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関連審決 審判1966-9252
関連ワード 識別機能 /  指定商品 /  普通名称(3条1項1号) /  称呼(称呼類似) /  存続期間 /  無効審判 /  更新登録 /  継続 / 
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事件 昭和 51年 (行ケ) 84号
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裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1978/04/12
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が昭和五一年六月二四日同庁昭和四一年審判第九二五二号事件についてした審決を取消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の申立
原告は主文と同旨の判決を求め、被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。
請求の原因
一 特許庁における手続の経緯 原告は、別紙記載のとおり、「美術年鑑」の漢文字をゴシツク体で横書きしてなり、第二六類「年鑑」を指定商品とする登録第七〇六〇二八号商標(昭和四〇年五月一三日登録出願、昭和四一年五月六日登録、昭和五二年三月七日存続期間更新登録。以下「本件商標」という。)の商標権者である。被告は、昭和四一年一二月一五日、本件商標につき登録無効審判の請求をし、特許庁同年審判第九二五二号事件として審理されたが、昭和五一年六月二四日本件商標の登録を無効とする旨の審決があり、その謄本は同年七月一五日原告に送達された。
二 本件審決理由の要点 本件商標は、「美術年鑑」の文字からなるから、これより全体として「美術に関するこの一年間の種々の事件の解説や統計、記録、美術界の動静などを取りまとめた本」の意を容易に感得することができる。
ところで、本件商標の指定商品「年鑑」の属する印刷物の分野にあつて、「新聞、雑誌」は、内容の多岐、不特定性、取引の反復継続性などの特殊性から、たとえその内容を暗示させる題号(商標)であつても、他に類似の題号がない限り、その題号をもつて商品の識別にあたるのが取引の通念とされているとはいえ、「年鑑」は、その内容、本の形態、刊行周期などの諸要素や取引の実際から判断すると、「新聞、雑誌」とはその性格を異にし、むしろ「図鑑、事典、名鑑」などに類するものである。
してみれば、本件商標をその指定商品「年鑑」に使用しても、取引者、需要者は、本件商標を付した本が前述の「美術に関する一年間の種々の事柄を取りまとめた本」であることを示すものとして理解するに止まり、他に格別の事情のない限り、これのみをもつて直ちに自他商品識別標識とすることなく、たとえば出版社名を付して「美術年鑑社の美術年鑑」「美術出版社の美術年鑑」または「美術手帖の美術年鑑」と称したり、あるいは、「日本美術年鑑」のごとく他の文字を一体に読み込んで全体として称することにより、商品の識別にあたつている。
したがつて、本件商標は、これをその指定商品「年鑑」に付して使用しても、単にその商品の内容を表示したものとして把握されるものであるから、商標法第3条第1項第3号の規定に違反し、その登録を無効とすべきものである。
三 審決の取消事由 しかし、本件商標の登録を無効とした審決は、次に述べる事由により違法であるから、取消されるべきである。
1 商品識別機能について(一) 審決は、「年鑑」の意義から演繹して、「美術年鑑」を「美術に関する一年間の種々の事柄を取りまとめた本」であると速断している。
しかし、「年鑑」は普通名称ではあるが、「美術年鑑」は、その美術部門を示す名称として普遍化しているものではなく、審決のいうような本を表現する普通名称は、現実には存在していない。現実にあるのは、「美術家名鑑」、「美術人年鑑」、「美術名典」、「美術名鑑」、あるいは「アサヒ芸術年鑑」であつたり、そして「美術年鑑」であつたりするのであり、それらは、それぞれ商品として識別性をもつているのである。
