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事件 |
平成
28年
(ワ)
16340号
商標権侵害差止等請求事件
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反訴原告A (以下「反訴原告A」という。) 反訴原告 有限会社マス大山エンタープライズ (以下「反訴原告会社」という。) 上記両名訴訟代理人弁護士 小林永治 同 寺田伸子 反訴被告 一般社団法人国際空手道連盟極真会館世界総極真 同 訴訟代理人弁護士中澤佑一 同 柴田佳佑 同 西郷豊成 同 船越雄一 同 松本紘明 同 小川秀世 |
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裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2016/11/24 |
権利種別 | 商標権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 反訴原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は反訴原告らの負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
1 反訴被告は,空手の教授に関する広告,空手の興業の企画・運営又は開 催に別紙反訴被告標章目録記載の各標章(以下,順に「反訴被告標章1」な 1 いし「反訴被告標章5」といい,これらを併せて「 反訴被告各標章」とい う。)を使用してはならない。 2 反訴被告は,空手の教授を行うに際して,空手衣に 反訴被告各標章を使 用してはならない。 3 反訴被告は,反訴被告の道場の建物における看板,建物ドア又は表示板 に反訴被告各標章を使用してはならない。 |
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事案の概要
本件は,反訴原告らが,反訴被告標章1ないし3は反訴原告Aの有する商 標権に係る登録商標と類似し,反訴被告標章4及び5は反訴原告会社の有す る商標権に係る登録商標と類似しているところ,反訴被告において,業とし て反訴被告各標章を,(1)空手の教授に関する広告,空手の興業の企画・運 営又は開催に使用する行為,(2)空手の教授を行うに際して空手衣に使用す る行為,及び(3)反訴被告の道場の建物における看板,建物ドア又は表示板 に使用する行為が,反訴原告らの上記各商標権を侵害する旨主張して,@反 訴原告Aが,反訴被告に対し,商標法36条1項に基づき,反訴被告標章1 ないし3の各使用の差止めを,A反訴原告会社が,反訴被告に対し,同項に 基づき,反訴被告標章4及び5の各使用の差止めを,そ れ ぞ れ 求 め る 事案 である。 1 前提事実(証拠等を掲記したほかは,当事者間に争いがない。なお,以下, 証拠の記載は枝番を省略する。) (1) 当事者等 ア 反訴原告Aは,国際空手道連盟極真会館(以下「極真会館」という。) を設立したB(平成6年4月26日死亡。以下「B」という。)の子で ある。 イ 反訴原告会社は,スポーツ,芸能の興行及び出演,空手道場の経営等 を目的とする特例有限会社であり,その代表取締役は反訴原告Aである。 2 (弁論の全趣旨) ウ 反訴被告は,Bが残した武道空手を正しく継承し,普及,発展させる ことを目的とし,同目的のために武道空手に関する研究等を行うことを 業とする一般社団法人であり,C(以下「C」という。)がその代表理 事を,D(以下「D」といい,CとDを併せて「Cら」という。)がそ の理事を,それぞれ務めている。(弁論の全趣旨)(2) 極真会館の設立及び分派後の経緯等 ア Bは,フルコンタクトルール(直接打撃制ルール)を特徴とする空手 として極真空手を創始し,昭和39年,東京に総本部を置く極真会館を 設立し,その館長ないし総裁と呼称されるようになった(甲76,乙7, 15,17)。 イ Cは,昭和42年に極真会館に入門し,昭和45年に開催された第2 回オープントーナメント全日本空手道選手権大会(以下「全日本大会」 という。)において優勝した後,昭和46年1月に極真会館の徳島県支 部長に,次いで昭和52年10月には同愛知県支部長にも重ねて就任し た。 