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事件 平成 13年 (行ケ) 545号 審決取消請求事件
原告 株式会社エス・エス・アイ
訴訟代理人弁護士 井上定明
同弁理士 稲垣仁義
被告 デールカーネギー アンド アソシエイ ツ インコーポレーテッド
訴訟代理人弁護士 森内憲隆
同 左高健一
同 近藤純一
同弁理士 小沢 慶之輔
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/08/29
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が無効2000-35009号事件について,平成13年10月31日にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
特許庁における手続の経緯並びに審決の理由
以下は,当事者間に争いがなく,かつ,証拠(弁論の全趣旨を含む。)によって認定できる事実である。
1 原告は,「カーネギー・スペシャル」の片仮名文字と「CARNEGIE SPECIAL」の欧文字とを2段に横書きしてなる商標を,第16類「印刷物,紙類,紙製包装用容器,家庭用食品包装フィルム,紙製ごみ収集用袋,プラスチック製ごみ収集用袋,衛生手ふき,型紙,紙製タオル,紙製手ふき,紙製のぼり,紙製旗,紙製ハンカチ,裁縫用チャコ,荷札,書画,写真,写真立て,遊戯用カード,文房具類,事務用又は家庭用ののり及び接着剤,青写真複写機,あて名印刷機,印刷用インテル,印字用インクリボン,活字,こんにゃく版複写機,自動印紙はり付け機,事務用電動式ホッチキス,事務用封かん機,消印機,製図用具,装飾塗工用ブラシ,タイプライター,チェックライター,謄写版,凸版複写機,文書細断機,封ろう,マーキング用孔開型板,郵便料金計器,輪転謄写機,観賞魚用水槽及びその付属品」を指定商品として,平成8年3月13日に登録出願し,同10年5月8日に,登録第4142729号として設定登録を受けた(以下,この登録を「本件登録」といい,これにより登録された商標を「本件商標」という。)。
2 被告は,平成12年1月12日,本件登録をこれに係るすべての指定商品に関して無効にすることについて審判の請求をした。特許庁は,これを無効2000-35008として審理し,その結果,平成13年10月31日,「登録第4127619号の登録を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決をし,これを同年11月13日,原告に送達した。
(甲第1号証ないし第3号証,弁論の全趣旨) 3 審決の理由 審決の理由は,別紙審決書の写しのとおりである。要するに,原告(被請求人)は,被告(請求人)の有する「Dale Carnegie」又は「デール・カーネギー」という商標が,人材能力開発講座の役務を表示するものとして,広く知られていることを承知の上,不正の目的をもって,本件商標の登録を出願し,その登録を受けたものと認められるから,本件商標は,商標法4条1項7号に違反して登録されたものであり,本件登録は,同法46条1項により無効となる,というものである。
原告主張の審決取消事由の要点
審決は,事実認定を誤り,誤って認定した事実に基づき,本件商標が商標法4条1項7号に該当すると判断したものであるから,取り消されるべきである。
1 「デール・カーネギー」,「Dale Carnegie」の周知性 審決は,「引用商標の「Dale Carnegie(デール・カーネギー)」の標章は,請求人ないしそのライセンシーの提供する人材能力開発講座の役務を表示するものとして,本件商標の登録出願時(平成8年3月13日)までには,我が国においても取引者,需要者に広く知られており,かつ,その周知性は,登録当時も継続していたと認めるのが相当である。また,「DALE CARNEGIE(デール・カーネギー)」の表示は,しばしば「D.CARNEGIE」「D.カーネギー」「CARNEGIE」「カーネギー」等とも省略されて使用されていたことを認めることができる。」と認定した(審決書8頁19行〜27行)。しかし,この認定は誤りであり,「デール・カーネギー」,「Dale Carnegie」には,周知性はない。
なお,審決が「引用商標」として挙げているのは,いずれも被告が登録したものであり,具体的には下記(イ)ないし(ト)のとおりである。
