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事件 昭和 48年 (ヨ) 122号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 甲府地方裁判所
判決言渡日 1975/09/29
権利種別 商標権
訴訟類型 民事仮処分
主文 一 申請人が保証として金一〇〇万円を供託したときは、被申請人は、その製造にかかる印章の販売広告に別紙目録(16)ないし(18)の各標章を使用してはならない。
二 申請人のその余の申請を却下する。
三 訴訟費用はこれを六分し、その五を申請人の負担とし、その余を被申請人の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
一 申請人(一) 被申請人は、「株式会社宗家日本印相協会」の商号を使用してはならない。
(二) 被申請人は、その製造にかかる印章の包装紙袋及びこれに添付する鑑定書に別紙目録(1)の標章を、これに添付する説明文に別紙目録(1)、(5)の各標章を、その印章の販売広告に別紙目録(1)ないし(3)、(6)、(16)ないし(18)、(20)、(21)の各標章を、その印章の包装紙袋に別紙目録(22)の標章を、並びにその印章を販売するにつき作成する請求書及び領収書に別紙目録(4)の標章を、それぞれ使用してはならない。
(三) 訴訟費用は被申請人の負担とする。
二 被申請人(一) 申請人の本件仮処分申請を却下する。
(二) 訴訟費用は申請人の負担とする。
当事者の主張
一 申請の理由(一) 申請人の経歴及び営業内容 申請人は、印章に関する易学(印相学)とこれに則つた印章の製造販売を業としているが、肩書地及び東京都港区に店舗を設け、右印相学に則つた印章を全国的に販売し、昭和四七年度一年間に三五〇〇件余の売上をするに至つた。
もつとも、印章に関する易学の源は古く、平安時代中期の陰陽博士安倍清明に始るが、文化文政年間申請人の五代前太田則房が右安倍清明の伝承者土御門家執行正則から「判はんじ」の極秘を受け、以後太田家が独占的に継承し、明治時代に至り申請人の先々代Aはこの術を初めて「印相学」と命名し、この印相学を先代を通じて伝授された申請人は、従来門外不出の秘伝であつたのを改め、ひろく大衆のものとするため、印相学に関する著書を出版するとともに、印相学に則つた印章の製造販売を専業とするに至つた。
(二) 申請人の使用する標章及びその周知性1 申請人は、営業主体を表示するため、
(1) 申請人の著書「印章の吉凶の解説」中に別紙目録(11)の標章、
(2) 申請人の販売した印章についての顧客に対するアンケート返信用葉書に別紙目録(12)の標章、
(3) 印章送付通知の葉書に別紙目録(13)の標章をそれぞれ使用した。
2 申請人は、商品の印章を表示するため、
(1) 申請人の著書「印章の吉凶の解説」、「印鑑」、「印相学」に別紙目録(7)ないし(10)の標章、
(2) 印章を包装する紙袋に別紙目録(14)・(15)・(24)ないし(26)の標章をそれぞれ使用した。
3 周知性(1) 申請人は、印章の製造販売宣伝のため、昭和一一年、著書「印章の吉凶の研究」を発表し、以後一〇数版二〇万部を全国にわたり発行し、昭和二九年、これを「印章の吉凶の解説」と改題後その巻末に前記のとおり別紙目録(11)の標章を営業表示として用いた。また、別紙目録(12)の標章を表示した返信用葉書を用いて、申請人は、昭和三〇年ごろから五、六回にわたり各回三、四〇〇名の顧客に対し、自己が製作販売した印章についての感想につきアンケートを求めた。さらに申請人は、注文に応じて製作した印章を郵送する際、別紙目録(13)の標章を営業表示として記載した送付通知を発した。
その上申請人の印章の占易術が「日本印相学会」の名をもつて新聞、雑誌、テレビ等のマスコミユニケーシヨンに紹介された。従つて、営業表示たる別紙目録(11)ないし(13)の標章は、前記申請人の著書及びマスコミユニケーシヨンの紹介の中で用いられた「日本印相学会」の表示と一体となつて、遅くとも昭和三〇年ころ全国にわたり広く認識されるようになつた。
(2) 前記多数発行された申請人の著書「印章の吉凶の解説」中に商品印章を表示する別紙目録(7)ないし(10)の標章が用いられた。また申請人は、自己が製作した印章を販売するに際しては、その印章を、別紙目録(14)・(15)・(24)ないし(26)の標章の記載がある紙袋に納めて顧客に交付した。
