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事件 昭和 35年 (ネ) 700号
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裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1972/07/28
権利種別 商標権
訴訟類型 民事訴訟
主文 本件控訴は、棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実及び理由
全容
一 当事者の求めた裁判1 控訴代理人は、
(一) 原判決を取り消す。
(二) 被控訴人は、「銀座●月堂」または「銀座●月堂本社」もしくは「銀座●月堂本店」の標章を干菓子、蒸菓子、掛け物、砂糖漬、西洋菓子、菓子および麺麭類ならびに包装用紙および領収証に使用してはならない。
(三) 被控訴人は、
(1) 東京都中央区<以下略>所在の被控訴人店舗入口ガラス戸に示した扇型三カ月標章(原判決別紙目録第一記載のものをいう。以下同じ。)および「銀座●月堂」という文字標章(2) 同店舗正面入口より向かつて右上およびその後方のいずれもガラス張り看板各一個に示した扇型三カ月標章および「銀座●月堂」という文字標章(3) 同店舗正面入口より向かつて右角の上のガラス張り看板に示した「銀座●月堂」という文字標章(4) 同所所在銀座●月堂ビル入口より向かつて右側上部看板に示した「銀座●月堂本社」という文字標章をいずれも使用してはならない。
(四) 被控訴人は、東京都内発刊の朝日、読売、毎日および産業経済の各新聞の朝刊および夕刊に、おのおの三回、別紙記載の内容の謝罪広告文を、氏名および宛名は二〇号活字、本文は四号活字をもつて掲載せよ。
(五) 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。
との判決を求め、
2 被控訴代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。
二 当事者双方の主張および証拠の提出、援用、認否は、つぎのとおり附加するほか、原判決事実摘示のとおりである。
1 控訴代理人は、当審において、つぎのとおり主張した。
(一) 本件各商標については、旧商標法(大正一〇年法律第九九号をいう。以下同じ。)第9条第1項の規定の適用がない。すなわち、旧商標法にいわゆる周知商標の使用権(先使用権)は、同法第9条第1項により初めて認められたのであり、
それ以前のわが国の商標に関する法制上には、これに相当する規定はなかつた。先使用権は、
商標権者の独占的商標使用権に対する制限であり、登録主義法制下において、このような権利を認めることは例外であり、法律上の明文によつて初めて存しうる権利である。したがつて、先使用権は、これが認められた法律が施行されたのちの登録商標に対する関係でのみ肯定されるものといわねばならない。しかるに、本件各商標の登録は、いずれも旧商標法施行以前にされたのであるから、これについては先使用権に関する前記法条は適用の余地がない。
(二) 本件各商標について、旧商標法第9条の規定の適用があるとしても、被控訴人は、同条に定める要件を欠き、先使用権を取得しない。すなわち、いわゆる「のれん分け」は、営業主が功労のあつた使用人に対して、自己の統制下において、自己ののれんを使用して、自己と同種の営業を営むことを許容するにすぎず、
営業の譲渡を伴うものではなく、しかも、のれんを傷つけたり、本店の統制に服さなかつたり、その他本店が必要と認めた場合はのれんを取り上げるという約束が付されるのである。換言すれば、「のれん分け」によるのれんの使用者は、のれんを自己のものとして使用しているのではなく、のれんはあくまでも本店(親方)のものであり、これと併存して支店(子方)に独自の同一ののれんが生じるのではない。したがつて、「のれん分け」の結果、本店の商標と同一の標章を使用したとしても、その使用者は旧商標法第9条第1項の「善意ニ使用スル者」に該当せず、その者からその営業および標章の使用を承継したとしても、承継人が先使用権を取得するいわれはない。のみならず、同法第9条第2項には、商標権者と先使用権者との間に争いがあることを前提として、その混同防止義務が定められているのであるが、これは元来、先使用権者による標章の使用が商標権者の意思によらずに開始されたものであることに由来する。しかるに、「のれん分け」の場合には、同一標章の使用は、商標権者の意思に基づくのであり、かえつて同一の標章であることに意味があるのであつて、当事者間に争いの余地はなく、あえて混合防止のための規定を設ける必要はないのである。このことは、「のれん分け」による同一標章の使用によつては、同条第一項の先使用権を取得しうる余地がないことを意味するものといわねばならない。
