審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成20ワ19774商標権侵害差止等請求事件 | 判例 | 商標 |
平成13ネ5748商標権侵害差止等請求控訴事件 | 判例 | 商標 |
平成17ワ25426損害賠償請求事件 | 判例 | 商標 |
平成18ネ2387不正競争行為差止等請求控訴事件 | 判例 | 商標 |
平成19ワ4876商標権侵害差止等請求事件 | 判例 | 商標 |
関連ワード | 包装 / 出所表示機能 / 識別機能 / 指定商品 / 普通名称(3条1項1号) / 普通に用いられる方法 / 周知商標 / 周知性 / 不正競争の目的 / ただ乗り(フリーライド) / 権利濫用(権利の濫用) / 先使用(32条) / 国内 / 警告 / 差止 / 立証責任 / 先使用権 / 継続 / |
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元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
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事件 |
平成
12年
(ネ)
5059号
商標権侵害差止等請求控訴事件
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控訴人 アメリカン電機株式会社 代表者代表取締役 【A】 訴訟代理人弁護士 加地修 同 杉浦幸彦 補佐人弁理士 木内光春 被控訴人 共和化学工業所こと 【B】 訴訟代理人弁護士 村林隆一 同 松本司 同 岩坪哲 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2001/03/06 |
権利種別 | 商標権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は控訴人の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 控訴人 (1) 原判決を取り消す。 (2) 被控訴人は、商品、その包装又は広告に「ベークノズル」という片仮名の縦書き又は横書きから成る標章を付することも、同標章を付した商品を販売することも、してはならない。 (3) 被控訴人は、前項の標章を付した商品、並びにその包装、カタログ、広告及び商品目録を廃棄せよ。 (4) 被控訴人は、控訴人に対し、金1000万円及びこれに対する平成11年7月22日から支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。 (5) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。 (6) 仮執行の宣言 2 被控訴人 主文と同旨 |
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事案の概要
事案の概要は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決の事実及び理由「第二 事案の概要」のとおりであるから、これを引用する。なお、当裁判所も、「本件商標」、「原告商品」、「被告商品」、「被告標章」の用語を、原判決の用法に従って用いる。 1 当審における控訴人の主張の要点 (1) 不正競争の目的について 原判決は、被控訴人に不正競争の目的がなかったと認定したが、この認定は誤っている。 ア 控訴人は、原審において、被控訴人が不正競争の目的をもって「ベークノズル」を使用したとの自らの主張の根拠として、@被告商品の寸法が原告商品の寸法と同一であること、A原告商品のカタログ図面と被告商品のカタログ図面とが同様の特徴を有していること、B「ベークノズル」は、控訴人の担当者が「ノズル」の意味についての誤った理解に基づいて創作した造語であるから、被控訴人が偶然、同じような誤った理解に基づいて、「ノズル」の語を使用し始めたとは考えられないこと、C控訴人代表者が考えついた「CORD BUSHING」の英語の表記までをも、被控訴人が偶然使用するとは考えられないこと、D控訴人のマーケットシェアは、被控訴人のそれに比して格段に大きいことからすれば、被控訴人は、控訴人が被告商品と同種の商品(以下、被告商品及び原告商品も含めて、この種の商品全体を「本件商品」という。)