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事件 昭和 57年 (ワ) 167号
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裁判所 長野地方裁判所
判決言渡日 1986/06/26
権利種別 商標権
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 被告は、その販売する甘納豆の包装に別紙(一)の、筆字体の平仮名文字「みぞれ」を縦書して成る標章を使用し、又はこれを使用した甘納豆を販売してはならない。
二 被告は、原告に対し、金七〇万円及び内金六〇万円に対する昭和五七年六月二四日から、内金一〇万円に対する昭和五八年一月一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
五 この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨1 主文第一項同旨2 被告は、原告に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和五七年六月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、被告の負担とする。
4 2項につき仮執行宣言二 請求の趣旨に対する答弁1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
当事者の主張
一 請求原因1 原告の商標権 原告は、次の商標権(以下「本件商標権」といい、その登録商標を「本件登録商標」という。)についての商標権者である。
登録番号 第五〇四二六一号登録商標 別紙(二)商標公報写し該当欄記載のとおり出願 昭和三一年一〇月二五日(商願昭三一―三二一八五)出願公告 昭和三二年一月二五日(商標出願公告昭三二―一三三二)登録日 昭和三二年六月二一日更新登録日 昭和五二年一〇月三日指定商品 第四三類「菓子の類」2 被告の標章(一) 被告は、昭和三五年ころから、その販売する甘納豆の包装に主文第一項に掲記の「みぞれ」なる標章(以下「イ号標章」という。)を使用し、かつこれを使用した甘納豆を販売している。
(二) 右のとおり、イ号標章は商標として使用されている。
3 被告の本件商標権侵害行為 以下のとおり、イ号標章は本件登録商標と同一又は類似であり、甘納豆は本件登録商標の指定商品に含まれるから、
被告の前記行為は本件商標権を侵害するか又は侵害するものとみなされる。
(一) 商標の同一又は類似(1) 本件登録商標の構成 本件登録商標は、筆字体横書にて平仮名「みぞれ」から成つている。
(2) イ号標章の構成 イ号標章は、筆字体縦書にて平仮名「みぞれ」から成つている。
(3) 本件登録商標とイ号標章との対比 イ号標章及び本件登録商標はいずれも「ミゾレ」の称呼を生ずることが明らかであるから、イ号標章は本件登録商標と称呼を同じくするものであり、これと同一又は類似の関係にある。
(二) 商品の同一 イ号標章が使用された商品「甘納豆」は、本件登録商標の指定商品「菓子の類」に含まれる。
4 損害 被告の前記侵害行為によつて原告が被つた損害は、次の、(一)又は(二)である。
(一) 被告は、昭和五〇年二月ころから現在までに、イ号標章を使用した甘納豆を販売したことにより七億円以上の売上があり、その二〇パーセントに当る一億四〇〇〇万円以上の純利益を得ていたものであるから、右純利益の額が原告の損害と推定される。
(二) 被告は、昭和五〇年二月ころから現在までに、イ号標章を使用した甘納豆を販売したことにより七億円以上の売上があつたから、その三パーセントに当る二一〇〇万円が原告の受けた使用料相当損害額である。
5 よつて、原告は、被告に対し、本件商標権に基づき、その販売する甘納豆の包装にイ号標章を使用し、又はこれを使用した甘納豆を販売することの差止を求めるとともに、不法行為による損害賠償請求権に基づき、前記損害金のうち、現在から遡つて二〇〇〇万円に達するまでの分及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五七年六月二四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否1 請求原因1の事実は認める。
2(一) 同2(一)の事実中、被告が昭和三五年ころから昭和五七年までの間、
