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関連審決 無効2001-35468
関連ワード 指定商品 /  周知性 /  4条1項19号 /  不正目的(不正の目的) /  類似性(類否判断) /  結合商標 /  外観(外観類似) /  称呼(称呼類似) /  離隔的 /  国内 /  信義則 /  無効審判 /  正当な理由 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 593号 審決取消請求事件
原告 株式会社レジャープロダクツ
訴訟代理人弁護士 永井均
被告 マンハッタンポーテージ リミテッド
訴訟代理人弁理士 萼経夫,館石光雄,村越祐輔,復代理人弁護士 寺内従道
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/11/20
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が無効2001-35468号事件について平成14年10月16日にした審決を取り消す。」との判決。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯 本件登録第4100203号商標(本件商標)は,次のとおりの構成よりなり,平成6年3月3日に登録出願,第18類「原革,原皮,なめし皮,革ひも,かばん類,袋物,携帯用化粧道具入れ,傘」を指定商品として,平成10年1月9日に設定登録されたものであり,原告が商標権者である。
本件登録第4100203号商標 被告は,平成13年10月23日,本件商標は,次の引用標章(被告が,1983年(昭和58年)に,被告取扱いに係る商品「メッセンジャーバッグ、柔らかい手提げかばん、バックパック、ショルダーバッグ及びすべてのスポーツバッグ」(以下「被告商品」という。)に使用するために採択し,使用開始したと主張する商標)と外観において類似し,原告により不正の目的をもって登録されたので,商標法4条1項19号に該当し,同法46条1項により,その登録は無効とされるべきと主張して,商標登録無効審判の請求をした(無効2001-35468号)。
引用標章 上記無効審判請求事件につき,平成14年10月16日,本件商標の登録を無効とするとの審決があり,その謄本は同月28日原告に送達された。
2 審決の理由の要点(審決中には,別件当庁平成14年(行ケ)第514号,第515号事件の原告であるAを本件の原告と誤記している箇所がある。明白な誤記であるため,個々の箇所において誤記である旨の注記は付さない。) (1) 本件商標と引用標章及びそれらの使用に係る商品の類否について (1)-1 本件商標と引用標章は,それぞれ前記のとおりであるところ,本件商標が高層ビル群の図形を細線で描き,該図形の下に「Manhattan」「passage」の各文字を二段に横書きした構成よりなるのに対し,引用標章は,黒塗り横長長方形図形内に高層ビル群の図形を,そして,該図形の下に「ManhattanPortage」の文字をいずれも白抜きした構成よりなるものである。 しかして,本件商標と引用標章は,その構成中の高層ビル群の図形部分において,これらを構成する線の太さ,白抜きか否か等に関し,若干の差異を有するとしても,それらの差異は,両者の外観上の類否判断に大きな影響を及ぼすものとはいえず,それぞれを時と所を異にして,離隔的に観察した場合には,外観上互いに紛れるおそれがあるものというのが相当である。 したがって,本件商標と引用標章とは,両者の文字部分が「Manhattan」の文字を顕著に表してなることとも相俟って,外観において類似するものといわざるを得ない。
(1)-2 本件商標は,前記1で述べたとおり,第18類「原革,原皮,なめし皮,革ひも,かばん類,袋物,携帯用化粧道具入れ,傘」をその指定商品とするものである。
これに対し,引用標章の使用に係る商品は,「スクール・ダッフルバッグ,フライトバッグ,メッセンジャーバッグ」等の「バッグ類」である。
してみると,本件商標及び引用標章は,いずれも「バッグ類」に使用するものということができる。
(2) 引用標章の米国における周知・著名性について (2)-1 被告提出の審判甲第3号証ないし審判甲第6号証,審判甲第9号証ないし審判甲第11号証及び原告提出の審判乙第3号証によれば,以下の事実が認められる。
(a)被告は,1983年(昭和58年)4月に「ウルバリン マウンテン プロダクツ インコーポレーテッド」(1980年(昭和55年)2月に米国ニューヨーク州に設立)から「マンハッタン ポーテージ リミテッド」と社名変更し,「スクール・ダッフルバッグ,フライトバッグ,メッセンジャーバッグ」等「バッグ」の製造,販売を業とする米国の法人である(請求書7頁)。
(b)被告は,次のとおりの構成よりなる商標(被告の米国登録商標)を1983年(昭和58年)4月25日に被告商品に使用開始し,国際分類第18類「ソフトラゲッジ,ショルダーバッグ,バックパック,すべての用途のスポーツバッグ,自転車ウエストポーチ」及び第22類「キャンバスメッセンジャーバッグ」を指定商品として米国特許商標庁へ登録出願し,登録第2075388号商標として1997年(平成9年)7月1日に登録を受けた(審判甲第3号証)。
