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審判番号(事件番号) データベース 権利
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関連ワード 指定商品 /  周知商標 /  周知性 /  4条1項10号 /  4条1項11号 /  4条1項15号 /  不正目的(不正の目的) /  不正競争の目的 /  不使用 /  除斥期間 /  権利濫用(権利の濫用) /  通常使用権 /  先使用(32条) /  専用使用権 /  出所の混同 /  国内 /  差止 /  信義則 /  使用許諾 /  存続期間 /  無効審判 /  更新登録 /  先使用権 /  継続 /  商号 / 
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事件 平成 13年 (ネ) 5748号 商標権侵害差止等請求控訴事件
控訴人 有限会社黒雲製作所
訴訟代理人弁護士 市東譲吉
被控訴人 A
訴訟代理人弁護士 土門宏
補佐人弁理士 牛木理一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/04/25
権利種別 商標権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 本件控訴を棄却する。
2 当審における訴訟費用は,控訴人の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 控訴人 (1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人は,別紙標章目録1及び2記載の標章を付したギター,この部品及び付属品を輸入し,販売し,又は販売のために展示してはならない。
(3) 被控訴人は,その広告,パンフレット,定価表,手紙及び小冊子に別紙標章目録1ないし5記載の標章を使用してはならない。
(4) 被控訴人は,その営業所及び倉庫に存する別紙標章目録1又は2記載の標章を付したギター,その部品及び付属品並びに別紙標章目録1ないし5記載の標章を付した広告,パンフレット,定価表,手紙及び小冊子を廃棄せよ。
(5) 被控訴人は,そのウェブページに,別紙標章目録1ないし5記載の標章を使用してはならない。
(6) 被控訴人は,そのウェブページのURL及びeメールアドレスに,別紙標章目録3記載の標章を使用してはならない。
(7) 被控訴人は,控訴人に対し,金1億4900万円及びこれに対する平成10年6月10日から支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。
(8) 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
(9) 仮執行の宣言 2 被控訴人 主文と同旨
事案の概要
本件は,別紙登録商標目録記載の商標(以下,「本件商標」といい,その登録に係る商標権を「本件商標権」という。)の商標権者である控訴人が,各種ギター並びにこれらの部品及び付属品の輸入,販売業を営む被控訴人に対し,被控訴人が本件商標と同一又は類似する別紙標章目録1ないし5記載の標章(以下,各標章を「被告標章1」などという。)を付したエレキギター等の輸入販売等をして,本件商標権を侵害していると主張して,上記エレキギター等の輸入販売等の中止,並びに,本件商標権侵害に基づく損害賠償を請求したのに対し,原判決が,本件商標登録には無効事由が存在していることが明らかであるから,控訴人の本件商標権に基づく本訴請求は権利の濫用であるとして,控訴人の請求を全部棄却したため,控訴人が,これを不服として控訴を提起した事案である。
事案の概要は,次のとおり付加するほか,原判決の事実及び理由「第2 事案の概要」及び「第3 争点及びこれに関する当事者の主張」のとおりであるから,これを引用する。なお,当裁判所も,「モズライト・ギター」,「モズライト社」,「ユニファイド社」,「スガイ社」,「ベンチャーズ-モズライト社」,「ファーストマン社」の用語を,原判決の用法に従って用いる。
1 当審における控訴人の主張の要点 (1) 商標法4条1項10号の解釈適用の誤り ア ベンチャーズ-モズライト社は,本件商標登録前,我が国において,「MOSRITE」(商標登録第736316号)等の商標権(以下「ベンチャーズ-モズライト登録商標」という。)を有していた。同商標は,被告標章2と類似するものであり,被告標章2が周知商標であるとの被控訴人の主張は,ベンチャーズ-モズライト登録商標が周知商標であるとの主張と同じである。
モズライト社が1969年(昭和44年)2月に倒産して消滅し,関連会社であるベンチャーズ-モズライト社も,これに伴って倒産して消滅した。そのため,ベンチャーズ-モズライト登録商標につき更新登録手続がなされず,その結果,これらの商標権は,昭和52年3月20日に消滅した。
本件商標は,ベンチャーズ-モズライト登録商標の消滅後1年以上が経過した後である,昭和55年1月11日に,商標法4条1項11号及び13号の障碍事由が解消したことから,登録査定され,同年5月30日に登録されたものである。上記各号は,消滅した商標権が無名であるか,周知であるか,あるいは著名であるか否かについて,全く問題としていないのであるから,商標権が何らかの理由で消滅し,1年以上経過しさえすれば,消滅した商標権に係る商標が周知ないし著名であっても,これと同一の商標の登録を受けることができることを規定したものというべきである。
したがって,本件商標が,消滅した商標権に係る商標と同一ないし類似であったとしても,その登録については,商標法4条1項10号の適用はない,と解するべきである。