その販売する甘納豆の包装にイ号標章を使用し、かつこれを使用した甘納豆を販売したことは認め、その余は否認する。
被告は、昭和五八年以降その販売する甘納豆の包装にイ号標章を使用しておらず、したがつてこれを使用した甘納豆を販売していないものであり、また今後右の使用、販売をする意思もない。
(二) 同2(二)の主張は争う。
イ号標章は、自他商品を識別する商標として使用されているものではなく、包装容器の内容たる甘納豆の品質を表示する標章として使用されているものである。すなわち、イ号標章が使用された甘納豆の包装の表示の一例は別紙(五)の(1)及び(2)のとおりであるが、@ 被告の主観的意図の点からみると、被告は、イ号標章が使用された包装の内容たる小豆や青豆を原料とする各甘納豆が半乾燥仕上のものであつて、水分を多く含み、砂糖が融けるか融けないかの限界状態で仕上げられているところから、このような品質のものであることを的確に表現する言葉として、「雪がとけかけて雨まじりに降るもの。氷雨」の意味を有し、かつ和菓子においては同様の性質を有すると思われるものの名称として多用されている「みぞれ」なる語を選び出し、これを右甘納豆の名称とし包装上にイ号標章として表示したものである。A イ号標章が使用されている客観的態様の点からみると、イ号標章は別紙(六)の(1)及び(2)のような方式で表示された、「大納言」、「うぐいす」及び「くり」の標章と同じく、甘納豆の包装の上面の「甘納豆」なる標章の右肩に位置し、「甘納豆」なる語を形容し限定する形で使用されており、これは小豆、青豆又はくりを原料とする半乾燥仕上の甘納豆を指称しているものである。B 実際の取引の場面を考えてみると、イ号標章は、「大納言」、「うぐいす」、
「くり」の標章と同様の表示の形式をとつているので、一般顧客からみて小豆、青豆、又はくりを原料とする甘納豆であると認識されるのと同様に半乾燥仕上の甘納豆であると認識されるものである。C 別紙(五)の(1)及び(2)に表示されている各標章のうち、被告の商標として使用されていたものはイ号標章ではなく、
別紙(三)及び別紙(四)の各標章である。
3 同3の冒頭部分の主張は争う。
(一)(1) 同3(一)(1)の事実は認める。
(2) 同3(一)(2)の事実は認める。
(3) 同3(一)(3)の事実中、イ号標章及び本件登録商標がいずれも「ミゾレ」の称呼を生ずることは認める。イ号標章が本件登録商標と同一又は類似の関係にあることは争う。
(二) 同3(二)の事実は認める。
4(一) 同4(一)の事実は否認する。
昭和五四年六月一八日から昭和五七年までのイ号標章を使用した甘納豆の販売による売上金額は一億六八四三万円である。
商標法38条1項の規定による損害額の推定は、商標権侵害行為によつて権利者が損害を受たことを前提とするものであるところ、本件は右前提を欠くから同規定の適用の余地はない。
(二) 同4(二)の事実は否認する。
昭和五四年六月一八日から昭和五七年までのイ号標章を使用した甘納豆の販売による売上金額は一億六八四三万円である。
原告の受けた使用料相当損害額が売上金額の三パーセントであるとの主張は争う。
三 抗弁1 商標法26条1項2号の該当事由 イ号標章が商標として使用されているものと認められるとしても、前記二2(二)のとおり、イ号標章は、この標章の使用された甘納豆が水分を多く含み、ぬれた状態を保つているとの品質、形状を普通に用いられる方法で表示するものであるから、商標法26条1項2号の規定により、本件商標権の効力は及ばない。
2 権利の濫用 原告の本訴請求は、次の、(一)又は(二)の理由により権利の濫用にあたるから、許されない。
(一)(1) 被告は、創業以来一〇〇年を経過している老舗であつて、和菓子製造業界において相当の声望を有し、かつ業績からみても業界の中堅以上に位置している。被告は、イ号標章の使用された包装を、他の包装とともに、昭和三五年ころから甘納豆に用いてきた。その結果、これらの包装が被告の商品に用いられていることは昭和四〇年ころから東京都を中心に全国的に周知となつていた。
(2) 本件商標権は、昭和四九年七月二日、権利者であるA(以下「A」という。)から原告に対し譲渡され、同年一一月一四日その旨の登録がされた。右譲渡前において、本件登録商標は専用使用権者である森永乳業株式会社(以下「森永乳業」という。)によつて指定商品の極く一部である「アイスクリーム、シヤーベツト、アイスキヤンデー」についてしか使用されなかつた。
