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事件 平成 17年 (ネ) 675号 商標使用差止等,損害賠償請求控訴事件
控訴人兼被控訴人(甲・乙事件原告) アイ・ビー・アール株式会社 (以下「一審原告」とい う。)
同代表者代表取締役 A
控訴人兼被控訴人(甲事件被告) 有限会社フローリック (以下「一審被告フローリック」とい う。)
同代表者取締役 B
控訴人兼被控訴人(甲事件被告) B(以下「一審被告B」とい う。)
上記両名訴訟代理人弁護士 平井龍八
同 今井浩三
同 稲毛一郎
同 松村廣治
同 幸田勝利
同 清王達之
同 井上直治
同 國重徹
被控訴人(乙事件被告) コスモ油化株式会社 (以下「一審被告コスモ油化」とい う。)
同代表者代表取締役 C
被控訴人(乙事件被告) C(以下「一審被告C」という。)
上記両名訴訟代理人弁護士 泉秀一
裁判所 大阪高等裁判所
判決言渡日 2005/10/27
権利種別 商標権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 一審原告の控訴に基づき,原判決中,一審原告と一審被告らに関する部分を,次のとおり変更する。
(1) 一審被告フローリック及び一審被告Bは,一審原告に対し,連帯して567万1868円及びこれに対する平成15年9月12日から支払済みまで年5分の割合による金員((3)と67万9485円及びこれに対する遅延損害金の範囲で不真正連帯債務となる。)を支払え。
(2) 一審被告Bは,一審原告に対し,100万円及びこれに対する平成15年9月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 一審被告コスモ油化及び一審被告Cは,一審原告に対し,連帯して77万9485円及びこれに対する平成14年6月25日から支払済みまで年5分の割合による金員((1)と67万9485円及びこれに対する遅延損害金の範囲で不真正連帯債務となる。)を支払え。
(4) 一審原告のその余の請求をいずれも棄却する。
2 一審被告フローリック及び一審被告Bの各控訴をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,一審被告フローリック及び一審被告Bが控訴状に貼付した印紙の費用は同被告らの負担とし,その余の訴訟費用は,同被告らに生じた原審及び当審費用と一審原告に生じた原審費用の5分の2及び当審費用の2分の1とをいずれも5分し,その4を一審原告の負担とし,その余を一審被告フローリック及び一審被告Bの連帯負担とし,一審被告コスモ油化及び一審被告Cに生じた原審及び当審費用と一審原告に生じた原審費用の5分の2及び当審費用の2分の1とをいずれも10分し,その9を一審原告の負担とし,その余を一審被告コスモ油化及び一審被告Cの連帯負担とする。
4 この判決の主文第1項(1)ないし(3)は,仮に執行することができる。
事実及び理由
控訴の趣旨等
1 一審原告 (1) 原判決を次のとおり変更する。
ア 一審被告フローリック及び一審被告Bは,一審原告に対し,連帯して869万6438円及びこれに対する平成15年9月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
イ 一審被告Bは,一審原告に対し,100万円及びこれに対する平成15年9月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
ウ 一審被告コスモ油化及び一審被告Cは,一審原告に対し,連帯して387万8138円及びこれに対する平成14年6月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は,第1,2審とも,一審原告と一審被告フローリック及び一審被告Bとの間に生じた費用については一審被告フローリック及び一審被告Bの連帯負担とし,一審原告と一審被告コスモ油化及び一審被告Cとの間に生じた費用については一審被告コスモ油化及び一審被告Cの連帯負担とする。
(3) 仮執行宣言 2 一審被告フローリック及び一審被告B (1) 原判決中,一審被告フローリック及び一審被告B敗訴部分を取り消す。
(2) 一審原告の一審被告フローリック及び一審被告Bに対する請求をいずれも棄却する。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも一審原告の負担とする。
事案の概要
1(1) 甲事件は,一審原告が,一審被告フローリック及び一審被告Bに対し,同被告らが,@ 一審原告の登録商標と類似する標章を使用して営業を行ったと主張して,商標権侵害に基づき,A 一審原告の顧客名簿,商品の製造方法等の営業秘密を不正に取得して営業を行ったとして,不正競争防止法2条1項7号,第4条に基づき,B 営業誹謗行為を行ったと主張して,同法2条1項14号,第4条に基づき,損害賠償6549万3333円及びこれに対する不法行為の後である平成15年9月12日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を請求した事案である。
(2) 乙事件は,一審原告が,一審被告コスモ油化及び一審被告Cに対し,同被告らが,@ 一審原告の登録商標と類似する標章を使用して営業を行ったと主張して,商標権侵害に基づき,A 一審原告の顧客名簿,商品の製造方法等の営業秘密を不正に取得して営業を行ったと主張して,不正競争防止法(2条1項7号,第4条)に基づき,損害賠償2644万4793円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成14年6月25日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を請求した事案である。
(3) 原審は,一審原告の請求を,甲事件については,@の商標権侵害及びBの営業誹謗行為を認め,一審被告フローリックに対して467万1868円,一審被告Bに対して567万1868円(一審被告フローリックの支払義務と重なる限度で連帯債務)及びこれに対する平成15年9月12日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の限度で認容し,乙事件については,@の商標権侵害を認め,一審被告コスモ油化らに対し,連帯して67万9485円(一審被告フローリック及び一審被告Bの支払義務と重なる限度で連帯債務)及びこれに対する平成14年6月25日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の限度で認容した。
(4) これに対し,一審原告及び甲事件被告らがそれぞれ控訴を提起した。
