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関連審決 不服2011-28352
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事件 平成 27年 (行ケ) 10250号 審決取消請求事件

原告 X?
原告 X?
原告 X?
原告 X?
上記3名特許管理人 X?
被告特許庁長官
指定代理人小野忠悦
同 赤木啓二
同 山村浩
同 金子尚人
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2016/10/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
請求
1 特許庁が不服2011-28352号事件について平成27年8月3日にした審決を取り消す。
事実の概要(認定の根拠を掲げない事実は争いがないか弁論の全趣旨により
容易に認定できる事実である。) 1 特許庁における手続の概要 原告らは,平成12年10月2日,発明の名称を「心棒無しホルダー」とする特許出願(甲14。特願2000-339724号。以下,当該特許出願に係る特許を「本件特許」という。)をしたところ,平成23年9月9日付けで拒絶査定を受けたため,同年12月20日付けでこれに対する不服の審判を請求した。そして,原告らは,平成25年1月31日付けで拒絶理由通知(甲7)を受けたため,同年4月30日,特許請求の範囲及び明細書の図面 【図4】 についての補正 ( ) (甲12,13。以下「本件補正」という。)をした。
特許庁は,上記の審判請求を不服2011-28352号事件として審理した上,平成27年8月3日,本件審判の請求は成り立たないとの審決をし,その謄本は,同月22日,原告らに送達された。これに対し,原告らは,同年12月21日,上記審決の取消しを求めて本件訴訟を提起した。
2 特許請求の範囲の記載 本件特許の特許請求の範囲の請求項1及び2の記載は,以下のとおりである(甲14)。
「【請求項1】 (イ)左右サイド3の内側の前部に球冠状の突起部1を設け,球冠の底面の直径はペーパーの芯の直径よりちょっと大きくする。且つ両突起部1の中心にもっと小さい球冠状の突起2を設ける。両サイド3は左右対称し,平行する。且つ両サイド3の内側の距離はペーパーの幅よりちょっと大きくするし,二つの大きい球冠の間の距離はペーパーの幅より小さくする。小さい球冠の中心から本体4の内壁までの距離はペーパーの半径よりちょっと大きくする。
2 (ロ)片方のサイド3は本体4の一端と結合し,一体になる。本体4のあとの一端及びもう片方のサイド3の後部に,サイドが本体4の端の軸5を囲繞し,回転できる蝶番部を設ける。本体4に固定用のネジクギの穴6を設ける。
(ハ)本体4の端の軸5に,サイドと本体4とを90°に保持させるバネ7を設ける。以上の如く前部に球冠状の突起部を設けることを特徴とする両サイドと本体で構成された,心棒無しホルダー装置。
【請求項2】 (イ)両突起部は弾力性の材質ゴム,スポンジ,樹脂或いはバネで作成する。
(ロ)左右サイド3の内側の前部に(イ)の材質の球冠状の突起部を設け,球冠の底面の直径はペーパーの芯の直径よりちょっと大きくする。且つ両突起部の中心にもっと小さい球冠状の突起を設ける。両サイド3は左右対称し,平行する。且つ両サイド3の内側の距離はペーパーの幅よりちょっと大きくするし,二つの大きい球冠の間の距離はペーパーの幅より小さくする。小さい球冠の中心から本体4の内壁までの距離はペーパーの半径よりちょっと大きくする。
(ハ)両サイド3は本体4の両端に固定し,一体になる。本体4と交わる角度は90°である。本体4に固定用のネジクギの穴6を設ける。という形式のホルダー装置。」 3 本件補正 原告らは,平成25年4月30日,手続補正書(甲13)を提出し,本件特許の明細書及び図面(以下,本件特許の特許請求の範囲と併せて「本件当初明細書」という。)のうち【図4】につき,「8バネで構成する突起部」の幅方向の形状を説明するものとして,以下のとおり, 「A-A’」という項目を追加した上, 「A-A’断面拡大図」と称して,その形状を説明する図を追加して,本件補正をした。
3 (1) 本件補正前の【図4】について 本件補正前の【図4】 (以下「当初【図4】 という。 は, 」 ) 次のとおりである。
(2) 本件補正後の【図4】について 本件補正後の【図4】 (以下「本件【図4】 という。 は, 」 ) 次のとおりである。
