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事件 平成 26年 (ワ) 5210号 損害賠償請求事件

原告 P1
同訴訟代理人弁護士 伊原友己
同 加古尊温
被告 株式会社再春館製薬所
同訴訟代理人弁護士 森ア博之
同 津城尚子
同補佐人弁理士 澤井光一
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2016/01/21
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 被告は,原告に対し,1484万6422円及びこれに対する平成26年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを3分し,その2を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
請求
被告は,原告に対し,4300万円及びこれに対する平成26年1月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は,発明の名称を「パック用シート」とする特許権を有する原告が,被告の製造,譲渡したフェイスマスクが当該発明の技術的範囲に属すると主張して,被告 1 に対し,特許権侵害の不法行為による損害賠償請求として,当該特許の実施料相当額3900万円と弁護士費用相当額400万円を合計した4300万円及びこれに対する不法行為後である平成26年1月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提事実(証拠等の掲記のない事実は当事者間に争いがない。) (1) 当事者 原告は,美容用品の設計及び製造販売等を目的とする株式会社コスメチックスプランナーツカモトの代表取締役である。(甲5) 被告は,日本薬局方,同局方外医薬品及び医薬部外品並びに医療用具,化粧品,栄養剤,栄養食品の製造卸販売等を目的とする株式会社である。
(2) 原告の有する特許権 原告は,以下の特許(以下「本件特許」といい,本件特許に係る発明を「本件特許発明」という。また,本件特許の特許出願を「本件特許出願」といい,本件特許出願の願書に添付された明細書及び図面をまとめて「本件明細書」という。)に係る特許権(以下「本件特許権」という。)を有する。
特許番号 第4352416号 発明の名称 パック用シート 出願日 平成19年5月22日 登録日 平成21年8月7日 特許請求の範囲 【請求項1】 美容用具として,不織布の引っ張り方向とする縦方向に鼻筋の方向を揃えて打ち抜いたフェイスマスク型パック用シートに,鼻翼の付け根から鼻尖を経て,もう片方の鼻翼付け根部分に,さらに眼の付け根に至り,もう片側の眼の付け根までを結ぶ線に囲まれるほぼ台形の領域に,縦方向もしくはやや斜め方向に「ハ」字状に走るミシン目状の切り込み線を複数列配したことを特徴とするパック用シート。
2 (3) 構成要件の分説 本件特許発明を構成要件に分説すると,以下のとおりである。
A 美容用具として,不織布の引っ張り方向とする縦方向に鼻筋の方向を揃えて打ち抜いたフェイスマスク型パック用シートに, B 鼻翼の付け根から鼻尖を経て,もう片方の鼻翼付け根部分に,さらに眼の付け根に至り,もう片側の眼の付け根までを結ぶ線に囲まれるほぼ台形の領域に,縦方向もしくはやや斜め方向に「ハ」字状に走るミシン目状の切り込み線を複数列配した C ことを特徴とするパック用シート。
(4) 被告の行為 被告は,平成25年9月以降,別紙「物件目録」記載のフェイスマスク(以下「被告製品」という。)を製造し,同年10月から平成26年3月までの間,他の美容商品を購入した顧客に対して特典として無償で譲渡し,その申出をした。
(乙12,14,16) 被告製品の構成及び外観は,別紙「物件説明書」記載のとおりである。
2 争 点 (1) 被告製品は,本件特許発明の技術的範囲に属するか。
ア 被告製品は,本件特許発明の各構成要件を文言上充足するか。
(争点1-1) イ 被告製品は,本件特許発明と均等なものとして,その技術的範囲に属するか。 (争点1-2) (2) 本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものであるか。
ア 本件特許発明は,当業者が,本件特許出願前に頒布された登録実用新案第3034427号公報(以下「乙6公報」という。)に記載された考案(以下「乙6考案」という。)及び特開平11-12127号公報(以下「乙7公報」という。)に記載された発明(以下「乙7発明」という。)に基づいて,容易に発明をすること 3 ができたものであるか。 (争点2-1) イ 本件特許発明は,本件特許出願前に頒布された特開2000-309527号公報(以下「乙8公報」という。)に記載された発明(以下「乙8発明」という。)と同一であるか,あるいは,当業者が乙8発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるか。 (争点2-2) ウ 本件特許発明は,本件特許出願前に頒布された特開2001-19617号公報(以下「乙9公報」という。)に記載された発明(以下「乙9発明」という。)と同一であるか。 (争点2-3) (3) 原告の損害額 (争点3)
争点に関する当事者の主張
1-1 争点1-1(被告製品は,本件特許発明の各構成要件を文言上充足するか)について 【原告の主張】 以下のとおり,被告製品は,文言上,本件特許発明の各構成要件を充足する。
(1) 被告製品の構成 被告製品の構成を,本件特許発明の構成要件に対応させて表現すると,以下のとおりとなる。
a 美容用具として,不織布の引っ張り方向とする縦方向に鼻筋の方向を揃えて打ち抜いたフェイスマスク型パック用シートであり, b 鼻翼の付け根から鼻尖を経て,もう片方の鼻翼付け根部分に,さらに眼の付け根に至り,もう片側の眼の付け根までを結ぶ線に囲まれるほぼ台形の領域に,十文字状の切り込み線が複数列配してある c ことを特徴とするパック用シート。
(2) 構成要件A及びCの充足性 被告製品はパック用シートであり,フェイスマスクの製造に用いられる汎用タイプの不織布は,縦方向(長手方向)にはある程度のテンションをかけても延伸せず, 4 幅方向には手で引っ張った程度の力でも容易に延伸するような特性を持っているものがよく利用される(本件明細書【0010】 。したがって, ) 「不織布の引っ張り方向とする縦方向に鼻筋の方向を揃えて打ち抜いた」とは,不織布の原反ロールあるいはフェイスマスク等の製造加工時における不織布の縦方向(長手方向)に鼻筋の方向を一致させて打ち抜いた構成を意味する。不織布を扱う事業者にとって, 「不織布の引っ張り方向とする縦方向に」という表現は,自然に理解でき,その方向に鼻筋を合わせるということも,分かりやすい。
被告製品を実際に上下方向(縦方向)に引っ張ると,不織布(フェイスマスク)は容易には延伸しないが,左右方向(横方向)には容易に延伸するので,原反ロールの延伸しにくい縦方向(長手方向)である引っ張り方向に鼻筋を合わせる位置関係でフェイスマスクが打ち抜かれている。また,被告製品の不織布の細かい縦線(地模様のような縦縞)は,製造時にウォータージェット等で高圧水を噴射した後の原反ロールの繊維の痕跡であり,縦方向を引っ張り方向として被告製品が製造されたことを示している。
(3) 構成要件Bの充足性 ア 「鼻翼の付け根から鼻尖を経て,もう片方の鼻翼付け根部分に,さらに眼の付け根に至り,もう片側の眼の付け根までを結ぶ線に囲まれるほぼ台形の領域に,」について(以下「構成要件B1」という。) 本件特許発明の作用効果が,鼻部におけるフェイスマスクのフィットであることに鑑みれば, 「鼻翼の付け根から鼻尖を経て,もう片方の鼻翼付け根部分に,さらに眼の付け根に至り,もう片側の眼の付け根までを結ぶ線に囲まれるほぼ台形の領域に,」との文言は,鼻の部分をカバーする領域を指す。
そして,「眼の付け根」とは,「鼻よりの涙腺の近く」の領域,つまり,両眼の内側の領域を指す。本件特許発明は,顔面における鼻の膨出部に対処するものであるところ,鼻根部は,通常,鼻背(鼻梁,鼻の尾根の部分)や鼻の最も高い頂上部(鼻尖部)よりも膨出ボリュームが小さいので,不織布の横方向の伸びで吸収すること 5 も可能であり,両眼部の開口部(両眼部に対向する切り欠き孔)よりも少し下方領域(鼻尖部に近づく方向)の膨出ボリュームが増大する部分に台形の上底部を設けることも許容される。本件明細書の図3には,台形状の領域の上底が両眼の内側部分に存在するものが示されているが,これは一つの実施例にすぎないから,厳密に図3と同一の位置(高さ)に上底が存在しなければならないわけではなく,ある程度の上方領域や下方領域に存在することも許容される。加えて,フェイスマスク製造の際,何枚かの不織布を重ねて,トムソン刃型で裁断することもあるため,両眼部の開口部に近接させてミシン目状の切り込み線をカットすると,眼の開口部と繋がってしまうおそれがあり,眼の開口部から少し下方にずらしたところに台形の上底部を設けることは,当業者が普通に考えることである。かかる観点からしても,「眼の付け根」という領域は,下方領域(鼻尖部方向)に広がりを持つ概念である。
被告製品の縦方向の切り込み線の上端部は, 「眼の付け根」といえ,その部分に切り込み線が設けられている。構成要件B1は,台形の領域外に切り込み線が存在することを許容しないものではなく,被告製品において台形の領域外に切り込み線が存在していることは,技術的範囲の属否には関係がない。
イ 「縦方向もしくはやや斜め方向に『ハ』字状に走るミシン目状の切り込み線を複数列配した」について(以下「構成要件B2」という。) 本件特許発明は,縦の切り込み線を多数鼻の領域に設け,その切り込み線が左右に広がることにより,鼻の膨らみを吸収して,フェイスマスクをよりフィットするようにしている。かかる作用効果が奏される程度の連続した縦方向の切り込み線が設けられていれば足り,縦の切り込み線が直線上に複数(2個以上)繋がったものが複数列配されていれば,「ミシン目状」といえる。
被告製品の十字状の切り込み線は,縦方向の直線上に複数連続した切り込み線を含むものであり,本件明細書の図3と被告製品では,縦の切り込み線の長さがほぼ同じであり, 「縦方向・・・に走るミシン目状の切り込み線」の文言を充足する。被告製品の十字状の切り込み線のうち横方向の切り込み線は,単なる付加であり,実 6 際の使用状態においても機能していない。
ウ 被告は,原告が特許庁に提出した「早期審査に関する事情説明書」乙2。
(以下「本件事情説明書」という。)及び特許庁審査官との面接時に提出した意見書案(乙3。以下「本件意見書案」という。)の記載を根拠に,構成要件Bを限定して解釈する主張をするが,前者は審査開始前の段階で早期審査を希望するに際して本件特許発明とは無関係な先行文献との関係で行った説明にすぎず,拒絶理由通知に対応して提出したものではなく,後者は案であって,正式提出したものではないから,それらを出願経過禁反言の根拠にすることはできない。
【被告の主張】 以下のとおり,被告製品は,本件特許発明の各構成要件を文言上充足するものではない。
(1) 被告製品の構成 構成aのうち,被告製品が美容用具であることは認め,その余は否認する。
構成bは否認する。被告製品においては,頬骨の下部から鼻尖を経て,もう片方の頬骨の下部に至る線を下底とし,それと並行に鼻骨の頂部を通り鼻の両脇に至る線を上底とする扁平な台形の領域に,十字状の切り込みが,横方向に5列配置されている。その縦方向に2個連なっているように見える十字状の切り込みの縦線のみをみたとしても,2つの十字状の切り込みの縦線は,同一直線上には並んでいない。
構成cは否認する。
(2) 構成要件Aの充足性 原告が主張する製法工程は,不織布を用いたフェイスマスクの一製法にすぎず,本件明細書からは明らかではなく,「引っ張り方向」との用語も不明確である。
(3) 構成要件Bの充足性 ア 「鼻翼の付け根から鼻尖を経て,もう片方の鼻翼付け根部分に,さらに眼の付け根に至り,もう片側の眼の付け根までを結ぶ線に囲まれるほぼ台形の領域に,」について(構成要件B1) 7 (ア) 本件明細書では,不織布の性質をも利用するとしても,それに加え,鼻の全体部分にミシン目状の切り込み線が配され,その効果によりシートが伸びて鼻全体にフィットしていることが示されている。このように,本件明細書によれば,「台形の領域」は,鼻の立体的な隆起に対向する部分であることが分かり,鼻の隆起は目頭の間から開始するから,「眼の付け根」とは目頭を指すものと理解される。