一審原告は,当審において,請求を一審被告フローリックに対しては869万6438円,一審被告Bに対しては969万6438円(いずれも支払義務の重なる869万6438円の限度で連帯して),乙事件被告らに対しては連帯して237万8138円及びこれらに対する前記割合による遅延損害金に減縮した。なお,一審原告は,当審において,損害として,弁護士及び弁理士費用相当損害金を追加主張した。
2 前提事実,争点,争点に関する当事者の主張は,次のとおり付加,訂正するほかは,原判決3頁23行目から17頁25行目までに記載のうち,上記一審原,被告ら関係部分のとおりであるから,これを引用する。
(1) 8頁9行目の「印字」を「印刷」と,同11行目の「審判」を「審決」と,9頁5行目の「顧客の」を「顧客に対する」と各改め,同24行目の「顧客」を削る。
(2) 13頁19行目から20行目にかけての「エメトリンEX」を「エメトリンET」と,14頁1行目の「平成12年4月14日」を「平成12年4月1日」と,同行目から同2行目にかけての「平成15年9月11日までの間」を「平成15年9月10日までの1257日間」と,同23行目の「上記」を「前記」と各改める。
(3) 当審における一審原告の損害額に関する主張 ア 一審被告フローリックの商標権侵害は平成12年4月1日より平成13年4月4日まで継続してされており,原審認定の平成13年4月5日から平成15年9月10日までの888日間に上記期間の日数369日を追加した合計1257日間に1日当たり4134円の損害額を乗じた519万6438円が損害額となる。
また,営業誹謗行為による損害額は100万円が相当である。
一審原告は,甲事件被告らほか1名を被告とする商標使用差止等,損害賠償請求事件につき,原審において,弁護士に200万円,弁理士に50万円の着手金,報酬,鑑定料及び無効審判請求手数料を支払ったので,同額の損害を被った。
よって,一審原告は,一審被告フローリック及び一審被告Bに対し,連帯して869万6438円,さらに一審被告Bに対し,個人による営業誹謗行為による100万円の損害賠償を請求する。
イ 一審被告コスモ油化が,一審被告フローリックの指示により,被告標章の付された段ボールに白蟻防除剤を入れて一審被告フローリックに販売していた時期は,平成12年4月1日より平成13年9月末日までであり,原審認定の平成13年4月5日から同年9月末日までの149日間に上記期間の日数を追加した合計518日間に1日当たり4591円の損害額を乗じた237万8138円が損害額となる。
一審原告は,乙事件被告らを被告とする商標使用差止等,損害賠償請求事件につき,原審において,弁護士に100万円,弁理士に50万円の着手金,報酬及び鑑定料を支払ったので,同額の損害を被った。
よって,一審原告は,一審被告コスモ油化及び一審被告Cに対し,連帯して387万8138円の損害賠償を請求する。
当裁判所の判断
1 証拠(各項末尾に掲記のもの)及び弁論の全趣旨によれば,本件の事実経過は以下のとおりであると認められる。
(1) 一審被告コスモ油化は,一審原告から委託を受け,平成4年から,大阪府大東市所在の一審被告コスモ油化新田工場(以下「新田工場」という。)において,一審原告が販売するための白蟻防除用の乳剤及び油剤を製造し,一審原告から発送を依頼される際に,ファクシミリによって顧客の氏名,住所及び電話番号を伝えられ,一審原告の顧客に対し,製造した白蟻防除用乳剤及び油剤を配送していた。(弁論の全趣旨) (2) 一審被告Bは,平成5年ころから,フローリックエンタープライズという屋号で,輸入代行業務を開始し,一審被告コスモ油化の輸入代行業務をしたこともあった。(乙A24,一審被告B本人) (3) 一審被告Bは,平成8年ころから,新田工場において,一審被告コスモ油化の臨時職員として働き,一審原告の白蟻防除用の乳剤及び油剤の出荷作業に携わっていた。(乙A24,一審被告B本人) (4) 一審原告は,平成10年5月末,一審被告コスモ油化に対する白蟻防除剤の製造委託を打ち切り,以後,自ら同乳剤及び油剤の製造を開始した。一審被告コスモ油化は,一審原告に対し,同年6月19日,以後7年間は,パーメスリンを活性原体とした殺虫剤の受託製造,自社製造及び自社販売を行わない旨を約した。
(甲B7,弁論の全趣旨) (5) 一審被告Bは,平成10年ころから,韓国の業者から白蟻防除剤の原料となるパーメスリンを輸入し,白蟻防除剤の製造メーカーに対する販売を開始した。
一審原告は,一審被告Bからパーメスリンを購入したこともあったが,平成11年8月以降は,自らパーメスリンを輸入するようになった。なお,一審被告らのいう「ペルメトリン(permethrin)」は,パーメスリン(permethrin)の読みを変えただけで,同一の物質である。(甲A24,26,乙A24,一審被告B本人) (6) 一審被告Bは,一審原告の顧客であるヤマト白蟻研究所や三洋シロアリ研究所などに対し,平成11年9月1日ころ,以下の内容のダイレクトメールを送付した(以下「本件ダイレクトメール」という。)。(甲A9) (本件ダイレクトメールの内容) 「貴社が神戸のI.B.R.社より「しろ蟻防除薬剤」の油剤,乳剤を購入されていますこと十分承知をしておりますが弊社のPermethrin(ぺルメトリン)原体をお使いになり防蟻剤,特に油剤の製造をされたらいかがかと考えます。
油剤の製造につきましては1斗缶に貼っていますラベルを見ておわかりの通りPermethrin(ぺルメトリン)と溶解剤(灯油)さえあれば簡単に製造できます。
(中略) 油剤を製造しますのに必要な原体は1斗缶(18L缶)あたり多い目に100grとしてこれからコストを計算しますと(40倍希釈の乳剤で原体は2kgから2.5kg入っています) ペルメトリン ¥7,500/kg×100gr ¥750- 灯油18L(小売値段) 810- 油剤一缶(18L)の素原価は¥1,560.-となります。