さらに、別紙目録(7)ないし(10)の標章は指定商品印刷物等の商標として登録され、申請人は前記著書の販売広告、印相学研究成果の発表にあたつて、新聞、雑誌、テレビ等を通じ商品印章を表示するため「印相学」「日本印相学会」「印相学宗家」「印相学印章」の表示ないし音声を用いた。
従つて、商品表示の別紙目録(7)ないし(10)・(14)・(15)・(24)ないし(26)の標章は、前記営業表示同様、昭和三〇年ころ全国にわたり広く認識されるようになつた。
(三) 申請人の登録商標 申請人は、別紙目録(23)の標章につき左記のとおり商標権を有する。
1 登録番号 第一一〇二〇六九号2 登録日 昭和五〇年一月六日3 指定商品 第二五類印章(四) 被申請人の使用する標章1 被申請人は、営業主体を表示するため、
(1) 登記商号「株式会社宗家日本印相協会」、
(2) 被申請人が販売する印章に同封する説明文及び鑑定書に別紙目録(1)の標章、
(3) 右印章の代金の請求書及び領収書に別紙目録(4)の標章をそれぞれ使用している。
2 被申請人は、商品の印章を表示するため、
(1) 販売広告に別紙目録(1)ないし(3)・(6)・(16)ないし(18)・(20)・(21)の標章、
(2) 印章を包装する紙袋に別紙目録(1)・(22)の標章、
(3) 前記説明文((四)-(2))に別紙目録(5)の標章をそれぞれ使用している。
(五) 被申請人の使用する標章と申請人の周知標章及び登録商標との類似性1 営業表示(商号)について 被申請人の登記商号「株式会社宗家日本印相協会」及び別紙目録(1)・(4)の標章(宗家日本印相協会)と申請人の別紙目録(11)ないし(13)の周知標章(日本印相学会)とは類似する。その理由は次のとおりである。
(1) 被申請人の登記商号中「株式会社」の部分は商法上付加することが義務づけられたが故に付加したにすぎず、同商号及び別紙目録(1)・(4)の標章中「宗家」の部分は修飾的付加部分にすぎないから右両者の類似性の有無は要部である「日本印相協会」について判断すれば足りる。
というのは類似性の有無は、専ら表示に対する公衆の観念を基準とするが、公衆は、表示の要部に着眼して取引生活を営むからである。
(2) 「日本印相協会」と「日本印相学会」とは次のとおり類似する。
ア 「日本印相協会」と「日本印相学会」とは一字違うだけである。
イ 全体的に観察するならば、「協会」「学会」に公衆の注視が集るのではなく「日本」「印相」に注視の重点が置かれる。なぜならば、「日本」には営業活動の場所的範囲を特定する重要な機能があり、「印相」は印章に易学があることを端的に示し営業の種類を表す機能を有するからである。
ウ 「協会」「学会」に注目されるとしても両者は共に印相についての内容が体系化されておりかつ人的な編成をそなえていることを示し、その区別は明確ではない。
(3) 従つて、右「宗家」、「株式会社」を含めても類似することは明らかである。
2 商品表示について(1) 被申請人の別紙目録(1)ないし(3)の標章(宗家日本印相協会)は、
申請人の別紙目録(7)(24)の標章(日本印相学会)と類似する。その理由は右(五)1記載と同様である。
(2) 被申請人の別紙目録(5)・(6)の標章(印相学)が申請人の別紙目録(9)の標章(印相学)と類似することは明らかである。
(3) 被申請人の別紙目録(16)ないし(18)の標章が申請人の別紙目録(10)(14)・(25)の標章(印相学印章)と類似することも明らかである。
(4) 被申請人の別紙目録(20)ないし(22)の標章が申請人の別紙目録(8)・(15)・(26)の標章(印相学宗家)に類似することもまた明らかである。
3 登録商標について 被申請人の別紙目録(5)・(6)・(16)ないし(18)・(20)の標章が申請人の別紙目録(23)の登録商標と類似することは明らかである。
4 右各類似によつて、営業及び商品の混同を生ぜしめる。これは、申請人方へ被申請人と混同した問合せ電話が一日一〇本もあること、商品を混同した顧客が出現していることからも明らかである。
