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関連審決 審判1965-8231
関連ワード 識別力 /  包装 /  指定商品 /  混同を生ずるおそれ(混同を生じるおそれ) /  類似性(類否判断) /  結合商標 /  外観(外観類似) /  称呼(称呼類似) /  観念(観念類似) /  対比的(対比的観察) /  離隔的 /  離隔的観察 /  判定 /  分割移転 /  商標権の分割 /  存続期間 /  無効審判 /  更新登録 / 
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事件 昭和 46年 (行ケ) 143号
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裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1974/07/16
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
原告は「特許庁が昭和四六年九月六日同庁昭和四〇年審判第八二三一号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。
請求原因
一、特許庁における手続の経緯 原告は登録第五六三四七八号商標(以下「本件登録商標」という。)の商標権者である。本件登録商標は別紙(一)の構成からなり、指定商品を旧商標法施行規則(大正一〇年農商務省令第三六号)第15条第三六類(以下「旧第三六類」という。)被服、手巾、釦鈕および装身用ピンの類として、昭和三四年四月二二日登録出願され、昭和三五年一二月二〇日登録された。被告は昭和四〇年一二月一六日原告を被請求人として本件登録商標につき登録無効審判を請求した(昭和四〇年審判第八二三一号)。特許庁はこれに対し昭和四六年九月六日「本件登録商標の登録を無効とする。」との審決をし、その謄本は同年一一月一〇日原告に送達された。
二、審決理由の要点 本件登録商標の構成は、別紙(一)のとおり、楯形輪廓内に長髪の左向き婦人の胸像図形を画き、その下部に肉太の二本の横線を表わし、かつ楯形輪廓の上部中央に接近して王冠の図形を表わし、該図形を介してその左側に「QUEEN」、右側に「ARROW」の欧文字をローマン書体風で横書きし、更に、前記「QUEEN」および「ARROW」の欧文字の下部に、楯の下部を右から左につらぬくように図案化した矢を画き、その矢の下に「TOKYO」右に「SHIRTS CO」の文字を小さく、細い丸ゴシツク書体で表わしたものである。そして、その指定商品、登録出願および登録年月日は前項掲記のとおりである。
これに対し、別紙(二)の構成からなる登録第八九二四六号の一の商標(以下「引用商標(1)」という。)が商標法施行細則(明治四二年農商務省令第四四号)第20条第三六類(以下「旧旧第三六類」という。)被服、手巾、釦鈕および装身用ピン等他類に属しない商品一切を指定商品として、大正六年六月三〇日登録出願され、同年一一月一九日登録された。また、別紙(三)の構成からなる登録第一二八二四二号の一の商標(以下「引用商標(2)」という。)が旧旧第三六類被服、手巾、釦鈕および装身用ピン等他類に属しない商品を指定商品として、大正一〇年三月三日登録出願され、同年四月二七日登録された。また、別紙(四)の構成からなる登録第一三一二六四号の一の商標(以下「引用商標(3)」という。)が旧旧第三六類被服、手巾、釦鈕および装身用ピン等他類に属しない商品を指定商品として、大正一〇年四月二七日登録出願され、同年六月二八日登録された。そして、これらの引用商標(1)、(2)、(3)について、大正一四年四月二二日原簿喪失による登録回復がなされ、昭和五年六月一三日、各指定商品中の「巻ゲートル、脚袢、法被、腹掛、股引、パツチ、半股引、ネビエシラズ、手甲、腕貫」にかかる商標権の分割移転登録がなされ、昭和一二年一月九日原告のために移転登録がなされ、昭和一二年一〇月二八日、昭和一五年一一月一六日および同年一二月二四日それぞれ存続期間更新登録がなされ、昭和二六年二月七日原告の連合国人商標戦後措置令(昭和二五年政令第九号)第4条第1項による申請に基づき期間不算入の登録がなされている。