本件明細書の図3及び図4においても,ミシン目状の切り込み線は,目頭の部分から開始し,図3を用いて台形の領域が説明されており,その他に「眼の付け根」の解釈に資する記載がないため,左右の「眼の付け根」とは,図3において破線が記載された台形の上底の両端である。これらからすると,台形の上底となる, 「眼の付け根に至り,もう片側の眼の付け根までを結ぶ線」とは,両目頭を結ぶ線をいい,台形の下底となる, 鼻翼の付け根から鼻尖を経て, 「 もう片方の鼻翼付け根部分」は,鼻の膨らみである鼻翼が顔の平面と接する部分である。
(イ) そして,構成要件B1は,このような「ほぼ台形の領域に・・・『走る』ミシン目状の切り込み線」を複数列配したのであるから, 「ミシン目状の切り込み線」は, 「ほぼ台形の領域」の全域に存在することが必要であり,また,その領域外にも切り込み線がある場合を含まない。現に,本件明細書の図3ないし図6のいずれにおいても,台形の領域内にのみ,かつ,領域全域に切り込み線が配されている。また,本件意見書案にも,隙間を生じることがないように,鼻筋周辺など凹凸が存在する部分,すなわち,台形の領域の全域にわたってミシン目状の切り込み線が存在する必要がある旨や,装着時等に引っ張ることにより不要な隙間を生じる可能性があるスリットが,鼻部分の密着に必要な範囲を超えて広範囲に形成されるものは含まない旨が記載されている。
(ウ) また,原告は,特許庁に提出した本件事情説明書及び本件意見書案で,「ミシン目状の切り込み線」が,鼻の中央部分(鼻筋部分)に存在することを除外している。
(エ) 他方,被告製品は,@台形の上部には十字状の切り込みが存在せず, 8 他方で,A鼻翼の外側の頬骨の部分まで十字状の切り込みが存在しており,さらに,B鼻筋の部分にも十字状の切り込み線が存在しているため,構成要件B1を充足しない。
イ 「縦方向もしくはやや斜め方向に『ハ』字状に走るミシン目状の切り込み線を複数列配した」について(構成要件B2) (ア) 「ミシン目」とは,ミシンの使用により形成されるミシン針によって開けられた穴のことであるから, 「ミシン目状」とは,多くの穴が長く線状に連なったものを指し,間を空けずに等間隔に連続的に長く連なる点線を示すものであり,仮に,破線を含むとしても,点と同視できるようなごく短い線に限られ,多くの短い線が続いて線状になっていることを意味する。
「走る」という表現も,多数連続していること,端から端まで,多くの穴が長く線状に連なっていることを示している。
(イ) 本件特許発明は,所定の台形状の領域の上底の全域から下底の全域に連なる切り込み線を複数列配することにより,鼻筋部分にフィットさせるものであるが,その際,台形の上底より下底の方が長く,中央部分以外の切り込み線は必然的に斜めになるため, 「『ハ』字状に走るミシン目状の切り込み線」と特定している。
したがって, 「切り込み線」は,台形の上底から下底に貫く連続的なものであり, 「斜め方向」の切り込み線も, 「ハ」のそれぞれの線のように連続しているもののみが含まれ,台形の下部にのみ存在する切り込み線や,台形の斜辺の途中から縦に連なるような切り込み線は含まれない。
(ウ) 原告は,本件事情説明書において,「スリット」と「ミシン目状」の違いを強調し,本件意見書案において,力を加えて伸ばすと菱形に開いてしまうほどの長さのスリットは「ミシン目状の切り込み線」ではない旨主張している。また,本件意見書案によれば, 「ミシン目状の切り込み線」とは,従来のトムソン刃型を用いた方法では作れないような短い切り込み線を意味する。
(エ) また,原告が本件事情説明書において指摘する引用発明との相違点によれば, 「ミシン目状の切り込み線」は,縦方向もしくはやや斜め方向に走る切り込 9 み線のみを意味し,横方向の切り込み線があるものは除外される。
(オ) 以上に対し,被告製品においては,切り込みは十字状であり,横方向に切り込み線が入っているから,「ミシン目状の切り込み線」とはいえない。
また,仮に,十字状の切り込みの縦の切り込みのみを考えたとしても,@十字状の切り込みは上下には2個しか連なっておらず,しかも,それぞれの縦線は連続して一つの線状になるものではないから, 「ミシン目状」には該当しない。また, 「縦 A方向もしくはやや斜め方向に『ハ』字状に走るミシン目状の切り込み線」となるように同一直線上に2個並んでいる切り込みは,複数列は存在せず,台形の斜辺の途中から縦に連なるような切り込み線は, 「ほぼ台形の領域に,縦方向もしくはやや斜め方向に『ハ』字状に走るミシン目状の切り込み線」とはいえない。さらに,B被告製品の十字状の切り込みの縦の切り込み線は,本件事情説明書における「スリット」に相当する長さがあり, 「ミシン目状」を形成する点又は線とはいえず,被告製品の十字状のスリットは,従来のトムソン刃型を用いる方法で打ち抜いたものであるから,「ミシン目状」とはいえない。
ウ 技術思想の差異について 本件特許発明は,平面上のフェイスマスク型パック用シートにおいて,両眼の付け根を結ぶ線を上底とし,両鼻翼の付け根を結ぶ線を下底とする台形の領域に,上底から下底に至る縦方向もしくはやや斜め方向に「ハ」字状となるミシン目状の切り込みを複数列配し,台形領域の不織布を横方向に引き伸ばすことにより,鼻全体のボリュームに対応しようとし,立体形状をなす鼻にフィットさせるという課題を解決するものである。
これに対し,被告製品は,フェイスマスク型パック用シートの鼻の下に切り込みがあり,鼻と口の間の部分を切り離し,引き寄せることにより,パック用シート自体を鼻の形に対応する立体形状とし,不織布を引き伸ばすことなく鼻部分にも密着できるようにするものである。被告製品の十字状の切り込み線は,本件特許発明の台形の領域に相当する部分においては,その下部のみ,かつ,台形外の領域にも設 10 けられ,ある程度の厚みのある不織布を折れやすくすることにより,鼻部分により密着させるためのものであって,不織布を引き伸ばすために設けられているのではない。
このように,本件特許発明と被告製品とでは,課題解決手段を基礎付ける技術的思想が全く異なる。
1-2 争点1-2(被告製品は,本件特許発明と均等なものとして,その技術的範囲に属するか)について 【原告の主張】 仮に,被告製品が本件特許発明の構成要件Bを文言上充足しなかったとしても,以下のとおり,被告製品は,本件特許発明と均等なものとして,その技術的範囲に属する。
(1) ミシン目の個数「ミシン目」が3個以上の多数の連続した切り込み線を意味するとしても, 「縦の切り込み線を連続して2個設けたものを複数列配した」構成をとる被告製品は,本件特許発明と均等なものとして,その技術的範囲に属する。
ア 相違点が本件特許発明の非本質的部分であること 本件特許発明は,横方向に伸びる不織布の属性と相俟って,縦方向あるいはやや斜め方向に「ハ」字状に走るミシン目状の切り込み線が横方向に開口することによって,立体的に膨出する鼻のボリュームを吸収し,小鼻部分への密着性も高めるものであるから,この目的を達成できるだけの切り込み線がほぼ台形の領域に設けられていれば足り,縦方向の直線上に切り込み線が何個設けられているかは,非本質的な事柄にすぎない。
イ 置換可能性 被告製品の縦方向の切り込み線は,装着時に横方向に数o程度開くことにより,鼻のボリュームを吸収し,かつ小鼻部分にもフィットさせるように機能している。
そうすると, 「縦の切り込み線を連続して2個設けたものを複数列配した」構成であ 11 っても,本件特許発明と同じ作用効果を奏する。
ウ 置換容易性 多数のミシン目の切り込み線の数を2個に減らし,隣り合う切り込み線の高さを違えて,互い違いに構成するようなことは,当業者であれば侵害時に容易に想到し得る。
エ 被告製品の構成が公知技術から容易に推考されないこと フェイスマスク全体との関係において,立体的に膨出する鼻のボリュームを吸収し,小鼻部分への密着性も高めるために,縦方向に2個の切り込み線を複数列設けるという公知技術はなく,公知技術から容易に想到できるというものでもない。
オ 意識的除外事由など特段の事情はないこと 原告が, 「縦の切り込み線を連続して2個設けたものを複数列配した」構成が本件特許発明の技術的範囲に属しないというような限定を自ら行ったことはない。
(2) ほぼ台形の領域 構成要件B1について,両目頭を結ぶ高さの線までミシン目状の切り込み線が存在しなければならないと解釈したとしても,被告製品は,本件特許発明と均等なものとして,その技術的範囲に属する。
ア 相違点が本件特許発明の非本質的部分であること 本件特許発明は,顔面でも膨出する部分である鼻に対応するフェイスマスクの部位に縦方向の切り込み線を複数列配することにより,切り込み線と,不織布の横方向に伸びやすい物性とが相俟って,装着時に切り込み線が若干横方向に開口すること等により,鼻のボリュームを吸収し,かつ小鼻部分にもフィットさせるようにしたものである。
台形の上方の両眼の間の部分に縦方向の切り込み線が配されていなくても,平面体であるフェイスマスクによって鼻のボリュームの吸収や小鼻部分へのフィットをもたらすという課題解決原理を異にするものではなく,切り込み線が配される領域の相違は,非本質的部分における相違でしかない。
12 イ 置換可能性 ほぼ台形の領域の上底を,若干下方に(口方向に)設ける構成をとったとしても,もともと両眼の間の鼻根部は,さほどのボリューム(高さ)を有さないのが通例であり,この部分は,小鼻部分のフィットとも関係が薄いから,本件特許発明の作用効果を奏する。
ウ 置換容易性 顔面からの高さ寸法が大きくなり,鼻のボリュームが大きくなってくる部分より下にのみ,縦方向の切り込み線を設けることは,当業者であれば侵害時に容易に想到し得る。
エ 被告製品の構成が公知技術から容易に推考されないこと フェイスマスク全体との関係において,立体的に膨出する鼻のボリュームを吸収し,小鼻部分への密着性も高めるために,両眼の間の部分より少し下(口方向)の位置から,両鼻翼の間を結ぶ線に至るまでに,縦方向の切り込み線を複数列設けるという公知技術はなく,公知技術から容易に想到できるものでもない。
オ 意識的除外事由など特段の事情はないこと 原告が,両眼の間の部分から少し下(口方向)までの位置に,縦方向の切り込み線を設けない構成が本件特許発明の技術的範囲に属しないというような限定を自ら行ったことはない。
【被告の主張】 以下のとおり,被告製品は,本件特許発明と均等なものとして,その技術的範囲に属するものではない。
(1) 相違点が本件特許発明の本質的部分であること 争点1-1に関する被告の主張(3)ウのとおり,本件特許発明と被告製品とでは,課題解決手段を基礎付ける技術的思想が全く異なり,本質的部分において構成が相違する。
(2) 置換可能性 13 被告製品において,パックを顔面に密着させるには,鼻と口の間の切り取り線を切り離し,切り離した部分を寄せることが必要であり,このように引き寄せることにより,切り込み線がパックを顔に乗せた段階では開いていたとしても,それを閉じることができ,パックが隙間なく顔面に密着する。
被告製品は,本件特許発明の台形の領域内の下部及び下部の台形領域外にしか,十字状の切り込みが存在しないため,本件特許発明のように,台形の領域をハ字状に走るミシン目状の切り込み線が開くことによって鼻部分に密着するという方法で装着しようとすると,本件特許発明と同一の作用効果を奏することはできない。
(3) 置換容易性 不織布を立体的にすることにより,鼻のボリュームに対応し,かつ,十字状の切り込みを配置して不織布を折れやすくして,より密着性をもたらすことは,本件特許発明と技術的思想が全く異なるため,容易に想到し得たものではない。
(4) 被告製品の構成が公知技術から容易に推考されるものであること 乙8発明では,顔全体に接触させるための不織布のパック用シートに,縦方向に同一直線状に短い切欠きが多数設けられた列のパターンが形成されているから,台形以外の領域にも切り込み線が存在してよいのであれば,本件特許発明は,乙8公報に開示されており,出願時に公知技術が存在し,又は公知技術から容易に想到し得る。
(5) 意識的除外 原告は,本件事情説明書において,横方向の切り込み線があるものを特許請求の範囲から意識的に除外し,本件意見書案において,装着時等に引っ張ることにより,不要な隙間を生じる可能性がある切り込み線を,鼻部分の密着に必要な範囲を超えて,すなわち,台形の領域を超えて広範囲に形成したものを特許請求の範囲から意識的に除外している。
また,原告は,拒絶査定を受けた後,手続補正書において,特許請求の範囲に 『ハ』 「字状に」の文言を追加し,「ほぼ台形の領域に」「走る」「ミシン目状の切り込み線」 14 とは,台形の上底から下底に連なるミシン目状の切り込み線であるが,斜めになった切り込み線については,斜め線が縦に連なるようなものは除き,台形の上底からそれより長い下底まで, 「ハ」のそれぞれの線のように同一直線上に連続している切り込み線のみを意味することを明確にしていた。このように,原告は,手続補正書により,台形の上底から下底に連なるミシン目状の切り込み以外の切り込み,すなわち,斜めの切り込みが縦に連なる場合や,台形の上底から下底に連ならず,台形の斜辺から始まるような切り込み線を特許請求の範囲から意識的に除外している。
