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関連審決 審判1955-170
関連ワード 識別力 /  包装 /  指定商品 /  普通名称(3条1項1号) /  慣用商標(3条1項2号) /  普通に用いられる方法 /  先使用(32条) /  外観(外観類似) /  国内 /  警告 /  差止 /  連合商標 /  共有 /  存続期間 /  無効審判 /  先使用権 /  同業者 / 
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事件 昭和 35年 (行ナ) 32号
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裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1971/09/03
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が、昭和三五年四月二八日、同庁昭和三〇年審判第一七〇号事件についてした審決を取り消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の申立て
一 原告ら 主文と同旨の判決を求める。
二 被告 原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は、原告らの負担とする。
との判決を求める。
原告らの請求の原因
(被告の本件商標)一 被告は、登録第四五五、〇九四号商標(以下「本件商標」という。)の商標権者である。この商標は、別紙記載の文字からなり、丸薬を指定商品として、昭和二五年四月三〇日登録出願、昭和二九年一〇月三〇日に登録されたものである。
(原告らの無効審判の請求および本件審決)二 原告らは、昭和三〇年四月二五日、特許庁に対し本件商標の登録無効の審判を請求した。その審判請求の理由は、「正露丸」は、本件商標の登録以前から、クレオソートを主剤とする胃腸用丸薬(以下「本件医薬品」という。)の普通名称であつたから、本件商標は、指定商品中の本件医薬品に使用する場合は、単に商品の普通名称の表示でしかなく、旧商標法(大正一〇年法律第九九号)第1条第2項にいう特別顕著性を欠くものであり、また、本件医薬品以外の丸薬に使用する場合は、
正露丸でないものを正露丸と誤信させるおそれがあるから、同法第2条第1項第11号に違反し、したがつて、同法第16条第1項第1号によりその登録を無効にすべきものである、というのである。
この審判の請求につき、特許庁は、昭和三〇年審判第一七〇号事件として審理のうえ、昭和三五年四月二八日請求人の申立ては成り立たない旨の審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は同年五月一八日原告らに送達されたが本件審決の理由の要点は、本件商標の構成、出願日および登録日ならびに指定商品を前記のとおり認定したうえ、証拠によつても、本件商標の登録当時「正露丸」が本件医薬品の普通名称であつたことを認めることができず、したがつてまた、本件医薬品以外の丸薬にこれを用いても、
商標の誤認を生ずるおそれがあるものとも認められないから、本件商標の登録を無効とすべき限りではない、というものである。
(本件審決を取り消すべき理由)三 しかしながら、以下説明するとおり、本件審決は判断を誤つた違法のものであるから、その取消しを求める。
(「征露丸」名称の起源)(一) 明治三七、八年の日露戦争以前、当時の陸軍軍医学校において、戦場で発生する腸性の伝染疾患、とくに腸チブス、赤痢等の予防薬として、クレオソート製薬剤の創製の研究が行なわれ、同戦争の勃発に伴い、軍の方針により、これを丸薬として出征中の全将兵に右疾患予防のため連日服用させることとし、明治三七年三月中ごろから陸軍衛生材料厰で製剤して配布されたのが、この種丸薬製造の始まりである。そして、軍当局は、この丸薬が特殊な薬臭のため服用され難いことを考慮して、服用を奨励するため、これに戦争名にちなみ「征露丸」と命名したのが、その名称の起源である。
