運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 不服2021-16353
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙1PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙2PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙3PDFを見る pdf
事件 令和 4年 (行ケ) 10122号 審決取消請求事件

原告株式会社北都
同訴訟代理人弁護士 戸川委久子
被告特許庁長官
同 指定代理人須田亮一 豊瀬京太郎 清川恵子 綾郁奈子
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2023/03/09
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が不服2021−16353号事件について令和4年10月21日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文同旨
事案の概要
本件は、商標登録出願の拒絶査定についての不服審判請求を不成立とした審決の取消訴訟であり、争点は、原告の登録出願に係る商標が、商標法4条1項11号に該当するか否かである。
1 本願商標 原告は、以下の商標(以下「本願商標」という。)の出願人である(甲1、乙1)。
(1) 商標の構成 (2) 出願日 令和2年2月26日 (3) 商品及び役務の区分並びに指定商品 第29類 レトルトパウチされた調理済みカレー、カレーのもと、即席カレー、カレーを使用してなる肉製品、カレーを使用してなる加工水産物、カレーを使用してなる加工野菜及び加工果実、カレーを使用してなるなめ物 2 特許庁における手続の経緯 原告は、令和2年2月26日、本願商標の登録出願をしたが、令和3年9月1日付けで拒絶査定を受けた。
原告は、同年11月30日、上記拒絶査定につき、拒絶査定不服審判(以下「本件審判」という。)の請求をした。特許庁は、同請求を不服2021-16353号事件として審理した上、令和4年10月21日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、同年11月2日、
原告に送達された。
3 本件審決の理由の要点 (1) 本願商標 本願商標は、
「朔北カレー」の文字を横書きしてなり、前記1(3)の商品を指定商品として、登録出願されたものである。
(2) 引用商標 原査定において、本願商標が商標法4条1項11号に該当するとして、本願の拒絶の理由に引用した登録第5787174号商標(以下「引用商標」という。)は、
「サクホク」の文字を標準文字で表してなり、平成27年4月23日登録出願、第29類「乳製品、肉製品、加工水産物、加工野菜及び加工果実、油揚げ、凍り豆腐、
こんにゃく、豆乳、豆腐、納豆、加工卵、カレー・シチュー又はスープのもと、レトルトパウチされたカレー・シチュー・みそ汁・スープ、豆」及び第30類に属する商標登録原簿記載のとおりの商品を指定商品として、同年8月21日に設定登録され、現に有効に存続しているものである。
(3) 商標法4条1項11号該当性について ア 本願商標の構成中「朔北」の文字は「北。北方。」等の意味を有する語(「広辞苑第七版」株式会社岩波書店)であるものの、我が国において一般に親しまれた語とはいい難いものであって、直ちに特定の意味合いを想起させることのない一種の造語として認識されるものである。また、
「カレー」の文字は「カレー粉を用いて作った料理。」等の意味を有する語(前掲書)である。
特定の意味合いを想起させることのない一種の造語として認識される「朔北」の文字は、本願の指定商品との関係においては、
「カレー」の文字よりも自他商品の識別力が高く、取引者、需要者に対して強く支配的な印象を与えるものといえる。そうすると、本願商標の構成中、
「朔北」の文字部分と「カレー」の文字部分とを、分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているとは認められないから、本願商標から「朔北」の文字部分を要部として抽出し、この部分のみを他人の商標(引用商標)と比較して商標そのものの類否を判断することも許されるというべきである。
