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関連ワード 指定商品 /  周知性 /  4条1項19号 /  不正目的(不正の目的) /  類似性(類否判断) /  結合商標 /  外観(外観類似) /  称呼(称呼類似) /  離隔的 /  国内 /  連合商標 /  信義則 /  無効審判 /  正当な理由 /  非類似 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 514号 審決取消請求事件
平成 14年 (行ケ) 515号 審決取消請求事件
原 告(両事件)X
訴訟代理人弁護士 永井均
被 告(両事件)マンハッタン ポーテージ リミテッド
訴訟代理人弁理士 萼経夫,館石光雄,村越祐輔,復代理人弁護士 寺内 従道
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/11/20
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
主文 両事件につき,原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
(平成14年(行ケ)第514号) 「特許庁が無効2001-35466号事件について平成14年8月28日にした審決を取り消す。」との判決。
(平成14年(行ケ)第515号) 「特許庁が無効2001-35467号事件について平成14年8月28日にした審決を取り消す。」との判決。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯 本件登録第2325691号商標(以下「本件結合商標」という。)は,次のとおりの構成よりなり,昭和63年11月8日に登録出願,第21類「バッグ,その他本類に属する商品」を指定商品として,平成3年7月31日に設定登録されたものであり,原告が商標権者である。
登録第2325691号商標(本件結合商標) 本件登録第2527329号商標(以下「本件図形商標」という。)は,次のとおりの構成よりなり,平成2年9月3日に登録出願,第21類「バッグ,その他本類に属する商品」を指定商品として,平成5年4月28日に設定登録されたものであり,原告が商標権者である。
登録第2527329号商標(本件図形商標) 被告は,平成13年10月23日,本件各商標は,次の引用標章(被告が,1983年(昭和58年)に,被告取扱いに係る商品「メッセンジャーバッグ、柔らかい手提げかばん、バックパック、ショルダーバッグ及びすべてのスポーツバッグ」(以下「被告商品」という。)に使用するために採択し,使用開始したと主張する商標)と外観において(本件結合商標については称呼においても)類似し,原告により不正の目的をもって登録されたので,商標法4条1項19号に該当し,同法46条1項により,その登録は無効とされるべきと主張して,商標登録無効審判の請求をした(本件結合商標につき無効2001-35466号,本件図形商標につき無効2001-35467号)。
引用標章 各無効審判請求事件につき,平成14年8月28日,本件各商標の登録を無効とするとの審決があり,その謄本は同年9月9日原告に送達された。
2 審決の理由の要点(下記の(2)及び(3)の理由が両審判の審決別の判断であるほかは,共通の認定判断となっている。) (1) 引用標章について (1)-1 請求の理由,審判甲第3号証ないし審判甲第6号証,審判甲第9号証ないし審判甲第11号証,審判甲第18号証,審判甲第19号証,審判甲第21号証及び審判乙第3号証によれば,以下の事実が認められる。
ア.被告は,1983年4月に「ウルバリン マウンテン プロダクツ インコーポレーテッド」から「マンハッタン ポーテージ リミテッド」と社名変更したスクール・ダッフルバッグ,フライトバッグ,メッセンジャーバッグ等バッグの製造,販売を業務とする米国の法人である。
イ.被告は,「使用開始」を1983年(昭和58年)4月25日とする次のとおりの構成よりなる商標を,国際分類第18類(ソフトラゲッジ,ショルダーバッグ,バックパック,すべての用途のスポーツバッグ,自転車ウエストポーチ)及び第22類(キャンバスメッセンジャーバッグ)について,米国特許商標庁へ登録出願し,「登録番号;第2075388号」として1997年(平成9年)7月1日に登録を受けた。上記登録商標の要部である高層ビル群の図形及び該図形の下部に書された「ManhattanPortage」の文字のロゴは,被告の依頼により,1983年2月9日ころ,米国コネチカット州スタンフォードの所在の「Louise J.Adamcio」により製作された。
被告の米国登録商標 ウ.本件各商標の登録出願前である1988年(昭和63年)10月以前に発行,頒布された被告商品を掲載した商品カタログには,その表紙及び裏表紙に地色を赤色とした横長長方形内の中央部に,白抜きで描かれた高層ビル群の図形及び該図形の下部に同じく白抜きで書された「ManhattanPortage」の文字を要部とする標章が表示されている。また,同カタログ中に掲載された商品には,地色を緑色とした横長長方形内の中央部に,白抜きで描かれた高層ビル群の図形及び該図形の下部に同じく白抜きで書された「ManhattanPortage」の文字を要部とする標章が付されているものが存在する。
そして,上記地色を赤色と緑色とする2種類の標章を表示したラベルは,被告の依頼により,1983年4月に,米国ニューヨーク州ニューヨーク市に所在の「U.S.LABEL ARTISTIC」により製造された。
エ.被告は,被告商品に引用標章ないし「ManhattanPortage」の文字を使用して,1985年(昭和60年)には,米国国内で発行されたと認められる雑誌等に宣伝広告した。
