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関連ワード 包装 /  指定商品 /  周知性 /  顧客吸引力(グッドウィル) /  損害額 /  使用料相当額 /  権利濫用(権利の濫用) /  中用件(33条) /  外観(外観類似) /  称呼(称呼類似) /  観念(観念類似) /  離隔的 /  警告 /  差止 /  無効審判 /  継続 / 
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事件 平成 13年 (ワ) 13758号 損害賠償等請求事件
原告 株式会社ネットワーク
訴訟代理人弁護士 山上芳和
同 藤井圭子
補佐人弁理士 齋藤晴男
被告 株式会社サラブランド
訴訟代理人弁護士 安原正之
同 佐藤治隆
同 小林郁夫
訴訟復代理人弁護士 鷹見雅和
補佐人弁理士 福田武通
同 福田賢三
同 福田伸一
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2002/07/31
権利種別 商標権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 被告は,商品又は商品の包装に別紙第3及び第4目録記載の標章を付したものを譲渡し,引き渡し,譲渡若しくは引渡しのために展示し,又は輸入してはならない。
2 被告は,商品又は商品の包装に別紙第3及び第4目録記載の標章を付したものを廃棄せよ。
3 被告は,原告に対し,金2814万円及びこれに対する平成13年9月2日から支払済みまで年5分の割合による各金員を支払え。
4 原告のその余の請求を棄却する。
5 訴訟費用は,これを3分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
6 この判決は,仮に執行することができる。
事実及び理由
請求
1 主文1項及び2項に同じ 2 被告は,原告に対し,金3億5297万6400円及びこれに対する平成13年9月2日から支払済みまで年5分の割合による各金員を支払え。
事案の概要
本件は,別紙第3及び第4目録記載の標章(以下,第3目録記載の標章を「被告標章1」と,第4目録記載の標章を「被告標章2」といい,両者をあわせて「被告各標章」という。)を付した被服等を製造販売する被告の行為が,原告の有する商標権を侵害し,かつ,不正競争防止法2条1項1号に該当すると主張して,原告が被告に対し,商標権及び不正競争防止法に基づいて,上記被服等の製造,販売の差止め等及び損害賠償を請求した事案である。
1 前提となる事実(当事者間に争いがない。) (1) 原告の有する商標権 原告は,以下の商標権1ないし3を有している(以下,商標権1ないし3を「原告商標権1ないし3」と,これらをまとめて「原告各商標権」と,その登録商標を「原告商標1ないし3」と,これらをまとめて「原告各商標」という。)。
ア 商標権1 出願日 平成10年11月25日 登録番号 第4327531号 登録日 平成11年10月22日 指定商品 第25類 被服,ガーター,靴下止め,ズボンつり,バンド,ベルト,履物(「靴合わせくぎ,靴くぎ,靴の引き手,靴びょう,靴保護金具」を除く。),仮装用衣服,運動用特殊衣服,運動用特殊靴(「乗馬靴」を除く。) 商標 別紙第1目録記載のとおり イ 商標権2 出願日 平成9年2月20日 登録番号 第4195215号 登録日 平成10年10月9日 指定商品 第25類 被服(「和服」を除く。),ガーター,靴下止め,ズボンつり,バンド,ベルト,履物(「靴合わせくぎ,靴くぎ,靴の引き手,靴びょう,靴保護金具」を除く。),運動用特殊衣服,運動用特殊靴(「乗馬靴」を除く。) 商標 別紙第2目録記載のとおり ウ 商標権3 出願日 平成9年2月20日 登録番号 第4302662号 登録日 平成11年8月6日 指定商品 第18類 皮革,かばん類,袋物,携帯用化粧道具入れ,傘,ステッキ 商標 別紙第2目録記載のとおり (2) 被告の行為 被告は,業として,被告各標章を付した被服等を,平成12年3月ころから現在に至るまで,製造販売していた。