したがって、本願商標は、全体の構成文字に相応して生じる「サクホクカレー」の称呼のほかに、その要部である「朔北」の文字部分(以下「本願要部」ということがある。)に相応して、「サクホク」の称呼を生じ、特定の観念を生じないものである。
イ 引用商標は、
「サクホク」の文字を標準文字で表してなるところ、当該文字は辞書等に掲載のないものであって、特定の意味合い想起させることのない一種の造語と認識されるものである。
したがって、引用商標は、その構成文字に相応して、「サクホク」の称呼を生じ、
特定の観念を生じないものである。
ウ 本願要部と引用商標とを比較すると、外観については、構成文字の種類及び数において差異を有するものであるものの、両者はともに一般的な書体で表されたものである。
次に、称呼については、両者は共に「サクホク」の称呼を生じるから、両者は称呼において同一である。
そして、観念については、共に特定の観念を生じないものであるから、両者は観念において比較することができない。
以上からすると、本願要部と引用商標とは、外観においては、両者は、文字の種類が漢字と片仮名とで異なり、文字数も相違するものであるが、ともに一般的な書体で表されているものであって、称呼においては、本願要部と引用商標から生じる「サクホク」の称呼を共通にするものであり、観念においては、両者は、いずれも特定の観念を生じないから、比較することができないものである。
そして、商標の使用においては、商標の構成文字を同一の称呼が生じる範囲内で漢字、片仮名及びローマ字等の文字の種類を相互に変換して表記することが我が国において一般的に行われている取引の実情があることに加え、特定の観念を有しない文字商標においては、観念において商標を記憶できず、称呼において記憶し、これを頼りに取引に当たることが少なくないというのが相当である。
以上によれば、本願要部と引用商標は、両者の外観が相違し、観念において比較できないとしても、上記取引の実情を考慮すると、これが、取引上必要な役割を果たす称呼についての共通性を凌駕するほどには顕著なものとは認められないものであるから、本願商標と引用商標は、その外観称呼及び観念によって、取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合し、取引の実情を踏まえつつ全体的に考察すると、商品の出所について誤認混同を生ずるおそれのある類似の商標と判断するのが相当である。
したがって、本願商標と引用商標とは、互いに紛れるおそれのある類似の商標と 判断するのが相当である。
エ 本願の指定商品中「レトルトパウチされた調理済みカレー、カレーのもと、
即席カレー」と引用商標の指定商品中「カレー・シチュー又はスープのもと、レトルトパウチされたカレー・シチュー・みそ汁・スープ」とは、その需要者、原材料、
用途、販売場所、流通経路等を共通にするものであるから、両商品は同一又は類似の商品である。また、本願の指定商品中「カレーを使用してなる肉製品、カレーを使用してなる加工水産物、カレーを使用してなる加工野菜及び加工果実」は、引用商標の指定商品中「肉製品、加工水産物、加工野菜及び加工果実」に含まれるものであるから、両商品は同一又は類似の商品である。
オ 本願商標と引用商標とは、互いに紛れるおそれのある類似の商標であり、かつ、本願の指定商品は、引用商標の指定商品と同一又は類似のものである。
したがって、本願商標は、商標法4条1項11号に該当する。
当事者の主張
1 原告が主張する審決取消事由(商標法4条1項11号該当性判断の誤り) (1) 本件審決は、本願商標を「朔北」と「カレー」に分離観察し、
「朔北」が特定の意味合いを想起しない一種の造語と認識されるものであって本願商標の要部に当たるとして、当該部分を引用商標と比較した上で、当該部分と引用商標が類似すると判断したが、この判断には、次のとおり、
「朔北」の語義及び分離観察を行った点において誤りがある。なお、本件審決の本願商標の指定商品と引用商標の指定商品の類否に係る判断については、おおむね認める。
(2) 本願商標について ア 「朔北」の語義について 本件審決は、「朔北」の語が「我が国において一般になじまれた語とは言い難い」として、
「直ちに特定の意味合いを想起しない一種の造語として認識されるもの」と判断したが、誤りである。
「朔北」の語は、一般的国語辞典の代表である平成30年発行の「広辞苑第七版」 (甲6)のみならず、