被告の米国登録商標(c)上記商標の要部である高層ビル群の図形及び該図形の下に横書きした「ManhattanPortage」の文字からなるロゴは,1983年(昭和58年)2月9日ころ,米国コネチカット州スタンフォード所在の「Louise J.Adamcio」が被告の依頼を受けて製作した(審判甲第4号証)。
(d)本件商標の登録出願日(1994年(平成6年)3月3日)前であって,1988年(昭和63年)10月より前に発行し頒布された被告の商品カタログの表紙及び裏表紙には,地色を赤色とする横長長方形図形内の中央部に白抜きした高層ビル群の図形及び該図形の下に,同じく白抜きした「ManhattanPortage」の文字を要部とした標章が表示されている(原告提出の被告の商品カタログ:審判乙第3号証)。
(e)また,同カタログ中に掲載された商品には,地色を緑色とする横長長方形図形内の中央部に,白抜きした高層ビル群の図形及び該図形の下に同じく白抜きした「ManhattanPortage」の文字を要部とした標章が付されているのが認められる。
(f)そして,上記地色を赤色又は緑色とする2種類の標章を表示したラベルは,米国ニューヨーク州ニューヨーク市に所在の「Artistic Identification Systems Co. Inc.」(1996年12月に「U.S.Label Artistic」に買収された。)が1983年4月に被告の依頼を受けて製造した(審判甲第5号証)。
(g)被告商品は,1987年(昭和62年)1月12日,1988年(昭和63年)1月13日及び1988(昭和63年)6月23日(いずれも米国の日付)に「東京都文京区湯島3-16-10」に所在の「CHENG & SONS CO.LTD.」を通じて日本に輸入された。その際の各総数量は,順に156個,210個及び100個であった(審判甲第10号証の1ないし審判甲第11号証)。
(2)-2 上記(2)-1の認定事実によれば,引用標章と社会通念上同一の範囲の商標と認められる被告の米国登録商標は,被告が1983年(昭和58年)4月25日から「バッグ類」に使用開始したものであること,また,本件商標の登録出願(1994年(平成6年)3月3日)前より引用標章若しくはこれと社会通念上同一と認められる地色を赤色又は緑色とする2種類の標章が被告の商品カタログに掲載され,使用されていたことが認められること,さらに,被告商品は,本件商標の登録出願前までには,既に我が国に所在する法人によって輸入されていたことが認められる。
しかして,上記引用標章等を付した被告商品は,ファッション関連商品である「バッグ類」であって,そうしたファッション関連商品のデザインやロゴマークは,商品の売上げに直接響く重要な要素を占めることから,その選定に当たっては,業界の実情や動向,需要者の嗜好傾向の把握,当該分野に関する詳細な情報の獲得などを肝要とすること,また,米国のシンボル的な役割を果たし,著名な繁華街を多数擁し,ファッションやビジネス,ショッピングの中心地あるいは著名な観光名所地としても世界的によく知られているニューヨークのマンハッタン周辺地区のビル群をデフォルメして表示し,斬新,かつ,洗練された都会的な雰囲気を感じさせる被告の引用標章等の図柄に接する観光客,学生等をはじめとする需要者,取引者は,Aがそうであったように,そうした構図の特徴に惹かれ,被告商品を少なからず買い求めたと想像するに難くないことなどよりすれば,「バッグ類」に使用される被告の引用標章等は,本件商標の登録出願前には,少なくとも米国内のバッグ類を取り扱う業界及び当該商品の需要者の間で広く認識されていたものというのが相当である(審判甲第6号証ないし審判甲第12号証)。
(3) 不正の目的について (3)-1 請求の理由及び答弁の理由並びに審判乙第1号証ないし審判乙第16号証によれば,以下の事実が認められる。
(a)Aは,かばん類の製造販売を業とする東京都小平市所在の原告の代表取締役であった1988年(昭和63年)9月末に訪米した際に,偶然,被告商品を見かけ,同年10月に被告会社を訪れ,被告の代表者であるPと会い,被告商品を日本に輸入し,販売することについての商談を持ち掛けた。
その際,Pは,被告商品を日本市場で販売することについて乗り気であったこと,Aは,Pから被告商品が掲載された商品カタログと被告商品の価格表をもらったこと(審判乙第3号証及び審判乙第4号証),Aは,Pから日本の業者の名刺を2,3枚見せられたので,被告商品が日本にも入っていると知ったこと,Aは,Pに日本における独占販売権を授与するよう申し入れたこと(答弁書4頁(3)),しかしながら,書面による契約はなかったこと,Aは,引用標章を日本に商標登録出願し,登録するよう提案したが,Pは関心を示さなかったことが認められる。