を製造販売してきたことや控訴人が「ベークノズル」の名称で本件商品を製造販売していたことを当然知っていたはずであり、被控訴人が「ベークノズル」の語を創作したというのであれば、この語を競争相手である控訴人が使い始めた時点において、控訴人に対しその使用中止を求めるのが自然であるのに、被控訴人は、控訴人に対し、一切警告をしていないこと、本件訴訟において、被控訴人は、控訴人の製造販売状況に対する認識についてあえて言及しようとしていないこと、被控訴人の広告のレイアウトは、控訴人のそれに酷似していること、E控訴人は、被控訴人が被告商品の寸法は株式会社稲葉ハトメ製作所のものであると主張したので、被控訴人に対し、株式会社稲葉ハトメ製作所の広告を模倣したというのであればその広告を提出するよう求めたが、被控訴人は、 これに対して合理的な回答をしていないこと、F被控訴人は、原審において、控訴人が、Aのような被告商品の図面を作成した経緯を問いただしたのに対し、一切答えようとしなかったこと、G控訴人は、原審において、被控訴人に対し、何故に「ノズル」という言葉を使用したのかについて問いただしたが、これに対しても一切答えようとしなかったこと、を主張した。 @ないしGの事情を総合すると、被控訴人に不正競争の目的がなかったということはできず、むしろ、不正競争の目的があったことを優に認定できるはずである。 しかるに、原判決は、この点に関する控訴人の主張として、上記@、Aを摘示したのみで、BないしGを摘示せず、この点についての判断を明らかにしないまま、被控訴人に「不正競争の目的がなかった」との誤った判断をしたものである。 イ 原判決は、被控訴人に不正競争の目的がなかったと認定する根拠として、被控訴人が被告標章を長期にわたって使用していたとの事実、及び、被告標章の使用態様、規模を挙げている。しかし、不正競争の目的の有無は、被控訴人が被告標章を使用し始めた時点を基準時として判断するべきであり、右基準時において不正競争の目的があれば、いわゆる先使用権の発生を否定するに十分であって、被控訴人のその後の使用が「長期間」であったかどうかは、先使用権の発生には関係しない事実である。また、原判決の挙げる「使用態様」の語が具体的にどのような状態を指し示しているのかは不明であり、仮に、商品にラベルを付したり、カタログに掲載したりしたという程度の事実のことをいうのであれば、このような事実は、被控訴人が「不正競争の目的」を有していたかどうかとは無関係である。さらに、原判決は「規模」も根拠として挙げるが、いわゆるフリーライドの目的で大量の商品を製造販売することは、一般的に珍しくないから、大規模に行ったからといって、そのことは、何ら、不正競争の目的がなかったことの根拠にはなるものではない。 ウ 原判決は、被控訴人が自ら「ベークノズル」の語を創作したと認定したが、この認定は誤っている。 原判決は、被控訴人の、本件商品は、電線等を通過せしめる容器であるので、電気部品関係では「ノズル」と称されており、中心に穴のあいた先細の形状にあるものを、専門家が「ノズル」と称することがあるとの主張に基づいて上記認定をしたものと思われる。しかし、「ノズル」の語は、「筒状で先端の細孔から流体を噴出する装置」を意味し(広辞苑)、本件商品のように偏平で筒状ではなく、 細孔が開いているともいえない商品を「ノズル」と称することは考えられないことに照らすと、被控訴人主張の「ベークノズル」命名の根拠は信用できない。「中心に穴のあいた先細の形状」にあるものをノズルと呼ぶことがあることを前提としても、本件商品は先細の形状にはなっていないから、被控訴人の主張が不合理であることに変わりはない。 被控訴人は、本件商品と類似の用途に使用される商品を「ハトメ」と称している。このように同種の商品で異なる呼び方をしているのは、第三者の呼び方を模倣したからとしか考えられない。 本件商品を「ノズル」と呼べるのであれば、控訴人や被控訴人以外の競合他社も「ノズル」の語を使用しているはずであるのに、他の業者は自分の商品を「ノズル」とは称していない。 (2) 被控訴人は、自己の商標として「ベークノズル」を使用していないことについて ア 被控訴人は、原審において、答弁書で、「『ベークノズル』は標章ではなく、商品の普通名称である」と主張した。被控訴人は、被告準備書面(一)において、先使用の抗弁も主張するに至ったが、この主張は、仮にベークノズルが商品の商標であるとした場合にこれを主張するとしているにすぎないものである。このような被控訴人の主張内容に照らすと、被控訴人が「ベークノズル」を自己の商標として使用していなかったことは明らかである。