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関連審決 審判1977-7208
関連ワード 識別力 /  出所表示機能 /  識別機能 /  指定商品 /  普通名称(3条1項1号) /  混同を生ずるおそれ(混同を生じるおそれ) /  類似性(類否判断) /  外観(外観類似) /  称呼(称呼類似) /  観念(観念類似) /  取引の実情 /  出所の混同 /  非類似 / 
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事件 昭和 53年 (行ケ) 209号
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裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1981/07/14
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
原告訴訟代理人は、「特許庁が、昭和五二年審判第七二〇八号事件について、昭和五三年一一月一四日にした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。
請求の原因
一 特許庁における手続の経緯 原告は別紙第一記載の登録第一二四七〇四四号商標(以下「本件商標」という。)の権利者であるが、被告が昭和五二年六月一日特許庁に対し本件商標の登録無効の審判を請求したところ、同庁昭和五二年審判第七二〇八号事件として審理され、昭和五三年一一月一四日、本件商標の登録は指定商品中「印刷物」についてこれを無効とする旨の審決があり、その謄本は同月二七日原告に送達された。
二 審決の理由の要旨 本件商標は、「印相学の総本家」の文字を横書きしてなるものであるが、構成前半の「印相学」の文字は、「印鑑に表われる運勢、即ち印鑑の相を研究する学問」の如き意味合いの語として、しばしば用いられるものであり、同じく後半の「総本家」の文字は「おおもとの本家(家元)」を意味するものである。そして本件商標は、これらを助詞の「の」で連結したものであって、全体として「印相学についてのおおもとの本家(家元)」の意味合いを看取せしめるものといわなければならない。一方、別紙第二記載の登録第四二六五二四号商標(以下「引用商標」という。)は「印相学宗家」の文字を縦書きしてなるものであるが、構成中後半の「宗家」の文字は「本家・家元」と同様の意味の語であるから、全体としてこれより「印相学についての本家(家元)」の意味合いを看取せしめるものである。この両商標の意味合いの差異は、本件商標中の「総」の文字に相応する「おおもと」の意味を有するか否かの違いにすぎない。そして、極めて厳格な意味においては前記の差異がある両者の間に技芸、学問の分野における本家・家元としての格式の差を見出す場合がありうるとしても、一般社会における商取引の実際にあつては、かかる特殊な分野における格式・習慣などが正確に理解されたうえで、それぞれの商標を完全に把握するものとは認め難く、時と所を異にして両商標を観察するときは、
「総」(おおもと)の文字、観念の有無にかかわりなく、いずれも「印相学についての本家(家元)」なる意味のものとして同様に理解される場合も決して少なくないものとみるのが相当である。
してみれば、両商標は「印相学についての本家(家元)」の観念において互に紛らわしい類似の商標と認められる。
次に両商標の指定商品の類否についてみるに、本件商標の指定商品中「印刷物」と引用商標の指定商品とは同一もしくは類似の商品と認められるが、本件商標の指定商品中「印刷物」以外の商品と引用商標の指定商品とはその用途、性格、流通経路等を異にする非類似の商品と認めるのが相当であるから、結局本件商標の登録は、その指定商品中「印刷物」について商標法第4条第1項第11号に違反してされたものである。
したがって、本件商標は、その指定商品中「印刷物」について、商標法第46条第1項第1号の規定によりその登録を無効とすべきものである。
三 審決を取消すべき事由 本件審決は、次の二点において認定判断を誤り、その結果、本件商標の登録を指定商品中「印刷物」について無効としたものであって、違法として取消されるべきものである。