オ.被告商品は,1987年(昭和62年)1月,1988年(昭和63年)1月及び1988(昭和63年)6月ころ,東京都文京区所在の「CHENG & SONS CO.LTD.」を通じて日本に輸入された。その際の各総数量は,順に156個,210個及び100個であった。
(1)-2 上記(1)-1で認定した事実によれば,引用標章と社会通念上同一の範囲の商標と認められる米国における登録第2075388号商標は,1983年(昭和58年)4月25日に被告によりバッグ類について使用が開始され,被告は,本件各商標の登録出願前より,引用標章若しくはこれと社会通念上同一と認められる地色を赤色と緑色とした2種類の標章を,被告商品が掲載された商品カタログに使用し,あるいは米国国内で発行された雑誌等に1985年には宣伝,広告をしていたことが認められ,また,被告商品は,本件各商標の登録出願前には既に,わが国に所在する法人により輸入されていたことが認められる。
してみると,引用標章は,本件各商標の登録出願前には,少なくとも米国国内のバッグ類を取り扱う業界及び該商品の需要者の間で広く認識されていたものというのが相当である。
(2) 本件結合商標と引用標章の類否及びこれらが使用される商品の類否について (2)-1 本件結合商標と引用標章は,前記のとおり,本件結合商標は,細い線で高層ビル群の図形及び該文字の下に「ManhattanPortage」の文字を表してなるのに対し,引用標章は,地色を赤色とする横長長方形内に白抜きで高層ビル群の図形及び該文字の下に「ManhattanPortage」の文字を表してなるものである。
してみると,本件結合商標と引用標章とは,いずれも高層ビル群の図形及び該図形の下部に書された「ManhattanPortage」の文字において,構成の軌を一にするものであり,しかも,看者の注意を強く惹く高層ビル群の図形部分は,ビルの配置においても同一であるばかりでなく,文字部分の構成態様も同一のものである。
そうとすれば,本件結合商標と引用標章は,これらを構成する線の太さ,白抜きか否か等において差異を有するものであるとしても,その差異は,両者の外観上の類否判断に大きな影響を及ぼすものとはいえず,それぞれを時と所を異にして離隔的に観察した場合は,外観上相紛れるおそれがある商標というべきである。
また,両者は,その構成中の「ManhattanPortage」の文字部分より「マンハッタンポーテージ」の称呼を生ずるものであるから,該称呼を共通にするものである。
したがって,本件結合商標と引用標章とは,外観及び称呼において類似するものである。
(2)-2 本件結合商標は,前記したとおり,その指定商品を平成3年政令299号による改正前の商標法施行令別表による商品区分第21類「バッグ類,その他本類に属する商品」とするものである。これに対し,引用標章は,その使用に係る商品を「スクール・ダッフルバッグ,フライトバッグ,メッセンジャーバッグ等バッグ類」とするものである。
してみると,本件結合商標及び引用標章は,いずれも「バッグ類」に使用するものということができる。
(3) 本件図形商標と引用標章の類否及びこれらが使用される商品の類否について (3)-1 本件図形商標と引用標章は,前記のとおり,本件図形商標が細い線をもって高層ビル群の図形を描いてなるものであるのに対し,引用標章は地色を赤色とする横長長方形内に白抜きで高層ビル群の図形及び該図形の下に書された「ManhattanPortage」の文字との組合せよりなるものである。
そして,引用標章中看者の注意を強く惹く部分は,高層ビル群の図形部分であり,該図形部分は,本件図形商標と構成の軌を一にするものである。
してみると,本件図形商標と引用標章は,これらを時と所を異にして離隔的に観察した場合は,相紛れるおそれがある外観上類似する商標というべきである。
(3)-2 本件図形商標は,前記したとおり,その指定商品を平成3年政令299号による改正前の商標法施行令別表による商品区分第21類「バッグ類,その他本類に属する商品」とするものである。これに対し,引用標章は,その使用に係る商品を「スクール・ダッフルバッグ,フライトバッグ,メッセンジャーバッグ等バッグ類」とするものである。
してみると,本件図形商標及び引用標章は,いずれも「バッグ類」に使用するものということができる。
(4) 不正の目的について (4)-1 請求・弁駁の理由及び答弁の理由並びに審判甲第13号証,審判甲第16号証,審判甲第17号証,審判乙第1号証ないし審判乙第16号証によれば,以下の事実が認められる。
ア.原告は,かばん類の製造販売等を業務とする東京都小平市所在の株式会社レジャープロダクツの代表取締役であったが,平成13年4月25日に退任し,現在は会長の職に就いていることが認められる。原告は,(株)レジャープロダクツの代表取締役であった1988年(昭和63年)9月に訪米した際に,偶然被告商品を見つけ,同年10月に,被告の代表者であるPを訪れ,被告商品を日本で販売することについての商談を持ち掛けた。
その際,Pは,被告商品を日本市場で販売することについて乗り気であったこと,原告は,Pより日本の業者の名刺2〜3枚を見せられたので,被告商品は日本にも少しは入っていると思ったこと,原告は,被告から被告商品が掲載された商品カタログと被告商品の価格表をもらったこと,原告は,被告が原告に対し日本における独占販売権を授与することなどを申し入れたが,原告の日本における独占販売権については書面による契約はしなかったこと,原告は,Pに対し,引用標章の日本における登録出願を勧めたが,被告は関心を示さなかった(この点に関して被告は反論していない。)ことが認められる。