Dは,昭和44年に極真会館に入門し,昭和46年に開催された第3 回全日本大会において3位入賞を,昭和50年に開催された第1回オー プントーナメント全世界空手道選手権大会 (以下「全世界大会」とい う。)において4位入賞をそれぞれ果たした後,昭和51年に極真会館 の山梨県支部長に,次いで昭和52年には同静岡県支部長にも重ねて就 任した。 (甲76,77,乙1,6)。 ウ 極真会館は,Bが死去した平成6年4月26日の時点において,日本 国内に,総本部,関西本部のほか,55の支部,550の道場を有し, その会員数は約50万人に上っていたが,Bの死後,極真空手を教授す 3 る多数の団体に分派した。 反訴被告各標章は,遅くとも同日時点までに,国内外において,空手 及び格闘技に関心を有する者らの間で,極真会館又はその活動を表す標 章として広く認識されていた。なお,Bは生前,反訴被告各標章を含め た極真会館を示す標章(以下「極真関連標章」という。)につき,商標 登録出願をしていなかった。 エ 反訴被告は,Cらを中心に構成される極真会館の会派の一つであり, 平成25年4月2日付けで一般社団法人として法人格を取得した。 オ 反訴原告らは,平成28年2月末時点において,日本国内において, 総本部のほか,7か所の国内道場(支部)を運営し,極真空手の教授等 を行っている。 (3) 反訴原告らの有する商標権 ア 反訴原告Aの有する商標権 反訴原告Aは,次の(ア)〜(ウ)の各商標権(以下,順に「本件商標権 1」ないし「本件商標権3」といい,これらに係る商標を,順に「本件 商標1」ないし「本件商標3」という。)を有している。 (ア) 本件商標権1 登録番号 第5207705号 出 願 日 平成16年10月15日 登 録 日 平成21年 2月27日 登録商標 別紙反訴原告ら商標目録記載1のとおり 商品及び役務の区分・指定商品 第25類 被服,空手衣 商品及び役務の区分・指定役務 第41類 空手の教授,空手の興行の企画・運営又は開催 (イ) 本件商標権2 登録番号 第5207706号 出 願 日 平成16年10月15日 4 登 録 日 平成21年 2月27日 登録商標 別紙反訴原告ら商標目録記載2のとおり 商品及び役務の区分・指定商品 第25類 被服,空手衣 商品及び役務の区分・指定役務 第41類 空手の教授,空手の興行の企画・運営又は開催 (ウ) 本件商標権3 登録番号 第5284760号 出 願 日 平成16年10月15日 登 録 日 平成21年12月 4日 登録商標 別紙反訴原告ら商標目録記載3のとおり 商品及び役務の区分・指定商品 第25類 被服,空手衣 商品及び役務の区分・指定役務 第41類 空手の教授,空手の興行の企画・運営又は開催イ 反訴原告会社の有する商標権 反訴原告会社は,次の(ア)〜(ウ)の各商標権(以下,順に「本件商標 権4」ないし「本件商標権6」といい,これらに係る商標を,順に「本 件商標4」ないし「本件商標6」という。また,本件商標権1ないし本 件商標権6を併せて「本件各商標権」といい,これらに係る商標を併せ て「本件各商標」という。)を有している。 (ア) 本件商標権4 登録番号 第5362507号 出 願 日 平成15年 7月17日 登 録 日 平成22年10月22日 登録商標 別紙反訴原告ら商標目録記載4のとおり 商品及び役務の区分・指定役務 第41類 空手の教授,空手の興行の企画・運営又は開催 (イ) 本件商標権5 登録番号 第5490938号 出 願 日 平成15年 7月17日 5 登 録 日 平成24年 5月11日 登録商標 別紙反訴原告ら商標目録記載5のとおり 商品及び役務の区分・指定商品 第25類 被服,空手衣 (ウ) 本件商標権6 登録番号 第5551479号 出 願 日 平成24年 6月 6日 登 録 日 平成25年 1月25日 登録商標 別紙反訴原告ら商標目録記載6のとおり 商品及び役務の区分・指定商品 第25類 被服,空手衣 商品及び役務の区分・指定役務 第41類 空手の教授,空手の興行の企画・運営又は開催(4) 反訴被告の行為 反訴被告は,次のとおり,反訴被告各標章を業として使用している。 ア 平成25年4月以降,空手の教授に関する広告,空手の興業の企画・ 運営又は開催に反訴被告各標章を使用している。 イ 平成25年4月以降,空手の教授を行うに際して空手衣に反訴被告各 標章を使用している。 