審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成27ワ8132 損害賠償請求事件 | 判例 | 商標 |
元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
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事件 |
平成
26年
(ワ)
11616号
商標権侵害行為差止等請求事件
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原告有限会社ミック 同訴訟代理人弁護士 喜田村洋一 同 藤原大輔 同 大串真智子 被告パ ラダイスダイナシティ株式会社 同訴訟代理人弁護士 達野大輔 同 菅礼子 |
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裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2016/02/26 |
権利種別 | 商標権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求の趣旨
1 被告は,飲食物の役務の提供に関する活動又は施設に別紙被告標章目録記載 の標章及び「皇朝」の文字を書して成る標章を使用してはならない。 2 被告は,別紙被告標章目録記載の標章及び「皇朝」の文字を書して成る標 章を付した看板,案内板,名刺型広告及びリーフレット等の広告物,メ ニュー並びに箸袋を廃棄せよ。 3 被告は,被告が管理する被告店舗のホームページ(http://以下省略)から, 別紙被告標章目録記載の標章及び「皇朝」の文字を書して成る標章を抹消せよ。 4 被告は,原告に対し,550万円及びこれに対する平成26年6月13日 (訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 5 訴訟費用は被告の負担とする。 6 第4項について仮執行宣言 |
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事案の概要
1 事案の要旨 本件は,別紙商標権目録記載1及び2の各商標権(以下「原告商標権1」, 「原告商標権2」といい,併せて「原告各商標権」と,その商標をそれぞれ 「原告商標1」,「原告商標2」といい,併せて「原告各商標」という。)を 有する原告が,平成25年6月から,別紙被告標章目録記載1及び2の標章 (以下「被告標章1」,「被告標章2」という。)並びに「皇朝」の文字を書 して成る標章(以下,被告標章1及び2と併せ,「被告各標章」という。)を 使用して被告頭書所在地で「パラダイスダイナシティ」との名称の中華料理店 (以下「被告店舗」という。)を経営する被告に対し,被告各標章は,原告各 商標と類似し,その指定役務である飲食物の提供につき標章を使用するもので あるとして,(1)被告各標章の使用の差止め,(2)被告各標章を付した看板等の 廃棄,(3)被告店舗のホームページからの被告各標章の削除,(4)商標法(以下 「法」という。)38条3項及び民法709条に基づき,平成25年6月17 日から平成27年10月5日までのうちの27か月間につき,売上月額500 万円の27か月分に商標使用料割合10%を乗じた1350万円の内金500 万円及び弁護士費用50万円並びにこれに対する訴状送達の日の翌日である平 成26年6月13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害 金の支払を求めた事案である。 2 前提事実(証拠等を掲げたもののほかは,当事者間に争いがない。) (1) 当事者 ア 原告は,飲食店の経営,ギョーザ,シューマイ,肉まん等の中華食品の 製造販売等を業とする有限会社であり,現在,「皇朝グループ」として, 「皇朝」の名を付した店舗を11店舗,「王朝」の名を付した店舗を5店 舗展開している。〔甲1〕 イ 被告は,飲食店,食料品店の経営等を業とする株式会社であり,平成2 5年6月17日から,(住所省略)ギンザ・グラッセ1階及び地下1階に おいて,店名を「パラダイスダイナシティ」とする中華料理店(被告店 舗)を経営している。 被告は,シンガポール法人である訴外パラダイス グループ ホール ディングス ピーティーイー.リミテッド(以下「パラダイスグループ」 という。)とフランチャイズ契約を締結して被告店舗の運営を行っている。 〔弁論の全趣旨〕(2) 原告の商標権 原告は,別紙商標権目録記載の各商標権を有しており,その指定役務には 「飲食物の提供」が含まれている。〔甲3〕(3) 被告の行為 ア 被告標章1及び2の使用 被告は,被告店舗において,被告標章1及び2を付した看板(甲4〔写 真@〜B〕,甲5〔写真@〜B〕)及び被告標章1を付した案内板(甲4 〔写真C〜I〕,甲5〔写真C〜G〕)を掲げ,被告標章1及び2をメ ニューに付し(甲4〔写真J,L〕),被告標章2を付した名刺型広告及 びリーフレット等の広告物を置き(甲6の1,2),被告標章2を付した 箸袋(甲4〔写真P〕)を顧客に提供している。 また,被告店舗のホームページ(http://以下省略)では,被告標章2 を付した広告をしている。〔甲7〕 イ 「皇朝」の文字を含む標章の使用 (ア) 「皇朝」の文字を含む標章の使用形態 被告は,被告店舗において,「皇朝」の文字を含む「皇朝小籠包」 との料理を表示したランチメニュー及びスタンドメニュー(甲4〔写 真M〜O〕,甲5〔写真H,I〕)を掲げていた。 また,被告は,被告店舗において,「?天」及び「皇朝」の文字を 2行で表示したロゴ をメニュー(甲4,写真K。以下「本件ロゴメ ニュー」という。)に表示していた。 (イ) 「皇朝」の文字を含む標章の使用停止 被告は,平成27年7月21日までに,前記(ア)の「皇朝小籠包」の メニュー表記を「八種小籠包(八種口味)」及び「8色小籠包」と変 更し,「?天」及び「皇朝」の文字を2行で表示した本件ロゴメ ニューについても,その使用を止めた。〔乙23,弁論の全趣旨〕(4) 被告標章1の商標登録の経緯 ア パラダイスグループは,平成25年4月3日,被告標章1につき,指定 役務を第43類「レストランにおける飲食物の提供」等として,商標登録 出願をした。〔乙1〕 イ これに対し,同年7月26日付けで,拒絶理由通知がされた。同通知に おいては,原告各商標を含む12の登録商標を引用商標とし,これら各商 標及びその指定役務とそれぞれ同一又は類似であるとする法4条1項11 号に基づく拒絶理由が示された。〔乙2〕 ウ これに対し,パラダイスグループは,同年12月2日付けで,意見書を 提出した。そこには,被告標章1に関し,「本願商標の漢字表記部分『楽 (簡体字)天皇朝』は,同書同大でまとまりよく一体に表記されており, さらに,その下方の欧文字『PARADISE DYNASTY』と相俟って『楽天,楽園 の皇朝』という観念を生起せしめるので,観念的にも一体に結合しており, 全体から生じる称呼とは別に称呼が生じるとすれば,『ラクテンコウチョ ウ』という称呼が生じるものである。」