さらに、別紙(5)の構成からなる登録第四四八八三四号商標(以下「引用商標(4)」という。)が旧第三六類帽子類、ホワイトシヤツ、シヤツ、猿股、セーター、肌着、水着、シユミーズ、手袋および靴下を指定商品として、昭和二八年九月九日登録出願され、昭和二九年七月二八日登録されている。
そこで、本件登録商標と各引用商標の類否について考察する。本件登録商標の構成は、中央部に表示された図形がこれを何と呼んでよいかその名称も極めて不確定なものであつて、この図形を介してその左右に配置された「QUEEN」および「ARROW」の文字は極めて読み取りやすく、かつ明確に表示されているものであるから、「QUEEN」および「ARROW」の文字はそれぞれ別個独立に看者の注意を惹くに足りる部分として構成されたものと認められる。しかも、「QUEEN」および「ARROW」の文字はそれぞれ、それ自体として明確な意味をもち、一般に親しみ易い文字であるばかりでなく、「QUEEN」(女王)と「ARROW」(矢)とが対いの物として関連の深い語であると認識されているとか、或いは「QUEEN ARROW」として別個独立の概念を有するという、観念上必然的に結びついた格別のものとも認められない。これらをあわせると、本件登録商標からは「QUEEN」のほか、「ARROW」の文字に相応して「アロー」(矢)の称呼観念が生ずることは決して少くないものと判断するのが取引の実際に照らし相当である。
これに対し、引用商標(1)および(3)からは容易に「アロー」の称呼および「矢」の観念を生ずることは多言を要しない。また、引用商標(2)についても、
その構成中「OSG」の文字は小さく表示されており、写実的に描画されている「矢」の図形および大きく表示されている「ARROW」の文字が強く看者の注意を惹く部分であるから、これから単に「アロー」の称呼および「矢」の観念を生ずる。また、引用商標(4)についても、その構成中「GOLDEN」の文字は商品の品質の誇示表示として普通に使用されているから、これから単に「アロー」の称呼および「矢」の観念を生ずる。
したがつて、本件登録商標と各引用商標とは「アロー」の称呼および「矢」の観念を共通にする類似の商標であり、その指定商品も互いに牴触することが明らかである。よつて、本件登録商標の登録は、商標法施行法第7条第1項第10条第1項によりなお効力を有する旧商標法(大正一〇年法律第九九号)第2条第1項第9号に違反してなされたものであるから、同法第16条第1項第1号により無効とすべきものである。
三、審決を取消すべき事由(一) 引用商標(1)から(4)までの構成、指定商品、登録出願、(設定)登録の年月日が審決認定のとおりであること、
引用商標(1)から(3)までについて審決認定のとおりの各登録がなされていること、引用商標(1)から(4)までからはいずれも「アロー」の称呼および「矢」の観念を生ずることは認める。しかし、本件登録商標が各引用商標と類似する商標であるとした審決の判断は、以下に述べる理由により違法であるから、取消されるべきである。
(二) 本件登録商標の中心部に表示される楯形輪廓内の胸像が婦人像であり、その頭部に王冠が存在することは、審決認定のとおりであるから、これをクイーン(女王)の胸像と解さないことは経験則に反する。さらに、同胸像はトランプ風のデザインであり、同胸像を見ることにより直ちにトランプカードにおけるクイーンを連想させる。しかも、同胸像が楯形の輪廓と結合して中世の騎士道的なイメージを、伏在させることにより、クイーンのイメージを更に高揚させているのである。
また、前記楯形輪廓の下部を右から左につらぬくように図案化した矢が画かれていることは、審決認定のとおりである。この矢は装飾矢であり、その装飾性がクイーンと調和した矢である点において、女王と一体をなした矢であるとの印象を強めている。
したがつて、本件登録商標の図形は経験則上「クイーンアロー」、「女王矢」を表現していることが明らかであるから、「これを何と呼んでよいかその名称も極めて不確定な図形であつて」という審決の認定は、経験則に反した判断である。