商標法4条1項10号は,商品の出所の混同を防ぐとともに,一定の信用を蓄積している未登録商標を保護することを目的としている。このような目的に照らすと,同号にいう「需要者の間に広く認識されている商標」には,既登録商標は含まれないと解するべきである。被控訴人が周知であると主張する被告標章2は,ベンチャーズ-モズライト登録商標と同一又は類似の商標であるから,既登録商標と評価することができる。このような既登録商標については,そもそも商標法4条1項10号の適用はないというべきである。
イ 商標法4条1項10号にいう周知商標というためには,特定人により使用されているものであることが必要であると解すべきである。
原判決は,被控訴人の主張する周知商標の使用主は,「セミー・モズレー又は同人が設立した会社」(原判決13頁24行〜25行など)であるとして,周知商標主が複数存在する旨判示している。しかし,この判断は,商標法4条1項10号の解釈を誤ったものである。
ウ 商標法50条は,登録商標であっても,日本国内において,商標権者,専用使用権者又は通常使用権者のいずれもが,各指定商品について,継続して3年以上,これを使用していないときは,登録を取り消される旨規定している。また,商標法4条1項10号と同じ周知商標の保護規定である先使用権について規定した同法32条は,当該商標が継続して適法に使用されていることをその成立要件としている。これらの規定によれば,同法4条1項10号についても,当該商標が継続して適法に使用されていることを要件とすると解すべきである。
被控訴人が周知商標であると主張する被告標章2は,本件商標が登録査定を受けた1980年(昭和55年)1月11日の時点では,周知商標主であるベンチャーズ-モズライト社並びに通常使用権者であるモズライト社及びファーストマン社がいずれも倒産したことにより使用されなくなった1969年(昭和44年)7月から,既に10年余りが経過していた。
原判決は,上記商標が使用されていたかのような判示をしているが,誤りである。我が国において,「モズライト・ギター」が出回ったことがあったとしても,それらは,商標権者,専用使用権者,通常使用権者による使用ではなく,全く無関係の第三者による事実上の流通にすぎないから,これを根拠に,商標法50条にいう使用があったということはできない。
エ 控訴人が周知性立証のために提出した各証拠は,いずれも本件商標の登録出願日である昭和47年6月22日以降の雑誌の記事や広告であって,証拠としての価値がない。これらの証拠には,被告標章2の使用期間,使用方法や態様,この周知商標を使用したエレキギターの製作,輸入又は販売数量,販売地域,広告宣伝の内容や回数等が明らかにされていないから,これらの証拠から周知性を認めることはできない。
被告標章2が,本件商標登録の出願時である昭和47年6月22日の時点で周知であり,その登録査定時である昭和55年1月11日の時点にあっても,これが途切れることなく3年間継続して使用されて周知であったことについての証明は,全くなされていない。
オ 原判決は,商標登録の無効事由の存否の判断の基準時を,本件商標の登録時点としている(原判決13頁末行)。しかし,商標登録の無効事由の判断の基準時は,登録査定時であると解すべきであるから(東京高裁昭和46年9月9日判決・無体裁集3巻2号306頁,東京高裁平成元年6月27日判決・無体裁集21巻2号574頁),原判決の上記判断は,誤りである。
(2) 商標法46条の解釈適用の誤り 商標法46条に基づく無効審判請求においては,これが司法に準じた争形式であることに鑑み,「利益なければ訴権なし」との一般原則が適用されるものと解されており,同規定に定める商標登録の無効を求めるについて「法律上正当な利益を有する者」に限り,請求することができるものというべきである。この理は,商標権侵害訴訟において,登録商標に無効事由が存在することを主張する場合にも当てはまる。
商標法4条1項10号は,根拠とされる商標が,未登録商標でありながら,現に,使用されてきているという事実にかんがみ,後に出願される商標を排除するための規定であり,このようにして後の出願を排除する結果として,「商品の出所の混同」を防ぐことになる。そうである以上,同号につき商標法46条に基づく無効審判請求をなし得る「法律上正当な利益を有する者」に当たるのは,当該未登録周知商標の使用主ただ一人であると解するべきであり,周知商標主でない被控訴人が,本件訴訟において本件商標に無効事由が存在することを主張することは,許されないというべきである。
原判決は,本号には「商品の出所の混同を防止する趣旨も含んでいる」(原判決17頁9行〜10行)から,当該周知商標の使用主以外の者も無効審判請求をなし得る旨を判示する。しかし,本号は,未登録周知商標の使用主だけのための規定であって,これと全く無関係の者が援用するためのものではない。原判決の解釈は,全くの誤りである。
(3) 商標法47条の解釈適用の誤り ア 原判決は,「本件商標の登録時に,原告には,不正競争の目的があったことが明らかであるというべきである。以上のとおり,原告は,本件商標登録を不正競争の目的で受けたことが明らかであるから,現在でも無効審判請求をすることが可能である。」(原判決17頁3行〜6行)と認定判断した。
しかし,商標登録の無効を主張する場合の無効事由の存否の判断の基準時は,登録査定時と解するべきであることは前記のとおりであるから,判断の基準時を本件商標の登録時とした点で,原判決は,既に誤っている。
また,この点をおくとしても,原判決の上記認定判断は,誤りである。
原判決の上記認定判断の根拠は,次のとおりである(原判決15〜17頁参照)。
@ 控訴人は,その製造販売に係るモズライト・ギターを,控訴人の名前を出さないで販売し,保証書にも控訴人の名称は記載していなかった。
A 控訴人のパンフレットには,「今,蘇るエレキのロールスロイス」の表示がある。
B ジャパンモズライト有限会社,日本モズライト有限会社という名称の会社は実在せず,有限会社日本モズライトという名称の会社は,実在したが,平成8年6月1日に解散した。