(中略) 現在貴社でI.B.R.より購入されています油剤の価格はいくらでしょうか????? 1斗缶(18L缶)でどれくらいの差がでてきますか??? 差額分はすべて貴社の利益となります。」 (7) 一審原告は,一審被告Bが本件ダイレクトメールを一審原告の顧客に送付したことを知り,一審被告Bに対し,同月7日,同書面の送付を停止し,同書面を送付した顧客名を知らせるよう要求したが,一審被告Bからは何らの応答もなかった。(甲A15,16,弁論の全趣旨) (8) 一審被告Bは,平成12年4月ころから,一審被告コスモ油化に対し,パーメスリンを原料とする「エルメトリン」という名称の白蟻防除剤の製造を依頼し,これらの販売を開始した。そして,一審被告Bは,一審原告の顧客である有限会社インターウェルや株式会社住まいる・アサヒなどに対し,白蟻防除剤の購入を依頼する書面を送付した。(甲A42,50,乙A24,一審被告B,弁論の全趣旨) (9) 一審被告Bは,平成12年9月8日,家庭用日用雑貨,化学薬品等の輸出入業,白蟻駆除薬剤の製造販売等を目的として,一審被告フローリックを設立し,その代表取締役となった。(弁論の全趣旨) (10) 一審被告フローリック(一審被告B)は,平成13年2月ころ,大阪総合デザイン専門学校のDに対し,本件登録商標を示し,一審被告フローリックが白蟻防除剤を販売する際に使用する標章の作成を依頼し,同年4月3日,同人から被告標章の交付を受け,同月5日,被告標章につき商標登録の出願をした。(乙A2,15,16,24,一審被告南部) (11) 一審被告フローリックは,平成13年4月5日ころ,一審被告コスモ油化に対し,被告標章について商標登録の出願をしていると説明し,被告標章を付した段ボール箱に白蟻防除剤の入った缶を入れるよう依頼し,以後は,被告標章を付した段ボール箱に入った白蟻防除剤を一審被告コスモ油化から購入して販売するようになった。(弁論の全趣旨) (12) 一審被告フローリックは,平成13年9月ころ,一審被告コスモ油化に対する白蟻防除剤の製造委託を打ち切り,以後は自ら白蟻防除剤を製造して販売するようになった。(甲A23,弁論の全趣旨) (13) 平成14年3月29日,被告標章について商標登録がなされた。(乙A2) (14) 一審原告は,平成14年9月3日,被告標章が先に商標登録がなされた本件登録商標に類似するとして,被告標章につきなされた前記商標登録を無効とする審判を請求した。(甲A41) (15) 平成15年9月12日,被告標章につきなされた前記商標登録を無効とする審決がなされた。(甲A59) 2 争点1(本件登録商標と被告標章が類似するかどうか)について (1) 本件登録商標 ア 本件登録商標の構成 本件登録商標は,その図形のみからでは必ずしもいかなるものか特定し難い虫を擬人化した図形(以下「虫部」という。)と,やや太いリングの内側にリングの線よりやや細めの一本の線を右肩上がりに描いた図形(以下「標識部」という。)とを組み合わせた構成より成るものである。
虫部の頭部の形状は円形で,触覚,眉毛,目,口及び牙が描かれており,触覚には横縞模様が描かれている。眉毛は八の字状であり,その下に接して黒く塗りつぶされた略円形の目が描かれている。口は波線状であり,左右一対の湾曲した大きな牙が描かれている。また,虫部の胴部の形状は卵形であって横縞模様が描かれており,足部として3対の足が曲線形で描かれている。そして,虫部の頭部(顔部)の表情は,眉毛と目の描き方から,困惑した表情を印象づける。
標識部は,一般に知られている道路標識と近似した構成より成るものであり,禁止の意味を示す道路交通標識を連想,想起させる。
そして,虫部が標識部の内部に描かれていることからして,本件登録商標は,外観上,禁止の意味を表す道路標識の中に擬人化した虫が閉じこめられており困惑している状況の観念を生ずる。
また,上記のとおり,本件登録商標中の標識部は,一般に知られている道路標識と近似した構成より成るものであり,道路標識のような図形と虫などの動物を意味する図形を組み合わせて,当該虫を防除する意味を表すことは,広く慣用されている(甲A52,弁論の全趣旨)ことからすれば,上記標識部ないし上記標識部と虫との組み合わせには自他識別力が乏しく,本件登録商標に接した需要者は,専ら虫部に注意がひかれると考えられるので,本件登録商標の要部は虫部であると解される。
イ 本件登録商標の使用態様 証拠(甲A1,3,41,甲B2の1ないし7)によれば,一審原告は,その販売に係る白蟻防除剤の容器の側面に本件登録商標を付し,同防除剤の販売カタログの表紙,業務用の郵便封筒及び一審原告代表者の名刺にも本件登録商標を記載していること,これらに記載されている本件登録商標の虫部の眉毛,目,触覚及び胴部の横縞模様は黒色,牙は白色,その余の部分は肌色又は灰色で描かれており,標識部は赤色で描かれていること,虫部の頭部が左に傾く状態で記載されていることが認められる。
(2) 被告標章 ア 被告標章の構成 被告標章は,通常,別紙被告標章記載の色彩が用いられているものと認められる(甲A7,41,48の1・2,甲A51の1,甲B35)。
被告標章は,その図形のみからでは必ずしもいかなるものか特定し難い虫を擬人化した図形(以下「虫部」という。)と,やや太い赤色のリングの内側にやや細めの赤色の2本の線をX字状に交差させた図形(以下「標識部」という。)とを組み合わせた構成より成るものである。
虫部の頭部の形状は円形で,触覚,眉毛,目,口及び牙が描かれており,触覚には横縞模様が描かれている。眉毛は八の字状であり,その下に接して黒く塗りつぶされた略円形の目が描かれている。口は波線状であり,左右一対の内側に湾曲した牙が描かれている。また,虫部の胴部の形状は卵形であり,横縞模様が描かれており,足部として3対の足が直線形で描かれている。そして,虫部の頭部(顔部)の表情は,眉毛と目の描き方から,困惑した表情を印象づける。
標識部は,一般に知られている道路標識と色彩及び形状とも近似した構成より成るものであり,禁止の意味を示す道路交通標識を連想,想起させる。
そして,虫部が標識部の内部に描かれていることからして,被告標章は,外観上,禁止の意味を表す道路標識の中に擬人化した虫が閉じこめられて困惑している状況の観念を生ずる。
また,上記のとおり,被告標章中の標識部は,一般に知られている道路標識と近似した構成より成るものであり,上記標識部ないし上記標識部と虫との組み合わせには自他識別力が乏しく,被告標章に接した需要者は,専ら虫部に注意がひかれると考えられるので,被告標章の要部は虫部であると解される。
イ 被告標章の使用態様 証拠(甲A7,8,10,13,41,48の2,51の1,甲B35)によれば,一審被告フローリックは,販売している白蟻防除剤の容器を入れる段ボール箱の側面に被告標章を記載し,同防除剤の販売カタログの表紙,「技術資料」と題する同防除剤の説明書の表紙,業務用の葉書,郵便封筒及び事務所建物の外壁にも被告標章を記載していたこと,別紙被告標章記載のとおり,虫部の眉毛,目,牙,触覚及び胴部の横縞模様は黒色,その余は黄色又は肌色で描かれており,標識部は赤色で描かれていたこと,これらに記載されていた被告標章の虫部の頭部は左に傾く状態で記載されていることが認められる。
(3) 本件登録商標と被告標章の類否 前記(1),(2)のとおり,本件登録商標及び被告標章の各要部である虫部は,頭部の形状が円形で,頭部(顔)には,触角,目,口及び牙の他に,本来白蟻には存在しない眉毛が描かれていること,触角には横縞模様が描かれていること,八の字状の眉毛及びその下に接して黒く塗りつぶされた略円形の目が描かれていること,口は波線状であり,左右一対の内側に湾曲した牙が描かれていること,上記の眉毛,目及び口の形状から虫が困惑した表情を浮かべている印象を与えること,虫部の胴部の形状は卵形であり,横縞模様が描かれていること,虫部の足部として3対の足が描かれていることが共通しており,特に,虫の表情は酷似しているといわざるを得ない。本件登録商標及び被告標章は,いずれも白蟻防除剤の販売のために使用されているという使用態様に照らすと,両者の虫部は,いずれも白蟻を連想させる。
