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関連審決 無効2016-890023
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事件 平成 29年 (行ケ) 10078号 審決取消請求事件

原告X
訴訟代理人弁護士 辻本恵太 中野仁 片山輝伸 上床栄次朗 脇由有 復代理人弁護士 有馬明仁
被告Y
訴訟代理人弁護士 山田勝重 山田克巳 山田博重 上岡秀行 新島由未子 野尻裕一 弁理士 山田智重 平山巌
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2018/04/17
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
-1-2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
特許庁が無効2016-890023号事件について平成29年3月9日にした審決を取り消す。
事案の概要
本件は,商標登録無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟であり,争点は,商標法4条1項8号,10号,15号及び19号の各該当性判断の誤りの有無である。
1 本件商標及び特許庁における手続の経緯等 被告は,次の商標(以下「本件商標」という)に係る商標権を有している(甲1,95,96)。
登録番号 第5714462号商標の構成 戸田派武甲流薙刀術(標準文字) 出願日 平成26年1月22日 設定登録日 平成26年10月31日 指定役務 第41類「武術の教授,武術に関するセミナーの企画・運営または開催,武術大会の企画・運営または開催,武術用教習施設の提供,武術に関する放送番組の制作,武術に関する教育・文化・娯楽・スポーツ用ビデオの制作(映画・放送番組・広告用のものを除く。」 ) 原告は,平成28年3月24日,本件商標の登録が商標法4条1項8号,10号,15号及び19号に該当することを理由に,同法46条1項1号の規定により無効とされるべきものであるとして,本件商標の登録無効審判請求をした(無効2016-890023号)。
特許庁は,平成29年3月9日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月21日,原告に送達された。
2 審決の理由の要点 無効理由 ア 「戸田派武甲流薙刀術」の使用及び周知性の獲得 戸田派武甲流薙刀術(以下「本件流派」ということがある。)は,戦国時代より受け継がれてきた薙刀の流派であり,遅くとも昭和10年頃には,公刊物等においても「戸田派武甲流薙刀術」の名前が使用されていた。昭和期に入って,本件流派は,日本古武道大会にも毎年参加し,活動状況について報道されるなど,遅くとも昭和の初期には全国的にその名が知れ渡っていた。
したがって,遅くとも本件商標登録出願時において,武術や古武道に興味がある需要者の間で, 「戸田派武甲流薙刀術」が,武術の教授,武術大会の企画・運営又は開催等の役務を示すものとして広く認識されていたことは明らかである。
イ 商標法4条1項8号違反 本件流派は,遅くとも昭和10年以降,代表者として宗家を置き, 「戸田派武甲流薙刀術」との名称で薙刀術の教授等をして社団として独自の社会活動を営んできたため,権利能力なき社団に当たり,同号の「他人の名称」に該当する。
したがって,本件商標は, 「戸田派武甲流薙刀術」の名称と同一であり,これを含むので商標法4条1項8号に該当する。
ウ 商標法4条1項10号違反 本件商標は, 「戸田派武甲流薙刀術」の教授等の役務を示すものとして需要者の間で広く認識されている商標であって,その役務に使用するものであるから,商標法4条1項10号に該当する。
エ 商標法4条1項15号違反 被告は,かつて本件流派の門弟であり,本件商標が,被告によって,武術の教授, 武術大会の企画・運営又は開催等において使用された場合,原告が宗家代理を務める本件流派が行う薙刀術の教授等であると混同を生じるおそれが極めて高い。