商標法32条で先使用権を主張するには、少なくともある標章が商標として使用されていたことが必要であることは文理上明らかであるのに、被控訴人の「ベークノズル」という標章の使用は、この要件すら満たしていないといえる。また、被控訴人の「べークノズル」の使用状況が上記のとおりである以上、「ベークノズル」が被控訴人の「業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間で広く認識されていた」ことなど、考えられないところである。 イ 被控訴人は、「ベークノズル」の名称を使用し始めた当時には、控訴人又は第三者が製造した本件商品を、そのまま転売していた可能性が高い。このことは、控訴人も、もともとは第三者が製造した本件商品を購入して第三者に販売していたこと、朝日電器株式会社が現在も被控訴人が製造販売したと思われる本件商品を被控訴人が製造したものであることに全く言及することなく自ら袋詰めして販売していること、昭和63年当時の被控訴人の納入実績が少ないこと(被控訴人が12種類の本件商品を製造していたとすれば、これに必要な金型は12種類以上必要となり、金型の製作費、維持費及びこれに係る工場のスペースもばかにならないはずである。また、被控訴人の主張するように平成元年に素材変更をしたのであれば金型も併せて変更したはずであり、金型を入れ替えるためには時間もかかるのであるから、昭和63年におけるその製造コストは増加してしまい、やはり採算に合わない。)から裏付けられる。この意味からも、本件商標出願当時に被控訴人が自己の商標として「ベークノズル」という標章を使用していたとは信じられない。 (3) 被控訴人の商標としての「べークノズル」の周知性について 原判決は、被告標章が、本件出願の時点で既に、被告商品を表示するものとして、近畿地区所在の電設資材の卸売業者の間で広く認識されていたと認定したが、この認定は誤りである。 ア 原判決の認定を前提としても、本件出願が行われた昭和63年ころ、被控訴人は因幡電機産業を含む21社に対し、総計約1万5000個の被告商品を納入したにすぎず、被控訴人の販売数量は著しく少量である。本件商品はネジ径のサイズにより12種類のものがあり、サイズ毎ではわずか年間1000個ずつほど販売されていたにすぎないことになる。 イ 原判決は、被控訴人が被告商品を販売した先が「卸売業者」であると判示しているが、これを裏付ける証拠はない。被告商品がすべて「卸売業者」に販売され、これが「需要者である電気工事業者や配電盤の製造業者等に納入され」たことを示す証拠もない。 ウ 原判決は、「被告が被告商品に「ベークノズル」のラベル(乙第9号証)を貼付していることや、因幡電機産業の総合商報(乙第11号証)にも、被告商品は「ベークノズル」と表記されていることからすると、卸売業者と需要者との間においても、昭和42年から現在に至るまで、被告商品は、被告標章によって取り引きされてきたと認めるのが相当である」とする。 しかしながら、被控訴人が立証しているのは、同人が証拠として提出した請求書等に記載されている業者に対して、「ベークノズル」と称した商品を販売した事実だけである。本件商標出願当時、被控訴人がその取引先に「ベークノズル」を販売するすべての場合に乙第9号証のラベルを付けていたことも、当該業者が第三者に対し、同ラベルを付けた状態で販売していたことも立証されていない。 控訴人は、被控訴人が現在、数個単位(ユニット)で販売する被告商品が封入された袋の中に「ベークノズル」のラベル(乙第9号証)が付されているものがあることを争うつもりはないが、このようなラベルが被告商品に「貼付」されているのを見たこともない。また被控訴人の顧客に対する請求書には被告商品の単価が記載されているだけで、ユニット価格が記載されていないことからすると、被控訴人は取引先に対して、ばら売りをしていた可能性が高いというべきであり、このような場合には上記のようなラベルは、被告商品に付されていなかったはずである。ましてや、当該取引先が、転売するに当たってこのようなラベルを付することは考えられない。 エ 被控訴人は、その販売先の「問屋は大阪、名古屋、京都、奈良、東京に跨り、右の問屋から日本国中に販売されている」と主張している。したがって、原判決は、この主張の当否を判断すべきであったにもかかわらず、明確な主張も立証もないにもかかわらず、被控訴人は「近畿地区に所在」する「多数」の「卸売先」に販売したと認定しており、この認定は弁論主義の観点から問題であり、また、業者の数や市場規模も考慮することなく、わずか10数社の業者を多数とみなしている点においても失当である。