(b)Aは,帰国後に,1988年(昭和63年)10月24日の被告との電話の内容を確認するための10月27日付けの書簡(審判乙第7号証)と被告商品を注文する注文書(審判乙第8号証)を被告に送付した。書簡の主な内容は,「貴殿は我々(原告)が独占的に貴社製品の日本全国における販売を(宣伝をしながら)促進することを許可しました。我々は日本における貴社製品の独占販売会社です。・・・そして,ニューヨーク港本船渡しの値段については,貴殿の価格表より20%割り引くことに双方同意しました。私は上述した事が,今回の両者間の電話会談で同意した重要事項だと思います。折り返し便にて貴殿の方からもご確認ください。この契約の有効期間は・・・5年間を提案します。」とするものであり(審判乙第7号証),また,注文書の主な内容は,「デイパック,ショルダーバッグ合計400個」の注文とともに,商品のデザインの変更,商品に使用するラベルの色の特定及び同ラベルに原告会社名「レジャープロダクツ」の名称,住所等を入れることなどの条件を付したものである(審判乙第8号証)。
そして,原告は,上記取引のため,「信用状有効期限」を「1988年11月30日」とする信用状を開設した。
(c)上記(b)の注文に対し,Pは,1988年(昭和63年)11月3日付けの書簡で,注文品を1989年(平成1年)1月20日までには発送できないこと,商品のデザインの変更には割増金が必要であること,商品に付されるラベルの住所等を変更するには,注文数が少なく対応できないことなどを指摘した。
(d)Aは,1988年(昭和63年)11月8日に別件Portage結合商標を登録出願した。
別件Portage結合商標(e)上記(c)のPの書簡に対して,Aは,顧客に被告商品を売り継いだので,同年12月25日までに被告商品を受け取らなければならないこと,Aが被告商品の生産を日本で行うライセンス契約締結の提案などを内容とする1988年11月15日付けの書簡を被告に送付した(審判乙第14号証)。
(f)上記(e)のAの書簡に対し,被告,ないしPからは何らの返事もなかった。
(g)原告は,1989年(平成1年)4月15日前までに出荷することを条件として1989年(平成1年)3月27日に韓国ソウル市所在の会社に「MANHATTANシリーズのバッグ及びパック」の製造を依頼した(審判乙第15号証)。
そして,原告は,赤地のラベルに「ビル群の図形」及び「ManhattanPassage」の文字を白抜きしたものを要部とする商標を「ショルダーバッグ,ダッフルバッグ,スクールデイバッグ,ビジネスバッグ」等に付して,1989年(平成1年)4月ころから販売開始した。
(3)-2 (3)-1の認定事実によれば,原告の代表取締役であったAは,本件商標の登録出願前の1988年(昭和63年)10月時点において,引用標章の存在を知る立場にあったと認められる。
そして,正規の契約がないため,1988年(昭和63年)10月当時,被告と原告との間に,被告商品の取引に関し,どのような取り極めがあったのか定かではないが,仮に,原告が主張するように,被告商品を原告が日本で販売することについて,被告から独占販売権が授与されていたとすれば,被告及び引用標章について何らの知識も有していなかった筈のAが,突然,被告の会社を訪れ,被告からにわかに独占販売権の授与を得るということは,通常の商取引からすれば,極めて異例のことといわなければならない。また,書面による契約書が交わされていないことを併せ考えると,被告とAとの間には,被告商品の取引について何らかの話し合いがあったとは窺い知れても,被告商品の日本における独占販売権が原告にあったと認めることは困難といわざるを得ない。
しかも,前記(3)-1(b)で認定したように,1988年(昭和63年)10月27日付けの「レジャープロダクツ」の書簡中には,「この契約の有効期間は・・・5年間を提案します。」とあるところ,Aにとってこれまで全く面識のなかった被告,そして,未知ともいえる引用標章の使用されている被告商品を原告が日本において独占販売することについて,原告が長期契約ともいえる「5年の契約期間」を提案すること自体,奇異の念を抱かざるを得ず,むしろ,かばん業界に精通していると自認するAの立場にあれば,被告商品の評判について何らかの知識を得ていたものと無理なく推認し得るものである。
他方,被告と原告との間に,何らかの形で商品取引についての合意があったと見られるとしても,被告(P)と原告及びAとの間における書簡には,引用標章に類似する別件Portage結合商標をAが日本に商標登録出願し,その登録商標をこれまで面識のなかったはずのAが権利取得してよいとの明示は一切なく,1988年(昭和63年)11月3日付けのPの書簡に対する1988年(昭和63年)11月15日付けのAの返信においても,ライセンス契約の提案を一方的にしてはいるものの,1988年(昭和63年)11月8日に登録出願をした別件Portage結合商標については何ら触れられていない。
そして,原告及びAは,1988年(昭和63年)11月3日付けのPの書簡以降,被告との交渉が進展せず,成立の見込みがないと察知するや被告商品に類似する「かばん類」を1989年(平成1年)3月27日付けの注文書をもって,韓国の企業に依頼し,同国で製造させ,これらの商品に赤地のラベルに白抜きした「ビル群の図形」及び「Manhattan/Passage」の文字を要部とする商標を付して販売開始したことが認められる。
