関連ワード | 識別力 / 包装 / 指定商品 / 周知商標 / 周知性 / ただ乗り(フリーライド) / 結合商標 / 権利濫用(権利の濫用) / 外観(外観類似) / 称呼(称呼類似) / 観念(観念類似) / 離隔的 / 国内 / 差止 / 混同防止 / 商号 / 著名人 / |
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事件 |
昭和
44年
(ワ)
2333号
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裁判所 | 大阪地方裁判所 |
判決言渡日 | 1971/02/24 |
権利種別 | 商標権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
原告の請求をいずれも棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
(原告) 被告は、シヤツ、そのブランドシール、そのラベルおよびその容器に、別紙(イ)号、(ロ)号および(ハ)号図面に示す鰐の図を使用してはならない。 被告は、別紙(イ)号、(ロ)号および(ハ)号図面に示す鰐の図を使用したシヤツ、そのブランドシール、そのラベルおよびその容器を破棄せよ。 被告は原告に対し金一〇〇万円およびこれに対する昭和四四年五月一五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。 訴訟費用は被告の負担とする。 との判決および金員の支払について仮執行の宣言。 (被告) 主文同旨の判決。 |
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当事者の主張
(請求原因)一、本件登録商標原告は次の商標(本件登録商標という)の商標権者である。 出願 昭和三四年四月二七日公告 同三五年八月四日(昭三五―一六七六二)登録 同三六年五月一日登録番号 第五七一六一二号指定商品 旧商標法施行規則(大正一〇年農商務省令第三六号)第15条の規定による商品類別による第三六類(以下、旧第三六類という)洋服、オーバーコート、 レインコート、股引、脚袢、帽子、襯衣、ズボン下、手袋、靴下、カラ、カフス、 ネクタイ、襟巻、ガーター、腕止、巻ゲートル、手巾、装身用ピン。 商標の構成内容 別紙図面(一)記載のとおり、縦三・横八の割合の長方形の枠の中に、左端の下部から右斜上方に向つて鰐を意味する英語「Crocodile」を筆記体で書き、右文字とほぼ平行に頭部を斜下にし斜上に向つて尾をはね少し口を開いた鰐の図形を画いたものとから成る。 二、本件登録商標の主要部 右のとおり、本件登録商標は文字と図形とによつて構成されてはいるが、その文字部分は英語であつて日本人には親しみが薄いから、特にその鰐の図形によつて印象づけられるものであることは明らかである。従つて、本件登録商標の主要部は鰐の図形にあり、本件登録商標から生ずる基本観念は「鰐」印である。 三、被告の侵害行為 被告は、シヤツその他衣類の販売を目的とする商事会社であるが、本件登録商標の指定商品に該当するところの、一般にスポーツウエアと称されるシヤツの襟内側に付しているブランドシールおよびそのラベルならびにシヤツの左側胸の部分に、 別紙(イ)号図面(体全体は青色以下(イ)号標章という)または同(ロ)号図面(黄色以下(ロ)号標章という)のとおり、頭を右側にし、口を開き、舌を赤色にした鰐の図形を表示した標章を付し、また、右のシヤツを入れるビニール製の袋の正面下部に鰐の図形の標章(別紙(ハ)号図面のとおり、以下(ハ)号標章という)を付したうえ、これを販売している。 本件登録商標の要部である鰐の図形と(ロ)号標章の鰐の図形とは、離隔的に観察した場合には、同一と認められる程、外観、称呼、観念において類似している。 