関連審決 |
無効2019-890032 |
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事件 |
令和
2年
(行ケ)
10055号
審決取消請求事件
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原告X 同訴訟代理人弁護士 西尾雄一郎 同訴訟復代理人弁護士 沼田美穂 被告 一般財団法人古田織部美術館 同訴訟代理人弁理士 小林良平 中村泰弘 市岡牧子 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2020/11/04 |
権利種別 | 商標権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 特許庁が,無効2019−890032号事件について,令和2年3月19日にした審決のうち,セミナーの企画・運営又は開催,電子出版物の提供,図書及び記録の供覧,図書の貸与,書籍の制作,興行の企画・運営又は開催(映画・演芸・演劇・音楽の演奏の興行及びスポーツ・競馬・競輪・競艇・小型自動車競走の興行に関するものを除く。)の指定役務についての審判請求は成り立たないとする部分を取り消す。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は,これを7分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が,無効2019-890032号事件について,令和2年3月19日にした審決のうち,セミナーの企画・運営又は開催,電子出版物の提供,図書及び記録の供覧,図書の貸与,美術品の展示,書籍の制作,興行の企画・運営又は開催(映画・演芸・演劇・音楽の演奏の興行及びスポーツ・競馬・競輪・競艇・小型自動車競走の興行に関するものを除く。)の指定役務についての審判請求は成り立たないとする部分を取り消す。 |
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事案の概要
本件は,商標登録無効審判請求に対する審決中の不成立部分の取消訴訟である。 争点は,商標法4条1項10号及び同項7号各該当性である。 1 本件商標 被告は,別紙商標目録記載の商標(以下「本件商標」といい,同目録記載6の本件商標の指定役務を「本件指定役務」という。)の商標権者である。(甲41) 2 特許庁における手続の経緯 原告は,令和元年5月24日,本件商標は,「織部流」の漢字で表記され「おりべりゅう」と呼称される商標(以下「引用商標」という。未登録商標である。)と同一の商標であるから,商標法4条1項10号に該当し,また,同項7号にも該当するとして,本件商標の登録を無効とするとの審決を求める審判請求(無効2019-890032号。以下「本件審判請求」という。)をしたところ,特許庁は,令和2年3月19日,本件指定役務中,「第41類「茶道の教授,茶会の企画・運営又は開催」についての登録を無効とする。その余の指定役務についての審判請求は成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月27日,原告に送達された。 3 本件審決の理由の要点 (1) 引用商標の周知性について 「織部流」は,「千利休の弟子古田織部を祖とする茶道の流派」であって,その茶法は,京都興聖寺(以下「興聖寺」という。)に伝わるものである。 そして,「お点前の研究」に,織部流の系譜として,「18代X′」の記載,「茶湯手帳」の「織部流」の項に,「18X″当代」,「18X″X′当代」の記載があること,師範の免状(平成14年1月〜平成25年6月11日)が「織部流拾八世 X″」の家元名で交付されていること,茶道教室の看板が「織部流拾八世 X″」の家元名で表示されていること,原告は,宗教法人臨済宗興聖寺派(以下「法人興聖寺派」という。)の代表役員であること,興聖寺の住職であるAは,「織部流の家元は今もX′氏のままで,何ら変動はありません。」と陳述していること,原告は,戸籍上の氏名は,「X」であるが,住職,家元としては「X′」又は「X″」の名を使っている旨主張していることを併せ考慮すると,原告は,遅くとも昭和60年(1985年)には,茶道の流派の一つである「織部流」の家元であって,現時点においても継続していると認められる。 また,織部流の師範は,表千家,裏千家,武者小路千家を始めとする茶道各流派から構成される京都茶道団体懇話会の役員を,昭和50年以降継続し,平成28年に会長となったこと,同懇話会が開催した茶会(平成9年11月〜平成26年11月)に織部流の師範が席主を務めたこと,織部流の師範は,表千家,裏千家,武者小路千家を始めとする茶道各流派の宗匠が茶会を行う会である「茶道文化会」の役員を昭和50年以降継続し,平成29年に理事長となったこと,同文化会が開催した茶会(昭和50年3月〜平成24年3月)で織部流の師範が席主を務めたこと,織部流の師範は,平成30年に3回,東京の百貨店で開催した茶陶展において添釜を行ったこと,織部流の師範は,平成17年4月,平成25年11月,平成28年11月,平成30年11月に開催されたイベントの茶会で席主を務めたこと,織部流は,平成9年10月に秦野市(神奈川県)の広報誌,平成22年11月に中日岐阜ホームニュース,平成15年12月及び平成29年6月に本巣市(岐阜県)の広報誌にその活動が紹介されたことを併せ考慮すると,引用商標は,請求の業務に係る役務「茶道の教授,茶会の企画・運営又は開催」を表示するものとして,本件商標の登録出願時及び登録査定時には,茶道関連の需要者の間に広く認識されていたものと認められる。 (2) 被告について 被告は,古田織部好みの茶道具など歴史資料等を展示する美術館であって,被告の代表者であるB(以下「被告代表者B」という。)が,織部好みの焼物,会席具を特集した古田織部展を監修し,古田織部に関する講演を行ったことは認められるが,茶道「織部流」に関する役務を提供していた事実を確認することはできない。 (3) 商標法4条1項10号該当性について ア 本件商標と引用商標は,「オリベリュー」の称呼を同一にするものであり,また,外観については,同一又は類似のものである。そして,観念については,両者はいずれも,「古田織部を祖とする茶道の流派」の観念を生ずるものである。 そうすると,本件商標と引用商標とは,外観,称呼及び観念のいずれにおいても相紛れるおそれのある類似の商標というべきである。 イ 本件指定役務中の「茶道の教授,茶会の企画・運営又は開催」と引用商標が使用される役務「茶道の教授,茶会の企画・運営又は開催」とは同一である。 