(六) 営業上の利益侵害のおそれ 申請人は、長年月の努力で築き上げた信用と名声に基づき印章の製造販売の利益をあげて来たが、被申請人の本件各標章を使用して大々的に印章の通信販売を始めたことによつて申請人の顧客数が三分の二に減じ、収入が減少した。
(七) 不正の目的 被申請人は、印章の製造販売を業とすることを目的として昭和四七年八月三一日設立された会社であつて、昭和四八年三月ころから新聞の広告欄に印章の販売広告を掲載し、大々的に印章の製造販売をしている。被申請人は、右印章製造販売に際し、申請人が従来独占的に使用しその努力によつて周知性を獲得した商号「日本印相学会」に類似する商号「株式会社宗家日本印相協会」を使用し、申請人の営業の信用と名声を利用しようとする不正の目的を有する。
なお、被申請人の代表者Bは、昭和四八年五月ころ、申請人の代理人に対し右申請人の名声を利用する意思を表示した。
(八) 仮処分の必要性 申請人は、訴外株式会社日本印相学会に対し申請人の各標章を賃貸しているが、
最近の急速な印章ブーム発展と被申請人の大量宣伝とにより、申請人の使用する前記営業表示、商品表示の顧客吸引力出所表示機能が急速に減退し、被申請人の前記標章使用を早急に差止めなければ、申請人は、回復不可能な損害をこうむるおそれがある。
(九) よつて、申請人は、被申請人に対し、不正競争防止法1条1号(別紙目録(1)ないし(3)・(5)・(6)・(16)ないし(18)・(20)ないし(22)の標章に対し)、二号(「株式会社宗家日本印相協会」、別紙目録(1)・(4)の標章に対し)に基づく使用差止請求権保全のため第一、一(一)記載の商号及び(二)記載の各標章の使用の差止を、商法21条1項、二項に基づく使用禁止請求権保全のため第一、一(一)記載の商号の使用差止を、商標法36条1項37条1号、二号に基つく侵害停止・予防請求権保全のため別紙目録(5)・(6)・(16)ないし(18)・(20)の標章の使用の差止を、それぞれ選択的に求める。
二 申請の理由に対する被申請人の認否及び主張(一)1 申請の理由(一)のうち、申請人が印相学に則つた印章の製造販売を業としていること、肩書住所地及び東京都港区に店舗を設けていること、印相学の著書を出版していることは認めるが、その余は争う。
印章は、西暦五七年支那から伝来し、印相の研究も支那から伝えられ、印相の理論についても、伝来の当初からかその後の日本における研究によるものかはともかくとして、統一されたものはなく諸派がある。申請人の印相学もいわば太田派印相学とでも称すもので、申請人が総ての印相学を独占することはない。
2(1) 申請の理由(二)1はすべて認める。
(2) 同(二)2のうち各標章が商品表示であるとの点は知らないがその余の点は認める。
(3)ア 同(二)3(1)のうち申請人が昭和二九年著書「印章の吉凶の解説」を発行したことは認めるが、その余は争う。
申請人の著書は、申請人の印相学を普及するためのものであり、商品印章を販売するためのものではないから申請人の各標章が営業の表示として周知とは到底いえない。また申請人は、昭和四七年度一か年三五〇〇余件の印章製造をしただけであり、申請人の営業所の職員が三名という小規模企業であるから、年間二〇〇〇万本生産される印章業界にあつては、申請人の標章が一般に広く認識されているとはいえない。
イ 同(二)3(2)のうち別紙目録(7)ないし(10)の標章につき指定商品印刷物等とする商標登録を得たことは認めるがその余は不知。
3 申請の理由日は認める。
4(1) 申請の理由(四)1は認める。
(2) 同(四)2のうち商品を表示するため使用したとの点は否認するが、その余の点は認める。
5(1) 申請の理由(五)1は争う。
被申請人の商号「株式会社宗家日本印相協会」と申請人の標章「日本印相学会」とは次のとおり類似性はない。
まず、「宗家」は家族集団の元を表現する一般普通名詞として、「日本」は単に日本又は日本国を表示する一般普通名詞として、「印相」は人相・手相・骨相等と同様一般普通名詞として、「協会」「学会」も一種の団体を表示する一般普通名詞としてそれぞれ使用されていることは明らかである。
商号・標章は普通名詞の組合せによつて成立つているから、特に「日本印相」が重要部分とはいえず、全体を総合して類似性を判断すべきである。
そうすると、
ア 被申請人の商号は株式会社組織を表示し、申請人の標章は個人営業を表示しているが、会社組織か個人営業かは一般取引界で重大な関心事であるから商号識別の重要な要素の一つで、「株式会社」の有無は重大な差である。