2 争点 (1) 被告各標章は,原告各商標と同一又は類似か。
(原告の主張) 原告各商標と被告各標章は,以下のとおり類似する。
ア 被告標章1との対比 (ア) 原告商標1は,別紙第1目録のとおり,「尾を挙げ,左向きで静止している状態の犬の立位の図形を黒塗りで表してなる」ものであり,被告標章1も,別紙第3目録のとおり,「尾を挙げ,左向きで静止している状態の犬の立位の図形を黒塗りで表してなる」ものである。
両者を仔細に観察すれば,被告標章1の犬の図形は,原告商標1の犬の図形より頭の位置がやや低く,腹回りがやや太めであり,前足がやや開いている等の点において相違する。しかし,両者とも,左向きで静止している犬の図形であること,図形を黒塗りしていること,尾をほぼ水平方向に延ばしていることにおいて共通し,大型犬のシルエットの図形として看者に強い印象を与える。離隔的に観察した場合,両者の相違点は,前記の共通の特徴に照らすならば,微差の範囲に留まるというべきである。また,原告商標1及び被告標章1は,いわゆるワンポイントマークとして比較的小さく表示されることが多く,細部における相違は曖昧なものとなり,印象が希薄となる。
したがって,被告標章1は原告商標1と類似する。
(イ) 原告商標2及び3は,別紙第2目録記載のとおり,原告商標1と同一の犬の図形の下に,英文字で小さく「DOG・DEPT」と横書きしたものである。
原告商標2及び3は,犬の図形部分のみが看者の注意をひく要部であるといえるので,被告標章1と類似する。
イ 被告標章2との対比 被告標章2は,被告標章1に単に輪郭線を加えたにすぎない。
被告標章2を原告各商標と対比すると,@被告は,原告から差止請求を受けた後,被告標章1の使用を中止して,これに替えて,被告標章2の使用を開始したこと,A被告標章2の地色と輪郭線の濃淡関係を逆にしてワンポイントマークとして使用したとき,輪郭線は目立たないものになる場合があること等の事情に照らすならば,被告標章2は,原告各商標と類似するといえる。
ウ したがって,被告が被告各標章を付した被服等を製造販売する行為は,原告各商標権を侵害する。
(被告の反論) 原告各商標と被告各標章は同一又は類似でない。
ア 被告標章1との対比 原告各商標は,「フラットコーテッドレトリーバー」種の犬の図形が用いられている(原告商標2及び3は,いずれも,原告の標章である「DOG・DEPT」を原告商標1の下に配した商標である。)。
原告各商標の犬の図形は,頭,首,尾,腹及び足全体の形状がスマートで,胴体が高く,頭部は水平よりやや上向きであり,胸の部分が極端に前方に半円形状に盛り上がり,前足は,太く,左右そろえ,後足は,際立って細く,左右開いた状態であり,尾は先端に向けて細く,頭と胴体は,後ろ部分がシャープに描かれている。原告は原告製品すべてについて「DOG・DEPT」の統一標章を使用している。原告各商標が,「DOG・DEPT」とともに使用されている事情に照らすならば,原告各商標は「フラットコーテッドレトリーバー」の外観,称呼及び観念を生じ,さらに「DOG・DEPT」の称呼を生ずる。
これに対し,被告標章1は,「ゴールデンリトリーバー」種の犬の図形が用いられている。被告標章1の犬の図形は,頭,首,尾,腹及び足全体が厚みのあるどっしりとした姿で,前足及び後足は,一歩踏み出した歩行姿勢を保ち,胴体及び首は低く頭から尾全体にかけてずんぐりとし,尾も太く,その先端は,背中より高くあげたように描かれている。被告は,ほとんどの場合に「Sarah brand」の標章とともに,被告標章1を使用している。また,被告は,被告標章1を,単独で使用する場合には,胸の中央部に付して,模様的に使用しており,また,商標的に使用する場合には,襟ネーム,下札に,「Sarah brand」の文字を結合させた表示とともに使用している。このような使用状況に照らすならば,被告標章1は,「ゴールデンリトリーバー」の外観,称呼及び観念を生じ,「Sarah brand」との組合せにより,「サラブランド」の称呼を生ずる。
したがって,被告標章1は原告各商標とは類似しない。