4 4 審決の理由 審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに,本件特許の突起部をバネで構成する場合に,突起部8の形状について,当初【図4】には, 「帯状の板バネを,長手方向に湾曲すると共に,幅方向にも湾曲していない,突起部8を形成した構成」が示されていたのに対し,本件【図4】には,「帯状の板バネを,長手方向に湾曲すると共に,幅方向にも湾曲して,突起部8を形成した構成」が示されていると認定した上,本件当初明細書には本件【図4】の上記幅方向に湾曲する構成が記載されていないから,当該構成を追加することは新たな技術的事項を導入するものであって,本件補正は,本件当初明細書に記載した事項の範囲内においてした補正とは認められないとして,特許法17条の2第3項に規定する補正要件を充足しないというものである。
取消事由に関する原告らの主張(第2回弁論準備手続調書参照)。
1 取消事由1(手続補正書(甲12)に関する手続違背) 被告は,平成25年4月30日受付に係る手続補正書(以下「本件手続補正書」という。)に対し,平成25年6月25日付け手続補正指令書(甲15)をもって補正をすべきことを命じた。さらに,被告は,本件手続補正書に係る補正を却下することなく,平成26年2月19日付けで,更に手続補正指令書(甲1。以下「本件文書」という。)を発送し,本件手続補正書に対し2度にわたり手続補正指令書を出してその補正を命じた。このような行為は,意図的に原告らの時間の利益を奪って登録の妨害をするものであり,国家公務員倫理規程1条1号(倫理行動規準),刑法193条(公務員職権濫用罪)等に該当し,憲法76条にも違反するものである。
2 取消事由2(手続補正の適否に関する判断の誤り) 願書に添付される図面は,発明の技術内容を説明する便宜のために描かれるものであって,設計図面に要求されるような正確性をもって描かれているとは限らない。
当初【図4】にいうバネで構成した突起部8は,本件当初明細書に「球冠状」であると説明されているのであって, 「球冠状」とは各方向全部が曲面であることを意味 5 するから,本件補正をしない場合であっても,当初【図4】の突起部8が「長手方向に湾曲すると共に,幅方向にも湾曲する」ものであることは,当業者にとって明らかである。それにもかかわらず,当初【図4】の突起部8につき, 「帯状の板バネを長手方向に湾曲すると共に,幅方向にも湾曲していない,突起部8を形成した構成」であると認定した上,本件補正補正要件を充足しないとした審決の判断は,当初【図4】の突起部8についての事実誤認を前提とするものであり,違法なものである。
取消事由に対する被告の反論
1 取消事由1(手続補正書(甲12)に関する手続違背) 本件文書は,本件手続補正書に係る手続が却下されるという原告らの不利益を解消することを目的とする事務連絡文書にすぎず,しかも見本(甲1の3及び4頁)まで添付して原告らの便宜を図ったものであるから,もとより意図的に原告らの時間の利益を奪って登録の妨害をするものではない。したがって,本件手続補正書に係る手続に何ら違法なところはなく,原告らの主張は,その前提を欠くものであって,失当である。
2 取消事由2(手続補正の適否に関する判断の誤り) 本件【図4】で追加された突起部8の構成は,長手方向に湾曲するのみならず,幅方向にも湾曲するものであり,幅方向にも湾曲する構成は当初【図4】に記載されていないため,本件補正は新規事項を追加するものである。当該新規事項に係る構成は,芯ありのペーパーをよりスムーズに回転させることができるという点において,新規な技術的意義を有するものであるから,本件補正は,本件当初明細書に記載した事項の範囲内においてした補正とは認められない。したがって,本件補正が特許法17条の2第3項に規定する補正要件を充足しないとした審決の判断に誤りはない。
当裁判所の判断
当裁判所は,原告らが主張する各取消事由はいずれも理由がないから,審決には 6 これを取り消すべき違法はないものと判断する。その理由は,次のとおりである。
1 取消事由1(本件手続補正書に関する手続違背) (1) 本件手続補正書に関する事実経過について 前提となる事実に後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。
ア 原告らは,平成12年10月2日,発明の名称を「心棒無しホルダー」とする特許出願(特願2000-339724号)をしたところ,平成23年9月9日付けで拒絶査定を受けたため,同年12月16日付けでこれに対する不服の審判を請求した。