したがつて、審決が「美術に関する一年間の種々の事柄を取りまとめた本」を「美術年鑑」というとする命題を設定して、本件商標に識別機能なしとするのは、
現実を無視したものであつて、誤りである。
(二) また、審決は、本件商標が単にその商品の内容を表示したに過ぎないとする。
しかし、本件商標は、指定商品が「年鑑」であるという特殊性から、商品の内容を表示する記述的意味を含む側面をもつが、単にそれだけではなく、これを付した商品は、次のような独創的内容を有する。すなわち、
「美術年鑑」は、美術界の動静をわかりやすく鳥かんできるよう編集され、日本美術界で活躍する日本画、洋画、彫塑、工芸、書道各部門の作家を網羅し、その各所属団体における地位、各種公募展、個展、市井展、各種鑑賞界・ジヤーナリズム・業界での評価等、種々の角度からのデーターを利用して、各作家の作品に対する適正な評価価格を付した内容である。
そして、「美術年鑑」が多くの出版業者によつて同一のスタイルで出版され、
「美術に関する事項を収録した年鑑」が「美術年鑑」であるとして慣用されている事実がないのであるから、本件商標は、独自の自他商品識別性を有する標章として、その登録適格性が肯定されるべきものである。
2 使用による特別顕著性について 仮りに、本件商標が商標法第3条第1項第3号に該当するとしても、本件商標は、後記のとおり、同条第二項の要件を具備するものであるから、この点を看過した審決の判断は誤りである。すなわち、
「美術年鑑」は、Aが昭和四年に商標として使用したものであり、これを付した刊行物が以来定期的に発行されて今日に至つている。その内容は、美術界の一年間の動静をわかりやすく鳥かんできるようにとの編集方針のもとに、日本画、洋画、
彫塑、工芸、書道の各部門をすべて含んで、芸術院会員の別、特選の受賞回数、審査委員の経験回数、年間の展覧会等の行事、各展覧会の入選者等を記載し、あわせて美術家一覧を記載していたが、歴史を経るに連れ、従来の成果を基礎として、その内容を一層充実して、各作家の所属団体における地位、各種公募展、個展、市井展、各種鑑賞界・ジヤーナリズム・業界での評価等、種々の角度からのデーターを利用して、おそくとも昭和三一年版以降、各作家の作品に対する適正な評価価格を付して刊行してきた。そして、「美術年鑑」の昭和四年刊行以来の美術界における足跡とあいまち、おそくとも昭和三一年版以降に採用されたこの評価価格の記載は、右評価が公正であるために、美術愛好家から極めて高い評価を受けている。
このようにAが昭和四年以降前記内容の「美術年鑑」を継続刊行したことと、
「美術年鑑」が多くの美術作家、取引商、愛好家により重宝がられたことにより、
おそくとも昭和一五年頃までには、美術作家、取引商、愛好家ら需要者にとつて、
「美術年鑑」は、A、あるいはその発行者たる美術年鑑社の業務に係る商品として他の商品と識別できるものとなつた。
原告は、昭和四〇年一月一〇日、Aから、このように周知された「美術年鑑」の商標を同人の「美術年鑑社」の事業とともに譲受け、同年五月一三日本件商標の登録出願をしたのである。
なお、本件商標の登録時の直前である昭和四一年版の「美術年鑑」の発行部数は約三七、八〇〇部であり、この数量からすれば、本件商標は、その登録時において、全国多数の美術作家、取引商、評論家、愛好者から認識されて、自他商品識別標識としての機能を果していたことが明らかである。
被告の答弁
一 請求原因一、二の事実は認める。
二 同三は争う。審決の判断は正当であつて、原告主張の違法はない。原告の主張に対する反論は次のとおりである。
1 商品識別機能について(一) 原告は、審決が「美術年鑑」を「美術に関する一年間の種々の事柄を取りまとめた本」であると速断したと主張するが、審決は、「美術年鑑」なる標章の付された商品(年鑑)に取引者、需要者が接した場合、これらの取引者、需要者は、