イ 被告標章2との対比 被告標章2は,輪郭線を施されて描かれている。これに対して,原告各商標は,黒色に塗りつぶしている。両者は全く異なる印象を与える。
なお,被告標章1について被告が有していた商標権は,原告商標1と類似するとされて,商標登録が取り消されたが,これは,被告標章1と原告商標1とが黒く塗りつぶされた横向きの犬である点で共通しているので,類似していると判断されたと推測される。したがって,輪郭線を施した被告標章2は,この点で原告各商標と異なる。
以上のとおり,被告標章2は,原告各商標とは類似しない。
(2) 原告各商標は,原告の商品又は営業を示すものとして周知であるか。また,被告が被告各標章を使用する行為は,原告の商品又は営業と混同を生じさせるか。
(原告の主張) ア 原告は,平成4年から,原告商標1(犬の図形)を「DOG・DEPT」の文字とともに使用し始め,原告商標1を付した商品は被服,皮革製品及びペット用品等多岐にわたり,年間取引量も平成5年に約5000万円であったが,年々順調に増加し,同12年には90億円に達した。原告商標1に関する商品カタログの掲載頁は,平成8年以降,年々増加した。その間,原告は,日刊新聞,業界新聞及びファッション雑誌等を中心に,宣伝広告を行い,雑誌の記事としても取り上げられて話題になった。その結果,原告商標1は,遅くとも,被告が被告各標章の使用を始めた平成12年3月の時点において,原告の商品又は営業を示すものとして周知となった。
イ 被告は,過去4,5年間,立位で後方を向いた,あるいは後ろ向きの大型犬の図形を商標として使用していたが,原告の使用する原告各商標がマスコミにも取り上げられ,需要者の間に浸透して,売上げも伸び,周知となったことに着目して,これに便乗する目的で,被告各標章を使用し,原告と同一の店舗展開をし,原告の広告掲載誌と同一の雑誌に同様の広告を原告の掲載頁に極めて近い箇所に掲載するようになった。
被告各標章と原告商標1とは同一又は類似である。被告各標章が,原告各商標権と同一の指定商品に使用された場合,需要者はその商品が原告の扱う商品であると誤認混同するおそれがある。
ウ したがって,被告が,被告各標章を付した被服等を製造販売した行為は,不正競争防止法2条1項1号所定の,他人の商品等表示として需要者の間に広く認識されているものと同一又は類似の商品等表示を使用し,他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為に該当する。
(被告の反論) ア 原告は,原告商標1(犬の図形)のみならず,多種の犬の図形を使用し,しかも,それらを原告の統一標章である「DOG・DEPT」とともに使用しているため,原告各商標のみが原告の商品等表示としての機能を有することはない。
原告商標1の周知性については,原告の主張する平成5年ないし11年の取引高は業界の常識に照らし,信用できないこと,宣伝広告については,通信販売用のカタログに頁数を割いているにすぎず,若干の業界新聞へ広告を掲載しているにすぎないことから,原告商標1が原告の商品等表示を表すものとして周知性を獲得したとはいえない。
イ 被告各標章と原告商標1とは類似していない。また,原告各商標は,他の種の犬の図形と重複して使用され,しかも「DOG・DEPT」の標章とともに使用されていること,他方,被告各標章は,「Sarah brand」の標章と犬の模様を組み合わせて使用されていることに照らすならば,両者を誤認混同することはない。
したがって,被告各標章を付した被服等を製造販売した被告の行為は,不正競争防止法2条1項1号所定の,他人の商品等表示として需要者の間に広く認識されているものと同一又は類似の商品等表示を使用し,他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為に該当しない。
(3) 被告は,被告標章1に関し,商標法33条所定の使用権を有するか。
(被告の主張) 被告は,被告標章1について,平成11年4月16日商標登録出願をし,同12年3月3日商標登録を受けた。同商標登録に対して,平成12年5月23日原告より異議申立てがされ,同13年3月15日商標登録を取り消すとの異議決定がされた。
