関連審決 |
審判1975-7418 |
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関連ワード | 識別力 / 出所表示機能 / 識別機能 / 指定商品 / 類似性(類否判断) / 外観(外観類似) / 称呼(称呼類似) / 観念(観念類似) / 取引の実情 / 出所の混同 / 国内 / 補正 / 判定 / |
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事件 |
昭和
52年
(行ケ)
197号
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 1980/01/30 |
権利種別 | 商標権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
特許庁が昭和五〇年審判第七四一八号事件について昭和五二年六月二四日にした審決は、これを取消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
原告は、主文同旨の判決を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。 |
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請求の原因
一 訴外ドリス・ムーア・オブ・カリフオルニア・インコーポレーテツドは、昭和四四年一二月二二日別紙(一)のとおりの構成からなる商標につき、第二一類「ビーチバツクその他本類に属する商品」(その後「海浜用品用かばん類及び袋物その他本類に属する商品」と補正)を指定商品として商標登録出願した(以下この商標を「本願商標」という。)が、右出願により生じた権利は、一九七二年(昭和四七年)二月一日【A】及び【B】に譲渡され、次いで同日右両名よりライトナー・マニフアクチヤリング・コンパニーに譲渡され、さらに同年九月一四日同人より原告に譲渡された。原告は、昭和五〇年五月二一日右商標登録出願につき、拒絶査定を受けたので、同年八月二二日審判を請求し、特許庁昭和五〇年審判第七四一八号事件として審理されたが、昭和五二年六月二四日右審判の請求は成り立たない旨の審決があり、その審決の謄本は、同年七月二七日原告に送達された(なお、出訴期間として三か月が附加された。)。 二 審決の理由の要点 本願商標の構成及びその指定商品は、前項記載のとおりである。 これに対し、登録第九四六四四六号商標(以下「引用商標」という。)は、別紙(二)のとおりの構成よりなり、第二一類「装身具、ボタン類、かばん類、袋物、 宝玉及びその模造品、造花、化粧用具」を指定商品として、昭和四四年一〇月九日登録出願され、昭和四七年一月二二日設定の登録がされたものである。 本願商標は、別紙(一)のとおり、二つの、人の足跡を描いてなるものであるから、これに接する取引者、需要者は、足跡の状態に留意することなく、これを単に足跡の図形として認識し、これにより簡潔に「アシアト」の称呼をもつて取引に当たる場合も決して少なくないものとみられる。したがつて、本願商標は、「アシアト」の称呼を生ずる。他方、引用商標は、別紙(二)のとおり、人の足跡を描いてなるものであるから、これからも、「アシアト」の称呼を生ずる。 つまり、両者は、外観、観念の類否について判断するまでもなく、「アシアト」の称呼を共通にする類似の商標であり、かつ、両者の指定商品も同一であるから、 本願商標は、商標法第4条第1項第11号の規定に該当し、登録を受けることができない。 三 審決の取消事由 審決は、以下に詳述するとおり、図形商標としての本願商標の特質及び本願商標に関する取引界の実情をいずれも看過したため、本願商標と引用商標とは称呼を共通にする類似の商標であるとの誤つた判断をしたものであり、この判断は、本願商標と同一又は類似の多数の商標についてこれまで示された特許庁の基本的態度とも矛盾するものである。 1 図形商標としての本願商標の特質について(一) 図形商標のもつ一般的特質 本願商標は、図形のみからなる商標であつて、視覚を通じて商品の出所表示機能を果すものである。