「幅広い読者層の要望に応じられる小辞典」たる国語辞典(甲7)や「現代人の言語生活に欠かせない語を厳選」した国語辞典(甲22)その他の国語辞典(甲27〜33)に加え、各種漢和辞典(甲8、9)にも掲載されている熟語である。具体的には、「朔北」の語義は、「北。北方」「北方の地。特に、中国 、
の北方にある辺土」(甲6、22)とされるほか、「きた。北方。特に中国の北方に連なる辺境地方」(甲7)「北。北方。北方の辺境の地」 、 (甲8)「北の方角。「中 、 」国北西の異民族の地」(甲9)とされる。
しかも、表意文字である漢字で表記されており、日本人であれば、構成漢字の意味から「北方」や「荒涼たる北の辺地」「北方の辺境の地」といったイメージを持 、
つことは十分可能である。なお、「朔」は、国語辞典では、( 「「朔」は北の方角)、
」「太陰暦の一日(注:ついたち)、
」「新月」 (甲6)「月の第一日。ついたち。新月」 、 、
「北方」等とされ(甲7)、萩原朔太郎の名や果物の「八朔」でも用いられ、親しまれている文字である。
「北」は、
「四方の一つ。日の出る方に向かって左の方向」 (甲6)「方角の一。北極点への方角」 、 (甲7)等のように、方角の北を指す語である。
「世界的なゲームシリーズの一つ」である「ファイナルファンタジーシリーズ」(甲10)の「ファイナルファンタジーXI」 (甲11)のイベントクエストにおいて、
「朔北の爪牙」 (甲12、13)の名称が用いられ、
「北方へ出兵」するイベントが用意されている(甲12)。また、「清の初代皇帝、英雄・ヌルハチの生涯」を描いた小説の題名として、「ヌルハチ 朔北の将星」(甲14)等もあり、ゲームや文学の世界においても、
「朔北」の語が「北方」や「荒涼たる北の辺地」「北方の辺境 、
の地」等の情景イメージを想起するものとして使用されている。
分離観察について 本件審決は、本願商標を「朔北」と「カレー」に分離して観察して類否判断を行ったが、その手法には誤りがある。
本願商標は「朔北」と「カレー」の2語から構成される結合商標といえるが、
「朔北カレー」の5文字を各文字の大きさ及び書体を同一にして、その全体が等間隔に 一行でまとまりよく表示されているものであるから、本願商標の構成中「朔北」の部分だけが独立して見る者の目を惹くように構成されていない。本願商標の称呼「サクホクカレー」は僅か6音であり、語調良く淀みなく発語し得る音構成であるから、
敏活を貴ぶ商取引においても、殊更「カレー」の部分だけを省略称呼すべき必然性はない。さらに、「朔北」は、「北方」や「荒涼たる北の辺地」「北方の辺境の地」 、
等の情景イメージを想起するものと言えるので、本願商標「朔北カレー」 「朔北」 は、
の語の情景イメージや観念に、温かく香辛料の効いた「カレー」の観念が結びついて、
「北方の寒冷地で食する香辛料の効いた温かいカレー」等の観念やイメージが生ずるものであって、本願商標において、
「朔北」と「カレー」の語は、観念的に関連して、不可分に結合しているといえる。
「カレー」の部分を省略すると観念が変わってしまうことは、多数の「カレー」を含む商標の登録事例(ボンカレー、ククレカレー、五十六カレー等)に照らしても明らかである。
そうすると、本願商標については、
「朔北」の部分が「強く支配的な印象を与える」ものではなく、その称呼の短さに加え、
「朔北」と「カレー」の各語の観念的結合により本願商標の観念やイメージを想起させる効果を発揮していることからすれば、
簡易迅速を貴ぶ商取引においても、各構成部分を分離して観察することは取引上不自然であり、本願商標全体として一体不可分である。
従って、本願商標の構成から「朔北」の部分だけを分離抽出して観察し、引用商標との類否を判断することは許されない。
ウ 本願商標の観念 本願商標は、その漢字部分「朔北」から「北方」や「荒涼たる北の辺地」「北方 、
の辺境の地」等の情景イメージを想起するものであり、
「朔北カレー」の全体で、
「北方の寒冷地で食する香辛料の効いた温かいカレー」等の観念やイメージを生ずる。
また、本願商標の使用態様(甲5:商品パッケージ)からは、「北方の地」であ 「る北海道名寄市所在の「陸上自衛隊 名寄駐屯地」において自衛隊員が愛好するカレー」等の観念を生じ、
「北方の辺地である名寄駐屯地で自衛隊員が暖を取りながら 食するカレー」とのイメージを想起し得るものである。