C 控訴人が製造販売するモズライト・ギターの複製品を,モズライト・ギターと誤認して購入した者がいる。
D 本件商標の登録出願人であるBには,不正競争の目的があった。
E 控訴人は,その製造販売にかかるエレキギターを,それがモズライト・ギターの単なる複製品ではなく,セミー・モズレー又は同人が設立した会社と何らかの関係があるとの誤認を生じさせる方法で販売してきたものと認められる。
しかし,上記@ないしDは「不正競争の目的」を認定する根拠とはならない。@については,製造者や商標権者の名前を出さないで販売活動をすることは,取引社会では日常的に行われていることであって特異なことではない。Aについては,控訴人のパンフレットに「今,蘇るエレキのロールスロイス」という表示はあるものの(甲第10号証,乙第7号証参照),同パンフレットは,本件商標の登録査定時である昭和55年1月11日よりはるか後である1995年(平成7年)のものであるから,これを登録査定時の不正競争の目的の認定の根拠とすることはできない。Bについては,取引社会では,商号に付記する有限会社や株式会社の前後を誤ることはよくあることであり,また,日本名で商業登記されていても,これを格好よく英文で表示することは頻繁に行われており,特異なことではない。
Cについては,モズライト・ギターと誤認して購入した者がいるとの内容の被控訴人提出の各証拠は,いずれも,平成10年以降に作成されたものであり,しかも,これらの各証拠には,昭和55年1月11日以前に,モズライト・ギターと誤認して購入した旨の記載もないから,これらを,登録査定時における不正競争の目的を認定する証拠とすることはできない。Dについては,仮にBに不正競争の目的があったとしても,この目的はベンチャーズ-モズライト登録商標権が昭和52年3月20日に消滅し,これから1年以上経過した昭和55年1月11日には存在していなかった。
そもそも,@ないしDの事項を認定する根拠とされた乙第6ないし第8号証,第11号証,第12号証の1,2,第13号証,第31ないし第48号証は,いずれも,本件商標の登録査定時である1980年(昭和55年)1月11日より後に作成されたものである。このような証拠によって,登録査定時に不正競争の目的があったと認めることは,およそできることではない。
イ 商標法は,出所の混同については,これを商標の不登録事由としているものの(商標法4条1項15号),商標登録が同規定に違反してなされた場合の無効審判請求に5年の除斥期間を設け(同法47条),更新登録の際の登録拒絶事由にせず(商標法19条2項ただし書,21条。判決注・平成8年法律第68号による改正前のものを指すものと認める。),出所の混同を生ずるような商標がいったん登録され,その状態が5年以上継続すると,登録を受けた商標権者の利益の方を保護すべきものとして,出所の混同の被害者である営業者や一般公衆の利益を後退させている(最高裁昭和61年7月18日判決・判例タイムズ617号79頁参照)。この趣旨は,商標法4条1項10号にもそのまま適用されるというべきである。本件商標は,昭和55年(1980年)5月30日登録となった後,2回の存続期間更新登録を経ているから,もはや,控訴人は,本件訴訟において,本件商標権の無効を主張することはできないというべきである。
(4) 権利濫用について 被控訴人が本件訴訟において本件商標権が無効である旨を主張することは,権利の濫用であって許されないというべきである。
商標法51条,53条のように,何人でも審判を請求することができる旨規定している条項においてさえも,信義則に反する場合には,審判を請求することができないと解釈されている(最高裁昭和61年4月22日 集民147号587頁)。
モズライト社は,1969年(昭和44年)に1回目の倒産をし,1970年(昭和45年)に再建された後,1973年(昭和48年)に2回目の倒産をして消滅したにもかかわらず,被控訴人又はその個人営業を会社化した株式会社フィルモアは,倒産して存在しないはずのモズライト社を示す「マルM mosrite OF CARIFORNIA」等と記載した英文の保証書(甲第35号証参照)を付したうえ,米国製の真正な「モズライト・ギター」と称して,エレキギターを販売している。しかし,このエレキギターは,米国在の会社であるスガイ社が製作したものである。スガイ社は,モズライト社ともセミー・モズレーとも取引関係は全くなく,被控訴人も,セミー・モズレーから被告標章2について使用許諾を得たことはない。
被控訴人らは,スガイ社の製作したエレキギターを,このことを秘して,真正で本物のモズライト・ギターと偽って,我が国の一般消費者を欺き,販売している。
被控訴人らは,「不正競争の目的」及び「不正の目的(不正の利益を得る目的)」をもって,他人の周知商標であると主張する被告標章2を自ら使用し,我が国の一般消費者をだまして,上記エレキギターを販売しているということができるのであり,このような被控訴人が本件商標の無効を主張することは,権利の濫用に当たり許されないというべきである。
2 当審における被控訴人の主張の要点 (1) 控訴人の主張(1)(商標法4条1項10号の解釈適用の誤り)について ア 控訴人は,@ベンチャーズ-モズライト登録商標は,更新登録されることなく消滅したから,それから1年以上経過すれば,これと同一の商標の登録を受けることができる,A既登録商標であった商標については,商標法4条1項10号の適用はない,と主張する。しかし,商標権が,法定の保護期間の満了により消滅したとしても,当該商標権に係る商標自体は,周知商標になっている限り,周知商標としての資格と利益を商標権消滅に伴って失うということはなく,登録の有無を問わず,不正競争防止法,商標法4条1項10号によって保護される。
したがって,本件商標の登録につき,商標法4条1項10号の適用がないとの控訴人の主張は,失当である。