このような図形商標にあつては、図形の表現手段、態様などに技巧を加え、そこに固有の特徴ある性格を打ち出し、視覚を通じて消費者に対しこれを鮮烈に印象づけようとするものであり、近時盛んに行なわれるようになつた。 通常キヤラクター商標といわれるものがこれである。商標法上、キヤラクター商標とは、きわめて強力な性格又は顕著な特徴(個性)を備えた図形商標であつて、その中心をなすものは、主として戯画化、漫画化されたものであるということができる。因みに、商標公報から、キヤラクター商標中強烈な個性の表現された代表的事例を掲げると、清酒黄桜における「河童」の漫画、興和化学のコルゲンコーワにおける「蛙」の漫画、ヤンマーデイーゼルにおける「ヤンマー坊や」、シチズン時計の「シチズンのCちやん」、ソニーの「ソニー坊や」、「ビデオくん」等がある。 このように、キヤラクター商標には、強烈な個性又は特徴が存在し、看者に鮮烈な印象を与えるため、同一の概念に属する図形の商標でも互に区別され、別異のものとして認識されているのである。同じ「坊や」という概念に属する多数の商標が、登録商標とされうるのは、ヤンマーデイーゼルの「ヤンマー坊や」、「シチズン時計の「シチズンのCちやん」、ソニーの「ソニー坊や」からは、それぞれ一見してそこに紛れることのない認識が直感的に得られるからであつて、それは、漫画又は特異の図形による特徴、性格の相違、すなわち、図形に描かれたタツチの差異、図形構成の特徴がそれぞれ顕著であるからに外ならない。 現代生活は、社会の機構、制度、生活様式などを通じていよいよ複雑、多忙化しており、このような状況のもとでは、処理や理解が面倒なものやそれに時間を要するものは、不可欠なものを別として、意識的に回避し、単純化を意図する傾向にある。したがつて、読まされる活字文化が後退し、視覚を通じて一べつ直感により理解できる対象に関心が寄せられる傾向が強くなり、映像文化が著しく発達してきたのである。視覚を通じての直感意識に訴えるキヤラクター商標は、他に何の説明や解説を要しないで需要者に認識させる必要から、一目のもとに強烈な印象と、永続的記憶を与えることに重要性があり、そのために、その図形化された商標が何と称呼されるのかはさほど重要なことではないのである。 (二) 本願商標の特質 本願商標の「二つの人の足跡」は、それぞれ五本の足指をはっきり前方に伸ばし、右方の足を左方のものよりやや前方に踏み出して緊張させた二つの足を組み合わせた、サーフライデイングにおけるサーフボード上の足の構えを如実に示した図形によつて構成されているものである。後記のとおり、本願商標を付した商品の大部分は、いわゆるヤングと呼ばれる世代に属する若者向きのものであるが、これら若者において、本願商標に接した場合に何を感得するかといえば、その殆んどは、 足跡の状態からサーフインやボードスケーテイングを直感的に想起するのである。 しかも、本願商標の表現は、極めて技巧的、象徴的、印象的なものであつて、固有の特徴であるキヤラクターを打ち出し、視覚を通じ消費者に鮮烈な印象を植えつけ、商品の出所表示の機能を遺憾なく果すものである。商標法上いわゆる特別顕著性に関していえば、本願商標は、きわめて強烈な特別顕著性を具備するものであつて、この商標を付した商品に接する顧客等は、その特異な本質的特徴の故に、その記憶、連想を通じて他と紛れることのない深い印象を持つのである。このような強烈な印象、個性こそ商標の類否を判定する最大の要素である。 2 取引界の実情について 引用商標の権利者は、商品の出所源としての事業をし、自ら同商標を「フツトマーク」と称呼しているので、引用商標の付された商品の流通機構においては、同商品が「フツトマーク」の称呼のもとに取扱われている。他方、本願商標の付された商品は、原告との契約のもとに、三共生興株式会社(本店神戸市<以下略>)が日本においては、一手にこれを取扱つているが、同会社は、右商品を、「ハンテン」又は「ハンテンマーク」の称呼のもとに販売している関係上、その系列販売網のもとにある業者もすべてこれと同一の称呼により商品を取扱つている。審決が、両商標を、「アシアト」の称呼をもつて取引に当る場合も決して少なくないとしたのは、商品の販売機構に関する限り全く事実に相違している。 