イ.原告の帰国後,(株)レジャープロダクツは,1988年(昭和63年)10月27日付けで,先の10月24日の被告との電話の内容確認の書簡と被告商品を注文する注文書を送付した。書簡の主な内容は,「貴殿は我々((株)レジャープロダクツ)が独占的に貴社製品の日本における販売を(宣伝をしながら)促進することを許可しました。我々は日本における貴社製品の独占販売会社です。・・・そして,ニューヨーク港本船渡しの値段については,貴殿の価格表より20%割り引くことに双方同意しました。私は上述した事が,今回の両者間の電話会談で同意した重要事項だと思います。折り返し便にて貴殿の方からもご確認ください。この契約の有効期間は・・・5年間を提案します。」とするものであり,また,注文書の主な内容は,「デイパック,ショルダーバッグ合計400個」の注文とともに,商品のデザインの変更,商品に使用するラベルの色の特定及び同ラベルに(株)レジャープロダクツの名称,住所等を入れることなどの条件を付したものである。そして,(株)レジャープロダクツは,上記取引のため,「信用状有効期限」を「1988年11月30日」とする信用状を開設した。
ウ.上記イ.の注文に対し,Pは,1988年(昭和63年)11月3日付の書簡で,注文品を1989年(平成1年)1月20日まで発送することができないこと,商品のデザインの変更には割増金が必要であること,商品に付されるラベルの住所等を変更するには,注文数が少なく対応できないことなどを通知した。
エ.原告は,1988年(昭和63年)11月8日に本件結合商標の登録出願をし,さらに,平成2年9月3日に本件図形商標を本件結合商標連合商標として登録出願をした。
オ.上記ウ.のPの書簡に対して原告は,1988年11月15日付けで,原告は,原告の顧客と被告商品に関し取引契約を締結してしまったので,同年12月25日までに被告商品を受け取らなければならないこと,原告が日本で被告商品の生産を行うライセンス契約を提案したことなどを内容とする書簡を被告に送付した。
カ.上記オ.の原告の書簡に対し,被告ないしPからは何らの返事がなかった。
キ.(株)レジャープロダクツは,1989年(平成1年)3月27日に韓国ソウル市所在の会社に「MANHATTANシリーズのバッグ及びパック」の製造を,1989年(平成1年)4月15日以前に出荷することを条件に依頼した。そして,(株)レジャープロダクツは,赤地のラベルに白抜きで表した「ビル群の図形」及び「ManhattanPassage」の文字を要部とする商標を,ショルダーバッグ,ダッフルバッグ,スクールデイバッグ,ビジネスバッグ等に付して,1989年(平成1年)4月ころより販売し始めた。
(4)-2 上記(3)-1で認定した事実によれば,(株)レジャープロダクツの代表取締役であった原告は,本件各商標の登録出願前である1988年(昭和63年)10月には,引用標章の存在を知る立場にあったことが認められる。
そして,1988年(昭和63年)10月当時,被告と原告との間に,被告商品の取引に関し,どのような取り決めがあったのか明らかではないが,仮に原告が主張するように,原告が被告商品を日本で販売することについて,被告から独占販売権を授与されていたとすれば,被告及び引用標章について何らの知識を有していなかった原告が,突然被告を訪れ,にわかに被告から独占販売権を授与されるということは,通常の商取引からすれば極めて異例のことといわなければならないし,書面による契約書が交わされていないことを併せて考えると,被告と原告との間には,被告商品の取引について何らかの話合いがあったものとうかがい知れるとしても,原告に被告商品についての日本における独占販売権があったものと認めることは困難であるといわざるを得ない。
また,前記(3)-1イ.で認定したように,1988年(昭和63年)10月27日付け(株)レジャープロダクツの書簡中には,「この契約の有効期間は・・・5年間を提案します。」とあるが,原告及び(株)レジャープロダクツにとって未知ともいえる被告,ないし引用標章が使用される被告商品を原告及び(株)レジャープロダクツが日本で販売することについて,長期契約ともいえる「5年の契約期間」を提案すること自体,奇異の念を抱かざるを得ず,むしろ,かばん業界に精通している者であると自認する原告の立場にあれば,原告は,被告商品の評判について何らかの知識を得ていたものと考えざるを得ない。
他方,被告と原告との間に,何らかの形で商品取引についての合意があったものとみられるとしても,被告(P)と原告及び(株)レジャープロダクツとの間における書簡には,引用標章に酷似する本件各商標を原告が登録出願することについての明示は一切なく,1988年(昭和63年)11月3日付のPの書簡に対する原告の1988年(昭和63年)11月15日付の返信中でも,ライセンス契約の提案はしているものの,1988年(昭和63年)11月8日に登録出願をした本件各商標については何ら触れられていない。
そして,原告及び(株)レジャープロダクツは,Pの1988年(昭和63年)11月3日付けの書簡で,被告との商品取引が成立しないと察知すると,被告商品に類似するかばん類を,1989年(平成1年)3月27日付けの注文書により,韓国において製造させ,これら商品に赤地のラベルに白抜きで表した「ビル群の図形」及び「Manhattan/Passage」の文字を要部とする商標を使用して販売したものと認められる。
してみると,原告は,本件各商標の登録出願前に,わが国において被告商品が輸入されていたこと及び被告が被告商品について使用し,米国国内のかばん類の取引者,需要者の間に広く認識されている引用標章の存在を知る立場にありながら,引用標章と酷似する本件各商標を登録出願することについて,被告の承諾を得ないで無断で行ったと推認することができ,この行為には,信義則に反する不正の目的があったといわざるを得ない。そして,これを覆すに足りる証拠は見出せない。
