するような第三者による原告使用商標に係る商標登録の取得を防止 するためなどではなく,原告との金銭的な交渉において本件出願又はこれ に基づく商標登録の事実を自己に有利な交渉材料として利用し不当な利益 を得ることにあったことは,優にこれを認定することができる。
(2) 公序良俗違反の有無について 以上のとおり,被告による本件出願は,原告チェーン店のフランチャイジ ーである夢の郷社の実質的経営者として,旧A商標に係る商標権を尊重し, 原告による当該商標権の保有・管理を妨げてはならない信義則上の義務を負 う立場にある被告が,旧A商標に係る商標権が存続期間満了により消滅する ことを奇貨として本件出願を行い,原告使用商標に係る商標権を自ら取得し, その事実を利用して原告との金銭的な交渉を自己に有利に進めることによっ て不当な利益を得ることを目的として行われたものということができる。
そして,このような本件出願の目的及び経緯に鑑みれば,被告による本件 出願は,原告との間の契約上の義務違反となるのみならず,適正な商道徳に 反し,著しく社会的妥当性を欠く行為というべきであり,これに基づいて被 告を権利者とする商標登録を認めることは,公正な取引秩序の維持の観点か らみても不相当であって,「商標を保護することにより,商標の使用をする 者の業務上の信用の維持を図り,もって産業の発達に寄与し,あわせて需要 者の利益を保護する」という商標法の目的(同法1条)にも反するというべ きである。
してみると,本件出願に係る本件商標は,本件出願の目的及び経緯に照ら し,商標法4条1項7号所定の「公の秩序又は善良な風俗を害するおそれが ある商標」に該当するものといえる。
なお,被告は,そもそも旧A商標に係る商標権が消滅したのは,原告及び Aが,存続期間更新登録手続を怠るというフランチャイザーとしての重大 な義務違反を犯したことによるものであり,本件商標が公序良俗に反するか 否かの判断においては,原告及びAのこのような義務違反を重視すべきであ る旨を主張する。確かに,旧A商標に係る商標権が消滅したのは,原告及び Aがそもそも商標権の存続期間の更新手続の必要性を認識していなかったた めに,その手続を行わなかったという初歩的な過失によるものであり,この ことが,原告チェーン店のフランチャイジーらに対する重大な義務違反とな ることは明らかである。しかしながら,これを被告との関係でみると,被告 は,上記のようなA及び原告の過失によって生じた旧A商標に係る商標権の 消滅という事態を意図的に利用して,原告使用商標に係る商標権を自ら取得 し不当な利益を得ようとしたのであり,いわばA及び原告の上記過失に乗じ て背信的な行為に及んだのであるから,このような被告の行為の背信性が, A及び原告の上記過失の存在によって減じられるということにはならない。
したがって,原告及びAに上記のような重大な義務違反があるからといって, 本件商標が公序良俗を害するおそれのある商標に該当するとの上記判断が左 右されるものではない。
(3) したがって,審決が,本件商標は商標法4条1項7号に該当する商標で はないとした判断には誤りがある。
3 結論 以上のとおり,原告の取消事由1に係る主張には理由があるから,その余の 点について判断するまでもなく,審決は違法として取り消されるべきである。
よって,審決を取り消すこととし,主文のとおり判決する。
追加