また、(イ)号および(ハ)号標章の鰐の図形も、離隔的に観察すると、本件登録商標の要部たる鰐の図形と称呼、観念において類似している。 従つて、被告の使用している(イ)号、(ロ)号および(ハ)号標章は本件登録商標の要部と類似するものであるから、被告が本件登録商標の指定商品に該当するシヤツに(イ)号または(ロ)号標章を付して販売し、その包装袋に(ハ)号標章を付する行為は、いずれも原告の有する本件登録商標権を侵害する。 四、原告の被つた損害 被告が(イ)号標章または(ロ)号標章を付して販売したシヤツは少くとも一万着以上であつて、本件登録商標の使用料は少くとも一着について金一〇〇円以上と評価されるから、被告の右侵害行為により原告が被つた損害は少くとも金一〇〇万円である。 五、よつて、原告は被告に対し、(イ)号、(ロ)号および(ハ)号標章の使用禁止を求めるとともに、使用料相当の損害金一〇〇万円およびこれに対し、本件訴状送達の日の翌日である昭和四四年五月一五日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。 (請求原因に対する答弁および被告の抗弁)一、請求原因一の事実は認める。同二および四の事実は争う。 二、同三の事実中被告が繊維関係を主体とする商事会社であり、その業務の一端として(イ)号図面記載の標章(但し、後述のとおり鰐の図形のみではない)を付したスポーツシヤツを販売していることは認めるが、その余の事実は争う。被告は右スポーツシヤツを世界的に著名なスポーツシヤツメーカーたるフランスのラ・シユミーズ・ラコステ社(以下ラコステ社という)から輸入して販売しているのである。 なお、昭和四三年一二月頃、ラコステ社の手違いのため、別紙(ロ)号図面記載の標章(但し、鰐の図形のみではない)を付したシヤツ約七〇〇枚を被告が輸入、 販売したことはあるが、このようなことはこのとき一回限りであつて、今後は決して起り得ないことである。 三、被告使用の標章 被告が輸入販売しているラコステ・シヤツの襟内側のラベルに付せられたマークは別紙(い)号図面記載のとおり(以下、(い)号標章という)であり、左胸に付せられたマークは別紙(ろ)号図面記載のとおり(以下、(ろ)号標章という)である。すなわち、(ろ)号標章は図案化した右向き緑色の鰐の図形の胴体部に「Lacoste」の図案化した黒色文字をアレンジしたものであり、(い)号標章はこの標章の上部に「CHEMISE LACOSTE」の文字を配した図形と文字の結合からなる標章であつて、共に単純な鰐の図形ではない。 また、右スポーツシヤツの包装袋の正面下部に付せられた標章は、別紙(は)号図面記載のとおり(以下、(は)号標章という)であつて、これまた「La chemise LACOSTE」という緑色地白抜文字と右向き緑色鰐の図形との結合からなるものであつて、単純な鰐の図形ではない。 四、本件登録商標 本件登録商標は左向きの鰐の図形と「Crocodile」なる文字との結合から成るものであることは一見明瞭であつて、これから生ずる基本観念は当然クロコダイル鰐であり、単純な鰐ではない。 本件登録商標出願当時、指定商品を旧第三六類とする登録商標中鰐に関連性がある商標は次のとおり多数存在していた。 (1) 月鰐(登録第五三〇二九〇号、別紙図面(二)記載のとおり)(2) ALLIGATOR(登録第四〇四二一九号、別紙図面(三)記載のとおり)(3) 鰐鳥(登録第四一二二九八号、別紙図面(四)記載のとおり)(4) CROCODILE―HILL(登録第四二五〇九四号、別紙図面(五)記載のとおり)(5) 地球鰐(登録第四四〇九四九号、別紙図面(六)記載のとおり)(6) 鰐貝(登録第四四二九四六号、別紙図面(七)記載のとおり)(7) ホシワニ(登録第四五六〇八九号、別紙図面(八)記載のとおり)(8) 王冠ワニ(登録第五一六九八六号、別紙図面(九)記載のとおり) 右のうち(2)および(4)を除くその余の登録商標は、すべて鰐と他の図形および文字の結合より成る商標であつて、単純な鰐ではなく、その結合に基く観念、 称呼を生ぜしめるものであることは明らかである。