もっとも,被告は,引用標章を日本国内において登録出願することについて関心を示さなかったとの原告の主張について,何ら争うところがなく(この点に関しては,本件各商標が登録されてから10年以上も経ってから,その登録について無効審判を請求していることからも容易にうかがえるところである。),また,被告と原告との間に,いかなる取引の約束があったにせよ,そして,これを履行しない被告の行為に瑕疵があったとしても,さらには,仮に原告が被告の日本における独占販売業者であったとしても,これらの事情と引用標章に酷似する本件各商標を被告に無断で登録出願する行為とは,何らの関係を有せず,したがって,上記事情を考慮したとしても,原告は,他人である被告が米国国内でかばん類について使用する引用標章と酷似する本件各商標を日本で登録出願することについて,被告に無断でしてもよいということにはならないことは明らかである。
(5) 原告の主張について (5)-1 原告は,本件各商標を登録出願をすることについて,Pの許諾若しくはPと原告との間に合意があったから,Pに無断で,かつ,不正の目的をもって行ったものではない旨主張する。
しかしながら,原告が本件各商標を登録出願することについて,Pの許諾若しくは両者間に合意があったと認めるに足りる証拠は存在しないのみならず,本件各商標に対し被告からその登録について無効審判が請求されている事実からしても,Pの許諾若しくは両者間に合意はなかったとみるのが妥当である。
(5)-2 原告は,自己が実際に使用する商標を表示したラベルの地色について,赤色を最初に使用したのは原告であり,被告は1988年(昭和63年)9月の時点では緑色の方形内に商標を使用していた旨主張する。
上記原告の主張するところは,原告の使用する商標は,引用標章とは非類似であり,不正の目的がない旨主張しているのか定かではないが,仮に被告が本件各商標の登録出願前において,被告商品に緑色の地色のラベルのみを使用していたとしても,原告の使用する商標(本件各商標)と引用標章とは,その要部である高層ビル群の図形及び該図形の下部に書された「ManhattanPortage」の文字において共通するものであるから,ラベルの地色の差異をもって,原告使用の商標の独創性をいう原告の主張は失当であるし,前記認定のとおり,本件各商標の登録出願前に発行,頒布されたと認められる商品カタログ(審判乙第3号証)の表紙及び裏表紙には,地色を赤色とした標章が表示されていることが認められ,したがって,本件各商標の登録出願前に,被告から商品カタログ(審判乙第3号証)を持ち帰った原告は,自己の使用する商標のラベルについて,被告の使用する標章をそのまま採用したものといわざるを得ない。
また,原告は,自己の使用する商標について,「Manhattan/Passage」商標をいっているのであれば,本件審判においては,本件各商標が商標法4条1項19号に違反して登録されたものであるか否かを判断すれば足りると解されるのであるから,原告が実際に使用する商標のラベルの地色の赤を最初に使用したのは原告であるとしても,この主張は,本件審判においては何らの意味をもなさないものである。そして,前記したとおり,本件各商標は,その登録出願時には,少なくとも米国国内のかばん類の取引者,需要者の間で広く認識されていたと認め得る引用標章と外観(本件結合商標については称呼においても)類似する商標であり,その登録出願は,正当な使用権原を有する被告の承諾を得ないでしたものと認められる。
(5)-3 原告は,提出された証拠からは,本件各商標の登録出願前における引用標章の周知,著名性は認められない旨主張する。
しかしながら,「需要者の間に広く認識されている商標」とは,米国国内の国民のすべてに広く認識されていることまでを必要とするものではなく,当該商品の取引者の間に広く認識されていれば足りると解される。
また,旅行用バッグ,通勤・通学用バッグ等にあっては,デザインもさることながら,商品の使いやすさ,軽量であること,品質の良さなどが商品の選択のポイントとなり,そのような特質を有する商品は,製造される工場等の規模の大きさ,大量生産される商品であるか否か等とは無関係に,その販売数が少ない場合であっても,その取引者,需要者の間における認識度が高くなる場合があることは,取引の実際に照らして明らかである。
ところで,審判甲第6号証,審判甲第7号証及び審判甲第9号証によれば,被告商品について,「1981年までにはブルーミングデールのショーウインドにプラスチック製の留具を付けた私のバッグがみられるようになった。そのころから他の皆もプラスチック製の留具を使うようになったけれど,私が最初である。」,「1982年ニューヨーク市にある会社が非常に耐摩耗で軽量かつ耐久性のあるナイロンであるコーデュラを使用した最初のメッセンジャーバッグの製作を開始した。・・・マンハッタン ポーテージはまた,より現代的で手にやさしいネクサス留具を利用して金属製の留具に先行している。職人の技能は優れており,すべてが卓越している。・・・」,「製品の出来映え,品質及び細部の機能に注意深い配慮がなされている。すべての製品がコーデュラ素材の流行色で,生涯保証により裏付けされている。」などの記載が認められ,被告商品は,上記特性を有する商品として,少なくとも米国国内のバッグ類を取り扱う取引者の間において,広く認識されていたものとみるのが相当であるし,前記認定のとおり,被告は,遅くとも1985年には,被告商品についての宣伝,広告を雑誌を通じて行ったことが認められるものである。
(5)-4 原告は,被告商品に使用される商標の多くは,「JOHN PETERS」のロゴマークであり,引用標章の使用は極めて少ないところから,引用標章が周知であるとはいえない旨主張する。
