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関連審決 審判1959-308
審判1959-309
関連ワード 包装 /  指定商品 /  普通名称(3条1項1号) /  慣用商標(3条1項2号) /  称呼(称呼類似) /  観念(観念類似) /  国内 /  警告 /  連合商標 /  存続期間 /  無効審判 /  更新登録 /  継続 /  同業者 / 
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事件 昭和 41年 (行ケ) 24号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1970/07/22
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
主文 昭和三四年審判第三〇八号、第三〇九号各事件につき、特許庁が昭和四一年二月七日にした審決を取り消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実及び理由
双方の求めた裁判
一、原告有限会社雷龍堂阿部製菓昭和三十四年審判第三〇八号事件につき、特許庁が昭和四一年二月七日にした判決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決。
二、原告有限会社八幡商店昭和三四年審判第三〇九号事件につき、特許庁が昭和四一年二月七日にした判決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決三、被告原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
との判決
原告らの請求原因
一、(被告の本件商標) 被告は、登録第三三九、〇八六号商標(以下、本件商標という。)の商標権者である。この商標は、別紙(一)のとおりのこうせいであつて、旧商標法施行規則(大正一〇年農商務省令第三六号)による商品の類別第四三類[おこし一切」を指定商品として、訴外Aにより昭和一一年二月二五日登録出願され、昭和一六年一月一四日に登録されたものであるが、昭和二四年三月一六日Aから訴外Bに、また昭和二五年四月一三日Bから被告に順次譲渡され、その旨の登録を経、昭和三五年九月三〇日商標権存続期間の更新が登録されたものである。
二、(権利範囲確認審判の請求) 原告有限会社雷龍堂阿部製菓(以下、原告阿部という。)は、同原告が商品おこしに使用する別紙(二)のとおりの標章(以下、イ号標章という。)が本件商標の権利範囲に属しないことの確認を求めて、昭和三四年六月一八日特許庁に対し審判の請求をした(同年審判第三〇八号)。
また、原告有限会社八幡商店(以下、原告八幡という。)は、同原告が商品おこしに使用する別紙(三)のとおりの標章(以下、ロ号標章という。)が本件商標の権利範囲に属しないこと確認を求めて、右同日特許庁に対し審判の請求をした(同年審判第三〇九号)。
特許庁は、右両審判事件を併合審理して、昭和四一年二月七日、イ号、ロ号各標章は本件商標権利範囲に属する旨の審決(以下、本件審決という。)をし、その謄本は同年九月原告らに送達された。
三、(本件審決の要旨等) 原告らは右審判において、本件商標中に存する「雷おこし」の文字は、江戸時代から今日まで不特定多数の同業者により盛んに使用されている商品の普通名称を表示するものであり、また、同商標中の雷神、太鼓、雷光、寺院の堂塔などの図形も、江戸時代から今日まで、「雷お●し」、(または「雷おこし」。以下単に「雷おこし」と表示する。)の文字に附記されて同業者間に普通に使用されているものであつて、これらの文字および図形辞退には、自他商品を識別するに足る特別顕著性はなく、ただ、これらを円輪状の文様に結合した特定の構成に特別顕著性があるにすぎないのであるから、これと構成を異にするイ号、ロ号各標章は、本件商標権の権利範囲に属しない、と主張したのに対し、本件審決は、証拠によつても、右の文字および図形が商品おこしについて一般当業者間に普通名称あるいは商品名として普通に使用されていたという事実を認めることができないとし、本件商標とイ号、ロ号各標章とを対比すると、それぞれ両者は、構成上「雷}(カミナリ)の称呼および観念を生ずる点で互いに類似するものであるから、右両標章は本件よ雨氷の権利範囲に属する、と判断したものである。