(三) 本件登録商標は、前述のとおり、楯形輪廓内の女王の胸像の下部に、左右に分れて図案化された装飾矢を配したものであるが、この装飾矢の上部に「QUEEN ARROW」、その下部に「TOKYO SHIRTS CO」の文字が矢に沿つていずれも女王像をつらぬくように記載されている。したがつて、「TOKYO」と「SHIRTS CO」、矢の先端図と矢羽根部分の図とを分離して考えるのが不合理であるのと同様に、「QUEEN」と「ARROW」とを分離して考察する余地はない。
また、本件登録商標は、女王の胸像図形、装飾矢の図形、「QUEEN ARROW」の文字、出所を表示する「TOKYO SHIRTS CO」の文字が極めて顕著に一体的に結合したものであり、この構成によつて全体的に一つの表象を形成しているから、これを各文字、図形ごとに分断して「QUEEN」(女王)、
「ARROW」(矢)、「TOKYO」(東京)、「SHIRTS CO」(シヤツ株式会社)とその一つ一つを別個に観念しまたは称呼することは不自然である。
以上のとおり、本件登録商標は、その構成によつて商標として従来にない「女王矢」という新しい観念を形成し、「女王矢」としかいいようのない一体の商標として一般需要者を印象づけるのである。したがつて、本件登録商標からは、「ジヨオウヤ」、「クイーンアロー」の称呼および「女王矢」の観念を生ずるだけで、単に「アロー」の称呼および「矢」の観念を生ずる余地はない。
(四) 商標における観念とは「一見して記憶に映ずる心象」である。そして、これは具体的な意味内容をもたなければならないものではない。特に、本件登録商標のように無関係な言葉の結合からなる結合商標観念は、既成概念として存在することはあり得ないから、一般的な意味内容として把え難いものであつても差支えない。結合商標は二語の結合によつて新しい観念を形成し、需要者に対し新鮮な印象を与え、その識別性を増す作用を有する。
したがつて、本件登録商標からは「女王」および「矢」の観念だけが生ずるという被告の主張は理論の飛躍である。本件登録商標は「女王」と「矢」をばらばらに表現したものではなく、これを秩序によつて一体的に表現したものであつて、これを観念として表現すれば「女王矢」となるのである。例えば、【A】家の家紋として名高い「菊水」が既成概念である「菊」および「水」とは別に、「菊水」として記憶され独自の観念をもち得たように、「女王矢」も「女王」および「矢」とは別に「女王矢」として記憶され、独自の観念をもち得るものである。
しかも、原告は本件登録商標の出願前である昭和二八年頃から「クイーンアロー」、「女王矢」の称呼観念を生ずる商標を使用し、宣伝、広告を重ねて来た。
このため「クイーンアロー」は、本件登録商標の出願時には、原告の商品を表示するものとして需要者間に顕著であつた。したがつて、本件登録商標の出願前、「女王」とも「矢」とも異なる独自の観念としての「女王矢」の観念が需要者間に確立していたのである。
以上のとおりであるから、本件登録商標からは「女王矢」の観念だけが生じ、
「女王」および「矢」の観念は生じない。
(五) 本件登録商標は「クイーン」(女王)という独立の名詞が「アロー」(矢)という独立の名詞に結合したものであつて、「クイーン」の語は被告が主張するような品質等を表示する形容詞ではない。被告主張の「社交界の女王」または「花の女王」は、特定の婦人または特定の花を指し、社交界そのものまたは花一般を意味するものではない。また女王蜂は一般の蜂とは異質の蜂である。したがつて、「クイーンアロー」印の商品が「アロー」印の商品の一分類であると印象されるおそれはない。
しかも、我が国においては、近年本件登録商標のような結合商標の登録が極めて多くなつている。このことは、一般需要者の結合商標に対する識別意識が極めて高くなつていることを示すものである。また、本件登録商標の指定商品は一般的必需品であるが、身近な商品である程需要者の商標に対する関心が高いのが実情である。したがつて、本件登録商標は、被告主張のような誤認、混同を生ずるおそれはない。