しかしながら,審判乙第3号証(被告商品のカタログ)の表紙及び裏表紙には,地色を赤とする引用標章が表示されているばかりでなく,掲載されている商品についても,地色を緑とする引用標章が表示されていることは明らかであり,被告は,引用標章又は「ManhattanPortage」の文字をもって,宣伝広告したことは前記認定のとおりである。
(5)-5 したがって,上記原告の主張はいずれも理由がなく,採用することができない。
(6) 以上のとおりであるから,本件各商標は,本件各商標の登録出願前より,米国国内のバッグ類の分野において,その取引者,需要者の間に広く認識されていた引用標章と類似するものであって,不正の目的をもって使用する商標であるものといわざるを得ない。
したがって,本件各商標は,商標法4条1項19号に違反して登録されたものであるから,同法46条1項の規定により,その登録を無効とする。
原告主張の審決取消事由
1 審決の瑕疵 本件各審決の主な事実認定は,本件の引用標章と同じ商標を引用標章として商標登録を取り消した審決(当庁平成14年(行ケ)第593号事件で取消しが求められている。)と,細かな部分の内容・表現までほぼ同一である。これは,本件審判官が審決記録に綴られた証拠によって自ら判断したものでなく,第593号事件の審決の審判官とあらかじめ談合し,事実認定表示や内容を融通し合って文書を作成したものである。このことは,審決に関与すべきでない審判官が審決を作成したのと同じ違法性がある。
2 引用標章の使用時期と周知性認定の誤り (1) 引用標章に関連する標章は,1984年(昭和59年)になって初めて次の標章(以下,原告の表記に従い,「@標章」という。)が見られるようになっただけである(乙第11,第14号証の1,2等)。
@標章 1983年(昭和58年)から引用標章が使用されてきたと被告が主張しているのは,唯一の公的な書類である米国登録商標に係る特許商標庁の登録証明書であり,そこにある「1983年4月25日から使用」との記載によったことがうかがえる。
ところが,米国登録商標の使用開始日は出願人の自己申告制であるから,客観性がない。被告は,引用標章の使用の立証のために「1983年以来被告のラベルを製造している」とする乙第6号証を捏造したのである。乙第6号証の英文書簡のどこにも,添付された2点のラベルが1983年(昭和58年)に作成されたものとは特定されていない。ただ単に,ラベルを製造していたということがうかがえるだけである。
(2) 乙第3号証の引用標章は,ビル群の外観を太線で描いた図形と,該図形の下に「Manhattan Portage」の欧文字を書し,図形の左上には「MADE IN」の文字,右上には「TM」の文字及び「Manhattan Portage」の文字の下には「NEW YORK NEW YORK USA」及び「LTD」の文字で表されているものであった。
それに対し,1984年(昭和59年)当時存在していたと思われる@標章は,ビル群は細い線で描かれており,「MADE IN」「TM」「NEW YORK, NEW YORK USA」及び「LTD」の文字は描かれていない。
以上のような両者の違いに対し,引用標章と@標章とは,ビル群の形がほぼ同じであることと,「Manhattan Portage」の文字部分を共通にしていることなどから,審決はそれを「社会通念上同一の範囲内の標章」として引用標章としたものであろう。
両者の差異はわずかとはいえ,それらは別個のものであり,かつ存在してなかった標章を1983年(昭和58年)から使用していたとして審判請求があり,審判もそれを基に審理している以上,周知性があったとする標章はどれかの法律判断はすべて「引用標章」を主軸にして論じられるのであるから,その特定を疎かにすることはできない。
(3) 引用標章は,本件各商標登録出願時には存在していなかった。それと社会通念上同一と判断される標章があったとしても,そのような標章も,当時のカタログ,あるいは雑誌広告等にはほとんど掲載されていない。そもそも「Manhattan Portage」標章を主体とした被告の商品カタログなどは,出願時には存在していなかった。
しかるに,審決は,出願時である1988年(昭和63年)あるいは1990年(平成2年)当時における引用標章の周知性について,引用標章の布製ラベル(乙第6号証の右下のラベル)が1983年(昭和58年)当時から作成されていたものであるかのようにして,かつ1987年(昭和62年)には,被告が当該製品をあたかも日本に輸出していたかのように(乙第20号証の1,2)認定して,それらからいきなり周知性まで結びつけた。
しかし,それらの証拠は周知性を示す意味を持たず,かつそれと周知性とを結びつける被告提出の供述証拠類の信用性も極めて低い。
3 不正目的の不存在 本件各商標登録は,被告代表者のPから容認されていた。それは商標ライセンスというようなものではなく,正に「日本でするなら構わない」との同意に属する程度のものであった。
(1) Pとの商談 (1)-1 1988年(昭和63年)10月初めに,原告がPを訪ね,両者で商談を持った結果,原告が被告商品を買い入れる旨の売買契約が成立したことは,確かな事実である。そのことは原告から被告への注文書及び指示書,銀行の信用状,被告から原告への書簡をもってしても明らかである。そして,その契約が成立したことから夕食を共にすることになり,その時の懇談から「Manhattan Portage」標章の日本における登録が容認されたのである。その具体的な経緯は,次のようなものである。