右「ALLIGATOR」なる登録商標はこれらとは異なり、その字義どおり鰐の観念を生ぜしめるものであつて、その余の商標は単純な鰐ではなく前記の如く結合による観念を惹起するものである点において(2)との識別性があり登録が認められたものといわなければならない。 かかる状況下において本件登録商標を検討してみると、もし単なる鰐の図形のみであれば右(2)の登録商標に抵触することとなるし、また「Crocodile」の文字のみであれば右(2)および(4)の登録商標に抵触することは明らかである。これが登録を認められたのは、図形と文字の結合の結果クロコダイル鰐の観念と称呼を生むものと判断された結果に外ならない。本件登録商標が登録されたことの当否については疑問が存するが、少くとも登録の前提として、本件登録商標が少くとも単純な鰐の観念と称呼を生むものではないという判断が存したことは疑いない。 五、被告使用の標章と本件登録商標との対比 被告の使用している(い)号および(は)号標章は、いずれも「LACOSTE」の文字がむしろ主体をなし(ラコステのシヤツとして世界的に著名)、これからラコステの鰐の観念は生じても、単なる鰐の観念は生じない。従つて、被告の使用している(い)号および(は)号標章は、外観においても、観念においても、本件登録商標に類似しない。 また、被告の使用している(ろ)号標章は、図案化しかつこれにあわせて緑色を用いた右向きの鰐の図形(緑色の鰐は存在しない)の中に黒で「Lacoste」の文字を配置したものであつて、極めて特色のあるもので、「ラコステの鰐」印として認識されている。本件登録商標の図形部分が写実的な生々しい鰐そのものであつてどう猛な印象を与える点および左向きでかつ「Crocodile」の文字が鰐の図形の上部に存する点を考慮に入れて対比すれば、両者の識別性は明確である。事実、流通面においては右の諸点に基づいて識別されている。 また、被告の取扱つているラコステ製品の品質が抜群であることおよびスポーツウエアとしては比較的高価であることが、商品の選択に当つて需要者を慎重ならしめ右の識別性を高めていることも顕著な事実である。 従つて、本件登録商標が単純な「鰐」印の観念と称呼を生ぜしめるものであるとの前提に立ち、被告の使用する標章もまた単純な「鰐」印であると断じて、その使用差止等を求める原告の本訴請求は失当である。 六、ラコステ社の商標の周知性および権利濫用の抗弁 ラコステ社は、一九二六〜七年度世界テニスチヤンピオンであつたフランスのルネ・ラコステにより、一九三三年設立されたものであるが、その当初より、主力製品であるスポーツウエアの胸にはルネ・ラコステのニツクネームであつた鰐のマークが付されていた。 そして、そのスポーツウエアが第二次大戦後世界各国に輸出されたところ、彼のスポーツ選手としての名声と製品の高品質とにより、アメリカ、イギリス、ドイツ、イタリア、スイス等欧米諸国をはじめ世界各国において最高級スポーツウエアとして非常な名声を博し、ラコステのシヤツ、鰐マークのラコステシヤツと呼ばれて著名人士に広く愛用され、今や世界八〇か国余に輸出され、世界的商品となっている。 ラコステ社はスポーツウエアその他の商品に使用する商標として、一九三三年フランス本国において右向き鰐の図形商標を登録して以来、現在世界五〇か国余においてこの商標を登録しており、右商標は、世界各国においてラコステのスポーツウエアのシンボルマークとして親しまれ、世界的周知商標となつている。 そして、昭和三八年被告がラコステ社の日本総代理店として大量輸入を開始して以来、我国においてもラコステのスポーツシヤツの愛用者は飛躍的に増加し、ラコステシヤツといえば、鰐のシンボルマークが想起され、胸の鰐マークを見ればラコステシヤツと認識されるまでに知名度が高まり、需要者の間で最高の評価を受けるに至つている。 