ウ 平成25年4月以降,反訴被告の空手道場の建物における看板,建物 ドア又は表示板に反訴被告各標章を使用している。 (5) 本件各商標と反訴被告各標章の類似 ア 反訴被告標章1は,本件商標1に類似する。 イ 反訴被告標章2-1及び2-2は,いずれも本件商標2に類似する。 ウ 反訴被告標章3は,本件商標3に類似する。 エ 反訴被告標章4は,本件商標4及び5にそれぞれ類似する。 オ 反訴被告標章5は,本件商標6に類似する。 (6) 本件商標権の指定商品ないし指定役務と反訴被告の行為 反訴被告による「空手の教授」は,本件商標権1ないし4及び6の指定 6 役務である第41類「空手の教授」に当たり,反訴被告による「空手の興 業の企画・運営または開催」は,本件商標権1ないし4及び6の指定役務 である第41類「空手の興業の企画・運営または開催」に当たる。また, 反訴被告各標章を付した「道着」は,本件商標権1ないし3,5及び6の 指定商品である第25類「被服,空手衣」に当たる。 2 争点 (1) 本件各商標に無効理由があるか否か (2) 反訴原告らの請求が権利濫用に当たるか否か3 争点に関する当事者の主張 (1) 争点1(本件各商標に無効理由があるか否か)について (反訴被告の主張) 本件各商標は,いずれもBが創設し極真会館において実践されている空 手流派である極真空手又は極真会館それ自体を想起させるものとして,多 数の事業者が,相互に独立してこれらを空手衣に表示して使用し,あるい は,これらを使用して空手教授や空手大会の開催等を行っており,本件各 商標の登録査定当時から現在に至るまで,本件各商標を使用して空手教授 等を行う事業者を統合する主体は存在しなかった。また,各事業者がそれ ぞれ雑誌や新聞等のメディアに多数取り上げられていることからすると, 需要者にとっても,極真会館を名乗る事業者が多数存在することは公知で ある。 このような状況下においては,需要者の関心は「極真会館」のどの派閥 かという点にあり,本件各商標のみでは出所表示機能が果たされていると はいえない。したがって,本件各商標は,いずれも,指定商品及び指定役 務に関し,需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識す ることができない商標(商標法3条1項6号)に該当し,無効である。な お,知的財産高等裁判所平成23年12月22日判決においても,「極真」 7 の語が特定の団体の出所識別機能を有しないことを前提とする判断がされ ている。 (反訴原告らの主張) 商標法3条1項6号の「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であ ることを認識することができない商標」とは,自他識別性等を有しない商 標をいうところ,自他識別性の判断は,当該商標に係る商品又は役務の取 引者及び一般需要者の通常の注意力において行うべきである。そして,極 真空手又は極真会館は,Bが創始,創設した直接打撃性を特徴とする空手 であるところ,Bが創設した極真会館とその分裂は周知の事実であり,空 手教授の需要者にとって,Bが創設した「極真会館」かそれ以外かは極め て重要な要素である。したがって,需要者は,Bが創始,創設した極真会 館に係る商品又は役務であるかその他の極真以外の空手に係る商品又は役 務であるかについて,通常の注意力をもって判断することができるのであ って,本件各商標が自他識別性を欠くものとはいえない。 また,反訴原告が引用する知的財産高等裁判所の判決は「空手道極真館」 という商標の無効事由に関して,「極真」の語が著名な略称といえるか, 「極真」の語が周知性を有するか,「極真」の語が極真会館を示すものと して著名であるかについて判断したものであり,「極真」の識別力につい て判断したものではないから,本件各商標の識別力を否定する理由にはな らない。 なお,反訴原告は,極真会館の名称を使用する道場が多数であるとする 証拠を提出するが,同証拠には多くの重複があって正確性を欠く。 したがって,本件各商標は,商標法3条1項6号に該当せず,いずれも 有効である。 (2) 争点2(反訴原告らの請求が権利濫用に当たるか否か)について(反訴被告の主張) 8 以下の事情に鑑みれば,反訴原告らが,本件各商標権に基づき,反訴被告に反訴被告各標章の使用の差止めを求めることは,権利の濫用として許されない。 