@ 原告は,1988年(昭和63年)9月に米国での雑貨の展示会を視察するため,ツアーに参加したのであり,日本において既に引用標章及びその周知性などを知ってから渡米したものでない。ニューヨークでの滞在中,偶然,ホテルの近くの雑貨店でシンプルなショルダーバッグを見つけた。この商品上のロゴマークは「JOHN PETERS」であった。
原告はそれを手に取って見て,シンプルな作りが気に入り,日本でも売れると考え,下げ札に記載されていた電話番号に電話を掛けてPにアポイントをとって,その足で被告の事務所を訪ねた。
審決では「9月末に訪米した際に,偶然,被告商品を見かけ,同年10月に被告会社を訪れ」と,商品を見かけて「引用標章」の存在を知った後に,改めて訪問したように認定しているが,実際には商品を見かけたその日のうちに被告の事務所を訪れ商談を持ったのである。
A 被告の事務所で商品の売買についての商談を始めると,Pが日本への輸出に関して非常に関心を持っているようであった。話が弾んだことから,更に各商品の具体的な価格,納期,改良点等について詳細な話合いをした。その話の延長として,原告は,Pに対し,被告商品を日本において独占的に販売していきたい旨を申し入れたところ,Pはこれにも応諾した。
ここまでのPの事務所における話合いでは,商標ライセンスなどの話はなく,話題にもならなかった。その間2時間余の商談であったが,双方の関心はあくまでも商品売買契約であり,その内容の話に終始した。
B 商品売買に関する双方の諸条件が基本的合意に達し商談が成功裡に終了したので,原告とPは,事務所を出て,原告の宿泊していたホテルの近くのレストランで夕食を共にした。そこで,初めて商標のことが話題になった。商標登録の経験がある原告は,被告商品を日本で積極的に販売していくには,第三者から商標を守る必要があることをPに話したのである。しかし,Pは,米国では先に使用しているのだから問題ないし,日本で商標登録する必要性は感じられないとして,日本における商標登録に関心を示さなかった。
(1)-2 原告としては,日本では,商標登録なしには安心して商品販売をすることができないと考え,さらにPに商標登録の必要性を説いたが,Pは自らそれを行う意思はないとのことであった。Pは,日本における商標登録を原告が自分の費用で行うなら,それをしてもかまわない旨を述べたのである。
(1)-3 1988年(昭和63年)10月7日の帰国後,原告はニューヨークで交わした商品売買契約について国際電話を入れ(同年10月24日),その内容を同月27日付けの手紙にして送り,同時に初回発注書,指示書,L/C開設のApplication Copyも同封した(甲第13号証陳述書の資料1〜5)。
その後,原告は,Pの同意をもとに商標登録手続の準備をして,原告の名義で同年11月8日に特許庁に商標登録の出願をした。それが1991年(平成3年)7月31日に登録された本件結合商標である。
(1)-4 ところが1988年(昭和63年)11月3日付け(原告が受け取ったのは同月10日ころ)の書簡で,被告から,突然正当な理由もなく一方的に,1988年(昭和63年)11月25日の納期の商品を翌年1月20日まで発送できないと通告された。大幅な遅延に困惑した原告は,納期遅延の理由の釈明を求めると同時に,同様な緊急時に日本で対応するために,いわゆる製造ライセンスに相当するような提案もした。これは,前述のように被告商品を輸入できずに困った原告が,それでも被告に無断で商品製造を行うという挙に出ることなくなおも信義を尽くしてそのような申入れをしたのである(ここで原告は初めて「ライセンス」という言葉を使ったのであり,それは製造ライセンスであった。原告は一度たりとも商標ライセンスの話をしたことがない。)。
ニューヨークで原告がPから日本における商標登録出願の容認を得ていたことは事実であり,原被告間の書簡に明示が一切ないからといって,口頭による容認の事実まで否定し,不正の目的があったと導いた審決の判断は,誤りである。
さらに,審決は,「ライセンス契約の提案はしているものの」と認定するが,これは明らかに「製造ライセンス」の提案であったのに,製造という文字を削除することによって,文脈から意図的に「商標ライセンス」であるかのように意味付けようとしたものである。審決は,この点においても,事実に反して原告に不正の目的があったかのように導いているものであって,誤認である。
当裁判所の判断
1 原告主張の審決の瑕疵について 当庁平成14年(行ケ)第593号事件の審決と本件の2件の審決を比較すれば,事実関係及び証拠において大半の部分について同一ないし類似しているものと認められる。しかし,特許庁の審決作成に当たり,法律上,同種事件の審決ないしその案を参照することが許されないものではなく,当該審判において得られる事実認定やこれに対する法的評価を審決書に記載する際,認定判断が一致する限り,別件の審決書と表現において同一のものとなったとしても,それ自体が違法となるものではない。
原告主張の事実をもってしては,審決に瑕疵があるということはできず,審決取消事由1は理由がない。
2 引用標章の使用時期と周知性認定の誤りに関する取消事由について (1) 被告が,1983年(昭和58年)4月に「ウルバリン マウンテン プロダクツ インコーポレーテッド」から「マンハッタン ポーテージ リミテッド」と社名変更したことは弁論の全趣旨によって認められ,以下の審決認定の事実は,原告において争っていない。
@ 被告は,スクール・ダッフルバッグ,フライトバッグ,メッセンジャーバッグ等のバッグの製造,販売を業務とする米国の法人であること,被告は,「使用開始」を1983年(昭和58年)4月25日と記載して,国際分類第18類(ソフトラゲッジ,ショルダーバッグ,バックパック,すべての用途のスポーツバッグ,自転車ウエストポーチ)及び第22類(キャンバスメッセンジャーバッグ)について,米国特許商標庁へ登録出願し,「登録番号;第2075388号」として1997年(平成9年)7月1日に登録を受けたものであること。