ところが、ラコステの鰐マークが世界的に著名となるにつれて、原告はその名声へのフリーライドを計画し、ラコステ社の商標登録の隙をねらつて本件登録商標の出願をした外、東南アジア諸国にも商標登録の出願をした。そして、出願登録後最近に至るまで約一〇年間右登録商標を殆んど使用することがなかつた(少くともスポーツウエアについては全く使用していなかつた)にもかかわらず、前記の如く我国において鰐マークのラコステシヤツのブランドイメージが確立した最近になつて、本訴提起と殆んど時を同じくして、原告と関係がある訴外ヤマトシヤツ株式会社が国内において製造したスポーツシヤツの胸に本件登録商標中の鰐の図形を付したものを英国クロコダイル社との提携と称して大々的に宣伝し、販売を開始した。 右の行為は、ラコステ社および被告が築き上げたラコステ社の鰐マークの名声へのフリーライド行為以外の何ものでもない。 被告およびラコステ社が、商標権の属地性による制限から、右の如き原告のフリーライド行為を排除する法的機能を有し得ないとしても、少くとも原告からの攻撃ー社会的経済的ないし商業道徳的見地からみれば全く理不尽な攻撃ーを排除し得るだけの立場は被告に認められなければならない。また、商標権の形式的技術的な把握のみを武器とする原告の本訴請求が、少くとも権利濫用として許されないことは、事案の性質上明らかといわねばならない。 (抗弁に対する原告の答弁および反論)一、被告使用の標章(一) 被告の使用する標章中に、(い)号、(ろ)号、および(は)号標章があることは争わない。しかし、被告が主として使用している標章は、「Lacoste」の文字が鰐の図の中にアレンジされていない(ロ)号章である。被告は(ロ)号標章を付したシヤツは手違いで約七〇〇枚輸入販売されたと主張するが、輸入後一年も経過した後に大阪阪神百貨店および大阪三越百貨店で販売されるはずはないから、被告の右主張はとうてい信用できない。 (二) 被告使用の(ろ)号標章中の文字部分は、多少の距離をおいて見れば、鰐の鱗とも見え、見る人の印象に残るものは鰐の図のみである。(い)号標章もなる程鰐の図形と「シユミーズ・ラコステ」の文字とを伴記しているが、しかしそれは一つの枠の中に共にあるというだけのものであつて、鰐の図形と文字部分とはそれぞれ独立している。しかも文字部分は鰐の図に比して小さく、印象に残るのはこれまた鰐の図のみである。(は)号標章についても、他人の商標と類似する鰐の図形を自己の商号と併記したからといつて、他人の商標権の侵害になることには変りない。 (三) そして、右被告使用の標章中にアレンジされまたは併記された文字は、一般日本人にはなじみの薄いフランス語であるうえ、そのフランス語「シユミーズ」は商品名であつて「ラコステ」とは何を意味するのか理解し難い言葉である。またこれらの文字には鰐の意味は全くない。従つて、我国の消費者にとつて、鰐の図形とこれらの文字との結合は不自然なものとしか感ぜられず、図形と文字とが完全に分離分断されてしまうのは当然である。 そのため、仮に被告使用の標章から「ラコステ」なる称呼観念が生ずるとしても、それは直ちに忘れ去られ、ただ強く印象づけられて残るものは鰐印の称呼観念のみである。従つて、被告使用の標章の主要部分は鰐の図形であつて、それ以外の何物でもない。 (四) なお、被告は被告使用の標章から生ずる観念はラコステの鰐である旨主張する。しかし、シヤツのメーカーとしてラコステのシヤツといわれることがあつても、その製造するシヤツに鰐の標章を使用した事実から、ラコステの鰐という観念は決して生じない。生ずるのは鰐印のシヤツという称呼、観念である。 例えば、M社が自己の生産販売する商品にナシヨナルなる商標を使用しても、M社のナシヨナルとはいわない。ただ、ナシヨナルという商標の商品を生産販売している企業主体を表現するために、ナシヨナルのM社ということはあり得るが、その反対はあり得ない。右と同様にラコステの鰐という称呼観念はあり得ない。 