(三) かりに、Aが本件商標と同一の標章を使用したことが右法条の善意の使用に該当するとしても、被控訴人は同人から営業および標章の使用を承継したものではない。すなわち、Aは、明治一〇年に控訴人の先々代の許可を得て銀座●月堂を開店して以来本件標章の使用を継続してきたが、昭和七年一二月二七日に死亡し、
Bがこれを相続した。この間、Aは、昭和六年に経営形態を合資会社とし、さらに、同年一二月一四日株式会社に組織変えをして被控訴会社を設立したのであるが、本件標章の使用は、どこまでもA個人に留保されていたのであり、同人がこれを会社に承継させたという事実はない。
(四) かりに、Aがその経営形態を個人から会社組織に変更した結果、右会社がその営業および標章の使用を承継したとしても、現時点において、被控訴人は、右営業および標章の使用を承継しているとはいえない。すなわち、A死亡後、Bが被控訴人の代表者に就任したが、昭和一七年ごろ、同人と専務取締役C(昭和一六年六月一〇日死亡)の遺族との間において、会社の経営および債務の整理に関して紛争を生じ、東京地方裁判所昭和一八年(ワ)第一、二二二号株券引渡兼株式名義書換請求事件として訴訟が係属し、この間戦災により被控訴人の店舗および工場が焼失するなどしたが、昭和二一年五月一八日両者の間に調停が成立した。右調停において合意された内容の骨子は、(1)B側はその所有する被控訴人の株式全部をC側に譲渡して会社の経営から離脱する、(2)会社財産のうち戦災前の店舗敷地である銀座六の四宅地六七坪についての借地権をB側が取得する、(3)C側は戦災前の工場、倉庫の敷地約一五〇坪についての借地権を取得する、(4)被控訴人は近い将来解散して残余財産を分配することとし、その清算事務はC側が行なう、
(5)B側は被控訴人の商号を使用し、かつ、本件標章の使用を継続して和洋菓子の製造販売および和洋料理業の営業を再開することとし、被控訴人はこれを承認する、というのであり、Bは、その結果、同年一二月一二日自己が取得した借地上において株式会社●月堂(現商号株式会社木津●月堂)を開業し、「銀座●月堂」の商標を使用し、もつて従前の営業および標章の使用を再開した。これに対し、被控訴人は、右調停の結果、従来の営業および標章の使用を終了し、Bが右のように開業しても被控訴人はなんら営業を開始することなく経過したのである。もつとも、
被控訴人も約二年後に至つて「銀座●月堂本社」の名称で本件標章を使用して営業を再開したが、これは、戦災後の復興の進捗等その後の情勢の変化を見て、調停成立時の意思を変更したものであり、また、再開当初扱つた商品も菓子類ではなく、
清涼飲料水であり、被控訴人による右営業および標章使用は、前調停成立当時のそれとは全く異なり、新規に開始したものである。
(五) かりに、被控訴人が本件標章の使用を承継しているとしても、その使用関係は、元来控訴人の先々代が「のれん分け」として許諾した結果であり、本店が必要と認めたときは、何時でもこれを取り消しうる旨の約束があつたことは前記のとおりである。よつて、(1)控訴人は、本訴において被控訴人に対し、本件標章の使用許諾を取り消す。(2)かりに、右の使用許諾を本店の都合だけで一方的に取り消すことが許されないとしても、正当な理由があれば許されると解すべきであるが、本件標章の使用は、B一族だけに許された一身専属的なもので譲渡性がないものであるところ、Bはこれを被控訴人に承継せしめ、その結果、被控訴人は本店の統制に服さず、その統一的業務の発展または声価の維持を阻害しており、このような場合には、控訴人において、その使用許諾を取り消すべき正当な理由がある。
(六) 「●月堂」は、控訴人の登録商標であると同時に控訴人の商号である。したがつて、標章「●月堂」の許諾は、同時に商号「●月堂」の許諾を意味する。商法第23条によれば、自己の商号を使用して営業をすることを他人に許諾した者は、自己を営業主であると誤認して取引をした者に対し、その取引によつて生じた債務につき、商号の被許諾者と連帯して、弁済の責に任ずるのである。許諾者がこの責任を免れるためには、商号使用の許諾を取り消すことが認められなければならないことは、条理上当然である。控訴人は「●月堂」なる標章の使用をBに許諾し、被控訴人はこれを承継したものであり、控訴人はこれに対し積極的には異議を述べなかつたが、Bが被控訴人の代表者の地位を去り、被控訴人と無関係となつたので、右標章の使用の許諾を取り消したのである。それは、同時に、商号「●月堂」の使用許諾の取消にもなるから、少なくとも、被控訴人が右商号を使用することは違法である。