イ 「協会」とは「会員が力を合せて設立し経営維持する団体」と定義され、「学会」とは「学問を専門に研究するために組織された団体」と定義され、両者はその観念が異なる。このことは、社会一般観念として理解されているので、「協会」と「学会」とは明らかに類似性がない。
ウ 「宗家」の文字は被申請人の商号にのみあつて、申請人の標章中にはない。
など互に相異点を有する点を総合考察すれば類似性はないというべきである。
(2) 同(五)2も争う。
ア 別紙目録(1)ないし(3)の標章(宗家日本印相協会)と別紙目録(7)・(24)の標章(日本印相学会)とが類似しないことは、前記(二(一)5(1))と同様であるが、これは「日本印相協会」が商標登録番号第一〇六七八三四号、指定商品第二五類印鑑として、また「日本印相学会」が商標登録番号第九五五六一〇号、指定商品第二五類印章としていずれも商標登録されていることからも明らかである。
イ 別紙目録(5)・(6)の標章は、別紙目録(9)の標章と同一であるが、別紙目録(5)・(6)は、印相学の研究の成果をうたいその効果を宣伝している文章中に普通名称として記述的に使用されているにすぎないから、類似性を問題にする余地がない。
ウ 別紙目録(16)ないし(18)の標章も普通名称を普通に用いる方法で記述しているにすぎないから別紙目録(10)・(25)の標章との類似性を問題にする余地がない。
エ 別紙目録(20)ないし(22)の標章と別紙目録(8)・(15)・(26)とは外観称呼観念のいずれにおいても類似するものではない。
(3) 同(5)3及び4も争う。
6 申請の理由(六)は争う。
7 申請の理由(七)のうち被申請人が印章の製造販売を業とすることを目的として昭和四七年八月三一日設立された会社であつて、大々的に印章の製造販売をしていることは認めるが、その余は否認する。
8 申請の理由(八)も争う。
被申請人の所在する山梨県は従来から印章製造が盛んで現在全国印章生産の七、
八割を占め、山梨県内の印章業者は古くから多少の差はあれ印相印鑑も扱つていた。
被申請人は、印相研究家C氏の三〇余年の研究における門下生及びその支持者が集つて昭和四六年組織した宗家日本印相協会を発展解消し、昭和四七年八月三一日株式会社宗家日本印相協会としで設立発足すると共に、週刊誌、新聞紙による宗家日本印相協会の宣伝を受け継ぐと共に月刊誌、テレビ等で普及宣伝を計つたため、
昭和四七年度中に製造販売した印相印鑑は一五万本余年商三億円に達し、被申請人が雇傭し又は下請業者として使用している者は一〇〇余人に及んでいる。被申請人は、近時印相印鑑の需要が急速に増大したのには被申請人の寄与した功績が大であると考えている。
(二)1 申請人は、昭和四八年一月三一日、株式会社日本印相学会に対し商号「日本印相学会」を譲渡した。従つて申請人の不正競争防止法1条に基づく申請及び商法21条1項、二項に基づく申請について、被保全権利が存しないというべきである。
2 被申請人は、昭和四九年八月一日、被申請人代表者Bから同人所有の左記商標権を譲り受けた。
(1) 登録商標 日本印相協会(2) 登録番号 第一〇六七八三四号(3) 登録日 昭和四九年六月一日(4) 指定商品 第二五類印鑑 被申請人の別紙目録(1)ないし(3)の標章の使用は、右商標権の正当なる権利者としての権利の行使である。従つて不正競争防止法6条により、申請人の右回同章に対する差止は理由がないことになる。
三 被申請人の主張(二(二)1・2)に対する申請人の認否及び主張(一)1 二(一)は否認する。
訴外株式会社日本印相学会は、昭和四八年一月三一日設立され、
その際同会社の代表取締役となつた申請人が自己所有の商号「日本印相学会」を賃貸したにすぎない。
2 二(一)2のうち被申請人がその主張のとおり商標権を譲り受けたことは認めるがその余は争う。
(二) 被申請人は、二(二)2記載の商標の登録出願当時既に周知であつた申請人の商品表示(別紙目録(7)・(24)の標章)のイメージを潜用し、その信用力、顧客吸引力を無償で利用したものであるから商標権の濫用である。
四 申請人の主張(三(二))に対する被申請人の認否 争う。
証拠(省略)