(3) 原告は、右譲受の際、@ 被告が甘納豆の包装にイ号標章を使用していること、A 右包装は被告の商品を示すものとして全国的に周知となつているものであること、B 本件登録商標はその専用使用権者である森永乳業によつて「アイスクリーム」等についてしか使用されなかつたこと、C 従前の商標権者であるAは右@ないしBゆえに被告に対し、イ号標章の使用に関して何らの意思表示をしなかつたとの事情を知つていた。原告は、右譲受後の昭和五〇年二月ころ、被告に対し、イ号標章の使用の廃止を求めたが、自らは本件登記商標を全く使用しなかつた。
(4) したがつて、原告の本訴請求は、主観的には専ら被告に対する加害意図に出たものであるか、又は被告に対して加害の通告をなしたうえ、実施料名下若しくは損害賠償名下に金員の交付を受けようとの意図に出たものであり、客観的には本訴請求が認められることによつて被告の被る不利益とこれが認められないことによつて原告が被る不利益とを比較してみれば、前者を保護すべきであるから、権利の濫用として許されないというべきである。
(二) 商品である和菓子について「みぞれ」なる標章を使用するときは、これによつて当該商品の品質、形状が「小雪交り雨」、「氷雨」の風情を有するものであることを何人も直ちに認識し理解するものであり、また、本件のように甘納豆について右標章を使用するときは、これによつて当該甘納豆の品質、形状がぬれた状態を保つているものであることを何人も直ちに認識し理解するものである。してみれば、本件登録商標とその指定商品「菓子の類」との関係において、本件登録商標が右「菓子の類」のうち、「みぞれ」状のものに使用されるときは、単に商品の品質、形状を表示するものであるにすぎず、また、それ以外のものに対して使用されるときは当該商品の品質、形状について誤認を生ぜしめるおそれがある。
そうすると、本件商標権は、その指定商品「菓子の類」については、商標法19条2項4条1項16号の規定に違反して更新登録されたものであり、同法48条1項1号の規定によりその更新登録は無効とされるべきところ、被告は右と同一の理由により昭和五八年六月一日特許庁に対して本件商標権につき更新登録無効審判請求をした。
したがつて、本件商標権についての更新登録は、早晩無効とされることは明らかであるから、かかる無効原因を包含する本件商標権に基づいて本訴請求を行うことは権利の濫用であつて許されないというべきである。
3 消滅時効(一) 原告は、昭和五〇年二月以降本訴提起までの間、加害者及び損害を知りながら、損害賠償請求権を行使しないまま経過したものであるから、本訴提起のなされた昭和五七年六月一八日から遡つて三年より前の昭和五四年六月一八日以前の損害に対応する請求権はすでに時効により消滅したものである。
(二) 被告は、右時効を援用する。
四 抗弁に対する認否1 抗弁1の事実は否認する。
イ号標章は、専ら自他商品を識別するために使用されているものであるから、商標法26条1項2号の規定の適用はないというべきである。すなわち、「みぞれ」の語は特定の品質、形状を表示しているものではなく、特に水分を多く含んでいる場合に「みぞれ」と称される例はない。また、イ号標章が使用された被告の商品が具体的に「みぞれ」すなわち小雪交じりの雨を思わせる外観、形状も備えていない。被告がイ号標章を使用した理由は、水分が多いことを表示するためではなく、
「みぞれ」の言葉が被告の屋号である雪華堂と相通じ、「みぞれ」が雪を連想させ、それが被告の商品であることを表示するに適していることによるものである。
2 同2の冒頭部分の主張は争う。
(一)(1) 同2(一)(1)の事実中、被告がイ号標章の使用された包装を昭和三五年ころから、甘納豆に用いてきたことは認める。イ号標章の使用された包装が被告の商品に用いられていることが全国的に周知となつていたことは否認する。
その余は知らない。
(2) 同2(一)(2)の事実中、本件商標権が商標権者であるAから原告に対し譲渡され、昭和四九年一一月一四日その旨の登録がなされたこと及び本件登録商標が専用使用権者である森永乳業によつて指定商品の一部である「アイスクリーム、シヤーベツト、アイスキヤンデー」について使用されたことは認める。その余は否認する。
(3) 同2(一)(3)の事実中、原告が昭和五〇年二月ころ、被告に対し、イ号標章の使用の廃止を求めたことは認める。その余は否認する。
(4) 同2(一)(4)の事実は否認する。
(二) 同2(二)の事実中、本件商標権が更新登録されたこと及び被告がその主張する理由により昭和五八年六月一日特許庁に対して本件商標権につき更新登録無効審判請求をしたことは認める。その余は否認する。