ウ 上記(1)のとおり,引用商標は,請求の業務に係る役務「茶道の教授,茶会の企画・運営又は開催」を表示するものとして,本件商標の登録出願時及び登録査定時には,茶道関連の需要者の間に広く認識されていたものと認められる。 エ したがって,指定役務「茶道の教授,茶会の企画・運営又は開催」について,本件商標は,商標法4条1項10号に該当する。 (4) 商標法4条1項7号該当性について 引用商標が原告の業務に係る役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されているとしても,本件商標が,引用商標の信用,名声に便乗する,又は引用商標の顧客吸引力を希釈化させ,その信用,名声を毀損するなど不正の目的をもって使用をするものというべき証拠は見いだせない。 また,本件商標は,その構成自体が非道徳的,卑わい,差別的,きょう激又は他人に不快な印象を与えるような文字からなるものではなく,これをその指定役務に使用することが社会公共の利益や社会の一般的道徳観念に反するものではなく,その使用が他の法律によって禁止されているもの,外国の権威や尊厳を損なうおそれがあって特定の国若しくはその国民を侮辱し,国際信義に反するものでもない。 さらに,商標登録出願の経緯に社会的相当性を欠くものがあり,登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ない場合等,その出願経緯などに公序良俗に反するおそれがあることを具体的に示す証拠の提出もない。 したがって,本件商標は,商標法4条1項7号に該当しない。 (5) 以上のとおり,本件商標の登録は,本件指定役務中,第41類「茶道の教授,茶会の企画・運営又は開催」については,商標法4条1項10号に該当するものであるから,同法46条1項の規定により,無効とすべきである。 しかし,本件商標は,本件指定役務中,上記の指定役務を除くその余の役務(以下,一括して「本件不成立役務」という。)については,同法4条1項10号及び7号のいずれにも該当するものとはいえないから,同法46条1項の規定により,その登録を無効とすべきでない。 4 原告の主張する審決取消事由 本件審決には,次のとおり,本件指定役務の全てにつき本件商標を無効とすべきであるにもかかわらず,これをしなかった違法がある。 (1) 引用商標が周知商標であること等について ア 茶道「織部流」について (ア) 沿革 「織部流」とは,戦国武将の古田織部(1544年〜1615年)が,創案した武家茶道の流祖として,天正7年(1579年)頃に始めた茶道の呼称である。 古田織部は,茶道史上の重要人物として世に知られている人物であり,茶の湯を千利休に学び,千利休の没後は豊臣秀吉の茶頭を勤め,また,Cに古儀式茶法を学び,両氏の茶法を基に武家茶道の基礎を作った。晩年,古田織部は,大阪夏の陣で徳川家に敵対したということで切腹を命じられ,古田家は断絶の処分を受けたが,わずかに孫だけは豊後竹田岡藩の家老職として存続を許され,その後は織部流の茶道は古田家に代々伝承された。 そして,明治の初期,織部流第14代のDは,それまで古田家に伝わる茶道が「古織流」と呼ばれていたものを現在の「織部流」と改名し,武家茶道の一流派を立てた。 現在は,臨済宗興聖寺派本山である興聖寺の住職であった原告が,第18代家元として,織部流の茶道を伝承している。なお,興聖寺は,古田織部が金20貫(現在の貨幣価値で約3億8000万円)を喜捨して,慶長8年(1603年),E和尚を開山として迎えて創建された寺院であり,古田織部の墓があることから「おりべ寺」といわれることもある。 (イ) 古織会の活動 昭和48年,当時の織部流第17代家元Fの下,その門下生により,古織会という団体が結成され,茶道織部流として活動を続け,昭和57年には,原告が第18代家元を引き継ぎ,現在まで,古織会を通じて茶道の家元として活動を続けてきた。 古織会では,織部流の門弟達が,織部流の会得及び継承を目的として活動している。古織会の会員は,習得度によって,初伝,中伝,奥伝,師範,茶名,教授門証の各段階に区分され,師範,茶名,教授門証の会員については,家元から,織部流の名前を使って織部流茶道の教授をしてよいとの許諾を受けている。古織会では,織部流の茶道を全て会得した者に対しては,原告から「織部流」の師範を名乗ってもよいという免状や木製の看板を与えて掲げることを許している。 古織会は,全国に支部を有し,京都の興聖寺に本部を置き,織部流の茶道の普及,茶会の開催などを行っている。古田織部の命日や年始の初釜のときなどは,全国の古織会の門弟が興聖寺に集まって茶会を開いており,興聖寺が織部流の聖地となっている。 イ 原告について (ア) 原告は,昭和57年から興聖寺の住職の地位にあり,同時期より先代の住職であったFから織部流を引き継ぎ,織部流の第18代家元となった。原告は,平成30年7月13日まで興聖寺の住職の地位にあり,現在も,法人興聖寺派の代表役員である。なお,原告の戸籍上の氏名は「X」であるが,住職,家元としては「X′」又は「X″」の名を使っている。 (イ) 原告は,昭和57年5月4日から,引用商標を用いて,茶道の教授,セミナーの企画・運営又は開催,図書及び記録の供覧,図書の貸与,美術品の展示,書籍の制作,茶会の企画・運営又は開催,興行の企画・運営又は開催(映画・演芸・演劇・音楽の演奏の興行及びスポーツ・競馬・競輪・競艇・小型自動車競走の興行に関するものを除く。以下,単に「興行の企画・運営又は開催」という場合,括弧書きの有無にかかわらず,「映画・演芸・演劇・音楽の演奏の興行及びスポーツ・競馬・競輪・競艇・小型自動車競走の興行に関するものを除くもの」をいう。)などを行い,茶道の世界では,織部流の家元と認知されている。 ウ 織部流の名称が原告が行う茶道を示すものとして周知であること 茶道織部流の師範らによる京都茶道団体懇話会における活動(甲12の1〜7),茶道文化会における活動(甲13),NHKの番組の監修(甲14,15),その他全国各地でのお茶会の開催等(甲10,甲16の1・3,甲17の1〜16,甲18の1〜9,甲19の1〜8,甲20の1〜3)から明らかなとおり,原告は,茶道界において様々な流派から織部流の家元として認識されており,織部流の名称は,原告が行う茶道を示すものとして周知されている。 (2) 本件不成立役務が商標法4条1項10号に該当すること 引用商標は,次のとおり,本件商標の登録出願時及び登録査定時には,本件不成立役務を含む本件指定役務の全部を表示するものとして,茶道関連の需要者の間に広く認識されていたものである。 ア セミナーの企画・運営又は開催について (ア) 広辞苑には,「セミナー」は「一般に,講習会」と,「講習」は「学問・技芸などを研究し練習すること。また,その指導をすること。」