ア 本件各商標に係る標章は,いずれも極真会館がBの生前から使用して きた名称・表示に係る標章であり,遅くともBが死亡した平成6年4月 の時点において,少なくとも空手及び格闘技に興味を持つ者の間で, 「極真会館」又は「極真空手」を表す標章として広く認識されていた。 また,Bの死後においても,極真会館の当時の支部長らが本件各商標を 含む極真関連標章を使用して空手の教授等を行ってきた結果,需要者は, 本件各商標について,極真会館又はそれを受け継いだ団体又は組織を表 示する標章であると認識しており,極真会館のうちのいずれかの一派を 示すとは認識していない。 イ 支部長をはじめとする極真会館所属の道場主らは,Bの生前,道場運 営や大会開催において,本件各商標を,Bや総本部の許可を得ることな く自由に使用しており,Bや当時の極真会館の総本部がその使用を禁じ たことはなかった。B自身も,死亡する約2年前に出版された自著にお いて,「他の組織が無断で使用しない限り,IKO(判決注:国際空手 道連盟の略称)傘下にある極真会館支部道場がこれを使用するのは自由 であり,支部を認可するに際しての手続きさえしっかりしていれば, “マークの使用”について総本部は何らこれに規制を加えるようなこと はない。」と述べている。 ウ 本件各商標がBの率いる「極真会館」ないし「極真空手」を表す標章 として広く認識されるに至ったのは,Bの生前において,Bに加え極真 会館に属する支部長らの各構成員が,極真会館の名称の下,極真空手を 教授し地方大会を開催するなどの長年にわたる活動を行ったことによる ものである。また,Bの死後も,本件各商標はあくまでBの率いる極真 9 会館又はその活動を表すものとして需要者の間で広く知られており,そ の周知性・著名性の形成に支部長等の各構成員が寄与している状況に変 わりはない。 このように,本件各商標等の極真関連標章に係る権利は,Bの生前, B個人ではなく,極真会館という権利能力なき社団に実質的に帰属して いたものである。したがって,Bが後継者を指名することなく死亡し, 極真会館が各派に分裂した現在,上記権利は,Bの生前に極真会館に属 していた支部長らの構成員全体に総有的に帰属していると評価できる。 エ これに対し,反訴原告Aは,B及び「極真会館」に係る権利義務を相 続によって包括的に承継した旨主張するが,@本件各商標が「極真会館」 を表示する商標としてBの生前より需要者に広く知られていたこと,A 本件各商標がBの生前に登録されておらず,Bが死亡した時点では本件 各商標権が存在していなかったこと,BBの極真会館内部における地位 が,全構成員の信託に基づく一身専属的な特殊な地位であることなどを 考えると,本件各商標権を得る地位が当然に相続の対象となるものとは いえない。本件各商標に係る権利が,上記のとおり,本来,極真会館に 属していた支部長らの構成員に総有的に帰属していることに照らせば, 反訴原告らは,極真会館の構成員全員のために本件各商標権の管理を代 行しているにすぎないというべきである。 オ 反訴被告は,極真会館の古参の高弟であるCらによって設立され,設 立から現在に至るまで極真関連標章を使用して空手教授及び大会開催な どを行っている極真会館の会派の一つであるところ,Cらは,Bにより いずれも各2支部ずつの支部長を認可され,支部長を務める支部内に多 数の道場を開設して空手の教授を行うなど「極真会館」の著名な空手家 として本件各商標の周知性・著名性の確立に貢献してきた。 これに対し,反訴原告らは,Bの生前においては極真会館及び極真空 10 手に全く関わっていなかった者であり,現時点においても,総本部のほ か7か所の国内道場で小規模な活動を行っているにすぎず,極真関連標 章の著名性・周知性や極真空手の普及発展に格別の貢献をしていない。 本件各商標に係る権利は,上記ウ及びエのとおり,本来,支部長らの 構成員に総有的に帰属し,反訴原告らは,極真会館の構成員全員のため に本件各商標権の管理を代行しているにすぎないのであるから,このよ うな反訴原告らが,本件各商標の著名性獲得等に寄与してきた反訴被告 に対し,本件各商標の使用の差止めを求めることは許されない。 (反訴原告らの主張) ア 未登録の商標を使用し得る地位も財産権の一つであり,財産権である 以上,原則として相続の対象になる。