四、(本件審決の違法) しかいながら、右のように「雷おこし」の文字および雷神等の図形自体に自他商品を識別するに足る特別顕著性がないことを認定しなかつた本件審決は、以下詳述するとおり事実の認定を誤つた結論に到達したもので、違法であるから、その取消しを求める。
(一)(雷おこしの由来) 江戸浅草の浅草寺惣門の雷門は、明和四年(一七六七年)火災により焼失し、寛政七年(一七九五年)三月に再建されたが、その再建記念として、古来の「おこし」の一種で乾飯種に黒豆を加え飴で球状に固めた菓子を、雷門にちなんで「雷おこし」と名づけ、寺門前で発売した者があり、やがてこれが江戸浅草の名物となつた。この雷おこしは、その後時代に応じて人びとの好みに合わせ、
落花生やごまを加えたり、球状のもののほか長方形板状のものも製造販売されるようになつた。
(二)(雷おこしの営業の歴史) 最初に「雷おこし」の名称を考案しこれを発売した者がだれであるかは明らかではないが、江戸時代の文献には、「元祖雷おこし」あるいは「元祖本家雷おこし」と称して、浅草門跡前通り菊屋橋ぎわの虎屋竹翁軒または浅草並木町の蝶屋(丁屋)、あるいは雷門内のよしの屋幸蔵という業者が雷おこしを販売したこと、ならびに、このほかにも小規模の同業者や店舗を構えない立売人が多数あつて互いに営業を競つたこと、これらの業者は、「雷おこし」という文字に添えて雷神、太鼓、
雷光等の図形を看板や商品の包装袋に描いたり、あるいは立売人が雷神の衣装をつけてにぎやかに呼び歩いて販売したことなどが記述されている。
明治、大正以降の時代も、前記とらや竹翁軒のほか評判堂、永田堂、梅林堂、飯坂あみだが池総本家、かどや、大心堂その他浅草寺仲見世を中心とする多数の業者が、「雷おこし」の商品名を用い、商品の包装、掛け紙に雷神、太鼓、雷光、寺院の堂塔等の図形を表示して、盛んにこれを製造販売したことが文権に明らかであり、雷おこしは、交通の発達に伴い、ますます東京名物として広く全国に知られるようになつた。
そして、本件商標の登録出願がされた昭和一一年ごろにも、右梅林堂のほか多数の業者が浅草寺周辺で右同様に「雷おこし」の名称と雷神などの図形を用いてこれを製造販売しており、本件商標の出願公告(昭和一一年八月二七日)がされると、
計一九名の同業者が登録異議の申立てを行なつた。
戦後、昭和二四年ごろから原告のほか評判堂、梅林堂、稲葉商店、青野屋など多数が「雷おこし」の製造販売を再開したが、その商品に「雷おこし」の文字および雷神等の図形を印刷したレツテル、掛け紙などを使用したことは、従前とまつたく同様である。そし昭和三一年以降、被告は本件商標の権利範囲を不当に広く解釈して、これらの同業者に対し「雷おこし」の標章の使用の中止を求める措置にでて、
原告らを商標法違反として告訴するにいたつたが、その告訴事件は不起訴となり、
原告ら数人の業者は従来どおり前記同様の標章を使用して現在にいたつている。
このように商品雷おこしは、江戸時代以来今日まで、これを商う店舗およびその数の多寡に変遷はあつたにせよ、一七〇年余の間連綿として売り続けられたもので、江戸時代の末期以降、「雷おこし」の文字は浅草雷門附近で製造販売される前記のような品質、形状の商品を指称する産地表示的な普通名称として、また、これに附記される前記雷神等の図形は、同業者によつて普通に用いられる意匠的態様または慣用標章として、広く人びとに認識されるにいたつたのであり、単にこれらの文字や図形からなるというだけの標章は、特定の営業者の商品であることを示すいわゆる出所表示の機能を失つていたのである。
(三)(辞典類の取扱い) このような歴史的事実があるところから、我が国の代表的な辞(事典類であ広辞林、大言海、大日本国語辞典、国民百科事典は、「かみなりおこし」の項目を設け、その語の性質を「名」と表示してそれは商品の普通名称であることを示したうえ、雷おこしの由来、品質、形状等の説明を付している。辞典というものの本来の目的からいつて、特定の業者の登録商標を掲載するようなことは通常ありえないことで、ただ商標名がすでに普通名称化し、当該商品の品質を表示するにいたつている場合に限つて、読者の便宜のため例外的の掲載されるのが慣例である。
この点について本件審決は、辞典には商標名を商品名のように誤つて掲載することがあることを理由に挙げ、右のように「名」という表示があつても、雷おこしが普通名称であるとする根拠にはなりえないと判断しているが、これは誤りである。
(四)(登録第七三、三一九号における権利不要求)(イ) 本件商標は、これとほとんど構成をおなじくする登録大七三、三一九号商標(昭和一〇年七月一三日商標権の存続期間の満了により消滅。その構成は別紙(四)のとおり)のいわば後身である。右商標は、訴外Cが「おこし」を指定商品として大正四年一月二五日に登録出願し、同年七月一三日登録されたものであるが、その商標公報には、同商標中の雷おこしの文字については権利を要求しない旨が附記されていた。