してみると,原告及びAは,本件商標の登録出願前に,被告商品が我が国に輸入されていたこと及び被告が被告商品に使用して米国内のかばん類の取引者,需要者の間で広く認識されていた引用標章の存在を,原告及びAは,知る立場にありながら,引用標章が我が国に商標登録出願されていないことを奇貨として,被告に無断で,しかも,原告の商品の販売取引を有利に運び,利潤を得る手段として,引用標章と類似する本件商標を我が国に登録出願したものと推認することができる。
そのほか,Aは,1990年(平成2年)9月3日に引用標章と類似する「別件図形商標」を商標登録出願し,さらに,「MANHATTAN」「PASSAGE」の文字を二段に横書きしてなる別件文字商標を2000年(平成12年)1月25日に商標登録出願していることを併せ考えると,原告の行為には信義則に反する不正の目的があったといわざるを得ず,そして,これを覆すに足りる証拠は見いだせない。
別件図形商標 別件文字商標 (3)-3 ところで,原告は,被告が引用標章を日本国内において登録出願することについて関心を示さなかったと主張しているが,被告と原告との間に,いかなる取引の約束があったにせよ,そして,被告の口頭約束の不履行にたとえ瑕疵があったとしても,さらに,原告が仮に被告商品の日本における独占販売業者であったとしても,これらの事情と引用標章に類似する本件商標ほか数件の商標を原告が被告に無断で我が国に商標登録出願し,自己の名義により登録を取得した行為には正当性が見出せず,たとえ,上記各種事情を考慮しても,原告は,他人である被告が米国内でかばん類について使用している引用標章と類似する本件商標を日本において被告に無断で登録出願してもよいということにはならないことは明らかである。
(4) 原告の主張について (4)-1 原告は,提出された証拠からは,本件商標の登録出願前における引用標章の周知,著名性は認められない旨主張している。
しかしながら,「需要者の間に広く認識されている商標」とは,米国内の国民のすべてに広く認識されていることまでを必要とするものではなく,当該商品の取引者の間に広く認識されていれば足りると解される。
また,旅行用バッグ,通勤・通学用バッグ等にあっては,デザインもさることながら,商品の使い易さ,軽量性,堅牢性,耐久・耐水性等の品質の良さ,ファッション性などが商品選択のポイントとなり,そのような特質を有する商品は,製造工場等の規模の大きさ,大量生産される商品か否かといったことに左右されず,たとえ,販売数量が少なくとも,希少価値,高級感,洗練性の度合いなどによって,取引者,需要者の間で人気を博し,認識度が高まる場合のあることは,取引の実際に照らして明らかである。
ところで,審判甲第6号証,審判甲第7号証及び審判甲第9号証によれば,被告は,被告商品に関し,「1981年までにはブルーミングデールのショーウインドにプラスチック製の留具を付けた私のバッグがみられるようになった。そのころから他の皆もプラスチック製の留具を使うようになったけれど,私が最初である。」,「1982年ニューヨーク市にある会社が非常に耐摩耗で軽量かつ耐久性のあるナイロンであるコーデュラを使用した最初のメッセンジャーバッグの製作を開始した。・・・マンハッタン ポーテージはまた,より現代的で手にやさしいネクサス留具を利用して金属製の留具に先行している。職人の技能は優れており,すべてが卓越している。・・・」,「製品のでき映え,品質及び細部の機能に注意深い配慮がなされている。すべての製品がコーデュラ素材の流行色で,生涯保証により裏付けされている。」などと記載していることが認められ,被告商品は,上記の特性を有する商品として,少なくとも米国内のバッグ類を取り扱う取引者の間において,広く認識されていたものとみるのが相当であり,また,前記認定のとおり,被告は,遅くとも1985年(昭和60年)には,被告商品についての宣伝,広告を雑誌を通じて行っていたことが認められる。
(4)-2 原告は,本件商標を登録出願をすることについて,本件商標は,出願時及び商標登録時のいずれにおいても被告の引用標章と関わりがなく,かつ,引用標章とは全く別異の商標として登録されたから,被告に対する不正な行為が生ずる余地はない旨主張している。
しかしながら,本件商標と引用標章とは,前記したとおり,時と所を異にして離隔的に観察した場合において,外観上互いに紛れるおそれがあるものというべきであり,外観において類似するものといわざるを得ないから,全く別異な商標とはいい得ない。
そして,前記したとおり,本件商標の登録出願時には,少なくとも米国内のかばん類の取引者,需要者の間で広く認識されていたと認められる被告の引用標章と本件商標とは,外観において類似する商標であり,原告による本件商標の商標登録出願は,被告の承諾を得ずにしたものと認められる。
(4)-3 したがって,上記原告の主張は,いずれも理由がなく採用することができない。
(5) 以上のとおりであるから,本件商標は,その登録出願前より,米国内のバッグ類の分野において,取引者,需要者の間に広く認識されていた引用標章と類似するものであって,不正の目的をもって使用する商標といわざるを得ない。
したがって,本件商標は,商標法4条1項19号に違反して登録されたものであるから,同法46条1項の規定により,その登録を無効とすべきである。
原告主張の審決取消事由