,「本願商標と引用商標1乃至1 2とは上述の本願商標及び引用商標の構成から明白なように,その外観に おいて非常に異なるものである。かかる外観の顕著な相違を総合的に考慮 すれば,仮に,称呼において類似するとしても,需要者が取引において本 願商標と引用商標と混同するおそれはなく,したがって,両者は類似する ものでありません。」との記載がある。〔乙10〕 エ その後,上記パラダイスグループに係る出願につき,平成26年8月1 日,商標第5690248号(商標につき被告標章1と同一,指定役務に つき第43類「レストランにおける飲食物の提供」等)として登録がされ た。〔乙3〕 オ 原告は,同年10月20日,法4条1項11号,同15号該当性を主張 して,上記商標登録につき異議申立てをした。〔甲10〕 カ これに対し特許庁は,平成27年3月18日付けで,登録を維持する旨 の決定をした。〔乙22〕 (5) 原告の本訴提起 原告は,平成26年5月12日付けで,本件訴えを提起した。 |
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争点
1 被告各標章と原告各商標の類否 (1) 被告標章1及び2は,原告各商標と類似するか (2) 被告が使用する「皇朝」の文字から成る標章は,原告各商標と類似するか 2 被告の故意又は過失の有無 3 損害発生の有無及びその額 |
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争点に関する当事者の主張
1 争点1(1)(被告標章1及び2は,原告各商標と類似するか)について〔原告の主張〕 (1) 被告標章1 ア 外観 被告標章1の外観は,別紙被告標章目録記載1のとおりであるところ, 龍と思しき動物の図形をやや薄色で描き,その下部左側に「?天」なる 行書体の横書きの文字,下部中央に湯気の立っている小籠包と思しき図 形,下部右側に「皇朝」なる行書体の横書きの文字,最下部に「PAR ADISE DYNASTY」及び「LEGEND OF XIAO LONG BAO」の横書きの欧文字を上下2段に,最下部右側に「楽 天」なる文字を縦書きした判子様の図形を配しており,これらの文字及 び小籠包と思しき図形はいずれも濃い色で描かれているものである。 イ 称呼 被告標章1においては,「?天」及び「皇朝」の文字が大きく,間を 空けて記載され,「?天皇朝」という語で特定の意味を表わすものでは ないから,「?天」及び「皇朝」各文字に別個の称呼が生じる。 「?」は「楽」の中国語の簡体字であるところ,我が国の語学教育の 現状からみて,一般の取引者・需要者のうち,相当多数のものはこの簡 体字を正確に判読し,称呼することはできない。 したがって,「?天」の文字からは特定の称呼は生じず,標章におい て支配的な印象を与える要部は「皇朝」の文字である。 したがって,被告標章1からは「コーチョー」との称呼が生じる。 ウ 観念 被告標章1の要部である「皇朝」からは,特段の観念は生じない。 (2) 被告標章2 ア 外観 被告標章2の外観は,別紙被告標章目録記載2のとおりであるところ, 中央左側に「?天」なる行書体の横書きの文字,中央部に湯気の立った 小籠包と思しき図形,中央右側に「皇朝」なる行書体の横書きの文字, 下部に「PARADISE DYNASTY」及び「LEGEND O F XIAO LONG BAO」の横書きの欧文字を上下2段に,最 下部右側に「楽天」なる文字を縦書きした判子様の図形を配している。 イ 称呼 被告標章1同様に,被告標章において支配的な印象を与える要部は「皇 朝」の文字である。 したがって,同標章からは「コーチョー」との称呼が生じる。 ウ 観念 被告標章2の要部である「皇朝」からは特段の観念は生じない。 (3) 被告標章1及び2と原告各商標との類否 ア 原告商標1 (ア) 外観 原告商標1の外観は標準文字で「皇朝」と横書きしてなるものである。 (イ) 称呼 原告商標1は,「コーチョー」との称呼を生じる。 (ウ) 観念 原告商標1の「皇朝」の字は「皇国の朝廷」を意味するところ(甲8 〔広辞苑第4版〕),これは日本人にとって馴染みのない語であり,一 見して世人に直ちに一定の意義を理解させるようなものではないから, 原告商標1からは特段の観念は生じない。 イ 原告商標2 (ア) 外観 原告商標2の外観は,「中国料理世界チャンピオン」及び「皇朝」の 文字を横書きし,それぞれ上下2段に配して成る。これらは全て黒色の 明朝体の文字で構成される。 (イ) 称呼 原告商標2は,「チュウゴクリョウリセカイチャンピオンコー チョー」との称呼が生じるが,同称呼は相当に長いものであり,取引等 の現場でその全体を呼ぶとは考えにくく,また,「中国料理世界チャン ピオン」の部分は,同商標の指定役務である飲食物の提供(特に中華料 理の提供)を指し示すものにすぎず,「皇朝」の部分と一体となって, 称呼ないし観念が生じ得るとしても,それ自体で独立した出所識別標識 としての称呼及び観念までは生じない。 このように,同商標の出所識別機能として強く支配的な印象を与える 要部は「皇朝」の部分であるから,原告商標2からは「コーチョー」と の称呼も生じる。 (ウ) 観念 原告商標2の要部である「皇朝」からは,特段の観念は生じない。 ウ 類否 被告標章1及び2と原告各商標とは,その要部において,称呼が同一であり,外観も類似しているため,役務が飲食物の提供(中華料理の提供)であり,同一であることを併せ鑑みると,その役務につき出所混同のおそれが認められる。 したがって,被告標章1及び2と原告各商標とは類似する。 エ 被告の主張に対する反論 被告は,被告標章1及び2からは「パラダイスダイナシティ」の称呼が生じると主張するが,「PARADISE DYNASTY」及び「LEGEND OF XIAO LONG BAO」の部分は,欧文 字で記載されていること,「DYNASTY」並びに「LEGEND」 及び「XIAO LONG BAO」の部分は国内の一般の取引者・需 要者になじみのある語ではなく,これを発音することは容易ではないこ とに照らせば,この部分から被告標章1及び2の称呼が生じることはな い。 仮にこの欧文字部分から,これに対応する称呼が生じると考えるとし ても,被告の主張する「パラダイス ダイナシティ」及び「レジェンド オブ シアオ ローン バオ」という称呼はいずれも相当に長いもので あり,取引等の現場でその全体を呼ぶことは考えにくい。 これに比し,「コーチョー」との称呼は簡潔であり,一般の取引者・ 需要者に親しみのある部分の漢字から生じるものであるから,被告標章 1及び2の称呼は「コーチョー」である。 〔被告の主張〕(1) 被告標章1 ア 外観 被告標章1の外観は別紙被告標章目録記載1のとおりであるところ, 被告標章について,その構成中の「皇朝」の文字部分を分離,抽出して 観察することを正当化するような事情を見い出すことはできないという べきである。 イ 称呼 「?天」のうち,「?」