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審判番号(事件番号) データベース 権利
昭和47ワ2732 判例 商標
平成15ワ10368損害賠償等請求事件 判例 商標
昭和58ワ27 判例 商標
平成12ワ23184商標権侵害差止等請求事件 判例 商標
昭和63ワ3368 判例 商標
関連ワード 識別力 /  包装 /  品質保証機能 /  質保証機能 /  指定商品 /  著名商標 /  類似性(類否判断) /  損害額 /  使用料相当額 /  外観(外観類似) /  称呼(称呼類似) /  観念(観念類似) /  国内 /  連合商標 /  更新登録 /  登録異議申立 /  類似商標 /  外国 / 
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事件 昭和 46年 (ワ) 4521号
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裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 1973/12/21
権利種別 商標権
訴訟類型 民事訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
原告訴訟代理人は、
一 被告は、化粧品およびその包装に別紙対象物件目録イ号およびロ号記載の標章を附してはならない。
二 被告は、化粧品およびその包装に前項の標章を附したものを譲渡し、引き渡し、または譲渡もしくは引渡しのため展示してはならない。
三 被告は、化粧品に関する広告に第一項記載の標章を附して展示し、または頒布してはならない。
四 被告は、その所持する第一項の標章を附した包装箱および看板を廃棄せよ。
五 被告は、原告に対し金一〇〇万円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
六、訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求め、
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。
請求原因
一 原告は、初代社長【A】が明治三六年四月三日クラブ化粧品の製造販売を創めた営業を承継して昭和一四年一一月一一日化粧品等の製造販売を目的として設立され、爾来化粧品、医薬品等の製造販売に従事して来たわが国では著名な企業体である。
被告は、米国に本店を有し原告と同様化粧品、医薬品等の製造販売を業とするもので、昭和二七年五月頃わが国に支店設置を行い、本邦内で今日まで医薬品の販売のみに従事して来たものであるところ、近時突如化粧品類の製造販売を開始した。
二 原告は別紙第一に示す商標(以下本件登録商標という)につき第五四二四五〇号をもつて登録を得た商標権者である。この商標は、原告が旧第3類「香料及び他類に属せざる化粧品」を指定商品とし、連合すべき商標を第四七六〇八七号(別紙第二)として、昭和三三年八月三日連合商標登録願を提出し、同三四年三月一九日公告を経、同年九月二八日登録になつたものである。
三 本件登録商標は、英語のLoveの文字を筆記体で一連に横書きしてなるもので、その「V」の文字の右上に小さな濁点「‘」が附されているが、この濁点は言語的にはなんらの意味なく、登録商標の形状に少々変化を与えるため附される附飾に過ぎない。本件登録商標は愛を意味する英語のLoveモチーフとするものであつて、本件登録商標から「ラブ」の称呼、「愛」の観念を生じる。したがつて、本件登録商標はLove「ラブ」、をその要部とするものとみるべきである。
四 被告は昭和四六年九月頃から、その製造販売に係る本件登録商標の指定商品並びに類似商品である化粧品、香料類に、別紙対象物件目録イ号またはロ号に示す商標(以下総称するときは被告対象標章という。)を附して東京、大阪地区の特約店並びに有名百貨店で販売し、各店頭で被告商品の広告文書等に被告対象標章を標記し、その広告文書の展示、頒布をしている。