(3) 引用商標について ア 「サクホク」は、確かに国語辞典等に掲載されている用語ではないものの、
指定商品との関連でいえば、
「サクホク」という仮名表記から「サクサク(さくさく)」や「ホクホク(ほくほく)」の擬音語を想起し得るといえる。
そして、
「さくさく」 (サクサク)は、
「菓子・果物・野菜などの?みごこちや切れ方が小気味よいさま」(甲6)「歯切れのよいものを軽快にかむ音」 、 (甲7)をいうとされる。
「ほくほく」 (ホクホク)とは、
「ふかしいもなどが水気が少なくて、おいしいさま」(甲6、7)であり、擬音語としては、「火を通した澱粉質の実が水分が少なくて柔らかく、おいしいようす」(甲15の305頁)とされる。
ところで、擬音語の形態として、「二拍の語根の繰り返し」「に似て類音のものを重ねるもの」があるところ(甲15の16頁)、味覚に関する擬態語は、「口の中に感じる触覚の違いを表す」ものであるが(甲15の18頁)、子音の「k」は「堅いことを表し」「s」は「摩擦感のあること」「h」は「抵抗感のないこと」を表すと 、 、
される(甲15の20頁)。そして、「さくさく」と「ほくほく」とは、二拍で「く(ku) の音が共通しており、
」 双方の「語根」は類音といえるので、これを重ねた「さくほく(サクホク) という擬態語・擬音語は、
」 食品(特に具材等)を食べる際に「口の中に感じる触覚」を表す言葉(造語)として生じ得る。「さくほく(サクホク)」の「さく(サク:saku)」は、ある程度堅さを有する食材を噛んだ際の摩擦感を示し、
「ほく(ホク:hoku)」は、ある程度堅さを有する食材を抵抗感なく噛む歯触りの感覚を示すともいい得る。
イ この点、引用商標の商標権者であるカルビー株式会社(以下「カルビー」という。)が、自社製品(ジャガイモの加工菓子)について、「サクサク、ほくほくとした食感」「サクホク食感」 、 (甲16)と表現しており、
「サクサク」と「ほくほく」の食感を併せた擬音語、換言すると、「ク(ku)」の音が共通して類音である「二拍の語根の繰り返し」をさせた擬音語である「サクホク」という言葉が造語されてい るといえる。
このほかにも、カルビー製品(ジャガイモの加工菓子)について、需要者が、
「サクホクの食感」(甲17)「熱々サクホクの揚げたての「じゃがりこ」(甲18) 、 」 、
「さっぱりサクホク-カルビー」、
「さっぱりサクホク」、
「そしていつものあのサクッホクッとした食感」(甲19)「厚切りでサクホクっという食感」 、 (甲20)「サク 、
ホクで最高だったなぁ」 (甲21)と表現した例があり、温かくて「サク(サクッ)」とした歯ごたえとともに「柔らかい」食感を表す擬音語としての「サクホク」を、
需要者が多用していることがうかがわれる。
ウ 他方、カルビーは、東京都千代田区に所在し、全国的にスナック菓子等の加工食品類を販売している企業であって、「朔北」を想起させる事業体ではない。「サクホク」の文字構成や称呼から「朔北」の熟語を想起せることもない。
エ したがって、引用商標からは、温かくて「サク(サクッ)」とした歯ごたえとともに「柔らかい」食感を表す擬音語「ホク(ホクッ)」としての観念やイメージが生じ得るが、「朔北」との観念は生じ得ない。
(4) 本願商標と引用商標の類否 ア 外観 本願商標は「朔北カレー」の5文字を同書同大等間隔にまとまりよく横一連に表記した構成であるのに対し、引用商標は片仮名4文字の「サクホク」を同書同大等間隔に横一連に表記したものである。
本願商標と引用商標とは、文字数や文字構成が異なるほか、表意文字である漢字を含んでいるかどうかにおいても外観上顕著に相違する。
称呼 本願商標は「サクホクカレー」の6音構成であり、引用商標は「サクホク」の4音構成であるところ、冒頭の4音「サクホク」は共通するものの、
「カレー」の2音で相違する。相違音「カレー」は、語末に位置するものではあるが、有声音であり、
4〜6音程度の音構成において2音の相違は大きく、互いに相紛れることなく聴別 可能であって、称呼非類似である。
観念 本願商標は、その漢字部分「朔北」から「北方」や「荒涼たる北の辺地」「北方 、
の辺境の地」等の情景イメージを想起するものであり、
「朔北カレー」の全体で、
「北方の寒冷地で食する香辛料の効いた温かいカレー」等の観念やイメージを生ずる。