したがって,本件商標は,商標法4条1項15号に該当する。
オ 商標法4条1項19号違反 被告は,本件流派の前宗家であるA(以下「先代宗家」という。)の死亡(平成24年8月29日)当時,入門から3年しか経過しておらず,原告が先代宗家から宗家の地位を託された代表者であること,自分が宗家になるために必要な資格を得ていなかったことを知っていたにもかかわらず,本件流派の代表者が外国籍の原告のままでは,日本古武道振興会等に登録できないことを奇貨として,原告に無断で,自ら本件流派の代表者として登録を行った上で,本件商標の登録出願をするなど,需要者の間で著名な「戸田派武甲流薙刀術」の知名度を不正利用し,自己が運営する武陽館において知名度を独占しようとしたものである。被告には,同号の「不正な目的」があったことは明らかである。
したがって,本件商標は,商標法4条1項19号に該当する。
審決の判断の要旨 ア 戸田派武甲流薙刀術について 証拠及び主張によれば,次の事実が認められる。
戸田派武甲流薙刀術(本件流派)は,流祖を戦国時代の越前福井の朝倉家の家臣である戸田清源(戸田清眼,富田勢源)とする甲ちゅう武術であり,戸田流(富田流)と称されていたが,その後,本件流派は,関東に移り,戸田派武甲流と称されるようになった。
本件流派は,日本古武道振興会(昭和10年設立。以下,単に「振興会」という。)に当初から加盟し,昭和10年から平成24年にかけて同振興会が主催する古武道形奉納大会及び明治神宮での日本古武道大会に参加し,平成5年から平成22年にかけて日本古武道協会(以下,単に「協会」という。)が主催する日本古武道演武大会に参加したほか,日本各地で開催された演武大会及び神社等への奉納のための演 武に参加した。
先代宗家が亡くなるまでは,先代宗家が本件流派の代表者として,振興会及び協会に届けられ,対外的,対内的な活動は,先代宗家の指導の下に実施されていた。
原告及び被告は,共に本件流派の門下生であり,外国籍の原告は,遅くとも平成14年2月頃には師範の地位にあり,また,被告は,平成21年頃,本件流派に入門した。
平成23年11月,先代宗家は,体調を崩し,手術を行うため入院した。
イ 被告の振興会等の登録手続について 原告は,先代宗家から,日本人宗家の育成及び指名までの間,宗家代理として,門下生の育成のほか,本件流派の運営全部を託されていたから,原告が次期宗家を指名するまでの間,対外的にも対内的にも,本件流派の代表者であり,かつ,最終決定権者であって,しかも,被告は,原告が宗家代理の地位にあることを承認し,次期宗家の決定権限を有する原告の承認がないにもかかわらず,自分が本件流派の宗家であると名乗った上で,振興会等に登録手続を行った旨主張するので,検討する。
先代宗家は,原告に対して,平成23年11月,自身の病状と今後の見通し等を知らせ,自分に何かあった場合には原告が武甲流宗家を預かってほしい旨,及び本件流派を継ぐにふさわしい日本人が育ったら,先々代宗家の直弟子と協議の上で次の宗家として継がせてほしい旨を依頼した上で,原告を本件流派の宗家代理に指名し,被告に対しては,対外的文書作成などを担当するほか,本件流派武陽館道場の館長として,その運営にあたることを依頼し,そして,平成24年7月及び8月に先代宗家の妻,原告及び被告らを立会人として遺言をし,次期宗家の指名は行うことなく,平成24年8月29日に亡くなったことが認められる。
被告は,振興会に対し,原告を本件流派の流儀代表者として登録するように働きかけを行ったこと,被告及び振興会は,原告が日本国籍を取得することを勧めたことがうかがえるが,原告が日本国籍の取得を固辞したため廃案となった こと,さらに,振興会及び協会が,本件流派の日本人の流儀代表者が決まらない場合は退会措置もあり得ることを示唆したことから,本件流派が退会措置となった場合には,長年継続してきた古武道大会等への参加も不可能になることが予想されること,その後,平成25年3月,振興会に被告を流儀代表者とする流儀代表者変更届を提出して了承されたこと,また,被告は,平成25年4月に協会にも流儀代表者変更届を提出したところ,協会は,平成26年6月2日付けで,先代宗家の妻を代表代行として登録し,被告を準会員として登録したこと,その結果,本件流派は継続して振興会が主催する古武道大会等に参加できたことが認められる。
