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事件 昭和 62年 (ワ) 6029号
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裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 1988/02/12
権利種別 その他
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 被告は、「東日本旅客鉄道株式会社」の商号を使用してはならない。
二 被告は、その設立登記中の、「東日本旅客鉄道株式会社」の商号の抹消登記手続をせよ。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨主文同旨二 請求の趣旨に対する答弁1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
当事者の主張
一 請求の原因1 原告は、日本国有鉄道改革法(昭和六一年法律第八七号。以下、「改革法」という。)並びに旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社に関する法律(昭和六一年法律第八八号。以下、「旅客会社法」という。)に基づき、昭和六二年四月一日に成立し、主として従前日本国有鉄道(以下、「国鉄」という。)が経営していた東北及び関東地方における旅客鉄道事業等を引き継いだ株式会社である。
2 被告は、昭和六一年一〇月七日、「東日本旅客鉄道株式会社」の商号をもつて、東京法務局において設立登記をした株式会社である。
3「東日本旅客鉄道株式会社」なる商号(以下、「本件商号」という。)は、旅客会社法2条により、原告以外の者の使用が禁止されており、これに違反した者は、
同法21条により過料に処せられる。
もつとも、昭和六一年一二月四日の同法施行時において、現にその商号中に本件商号を使用している者については、同法附則13条により、経過措置として同法施行後六か月間は同法2条の適用が猶予されるが、右期間は昭和六二年六月四日をもつてすでに経過している。したがつて、被告についても、右猶予期間経過後の昭和六二年六月五日以降、本件商号の使用が禁止されることになる。
4 よつて、原告は、被告に対し、同法2条及び同法附則13条に基づき、本件商号の使用差止め並びに被告の設立登記中の、「東日本旅客鉄道株式会社」の商号の抹消登記手続をそれぞれ求める。
二 請求の原因に対する認否1 請求の原因1及び2はすべて認める。
2 同3のうち、旅客会社法2条により、
原告以外の者が本件商号を使用することが禁止されており、これに違反した者は、
同法21条により過料に処せられること、昭和六一年一二月四日の同法施行時において、現にその商号中に本件商号を使用している者については、同法附則13条により、経過措置として同法施行後六か月間は同法2条の適用が猶予されていること、右猶予期間がすでに経過していることは認め、その余は争う。
三 被告の主張1(一) 商号は、法律上は特定の営業につき特定の商人を表す名称であり、社会的には当該営業の同一性を表示し、その信用の標的となる機能を営むものである。
また、商号権の内容は、いつたん他人が登記した商号は、同市町村内において同一の営業のためにこれを登記することができないという点に中核的要素がある。したがつて、商号権の性質は、財産権にほかならない。これは、商法20条21条
24条、不正競争防止法1条に照らし明らかである。
(二) 被告は、東京都千代田区において、本件商号をもつて、昭和六一年一〇月七日設立登記された株式会社である。したがつて、被告は、少なくとも東京都千代田区内においては本件商号について商号権を有している。
(三) 憲法29条1項は、「財産権はこれを侵してはならない」と規定しており、公権力が公共的理由に基づいてする場合であつても、財産権を侵害することは許されない。原告が本件請求の根拠としてあげる旅客会社法(2条21条、同法附則13条)は、昭和六一年一二月四日に公布施行されたものであるにもかかわらず、商法によつて保障された商号権(その性質は前記のとおり財産権である)を事後において変更消滅させようというものであるから、憲法29条1項に違反し、更に憲法39条にも違反する。したがつて、旅客会社法は無効であり原告の請求は理由がない。