の字は,中国語圏における「楽」の字の簡体字 であるほか,日本における「楽」の字の崩し字にも見られる字であり,い ずれにしても漢字であることは一般の需要者であっても明確に認識するも のであるから,出所識別標識としての称呼,観念が生じないものではない。 まず,中国語圏との経済交流が盛んになり,中国語圏から日本に進出する企業が少なくない中,日本に進出する中国語圏の企業において,その企業名や使用する標章について,中国語表記に英語表記を加えて使用することが一般に行われ,簡体字についてもある程度知られるようになっている。 また,「?」の字は,日本における「楽」の字の崩し字にも見られる字であるから,「?」の文字が「楽」の文字に対応するものであることを理解する取引者・需要者にとっては,被告標章1及び2の「?天皇朝」の文字部分は,「ラクテンコーチョー」の称呼を生じる。 なお,我が国において,「?」の文字が「楽」の文字に対応するものであることを理解しない取引者・需要者にとっては,より読み易い「PARADISE DYNASTY」の欧文字部分に着目し,これより生ずる称呼をもって取引に当たるものというのが自然である。 すなわち,そのような取引者・需要者にとっては,被告標章は,「PARADISE DYNASTY」の文字部分と相まって,「パラダイスダイナシティ」の称呼を生じる。 なお,この点につき,原告は,「?天」の文字と「皇朝」の文字との間だけに間隔がある旨主張するが,そもそも,上記文字部分はそれぞれの文字の間に間隔が空いているのであり,文字部分を見た一般需要者が,ことさら,「?天」の文字と「皇朝」の文字との間だけに半角程度の間隔があると認識するものではない。さらに,漢字4文字で構成される上記文字部分については,四字熟語として,ひとまとまりの単語として需要者は認識するものであり,それに含まれる2文字のみが抽出して認識されることはない。 被告標章1においては,「?天」の文字と「皇朝」の文字は,同一の書体をもって黒色で表され,文字全体がバランスよく,統一感のあるものとしてまとまりよく表されているものである。 したがって,「皇朝」の文字部分のみを分離,抽出して観察すべき理由 とはならないから,原告の上記主張は失当である。 ウ 観念 観念については,被告標章1の「?天皇朝」の文字部分は造語ではある が,「楽園の王朝」といった意味合いを生じさせるものである。 「皇朝」については,原告も,「皇国の朝廷」を意味するが,これは日 本人にとって馴染みのない語で一見して世人に直ちに一定の意義を理解さ せるようなものではない,と主張しているところであり,この部分が取引 者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を 与えるものとは認められない。 したがって,被告標章の文字部分のうち,「?天」の部分が,出所識別 標識としての称呼,観念が生じないとは認められない。 (2) 被告標章2 ア 外観 被告標章2の外観は別紙被告標章目録2記載のとおりである。被告標 章2は,被告標章1の文字背後の図形を除いたものである。被告標章2 についても,その構成中の「皇朝」の文字部分を分離,抽出して観察す ることを正当化するような事情を見い出すことはできない。 イ 称呼 被告標章2についても,被告標章1と同様,「?天皇朝」の文字部分 からは,「ラクテンコーチョー」の称呼を生じるほか,「PARADI SE DYNASTY」の文字部分から「パラダイスダイナシティ」の 称呼を生じる。 ウ 観念 観念についても,被告標章1と同様,「楽園の王朝」といった意味合 いを生じさせる。 (3) 被告標章1及び2と原告各商標との類否 ア 外観 被告標章1及び2の文字部分である「?天皇朝」と,原告各商標の「皇 朝」及び「中国料理世界チャンピオン皇朝」とでは,文字数を含めて大 きな違いがあり,両者は非類似である。 この点につき,被告標章1及び2について,その構成中の「皇朝」の文 字部分を分離,抽出して観察することを正当化するような事情を見い出 すことはできないから,被告標章1及び2と原告各商標の類否を判断す るに当たっては,その構成部分全体を対比するのが相当であり,被告標 章1及び2の構成中の「皇朝」の文字部分だけを原告各商標と比較して 被告標章1及び2と原告各商標の類否を判断することは許されないとい うべきである。 イ 称呼 被告標章1及び2からは,「ラクテンコーチョー」の称呼を生じるもの であり,単に「コーチョー」の称呼のみを生じる原告各商標とは非類似 である。また,被告標章1及び2からは「パラダイスダイナシティ」の 称呼も生じるものであり,「コーチョー」の称呼を生じる原告各商標と 非類似であることは明らかである。 ウ 観念 観念については,被告標章1及び2からは「楽園の王朝」といった意味 合いを生じさせ,「皇国の朝廷」を意味する原告各商標とは区別される。 2 争点1(2)(被告が使用する「皇朝」の文字から成る標章は,原告各商標と 類似するか)について〔原告の主張〕(1) 「皇朝小籠包」について ア 被告がメニュー名に付した「皇朝小籠包」の表記のうち,小籠包の部分 には自他識別力がないから,その要部は「皇朝」であり,これは原告各商 標と同一若しくは類似する。 被告は,「皇朝小籠包」という語は,一行かつ同じ字体でまとまりよく 表示されているものであるため,原告各商標とは類似しないと主張するが, 「小籠包」という語は,中華料理の一つを指し示すことは,我が国の一般 の取引者・需要者によく知られたものであるところ,「小籠包」という語 が,出所識別標識としての印象を与えることはありえない。すなわち, 「皇朝小籠包」のうち,「小籠包」の部分は,出所識別標識としての称呼, 観念は生じ得ないため,「皇朝小籠包」の語から抽出される要部は「皇 朝」の部分である。 したがって,仮に「皇朝小籠包」が「コーチョーショーロンポー」と全 体をよどみなく称呼し得るとしても,全体の称呼をもって,原告各商標と 類否判断を行うことは不相当であり,被告の上記主張は失当である。 イ 「皇朝小籠包」のメニュー名の使用は原告各商標の指定役務についての 商標の使用に該当する。 被告は,「皇朝小籠包」の表示は,店舗に入店した客にのみ配布される 店内メニューのうち一つのページにおける料理,及び店内のスタンドメ ニューに表示された一つの利用写真の横に表示されているものであるから, 被告店舗において提供される小籠包の出所が被告であることは明らかであ り,原告による「飲食物の提供」についての使用であると解する余地はな いなどと主張する。 しかし,被告は,「皇朝小籠包」を店内メニュー及び店内のスタンドメ ニューにおいて使用しているのみならず,被告店舗への来店を促進するた めの広告物であるリーフレット(甲6の2)にも,「皇朝小籠包」を掲載 している。したがって,「皇朝小籠包」の表示は,店内のみに使用されて いるものではないから,リーフレットをみた一般の取引者・需要者などは, その小籠包の出所が被告であると明確に認識できるものではない。 したがって,被告の上記主張はその前提を欠いており,失当である。 (2) 本件ロゴメニューについて 本件ロゴメニューには「?天」「皇朝」との表記があり,その要部は「皇 朝」の部分にあるから,前記(1)と同様に,原告各商標権を侵害する。 〔被告の主張〕(1) 「皇朝小籠包」について ア 「皇朝小籠包」とのメニュー名は,原告各商標に類似しない。 すなわち,「皇朝小龍包」とのメニュー名は一行かつ同じ字体でまと まりよく表示されており,結合商標とみるべきであるから,特段の事情 がない限り一部のみを抜き出して判断するべきではない。したがって, 一体として「コーチョーショーロンポー」の称呼を生じ,「コー チョー」の称呼のみを生じる原告各商標とは類似しない。 外観についても,「皇朝小籠包」と,原告商標2の要部として原告が 主張し,原告商標1である「皇朝」とでは,文字数にも違いがあり,両 者は類似しない。 したがって,原告各商標に類似しない。 イ 「皇朝小籠包」のメニュー名の使用は原告各商標の指定商品ないし役 務についての商標の使用に該当しない。すなわち,「皇朝小籠包」の表 示は,店舗に入店した客にのみ配布される店内メニューのうち 一つの ページにおける料理,及び,店内のスタンドメニューに表示された一つ の料理写真の横に表示されている。被告店舗に入店する客は,インター ネットにおける広告やその他の広告物に表示されている被告店舗の名称 である「パラダイス ダイナシティ」を目印として来店する。 その中であれば,店内飲食のために提供され,そこで消費される飲食 物は,提供者自身の支配する場屋内で提供されるものであるため,その 役務の提供者が被告であることは明らかであり,当該飲食物について, さらに他人による飲食物の提供との識別を必要とする場は存在しない。 したがって,単なるメニュー名としての使用は,指定役務「飲食物の提 供」についての商標としての使用には該当しない(ちなみに,被告店舗 において,小籠包は店内飲食のためにのみ提供されており,持ち帰りの 提供はされていないことからしても,原告各商標の指定商品に含まれる 「小籠包」(第30類)との関係でも指定商品についての商標の使用に は当たらない。 (2) 本件ロゴメニューについて 本件ロゴメニューは「?天皇朝」との表記であり,一連一体のものである から,前記(1)と同様に,原告各商標権を侵害しない。 3 争点2(被告の故意又は過失の有無)について〔原告の主張〕(1) 被告は,被告店舗における被告標章1及び2等の使用が原告の有する商標 権を侵害することを知っていたから,侵害の故意がある。 (2) 仮に,被告が原告の有する商標権を侵害することを知らなかったとしても, 被告は,原告の商標権を侵害しているのであるから,被告には過失があった ものと推定される(商標法39条,特許法103条)。 なお,被告において,被告各標章が原告各商標と非類似であると認識して いたことは,被告が軽信したことを意味するにとどまり,これにより過失が なかったと認められるものではない。 〔被告の主張〕 被告に故意又は過失はない。 まず,被告標章1については,特許庁において,原告各商標がいったん審査官により引用され,拒絶理由通知がされた上で商標登録がされていることから,被告は,原告各商標と,被告標章1及びこれと文字部分を同一にする被告標章2が互いに非類似であると認識していたものであり,仮に後に当該標章の使用が原告各商標権を侵害すると判断されたとしても,被告の行為について過失はないというべきである。 また,メニュー名としての「皇朝小龍包」,並びに「?天」及び「皇朝」の文字が2行で記載されていた本件ロゴメニューについては,被告は遅くとも平成27年7月21日までに任意に使用を止めており,今後も使用する意思はないことから,後に当該標章の使用が原告各商標権を侵害すると判断されたとしても,被告の行為について過失はないというべきである。 4 争点3(損害発生の有無及びその額)について〔原告の主張〕(1) 損害の発生 原告は,平成16年7月以降現在まで,原告各商標を付した商品を製造す るとともに,原告各商標を付してレストランを経営している。 被告は,平成25年6月17日から平成27年10月5日まで27か月間 にわたって,被告店舗の経営を続けており,同店舗の売り上げは,月額50 0万円を下らないと思われる。 仮に原告が,第三者の経営する店舗に対し,原告各商標の使用を許諾する場合,その使用料は,同店舗の売上げの10%相当額を下らない。 したがって,被告による原告の商標権侵害行為によって原告が蒙った損害額は,下記の式のとおりとなるが,原告はその内金として500万円を請求する。 記 500万円/月×27か月×使用料10%=1350万円(2) 弁護士費用 原告は,本件訴訟の追行を弁護士に委任したが,その弁護士費用の相当額は被告による不法行為と相当因果関係にある損害として,被告が負担すべきものである。その金額は,商標権侵害訴訟の専門性,本訴の難易度や費消すべき時間などを勘案すれば50万円が相当である。 (3) 被告の主張する損害不発生の抗弁に対する反論 そもそもレストランを訪れる客は食事を楽しむことを目的としているのであるから,インターネットの発達した現在においては,予め店舗を検索またはネットサーフィンにより店舗を紹介するウェブサイトにたどり着き,食事の見た目,味,値段等の観点から当該店舗を訪れるか否かを判断するのであって,店名に基づいて当該店舗を訪れるか否かを判断することはあり得ない。 そして,被告が提出した各証拠にはいずれも,被告店舗では,「8色の小籠包」や「8種類の小籠包」が話題である旨紹介されており,これらの「8色の小籠包」や「8種類の小籠包」とは,遅くとも平成27年7月21日までの間にわたって,「皇朝小籠包」とのメニュー名で,被告店舗の看板メニュー,すなわち顧客吸引力を有するメニューとされていたものである。 つまり,被告店舗を訪れる客の大半は,被告が挙げたような口コミサイト等の紹介を見て,「皇朝小籠包」が話題であるとの情報に接して,被告店舗を訪れることを決めるのであり,「小籠包」との語が自他識別機能を有しない飲食物の名称であることからして,「皇朝」との語が顧客吸引力を有しており,これが顧客の吸引及び被告の売上げに多大な寄与をしていたことは明らかである。 現に ,被 告店 舗を 紹介す るブ ログ をみ ると , 「8 色の 『皇 朝小籠 包』(やっ ぱり 美味 っ! )」( 甲1 3) や , 「お店 の名 物で ある 小籠包 」 ,「【皇朝小籠包】(1520円)」(甲14)などと,「皇朝」との名称を付した小籠包が,強く顧客を吸引していることが窺える。 また,被告は,原告のレストランや公式販売サイトにおいて,「皇朝」の名称は,「横浜中華街」あるいは「世界チャンピオン」などの文字のあとに表示されているとして,「皇朝」の語が顧客吸引力を有していない旨主張する。 しかし,「横浜中華街」は地域の名称を示し,「中国料理世界チャンピオン」は原告各商標の指定役務である飲食物の提供を指し示すものにすぎず,かつ,「横浜中華街」には多数の店舗が存在し,「中国料理世界チャンピオン」も多数存在するのであるから,「皇朝」の部分と一体になって称呼ないし観念が生じうるとしても,それ自体で独立した自他識別機能を有するものではない。