そして,極真会館の権利主体はB であったから,Bに帰属していた極真関連標章を使用し得る地位は,相 続によって,最終的にBの子である反訴原告Aが承継し,その後,反訴 原告A及び同人が代表者を務める反訴原告会社が本件各商標権を取得し たのである。 これに対し,反訴被告は,極真関連標章がBの生前における極真会館 の構成員らに総有的に帰属すると主張する。しかし,Bの生前における 極真会館は,Bの個人事業だったのであり,本件各商標を含む極真関連 標章は,Bの商品・役務を表示するために,B及びその被用者により使 用されてきたのであるから,極真関連標章の周知性・著名性の維持,獲 得,拡大は,Bのみによるものである。また,支部長らがBに対して差 し入れた誓約書に,支部長の決定は,本部の委員会において承認を得, その裁可は会長または総裁がすること(7条),支部は登録してある極 真のマークを委員会の承認なしに無断で使用できないこと(15条), 支部は極真会館の代理部,代行店などと称して撮影物等及び極真関連商 品一切の販売をしてはならないこと(16条),支部長は5年ごとに上 11 記誓約書を更新する義務を負い,経営能力や資質等に問題がある場合は 支部長の更迭があり得ること(17条)等が規定され,支部長らが極真 関連標章を無断で使用することは原則として禁止されていたのであるか ら,支部長らが自らの権原に基づいて極真関連標章を使用していたので ないことは明らかである。したがって,極真関連標章がBの生前におけ る極真会館の構成員らに総有的に帰属するとはいえない。なお,仮に極 真関連標章に係る権利がBの生前における極真会館の構成員らに総有的 に帰属しているとしても,Bが支部長に道場を任せていたのは当該支部 の存する地域のみであったから,上記権利もBに許可を得た支部内の地 域に限定されるのであって,反訴被告が反訴被告各標章を使用できるの は,同地域内に限定される。 イ 反訴被告の中心となる Cらは,Bの生前,Bの許諾を得て既に周知 性・著名性を獲得していた極真関連商標を使用していたにすぎず,また, Bの死後には,極真会館から分裂した者らにより設立された団体に所属 していた際,トラブルを起こして同団体を除名又は退会となるなど,極 真空手・極真会館の評価をおとしめる行為をしており,極真会館の周知 等に貢献したとはいえない。仮にCらが極真会館の周知等に貢献したと しても,Cらとは別の権利主体である反訴被告が本件商標を使用してよ いこととはならない。 他方,反訴原告Aは,本件各商標権を取得するために,弁護士や弁理 士等の専門家から助言を受けて活動してきたのであり,同活動によって 極真空手の普及発展に貢献している。また,反訴原告Aは,Bの死後, Bの弟子の一人であり,極真会館総本部の建物を占有していたE(以下 「E」という。)に対し,同建物の明渡請求訴訟を提起し,訴訟上の和 解に基づいて同建物の明渡しを受けた。反訴原告Aは,その後,平成1 2年から極真空手を実践し,平成28年2月末日現在,同建物にある総 12 本部道場のほか全国に7か所の支部を運営している。さらに,反訴原告 らは,Bの教えを普及させるべく,毎年,マス大山メモリアルカップを 開催している。 ウ 以上によれば,反訴原告らの請求が権利濫用に当たるとはいえない。 |
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当裁判所の判断
1 争点2(反訴原告らの請求が権利濫用に当たるか否か)について 事案に鑑み,まず,争点2について判断する。 (1) 前記前提事実に加え,証拠(甲64〜66,76〜78,乙1,6, 14,15,17,25,28)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実 が認められる。 ア Bの生前における極真会館の組織等 (ア) Bは,昭和39年,極真会館を設立し,その館長ないし総裁と呼 称された。極真会館は,設立後,東京池袋の総本部及び関西本部のほ か,全国各地に支部を設置し,世界各国にも本部及び支部を設置し, 全日本大会や全世界大会等の各種大会を開催するなどしてその規模を 拡大させ,Bの死亡した平成6年4月当時,国内において,総本部, 関西本部のほか,55の支部,550の道場,会員数50万人を有し, 海外も含めると130か国において会員数1200万人を超える規模 となっていた。 (イ) Bの生前,Cらを含めた極真会館の支部長は,支部長への就任に 当たって,極真会館との間で「誓約書 国内支部(大学も含む)規約 書」(以下「規約」という。)を取り交わしていた。規約には,極真 会館本部の役員として,総裁兼館長,名誉会長,会長,副会長,理事, 委員会委員,顧問,相談役,師範及び指導員をおくこと(1条),支 部長の決定については,本部の委員会で承認を得た後,会長又は総裁 が裁可すること(7条),支部長には5年ごとに規約を更新する義務 13 があり,支部長としての品格等に問題がある場合には支部長を更迭さ れることがあり得ること(17条),支部若しくは支部長が規約に違 反した場合,本部委員会及び本部理事会の議決によって支部の認可を 取り消し,又は違約金を徴することがあること(34条)などが定め られていた。また,規約上,支部による極真関連標章の使用について は「既に登録してある極真のマーク(カンク,連盟マーク,胸章等) を委員会の承認なしに無断で使用できない」(15条)と定められて いた。なお,規約には,極真会館の総裁兼館長の地位の決定や承継に 関する定めは存在しなかった。 もっとも,実際の運用として,道場や各種大会等において,支部長 らはB又は極真会館本部から個別の許可を得ることなく極真関連標章 を自由に使用しており,Bや本部が支部長に対して極真関連標章の使 用を禁止することはなかった。 イ Bの生前におけるCらの地位等 (ア) Cは,昭和42年に極真会館に入門し,入門からわずか1年1か 月で初段に昇段した。これは,当時の極真会館における最短での初段 昇段であった。Cは,昭和44年に初めて出場した第1回全日本大会 で3位に入賞し,昭和45年に開催された第2回全日本大会で優勝を 果たした。Cは,昭和46年1月に,極真会館の徳島県支部長に就任 し,次いで昭和52年10月には,愛知県支部長にも重ねて就任し, これらの支部及び支部内の分支部において,上記ア(イ)の運用に従っ て,反訴被告各標章を使用して空手教授を行った。Cは,Bが死亡し た平成6年4月26日時点において,徳島,愛知の両県内に極真会館 の道場11か所を開設して空手教授を行っていた。 (イ) Dは,昭和44年に極真会館に入門した後,昭和46年に開催さ れた第3回全日本大会で3位に入賞し,昭和50年に開催された第1 14 回全世界大会では4位に入賞した。Dは,昭和51年,極真会館の山 梨県支部長に就任し,次いで昭和52年には,静岡県支部長にも重ね て就任し,これらの支部及び支部内の分支部において,上記ア(イ)の 運用に従って,反訴被告各標章を使用して空手教授を行った。Dは, Bが死亡した平成6年4月26日時点において,山梨,静岡の両県内 に極真会館の道場70か所を開設して空手教授を行っていた。 ウ Bの死亡 (ア) Bは,自らの後継者を公式に指名することなく,平成6年4月 26日に死亡したが,同月19日付けで,E を後継者とする旨が記載 されたBの危急時遺言(以下「本件遺言」という。)が作成されて いた。 (イ) E は,本件遺言に従い,同年5月10日に開催された支部長会議 での承認を経て,極真会館の館長に就任した。しかし,その後,極真 会館の内部で対立が生じ,極真会館は極真空手を教授する多数の団体 に分裂した。 (ウ) 本件遺言の証人の一人は,本件遺言の確認を求める審判を申し立 てたが,東京家庭裁判所は,平成7年3月31日,本件遺言がBの真 意に出たものと確認することが困難であるとして上記申立てを却下し, 東京高等裁判所も,平成8年10月16日付け抗告棄却決定 をした (なお,最高裁判所も平成9年3月17日付けで特別抗告棄却決定を している。)。 エ Bの死亡後におけるCら及び反訴被告の活動等 (ア) Cらは,Bの死亡後も継続して,極真関連標章を使用して空手教 授を行ってきた。Dは,平成16年1月,Cらが当時所属していた一 般社団法人国際空手道連盟極真会館(連合会)が第1回極真連合杯を 開催した際,実行委員長として同大会を取り仕切り,テレビ放映の調 15 整を行うなどした。 (イ) Cらは,平成25年4月2日,反訴被告を設立し,Cがその代表 理事に,Dがその理事に,それぞれ就任した。また,反訴被告の設立 時には,Cらが従来運営していた道場のほか,Cらと協力関係を構築 してきた道場主ら及びその運営に係る道場も反訴被告に参加した。 