また、本願商標の使用態様(甲5:商品パッケージ)からは、「北方の地」であ 「る北海道名寄市所在の「陸上自衛隊 名寄駐屯地」において自衛隊員が愛好するカレー」等の観念を生じ、
「北方の辺地である名寄駐屯地で自衛隊員が暖を取りながら食するカレー」とのイメージを想起し得るものである。
これに対し、引用商標からは、食感を表す擬音語「サクサク」と「ホクホク」を想起するとともに、その合成造語「サクホク」として、温かくて「サク(サクッ)」とした歯ごたえとともに「柔らかい」食感を表す擬音語としての観念やイメージが生じ得るので、本願商標とは観念が相違する。仮に引用商標が特段の観念を生じない造語商標であったとしても、本願商標とは観念が共通するとはいえない。
エ 「朔北」と「サクホク」との対比 仮に本願商標から「朔北」の部分を商標の要部として分離して観察することが可能であるとしても、表意文字である漢字「朔北」と、表音文字である片仮名「サクホク」とは、外観及び観念において顕著に相違するので、称呼が共通するにしても、
なお相互に非類似の商標というべきである。
オ 小括 本願商標と引用商標とは、外観上顕著に相違し、称呼及び観念においても相違するから、相互に非類似の商標である。
(5) したがって、本願商標は、商標法4条1項11号に該当するものではなく、
商標登録されるべきであり、本件審決には本願商標と引用商標の類否判断を誤った違法があるので、取り消されるべきである。
2 被告の反論 (1) 本件審決における本願商標と引用商標の類否判断に誤りはなく、本願商標は商標法4条1項11号に該当するから、商標登録されるべきものではない。
(2) 本願商標について ア 「朔北」について 「朔北」の文字が、ゲームのイベントクエストの名称及び小説の題号に使用されている例があるとしても、
「朔北」の文字は、直ちに特定の意味合いを理解、認識させ、出所識別標識としての観念を生じるとは到底いえないものであって、むしろ、
一種の造語として認識されるものである。
分離観察について 本願商標は、「朔北カレー」の文字を横書きしてなるところ、その構成からして、
「朔北」の漢字と「カレー」の片仮名を結合させたものと容易に認識できるものである。
そして、本願商標の構成中「朔北」の文字は「北。北方。」等の意味を有する語であるものの(乙2)我が国において一般に親しまれた語とはいい難いものであって、

直ちに特定の意味合いを想起させることのない一種の造語として認識されるものであるから、出所識別標識としての観念を生じない。一方、
「カレー」の文字は「カレー粉を用いて作った料理。」等の意味を有する語で(乙3)、我が国において一般に親しまれた語である。そして、
「朔北」の文字と「カレー」の文字を結合させた「朔北カレー」の文字(語)が特定の意味を有するものとして一般に親しまれている事情は見いだせないばかりか、全体として特定の観念を認識させるものともいえない。
そうすると、本願商標は、その構成中「朔北」の漢字と「カレー」の片仮名がこれらを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているとはいえない。
さらに、本願商標の構成中、
「カレー」の文字部分は、その指定商品との関係においては、商品の普通名称、品質又は原材料を表すものであるから、当該文字部分は、
商品の出所識別標識としての機能を果たし得ないものといわざるを得ず、「カレー」 の文字部分からは、出所識別標識としての称呼観念は生じない。
他方、直ちに特定の意味合いを想起させることのない一種の造語として認識される「朔北」の文字は、
「カレー」の文字部分から出所識別標識としての称呼観念が生じないことともあいまって、取引者、需要者に対し、商品の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものといえる。
そうすると、本願商標から「朔北」の文字部分を要部として抽出し、この部分のみを他人の商標(引用商標)と比較して商標そのものの類否を判断することも許されるというべきである。
したがって、本願商標は、全体の構成文字に相応して生じる「サクホクカレー」の称呼のほかに、その要部である「朔北」の文字部分(本願要部)に相応して、
「サクホク」の称呼を生じ、また上述のとおり、当該文字部分からは、出所識別標識としての観念を生じないものである。
ウ 本願商標の観念(ア) 「朔北」の文字が、ゲームのイベントクエストの名称及び小説の題号に使用されている例があるとしても、