(ロ) 当時適用された旧々商標法(明治四二年法律第二五号)は、旧商標法(大正一〇年法律第九九号)と異なり、権利不要求の制度を明文で認めてはいなかつたが、特許庁における審査の実務上は、英法権利不要求の制度にならつてこれを採用していたのであつて、このように、登録第七三、三一九号商標において雷おこしの文字につき権利を要求しない旨の申出があり、その旨附記をして登録されたことは、当時「雷おこし」の語が商品の普通名称であつて、いわゆる特別顕著性をもたないものと認められていたことの証左である。
(五)(本件商標出願のさいの権利不要求の申出)(イ) この登録第七三、三一九号商標権を営業とともに譲り受けた訴外Aは、同商標権が存続期間更新手続の懈怠のため、存続期間の満了により失効したので、これに代わるものとして本件商標の登録出願したのであるが、その出願にあたつて、
雷おこしの文字については権利の要求をしない旨の申出をした。この出願について特許庁審査官は、出願人に対し権利不要求の申出を削除するよう訂正命令を発し、
この申出を撤回させたうえ出願公告決定をした。
(ロ) このような審査官の措置は異例のものであるが、これは審査官において、
「雷おこし」の文字が商品の普通名称を表示するものであることからすでに明白であつて、その文字が商標の要部と認められるおそれがないから、権利不要求の申出は不要であると認められた結果採られた措置であると解すべきである。
しかるに、本件審決は、この削除命令は、「雷おこし」の文字が特別顕著性を具有することを審査官において認めた結果の措置であると認定しているが、このように解することは、前記のようにすでに長い歴史と実績により雷おこしが普通名称となつた事実を無視し、しかみ、審査官が出願人みずからの求めている範囲を越えて商標権を与えるという不合理を是認することとなり、不当である。
(六)(異議決定および抗告審判審決における認定) 本件商標の登録出願に対しては、前記のとおり登録異議の申立てがされたが、その当露光異議の決定において、特許庁は、
本願商標は連鼓と雲の図形より成る図形輪郭内に、……雷神を描き之に……及び五重塔の図形を配し該雷神の手にする太鼓には「元祖雷お●しトキワ堂」等その他附記的文字を記し、と本件商標の構成を認定している。すなわち、これは、「雷おこし」の身時が附記的文字であつて、本件商標の要部をなすものではないことを判断したものである。
また、本件商標登録出願の拒絶査定に対する抗告審判の審決においても、特許庁は、
本願商標登は十数個の太鼓を……連結したる内部に雷神・雲・雷光等の図形を顕著の絵外中央に……堂宇及び五重塔の図形を描きて成り、
とその構成を認定し、「雷おこし」の文字についてはなにを言及せず、したがつてそれが本件商標の要部に含まれない趣旨を示唆している。
このように、特許庁における審査、審判の扱いは、前記(四)、(五)の権利不要求に関する取扱いその他の事例をも含め、一貫して「雷おこし」は商品の普通名称として扱われ、これを要部とする商標の登録は認められなかつたのである。(被告主張の塘路甲第七六、二五七号商標は、「雷おこし」でなく「雪おこし」として登録されたものである。)が、昭和三二年八月二八日本件商標に連合する登録第五〇六、九六一号商標「かみなり」が指定商品「おこし」について登録されたのにはじまつて、審査例は社会の実情を無視し誤つた方向へすすむにいたつたのである。
(七)(本件商標の要部)以上、(一)ないし(六)の説明によつて明らかなように、本件商標は、一二個の太鼓を綱および雲の模様で円形に連結し、その内部に雷神、雲、雷光の図形を顕著に配し、中央や左寄りに太鼓形の輪郭を設け、その内部中央に横書きした「元祖」の文字を冠し、右方に「浅草雷門角」左方に「トキワ堂製」の文字を配し、この太鼓形輪郭の下方に寺院の屋根および五重の塔の図形を描いてなる、これらの図形の全体的な特殊の組合せの態様に特別顕著性をもつもので、図形の各部分は、雷おこしの文字とともにそれ自体特別顕著性をもたないものであり、したがつて、本件商標はこのような図柄全体の組合せの特定の構成のみに要部があり、そこからは呼称および観念はなにも生じないのである。
被告の答弁
一、原告らの請求原因一ないし三の事実は認めるが、同四の本件審決を違法であるとする主張は、次のとおり誤りであつて、同審決になんら違法はない。