本件訴訟の口頭弁論終結日時点において,反訴被告は,日本国内で 約200の道場を運営し,また,約60か国に所在する海外の道場が 反訴被告に加盟している。なお,反訴被告は,平成28年10月,極 真空手の世界大会を開催し,35か国から選手が参加した。 オ Bの死亡後における反訴原告らの活動 (ア) 反訴原告Aは,Bの死亡時まで,極真会館の事業活動に全く関与 していなかった。 (イ) 反訴原告Aは,母親と共に,平成9年,E らに対し,同人らの占 有していた極真会館の総本部の建物の明渡しを求める訴訟を提起し, 平成11年2月17日に成立した裁判上の和解に基づき,同年3月末, E らから上記建物の引渡しを受け,そのころ以降,同建物を利用して 極真会館の事業(道場の運営やBに関する記念館の開設など)を行う ようになった。 (ウ) 反訴原告らは,平成28年2月末時点において,日本国内におい て,総本部のほか,7か所の国内道場(支部)を運営し,極真空手の 教授等を行っている。また,反訴原告らは,海外においても数か所の 支部を運営し,概ね1年に1回程度の頻度で,極真空手の選手権大会 であるマス大山メモリアルカップを開催している。 カ 極真関連標章に関する紛争等 (ア) E は,Bの死亡後も反訴被告各標章の使用を継続し,平成6年な いし平成7年までの間,複数の極真関連標章について商標登録出願を 16 し,自己名義の商標登録を受けた。 (イ) C及びBの生前に極真会館に属していたその他の者らは,平成1 4年,E を被告として,空手の教授等に際して極真関連標章を使用す ることにつき,E の商標権に基づく差止請求権が存在しないことの確 認等を求める訴訟を大阪地方裁判所に提起した(同庁同年(ワ)第10 18号)。 同裁判所は,E の上記商標権の行使が権利濫用であるとして上記不 存在確認請求を認容し,その控訴審である大阪高等裁判所も,平成1 6年9月29日,同旨の理由により E の控訴を棄却した。 (ウ) D及びBの生前に極真会館に属していたその他の者らは,平成1 4年,E を被告として,空手の教授等に際して極真関連標章を使用す ることにつき,E の商標権に基づく差止請求権が存在しないことの確 認等を求める訴訟を東京地方裁判所に提起した(同庁同年(ワ)第16 786号)。 同裁判所は,平成15年9月29日,E の上記商標権の行使が権利 濫用であるとして上記不存在確認請求を認容した。 (エ) 反訴原告Aは,平成16年1月15日,E が商標登録を受けた極 真関連商標の一部について無効審判を請求したところ,特許庁は,E の受けた商標登録が商標法4条1項7号に反するものであるとして, 同年9月22日付けで登録を無効とするとの審決をした。これに対し, E は,上記審決の取消を求める訴訟を知的財産高等裁判所に提起した が(同庁平成17年(行ケ)第10028号),同裁判所は,平成18 年12月26日,E の請求を棄却する旨の判決を言い渡した。 (2) 前記前提事実及び上記認定事実を踏まえ,反訴原告らの請求が権利濫用 に当たるか否かを検討する。 ア 本件各商標に類似する反訴被告各標章は,前記第2の1(2)ウのとお 17り,遅くともBの死亡した平成6年4月26日から現在に至るまで,空手及び格闘技に関心を有する者の間において極真会館又はその活動を表すものとして広く知られているところ,このような反訴被告各標章の周知性及び著名性の形成,維持及び拡大に対しては,上記(1)認定事実ア,イ及びエのとおり,Bの生前・死後を通じ,長年にわたって極真空手の教授や空手大会の開催等を行ってきたB及びBから認可を受けたCらを含む極真会館の支部長らの多大な寄与があったと認められる。 他方,反訴原告らは,極真関連標章である本件各商標に係る商標権を取得して極真空手の教授等を行っている。しかしながら,Bは後継者を公 式 に 指 名 す る こ と な く 死 亡 し て い る と こ ろ ( 上 記 (1) 認 定 事 実 ウ(ア)),極真会館において世襲制が採用されていたこともうかがわれず(なお,上記(1)認定事実ア(イ)のとおり,規約には館長や総裁の地位の決定や承継に関する定めはない。),他にBの相続人である反訴原告Aを極真会館におけるBの後継者であると認めるに足る証拠はない。そうすると,反訴原告Aにより設立された反訴原告会社は,極真会館の分裂後にCらにより設立された反訴被告と同様,極真会館を称して極真空手の教授等を行う複数の団体の一つにすぎないというべきである。 