被告の右広告文書中には、被告対象標章は、「アメリカからやつて来た“LOVE”」、「“LOVE”のメークアツプがなぜ話題になるのでしよう?」、「生まれたままの美しさをひきたたせる“LOVE”」、「あるいは「“LOVE”は永遠に純粋、新鮮、無限」、「“愛”をテーマにした現代の化粧品LOVEがアメリカ、カナダに続いていよいよ日本でもスタートしました」といつた表現の中で用いられており、被告対象標章が前記被告商品の商標として使用されていることは明白であり、かかる表現を前提として広告文書の表題及び前記商品を販売する店舗の広告用看板に被告対象標章の一つである「LOVE IS HERE」なる表示が用いられている。さらに右文中の「LOVE」は、「被告のラブ化粧品」がお目見得しましたという趣旨であること、すなわち被告商品を示すものであることもまた明瞭であり、本件被告対象標章の広告物中の使用はいずれも商標としての使用である。
これらの行為は、正に、商標法2条1項、三項三号に該当する商標としての使用である。
五 本件登録商標と被告対象標章イ号とを比較するに、いずれも英語単語であり、
その差異は、前者が筆記体、後者が活字体、前者は大文字と小文字の組合せであるが後者は大文字のみから構成せられているという点、ならびに前者には「V」の右上に小さな濁点「’」が施されているが、後者にはこれが無い点のみであつて、両者は共に「ラブ」の称呼を生じ、「愛」または「愛する」を意味し、観念を同じくする。したがつて、後者は前者に類似することが明らかである。
つぎに、本件登録商標と被告対象標章ロ号と比較する。後者は、「LOVE」「IS」「HERE」の三字からなり、いずれも大文字の活字体からなるが、「IS HERE」の文字は説明文字に過ぎず、その要部は「LOVE」の文字にあり、これは被告対象標章第一と同一である。
そうすると、右ロ号の被告対象標章は、イ号の被告対象標章について述べた同一の理由により、本件登録商標に類似するものである。
六 以上により、被告が被告対象標章を化粧品またはその包装、広告等に附して販売、展示、頒布する行為は故意又は過失により本件登録商標の商標権を侵害するものである。
七 原告は、被告の右行為により損害を蒙つているが、その損害の算定は困難であるから、商標法38条2項により、本件登録商標の通常使用料相当額をもつて損害額として請求する。
化粧品業界では一般に定価額の一〇%前後が各販売店へのリベート等として返却されているので、純販売価格は総販売額から右修正をした数値をもつてその価格とすべく、本件登録商標の使用料相当額は商品の純販売価格(正味販売価格)の三%が相当である。
被告は、化粧品部門を新設して以来化粧品関係の工場及び販売担当の女子従業員として約一〇〇名、男子従業員三〇名を増員して営業活動に従事し、昭和四七年一一月二七日頃にはさらに二〇名の女子販売担当者を加えて被告商品の販売を行つている。また、被告会社は化粧品部門を新設し、我国市場に進出した昭和四六年七月以降今日迄に既に七億円余の資本投下を行つているといわれている。
以上のような業態に鑑みると、被告の被告商品に対する販売実績はつぎの如く推定される。
昭和 四年一一月 三六、〇〇〇、〇〇〇円同 年一二月 六八、〇〇〇、〇〇〇円昭和四七年 一月 三〇、〇〇〇、〇〇〇円同 年 二月 二八、〇〇〇、〇〇〇円同 年 三月 三〇、〇〇〇、〇〇〇円同 年 四月 四〇、〇〇〇、〇〇〇円同 年 五年 二五、〇〇〇、〇〇〇円同 年 六月 二四、〇〇〇、〇〇〇円同 年 七月 二〇、〇〇〇、〇〇〇円同 年 八月 二〇、〇〇〇、〇〇〇円同 年 九月 二八、〇〇〇、〇〇〇円同 年一〇月 三二、〇〇〇、〇〇〇円同 年一一月 三二、〇〇〇、〇〇〇円同 年一二月 三二、〇〇〇、〇〇〇円昭和四八年 一月 三二、〇〇〇、〇〇〇円 以上合計 金四七七、〇〇〇、〇〇〇円 被告会社全体の年商は昭和四六年度二三億八、〇〇〇万円、昭和四七年度二五億円と推定され、化粧品関係の前記実績はその内の約一五%を占めるものと思料される。