二、(原告らの請求原因四、(二)について) 「雷おこし」の標章が、商品おこしの商標として江戸時代から使用され著名となつたことは争わないが、その標章が、時期を同じくする不特定多数の業者により使用され、その結果商品の普通名称となつたという事実はない。
原告らの指摘の文献は、いずれも瓦判式笑話に属する、作者の推測にもとづく記述であつて、その内容の真実性を信用できないものであるばかりでなく、その記述による虎屋または蝶屋という店舗については、営業者の氏名、営業の期間、店舗の所在が明確でなく、この両者は同一店舗の別名称であるか、あるいは営業の年代を異にして存在したものとみられる。また往時、商品の宣伝販売の方法として委託販売ないし売り子による販売が多かつたのであるが、特定の製造販売業者の商品について、いかに多数の売り子がその販売にあたつたとしても、それによりその商品に用いられる標章が出所表示の機能を失うということはない。すなわち、この場合にはいわゆる不特定多数の業者による標章の使用ということはない。原告らのこの点に関する主張は、漠然とした歴史的記述の一端に都合のよい推測を交えて論ずるもので失当である。結局、これらの文献によつて、雷おこしの商標が古くから著名であつたことを知り得るにとどまり、それが商品の普通名称であることを裏づけるに足るような記述はどこにも見出されない。
つぎに、本件商標の出願につき原告ら主張のとおり登録異議の申立があつたが。
その申立手続は練達の弁理士により代理されたものであるのに、申立ての理由として、「雷おこし」の文字および雷神等の図形が商品の普通名称であるとか慣用商標であるとかの主張はされなかつた。このことは、当時そのような文字および図形が普通名称を示すもの、あるいは慣用商標でなかつたことの証左である。また、この異義申立人らが右のような文字および図形をそれぞれ商標として長年使用して周知著名のものとしたという申立人らの主張事実については、登録異議の決定においてかかる事実は認めえないとして排斥され、この決定は確定し、その語本件商標について無効審判を請求する者もなく長年月を経過し、すでに法律上その登録の効力を争う途はなくなつている。本件商標の文字および図形が商品の普通名称を表示するもの等であるとする原告らの主張は、このようにすでに確定した事実関係を覆そうとするもので、不当である。
本件商標の登録がされた昭和一六年以後数年間は、戦争による物資不足のため一般におこしの製造販売が中絶し、したがつて「雷おこし」の標章を用いる者もいなかつたはずである。戦後、被告はいち早く浅草で雷おこしの営業を始めたところ、
当時本件商標の権利者であつたAから商標権の侵害であるとの警告をうけたので、
同人からその営業とともに本件商標権を(被告の当時の代表者Bにおいて)譲り受けたのであり、その当時、他に雷おこしの製造販売をしている者は皆無であつた。
なお、本件商標権の譲受けのさい、Dは前所有者のAから、同人が雷おこし標章の正当な継承者であることの申し送りを受けた。
その後、次第に社会が安定し物資の入手が容易になると、浅草附近で「雷おこし」を販売する者が現れたので、被告はこれらの者に対し、本件商標権の侵害であるとして警告を発したり、当局に取締りを依頼したりした結果、ある業者に対しては被告において「雷おこし」の標章の使用を許諾し、原告両名ほか一名は、いぜんとして商標権の侵害を継続しているが、そのほかには本件商標権を侵害する者はなくなり、今日にいたつている。このような被告の許諾による特定の者の標章の使用あるいは商標権侵害による使用があつても、しれによつて、その標章が特別顕著性を失い普通名称ち化することはない。そして、今日、「雷おこし」が被告の登録商標であることは、一般需要者間に周知されており、これを商品の普通名称であると考える人はいないのである。
三、(原告らの請求原因四、(三)について) 原告ら指摘の辞典にも、「雷おこし」が不特定多数の業者によつて製造販売されたとか、あるいはそれが商品の普通名称であるとか記載しいているものはなく、また、これらの辞典類に「雷おこし」の語を「名」と表示しているのは、、単にわかり易い名称の意を示したにすぎないから、これらは原告らの主張を理由づける資料とはならない。
四、(原告らの請求原因四、(四)について) 登録第七三、三一九号商標の登録は旧々商標法によるものであるところ、同法には権利不要求制度は採用されていなかつた。また、右商標と連合するものとして登録された登録第七六、二五七号商標「雷おこし」については、権利不要求の旨の附記がされていない。これらのことから判断すると、登録第七三、三一九号商標について商標公報に「雷おこしの文字については権利を要求しない」旨の記載があるのは、誤記であるといわざるをえない。