A 本件各商標の登録出願前である1988年(昭和63年)10月以前に発行,頒布された被告商品を掲載した商品カタログには,その表紙及び裏表紙に地色を赤色とした横長長方形内の中央部に,白抜きで描かれた高層ビル群の図形及び該図形の下部に同じく白抜きで書された「ManhattanPortage」の文字を要部とする標章が表示されており,同カタログ中に掲載された商品には,地色を緑色とした横長長方形内の中央部に,白抜きで描かれた高層ビル群の図形及び該図形の下部に同じく白抜きで書された「ManhattanPortage」の文字を要部とする標章が付されているものが存在すること。
B 被告は,1985年(昭和60年)には,被告商品を米国国内で発行されたと認められる雑誌等に宣伝広告したが,被告商品は,1987年(昭和62年)1月,1988年(昭和63年)1月及び同年6月ころの3回にわたって,東京都文京区所在の「CHENG & SONS CO.LTD.」を通じて日本に輸入された。その各時期の輸入数量は,順に156個,210個及び100個であったこと。(原告は,この輸入された被告商品に被告標章が付されていたことを否認している。) C 審決の理由の要点(2)及び(3)に説示の理由により,本件結合商標と引用標章とは,いずれも「バッグ類」に使用するものであって外観及び称呼において類似するものであり,本件図形商標と引用標章のいずれもまた「バッグ類」に使用するものであって外観上類似するものであること。
(2) 乙第13号証(審判乙第3号証)によれば,「Manufacturers of th JOHN PETERS」と題する商品カタログに,その表紙及び裏表紙に地色を赤色とした横長長方形内の中央部に,白抜きで描かれた高層ビル群の図形が描かれ,その図形の下部に同じく白抜きで書された「ManhattanPortage」の文字を要部とする次の標章が表示されていることが認められる。
乙第13号証表紙標章 このカタログには,引用標章とほぼ同じものとみられる標章(ただし,地色は緑色で,ManhattanPortageの文字の下に別の文字が白抜きで付されている。この文字は判読できない。)が付されているバッグの商品が掲載されている(型番1200〜1202,1304〜1307,1403S,L,1404,1405)。このカタログが本件各商標の登録出願前である1988年(昭和63年)10月以前に発行,頒布されたものであること自体は,原告も争っていない。上記の「JOHN PETERS」は被告代表者のPを表すものであるから,このカタログが被告が販売している商品についてのものであることは明らかである。
そして,証拠によれば,1986年(昭和61年)にエベレスト登山を果たした登山隊は被告の援助を得ていたが,白抜きで描かれた高層ビル群の図形の下にManhattanPortageの文字が白抜きで書されたバッグを登山メンバーが示しているカラー写真について,被告はそのカタログに使用する権限が与えられたこと(乙第14号証の1,2),アメリカで刊行された1985年(昭和60年)8・9月号の雑誌「SHOWCASE」には,緑地に白抜きで描かれた高層ビル群の図形が描かれ,その図形の下部に同じく白抜きで書された「ManhattanPortage」の文字が書された標章を付したバッグが,被告の広告として掲載され,同様の図形と文字からなる標章による被告のバッグの広告は,1986年(昭和61年)よりも前から雑誌「SHOWCASE」に掲載されていたこと,同誌の発行部数は1987年(昭和62年)において1万5000部であったこと(乙第16号証,第17号証の1〜3),が認められる。
(3) なお,乙第13号証のカタログの表紙等に記載された前記標章は,引用標章及び米国登録第2075388号商標と,同デザインの高層ビル群の下に描かれた同じ文字デザインに係る「ManhattanPortage」の文字が存するものとして構成の軌を一にするものであって,社会通念上同一の範囲の商標と認められるものである。したがって,被告が米国登録第2075388号の登録出願をするに際し,「使用開始」を1983年(昭和58年)4月25日と記載したについては,少なくとも乙第13号証のカタログ記載の時期に関してみれば,虚偽の事実に基づいたものと認めることはできない。
原告は,引用標章が本件各商標登録出願日より前に使用されていた事実はないと主張するが,引用標章は,上記米国登録商標や乙第13号証のカタログ表紙等に記載のある標章の中核となるものであり,被告は,1983年(昭和58年)にそのデザイン作成をデザイナーに依頼したと主張しているものである(乙第5号証)。
前認定のように,上記米国登録商標や乙第13号証のカタログにおける標章が1983年(昭和58年)あるいは1988年(昭和63年)の10月以前に使用されていた事実を認めることができる以上,これらの中核をなす引用標章もそのころに使用されていたものと認めることができるのであり,原告の主張は理由がない。
(4) 以上(1)〜(3)の認定事実によれば,引用標章は,本件各商標の登録出願前には,少なくとも米国内のバッグ類を取り扱う業界及び当該商品の需要者の間で広く認識されていたとの審決の認定判断に誤りはない。引用標章が付されるバッグ等はいわゆる旅行通に好まれるものであることが認められ(乙第21号証),大量生産されるものではないと推認することができる。したがって,前記「SHOWCASE」のような,相当部数発行されているアイテム紹介誌に引用標章と図形を共通にし文字も基本的な部分において共通する商標が付されている商品が紹介されている以上,引用標章が付されるバッグ等の販売個数の多寡について認定するまでもなく,引用標章は米国内において周知となっていたものと認めるべきものである。