よつて、使用料相当額を算定すると、
477,000,000×0.9×0.8×0.03=10,303,200 すなわち、金一〇、三〇三、二〇〇円となる。
したがつて、原告が昭和四八年一月末日までに蒙つた損害は右の金額であるというべきであるが、原告はそのうち金一、〇〇〇、〇〇〇円を請求する。
被告の答弁ならびに主張
一 請求原因一につき 一項記載事実中原告の化粧品が創業時から「クラブ化粧品」と称されていたか否か並びに原告が医薬品の製造販売に従事していたか否かについては不知、原告がわが国では著名な企業体であることは否認するがその余の主張事実は認める。
二項につき、被告が米国に本店を有し、化粧品、医薬品の製造販売を業とする会社であることは認める。
被告会社は昭和四一年一月一八日、日本に進出し、東京都千代田区に日本支店を設置し、以来カゼ薬「コンタツク」を中心とするその他の医薬品の販売を行つて来たが、昭和四六年九月初めから、従来被告が米国及びヨーロツパ諸国で製造販売していた「LOVE COSMETICS」(ラブ化粧品)の日本での販売に着手し、目下その普及宣伝活動を行つているものである。而して、その普及宣伝のスローガンとして「LOVE IS HERE」の標語を用いているのである。
被告は、米合衆国フイラデルフイア市に本店を有するスミス・クライン・アンド・フレンチ・ラボラトリーズが海外において営業を営むため設立した子会社であつて、親会社であるラボラトリーズは資本金六〇〇億円相当、従業員一三、〇〇〇人、年商約一、二〇〇億円、医薬品、動物薬品、医療器具及び化粧品の製造販売を業とする同業界における米国屈指の大会社の一である。
二 請求原因二の事実は認める。
しかし、本件登録商標は他の連合商標とともに、いずれも全く使用されていなかつたため、被告は昭和四六年二月一六日商標法第50条の商標登録の取消の審判申立(審判番号昭和四六年第一、四九五号外七件)をなし、同年四月五日その旨の登録がなされた。
三 請求原因の事実は争う。
本件登録商標は、四字のローマ字の大文字と小文字の組合せからなる筆記体のフランス語単語であり、それは、「(衣類、皿などを)洗う、洗濯する。河が流れる。水彩を施す。しみを洗い落す。恥辱をそそぐ。(荒削りの材木の)角を落す。
体を洗う。」等の意味を持つフランス語Laver〔Lave〕の過去分詞形であり、「ラベ」と発音されるものである。
本件登録商標は、別紙第二の登録番号第四七六〇八七号の商標に類似するものであることが認められたうえ、その連合商標として登録されたものである。そこでこの連合商標関係を考慮しながら、本件登録商標の標章を検討してみると、それはあくまで「Lave」の文字の筆記体からなる標章の域を出でないことが明瞭に看取される。もつとも、本件登録商標を右基本商標である登録第四七六〇八七号商標と比べると、「a」の文字の筆記体を「o」の文字の筆記体に近づけようと幾分変形し、さらに「e」の文字の上にあるべきアクサンテギユ(accent aigu)の位置を「V」の方にずらし「V」と「e」の中間の上に附している。これは、「Love」としたのでは右第四七六〇七八号商標に類似するとはいえないので、「Lav’e」商標の範囲内で可能な限度で文字を「Love」に近づけるため変形し、しかもあくまで「Lav’e」の文字よりなる商標として、第四七六〇八七号商標の類似商標として連合商標を受けたものというべきである。
四 請求原因四の事実につき 被告が昭和四六年九月頃からその製造販売に係る化粧品等に被告対象標章イ号またはロ号を附して東京、大阪等において販売し、被告商品の広告文書に被告対象標章を標記し、その広告文書の展示・頒布をしていることは争わない。
五 請求原因五の事実は争う。
本件登録商標と被告対象商標イ号とは、外観称呼観念のいずれの点においても全く異なり、類似するところがない。
前者は、筆記体で大文字と小文字の組合せであり、「V」の右上に「’」なる記号が施されているが、後者は、大文字のみからなる活字体であり、「’」なる記号はどこにも附してない。