五、(原告らの請求原因四(五)について) 同項の原告ら主張(イ)の事実は認める。
しかしながら、特許庁の審査官が、本件商標の出願のさいの権利不要求の申出の削除を命じたのは、その申出が旧商標法第2条第2項に該当しない部分についてされえもの、換言すれば、「雷おこし」の文字の商品おこしについて特別顕著性を具備するものであつて、そのような権利不要求の申出を必要としない部分についてされたものであると審査官が認めたことによるものと解すべきである。
すなわち、この点は、本件審決も説示しているように、本件商標の前身である登録第七三、三一九号商標には権利不要求の旨の附記があつたのに、本件商標についてとくに権利不要求の申出を削除させたこと、しかも、その審査の結果である登録異議の決定においては、本件商標から「カミナリ」の称呼観念を生ずると認定しており、また抗告審判の審決においても、本件商標は雷の鳴動する模様の表現から「カミナリ印」の呼称、観念を生ずると認定していて、いずれも本件商標の要部が「雷」または「雷おこし」にあることを認めたこと等の事情から、前記のように解さざるを得ないのである。
右削除命令の理由が原告ら主張のとおりであるとするならば、その商標の指定商品は単に「おこし」とするのではなく「雷おこし」としなければならない。でないと、雷おこし以外のおこしについてこの商標を使用するときは、商品の品質につき、誤認を生ずるからである。それにも拘わらず特許庁が指定商品についてかかる訂正を命じなかつたのは、「雷おこし」が商品の普通名称であると認めなかつたことの証左である。
六、(原告らの請求原因四、(六)について) 原告ら主張の登録異議の決定において、附記的文字であると指摘されたのは、
「浅草雷門角」の文字であることがその文面上明らかであつて、前記のとおり、同決定が本件商標から「カミナリ」の称呼観念を生ずると認定し、また原告ら主張の抗告審判が本件商標から「カミナリ印」の称呼観念を生ずると判断したことは、その構成中に「雷おこし」の「雷」の文字および雷神の図形が存することによる。すなわち、この決定も審決も、「雷おこし」または「雷」が本件商標の要部であると判断したものである。
そして被告は、すでに本件商標に連合するものとして、「雷おこし」または「かみなり」等の文字を顕著に表しこれを要部とするいくつかの商標の登録を得ているのであつて、特許庁のとりあつかいは始終一貫して「雷おこし」の文字が特別顕著性を有するとの見解に立つているのである。
七、(本件商標の要部) 以上のとおり、本件商標中の特別顕著性の要件をみたすに足る要部は、その構成中の「雷」または「雷おこし」の文字および「雷の鳴動する様相を表現した図形」ならびにこれらの組合せにあり、そこから「カミナリ」または「カミナリオコシ」の称呼観念を生ずるのである。
証拠(省略)
理 由1、原告らの請求原因一ないし三の事実(被告の本件商標、原告らの権利範囲確認審判の請求および本件審決の要旨等に関する事実)は、当事者間に争いがない。
本訴の主要の争点は、「雷おこし」の文字およびこれに付して用いられる雷神、
太鼓、雷光、寺院の堂塔等の図形が、本件審決の当時、商品の出所を表示する特別顕著性を具備するものであつたかどうかというに帰する(もとより、本件審決の判断もこれについてされている。)ので、以下この点について判断する。
2、「雷おこし」という名称の菓子が、江戸時代に発売され著名なものとなつたこと自体は、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三四号証の一、二、第三五号証の一ないし五、第五〇号証の一ないし三、第五一、五八号証の各一ないし四、第八〇号証の一ないし八、第九八号証の一ないし三、第一七三号証、その態様および記載内容からみて弘化三年ごろ作成された貼り込み帳と認められる甲第二〇三号証の一ないし四によれば、「雷おこし」の名称を創案し、その名を付しておこしを最初に発売した者がだれであつて、その時期がいつごろであつたか、必ずしも明確ではないが、一般には、江戸浅草の金竜山浅草寺(浅草観音)の惣門である通称雷門(明和四年四月類焼)が寛政七年(一七九五年)三月再建されたとき、その名にちなんで売り出されたもので、その元祖は蝶屋(丁屋とも書く)であるとか、
一説には虎屋であるとか伝えられている。そして、文政七年(一八二四年)またはそれ以前に発行の「江戸買物独案内上巻」には、「浅草御門跡前通元祖雷おこし虎屋竹翁軒」との記事があり、天保三年(一八三二年)発行の「江戸繁昌記」には、