とあり,茶道の教授,茶会の企画・運営又は開催は,技芸を研究し練習することと同義であることから,本件審決で無効の主張が認められた指定役務である「茶道の教授,茶会の企画・運営又は開催」と「セミナーの企画・運営又は開催」は,同一又は類似の役務である。 また,古織会は,織部流の普及のため,会員内において織部流茶道の研究・稽古を日々行い,随時茶会や茶事を開催しているだけでなく(甲22の1〜7),織部流とは関係のない外部の人々に対しても茶会などのイベントを催し,織部流の点前を披露し,織部流茶道について説明することなどをしばしば行ってきた(甲16の1〜3,甲17の1,甲19の1〜6,甲20の1〜3)。上記の「セミナー」の定義からすると,人を集めて茶道の研究・稽古を行うこと,また,茶会等を行って,織部流の点前を披露し,織部流茶道について説明すること自体も,講習会,すなわちセミナーと解することができる。 したがって,古織会は,その結成当初から,引用商標を用いて,セミナーの企画・運営又は開催を行ってきた。 (イ) 古織会が茶会や茶事を開催し,茶道の研究・稽古をしていることは,古織会が家元制度をとっていること及び古織会の目的からして,他流派の茶道関係者も必然的に知っていることであり,また,外部の人に対して織部流の点前を披露し,織部流茶道について説明する等してきたことも,古織会の目的や他流派と合同で行うことが多かったことなどからすると(甲16の3,甲17の1,甲19の4),他流派の茶道関係者も当然に知っていたことであって,本件商標は,原告のセミナーの企画・運営又は開催に係る役務(他人の役務に係る役務)を表示するものとして,茶道関連の需要者の間に広く認識されていた。 (ウ) なお,「茶道の教授」と「セミナーの企画・運営又は開催」について別の類似群コードが特許庁により付されていることは,直ちに役務の類似性を否定する理由とはならない。特許庁の類似商品・役務審査基準を踏まえても,織部流の「茶道の教授,茶会の企画・運営又は開催」と織部流の「セミナーの企画・運営又は開催」は,類似する役務であるといえる。 イ 興行の企画・運営又は開催について (ア) 「興行」について,広辞苑には「催すこと」とあり,三省堂大辞林には「催す」とは「行事を企てて行う。開催する。」とあるから,本件審決で無効の主張が認められた指定役務である「茶道の教授,茶会の企画・運営又は開催」と「興行の企画・運営又は開催」は,類似の役務である。 また,人を集めて茶会や茶事を開催し,点前を披露すること,茶道の研究・稽古を行うことは,いずれも行事を企てて行う又は開催することであり,それらのこと自体が「興行」であるといえる。 (イ) 前記ア(ア)及び(イ)のとおり,古織会は,人を集めての茶道の研究・稽古,点前の披露及び茶会等の企画・運営又は開催を行っており,それらは他流派の茶道関係者の知るところであった。したがって,古織会が引用商標を用いて興行の企画・運営又は開催を行ってきたことが,茶道関連の需要者の間に広く認識されていた。 したがって,本件商標は,原告の興行の企画・運営又は開催に係る役務(他人の役務に係る役務)を表示するものとして,茶道関連の需要者の間に広く認識されていた。 (ウ) なお,「茶道の教授」と「興行の企画・運営又は開催」について別の類似群コードが特許庁により付されていることは,直ちに役務の類似性を否定する理由とはならない。特許庁の類似商品・役務審査基準を踏まえても,織部流の「茶道の教授,茶会の企画・運営又は開催」と織部流の「興行の企画・運営又は開催」は,類似する役務であるといえる。 ウ 図書及び記録の供覧,図書の貸与,書籍の制作について 古織会は,織部流の茶道の歴史や作法などを記した図書や書籍を多数制作しており(甲35〜37),これらは織部流茶道を勉強する者や茶道会の研究をする者たちに供覧され,時には貸与されてきた。特に,織部流の明治時代の師範であるGが記した「點茶活法」(甲24,25)は,織部流のバイブルであり,この明治時代の原書は,今も古織会では供覧又は貸与されている。H「お点前の研究:茶の湯44流派の比較と分析」の中にも,I「織部流點茶法茶道テキスト歴史編」との記載があるところ(甲2),Iは,原告である現家元の下で織部流の宗匠を務めている者であり,古織会の現会長である。 茶道のある流派が,当該流派の歴史や作法などを記した図書や書籍を制作し,それを門弟や茶道関係の需要者に供覧,貸与することは,茶道の教授を行うため,又は当該流派の普及を図るために当然に行われることであって,茶道関連の需要者の間の共通認識である。古織会においても,その理は同様である。 したがって,本件商標は,原告の図書及び記録の供覧,図書の貸与,書籍の制作に係る役務(他人の役務に係る役務)を表示するものとして,茶道関連の需要者の間に広く認識されていた。 エ 電子出版物の提供について 電子出版物の提供については,古織会又は原告はいまだ行っていないが,上記ウのとおり,古織会が織部流の紙媒体の図書の制作を行っており,それらを供覧していることは,茶道関連の需要者の間に広く認識されていた。 そして,電子出版物は,紙媒体の図書を電子化したものにすぎないから,本件商標を電子出版物の提供に使用した場合,原告の電子出版物の提供に係る役務(他人の役務に係る役務)を表示するものとして,茶道関連の需要者は認識するはずであり,また,広く認識されているものといえる。 さらに,インターネットが高度に発達した現代社会において,茶道関連の需要者は,織部流の紙媒体の図書を制作している原告が,織部流の電子出版物の提供も行っていると認識することが至極当然であることからも,上記のようにいうべきである。 オ 美術品の展示について (ア) 茶道(茶の湯)とは,単に抹茶を点てて飲むだけではなく,日本文化の多くが融合した総合芸術である。したがって,茶会においては,茶室には掛け軸,花器,香合などが飾られる。また,実際に点前等で使用する釜,水指,茶入,棗(なつめ),茶器,茶杓,菓子器といった道具についても,全て会記(茶会記とも呼ばれる。)に書き記され(甲12の2〜7),これらの道具を鑑賞することが茶会に参加する大きな目的となっている。これは,茶道関連の需要者の間の共通認識である。 したがって,本件商標は,原告の美術品の展示に係る役務(他人の役務に係る役務)を表示するものとして,茶道関連の需要者の間に広く認識されていた。 (イ) 指定役務である「美術品の展示」については,展示をすればよく,展示会を開催しなければならないものではない。 なお,織部好みの焼物,会席具は,文字どおり,古田織部が好んだとされる焼物,会席具などの道具の総称であって,茶道織部流とは関連性がない。また,「織部焼」と呼称される焼物は,桃山時代の慶長初期(1600年)頃,現在の岐阜県土岐市,多治見市付近で始まり,元和年間(1615年〜1624年)まで,主に瀬戸地方で生産された陶器を一般的に指すものであって,「織部焼」と茶道織部流とは全く異なる概念であって関連性がない。 (3) 本件商標が商標法4条1項7号に該当すること ア 前記(1)のとおり,「古田織部を祖とする茶道の流派」を意味する「織部流」は,歴史と伝統のあるもので,原告がその家元であると認識されている。 イ 被告代表者Bは,平成7年頃から織部流の師範であるJの下で織部流の茶道を学んでいた単なる一徒弟にすぎず(甲7),しかも,1,2年で織部流の門下生をやめた人物である。 その後,平成19年4月に,被告代表者Bから原告に電話があり,「再度,織部流茶道を学びたい」との依頼があったので,織部流の宗匠であるIが平成23年10月までの間指導したが,被告代表者Bの覚えが余りに悪いので,Iは,体調が悪いことを理由にそれ以上の指導を断ったもので,被告代表者Bに一度も許状を出しておらず,被告代表者Bは,茶道織部流についての何らの資格も持っていない。被告代表者Bが古文献に基づいて織部流茶道を復興したなどという事実はない。 被告及び被告代表者Bは,原告が織部流の家元であり,引用商標を用いて本件指定役務を行っていることを十分に知悉していた。 ウ 被告代表者Bが開催したという「没後四百年 古田織部展」 (甲8の1)は,織部好みの茶道具の展覧会であり,茶道としての織部流とは関係がない。また,被告代表者Bの講演についても,その内容は古田織部の人物像や歴史に関するもので(甲8の2),織部流の茶道に関する講演ではない。さらに,被告代表者Bは,平成29年4月1日,2日に「へうげもの花見茶会&演能」と題した催し(甲8の4)を開催したと主張しており,そのチラシの中で「織部流の茶会とともに,鼓と短い演目の謡を皆様に披露いたします。亭主は織部流茶人であり能楽師のKが務めます。」とあるところ,「K」は,織部流の茶人ではなく能楽師で裏千家の茶人である。 エ 被告代表者Bは,もともとは茶道具や古美術品を扱う古物商であり,その延長で古田織部美術館の館長として焼き物等の収集をしている。古田織部美術館は織部焼展示の施設であり,織部流茶道とは何らの関係もない。 また,被告のホームページに,平成21年まで岐阜県が主催していた「織部賞」について,その後,古田織部美術館が主催しているとの記載があるが,「織部賞」は,織部流茶道とは全く関係がなく,茶器に関する賞である。 オ しかるに,被告及び被告代表者Bは,古田家や古田織部と何の関係もないにもかかわらず,茶道織部流の何百年にもわたる伝統を承継する正当な根拠も理由もなく,あたかも自己が創設した茶道の流派であるかのように,これを独占しようとしている。 原告の師範であるLが,平成30年10月26日,京王百貨店新宿店で織部流の茶会を開催しようとした際,同百貨店に被告からと思われる文書が届き(甲21),同文書には「織部流茶の湯研究会(本部・京都市北区)しか,『織部流』は名乗れなくなりました。」との記載があり,「織部流」の名称を使用することを止める旨の記載があった。このように,被告は,原告や原告から「織部流」の名称の使用を許諾された師範代の正当な活動を阻害している。 カ 本件商標の登録は,原告が長年かけて使用してきた織部流の名称の使用権を剽窃するものであり,かつ,日本の茶道史を改ざんするような行為である。 したがって,本件商標の出願登録は,健全な法感情に照らし,条理上許されないというべきであり,商標法の目的(同法1条)にも反し,公正な商標秩序を乱すものというべきであるから,本件商標の出願当時,引用商標が周知されていたか否かにかかわらず,本件商標は, 「公の秩序又は善良な風俗を害するおそれがある商標」に該当するというべきであって,商標法4条1項7号に該当する。 5 被告の主張 (1) 引用商標が周知商標であること等について 原告が主張する事実は,いずれも知らない。ただし,引用商標と本件商標の類否については,特に争わない。 (2) 本件不成立役務が商標法4条1項10号に該当しないこと 引用商標は,本件指定役務の全部を表示するものとして,茶道関連の需要者の間に広く認識されていたものではない。 ア セミナーの企画・運営又は開催について 原告の主張は,独自の見解に基づくものにすぎない。実際, 「茶道の教授」と「セミナーの企画・運営又は開催」には,互いに別の類似群コードが特許庁により付されている。 イ 興行の企画・運営又は開催について 原告の主張は,独自の見解に基づくものにすぎない。実際,「茶道の教授」と「興行の企画・運営又は開催(映画・演芸・演劇・音楽の演奏の興行及びスポーツ・競馬・競輪・競艇・小型自動車競走の興行に関するものを除く。)」には,互いに別の類似群コードが特許庁により付されている。 ウ 図書及び記録の供覧,図書の貸与,書籍の制作について 仮に,原告の主張するように,茶道のある流派が当該流派の歴史や作法等を記した図書や書籍を制作し,それを門弟や茶道関係の需要者に供覧,貸与することについての共通認識が茶道関連の需要者の間にあったとしても,そのような書籍の制作等は,あくまで茶道の教授又は普及活動の一環として行われるものにすぎない。したがって,引用商標が原告の図書及び記録の供覧,図書の貸与,書籍の制作に係る役務(他人の役務に係る役務)を表示するものとして,茶道関連の需要者の間に広く認識されていたとはいえない。 エ 電子出版物の提供について 原告の主張は,証拠に基づかないものであって,理由がない。 オ 美術品の展示について 仮に,原告の主張するように,道具鑑賞が茶会参加の目的に含まれたところで,参加者が集うのは,あくまで「茶会」であって「道具の展示会」でないことが明らかである。 (3) 本件商標が商標法4条1項7号に該当しないこと 原告の主張は,否認し,争う。 被告及び被告代表者Bは,本来の古田織部の茶法を行うものとして織部流茶法を復興したもので,その点より「織部流」という名称を使用する資格を有する以上(甲28〜31),剽窃といわれる筋合いはない。本件商標登録出願の経緯に社会的相当性を欠くものがあり,登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ない場合であることを具体的に示す証拠はない。提出された証拠に基づく限り,本件が当事者間の私的領域における争いにとどまることは明らかであり,商標法が予定する公正な取引秩序を害する公益的事情はない。 |
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当裁判所の判断