(1) 審決は、本件商標と引用商標とを対比するに当り、単にその観念のみを比較して、両商標は類似であると判断したが、これは誤りである。
商標の類否については、一般に外観称呼観念の三点から観察し、そのいずれかにおいて誤認混同のおそれがあると認められる場合には、当該両商標は類似するものと解されているが、これは経験則または取引の実際に照らし、商標は通常外観称呼観念の三点において出所表示機能を有するところから、商標の誤認混同は右三点のいずれかにおいて生ずるからにほかならない。しかし、ある種の登録商標にあつては、経験則または取引の実際上、その字義から生じる観念自体に出所表示機能があるとは認められない場合があり、そのような商標に関しては、観念の類否は商標の類否の判断基準とはなしえないと解すべきである。そこで、本件商標及び引用商標の指定商品である「印刷物」、特に新聞、雑誌等の定期刊行物における取引の実情をみると、商標=題号の観念によつて商品を識別し、その出所を認識するということはほとんどなく、自他商品の識別に関し題号の観念自体は一般取引におけるような重要さを有しないといつてよい。わが国において現に発行されている雑誌の題号をみると、観念において極めて近似している題号が相当多数組存在しているが、この事実は、雑誌の発行者にとつて題号の観念自体はその独自性なり自他識別力のメルクマールとしてそれほど重要なものとは認識されておらず、むしろ題号の外観及び称呼、特に前者による識別機能が大いに期待されていることを示すものであり、また取引者、需要者においても、取引市場に流通している雑誌を識別するには専ら題号の外観及び称呼に重きをおいている証左である。したがつて、新聞、雑誌等の印刷物に付する商標に関しては、商標の観念そのものは自他商品の識別力ならびに商品の出所表示力を欠いており、商品の識別は専ら商標=題号の外観称呼によるのが取引の実情であつて、対比される両商標=題号が観念において類似していても、外観称呼において相違する限り、商品の出所について誤認混同を生ずるおそれはないというべきである。
しかるに審決は、印刷物殊に新聞、雑誌等に関する右取引の実情を無視し、指定商品を印刷物とする本件商標及び引用商標を対比するについて、外観及び称呼の類否については何ら考慮をはらうことなく、観念の類似のみを理由に両商標を類似と判断したものであるから、その類否判断を誤つた違法があるといわなければならない。
(2) 本件商標と引用商標とは、観念において類似しないものである。
右の両商標に共通している構成前半の「印相学」の文字が、「印鑑に表われる運勢、即ち印鑑の相を研究する学問」という意味合いの語として用いられるものであることは、審決の説くとおりであり、また、引用商標の構成後半の「宗家」が「家元」の意味を有し、したがつて、「印相学宗家」という全体として「印相学についての家元」の意味合いを看取させることも審決の説くとおりである。右「宗家」とは、単なる血縁関係に由来する「本家」とは異り、むしろ学問、技芸の道において一流一派の正統を伝えて来た家=家元という観念を一般世人に生ぜしめるものであり、そのような意味の語として一般に用いられているものである。これに対し、本件商標の構成後半の「総本家」という語には、本来学問、技芸の道における一流一派の「家元」という観念は存しない。それは、専ら血縁関係の枠内において用いられ、多くの分家が複数代にわたつて分かれ出たおおもとの本家(各本家の本家)を意味するにすぎず、また、稀に血縁関係を離れて比喩的に用いることがあるとしても、それはせいぜい多くのもの(流派、支店、関連会社等)の総括者という観念を生ぜしめるにすぎない。本件商標もまたこのような比喩的な用法の場合に他ならず、この点に本件商標の意外性、独創性が存するのである。
しかるに審決は、「本家」と「家元」という語を安易に混同し、「宗家」という語と「総本家」という語との間に存する前記観念の差異を看過して、本件商標については「印相学についてのおおもとの本家(家元)」の意味を有するものとし、引用商標については「印相学についての本家(家元)」の意味を有するものとして、