1 審決の瑕疵 審決の主な事実認定は,本件の引用標章と同じ商標を引用標章として商標登録を取り消した審決(当庁平成14年(行ケ)第514号,第515号事件で取消しが求められている。)と,細かな部分の内容・表現までほぼ同一である。これは,本件審判官が審決記録に綴られた証拠によって自ら判断したものでなく,第514号,第515号事件の審決の審判官とあらかじめ談合し,事実認定表示や内容を融通し合って文書を作成したものである。このことは,審決に関与すべきでない審判官が審決を作成したのと同じ違法性がある。
2 引用標章の使用時期と周知性認定の誤り (1) 引用標章に関連する標章は,1984年(昭和59年)になって初めて次の標章(以下,原告の表記に従い,「@標章」という。)が見られるようになっただけである(乙第10,第13号証の1,2等)。
@標章 1983年(昭和58年)から引用標章が使用されてきたと被告が主張しているのは,唯一の公的な書類である米国登録商標に係る特許商標庁の登録証明書であり,そこにある「1983年4月25日から使用」との記載によったことがうかがえる。
ところが,米国登録商標の使用開始日は出願人の自己申告制であるから,客観性がない。被告は,引用標章の使用の立証のために「1983年以来被告のラベルを製造している」とする乙第5号証を捏造したのである。乙第5号証の英文書簡のどこにも,添付された2点のラベルが1983年(昭和58年)に作成されたものとは特定されていない。ただ単に,ラベルを製造していたということがうかがえるだけである。
(2) 乙第2号証の引用標章は,ビル群の外観を太線で描いた図形と,該図形の下に「Manhattan Portage」の欧文字を書し,図形の左上には「MADE IN」の文字,右上には「TM」の文字及び「Manhattan Portage」の文字の下には「NEW YORK NEW YORK USA」及び「LTD」の文字で表されているものであった。
それに対し,1984年(昭和59年)当時存在していたと思われる@標章は,ビル群は細い線で描かれており,「MADE IN」「TM」「NEW YORK, NEW YORK USA」及び「LTD」の文字は描かれていない。
以上のような両者の違いに対し,引用標章と@標章とは,ビル群の形がほぼ同じであることと,「Manhattan Portage」の文字部分を共通にしていることなどから,審決はそれを「社会通念上同一の範囲内の標章」として引用標章としたものであろう。
両者の差異はわずかとはいえ,それらは別個のものであり,かつ存在してなかった標章を1983年(昭和58年)から使用していたとして審判請求があり,審判もそれを基に審理している以上,周知性があったとする標章はどれかの法律判断はすべて「引用標章」を主軸にして論じられるのであるから,その特定を疎かにすることはできない。
(3) 引用標章は,本件商標登録出願時には存在していなかった。それと社会通念上同一と判断される標章があったとしても,そのような標章も,当時のカタログ,あるいは雑誌広告等にはほとんど掲載されていない。そもそも「Manhattan Portage」標章を主体とした被告の商品カタログなどは,出願時には存在していなかった。
しかるに,審決は,出願時である1988年(昭和63年)あるいは1990年(平成2年)当時における引用標章の周知性について,引用標章の布製ラベル(乙第5号証の右下のラベル)が1983年(昭和58年)当時から作成されていたものであるかのようにして,かつ1987年(昭和62年)には,被告が当該製品をあたかも日本に輸出していたかのように(乙第19号証の1,2)認定して,それらからいきなり周知性まで結びつけた。
しかし,それらの証拠は周知性を示す意味を持たず,かつそれと周知性とを結びつける被告提出の供述証拠類の信用性も極めて低い。
3 不正目的の不存在 本件商標は引用標章とは関係なく作成され,その登録も引用標章とは関係なく行われたものである。
(1) Pによる契約不履行 Aは,1988年(昭和63年)9月末にニューヨークで行われた雑貨の展示会を視察するために訪米し,ニューヨークでの滞在中,偶然,ホテルの近くの雑貨店でシンプルなショルダーバッグを見つけた。日本において既に引用標章及びその周知性などを知ってから渡米したものではない。Aはそれが日本でも売れると考えたため,そのバッグを輸入し販売しようと考え,その下げ札に記載されていた被告の電話番号に電話を掛け,その足で被告の事務所を訪れた。
Pの事務所で商品の売買についての商談を始め,価格,納期,改良点等の基本的な話合いを持った。Pが日本への輸出に関して非常に関心を持っていることを感じたAは,Pに対し,その商品を日本において独占的に販売していきたい旨の説明をしたところ,最終的にPは応諾した。
Aは帰国後,ニューヨークで取り決めた商品売買契約に関しての各事項について,国際電話及び書簡で確認を入れ,初回注文書,指示書,銀行信用状のApplication Copyを送付した。その後,被告は一方的に納期遅延を通知してきた。
原告は,各得意先に対しPorgate社の商品を1989年(平成1年)初頭より販売することを1988(昭和63年)年11月初旬までには約束していたので,納期について再度書面にて交渉したが,被告からは誠意ある回答がなかった。