すなわち,原告のレストランや公式販売サイトにおいて自他識別機能として強く支配的な印象を与える要部は「皇朝」の部分であり,「皇朝」の語に顧客吸引力が認められないということはあり得ない。 そして,原告は,インターネットウェブサイトによる通信販売において,日本全国の顧客から注文を受け,「皇朝」の名を付した肉まん,肉シウマイ,黒豚生餃子などを多数販売しているところ,被告店舗のある東京・銀座エリアにおいて,一般需要者の間に「皇朝」との名称の知名度がないということ もあり得ない。 以上のとおり,原告各商標に顧客吸引力が全く認められず,登録商標に類 似する標章を使用することが第三者の商品の売上げに全く寄与していないこ とが明らかであるとは到底いえないから,被告の行為により原告に損害が発 生したというべきである。 〔被告の主張〕 (1) 原告の主張は否認ないし争う。 なお,被告には故意ないし過失もない。 (2) 損害不発生の抗弁 商標権の侵害者は,損害の発生があり得ないことを抗弁として主張立証し て,損害賠償の責めを免れることができるとするのが最高裁判例の立場であ る。これは,損害の発生していないことが明らかな場合にまで侵害者に損害 賠償義務があるとすることは,不法行為法の基本的枠組みを超えるものとい うほかなく採り得えないし,登録商標に類似する標章を第三者がその製造販 売する商品につき商標として使用した場合であっても,当該登録商標に顧客 吸引力が全く認められず,登録商標に類似する標章を使用することが第三者 の商品の売上げに全く寄与していないことが明らかなときは,得べかりし利 益としての実施料相当額の損害も生じていないというべきであることによる。 本件においても,被告が原告各商標に類似する標章をたとえ使用していた と仮定しても,原告各商標に顧客吸引力は認められず,またその使用が被告 の売上げに全く寄与していないことは明らかであるから,原告には何ら損害 が生じておらず,法38条3項に基づく損害賠償は認められない。 |
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当裁判所の判断
1 争点1(1)(被告標章1及び2は,原告各商標と類似するか)について(1) 被告標章1及び2と原告各商標の指定役務並びに商標と標章の類否 商標と標章の類否は,対比される標章が同一又は類似の商品・役務に使用された場合に,商品・役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが,それには,そのような商品・役務に使用された標章がその外観,観念,称呼等によって取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべく,しかもその商品・役務の取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断すべきものである。そして,商標と標章の外観,観念又は称呼の類似は,その商標を使用した商品・役務につき出所の誤認混同のおそれを推測させる一応の基準にすぎず,したがって,これら3点のうち類似する点があるとしても,他の点において著しく相違することその他取引の実情等によって,何ら商品・役務の出所の誤認混同をきたすおそれの認め難いものについては,これを類似の標章と解することはできないというべきである(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁,最高裁平成6年(オ)第1102号同9年3月11日第三小法廷判決・民集51巻3号1055頁参照)。 この点に関し,複数の構成部分を組み合わせた結合商標については,商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められる場合において,その構成部分の一部を抽出し,この部分のみを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは,原則として許されない。他方,商標の構成部分の一部が取引者,需要者に対して商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合などには,商標の構成部分の 一部のみを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することも,許 されるものということができる(最高裁昭和37年(オ)第953号同38 年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁,最高裁平成3 年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5 009頁,最高裁平成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二小法 廷判決・裁判集民事228号561頁参照)。 そこで,以上の見地から,原告各商標と被告各標章との類否について検討 する。 (2) 原告各商標の外観,称呼及び観念について ア 外観 原告各商標の外観は,別紙商標権目録記載1及び2のとおりであるとこ ろ,原告商標1の外観は標準文字で「皇朝」とするもの,原告商標2は, 黒字で2段に分けて「中国料理世界チャンピオン」及び「皇朝」とそれぞ れ書してなるものである。 イ 称呼 原告商標1の称呼は「コーチョー」であると認められる。 一方,原告商標2の称呼については,構成する文字全体から「チュウゴ クリョウリセカイチャンピオンコーチョー」の称呼が生じるほか,「皇 朝」の文字部分から「コーチョー」の称呼も生じ得るものと認められる。 すなわち,原告商標2は,前記アのとおり,黒字で2段に分け,同じ大き さの文字で「中国料理世界チャンピオン」及び「皇朝」とそれぞれ書して なるもので,一連表記されたものではないところ,このうち「中国料理世 界チャンピオン」の部分は,一般に理解可能なその語の意味及び指定役務 である飲食物の提供との関連からして,その下部中央付近に書された「皇 朝」を修飾するものとみることもでき,この「皇朝」の部分が強く支配的 な印象を与えるものと認められることから,構成中の一部である「皇朝」 の文字から「コーチョー」の称呼も生じ得るというべきである。 ウ 観念 「皇朝」は,「皇国の朝廷。我が国の朝廷。」,「我が国」ないし「本 朝」を意味する語として辞書に掲載されている。〔甲8(広辞苑第4版), 9(日本国語大辞典 第2版 第5巻)〕 また,「皇朝」を一部含む語として,「皇朝十二銭」が,奈良時代から平 安時代にかけて我が国で鋳造された十二種の銭貨であることについても辞 書に掲載されている。〔甲8〕 そうすると,原告商標1からは,「皇国の朝廷」又は「我が国の朝廷」と の観念が,また,原告商標2については,「中国料理の世界チャンピオン としての我が国の朝廷」という程度の観念が生じるものと認められる。 