(四) 原告は、日本たばこ産業株式会社や、日本航空株式会社等の例をあげるが、これらの場合は、たまたま類似商号を用いていた会社が存在しなかつたため、
問題が起きなかつただけである。現に、政府は、原告の商号を決定する際、「西日本鉄道株式会社」なる既存法人の類似商号にならないよう配慮している。
2 旅客会社法2条は、単なる取締規定であり、原告に本件商号の使用差止請求権や、本件商号の抹消登記手続請求権を付与するものではない。したがつて、同条に基づく原告の請求は理由がない。
3 原告は、「被告が、本件商号登記申請当時、すでにこれが国鉄の分割・民営化にともなつて設立される新企業体の商号として予定されており、その商号登記が原告の設立とともに許されなくなることを熟知しながらあえて登記申請したものであり、被告は既得権なるものを正当に主張することができない。」と主張するが、これは、原告の旅客会社法に基づく請求とは何ら関係のない事情である。
四 被告の主張に対する原告の反論1 憲法29条において保障される財産権の内容は、同条二項において「公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める」とされている。
2 原告は、公共企業体たる国鉄により全国一元的経営体制の下において運営されてきた鉄道事業をより効率的に運営するという国家的要請に対応するため、改革法等関係法令に基づき、全国を六地域に分割して設立された新企業体の一つたる旅客鉄道株式会社であつて、その公共的性格は否定すべくもないが、その商号についても、その実態に即し、かつ各地域において設立された同種の新企業体との間において整合性を有するように配慮されているのであつて、これと同一の商号の存在を認めるにおいては公共の利益が害されるべきことを考慮し、旅客会社法2条により、
原告以外の者に対し、「東日本旅客鉄道株式会社」なる文字をその商号中に使用することが制限されているのである。そして、このような例は、原告の商号のみならず、日本たばこ産業株式会社法4条、同法附則14条や、日本航空株式会社法15条、同法附則19条等により、日本たばこ産業株式会社、日本航空株式会社等の公共的性格を有する事業を営む法人の商号についても認められている。このように、
公共的性格を有する法人の商号について法律により独占的使用を認めることは、憲法29条の許容するところであり、同規定に違反するものではない。
3 被告は、本件商号登記が旅客会社法の公布施行以前に了されている点を指摘するが、憲法29条2項に基づく財産権の制限が既存の権利に及びうることは、判例学説の認めるところである。更に本件においては、被告は、本件商号登記申請当時、すでにこれが国鉄の分割・民営化にともなつて設立される新企業体の商号として予定されており、その商号登記が原告の設立とともに許されなくなることを熟知しながらあえて登記申請したものであり、被告は、既得権なるものを正当に主張することはできない。
4 以上要するに、本件請求の基礎となる旅客会社法2条等の諸規定が合憲有効であることは明らかである。
証拠(省略)
理 由一 請求の原因1、2の事実は当事者間に争いがなく、同3のうち、旅客会社法2条により、原告以外の者が本件商号を使用することが禁止されており、これに違反した者は、同法21条により過料に処せられること、昭和六一年一二月四日の同法施行時において、現にその商号中に本件商号を使用している者については、同法附則13条により、経過措置として同法施行後六か月間は同法2条の適用が猶予されていること。右猶予期間が昭和六二年六月四日をもつてすでに経過していることは明らかである。
また、同法2条及び同法附則13条の規定を合わせ考えると、右規定上は、昭和六一年一二月四日の同法施行時において現にその商号中に本件商号を使用している者についても、同法附則13条による猶予期間(同法施行後六か月間)の経過後は、本件商号の使用を禁止されることになると解される。
二 被告は、旅客会社法2条等が、憲法29条39条に違反し、無効であると主張するので、この点について判断する。
1(一) 憲法29条1項は、「財産権は、これを侵してはならない」と規定して私有財産制を制度的に保障するとともに、同条二項において、「財産権の内容は、