被告は,平成12年1月ころから,善意で被告標章1を付した被服の販売を開始し,相当の数量を販売してきた。被告標章1は被告の商品を表示するものとして周知となった。したがって,被告は,商標法33条により,被告標章1を使用する権利を有する。また,被告は,同条2項により相当の対価を支払えば足り,損害賠償責任を負わない。
なお,商標法33条は,無効審判請求に関する規定であるが,異議申立ても無効審判請求と別異に取り扱う理由はないので,同条の規定が類推適用されるべきである。
(原告の反論) 被告標章1は周知ではなかった。商標法33条の規定は,商標権の効力を制限する例外規定であるから,拡張して適用すべきではない。
したがって,被告の主張は理由がない。
(4) 相殺が認められるか。
(被告の主張) 被告は,被告標章2に係る以下の商標権を有している(以下「被告商標権」といい,その登録商標を「被告商標」ということがある。)。
出願日 平成12年4月26日 登録番号 第4468206号 登録日 平成13年4月20日 指定商品 第25類 被服,ガーター,靴下止め,ズボンつり,バンド,ベルト,履物,仮装用衣服,運動用特殊衣服,運動用特殊靴 商標 別紙第4目録記載のとおり 原告は,業として別紙第5目録の標章(以下「原告縁取り標章」という。)を被服に使用している。原告縁取り標章と被告商標を対比すると,両者とも犬の図形を縁取りして描いた点,犬が左を向いている点,全体的に丸く重量感のある犬の図形である点において共通する。被告商標の犬の足は一歩踏み出した歩行姿勢であるのに対して,原告縁取り標章は静止姿勢である点が相違するが,同相違点は微差にすぎない。したがって,原告縁取り標章を付した被服を製造販売する原告の行為は,被告商標権を侵害する。原告は,平成13年7月ころから,原告縁取り標章を被服に使用している。 被告は,被告商標権侵害に基づく損害賠償請求権を自働債権として,原告の被告に対する損害賠償請求権を受働債権として対当額をもって相殺する旨の意思表示をした。
(原告の反論) 否認する。被告商標は,原告各商標と類似であって,その商標登録は明かな無効理由を有する。このような商標権に基づく請求は権利の濫用として許されるべきではない。
(5) 損害額はいくらか。
(原告の主張) 原告は,原告各商標権の使用を許諾する場合,通常上代価格の3ないし5パーセントの使用料の支払を請求しているが,悪質な業者に対しては,上代価格の7パーセントの使用料の支払を請求している。被告は,原告の再三の販売停止の警告を無視し,商標登録取消決定がされた後も販売を続けており,悪質であるから,上代価格の7パーセントを実施料とするのが相当である。一般的にロイヤルティを請求する場合,上代価格(卸値ではなく小売価格が基準とされ,卸値の2倍以上が小売価格である。)が基準とされている。
被告が被告各標章を使用した期間は,平成12年3月から同13年11月28日までである。
同期間の売上(上代価格)については,以下のとおりである。
ア 平成12年3月ないし同年7月まで 甲61によれば,平成11年8月から同12年7月までの間の売上は18億2395万4000円であり,これを基礎に上記期間の売上を算出すると7億6247万2573円である。
1,823,954,000×153/366=762,472,573 イ 平成12年8月ないし平成13年7月まで 甲61によれば,18億7292万2000円である。
ウ 平成13年8月から平成13年11月28日まで 甲61によれば,平成12年8月から平成13年9月までの売上は,前記のとおり18億7292万2000円であり,甲62によれば,売上は前年度より伸びているとのことであるから,少なくとも前年度ベースの売上はあったと考えられる。そこで,これを基礎に上記期間の売上を推定すると6億1575万5178円となる。
1,872,922,000×120/365=615,755,178 エ 以上より,平成12年3月から平成13年11月28日までの売上総合計額は,32億5114万9751円となる。