(イ) 「DALE CARNEGIE」の文字よりなり,昭和38年2月4日に登録出願,第26類「印刷物,書画,彫刻,写真,これらの附属品,ただし,この商標が特定の著作物の表題(題号)として使用される場合を除く」を指定商品として同40年4月12日に設定登録された登録第673178号商標 (ロ) 別紙審決書写し別掲(1)に示すとおりの構成より成り,昭和38年2月4日に登録出願,第26類「印刷物,書画,彫刻,写真,これらの附属品,ただし,この商標が特定の著作物の表題(題号)として使用される場合を除く」を指定商品として同40年4月12日に設定登録された登録第673179号商標 (ハ) 「デール・カーネギー」の文字より成り,昭和44年7月8日に登録出願,第26類「印刷物,書画,彫刻,写真,これらの附属品」を指定商品として同47年1月14日に設定登録された登録第944088号商標 (ニ) 「DALE CARNEGIE COURSE」の文字より成り,平成4年9月30日に登録出願,第41類「人材能力開発の技術と知識の教授」を指定役務として同7年10月31日に設定登録された登録第3091527号商標 (ホ) 「デール・カーネギー」の文字よりなり,平成4年9月30日に登録出願,第41類「人材能力開発の技術と知識の教授」を指定役務として同7年10月31日に設定登録された登録第3091528号商標 (ヘ) 別紙審決書の写し別掲(2)に示すとおりの構成より成り,平成4年9月30日に登録出願,第41類「人材能力開発の技術と知識の教授」を指定役務として同8年3月29日に設定登録された登録第3138449号商標 (ト) 別紙審決書の写し別掲(3)に示すとおりの構成より成り,平成4年9月30日に登録出願,第41類「人材能力開発の技術と知識の教授」を指定役務として同8年7月31日に設定登録された登録第3174259号商標 (1) 被告の現在における引用商標のライセンシー(使用を許諾された者)であるパンポテンシア株式会社(以下「パンポテンシア」という。)及びそれ以前のライセンシーである株式会社ジャパンインスチチュート(以下「ジャパンインスチチュート」という。)は,いずれも営業規模が小さく,宣伝広告をほとんどせず,特定の企業を中心に狭い範囲の顧客を対象に講座を開催していたにすぎない。そのやり方は,不特定多数の人間を相手に顧客を開拓するという,一般的な講座事業のやり方とは相違している。
審決の認定どおりだとしても,受講者は,30年間で4万人強だというのであるから,年間1300人程度にすぎないことになる。
(2) 被告は,引用商標のうち,指定商品を印刷物とする商標3件については,これを使用せず,既に不使用を理由に登録を取り消されている。
(3) パンポテンシアは,講座名に「デール・カーネギー・コース」等の名称を付してはいるものの,「デール・カーネギー」,「Dale Carnegie」自体は,商標として使用していない。したがって,引用商標のうち,第41類の「人材能力開発の技術と知識の教授」を指定役務とするものについても,使用の事実はないというべきである。
(4) デール・カーネギーが,「人を動かす」等の著作物の著作者として広く知られているとしても,「デール・カーネギー」,「Dale Carnegie」の周知性は,それとは別個の問題である。
2 本件商標と引用商標の非類似性 審決は,「本件商標の構成中,「カーネギー/CARNEGIE」の文字部分に商品の出所識別標識としての要部があるものといわなければならない。」(審決書9頁8行〜10行)とした上,本件商標と引用商標との間に類似性があることを前提に,その結論に至っている。しかし,両商標の間に類似性はなく,審決が前提としたところは誤りである。
(1) そもそも,「カーネギー」,「Carnegie」自体は,氏姓にすぎないものである。このような語には,造語のような独創性はなく,その識別力も強いものではない。また,「デール・カーネギー」,「Dale Carnegie」が,氏姓に相当する「カーネギー」,「Carnegie」と略されることがあるのは当然であり,著作者等の名前として用いられる「デール・カーネギー」,「Dale Carnegie」が「カーネギー」,「Carnegie」と略されて表示されるからといって,本件商標「カーネギー・スペシャル」,「CARNEGIE SPECIAL」と引用商標「デール・カーネギー」,「Dale Carnegie」とが出所の混同を生ずるということはない。
(2) 単に「カーネギー」と呼称した場合,「カーネギー財団」,「カーネギー・ホール」,などで有名なアンドリュー・カーネギーを想起する者がほとんどであり,デール・カーネギーを想起する者は少数である。
アンドリュー・カーネギーは,「富の福音」を発表し,これは,日本においてもベストセラーとなった。また,その成功哲学は,ナポレオン・ヒルによって,ナポレオン・ヒルプログラムとして体系化され,80年以上にわたって,人材能力開発教材として使用されている。このように,アンドリュー・カーネギーは,人材能力開発の分野においても,デール・カーネギーを超えて広く認識されている。