以上を踏まえると,先代宗家は,原告を宗家代理に指名し,原告に次期宗家を継ぐ日本人の育成と,先々代宗家の直弟子と協議の上での次の宗家の承継を託したのであるから,当該指名により,直ちに,原告が対外的にも対内的にも本件流派の代表者であり,かつ,本件流派の運営に係る最終決定権者であると解することはできない。
そして,先代宗家は,原告を宗家代理に指名する一方,被告に対しては,本件流派の文責及び小田原武陽館道場の館長として運営を託していることから,先代宗家は,自らが亡き後の本件流派の運営及び管理等について,原告及び被告の双方に依頼したと解すべきである。
そうすると,被告が一度は原告を本件流派の代表者として振興会及び協会に推薦したこと,協会及び振興会の流儀代表者は日本国籍を有する者に限られるところ,原告が日本国籍を取得することを固辞したことから,原告を本件流派の代表者とする案は流れたこと,主に活動してきた振興会及び協会から,日本人の流儀代表者が決まらない場合は本件流派の退会措置もあり得ることを示唆されたことから,被告が自身を流儀代表者として協会及び振興会に届け出たことなど,被告の一連の行動は,本件流派の主な活動の場である両会の会員の資格を継続するためには,必要な対応であったといえる。
ウ 本件商標の無効理由について 本件流派は,主に振興会及び協会において活動してきた,古武道の一流派の名称であり,被告は,先代宗家死亡後の本件流派の運営及び管理等について,先代宗家より原告と共に依頼され,しかも,振興会及び協会の流儀代表者が日本国籍を有する者に限られていたのであるから,被告が振興会及び協会に加入を続けることを目的として流儀代表手続を行ったことは,不当なものとまでいうことはできない。
しかも,被告は,振興会の常任理事会において,戸田派武甲流薙刀術の流儀代表者として了承された後,古武道大会等に本件流派の代表者として参加しており,各種新聞,雑誌において,本件流派の代表者として掲載されているといった事情を考慮すると,被告は,本件商標の登録出願時及び登録査定時に本件流派との関係において,商標法4条1項8号,10号,15号及び19号に規定する「他人」に該当するということはできない。
したがって,商標法4条1項8号,10号,15号及び19号のその他の要件について検討するまでもなく,本件商標は,上記各号に該当しない。
? むすび 以上のとおりであるから,本件商標は,商標法4条1項8号,10号,15号及び19号のいずれにも違反して登録されたものとはいえないから,同法46条1項の規定に基づき,その登録を無効とすべきでない。
原告主張の審決取消事由(商標法4条1項8号,10号,15号及び19号
該当性判断の誤り) 1 被告は,本件商標の登録出願時及び登録査定時に,本件流派との関係において,商標法4条1項8号,10号,15号及び19号の「他人」に当たり,本件商標は,上記各号に該当するから,これを否定した審決の判断には誤りがある。
まず,古武道の一流派において,通常,宗家代理とは,宗家のいない間において,対内的にも対外的にも,同流派の代表者であり,運営等の最終決定権者であることを意味する。本件流派において,先代宗家は,原告に対し,平成23年1 1月,本件流派を「預ける」とメールした上で,平成24年5月,宗家代理の允許状を出しているのであるから,原告が,本件流派の対内的対外的な代表であり最終決定権者となることは,先代宗家の意向であったといえる。
原告は,平成元年に本件流派に入門して以降,平成13年1月に師範に就任し,その後,10年以上にわたって被告を含む門下生の指導に当たっていた。原告は,次期宗家が本件流派を継ぐまでの間,本件流派を代表する宗家代理にふさわしい技能と人格を十分に備えていたといえる。