被告の要求により開設した輸入信用状の期限まで待ったが,結局被告より一方的に契約を反故にされることとなった。このことから,Aは被告に対する信頼を一気になくした。Aは,海外他社商品に依存することに改めて危機感を覚えた。
そこで自分のリスクで新しい独自の商品シリーズを開発することにした。開発期間約4か月を費やして完成したのが「Manhattan」シリーズであった。その開発コンセプトは「旅,レジャー,ビジネス」で,当時原告の有力ブランドであった「Coromandel」に続くシリーズとして,1989年春ごろより販売を開始したところ,消費者より好評を得ることができ,引き続き市場開拓を進めた。
(2) 「Manhattan Passage」商標登録の経緯 「Manhattan」のネーミングは,1960年代の終わりに商船として世界で初めて北極海の航海を成功させた米国の巨大タンカー「Manhattan号」の物語から来ている。「Manhattan」シリーズのネーミングは,リスクを取りながら新製品を船出させることを「Manhattan号」にたとえたこと,それにビジネスの中心地である地名の「Manhattan」を重ねたことにより生まれたのである。
その後,「Manhattan」の後に「旅・冒険」をイメージする語を付け加えようとして,「Passage」,「adventure」,「voyage」,「explore」等いくつかの候補に絞り込み検討した結果,タンカーの航路である「Northwest Passage」が通称「Manhattan Passage」と呼ばれていたことから「Manhattan Passage」を採択し,1990年(平成2年)ごろより使用開始したのある。
そして事業を営む者として,独自に開発した商品を守るため,この新しいネーミングを平成2年11月に商標登録出願した。しかし,この時は,他社の「パサージュ」の商標に呼称が類似するとして拒絶されたので,再度平成6年に登録出願した。その際,文字のみではインパクトに欠けると思い,写実的な摩天楼の図柄を付け加えた。
「Manhattan passage」の生い立ちには前述したような背景があったが,営業努力により,国内での市場を拡大していき,年々その売上げを伸ばし,有名百貨店,有名専門店での代表的なブランドの一つとなり,現在でも消費者の絶大なる信頼を得ている。
(3) 以上,本件商標を,原告において考案・登録したのは,上記のように独自に開発した新製品の標章が必要となったことにおいて,新製品には新標章を付するとの考えに基づくものであり,そこには何ら不正の目的は存在しない。
当裁判所の判断
1 原告主張の審決の瑕疵について 当庁平成14年(行ケ)第514号,第515号事件の審決と本件の審決を比較すれば,事実関係及び証拠において大半の部分について同一ないし類似しているものと認められる。しかし,特許庁の審決作成に当たり,法律上,同種事件の審決ないしその案を参照することが許されないものではなく,当該審判において得られる事実認定やこれに対する法的評価を審決書に記載する際,認定判断が一致する限り,別件の審決書と表現において同一のものとなったとしても,それ自体が違法となるものではない。
原告主張の事実をもってしては,審決に瑕疵があるということはできず,審決取消事由1は理由がない。
2 引用標章の使用時期と周知性認定の誤りに関する取消事由について (1) 被告が,1983年(昭和58年)4月に「ウルバリン マウンテン プロダクツ インコーポレーテッド」から「マンハッタン ポーテージ リミテッド」と社名変更したことは弁論の全趣旨によって認められ,以下の審決認定の事実は,原告において争っていない。
@ 被告は,スクール・ダッフルバッグ,フライトバッグ,メッセンジャーバッグ等のバッグの製造,販売を業務とする米国の法人であること,被告は,「使用開始」を1983年(昭和58年)4月25日と記載して,国際分類第18類(ソフトラゲッジ,ショルダーバッグ,バックパック,すべての用途のスポーツバッグ,自転車ウエストポーチ)及び第22類(キャンバスメッセンジャーバッグ)について,米国特許商標庁へ登録出願し,「登録番号;第2075388号」として1997年(平成9年)7月1日に登録を受けたものであること。
A 本件商標の登録出願日(1994年(平成6年)3月3日)前であって,1988年(昭和63年)10月より前に発行し頒布された被告の商品カタログの表紙及び裏表紙には,地色を赤色とする横長長方形図形内の中央部に白抜きした高層ビル群の図形及び該図形の下に,同じく白抜きした「ManhattanPortage」の文字を要部とした標章が表示されており,同カタログ中に掲載された商品には,地色を緑色とする横長長方形図形内の中央部に,白抜きした高層ビル群の図形及び該図形の下に同じく白抜きした「ManhattanPortage」の文字を要部とした標章が付されていること。
B 被告商品は,1987年(昭和62年)1月12日,1988年(昭和63年)1月13日及び同年6月23日(いずれも米国の日付)の3回にわたって,「東京都文京区湯島3-16-10」に所在の「CHENG & SONS CO.LTD.」を通じて日本に輸入されたこと。その各時期の輸入数量は,順に156個,210個及び100個であったこと。