理 由(不正競争防止法1条による申請について)一 申請人の営業内容 申請人が印相学(印章に関する易学)に則つた印章の製造販売をし、肩書地及び東京都港区に店舗を設け、印相学の著書を出版していることは当事者間に争いがなく、証人Dの証言及び申請人本人尋問の結果によれば、申請人は昭和四七年度一年間に三五〇〇件余の印相学に則つた印章(一件は五本の印章により構成する。)を販売したことが一応認められる。
成立に争いのない甲第二ないし五号証の印相学の歴史の項、同甲第四一号証、同乙第二〇号証の二によれば、印の占術の起源は古く遡るが、少なくとも江戸時代まで下ると印章に関する占易術を主として行つていたのは申請人主張のように土御門家であつたとしても同家から分派した者あるいは全く異なる系統の人達によつても印章に関する易学がとなえられ、同時代には各種の印章の占易に関する書籍が発巻され、庶民の間にも流行したことが一応認められ、申請人が右土御門家の易学を継承したとしても、印章に関する易学を独占していたことを認めるに足りる証拠はない。(もつとも、前記甲号証及び申請人本人尋問の結果中にはこれに反する部分があるけれども採用しない。)二 申請人の使用する標章 申請人が営業主体を表示するために、著書「印章の吉凶の解説」中に別紙目録(11)の標章、アンケート返信用葉書に別紙目録(12)の標章、送付通知の葉書に別紙目録(13)の標章をそれぞれ使用したことは当事者間に争いがない。
申請人が著書に別紙目録(7)ないし(10)の標章を、印章の包装紙袋に別紙(14)・(15)・(24)ないし(26)の標章を使用していることは当事者間に争いがない。成立に争いがない甲第三ないし五号証によれば、別紙目録(7)ないし(10)の標章は記述的に使用されている部分もあるが巻末の撰作案内部分等においては商品印章の宣伝広告のために使用されており商品表示として使用されていると解される。また、申請人本人尋問の結果によつて真正に成立したと認める甲第七号証によれば別紙目録(14)・(15)の標章が、成立に争いのない甲第二八号証の二によれば、別紙目録(24)ないし(26)の標章がいずれも申請人の商品の印章を表示するものとして使用されているものと一応認められる。
三 申請人の標章の周知性 弁論の全趣旨により真正に成立したと認める甲第一号証、成立に争いのない甲第二ないし五号証、第六号証の一ないし四、第八号証並びに証人Dの証言及び申請人本人尋問の結果によれば次の事実が一応認められる。
申請人は、昭和一一年ころ新聞記者をするかたわら印相学に則つた印章を製作し、印相学を一般に普及紹介する為「印章の吉凶の研究」という著書を発行し、昭和二八年ころ父の死亡とともに記者をやめて、宗家五世を襲名し、東京都港区に事務所を開設し(争いない事実)、事務員三名下彫り(印章の彫刻の下請)八名を使用して印章の製造販売を行い、年々売上高も増加し、昭和四九年度には年商約九八〇〇万円の実績を上げるに至つた。
申請人は、昭和二九年に、右著書「印章の吉凶の研究」を改題して発行し、一般書店を通さず顧客と直接通信販売し、同著書の巻末撰作案内に別紙目録(11)の標章を用いた(著書の発行、標章の使用については当事者間に争いない)。
また、申請人は、別紙目録(12)の標章を表示した返信用葉書を用いて昭和三〇年ごろから五・六回にわたり各回三・四〇〇名の顧客に対し、自己が製作販売した印章についての感想につきアンケートを求めた。
さらに申請人は、注文に応じて製作した印章を郵送する際、別紙目録(13)の標章を営業表示として記載した送付通知を発した。
申請人は、前記著書の販売広告を月平均三・四回の割で新聞・雑誌等に掲載していたが、昭和三二年から三六年ころにかけて、申請人の印相学が新聞・雑誌・テレビ等で紹介されたこともあり、右広告・紹介の折には営業表示として「日本印相学会」の標草が使用された。
以上の認定事実に基づき各標章の周知性につき検討すると、申請人の右著書の発行部数がたとえその主張通りの二〇万部としても(甲第二・三号証には増刷重版数が明記されていないし、後記宣伝規模、前記販売形態に照し、申請人本人尋問中の二〇万部との部分は直ちに採用できるかどうかは問題である。)、昭和一一年以来四〇年近くの間の総計であるし、その内容も易学としての印相学の啓蒙を目的としていること、右アンケートも広く一般に求めたものではなく数も限られていること、印鑑の販売送付も年間三五〇〇件程度(前記一で認定)で数量が多いといえないこと、マスコミユニケーシヨンによる宣伝も散発的で規模も小さいばかりか、著書の広告であつて商品印章の広告ではないこと、またマスコミユニケーシヨンによる紹介も申請人による易学としての印相学の紹介であつて印章の販売・営業の紹介ではないこと及び申請人の経歴・営業規模などを総合すると、右認定事実によつては、前記各標章が不正競争防止法施行地域内に広く認識せられるに至つたと認めるには十分とはいえず、右事実以上に周知性認定に資する証拠はない。