また、末端小売業者より本願商標の付された商品を購入する消費者は、実態的統計によれば、若年層が大部分であることを看過してはならない。三共生興株式会社及びそのサブライセンシーによる本願商標を付した商品の総売上高は、昭和五二年度が三五億円、昭和五三年度が四五億円に達しており、しかも、若者向け衣類において、本願商標「ハンテンマーク」は、圧倒的な知名度、人気を誇つているのである。 3 特許庁における同種の登録例について 本願商標と引用商標との対比関係において、登録商標に幾つかの類似の事例(甲第一一号証、第一二号証、第一四号証、第一六号証、第一八号証、第三七号証、第三八号証の各一、二)があるが、これらはいずれも、一方が引用商標と同一の商標であり、他方が、本願商標と同一又は類似の、二つの、人の足跡を一対とする商標である。 この事実は、現実の取引において、一つの足跡の図形と対をなして現わされた二つの足跡の図形とは、たとえ両者が共に「アシアト」の称呼を生ずるとしても、図形商標の特質上出所混同の可能性を打破し、視覚を通じて明瞭に区別認識を与え、相互に紛れることなく商取引が正常円滑に維持されていることを物語るものである。 右の多数の事例において、もし「アシアト」の称呼の故に類似とされるべきものとすれば、その一方の登録出願は拒絶されてしかるべきであるのに、多数の登録例は相互に類似するとはしていないのであつて、両者が出所の混同誤認を生ずる虞れがないと判断したからにほかならず、この判断こそ正しい解釈に立脚したものである。 4 なお、本願商標は、既に詳述したとおり、引用商標と類似しないものであるが、とりわけ若年層の人々の間に周知著名であつて、引用商標と彼此混同する虞れが全くないことに鑑み、原告は、特許庁に対し、昭和五四年一〇月一二日付書面により指定商品の一部を放棄し、これを「若向きのベルト、若向きのネツクレス、若向きのペンダント、若向きのブレスレツト、若向きのワツペン、若向きのカフスボタン、若向きのレジヤー用バツグ、若向きのボストンバツグ、若向きの袋物、若向きのくし、若向きの洗面用具入れ、若向きのヘアブラツシ」と限定した。これにより、本願商標の指定商品は、原告が既にその営業分野に進出し、グツドウイルを獲得した範囲に限定されたので、取引上引用商標と類似しないことが一層明白となつた。 |
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被告の答弁
一 請求の原因一、二の事実は認める。 同三の主張は争う。審決には、原告主張の誤りはない。 二1 審決の取消事由1の主張について 原告は、本願商標や引用商標のような図形商標にあつては、外観のみが識別性を支配する決定的要因であるとし、称呼の重要性を否定するが、そもそも、思考の展開は、概念的な語又は一般的に定着した意味の語の記憶によつてされ、認識、思考の世界のものとなる。したがつて、図形商標であつても、そこから観念的な意味を生じうるものにあつては、称呼、観念(本願商標にあつては、「アシアト」、「足跡」の称呼、観念)を記憶し、これをその外観と結びつけて識別に供するのであるから、称呼による取引の重要性を否定することはできない。 本願商標は、一般に誰からも人の足跡と認識される図形を描いたものにすぎないのであつて、その構図からは、原告が主張するサーフインやボードスケーテイングなど特定の状態を看者に連想させるに足りる顕著な特徴は見出しえない。そして、 簡易迅速を尊ぶ取引にあつては、取引者、需要者は、一般に足跡の状態であるとみられるにすぎない図形からは、何人の足跡とか特殊な足跡とかといちいち詮索することなくその図形から得られる主たる印象をもつて取引に当るのが実情であり、審決が、本願商標について、取引者、需要者がこれを単に足跡の図形として認識するとしたことは当然である。 2 審決の取消事由2の主張について 本願商標及び引用商標は共に、商品区分第二一類の全商品すなわち「装身具、ボタン類、かばん類、袋物、宝玉及びその模造品、造花、化粧用具」を指定しているのであつて、これらの商品を見ただけでもその需要者が若年層に限らないことは明らかである。 3 審決の取消事由3の主張について 本願商標の構成については、前述のとおり、その指定商品を取扱う業界における取引の実情、経験に照らして「アシアト」の称呼、観念を生ずるのが自然であるから、その判断に即し本願商標と引用商標とが類似すると認定したものである。