以上によれば,本件登録商標と被告標章は,虫部の足部が曲線形に描かれているか,直線形に描かれているかという相違はあるものの,外観が類似するというべきである。標識部は,要部でないところ,本件登録商標が円形と右上がりの斜線を組み合わせた構成であるのに対し,被告標章が円形にX字状の斜線を組み合わせた構成であるという相違があるが,いずれも,禁止の意味を表す道路標識としての共通性を有するから,上記認定判断を左右しない。
また,本件登録商標及び被告標章は,いずれも,禁止の意味を表す道路標識の中に擬人化した白蟻を連想させる虫が閉じこめられて困惑している状況の観念を生じるから,観念が同一であるといえる。
そして,本件登録商標及び被告標章は,いずれも白蟻防除剤の販売のために使用されていることを考慮すれば,本件登録商標及び被告標章は類似しているというのが相当である。
3 争点2(一審被告フローリック及び一審被告コスモ油化が本件商標権の侵害につき無過失といえるか)について (1) 一審被告フローリック及び一審被告コスモ油化は,一審原告の本件商標権を侵害した者であるから,商標法39条により準用される特許法103条に基づき,過失があったものと推定される。
(2) 一審被告フローリックについて 甲事件被告らは,前記のとおり,一審被告フローリックは,大阪総合デザイン専門学校のDに標章の作成を依頼した際,同業他社の商標権を侵害しない標章を作成するよう指示し,平成14年3月29日に被告標章の商標登録がされたので,同日以降,被告標章を白蟻防除剤の包装用の段ボール箱に印刷する形で使用し始めたのであるから,本件商標権の侵害について無過失であると主張する。
しかし,証拠(一審被告B)によれば,一審被告フローリック(代表者一審被告B)は,Dに標章の作成を依頼した際,参考のために本件登録商標だけを示したことが認められる。これに加え,前記2のとおり,被告標章と本件登録商標が類似している(特に,虫の表情は酷似している。)ことに照らすと,一審被告Bが,Dに対し,同業他社の商標権を侵害しない標章を作成するよう指示したとは認め難い。また,一審被告フローリックが使用していた白蟻防除剤の販売カタログ(甲A7)の表紙に記載されていた被告標章の横には,商標登録出願中との記載があること,一審被告フローリックの価格表(甲A68)には被告標章とともに「2001.10」との記載があることなどに照らすと,一審被告フローリックは,商標登録がなされる以前から,被告標章を使用していたものと認められる。
そして,他に,一審被告フローリックが本件商標権の侵害について無過失であることを基礎づける事実の主張,立証はない。したがって,甲事件被告らの上記主張を採用することはできない。
(3) 一審被告コスモ油化について 乙事件被告らは,前記のとおり,一審被告コスモ油化は,一審被告フローリックから,商標デザインを専門とする専門学校に他社の商標権を侵害しない標章の作成を依頼し,商標登録出願の手続を進めている旨の説明を受けたので,一審被告フローリックが用意した被告標章の付された段ボール箱を使用したのであり,したがって,本件商標権侵害について,一審被告コスモ油化に過失はないと主張する。
しかし,一審被告フローリックが,一審被告コスモ油化に対し,被告標章が付された段ボールの使用を指示するに当たり,他社の商標権を侵害しない標章の作成を依頼した等の,前記内容の説明をした事実を認めるに足りる証拠はない。また,仮に,一審被告フローリックが前記内容の説明をしたとしても,前記認定のとおり,一審被告コスモ油化は,一審原告から依頼されて,一審原告の顧客に対し,製造した白蟻防除用の乳剤及び油剤を配送しており,その白蟻防除剤の容器には本件登録商標が付されていたから,一審被告コスモ油化としては,十分,本件登録商標の存在について認識することができたものといえる。そうすると,一審被告コスモ油化において,自ら何らかの調査をしたというような事情もうかがえない以上,一審被告フローリックの説明だけをもって,一審被告コスモ油化に本件商標権侵害について過失がないと断ずることはできない。
したがって,乙事件被告らの上記主張を採用することもできない。
4 争点3(一審原告の顧客情報が不正競争防止法2条4項所定の営業秘密に該当するか)について 一審原告は,前記のとおり,本件顧客情報(一審原告の顧客の氏名,住所及び電話番号)が不正競争防止法2条4項所定の営業秘密に該当すると主張する。
ところで,ある情報が秘密として管理されているというためには,当該情報の保有者に秘密として管理する意思があり,当該情報について対外的に漏出させないための客観的に認識できる程度の管理がなされている必要がある。
この点,証拠(甲A54ないし56)によれば,一審原告は,従業員を雇用する際,雇用期間中だけでなく退職後も,仕入元や顧客に関する情報を他に漏洩しない旨の誓約書を提出させていることが認められる。しかし,前記1のとおり,一審原告は,一審被告コスモ油化に対し,白蟻防除剤の発送を依頼する都度,一審原告の顧客の氏名,住所及び電話番号をファクシミリで開示していたことが認められるところ,その際,一審被告コスモ油化に対して上記各情報の管理方法について何らの要求もしていなかったことは一審原告が自認するところである。のみならず,上記ファクシミリに秘密であることを表示していたこともうかがえない。かかる事情に照らすと,一審原告は,一審被告コスモ油化との関係で,本件顧客情報を客観的に認識できる程度に対外的に漏出しないように厳格に管理していたと解することは困難である。
なお,一審原告は,一審原告代表者と販売管理事業員の2人だけが,パスワードを設定したパソコンで本件顧客情報を管理しており,営業担当者も自らが担当する顧客以外の情報にはアクセスできないようになっていたと主張するが,かかる事実を認めるに足りる証拠はない。
したがって,一審原告において本件顧客情報が秘密として管理されていたとは認められず,一審原告のその余の主張について判断するまでもなく,本件顧客情報が不正競争防止法2条4項所定の営業秘密に該当すると認めることはできない。
以上によれば,争点5(一審被告らが一審原告の顧客情報を不正使用したか)について判断するまでもなく,一審被告らによる本件顧客情報の不正使用を理由とする一審原告の請求(不正競争防止法2条1項7号,同法4条に基づく損害賠償請求)は理由がないことになる。
5 争点4(一審原告の白蟻防除剤の製造方法が不正競争防止法2条4項所定の営業秘密に該当するか)について 一審原告は,前記のとおり,本件製造方法(@殺虫原体パーメスリン,溶剤及び乳化剤の配合割合,A加熱温度,B攪拌方法及び攪拌時間,C冷却方法及び冷却時間)が不正競争防止法2条4項所定の営業秘密に該当すると主張する。