3 同3(一)の事実中、本訴提起の時期が昭和五七年六月一八日であることは認め、その余は否認する。
被告は、特許庁に対してイ号標章に本件商標権の効力が及ばないとの判定請求をし、昭和五六年六月三〇日右請求に対する判定がされた。原告としては、右判定がされるまで本件商標権の侵害を受けたことを理由に損害賠償の請求をすべきか否か判断できず、右判定によりはじめて損害賠償の請求ができるようになつたのであるから、右期日まで時効の進行は開始しないというべきである。
証拠(省略)
理 由一 原告が本件商標権についての商標権者であること及び昭和三五年ころから昭和五七年までの間に限定すれば、被告がその販売する甘納豆の包装にイ号標章を使用し、かつこれを使用した甘納豆を販売したことは、いずれも当事者間に争いがない。
二 被告は、イ号標章は品質表示として使用されているものにすぎず、商標としての使用に当らないから、商標権侵害の問題を生じないと主張するので、この点について検討する。
商標法2条1項は、業として商品を生産し加工し証明し又は譲渡する者がその商品について使用する標章をもつて同法にいう商標であると定義しているが、ある標章が商標といえるためには少なくとも、社会通念上商品の個性の標識と認めるに値するものであることを要するものと考えられる。しかし、それが具体的に商品のいかなる個性を表彰する標識であるかは問うところではなく、商品の出所に限らず、
その普通名称、品質、効能、使用方法その他当該商品における何らかの個性の識別に機能するものと認められる限り、全て商標法にいう商標に該当するものと解するを相当とする。したがつて、商品について使用された文字が当該商品の品質を表示するためのものであるとしても、それはまさに右商品の個性の標識にほかならないから、右文字が商標ないし商標の構成部分であることを否定する理由とはなし難い。
被告は、自他商品の識別力をもつて商標の成立要件とする見解に立つてその主張をするが、商標法は、2条において「商標」につき自他商品識別機能の面からする限定を付しておらず、3条において、商標登録の実体的要件のひとつとして「自他商品の識別力のない商標でないこと」を掲げ、26条として第三者の「商標」に対して商標権の効力の及ぶ範囲を制限する規定を置いていることからすれば、当該商標が客観的に出所表示機能を有するものとして使用されているか否かによつて商標としての使用にあたるか否かの判断がなされるべきものとは解されない。
よつて、被告の主張は理由がない。
三 次に、イ号標章が本件登録商標と同一又は類似であるか否かについて検討する。
本件登録商標が筆字体横書にて平仮名「みぞれ」から成つていること、イ号標章が筆字体縦書にて平仮名「みぞれ」から成つていること並びにイ号標章及び本件登録商標がいずれも「ミゾレ」の称呼を生ずることは、いずれも当事者間に争いがなく、いずれも成立に争いのない乙第二号証の一ないし三に弁論の全趣旨を総合すると、「みぞれ」の語が「雪がとけかけて雨まじりに降るもの。氷雨」を観念せしめることが認められる。
そこでイ号標章と本件登録商標とを対比検討するに、両者は、いずれも「ミゾレ」なる称呼において共通し、また、「雪がとけかけて雨まじりに降るもの。氷雨」を観念せしめる点において共通し、さらに、横書と縦書の点で異なるとはいえ、筆字体の平仮名「みぞれ」を表示している点で外観において類似していることが明らかであるから、結局、イ号標章は、本件登録商標に類似するものということができる。
商品の同一性 イ号標章が使用された商品が甘納豆であり、甘納豆は本件登録商標の指定商品「菓子の類」に該当することは当事者間に争いがない。
五 被告は、抗弁1として、商標法26条1項2号の規定により、イ号標章には本件商標権の効力は及ばないと主張するので、この点について検討する。
前記一の争いのない事実、前記乙第二号証の一ないし三、いずれも成立に争いのない甲第一、第二号証、第五号証の一ないし三、乙第一号証の一ないし四、第三、