1 認定事実 括弧内に掲記する証拠及び弁論の全趣旨によると,次の各事実が認められる。 (1) 茶道の一流派である織部流について ア Mほか編「日本の茶家」株式会社河原書店(昭和58年12月15日発行。甲1)には,Fの著による「織部流」という項目が設けられており,同項目には,次の旨の記載がある。 (ア) 流祖古田織部は,美濃の国の武士で,織田信長,豊臣秀吉に仕え,太閤秀吉の茶の湯指南や徳川将軍家の茶道師範を務めたが,大坂夏の陣のときに切腹を命じられ,一家断絶となった。織部流の作法は,義弟であるNが相伝して代々古田家の秘伝とされた。その後,古田家14代(織部流14世)D(以下「14世D」ということがある。)が織部流茶道の復興に努め,明治31年に茶道温知会を起こして,流祖正伝の茶道を多くの弟子に教授した。 (イ) 織部流に伝わる茶道には,侘茶法と式正茶法の両伝があるが,その作法を14世Dから伝授され奥儀を許されたのは,実子O,G及びPであったところ,14世DはOを織部流15世Oとした。Gは,14世Dから両伝を受け,点茶活法」 「を刊行し,弟子のQはGから侘茶法のみを受け,後にR,S及び興聖寺に伝わった。 Pは,14世Dから式正茶法を受け,その弟子のTは,15世Oから,織部流16世T(以下「16世T」ということがある。)とされた。16世Tは,興聖寺の住職であるFに茶法を伝授して,織部流17世Fとした。興聖寺の織部流家元では,16世Tの式正茶法とGから伝わる侘茶法の両伝がある。 (ウ) 織部流茶道の侘茶法「草庵の茶」は,古田織部が千利休から学び受けたもので,古田織部の茶書である「織部百ケ条」の内容は,利休百ケ条とほとんど同じであり,そのことに関する記述が弟子の小堀遠州の茶書等にもみられる。他方,式正茶法「書院および広間の茶」は,古田織部が新しく創案したものであり,古田織部の茶書である「古織喫茶録」には,式正茶法に草庵の茶の精神をもって織部流茶道の真意とする旨等が記載されている。なお,古田織部の作意については,当時の茶書「宗湛日記」などにも記載がみられる。 (エ) 興聖寺は,古田織部が慶長8年に天海僧正の高足U和尚を開山として創立させたもので,元禄14年に臨済宗に転じて薫龍派の本山興聖禅寺として数十か寺の末寺を有するに至った。昭和初期に,先の住職であるV老師,W家元の努力により,古田織部の祥月命日である6月11日に献茶が行われ,現在なお引き継がれている。なお,古田織部とその妻や男子らは,興聖寺に葬られている。 イ H著「お点前の研究 茶の湯44流派の比較と分析」大隅書店(平成27年3月30日発行。甲2)の「第1章 調査対象流派および点前の分析方法」においては,千家系,有楽系,南坊系などと並び,「Eグループ・その他」(同じ系統に属する流派のうち三つに満たない流派しか調査することができなかった場合で,より上位の系統にグループに位置づけられない場合に分類されるグループ)の一つに,「織部流(EO)」が分類された上で,織部流について,次の旨の記載がある。 (ア) 織部流は,千利休の弟子古田織部を流祖とする流派であり,14代はD,15代はO,16代はT,17代はF,18代はX′である。 (イ) Fの「織部流」(前記ア)の内容は,一般に理解されている古田織部及び織部流のイメージとはやや異なる面がある。 Iの「織部流點茶法茶道テキスト歴史編」などにより,織部流自身の考え方を補足説明する。織部流には,草庵茶法(千利休から学んだ侘茶法),古法式正(しきしょう)茶法(古田織部が徳川秀忠の茶の湯師範となる際にCから学んだ室町時代の古儀式茶法)及び式正(しきせい)茶法(式正茶式法)(近代にPが古法式正茶法を改良したもの)がある。11代A1は,古田家に伝わる教えと,筑前福岡藩にA2を送り伝授を受けさせた古織伝茶技法や,長門萩藩及び阿波徳島藩に伝わる古田織部の教えとを併せて整理し,草庵茶法及び古法式正茶法から成る「古織流」を成立させた。その後,14代Dは,明治31年に茶道温古会を設立し,古織流を織部流と改称して一般に教授した。同人とその門下であるGは,草庵茶法及び古法式正茶法を整理改良し,それが現在の織部流の教えとなっている。Pは,古法式正茶法から式正茶法を考案し,Tはこの教えを更に改良して式正織部流と称した。現在の織部流に式正茶法が備わるのは,式正織部流から導入したためである。Tが始めた式正織部流は,Tを称するT家を家元として受け継がれている。 本書は,他流派との関係から草庵茶法を調査対象とした。ただし,織部流という場合,茶碗台を用いる式正茶法が一般に知られているので,その成立過程を含めて説明した。 なお,以上は織部流が説くところであり,Tがその著書である「流祖古田織部正と其茶道」に記す内容とはやや異なる。また,これらの他にも織部流家元があると聞く。 ウ 啓草社発行の「茶湯手帳」の昭和60年版(甲3の1)及び平成18年版(甲3の2)には,「織部流」と題して,興聖寺の所在地が記載された上で,初代(古田織部重勝)からの系譜が記載され,17代は「F」,18代は「X″」であるとの記載がある。 エ 株式会社宮帯出版社を発行所とする「茶湯手帳」(発行者は被告代表者Bである。)では,平成20年版(初版。甲3の3)においては,興聖寺を所在地とし,17代をF,18代を「X″ X′」とする流派が「織部流」とは別の「織部流(古織会)」として記載されていたが,その平成30年版(甲3の4)においては,興聖寺を所在地とする織部流は記載されなくなっている(甲31)。 (2) 茶道の一流派である織部流の活動について ア 京都茶道団体懇話会に関する活動 (ア) 昭和46年に創立された京都茶道団体懇話会は,三千家を始めとする茶道の各流派から構成される団体であるところ,織部流の師範であるSがその創立時から織部流として,理事役員を務めていたほか,昭和50年以降,同じく織部流の師範であるIが織部流として,理事,理事長及び会長を歴任している(甲12の1)。 (イ) 京都茶道団体懇話会事務局発行の「茶会記録」(平成28年11月頃発行。平成30年12月1日再発行。甲12の1)には,Iや同じく織部流の師範であるLが織部流として席主を務めた茶会や興聖寺で行われた茶会の記載として,第50回(平成8年4月29日。Iが席主),第53回(平成9年11月3日。興聖寺。Iが濃茶席主),第63回(平成14年11月3日。Lが薄茶席主),第67回(平成16年11月7日。興聖寺。IとLが濃茶席主),第69回(平成17年11月6日。興聖寺),第75回(平成20年11月3日。興聖寺。Iが席主),第78回(平成22年5月9日。Iが席主),第80回(平成23年4月29日。 興聖寺),第87回(平成26年11月3日。興聖寺。古田織部の400回忌追法要 供茶式。Iが薄茶席主)の各茶会の記載がある。 (ウ) 上記の茶会についての「会記」(第53回は甲12の2,第63回は甲12の3,第67回は甲12の4,第75回は甲12の5,第78回は甲12の6,第87回は甲12の7)には,掛物,花器,香合,茶碗その他茶道具について,その製作者や様式等の特徴が記載されている。その他,第53回の「会記」(甲12の2)には,茶礼席の説明や,「十一月と織部の道具」と題した11月と緑色を連想させる織部の道具との関連についての記述があるほか,第87回の「会記」(甲12の7)には,織部流の点前を説明する簡易な記述がある。 