以上は、申請人の営業表示の周知性について述べたが、商品表示の周知性についても、申請人の主張は、前記著書の発行・流布と印章の販売、マスコミユニケーシヨンによる宣伝・紹介によつて周知となつたとの趣旨であるから、右同様の理由で周知であることを認めることができない。
なお付言すれば、申請人は、申請人本人尋問において、別紙目録(7)ないし(10)の表示につき商標登録申請した当時(成立に争いのない甲第九号証の一ないし四によれば昭和二七年ないし三三年)、一般の人に「印相学」「印相学印章」等の標章が全く知られていなかつたということを自認しているのであつて、そうだとすればその後に至つて周知となつたことを認めるに足りる証拠は前示以上に存しないといわねばならない。
そうすると、申請人の不正競争防止法1条に基づく申請は、その余の点について判断するまでもなく被保全権利についての疏明がないことに帰し、保証をもつて疏明に代えることも相当でないから却下を免れない。
(商法21条による申請について)四 被申請人の登記商号 被申請人が「株式会社宗家日本印相協会」という商号を使用し右商号を登記していることは当事者間に争いがない。なお、申請人が別紙目録(11)ないし(13)の未登記商号(営業表示としての標章「日本印相学会」)を使用していることも前記二のとおり当事者間に争いがない。
五 「株式会社宗家日本印相協会」と「日本印相学会」との類似性(一) 両者はその構成上「株式会社」「宗家」の文字の有無、「学」と「協」との文字の相違があり、外観上類似するとはいえない。
(二) 称呼の点では、両者が一連に称呼された場合明確に区別しうることは明らかである。なお、「株式会社」は略されて称呼されることがしばしばあり、「宗家」が省略される場合もあり得る。しかし、「学会」「協会」の部分までが省略されて「ニホンインソウ」との称呼が生ずることは社会通念上ありえないものと解される。そうすると「ニホンインソウキヨウカイ」と「ニホンインソウガクカイ」とは一一音中二音が相異なり、しかもその音色は全く相異するものであるから称呼上も両者が相類似する商号とはいえない。
(三) また、「株式会社」「宗家」が省略された場合でも、「協会」とは「会員が相協力して設立・維持する組織体」を意味し、「学会」とは「学者相互間の連絡・研究の促進、学問の振興を図るための組織体」を意味し、世人にそのような観念を与えるものであるから、「日本印相協会」からは日本における印相に関係する者の協力団体の観念が生ずるのに対し、「日本印相学会」からは日本における印相学に関する学者研究者の団体の観念を生ずるから、両者には明確な区別があり、観念上も両者は相類似する商号とはいえない。
(四) 以上によれば、両者は類似しているとはいえず、営業の主体を誤認させることはないと考えられる。
従つて、申請人の商法21条による申請もその余の点を判断するまでもなく被保全権利についての疏明がないことに帰し、保証をもつて疏明に代えることも相当でないから却下を免れない。
(商標法36条37条による申請について)六 甲請人の登録商標 申請人が別紙目録(23)の標章につき、登録番号第二〇二〇六九号、登録日昭和五〇年一月六日、指定商品第二五類印章の商標擢を有することは当事者間に争いがない。
七 被申請人の使用する標章(一) 被申請人が販売する印章に同封する説明文に別紙目録(5)の標章を、新聞広告に別紙目録(6)・(16)ないし(18)・(20)の各標章を使用していることは当事者間に争いがない。