第四号証の各一、二、第六号証、第一三ないし第一六号証の各一ないし三、第二七、第二八号証の各一ないし三、いずれも原告本人尋問の結果により成立の認められる甲第二五ないし第二八号証、いずれも被告本人尋問の結果により成立の認められる乙第一七、第一八号証、被告主張の物品及び写真であることに争いのない乙第二五号証の一、いずれも被告主張の物品であることに争いのない乙第二五号証の二ないし四、検乙第一号証の一、二、第二ないし第四号証、撮影対象については争いがなく、原告本人尋問の結果により原告主張の時期に撮影された写真であると認められる甲第九号証の一ないし七、証人B及び同Cの各証言(一部)並びに原告本人及び被告会社代表者(一部)の各尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 「みぞれ」の用語について 「みぞれ」の語は、「雪がとけかけて雨まじりに降るもの。氷雨」の観念を生ぜしめるものである。菓子類において、削り氷に蜜をかけたものを「みぞれ」と称するほか、みぞれようかん、みぞれおこし等に「みぞれ」の語が用いられている。みぞれようかんは、さわやかな水色の中に、半透明の道明寺種が散在して小雪まじりの雨を思わせるところから右のように名付けられたものであり、みぞれおこしもその外観が小雪まじりの雨を思わせるような状態になつていることから右のように名付けられたものである。「みぞれ」の語は、菓子類のほかにもみぞれあえ、みぞれがま、みぞれ酒等に使用されている。
(二) イ号標章の使用態様等 被告は、昭和二七年三月二〇日菓子食品の製造業等を目的として設立された有限会社であるところ、昭和二二、三年ころの、被告の前身の個人営業の時代から、水分二五パーセントの通常の甘納豆を製造、販売していたが、昭和三五年ころから、
製品を乾燥仕上せずにぬれた状態を保つている、水分三五パーセントの半乾き甘納豆に徐々に切り換えていつた。そして、被告は、この半乾き甘納豆が従前のものと比べて水分を多く含み砂糖が融けるか融けないかの限界状態で仕上げられていることと、被告の商号「雪華堂」の雪を思わせることから、それにちなんで右新商品にイ号標章を使用することにした。
イ号標章が使用された包装は、外表面に和紙製の繊維を貼り合わせたボール紙製で、甘納豆の原料が大納言小豆の場合には別紙(五)の(1)のように、表面においては、左上寄り部分に筆字体縦書にて「甘納豆」の文字が表示され、その右肩部分にイ号標章が表示され、中央部分に別紙(四)の標章が表示され、右下部分に円形模様の中に活字体白抜き横書にて「大納言」の文字が表示され、裏面においては、別紙(五)の(2)のように左下寄り部分に別紙(三)の標章が表示されていた。右のうち、別紙(四)の標章は、被告の商号である「雪華堂」の雪を表わしたもので、当初は使用されていなかつたが、昭和五〇年に被告が原告から本件登録商標に抵触することを理由にイ号標章の使用を中止するよう催告されてから考案し使用されるようになつたものである。なお、甘納豆の原料が青豆の場合には、右の「大納言」の文字に代えて、「うぐいす」の文字が使用された。
通常の甘納豆に比較して水分の多い半乾き甘納豆にイ号標章と同じく「みぞれ」の標章を使用している例はほとんどなく、被告の同業者の中でも、例えば花園万頭は「ぬれ甘なつと」という標章(商標登録済)を、花川本舗は「志ぐれ」という標章を使用している。そして、イ号標章は、被告の同業者や顧客から同標章を用いた甘納豆の出所が被告であることを示すものとして認識されていた。
以上の事実が認められる。
いずれも証人B及び同Cの各証言並びに被告会社代表者尋問の結果によつて成立の認められる乙第一二号証の一ないし三三、第二六号証の一ないし六〇、右各証言及び右尋問の結果のうち、右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定事実によると、イ号標章は、半乾き甘納豆の、水分を多く含み、ぬれた状態を保つているとの品質、形状を幾分暗示させないでもないが、半乾き甘納豆に「みぞれ」なる標章を使用することが一般的でないうえ、イ号標章の位置、態様、
被告の商号との対比、さらには同業者や顧客の認識からすると、イ号標章は、被告の製造、販売にかかる半乾き甘納豆を表彰するとともに、これにより他人の同種商品と区別する作用をも有していることは明らかであつて、自他商品の識別機能を有するものということができ、被告が主張するように甘納豆の品質、形状を普通に用いられる方法で表示する商標とは認め難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
よつて、被告の主張は理由がない。
六 次に、抗弁2の権利濫用の主張について判断する。
1 はじめに、抗弁2(一)の理由による権利濫用の主張を検討する。