(「征露丸」名称の普及)(二) 同戦争後、帰還将兵により、戦陣薬「征露丸」の名称と、その薬効の顕著であることが喧伝され、かつ、右薬剤の製造販売と名称の使用が民間の製薬業者一般に開放された結果、右名称を踏襲使用して同薬剤の製造販売をする業者が、明治、大正の時代を通じ数十名に達し、どの業者の製品も「征露丸」の名称で販売されていた。
(「征露丸」商標の登録無効の審決、「正露丸」および「何々正露丸」の名称の出現)(三) 鳥栖製剤合資会社は、いち早く明治三八年九月に指定商品丸薬につき「征露丸」の文字からなる商標の登録を得た(登録第二四、二〇八号)ところ、同業者の【A】は、大正一一年ごろ同商標権の持分を譲り受けて共有者となるや、「征露丸」商標使用の他の業者に対し商標権侵害を理由に禁圧手段に出たが、大正一三年八月同業者である日本製薬株式会社ほか二名より、同商標につき登録無効の審判が請求された結果、大正一五年六月二八日大審院において、同商標は日露間の平和回復後は、その語意にてらし国際間の通義に反し秩序を紊るものであるとの理由で、
これを無効とした抗告審判の審決が是認され、同商標権は遡つて効力を失つた。
その後、業者の中には、右判決の趣旨を汲んで「征露丸」の名称の使用をやめ「戦友丸」「平和記念丸」などの別名に変えたものもあつたが、その場合でも、包装外箱等に「旧名称征露丸」、「通称征露丸」などの表示を添え、従来の征露丸と同一のものであることを明らかにするのが通例であり、また、監督官庁の行政指導により、「セイロ」「セイロ丸」等の仮名文字に変えたり、「征」の字を、これと呼称をおなじくし外観も近似する「正」の字で置きかえ「正露丸」の名称を用いるものが圧倒的に増加するにいたつた。これに伴い、業者の中には、自己の商品を特徴づけるため、「何々正露丸」のごとく「正露丸」「正露」または「セイロ」の文字の上に、業者名その他の固有名詞からなる文字、または文字と図形の結合からなる社標など、固有の標識を付記あるいは結合させ、取引面においても、この固有標識または業者の名称あるいは包装外箱の着色等によつて、他の業者の同種商品と区別し取引されてきたのである。
(一般需要者の認識)(四) 「征露丸」の名称は、このように特殊な起源由来と、多くの業者による名称使用により、一般需要者にも広く認識され、需要者は、右のような名称の起源は知つていても、それがどこか特定の業者の商標であることを知る者は僅少であつた。また、「征露丸」「セイロ丸」「セイロ」も、前記のいきさつから需要者により本件医薬品を指称する共通の名称として受けとられてきたものであり、さらに、
「何々正露丸」といつた商標の出現は、いつそう、単なる「正露丸」「セイロ」の名称をもつて本件医薬品の一般名称であるとする需要者の意識を強化するにいたつたのである(被告自身も、本件商標の登録後である昭和三〇年八月までは、もつぱら「【A】正露丸」の商標を用いていたのであつて、これは、他の多数の業者と同様に、「正露丸」だけでは他の業者の商品と区別できないことを認めていた結果にほかならない。)。
(「正露丸」は普通名称)(五) 以上のとおり、「征露丸」の語は、その特殊の起源由来から、本件医薬品の標章としては、自他商品の識別力を欠き、したがつて、「征露丸」から転化した「正露丸」の語も、本件商標の登録当時、本件医薬品に用いる標章として特別顕著性を欠くものというべきであり、また本件医薬品以外の丸薬にこの標章を用いるときは、正露丸でないものを正露丸であるかのように世人を誤信させるおそがあるというべきであつて、これに反する本件審決の認定は誤りである。
(被告の主張に対する反論)四 【A】が、明治三五年三月に「忠勇征露丸」の方名で売薬許可を得たという被告の主張事実は争う。かりに、被告主張のとおり、征露丸の創始者が【A】であつたとしても、国民一般の間にはそのような認識はなく、日露戦争において国家が征露丸を製造し、戦力増強の戦陣薬として用いたという事実およびその事実についての国民の普遍的な認識が存在することにかわりはない。
また、本件商標の基本商標である登録第二三五、六七一号商標「セイロ」は、丸薬を指定商品として昭和七年七月一二日に登録されたものであるが、前記のとおり、商品の普通名称である「征露丸」の要部を仮名書きしたものにすぎないから、
この商標の登録を許容したことは違法である。