(二) 成立に争いのない甲第一四号証によると、別紙目録(5)の標章は、説明文の文章中に「印相学三十有余年の研究」「印相学上あらゆる条件」等として使用され、また成立に争いのない甲第一二号証の一によると、別紙目録(6)の標章は、新聞広告の広告文中に「印相学に生涯をかける」として使用されていることがそれぞれ一応認められ、また右各甲号証中に明らかに被申請人の商品印章の商品表示として「開運吉相印(鑑)」の標章が使用されていることが一応認められる。そうすると右別紙目録(5)・(6)の標章(印相学)は手相・人相等と同様の印章に関する易学としての普通名称として記述的に使用されているもので、商品印章と全く無関係でないにせよ、商標として使用されたものと解すことはできない。
(三) 成立に争いのない甲第一二号証の一ないし四によれば、新聞広告に用いられた別紙目録(16)(印相学の会社印)、(17)(印相学の印鑑)、(18)(印相学印鑑)の各標章は、記述的ではあるが商品印章の販売広告のためにその印章を表示していると一応認められるから商品印章の商標としての使用と解される。
(四) 成立に争いのない甲第一二号証の二によれば、新聞広告に用いられた別紙目録(20)の標章(印相学の源)は、商品印章の販売広告に関してではあるが商号「宗家日本印相協会」と並列して表示され同商号と同格の営業表示として使用されているものと一応認められるから、商標の使用とは認められない。
八 申請人の登録商標と被申請人の標章との類似性(一) 前記七(二)、(四)のとおり、別紙目録(5)・(6)・(20)の標章は商標としての使用ではないから申請人の登録商標別紙目録(23)の標章との類似性を問題とする余地がない。
(二) 別紙目録(16)ないし(18)の標章と別紙目録(23)の商標との類似性 別紙目録(16)ないし(18)の標章は「印相学」の文字が共通でその後に「の会社印」、「の印鑑」「印鑑」が結合した標章である。そして、成立に争いのない甲第一二号証の一ないし四、第二三号証、第三四ないし三八号証、第四一号証、乙第一号証、第二号証の一ないし四、第三号証の一ないし五、第四号証の一ないし一六、第五号証の一ないし三、第六号証、第一八号証を総合すると、「印相学」の語が印章に関する易学一般をさす名称でそれ自体識別力の弱い語であると一応認められ、そうであるならば右各標章中「印相学」の部分が必ずしも要部とはいえないから全体を総合して対比すべきである。
そうすると外観及び称呼が異なることは明らかである。
観念の類否について、別紙目録(23)の商標が印章を指定商品とする商標であることから、「印相学」とは「印相学の印(印鑑・印章)」を観念することが生じ、その意味で別紙目録(16)ないし(18)の標章は右別紙目録(23)の商標と類似するといわざるをえない。
(三) そうであるとすれば、別紙目録(23)の商標登録につきこれを無効とする審判がない限り右商標登録査定は有効なものとして通用するから、被申請人による別紙目録(16)ないし(18)の標章の商標としての使用は申請人の前記商標権を侵害する行為とみなされる。したがつて、申請人は、被申請人に対し、その侵害行為の差止を求める権利を有すると一応認めることができる。
(四) 証人Dの証言と申請人本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨をあわせると、
申請人は現在同人が代表取締役をしている株式会社日本印相学会に対し商号「日本印相学会」を賃貸し、右商標を使用させており、右株式会社日本印相学会と被申請人とは競業関係に立つから、申請人としても著しい損害を避けるため、被申請人が別紙目録(16)ないし(18)の各標章を被申請人製造の印章の販売広告に使用することの差止めを命ずる仮処分を求める必要性を一応認めることができる。
そこで、申請人に対し被申請人に生ずるかも知れない損害のための保証を立てさせて右仮処分を発令するのが相当であるが、当裁判所は諸般の事情を考慮し、立てさせるべき保証の額は金一〇〇万円とするのが相当と考える。
(五) よつて、商標法36条37条による本件仮処分申請は、申請人に保証として金一〇〇万円を立てることを条件として、被申請人に対し、被申請人の製造にかかる印章の販売広告に別紙目録(16)ないし(18)の各標章を使用することの差止を命ずる仮処分を求める限度でこれを認容し、その余の申請部分は被保全権利についての疏明がなく、保証をもつてこれに代えることも相当でないので、却下を免れない。
九 むすび よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法92条本文を適用して主文のとおり判決する。