2 被控訴代理人は、当審で、つぎのとおり主張した。
(一) 控訴人の主張事実中、Aによる本件標章の使用が明治一〇年ごろの「のれん分け」に始まること、同人死亡後Bがその相続人となつたこと、B側とC側との間で被控訴人の経営等をめぐる紛争が生じて訴訟が係属し、その結果、調停が成立したこと、その後Bが被控訴人の商号と類似する商号を用い、かつ、本件標章を使用して開業したこと、被控訴人が終戦後しばらくの間和洋菓子の製造販売をしていなかつたことは認めるが、「のれん分け」に際して、控訴人主張のような約束があり、標章の使用許諾が許諾者の都合で一方的に取り消しうるものであること、右許諾がB個人に対して一身専属的なものとして与えられたこと、BとCとの間に成立した調停の内容が控訴人主張のとおりのものであつて、被控訴人による営業および標章の使用が終了したことはいずれも否認する。
(二) Aが銀座●月堂を創設した際、控訴人の先々代との間に如何なる約束があつたかは全く不明であるが、以来長年に亘り、本件標章を使用して来たもので、その間一度も問題が起きたことはない。また、●月堂の屋号で本件商標と同様の標章を使用して同種の営業をしている者は全国に数十軒あるが、これらについても、控訴人が主張するような約束や基準に従つてのれんの使用を取り消された例は一件もない。
「のれん分け」の場合において、分けてもらつた者がそののれんを構成する屋号、
商標、意匠その他商品製造上の秘訣、得意先などを自己のものとして利用するか、
あるいは、本店のものとして使用するかは、当事者の意思解釈の問題であり、「のれん分け」であるから自己のものとして使用するのではないとは断定できない。むしろ、分け与えられたものならば、その時から自己のものとして使用するのが当然である。
(三) かりに、のれんの使用が当初において控訴人主張のようなものであつたとしても、その後わが国は急速な経済発展を遂げ、これに伴い、法律上も旧時代の慣行を整理して新時代の取引に合致するよう合理化が進められ、商標法制も整備された結果、旧商標法第9条によつて周知商標の使用が権利として認められるに至つたのである。同法においては、先使用権は「のれん分け」による使用であると否との区別なく、一定の事実関係にある者に権利として認められ、商標権者の許可、不許可にかかわるものではなく、まして、商標権者がこの権利を一方的に取り消しうるというものでもない。それは一つの財産権であり、企業と共に移転することができるのであり、一身専属的なものではない。なお、同条第二項の規定は商標権者と先使用権者との両立を認めたうえで、その間の調和を図かるためのものであり、同法が商標権者の意思に基づく使用かどうかにより先使用権の発生を左右しようとしていることを意味するものではない。
(四) 商標権は、元来企業保護の制度であり、企業と分離した商標権はない。本件商標もAの銀座●月堂なる企業があつたからこそ、その先使用権が認められたのである。そして、Bは、この企業を合資会社に改組し、さらに株式会社としたのであるが、その際Bが有していた本件標章の先使用権も右企業に包括されて会社に承継されたのであり、先使用権のみを分離してB個人に留保し、他の部分のみを会社組織としたものでないことは多言を要しない。現に、会社設立後は、和洋菓子類の製造販売を営業目的とする会社が本件標章を使用して営業してきたことは明白な事実である。
(五) BとCとの間で成立した調停の内容の骨子は、(1)B側はその所有する被控訴人の株式全部をC側に譲渡して会社の経営から離脱する。(2)その代償として、会社に属した借地権六七坪をB側に譲渡する、(3)B側が後日菓子類の製造販売を開業する場合には、被控訴人が有していた砂糖その他の物資の配給物を分与する等して協力する、というのである。それは、あくまでも被控訴人が引き続き企業として存続することを前提としているのであり、本件標章の先使用権もまた引き続き被控訴人に属するものとされたことはもとよりである。もつとも、被控訴人は、終戦後しばらくの間、本来の営業である和洋菓子の製造販売を中止していたが、それは、当時戦災により営業用の建物が焼失し、砂糖その他の資材もなく、世の中は菓子どころの騒ぎでなく、その日その日の食糧入手にも事欠いた時代であつたからであり、本件標章の使用権が消滅したとか、これを放棄したとかの事実はない。なお、Bが、後日、被控訴人の商号に類似する商号をもつて新規開業し、本件商標と同一の標章を使用するに至つたが、それは、被控訴人の有する本件標章の先使用権の帰属とは、別個の関係にあるにすぎない。