前者は「ラベ」の称呼を生じ前記の如く洗う等の観念を生ずるものであるが、後者は「ラブ」と発音され、「愛」の意味である。
つぎに、被告対象商標ロ号は、別紙対象物件目録ロ号に示すとおり、「LOVE」「IS」「HERE」と三行に亘り、いずれも大文字の活字体で構成せられ、
「ラブ イズ ヒヤ」と発音され、「愛がここに居ます。愛がここにやって来ました。」との意味を有する英語の文章である。したがつて、右の商標と本件登録商標とは外観称呼観念において全く似ても似つかぬものであり、誤認混同の虞れなど及びもつかないものである。
六 請求原因六の主張は否認する。
七 請求原因七の事実のうち、被告の行為が本件登録商標を侵害するものであり、
これにより原告に損害を蒙らしめたとの原告主張事実は否認する。
日本における過去二年間における被告の化粧品の販売実績が年額ほぼ三億円であるとの原告の主張は誤つていない。しかし、これは化粧品部門において未だ本格的規模による経営に着手していない今日の実績である。
被告の主張に対する原告の陳述
一 被告は本件登録商標をフランス語単語の(図一)であると主張するが、もしその主張が正しいとするならば、本件登録商標においてアクサンテギユは「e」の上になければならないが、「’」の附加物は「v」と「e」との間に附されており、
これは英語におけるアポストロフイーの位置と同じである。フランス語にあつてはこのような用法はない。
二 商標法27条1項は、「登録商標の範囲は、願書に添附した書面に表示した商標に基いて定めなければならない」と規定している。したがつて、商標権者が登録商標を現実に使用しているかどうかに係わりなく、登録商標の保護範囲は願書に添附した書面に表示した商標の要部を中心に考えるべきであつて、単なる附加的部分もしくは装飾的部分を特に強調すべきではない。
三 特許庁は、訴外株式会社伊勢半の商願昭四二―二六五九三(商公昭四四ー二五四七八)出願に対する原告の商標登録異議申立に対し、昭和四六年一二月二四日付決定にて、訴外伊勢半出願の「ラブトニツク」の商標は、原告の本件登録商標と商標法上類似である旨を認め、原告の異議申立を理由あるものと認めた。すなわち、
訴外会社出願の商標からは「ラブ」の称呼、原告の本件登録商標からも「ラブ」の称呼が生じることが明らかであると認定し、両者は称呼を共通にする互に類似の商標と断定したものである。この理由付けは、本件登録商標と被告の対象商標イ号の商標との関係にもそのまま援用しうるのみならず、同ロ号の商標との関係ににもその要部がLOVEであるから援用しうるものである。
四 被告は、本件登録商標は原告により、何の目的もなく採択されたものであるかの如く主張するが、それは多くの企業が防衛出願をしている厳然たる事実を無視したものである。本件登録商標は、原告が有する著名商標「クラブ」ないし「CLUB」から生ずる最も強い印象を与える「ラブ」の称呼を、他人の模倣盗用から防衛するため出願し登録されたものである。原告が他に有する別紙第四に示す登録商標第二四六九六四号(昭和八年一〇月四日商標登録、昭和二八年八月一七日更新出願、昭和二九年一月二八日更新登録指定商品クリーム)、別紙第三に示す登録商標第五五一九二七号(昭和三四年三月二四日出願、昭和三五年六月七日登録、指定商品口紅、頬紅、臙脂)の各出願はいずれも右の目的に出たものである。
五 なお、被告訴訟代理人は、第二東京弁護士会を通じ厚生省薬務局薬事課長に対し、本件登録商標を示し、これをわざわざ「ラベ」と明記して問合わせたのに対し、右薬事課長は販売名が照会にかかる「ラベ」等の字句にかかわりがあるものと思料されるものとして「クラブラブクリーム」「クラブラブズクリーム」等を表示した。これは本件訴訟と全く関係のない者でもその照会内容を「ラブ」又は「ラブズ」に該当もしくは関連あるものと解した証拠である。
証拠関係(省略)
理 由
原告が別紙第一に示す本件登録商標の商標権者であること、本件登録商標は