したがって,被告製品のように,平面状態で,所定の台形の領域を超えて,頬の中央部にまで存在する十字状の切り込みがあるものは,本件特許発明の特許請求の範囲から意識的に除外されている。
2-1 争点2-1(本件特許発明は,当業者が,本件特許出願前に頒布された乙6公報に記載された乙6考案及び乙7公報に記載された乙7発明に基づいて,容易に発明をすることができたものであるか)について 【被告の主張】 以下のとおり,本件特許発明は,本件特許出願前に頒布された乙6公報に記載された乙6考案に,乙7公報に記載された乙7発明を適用することによって,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件特許発明は進歩性を欠き,本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものである。
(1) 乙6考案 乙6公報には,以下の考案(乙6考案)が記載されている。
保湿化粧料などの化粧料が保持された,不織布からなる透湿性保持体を有するシート状の鼻用パックに, 鼻翼の付け根から鼻尖を経て,もう片方の鼻翼付け根部分に,さらに眼の付け根に至り,もう片側の眼の付け根までを結ぶ線に囲まれるほぼ台形の領域の一部に,やや斜め方向に「ハ」字状に延びるそれぞれが同一直線状に連続する多数の短い切れ目を有する2列のスリットが形成された 15 シート状の鼻用パック。
(2) 本件特許発明と乙6考案との対比 ア 一致点 本件特許発明と乙6考案は, 「美容用具として,不織布のパック用シートに,鼻翼の付け根から鼻尖を経て,もう片方の鼻翼付け根部分に,さらに眼の付け根に至り,もう片側の眼の付け根までを結ぶ線に囲まれるほぼ台形の領域に,縦方向もしくはやや斜め方向に『ハ』字状に走るミシン目状の切り込み線を複数列配したパック用シート。」である点で一致する。
イ 相違点 (ア) 相違点1 パック用シートの不織布について,本件特許発明は「引っ張り方向とする縦方向に鼻筋の方向を揃え」たものであるのに対し,乙6考案はそのような構成を有するか明らかではない。
(イ) 相違点2 パック用シートの形状について,本件特許発明は「フェイスマスク型」であるのに対し,乙6考案は「鼻用」である。
(3) 相違点に係る構成の容易想到性 ア 相違点1 本件特許発明の「引っ張り方向とする縦方向」という記載の技術的意義が,本件明細書の発明の詳細な説明の記載から明らかでない以上,相違点1について本件特許発明と乙6考案とが実質的に相違しているとはいえない。
乙7公報には,化粧料及び布からなる透湿性保持体を有するシート状のパックが開示され,布として不織布が開示されている。また,この透湿性保持体に使用する布が,貼着部位の外形状になじむように,ある程度の伸縮性を有すること,布の伸縮性や変形性が特定の方向に異方的であることが開示され,シート状パックが顔全体を覆う全顔パックや,額,頬,鼻等の部分パックに適用されることが開示されて 16 いる。乙6考案と乙7発明は,いずれも顔の部位に貼着するための不織布のシート状パックに関するものである点で技術分野が共通するところ,これらの記載に接した当業者にとって,鼻から両側の頬にかけての外形形状になじむように不織布の伸びる方向を横方向に一致させて使用することは,適宜なし得る設計事項にすぎない。
そもそも,本件明細書の発明の詳細な説明には,汎用タイプの不織布において,縦方向には伸びず横方向に伸びやすい物性をもつことが一般的であると指摘されており(【0010】 ,このことからしても,当業者が容易になし得ることは明らかであ )る。
したがって,相違点1に係る本件特許発明の構成は,当業者にとって容易に想到し得る。
イ 相違点2 乙7公報には,シート状パックの形状について「フェイスマスク型」であることが開示されている。乙6考案と乙7発明は,いずれも顔の部位に貼着するための不織布のシート状パックに関するものである点で技術分野が共通し,シート状パックの形状を「鼻用」とするか「フェイスマスク型」とするかは,単なるパックの適用部位の相違にすぎず,乙6考案において,乙7発明のフェイスマスク型を採用するのを阻害するような記載もない。乙6考案には,シート状パックが所定の適用部位に適合する外形にあらかじめ成形することが公知であることが開示されており,乙7発明にも,シート状パックが顔全体を覆う全顔パックに適する外形又は鼻等の部分パックに適する外形のいずれでもよいことが開示されており,いずれも,パックの適用部位に応じてその外形を適宜設定することが開示されている。したがって,当該技術分野において,シート状パックの形状を「鼻用」とするか「フェイスマスク型」とするかは,パックの適用部位に応じて当業者が適宜設定し得ることであるから,当業者であれば相違点2に係る本件特許発明の構成を容易に想到し得る。
【原告の主張】 以下のとおり,本件特許発明は,乙6公報に記載された乙6考案に基づいて,当 17 業者が容易に発明することができたものではない。
(1) 乙6考案 乙6公報から読み取れる内容は,不織布からなる鼻パックにおいて,鼻尖を覆うために凸部を設け,その凸部の両端部から内側へ延びたスリットを入れるということのみである。
(2) 本件特許発明と乙6考案との対比 ア 一致点 本件特許発明と乙6考案は,美容用具である点,ほぼ台形領域内に「ハ」字状に走るミシン目状の切り込み線が存在する点では一致する。
イ 相違点 乙6考案は, 不織布の引っ張り方向とする縦方向に鼻筋の方向を揃えて打ち抜い 「たフェイスマスク型パック用シート」ではなく,不織布の引っ張り方向によって指示される横方向の伸びを意識したものでもないし,フェイスマスク型パック用シートでもない。
乙6考案は,フェイスマスク全体における鼻部のボリュームを吸収するためにスリットが設けられているものではなく,本件特許発明の「ミシン目状の切り込み線」を備えず,スリットは凸部の両端部から内側へ延びたものであるから「ハ」字状に走るミシン目状の切り込み線といえたとしても,「複数列配した」ものではない。
(3) 相違点に係る構成の容易想到性 本件特許発明は,フェイスマスク型パック用シートにおける鼻のボリュームをどのように吸収し,かつ小鼻部分に対する密着性をどのようにして高めるのかという点に技術的課題がある。
乙6考案は,そのような技術的課題に向き合うものではなく,横方向に伸びやすい不織布の物性との関わりや,鼻部に対向するフェイスマスクのほぼ台形状の領域に,斜め方向に「ハ」の字状に切り込み線を複数列配することにより,これを解決するという技術的思想は開示されていない。乙6考案の鼻用パックにおいて,凸部 18 を設けるに際して,その両端部から内側へ延びたスリットを,一組の「ハ」の字に設けるということが開示されていたとしても,本件特許発明の技術的課題やその課題解決原理は容易に想到できるものではない。
また,乙7発明は,パック用シートの積層構造に関する発明にすぎず,本件特許発明の技術的課題や課題解決原理を示唆するものではない。
2-2 争点2-2(本件特許発明は,本件特許出願前に頒布された乙8公報に記載された乙8発明と同一であるか,あるいは,当業者が乙8発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるか)について 【被告の主張】 以下のとおり,本件特許発明は,本件特許出願前に頒布された乙8公報に記載された乙8発明と同一であるから,新規性を欠き,また,当業者が乙8発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるから,進歩性を欠き,本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものである。
(1) 乙8発明 乙8公報には,以下の発明(乙8発明)が記載されている。
モイスチャライザ―,スキンローション及びスキンコンディショナーなどの活性性分を含有する裏地シートを有し,裏地シートが不織布からなる,顔の全面に接触させるためのマスクにおいて, マスクの裏地シートに伸長性を付与するため又はその伸び率を増加させるため,裏地シートに,縦方向に同一直線状に多数連続し,かつ横方向に多数の列をなすパターンとなった短い切欠きが設けられた 顔の全面に接触させるためのマスク。
(2) 本件特許発明と乙8発明との対比 ア 構成要件A 乙8発明の「マスク」は,不織布の裏地シートを有し,顔の全面に接触させるものであるから, 「不織布」 「フェイス型マスクパック用シート」 の に相当する。また, 19 乙8発明の「マスク」は,モイスチャライザ―,スキンローション及びスキンコンディショナー等の活性成分を含有するから, 「美容用具」に相当する。マスクを裁断する場合,打ち抜いて裁断することは常套手段であり,乙8発明のように切欠きを有するものは打ち抜く以外の製法は想定できない。したがって,本件特許発明と乙8発明は, 「美容用具として」 「不織布の」 「フェイスマスク型パック用シート」 「打 をち抜いた」ものである点で一致する。
他方で,本件特許発明は「不織布の引っ張り方向とする縦方向に鼻筋の方向を揃え」たものであるのに対し,乙8発明ではこのような構成を有するか明らかではないが,この点をもって本件特許発明と乙8発明とが相違するとはいえない。
仮に, 「引っ張り方向とする縦方向」が横方向に伸びやすいことを意味するものであると解されるとしても,かかる事項は乙8公報の記載を踏まえれば当業者が容易になし得るものである。すなわち,乙8公報には,マスクが一方向に伸び率を発揮することが開示されており,乙8発明において,顔にぴったりと適合させるという目的を達成するために,例えば鼻から両側の頬にかけての外形形状になじむように不織布の伸びる方向を横方向に一致させて使用することは,適宜なし得る設計事項にすぎない。
イ 構成要件B 乙8発明の「切欠き」は,縦方向の同一直線状に短いものが多数設けられているから,本件特許発明の「縦方向もしくはやや斜め方向に『ハ』字状」に配置された「ミシン目状の切り込み線」に相当する。また,乙8発明の「切欠き」は,顔全面に接触させるためのマスクにおいて裏地シートにパターンとなって設けられているから, 「鼻翼の付け根から鼻尖を経て,もう片方の鼻翼付け根部分に,さらに眼の付け根に至り,もう片側の眼の付け根までを結ぶ線に囲まれるほぼ台形の領域」を含む領域に「複数列配した」ものである。
ウ 構成要件C 本件特許発明と乙8発明とは,いずれもパック用シートであり一致する。
20 【原告の主張】 以下のとおり,本件特許発明は,乙8公報に記載された乙8発明と同一とはいえず,また,乙8発明に基づいて,当業者が容易に発明することができたものではない。
乙8公報の図4の不織布の切欠きが,どの部分にどの方向で設けられているか,開示されておらず,乙8発明が本件特許発明と同一であるか明らかではなく,乙8公報は本件特許発明の課題や解決原理を開示したものではない。
また,各構成要件や本件特許発明の技術的思想を容易に想起させる公知技術が副引例として別に存在するわけでもない。
2-3 争点2-3(本件特許発明は,本件特許出願前に頒布された乙9公報に記載された乙9発明と同一であるか)について 【被告の主張】 以下のとおり,本件特許発明は,本件特許出願前に頒布された乙9公報に記載された乙9発明と同一であるから,新規性を欠き,本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものである。
乙9公報には,シート状の毛穴ひきしめパック料に関する発明が開示されており,このパック料は,所定の成分の配合により,肌の表面が滑らかになり,かつ薬剤の吸収効果が促進されるメリットを有するものであり,このパック料が不織布の支持体を含むことが開示されている。また,乙9公報には,このパック料の一実施例として,鼻の形に合わせて裁断打ち抜きされた形状を有し,この形状は,鼻の形状に制限されず,顔面に適用する際に適した形状を有することが開示されている。さらに,乙9公報には,センターラインに2本の直線状の中心部スリットが形成されるほか,左右の両小鼻部に当たるシート面に肌への追従性を付与するために側面部スリットが設けられ,側面部スリットは,縦方向に2本連続したものが横方向に2列存するように設けられている。