3 証拠省略 理 由(争いのない事実)一 控訴人の先代が、本件図型商標について明治三二年七月三〇日商標登録(登録第一四七三六号)を受け、右商標権につき大正九年一二月二五日更新登録(大正九年七月二四日更新登録出願、登録第一二四〇二四号、指定商品は明治四二年農商務省令第四四号商標法施行細則(以下「明治四二年商標法施行細則」という。)第20条第四三類干菓子、蒸菓子、掛け物、砂糖漬および西洋菓子)がされ、また、本件文字商標について大正四年一二月一日明治四二年商標法施行細則第20条第四三類菓子および麺麭類一切を指定商品として登録出願をし、大正五年一月二〇日商標登録を受けたこと、その後右各登録商標につき控訴人主張の経過による存続期間の更新および営業とともにする譲渡がされて現に控訴人がその権利者であること、被控訴人が控訴人主張のとおり本件各商標と同一または類似の標章を使用して右指定商品と同一の菓子類を製造販売していることは、当事者間に争いがない。
(先使用権の有無について)二 被控訴人の抗弁につき審究するに、被控訴人は、その主張のとおり先使用による使用権を取得したものということができる。すなわち、
1 Dは控訴人の先々代の営む●月堂の使用人であつたが、多年の功労により東京両国の若松町に「のれん」を分けてもらい、本件各登録商標と同一の標章を使用して菓子類の製造販売を始めたこと、その次男Aが、遅くとも明治一〇年ごろ、分家すると同時に京橋南鍋町(現在の中央区<以下略>)に開店し、控訴人先々代の許しを得て同店を「銀座●月堂」と呼ぶとともに、本件文字商標に類似する右標章および本件図型商標と同一の標章を使用して菓子類の製造販売を開始したことは当事者間に争いがなく、原審および当審における証人Bの証言によれば、Aによる右銀座●月堂の個人営業は昭和六年ごろ合資会社の設立に至るまで連綿として続いたことが認められ、これらの事実によれば、Aは本件各登録商標の登録出願前から長年に亘り、善意で、菓子類に本件各商標と同一または類似の標章を付して製造販売しており、右標章はAの経営する銀座●月堂の菓子類を示すものとして、取引者または需要者の間にひろく認識されていたことを容易に推認することができ、これを覆すに足る証拠はない。
したがつて、Aは、旧商標法の施行日である大正一一年一月一一日以降本件各商標権に対し、「銀座●月堂」の文字商標および本件図型商標と同一の図型商標を菓子類に使用するにつき、先使用による使用権を取得したものというべきである。
2 控訴人は、先使用権に関する規定は旧商標法により初めて設けられたのであるから、同法施行前の法制下で登録された本件各商標権に対しては先使用権を主張する余地がない旨主張するが、旧商標法がその附則において一定の経過規定を設けながら、その施行前から使用されている標章の使用権の存否を旧法である明治四二年法律第二五号商標法(以下「明治四二年商標法」という。)により定むべきことについて何らの規定をも設けなかつたことに徴すると、他人の登録商標と同一または類似の標章等の使用権の有無については、旧商標法施行後にあつてはすべて同法第9条の規定により決定すべきものとした趣旨と解するを相当とし、本件についてこれをみるに、本件各登録商標のうち図型商標は、明治四二年商標法附則第三項において準用せられる明治四二年法律第二三号特許法第99条の規定により、同年一一月一日以降明治四二年商標法により受けたものとみなされ、さらに、本件文字商標ともども、旧商標法第40条第1項の規定により、大正一一年一月一一日以降旧商標法によりしたものとみなされたのであるから、同法第9条の規定に基づき同法施行の日以後、Aは本件各商標権に対し、菓子類につき前記各標章を先使用により使用する権利を取得したと解すべきであり、これと異なる控訴人の見解は、当裁判所の賛同しがたいところである。
3 Aが本件標章の使用を始めたのが明治一〇年ころ控訴人の先々代からのれんを分けてもらつた結果であることは前認定のとおりであり、明治初年に菓子の製造販売業者の間で行なわれた「のれん分け」が、多分に親方、子方の観念に由来し、