(六) 被告の「アロー」印商標がワイシヤツについて本件登録商標の出願前我が国の取引者、需要者間に著名であつた事実は否認する。
被告の答弁
一、本件登録商標の構成、指定商品、登録出願および登録年月日、本件の特許庁における手続の経緯、審決理由の要点が原告主張のとおりであることは認める。
二、「本件登録商標からは「QUEEN」のほか「ARROW」の文字に相応して「アロー」(矢)の称呼観念が生ずることは決して少くないものと判断するのが取引の実際に照らし相当である」とした審決の認定は極めて正当である。原告自身本件登録商標を付した自らのワイシヤツを「女王マークの男シヤツ」と呼んでいる。
これは本件登録商標から女王の観念の自然に生ずるものであることを物語るものである。本件登録商標から女王の観念が生ずるとすれば、同じ商標から他の一部である「矢」の観念をも生ずべきことは理論上当然といえよう。
三、本件登録商標から「クイーン・アロー」という称呼も生ずることは争わない。
しかし、その場合にも「女王」および「矢」の観念が生ずるだけで「女王矢」という観念は生じない。
そもそも商品の需要者は、商標の外観を仔細に熟視し、これをそのまま記憶し想起するものではない。商標類否の判定に際しては、各別に時と所を異にして観察した場合を標準とする離隔的観察によるべく、商標を直接に対照比較する対比的観察のみによるべきでないとされるのはこのためである。商標の類否判定に際し、外観および称呼の他に観念についても検討すべきであるとするのも、商標が、その外観が正確に記憶されず、その商標が意味をもつ文字または図形よりなるときは、その意味によつて需要者に記憶されることが多いからである。
ところで、商標法第2条第1項の規定上外観のない商標は存しない。しかし称呼のない商標および観念を有しない商標は極めて多く存する。観念および称呼の存しない商標については外観のみが対比されることとなるのは当然である。商標類否の判断に際して用いられる概念としての「観念」とは決して外観に対応する表象あるいは外観に対する記憶をいうのではない。外観に対する表象とか外観に対する記憶は外観称呼観念の三分類のうえでは外観に属すべきものである。たとえばイ(にんべん)の商標については、もとよりその外観に対する表象とか記憶とかが看者の心理に生ずるが、これは商標の類否判断に際しての概念である「外観」に属するものではない。
原告は本件登録商標から「女王矢」の観念が生ずると主張するが、原告が「観念」として論ずるものは、まさに外観に対する記憶であり、これがもし商標類否の判断に際しての概念である「観念」であるとするならば、イ(にんべん)の商標も、単なる模様からなる商標も、観念を有するものといわねばならない。かくては商標類否の判断に際し、その「外観」の他に「観念」を考えるべき意味がなくなる。
前述のとおり、一般需要者は商標の外観を仔細に熟視し、これをそのまま記憶し想起するものではない。ある商標が意味内容を有する図形または文字よりなるとき、需要者はそのような、図形または文字のもつ意味内容によつてこれを記憶する。このような意味内容が商標類否の判断に際し手段として用いられる「観念」である。
本件登録商標についていえば、一般需要者は、「女王」と「矢」の二つの意味内容によつてこれを記憶する。そして、「女王」と「矢」の二つの観念のほかに、
「女王矢」という単一の独立の観念は存し得ない。観念によつて商標を記憶するには、商標の表現する観念があらかじめ一般需要者の脳裡に存しなければならない。
鳳凰の図形を見てそれが鳳凰を表現するものであると理解するのは、見る者の脳裡にあらかじめ鳳凰の観念が存するからである。鳳凰の観念を有しない欧米人が鳳凰の図形を見ても、単なる異様な図形として目に映ずるのみで、鳳凰を表現するものとは理解できない。したがつて、一般需要者は本件登録商標が「女王矢」を表現するものと理解することができないから、これを「女王矢」という単一の独立の観念によつて記憶することはあり得ない。
以上のとおり、本件登録商標からは「クイーン・アロー」の称呼と「女王」および「矢」の観念が生ずる。そして、この称呼観念は、引用商標(1)から(4)までの称呼観念と類似することが明らかである。