イ 茶道文化会に関する活動 (ア) 昭和22年に創立された茶道文化会は,三千家を始めとする茶道の各流派の宗匠が茶会等を行う組織であるところ,昭和50年以降,Iが織部流として理事及び理事長を歴任している(甲13)。 (イ) 茶道文化会事務局発行の「創立70周年記念 平成29年度 茶道文化会茶会記録」(思い出の茶会記録。平成29年3月1日発行。発行者はA3,校訂者はI。甲13)には,S及びIが織部流として席主を務めた茶会や興聖寺で行われた茶会の記載として,第28回(昭和24年6月11日。興聖寺),第52回(昭和26年5月13日。興聖寺),第125回(昭和32年6月9日。興聖寺),第242回(昭和42年5月14日。興聖寺),第304回(昭和47年11月15日。興聖寺),第320回(昭和49年5月12日。興聖寺),第325回(同年10月13日。興聖寺),第329回(昭和50年3月9日。Sが席主),第334回(同年8月17日。Sが席主),第336回(同年10月12日。興聖寺),第343回(昭和51年6月13日。興聖寺),第354回(昭和52年6月12日。興聖寺。Sが濃茶席主),第370回(昭和53年11月12日。興聖寺),第379回(昭和54年9月9日。興聖寺。Sが席主),第403回(昭和56年11月15日。興聖寺),第414回(昭和57年11月14日。興聖寺),第416回(昭和58年2月13日。興聖寺),第425回(同年11月13日。興聖寺),第441回(昭和60年6月16日。興聖寺),第468回(昭和63年6月12日。興聖寺。Iが席主),第489回(平成2年12月9日。興聖寺。Iが席主),第522回(平成6年9月18日。Iが席主),第538回(平成8年4月21日。興聖寺。Iが席主),第545回(平成9年3月9日。Iが薄茶席主),第556回(平成10年6月14日。Iが濃茶席主),第652回(平成24年3月25日。興聖寺。Iが抹茶席主)の茶会の記載がある。 ウ 興聖寺における年中行事 興聖寺においては,平成25年から平成31年までの間,織部流古織会が関わる年中行事として,初釜・新年会,開山忌,織部忌(ただし,平成28年,平成29年を除く。),達磨忌などが行われ,供茶,法要,茶会等のほか,織部流の免状や看板の授与式が行われていた(甲22の1〜7,甲27,31)。 エ 織部流の師範による茶会等の活動 (ア) Iは,NHKの放送番組「歴史秘話ヒストリア」の「“ひょうきん”に命がけ 〜戦国武将・古田織部 美の革命〜」と題する回(アナログ放送)で茶道監修を務めたほか,同じくNHKの放送番組「堂々日本史」の「戦国の世を茶の湯で生き抜け 〜武将・古田織部〜」と題する回(アナログ放送)で資料提供をし,織部流に属する資料提供者として紹介された(甲14,15)。 (イ) Lは,いずれも京王百貨店新宿店において,A4作及びA5の各作品を取り扱った茶陶展で,平成30年3月17日に,A6作の作品を取り扱った茶陶展で,同年7月14日に,A7作の作品を取り扱った茶陶展で,同年10月12日に,それぞれ添釜を行った(甲10,甲16の1・2)ほか,同年11月18日,仙台市で開催された「武家の茶の湯を楽しむ会」主催の「第2回 仙台藩の武家茶道 ―織部流・小堀遠州流・石州清水流―」と題するイベントの参加流派の一つとして,薄茶席を提供した(甲16の3)。 (ウ) 織部流の師範であるA8は,平成9年当時,神奈川県秦野市(以下,単に「秦野市」という。)にある秦野茶道協会の会員であり,同人が同協会の織部流に属する会員であることが,秦野市文化団体協議会により同年10月31日に発行された「文化はだの」に掲載されている。(甲17の1) 織部流の師範であるA9は,昭和50年10月から平成10年10月までの間に,神奈川県内において,12回にわたり,茶会を開催した(甲17の2〜13)。 織部流の師範であるA10は,平成18年3月から平成30年10月までの間に,秦野市において,3回にわたり,茶会を開催した(甲17の14〜16)。 (エ) 織部流の師範であるA11は,古田織部の出生地であるとされている岐阜県本巣市(以下,単に「本巣市」という。)において,平成11年5月に「織部流みどりの会」を創設し,以後,同市内を中心とする岐阜県内や周辺の県内で,織部流として茶会を開催したり茶道の教室を開くなどしており,開催された茶会の「会記」等には,掛物,香合,花器,茶碗その他茶道具について,その製作者や様式等の特徴が記載されている(甲19の2・5・6・8)。また,A11は,平成17年4月22日に岐阜県内で開催された財団法人セラミックパーク美濃主催の「織部大茶会」で席主を務めた。同茶会の「会記」には,掛物,香合,花器,茶碗その他茶道具について,その製作者や様式等の特徴が記載されており,また,同茶会の案内資料には,末尾にIの記名のある「織部茶道四百年の概略」と題する織部流の歴史を簡略に記載した資料が含まれている(甲19の4)。A11の活動は,平成22年11月20日,「中日岐阜ホームニュース ほたる通信」(甲19の2)で紹介されたところ,同記事においては,「古田織部ゆかりの地で活動 茶道織部流を伝える 織部流みどりの会」,「古田織部正重然を始祖とする茶道織部流の魅力とは?」,「本巣市ゆかりの戦国武将で,茶人でもあった古田織部を始祖とする茶道織部流。」などと記載されている。 本巣市の観光協会が平成29年5月6日に「道の駅 織部の里もとす」で開催した古田織部の功績をしのぶ第6回目の「顕彰茶会」において,織部流の関係者が点前を披露し,それが,同年6月,「広報もとす」で紹介された(甲19の3)。 なお,本巣市の「道の駅織部の里もとす」には「織部展示館」があり,古田織部や織部焼や茶道に関連する資料,織部流茶道の伝書などが展示されている(甲19の2・3)。 (オ) 織部流の師範であるA12は,平成25年10月5日,岐阜県大垣市において,織部流として茶会を行った(甲19の7)。 (カ) 岐阜県は,平成15年10月20日から,アメリカのニューヨークで「オリベ2003inNY」を開催したところ,その一環として国連本部近くのジャパンソサエティで開催された「オリベ自由茶会」において,A11を含む織部流の関係者は,同月22日には,織部流として,茶会を開催した(甲20の1〜3)。 また,岐阜新聞では,平成26年に,岐阜県本巣市と福井県越前市の友好都市提携20周年を記念して行われた観桜会で,織部流岐阜支部(A11代表)が茶会を開催したことが報道された(甲19の1)。 オ 織部流の師範等による点前等に関する著作 (ア) Gは,織部流の系譜や点前等を記載した「各傳比較 點茶活法」を著述し,明治35年に発行された(甲24,25)。 (イ) Iは,織部流の茶道に関する「茶道テキスト壱」を著述し,それに続く二冊目のテキストとして「織部流點茶法・弐」を著述した(甲35)。