老舗の営業主が、永年勤続して功労があり、菓子の製造技術に優れ、かつ、人格的にも信頼のおける使用人に対して、老舗ののれんを分け与え、自己と同一または類似の商号なり商標を使用して、自己と同一または類似の菓子類を製造販売することを許容し、これを許された者は、旧主の恩義に報いるため、以後も本家の意向を尊重し、取り扱う商品の品質の維持や老舗の名声の向上のために協力し、尽力するというような色合いのものであつたことは、顕著な事実である。しかして、原審証人E、同F、原審および当審における証人Bの各証言ならびに控訴本人(原審および当審)の尋問結果の各一部には、●月堂の本家が「のれん分け」をした場合においても、そののれん(商号および商標)はあくまでも本家のものであり、のれんを分け与られた者(分店)はこれを無償で借り受けているにすぎず、原料の仕入、製造方法、包装、価格等についても引き続き本家の統制が及び、分店においてのれんを傷つけるような不都合な行為があれば、いつでものれんを取り上げるという約束がある趣旨の控訴人主張に副う供述が散見するが、右各供述をさらに、仔細に検討すると、のれんを分け与えられた者が分店を開設する際、その資金を本家に仰ぐわけでないばかりでなく、本家と分店とはあくまでも別会計の独立した企業であり、一つの企業における本店と支店の関係とは異なること、「のれん分け」に際して、のれんを傷つけるような不都合がないよう注意があるといつても、それは単に本家の主人が一場の精神訓話を垂れるという程度のもので、分店を法律的に拘束するような約束をしたり、それを書面に記載して取り交したりするまでの一般的な慣行があるわけでなく、本件においても、控訴人の先々代とAとの間に、如何なる約束があったかは一切不明であること、控訴人の先々代以来「のれん分け」は数多く行なわれたが、分店に不都合があつたとの理由でのれんを取り上げた事例は皆無であり、
Aの場合も、長年の間、一度も問題が起きたことがなく、たとえば、同人が借財のため破産に瀕したときも、本家としては、なんらの策も施さず、これを放置していたこと、本家より分店に対する各種の統制なるものも、当初はある程度行なわれていたものの、時が経つに従つて次第に有名無実のものと化していつたことが認められ、右認定に反する前掲各供述部分は採用しがたく、当審における控訴人本人尋問の結果により、その成立を認めうべき甲第一六号証は、前認定の事実に照らすと例外的な場合に関するものと認められ、もとより前認定を左右するに足りない。しかして、前掲各事実によれば、控訴人の先々代ないし先代とAとの間柄は、これを精神的、道徳的な基準から見た場合には、依然として親方、子方の関係として把えることができたにしても、法律的観点からすれば、両者はあくまでも別個、独立の企業であり、その商標の使用関係も、当初は「のれん分け」に由来するとしても、その後においては、分店であるAがこれを自己のものとして独立に使用するに至つたものというべきである。これに反する控訴人の主張も採用できない。なお、旧商標法第9条第2項は、控訴人主張のとおり、商標権者と先使用者との間の混同防止義務について規定するところがあるが、そうであるからといつて、本件のように、商標権者からの「のれん分け」により同一標章の使用を開始した者に同法条による先使用権が認められる余地がないと断ずることは妥当ではない。
4 Aは銀座●月堂を個人経営していたが、昭和六年ごろこれを合資会社組織とし、さらに同年一二月一四日被控訴会社に組織を変えたことおよび同人は昭和七年一二月二七日死亡し、Bが相続したことは当事者間に争いがない。控訴人は、右会社設立に際し、本件の条標章使用権はA個人に留保され、右合資会社ないし被控訴人には承継されなかつた旨主張し、原審ならびに当審における証人Bの証言および控訴人尋問の結果中に、これに副う供述があるが、右はいずれもAによる本件各標章の使用が「のれん分け」に由来するものであり、一身専属的であり、かつ、個人に対してのみ許され、法人への譲渡は認めないという、「のれん分け」についての一定の認識、判断が前提となつているものであることがその供述自体に徴し明らかであるところ、右のような認識が法律的には正当でないことは前説示のとおりであるから、これを前提とする前記各供述が採用できないことも明らかである。しかして、前認定のとおり、Aは、旧商標法施行の日以降、すでに、本件商標に対して、