雷門外の雷おこしの名が四方に知れている旨の記述があり、また、天保一五年(弘化一年)(一八四四年)発行の「福徳天長大国柱」には、「江戸浅草名物雷おこし」にちなんだ偶話が記され、そこには、「名物雷おこしとらや竹翁軒」の文字看板および雷神、連鼓、雲の絵看板を掲げた店で、球状の雷おこしを販売している情景を描いた挿絵が掲載されており、また、弘化三年(一八四六年)ごろ一私人により蒐集された菓子などの商標の切り抜き帳には、八個の連鼓、雷光および雲を組み合わせたほぼ亀甲型図形の中央に長方形空白部を設け、その空白部に「元祖本家浅草雷神門前角雷おこし蝶屋山城大椽」の文字を配した商標が貼付してある。一方、
文政年間(一八一八年-一八三〇年)ごろから、右ときわめて類似した図形の中央空白部に「元祖本家浅草雷神門内雷おこしよしの屋幸蔵」の文字を記した商標を用いて雷おこしを販売した者もあつて、やがて、雷おこしを販売する店の間にいわゆる元祖争い等の競業が起きるにいたつた事実があり、そして文政から嘉永年間の流言落首を掲載した「天言筆記巻四」には、半てん脚はん、背に黒雲に稲妻、太鼓の形の箱に菓子をいれ、これをになつた売人がせりふを呼びながら雷おこしを売り歩いた旨の記述があること。
これらの雷おこしは、「雷おこし」の文字のある紙袋、あるいは「雷おこし」の文字を連鼓、雲雷光の図形で囲んだ標章を描いた紙袋にいれ、袋の口をひもで閉じる特有の包装が用いられる例であつたこと。
以上の事実を認めることができる。
3、つぎに、成立に争いのない甲第六号証の一、二、第七号証、第三八号証の一ないし八、第三九号証の一ないし三、第四〇号証の一、二、第四一ないし四三、四五号証の各一ないし三、第四六号証の一、二、第四七、五〇、五四ないし五六号証の各一ないし三、第五七、八三号証の各一ないし四、第八四、八六ないし九〇、九五号証の各一ないし三、第一二三号証、第一六六号証の一、二、第一六八号証の一ないし一〇、第一八九ないし一九一号証(原本の存在も争いがない。)および同一九一号証により成立を認める甲第一〇八、一一二号証、第一一五ないし一一八、一二一、一二六ないし一二八、一三〇、一三五、一三六号証の各一、二、その態様および記載内容から成立を認める甲第一二九号証の一、二、ならびに証人E、F(第一回)、G、原告八幡代表者本人の各供述によれば、
前記蝶屋はやがて断絶したが、虎屋竹翁軒は明治から昭和にかけ数代にわたつて雷おこしの営業を続け、その承継者と思われるHは、明治三三年一月二三日登録、
大正七年一一月更新登録出願、大正八年一月更新登録の登録第一〇〇、〇一八号商標(八個の連鼓、雷光、雲をほぼ亀甲型に組み合わせた図形の中央部に、しおり型空白部を設けて成り、第四三類干菓子を指定商品とするもの)の商標権を取得したこと。虎屋のほかにも、明治から大正時代にかけて、浅草寺仲見世を中心とする浅草一帯に、永田亭、評判堂、梅林堂、喜八堂、大阪あみだが池総本家、かどや、常盤堂(C)等多数の店舗が雷おこしを販売し、とくに浅草寺の縁日には屋台でこれを商う者も多く、にぎやかに参詣客に呼び売りして繁昌をきわめ、雷門の名は知らずとも雷おこしを知らぬ者はないといわれるほど著名となり浅草寺仲見世における代表的みやげ物の一つとなつたこと。そして、本件商標の登録出願がされた昭和一一年ごろにも、常盤堂(A)のほか、梅林堂(I)、評判堂(J)、平尾商店(K)、青野屋(L)、M、喜八堂(N)、豊田商店(O)、東盛堂(P)、かづさや(Q)、三日月堂(R)、稲葉商店(S)、喜良久堂(T)、山藤商店(U)ら約二〇店舗が競業的に浅草寺仲見世で雷おこしの販売(その過半数は製造および販売)を営んでいたこと。
(常盤堂の店主訴外Cが、大正四年一月に登録出願し、同年七月に登録を受けた登録第七三、三一九号商標が、本件商標のいわば前身であつて、その商標公報には、同商標中の雷おこしの文字については権利を要求しない旨の附記があること、
ならびに、昭和一一年二月本件商標の登録出願にあたり、出願人により右同様の権利不要求の申出がされたことは、当事者間に争いがない。) そして、前記の業者は、いずれも自由に「雷おこし」の商標名を用い、商品のレツテル、掛け紙、包装紙に「雷おこし」の文字を表示し、かつ、その文字に添えて、雷神、雷光、太鼓、雲、寺院の堂塔などの図形のうち適宜の図形を各自適宜に組み合わせ、標章として用い、他店の商品と区別するためには、これに店舗名を附記するのが通例であつたこと。