また、近畿地区に所在する業者に被告商品を卸していたことから、直ちに近畿全域で周知であるとすることはできないから、この意味でも原判決は、失当である。 オ 原判決は、被控訴人が昭和40年代から現在に至るまで、被告商標を付した被告商品の販売を継続していることが周知性認定の判断要素となり得ると判断している。しかし、周知性判断の基準時は、控訴人が本件商標の商標登録出願(以下「本件出願」という。)をした時点であり、その後の状態は無関係であるから、 「現在に至るまで」これを継続していることは、周知性認定の根拠とはならない。 カ 予備的主張 原判決は、被告標章が、本件出願の時点で既に、被告商品を表示するものとして、「近畿地区所在の電設資材の卸売業者の間で広く認識されている」との事実認定を前提に、先使用権を認めて、控訴人の請求を棄却した。 先使用権そのものは、登録商標の出願時を基準とし、出願当時における先使用周知商標を、登録後もそのままの状態で継続使用することを法律上保障するにすぎないものである。したがって、たとい先使用権が認められるとしても、それは、登録商標権の出願当時の周知地域内における使用に限られるというべきである。原審が認定した事実を前提としても、控訴人の被控訴人に対する「近畿地区」以外についての差止請求が否定されるいわれはない。 そこで、控訴人は、予備的に、近畿地区における周知性を根拠に先使用権が認められる場合には、「近畿地区以外では」、商品、その包装又は広告に「べークノズル」という片仮名の縦書き又は横書きから成る標章を付することも、右標章を付した商品を販売することもしないよう命ずる判決をするよう求める。 2 当審における被控訴人の主張の要点 (1) 不正競争の目的について ア 商標法32条1項は「他人の商標登録出願前から不正競争の目的でなく」と規定しているから、同条にいう「不正競争の目的」があったかどうかは、本件商標登録出願日(昭和63年9月22日)より、若干前の日時がその基準日となるのであって、被控訴人が本件商標の使用を開始した時がその基準日となるのではない。したがって、原判決が「被告が被告標章を長期にわたって使用したこと、及び被告標章の前記認定のとおりの使用態様、規模に照らすと、右の使用は不正使用の目的に出たものではないと解することができる」と認定判断したのは正当である。 イ 商標法32条1項の「不正競争の目的でなく」の立証責任が被控訴人にあることは、当然である。しかし、ここで証明の対象となるのは、消極的な事実であるから、これについては、控訴人において立証の必要性があり、事実上、控訴人において不正競争の目的を立証できない限り、不正競争の目的がなかったと立証されたことになるものというべきである。 なお、被控訴人は、「不正競争の目的」に関する控訴人の主張に対し、 次の点を主張する。 @ 「ベークノズル」という標章は控訴人が創作したものではない。 A 被控訴人は、控訴人の図面を模倣していない。 B 「ノズル」の意味については、原審で主張したとおりである。 C 被控訴人には、控訴人に対して、「ベークノズル」の使用中止を求める義務はない。 D 甲第12号証の1,2は朝日電器株式会社が作成、使用しているもので、被控訴人とは無関係である。 ウ 被控訴人は、「ベークノズル」の語を選択し、現在まで30年以上にわたってこれを使用してきた。「ノズル」という道具は、商標の指定商品にも指定されており、その定義を厳密に定義することも必要ではなく、「中心に穴のあいた」ものに「ノズル」という標章を当てはめたとしても、決して不当ではない。 (2) 被控訴人は自己の商標として「ベークノズル」を使用していない、との主張について 控訴人は、被控訴人が「ベークノズル」が普通名称であると主張したことから、ベークノズルは被控訴人の商標ではないと主張する。しかしながら、普通名称であるかどうかは、本件訴訟の口頭弁論終結の日を基準日とするものであり、被控訴人の主張は、被控訴人が長年使用した結果、答弁書提出時には普通名称となっていたとして、商標法26条1項2号を援用したまでであり、この主張と先使用の主張とは決して矛盾するものではない。 (3) 被控訴人の商標としての「べークノズル」の周知性の主張について ア 周知性の問題は、具体的な事実認定の問題であり、数量が多いことが当然に周知性を認める理由となるのみでなく、期間が長いこと、取引先が多いことも周知性の根拠となる。