「朔北」の文字は、直ちに特定の意味合いを理解、認識させ、出所識別標識としての観念を生じるとは到底いえないものであって、むしろ、一種の造語として認識されるものである。そして、これと、本願の指定商品との関係において商品の普通名称、品質又は原材料を表す「カレー」の文字とを結合してなる本願商標は、その構成全体としても、直ちに特定の意味合いを理解、認識させることのない一種の造語として認識されるものと判断すべきである。
(イ) 原告は、本願商標の使用態様(商品パッケージ) (甲5)と併せ考察すると本願商標から「北方の地」である北海道名寄市所在の「陸上自衛隊 名寄駐屯地」において自衛隊員が愛好するカレー」の観念を生じるなどと主張するが、登録商標の範囲は、願書に記載の商標に基づいて定められるものである(商標法27条1項)から、原告が主張する本願商標の実際の使用態様(甲5)に基づいて、本願商標が商標法4条1項11号に該当するか否かを判断すべきではない。
加えて、商標の類否判断に当たり考慮すべき取引の実情は、当該商標が現に、当該指定商品に使用されている特殊的、限定的な実情に限定して理解されるべきではなく、当該指定商品についてのより一般的、恒常的な実情、例えば、取引方法、流通経路、需要者層、商標の使用状況等を総合した取引の実情を含めて理解されるべきであるところ(最高裁昭和47年(行ツ)33号同49年4月25日第一小法廷判決、及び知財高裁平成20年(行ケ)10285号同年12月25日判決参照)、
原告が主張する、本願商標の実際の使用態様(甲5)に北海道名寄市所在の名寄駐屯地を示す地図や「北海道」 「なよろ陸上自衛隊」の文字表記や写真(3人の隊員が食事をしている様子)等の表示があることは、いずれも、現在の取引の実情の一側面を挙げているにとどまるものであって、本願商標と引用商標の類否の判断に当たり考慮すべき一般的、恒常的な取引の実情とは到底いえない。
(3) 引用商標について 「サクホク」の文字は、辞書等に掲載のないものであることに加え、当該文字は、
引用商標の商標権者の商品について、引用商標の商標権者又は当該商品を購入した消費者の一部によって使用されているのみであって、当該商品と無関係のものについて食感を表すものとして使用されている例は見当たらないことも考慮すれば、当該文字は、原告の主張する特定の食感を表す擬声語として一般に認識されているとはいい難いから、引用商標からは、当該擬声語としての観念やイメージが生じるとはいえない。
加えて、商標の類否判断に当たり考慮すべき取引の実情は、当該指定商品についての一般的、恒常的な取引の実情であるところ、原告の主張は、引用商標の商標権者が現に使用している商品(ジャガイモの加工菓子)についての特殊的、限定的な取引の実情であるばかりでなく、ジャガイモ加工菓子は本願商標の指定商品中には含まれていない商品であって、同一又は類似とされる商品でもない。
したがって、原告の主張は、本願商標と引用商標の類否判断において考慮するような事情に基づくものではなく、主張自体失当である。
(4) 本願商標と引用商標の類否 原告は、本願商標は、一体不可分のものとして判断されるものであることを前提として、
「本願商標と引用商標とは、外観上顕著に相違し、称呼及び観念においても相違するから、相互に非類似の商標である。」旨、また、
「仮に本願商標から「朔北」の部分を商標の要部として分離して観察することが可能であるとしても、表意文字である漢字「朔北」と、表音文字である片仮名「サクホク」とは、外観及び観念において顕著に相違するので、称呼が共通するにしても、なお相互に非類似の商標というべきである。」旨主張する。
しかしながら、本願商標から「朔北」の文字部分を要部として抽出し、この部分のみを他人の商標(引用商標)と比較して商標そのものの類否を判断することも許されるというべきであるから、原告の主張はその前提が失当である。
そして、本願要部と引用商標は、両者の外観が相違するものの、観念において比較できず、
「サクホク」の称呼を共通にすることから、本願商標と引用商標は、その外観称呼及び観念によって、取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合し、取引の実情を踏まえて、時と所を異にして観察する離隔的観察の方法により考察すると、商品の出所について誤認混同を生ずるおそれのある類似の商標と判断すべきである。
当裁判所の判断