本件医薬品の普通名称は「クレオソート丸」または「クレオソート丸薬」であるという被告の主張は、争う。「クレオソート丸」は、日本薬局方の規定によつて、
その成分規格と「クレオソート丸」なる名称ならびに「局方」の表示を法定された薬品であり、正露丸は、局方外(公定書外)の薬品であつて、両者の間には法規上厳然たる区別があつた。また、「クレオソート丸」が本件医薬品の普通名称であるとしても、「正露丸」がその普通名称でないという理由にはならないのである。
被告の答弁
一 原告らの請求原因中、一、二の事実は認めるが、同三の本件審決は違法であるという主張は、争う。
(「征露丸」と本件商標とは別個)二 まず、原告は「正露丸」が普通名称であることをいうに止まり、本件商標が普通に用いられる方法で表示されている点について、主張するところがないが、普通名称の普通の用法としてみる限り、「征露丸」と「正露丸」「せいろ」「セイロ」は決して同一でなく、したがつて、「征露丸」が原告主張の由来により普通名称となつたとしても、本件商標の特別顕著性とは関係のないことである。
(【A】の「征露丸」営業と被告の承継)三 「征露丸」の命名者は軍ではなく、【A】である。すなわち、【A】は、明治三五年三月二五日大阪府において「忠勇征露丸」の方名をもつて売薬営業の免許を受け、「征露丸」または「忠勇征露丸」の商標を用いて、クレオソートを主剤とする丸薬を胃腸病および肺病薬として発売したのであつて、同人がクレオソート丸薬に「征露丸」の名称を使用した創始者である。【A】は、昭和二〇年三月に死亡するまで四〇余年間、「征露丸」「【A】正露丸」または「忠勇征露丸」の商標名で、クレオソートを主剤とする丸薬を全国的に売り拡めてきた業者であつて、被告は、昭和二一年に、【A】の相続人から、【A】薬房の商標権および営業権等いつさいの権利を【B】を経由して譲り受け、これを承継した。
(「セイロ」商標権と被告の承継)四 一方、【A】の営業とは別に、【C】が錠薬、煉薬その他を指定商品として明治三九年四月に登録を受けた登録第二五、八六五号商標「セイロ」およびその連合商標として、丸薬を指定商品として昭和七年七月に登録された登録第二三五、六七一号商標「セイロ」があり、前者は存続期間の満了により失効したが、後者は、権利者浪速製薬株式会社から【D】、大阪製薬株式会社を経て、昭和二九年七月、その連合商標として当時出願中の本件商標等の権利とともに被告の取得するところとなり、ここに、前記【A】に由来する「忠勇征露丸」等の系統と、【C】に由来する「セイロ」等の系統が、営業権、商標権とも被告の手に統合所有されるにいたつたのである。
(被告の商標管理)五 かくして、昭和二九年当時はもとより、現在においても、わが国におけるクレオソート丸薬の九〇%は被告が製造販売しており、古くは新聞雑誌で、最近はラジオ、テレビを通じ、莫大な宣伝広告費を投じて本件商標権の維持と著名性の拡張に努力すると同時に、被告の商標の名声に便乗しようとする他の業者への対策として、被告の商標権を侵害する者には警告を発して侵害行為を中止させ、被告の商標に類似する商標の登録を受けた者に対しては、無効審判を請求してその登録を無効ならしめるなど、本件商標等の商標管理に意を用いた結果、現在では、「正露丸」または「何々正露丸」の名称を使用する業者は、原告、被告および被告の許諾による使用者一名のほかには存在しない。昭和二〇年代前半の戦後混乱期にいくらかの侵害品が出現したとしても、それらの業者の大部分は、いわゆる配置販売業者であつて、通常の流通経路を外れた特殊の販売方法をとる泡沫業者にすぎなかつたのである。
(本件医薬品の普通名称は「クレオソート丸」)六 本件医薬品の普通名称は、「クレオソート丸」または「クレオソート丸薬」であつて、「正露丸」ではない。このことは、本件医薬品が、「正露丸」のほか、
「戦友丸」「仙露丸」「軍令丸」「征腹丸」「クレオ丸」等の商標をつけて販売されている事実に徴して明らかであり、原告主張のような日本薬局方の規定があることは、「クレオソート丸」または「クレオソート丸薬」が本件医薬品の普通名称であることとは別個の問題である。したがつて、本件医薬品以外の丸薬に正露丸の商標を用いても、商品の誤認を生ずるおそれはない。
証拠関係(省略)