762,472,573+1,872,922,000+615,755,178=3,251,149,751 オ ところで,同売上額には,直営店による売上と卸の売上が合算されている。乙12によれば,直営店の売上と卸の売上の比率は,45対55である。したがって,直営店での売上は14億6301万7388円であり,卸の売上は17億8813万2363円となる。
同売上額を前提に,実施料相当額(上代価格の7パーセント)を算出すると,合計3億5274万9747円となる。
102,411,217円(1,463,017,388×0.07)+250,338,530円(1,788,132,363×2×0.07)=352,749,747円 (被告の反論) 被告各標章を付した商品の売上は乙12記載のとおりである。
被告は平成6年ころから,種々の犬の図形を標章として付した商品を販売しているが,被告の売上高が飛躍的に増加したのは,後ろ向きの犬の図形の標章を付した商品を販売した以降である。被告の売上高の推移は犬の足跡,後ろ向きの犬など各種の犬の図形を商品に付して展開してきた総合的な結果である。被告各標章は,それほど顧客吸引力を有するわけでなく,被告の商品の売上げに寄与するものではない。
原告が主張する実施料率には根拠がない。被告標章1の顧客吸引力の程度はそれほど高くないこと,被告が被告標章1を使用したのは,一旦商標登録された後であること等の事情に照らすならば,実施料相当額は売上高の0.1パーセントが相当である。
なお,被告標章2に関しては,損害賠償義務は生じない。
争点に対する判断
1 争点(1)(被告各標章と原告各商標との類否)について (1) 被告標章1と原告各商標との対比 ア 被告標章1について 被告標章1は,別紙第3目録のとおり,左向きで立ち,首を左水平方向に向けて,尾を右水平方向よりやや上方に延ばしている黒塗りの犬のの図形である。
イ 原告各商標について 原告商標1は,別紙第1目録のとおり,左向きで立ち,首を左水平方向よりやや上に向けて,尾を右水平方向に延ばしている黒塗りの犬の図形である。
原告商標2及び3は,別紙第2及び第3目録のとおり,原告商標1と同一の犬の図形とその下に横書きの「DOG・DEPT」の文字を配置したものである。
原告商標2及び3の要部は上記図形部分であると解される。すなわち,原告商標2及び3において,図形部分は黒塗りで,大きく明瞭に描かれていること,他方「DOG・DEPT」の文字は,図形部分の下に極く小さく,細い文字で表示されていることに照らすならば,同各商標に接した者は,専ら図形部分に注意がひかれるということができるので,原告商標2及び3の要部は,図形部分であると解される。原告商標2及び3について,「DOG・DEPT」も含めて要部とする被告の主張は理由がない。
以下,原告各商標との対比に当たっては,その要部である商標中の図形部分(原告商標2及び3の図形部分は,原告商標1の図形と同一であるので,図形のみを指す場合に,便宜上「原告商標1」ということがある。)について行う。
ウ 対比 (ア) 両者の犬の図形はいずれも,尾をほぼ水平方向に延ばし,左向きで立った姿勢を保ち,黒塗りで描かれているという特徴が共通であり,このような基本的な特徴が,これに接した一般需要者に強く印象付けられるというべきであるから,両者は外観(観念及び称呼も同様と考えられる。)において類似する。
確かに,被告標章1と原告商標1とは,以下のとおりの若干の相違点が存する。すなわち,被告標章1の犬の図形は,@足先が太く,前足と後足をそれぞれ開き,交互に踏み出している,A頭部が左水平方向に向いている,B胴部が全体的にわたって太い,C尾が右水平方向よりやや上方に延びて,全体に太いという点があるのに対して,原告商標1の犬の図形は,@足先が細く,前足はそろえ,後足はやや開いている,A頭部が水平方向よりやや上方に向いている,B胴部の中央付近が大きく絞られている,C尾が右水平方向に延びて,先端が細くすぼまっている点があるので,若干相違する。