(2) 乙第12号証(審判乙第3号証)によれば,「Manufacturers of th JOHN PETERS」と題する商品カタログに,その表紙及び裏表紙に地色を赤色とした横長長方形内の中央部に,白抜きで描かれた高層ビル群の図形が描かれ,その図形の下部に同じく白抜きで書された「ManhattanPortage」の文字を要部とする次の標章が表示されていることが認められる。
乙第12号証表紙標章 このカタログには,引用標章とほぼ同じものとみられる標章(ただし,地色は緑色で,ManhattanPortageの文字の下に別の文字が白抜きで付されている。この文字は判読できない。)が付されているバッグの商品が掲載されている(型番1200〜1202,1304〜1307,1403S,L,1404,1405)。このカタログが本件商標の登録出願前である1988年(昭和63年)10月以前に発行,頒布されたものであること自体は,原告も争っていない。上記の「JOHN PETERS」は被告代表者のPを表すものであるから,このカタログが被告が販売している商品についてのものであることは明らかである。
そして,証拠によれば,1986年(昭和61年)にエベレスト登山を果たした登山隊は被告の援助を得ていたが,白抜きで描かれた高層ビル群の図形の下にManhattanPortageの文字が白抜きで書されたバッグを登山メンバーが示しているカラー写真について,被告はそのカタログに使用する権限が与えられたこと(乙第13号証の1,2),アメリカで刊行された1985年(昭和60年)8・9月号の雑誌「SHOWCASE」には,緑地に白抜きで描かれた高層ビル群の図形が描かれ,その図形の下部に同じく白抜きで書された「ManhattanPortage」の文字が書された標章を付したバッグが,被告の広告として掲載され,同様の図形と文字からなる標章による被告のバッグの広告は,1986年(昭和61年)よりも前から雑誌「SHOWCASE」に掲載されていたこと,同誌の発行部数は1987年(昭和62年)において1万5000部であったこと(乙第15号証,第16号証の1〜3),が認められる。
(3) なお,乙第12号証のカタログの表紙等に記載された前記標章は,引用標章及び米国登録第2075388号商標と,同デザインの高層ビル群の下に描かれた同じ文字デザインに係る「ManhattanPortage」の文字が存するものとして構成の軌を一にするものであって,社会通念上同一の範囲の商標と認められるものである。したがって,被告が米国登録第2075388号の登録出願をするに際し,「使用開始」を1983年(昭和58年)4月25日と記載したについては,少なくとも乙第12号証のカタログ記載の時期に関してみれば,虚偽の事実に基づいたものと認めることはできない。
原告は,引用標章が本件商標登録出願日より前に使用されていた事実はないと主張するが,引用標章は,上記米国登録商標や乙第12号証のカタログ表紙等に記載のある標章の中核となるものであり,被告は,1983年(昭和58年)にそのデザイン作成をデザイナーに依頼したと主張しているものである(乙第4号証)。前認定のように,上記米国登録商標や乙第12号証のカタログにおける標章が1983年(昭和58年)あるいは1988年(昭和63年)の10月以前に使用されていた事実を認めることができる以上,これらの中核をなす引用標章もそのころに使用されていたものと認めることができるのであり,原告の主張は理由がない。
(4) 以上(1)〜(3)の認定事実によれば,引用標章は,本件商標の登録出願前には,少なくとも米国内のバッグ類を取り扱う業界及び当該商品の需要者の間で広く認識されていたとの審決の認定判断に誤りはない。なお,引用標章が付されるバッグ等はいわゆる旅行通に好まれるものであることが認められ(乙第20号証),大量生産されるものではないと推認することができる。したがって,前記「SHOWCASE」のような,相当部数発行されているアイテム紹介誌に引用標章と図形を共通にし文字も基本的な部分において共通する商標が付されている商品が紹介されている以上,引用標章が付されるバッグ等の販売個数の多寡について認定するまでもなく,引用標章は米国内において周知となっていたものと認めるべきものである。
3 不正目的の不存在に関する主張について (1) 審決が,不正の目的の有無を認定判断するに際して認定した事実(審決の理由の要点(3)-1の事実(ただし,そこにおける(g)中,原告が販売開始した商品に付された商標が,「ビル群の図形」及び「ManhattanPassage」の文字を白抜きしたものを要部とするものであることを除く。))について,原告は争っていない。
(2) 上記原告の争わない審決の理由の要点(3)-1中の各事実によれば,原告の代表取締役であったAは,本件商標の登録出願前である1988年(昭和63年)10月には,引用標章の存在を知る立場にあったことが認められる。