これと同一または類似の標章を、菓子類に使用するにつき、先使用による使用権を取得したのであり、それは一身専属的なものではなく、営業と共にする以上は、これを法人に対しても譲渡することができる性質のものであり、この事実と、成立に争いのない乙第五、第六号証および原審証人Gの証言、原審および当審における証人Hの証言ならびに弁論の全趣旨により認めうべき前記各会社がB一族の個人会社であつたとはいえ、会社設立後にこれとは別個にB個人の営業が併存したわけではなく、Aの個人経営にかかる銀座●月堂の営業は、結局、すべて被控訴人に承継された事実とを併せ考察すれば、本件標章の先使用権もまたこれと共に被控訴人に承継されたものと推認するのが自然であり、他にこれに覆すに足る証拠は存しない。
したがつて、被控訴人は、その設立当初より、旧商標法第9条第1項後段の規定により、本件商標に対して、Aが有していた前認定の先使用による使用権を取得したというべきである。
(調停による使用の終了および使用許諾の取消について)三1 被控訴人の代表者であつたBとその専務取締役であつたCの遺族との間で、
昭和一七年ころ、被控訴人の経営および債務の整理に関して紛争が生じ、株券引渡請求の訴訟が係属したこと、被控訴人の店舗等が戦災によつて焼失する等の経過があり、被控訴人が、終戦後しばらくの間、菓子類の製造販売をしていなかつたこと、昭和二一年五月一八日右訴訟事件につき当事者間に調停が成立したことおよびこの調停によりBが被控訴人より戦災前の店舗敷地の借地権を譲り受け、しばらくの後、同所において、被控訴人の商号と類似した商号を用い、かつ、本件商標と同一の標章を使用して菓子類の製造販売を開業したことは当事者間に争いがない。控訴人は、被控訴人が右調停の結果、その営業および本件標章の使用を終了するに至つた旨主張し、原審証人F、および当審における証人Bの各証言ならびに控訴本人(原審および当審)尋問の結果中にはこれに副う供述部分がある。しかし、成立に争いのない乙第二号証の一(調停調書)によれば、前記調停において合意された内容として、被控訴人が遠からず解散をすることを前提としているかのような事項もないではないが、全体としてこれをみれば、むしろ被控訴人の営業の存続を前提としつつ、被控訴人の経営から手をひいて、みずから同種の営業を開始する意向の強かつたBとの間において、種々の調整を図る趣旨の条項が主となつており、このことと、原審証人G、原審および当審における証人Hの各証言とを併せ考えると、控訴人の主張に副う前記各供述部分もまた信をおきがたく、他に控訴人の前記主張事実を証するに足りる証拠はない。なお、被控訴人が終戦後しばらくの間菓子類の製造販売をしていなかつたことは前認定のとおりであるが、原審証人Hの証言によれば、その理由は、終戦後しばらくの間砂糖等の入手が意に任せず、また、営業用の店舗、倉庫等が焼失していて、菓子類の製造販売が事実困難であつたために他ならないことが認められ、これをもつて被控訴人が当時その営業を廃したとか、本件標章の使用権を放棄したとかいうことができないのはもとよりである。
2 控訴人は、さらに、本訴において被控訴人に対し、その標章の使用許諾を取り消したから、被控訴人はその商標ないし商号を使用することができない旨主張するが、右の主張はいずれも被控訴人による本件標章の使用関係が控訴人よりの使用許諾に基づくものであり、かつ、控訴人においてこれを取り消しうる法律関係にあるとの見解を前提とすることが明らかである。しかし、被控訴人による本件標章の使用権原は、前認定のとおり、旧商標法第9条第1項の規定(昭和三四年法律第一二七号商標法が施行された昭和三五年四月一日以降は、同法施行法第4条の規定に基づき、同法第32条第1項)による先使用権であるから、控訴人の右各主張はその前提において誤つているというべきである。
(むすび)四 叙上のとおり、控訴人の本訴請求は、進んで、その余の点につき判断するまでもなく、すべて失当として棄却すべく、これと同趣旨に出た原判決は正当である。
よつて、本件控訴は棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第89条を適用して、主文のとおり判決する。
追加
(別紙)謝罪広告貴殿が専用権を有せられる商標登録番号七六、九四七号(●月堂)および同第一二四、〇二四号〈11729-001〉の商標を昭和二三年一一月四日店舗新築とともに無断で使用致しましたことは、誠に申し訳なく、爾今絶対に使用致さないことを誓約致しますとともに、ここに新聞紙上において、普く謝罪の意を表する次第であります。
昭和年月日中央区<以下略>株式会社銀座●月堂代表取締役I中央区<以下略>●月堂本店J殿
裁判官 三宅正雄
裁判官 武居二郎
裁判官 友納治夫
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