(3) 本件商標のうち,「スペシャル」,「SPECIAL」が誇称であることは否定しない。しかし,氏姓の前後に「スペシャル」を付することは,通常行われていることではない。このことを無視して,「カーネギー・スペシャル」から単なる「カーネギー」という称呼が生ずると解するのは不当である。
(4) 被告あるいはそのライセンシーが用いている標章は「デール・カーネギー・コース」等であって,被告らは,「カーネギー」,「Carnegie」と略した標章は使用していない。それにも関わらず,被告らの用いる標章のうち,「カーネギー」,「Carnegie」の文字部分に出所識別標識としての要部があるとするのは不当である。
(5) 以上の状況の下では,本件商標と引用商標が類似しているとすることはできないというべきである。
3 商品と役務の非類似性 審決は,「本件商標の指定商品中には,印刷物等の教育業務において使用される商品をも含むものであって,請求人(判決注 被告)の業務との関連性も否定できないものである。」(審決書9頁18行〜20行)と認定した。
しかし,本件商標の指定商品は,被告の業務との関連性はあっても,被告の引用商標の指定役務である「知識の教授」とは非類似である。また,前述のとおり,被告は,特定の需要者のみを相手にしており,原告とは需要者層を異にする。
したがって,「カーネギー・スペシャル/CARNEGIE SPECIAL」と「デール・カーネギー」,「Dale Carnegie」が,出所の混同をきたし,公正な取引秩序を乱す,というおそれはない。
4 不正の目的の不存在 原告は,デール・カーネギーの一部の著作物について,著作権が消滅したと信じて(少なくとも米国では消滅している。),本件商標を出願したものである。
著作権が消滅したデール・カーネギーの著作物を利用し,事業化することは考えたが,被告の引用商標にフリーライド(只乗り)することや,被告の知名度を利用することなど全く考えていない。
仮に,デール・カーネギーの著作物の著作権が存続しているというのであれば,原告は,現在原告が実施しているアンドリュー・カーネギーの成功哲学の事業に本件商標を使用するつもりである。
被告の反論の要点
1 被告の引用商標の周知性について (1) 被告は,一般人を対象とするほか,企業や学校等をも対象として,営業活動を行っている。
(2) 引用商標は,すべてデール・カーネギー(Dale Carnegie)の氏名に基づくものである。同人は,人材能力開発を目指した教室教育方法を創案し,1912年に,アメリカでこの方法による講座を開設した。これは,アメリカ国内で行われるにとどまらず,現在では世界70数カ国で行われるに至っている。
デール・カーネギーは,1955年に死去し,被告は,同人の氏名を営業に関する表示として使用する権利を承継した。
(3) 日本においては,ジャパンインスチチュートが,ライセンシーとなって,1962年にデール・カーネギーの方法に基づく講座を開設した。1994年からは,パンポテンシアが,ライセンシーとなって講座を開いている。両者を併せれば,40年間継続して,デール・カーネギーの方法に基づく講座を開いていることになる。
(4) デール・カーネギーの有名な著作物である"How to Win Friends and Influence People"は,昭和33年,「人を動かす」との題名で日本語訳が出版され,平成7年には,2版63刷を重ね,発行部数が約200万冊に達している。
(5) 「人を動かす」を含め,デール・カーネギーの著作物や,前記講座は,日本の複数の出版物において紹介されたことがある。
(6) パンポテンシアが開設した講座の中には,名称を,「デール・カーネギー・コース」とするものがある。この名称のうち,「コース」の文字は,講座を意味する英単語に基づく外来語として,日本でも一般に使用されているから,上記各名称のうち,自他識別力の認められる部分は,「デール・カーネギー」である。
「デール・カーネギー・コース」の使用は,引用商標の使用に該当する。
2 本件商標と引用商標の類似性について (1) 本件商標を構成する「カーネギー」と「スペシャル」,あるいは「CARNEGIE」と「SPECIAL」の各両文字は,両文字が結合して全体としてのみ意味を持つというものではなく,しかも,このうちの「スペシャル」,「SPECIAL」が誇称表示であることは原告も認めるところであるから,本件商標のうち,「カーネギー」,「CARNEGIE」の部分が識別力を持つ要部であり,その要部のみからも,これに応じて「カーネギー」の称呼が生じ得る。
そうである以上,本件商標は,その使用方法によっては,被告の引用商標と混同されるおそれが大きいというべきである。
(2) 人材能力開発の講座教育方法について,アンドリュー・カーネギーが広く認識されていたということはない。