原告が香料及び他類に属せざる化粧品を指定商品として、別紙第二に示す登録第四七六〇八七号の商標を連合すべき商標として出願し、昭和三四年九月二八日登録を受けたものであること、被告がその製造販売に係る化粧品ならびにその広告に別紙対象物件目録イ号またはロ号に示す被告対象標章を附してそれぞれ販売あるいは展示、頒布の行為をしていることは当事者間に争いがない。
被告対象商標、すなわち別紙対象物件目録イ号に示す商標は、英語のLOV
Eを大文字のみの活字体で現わしたもので、これから「ラブ」の称呼を生じ、愛の観念を生じることが明らかである。
同物件目録ロ号に示す商標は、英語のLOVE IS HFREの文章を「LOVE」「IS」「HERE」と三行に亘り、いずれも大文字の活字体で構成してなるもので、「ラブ イズ ヒヤ」と発音され、「愛がここに居ます」「愛がここにやつて来ました」との意味を現わしていると解せられ、「ラブ」の称呼、「愛」の観念を含んでいる。
原告は、本件登録商標につき、「その商標は、愛を意味する英語のLoveの文字を筆記体で一連に横書きしてなるもので、その「v」の字の右上に附された「’」の濁点は言語的にはなんの意味もない単なる附飾に過ぎず、Loveの文字が本件登録商標の要部であつて、これから「ラブ」の称呼、「愛」の観念を生じるところ、被告対象商標イ号も同様「ラブ」の称呼、「愛」の観念を生じ、被告対象商標ロ号もまた「ラブ」の称呼、「愛」の観念を含むものであるから、被告対象商標はいずれも本件登録商標に類似するものである」旨主張する。これに対し、被告は右原告の主張を争うので以下検討する。
本件登録商標は別紙第一に表示されているもであり、これは成立に争いない
乙第一〇四号証の三によると、原告が本件登録商標の出願に際し、願書に添付した書面に表示したものと同一であると認められる。
本件登録商標の右表示は、外国文字を一連に筆記体で手書きで現わしたものであり、最初の文字は「L」、最後の文字は「e」と解されるが、全体が四字からなるものか、五字からなるものかが既に紛わしく、二字目が「a」か「o」かも定かでない。殊に最後の「e」の文字の左上近くに附している「’」は、文字の一部か記号か、これを読むものをして悩ませるもので、要するに普通の日本人には判じもの、あるいは謎のように判続が困難なものである。そこで本件登録商標が連合すべき商標として願書に記載された別紙第二に示す登録第四七六〇八七号の商標をみると、その基本商標は、コールドパーマネントウエーブ用ソリユーシヨンを指定商品とし、手書きの筆記体で表示されているが、その表示は「フランス語の(図一)すなわち、洗う等を意味するLaverの過去分詞形の文字であることはその明確な表現から疑いを容れる余地のないものである。この両者の連合関係を考慮し、本件登録商標の表示を観察するに、本件登録商標は右連合すべき商標の外形を基礎とし、その語の「a」の筆記体を「o」と紛わしく変形し、「e」の上のアクサンテギュー(Accent aigu)の位置を「v」の右肩上までずらすと共にこれをアポストロフ(Apostrophe)のような形に変形して作出したものと推測されるのである。その結果、出来上つた本件登録商標の外形は、右連合すべき商標には確かに類似すると認められるけれども、右連合商標を離れ本件登録商標だけ見るときは、恰も奇形的文字の如き外観を呈し、英語の「Love」にしては変な位置にアポストロフのようなものが附いていて異様に感じられ、またフランス語の「Lave」にしては、「e」の上にあるべきアクサンテギユーの位置が余りにも左にずれているだけではなく、その形状も奇異に感じられ、その他何の文字として読むにしても無理を伴い、結局その読み方に迷わざるを得ない特異な表示である。