後者は,上記(ア)の「各傳比較 點茶活法」その他,古田織部を祖とする茶道の内容が記載された書物の内容を踏まえたもので,平成20年11月11日に織部流古織会により発行された(甲35)。 その後,Iは,織部流の五冊目のテキストとして「織部流點茶法」 (甲36はその抜粋)を著述し,その初版が私家版として平成27年7月11日に織部流古織会により発行された(甲36)。 また,Iは,織部流のテキストの歴史編として「武将古田織部正 織部流の歴史」を著述し,これが私家版として平成27年6月11日に発行された(甲37)。 (3) 原告及び被告について ア(ア) 原告は,昭和57年5月19日以降,法人興聖寺派の代表役員を務めている(甲23)。 (イ) 原告は,遅くとも平成14年1月以降,古織会の会則(甲4)を踏まえ,織部流18代の「X″」の名義で,複数の者に対し,師範の免状や「織部流 茶道教授」である旨の木製の看板(甲5の1〜3,甲6の1〜5)を授けてきた。なお,原告は,織部流の活動に関しては,「X″」や「X’」の名を用いることがある。 イ 被告は,「茶の湯文化の振興かつ発展及び武人茶人・古田織部の顕彰に関する事業を行い,不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与することを目的とするとともに,その目的に資するため」,次の事業を含む事業を行うものとして,平成29年7月7日に設立された一般財団法人である(甲32)。 (ア) 美術品・茶道具・その他文化財の,@展示及び活用,A収集,保管及び修復並びにB調査及び研究 (イ) 茶の湯文化の発展かつ振興のため,@呈茶,茶会・茶事,茶道教室の開催及び茶室の貸出,A茶室の研究・調査・建設・移設・修復,B山荘及び庭園の活用並びにC出張茶会・茶事の開催 2 商標法4条1項10号該当性について (1) 引用商標の周知性について 前記1の各認定事実(特に前記1(1)ア〜ウ,(2)ア,イ,エ)によると,引用商標である「織部流」は,「古田織部を祖とする茶道の流派」を示すものであって,第17代をFとするものとして,遅くとも昭和60年頃までには,需要者である茶道の愛好者等の間で広く認識されていたものと認められる。 そして,前記1の各認定事実(特に前記1(1)イ〜エ,(2)ア〜エ,(3)ア)によると,引用商標は,本件商標の登録出願時及び登録査定時には,少なくとも「茶道の教授,茶会の企画・運営又は開催」についての原告の業務に係る役務を表示するものとして,茶道愛好者等の需要者の間で広く認識されていたものと認められる。 (2) 本件商標と引用商標との類否について 本件商標と引用商標は,いずれも「織部流」の文字から成るもので,両者の称呼は同一であって,外観は同一又は類似のものである。そして,観念については,本件商標も引用商標と同じく,「古田織部を祖とする茶道の流派」の観念を生ずるものと解される。したがって,本件商標と引用商標とは,同一又は類似するものである。 (3) 本件不成立役務について ア セミナーの企画・運営又は開催について (ア) 「セミナー」は,「ゼミナール」と同義で,「大学の教育方法の一つ」のほか「一般に,講習会」を意味する語であり(「広辞苑 第六版」株式会社岩波書店1582頁),「講習」は,「学芸・技芸などを研究し練習すること。また,その指導をすること。」を意味する語である(同942頁)。 (イ) 前記(1)のとおり,引用商標は,原告の業務に係る「茶道の教授」の役務を表示するものとして周知であったところ,「茶道の教授」は,上記(ア)の「講習会」の形式で行われることも十分に考えられるから,「セミナーの企画・運営又は開催」は,「茶道の教授」と類似の役務であると認められる。この点,規模等は不明であるが,A11が織部流の茶道教室を開いていた事実が認められる(前記1(2)エ(エ))ところであり,また,一般に,茶道の教授のために数多くの茶道教室が運営等されていることは,公知の事実である。 これに対し,「茶会の企画・運営又は開催」については,茶会の主たる目的は,一般に,茶自体のほか,茶会という場やそこに顕された世界観や文化を楽しむことにあると解され,そのような茶会が上記(ア)の「講習会」に当たるとはいえないから,「セミナーの企画・運営又は開催」が「茶会の企画・運営又は開催」と同一又は類似の役務であるということはできない。 イ 興行の企画・運営又は開催について (ア) 「興行」は,「催すこと」,「おこしたてること。創建」,「客を集め,入場料をとって演劇・音曲・相撲・映画・見世物などを催すこと」を意味する語である(前記「広辞苑 第六版」932頁)。 (イ) 上記ア(イ)で指摘した点を踏まえても, 「興行の企画・運営又は開催」が直ちに「茶道の教授」と同一又は類似の役務であるとは認められない。 これに対し,「茶会の企画・運営又は開催」については,「茶会」は「興行」の一種とみられるところである。そして,本件指定役務のうち「興行の企画・運営又は開催(映画・演芸・演劇・音楽の演奏の興行及びスポーツ・競馬・競輪・競艇・小型自動車競走の興行に関するものを除く。)」は,括弧書きで明記された興行に関するものを除く「興行」を幅広く含むものであり,そこには,茶会のみならず,茶道に関する他の態様の「興行」も含まれるといえる。そうすると,「興行の企画・運営又は開催」は,「茶会の企画・運営又は開催」と同一又は類似の役務であると認められる。 ウ 図書及び記録の供覧,図書の貸与,書籍の制作について (ア) 「供覧」は,「観覧に供すること。多くの人が見られるようにすること」を意味する語であり(前記「広辞苑 第六版」740頁),「観覧」は,「絵や芝居や風景などを見物し,あるいは眺めること」を意味する語である(同651頁)。 (イ) 前記1(特に前記1(1)ア(イ),イ(イ),(2)オ)の各認定事実からすると,織部流の家元や師範が書籍や記録その他の著作物を制作したことが認められるとともに,必要に応じて,そのような著作物は,貸与されたり,上記(ア)の「供覧」をされることによって第三者に提供されたことが推認される。 したがって,本件商標の登録出願時及び登録査定時において,引用商標は,「図書及び記録の供覧」,「図書の貸与」及び「書籍の制作」の役務について使用されていたというべきであり,それらについての原告の業務に係る役務を表示するものとして,周知であったものと認められる。 (ウ) これに対し,被告は,原告の主張する書籍の制作等は,あくまで茶道の教授又は普及活動の一環として行われるものにすぎないと主張するが,そのような事情があるからといって,引用商標が書籍の制作等の役務について用いられていなかったとはいえない。 