乙9公報に開示された発明における側面部スリットは,斜め方向のスリットが縦 21 に2本連なるものが左右に2本あるというものであるが,スリットが縦に2本連なるものも2個繋がっていると評価でき,乙9公報には,小鼻部分に縦に2個連なるスリットが左右に2列開示されているので, 「鼻翼の付け根から鼻尖を経て,もう片方の鼻翼付け根部分に,さらに眼の付け根に至り,もう片側の眼の付け根までを結ぶ線に囲まれるほぼ台形の領域に,縦方向もしくはやや斜め方向に『ハ』字状に走るミシン目状の切り込み線を複数列配したことを特徴とするパック用シート」が開示されている。
【原告の主張】 以下のとおり,本件特許発明は,乙9公報に記載された乙9発明と同一とはいえない。
乙9発明は,フェイスマスク固有の技術的課題に向き合うものではなく,不織布の伸張方向が規定されていない。
乙9発明の側面部スリットは,ほぼ横に寝た状態で設けられており,横方向への引っ張りに応じて適宜開口するものではなく,縦方向の引っ張りに応じて,上下方向へ開口するものであるから,本件特許発明における切り込み線ではなく, 『ハ』 「字状に走る」という表現が妥当するものでもない。
乙9発明は,ミシン目状の切り込み線を複数列配して,フェイスマスク全体との関係において,いかに鼻のボリュームの吸収や小鼻部分への密着性を高めるかといった本件特許発明の技術的思想が開示されたものではない。
3 争点3(原告の損害額)について 【原告の主張】 (1) 実施料相当額 ア 被告製品の価格 被告は,一般的な消費市場で,被告製品を非売品として被告の顕在的あるいは潜在的な顧客に対し,無償で譲渡しているが,同種商品の一般的な小売価格に基づいて実施料が算定されるべきであり,被告製品は,仮に商品として販売されていたと 22 した場合,その市場価値は,1枚当たり●●●●●である。
被告は,商品広告のみならず,顕在的あるいは潜在的な顧客に対し,顧客受けしそうな商品を広く無償かつ期間限定で,お得感や希少性をアピールして配布するという手法により,いわゆる基本4点セットという高額な基幹商品の購入を誘引し,また,無料配布商品を需要者に試用させ,当該商品の購入者層を見出し,正規の商品へ誘引して,巨額の利益を得るという事業展開を行っている。被告は,高額な商品,すなわち,市場において,他社の競合品に比べて見劣りをせず,品質が良く,どちらかといえば競争上の優位性が見込まれ,仮に購入するとなれば相応の価格がする商品を無料配布することによって初めて,上記の企図を実現できる。
被告は,他社のフェイスマスクと異なる商品機能を謳うことにより,将来の販売に繋げる目算で動いているから,被告製品の製造原価に,通常の販売商品と同様に本件特許発明の実施料相当額が織り込まれるべきである。被告の使用態様が販売であって直接的に対価を得るか,密接に関連する他の商品売上げの販売利益によって間接的に利益を得るのかによって実施料相当額の算定手法が異なるというのは理論的にあり得ない。
被告製品は,含浸された美容液を含めた一体不可分の商品であり,含浸された美容液には,他社の美容液と比べて,特段のセールスポイントはない。
イ 被告製品の数量 被告は,平成25年9月頃から遅くとも平成26年3月末までの間,被告製品を少なくとも●●●●●●●●,製造した上で,譲渡した。キャンペーン期間終了後の在庫処理は,被告側の事情にすぎず,廃棄したものであっても,製造行為による侵害が成立し,当該製造分についても,当然にロイヤルティが必要となる。被告製品の無料配布による間接的な利益額は計り知れず,キャンペーン期間中の欠品は顧客に対して言い訳できないものであるから,余裕をみた数量を確保しておくことが不可欠であり,在庫品は,必要的なものである。
ウ 実施料率 23 被告が,鼻の部分のボリュームを吸収してフィットさせるために縦方向にスリットを入れたという本件特許発明の作用効果を,被告製品の謳い文句にして,多数頒布したこと,被告が原告から技術指導を受けていたにもかかわらず,侵害行為を行ったという背信的な事情や,被告が意匠登録をし,その登録意匠に内包される技術をも被告の技術であるかのように振る舞っていることなどの事情を考慮すると,実施料率は●●を下らない。
エ したがって,被告が原告に対して賠償すべき実施料相当額は,3900万円(≒●●●●●●●●●●●●●●●●●)を下らない。
(2) 弁護士費用相当損害額本件と相当因果関係のある弁護士費用相当損害額は,400万円を下らない。
(3) 合計額原告が被った損害の合計額は,4300万円を下らない。
【被告の主張】 (1) 被告製品の価格被告は,既存の顧客のうち一定の条件を満たす者に対し,被告製品を無償で配布しており,利益を得ておらず,また,これまでフェイスパックの販売を行ったことがなく,被告においてフェイスパックの販売価格等は存在しない。パック用シート自体に知的財産権がある場合,シートの供給者が権利処理した上で,化粧品会社に供給するのが通常であり,シート自体の価格をベースにライセンス料が算定されることが業界の常識である。本件特許発明は,美容液等を含浸していない状態のパック用シートに関するものであり,実施料相当額は,美容液等を含浸していない状態のパック用シート自体の納入価格を基準に算定されるべきである。
仕入れ先においてパック用シートを製造した段階で,本件特許発明の対象物であるパック用シートの生産行為は終了し,被告は,パック用シートの納入を受けた後に美容液を含浸させるなどの加工行為を行うにすぎないから,被告へのパック用シートの納入価格である1枚当たり●●●を超える金額は,被告による美容液の含浸 24 等の加工の対価であり,本件特許発明とは関係がない。
(2) 被告製品の数量 被告は,平成25年10月8日から平成26年3月末までの間,被告製品を無償配布したところ,その譲渡数は合計●●●●●●●枚である。
製造後に廃棄した数量や第三者に譲渡せずに保管用や研修用等として社内で使用した数量については,製造自体が被告に利益をもたらすものでもなく,顧客誘引の役割も果たしておらず,被告の他商品の売上げに対する寄与さえないから,考慮に入れるべきではない。
(3) 実施料率 パック用シートの業界における通常の実施料率は,2%ないし3%であるところ,本件特許発明は,進歩性の程度が極めて低く,技術的価値が低いため,実施料率は低率となるべきであり,実施料率が2%を超えることはない。
被告製品は,鼻と口の間の切り取り線を切り離し,鼻の下の部分を引き寄せて重ね合わせ,パック用シート自体を立体的形状にすることによって,鼻の部分全体を覆うようにしており,被告製品の十字状の切り込みはパック用シートを折れやすくして,よりフィット感を高めるためのものにすぎず,本件特許発明のように,台形状の領域の面積を広げるためのミシン目状の切り込み線など必要ない。
被告はコラーゲン化粧品であるドモホルンリンクルにおいて多大なる顧客誘引力を有しており,フェイスパックに含浸された美容液の質が競合商品との差別化を図る上で非常に大きな要因となっている。フェイスラインまで包み込んで引き上げるフェイスマスクがこれまでの被告の販促商品にはなかったため,被告は,広報雑誌等において,素材だけでなく形状についても記載したにすぎない。
被告製品は,既存の顧客のみに対して配布され,購入が初回の者を対象としていなかったため,顧客の新規獲得という役割を果たしていない。被告は,被告製品を販売しておらず,被告製品の無償配布は,その後の購入の動機付けにはなっていない。
25 被告製品に寄与していない本件特許の寄与度は,1%を超えることはない。一般的な実施料率,本件において実施料率を低く評価すべき事情及び本件特許の寄与度等を考慮すれば,本件特許の実施料率は0.02%(=2%(通常の実施料率)×1%(寄与度))を超えないと考えるのが相当である。被告製品が無償提供された商品であり,被告に利益がないことも考え併せると,本件特許の実施料率が0.02%を超えることはあり得ない。
(4) したがって,実施料相当額が●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●0.02%)を超えることはない。
当裁判所の判断
1-1 争点1-1(被告製品は,本件特許発明の各構成要件を文言上充足するか)について (1) 本件明細書の記載 本件明細書には,以下の記載がある(甲2)。
「【発明の詳細な説明】 【技術分野】 【0001】 本発明は,美容液を含浸した状態で人体顔面上に載せられて,美容に用いられるフェイスマスク型パック用シート(以下これをパック用シートと略称する)に関する。
【背景技術】 【0002】 従来,美容液を含浸した状態で人体顔面上に載置されるパック用シートが使用されている。このようなパック用シートは,不織布,ゲルシート(以下これを不織布と略称する)の含水シートを素材とし,ほぼ顔面全体または顔の一部を覆う大きさ及び形状で,顔面全体を覆うフェイスマスクの場合は概ね両眼,鼻及び口に対向する部分に切り欠き孔や切り込み線が形成されている。
26 【0003】 パック用シートは,不織布の輪郭及び上記切り欠き孔や切り込み線部を刃型で打ち抜くことによって作成される。
【0004】 ところで,平面体であるパックシートに対し,これを施す顔面は凹凸を有する三次元の立体であるため,放射状の切り込み線を配するなど,顔面にフィットする工夫が試みられている。
【0005】 しかしながら,顔面で最も高く膨出する鼻の対向する部位は,図1のように鼻下部から鼻翼の両側を回り込み,さらに上部に向けて深く切り込まれた線8により,図2に示すように,小鼻部分に,シートで覆えない大きな隙間が空いてしまうのである。
【0006】 ところが,この小鼻部分というのは,皮脂が漏出しやすく,毛穴の汚れが詰まる,いわば美容パックで最もケアが必要となる個所であるから,小鼻部分を覆えないことは,商品として充分とはいえない問題点である。
【発明の開示】 【発明が解決しようとする課題】 【0007】 さらに,使用中にシートの小鼻に対応した部分が浮き上ってしまう欠点も指摘されている。すなわち,顔面で最も高く膨出する鼻の小鼻部分をも,ぴったりと覆うことができなければ,パック用シートとしての最低条件を満たすことができないはずである。
【0008】 27 本発明の技術的課題は,従来のパック用シートでは覆うことができなかった顔面で最も高く膨出する鼻の小鼻部分をも,ぴったりと覆うことができるパック用シートを提供することである。
【課題を解決するための手段】 【0009】 前記課題を解決するため本発明は,不織布を打ち抜いて作成されるパック用シートに,右鼻翼の付け根から鼻尖を経て,もう片方の鼻翼付け根部分に至り,両鼻翼の付け根から両眼の付け根にそれぞれ達するほぼ台形の領域に,縦方向もしくはやや斜め方向に「ハ」字状に走るミシン目状の切り込み線を複数列配したものとする。
【発明の効果】 【0010】 汎用タイプの不織布には,一般に縦方向には伸びず,横方向に伸びやすいという物性を持つものが多い。本発明はこのような物性の不織布を用いて,その縦方向に顔の鼻筋方向を揃えてフェイスマスク型に打ち抜いてパック用シートとしたものである。そのため,顔面上に載せられたパック用シートは,鼻に対向する,縦方向もしくはやや斜め方向に走るミシン目状の切り込み線の複数列配された前記ほぼ台形領域部分と,不織布の横方向に伸びやすいという物性とが相俟って,鼻筋や鼻の角度に沿って自然と横方向に伸び広がる。その結果,隙間を生じることなく小鼻部分をもパック用シートでぴったり覆うことができるという効果がある。」 (2) 本件特許の出願経過 後掲書証によれば,本件特許の出願経過として,次の事実が認められる。
ア 原告は,平成19年5月22日の本件特許出願の後,平成21年1月13日,特許庁長官宛に「早期審査に関する事情説明書」(本件事情説明書)を提出し,特開平11-35420号公報(乙10の1),特開2007-136119号公報(甲16,乙10の2),特開2001-19617号公報(乙9)等との対比説明を述べた(乙2)。
28 イ 特許庁審査官は,同年3月24日付けで,本件特許出願の当初明細書に記載された発明は,登録実用新案第3049507号公報(甲12)及び同第3045353号公報(甲13)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとする拒絶理由通知を発した(甲11)。
ウ これに対し,原告は,同年5月13日,特許庁審査官と面接し,手続補正書の案及び意見書の案(本件意見書案)を提出した。特許庁審査官は,この面接について,目的を「本願の技術説明」,説明内容の理解について「理解した」とする面接記録を作成し,同記録に本件意見書案等を添付した(乙3)。原告は,その後の同月18日に,手続補正書及び意見書を提出した(甲14,15)。
エ 本件特許は,同年6月22日に特許査定され,同年8月7日に登録された(甲1)。
(3) 構成要件A及びCの充足性について ア 被告製品が「美容用具」であることは当事者間に争いがなく,弁論の全趣旨によれば,被告製品は「不織布」によって製造された「フェイスマスク型パック用シート」「パック用シート」であると認められる。そこで, , 「不織布の引っ張り方向とする縦方向に鼻筋の方向を揃えて打ち抜いた」との構成要件について検討する。