1 商標の類否について (1) 商標の類否は、対比される両商標が同一又は類似の商品に使用された場合に、
商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが、
それには、そのような商品に使用された商標がその外観観念称呼等によって取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべきであり、
かつ、その商品の取引の実情を明らかにし得る限り、その具体的な取引状況に基づいて判断するのが相当である。そして、商標の外観観念又は称呼のうちの一つにおいて同一又は類似する場合であっても、他の2点において著しく相違することそ の他取引の実情等によって、商品の出所に誤認混同をきたすおそれのないものについては、これを類似商標と解することはできない(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照)。
また、複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて、商標の構成部分の一部が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や、それ以外の部分から出所識別標識としての称呼観念が生じないと認められる場合等、商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない場合には、その構成部分の一部を抽出し、当該部分だけを他人の商標と比較して商標の類否を判断することも許されるというべきである(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁、最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁、最高裁平成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民事228号561頁参照)。
(2) 本願商標についてみると、
「朔北カレー」という5文字を同一のフォントで記して横書きしたものであり、
「朔北」の漢字部分と「カレー」の片仮名部分からなるものである。
ア 「朔北」について (ア) 広辞苑第七版(甲6、乙2)には、
「朔北」について、( 「「朔」は北の方角)@北。北方。A北方の地。特に、中国の北方にある辺土。」と記載されており、また、
「朔」 「北の方角」 を として用いる熟語として、
「朔風」 (北風を意味する。、
)「朔方」(北、北方、朔北を意味する。)といったものが掲載されている。「朔北」についての同様の説明が、新潮現代国語辞典第二版(甲7)、現代国語例解辞典第四版(小学館。甲27)、新選国語辞典第十版ワイド版(小学館。甲28)、旺文社国語辞典第十一版(甲29)、実用国語辞典第2版(成美堂出版。甲30)、学研現代新国語辞典改訂第6版(甲31)、新明解国語辞典第八版青版(三省堂。甲32)、岩波国語 辞典第8版(甲33)にも掲載されている。
(イ) 「朔北」については、著名なゲームシリーズであるファイナルファンタジーシリーズのFF11(ファイナルファンタジーXI)のイベントクエストの名称として「朔北の爪牙」 (さくほくのそうが) (甲12、13)、小説の題名として「ヌルハチ 朔北の将星」(ぬるはち さくほくのしょうせい)(甲14)といった使用例がある。
(ウ) 「朔」は、常用漢字ではないものの、萩原朔太郎といった著名人の名や、果物の八朔などの名称にも用いられる漢字である(甲24〜26)「北」は方角をあ 。
らわす漢字である(甲6)。
(エ) 以上を総合すると、我が国においては、
「朔北」はおおむね「北の方角」又は「北方の地」を表す単語として理解されるものと認めるのが相当である。
イ 「カレー」について 本願商標の指定商品との関係では、需要者、取引者は、商品の性質又は原材料を表すものと理解すると認められ、当該部分から出所識別標識としての称呼観念が生じるということはできない。
分離観察の可否について 本願商標は「朔北」と「カレー」からなる結合商標であるところ、前記のとおり、
「カレー」の部分から出所識別標識としての称呼観念が生じるということはできない一方で、「朔北」については、需要者、取引者をして、「北の方角」又は「北方の地」を表す単語として理解されるにすぎず、具体的な地域を表すものと理解されるものではないから、指定商品との関係において、出所識別標識としての称呼観念が生じ得るといえる。そして、需要者、取引者をして、