四、本件登録商標は、前述のとおり、「クイーン・アロー」と称呼され、一般需要者によりこの称呼に対応する「クイーン」(女王)と「アロー」(矢)の観念によつて記憶される。ところが、「クイーン」の語は、社交界の女王、花の女王(例えばバラ)のような語法あるいは女王蜂、クイーン・ビーの如き固有名詞からもうかがわれるように、その語によつて表現されるもののもつ属性の故に、優越、華麗といつた観念を直感せしめ、そのため商品の区別をとわず商標として用いられるに適する。したがつて、自他商品を識別する力において劣るいわゆる弱い商標に属するものである。
このような「クイーン」の語が「ARROW」のように自他識別力の強い、いわゆる任意選定語と結合して、クイーン・アローと称呼され、かつ「クイーン」と「アロー」の観念によつて記憶されるべき商標を構成するとき、「クイーン」の部分は、自然、自他識別力において劣らざるをえず、一般需要者は、いきおい、「アロー」の部分を商品の出所を示すものとして重視し、「クイーン」の部分は、ともすれば記憶より脱落し易い。また、たとえ「クイーン」の部分を記憶したとしても、
前記のように「クイーン」の語が商品一般について、優越、華麗といつた属性を示すに適しているという性質から、一般需要者において、「アロー」印商品の一分類を示すものとして認識しがちである。
そればかりでなく、出所を同じくする一定商品につき、サイズ、型式、品質、等級等の相違を示すため、出所の同一性を示す商標とサイズ等の差を示す標章とを結合せしめることは、しばしばみられるところである。このようなサイズ、型式、品質、等級等の差を示す目的のため他の商標と結合または併用される標章としては、
同一類概念に包括されるいくつかの種概念が極めて適当であり、実際に行われている、例えば、金、銀、銅とか、赤、白、黒とか松、竹、梅、桜とかがそれである。
キングとクイーンのような概念もこのような目的に極めてよくかなつているといわねばならない。したがつて、本件登録商標のように、「クイーン・アロー」と称呼され、「クイーン」とか「アロー」によつて観念される商標について、一般需要者が「アロー」印シヤツ中のある種類(ある生地、ある型)のものを指すものとしてこれを認識することのあることは当然予想されるところである。このことは、外観称呼観念の三分類にこだわることなく、本件商標と各引用商標を時と所を異にして観察するとき、それがそれぞれどのようなものとして一般需要者に記憶されるかを検討してみても同様である。そもそも、商品の需要者が商標の外観をそのままに記憶しないという傾向は、需要者が商品および業界に詳しくない一般人であればあるほど大きい。また、需要者が一般人であるときにおいても、商品が高価品でない場合は、そうでない場合よりもこのような傾向が強い。本件登録商標および各引用商標の指定商品はいずれも一般的必需品で、商標が外観どおり記憶されない傾向は特に強いといわねばならない。しかも、本件登録商標および各引用商標の指定商品、殊にワイシヤツは、一般に、一般需要者の目を惹くデザイン(文字、図案等)のほどこされた包装等によつて小売され、商標は、そのようなフアンシイなデザインの一部として表示されることが極めて多い。したがつて、一般需要者は、このようなデザインの一部として表示される商標の外観を正確に記憶しない傾向は特に強いといわねばならない。このような情況を考えるとき、一般需要者が本件登録商標を単純に「クイーン・アロー」印として記憶することが極めて多いと考えねばならない。そして、本件登録商標を単純な「クイーン・アロー」印と観念するとき、これを「アロー」印の一分類であると印象されるおそれは極めて多いといわなければならない。
したがつて、本件登録商標は引用商標(1)から(4)までに類似することが明らかである。
五、被告の「ARROW」印商標は、ワイシヤツについて本件登録商標出願時はもとより戦前から、我が国の取引者の間において著名であつた。このことはおよそワイシヤツの業界にある者の常識ともいうべきことである。被告は大正年代から我が国に対する「ARROW」印商品(ワイシヤツおよびカラー等)の輸出を始め、支那事変に入り綿製品の輸入についてきびしい制限を受けるに至つた後もこれをつづけ、遂に昭和一六年一二月の開戦に至つてこれを途絶した。戦後ワイシヤツの輸入がいわゆる自動承認制という形で自由化されたのは昭和三六年一二月のことである。