イ 原告らは,平成25年1月31日付けで拒絶理由通知を受けたことから(甲7),同年4月30日,本件手続補正書(甲12)を提出して本件補正をした。
ウ ところが,本件手続補正書は,押印された印鑑が特許庁に届出のものと相違するなど方式上の不備があったことから,審判長は,原告らに対し,同年7月2日,同年6月25日付け手続補正指令書(甲15)を発送し,発送の日から30日以内に手続補正書を提出するよう求めるとともに,当該期間内に手続の補正をしないときは,本件手続補正書に係る当該手続を却下する旨を伝えた。
エ 原告らは,上記手続指令書の発送日から30日以内に手続の補正をしなかった。
オ 特許庁審判課の担当者は,原告らに対し,平成26年2月19日,本件文書を事務連絡文書として発送した(甲1)。本件文書には,上記手続の補正がされていないため補正書の見本を作成したとした上,その内容に問題がなければ特許庁に届出の印鑑を押印してこれを特許庁に提出するように求めるとともに,これが提出されない場合には,その手続が却下される旨が記載されていた。本件文書の末尾には,上記見本が添付されていた。
カ 原告らは,上記見本に上記印鑑を押印した上,同年3月8日付け手続補正書(甲13)として特許庁にこれを提出した。
7 (2) 本件手続補正書に関する手続違背について 本件手続補正書に関する上記事実経過によれば,審判長は,特許法133条1項に基づき,手続補正指令書の発送日から30日以内という期間に本件手続補正書について補正をすべきことを命じたにもかかわらず,原告らは当該期間内にその補正をしなかったこと,そのため,本件手続補正書に係る当該手続は,却下されてもやむを得ないものであったこと,それにもかかわらず,上記手続が却下されるという原告らの不利益を解消することを目的として,本件文書は,原告らに本件手続補正書の補正を求めるものであったこと,原告らは,本件文書に添付された見本に押印した上,これを手続補正書として改めて特許庁に提出したこと,その結果,原告らは,上記手続の却下を免れたこと,以上の事実が認められる。
上記認定事実によれば,本件文書は,本件手続補正書に係る方式上の不備を解消するために原告らに送付されたものであるから,原告らに不利益を与えるものではなく,かえって,原告らはこれを使用して本件手続補正書に係る手続の却下を免れたことが認められる。そうすると,本件文書を送付する行為が原告らの時間の利益を奪って登録の妨害をしたものであるという原告らの主張は,その前提を欠くものであり,採用することができない。
(3) 小括 以上によれば,本件手続補正書に関する手続違背を認めることはできず,取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(手続補正の適否に関する判断の誤り) (1) 補正要件充足性について 特許法17条の2第3項は,明細書,特許請求の範囲又は図面について補正するときは,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面(以下「当初明細書等」という。 に記載した事項の範囲内においてしなければならない旨規定してい )る。上記にいう「当初明細書等に記載した事項」とは,当業者によって,当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,補正が,この 8 ようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は, 「当初明細書等に記載した事項」の範囲内においてするものということができると解するのが相当である(知的財産高等裁判所平成18年(行ケ)第10563号同20年5月30日特別部判決参照)。
(2) 本件補正補正要件充足性について ア 本件当初明細書の内容 本件当初明細書の内容は,次のとおりであると認められる(甲14)。
「【0001】 【発明の属する技術分野】この発明は,日常生活用品のペーパーホルダーに関するものである。
【0002】 【従来の技術】従来,日常生活用品のペーパーホルダーは必ず@本体AサイドB心棒C蓋四つの部分から構成される。以下の如く諸多の欠点と不便がある。
1 四つの部分から構成されるので,組み立ては複雑であるし,生産コストは高いである。
2 構成は複雑なので,材質は金属,プラスチック,樹脂に限定し,セラミックスの材料で生産するのは,技術面とコスト面の問題で,略不可能である。これは,普遍のセラミックス製のロータンク,タイル等トイレ用品と調和しないである。
3 心棒を使用するので,ペーパーの交換は面倒である。