原判決は、以上の間接事実を前提として、周知性の認定をしたものであって、正当である。 イ 予備的主張について 先使用権の効果は、日本国内全域に及ぶのであり、決して周知性の及ぶ範囲に限られるわけではない。したがって、近畿地区における周知性を根拠に認められた先使用権に基づき被控訴人が使用できる範囲は、近畿地区に限定される、などどいうことはあり得ない。 (4) 権利濫用について 控訴人は、本件商標出願に際して、全く本件商標を使用する意思がないにもかかわらず、たまたまこれが登録されるや、この商標権を有することを奇貨として、被控訴人が多年にわたって使用し、被控訴人の商品の商標として信用を化体しているにもかかわらず、一方的に使用中止及び損害賠償を請求してきたものである。しかも、控訴人は、原審裁判所が和解を勧めたにもかかわらず、全くこれに応じることなく、本訴を継続し、紛争を助長している。 被控訴人は、多年にわたって、本件商標を使用してきてその信用を重ねてきたのであって、今その使用を差し止められると回復することのできない損害を被る。 したがって、本件商標権の行使は、権利の濫用である。 |
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当裁判所の判断
当裁判所も、原判決と同じく、控訴人の請求は理由がなく、本件控訴を棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおりである。 1 登録商標をなす標章の商標権者以外の者による使用が当該商標権の侵害に当たるとするためには、その標章が狭義の商標として使用されていること、すなわち、商品出所表示機能、自他商品識別機能を発揮する態様で使用されていることが必要であると解すべきである。なぜなら、法律上、商標の果たすべき機能が、商品出所表示機能、自他商品識別機能であることは明らかである以上、商標権によって守られるのは登録商標のそのような機能であり、したがって、商標権侵害とされるのは、登録商標のこの機能を阻害する態様の行為に限られると考えるのが合理的であるからである。このことは、商標法26条1項2号が、商品の普通名称等を普通に用いられる方法で表示する商標に商標権の効力が及ばない旨を定めており、この規定は、形式的には登録商標と同一又は類似の標章が商品に使用された場合であっても、その標章が商品出所表示機能、自他商品識別機能を発揮しているとは認められない態様で使用されている場合には、商標権の効力が及ばない旨を、そのような場合の典型的な例を挙げることによって定めたものであると解することができることによっても根拠付けられる。 2 本件における、商標法26条1項2号を根拠とする被控訴人の主張には、同人による「ベークノズル」の使用につき、それが、普通名称を普通の方法で用いてきているものであるとの主張に限らず、より一般的に、狭義の商標として、すなわち、商品出所表示機能、自他商品識別機能を発揮する態様で使用されてきているものではないとの主張も含まれるものと認められる(原審答弁書の請求の原因に対する答弁三、八(一)の「ベークノズル」は「標章」ではないとの主張は、狭義の「商標」ではないとの主張と解することができる。また、控訴人も、当審において、先使用の抗弁に関する主張(控訴理由書15頁末行〜16頁11行)の中で、答弁書の上記個所は、被控訴人が「ベークノズル」を自己の商標(狭義)として使用していなかった旨の主張である旨を指摘している。なお、被控訴人は、当審において、 「べークノズル」は、被控訴人による長年の使用の結果、本件訴訟における答弁書提出の時点では普通名称となっていたのであるから、商標法26条1項2号の主張は、先使用の主張とは矛盾しないと主張する。しかし、この主張は、先使用の抗弁との関係で主張されたものであって、従前の、商品出所表示機能、自他商品識別機能を発揮する態様で使用されてきているものではないとの主張を撤回したものとは認められない。)。 そこで、本件において、被告標章が被控訴人の商標(狭義)として使用されてきているか否かについてみる。 まず、「べークノズル」の用語が、「ベークライト」(合成樹脂の一種。乙第479号証)の「べーク」と「ノズル」(筒状で先端の細孔から流体を噴出する装置。甲第5号証)とに由来し、商品の材料及び形状に関連するものであることは弁論の全趣旨により明らかであり、このことは、この用語自体が、もともと、ある種の商品を他の種の商品から区別するものとして使われたり、理解されたりしやすい性質を有することを物語っている。