この点に関して原告は,「皇朝」の字は日本人にとって馴染みのない語で あり,一見して世人に直ちに一定の意義を理解させるようなものではない から,原告商標1からは特段の観念は生じないと主張する。 しかし,「皇」の文字からは「皇室」や「皇帝」が,「朝」の文字からは 「朝廷」や「王朝」が容易に連想されるから,一般の需要者が「皇朝」とい う文字そのものにはなじみがないとしても,その文字構成から「皇国の朝 廷」若しくはそれと類似する観念を容易に想起するというべきである。 したがって,原告の上記主張は採用することができない。 (3) 被告各標章の外観,称呼及び観念 ア 外観 被告標章1の外観は,別紙被告標章目録記載1のとおりであるところ, 鳳凰様の鳥と龍を薄茶色に円形で描き,その図形の上に上書きする態様で, 下部左側に「?天」との行書体の横書きの文字,下部中央に湯気の立つ茶 色の小籠包様の図形,下部右側に「皇朝」との行書体の横書きの文字をそ れぞれ表記等し,その下に1行で「PARADISE DYNASTY」 と,小さな文字で1行に「LEGEND OF XIAO LONG B AO」とそれぞれ横書きした欧文字を上下2段に表記し,さらに「PAR ADISE DYNASTY」及び「LEGEND OF XIAO L ONG BAO」の文字の右側に「楽天」と読むこともできる文字を縦書 きした茶色の落款様の図形を配している。 被告標章2の外観は,別紙被告標章目録記載2のとおりであり,被告標 章1から鳳凰様の鳥と龍を薄茶色に円形で描いた文字背後の図形を除いた ものである。 イ 称呼 被告標章1及び2の文字部分のうち,「?」の文字は,崩し字の専門辞 典並びに書道及び漢字の楷書等の専門辞典には,「楽」の字の崩し字であ るとして掲載されていることが認められる(乙11〜13)。また,被告 標章1の右下の落款様の部分は「楽天」と読むことが可能である。 そうすると,被告標章1からは「ラクテンコーチョー」の称呼が生じ得 るものと解される。 しかし,この「?」の字が「楽」の字の崩し字であることについて,中 華料理を提供する飲食店を利用する需要者に一般に知られているものと認 めるべき証拠はなく,かえって,被告店舗について「『東天皇朝』と書い て,『パラダイス ダイナシティ』と読ませる」などと誤って紹介されて いる例が証拠として提出されている(甲14)ところからすると,上記需要者において,「?」の字が「楽」であると理解するのは一般的には困難であると認められるから,被告標章1の文字部分のうち,理解容易な部分である「皇朝」の部分から「コーチョー」の称呼も生じ得るものと解される。 そして,被告標章1及び2からは他に,その欧文字部分である「PARADISE DYNASTY」及び「LEGEND OF XIAO LONG BAO」の部分から,それぞれ「パラダイス ダイナシティ」及び「レジェンド オブ シャオ ロン ボー」という称呼が生じ得るものと認められる。 そうすると,被告標章1からは,「ラクテンコーチョー」及び「コーチョー」のほか,「パラダイス ダイナシティ」及び「レジェンド オブシャオ ロン ボー」という称呼が生じ得るものと解される。 この点に関して原告は,被告標章1は,図形及び文字により構成される標章であり,被告標章2は文字から成る標章であるところ,これらにおいては「?天」及び「皇朝」の文字が大きく記載され,標章としての強い印象を与え,「?」は「楽」の簡体字であるがこれを需要者において称呼することはできないから,被告標章1及び2の要部は「皇朝」の文字部分であり,「PARADISE DYNASTY」及び「LEGEND OFXIAO LONG BAO」の部分からは称呼が生じないから,被告標章1及び2からは「コーチョー」の称呼のみが生じる旨主張する。 しかし,被告標章1及び2において,「?天」及び「皇朝」の黒い文字の間には湯気を上げた小籠包様の図形が茶色で表記されているものの,「 ?天」 と「皇 朝」 との間はそれほ ど離 れておらず,「 ?」 の文字と「天」の文字,「皇」の文字と「朝」の文字の間隔とそれほど異ならず, 一つのまとまりとしてみれること,「?」が「楽」の崩し字として辞典類 にも記載されていること,右下の落款様の部分は「楽天」と読むことが可 能なこと,一般に,「楽天地」といえば「楽しさに満ちた天国のような土 地」(広辞苑第6版2924頁)あるいは「楽園」(大辞林第3版264 3頁)を意味するところ,「?天皇朝」の文字部分と欧文字部分「PAR ADISE DYNASTY」との位置関係から,「?天」が「PARA DISE」に,「皇朝」が「DYNASTY」にそれぞれ対応しているこ とが容易にうかがえることからすると,被告標章1及び2の漢字部分から は「ラクテンコーチョー」との称呼も生じ得るものと認めるのが相当であ る。 また,被告標章1及び2の欧文字部分である「PARADISE DY NASTY」及び「LEGEND OF XIAO LONG BAO」 の部分は,いずれもそれほど長文ではなく,一般に表音可能であると認め られる から , 「 パラ ダイス ダイナ シテ ィ」及び「レジ ェン ド オブ シャオ ロン ボー」という称呼も生じ得るものと認められる。 したがって,原告の上記主張は採用することができない。 ウ 観念 前記イで述べた理由から,被告標章1及び2の「?天皇朝」の漢字部分 及び「PARADISE DYNASTY」の欧文字部分から,「楽園の 王朝」あるいは「天国のような我が国の朝廷」という程度の観念が生じ得 るものと認められる。 (4) 原告各商標と被告標章1及び2の類否 前記(2)及び(3)の事実によれば,被告標章2においては,原告各商標から 生じ得る称呼である「コーチョー」と,同一の称呼「コーチョー」が生じ得 る場合があるものの,その他に「ラクテンコーチョー」,「パラダイスダイ ナシティ」及び「レジェンド オブ シャオ ロン ボー」との称呼も生じ 得るから,称呼においても区別し得るほか,外観においては異なる大きさの 文字から成る欧文字及び漢字並びに文字と異なる色彩の図形(落款を含む) との結合商標である被告標章2は,同一の大きさの漢字から成る単一色彩の 文字商標であり,被告標章2とは文字数も異なる原告各商標とは明確に区別 でき,観念においても特に特定の王朝を示すものではない「楽園の王朝」あ るいは「天国のような我が国の朝廷」(被告標章1及び2)と「わが国の朝 廷」(原告各商標)とは区別し得ることから,被告標章2は,原告各商標と 類似しないというべきである。 被告標章1は,被告標章2に背後の図形を加えた結合商標であり,外観に おいてより明確に原告各商標とは区別し得るから,原告各商標と類似しない というべきである。 2 争点1(2)(被告が使用する「皇朝」の文字から成る標章は,原告各商標と 類似するか)について(1) 「皇朝小籠包」とのメニュー表示について 被告は,被告店舗において「皇朝小籠包」とのメニューを表示していたこ とがあり,このうち「小籠包」の部分は商品名を表すものとして出所表示機 能はなく,識別力を有するのは「皇朝」の部分にあるものと認められるから, 同メニュー表示は,原告商標1と類似するというべきである。 