公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める」と規定し、財産権の内容が公共の福祉の要請により法律で制限されることがあることを認めている。そして、法律でいつたん定められた財産権の内容を事後の法律で変更しても、それが公共の福祉に適合するものである限り、これをもつて違憲の立法ということはできないというべきである(最高裁判所昭和五三年七月一二日判決・民集三二巻五号九四六頁)。
(二) 成立に争いのない甲第一号証によると、原告は、「日本国有鉄道による鉄道事業その他の事業について、現行の公共企業体による全国一元的経営体制の下においてはその事業の適切かつ健全な運営を確保することが困難となつている事態に対処して、新たな経営体制の下において我が国の基幹的輸送機関として果たすべき機能を効率的に発揮させること……に即応した効率的な経営体制を確立するための日本国有鉄道の経営形態の抜本的な改革」を目的とし、「日本国有鉄道が経営している旅客鉄道事業について、……適正な経営規模の下において効率的な輸送が提供されるようその事業の経営を分割するとともに、その事業が明確な経営責任の下に自主的に運営されるよう経営組織を株式会社とすることとし」て、他の五社とともに設立された株式会社である(改革法1条6条)ことが認められる。右事実によると、原告の存在ないしその設立目的には強い公共性があるというべきところ、原告以外の者が本件商号を用いて鉄道事業を営めば、原告との誤認混同が生じ、原告の事業の遂行、ひいては公益を阻害する事態が発生することも推認するに難くないから、他の者が本件商号を使用することを制限することには十分な合理性があり、
旅客会社法2条が本件商号の使用を制限していることも、公共の福祉の観点からみて、これを是認することができる。
また、旅客会社法2条により、被告は、いつたん取得した登記商号を失うことになり、同法の制限により特別な犠牲を被ることになるが、仮に被告の登記商号が法律上正当なものであるとすれば、憲法29条3項により損失補償を受ける余地がないわけではない(最高裁判所昭和四三年一一月二七日判決・刑集二二巻一二号一四〇二頁)。のみならず、成立に争いのない甲第四号証、第六号証の一ないし六によると、旅客会社法の立法に当たつては、新たに成立する予定の六社の商号と既存の会社の商号とが同一又は類似にならないよう調査をし、右立法によつて第三者が不測の損害を被ることがないように配慮していること、また、原告の商号が決定し、
これが新聞等で公にされたのは昭和六一年二月二一日であり、一方、被告が本件商号登記をしたのは、右法律案が国会で審議されていた昭和六一年一〇月七日であつて、被告は、右登記申請当時、右法律が成立し、施行されると、本件商号の使用を禁止されるに至ることを十分認識していたことが認められ、したがつて、被告の登記商号が法律上保護に値するものであるか否かは、甚だ疑問である。
(三) 以上の点を合わせ考えると、旅客会社法2条の規定自体若しくはその本件への適用が憲法29条に違反するとは到底いえない。
2 被告は、旅客会社法2条が憲法39条にも違反すると主張するが、憲法39条の規定は刑事処罰に関するものであり、これが本件のような財産権の制限の場合に直接適用されることはないので、この点での被告の主張は理由がない。
3 そうすると、旅客会社法2条、したがつてまた、同法21条、同法附則13条は、憲法29条39条に違反せず、有効であると認められる。
三 被告は、旅客会社法2条は単なる取締規定であり、原告に商号の使用差止め請求権又は商号の抹消登記手続請求権を付与したものではない旨主張する。
しかしながら、同条項は原告以外の第三者に対し、商号中に「東日本旅客鉄道株式会社」なる文字を使用してはならないとの不作為を命じているばかりでなく、
「東日本旅客鉄道株式会社」なる文字を使用した商号が誤つて登記され、あるいは、昭和六一年一二月四日の同法施行時において、現にその商号中に本件商号を使用している者が、同法附則13条による猶予期間を経過した昭和六二年六月五日以降においてもその使用を継続している場合には、これに最も大きな利害関係を有する原告に、その商号の使用差止め又は商号の抹消登記手続を請求する権利を付与した規定であると解すべきである。
五 以上のとおりであつて、被告の主張はいずれも失当であり、原告の請求はすべて理由がある。
よつて、原告の請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判官 安倉孝弘
裁判官 小林正
裁判官 若林辰繁