この点,証拠(甲A54ないし56)によれば,一審原告は,従業員を雇用する際,雇用期間中だけでなく退職後も,商品の製造方法,原材料の種類,使用数量及び製造機械に関する情報を他に漏洩しない旨の誓約書を提出させていることが認められる。しかし,前記1のとおり,一審原告は,一審被告コスモ油化に対し,白蟻防除剤の製造を依頼する都度,口頭又はファクシミリにより,白蟻防除剤の製造方法を開示していたことが認められるところ,その際,一審被告コスモ油化に対して上記製造方法に関する情報の管理方法について何らの要求もしていなかったことは一審原告が自認するところである。かかる事情に照らすと,一審原告は,一審被告コスモ油化との関係で,本件製造方法を対外的に漏出しないように厳格に管理していたと解することは困難である。
ところで,前記1のとおり,一審被告コスモ油化は,一審原告に対し,平成10年6月19日以後7年間はパーメスリンを活性原体とした殺虫剤の受託製造,自社製造及び自社販売を行わない旨を約したことが認められる。しかし,一審原告は,白蟻防除剤の原体としてパーメスリンを使用すること自体を営業秘密となる情報であるとは主張していないし,証拠(乙B4)によれば,パーメスリンを原体として白蟻防除剤を製造する方法自体は,社団法人日本しろあり対策協会が公表している資料でも紹介されている公知の製造方法と認められるので,同製造方法が営業秘密に該当する情報であると解することもできない。
したがって,一審原告のその余の主張について判断するまでもなく,本件製造方法が不正競争防止法2条4項所定の営業秘密に該当すると認めることはできない。
以上によれば,争点6(一審被告らが一審原告の白蟻防除剤の製造方法を不正使用したか)について判断するまでもなく,一審被告らによる本件製造方法の不正使用を理由とする一審原告の請求(不正競争防止法2条1項7号,同法4条に基づく損害賠償請求)は理由がないことになる。
6 争点7(一審被告フローリック及び一審被告Bによる営業誹謗行為の有無)について (1) 甲A9号証について 前記1で認定のとおり,一審被告Bが一審原告の顧客に送付した本件ダイレクトメールの内容中には,白蟻防除剤の油剤1斗缶当たりに必要なパーメスリンの量を多い目に100グラムとして原価を計算するとともに,白蟻防除剤の油剤がパーメスリンと灯油で製造できることを前提に,一審原告の商品の価格との比較をしている記載がある。確かに,本件ダイレクトメールは,一審原告の白蟻防除剤の油剤(以下「一審原告の油剤」という。)の成分割合を直接記載したものではない。
しかし,本件ダイレクトメールには,「油剤の製造につきましては1斗缶に貼っていますラベルを見ておわかりの通りPermethrin(ペルメトリン)と溶解剤(灯油)さえあれば簡単に製造できます。」との記載があるところ,本件ダイレクトメールは,一審被告Bとは取引をしていないが一審原告とは取引をしている者に対して,一審原告との取引を止めて一審被告南部との取引をするように勧誘する内容であることに照らして,上記「1斗缶に貼っていますラベル」とは,一審原告の油剤の1斗缶に貼られたラベルに他ならない。
そうすると,本件ダイレクトメールの上記記載は,一審原告の油剤は,パーメスリン(前記のとおり,ペルメトリンと同一の物質であり,弁論の全趣旨によれば,本件ダイレクトメールの受領者である白蟻駆除業者らはこのことを知っているものと認められる。)と灯油さえあれば簡単に製造できるという事実を摘示しているということが相当である。
さらに,本件ダイレクトメールは,1斗缶当たり必要なパーメスリン原体は多い目に100グラムとした場合に,1560円である旨の計算を示したうえで,「現在貴社でI.B.R.よりご購入されています油剤の価格はいくらでしょうか?????」と記載している。上記の計算は,直接には一審被告Bからパーメスリンを購入して顧客自身が油剤を製造した場合の費用を示したものであるが,本件ダイレクトメールは一審被告Bとは取引をしていないが一審原告とは取引をしている者に対して一審被告Bとの取引をするように勧誘する内容であることや,上記のとおり一審原告の油剤の1斗缶に貼られたラベルに言及していることからすれば,一審原告の油剤の成分割合も,一審被告Bからパーメスリンを購入して製造した油剤と同程度であることを当然の前提として,一審原告の油剤の価格と一審被告Bからパーメスリンを購入して製造した油剤の原価とを比較していることは明らかである(一審原告の油剤の成分割合と一審被告Bからパーメスリンを購入して製造した油剤の成分割合とが異なるのであれば,両者を比較すること自体が意味を持たない。)。
してみると,本件ダイレクトメールを読んだ顧客は,一審原告の白蟻防除剤の油剤は,100グラムないしはそれ以下のパーメスリン原体と灯油さえあれば簡単に製造できる旨の認識を持つものと認定するのが相当である。
他方,証拠(甲A29,30,31の1・2)及び弁論の全趣旨によれば,一審原告は,白蟻防除剤の油剤1斗缶(18リットル)を製造するに当たり,パーメスリン180cc(126グラム)及びケロシン又はMOBIL社製AS100(低臭溶剤)を使用していること,一審原告は,アメリカ合衆国農務省の作成したリサーチノートに記載された実験結果をもとに,一審原告の油剤のパーメスリンの成分割合を決定したことが認められるので,一審原告の油剤のパーメスリンの成分割合を実際よりも低いものであるという事実を告知することは,一審原告の営業上の信用を害するということが相当である。
また,前記1で認定のとおり,一審被告Bは,一審被告コスモ油化の臨時職員として働き,一審原告の白蟻防除剤の乳剤及び油剤の出荷作業に携わっており,一審原告の白蟻防除剤の油剤の成分を知っていたか,又は知ることができる立場にあったことに照らすと,上記虚偽事実の流布につき,故意又は過失があったものと推認される。
(2) 甲A23号証について ア 一審原告は,上記のとおり,一審被告フローリックが,一審原告代表者や一審原告職員が商品の製造や販売業務の管理がまともにできない無能な人物であると記載した手紙を顧客に送りつけ,虚偽の事実を告知することにより,一審原告の営業上の信用を毀損したと主張する。
イ ところで,証拠(甲A23)によれば,一審被告フローリック(一審被告B)が,平成13年9月19日,顧客から一審被告フローリックが販売した白蟻防除剤に関して苦情を受け,同顧客に対し,以下の内容の謝罪文を送付したことが認められる。
(謝罪文の内容) 「お電話で申し上げましたように納入させていただきました乳剤N低臭はコスモ油化株式会社で製造したものです。ご指摘ありました臭い,色につきまして最初に提出しました見本と確かに相違があります。