しかし,被告標章1及び原告商標1もともに,被服等にワンポイントマークとして縫いつけられたり,刺繍されたりするなど,比較的小さく表示され,上記の細部における相違点はほとんど目立たないものと認められる(甲7ないし16,39,40,42,44,48,59,乙10,11)ことに照らすならば,上記の相違点は,被告標章1が原告商標1に類似するとの前記判断に消長を来さないというべきある。
(イ) これに対して,被告は,被告標章1の犬の種類は「ゴールデンリトリーバー」であるのに対し,原告商標1の犬の種類は「フラットコーテッドレトリーバー」であるので,外観,称呼及び観念において類似しない旨主張する。しかし,原告商標の指定商品に係る一般的な需要者(原告商標の指定商品は,その中に「被服」を含むことから,その指定商品に係る一般的な需要者は,犬ないし動物に特段の関心を持たない者を含む広範な一般消費者であると解される。)において普通に払われる注意力を基準とすれば,原告商標1及び被告標章1の犬の図形から,直ちにその犬の種類の相違を区別できると解することはできないというべきであるから,この点の被告の主張は採用できない。
また,被告は,被告標章1を「Sarah brand」の文字とともに使用しているので,原告各商標とは類似しない旨主張する。確かに,証拠によれば,被告標章1が使用されている被服等の中には,「SARAH」や「SARAH BRAND」「SARAH BRAND DOG」「Sarah brand」の文字と組み合わせて使用されているものが存在する(甲39,60)。しかし,被告標章1と原告商標1の基本的特徴が共通している点に照らして,被告標章において,被告の名称である「SARAH BRAND」等が付加的に表記されていたからといって,前記類似するとの判断に影響を与えるものと解するのは相当でない。
(2) 被告標章2と原告各商標との対比 ア 被告標章2について 被告標章2は,別紙第4目録のとおり,被告標章1と同一図形について,全体を薄い色彩で塗りつぶし,黒の輪郭線を描いた図形である。すなわち,被告標章1と同様,左向きで立ち,首を左水平方向に向けて,尾を右水平方向よりやや上方に延ばしている犬の図形である。
イ 対比 被告標章2は,被告標章1を単に輪郭線を施し,縁取りしたものにすぎず,輪郭線の有無,配色が異なるほかは,被告標章1との相違点はない。そこで,被告標章2と原告商標1とを対比すると,@被告標章2は,黒い輪郭線の中の地色につき,白色にして用いられているもの(甲60,乙2),濃色にしたもの(甲55)があること,A輪郭線の色と地の色とのコントラストを弱めた場合には,輪郭線の有無が不明瞭となり,原告商標1との差異が存在しないかのような印象を与えること,B被服のワンポイントマークとして用いられる場合,両者の差異はほとんど目立たなくなること,C特に,本件においては,被告標章2は,本件訴訟が提起された後に,被告標章1を中止した前後に,同標章に替えて使用されたという事情があること等の事実関係に照らすならば,被告標章2は,原告商標1と,混同を来す程度に類似すると解するのが相当である。
(3) 小括 以上のとおり,被告標章1及び2を付した被服等を製造販売する被告の行為は,原告各商標権を侵害する。
2 争点(3)(被告は,被告標章1に関し,商標法33条所定の使用権を有するか)について 被告は,被告標章1について,平成12年3月3日商標登録を受けて以降,同13年3月15日原告商標登録を取り消すとの異議決定を受けるまでの間,異議事由があることを知らないで,被告標章1の使用を継続してきたとして,引き続き当該商標を使用する権利を有する旨主張する。
しかし,当該商標を使用する権利が認められるためには,その商標が自己の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたことが必要であるところ(商標法33条1項柱書),本件全証拠によっても,被告標章1に係る商標が,被告の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたことを認めることはできない。
よって,被告が被告標章1に関して,当該商標を使用する権利(いわゆる中用権)を有することはない。