理 由一 原告らの請求原因一、二の事実(被告の本件商標、原告らの無効審判の請求および本件審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。
そこで、以下、原告らが本件審決の違法事由として主張する事実、すなわち、
「正露丸」の語が、本件商標の登録日である昭和二九年一〇月三〇日当時、本件医薬品の普通名称を表示する語であつたかどうかを判断する。
二 成立に争いのない甲第三、四号証、第九号証、第三四ないし三六号証、第四四号証の一ないし一〇、第四五号証、第六四、六五号証、第八四号証(同号証については、原本の存在も争いがない。)および乙第一六〇号証の一、二によれば、原告らの請求原因三の(一)の事実(旧陸軍による本件医薬品の創製およびこれに「征露丸」と命名した経緯)ならびに、日露戦争後、帰還将兵からの言い伝えなどにより、このような「征露丸」の創製および命名に関する経緯が広く国民の間に知られるようになつた事実を認めることができる。
被告は、明治三五年に【A】が、「忠勇征露丸」の方名で売薬営業の免許を受け、クレオソート丸薬に「征露丸」の名をつけて発売したと主張するけれども、被告の援用する乙第四九号証の一、二は、同号証自体および原本の存在ならびにその成立に争いのない甲第八三号証によれば、明治四二年一一月に名義人の転居により書換え下付されたものであることが明らかであるから、(その成立について判断するまでもなく)必ずしも前記の認定を覆えして被告主張の事実を立証するに足るものではなく、他にこれを認めるに足る証拠はない(かりに、このような事実が存在したとしても、それは、前記「征露丸」の創製、命名および日露戦争における軍陣薬としての使用に関する国民の認識が生じたこと自体には、かかわりのないことである。)。
三 成立に争いのない甲第五号証の一ないし三、第六ないし一三号証、第二〇ないし四三号証、第四四号証の一ないし一〇、第四五号証、第五〇号証の一、二、第六四、六五号証、第六八号証、第八〇号証、第八六号証、原告主張のものであることに争いのない検甲第二ないし五四号証、成立に争いのない乙第一ないし一八号証、
第二二ないし二四号証、第五〇、五一号証、第五四号証、第一〇六ないし一〇九号証、第一一九号証、第一二七号証、第一三二号証、第一四七号証、第一五〇ないし一五六号証、第一五八号証の一、第一六〇号証の一、二、第一六七号証、第一八〇号証、証人【E】の供述により成立を認める乙第五二号証の一、二、第五三号証の一ないし三、その様式自体により成立を認める乙第一〇〇号証および証人【F】、
【G】、【E】、【H】、原告和泉薬品代表者【I】の各供述ならびに弁論の全趣旨によれば、(「征露丸」名称の普及、【A】の営業および浪速製薬との抗争)(一) 日露戦争の終了後、前記のように陸軍が創製し命名したのと同じ本件医薬品を製造し、「征露丸」の名称で、これを廃兵の手により全国津々浦々に行商販売させた業者があり、【A】も、明治三九年ごろ大阪市内に本部を設け、右のような方法で征露丸の製造販売を開始したが、佐賀県の鳥栖製剤合資会社が、「征露丸」の文字からなり丸薬を指定商品として明治三八年六月登録出願、同年九月登録の登録第二四、二〇八号商標権を有していたので、【A】はその一部を譲り受けて共有者となつた。明治末期から大正年代にかけて、同種薬剤に征露丸の名称をつけて販売する者が三〇余名あり、本件医薬品を指す名称として「征露丸」の名は日本国内に周知されるようになつたが、【A】が右共有商標権にもとづいて他人の征露丸名称の使用を禁止しようとしたことが端緒となり、大正一三年、同業者である日本製薬株式会社ほか二名から、「征露丸」は本件医薬品の慣用商標または普通名称であること等を理由として、右商標の登録無効の審判が請求され、大正一五年六月二八日大審院において原告主張の内容の判決がされ、同商標権は失効した。右無効審判請求のころ、【A】と鳥栖製剤合資会社は、指定商品丸薬につき「正露」「征露」「せいろ(SEIRO)」の文字からなる各商標の登録を出願し登録を得たところ、昭和三年浪速製薬株式会社がその有する登録第二五、八六五号商標(「セイロ」の文字からなり、煎剤、錠薬、煉薬等を指定商品として明治三九年四月二四日【C】を権利者として登録されたもの)に類似することを理由として、右各商標の登録無効の審判を請求し、昭和四年五月これを無効とする審決が確定した。また、