両者の観念上の差異は「おおもと」の意味を有するか否かにすぎないとしたのであつて、これは両商標の類否に関する認定判断を誤つたものといわなければならない。そればかりでなく、前段主張のように、新聞、雑誌等の「印刷物」を指定商品とする商標=題号については、その観念自体は一般取引におけるような重要性を有しえないものであることを斟酌すれば、本件商標と引用商標との観念の対比観察は比較的緩やかに解しても、商品の出所の混同を生ずるおそれはないものというべく、この点からみても、本件商標と引用商標とは観念非類似とすべきものである。
いずれにせよ、本件商標と引用商標とは、
「印相学についての本家(家元)」の観念において互いに粉らわしい類似の商標であるとした審決の認定判断は誤りといわざるをえない。
被告の答弁
一 請求の原因一、二の事実は認めるが、同三の審決を取消すべき事由は否認する。
二 本件商標と引用商標とが観念において類似するとした審決の判断は正当である。
第一に、原告主張のように、新聞、雑誌等の定期刊行物については、取引の実情からみて、その内容を直接表示するようなもの又はその内容の関係部門を意味するような語が商標として用いられている場合があり、こうした商標については観念上の出所表示機能を否定してよい場合があるかもしれない。しかし、本件商標及び引用商標が新聞・雑誌等の印刷物について用いられたとしても、そのような場合に該らないことは明らかである。本件商標及び引用商標の構成中「印相学」の部分は、
一般に慣用された普通名称ではなく、被告の祖父Aの造語であつて、その後独占的に被告に承継されて来たものであるから、出所表示機能は極めて顕著なものがあり、また「総本家」及び「宗家」の部分は特定の営業主体を意味するものであるから、いずれにしても本件商標及び引用商標は印刷物の内容を直接表示したり、内容の関係部門を意味したりするようなものではない。殊に、指定商品が同一又は類似のものである先登録の商標「印相学」(登録第五五〇一二五号商標)が存在するにかかわらず、本件商標が独立して登録されたという事情からみると、本件商標は「印相学の総本家」として一連かつ一体不可分に称呼観念すべきものであるから、なおさらそうである。これを要するに、印刷物については、商標の観念の類否は商標の類否判断の基準となしえない旨の原告の主張は誤りといわざるをえない。
第二に、本件商標と引用商標とは観念において類似するものであること、審決の説くとおりである。両者の構成上の相違は「総本家」と「宗家」の部分にあるが、
「本家」と「宗家」とは家元的な意味で本来同義語とされているのであるから、両者が観念類似の商標であることは当然である。
証拠関係(省略)
理 由一 請求の原因一、二の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、本件審決を取消すべき原告主張のような違法事由があるか否かについて検討する。
(1) 商標の類似とは、一般に、商品の識別標識として使用される商標が、取引上の経験則又は取引の実情に照らして、外観称呼観念のいずれか一つ以上の要素において相紛らわしく、同一又は類似の商品に用いられた場合に、取引者又は一般需要者によつて商品の出所が互いに混同される程度に相紛らわしいことをいうものである。しかし、実際取引の場における特殊な事情から、商標の類否判断の基準とされる右三要素のうち、一要素において相紛らわしいものがあつても、他の要素において相異るときは、商品の出所の混同を生じないとされる場合もありうると考えられる。
原告は、新聞、雑誌等の定期刊行物(印刷物)にいわゆる題号として用いられる商標に関しては、取引の実情からみて、当該商標から生ずる観念そのものは自他商品の識別力即ち商品の出所表示機能を欠き、したがつて、そのような刊行物(印刷物)に関しては、付せられる商標の観念の類否は、商標の類否判断の基準とはなしえない旨主張する。そして、真正に成立したことに争いのない甲第一七号証の一ないし一三、第一八号証の一ないし一三、第一九号証の一ないし四、第二〇号証の一ないし四、第二一号証の一ないし五、第二二号証の一ないし五に弁論の全趣旨を合わせて考えると、新聞、雑誌等の定期刊行物に関し、例示すれば、「アルバイトニユース」と「アルバイト情報」、「エコノミスト」と「経済人」、「株式ウイークリー」と「週刊株式」、「航空ジヤーナル」と「航空情報」、「デパート通信」と「デパートニユース」、「日曜漫画」と「漫画サンデー」、「暮しの百科」と「暮しの全科」等、観念において相紛らわしい商標が登録されて併存していることが明らかである。