また,アンドリュー・カーネギーが著名であることと,デール・カーネギーが人材能力開発の分野で著名であることとは,無関係であり,両者を比較することに意味はない。
3 商品と役務の類似性について 本件商標の指定商品に含まれる教科書,参考書,書籍その他の教材等の印刷物は,教育業務において一般に使用される機器・器材である。したがって,これらの商品は,被告の講座業務と密接に関連するものである。
4 不正の目的の存在について (1) 原告は,デール・カーネギーの一部の著作物について,著作権が消滅していると信じて,本件商標を出願したと主張する。
しかし,他人の著作権が消滅したからといって,他人の商標又はそれと類似する商標の登録がそれによって正当化されることにはならない。審決による「不正の目的」の認定も,デール・カーネギーの著作物の著作権の存続に依拠したものではない。
(2) 原告は,平成5年以降,「デイル・カーネギー・プログラム」,「デール・カーネギーズ ヒューマン モティベーション システム/D.Carnegie's Human Motivation Systems」等,「カーネギー」や「CARNEGIE」を含む商標を,多数登録出願している。
(3) 原告は,その事業内容を説明する小冊子(乙第11号証)を作成し,その中で,原告が,事業部門の一つとして,「SSI D・カーネギー・プログラムス」という名称のものを設けており,その内容は,「半世紀以上にわたって,世界中の人々に支持され続けているデール・カーネギーの実践ノウハウによって,「人間関係の黄金律」「真の説得力」を究め,成功への道を拓く待望のプログラム」であるなどと述べている。
(4) 原告会社の代表者は,デール・カーネギーに関する著作を翻訳し,これを原告の関連会社から出版している。この本の後書きで,原告代表者は,デール・カーネギーが,今では世界的に有名となっている講座を開設し,多くの人がそこで学んだ,と述べている。その講座とは,被告の開設している講座のことである。
(5) 前記(4)の出版物の中で,原告代表者は,原告の実施している自己開発プログラムの宣伝を行っている。
(6) 以上(2)ないし(5)の事実の下では,原告による本件商標の登録は,被告の「デール・カーネギー」,「Dale Carnegie」の商標へのフリーライドを意図した一連の商標登録出願行為の一部であり,被告の人材能力開発講座の名声を利用して利益を図る行為と評価されるべきものである。
当裁判所の判断
1 引用商標の周知性 (1) デール・カーネギー(Dale Carnegie)は,1888年に生まれ,1955年に死亡した著述家,講演者であり,その名前は,辞書,人名辞典等にも掲載されている。デール・カーネギーは,1912年に,ニューヨークにおいて話し方講座を初めて開設し,その方法論に基づく講座は,現在に至るまで多くの国で実施されている。
1936年に発行されたデール・カーネギーの著作「人を動かす」(原題"How to Win Friends and Influence People")は,世界的なベストセラーとなり,日本でも,昭和33年に初めて出版されて以来,これまで100万部以上が売れており,雑誌等でも,書評などで度々紹介されている。
日本では,昭和38年以来,当初ジャパンインスチチュート,次いでパンポテンシアが,被告のライセンシーとして,デール・カーネギーの方法論に基づく能力開発,人材育成の講座を開設しており,現在,パンポテンシアが「デール・カーネギー・コース/Dale Carnegie Course」,「デール・カーネギー・セールス・コース/Dale Carnegie Sales Course」等,コミュニケーション,マネージメント,リーダシップ等の能力養成を目的とする,数種の講座を開設している。
被告のライセンシーが実施してきた講座は,企業が,人材育成のために,その社員に受けさせる,という形で利用されることもある。しかし,同講座は,受講者が特定の組織,個人に限定されているわけではなく,閉鎖的なものではない。
(甲第4号証の1及び2,同4,同5,同7,同9,乙第1号証ないし第6号証)。
以上の事実からは,著述家・講演者としてのデール・カーネギーの存在も,デール・カーネギーが提唱した内容,ノウハウに基づくものであり,その氏名が付されている能力養成・人材育成の講座も,本件商標の登録査定時(登録時である平成10年3月27日の少し前)において,既に日本を含めた世界の多くの国で周知となっていた,と認めることができる。
(2) 引用商標中に,「デール・カーネギー」の片仮名文字から成るもの,あるいは,欧文字の筆記体で,「Dale Carnegie」と記したもの,あるいは,その上に,デール・カーネギーの肖像を付したものがあり,これらが,いずれも「デール・カーネギー」の称呼を生ずることはいうまでもないことである。