本件流派においては,次期宗家の就任方法について,他の古武道と同様,先代宗家が指名するなど,先代宗家の一存による方法が採用されていた。
先代宗家は,死亡直前に,次期宗家にふさわしい日本人が見当たらなかったことから,次期宗家の就任方法として,原告に対して,門下生を指導して次期宗家を育てた上で宗家候補を指名して次期宗家として継がせることを托しつつ,それまでの間,宗家代理として,本件流派を代表するよう託した。
被告は,平成24年7月,先代宗家から,本件流派の「文責」及び「小田原道場館長」の役割を託されたと主張する。
デンマーク人である原告は,門下生に対する指導に当たる場合などの日本語のコミュニケーション自体に問題はなかったものの,対外的文書作成や歴史的資料収集における古文書の読み書き等にサポートが必要であった。先代宗家は,死亡直前,被告に対し,その事務窓口としての負担を負わせる反面,被告の期待にも応えて,元々,小田原で他の古武道を経営していた被告に本件流派の支部道場を開設しその館長の立場を与えたのである。
なお,被告は,入門して3年余りであり,これまで本件流派において,門下生に対する指導の経験は皆無であった。仮に,先代宗家が,被告を一支部の館長に指名したとしても,本件流派の代表者に就任し,本件流派全体の運営管理を託されたものでないことは明らかである。
したがって,先代宗家が,本件流派の運営及び管理等について,原告と被告の双 方に依頼したと解すべきであるとの審決の認定には誤りがある。
本件流派は,振興会に当初から加盟し,日本古武道大会等に参加し,遅くとも平成5年以降,協会が主催する日本古武道演武大会に参加してきた(甲9〜62)。
被告は,先代宗家の死後,原告がデンマークに帰国している間,原告を流儀代表者として登録すべく,振興会に申請した。平成24年当時,振興会の規約には,各流派の代表会員の国籍について何ら制限はなかったにもかかわらず,振興会は,正当な理由なく,原告に対し日本国籍に帰化することを求めたため,原告は,これを拒絶していた。
振興会らは,本件流派の上部団体ではなく,古武道の各流派を取りまとめて,その保存と振興を図る任意団体にすぎず,各流派の代表者を決定する権限はない。なお,現在では,振興会,協会とも,本件流派に対する不当な内部干渉にならないように配慮している。
このような事情に鑑みれば,被告が,振興会らの流儀代表者として登録されたことをもって,被告が本件流派の代表者であると解することはできない。
審決は,振興会らが,被告を流派代表者として認めたこと,その後に大会等に参加している活動を理由に,被告が「他人」に該当しないとするが,振興会らが本件流派の代表者を決定する権限はない。
2 以上によれば,被告が,本件流派との関係において,宗家(代表者)のように,商標法4条1項8号,10号,15号及び19号に規定する「他人」に該当しないことはあり得ない。
また,原告は,先代宗家から,日本人宗家の育成及び指名までの間,宗家代理として,門下生の育成のほか,本件流派の運営全部を託されていたから,対外的にも対内的にも,本件流派の代表者であり,最終決定権者であるのに対し,被告は,原告が宗家代理の地位にあることを承認し,次期宗家の決定権限を有する原告の承認 がないにもかかわらず,自分が本件流派の宗家であると名乗った上で,振興会等に登録手続を行い,演武大会に出場し,また,原告に無断で本件商標の登録出願手続をしたのであって,このような被告の活動は,原告による本件流派の活動とは無関係であることは明らかである。そして,原告と被告は,戸田派武甲流薙刀術(本件流派)との名称で活動する団体であっても,遅くとも,平成25年12月以降,全く別個の活動主体といえる以上,被告は,原告が運営する戸田派武甲流薙刀術(本件流派)という団体とは別個の主体であり,商標法4条1項8号の「他人」に当たる。
したがって,本件商標が,商標法4条1項8号,10号,15号及び19号に該当しないとの審決の判断には誤りがあるから,取り消されるべきものである。
被告の主張
1 原告の主張は,原告が本件流派の宗家代理であるから,本件商標を登録し得るのは唯一原告のみであり,被告にとって本件商標は「他人」のものであるという趣旨であると解され,本件商標が表示する出所の主体(他人)が本件流派であることを前提とするものと思われる。