イ 前記(1)の本件明細書の記載のとおり,パック用シートは,不織布の輪郭等を刃型で打ち抜くことによって作成され 【0003】 , ( ) 汎用タイプの不織布には,一般に縦方向には伸びず,横方向に伸びやすいという物性を持つものが多く,本件特許発明は,このような物性の不織布を用い,不織布の縦方向に顔の鼻筋方向を揃えてフェイスマスク型に打ち抜いてパック用シートとしたものであり,このような物性も相俟って,顔面上に載せられたパック用シートが,鼻筋や鼻の角度に沿って自然と横方向に伸び広がるようにしている(【0010】 。そうすると, ) 「不織布の・・・縦方向に鼻筋の方向を揃えて打ち抜いた」とは,不織布が伸びない縦方向を鼻筋の方向に揃え,不織布が伸びやすい横方向を顔面の左右の方向とするように 29 して,不織布を刃型で打ち抜くことを意味すると解される。
また, 「不織布の引っ張り方向とする」については,本件明細書の記載のみからは判然としないが,証拠(甲10,20)によれば,日本工業規格の不織布用語では,「たて・・・は不織布の機械方向を示し,よこ・・・は幅方向を意味する」とされていること,フェイスマスクの製造工程では,ロール状の原反から不織布が引っ張り出され,長手方向に引っ張り力が掛かるため,正確な寸法とするために長手方向にはあまり伸びない不織布を使用していることが認められる。
したがって, 「不織布の引っ張り方向とする縦方向に」とは,不織布に引っ張り力が掛かる長手方向を意味し,不織布の引っ張り方向とする縦方向に鼻筋の方向を揃 「えて打ち抜いた」とは,不織布に引っ張り力が掛かる長手方向に鼻筋の方向を揃え,不織布が伸びやすい幅方向が顔面の左右方向になるようにして,不織布を刃型で打ち抜いたことを意味すると解するのが相当である。
ウ 被告は,被告製品のシートが横方向に伸びる素材であることを認めている(答弁書第2の5項(4)イ)。そうすると,被告製品では不織布が伸びやすい幅方向が顔面の左右になるように不織布が打ち抜かれていると考えられ,他方で,不織布に引っ張り力が掛かる長手方向に鼻筋の方向が揃えられていると認められる。
エ したがって,被告製品は,構成要件A及びCを充足する。
(4) 構成要件Bの充足性について ア 「鼻翼の付け根から鼻尖を経て,もう片方の鼻翼付け根部分に,さらに眼の付け根に至り,もう片側の眼の付け根までを結ぶ線に囲まれるほぼ台形の領域に,」について(構成要件B1) (ア) 特許請求の範囲の記載によれば,鼻翼の付け根から鼻尖を経て,もう片方の鼻翼付け根部分に至る線が「ほぼ台形の領域」の下底に当たり,眼の付け根から,もう片側の眼の付け根までを結ぶ線が「ほぼ台形の領域」の上底に当たると考えられる。
a このうち,「ほぼ台形の領域」の上底の両端に当たる「眼の付け根」 30 の意義について検討すると,@「めの病気」と題するホームページ(甲22)では,「目の疲れに効果的なツボは,左右の眉の,鼻側の付け根側。そして,同じく鼻側の目の付け根にあります。」とし,後者に当たるものとして,左右の目頭の鼻側の付け根にある「晴明(セイメイ)」というツボが紹介されていること,Aいなばクリニック耳鼻咽喉科のホームページ(甲23)では,「急性副鼻腔炎」として,「膿が頬に溜まれば頬部痛,眼の周りに溜まれば眼の付け根の痛み・・・を起こします。」と記載されていることが認められる。これらの使用例では, 「眼の付け根」とは,鼻と眼が接する目頭部分をいうものとして用いられていると認められる。
また,本件明細書によれば,ミシン目状の切り込み線が複数列配された「ほぼ台形の領域」は,鼻に対向し,不織布の横方向に伸びやすいという物性と相俟って,鼻筋や鼻の角度に沿って自然と横方向に伸び広がり,隙間を生じることなく小鼻部分をもパック用シートでぴったり覆うことができるとされており 【0010】 , 鼻 ( )「筋」とは,「眉間から鼻の先までの線。鼻梁」を意味する(乙5)ことからすると,鼻全体を覆うことが想定されているといえ,本件明細書の実施例の図3ないし図6でも,いずれも,「ほぼ台形の領域」の上底が目頭の高さとなっている。
これらからすると,「眼の付け根」とは目頭を意味すると解するのが相当であり,「ほぼ台形の領域」とは,鼻翼の付け根から鼻尖を経て,もう片方の鼻翼付け根部分に至る線を下底とし,両眼の目頭を結ぶ線を上底とする台形状の領域を意味すると解するのが相当である。
この点について,原告は,本件特許発明は,顔面における鼻の膨出部に対処するものであり,鼻根部は膨出ボリュームが小さいので,両眼部の開口部よりも少し下方領域の膨出ボリュームが増大する部分に台形の上底を設けることも許容されると主張するが,特許請求の範囲において, 「ほぼ台形の領域」の上底部が「眼の付け根」同士を結ぶ線とされていることに照らして採用できない。
b そして,本件明細書の前記【0010】の記載からすると,本件特許発明に係るパック用シートは, 「ほぼ台形の領域」を隙間を生じることなく覆うこ 31 とが想定されているから,ミシン目状の切り込み線は, 「ほぼ台形の領域」の全体にわたって設けられていることが必要であると解するのが相当である。
c 被告は,本件特許発明におけるミシン目状の切り込み線は, 「ほぼ台形の領域」の外に存在してはならないと主張するが,本件明細書の記載上もその趣旨をうかがわせる記載はなく,ミシン目状の切り込み線が「ほぼ台形の領域」の外に存在したからといって,本件特許発明の作用効果が阻害されるわけではないから,被告の上記主張は採用できない。
この点について,被告は,原告が本件意見書案(乙3)において, 「スリットされた状態が,ミシン目状で無い場合において,その部位が想定されることに,フェイスマスク装着の最中に横方向に力を加え伸ばすと,そのスリット部分は菱形に近い異形の面積が生じてしまい,その部位の肌が露出します。それは本願発明が目的とします薬事法上均一的な化粧の効能効果を求める機能との最終目的が異なります。」と述べたことをもって,不要な隙間を生じる可能性があるスリットを,鼻部分の密着に必要な範囲を超えて,広範囲に形成されたものは含まないと主張する。しかし,同記載は,ミシン目状の切り込み線が設けられる領域について述べているものではないから,上記記載をもって被告の主張のように理解することはできない(なお,原告は,本件意見書案は案段階のものにすぎないから,特許請求の範囲の解釈の根拠にならないと主張するが,先に(2)で認定したとおり,本件意見書案は,拒絶理由通知に対する応答として,特許庁審査官に対して本件特許発明の技術内容を説明する際に提出され,特許庁審査官が面接記録に添付したものである以上,面接時に特にそれと異なる説明がされたといった事情が認められない限り,解釈上参酌し得ると解するのが相当である。また,本件事情説明書についても,原告が,特許庁長官に対し,早期の特許査定を求めて,公知文献との対比説明をしたものである以上,解釈上参酌し得ると解するのが相当である。 。
) d 被告は,原告が,本件事情説明書及び本件意見書案において,ミシン目状の切り込み線が鼻の中央部分(鼻筋部分)に存在することを除外していると 32 主張し,本件事情説明書において,@「本願発明のミシン目状の切り込み線は・・・鼻の領域に切り込み線を配する際,鼻部の鼻筋線(中央)に当たる縦に細長い領域については装着時,鼻筋領域を片方の指で力を加え固定しながらもう一方の指で両サイドになぞり伸ばし装着させる為,中央部分には上下の伸びるミシン目状の切り込み線は変形をもたらすことを理由に設けておりません。 ,A「中央部分の上下に 」伸びるスリットや小鼻へのスリットは個人々の使用感の違いから変形する恐れがあることを理由に設けておりません。」と記載されていること(乙2),及び本件意見書案で,鼻筋の中央部分に切り込み線を設けない図面が添付されていること(乙3)を指摘する。
しかし,実施例を示した本件明細書の図3ないし図6では,鼻の中央部分にも縦方向にミシン目状の切り込み線が設けられていることが明らかであることや,鼻の中央部分に切り込み線を設けることにより,シートが横方向に広がって小鼻部分をもパック用シートで覆うという本件特許発明の作用効果を阻害するとも認められないことからすると,本件事情説明書における上記記載が,鼻の中央部分にミシン目状の切り込み線を設けることを除外する趣旨であるとは認め難い。
また,本件事情説明書(乙2)によれば,上記@の記載は,特開平11-35420号公報(乙10の1)の請求項4及び図4に記載された発明との対比説明として記載されているものであると認められるところ,同公報では,同図4について,「このシート状パック化粧料は,縦線状のミシン目からなるミシン目線(7)を,中心線に沿って上下方向に縦断するように設けてなるものである。 ( 」 【0022】 , )「このシート状パック化粧料は,ミシン目線(7)を位置決め用の目印として左右の位置ずれなく確実且つ容易に鼻の所定位置に貼着することのできるものである。
また,ミシン目線(7)に沿って容易に折り曲げることができるようになっているため,鼻の皮膚との密着性を高めることができ,個人差のある様々な鼻の高さ,角度,幅等に広く適用することができるのである。 【0023】 と記載されている。
」 ( )また,本件事情説明書(乙2)によれば,上記Aの記載は,特開2001-196 33 17号公報(乙9公報)の図1に記載された発明との対比説明として記載されているものであると認められるところ,同公報では, 「図1のシート状の毛穴ひきしめパック料は,センターラインに位置合わせと空気抜きのための2本の直線状の中心部スリット(1) ・・・は設けている。( 」【0025】)と記載されている。このように,乙10の1の公報の図4におけるミシン目線(7)及び乙9公報の図1における中心部スリット(1)は,位置決め用の目印や折り曲げ線としての機能を有することから,その位置が鼻の中央部に限られることが重要であるのに対し,本件特許発明のミシン目状の切り込み線は,シートを横方向に伸び広げて鼻に密着させる機能を有するものであることから,むしろ鼻の中央部分以外の部分において重要な機能を有している。このような差異に鑑みると,本件事情説明書における上記記載は,鼻の中央部にミシン目状の切り込み線を設けることについて,本件特許発明における重要性が低いことを前提に,装着時の変形のおそれを考慮すると好ましくないとの趣旨をいうものにすぎないと認めるのが相当である。
さらに,その後にされた拒絶理由通知(甲11)でも,中央部に位置合わせ用スリットを設けた鼻パックが記載された登録実用新案第3045353号公報(甲13)が引用文献として示されていることからすると,原告の本件事情説明書における上記記載が,鼻の中央部にミシン目状の切り込み線を設けないことをいう趣旨として,審査上何らかの影響を与えたとも認められず,他にその趣旨が本件特許の査定の上で反映された事情もうかがわれない。
また,本件意見書案に添付された図面では,鼻の中央部分に切り込み線を設けない図面が添付されているが,同図面では両頬の部分にも楕円形の領域に切り込み線が設けられていることや,本件意見書案本文では同図面に対する言及がないことから,同図面の趣旨は不明といわざるを得ない。
以上からすると,本件事情説明書及び本件意見書案の上記記載をもって,本件特許発明では鼻の中央部分にミシン目状の切り込み線を設けたものが含まれないと解することは相当でなく,そのようなものも含まれると解するのが相当である。
34 (イ) 以上を被告製品について見ると,被告製品の形状は,別紙「物件説明書」の「被告製品のフェイスマスクを展開した状態(背景色黒)」のとおりであり,十字状の切り込み線が,鼻翼の付け根の外側からもう片方の鼻翼の付け根の外側を結ぶ線を下底とし,目頭の1段分か2段分下のやや外側を結ぶ線を上底とするほぼ台形の領域に設けられていると認められる。
このように,被告製品は,本件特許発明の「ほぼ台形の領域」の外側にも切り込み線が設けられているが,前記のとおり,このような構成は構成要件B1が排除するものではなく,付加的な要素にすぎないから,この点が被告製品の構成要件B1の充足性を阻害するものではない。他方,被告製品では, 「ほぼ台形の領域」のうち,目頭の高さからやや下の部分までの領域に切り込み線が設けられていない点で本件特許発明と相違し,この点において本件特許発明の構成要件B1を文言上充足しないというべきである。
イ 「縦方向もしくはやや斜め方向に『ハ』字状に走るミシン目状の切り込み線を複数列配した」について(構成要件B2) (ア) まず,「ミシン目状の切り込み線」の意義について検討する。