イ 控訴人は,原判決は,商標法4条1項10号の適用につき,周知商標主が複数存在する旨判示している,と主張するが,誤りである。
原判決は,周知商標の使用主は,「セミー・モズレー又は同人が設立した会社」であると認定しているのであるから,原判決の認定した周知商標主の数を複数とみることはできない。たとい複数と見られたとしても,そこに認められる使用主はセミー・モズレー個人,又は同人と実質的に同一である会社である。独自に開発して製作したエレキギターの商標に「MOSRITE」の商号を与えたのはセミー・モズレーである。セミー・モズレーは,同人が設立したモズライト社を初めとして,いくつかの会社の倒産と再建を経て,晩年のユニファイド社に至るまで,各会社の代表者として常にその中心に存在していた。このように,セミー・モズレーなくしてモズライト・ギターの出現はあり得ず,セミー・モズレー=同人の会社が周知商標を有していたと特定することに誤りはないものというべきである。
商標法4条1項10号に規定する「他人」に当たるとするためには,現実にそれが何人であるかが明確にされることは必ずしも必要でない。同号の適用のためには,商標の使用者自体が周知となることも必要ではない。結局,同号の適用のためには,一定の何人かの商品の識別標識であるという点において周知であればよい(大判昭和16年11月7日・同年(オ)629号)。
本件商標は,「エレキギター」についての,周知・著名な商標であることは,我が国の音楽関係者や全国のモズライトファンの認めるところである。
ウ 控訴人は,本件商標の周知性の解釈のために,商標法50条及び32条の規定を引用する。しかし,これらは,商標法4条1項10号とは関係のない規定である。
なお,控訴人は,本件商標の出願時点である1972年(昭和47年)6月22日の時点で被告標章2がベンチャーズ-モズライト社によって使用されていた事実は存在しないと主張する。しかし,セミー・モズレーは,1971年に設立した新モズライト社(モズライト・オブ・カリフォルニア社)において,1974年に倒産するまで,モズライト・ギターの製造,販売,輸出を継続していた。ベンチャーズ-モズライト社は,ザ・ベンチャーズが設立したモズライト・ギターのベンチャーズモデルの販売会社であり,セミー・モズレーのモズライト社が製造したモズライト・ギターには,「THE VENTURES」のロゴ標章とともに,被告標章2が使用されていた。控訴人は,モズライト社がベンチャーズ-モズライト社から商標権の使用許諾を得て,我が国にモズライト・ギターを輸出し販売していたなどと主張するが,上記のとおり誤りである。
控訴人は,ファーストマン社は,ベンチャーズ-モズライト社からモズライト・ギターの製造許諾や商標権の使用許諾を得たと主張する。しかし,ファーストマン社に上記許諾を与えたのは,「Mマーク mosrite」の標章の創作者であるセミー・モズレー及びモズライト社であるから,控訴人の上記主張は,誤りである。
控訴人は,モズライト社もファーストマン社も倒産したため,モズライト・ギターは,我が国において全く出回らなくなった,と主張する。しかし,新品は販売されていなくとも,しばらくの間,中古品は我が国に大量に出回っており,特に1963年〜1965年代に製造されたモズライト・ギターのベンチャーズモデルは,人気が高く,高値で取引されていた。
控訴人は,本件商標が登録査定になったのは,モズライト社とファーストマン社によって使用されなくなってから10年余りが経過してからだと主張する。しかし,セミー・モズレーは,1977年には,ノースカロライナ州に移転し,相変わらず,モズライト・ギターの製造販売を継続し,主に日本に輸出しており,被控訴人は,これを販売していたのであるから,控訴人の上記主張は誤りである。
エ 本件商標は,その出願日である昭和47年6月22日においても,その登録日である昭和55年5月30日でも,我が国において周知の商標として使用されていたことは,証拠(乙第14,第28号証,第64ないし第74号証,第85,第86号証,第100号証の1ないし5,第101号証の1ないし4,第102,第103号証)から客観的に証明されている。
上記各証拠によれば,そもそも,「モズライト MOSRITE」の標章は,1953年にセミー・モズレーが命名したエレキギターの標章であり,当時から現在まで使用されている「フェンダー FENDER」,「ギブソン GIBSON」,「リッケンバッカー RICKENBUCKER」と並び称されているエレキギターの商標である。「モズライト MOSRITE」のギターは,他の三つのギターに比較して当時から高額なものであったものの,それなりの高品質,高性能のギターとして人気の高いものであった。だからこそ,我が国の著名なミュージシャンである加山雄三も寺内タケシも,セミー・モズレーが1963年から1965年にかけて製作したモズライト・ギターのベンチャーズモデルを愛用した演奏活動を,現在も続けているのである。このモズライト・ギターには,「Mマーク mosrite of California」の標章とともに「THE VENTURES」の標章が使用されている。
控訴人は,原判決が引用した周知性立証のための証拠について,本件商標の出願日である昭和47年6月22日より後に発行されたものばかりであるから,証拠としての価値がない,と主張する。しかし,重要なのは,その記事内容であって,発行日ではない。各証拠の記事内容と写真を読めば,そこにはエレキギターにおいて「MOSRITE/モズライト」という名称とともに本件商標「Mマーク mosrite」の標章が,セミー・モズレー又は彼の関連会社の商標として使用されている事実を十分に理解することができる。
オ 控訴人は,商標登録の無効事由の存否の判断の基準時は,登録査定時であり,原判決には,登録時を基準時とした誤りがある,と主張する。しかし,原判決は,本件商標は,その出願時において,既に周知であり,その事実は登録時にも変わりがないと判断しており,登録時を,登録査定時と言い換えても,実質的に変わりはない。