しかしながら,審決は,原告が宗家代理に指名されたことを認めつつ,「当該指名により,直ちに,請求人が対外的にも対内的にも本件流派の代表者であり,かつ本件流派の運営に係る最終決定権者であると解することはできない」と判断しているのである。
したがって,原告が,宗家代理に指名されたことをもって,本件商標が原告の独占下に置かれることにはならず,これにより被告による本件商標の登録が無効となるものではない。
また,先代宗家が,原告を自身と全く同じ立場に立たせることを意図していたのであれば,宗家を継ぐ者の決定について,これからの育成や他の門下生との相談を求めることはせず,端的に,原告に対し,次期宗家の指名権を与えたはずである。
したがって,先代宗家が原告を一般的意味の宗家代理に指名したということはできず,原告のみが唯一本件商標を用いることができる立場にあると評することはできない。
審決は,先代宗家が,被告に対しても先代宗家死亡後の本件流派の運営及び管理等を委託していたと認定した上で,被告が「他人」の商標を登録したのではないと判断している。被告が振興会に流儀代表者として認められたこと及び先代宗家の妻による次期宗家(現在の宗家)の指名により,被告が本件流派の宗家に就いたことの適当性が問題なのではない。原告が宗家代理に指名されていたとしても,被告が先代宗家から本件流派の運営及び管理等を委託されていたことを否定することにはならないから,原告の主張は意味がないものである。
審決は,被告が一度は原告を本件流派の代表者として登録するよう振興会及び協会に推薦したことがあったとしても,被告の行動は,本件流派の主な活動の場である両会の会員の資格を継続するために必要な行動であったと評価している。すなわち,審決は,被告が,本件流派の運営及び管理等についての委託を受けていたことから上記の行動を取ったものであるとし,このような被告の行動は,被告による本件商標の登録を無効とする理由とはならないと判断したのである。原告の主張は,審決が否定した原告の考え(原告のみが唯一本件商標を使用し得るとする考え)を繰り返しているにすぎない。
先代宗家は,被告の武術を認め,後進育成に当たれると判断し,武陽館小田原道場を任せた。将来,他の道場が立ち行かなくなり,武陽館小田原道場のみが唯一の道場になるということもあり得なくはない。一つの道場を直々に託すというのは,本件流派を永く伝承していくために極めて重要な意味を有する。先代宗家は,被告に対し,本件流派としての各種文書作成(文責・対外的文書作成)及び歴史的資料の収集という極めて重要な任務をも託していた。審決は,これらを正しく評価し,先代宗家は,被告に本件流派の運営及び管理等を任せていたと認定したのである。
すなわち,被告にとって,本件流派は,「他人」には該当しない。
原告は,被告が本件流派の管理及び運営等を託されていたとの審決の認定について,先代宗家が被告に対して本件流派を伝承していくのに必要不可欠な歴史的資料の収集・保存を任せたこと及び武陽館小田原道場を託したことを,軽視又は異なる意味付けを与えることによって反論しようとしているけれども,原告の主張には根拠がないものであり,意味がない。
2 原告も被告も,本件商標が表すのは本件流派であると理解しており,第三者からしても,本件商標が表すのは本件流派であるという点について何ら誤解は生じない。そもそも,商標法4条1項8号,10号,15号及び19号は,人(団体)の肖像,氏名,名称等に関する人格的利益を保護する規定であるから,これら各号により商標登録が無効となると主張するのであれば,当該商標が表示する出所の主体(他人)を特定し,又はその著名性を明確にする必要がある。そして,ここでの特定・著名性の明確化においては,団体名を元にする商標である場合,単に当該商標が示す団体が特定されている又は著名であると述べるだけでは足りず,無効を主張する者が運営する団体として特定されている又は著名であるといえることが必要である。ところが,原告は,この点について全く主張せず,どのような立場で無効審判を請求したのか明らかにしていない。