前記大審院判決があつたころ、【A】の「征露丸」名称の使用に対し、浪速製薬株式会社から右商標権の侵害等の告訴がされたので、【A】は、昭和初年ころ以降は「忠勇征露丸」の名称を使用することになつたが、これについても浪速製薬株式会社との間に、昭和一二年以降右商標権の権利範囲確認審判あるいは右商標権にもとづく差止め等の訴訟が提起され、結局、昭和一八年五月一四日裁判上の和解により、【A】の「征露丸」標章についての先使用権が認められた。
(「正露丸」「何々正露丸)の出現)(二) 右のような【A】をめぐる征露丸の名称に関する係争の存在は、主として【A】の営業が活発であつたことによるもので、【A】以外にもその名称を使用する者は、大阪、奈良、滋賀、富山を中心として全国的に多数存在した。前記大審院判決以後、昭和一〇年代にかけて、「征露丸」の名称を廃して「戦友丸」のごとく他の名称に改めた業者もあつたが、その場合も旧名征露丸である旨を付記するものが多く、また「征」の字を、これと発音を同じくし外観も類似する「正」の字にかえて「正露丸」とするものもあり、さらに、多数の同業者間で自他の商品を識別するために、「何々正露丸」のごとく業者名その他の固有の標識を付記する例が多くなり、やがて昭和一八年第二次世界大戦による企業の合同が実施せられるに及んで、群小の本件医薬品業者は、原料の不足とあいまつて、比較的少数の企業体に統合されて存続することになつた。
(第二次世界大戦後の「正露丸」等の業者の乱立)(三) 第二次大戦中の軍隊においても、本件医薬品は戦陣薬として用いられ、
「せいろがん」と呼ばれて将兵の間になじみ深いものであつたが、戦後の昭和二二年ごろから、統制の解除に伴い、戦前同様に大阪、奈良、滋賀、富山、香川、岡山、愛知、三重、東京の各都府県に、「正露丸」「征露丸」「せいろ丸」「セイロ丸」またはこれらの文字に業者名その他の標識を付記した「何々正露丸」の名称を用いた本件医薬品の製造販売業者(たとえば、大阪―帝国製薬株式会社の「正露丸」、高田製薬株式会社の「タカダ正露丸」、奈良―共立薬品工業株式会社の「正露丸」、高市製薬有限会社の「まつやセイロ丸」、滋賀―日新製薬株式会社の「日新正露丸」、松本隆盛堂薬房の「松本正露丸」、富山―第一薬品株式会社の「第一正露丸」、長寿堂の「長寿正露丸」、株式会社大学堂の「本方正露丸」、興和薬品工業株式会社の「興和正露丸」、香川―香川製薬株式会社の「(SEIROGAN)強力せいろ丸」、岡山―岡山県製薬株式会社の「セイロ丸」、愛知―合資会社亀井商店の「亀井正露丸」、三重―相互製薬株式会社の「相互正露丸」、森製薬株式会社の「キング正露丸」、三協製薬社の「三協正露丸」、東京―健天堂製薬所の「正露丸」、中島春製薬所の「ロート正露丸」、三晄薬業株式会社の「三晄正露丸」など)が続出し、その数は五〇を下らず、これらの業者の中には全国的に行商ないし配置販売を行なうものもあり、昭和二四年から昭和二九年ごろを頂点として「せいろがん」と呼ばれる本件医薬品は、家庭薬として全国に浸透した。そして、
需要者が「せいろがん」と呼んでこれを購入しようとする場合、売薬業者は、いくつかの業者の製造販売にかかる本件医薬品のうち、任意のものを客に売り渡すのを通常とし、特定の業者の商品を売買しようとするときは、とくに「何々せいろがん」と呼び、または包装外箱の着色などの特徴を示さなければ、その特定が不可能の状態であつた。そのころ、所管の厚生省薬務局は、業者からの「征露丸」の製造許可申請に対し、その方名を「正露丸」に改めるよう行政指導をしたので、「征」の字を用いる業者はしだいに減少し、一般の需要者も、日露戦争いらい用いられた「征露丸」の名が、第二次大戦後の平和回復とともに、「征」の字の使用が望ましくないために「正」の字に置き換えられ、または仮名書きとされたものであることや、表示する文字は変わつても本件医薬品の実体に変わりはないことをよく認識していたのであつて、その意味で「正露丸」「せいろ丸」「セイロ丸」の語は、「征露丸」と同一物を指す語として一般に認識されるにいたつた。