(2) 控訴人の主張(2)(商標法46条の解釈適用の誤り)について 控訴人は,商標法4条1項10号に基づく無効審判を請求できる者は,当該未登録周知商標の使用主ただ一人である,と主張する。
しかし,本件において,被控訴人は,控訴人から,本件商標が有効に存在することを前提とした訴訟により,販売中止・損害賠償等を求められている者であり,被控訴人がこれらの義務を負うか否かは,本件商標の登録が有効か否かにかかっている。このように,被控訴人は,本件商標の登録によって,事実上不利益を被っているにすぎない者ではなく,正に法律によって保護されるべき利益を持つ者であるから,控訴人の上記主張は,失当である。
(3) 控訴人の主張(3)(商標法47条の解釈適用の誤り)について ア 控訴人は,無効事由の存否の判断の基準時につき,登録査定時か登録時かにこだわっている。しかし,審査官の審査が全部完了するのは登録査定時であり,その後,出願人が登録料を支払って設定登録に至るのは単に時間の問題にすぎないから,登録査定時か登録時かによって実質的な差異は生じない。
イ 控訴人は,ファーストマン社が製造許諾を得ていた「モズライト・ギター」の木部分についての下請をしていた者であり,昭和44年にファーストマン社が倒産したため,同社に代わってモズライト・ギターの製造販売を始めようとしたものである。控訴人は,本件商標は,エレキギターの分野において著名となっていることを承知しており,モズライト・ギターの複製品を製造するともうかると考えて,自らその製造を開始し,その製品に「Mマーク mosrite」を表示して,真正品よりもはるかに安価に販売したものであるから,控訴人に不正競争の目的があったことは,明らかである。
本件商標の出願人であるBは,出願時には,ベンチャーズ-モズライト登録商標が有効に存続中であることを知っていた。黒沢商事株式会社は,Bから上記出願に係る権利を譲り受け,1977年(昭和52年)6月16日に特許庁に出願人名義変更届を提出した直後に,この権利を控訴人に譲渡した。黒沢商事株式会社は,楽器店を経営する会社として,本件商標も「Mマーク mosrite of California」も,もともとセミー・モズレー又は同人の会社が製造販売していた「モズライト・ギター」の商標であることを十分に承知していたからこそ,Bから上記出願に係る権利を譲り受け,さらに,これを,控訴人に対し,買わなければ将来商標権侵害で訴えると告げて,超高値で買い取らせたものであり,B及び黒沢商事株式会社にも不正競争の目的があったことは,明らかである。
ウ 控訴人は,製造者や商標権者の名前を出さないで販売活動をすることは,取引社会では日常的だと主張する。しかし,本件の場合,存在しない会社の商号を表示したカタログを発行・頒布することは,多くの,モズライト・ギターのファンに対する冒とくであり,詐欺行為であるといわねばならない。
「今,蘇るエレキのロールスロイス」のキャッチコピーは,控訴人の創作では全くなく,セミー・モズレーの宣伝広告の模倣であり,モズライト・ギターの本物と不正競争を行う目的をもって行われた悪質な広告である。
控訴人は,出願人のBに不正競争の目的があったとしても,この目的は,当時存続中であったベンチャーズ-モズライト登録商標権が消滅し,かつそれから1年以上経過した昭和55年1月11日(登録査定時)には存在していなかった,と主張する。しかし,登録商標の商標権は消滅しても,当該商標の周知性は,登録の有無にかかわらず存続しているものであるから,不正競争の目的が解消することはあり得ない。控訴人の上記主張は失当である。
エ 控訴人は,商標法4条1項15号を引用して,出所の混同を論じている。しかし,その括弧書きにあるように,同号が適用されるのは,10号ないし14号に該当しない場合に限られているから,控訴人の主張は失当である。
控訴人は,その主張の根拠として,商標法19条2項だだし書,21条(判決注・平成8年法律第68号による改正前)の規定を挙げる。しかし,これらの規定は,商標権の存続期間の更新出願の登録要件に関するものである。被控訴人が,本件商標の登録無効を主張しているのは,最初の出願登録の登録要件の欠如に対してのものである。最初に出願登録の登録要件を具備していない登録商標は,何回更新してもその瑕疵が治癒されることはない。
控訴人の主張は失当である。
(4) 控訴人の主張(4)(権利濫用)について 被控訴人は,セミー・モズレーが1回目の倒産の後に設立した新モズライト社の表示を保証書(甲第35号証)上に記載している。これは,控訴人の主張するような剽窃ではなく,セミー・モズレーの創作したモズライト・ギターの名を汚さない高品質・高性能のモズライト・ギターのベンチャーズモデルの復刻版をファンに提供していることをアピールするためである。
これに比べれば,他人の業務に係る周知著名な商標を,その他人に無断で登録して独占排他権を取得している控訴人の方が,はるかに厳しく剽窃と非難されるべきである。
控訴人は,スガイ社は,モズライト社ともセミー・モズレーとも取引関係はなく,同社や同人から商標の使用許諾を得た事実はない,と主張する。しかし,それでは,控訴人はどうなのかと問いたい。控訴人は,被控訴人がスガイ社製造のモズライト・ギターを販売して,我が国の消費者を欺いていると主張する。しかし,控訴人は,「製造元ジャパンモズライト有限会社」とか「日本モズライト有限会社」とか,実在もしない虚偽の会社名をパンフレットやカタログ等に表示しているのかどうなのか問いたい。これは,あたかも,セミー・モズレーやモズライト社と特別な関係にあることを我が国の消費者にアピールして,だまそうとしている悪意の表れにほかならない。
当裁判所の判断