なお、控訴人は、「ノズル」の本来の意味は、本件商品の形状(中心に電線を通す穴があいた円形の形状)によく対応するものではない旨主張するが、控訴人主張の言葉の意味と商品の形状の対応の不十分さは、上記のようにいうことの妨げになるものではない。 甲第3号証の1、2、乙第9号証によれば、被告商品の包装に添付されたラベルには、被告商品の絵と数量とともに「ベークノズル」、「共和化学工業所」の語が印刷されていること、被控訴人は、大阪府電設資材卸業協同組合発行の「DENZAIKAI」と題する雑誌に、共和化学工業所の名で、「ベークノズル CORD BUSHING」と表示して被告商品の広告を行っていることが認められるが、これらの事実によっては、「ベークノズル」が被控訴人の「商品名」として用いられているとはいえても、商品出所表示機能、自他商品識別機能を発揮する態様で使用されているとまでは認めることができない。 被控訴人の取引先が発行した因幡電機総合商報(乙第11号証の1ないし4)、被控訴人のカタログ(乙第1、第10号証)、価格表(乙第6,第7号証)、納品書、請求書(乙第4号証の4、第8号証の2、第12ないし第151号証、第158ないし第473号証、第482ないし第639号証、第643ないし第672号証(枝番を含む))をみると、それらにおける「ベークノズル」の表示は、いずれも、「ソケット」、「電球保護ガード」、「ハメコミブッシング」、 「絶縁ステップル」、「ワイヤーステッカー」、「ナイロンステッカー」、「蛍光灯用クサリ」等と同様に、単なる「商品名」として記載されているものであって、 商標(狭義)として記載されているものではないことが明らかである。そして、他に被告標章が、商標(狭義)として使用されていることを示す証拠はない。 これらの状況の下では、本件においては、被告標章は、狭義の商標としては、すなわち、商品出所表示機能、自他商品識別機能を発揮する態様では使用されてきていないものというべきである。なお、朝日電器株式会社が現在も被控訴人が製造販売したと思われる本件商品を被控訴人が製造したものであることに全く言及することなく自ら袋詰めして販売している、との控訴人主張の事実も、この認定によく合致するものである。 そうすると、控訴人の本訴請求に理由がないことは、その余の点について判断するまでもなく、明らかである。 3 仮に、被控訴人による被告標章の使用が商標(狭義)としての使用であると認められるとしても、その場合には、先使用の抗弁が認められるから、控訴人の本訴請求は、やはり理由がないというべきである。その理由は、次のとおり付加するほか、原判決の事実及び理由「第三 当裁判所の判断」のとおりであるから、これを引用する。 (1) 不正競争の目的について 被控訴人が、本件商標の登録出願日である昭和63年9月22日より前である昭和40年代前半から、被告商品を、被告標章を付して近畿地区に所在する多数の卸売業者に継続して販売していたことは原判決認定のとおりである。この認定事実によれば、控訴人において、被控訴人が被告商品を販売する前から、「ベークノズル」を原告商品に付して販売しており、そのことを被控訴人が知っていたなどの特段の事情が認められない限り、被控訴人には「不正競争の目的」がなかったと推認するのが相当である。 控訴人は、昭和20年代から被告商品と同種の商品である原告商品を製造し、これに「ベークノズル」の名称を付して販売していた旨主張するが、この事実を認めるに足りる証拠はない。すなわち、控訴人が本件商標の登録出願前に「ベークノズル」の商標を使用していた根拠として提出する甲第9号証の1ないし4は、 その作成時期に関する控訴人の主張を前提としても、一番古いもので昭和54年であり、それ以前の製造、販売の事実については、これを裏付ける客観的な証拠は何ら提出されていない。また、控訴人は、被控訴人が使用する「ベークノズル」、 「CORD BUSHING」の語は、控訴人側で創作したものである旨主張する。しかしながら、その創作の時期は控訴人の主張によっても必ずしも明らかではなく、これを裏付ける客観的な証拠も存在しないから、この事実を認めることはできない。 他にも、前記特段の事情に該当する事実は、本件全証拠によっても認めることができない。 以上によれば、控訴人のその余の主張について判断するまでもなく、被控訴人には「不正競争の目的」がなかったと推認するのが相当である。 控訴人の主張は採用することができない。 (2) 被控訴人は自己の商標(狭義)として「ベークノズル」を使用していない、との主張について 被控訴人が、本件出願前、自己の商標(狭義)として「ベークノズル」を使用していなかった、というのであれば、被控訴人による使用の態様が、その後、 自己の商標(狭義)としての使用か否かの評価を変えるほどに大きく変わらない限り、「ベークノズル」が商標(狭義)としては使用されてきていないことになるから、そもそも、先使用の抗弁を問題とするまでもなく、商標権侵害が成立しないことになることは、1で説示したとおりである。しかし、被控訴人による使用の態様が上記のように大きく変わったことについては、主張もなく、それを裏付ける証拠もない。 控訴人の主張は、採用することができない。 (3) 被控訴人の商標としての「べークノズル」の周知性の主張について ア 控訴人は、本件商標登録出願がなされた昭和63年当時の販売数量が著しく少量であるとして、被告標章の周知性が認められない旨主張する。しかしながら、周知性判断の基準時は商標登録出願時であるとしても、その判断の根拠となる事実が、商標登録出願当時の事実に限られないのは、当然である。 原判決の認定したとおり、被控訴人は昭和40年代前半から、被告商品に被告標章を付して多数の卸売業者に継続して販売してきたのであるから、このことも周知性判断の根拠とされるべきである。本件商標登録出願当時の販売数量のみを強調する控訴人の主張は、採用することができない。 イ 控訴人は、被控訴人が被告商品を販売した先が卸売業者であることを裏付ける証拠がない旨主張する。しかしながら、被控訴人が被告商品を販売した先の業者については、乙第10ないし473、482ないし639、641ないし672(枝番号も含む。)の納品書、請求書、売上台帳などから明らかであり、乙第480及び第481号証(被控訴人本人及び同人の子の陳述書)には、この販売先が、いずれも卸売業者であることが記載されており、この点につき控訴人から特段の反証はない。したがって、これらの証拠によれば、被告商品の販売先が卸売業者であることを認めることができる。控訴人の主張は失当である。 ウ 控訴人は、周知性の要件に関しても、被控訴人が、自己の商標(狭義)として「ベークノズル」を使用していない旨主張するが、この主張が失当であることは前記のとおりであり、採用することができない。 エ 控訴人は、原判決が、被控訴人が被告商品に被告標章を付して近畿地区に所在する多数の卸売業者に販売したとの認定及びこれに基づく周知性の判断は誤りである旨主張する。しかしながら、被告標章が、本件商標の登録出願当時、既に被告商品を表示するものとして、近畿地区所在の電設資材の卸売業者の間で広く認識されていると解することができることは、原判決の認定判断したとおりである。 商標法32条1項は、先使用者による商標の使用の事実状態を保護することを目的とするものであるから、「広く認識されている」という周知性の程度については、 必ずしも全国的に周知である必要はなく、相当範囲において知られていれば良いと解するのが相当である。したがって、被告標章の周知性を認めた原判決の認定判断は正当である。 オ 控訴人は、予備的に、近畿地区での周知性を根拠に先使用権が認められる場合には、近畿地区以外での本件商標の使用の差止めを命ずる判決をするよう求めている。しかし、商標法32条1項の定める先使用権の及ぶ地域的範囲は、周知性の認められる範囲には限られないものと解すべきであるから、先使用権の及ぶ地域的範囲は、周知性の認められる範囲に限られることを前提とする控訴人の予備的主張には理由がない。 |
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結論
以上のとおり、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから棄却することとし(原判決は、先使用権の及ぶ地域的範囲は周知性の認められる範囲に限られないとの判断の下に、控訴人の請求を全部棄却したものと認められるから、控訴人が予備的に近畿地区以外での本件商標の使用の差し止めを求める部分についても、本件控訴を棄却すれば足りる。)、訴訟費用の負担につき民事訴訟法67条、61条を適用して、主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 山下和明 |
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裁判官 | 宍戸充 |
裁判官 | 阿部正幸 |