4 最近のワンタッチ式のホルダーの構成も複雑である。蓋はなければ,ペーパーを引っ張る時,ペーパーが止まらないである。且つ取り付け,交換する時,下から上に持ち上げなければならない。単一方向の取り付け方法はスペースを取るので,便利性が不足である。
5 縦置使用は不可である。ペーパーを引っ張る時,ペーパーが止まらないからである。
【0003】 9 【発明が解決しようとする課題】本発明は,上記の欠点と不便を除いて,構成は簡単であるし,製造コストも低いであるし,使用は便利であるホルダーを発明しょうとするものである。」 「【0005】 【発明の実施の形態】本発明は,以上のような構成であるから,使用時ペーパーの両側の芯口を両サイド3の球冠状の突起部1に合わせて,両突起部1がペーパーの両側の芯口に嵌まるまで,ペーパーを軽く押し込む。方向は上から下に,下から上に,手前から壁面に等の任意方向である。ペーパー交換は先ず使用後のペーパー芯を引っ張って,球冠状の突起から取り外してから,上記の方法のとおり,取り付ける。芯無しペーパーを使用する時,上記の方法のとおり,芯無しペーパーの両側面の中心を両サイド3の小さい球冠状突起2に合わせて,取り付ける。両サイド3の突起部1がペーパーを挟んでいるからペーパーを引っ張る時,瞬時に止まることができる。
【0006】なお,本発明の実施に当たって次ぎの如きことができる。
A(イ)両突起部は弾力性の材質のゴムや,スポンジや,樹脂或いはバネで作成する。
(ロ)左右サイド3の内側の前部に(イ)の材質の球冠状の突起部1を設け,球冠の底面の直径はペーパーの芯の直径よりちょっと大きくする。且つ両突起部1の中心にもっと小さい球冠状の突起2を設ける。両サイド3は左右対称し,平行する。
且つ両サイド3の内側の距離はペーパーの幅よりちょっと大きくするし,二つの大きい球冠の間の距離はペーパーの幅より小さくする。小さい球冠の中心から本体4の内壁までの距離はペーパーの半径よりちょっと大きくする。
(ハ)両サイドは本体4の両端に固定し,一体になる。本体4と交わる角度は90°である。本体4に固定用のネジクギの穴6を設ける。という形式のホルダー装置。
実施の形態に関しては 10 1,突起部はバネで作成する場合, 【図4】の如く 使用時ペーパーの両側の芯口を両サイド3の球冠状の突起部8に合わせて,押し込むと,両突起部8が遊離穴9に従って,内壁に向かって変形して,その後両突起部8復元しながら,ペーパーの両側の芯口に嵌まる。こうして,ペーパーを取り付けた。取り外す時ペーパー芯を手前に引っ張ると,両突起部8が遊離穴9に従って,手前に向かって変形して,簡単に突起部8から取り外すことができる。
2,突起部はゴム等の弾力性の材質で作成する場合,中空の形式の突起部を例として,説明すれば【図5】の如く 使用時ペーパーの両側の芯口を両サイド3の球冠状の突起部12に合わせて,押し込むと,空気が排気穴11からは排出する共に,両突起部12変形して,その後両突起部12復元しながら,ペーパーの両側の芯口に嵌まる。こうして,ペーパーを取り付けた。 突起部が空でない時,取り付け方法は同じである。
B【図6】の如く(イ)左右サイド3の内側の前部に球冠状の突起部1を設け,且つ両突起部1の中心にもっと小さい球冠状の突起2を設ける。
(ロ)本体4の左右両端及び両サイド3の後部に,サイド3が本体4の両端の軸5を囲繞し,回転できる蝶番部を設ける。
(ハ)本体4の両端の軸5に,両サイド3は本体4と90°を保持させるバネ7を設ける。
【考案の効果】1 本体とサイド二つの部分だけから構成されるので,組み立ては簡単であるし,生産コストは低いである。
2 セラミックスの材料で生産するのは実現できる。セラミックス製のホルダーは外のセラミックス製のロータンク,タイル等トイレ用品と調和する。
3 心棒ないので,ペーパー交換はワンタッチできる,且つ芯なしタイプも使える。とても簡単便利である。
4 縦置使用可能であるし,且つ任意の方向から取り付け,交換できるので,省スペースである。
11 以上のように,本発明構造は極めて簡単であるし,使用はとても便利である。革新的な意義をもっている。」 12 イ 本件補正について 前記第2の3の本件補正及び上記本件当初明細書の記載によれば,本件当初明細書におけるバネで構成する突起部8について,当初【図4】からは,同突起部8が長手方向に湾曲していることは読み取れるものの,幅方向にも湾曲しているとは到底読み取れないこと,特に,突起部8の長手方向の湾曲部分のサイド3からの立ち上がり開始部分(本体4側の立ち上がり開始部分)が直線で記載されていることからすれば,当業者において,当初【図4】の突起部分8は,平らな板バネを長手方向に湾曲させた形状,すなわち突起部8が幅方向には湾曲していない形状であると理解することは明らかである。