当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないと思料する。その理由は、次のとおり当審における控訴人の主張に対する判断を付加するほかは、原判決の事実及び理由「第4 当裁判所の判断」と同じであるから、これを引用する(ただし,原判決14頁下から3行の「乙10の2」は,「乙10の1」の誤記と認める。)。
1 控訴人の主張(1)(商標法4条1項10号の解釈適用の誤り)について (1) 控訴人は,被告標章2が周知商標であるとの被控訴人の主張は,ベンチャーズ-モズライト登録商標が周知商標であるとの主張と同じであるとした上で,ベンチャーズ-モズライト登録商標権が更新登録手続がなされないまま消滅し,その後1年以上が経過したから,本件商標について商標法4条1項11号,13号の登録障碍事由は解消したとし,そのことから,本件商標について商標法4条1項10号の適用はないと解すべきである,と主張する。
しかしながら,被控訴人の主張する,被告標章2がセミー・モズレー又は同人が設立した会社が製造するエレキギターであるモズライト・ギターを表示するものとして我が国の需要者間に周知となっていた,ということと,セミー・モズレーが設立した会社とは別個の会社であるベンチャーズ-モズライト社の我が国における登録商標(ベンチャーズ-モズライト登録商標)が我が国の需要者間に周知となっていた,ということとは,別個の事柄であることが明らかである。被告標章2が周知商標であると主張したからといって,当然に,ベンチャーズ-モズライト商標が周知商標であると主張したことと同じになるものではない。控訴人の主張は,その前提において,既に,失当である。
この点をおくとしても,控訴人の主張は失当である。
既登録商標が周知性を有するに至っている場合には,その商標権が期間満了により消滅したからといって,そのことにより,直ちに,当該商標の周知性が消滅することになるわけのものではないことは,当然である。ベンチャーズ-モズライト登録商標の商標権が周知性を有するに至っていたと仮定した場合,その商標権が期間満了により消滅したからといって,それに伴い,直ちにその商標の周知性が消滅するということはできない。まして,ベンチャーズ-モズライト登録商標とは別個の商標である被告標章2の周知性が消滅することにならないことは,論ずるまでもなく明らかというべきである。
控訴人は,ベンチャーズ-モズライト登録商標の商標権が消滅し,その後1年が経過したから,本件商標について商標法4条1項11号,13号の登録障碍事由が解消し,同項10号の適用もない,と主張する。しかし,商標法4条1項11号,13号の適用がないからといって,周知商標との関係について規定した商標法4条1項10号の適用がないことにはならないのは明らかであるから,控訴人の主張は失当である。
控訴人は,商標法4条1項10号にいう,周知商標には,既登録商標は含まれない旨主張する。しかしながら,既登録商標であっても,周知性を有するに至っている場合に,商標法4条1項10号の適用を排除すべき理由は全くないというべきである。既登録商標については,登録の事実を立証すれば,周知性を立証するまでもなく,同項11号による保護を受けられるものの,そのことは,既登録商標につき周知性を主張,立証して,同項10号による保護を受けることを妨げるものではない。そもそも,本件において,被告標章2は,既登録商標であるベンチャーズ-モズライト商標とは,別個の商標であるから,被告標章2は,既登録商標であるとはいえず,控訴人の主張は,その前提を欠くというべきである。
以上述べたとおりであるから,控訴人の上記主張は,採用することができない。
(2) 控訴人は,商標法4条1項10号にいう周知商標というためには,特定人により使用されていなければならず,原判決が,周知商標と認定した被告標章2の主体について,「セミー・モズレー又は同人が設立した会社」と複数存在する旨認定判断したのは誤りである,と主張する。
商標法4条1項10号にいう周知商標というためには,一定の何人かの商品の識別標識であるという点において周知でなければならないものの,現実にそれが何人であるかまで明確にされることは,必ずしも必要ではないというべきである。控訴人が,周知商標というためには,特定人により使用されていなければならないと主張する趣旨が,上記の程度では足りないとの趣旨であれば,誤りであるというべきである。
原判決が認定した「セミー・モズレー又は同人が設立した会社」が,実質的に同一の主体を指していることは,その記載自体から明らかである。そうすると,原判決は,被告標章2が一定の何人かの商品の識別標識として周知であると認定しているということができる。この点につき,原判決に商標法4条1項10号の解釈適用の誤りはない。
控訴人の主張は,採用することができない。
(3) 控訴人は,商標法50条及び32条を挙げ,商標法4条1項10号が適用されるためには,当該商標が継続して適法に使用されていることを要件とすべきである,と主張する。
しかしながら,商標法50条は,商標の不使用による取消しに関する規定であり,同法32条は,商標の先使用によりその商標の使用をする権利に関する規定であって,商標の不登録事由について定めた商標法4条1項10号とは直接の関係がない規定であるから,商標法50条及び32条の要件が,そのまま商標法4条1項10号の適用の要件となるものでないことは,明らかというべきである。
控訴人の主張は,採用することができない。
(4) 控訴人は,原判決が被告標章2の周知性の認定の根拠とした証拠は,いずれも,その作成時期が本件商標の登録出願前である昭和47年6月22日より後のものであるため証明力がないと主張する。