a 辞書によると, 「ミシン」とは「紙の切り取り線などにつける細かい穴の列」をいい(乙1の1)「目」とは「点状のもの」をいう(乙1の4) , 。そして,被告は,ここから, 「ミシン目状の切り込み線」とは,多くの穴が長く線状に連なったものを指し,仮に破線を含むとしても,点と同視できるようなごく短い線に限られると主張する。
しかし,本件明細書によれば, 「ミシン目状の切り込み線」は,顔面で最も高く膨出する鼻の小鼻部分をぴったりと覆うという課題を解決するために,鼻筋や鼻の角度に沿って自然と横方向に伸び広がるように設けられている(【0010】)ものであるから,細かい点が連なるものでなくとも上記の課題解決の目的を達するのであり,本件明細書の図3ないし6においても,一つ一つの切り込みが短い線状になっている。このことに加え,切り込み線はミシン目「状」であればよいことを考慮す 35 ると, 「ミシン目状の切り込み線」とは,点と同視できるものに限られない,短い線状の切り込みが連なるものも含まれると解するのが相当である。
b この点について,被告は,本件事情説明書(乙2)において,特開2001-19617号公報(乙9公報)の図1記載の発明との差異として, 「中央部分の上下に伸びるスリットや小鼻へのスリットは個人々の使用感の違いから変形する恐れがあることを理由に設けておりません。 と記載されていることから, 」 同図1記載のスリットに相当する長さのものは含まれないと主張するが,本件事情説明書の同記載は,スリットの長さを特段いう趣旨とは認められない。
また,被告は,原告が本件意見書案(乙3)において,「スリットされた状態が,ミシン目状で無い場合において,その部位が想定されることに,フェイスマスク装着の最中に横方向に力を加え伸ばすと,そのスリット部分は菱形に近い異形の面積が生じてしまい,その部位の肌が露出します。それは本願発明が目的とします薬事法上均一的な化粧の効能効果を求める機能との最終目的が異なります。 と述べたこ 」とから,力を加えて伸ばすと菱形に開いてしまうほどの長さのスリットは「ミシン目状の切り込み線」に当たらないと主張する。
しかし,もともと本件特許発明でも,ミシン目状の切り込み線が横方向に広がることによりシートが横方向に伸び広がることを想定しているから,シートの装着時にどの程度肌が露出するかは程度問題にすぎず,本件意見書案の上記記載が,伸ばすと菱形に開く場合をおよそ除外する趣旨であるとは解されない。
また,本件意見書案(乙3)によれば,同記載は,登録実用新案第3045353号公報(甲13)に記載された発明との相違点について記載されたものであると認められるところ,その請求項1では, 「透湿性シート基材と,該シート基材に含浸・担持される被膜形成性化粧料とからなる鼻パックであって,上記透湿性シート基材の中央部に,位置合せ用スリットが該シート基材の上縁及び下縁のいずれにも突き抜けない状態で縦方向に形成されている鼻パック。」とされ,同公報の【0009】では, 「本願『請求項1』にかかる鼻パック(A1)又は(A2)によれば,鼻に適 36 用する際,該パックの中央部に縦方向に形成されている位置合せ用スリット(s1)又は(s2)が鼻梁にくるようにすれば左右が均等な状態で適用することができる。
また,各スリット(s1)(s2)が開口すれば鼻パック(A1)(A2)を弯曲させ易く,隆起した鼻の形状によく沿わせることができる。」と記載されている。そうすると,同公報に記載されたスリットは,短い切り込み線が連なるミシン目状のものではないことから,本件意見書案の上記記載は,そのようなスリットを含まない趣旨をいうものにすぎないと認めるのが相当である。
また,同公報の記載からすると,その発明におけるスリットは,左右の位置合せの機能と,鼻パックを鼻梁部で弯曲させる機能を有するものであり,そのために鼻の中央部に設けることが重要であるのに対し,本件特許発明におけるミシン目状の切り込み線は,シートを横方向に伸び広げて鼻に密着させる機能を有するものであることから,むしろ鼻の中央部以外の部分において重要な機能を有している点で相違があるということができ,このような機能上の相違は,本件意見書案(乙3)においても指摘されている。 そうすると,スリットの形状に関する本件意見書案の上記記載が,審査上,大きな影響を与えたとも認められない。
以上からすると,本件意見書案の上記記載を根拠に,「ミシン目状の切り込み線」について,シートを伸ばすと菱形に開いてしまうものを除外して解釈するのは相当でないというべきである。
c また,被告は,本件意見書案(乙3)において,従来のフェイスマスクの製造との差異について,従来の技術は不織布シートを平面状に 1 枚ずつ10 「〜20枚程度に重ね,焼き入れのトムソン刃型を用いて油圧5t〜20tの力で一度に打ち抜くのが主な方法です。その方法は,鼻への突起部分への対応は鼻の形状を切り抜くという手法です。現状の技術手法に,本発明が提案しますミシン目状のスリット刃型をその手法に備えて打ち抜きますと,本願発明のピッチ数ミリ単位のミシン目状の刃型が5t〜20tの油圧の力に耐えきれず刃が曲がる或いは折れこぼれるという現状が当然ながら予測されます。 と記載されていることから, 」 本件特 37 許発明の「ミシン目状の切り込み線」は,従来のトムソン刃型を用いた方法では作れないような短い切り込み線を意味すると主張する。しかし,上記記載では, 「本願発明のピッチ数ミリ単位のミシン目状の刃型」とあることから,少なくとも数ミリ単位の切り込み線を排除する趣旨ではないと認めるのが相当である。
(イ) 次に,「縦方向もしくはやや斜め方向に『ハ』字状に走る」について検討する。
a 先に検討したとおり, 「ミシン目状の切り込み線」とは,点と同視できるものに限られない,短い線状の切り込みが連なるものも含まれると解すべきであるから,切り込みは,二つ以上が同じ方向に向いて線状に連なることが必要である。また,そのような切り込みの連なりは,縦方向に連なったものが複数列存在し,それらが「ほぼ台形の領域」に配されれば,シートが横方向に広がって小鼻部分をもパック用シートで覆うという本件特許発明の作用効果を奏し, 「縦方向・・・に走る」との文言とも整合するから,必ずしも「やや斜め方向に『ハ』字状に走る」切り込み線の列が存在する必要はないと解される。
b この点について,被告は, 「走る」とは, 「道などがある場所を貫く」ことをいう(乙1の5)ことから,「ミシン目状の切り込み線」は,「ほぼ台形の領域」の上底から下底に貫くものであることを要し,斜辺の途中から縦に連なるものは含まれないと主張する。
しかし,「走る」の語義がそのようなものであるとしても,「ほぼ台形の領域」の斜辺の途中から縦に連なる切り込み線が下底まで配される場合でも,縦方向に貫いていることに変わりはなく,それらが複数列配されることにより上記の本件特許発明の作用効果を奏するから,そのような場合も含まれると解するのが相当である。
c また,被告は,本件事情説明書(乙2)において, 「本願発明は,鼻や頬の領域内には横へのミシン目を配することはありません。その理由は,本件の領域内に横のミシン目を配しますとシートの強度不足を生じ招きます。シートの装着時に引っ張りの力を加えた場合,個人々の使用の感覚が違うことから時には縦横 38 の切れ目(広がり)から肌が露出し化粧の効果を欠くことが予測されます。」と記載されていることから,本件特許発明の「ミシン目状の切り込み線」は,横方向に切り込み線が入る十字状のものは含まれないと主張する。
しかし,本件事情説明書(乙2)によれば,その上記記載は,特開2007-136119号公報(甲16,乙10の2)に記載された発明との対比説明として記載されているものであるところ,同公報では,請求項1として, 「顔面の凹凸を気にせず全ての面に対し,均等に化粧水等を塗布するため,シートパックに縦横のミシン目をつける方法。」とされ,「有効成分を効果的に肌に染みこませる為に,シートの構造を円形とし,更にシートに縦横のミシン目状の折り目をつけ,肌の凹凸を気にすることなく,どのような箇所にでも添付できる構造とした。 ( 」 【0005】)とされており,横方向のミシン目を設けることを必須としている。また,本件事情説明書の上記記載のうち,横方向のミシン目を配すると強度不足を生じるとの点は,シートの強度により異なるものであり,縦横の切れ目から肌が露出するとの点は,もともと本件特許発明でも,ミシン目状の切り込み線が横方向に広がることによりシートが横方向に伸び広がることを想定していることからすると,いわば程度問題にすぎないから,本件特許発明において,横方向のミシン目状の切り込み線を設けることにより,シートが横方向に広がって小鼻部分をもパック用シートで覆うという本件特許発明の作用効果が直ちに阻害されるとは認められない。これらのことからすると,本件事情説明書の上記記載は,上記公報記載の発明との対比として,本件特許発明では横方向のミシン目状の切り込み線を配することが好ましくないことから必須のものとはしていない旨を述べたものにすぎないと認めるのが相当である。
また,上記公報記載の発明では,そもそも縦横に設けられたミシン目は折り目として利用するものであるにすぎず,それを配する位置も明らかでないことから,横方向のミシン目の有無が審査上重視されたとも認められない。
これらのことからすると,本件事情説明書の上記記載を根拠にして,本件特許発明の「ミシン目状の切り込み線」に,横方向に切り込み線が入るものは含まれない 39 と解するのは相当でないというべきである。
(ウ) 以上を被告製品について見ると,被告製品の形状は,別紙「物件説明書」の「被告製品のフェイスマスクを展開した状態(背景色黒)」のとおりであるところ,これによると,被告製品の切り込みは,十字状となっているが,前記のとおり,構成要件B2は横方向の切り込みを設けることを排除するものではなく,横方向の切り込みは付加的な要素にすぎない。そして,十字状の切り込みの縦方向のもののみを見ると,線状の短い切り込みが縦方向に向き,この縦方向の線状の切り込みが二つずつ連なって,複数列設けられている(左右の下端部分では切り込みが一つしかないが,この部分は「ほぼ台形の領域」の外に当たると認められる。 。そし )て,証拠(甲3の写真)によれば,被告製品では,装着時に,十字状の切り込みが横方向に広がり,その部分の肌が露出すると認められるが,この程度では美容液の当該部分への付着を妨げるものではないから,被告製品における縦方向の切り目はなお「ミシン目状の切り込み線」といえる。したがって,被告製品は, 「縦方向もしくはやや斜め方向に『ハ』字状に走るミシン目状の切り込み線を複数列配した」といえ,構成要件B2を充足する。
なお,被告は,被告製品では,フェイスマスク型パック用シートの鼻の下に切り込みがあり,鼻と口の間の部分を切り離し,引き寄せることにより,パックシート自体を鼻の形に対応する立体形状とし,不織布を引き伸ばすことなく鼻部分にも密着できるようにするものであり,本件特許発明と技術的思想が異なると主張する。
しかし,証拠(甲18)によれば,被告製品の使用手順として,被告製品を包装袋から取り出した後, 「5 お顔にのせる時は,まず目の位置を合わせ@,Aの手順でマスクを引き上げながら密着させます。 , 」 「@鼻の横を押さえながらコメカミへ。 , 」「Aあごを押さえながら,耳の下まで引っ張り上げます。 , 」「そのまま10〜15分間おいたらマスクをはずし,お顔に残った液を手のひらでなじませます。」と記載されていると認められ,これによれば,被告製品も横方向の引張力が作用しており,現に,被告の広報雑誌(甲3)及び被告製品配布用台紙(甲4)に掲載された被告 40 製品の装着写真を見ると,切り込み線が小鼻及び鼻筋に沿って左右に伸び広がっている(なお,被告は,同写真はシートを顔に載せた時点でのものであると主張するが,写真に写っている姿勢からすると,上記Aの時点のものと認められる。 。確か )に,証拠(甲18)では, 「鼻と口の下のミシン目を切って重ね合わせると,しっかりフィットします。 との記載もあるが, 」 必須の使用手順として記載されているわけではないから,この記載は,上記の使用手順では密着度が足りない場合の補充的な使用方法として記載されているにすぎないと認めるのが相当である上,そこに見られる重ね合わせる度合いもわずかである。そして,前記(3)のとおり被告製品の不織布は横に伸びやすい性質を有していることと併せると,被告主張の点によってパック用シートがより立体的になるとしても,被告製品が本件特許発明の課題解決原理を利用していることに変わりはないというべきである。
(5) 以上のとおり,被告製品は,本件特許発明の構成要件A,B2及びCを文言上充足するが,構成要件B1を文言上充足しない。