そして,Aの陳述書(甲第10号証),宣誓供述書(甲第33号証)並びに弁論の全趣旨によって検討するに,1988年(昭和63年)10月当時,被告とAとの間には,被告商品の取引について詳細な話合いがあり,その結果,原告ないしAが被告から被告商品を買い受けることなどについて基本的な意見が一致した(原告もこれを「基本的合意」と称しており,契約が成立したとはいわず,契約書の作成は後日に行うこととされたと供述している。)ものの,被告商品について原告ないしAが日本における独占販売権を取得することについて何ら確定的な合意は成立していなかったものと認められる。
また,かばん業界に精通している者であると自認するAは,被告商品の評判についてかなりの程度において認識していたものと推認されるところ,原告が,別件Portage結合商標及び別件図形商標,さらには本件商標の登録出願をしたことについて,Pなど被告関係者に通知したことを認めるべき証拠はない。
原告ないしAは,Pからの1988年(昭和63年)11月3日付けの書簡(甲第11号証)の受領によって,被告との商品取引が成立しないと察知したことから,被告商品に類似するかばん類を,1989年(平成1年)3月27日付けの注文書により,韓国において製造させ,これら商品に赤地のラベルに白抜きで表した「ビル群の図形」及び「Manhattan/Passage」の文字を要部とする商標を使用して販売したものと認められるのである。上記書簡を原告ないしAが受領した日は明確に認定することができないが,時期の近接性からみて,上記書簡の受領が,昭和63年11月8日の別件Portage結合商標の登録出願の契機になった可能性も否定することができない。
原告ないしAが被告商品を自ら日本に輸入しようとしていたものであることも,原告代表取締役であったAは,本件商標の登録出願当時,引用標章が,被告商品について使用され,米国国内のかばん類の取引者,需要者の間に広く認識されているの存在を知りながら,引用標章と酷似する本件商標を登録出願することについて,被告の承諾を得ないで無断で行ったと認めることの裏付けとなるものである。Aが別件Portage結合商標及び別件図形商標の登録出願をした行為には,米国内で広く認識されているに至っていた標章を使用する許諾を得ていないことを認識しつつ,日本でこれと外観において(別件Portage結合商標の登録出願については称呼においても)類似する本件商標の登録出願をしたものとして,そこには不正の目的があったというべきである。
そして,本件商標は,別件Portage結合商標と,「Manhattan」の文字構成及び文字デザインにおいて酷似し(しかも,「Portage」と「Passage」の文字部分も,頭文字の「P」と,末尾3文字「age」とにおいて共通している。),別件Portage結合商標及び別件図形商標とは,一見してエンパイアステート・ビルあるいはクライスラー・ビルと思わせるビルを中央左部に配し,明らかにニューヨークマンハッタンの高層ビルと認識させる輪郭線だけによるビル群のロゴを描くなど,ビル群の図形においても共通していることからすると,本件商標の登録出願の登録出願をした点も,上記二つの別件商標の登録出願と同様に不正の目的があったというべきである。原告は,独自に本件商標をの文字及び図形を採択したと主張し,Aの陳述書(甲第10号証)及び宣誓供述書(甲第33号証)にはその旨の記載があるが,上記別件商標の登録出願までの経緯に照らし,採用することができない。
(3) 被告は,引用標章を日本国内において登録出願することについて関心を示さなかったが(この事実について,被告は明らかに争わない。),このことは,米国国内でかばん類に使用する引用標章と酷似する別件各商標と更に酷似する本件商標の登録出願が,被告に無断で行われたことに影響を及ぼすものではない。なお,原告の代表者であったAの陳述書(甲第10号証)及び宣誓供述書(甲第33号証)において,Pが,被告商品の商標登録を日本でしなくとも,実際に使用している以上商標に関する権利は保持しているはずである旨Aに発言した趣旨の記載がある。
Pがこのような発言をしたとしても,その趣旨は,被告商品の商標に関する権利は,被告自身で保持し管理することを前提にしたものと理解することができる。同陳述書及び供述書には,Pが本件各商標登録出願を原告が行うことを承諾した旨の記載もあるが,被告が強く争っている事実であり,被告代表者のPのこの点に関する供述書(乙第7,第8号証)の記載部分に照らし,客観的な裏付けを欠くものとして採用することができない。
原告は,突然正当な理由もなく一方的に,Pの1988年(昭和63年)11月3日付けの書簡で被告商品の納入を受けられないことの通告を受けたと主張する。しかし,たとえPから原告ないしAに対し納得のいく説明がなかったにせよ,結局において,被告商品の原告及びAに対する供給の合意が成立しなかった以上,そして,引用標章と酷似する商標の登録出願について被告の承諾が得られていない以上,原告の上記主張事実が認められるとしても,本件商標の登録出願が,被告に無断で行われたとの認定が動くものではない。
(4) よって,本件商標の登録出願行為には,不正の目的があったとした審決の判断に誤りはない。
結論
以上のとおり,審決取消事由はいずれも理由がなく,原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 塩月秀平
裁判官 古城春実