エ 電子出版物の提供について 本件商標の登録出願時及び登録査定時において,引用商標が「図書及び記録の供覧」,「図書の貸与」及び「書籍の制作」についての原告の業務に係る役務を表示するものとして周知であったというべきことは,前記ウで認定判断したとおりであるところ,「電子出版物の提供」は「図書及び記録の供覧」や「図書の貸与」と類似の役務であるというべきである。 オ 美術品の展示について (ア) 「展示」は,「品物・作品をならべて一般の人々に見せること」を意味する語である(前記「広辞苑 第六版」1944頁)。 (イ) 原告は,茶道が日本文化の多くが融合した総合芸術であり,掛け軸,花器,香合や茶器その他の道具を鑑賞することが茶会に参加する大きな目的であるから,「美術品の展示」をしている旨を主張する。 しかし,前記1(特に前記1(2)ア(ウ),エ(エ))の各認定事実によると,引用商標である織部流を使用して行われてきたものは,あくまで茶会であって,「美術品の展示」とは異なるものというべきである。したがって,原告が引用商標について「美術品の展示」をしているとはいえないし,「美術品の展示」が「茶道の教授」や「茶会の企画・運営又は開催」と同一又は類似の役務であるということもできない。 (4) まとめ 以上によると,本件商標の登録出願時及び登録査定時において,引用商標は,本件不成立役務のうち「図書及び記録の供覧」,「図書の貸与」及び「書籍の制作」についての原告の業務に係る役務を表示するものとして周知であり,また,「セミナーの企画・運営又は開催」は,引用商標に係る原告の「茶道の教授」の役務と類似の役務,「興行の企画・運営又は開催」は,引用商標に係る原告の「茶会の企画・運営又は開催」の役務と同一又は類似の役務,「電子出版物の提供」は,引用商標に係る原告の「図書及び記録の供覧」及び「図書の貸与」の役務と類似の役務であると認められるから,本件商標の本件不成立役務のうち上記各役務についても,商標法4条1項10号に該当するものとして,登録を無効とすべきである。 なお,被告は,類似群コードについて主張するが,類似群コードは,それ自体類似との推定に係るものにすぎない上,審査官の審査の基準であって,裁判所がこれに拘束されることはないから,上記判断を左右するものではない。 3 商標法4条1項7号該当性について (1) 商標法4条1項各号は,商標登録を受けることができない商標として,相当数の類型を規定しているのであって,同項7号において,「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」がその一類型として規定されているのは,他の号に当てはまらなくてもなお商標登録を受けることができないとすべき商標が存在し得ることを前提に,一般条項をもって,そのような商標の商標登録を認めないこととしたものであると解されるから,同号の適用は,その商標の登録を社会が許容すべきではないといえるだけの反社会性が認められる場合に限られるべきである。 (2) 既に認定判断したとおり,本件商標は,多くの指定役務について,商標法4条1項10号に該当するものである。また,証拠(甲7,27,28)及び弁論の全趣旨によると,被告代表者Bは,原告が家元である織部流に入門したことがあると認められるから,被告代表者Bは,本件商標について商標法4条1項10号に該当する事由があることを認識していたものと認められる。 しかし,本件商標は,これら商標法4条1項10号に該当するものについては,そのことを理由に無効とされるのであり,その余の指定役務である「美術品の展示」について,本件商標の登録を許容すべきでないといえるだけの反社会性があるというべき事情を認めるに足りる証拠はない。 (3) これに対し,原告は,被告及び被告代表者Bが,古田家や古田織部と何の関係もないにもかかわらず,茶道織部流の何百年にもわたる伝統を承継する正当な根拠も理由もなく,あたかも自己が創設した茶道の流派であるかのように,これを独占しようとしているなどと主張するが,上記のとおり,「美術品の展示」を除く役務について本件商標は無効であるので,被告が茶道について織部流を独占することにはならない。 上記に関し,原告は,Lが織部流の茶会を開催しようとした際に織部流の名称の使用の中止を求める平成30年10月26日付け「お知らせ」と題する書面(甲21)が届いたと主張するが,同書面の差出名義人である「A13」が被告又は被告の意を受けた者であるとは直ちには認め難い。 また,原告は,被告代表者Bが関係した展示会や催し,同人の講演,同人の経歴や「織部賞」について主張するが,これらの主張は上記(2)の判断を左右するものではない。さらに,本件審判請求の際の被告代表者Bの陳述書(甲28)についても,審判において被告代表者Bが自己の言い分を記載したものにすぎず,上記(2)の判断を左右するものではないし,原告が提出する被告代表者Bにだまされていた旨の記載のあるKの陳述書(甲40)や,本件審判請求において提出された同人名義の陳述書(甲29)のほか,被告代表者Bを発行者とする「茶湯手帳」の記載(前記1(1)エ)も,上記(2)の判断を左右するに足りるものではなく,その他,本件商標の登録を許容すべきでないといえるだけの反社会性があるというべき事情を認めるに足りる証拠はない。 4 小括 以上によると,本件審決のうち,「セミナーの企画・運営及び開催」,「電子出版物の提供」,「図書及び記録の供覧」,「図書の貸与」,「書籍の制作」及び「興行の企画・運営又は開催(映画・演芸・演劇・音楽の演奏の興行及びスポーツ・競馬・競輪・競艇・小型自動車競走の興行に関するものを除く。)」の役務について商標法4条1項10号に該当しないとした範囲で,原告の主張する取消事由には理由があると認められる。その余の原告の主張は理由がない。 |
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結論
よって,前記第3の4の範囲で原告の請求を認容することとし,その余は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。 |
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(別紙)商標目録1登録商標2登録番号第5986804号3出願日平成28年7月26日4査定日平成29年9月21日5登録日平成29年10月6日6指定役務第41類茶道の教授,セミナーの企画・運営又は開催,電子出版物の提供,図書及び記録の供覧,図書の貸与,美術品の展示,書籍の制作,茶会の企画・運営又は開催,興行の企画・運営又は開催(映画・演芸・演劇・音楽の演奏の興行及びスポーツ・競馬・競輪・競艇・小型自動車競走の興行に関するものを除く。) |
裁判長裁判官 | 森義之 |
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裁判官 | 佐野信 |
裁判官 | 中島朋宏 |