5缶につきましては返送ありしだい良品と取り替えさせていただきます。この分よりコスモ油化株式会社の製造でなく,弊社で責任をもって製造管理しています工場の商品を出荷いたします。
(中略) ご承知かどうか知りませんがコスモ油化では1997年3月頃まで神戸にありますI.B.R.といいます白蟻駆除薬剤を販売しています会社の下請けをしておりました。C社長が製造から出荷までほとんど一人で行っていました。
そのためかどうかは知りませんが商品の取り間違い(乳剤の出荷に油剤をだしたり,普通溶剤のところを低臭溶剤であったり),数量の間違いが日常的にあったようです。
業者の皆さんからの苦情はコスモ油化に直接くるのではなく,I.B.R.が受けていました。
決定的な問題は乳剤の中でペルメトリンが溶けておらず一斗缶の中でゴロゴロ転がっており,どんどん返品がコスモ油化の工場に帰ってきました。I.B.R.にお客様よりどれほどの苦情が殺到したのか,推して知るべしです。
これが主要な原因でこれ以上コスモ油化に製造を依存していればI.B.Rの信用を損ねるだけだと考え,コスモ油化に見切りをつけ神戸市長田区で製造を始めたものと思います。
(中略) 先週,コスモ油化はI.B.R.の一番の得意先から注文をかすめ取り出荷しています。お客の倉庫に行けばコスモ油化のラベルのついた一斗缶があるはずでこんな重要な事も知らず,酒に酔いしれているA社長です。
また,どんな人間がI.B.R.の営業を担当しているのかそこまで知りませんが,その人間もA社長同様ぼんくらです。(まるで狂牛病かかっている牛と同じく脳みそはスポンジのようですね)そんな営業ならクビにして,給料も返せと私なら言いますが。
この一年間コスモ油化製造の薬剤を扱いましたがやはりI.B.R.の時と同じで,(中略)いろんなお客様より苦情をいただいてきました。
このような経緯がありましたが新しい工場と契約ができ,品質についても弊社が100%の責任をもち管理できる態勢になりました。今までのことは深くおわびしますのでますのでよろしくご注文の事お願い致します。(以下省略)」 ウ 確かに,前記イの謝罪文の内容は,一審被告コスモ油化が一審原告の顧客から注文を奪ったことや,一審被告コスモ油化の製造品の粗悪さについて,一審被告フローリックの意見を表明した形式になっている。
また,前記謝罪文には,一審原告代表者や一審原告従業員に対する著しい人格的誹謗を伴う表現が含まれているが,その文言自体は,一審原告代表者らに対する単なる個人的な誹謗中傷のようにみえる。
しかしながら,前記謝罪文は,一見,一審被告コスモ油化を批判するような体裁をとりながら,全体として考察すると,一審被告コスモ油化と取引のあった一審原告代表者らの個人的能力を「ぼんくら」などと言って侮辱することによって,一審原告代表者の経営能力を批判し,その結果,競争関係にある一審原告の信用を失墜させ,一審原告の営業に影響を及ぼすことを意図していることは明らかである。なお,上記謝罪文の一審原告代表者ないし一審原告の営業担当者を「ぼんくら」,「脳みそはスポンジのよう」などと評した部分は,それのみでは事実を摘示せずに侮辱した表現であるが,その前後の文章と併せて読めば,一審原告の代表者等は経営的,営業的に無能な人物であるという事実を告知したものであるといえる。
したがって,上記謝罪文の送付は,競争関係にある一審原告の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知したものというのが相当である。なお,不正競争防止法2条1項14号の不正競争行為(営業誹謗行為)は,競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を不特定又は多数の者に対して流布しなくても,特定の者に対して告知すれば成立するものと解されるので,一審被告フローリックが上記謝罪文を送付した相手方が1社だけであったとしても,上記不正競争行為が成立することには変わりない。
そして,上記謝罪文の記載内容からして,一審被告フローリックには,上記虚偽事実の告知,流布につき,故意又は少なくとも過失があったものと認められる。
7 争点8(一審原告の損害の有無) 甲事件被告らは,前記のとおり,一審被告フローリックは,原体を「ペルメトリン」と呼称し,商品名を「エメトリンET」と称している一方,一審原告は,原体を「パーメスリン」と呼称し,商品名を「5P-30」と称しているのであるから,需要者が一審被告フローリックの商品と一審原告の商品を混同することはなく,一審被告フローリックが被告標章を使用したことにより,一審原告は損害を受けていないと主張する。
しかし,本件登録商標と被告標章が類似していると認められること,一審被告フローリックが,一審原告の顧客に対し,白蟻防除剤を販売しており,両者が競合関係にあると認められること,前記のとおりペルメトリンとパーメスリンは同一の物質であることに照らすと,甲事件被告らが主張する上記事情を考慮しても,一審被告フローリックが被告標章を使用して白蟻防除剤を販売したことにより,一審原告には一定の営業上の損害が生じたものと推認するのが相当である。したがって,甲事件被告らの上記主張を採用することはできない。
8 争点9(一審原告の損害額)について (1) 営業誹謗行為による損害額 ア 甲A9号証について 一審被告Bは,一審原告の顧客に対し,白蟻防除剤の原料であるパーメスリンを販売するため,一審原告の白蟻防除剤の油剤の成分について虚偽の事実を記載した本件ダイレクトメールを送付したものである。そして,本件ダイレクトメールにより,一審原告は,その顧客に白蟻防除剤の油剤の成分を誤認されたこと,本件ダイレクトメールの内容からすると,一審原告は,一審被告Bに顧客を奪われた可能性も十分考えられること等を考慮すると,一審被告Bの上記営業誹謗行為により一審原告が受けた損害額は,100万円をもって相当と認める。
イ 甲A23号証について 一審被告フローリックは,特定の顧客に対し,甲A23号証の謝罪文を送付したものであるが,その内容は一審原告代表者は無能で経営能力のない人物であるなどと記載したものであるから,これが同業者の間に広まれば一審原告の営業上の信用が著しく害されることになる。そして,同謝罪文が一審原告のもとに届けられていることからすると(弁論の全趣旨),その内容が他の業者の間に広まっている可能性が十分考えられる。
以上の点に加え,前記認定のとおり,一審被告フローリックは一審原告の本件登録商標と類似した被告標章を使用したり,一審被告Bは一審原告の取引先に対し本件ダイレクトメールを送付して取引先の奪取を図ったことなど,本件において認められる一審被告フローリックの営業態様等の諸般の事情を総合考慮すると,一審被告フローリックの営業誹謗行為により一審原告が受けた損害額は,100万円をもって相当と認める。