なお,甲第49号証によれば,米国において,ラゲッジ等の商品に関する「PORTAGE」の文字からなる商標が,I.. C. Herman & Company, Inc.によって1977年(昭和52年)9月19日に登録出願され,1978年(昭和53年)9月12日に登録されたことが認められ,原告はこの事実をもって,引用標章は米国において法律上使用することが不可能であったと主張する。しかし,原告主張の法律上の当否は別として,証拠上引用標章が本件各商標の登録出願前に使用されていた事実を認めることができるのは前説示のとおりである。
3 不正目的の不存在に関する主張について (1) 審決が,不正の目的の有無を認定判断するに際して認定した事実(審決の理由の要点(4)-1(ただし,そこにおけるキ.中,原告が販売開始した商品に付された商標が,「ビル群の図形」及び「ManhattanPassage」の文字を白抜きしたものを要部とするものであることを除く。))について,原告は争っていない。
(2) 上記審決の理由の要点(4)-1における各事実によれば,(株)レジャープロダクツの代表取締役であった原告は,本件各商標の登録出願前である1988年(昭和63年)10月には,引用標章の存在を知る立場にあったことが認められる。
そして,原告の陳述書(甲第13号証),宣誓供述書(甲第35号証)並びに弁論の全趣旨によって検討するに,1988年(昭和63年)10月当時,被告と原告との間には,被告商品の取引について詳細な話合いがあり,その結果,原告が被告から被告商品を買い受けることなどについて基本的な意見が一致した(原告もこれを「基本的合意」と称しており,契約が成立したとはいわず,契約書の作成は後日に行うこととされたと供述している。)ものの,被告商品について原告が日本における独占販売権を取得することについて何ら確定的な合意は成立していなかったものと認められる。
また,かばん業界に精通している者であると自認する原告は,被告商品の評判についてかなりの程度において認識していたものと推認されるところ,原告が,本件各商標の登録出願をしたことについて,Pなど被告関係者に通知したことを認めるべき証拠はない。
原告ないし(株)レジャープロダクツは,Pからの1988年(昭和63年)11月3日付けの書簡(甲第14号証)の受領によって,被告との商品取引が成立しないと察知したことから,被告商品に類似するかばん類を,1989年(平成1年)3月27日付けの注文書により,韓国において製造させ,これら商品に赤地のラベルに白抜きで表した「ビル群の図形」及び「Manhattan/Passage」の文字を要部とする商標を使用して販売したものと認められるのである。上記書簡を原告が受領した日は明確に認定することができないが,時期の近接性からみて,上記書簡の受領が,昭和63年11月8日の本件結合商標の登録出願の契機になった可能性も否定することができない。
原告が被告商品を自ら日本に輸入しようとしていたものであることも,本件各商標の登録出願当時,引用標章が,被告商品について使用され,米国国内のかばん類の取引者,需要者の間に広く認識されているの存在を知りながら,引用標章と酷似する本件各商標を登録出願することについて,被告の承諾を得ないで無断で行ったと認めることの裏付けとなるものである。原告のこの行為には,米国内で広く認識されているに至っていた標章を使用する許諾を得ていないことを認識しつつ,日本でこれと外観において(本件結合商標については称呼においても)類似する本件各商標の登録出願をしたものとして,そこには不正の目的があったというべきである。
(3) 被告は,引用標章を日本国内において登録出願することについて関心を示さなかったが(この事実について,被告は明らかに争わない。),このことは,米国内でかばん類に使用する引用標章と酷似する本件各商標の登録出願が,被告に無断で行われたことに影響を及ぼすものではない。なお,原告自身の陳述書(甲第13号証)及び宣誓供述書(甲第35号証)において,Pが,被告商品の商標登録を日本でしなくとも,実際に使用している以上商標に関する権利は保持しているはずである旨原告に発言した趣旨の記載がある。Pがこのような発言をしたとしても,その趣旨は,被告商品の商標に関する権利は,被告自身で保持し管理することを前提にしたものと理解することができる。同陳述書及び供述書には,Pが本件各商標登録出願を原告が行うことを承諾した旨の記載もあるが,被告が強く争っている事実であり,被告代表者のPのこの点に関する供述書(乙第8,第9号証)の記載部分に照らし,客観的な裏付けを欠くものとして採用することができない。
原告は,突然正当な理由もなく一方的に,Pの1988年(昭和63年)11月3日付けの書簡で被告商品の納入を受けられないことの通告を受けたと主張する。しかし,たとえPから原告に対し納得のいく説明がなかったにせよ,結局において,被告商品の原告ないし(株)レジャープロダクツに対する供給の合意が成立しなかった以上,そして,引用標章と酷似する商標の登録出願について被告の承諾が得られていない以上,原告の上記主張事実が認められるとしても,本件各商標の登録出願が被告に無断で行われたとの認定が動くものではない。
(4) よって,本件各商標の登録出願行為には,不正の目的があったとした審決の判断に誤りはない。
結論
以上のとおり,審決取消事由はいずれも理由がなく,原告の請求は,両事件とも棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 塩月秀平
裁判官 古城春実
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