一方,原告商標2については,外観において明確に区別し得るから,類似 しないというべきである。 そして,この「皇朝小籠包」については,被告店舗で供されるメニューに 表示されており(甲4〔写真M〜O〕,甲5〔写真H,I〕),この メ ニュー表示は,中華料理の提供を行う被告店舗において役務の提供を受ける 者の利用に供する物に標章を付する行為であり,法2条3項3号にいう商標 の使用に該当するものと認められる。 そうすると,被告店舗における「皇朝小籠包」とのメニュー表示は,原告 商標権1の侵害に当たる。 ただし,前記第2,2(3)イ(イ)のとおり,被告は,「皇朝小籠包」のメ ニュー表示の使用を平成27年7月21日までに止めており,これを再開す るおそれも認められないから,この点に関し,「皇朝」の文字を書して成る 標章の使用の差止めを求める請求の趣旨第1項の請求については理由がない というべきである(したがって,この点に関する請求の趣旨第2項の請求に ついても理由がない。)。 (2) 本件ロゴメニューについて これに対し,「?天」と「皇朝」とを2段に表記した本件ロゴメニューに ついては,前記1(3)イのとおり,「?天」の部分からも称呼が生じること, 「皇朝」が「我が国の朝廷」等の普通名称的な意味を有すること,外観にお いて原告各商標と異なり区別し得ることからすると,原告各商標と類似しな いというべきである。 3 争点3(損害の発生の有無及びその額)について 事案に鑑み,争点3を先に判断する。 (1) 商標権は,商標の出所識別機能を通じて商標権者の業務上の信用を保護す るとともに,商品の流通秩序を維持することにより一般需要者の保護を図る ことにその本質があり,特許権や実用新案権等のようにそれ自体が財産的価 値を有するものではないから,登録商標に類似する標章を第三者がその製造 販売する商品につき商標として使用した場合であっても,当該登録商標に顧 客吸引力が全く認められず,登録商標に類似する標章を使用することが第三 者の商品の売上げに全く寄与していないことが明らかなときは,得べかりし 利益としての実施料相当額の損害も生じていないというべきであって,商標 権の侵害者は,損害の発生があり得ないことを抗弁として主張立証して,損 害賠償の責めを免れることができる。この理は,法38条3項は不法行為に 基づく損害賠償請求において損害に関する被害者の主張立証責任を軽減する 趣旨の規定であって,損害の発生していないことが明らかな場合にまで侵害 者に損害賠償義務があるとすることは,不法行為法の基本的枠組みを超える ものであり,同条3項の解釈として採り得ないことによる(最高裁平成6年 (オ)第1102号同9年3月11日第三小法廷判決・民集51巻3号10 55頁参照)。 以下,この観点から検討する。 (2) 証拠(各認定事実の末尾に摘示した。)によれば,以下の事実が認められ る。 ア 「皇朝」の意味 前記1(2)ウのとおり,「皇朝」は「皇国の朝廷。我が国の朝廷。」, 「我が国」ないし「本朝」を意味する語として辞書に掲載されているほか, 「皇朝」を一部含む「皇朝十二銭」の語も奈良時代から平安時代にかけて我 が国で鋳造された十二種の銭貨であることについても辞書に掲載されている。 〔甲8,9〕 イ 被告店舗における「皇朝」の文字を含む標章としての「皇朝小籠包」の 使用態様 前記第2,2(1)イ及び(3)イ(ア)・(イ)のとおり,被告は,(住所省略) 所在の被告店舗において,平成25年6月17日頃から平成27年7月21日頃まで,「皇朝」の文字を含む「皇朝小籠包」との料理を明示したランチメニュー及びスタンドメニュー(甲4〔写真M〜O〕,甲5〔写真H,I〕)を表示していた。 また,被告は,被告店舗に被告店舗を紹介するリーフレットを置き,その表紙には「GINZA The World ’ s Best Singaporean Chinese!」と記載され,蒸籠に載せられた8色の小籠包の写真,被告標章2が表示され,「 Lunch Menu 」 と し て 「 8 色 小 籠 包 セ ッ ト Signature Xiao Long BaoSet」との表記ほか,1箇所「皇朝小籠包」と表記されている部分がある。 そこには,「皇朝小籠包」の前に被告標章における「湯気を上げた小籠包様の図形」様の小さな図形が記載されており,また,その下に「SignatureDynasty Xiao Long Bao(8 flavours)」と表記されている。〔甲6の2〕ウ 被告店舗に関するウェブサイト等の記載 被告店舗のインターネットにおける平成26年5月当時の広告において,小籠包は「8種の小籠包と新スタイルのチャイニーズ」と紹介されているが,「皇朝小籠包」との記載はない。〔甲7〕 被告は,ウェブサイトにおいて,被告店舗を「パラダイスダイナシティParadise Dynasty Japan」として紹介している。〔乙14〕 また,レストランガイド等のウェブサイトにおいては,いずれも,被告店舗を「パラダイスダイナシティ」との店名で紹介している。〔乙15〜18,24〜26〕 それらウェブサイトの見出し等には,以下の記載がある。 ・ 平成26年11月6日の「食べログ」の記載:「シンガポールで話題 のお店が日本初上陸!8色の小籠包をメインとした新スタイルのチャイ ニーズレストランが銀座でオープン! パラダイスダイナシティ -PA RADISE DYNASTY-!!」〔乙16〕 ・ 平成27年11月6日の「食べログ」の記載:「シンガポール発のカ ジュアルチャイニーズ パラダイスダイナシティ」,「TVや雑誌で話 題の8色の小籠包をメインとした,新スタイルのチャイニーズレストラ ンです。 パラダイスダイナシティ -PARADISE DYNAST Y-!!」〔乙24〕 ・ 平成27年11月6日の「ぐるなび」の記載:「小籠包・カジュアル 中華 パラダイス ダイナシティ シンガポールで話題の小籠包店が日 本初上陸!」,「シンガポール発の人気小籠包専門店 -PARADI SE DYNASTY- パラダイスダイナシティが日本に初上陸!。 8種類の小籠包と新しいスタイルの中華料理店」〔乙25〕 ・ 平成27年11月6日の「Retty」の記載:「パラダイス ダイナシ ティ」,「話題の8色小籠包!パラダイスダイナシティ」〔乙26〕エ 原告における原告各商標の使用態様 原告は,「皇朝グループ」として,「皇朝」の名を付した店舗を首都圏に11店舗,「王朝」の名を付した店舗を首都圏に5店舗経営している。 原告代表者の名刺には,「横浜中華街 世界チャンピオンの店 中華レストラン&点心販売」,「皇朝グループ 皇朝 王朝」と記載されている。 〔甲1〕 しかし,原告は,フェイスブックの原告のアカウントにおいて,平成27年8月7日に,下記告知文を掲載し,「明朝」との店名が表示された店舗の写真を掲載した。その記載は,「横浜中華街 世界チャンピオンの肉まん 皇朝さんが新しい写真16枚を追加しました。」との紹介文の下に掲載されている。 記 「本日8月8日より皇朝本店は明朝としてリニューアルオープンしま す。