3 争点(4)(被告標章2に関し相殺の抗弁が認められるか)について 被告は,別紙第5目録記載の「原告縁取り標章」を付した被服を製造販売する原告の行為は,被告が被告標章2について有する被告商標権を侵害すると主張する。被告は,本件口頭弁論期日において,被告が原告に対して有する被告商標権侵害に基づく損害賠償請求権を自動債権として,原告の被告に対する損害賠償請求権に対して,対当額をもって相殺する旨主張する。
しかし,原告の請求は,商標権侵害を理由とする不法行為に基づく請求であるから,不法行為に基づく損害賠償請求権を受働債権として自己の有する債権と相殺することはできないのであるから(民法509条),被告の主張は,主張自体失当である。
のみならず,「被告商標」と別紙第5目録記載の「原告縁取り標章」とは,両者とも犬の形状を縁取りして表現し,犬が左を向いている点で共通するが,「被告商標」における犬の図形は,縁取りの内側が縁取り線よりやや薄い色で着色されていること,耳及び首輪が描かれていないこと,前足及び後足がそれぞれ揃っていないことなどの特徴があるのに対し,「原告縁取り標章」の犬の図形は,縁取りの内側が白色であること,耳及び首輪が描かれていること,前足及び後足がそれぞれ揃っていることなどの特徴があり,外観において相違し,両者は類似しない。「原告縁取り標章」を付した被服を製造販売する原告の行為は,被告商標権を侵害しないので,この意味でも被告の主張は理由がない。
4 争点(5)(損害額はいくらか)について (1) 乙12及び弁論の全趣旨によれば,被告は,平成12年1月ないし同13年10月末までの間に,被告標章1の付された被服等を販売し,その売上額は5億3892万8559円であること(乙12におけるA-表「実質合計売上高欄」),同13年11月ないし同14年3月末までの間に,被告標章2の付された被服等を販売し,その売上額は2億6507万6242円であること(乙12におけるB-表及びC-表の「実質合計売上高欄」の合計)が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。なお,被告は,その後,被告標章1及び2を付した被服等の販売を中止しているので,上記金額をもって,全販売額と推認できる。
(2) そこで,原告各商標の使用料相当額について検討する。
証拠によれば,以下の事実が認められる。原告は,原告各商標を付した商品を約30店舗及びカタログで全国的に販売し(甲7ないし16),業界新聞,日刊新聞(全国紙)及び愛犬家向け雑誌等に広告を広く掲載し(甲19ないし25,40,42,44,46,48,乙10),原告各商標の周知に努めていること(甲17,18),原告各商標を付した原告の商品は全国向け女性週刊誌に紹介されて話題になったこと(甲26),原告は,正常の取引において,原告各商標の使用を許諾する場合には,販売価格の3ないし5パーセントの使用料を請求していること(弁論の全趣旨),被告は,被服等の販売について,直営販売とともに卸販売も行っていること(乙12),他方,原告が被服等に用いている犬の図形の標章は,原告各商標における犬の図形のほかに,少なくとも5種類は存在すること(乙10),原告の商品及び主体を示すための各種標章で「DOG・DEPT」は周知であるといえるが,原告商標1(原告商標2及び3の犬の図形部分)が,これと同じ程度に周知であると解することは困難であることなどの事実が認められ(これを覆すに足りる証拠はないこと),これらの諸事情を総合勘案すれば,原告各商標権の使用料率は,被告の販売額の3.5パーセントが相当である。
そうすると,被告の商標権侵害により,原告の被った使用料相当額の損害賠償額としては,2814万円と解すべきことになる(1万円未満は切り捨てて算出した。)。
(538,928,559+265,076,242)×0.035=28,140,168 6 結論 よって,原告の請求は,その余の点を判断するまでもなく,主文の限度で理由がある。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 今井弘晃
裁判官 石村智