原告は目下日本国内において英語が最も普及しているから、一般顧客は本件登録商標を看て、Loveと英語読みをするのが自然である旨主張する。商標は、もとより商品に附することを予定し、顧客に商標を目印しとして商品を選ばせるためのものであるから、一般顧客が商品に附された商標をどのように看、あるいは読むかを重視すべきは勿論であり、また目下日本国内において英語が最も普及していることも周知の事実である。しかしながら、現在日本国内において、本件登録商標の指定商品たる化粧品の販売店、あるいは百貨店等の化粧品売場、その他化粧品に関する広告等において、フランス語の商標が附された商品あるいはその写真を看ることは決して珍らしいことではない。もし、本件登録商標の字体に「’」の記号が附されていないならば、二字目の字は「o」と認める可能性は充分あるから、右原告の主張事実は十分その主張を理由づける事由として通るであらう。ところが、本件登録商標には前記の如く、英語のLoveであれば普通見馴れない位置に異常な「’」の記号が附されているのである。したがつて、被告が本件登録商標の外観に類似のものを使用したというなら兎も角、「ラブ」の称呼、「愛」の観念を生じることが明白な英語のLOVE、あるいはその語を含む被告対象商標を用いているのに対し、本件登録商標の権利者が目下日本において英語が最も普及している事実を理由に、本件登録商標につき、これから「’」の異常な記号を故意に伏せたような主張をすることは、正に信義誠実の原則に反するものというべく、到底これを採用することはできない。
なお、原告は、「本件登録商標は、原告が他に有する登録商標第二四六九六四号(別紙第四に示すもの)、登録商標第五五一九二七号(別紙第三に示すもの)と同様、防衛商標として取得のため出願し、登録を得たものである、すなわち、ラブの称呼は原告の著名商標「クラブ」または「CLUB」の称呼から生ずる最も強い印象を与える部分でその主要部であるから、ラブの称呼を他人の模倣から防衛するため本件登録商標を採択のうえ出願し登録を得たものであつて、これに「’」の附飾を施した点は防衛の目的から言つて何ら異とするに足らないものである」旨主張する。しかし、「クラブ」あるいは「CLUB」一般に倶楽部のカナ書き、あるいは英語による表示と理解せられており、「ラブ」の称呼は愛を意味する英語のLOVEの日本語的発音と受取られるのが普通であつて、両者は観念においては混同せられることがない別個の言葉である。外観においても「クラブ」と「ラブ」は普通誤認されることはなく、「クラブ」の表示のうち「ラブ」の二字がその要部であると解する人はいないであらう。「クラブ」を日本語的に発音するとき、一般には「ラブ」の部分を特に主要部として強く印象づけるような発音の仕方はしないのが普通である。したがつて、たとえ、「クラブ」が原告の商品を意味する著名表示であるとしても、この事実から、「ラブ」の表示あるいは称呼について原告が保護を主張し得べき権利ありということはできない。原告は本訴において本件登録商標をラブ商標と主張しているだけで、他に明確なラブの表示、あるいはその英語文字LOVEにつき商標権を有する事実を認むべき証拠はない。したがつて、原告が本件登録商標を採択した主観的意図がいずれにあつたにしろ、原告の右主張は、基本商標とも言うべき明確な「ラブ」あるいはLOVE商標について所有の事実が認められないのみならず、本件登録商標について既になした認定をなんら左右するものではない。
商標は商品に附されたとき、商品の出所表示の機能、品質保証機能、宣伝的
機能を発揮する。しかして、その発揮力は、商標権者における商標使用の態様、度数、宣伝活動の内容ならびに宣伝に投じた費用、商品の品質高上のために投じた努力その他諸般の事情により大きく差異を生じるものであることは何人も否定し得ないところである。均しく登録商標であつても、国境を越え外国にまで著名商標として知られている程成長しているものもあれば、未使用で何人も見たこともない商標もあるわけである。これらの事情は商標権の保護範囲を決定するにはしんしやくしなければならないことである。したがつて、商標権の侵害の成否が問題となり、登録商標と誤認混同を生じるかどうかを判断するに当つては、他面登録商標の取引界における使用関係における各種の実情をも考慮する必要がある。もし、権利者が本件登録商標そのものを指定商品に附し、相当期間「ラブ」の称呼をもつて宣伝使用をして来た結果、他に「ラブ」と同一又は類似の称呼又は「愛」の観念を生じる商品を附した商品が市場に出現した際、一般顧客が本件登録商標をLove商標として記憶している状態になつていると認められる場合は、本件登録商標は、その特異な外観だけではなく、「ラブ」の称呼、「愛」の観念を生じるものとして、右称呼観念についても、これと同一又は類似の称呼観念を生じるものに対して保護されるべきであろう。