したがつて、本件と異なる他の登録例を挙げて審決の違法を主張するのは失当である。 4 原告は、本願商標の指定商品の一部を放棄することにより、これを若向きのベルト、若向きのネツクレス等と限定しているが、審決の違法性の判断の基準時は、 審決時であると解されるから、このように出訴後に指定商品の一部放棄があつたとしても、その効力は既往に遡及しないことは明らかであつて、審決の適否に影響を及ぼさない。また、本類(第二一類)に属するような商品の需要者は、必ずしも若人のみに限られず、各自の好みによつて商品を購買するのが常であるから、本願商標の指定商品を右のように限定すること自体無意味であつて、このような曖昧な表示をもつて商品を限定し、その関係において本願商標が引用商標と混同するおそれがないとすることはできない。 |
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証拠関係(省略)
理 由一 請求の原因一、二の事実は、当事者間に争いがない。 二 そこで、原告が主張する審決の取消事由の存否について判断する。 1 本願商標と引用商標とは、それぞれ別紙(一)及び(二)のとおりの構成のものであることから明らかなように、いずれも人の足跡ないし足形を描いた図形のみからなる商標であるが、引用商標が人の右足の足跡ないし足形一個のみからなるのに対し、本願商標は、人の左右の足の足跡ないし足形を別紙(一)のとおりの特定の配置態様に対応させて一対一体に構成したものである。本願商標と引用商標とのこのようなそれぞれの全体的構成に徴すると、両者は、その外観において顕著な差異が存するものであることは明らかである。 2 そこで、進んで本願商標と引用商標との称呼上の類否について判断する。 (一) まず、本願商標が取引の実情に照らし、どのように称呼されているかについて検討する。 成立に争いのない甲第一九号証ないし第二三号証、第三〇号証、第三一号証の一、二、第三二号証、第三九号証、第四〇号証、本願商標を付した商品の宣伝に関する昭和四八年四月ないし同年六月当時のテレビコマーシヤルの写真であることにつき当事者間に争いのない甲第三三号証の一ないし五、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第三五号証及び証人【C】の証言並びに弁論の全趣旨によると、 「本願商標が付された商品は、日本国内において、昭和四四年秋ころから、三共生興株式会社が、当時アメリカ合衆国において広く販売されていた本願商標を付したタオルを輸入して販売したことに始まり、その売れ行きが良好であつたことが契機となり、同会社は、昭和四五年当時の権利者とライセンス契約を結び、タオルのほかシヤツなどを日本国内で製造販売するようになり、昭和四七年以降は取扱商品も次第に増加し、同会社及び同会社とサブライセンス契約を結んだ各社が、サンダル、シユーズ、ベルト、 サスペンダー、財布、アクセサリーなどにわたつて順次販売対象を拡大するようになり、昭和四五年度七〇〇〇万円程度であつた売上高が、その後毎年数億円の割合で増加し、三共生興株式会社とそのサブライセンシーによる本願商標を付したこれら商品の総売上高は、昭和五二年度においては約三五億円に、また、昭和五三年度においては約四〇億円に達するに至つたこと、これに対応して、本願商標やこれを付した商品の宣伝も、展示会への出品、テレビや新聞、雑誌への掲載、パンフレツトの頒布などの方法によつて広く行われ、その宣伝費も年々増加し、右会社及びそのサブライセンシーの昭和五二年一〇月から昭和五三年七月までの宣伝費は、一億円を超え、昭和四五年から昭和五三年七月までの宣伝費の合計額は約三億円に達していること、このようなことから、おそくとも本件審決のされた昭和五二年六月当時においては、本願商標は、被服、装身具などの取扱業者においてはもとより、一般消費者においても相当広く知られるようになつていたこと、原告、三共生興株式会社及びそのサブライセンシーらは、本願商標又はこれを付した商品の取引及び宣伝に際しては、右商標を、「ハンテン」もしくは「ハンテンマーク」と称呼してこれを行つている関係上、これら商品を取扱う取引業者間においては、本願商標を右のように称呼し、「アシアト」とは称呼していないこと、これにならつて、これら取引業者と取引する一般需要者の多くも、これと同様の称呼をもつて取引に当つていること」が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。 (二) 次に、引用商標の称呼についてみるに、成立に争いのない甲第二五号証の一、二及び証人【C】の証言に弁論の全趣旨を総合すると、引用商標は、株式会社磯部の販売にかかる同商標の指定商品や学童用水着などに使用されているが、同社等は、引用商標を「フツトマーク」と称呼して取引に当つていることから、これら商品の取引業者もまた、同様の称呼のもとに取引していることが認められる。 (三) ところで、前(一)に掲記の各証拠及びその認定の事実によつても、本願商標に接する者が、すべて同商標を「ハンテン」又は「ハンテンマーク」と称呼するものとはにわかに断定し難いところである。そして、本願商標が前記のとおり人の足跡を描いた図形のみからなるものであるから、たまたまこれを「アシアト」と称呼しようとする者が全くないとはいえないであろうし、このことは、引用商標についても同様である。 そこで、この「アシアト」と称呼しようとする場合について、次に検討する。 「アシアト」は、極めて一般普通の語であり、本願商標の指定商品の需要者、取引者を含む一般人にとつて、人に限らず多種多様な動物が歩いた後に残る足裏の形ないし跡一般を意味し、さらに、人の場合には、各様の履物を履いたときのものも「アシアト」ということさえあることが経験則上明らかである。「アシアト」の意味内容ないし用語法が、一般にこのように広いものである以上、図形のみからなる本願商標について「アシアト」の称呼が生ずるか否かを考えるに当つては、十分本願商標の具体的構成に即し考察すべきものであり、単純に右のような広い意味内容のままの「アシアト」として考えてはならず、それは、様々な種類、態様のすべての「アシアト」を含むものと解すれば、人のアシアトも他の動物のアシアトと「アシアト」において同じということにもなり、当該商標の識別力を稀釈して、その識別機能を見誤るにいたることさえあることからも明らかである。 本来、商標の称呼は、自他商品を識別することを目的として用いるものであるから、需要者、取引者は、その商標を一面で簡易明快に称呼しようとすると同時に、 また、できる限りその特定の意味内容に相応しく適切正確に明示しようとするのが当然である。したがつて、例えば、商標が同種の図形のいくつかからなるものであるときは、その数の点にもおのずから着目し、ことに、その図形が二つとか三つとかなどあるときには、その点は至極簡単容易に表現しうることでもあるので、その旨を含めて称呼しようとすることは、極めて自然の帰すうである。その図形の具体的構成や数を無視看過し単に抽象的に表現したり、ただ上位概念的に表現したりするのは、上述の自他商品識別の目的にそわないからである。また、その商標が他面で形状についてユニークさを備えているのに、これを称呼上簡単に表現しにくいようなものであるときには、その図形の個数などを加え、右の表現しにくさから生ずる表現の不十分さを補い称呼しようとすることも、ごく自然に行われることであるのは、経験則に徴し首肯しうることである。 このように、上述の広い意味内容の称呼については、おのずとその範囲を限定し、当該商標の実体に即したものとするにいたるのは自然のことであり、その場合、右限定をするに相応しいものは、少なくとも、図形のみからなる商標にあつては、その構成及び指定商品の取引の実情であろうと考えられる。そして、その称呼の含みうる意味内容が、当該商標の具体的な構成に比して、広ければ広い程、その範囲を限定する要素は、当該商標に相応しくその出所表示機能等、本来の機能を果しうるよう、適切に考量されることになるし、それが相当なことである。換言すれば、図形のみからなる本願商標を仮に「アシアト」と称呼しようとした場合、取引の実際上も、必然的にその外観その他が需要者、取引者の認識に存して、相関的に「アシアト」の称呼を限定するものと考えられる。つまり、別紙(一)のとおりの一対一体の足跡の構成が、「アシアト」の称呼を限定してはじめて、本願商標は、 それに相応した識別力を有するにいたるものである。