被告が、イ号標章の使用された包装を昭和三五年ころから甘納豆に用いてきたこと、本件商標権が商標権者であるAから原告に譲渡され、昭和四九年一一月一四日その旨の登録がなされたこと、本件登録商標が専用使用権者である森永乳業によつて指定商品の一部である「アイスクリーム、シヤーベツト、アイスキヤンデー」について使用されたこと及び原告が昭和五〇年二月ころ被告に対し、イ号標章の使用の廃止を求めたことは、いずれも当事者間に争いがない。
右争いのない事実に、前記五(二)の認定事実、前記甲第一、第二号証、第五号証の一ないし三、第九号証の一ないし七、乙第六号証、検乙号各証、いずれも成立に争いのない甲第三、第四号証、第一三号証の一三、一四、第一四、第一五号証、
乙第七号証の一ないし四、第一一号証の一ないし九、いずれも官署作成部分の成立に争いがなく、その余の部分については原告本人尋問の結果によつて成立の認められる甲第一八ないし第二〇号証、いずれも原告本人尋問の結果により成立の認められる甲第一〇号証、第一三号証の三ないし一二、第二一ないし第二三号証(第二一号証については原本の存在も認められる。)、いずれも被告会社代表者尋問の結果により成立の認められる乙第八ないし第一〇号証の各一ないし三、原告本人尋問の結果により原告主張の物品であると認められる甲第一三号証の一、原告本人尋問の結果により原告主張の写真であると認められる甲第一三号証の二、被告会社代表者尋問の結果により被告主張の写真であると認められる乙第五号証の一、二、証人Dの証言並びに原告本人及び被告会社代表者(一部)の各尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 被告は、昭和二七年三月二〇日菓子食品の製造業等を目的として設立された有限会社であるが、その前身である個人営業としての赤坂雪華堂は、明治一〇年ころの創業で、和菓子の製造と東京都を中心とするその販売をしてきた。甘納豆については昭和二二、三年ころからその製造と東京都を中心とする販売をしたきたが、昭和三五年ころから従来の甘納豆と異なる半乾き甘納豆に徐々に切り換えられていつた。そして、被告は、この半乾き甘納豆にイ号標章を使用した。
(二) 本件商標権は、昭和三二年六月二一日に登録されたものであるが、その出願権利者であるAは、長野県上高井郡<以下略>において「山王食品」の商号でくるみようかん等の和菓子の製造、販売をしていた。Aは、本件登録商標を餅に「みぞれ餅」として使用したほか、昭和四〇年ころ、森永乳業に対し、本件商標権について@区域 全国一円、A期間 本商標権の存続期間、B使用する商品 指定商品中「アイスクリーム、シヤーベツト、アイスキヤンデー」とする専用使用権を設定した。
原告は、昭和四二年ころ、Aから、右「山王食品」の営業権を本件商標権を含めて譲受け、その後商号を「松仙堂」と改め、
表記肩書地にて和菓子を製造し、長野県内を中心に販売をしていた。原告の本件商標権の取得については昭和四九年一一月一四日付で登録がされた。
原告は、昭和五二年六月二〇日、森永乳業との間で、本件商標権について@区域 全国一円、A使用する商品 指定商品中「氷菓」、B対価 一か年二〇万円とする専用使用権設定契約を締結し、昭和五八年六月二〇日までの六年間、毎年二〇万円ずつの支払を受けていた。
原告は、本件登録商標を、昭和四七年ころまで、Aと同様に餅に「みぞれ餅」として使用してきたが、昭和五五年一〇月ころから、その製造、販売にかかる栗を原料とする甘納豆に使用するようになつた。その販売地域は、一部東京、大阪、名古屋等の大都市に及ぶが、大半は長野県内である。
(三) 原告は、昭和五〇年二月一二日ころ、被告に対し、書面で、イ号標章が本件登録商標に抵触することを理由にその使用の廃止を求めたところ、被告はこれを拒絶した。原告は、同じころ、被告以外の本件登録商標と類似の標章を使用していた二、三の菓子業者に対し、右と同一の理由によりその使用の廃止を求めたが、右の業者らはいずれも右使用をとりやめた。
被告は、昭和五一年四月二六日特許庁に対し、イ号標章には本件登録商標の効力は及ばないとの判定を求める判定請求をしたところ、特許庁は、昭和五六年六月三〇日イ号標章は本件商標権の効力の範囲に属するとの右請求を否定する判定をした。そこで、被告は、同年一一月二四日特許庁に対し、本件商標権の登録は指定商品中「甘納豆」についてこれを取消すとの審決を求める審判の請求をした。
原告は、前記の被告の請求を否定する判定がなされたのち、被告との間でイ号標章の使用の問題について話合いをし、最終的に原告から、被告に対し、イ号標章の使用の廃止並びに、いずれも原告に対する過去の損害につき一〇〇万円の金員の支払及び将来の損害につき一か月五万円の割合による金員の支払を内容とする提案がなされたが、被告はこれを拒絶した。そこで、原告は、