そうすると,バネで構成する突起部8を長手方向のみならず幅方向にまで湾曲させる構成は,当初【図4】に開示されていたものと認めることはできない。そして,当該構成は,当初【図4】に開示されていた構成に比べ,ペーパーの交換を更に円滑にするという技術的意義を有するものである。
また,本件当初明細書においては,当初【図4】記載の突起部8(板バネを長手方向にのみ湾曲させた形状のもの)を「球冠状の突起部」と表記している(【0006】,甲14の4頁11行目)。しかし,これは「球冠」の通常の用語の意味である「平面によって切り取られた球面の部分」 (乙4)とは異なる意味での使用であるため,本件当初明細書の【0006】における同記載は単なる誤記であるのか,あるいは本件当初明細書の請求項においても使用されている「球冠状」との用語を上記の通常の意味とは異なる意味に使用するものであるのか,その矛盾する記載により請求項における「球冠状」との用語の意味自体が不明確なものになっているといわざるを得ない。
したがって,本件補正は,本件当初明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項とはいえないから,新たな技術的事項を導入するものであるというほかない(なお,本件補正のように,具体的な実施例の図面を実質的に変更し,新たな実施例を追加的に変更する補正は,新たな実施例をベースにしてさらに分割 13 出願をすることが可能になるものであるから,これらのことを考慮した上で,慎重に判断すべきである。。
) 以上によれば,本件補正は,当初【図4】に記載された,長手方向にのみ湾曲している突起部8を,長手方向及び幅方向に湾曲している突起部8に変更するものであり,同補正後の構成は,本件当初明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術事項とはいえないから,特許法17条の2第3項にいう補正要件を充足しないものと認められ,これと同趣旨をいう審決の判断には誤りはない。
(3) 原告らの主張について 原告らは,本件当初明細書には突起部8が「球冠状」であると説明されているのであり, 「球冠状」とは各方向全部が曲面であることを意味するから,本件補正をしない場合であっても,上記突起部8が「長手方向に湾曲すると共に,幅方向にも湾曲する」ものであることは,当業者にとって明らかであって,それにもかかわらず,当初【図4】の突起部8につき, 「帯状の板バネを長手方向に湾曲すると共に,幅方向にも湾曲していない,突起部8を形成した構成」であると認定した上,補正要件を充足しないとした審決の判断は,当初【図4】の突起部8についての事実誤認を前提とするものであり,違法なものであるなどと主張する。
確かに,本件当初明細書の【0006】では,当初【図4】の突起部8を「球冠状」と表記していることは前記のとおりである。しかし,前記説示のとおり,当初【図4】の突起部8については,長手方向に湾曲しているものの,幅方向にも湾曲しているとは到底読み取れないこと,特に長手方向の湾曲部分のサイド3からの立ち上がり開始部分(本体4側の立ち上がり開始部分)が直線で記載されていることからすれば,このような記載内容を超えて,当業者において当初【図4】の突起部8が幅方向にまで湾曲していると理解するものと認めることはできない。また,当初【図4】の突起部8は,長手方向にのみ湾曲しているものであるから,本件当初明細書における上記箇所(【0006】,甲12の4頁12行目)にいう「球冠状」とは,前記のとおり単なる誤記であるのか,あるいは当業者において「球冠状」の 14 通常の意味とは異なるものとして,請求項における「球冠状」の用語が使用されていると理解すべきなのか,不明確な記載であることは前記説示のとおりである。
したがって,原告らの上記主張は, 「球冠状」という文言及び当初【図4】の意味につき独自の見解に立って,審決の事実誤認をいうものであり,その前提を欠くというほかなく,採用することができない。
3 その他について 原告らが上記取消事由のほかにその事情として主張するものにつき,念のため検討しても,原告らの主張は,いずれも前提を欠く主張を繰り返すに帰するものであり,上記と同様に,いずれも採用することができない。
結論
以上のとおり,原告らが主張する各取消事由はいずれも理由がなく,原告らの本訴請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 設樂一
裁判官 中島基至