1-2 争点1-2(被告製品は,本件特許発明と均等なものとして,その技術的範囲に属するか)について (1) 特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても,@ 上記部分が特許発明の本質的部分ではなく,A 上記部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,B 上記のように置き換えることに,当業者が,対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり, 対象 C製品等が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから上記出願時に容易に推考できたものではなく,かつ, 対象製品等が特許発明の特許 D出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは,上記対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に属する(最高裁判所平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。
41 (2) 前記のとおり,被告製品は,構成要件B1のうち,目頭の高さからやや下の部分までの領域にミシン目状の切り込み線が設けられていない点で本件特許発明と相違することから,この点についての均等の成否を検討する。
ア 非本質的部分について 本件特許発明が,シートによって鼻全体を覆うことを想定していることは先に述べたとおりである。しかし,本件明細書の記載によれば,従来のシートでも鼻の上部に切り込みは設けられておらず(【0005】,図2),鼻の上部に当たる目頭付近部分は,従来技術によってもシートで覆うことが実現されていたのに対し,本件特許発明の技術的課題は,従来のパック用シートでは,小鼻部分にシートで覆えない大きな隙間が空き,また,シートの小鼻に対応した部分が浮き上がってしまう欠点があったことから,顔面で最も高く膨出する鼻の小鼻部分をもぴったりと覆うことにあり,本件特許発明は, 「ほぼ台形の領域」にミシン目状の切り込み線を配するとしたことにより,不織布の横方向に伸びやすいという物性と相俟って,パック用シートが鼻筋や鼻の角度に沿って自然と横方向に伸び広がるようにし,隙間を生じることなく小鼻部分をもぴったり覆うようにしたものであると認められる。
これらからすると,本件特許発明は,鼻部にミシン目状の切り込み線を複数列配することによって,従来技術では困難であった小鼻部分を覆うことを実現した点に固有の作用効果があると認められる。そうすると,被告製品において,目頭の高さからやや下の部分までの領域に切り込み線が設けられていない点は,このような本件特許発明の固有の作用効果を基礎付ける本質的部分に属する相違点ではないというべきである。
イ 置換可能性について 証拠(甲3)及び弁論の全趣旨によれば,被告製品は,目頭の高さからやや下の部分までの領域にミシン目状の切り込み線が設けられていなくとも,小鼻部分を含めた鼻全体に密着するものであると認められる。
そうすると,被告製品も,本件特許発明の目的を達することができ,同一の作用 42 効果を奏するものであると認められる。
ウ 置換容易性について 前記のとおり,鼻の上部に当たる目頭付近部分は,従来技術によってもシートで覆うことが実現されていたことからすると,切り込み線が配される台形状の領域の上底の高さを,眼の付け根である目頭の高さよりも,目頭の1段分か2段分,下に設けても本件特許発明と同一の作用効果を奏することは,当業者が,対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたというべきである。
なお,被告は,被告製品は,前記のとおり不織布を引き伸ばすことなく鼻部分にも密着できるようにするものであると主張し,この主張は,本件特許発明との相違点が異なる課題解決原理によるものであるとして,置換容易性を否定する趣旨の主張であると解されるが,被告製品が横方向に伸びやすい性質を有しており,本件特許発明の課題解決原理を利用していることは先に1-1(4)イ(ウ)で述べたとおりであり,被告の主張は採用できない。
エ 対象製品の容易推考性について 被告は,本件特許発明が本件特許出願前に乙8公報に開示されており,被告製品の構成は,容易に推考できたものである旨主張するが,本件の全証拠によっても,後記争点2-2に関する判示と同様に,被告製品が,本件特許の出願時における公知技術と同一又は当業者が公知技術から出願時に容易に推考できたものであるとは認められない。
オ 意識的除外事由など特段の事情の有無について 被告は,本件事情説明書(乙2)及び本件意見書案(乙3)の記載を指摘するが,その指摘に係るいずれの記載によっても,ほぼ台形の領域の上底の高さを目頭の位置から,切り込みの1列分か2列分,下の位置とすることを排除していると認めることはできない。
(3) 均等の成否 以上によれば,被告製品は本件特許発明の構成と均等なものとして,その技術的 43 範囲に属する。
2-1 争点2-1(本件特許発明は,当業者が,本件特許出願前に頒布された乙6公報に記載された乙6考案及び乙7公報に記載された乙7発明に基づいて,容易に発明をすることができたものであるか)について (1) 乙6考案 乙6公報には,保持体と化粧料とからなり,鼻の皮膚に適用されるシート状の鼻用パックに関する考案が開示されている(実用新案登録請求の範囲)。
乙6考案は,鼻を広く覆い,かつ鼻の外形に密着させやすい形状を有する鼻用パックに関するものであり 【0001】 , ( ) 種々の形状の鼻にフィットさせることのできるシート状の鼻用パックを提供することを目的とし 【0011】 , ( ) 種々の形状の鼻を,鼻尖や小鼻も含めて覆うことができるようにしている(【0020】【004 ,4】 。鼻用パックの下縁部の中央部に凸部を形成する場合,任意の形状の鼻にも密 )着性よく貼着できるようにするため,凸部の両端部から内側へ延びたスリットを設けることができる(【0025】【0026】。個々のシート状パックの構成材料に , )は特に制限はなく,例えば透湿性保持体を構成する撥水層や親水層は,種々の不織布,布,これらとフィルムとをラミネート又は貼り合わせた積層体から形成することができる。中でも,生産性やコストの点から,不織布が好ましい(【0038】 。
) (2) 本件特許発明と乙6考案との対比 ア 本件特許発明と乙6発明は,美容用具である点,不織布を用いたパック用シートである点で共通する。
イ 両者の相違点は,以下のとおりである。
@ 本件特許発明が「フェイスマスク型パック用シート」 (構成要件A及びC)であるのに対し,乙6考案は「鼻用パック」である点 A 本件特許発明が, 不織布の引っ張り方向とする縦方向に鼻筋の方向を 「揃えて打ち抜いた」ものであるのに対し(構成要件A),乙6考案では,不織布の引っ張り方向とする縦方向に鼻筋の方向を揃えて打ち抜かれるとは定められていない 44 点 B 本件特許発明では, 「鼻翼の付け根から鼻尖を経て,もう片方の鼻翼付け根部分に,さらに眼の付け根に至り,もう片側の眼の付け根までを結ぶ線に囲まれるほぼ台形の領域に,縦方向もしくはやや斜め方向に『ハ』字状に走るミシン目状の切り込み線を複数列配」されるのに対し(構成要件B),乙6考案では,パックの下縁部の中央部に形成した凸部の両端部から内側へ延びたスリットを2本設けたものである点 (3) 相違点に係る構成の容易想到性 ア 乙7公報には,撥水層と親水層とを有する多層型透湿性保持体と,化粧料とからなることを特徴とするシート状パックに関する発明が開示されている(特許請求の範囲,【0012】 【0019】 。
, ) 乙7発明は,使用時に表面がべたつかず,被膜形成完了までの放置時間が短く,剥離時にちぎれず,かつ剥がれ残りが生じないピールオフタイプのパックを提供するものである(【0010】 【0011】 【0015】 【0081】 。
, , , ) 透湿性保持体構成素材として布を使用する場合,織物,編み物,不織布のいずれの形態であってもよく,これらの組み合わせであってもよい。特に,コスト,生産性,風合いの点からは不織布が好ましい(【0026】 。多層型透湿性保持体に使用 )する布としては,シート状パックを皮膚へ貼付するときに,シート状パックが当該貼着部位の外形状になじむように,ある程度の伸縮性を有するものが好ましく 【0 (033】,布の伸縮性や変形性は,布の全方向に等方的でもよく,特定の方向に異 )方的であってもよい(【0036】 。シート状パックは,外形状について特に制限は )なく,顔全体を覆う全顔パックに適した形状にカットしておいてもよい(【0050】。
) イ 前記(2)イの相違点@についてみると,確かに,乙7公報からは,顔全体を覆う「フェイスマスク型パック用シート」の構成を示す記載が読み取れる。
しかしながら,乙6考案は,種々の形状の鼻にフィットさせることのできるシー 45 ト状の鼻用パックを提供することを課題としており,そもそも顔全体をパック用シートで覆うことを前提とする課題を有するものではない。また,乙7発明は,不織布等の伸縮性を利用して顔全体を覆うようになっているものの,顔全体を覆いつつ,かつ小鼻部分に特に着目して小鼻部分をも覆うという課題までは示されていない。
そのため,従来のフェイスマスク型パック用シートでは覆うことができなかった顔面で最も高く膨出する鼻の小鼻部分をも,ぴったりと覆うことができるパック用シートを提供するという技術的課題を解決するために,乙6考案に乙7発明を組み合わせて,フェイスマスク型パック用シートにするという動機付けがあると認めることはできない。加えて,乙6考案と本件特許発明は,相違点@があることにより上記のような課題の相違が生じ,前記(2)イの相違点Bが生じることにもなっているが,相違点Bに係る構成が乙7発明にあるとも認められない。
したがって,本件特許発明は,当業者が乙6考案及び乙7発明に基づいて容易に発明をすることができたとはいえず,本件特許発明は進歩性を欠くものではなく,本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものであるとは認められない。
2-2 争点2-2(本件特許発明は,本件特許出願前に頒布された乙8公報に記載された乙8発明と同一であるか,あるいは,当業者が乙8発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるか)について (1) 乙8発明 乙8公報には,顔又は体の種々の部位に適用するためのマスクに関する発明が開示されている(特許請求の範囲,【0001】 。
) 乙8発明は,適用される体の一部や顔の種々の外郭線や輪郭に容易にぴったりと適合させることのできる新規なマスクを提供し(【0003】【0004】 ,マスク , )に含まれる活性成分の所期の処置効果をより効果的に発揮させるものであり 【00 (37】 , ) 例えば, 首又は大腿部等を処置するためのマスクが挙げられている 【0 顔, (016】。
) マスクは,特定の態様において,使用中に伸び率を発揮し 【0006】 , ( )裏地シートは,伸長性にするか,伸び率を増加させる穿孔,切欠きを有していても 46 よく,切欠きはジグザグ状に配列されたスロットの形態であってもよい(【0007】。実施例では,裏地シートが,例えば,不織布から構成されるとされる( ) 【0018】。マスクは処置されるべき体の部位の形態に応じて裁断される。適当な場合 )には,目,鼻及び口に対応する部分を切り取るように裁断される(【0021】 。裏 )地シートと接着性マトリックスは伸長性を有するので,マスクはユーザーの体の形態に可能な限りぴったりと適合させることができ,接着性マトリックスの全表面を処置されるべき顔又は体の一部の全面に接触させることができる 【0023】。
( )裏地シートはジグザグ状に配列されたスロットを有していてもよく,スロットは,膨張金属のような挙動によって離反するスロットのエッジの作用によって,スロットに対して垂直方向におけるマスクの伸長を可能にする 【0026】 。処置機能を発 ( )揮する成分としてあらゆる種類の活性成分を接着性マトリックス,裏地シート中に存在させてもよい 【0028】 。
( ) 裏地シートに配設されるジグザグ状切欠きを示す平面図(【図4】)において,縦方向の複数の切欠き(スロット)が互い違いに複数列配されている。
(2) 本件特許発明と乙8発明との対比 乙8発明は,美容用具であるフェイスマスク型パック用シートとして用いられることもあり,裏地シートは不織布から成り,縦方向に複数列配された切り込み線(スロット)を有することから,これらの点で一致し,次の点で相違する。