また世界発のビーフ&チーズ餃子をはじめ,定番人気の中華街餃子, しそ餃子,枝豆餃子新商品もデビューし,お客様のご来店をお待ちして います。またオープン記念で試食もやっていますので是非お立ち寄り下 さいね!」〔乙39〕 原告は,同月8日,上記と同旨の告知文及び写真を原告の「Twitter」のアカウントにおいても掲載した。〔乙40〕オ 原告各商標に関連するウェブサイトの記載等 「皇朝」を検索文字としてインターネットの検索エンジンにおいて検索すると,原告のウェブサイトの開設するウェブサイトが掲載されるところ,その紹介文には,「横浜中華街世界チャンピオンの肉まん皇朝(こうちょう)」と表示されている。〔乙27〕 そして,原告のウェブサイトでは,左上に「皇朝」の名称が金色で表示され,中央に「横浜中華街の口コミランキング1位!」,「世界チャンピオンの本格中華料理店」との白文字が表示されている。〔乙30〕 原告のウェブサイトからリンクされる公式販売サイトにおいては,ウェブサイトのタイトルには「横浜中華街」,「世界チャンピオン」との文字と共に「皇朝」の名称が表示されて,ウェブサイトの最上部には,「中国料理世界チャンピオン 皇朝」,あるいは,「中国料理世界チャンピオンの肉まん 皇朝」との画像が表示されている。〔乙31〜35〕 その他,レストランを紹介するウェブサイト「ぐるなび」において,原告のレストラン(本店)は,「横浜中華街 中国料理世界チャンピオンの店 横浜中華街 皇朝 オーダー式食べ放題」と紹介されている。〔乙2 9〕(3) 上記認定事実を基に判断する。 前記(2)アのとおり,前提として,「皇朝」が「我が国の朝廷」との意味を 有する普通名詞であることからすると,これを商品名である「小籠包」に付 したとしても,もとよりその「皇朝」の部分の自他識別力は極めて弱いもの というべきである。 そして,前記(2)イのとおり,被告店舗における「皇朝小籠包」の表示の使 用方法は,被告店内におけるメニューに「皇朝小龍包」と表示するものであ るところ,被告店舗は,シンガポール発の小籠包専門店と宣伝されていると おり,小籠包をメニューの中心に据えた料理店であること,その他被告店舗 の外観や,店内のメニュー等の記載内容からすれば,被告店舗内の小籠包の メニュー表示に「皇朝」との表記をしても,それは被告店舗のメニューであ る小籠包を意味することは明らかであるから,被告店舗において供される 「皇朝小籠包」につき,原告との出所の誤認を招来するものとは認められな い。また,被告店舗で入手可能なリーフレット(甲6の2)においても,被 告標章2が付されていること,「皇朝小籠包」の前に被告標章における「湯 気を上げた小籠包様の図形」様の小さな図形が記載されていることを併せて 見れば,「皇朝小籠包」との記載は,本来「?天皇朝小籠包」と表記すべき ところをその一部を省略した表記とみることができ,前記(2)イのとおりの リーフレットのその他の記載内容からすると,被告店舗内で使用される限り, 需要者である顧客は,「皇朝小籠包」との表示はあくまで被告店舗である 「?天皇朝」の「小籠包」の意味で使用されていると認識するにすぎないと いうべきであるから,原告との出所の誤認を招来するものとは認められない。 さらに,前記(2)ウのとおり,原告の提出する証拠によっても,被告のウェ ブサイトには「皇朝小籠包」と表示するものはなく,その他原告との関連を 伺わせる記載ないし表示や,原告との関連を誤認したレストランガイド等の ウェブサイトの記載ないし表示も証拠上認められない。 一方,原告は,前記(2)エのとおり,「皇朝」本店の名称を「明朝」と変更 しているほか,同オのとおり,原告は「横浜中華街」ないし「中国料理世界 チャンピオン」との表示と共に「皇朝」の文字を使用する場合が多く,原告 を紹介するウェブサイトの記載もこれら「横浜中華街」ないし「中国料理世 界チャンピオン」を強調するものとなっている。 以上からすると,被告店舗において用いられた「皇朝小籠包」とのメ ニュー表示のうち,「皇朝」の部分そのものには顧客吸引力が認められず, 「皇朝小籠包」との記載が被告店舗内で使用されている限り,当該標章の使 用が被告店舗における売上げに全く寄与していないことは明らかであり,そ の使用によって原告に損害が発生しているものとは認められない。 そうすると,原告は,被告に対し,法38条3項に基づく実施料相当額の 損害を請求することができないというべきである。 (4) この点に関して原告は,被告店舗の客の大半は「皇朝小籠包」が話題であ るとの情報に接して被告店舗を訪れることを決めるのであり,原告各商標が 被告の売上げに貢献しており,逆に原告に損害が発生している旨主張し,そ れに沿う証拠として,ブログの記事(甲13,14)を提出する。 なるほど,被告店舗を紹介するブログ(甲13,14)には,被告店舗に おいて提供される「皇朝小籠包」を紹介した記載があるところ,これらは, いずれも,「シンガポール・チャイニーズ『樂天皇朝(パラダイスダイナシ ティ)』(銀座)で8色の『皇朝小籠包』(やっぱり美味っ!)」(甲1 3),「『パラダイスダイナシティ』(有楽町・銀座/中華料理)」との表 題のもとで,「シンガポールで人気らしい中華料理店」,「お店の名物であ る小籠包」,「【皇朝小籠包】(1520円)」(甲14)等の紹介をする ものであり,これらはいずれも被告が原告とは異なる営業主体であることを 明らかにした紹介であり,いずれにも原告ないし原告各商標との関連を伺わ せる記載もない。 そして,前記(2)で認定したとおり,被告店舗における「皇朝小籠包」と 表示したメニュー等の使用態様及び被告のウェブサイトの記載等からすれば, 被告において用いられていた「皇朝小籠包」とのメニュー表示について,原 告との出所を誤認させる点はないものと認められる。 そうすると,仮に被告店舗の客の大半が「皇朝小籠包」が話題であるとの 情報に接して被告店舗を訪れることを決めるとしても,顧客はあくまで被告 店舗の人気メニューである小籠包を意味する表記として「皇朝小籠包」をと らえているにすぎないから,それは原告各商標が被告の売上げに貢献してい ることを意味しないというべきである。 したがって,原告の上記主張は採用することができない。 4 結論 以上の次第であり,原告の請求には理由がなく,いずれも棄却すべきであ る。 よって,主文のとおり判決する。 |
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追加 | |
(別紙)被告標章目録1被告標章12被告標章2(別紙)商標権目録1原告商標1登録番号第5078407号出願日平成18年5月31日登録日平成19年9月21日商標皇朝(標準文字)商品及び役務の区分第43類等指定商品又は指定役務飲食物の提供等2原告商標2登録番号第5079752号出願日平成18年5月31日登録日平成19年9月28日商標商品及び役務の区分第43類等指定商品又は指定役務飲食物の提供等 |
裁判長裁判官 | 東海林保 |
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裁判官 | 今井弘晃 |
裁判官 | 瀬孝 |