しかし、これらはいずれも、新聞、雑誌等定期刊行物の題号として用いられた場合、その題号としての商標の観念自体が包括的にその刊行物の内容を表示していて、題号自体でその内容を自ら推知できる底のもの、換言すれば、商標から感得される観念がその付せられた商品自体の観念を表示するような場合であつて、かような場合には、現在の多様を極めた情報化社会にあつて、観念類似の故に一の商標の独占を許すことは不合理とみられるため、併存が許されているにほかならない。また、新聞、雑誌等定期刊行物の題号として用いられる前記の底の商標については、取引者、需要者においてその観念のみで商品を識別することなく、外観及び称呼に注意を用いて商品を識別し、観念において相紛れるおそれがあつても出所の混同を来すことはないのが取引の実情であるといえよう。したがつて、このような場合においては、取引の実情からみて、商標の観念は商品の識別機能において十分でなく、観念の対比のみで商標の類否を判断することは不当といわざるをえないであろう。しかし、この理を商品印刷物一般の場合に、しかもすべての商標に拡大推及して、印刷物に付せられる商標の類否判断に際しては、商標の観念の対比のみで結論することは不当であり、他の二要素についても検討しなければならないという命題を是認すべき証拠資料は本件に現れていないし、経験則上もむしろ消極に解さざるをえないところである。
そして、本件商標及び引用商標は、「印相学の総本家」及び「印相学宗家」というものであつて、指定商品である印刷物の題号として用いられた場合においても、
題号自体でその内容を自ら推知できる底のものでないことは明らかである。したがつて、本件商標及び引用商標につき、観念の対比をもつて両商標の類否判断を行つた本件審決に、原告主張(1)のような過誤はないといわなければならない。
(2) 次に、本件商標と引用商標の観念の類否について検討する。
本件商標及び引用商標の各構成は前に認定したとおりであるが、両者に共通する「印相学」の字義については、原本の存在及び成立に争いのない甲第一〇、第一一号証、第一二号証の一ないし五、第一三号証の一ないし六、第一四号証の一ないし一〇、成立に争いのない甲第二三号証の一ないし三を総合して考えると、一般に、
「印章の吉凶相を研究する学問」の意味に用いられている語であると解するのが相当であり、一方、成立に争いのない甲第二四号証の一ないし四、乙第一、第八号証を総合すると、本件商標中の「総本家」とは、「多くの分家が分かれ出たもとの家」すなわち「おおもとの本家」を意味するが、なおまた、「本家」については「本宗たる家筋」として「いえもと」を意味する語として用いられることがあり、
引用商標中の「宗家」の語は、「芸道でその流祖の正統を伝えてきた家」、「宗主たる家」として、「家元」、「本家」の意味で用いられていることを認めることができる。
してみると、本件商標「印相学の総本家」は、全体として、「印相学についてのおおもとの本家(家元)」という観念を生ずるものであり、引用商標「印相学宗家」もまた、「印相学についての家元(本家)」という意味を感得させるものであつて、両者の観念上の相違は、本件商標中の「総」の文字に相応する「おおもと」の意味があるか否かにすぎないことになる、といわなければならない。そして、一般商取引の実際において、時と所を異にして両商標を観念上比較したとき、本件商標中の「総」の文字に相応する「おおもと」の意味合いが特に印象強く取引者、需要者に訴える要素があるとは認め難く、むしろ本件商標及び引用商標については「家元」「本家」の観念が印象強く訴えるところがあるとみるのが相当であるから、両商標ともに「印相学についての本家(家元)」という観念において混同されるおそれが大きいといわなければならない。したがつて、本件商標と引用商標とは、「印相学についての本家(家元)」の観念において相紛らわしい類似の商標と認めるのが相当である。
(3) 以上のとおりであるから、本件商標と引用商標とは観念において類似するものとして、本件商標の登録をその指定商品中「印刷物」について無効とした本件審決に、原告主張のような違法はない。
三 よつて、原告の本訴請求を理由なしとして棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判官 石澤健
裁判官 楠賢二
裁判官 杉山伸顕