(「正露丸」等の普通名称化)(四) 本件医薬品は、クレオソートを主剤とする丸薬であるため、「クレオソート丸」と呼ばれることもあり、また商品名として「クレオソート丸」「クレユウ丸」「平和記念丸」「仙露丸」「戦友丸」なども用いられたが、需要者はこれを「せいろがん」と認識しそのように呼ぶことが多く、したがつて、業者の側でも、
「平和記念丸」や「仙露丸」あるいは前記「戦友丸」の例のように、その旧名または通称が征露丸であることを包装外箱に註記するものや、「仙露丸」「クレユウ丸」の例のように、その名では実体がわからず売れないため、結局「何々正露丸」の名に改め、あるいは「何々正露丸」の名をつけた同一医薬品を別に発売するという状態であつて、このような状態は、すなわち、「征露丸」「正露丸」または「せいろ丸」の語が、本件医薬品自体を指称する語として不特定多数の業者により使用され、一般需要者にもそのような語として認識されていることを示すものにほかならない(被告主張のように、本件医薬品の普通名称として「クレオソート丸」または「クレオソート丸薬」の語が用いられることがあるとしても、そのために、「征露丸」「正露丸」等の語が本件医薬品の普通名称でないということにはならない。)。
(商標管理の不徹底)(五) 右のような状況に対して、前記登録第二三五、六七一号商標「セイロ」の商標権者であつた大阪製薬株式会社は、昭和二七年末ごろ、商標権を侵害すると思われる者に対し内容証明郵便で侵害の中止を求める通告をし、そのころ他人が出願した「スミヨシセイロ」の商標について登録異議の申立てをして登録の拒絶を得、
「三和正露丸」の使用者三和製薬株式会社を告訴し、昭和二八年には「軍歌正露グンカセイロ」「ゼンコクセイロ」「金鵄征路丸」の登録商標について無効審判を請求してこれを無効ならしめ、昭和二九年「強セイロ丸」の使用者粟村薬品工業株式会社に対し、訴えにより使用の差止めを請求して勝訴するなど、いわゆる商標管理を行なつて「セイロ」に類似する名称の使用を排除しようとしたが、その対象は主として大阪附近の業者に限られ、その方法も、前記のような全国にわたる需要者一般の長年にわたり植えつけられた認識を改めるにいたるほど徹底したものではなかつた。被告主張のような強力な商標管理や莫大な費用による宣伝広告は、本件商標の登録以後のことに属する。
以上の事実を認めるに十分であり、この認定を左右するに足る証拠はない。
(結論)四 右認定の事実関係によれば、本件商標を構成する「正露丸」の語は、「征露丸」の語から転化したものといつてさしつかえなく(この両者が標章として同一かどうかは、ここで問う必要がない。)、「征露丸」「正露丸」「せいろ丸」「セイロ丸」「セイロガン」は、すべて同一の事物を指称する語として一般に認識されており、これらは、「征露丸」の命名および本件医薬品の創製の前記特殊事情にもとづき、もともと商品の出所表示力に乏しい語として誕生し、しかも、その後多年にわたり、不特定かつきわめて多数の業者により全国的に本件医薬品の名称として使用された結果(本件医薬品自体が、薬臭、薬味の強い印象的な家庭薬として民間に周知されたこととあいまつて)、これらの語は、おそくとも本件商標の登録当時、
なんら出所表示力のない、本件医薬品自体の一般的な名称として国民の間に広く認識されていたものというべきであり、したがつて、ごく普通の書体で「正露丸」の文字に「セイロガン」の文字を振り仮名のように付記したにすぎない本件商標は、
その指定商品中の本件医薬品に関しては、商品の普通名称普通に用いられる方法で表示したにすぎない標章であり、それ以外の商品に関しては、その商品が本件医薬品であるかのように誤認を生ずを虞れのある標章であるといわなければならない(ある語が普通名称であるかどうかは、世人の認識に関する事実の問題であるから、不特定多数の業者によるその語の使用が、何びとかの商標権に牴触するか否かということとは直接関係がないことは、いうまでもない。)。
五 よつて、その主張の点に判断を誤つた違法があるとして本件審決の取消しを求める原告らの請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判官 杉山克彦
裁判官 武居二郎
裁判官 楠賢二
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