右商品が「美術に関する年鑑」、すなわち「美術に関する一年間の種々の事柄を取りまとめた本」であることを示すものとして理解するに止まると判断しているのであつて、「美術年鑑」なる語が美術部門の年鑑を示す名称として普遍化していると判断しているのではないので、原告の右主張は失当である。
「美術年鑑」なる標章が、取引界において商品の特性(内容)を記述する表示として現実に使用されていようといまいと、また、「美術年鑑」なる語が美術部門の年鑑を示す名称として現実に一般に使用され普遍化していようといまいと、将来のみならず現在の取引界において記述的な意味を有するものとして認識される可能性があるとするのが相当である場合は、商品識別機能を欠くことを理由に登録要件を欠如するものである。
(二) 原告は、「美術に関する一年間の種々の事柄を取りまとめた本」を表現する普通名称は現実に存在せず、「美術年鑑」も「美術家名鑑」等と同様識別性を有する旨主張する。
しかし、右のような普通名称が現実に存在しなくても、「美術年鑑」なる語から、「美術年鑑」の商標を付した商品が「美術に関する年鑑」もしくは「美術に関する一年間の種々の事柄を取りまとめた本」であると取引者、需要者が理解するに止まることは、取引界の経験則からみて明らかというべきであり、また、審決は、
何ら「美術家年鑑」等の語についての判断をしていないので、これらの標章と本件標章を比較する原告の主張は失当といわざるをえない。
(三) また、原告は、本件商標を付した商品が独創的内容を有することを理由に、本件商標に自他商品識別性があると主張するが、商標の商品識別機能は、商標と指定商品との関係で判断すべきものであつて、その商標の付される個々具体的な商品の内容を仔細に検討して判断すべきものではない。このことは、美術に関する年鑑ではあるが、独創的な内容を有しないものであつても、「美術年鑑」なる商標を付して販売された場合には、本件商標権を侵害するものと考えざるをえないという事実を考えても明らかである。更にいうならば、「美術年鑑」なる商標が商品の内容を表示するものであることは、原告自ら認めるところであるので、本件商標は、商品の特性を表示する記述的標章にすぎないことを原告も認めているものといわざるをえない。
2 使用による特別顕著性について 原告は、本件商標はおそくとも昭和一五年頃までに使用による特別顕著性を有するに至つたと主張する。しかし、Aが「美術年鑑」なる題名の書籍を創刊する前より朝日新聞社によつて「朝日美術年鑑」なる書籍が市販されていたこと、昭和一〇年よりは国の機関である美術研究所(現在の東京国立文化財研究所)によつて「日本美術年鑑」なる書籍が出版されて現在に至つていること、また、昭和三一年よりは被告が美術手帖の増刊号という形で「美術年鑑」と題する書籍を発行し現在に至つていることに鑑みると、本件商標は、その登録査定時(昭和四一年頃)において、使用による特別顕著性を取得していたとはとうてい考えられない。
証拠関係(省略)
理 由一 請求原因中、原告が商標権を有する本件商標について、その構成、指定商品及び被告の登録無効審判の請求から審決の成立にいたるまでの手続の経緯並びに審決理由の要点は、当事者間に争いがない。
二 そこで、審決に原告主張の取消事由があるか否かについて検討する。
1 商品識別機能について 本件商標は「美術年鑑」の文字から構成されている。そして、そのうち「年鑑」が「ある分野の一年間の事件、各種統計などを記録、解説した、年一回の定期刊行物」を意味することはいうまでもない(「広辞苑」第二版補訂版参照)から、これに「美術」を冠した「美術年鑑」という用語は、美術の分野における年鑑、すなわち、美術に関する一年間の各種の事柄を記録、解説した刊行物(年刊)を広く指称する一般的な名称であるというべきである。
そうだとすれば、本件商標を指定商品たる「年鑑」に使用するときは、単にその商品の内容が美術分野のものであることを表示するだけにとどまり、本件商標それ自体としては、自他商品識別の機能を果さない、いわゆる記述的標章に過ぎないものといわざるをえない。
したがつて、本件商標をもつて商標法第3条第1項第3号に該当するとした審決の判断は、誤りとすることができない。