(3) パンポテンシアが開設している講座の名称は,「デール・カーネギー・コース」,「デール・カーネギー・セールス・コース」,「デール・カーネギー・マネージメント・セミナー」,「デール・カーネギー・カストマー・リレーションズ/エンプロイ・デベロプメント・コース」,「デール・カーネギー・上級コース 経営戦略的プレゼンテーション・ワークショップ」,「デール・カーネギー・リーダー・イン・ユー・コース」であり,それぞれ,それぞれに対応する欧文字の綴りが併記されている(乙第2号証)。
これらの講座の名称には,共通して「デール・カーネギー」という名詞が含まれ,これに,「コース」ないし「セミナー」という名詞が付加されている。
「コース」,「セミナー」は,外来語であるものの,日本においても一般的な名詞として日常用いられている言葉である。また,上記各講座名には,上記各名詞に加え,講座の内容を表す「セールス」,「マネージメント」,「カストマー・リレーションズ」,「エンプロイ・デベロプメント」,「経営戦略的プレゼンテーション・ワークショップ」,「リーダー」等の言葉も付されてはいるものの,これらも,外来語のものも含めて,一般的な名詞であり,日本においても,特定の出所と結び付けて理解されるとは考えにくい言葉である。
したがって,上記各講座名にあって,自他識別力を発揮する部分は,「デール・カーネギー」,「Dale Carnegie」であるということができる。すなわち,引用商標(その一部については,その構成要素である文字部分)は,上記各講座名にあって自他識別力を有する部分として使用されているのである。
2 本件商標と引用商標の類似性 (1) 本件商標は,「カーネギー・スペシャル」の片仮名文字と「CARNEGIE SPECIAL」の欧文字とを2段に横書きして成るものであり,「カーネギースペシャル」の称呼を生ずる。このうち,「スペシャル」,「SPECIAL」の部分は,外来語であるとはいえ,我が国においても一般的によく用いられる形容詞ないし名詞である。この「スペシャル」,「SPECIAL」が,「カーネギー」,「CARNEGIE」と結合することにより,一般に用いられる意味とは異なる別個独立の意味を持つことを認めさせる証拠はない。したがって,本件商標からは,「カーネギー」,「CARNEGIE」に応じて,「カーネギー」の称呼をも生じるということができる。
(2) 「Dale Carnegie」,「デール・カーネギー」は,実際の順序と異なり,辞書,事典では「Carnegie」としてまず配列され,また,しばしば「D.Carnegie」,「D.カーネギー」,あるいは単に「カーネギー」などと略称されることがある。
したがって,「Dale Carnegie」,「デール・カーネギー」の識別力の中心は,「Carnegie」,「カーネギー」の部分にある,ということができる。
(甲第4号証の1,同2,同4,同5,同9,乙第4号証の1ないし7,同9,同11,第5号証,第6号証,第11号証)。
本件商標と引用商標は,識別力の中心である「カーネギー」,「Carnegie」の表記及び「カーネギー」との称呼において,一致するものであるから,本件商標の使用態様によっては,引用商標との間に混同を起こすおそれがあると認められる。
(3) 原告は,「カーネギー」,「Carnegie」からは,アンドリュー・カーネギーを想起する者がほとんどである,と主張する。
しかし,デール・カーネギーという人物の存在と,その氏名が付され,その方法論に基づく講座が周知であることは前記認定のとおりであるから,アンドリュー・カーネギーがより著名であったとしても,本件商標と引用商標とを混同するおそれはあると認められる。
なお,アンドリュー・カーネギーの成功哲学に基づく能力開発講座が存在し,これが一定程度の著名性を備えていることは認められるものの,それは,ナポレオン・ヒルが,アンドリュー・カーネギー以外の多くの成功者とのインタビューなどをも基に体系化した「ナポレオン・ヒルプログラム」として著名であると認められるから,「カーネギー」から,当然にアンドリュー・カーネギーの成功哲学に基づく講座が想起されるとは,認めることができない。
(甲第5号証の4,乙第11号証)。
3 商品と役務の類似性について 本件商標の指定商品のうち,印刷物,文房具類等は,引用商標の指定役務である「人材能力開発の技術と知識の教授」の際に用いられ得る機材である。
原告は,現に,能力養成,人材育成のためのプログラムを実施している。原告が,本件商標が付された機材を,そのプログラムの実施のために用いるときは,被告のライセンシーの開設する講座と誤認混同されるおそれがある。
(乙第10号証,第11号証)。
したがって,本件商標の指定商品の少なくとも一部のものと,現に被告(ライセンシーを含む。)が長く行ってきた引用商標の指定役務との間には,類似性が認められる。