昭和五七年六月一八日当庁に被告に対するイ号標章の使用の差止と損害金二〇〇〇万円の支払等を求める本訴を提起した。
その後、被告は、原告の本訴請求を全面的に争う一方で、徐々にイ号標章を使用した包装を右使用のない包装に切換え、昭和五七年をもつてイ号標章の使用を中止した。
以上の事実が認められる。
被告会社代表者尋問の結果のうち、右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定事実によると、原告が本件において支払を求める損害金の額が後記当裁判所の認定額に比して過大な嫌いがあるとはいえ、イ号標章が使用された経過、原告と本件商標権とのかかわり及び原、被告間の本訴提起に至るまでの紛争の経過等の事情からみて、主観面、客観面のいずれよりするも本訴請求が被告の抗弁2(一)のごとき権利の濫用であるとは認め難く、他に右権利濫用の主張を肯定することとなるべき事実を認めるに足りる証拠はない。
よつて、被告の右の権利濫用の主張は理由がない。
2 次に、原告のなした本件商標権の更新登録は、商標法19条2項4条1項16号の規定に違反し無効とされるべきものであるから、本件商標権に基づく原告の本訴請求は、権利の濫用であつて許されないとの主張を検討する。
本件登録商標が平仮名「みぞれ」から成ることは、当事者間に争いがなく、前記五(一)の認定事実によると、「みぞれ」の語は、「雪がとけかけて雨まじりに降るもの。氷雨」との観念を生ぜしめるものであり、菓子類において、みぞれようかん、みぞれおこしの例にみられるように、その風情ということでその商品の外観
性状を幾分連想させないでもない。しかしながら、一般に商標がその商品の外観
性状を幾分連想させることはそう稀なことではなく、成立に争いのない甲第一六号証の一ないし三四によれば、本件登録商標以外にも「氷雨」、「氷紋」、「じゆひよう」、「白雲」、「初露」、「露」、「月光」等の例にみられるように、自然の風情を表わす語が商標として登録されていることが認められ、これらの商標もその指定商品外観、性状を幾分連想させるものであることは否定できないところである。そこで、商標法4条1項16号の規定をみるに、同規定は、一般需要者が商品の品質の誤認を生ずることを防ぐために設けられたものであり、一定の商標がその外観称呼観念等から判断して、その指定商品について、その商品が現実に有する品質と異なるものであるかのように一般需要者をして誤認させるおそれがあるか否かがその該当性の判断基準となるべきであるが、同規定に該当するといえるためには、当該商標が商品の性質につき具体的な一定の観念を生ぜしめるものであることを要すると解すべきである。これを本件についてみれば、本件登録商標は前記のごとく、商品の外観、性状等を幾分連想させるとはいえ、一般需要者に商品の性質につき具体的な一定の観念を生ぜしめるとまでは認め難いから、同規定にいう「商品の品質の誤認を生ずるおそれがある商標」に該当しないといわざるをえない。
よつて、被告の右権利濫用の主張も理由がない。
差止請求に関し、被告は、昭和五八年以降はイ号標章を使用しておらず、また今後使用する意思もないと主張するので、この点について検討する。
前記六1(三)に認定のとおり、被告が昭和五七年をもつてイ号標章の使用を中止したことは明らかである。
しかしながら、既に認定の、被告がイ号標章の使用を中止するに至つた経緯に弁論の全趣旨を総合すれば、被告は今後なおその製造、販売する「甘納豆」につきイ号標章を使用するおそれがあると認めるのが相当であり、被告会社代表者尋問の結果のうち、右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
したがつて、被告は、原告に対し、被告の販売する甘納豆の包装にイ号標章を使用し、又はこれを使用した甘納豆を販売してはならないとの不作為義務を負うということができる。
八 商標法は、商標権の侵害があつた場合、侵害者に過失があつたものと推定し、
また商標権者は少なくとも通常使用権使用料相当額の損害賠償を請求できるものとしているから、損害についての判断をひとまず措き消滅時効の主張を検討する。
被告が昭和三五年ころから昭和五七年まで本件商標権に対する侵害行為を継続したこと及び原告が右侵害の事実を知つて昭和五二年二月一二日ころ、被告に対し、