3 したがって,本件商標が,商標法4条1項8号,10号,15号及び19号のいずれにも該当しないとした審決の判断に誤りはなく,原告の主張する取消事由は理由がない。
当裁判所の判断
1 認定事実 証拠(甲2,9〜62,64〜67,79,82,84,85,88〜90,103,108〜111,113,115,118〜121,129〜131,13 4〜136,138〜144。枝番号の書証を含む。以下同じ。)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
本件流派(戸田派武甲流薙刀術)について 本件流派は,流祖を戦国時代の越前福井の朝倉家の家臣である戸田清源(戸田清眼,富田勢源)とする甲ちゅう武術であり,戸田流(富田流)と称されていたが,その後,本件流派は,関東に移り,戸田派武甲流と称されるようになった(甲64〜67,140)。
本件流派は,振興会(昭和10年設立)に当初から加盟し,昭和10年から平成24年にかけて振興会が主催する演武大会及び神社等への奉納のための演武に参加していた(甲9〜62)。
本件流派の先代宗家は,平成20年に本件流派の宗家に就任し,その後死亡するまで,本件流派の代表者として,振興会及び協会に届出されており,本件流派の活動は,先代宗家の指導の下に実施されていた(甲58〜61)。
先代宗家死亡前の経緯について ア 原告及び被告は,共に本件流派の門下生である。
外国籍(デンマーク)の原告は,遅くとも平成14年2月頃には師範の地位にあった(甲50)。また,被告は,平成21年頃,本件流派に入門した。
イ 先代宗家は,平成23年11月,手術のために入院し,同月20日に,原告に対し,自身の病状と今後の見通し等を知らせ,万が一,自分に何かあった場合には,原告に武甲流宗家を預かってほしい旨,原告から見て本件流派を継ぐにふさわしい日本人が育ったら,先々代宗家の直弟子と相談した上で,その人に宗家を継がせてほしい旨をメールで依頼した(甲79,85)。
ウ 先代宗家は,平成24年5月,本件流派の中野道場において,被告を含む門弟一同に対し,次代宗家は日本人とすること,原告を宗家代理として指名したことを伝えた。
エ 先代宗家は,戸田派武甲流薙刀術 「 文責/並びに武陽館小田原道場を/ Yに託す。/益々の精進を希む。(/は改行を表す。以下同じ。
」 )と記載され,署名捺印がある平成24年7月16日付けの書面を,被告に対し交付した(甲108)。
オ 先代宗家は,「戸田派武甲流薙刀術/宗家代理を/Xに託す。」と記載され,署名捺印がある平成24年5月23日付け書面を,平成24年8月,入院していた病院において,原告に対し交付した(甲2)。
カ 被告が協会に提出した平成26年5月1日付け顛末書(甲84)には,先代宗家が,平成24年7月7日,入院していた病院において,先代宗家の妻,原告,被告を含む5名を立会人とし,@宗家は,日本人であること,A宗家は,古武道組織(協会・振興会)に加入を続け,広く交流を図っていくこと,B原告は,宗家代理として,薙刀技術指導を行い,日本人の宗家を育てること,C被告は,対外的文書作成などを担当するほか,本件流派武陽館道場の館長として,その運営に当たること,また,本件流派の歴史的資料収集など本件流派の伝統承継に資する行動をすることを内容とする遺言をしたことが記載されている。
キ 先代宗家は,平成24年8月29日に死亡した(甲103)。なお,先代宗家は,本件流派の次期宗家の指名はしなかった。
振興会及び協会への代表者届の提出の経緯について ア 被告は,先代宗家死亡後,原告を本件流派の流儀代表者として登録すべく行動し,振興会に対し,原告が代表となることを提案した。被告は,平成24年12月22日,本件流派の次期代表者(宗家)について,振興会から,流儀代表者として登録するためには,代表者本人が日本国籍を有していること(帰化した者を含む。)が必要である旨説明された。その際,原告が日本国籍を取得し,次期代表者(宗家)となる案が検討されたが,原告が日本国籍の取得を固辞したため,実現しなかった(甲82,120)。