@ 本件特許発明のパック用シートが,不織布から成るのに対し,乙8発明は不織布の裏地シートと接着性マトリックスから成る点 A 本件特許発明のパック用シートは, 不織布の引っ張り方向とする縦方向 「に鼻筋の方向を揃えて打ち抜いたもの」 (構成要件A)であるのに対し,乙8発明の裏地シートはそれが明らかでない点 B 本件特許発明では, 「鼻翼の付け根から鼻尖を経て,もう片方の鼻翼付け根部分に,さらに眼の付け根に至り,もう片側の眼の付け根までを結ぶ線に囲まれるほぼ台形の領域に,縦方向もしくはやや斜め方向に『ハ』字状に走るミシン目状 47 の切り込み線を複数列配」されるのに対し(構成要件B),乙8発明では,切り込み線(スロット)が設けられることがあるが,マスクのどの部位に設けられるかは明らかでない点 このように,本件特許発明は,乙8発明と同一であるとは言えない。
(3) 相違点に係る構成の容易想到性 相違点Bについて,乙8発明は,顔の外郭線や輪郭に適合させることを目的とし,そのための手段の一つとして,縦方向に切り込み線(スロット)を設けて横方向にマスクを伸張させることとしているが,切り込み線を顔のどの部分に設けるかについては記載がない。これに対し,本件特許発明は,特に顔面で最も高く膨出する鼻の小鼻部分をも,ぴったりと覆うことができるパック用シートを提供することを技術的課題とし,その解決のために鼻に対向する「ほぼ台形の領域」にミシン目状の切り込み線を配していることからすると,本件特許発明において「ほぼ台形の領域」にミシン目状の切り込み線を配する構成が設計事項であるとはいえず,本件特許発明は,当業者が乙8発明に基づいて容易に発明をすることができたとはいえない。
したがって,本件特許発明は新規性又は進歩性を欠くものではなく,本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものであるとは認められない。
2-3 争点2-3(本件特許発明は,本件特許出願前に頒布された乙9公報に記載された乙9発明と同一であるか)について (1) 乙9発明 乙9公報には,シート状の毛穴ひきしめパック料に関する発明が開示されている(特許請求の範囲,【0001】 。
) 乙9発明は,毛穴ひきしめ成分を配合したシート状のパック料を用い,毛穴を効果的に引き締めることができるようにしたものである(【0004】 【0031】 。
, )支持体の素材の一つとして不織布が挙げられ 【0013】 , ( ) 不織布は開口率が小さいものが好ましい 【0016】 。
( )シート状の毛穴ひきしめパック料の形状としては,鼻を中心とする顔面に適用する際に適した形状であれば特に制限はないが,鼻の形, 48 三角形,台形等の鼻に適合する形に裁断又は成形されたものであることが好ましい。
また,位置決めがし易いようにセンターラインを入れたり,切れ込みを設けたりすることも好ましく,さらに鼻の形状で貼着した際にシートが浮いてしまうことがないように,小鼻部や中心部にスリットを設けることも可能である(【0018】。実 )施例では,センターラインに位置合わせと空気抜きのための2本の直線状の中心部スリットと,左右の両小鼻部に当たるシート面に肌への追従性付与と空気抜きのための2本の線状の側面部スリットが設けられている(【0025】 。
) (2) 本件特許発明と乙9発明との対比 乙9発明は,鼻を中心とする顔面に適用する際に適した形状であればよいから,美容用具であるフェイスマスク型パック用シートとして用いられることもあり,不織布から成り,縦方向の切り込みが設けられているものである点で本件特許発明と一致するが,次の点で相違する。
@ 本件特許発明では, 不織布の引っ張り方向とする縦方向に鼻筋の方向を 「揃えて打ち抜いたもの」 (構成要件A)であるのに対し,乙9発明はこの点は明らかではない点 A 本件特許発明では, 「鼻翼の付け根から鼻尖を経て,もう片方の鼻翼付け根部分に,さらに眼の付け根に至り,もう片側の眼の付け根までを結ぶ線に囲まれるほぼ台形の領域に,縦方向もしくはやや斜め方向に『ハ』字状に走るミシン目状の切り込み線を複数列配した」もの(構成要件B)であるのに対し,乙9発明では,2本の直線状の中心部スリットと,左右の両小鼻部の2本の線状の側面部スリットが設けられる以外の切り込みの部位や形状が明らかでない点 したがって,本件特許発明は,乙9発明とは異なり,新規性を欠くものではなく,本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものではない。
3 争点3(原告の損害額)について (1) 被告製品の譲渡に関する実施料相当額 ア 特許法102条3項の「特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額」と 49 は,本件特許発明を実施許諾する場合の客観的に相当な実施料の額をいうと解される。本件では,被告は,シート製造業者から納入を受けたパック用シートについて,袋容器に美容液を充填して封をし,被告製品を製造した上で,他の美容商品を購入した顧客に対して特典として無償で譲渡している(乙14)が,そのような場合であっても,市場利益を得るために被告製品に織り込まれたパック用シートの価値を利用し,その価値を顧客に提供したことに変わりはないから,譲渡分についての実施料相当額は,販売(有償譲渡)した場合と同様に算定するのが相当である。
イ 被告製品を市場で販売することを想定する場合,本件特許発明の実施許諾の際には,実際に販売された分については,実施品の総売上額に実施料率を乗じることによって実施料を算出する方式を採用するものと考えられ,被告製品を市場で販売した場合の価格を基準に実施料相当額を算定するのが相当である。この点について被告は,パック用シート自体に知的財産権がある場合,シートの供給者が権利処理をした上で,化粧品会社に供給するのが通常であることから,シート自体の価格を基礎にライセンス料が算定されるのが業界の常識であると主張するが,それは,シートの供給者が実施許諾を受ける場合のことであり,本件では,被告製品を譲渡する被告に対する実施料相当額を算定すべきであるから,被告の主張は採用できない。
そして,原告が受けるべき実施料相当額を算定するに当たって基礎とすべき被告製品1枚当たりの販売価格としては,同種商品の市場販売価格(甲24ないし27)を考慮すれば,その平均的な価格として1000円とするのが相当である。
ウ 証拠(乙12,14,16)によれば,被告には,平成25年9月以降,パック用シートが●●●●●●●●納入され,そのうち●●●●●●●●が,同年10月から平成26年3月までの間,被告製品として出荷されたことが認められ,出荷された被告製品は顧客に譲渡されたと考えられる。
そうすると,被告製品のうち実際に譲渡された●●●●●●●●については,想定市場販売価格である1枚1000円を基礎として実施料相当額を算定するのが相 50 当である。
エ 証拠(甲29,乙13)によれば, 「ロイヤルティ料率アンケート調査結果」において,「頭部に着用するもの」等を対象とする「個人用品または家庭用品」に係る特許権の「ロイヤルティ料率相場」は,「2〜3%未満」が30.8%,「3〜4%未満」が30.8%, 「4〜5%未満」が23.1%となっている。これらの数値が実施料率の通常の業界相場であると考えられるが,本件特有の事情としては,以下の点がある。
まず,原告は,自らパック用シートの製造販売を行う者ではなく,被告の競合他社に本件特許発明を実施許諾しているといった事情もうかがわれないから,原告が,被告に対して,本件特許発明を実施許諾しなかったであろうとは考え難い。むしろ,証拠(甲6)によれば,原告と被告は,平成22年6月24日,平成23年4月18日までの秘密保持契約を締結し,被告が本件特許等を実施することを希望する場合,原告と被告はその協議をする旨が定められており,原告は,被告に対する本件特許発明の実施許諾について,積極的な姿勢を示していたといえる。なお,原告は,被告は同秘密保持契約によって原告から開示された様々な技術を使用していると主張するが,それを認めるに足りる証拠はない。
また,被告製品は,本件特許発明の対象であるパック用シートに,美容液を含浸させたものであるところ,被告の広報雑誌(甲3)では,全4頁の被告製品の広告の中で,美容液の成分・効果とシートの素材・形状にそれぞれ1頁を当て,両者を被告製品の特徴として同等に宣伝,広告しており,このような宣伝態様は,被告製品配布用台紙(甲4)でも同様であることから,両者は,顧客の誘引に,同等に寄与していると考えられる。この点について,原告は,被告製品の美容液には特段のセールスポイントはないと主張するが,被告の上記広告の内容に照らして採用できない。
さらに,被告製品の顧客吸引力については,被告が化粧品業界における著名企業であり,特典の元になる美容商品自体も顧客を誘引する要素になっていると考えら 51 れる上,被告製品のシートには,本件特許発明の切り込み線による効果だけではなく,鼻と口の間の縦の切り取り線の部分を切り離して引き寄せ,フェイスマスクをより立体的にして,より小鼻を覆いやすくしているという独自の工夫がされている。
これらの事情を総合すると,本件において,被告製品を市場で販売する場合を想定した場合の実施料率は,2%と認めるのが相当である。
なお,本件での被告製品は無償で譲渡されているが,原告が,被告に対する本件特許発明の実施許諾について,積極的な姿勢を示していたといえることは上記のとおりであるけれども,原告と被告が無償譲渡の点を考慮して実施料を特に減額するような特別な関係にあったと認めるに足りる証拠はないから,無償譲渡である点は実施料率に影響を及ぼすものではない。
オ したがって,本件特許発明の実施である被告製品の譲渡に対し原告が受けるべき金銭の額に相当する額は,●●●●●●●●●●(=1000円×●●●●●●●●×2%)であると認められる。
(2) 被告製品の製造に関する実施料相当額 被告に納入されたパック用シート●●●●●●●●のうち,被告製品として譲渡されたのは●●●●●●●●であり,その差である●●●●●●●●については,納入されたが譲渡されなかったものである。しかし,被告製品のパック用シートが特殊な形状をしていることからすると,被告は,シートの製造業者に発注して被告製品用のパック用シートを製造させたと推認され,そうすると,被告は,パック用シートの製造行為を行ったと評価すべきである。そして,パック用シートの製造も本件特許発明の実施であり,侵害行為に当たるから,納入されたが譲渡されなかった分も損害賠償の対象とするのが相当である。
もっとも,被告は,これらについては,その価値を市場に提供して利用したわけではないことからすると,これを有償譲渡と同視し,前記の想定市場販売価格を基礎として実施料相当額を算定するのは相当でない。そこで,これらシートについては,その製造自体の価値を示すものとして,その納入価格を基礎として実施料相当 52 額を算定するのが相当であり,証拠(乙12)によれば,シート1枚当たりの納入価格は●●円であると認められる。この点について,原告は,これらについても想定市場販売価格を基礎にして実施料相当額を算定すべきであると主張するが,前記に照らして採用できない。
また,前記(1)エにおいて考慮した事情に照らせば,これらシートの納入価格には,美容液の価値が考慮されていないから,被告製品用のシートを製造したが譲渡しなかった場合の実施料率は,●●と認めるのが相当である。
したがって,本件特許発明の実施である被告製品の製造に対し原告が受けるべき金銭の額に相当する額は,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●×4%)であると認められる。
(3) 弁護士費用相当損害額 本件訴訟の経緯,審理の経過,難易度,認容額等に照らすと,本件と相当因果関係があると認められる弁護士費用相当損害額は,135万円が相当である。
(4) 合計額 以上のとおり,被告による被告製品の製造,譲渡と相当因果関係がある原告の損害額は,合計1484万6422円となる。
民法所定の年5分の割合による遅延損害金の起算日は,不法行為後であり,被告製品の譲渡が終了した後の日である平成26年4月1日とするのが相当である。
4 結論 よって,原告の請求は主文第1項の限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
追加
松宏之裁判官田原美奈子裁判官林啓治郎54 (別紙)物件目録製品の名称「なめらか美顔マスクきめ肌」55 (別紙)物件説明書第1構成略葉書大の寸法・形状の袋に,ヒアルロン酸等の美容成分を含んだ美容液を含浸させた不織布によって製作されているフェイスマスクが1枚封入されている(1パック1枚入りのパッケージが基本単位である。。
)6パックを紙パッケージにまとめた6枚入り商品もある。
第2外観1枚入りパッケージ・表面1枚入りパッケージ・裏面56 6枚入り紙パッケージ・表面6枚入り紙パッケージ・裏面被告製品のフェイスマスクを展開した状態(背景色黒)57
裁判長裁判官 53