このように、雷おこしが東京浅草の名物として、しだいにわが国内に広く知られるようになつたことに伴い、その当時の刊行にかかる東京とくに浅草の風物に関する多くの文献、あるいは食品、菓子に関する多くの著書に、雷おこしが著名な菓子として紹介され、また、言泉、大日本国語辞典、広辞林、大言海など当時の多くの辞典および各種の百科事典類も「雷おこし」の項目を設け、あるいは「おこし」の項目でこれに言及するなどしてそれと特定の製造元や販売者との固有の結びつきといつたものにふれることなく、ましてそれが特定の業者の商標名であることを示すこともなく、単にひとつの菓子の呼び名として取り扱つてその由来や品質、特徴などの説明を掲載していること。
以上の事実を認めることができる。
4、ところで、成立に争いのない甲第六二、六九号証の各一ないし四、第一六九号証の一ないし五によれば、雷おこしは、もとは、糯米のはぜたものと黒豆を水飴で固め、径三センチ位の球形にしたものであつたが、明治以降は大阪の板おこしの影響を受けて長方形板状のもの(あるいは、それをさらに細かく切つたもの)が多くなり、黒豆のほか落花生、青海苔、ごまをいれたものも作られるようになつたことが認められる。
5、以上認定の各事実によれば、江戸時代の末期、とくに文政から弘化年代にかけてすでに江戸浅草の名物ないし浅草寺参詣みやげとして、江戸の民衆の間に広く知られた雷おこしは、明治から昭和一〇年代にかけても浅草寺仲見世を中心とする雷門附近で不特定多数の業者の競業により製造販売され、庶民的な東京名物の一つとして日本全国に周知され親しまれるにいたつたのであつて、おそくとも本件商標の登録出願がされた昭和一一年ごろには、当該取引業者たると需要者たるとを問わず、「雷おこし」の名称をもつて、何びとか特定の業者の商品にのみ用いられるべき商標であると認識する者はなく、古くから浅草雷門附近で製造販売されてきた前認定のような品質、形状のおこしを指称する普通名称として、かかる商品に付して自由に使用される語であると一般に認識され、そして、「雷おこし」の語に添えて古くから右の商品の包装、看板などに描かれ用いられてきた雷神、雷光、雲、連鼓、寺院の堂塔等の図形も、ある特定の構成をもつ図柄が特定の業者の商品を表示することがあるのは格別として、それと構成を異にするかぎりはそのような図形自体は、「雷おこし」の文字と併用されることにより、雷おことしいう商品を(その製造販売地である浅草ないし雷門を象徴する図形として)印象づけるにすぎない、
何びとも自由に使用しうる慣用的な図形として一般に認識されていたというべきである。
前記登録第七三、三一九号商標における権利不要求の旨の附記および本件商標の出願のさいの権利不要求の申出は、右のような一般的認識に関連して採られた措置であると解するのが相当である。
6、さらに、成立に争いのない甲第五九号証ないし六、第六〇号証の一ないし四、
第六一号証の一ないし三、第六三号証の一ないし九、第六四号証の一ないし四、第六六号証の一ないし九、第七〇、九二、九四号証の各一ないし四、第九六、九七号証の各一ないし三、第一〇一号証の一ないし五、第一〇三、一〇四、一四六号証の各一ないし三、第一七一、一七九号証の各一ないし四、第一八九ないし一九一号証、第一九七号証の一ないし三、乙第一五号証、第一九号証の一ないし六、その態様および記載内容により成立を認める甲第一〇九、一一四、一四〇、一八六ないし一八八号証、証人Vの供述により成立を認める乙第一四号証、第二〇号証の一、
二、証人Wの供述により成立を認める乙第一六号証、ならびに証人E、G、原告八幡代表者本人の供述によれば、
戦時中、食糧の不足のため一時中断していた雷おこしの製造販売は、昭和二一年末ごろ大心堂(E)、同二三年ないし二四年ごろ以降B(もと被告代表者)および原告両名のほか、梅林堂、評判堂、稲葉商店、小島屋第一製菓、平尾商店、谷屋、
すずめ堂などが営業を始めた。
本件商標を取得したBおよび被告は、各取得の当時これらの多数の営業者に対し商標権にもとづく格別の措置を採らず、昭和二九年七月にいたつて被告は特許庁に対し、当時稲葉商店、すずめ堂、星野商店および大心堂がそれぞれ雷おこしの販売に使用していた「雷おこし」の文字および雷神等の図形からなる各標章が本件商標に類以するか否かを照会し、類以する旨の特許庁総務部長名の回答を得たことから、
被告は「雷おこし」の標章の使用者に対し本件商標にもとづくとする管理措置を採り始めたが、仲見世商店会長Xの仲介により、当時仲見世で雷おこしを販売していた七店舗(梅林堂、評判堂、稲葉商店、松寿堂ほか)にかぎり、引き続き雷おこしの標章を使用することを許諾した。