イ 振興会及び協会は,被告に対し,本件流派の流儀代表者として,日本人以外を登録することは認めないこと,日本人の流儀代表者が決まらない場合は,本件流派を退会措置とすることもあり得ることを示唆した。
ウ 被告は,先代宗家の妻から,「戸田派武甲流薙刀目録」(甲110)及び薙刀(甲109)を受け取るとともに,平成25年3月13日付けで,振興会へ被告自身を本件流派の流儀代表者とする流儀代表者変更届を提出し,了承された(甲111,118〜120)。
エ 被告は,協会に対し,平成25年4月15日付けで,被告自身を流儀代表者とする流儀代表者変更届を提出した(甲113)。協会は,平成26年6月2日付けで,先代宗家の妻が代表代行として日本人宗家を指名することとした上で,先代宗家の妻を代表代行として登録した(甲121)。
被告の活動について 被告は,本件流派の教授等を行い(甲129,130,134),振興会が主催する奉納演武(甲131)に参加し,本件商標の登録査定後においても古武道大会等に本件流派の代表として参加している(甲135,136,138〜143)。
原告の活動について 原告は,先代宗家死亡後も従前と同様に,本件流派の中野道場において,門下生に指導を行い,大会に参加するなどの活動も行っている。(甲88〜90,144) なお,原告は,平成25年12月20日,被告に対し,宗家代理の立場として本件流派から破門する旨を通知した(甲115)。
2 取消事由(商標法4条1項8号,10号,15号及び19号該当性判断の誤り)について 商標法4条1項8号,10号,15号及び19号について 商標法4条1項10号,15号及び19号(以下,併せて「本件各号」という。)は,商品若しくは役務の出所の混同防止を図り,又は出所表示機能希釈化からの保護を図ること等を目的として,商標登録を受けることができない商標を定めるものである。そうすると,本件各号に規定する「他人」とは,当該商標が出所を表示する主体とは異なる者と解するのが相当である。なぜなら,当該商標が出所を表示 する主体と「他人」とが同一である場合には,そのような商標を使用したときであっても,当該使用行為が,出所の混同又は出所表示機能希釈化を招く余地がないからである。
また,商標法4条1項8号は,人又は法人等の団体が自らの承諾なしにその氏名,名称等を商標に使われることがないという人格的利益の保護を図ることを目的として,商標登録を受けることができない商標を定めるものである(最高裁平成16年6月8日第三小法廷判決・裁判集民事214号373頁,最高裁平成17年7月22日第二小法廷判決・裁判集民事217号595頁)。そして,同号が「他人」の氏名,名称等の使用を問題とする以上,当該他人と商標が表示する主体とが異なる者であることが当然の前提であると解される。
(2) 本件商標等について 前記認定の諸事実及び本件商標の登録出願の経緯によれば,本件商標が,その登録出願時及び登録査定時に出所として表示するのは,古武道の一流派である本件流派そのものであって,原告及び被告もこれに属するものであると認められる(なお,原告が被告に対し本件流派から破門する旨を通知したことは,上記認定を左右するものではない。。
) そして,本件商標は,その表記に応じて,本件流派(戸田派武甲流薙刀術)を,取引者,需要者に想起させるものであるから,客観的表記に基づく需要者の認識と登録出願の経緯等に基づく出所の主体の間にも齟齬はないものと認められる。
他方,審判における原告主張の無効理由のうち,商標法4条1項8号に関して主張する「他人」とは,「遅くとも昭和10年以降,代表者として宗家を置き,「戸田派武甲流薙刀術」との名称で薙刀術の教授等をしている社団」であるから,本件流派そのものである。同条1項10号に関して主張する「他人」の商標とは,「戸田 「派武甲流薙刀術」の教授等の役務を示すものとして需要者の間で広く認識されている商標」であって,本件流派を出所とする商標である。同条1項15号に関して主張する「他人」とは, 「原告が宗家代理を務める本件流派」と記載されるが,実質的 には,原告が宗家代理を務める本件流派に限定されるものではなく,遅くとも昭和10年以降,代表者として宗家を置き「戸田派武甲流薙刀術」の教授等を行ってきた本件流派を「他人」として主張するものと善解される。同条1項19号に関して主張する「他人」とは, 「需要者の間で著名な「戸田派武甲流薙刀術」」であるから,本件流派そのものである。