ところで、原告が本件登録商標そのものずばり使用のうえ、需要者がこれをラブ商標あるいはLove商標と認識するに至る程宣伝広告をして来たというような特別の事情を認めるべき証拠はない。
もつとも、原告が昭和四八年九月から使用を始めた化粧品の外箱であることにつき争いのない検甲第一七号証、同第一八号証によると、その外箱表面に、二字目の字を明確に「O」と表示し、その余は「’」の記号をも含め本件登録商標と同一と認められる標章が表示してあるが、右検甲号証によつても、原告は、本件訴訟の結審直前になつて、にわかに、本件登録商標をLove商標として需要者に印象づけるため、右検甲号証に示す標章の使用を開始した事実を推認しうるにとどまり、これにより需要者が本件登録商標をLove商標として認識しているとの事実を認めることはできない。
また、成立に争いない甲第二七号証に、東急エージエンシー大阪支社が原告の依頼により、昭和四七年一一月二二日(火)午前一〇時から午後四時までの間大阪市<以下略>界隈において、街頭歩行者に対し、手書きの本件登録商標と略同一性が認められる商標見本を示し、
(1)これは文字に見えますか、文様に見えますか。
(2)(文字と答えた人に)それでは何と読みますか。
(3)年令、職業、学歴をおきかせ下さい。
との三項目につき質問した結果が報告として記載されている。
これによると、右質問にする回答は、三〇才までのOL、主婦学生が約九割を占める有効サンプル一六二名のうち、本件登録商標を文字商標とみた者が一五七名で九六・九%、文様商標とみた者が五名で三・一%であり、文字とみた者でも何と読むかの問に対する答は区々で、「ラブ」が一一三名で約六九・三%、「ラリー」が八名で四・九%、「ロリア」が五名で三・一%、「ラビー」が三名で一・八%、残り約二〇数名は、「ロリー」、「ローリー」、「ロリエ」、「ロブ」、「ロー」、
「ラリエ」、「ラビエ」、「ローリエ」、「ラーリー」、「ロアー」、「ラビン」、「ロレー」、「ロアイアー」、「ラブー」等の読み方をなし、「わからない」と答えたものが一一名で六・七%であるが、そのランクは第二位であつたというのである。
右調査報告の結果は、右商標見本をみて「ラブ」と読んだ者が第一位で約六割七分、すなわち過半数であることを示しているので、本件登録商標から「ラブ」の称呼を生じるとの原告の主張に副う証拠のようであるが、本件登録商標を現実に指定商品に附したうえその表示の受取り方を顧客につき調査した結果ではないのみならず、本件登録商標の商標見本を示されてこれを文字と答えた以上何らか意味のある文字を考えて答えたものとみられる残りの歩行者さえ、前記の如く、約二〇種類近くも多岐に亘り全く意味のわからない様々な読み方をなし、読み方がわからないと答えた者も一一名で二位を占めたとの調査結果をも示しているのであつて、これらの事実を考え合わせると、右商標見本をみて「ラブ」と答えた者もどのような意味で答えたものか疑わしく、むしろ、右調査の結果は、本件登録商標は使用に際しこれをLove商標として宣伝する行為が伴わない限り、必ずしもそのような明確な称呼を生ずるものではないことを物語つていると解せられるのである。
また、原告は、被告訴訟代理人が乙第二〇号証により、第二東京弁護士会を通じて厚生省薬務局薬事課長に対し、本件登録商標を示し、これをわざわざ「ラベ」と明記して問合せたのに対し、右薬事課長が同第二一号証の二により、販売名が照会にかかる「ラベ」等の字句にかかわりがあるものと思料されるものとして「クラブラブクリーム」、「クラブラブズクリーム」等を表示して回答したとの事実は、本件訴訟と全く関係のない者でも、その照会内容を「ラブ」又は「ラブズ」に該当もしくは関連あるものと解した証拠である旨主張するけれども、照会を受けた者が該当事項そのものが見当らない場合、好意的に、照会事項になんらかの関連あるいは似通つた事項の誤記ではないかとの考慮から照会事項には該らない事項であることを承知の上回答することがあるのは世上往々にしてあることで、これを捉えて原告主張の有利な証拠となすのはいささか妥当性を欠くと思われる。