(別紙)商標目録1(原告文字商標)2(原告図形商標) 3(旧A図形商標)4(被告図形商標) (別紙)指定商品等目録1第30類食品香料(精油のものを除く。),菓子及びパン,調味料,香辛料,コーヒー豆,穀物の加工品,ぎょうざ,サンドイッチ,しゅうまい,すし,たこ焼き,肉まんじゅう,ハンバーガー,ピザ,べんとう,ホットドッグ,ミートパイ,ラビオリ第43類宿泊施設の提供,飲食物の提供,会議室の貸与,展示施設の貸与,業務用加熱調理機械器具の貸与,業務用食器乾燥機の貸与,業務用食器洗浄機の貸与,加熱器の貸与,調理台の貸与,流し台の貸与,カーテンの貸与,家具の貸与,壁掛けの貸与,敷物の貸与,タオルの貸与2第30類コーヒー及びココア,コーヒー豆,茶,調味料,香辛料,食品香料(精油のものを除く。),米,脱穀済みのえん麦,脱穀済みの大麦,食用粉類,食用グルテン,穀物の加工品,ぎょうざ,サンドイッチ,しゅうまい,すし,たこ焼き,肉まんじゅう,ハンバーガー,ピザ,べんとう,ホットドッグ,ミートパイ,ラビオリ,菓子及びパン,即席菓子のもと,アイスクリームのもと,シャーベットのもと,アーモンドペースト,イーストパウダー,こうじ,酵母,ベーキングパウダー,氷,アイスクリーム用凝固剤,家庭用食肉軟化剤,酒かす,ホイップクリーム用安定剤第42類日本料理を主とする飲食物の提供,うどん又はそばの提供,うなぎ料理の提供,すしの提供,てんぷら料理の提供,とんかつ料理の提供,西洋料理を主とする飲食物の提供,イタリア料理の提供,スペイン料理の提供,フランス料理の提供,ロシア料理の提供, 中華料理その他の東洋料理を主とする飲食物の提供,インド料理の提供,広東料理の提供,四川料理の提供,上海料理の提供,北京料理の提供,アルコール飲料を主とする飲食物の提供,茶・コーヒー・ココア・清涼飲料又は果実飲料を主とする飲食物の提供,宿泊施設の提供,宿泊施設の提供の契約の媒介又は取次ぎ,美容,理容,入浴施設の提供,写真の撮影,オフセット印刷,グラビア印刷,スクリーン印刷,石版印刷,凸版印刷,気象情報の提供,求人情報の提供,結婚又は交際を希望する者への異性の紹介,婚礼(結婚披露を含む。)のための施設の提供,葬儀の執行,墓地又は納骨堂の提供,一般廃棄物の収集及び分別,産業廃棄物の収集及び分別,庭園又は花壇の手入れ,庭園樹の植樹,肥料の散布,雑草の防除,有害動物の防除(農業・園芸又は林業に関するものに限る。),建築物の設計,測量,地質の調査,機械・装置若しくは器具(これらの部品を含む。)又はこれらにより構成される設備の設計,デザインの考案,電子計算機・自動車その他その用途に応じて的確な操作をするためには高度の専門的な知識・技術又は経験を必要とする機械の性能・操作方法等に関する紹介及び説明,電子計算機のプログラムの設計・作成又は保守,医薬品・化粧品又は食品の試験・検査又は研究,建築又は都市計画に関する研究,公害の防止に関する試験又は研究,電気に関する試験又は研究,土木に関する試験又は研究,農業・畜産又は水産に関する試験・検査又は研究,機械器具に関する試験又は研究,著作権の利用に関する契約の代理又は媒介,通訳,翻訳,施設の警備,身辺の警備,個人の身元又は行動に関する調査,栄養の指導,保育所における乳幼児の保育,老人の養護,編み機の貸与,ミシンの貸与,衣服の貸与,植木の貸与,カーテンの貸 与,家具の貸与,壁掛けの貸与,敷物の貸与,会議室の貸与,展示施設の貸与,カメラの貸与,光学機械器具の貸与,漁業用機械器具の貸与,鉱山機械器具の貸与,計測器の貸与,コンバインの貸与,祭壇の貸与,自動販売機の貸与,芝刈機の貸与,火災報知機の貸与,消火器の貸与,タオルの貸与,暖冷房装置の貸与,超音波診断装置の貸与,加熱器の貸与,調理台の貸与,流し台の貸与,凸版印刷機の貸与,電子計算機(中央処理装置及び電子計算機用プログラムを記憶させた電子回路・磁気ディスク・磁気テープその他の周辺機器を含む。)の貸与,美容院用又は理髪店用の機械器具の貸与,布団の貸与,ルームクーラーの貸与
裁判官 大西勝滋
裁判官 田中正哉
裁判長裁判官 鶴岡稔彦