しかもなお、本願商標の構成は、人の裸足を、右側の足が左側の足より半足長余り前で、僅かに開いた特定の内股配置にし、かつ、各ゆびが前方に伸ばされて描出されており、極めて特異性ないし個性のあるものであつて、この特異性ないし個性の故に、自他商品についての識別力を有するものと認められる。 右のとおりであるから、本願商標から単純に「アシアト」の称呼が生ずるとして、商標の類否を決するのは、当を得ないものであり、結局、本願商標については、単純な「アシアト」の称呼は、商標の類否判断の対象とすべきではないものである。 さらにまた、これを本件の事実に即してみるに、業者たる取引者、すなわち、取引業者と需要者との間の取引においては、取引業者は本願商標を「ハンテン」もしくは「ハンテンマーク」と称呼していることや第二一類に属する商品分野において、本願商標や引用商標が併存して来ていることなど、前(一)、(二)の認定の事実に徴すると、本願商標及び引用商標が付された商品に関する取引に際しては、 その需要者、取引業者において、取引の過程でいずれの商標に関する商品の目的とするものであるかが自ずと明確に認識されているものと認められる。しかも、右取引分野以外の場合について考えてみても、なるほど、人の足跡を描いてなる標章は、商標として比較的新しいものではあるが、この種の標章は、被服、身回品その他について近時日常生活の中でしばしば見受けられるところであり、また、このような図形のみからなる商標にあつては、様々に称呼される可能性があり、必ずしも一定の称呼に一義的に称呼されるものではないので、識別機能を果す必要上からしても、いかに簡易迅速を旨とする商取引においても、殆んどの場合、人の足跡を二つ描いてなる標章であれば、上述の旨趣に徴し、少なくとも「二つの人の足跡」の意味に限定し、例えば「リヨウアシアト」、「フタツノアシアト」などと称呼されるとみるのが自然であろうし、そのように称呼することに特段の不都合ないし困難があると思われる事情も見当らない。このことは、次のような事実に徴しても是認されるところである。すなわち、成立に争いのない甲第一一号証、第一二号証、第一四号証、第一六号証、第一八号証、第三七号証、第三八号証の各一、二及び第三六号証並びに証人【C】の証言によれば、本願商標と同じような人の二つ又は三つの足跡を描いてなる登録商標と引用商標と同一の登録商標が、本願商標の指定商品と類を異にする商品区分においてではあるが、多数存することが認められるところ、そのような商品分野において特段商品の出所の混同を生じているような事情も窺えないところからすれば、これらの商標は、その指定商品の分野においてそれぞれ十分出所の識別機能を果しているものと推認されるからである。 (四) 右(一)及び(三)に述べたところからすると、本願商標に接する者の中にたまたまこれを「アシアト」と称呼しようとする者が全くないとはいえないとしても、それは前説示のとおりであり、その実、単純に「アシアト」と称呼するものではないと考えられるところ、このような事情及び引用商標もまた「フツトマーク」と称呼されるのが通常であつて、「アシアト」と称呼されることが比較的稀であるなど前(二)に認定の事実を総合検討すると、本願商標について「アシアト」との称呼は、商標の識別機能に影響を及ぼす程のものではないというべきものである。 よつて、本願商標は引用商標との間に称呼上の類似性がないというべきである。 3 前叙のとおり、本願商標と引用商標とは、外観上顕著な差異があるほか、称呼上の類似性もないとする上来説示のところからして、観念上もまた類似するものでないことは明らかである。 三 以上のとおりであるから、本願商標を引用商標と類似するとした審決は、その余の主張について判断するまでもなく違法なものとして取消されるべきである。 よつて、本件審決を取消し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して主文のとおり判決する。 |
裁判官 | 荒木秀一 |
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裁判官 | 藤井俊彦 |
裁判官 | 清野寛甫 |