以上のとおり,原告が無効理由として主張する商標法4条1項8号,10号,15号及び19号における「他人」とは,いずれも本件流派を指すものであるところ,本件商標がその出所として表示するのも,本件流派そのものであるから,両者は同一であるといえる。そうすると,前記各号に関して原告が主張する「他人」が,本件商標が出所を表示する主体と異なる者とは認められないから,前記(1)のとおり,商標法4条1項8号,10号,15号及び19号に基づいて,本件商標が商標登録を受けることができない商標と認めることはできず,原告の主張は,理由がないものといわざるを得ない。
この点,審決は,先代宗家から,本件流派の運営及び管理等を原告と共に依頼された被告が流儀代表手続をしたことが不当なものとまでいうことができないとした上で,被告が,振興会の常任理事会において,本件流派の流儀代表者として了承された後,古武道大会等に本件流派の代表者として参加しており,各種新聞,雑誌において,本件流派の代表者として掲載されているといった事情を考慮して,被告は,本件商標の登録出願時及び登録査定時に本件流派との関係において,商標法4条1項8号,10号,15号及び19号に規定する「他人」に該当するということはできないと判断した。
しかしながら,本件商標がその出所として表示するのは,古武道の一流派である本件流派そのものであることは前記のとおりであり,被告個人が,本件商標について,本件流派との関係において,上記「他人」に該当するか否かは,商標法4条1項8号,10号,15号及び19号該当性の判断に,直ちに影響を及ぼすものではない(原告は,被告が商標登録した本件商標が, 「他人」である本件流派との関係で 無効理由があると主張するものと解される。 。
) したがって,審決が,本件商標の出所等を検討することなく,被告個人が,本件流派との関係において,上記「他人」に該当しないことを理由に,商標法4条1項8号,10号,15号及び19号該当性の判断をした点には誤りがあるといわざるを得ない。しかしながら,本件商標について,商標法4条1項8号,10号,15号及び19号に該当しないとの審決の判断は,結論において誤りはないといえる。
? 原告の主張について 原告は,本件流派の宗家代理の地位にあり次期宗家の決定権限を有する原告が承認しないにもかかわらず,被告が,本件流派の宗家であると名乗った上で,振興会等に登録手続を行い,演武大会に出場し,また,原告に無断で本件商標の登録出願手続をしたなどと主張する。
しかしながら,本件商標がその出所の主体として表示するのは,古武道の一流派である本件流派そのものであって,原告が他人として主張する団体と同一のものであることは前記のとおりであり,本件商標の登録出願の経緯や本件流派の代表者が原告であるのか否かなどの点については,本件商標について原告が無効理由として主張する商標法4条1項8号,10号,15号及び19号該当性に関する前記判断を左右するものではない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
3 小括 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,本件商標が商標法4条1項8号,10号,15号及び19号に各該当しない旨の審決の判断に誤りはなく,原告が主張する取消事由は理由がない。
結論
よって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとお り判決する。
裁判長裁判官 清水節
裁判官 岡田慎吾
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