(2) 商標権侵害による損害額 ア 一審被告フローリックの関係 (ア) 被告標章の使用期間 a 前記1,3(2)のとおり,一審被告Bは,平成12年4月ころから,白蟻防除剤の販売を開始し,平成12年9月8日には,白蟻駆除薬剤の製造販売等を目的として,一審被告フローリックを設立し,その代表取締役となったこと,一審被告フローリックは,平成13年4月3日,Dから被告標章の交付を受け,同月5日,被告標章につき商標登録の出願をしたこと,一審被告フローリックが使用していた白蟻防除剤の販売カタログ(甲A7)の表紙に記載されていた被告標章の横には,商標登録出願中との記載があることが認められる。以上の事実に照らせば,一審被告フローリックは,遅くとも被告標章の商標登録出願をした平成13年4月5日ころから,被告標章の使用を開始したものと推認され,これを覆すに足りる証拠はない。
甲事件被告らは,一審被告フローリックが被告標章を使用したのは被告標章について商標登録がされた平成14年3月29日からであると主張し,一審被告Bはこれに沿った供述をするが,一審被告フローリックが使用していた販売カタログ(甲A7)の表紙に記載されていた被告標章の横には商標登録出願中との記載があることや,一審被告フローリックの価格表(甲A68)には被告標章とともに「2001.10」との記載があることに照らして,一審被告Bの上記供述は信用することができず,甲事件被告ら主張は採用することができない。
一方,一審原告は,一審被告フローリックは平成12年4月1日から被告標章を使用していたと主張し,E作成に係る陳述書(甲77)にはこれに沿った記載があるが,上記陳述書の記載は乙A16号証に照らしてにわかに信用することができず,他に一審原告の上記主張を裏付けるに足りる客観的証拠はないので,一審原告の上記主張は採用することができない。
b そして,一審被告フローリックが平成15年9月10日まで被告標章の使用を継続したことは,当事者間に争いがない。
c したがって,一審被告フローリックが平成13年4月5日ころから平成15年9月10日まで被告標章の使用を継続したものとして,一審原告の損害額を算出することとする。
(イ) 白蟻防除剤の販売による一審被告フローリックの利益 a 一審被告フローリックは,平成14年3月29日から平成15年9月10日までの間,被告標章を使用して白蟻防除剤を販売したとして,その間の白蟻防除剤の売上高が1億0397万6068円であると自認する。ところで,一審被告フローリックの確定申告書(乙A28ないし30)によれば,正確な金額までは算出できないものの,一審被告フローリックの平成14年3月29日から平成15年9月10日までの売上高は,以下の計算によれば1億0111万7592円となり,甲事件被告らが自認する白蟻防除剤の売上高に極めて近似する。なお,一審被告フローリックの平成14年9月以降の事業年度の確定申告書には,製品売上高と商品売上高が区別して記載されているところ,商品に関しては製造原価が計上されていない一方,製品に関しては製造原価が計上されており,白蟻防除剤の製造には原体,溶剤などの仕入費用が必要であると考えられることから,製品売上高をもって白蟻防除剤の売上高ととらえることとする。そうすると,一審被告フローリックの確定申告書に記載されている売上高(平成14年9月以降の事業年度については製品売上高)をすべて白蟻防除剤の販売によるものととらえることには合理性があると考えられるので,一審被告フローリックの確定申告書に記載されている売上高をもって一審原告の損害額算出の基礎とする。
この点,甲事件被告らは,前記のとおり,一審被告フローリックが被告標章の使用を開始した後に同被告の新規取引先となった業者に対する白蟻防除剤の販売のみを一審原告の損害額算出の基礎とすべきであると主張する。しかし,被告標章の使用を開始する以前からの取引業者に対する販売であっても,被告標章の使用による影響が全く存しないとは考えられず,むしろ,一定の影響(販売に対する一定の寄与)が生じているものととらえるのが自然であり,一審被告フローリックが被告標章を使用していた期間のすべての白蟻防除剤の販売を一審原告の損害額算出の基礎とすべきである。したがって,甲事件被告らの上記主張を採用することはできない。
(計算) (a) 平成14年3月29日から同年8月31日までの売上高 6799万7917円(平成13年9月1日から平成14年8月31日までの売上高)÷365日×156日=2906万2123円(小数点以下切捨て。以下同じ。) (b) 平成14年9月から平成15年8月までの売上高 6982万3803円 (c) 平成15年9月1日から同月10日までの売上高 669万5000円(平成15年9月分の売上高)÷30日×10日=223万1666円 (d) (a)+(b)+(c)=1億0111万7592円 b そして,一審被告フローリックの確定申告書(乙A27ないし30)によれば,平成13年4月5日から平成15年9月10日までの間の一審被告フローリックの売上高の合計は,以下のとおり1億6690万3092円であることが認められる。
(計算) (a) 平成13年4月5日から同年8月31日まで 6451万1375円(平成12年9月8日から平成13年8月31日までの売上高)÷358日×149日=2684万9706円 (b) 平成13年9月から平成15年8月まで 1億3782万1720円 (c) 平成15年9月1日から同月10日まで 223万1666円(前記a(c)) (d) (a)+(b)+(c)=1億6690万3092円 c 利益率 証拠(乙A29,30)によれば,一審被告フローリックの平成14年9月から平成15年3月までの製品売上高が3664万2803円,製品製造原価が1624万0830円,販売費及び一般管理費が2641万0329円であること,平成15年4月から平成16年3月までの製品売上高が7463万8702円,製品製造原価が3119万1517円,販売費及び一般管理費が4166万8423円であることが認められる。そして,前記aで検討したとおり,一審被告フローリックの確定申告書に記載されている売上高をすべて白蟻防除剤の販売によるものととらえることには合理性があると考えられるので,同確定申告書に記載されている販売費及び一般管理費をもって白蟻防除剤の販売に要した費用ととらえることにも合理性があると考えられる。もっとも,一審被告フローリックの業務,売上高,役員数等を考慮すると,販売管理費のうち7割5分を控除して利益率を計算する。以上に基づき,一審被告フローリックの白蟻防除剤の販売による利益率を算出すると22パーセントとなる。
(計算) {(3664万2803円+7463万8702円)-(1624万0830円+2641万0329円+3119万1517円+4166万8423円)×0.75}÷(3664万2803円+7463万8702円)×100=22パーセント d まとめ 以上によれば,一審被告フローリックは,平成13年4月5日から平成15年9月10日までの間に白蟻防除剤を販売したことにより,3671万8680円の利益を得たことになる。