このように久しきに亘つた輸入制限のため被告による本件登録商標出願時に至るまでの我が国における毎年の販売額は決して多かつたとはいえない。しかし、販売量の多寡は必ずしも商標の著名性とは関係しない。輸入量は決して特に多い訳ではなかつたが、海外生活経験者や高級品を好む階層には戦前から「ARROW」印ワイシヤツは有名であつたのである。
したがつて、これと類似する本件登録商標は、旧商標法第2条第1項第8号に違反して登録されたものであり、商標法施行法第10条および旧商標法第16条第1項により無効とされるべきである。
証拠(省略)
理 由一、本件登録商標の構成、指定商品、登録出願および登録年月日、本件の特許庁における手続の経緯、審決理由の要点が原告主張のとおりであること、引用商標(1)から(4)までの構成、指定商品、登録出願および(設定)登録年月日が審決認定のとおりであること、引用商標(1)から(3)までについて審決認定のとおり各登録がなされていること、引用商標(1)から(4)までからはいずれも「アロー」の称呼および「矢」の観念を生ずることは、いずれも当事者間に争いがない。
二、本件登録商標をみると、その中央部にある楯形輪廓内の婦人の胸像は、トランプカードのクイーンを連想させるようなデザインによつて画かれており、その頭部に王冠があることから、クイーン(女王)を表わすものであることが容易に理解できる。したがつて、「これを何と呼んでよいかその名呼も極めて不確定な図形であつて」という審決の認定は誤りであるが、これだけでは審決を取消すべき事由にならない。そうすると、一般需要者が本件登録商標を一見すれば、これが「QUEEN」および「ARROW」の文字と「QUEEN」を表わす女王像および「ARROW」を表わす矢の図形の組合せからなるものと理解し、記憶するであろうと認められる。したがつて、本件登録商標から「クイーンアロー」の称呼が生ずることは明らかであり、この点は当事者間に争いがない。
三、(一) 次に本件登録商標からどのような観念を生ずるかについて判断する。
原告は、本件登録商標の構成からは「女王矢」の観念が生ずるだけであると主張する。そこで、本件登録商標を仔細に観察すると、前記の矢の図形は女王像の楯形輪廓の下部を右から左へつらぬくように画かれ、女王像と類似のデザインによつて図案化されている。しかし、「QUEEN」および「ARROW」の文字は女王像を中央に介して左右に分かれて記載されている。
そうだとすると、本件登録商標の外観が「女王」と「矢」を一体化した「女王矢」という単一の新しい観念を示唆していることは直ちに認めることができない。そればかりでなく、一般需要者が原告主張のように本件登録商標の外観を仔細に観察し、これを正確に記憶するであろうとは到底考えることができない。したがつて、
原告の前記の主張はこの点において既に採用できない。
(二) 本件登録商標が「QUEEN」と「ARROW」の二語の結合からなることは、前述のとおりである。原告は、本件登録商標はこの二語の結合によつて新しい観念を形成するものであり、商標における観念とは一見して記憶に映ずる心象であつて、この観念は具体的な意味内容をもたなければならないものではないと主張する。しかし、商標の観念とは、被告主張のとおり、一般需要者が文字または図形の意味内容によつて商標を記憶する場合の意味内容をいうものである。けだし、一般需要者は外観称呼のほかにこのような意味内容によつて商標を記憶する場合があるので、商標の類否を判定するにはこのような意味内容の異同を基準とする必要があるからである。原告主張の「商標を一見して記憶に映ずる心象」は、商標に関する外観称呼観念の三分類の見地から見れば、商標の外観に属すると認めるのが相当である。したがつて、原告の前記主張は採用の限りではない。