イ号標章の使用の廃止を求めたことは既に前記六1に認定のとおりであるから、原告は、右イ号標章の使用の廃止を求めた昭和五二年二月一二日ころに損害及び加害者を知つたものと認められる。イ号標章に本件登録商標権の効力が及ばないとの判定請求に対する特許庁の判定があるまで時効の進行は開始しない旨の原告の主張は理由がない。
そして、民法724条により右侵害行為すなわち不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間は三年であるところ、原告が右請求権の行使として本訴を提起したのが昭和五七年六月一八日であることは本件記録上明らかであるから、昭和五四年六月一八日以前に発生した損害の賠償請求権は既に時効により消滅しているものというべきである。
九 前記のとおり、被告による本件商標権の侵害行為があつたと認められる以上、
右の侵害の行為につき過失があつたものと推定されるところ、被告による無過失の主張立証はないから、原告の損害の額について判断する。
原告は、第一次的に、商標法38条1項の規定により、被告がその侵害行為によつて得た純利益の額が原告の損害と推定されることとなると主張する。しかしながら、商標法の右規定が、商標権又は専用使用権の侵害に対する損害の賠償の請求をいわゆる一般の不法行為に対する損害の賠償の請求として捉えていることはその規定の体裁上明らかであり、不法行為により被つた損害の賠償を請求するについては、権利者において損害の発生を主張、立証すべきことはいうまでもない。したがつて、右規定は、商標権又は専用使用権に対する侵害行為によつて商標権者又は専用使用権者が被つた営業上の損害の額の立証が困難であることに鑑み、これを救済することを目的とし、権利者が被つた損害の額を推定するにとどまり、侵害者が侵害行為により受けた利益額と同額の損害を権利者において被つたとまで推定するものではない。権利者が、右規定の適用を受けるためには、自ら、業として登録商標を使用しており、かつその商標権等に対する侵害行為によつて現に営業上の損害を被つたことを主張立証する必要がある。
そこで、これを本件についてみるに、原告が右にいう営業上の損害を被つたことを認めるに十分な証拠はなく、かえつて、前記六1に認定のように、原告がその製造、販売にかかる甘納豆に本件登録商標を使用するようになつたのは昭和五五年一〇月ころであること、及びイ号標章が使用された被告製品「甘納豆」の販売先が東京都中心であるのに対し、原告製品「甘納豆」の販売先は大半が長野県内であることから商標の類似に起因する右両製品の誤認混同を生ずるようなことはなかつたものと推認されるから、原告の右第一次的主張は採用のかぎりでない。
そうすると、原告は、侵害行為による損害の賠償として、本件登録商標に対し通常受けるべき使用料に相当する額の金員を請求しうるにとどまるものである。
そして、前記六1の認定事実によると、原告が昭和五二年六月二〇日森永乳業との間で、本件商標権について@区域 全国一円、A使用する商品 指定商品中「氷菓」、B対価一 か年二〇万円とする専用使用権設定契約を締結し、使用料として、昭和五八年六月二〇日までの六年間、毎年二〇万円ずつの支払を受けていたこと及び被告は、イ号標章を使用した包装をその使用のない包装に徐々に切換える方法により右標章の使用を中止したものであることが明らかであり、右よりすれば、
原告が前記侵害行為による損害の賠償として請求しうる、本件登録商標の使用に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額の金銭は、昭和五四年六月一九日から昭和五七年六月一八日までの三年間については一か年当り二〇万円合計六〇万円、同年六月一九日から同年一二月末日までについては一〇万円が相当であると認められる。
一〇 結論 以上の次第で、原告の本訴各請求のうち、被告に対しその販売する甘納豆につきイ号標章の使用の差止を求める請求は理由があり、損害賠償請求は、金七〇万円及び、内金六〇万円に対する、損害が発生した日よりのちで、本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五七年六月二四日から、内金一〇万円に対する、損害が発生した日よりのちである昭和五八年一月一日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法89条92条を、仮執行の宣言につき同法196条1項を各適用して、主文のとおり判決する。
裁判官 秋元隆男
裁判官 佐藤道雄
裁判官 岡田信