4 不正の目的について (1) 原告は,本件商標の出願に先立ち,あるいは,それと同じころ,本件商標以外にも,以下のとおり,「デール・カーネギー」(あるいは「ディル・カーネギー」)そのものないし「カーネギー」を含む,商標の登録出願を多数している。
ア 「ディル・カーネギー・プログラム」 出願日 1993年2月2日 出願番号 平5-8552 登録番号 3100976 区 分 16類 (乙第9号証の9) イ 「カーネギー・プログラム/CARNEGIE PROGRAM」 出願日 1994年9月26日 出願番号 平6-95962 登録番号 3371421 区 分 16類 (乙第9号証の1) ウ 「カーネギー・クォリティ・ライフ&ビジネス・プログラム/CARNEGIE QUALITY LIFE&BUSINESS PROGRAM」 出願日 1994年9月26日 出願番号 平6-95963 登録番号 3371422 区 分 16類 (乙第9号証の2) エ 「CARNEGIE SYSTEM PROGRAM/カーネギー・システム・プログラム」 出願日 1994年10月24日 出願番号 平6-106605 登録番号 3371423 区 分 16類 (乙第9号証の3) オ 「CARNEGIE BUSINESS MOTIVATION PROGRAM/カーネギー・ビジネス・モティヴェーション・プログラム」 出願日 1994年10月24日 出願番号 平6-106606 登録番号 3371424 区 分 16類 (乙第9号証の4) カ 「CARNEGIE SUCCESS HINT PROGRAM/カーネギー・サクセス・ヒント・プログラム」 出願日 1994年10月24日 出願番号 平6-106607 登録番号 3371432 区 分 16類 (乙第9号証の5) キ 「CARNEGIE EXCELLENT SPEECH PROGRAM/カーネギー・エクセレント・スピーチ・プログラム」 出願日 1994年10月24日 出願番号 平6-106608 登録番号 3371425 区 分 16類 (乙第9号証の6) ク 「デール・カーネギーズ ヒューマンモティベーション システム/D.Carnegie's Human Motivation Systems」 出願日 1996年4月24日 出願番号 平8-43996 区 分 16類 (乙第9号証の7) (2) 原告は,能力養成・人材育成を事業の一つの柱とし,デール・カーネギーの教育方法に基づく講座を実施する事業部門を有し,また,そのためのハード・ソフトの開発・販売を手がけ,セミナー等を開催している。また,関連会社においても,能力養成・人材育成に関連する,コンピュータソフト・ハードの開発・販売,書籍の出版,企業コンサルティングなどを手がけている。さらに,原告の代表者は,デール・カーネギー自身の著作や,その人物像,その教育方法に関する本の翻訳をするなど,その有用性を評価している。 (乙第10号証,第11号証)。
(3) 以上の各事実からは,本件商標の登録査定時当時,原告は,被告の実施している講座が,長い歴史を有し著名で,一定の評価を受けていることを十分認識した上で,自己の主要な業務に,その評価を利用する意図で,本件商標の出願を行い,その登録を受けたものと優に認定でき,不正の目的を有していたと認められる。
原告は,デール・カーネギーの著作物の著作権が消滅していたと信じていた旨主張する。しかし,仮に,原告がそのように信じていたとしても,この著作権の消滅と,被告の有する引用商標の著名性,一定の評価の存続とは関係がないことであるから,原告の認識と前記不正の目的とは相容れないものではない。原告の主張は理由がない。
5 3において説示したとおり,本件商標の指定商品の一部のものと,引用商標の指定役務との間には,類似性が認められる。他方,本件商標の指定商品の中には,引用商標の指定役務・商品,被告ないしそのライセンシーが行っている事業とは,直接の関連性がなく,引用商標の指定役務との間に類似性が認められないものがある。
しかし,4条1項7号は,条文上,商品ないし役務の同一性,類似性を不可欠の要件とするものではない。前記のとおり,原告は,被告ないしそのライセンシーが,世界各国で行っている事業が高い評価を受け,著名であることを十分承知しながら,その著名性を,専らその主力事業のために利用する意図をもって,本件商標の登録をしたものである。そうである以上,本件商標の登録全体が,公序良俗に反するものとして無効となる,というべきである。
6 結論 以上のとおりであるから,原告の主張の取消事由には理由がなく,その他,審決には取消しの事由となるべき誤りは認められない。そこで,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 高瀬順久