また、昭和三一年四月被告は弁護士、弁理士に委任して原告両名ほか六店舗に対し「雷おこし」の文字標章の使用中止を求め、一方同年末、前記小島屋第一製菓株式会社に対しては、本件商標につき無償、無期限の使用の許諾を与えた。原告らは、弁理士の意見を徴した結果、本件商標の商標権の効力は「雷おこし」の文字に及ばないとの見解を採り営業を続行し、結局、本件審決がされた昭和四一年二月七日当時においても、被告のほか原告両名および他に数名の者が、いぜんとして「雷おこし」の標章を使用して営業を継続していたのである。
これらの戦後における各営業の状況および「雷おこし」の文字ならびに雷神等の図形の使用の態様は、前記戦前におけるのと異なるところはなく、商品雷おこしは前記同様に東京浅草名物として全国的に著名であり、戦後に刊行された各種の文献および辞(事)典類に掲載、紹介されることが多いことも前同様である。
以上の事実を認めることができ、この認定に反する証人Yの供述は措信しない。
7、そして、以上認定の事実関係(これらの認定を左右するに足る証拠はない。)を通観、総合して判断するならば、前記5に認定した、「雷おこし」の文字およびこの文字に添えて描かれる雷神等の図形が、商品の普通名称を表示する文字またはその商品を印象づける慣用的な図形にすぎないとの世人一般の認識は、それが長い歴史的経過に由来し、広く日本全国の民衆の心に深く根ざすにいたつたものであるだけに、戦時中の営業の一時的中断や、前記昭和二九年以後においての被告の本件商標にもとづくとする若干の管理措置あるいはそれに添うかにみえる特許庁の若干の処分があつたことにより、さほど害されることなく、本件審決の当時においても-たとえ被告をはじめとする一部の業者について僅少の例外があつたとしても-そのような一般的認識がなお存在したというべきである。
8、したがつて、本件商標は、その構成中の「雷おこし」「元祖」「浅草雷門角」の文字と、雷神、連鼓、雷光、雲、寺院の堂塔等の図形は、それら個々のものとしてはなんら商品の出所を表示するに足る特別顕著性がなく、これを別紙(一)のような特定の図柄に組み合わせ、「トキワ堂製」の文字を配した点に特別顕著性があるのであつて、そのような組合せの構成および「トキワ堂」の文字を商標の要部とし、その称呼および観念としては「トキワ堂印」(トキワドウジルシ)の称呼観念をのみ生ずるものと解すべきであり、本件審決のように、本件商標から「雷」(カミナリ)の称呼および観念が生ずるとするのは、商標の要部の誤認にもとづく誤つた判断である。
そして、本件のイ号、ロ号各標章が、構成上明らかに本件商標と異なつたものであつて、「トキワ堂印」(トキワドウジルシ)の称呼観念を生じないことはいうまでもなく、したがつて両標章は本件商標の権利範囲に属するものではない。
9、なお、被告の主張に関して二、三補足説明する。
(1)被告主張について 登録第七三、三一九号商標につき権利不要求の旨附記があつた理由は前記のとおり判断される。旧々商標法には権利不要急の制度について明文の規定はなかつたが、特許庁の実務上これが行われていたことは、成立に争いのない甲第一九二号証の一(原本の存在も争いがない。)第一九三、一九四号証の各一により認められる同法のもとにおける登録例によつて明らかであり、また否国士的の登録第七六、二五七号商標は「雷おこし」でなく「雪おこし」の文字を表示したものであること成立に争いのない甲第一五四号証の一、二により明白であるから、この項の被告の主張は根拠のないものである。
(2)被告主張五、六について 特許庁の審査官または審判官がどのような見解に立つて前記権利不要求の申出の削除を命じ、あるいは本件商標またはその連合商標の審査、審判を行ない、その登録を許容したとしても、それによつて本件商標の要部が決定されたり、権利範囲が(とくに、本件審決当時における権利範囲が)左右されたりするものではなく、それは本件商標の要部ないしその権利範囲を認定判断するうえでの単なる一つの資料であるにすぎず、かりにこの点が被告主張のとおりであるとしても、それはとうてい前記認定をくつがえすに足るものではないから、ここではその点に立ち入る必要はない。
10、以上のとおり、イ号、ロ号各標章が本件商標の権利範囲に属するとした本件審決には、判断を誤つた違法があるから、その取消しを求める原告らの各請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第89条を適用して主文のとおり判決する。
裁判官 古原勇雄
裁判官 杉山克彦
裁判官
裁判官 賢二
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