さらに,反訴原告らは,平成6年4月26日のBの死後,Cらやその他の極真会館関係者らが極真関連標章を付して極真空手の普及活動を行ってきたことを長年にわたり認識していたにもかかわらず,早期に本件各商標に係る商標登録出願を行っていないのであって(反訴原告らが同商標登録出願を行ったのは,前記第2,1(3)のとおり,平成15年以降である。),同出願を行わなかったことに合理的な理由があったとも認められない(これに対し,反訴原告らは,本件各商標の登録に先立ち,E の登録商標の抹消及びBの遺言が無効であることを明らかにする手続が必要であった旨主張するが,反訴原告らの商標登録出願のためにそう 18 した手続が必要であったとは認めることができない。かえって,E の商 標が抹消された時期は,前記第2の1(3)及び上記(1)のカ(エ)のとおり, 少なくとも反訴原告らの本件商標1〜5の各出願日より後の日であるし, また,前記第2の1(3)及び上記(1)ウ(ウ)のとおり,反訴原告らの本件 各商標の各出願日は,いずれもBの遺言が無効であることが確定した後, 少なくとも6年以上が経過した後の日であって,反訴原告らの上記主張 は,このような客観的経過とも整合しない。)。 こうした事情を総合考慮すると,反訴原告らが反訴被告に対し,本件 各商標権に基づき,極真関連商標である反訴被告各標章の使用を禁止す ることは権利の濫用に当たると解すべきである。 イ これに対し,反訴原告らは,@反訴原告Aが極真関連標章の主体たる 地位を承継した,ACらは,Bの生前,Bの許諾を得て既に周知性・著 名性を獲得していた極真関連商標を使用していたにすぎず,Bの死後に は,所属していた一般社団法人国際空手道連盟極真会館とトラブルを起 こして,同会館を除名又は退会となっている,B極真関連標章の周知性 及び著名性の維持等に対するCらの寄与があったとしても,Cらとは別 の権利義務主体である反訴被告が反訴被告標章を使用して良いことには ならないと主張する。 しかしながら,上記@については,Bは生前,極真関連標章に係る商 標登録出願をしていないから,極真関連標章の主体たる地位が相続の対 象となる財産権であるとはいえない。また,周知に至った極真関連標章 があったとしても,それは反訴被告各標章と同様に極真会館又はその活 動を示すものとして周知になったものというべきであるから,少なくと もB個人ではなく極真会館の総裁兼館長としてのBに帰属する法的利益 であると解すべきであるところ,上記アのとおり,反訴原告Aを極真会 館におけるBの後継者であるとはいえないのであって,反訴原告Aが, 19 極真関連標章の主体たる地位を承継したと認めることはできない。 次に,上記Aについては,Cらが極真会館の支部長に就任した時点で 反訴被告各標章が既に周知性・著名性を獲得していたと認めるに足る証 拠はなく,かえって,上記(1)認定事実ア,イ及びエのとおり,反訴被 告各標章の周知性及び著名性の形成,維持及び拡大について,Bのみな らずCらを含む支部長らの多大な寄与があったことが明らかである。な お,Cらは,Bの死後,反訴原告Aと対立し,所属していた団体を除名 又は退会となったことが認められるが(甲75,乙2),このことが直 ちにCらの上記寄与を否定する事情であるとは認め難い。 さらに,上記Bについては,上記(1)エ(イ)のとおり,反訴被告がC らによって設立された団体であること,Cらが反訴被告の理事長及び理 事を務めるとともに,Cらが従前運営していた道場も反訴被告に加盟し ていることなどに照らせば,反訴被告は,Cらの運営に係る道場及び同 道場における空手教授等の活動についてもこれを承継したものと認めら れる。そうすると,Cらと反訴被告が別の権利義務主体であることが, 直ちに上記判断を左右するものではない。 以上によれば,反訴原告らの上記各主張は,いずれも理由がない。 2 結論 よって,その余の点について判断するまでもなく,反訴原告らの請求はい ずれも理由がないからこれらを棄却することとして,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 沖中康人 |
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裁判官 | 矢口俊哉 |