「朔北カレー」を一連一体のものとしてのみ使用しているというような取引の実情は認められない。
そうすると、本願商標について、各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められないから、
「朔北」の部分のみを抽出して他人の商標と比較して商標の類否を判断することも 許されるというべきである。
(3) 本願商標と引用商標の類否 以上を踏まえ、本願商標における「朔北」の部分(本願要部)と引用商標を比較して、類否を検討する。
外観 本願要部は「朔北」という2文字の漢字からなるのに対し、引用商標は「サクホク」の4文字の片仮名からなり、外観が明らかに異なる。
称呼 本願要部の称呼は「さくほく」であり、引用商標の称呼も「さくほく」であるから、同一である。
観念 本願要部からは「北の方角」 「北方の地」の観念を生じるものであるのに対し、
「サクホク」は、辞書等に掲載されていない造語であって、特定の観念を生じないものであるから、観念が明らかに異なる。
エ 以上のとおり、本願要部と引用商標は、称呼が共通するものの、外観及び観念は明確に異なっているところ、需要者、取引者が「朔北」から引用商標である「サクホク」や引用商標の権利者を想起するというような取引の実情はなく、また、本願商標及び引用商標の指定商品において、需要者、取引者が、専ら商品の称呼のみによって商品を識別し、商品の出所を判別するような実情があるものとは認められず、称呼による識別性が、外観及び観念による識別性を上回るとはいえないから、
本願商標及び引用商標が同一又は類似の商品に使用された場合に、商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるとはいえない。
そうすると、本願商標が引用商標に類似するとはいえない。
2 当事者の主張について (1) 原告の主張について ア 原告は、引用商標から、温かくて「サク(サクッ)」とした歯ごたえとともに 柔らかい食感を表す擬音語「ホク(ホクッ)」としての観念やイメージが生じ得ると主張するところ、原告が示す「サクサク、ほくほくとした食感」 「サクホク食感」 、
といった使用例はいずれもカルビー製品であるジャガイモの加工菓子に関するものであることが認められ(甲16〜21)「サクホク」が、食感を表す単語として、

本願商標の指定商品を含む食品分野において、一般的に使用されているものとまでは認めることはできないから、上記原告の主張は採用できない。
イ 原告は、本願商標の使用態様(甲5)からは、「北方の地」である北海道名 「寄市所在の「陸上自衛隊 名寄駐屯地」において自衛隊員が愛好するカレー」等の観念を生じるなどと主張するが、
「朔北」の単語から直ちに北海道名寄市が想起されるものではなく、また、需要者、取引者が、本願商標から原告の商品を想起するというような取引の実情があることを認めるに足りる証拠はなく、上記原告の主張は採用できない。
(2) 被告の主張について 被告は、本願商標の構成中「朔北」の文字は、我が国において一般に親しまれた語とはいい難いものであって、直ちに特定の意味合いを想起させることのない一種の造語として認識されると主張するが、前記1(2)のとおり、
「朔北」の文字は、多数の辞書類に掲載された単語であって、ゲーム内のイベントクエストや小説の題名等にも用いられることのあるものであること、その一部である「朔」の文字は人名や果物の名称にも用いられるもので良く知られたものであり、
「朔北」は一般に良く知られた文字を組み合わせた単語であるということができることからすると、需要者、
取引者をして、特定の意味合いを想起させることのない造語と理解されるものとはいえないから、上記被告の主張は採用できない。
3 以上のとおり、本願商標が引用商標と類似すると認めることはできないから、
本願商標は、商標法4条1項11号に該当しない。そうすると、本件審決には、同号該当性に係る判断に誤りがある。
結論
以上の次第であって、原告の主張する取消理由には理由があるから、本件審決は取り消されるべきものである。よって、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 本多知成
裁判官 浅井憲
裁判官 勝又来未子