更に、原告は、特許庁は訴外株式会社伊勢半の商標昭四二―二六五九三(商公昭四四―二五四七八)出願に対する原告の商標登録異議申立に対し、昭和四六年一二月二四日付決定にて、訴外伊勢半出願の「ラブトニツク」の商標は本件登録商標と類似である旨を認め、原告の異議申立を理由あるものと認めたと主張し、甲第二二号証の一、二、同第二三号証、同第二四号証を援用する。しかし、特許庁が商標出願について、既登録の他人の商標と対比し、登録を認めるべきかどうかの判断をなすにあたり、右引用登録商標に対してなす解釈は、商標出願に対する商標行政の見地からなされるのであり、登録商標の保護範囲についてなす裁判所における解釈とは視座が異なる。
のみならず、いずれも成立に争いない乙第一号証ないし第一〇号証の二、同第一〇三号証によると、本件登録商標登録(昭和三四年九月二八日)後である昭和四六年七月一五日に、別紙第五の(1)ないし(5)に示すLoveの活字体を構成の一部に取り入れた商標が登録され、また昭和四七年八月二八日に、同(6)に示す商標が公告になつている事実が認められるのである。これらの事実は原告が「ラブトニツク」の商標について主張するところと相容れない事情というべきである。
商標登録を受けようとする商標は、もとより明確な文字に限らず、図案化し
た文字、図形、記号もしくはこれらの結合からなる標章でも差しつかえなく、これにつき商標登録の出願をすることができる。しかしながら、本件登録商標は前記の如く、既登録商標の適合商標として登録を受ける必要上、連合すべき商標に類似せしめるため殊更異常な附加物まで附し、現代用語には普通みられないような異常な外形の文字商標を作出して出願したものと解するの外なきものであつて、出願人たる原告がその登録商標につき、登録後に至り、右異常な附加物は意味のない単なる装飾のたぐいであるから、これを度外視した表示部分がその主要部である旨主張することは、出願時における出願人の行動と矛盾するもので、禁反言の原則に悖戻するものというべきである。したがつて、右の主張は許されないといわなければならない。そうすれば、権利主張の際には、右附加物は災いの種となりむしろ有害な存在であるとしても、その附加物が本件登録商標が有する自他商品の識別力を構成する特徴の一つであることを否定することはできない。
以上要するに、本件登録商標は、前記の如き特異な構成よりなるため、確た
称呼観念を生ずるに由なきものと認めるべきである。したがつて、本件登録商標から「ラブ」の称呼、「愛」の観念を生じることを前提とする原告の商標権侵害の主張は失当である。
しかしながら、本件登録商標は右特異な構成よりなるものであるから、その外観における特別顕著性あるいは識別力の及ぶところこそ他人に模倣を封じ、保護さるべき領域であるというべきである。したがつて、本件登録商標に類似する商標とは、本件登録商標の特異な外観の構成において類似するために需要者がこれを本件登録商標と誤認混同を来たすと認められる商標をいうと解するのが相当である。
ところで、被告使用の商標である別紙対象物件目録イ号およびロ号に表示の商標と別紙第一に示す本件登録商標とそれぞれ外観を比較するに、外観の構成に類似性が全く存せず相異するものであることは一目瞭然多言を須いるを要しないところである。
以上によれば、被告が化粧品等本件登録商標の指定商品と同一商品に別紙対
象物件目録に示す商標を使用する行為は原告の本件登録商標権を侵害するものと認めることはできないから、その侵害の成立を前提とする本訴請求は理由なきものとして棄却すべく、訴訟貸用の負担につき民事訴訟法89条を適用し、主文のとおり判決する。
裁判官 大江健次郎
裁判官 楠賢二
裁判官 庵前重和