2 使用による特別顕著性について ところで、成立に争いのない甲第八号証の一ないし五、第九、第一〇号証の各一ないし八、第一一号証の一ないし七、第一二、第一三号証の各一ないし九、第一四号証ないし第一六号証の各一ないし八、第一七号証の一ないし九、第一八号証の一ないし一〇、第一九号証の一ないし八、第二〇号証の一ないし七、第二一号証の一ないし八、第三二号証、原告本人尋問の結果から成立を認める甲第四号証の一、
二、証人A及び同Bの各証言並びに原告本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができる。すなわち、
Aは、昭和四年ごろ、同人の主宰する美術年鑑社発行名義により、美術一般、特に日本画及び洋画を主体として、美術家一覧、その美術歴、一年間における展覧会等の行事その他の動静を記載し、題名を「美術年鑑」とする刊行物を創刊し、逐年これを発行して来た。当初の発行部数は二、三千部であつて、美術業者を通して美術家、業者その他の美術関係者に販売されたが、他に同種の刊行物としては清水澄発行の「美術家名鑑」程度しかなく、内容的に利用価値が高かつたことと相まつて、右刊行物は、発行部数も次第に増加して、美術界に広く知られるようになつた。そのため、昭和一五年ころには、「美術年鑑」といえば、多くの美術家、業者その他の美術関係者にとつては、直ちにAあるいは美術年鑑社の発行する右刊行物を認識するような状況となつていた。Aは、戦時中及び戦後も右刊行物の発行を続けて来たが、昭和四〇年一月ころ、「美術年鑑」の標章を含む右刊行物を発行する権利、その他美術年鑑社の事業の一切を原告に譲渡し、以来、原告が株式会社美術年鑑社(昭和四一年九月一四日設立、原告が代表取締役)名義で右刊行物を発行し、この種の刊行物としては最高部数を出している。なお、右譲渡当時の発行部数は約二万七千部程度であつた。
証人Cの証言中、上記認定に反する部分は採用できないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
そうすると、本件商標を構成する「美術年鑑」は、先に判示したとおり、本来識別機能を有しない一般的な名称であつたものであるが、昭和四年ころ以降長年月にわたつて、Aの発行する前記年刊刊行物についてその題名として使用されて来たことによつて、おそくとも昭和一五年ころには、需要者たる美術家、業者その他の美術関係者間において、称呼自体から刊行物の出所を識別させるに足りる、いわゆる特別顕著性を取得したものということができる。そして、前記認定中のその後の経過に、顕著性が消滅したことについての格段の事情の認められない点をもあわせると、本件商標の特別顕著性は、その登録査定時たる昭和四一年当時においてもなお存続したものというべきである。
なお、被告は、朝日新聞社の「朝日美術年鑑」、美術研究所の「日本美術年鑑」及び被告の「美術年鑑」と題する各刊行物が発行された事実を挙げて、本件商標がその登録査定時において使用による特別顕著性を取得していたとは考えられない旨主張する。
しかし、その主張のうち、前二者の刊行物については、各題名自体から本件商標を題名とする刊行物と容易に識別されるものであり、後者の刊行物についても、単独で「美術年鑑」なる標章が使用されていたならば格別であるが、成立に争いのない乙第一号証の一ないし六、乙第三号証の一ないし一九によると、被告は、昭和三一年一二月頃以降「美術年鑑」と題する雑誌を発行しているが、その雑誌の表紙やその広告記事には、まず例外なく「美術手帖」(被告代表者尋問の結果により、被告発行の月刊誌であることが認められる。)の増刊号であることが明記されていることが認められるから、本件商標の刊行物と識別性がないとはいえず、結局、被告主張の事実だけでは、本件商標の使用による特別顕著性を否定するに足りるものということができない。
3 以上の次第であるから、本件商標は、商標法第3条第2項の規定によつて、登録適格を有するものである。したがつて、この点を看過して本件商標の登録を無効とした審決は、違法であつて、取消を免れない。
三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
裁判官 荒木秀一
裁判官 石井敬二郎
裁判官 橋本攻