(計算) 1億6690万3092円(上記b)×0.22(上記c)=3671万8680円 (ウ) 商標法38条2項により,一審原告は,一審被告フローリックの得た利益額3671万8680円と同額の損害を受けたものと推定される。
しかしながら,弁論の全趣旨によれば,一審原告及び一審被告フローリックの主な取引先は一般消費者ではなく白蟻駆除業者であり,これらの業者は,商品に付された標章や商品イメージよりも,商品の品質,価格等に着目して購入する商品を決定することが多いものと認められるので,被告標章の顧客吸引力はさほど強いものではなく,また,取引先が出所を混同する可能性もさほど高くないものと考えられる。
また,証拠(乙A22(枝番略),31(同),一審被告B)及び弁論の全趣旨によれば,実際に,一審被告フローリックの取引先の中には,一審被告フローリックが被告標章の使用を開始する以前から取引があった者や,そうでなくとも,商品の価格や一審被告フローリックの営業姿勢等を理由に一審被告フローリックとの取引を選択した者も少なからず存在することが認められる。
(エ) 以上によれば,一審被告フローリックの得た利益の全てが一審原告が本件商標権の侵害により受けた損害であるとはいえず,その限りで商標法38条2項の推定は覆されたというべきである。そして,前記(ウ)の認定に加え,本件にあらわれた諸般の事情を総合的に考慮すると,一審原告が一審被告フローリックの商標権侵害により受けた損害額は,一審被告フローリックの得た利益額の10パーセントである367万1868円と認めるのが相当である。
イ 一審被告コスモ油化の関係 (ア) 前記1及び前記ア(ア)のとおり,一審被告コスモ油化は,平成13年4月5日ころから同年9月までの間,一審被告フローリックに対し,被告標章が付された段ボール箱に入れた白蟻防除剤を販売したことが認められる。しかし,被告標章が付された段ボール箱は,一審被告フローリックが外部に販売するために用意したものであり,そこには一審被告フローリックの社名が記載されていたこと,一審被告コスモ油化は,一審被告フローリックだけに白蟻防除剤を販売していたことに照らすと,需要者が被告標章に惹かれて一審被告コスモ油化から白蟻防除剤を購入したとか,白蟻防除剤の出所を混同したなどという関係が存しないので,一審被告コスモ油化が白蟻防除剤を販売したことにより得た利益が被告標章の使用による利益であるとは認められない。したがって,商標法38条2項により,一審被告コスモ油化の利益の額を一審原告の損害額と推定することはできない。
(イ) もっとも,一審被告コスモ油化が,一審被告フローリックに対し,被告標章が付された段ボール箱に白蟻防除剤を入れて販売し,一審被告フローリックがこれを外部の白蟻駆除業者に販売したという事実関係の下では,一審被告コスモ油化と一審被告フローリックの一連の行為については,民法719条の共同不法行為が成立する。したがって,一審被告コスモ油化は,一審被告フローリックと連帯して,一審被告フローリックが被告標章を使用して本件商標権侵害をしたことにより一審原告が受けた損害(一審被告フローリックの利益額)について責任を負うことになる。
(ウ) そして,一審被告コスモ油化が,一審被告フローリックに対し,被告標章が付された段ボール箱に入れた白蟻防除剤を販売していた時期は平成13年4月5日ころから同年9月末までであるので,その間に一審被告フローリックが被告標章を使用したことにより得た利益額を算出すると67万9485円となる。
したがって,一審被告コスモ油化は,一審原告に対し,同金額の賠償義務を負うことになる。
(計算) a 平成13年4月5日から同年8月31日まで 2684万9706円(前記ア(イ)b(a)) b 平成13年9月の売上高 403万6000円 c (2684万9706円+403万6000円)×0.22(上記ア(イ)c)×0.1(前記ア(ウ))=67万9485円 (3) 弁護士及び弁理士費用に係る損害額 本件訴訟の難易度,認容額など諸般の事情を総合的に考慮し,一審原告が原審において本件訴訟の提起,追行等のために支出した弁護士及び弁理士費用のうち,甲事件被告らとの関係においては100万円,乙事件被告らとの関係においては10万円の範囲で,一審被告らの不法行為との間の相当因果関係を認めることにする。
9 争点10(一審被告南部及び一審被告浅井の責任の有無)について (1) 一審被告Bについて まず,一審被告Bは,一審原告の顧客に本件ダイレクトメールを送付した営業誹謗行為について不法行為責任を負う。
また,前記1のとおり,一審被告Bは,一審被告フローリックの代表取締役として,被告標章を一審被告フローリックに使用させ,また,甲A23号証の謝罪文を作成して,一審原告の顧客に送付したのであるから,本件商標権侵害及び同営業誹謗行為についても不法行為責任を負い,一審被告フローリックと連帯して一審原告に生じた損害を賠償する義務を負う。
(2) 一審被告Cについて 前記1で認定のとおり,一審被告コスモ油化は,一審被告B及び一審被告フローリックから委託を受けて,白蟻防除剤を製造し,これを被告標章の付された段ボール箱にいれて販売していたところ,証拠(甲A23)及び弁論の全趣旨によれば,これら一審被告コスモ油化の白蟻防除剤の製造販売は,一審被告コスモ油化の代表取締役である一審被告Cが主体となって行われていたことが認められる。したがって,一審被告Cは,本件商標権侵害について前記8(2)イで説示したところと同様の不法行為責任を負い,一審被告コスモ油化と連帯して一審原告に生じた損害を賠償する義務を負う。
10 その他,原審及び当審における当事者提出の各準備書面記載の主張に照らし,原審及び当審で提出,援用された全証拠を改めて精査しても,当審及び当審の引用する原審の認定,判断を覆すほどのものはない。
11 以上によれば,一審原告の請求は,@甲事件被告らに対し,連帯して567万1868円及びこれに対する平成15年9月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金(乙事件被告らと67万9485円及びこれに対する遅延損害金の範囲で不真正連帯となる。)の,A一審被告Bに対し,100万円及びこれに対する平成15年9月12日から支払済みまで同割合による遅延損害金の,B乙事件被告らに対し,連帯して77万9485円及びこれに対する平成14年6月25日から支払済みまで同割合による遅延損害金(甲事件被告らと67万9485円及びこれに対する遅延損害金の範囲で不真正連帯となる。)の各支払を求める限度で理由があるから,一審原告の控訴は上記の限度で理由があり,甲事件被告らの各控訴は,いずれも理由がなく棄却を免れない。
よって,主文のとおり判決する。
(当審口頭弁論終結日・平成17年9月1日)
裁判長裁判官 若林諒
裁判官 小野洋一
裁判官 中村心