しかしながら,原判決摘示の当事者間に争いのない事実及び証拠(甲第6号証の1,2,第14号証の1,第31号証,乙第1ないし第3号証,第4号証の1ないし4,第8,第14,第15,第23,第28号証,第66ないし第77号証,第85,第86号証,第100号証の1ないし6,第101号証の1ないし5,第102,第103号証)並びに弁論の全趣旨によれば,@我が国において,被告標章2が付されたモズライト・ギターは,昭和40年ころから,輸入販売されるようになったこと,A人気ロックグループであるザ・ベンチャーズが昭和40年に来日してモズライト・ギターを使用したこと,Bそのころ,寺内タケシ,加山雄三といった,我が国の人気ミュージシャンもモズライト・ギターを演奏に使用したことなどから,遅くとも,本件商標登録の出願時には,被告標章2は,モズライト・ギターの標章として,我が国の取引者・需要者の間でよく知られるようになっていたこと,Cその後も,モズライト・ギターは,モズライト社が倒産するなどしたため,製造が一時中断されたことはあったものの,その後もセミー・モズレーによって,同人が死亡する平成4年ころまで,継続的に製造され,我が国にも輸出,販売されていたこと,Dその後も,最近に至るまで,加山雄三や寺内タケシは,モズライト・ギターを使用して演奏活動を続けていること,E我が国には,現在でも,モズライト・ギターの愛好者が多数存在し,モズライト・ギターの中古品は,市場において高い価格で取引されていること,が認められ,これらの事実によれば,被告標章2は,本件商標登録の出願時にはモズライト・ギターを表示するものとして,需要者の間に広く認識されており,そのことは本件商標の登録査定時及び登録時においても変わらなかったものということができ,以上の認定判断を覆すに足りる主張,立証はない。
上記の各証拠中には,控訴人が主張するとおり,本件商標の登録出願及び登録時以降に発行された雑誌等もある。しかしながら,証拠の記載内容によっては,その証拠から作成時期より前の事実を認定しうることがあることは,論ずるまでもなく明らかである。控訴人の主張は,証拠の記載内容のいかんにかかわらず,その作成日付以前の事実を認定することは一切できないと主張するに等しいものであり,失当である。
控訴人は,上記の各証拠からは,被告標章2の使用期間,使用方法や態様,同商標を使用したエレキギターの製作,輸入又は販売数量,販売地域,広告宣伝の内容や回数が明らかにされていないから,これらの証拠により被告標章2の周知性を認めることはできないと主張する。しかし,被告標章2の使用期間,使用方法,態様については,上記認定したところから明らかである。また,ある商標の周知性に関し,控訴人が主張するとおり,その商標を使用した商品等の製作,輸入又は販売数量,販売地域,広告宣伝の内容や回数が明らかにされることが,周知性の認定判断にとって有効であることは,その限りにおいて正しいといえるものの,これらの事実が認定されなければ,周知性を認定することが一切許されないとする根拠はないというべきである。本件においては,上記の各証拠等は,周知性を認めるに十分である。
控訴人の上記主張は,いずれも採用することができない。
(5) 控訴人は,商標登録の無効事由の有無の判断の基準時は,登録査定時であるのに,原判決が,本件商標の登録時としたのは誤りである,と主張する。
商標登録の無効事由の有無の判断の基準時が,登録査定時であることは,控訴人の主張のとおりである(ただし,登録出願時が基準となることがあり得る。)。ところが,原判決は,商標法46条,4条1項10号に定める無効事由の有無に関し,「被告標章2は,本件商標登録の出願時には,モズライト・ギター(セミー・モズレー又は同人が設立した会社が製造するエレキギター)を表示するものとして,需要者の間に広く認識されており,そのことは,本件商標の登録時においても変わらなかったものと認められる。」(原判決13頁23行〜14頁1行)として,「本件商標の登録時」との表現により基準時を示しているから,この点についての原判決の説示には,厳密にいえば,誤りがあることになる。
しかしながら,控訴人の上記主張は,本件商標の登録査定時にも商標登録の無効事由が存在することを認めることができる場合には,結局のところ,意味を有しない主張である。被告商標2は,本件商標の出願時には,既に,我が国において周知性を獲得しており,そのことは,本件商標の登録査定時を経て登録時まで継続していたことが認められることは,前記説示のとおりである。
控訴人の主張は,採用することができない。
2 控訴人の主張(2)(商標法46条の解釈適用の誤り)について 控訴人は,商標法46条に基づく無効審判請求は,商標登録の無効を求めるについて法律上正当な利益を有する者に限り行うことができ,この理は商標権侵害訴訟において商標登録に無効事由が存在することを主張する場合にも当てはまる,と主張する。商標登録の無効を請求する者に,無効を求めるにつき正当な利益が必要であること,この理が商標権侵害訴訟において商標登録に無効事由が存在することを主張する場合にも当てはまることは,控訴人の主張するとおりである。
しかしながら,本件において,被控訴人は,本件商標権の侵害を理由に販売の中止や損害賠償などを請求されている者であるから,抗弁として本件商標の登録に無効事由が存在することを主張する,法律上の正当な利益を有することが明らかである。
控訴人は,商標法4条1項10号に該当することを理由に商標登録の無効を主張する法律上の利益を有するのは,当該未登録周知商標の使用主(本件ではセミー・モズレー又は同人が設立した会社)だけであると主張する。しかし,商標法の規定中には,商標法4条1項10号によって守るべき利益を当該未登録周知商標の使用主に限るとするなど,同号を理由とする無効主張の主体を制限する趣旨の文言はないこと(同項8号の括弧書きが,「その他人の承諾を得ているものを除く。」として除外事由を設けていること,参照)を前提に,同号に違反する商標の使用が一般に与える影響を考慮すると,控訴人の主張するように限定解釈すべき根拠はないものというべきである。
以上のとおりであるから,被控訴人が本件訴訟において本件商標の登録に無効事由があることを主張することは許されない,との控訴人の主張は採用することができない。