そうすると、無関係の二語を結合することだけによつては、新しい観念が形成されることはあり得ないことになる。もつとも、二語の結合からなる商標によつて新しい単一の観念が生ずるかのように見える場合はある。しかし、それは、商標の使用または宣伝、広告によつて新しい単一の観念が需要者の間に形成された場合か(例えば「握り矢」、(原告主張の「菊水」という紋章の場合もこれに類する。)、二語の意味内容よりはむしろ一連の称呼によつて記憶されるに至つた場合(例えば「竹矢」、「サンスター」)に限られると認めるのが相当である。
これを本件登録商標についてみるに「QUEEN」と「ARROW」の語が意味または情緒の上において互に関連性のない言葉であり、「女王矢」という単一の観念は一般的には存在しない。したがつて、本件登録商標の登録前、その使用または宣伝、広告により、その指定商品の需要者間に「女王矢」という単一の観念が形成されていた場合でなければ、本件登録商標から「女王矢」の観念が生ずるとはいえないことが明らかである。
(三) そこで、本件登録商標の登録前「女王矢」の観念が需要者の間に形成されていたかどうかについて判断する。
原告代表者本人尋問の結果およびこれによつて真正に成立したものと認める甲第三号証によれば、原告が本件登録商標の登録前である昭和二八年頃から、本件登録商標とは異なるが「Queen」および「Arrow」の文字と女王像および矢の図形からなる商標を附してワイシヤツ類を製造販売し、昭和三三年頃から本件登録商標の使用をはじめるとともに、一部地域においてテレビ・車内広告等によつたほか、主として、雑誌によりこれを宣伝広告したことが認められる。しかし、本件指定商品の需要者の層が広汎であることをあわせ考えると、これによつて「女王矢」という単一の観念が一般需要者の間に形成されたことは、到底認めることができない。
四、本件登録商標が「QUEEN」および「ARROW」の二語の結合からなることは前述のとおりである。そして、「QUEEN」および「ARROW」は、我が国において女王および矢を意味する英語として広く知られており、これらと同一または類似の発音を有する言葉で異なる意味をもつものはない(この点で「屋」、
「八」、「谷」、「夜」、「野」等の同音異義語を有する「矢」と異なる。)。したがつて、「QUEEN」および「ARROW」の語はいずれもそれ自体自他識別力を有する。また、「女王矢」という単一の観念が存在しないこと、「QUEEN」および「ARROW」の語が意味または情緒の上で互に関連性を有しないことは前述のとおりである。したがつて、本件登録商標が「クイーンアロー」と一連にのみ称呼されると認めなければならない理由はない。
そうだとすると、より簡単な称呼観念によつて商標を記憶しようとする一般需要者の傾向をあわせ考えれば、本件登録商標は、「クイーン」または「アロー」の称呼と「女王」または「矢」の観念を生ずると認めるのが相当である。そして、各引用商標が「アロー」の称呼と「矢」の観念を生ずることは、前述のとおり当事者間に争いがないから、本件登録商標と各引用商標は「アロー」の称呼と「矢」の観念を共通にする類似の商標であると認めなければならない。また、両者の指定商品が互に牴触することは前述したところから明らかであるから、本件登録商標の登録は旧商標法第2条第1項第9号に違反してなされたものである。
五、なお、証人【B】の証言および原告代表者本人尋問の結果によれば、原告の製品である本件登録商標を附したワイシヤツと被告の製品である「アロー」印のワイシヤツが特定のデパートの同じ売場で販売された場合でも、両者の誤認混同が生じたため需要者から苦情を持ち込まれたことがない事実が認められる。しかし、成立に争いがない乙第一八号証によれば、我が国の一般需要者が商標を指定してワイシヤツを購買することは、ほとんど行われていないことが認められるので、前認定の事実は、将来商標を指定してワイシヤツを購買する傾向が増大した場合に、両者の製品につき誤認混同が生ずるであろうことを否定する資料にならない。したがつて、前認定の事実は本件登録商標が各引用商標と類似すると認めることを妨げるものではない。
六、よつて、審決には原告主張の違法はないから、原告の本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条を適用して主文のとおり判決する。
裁判官 古関敏正
裁判官 瀧川叡一
裁判官 宇野栄一郎