3 控訴人の主張(3)(商標法47条の解釈適用の誤り)について (1) 控訴人は,原判決が,不正競争の目的の存否について,登録査定時を基準にすべきであるのに登録時を基準にしたのは,誤りであると主張する。
商標法47条にいう「不正競争の目的」が,登録査定時に存在しなければならないものであることは,控訴人主張のとおりである。
原判決は,「本件商標の登録時に,原告には,不正競争の目的があったことが明らかであるというべきである。」(原判決17頁3行〜4行)として,「本件商標の登録時」との表現により基準時を示しているから,この点についての原判決の説示には,厳密にいえば誤りがあることになる。
しかしながら,控訴人の上記主張は,本件商標の登録査定時にも不正競争の目的が存在することを認めることができる場合には,結局のところ,意味を有しない主張である。原判決摘示の証拠(甲第5号証,第9ないし第11号証,乙第5号証の1,第6ないし第8号証,第10号証の1(判決注・原判決は,第10号証の2としているが,誤記と認める。),第12号証の1,2,第13号証,第50ないし第52号証,第58,第59,第97号証)及び弁論の全趣旨によれば,本件商標の出願人であるBは,被告標章2が周知であることを知りながらこれと類似する本件商標の登録出願をしたものであって,不正競争の目的を有していたこと,控訴人も,被告商標2が周知であることを知りながら,本件商標の出願にかかる権利を買い受け,遅くとも平成元年ころからその製造販売にかかるエレキギターに被告標章2等を付し,原告の名前を出さずに,ジャパンモズライト有限会社又は日本モズライト有限会社という架空の会社の名前を用いて販売するなどして,その製造販売に係るエレキギターがモズライト・ギターの単なる複製品ではなく,セミー・モズレー又は同人が設立した会社と何らかの関係があるとの誤認を生じさせる方法で販売していたものであることが認められ,上記認定によれば,控訴人は,本件商標の登録査定時において,不正競争の目的を有していたということができ,上記認定判断を覆すに足りる主張,立証はない。
控訴人は,上記証拠のうち,甲第11号証,乙第6ないし第8号証,第12号証の1,2,第13号証は,いずれも本件商標の登録査定時である1980年(昭和55年)1月11日より後に作成されたものであるから,本件商標の登録査定時に不正競争の目的があったことについて,証明力を有しない,と主張する。しかしながら,証拠の記載内容によっては,その証拠から作成時期より前の事実を認定しうることがあることは,前記説示のとおりであり,本件においては,前記各証拠は,本件商標の登録査定時における不正競争の目的を認定するに足りるものであるというべきである(控訴人は乙第11号証,第31ないし第48号証についても同様の主張をする。しかし,これらの証拠は,上記認定の証拠としては用いられていないから,控訴人の主張は,その前提を欠くものであって,失当である。)。
控訴人は,本件商標の出願人であるBの不正競争の目的は,ベンチャーズ-モズライト登録商標の商標権が消滅した昭和52年3月20日から1年を経過したことにより消滅した,と主張する。しかしながら,被告標章2が本件商標の登録出願時に既に周知であり,その周知性は,本件商標の登録査定時まで継続して存在したことが明らかであることは前記認定のとおりであるから,ベンチャーズ-モズライト登録商標が消滅したことにより,Bの不正競争の目的が消滅したなどということは,到底いうことができない。
控訴人の上記主張は,いずれも,採用することができない。
(2) 控訴人は,商標法47条の5年の除斥期間が,本件においても適用される,と主張する。しかしながら,同法47条は,明文の規定により,不正競争の目的で商標登録を受けた場合を,同条適用の対象から除外しているから,前記のとおり,控訴人に不正競争の目的が認められる本件においては,同条の適用はないものというべきである。
控訴人は,上記主張の根拠として,平成8年法律第68号による改正前の商標法19条2項ただし書において,出所の混同を生じることを更新拒絶事由としていないことを挙げる。しかし,上記の規定が,商標法47条の明文の規定に反することになる解釈をする根拠となり得るものではないことは,明らかである。
控訴人の上記主張は,採用することができない。
4 控訴人の主張(4)(権利濫用)について 控訴人は,被控訴人は,不正競争の目的で,他人の周知商標であると主張する被告標章2を自ら使用し,モズライト・ギターの複製を本物であると偽って我が国において,販売している者であるから,本件訴訟において,本件商標権が無効であると主張することは,権利の濫用に当たり許されない,と主張する。
しかしながら,本件商標は,商標法4条1項10号に違反して登録された,その登録に無効事由が存在することが明らかな商標である。このように,その登録に無効事由が存在することが明らかな本件商標に基づき,控訴人が,他人に対し,本件商標権の侵害を理由に,差止め請求権や損害賠償請求権を行使することは,いかなる場合であっても,権利の濫用に当たり許されないというべきである。仮に,被控訴人が,控訴人の主張どおり,モズライト・ギターの複製品を本物と偽って販売していることが真実であったとしても,そのことをもって,無効事由が存在することが明らかな本件商標権に基づく請求を許すべき根拠とはなり得ないというべきである。
控訴人の主張は,採用することができない。
5 以上によれば,控訴人の主張は,いずれも理由がなく,他に,原判決の結論に影響を及ぼすに足りる事由の主張,立証はない。
結論
以上のとおり,控訴人の請求を棄却した原判決は相当であって,本件控訴は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法67条,61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 阿部正幸
裁判官 設樂隆一