二、本件登録商標(一) 被告は、本件登録商標は文字と図形との結合から成るから、これから生ずる観念は、単に「鰐」印ではなく、「クロコダイル鰐」印である旨主張する。 しかし、文字と図形との結合商標であるからといつて、必ず結合して観察しなければならないものではなく、文字部分から、または図形部分から称呼、観念を生ずる場合もあり、文字部分と図形部分とがせれぞれの商標の識別力を有する要部たり得る場合もあることは、一般に承認されている考えである。 本件登録商標は、文字部分が一般日本人に親しみの薄いクロコダイルなる英文字であるに反し、図形部分が幼時期から親しみのある鰐の図であるから、これから生ずる観念は、直截に「鰐」印そのものであることは争い得ない事実である。しかも、その文字部分が鰐を意味する英語であるから、この文字部分からも「鰐」印以外の称呼、観念を生ずる余地はない。 被告の主張する「クロコダイル鰐」印の称呼、観念は、ケーキのお菓子、フランスの仏国という概念があり得ないのと同様、考えられない概念である。 (二) なお、本件登録商標はその審査手続過程において一度拒絶査定された。その理由は登録第四〇八一〇七号の商標(別紙図面(一〇)記載のとおり)と類似であつて、同一または類似の商品を指定商品とするということにあつた。右商標の構成は上部に鰐の図形、下部に「ワニ印」なる文字が、いずれも円形輪郭内に包みこまれているもので、指定商品を地下足袋とするものである。そこで本件登録商標はその指定商品から地下足袋を除くことによつて登録が可能となつたのである。 当時右商標の外に鰐に関連する商標が数種登録されていたことは被告主張のとおりであるが、これら登録商標は本件登録商標登録の障害とはならず、ただ右登録第四〇八一〇七号の商標のみが問題とされた事実は、本件登録商標が鰐の図形からは勿論のこと、「Crocodile」なる英文字も鰐を意味するところから、右商標と同じく「鰐」印の称呼、観念を生ずることの有力な証明である。 三、権利濫用の抗弁について 香港に本店を有する訴外クロコダイル・ガーメンツ・リミテツドは「クロコダイル」の商標を有するワイシヤツ、ニツトシヤツ、ネクタイ、スーツ等衣料品の著名メーカーとして、日本、欧州、中近東および東南アジア諸国と手広く取引を行つており、原告は右クロコダイル・ガーメンツの販売部門を担当する会社である。右クロコダイル・ガーメンツの社長が原告の代表者陳賢進の次兄陳俊であり、副社長が長兄の陳少輝である。 右クロコダイル・ガーメンツは、「クロコダイル」の商標を英国、デンマーク、 ノルウエー、スエーデン、フインランド、シンガポール、インドネシア、ビルマ、 ホンコン、タイに登録し、また原告は本件登録商標と同一商標を韓国、台湾、インド、ブルネエに登録しているのであつて、「鰐」印は原告および関連会社の商標として著名である。 「クロコダイル」の商標は香港において古くから使用され、早くも明治四三年(一九一〇年)にその商標登録がなされたのである。昭和三一年以降は前記三兄弟がその登録商標権者となつた。右譲受後、右三兄弟および原告らは協力して鋭意良質の商品を製造販売することに努力し、「クロコダイル」の商標のイメージアツプに全力を傾倒するとともに、各国に対する商標出願を怠らなかつた結果、企業も順調に発展し、この商標が古くから顧客層になじまれていたことも手伝つて、香港、 シンガポールを中心に広く名声を博するようになつた。 かくて、現在では鰐のマークのシヤツ類は各国において「クロコ」または「クロコダイル」のシヤツとして愛用されるに至つており、少くともアジア、中近東各国に関する限り、確固不動の地位を築いている。 被告は原告が本件登録商標登録後最近に至るまでこれを使用していなかつた旨主張するが、原告がヤマトシヤツを通じ鰐のマークのワイシヤツ、スポーツシヤツ類の販売を始めたのは昭和三六年のことであり、被告がラコステ社から輸入を始めたと称する昭和三八年より二年も前のことである。その頃から原告は右ヤマトシヤツと緊密な連絡をとりつつ本件登録商標の周知性を高め、鰐のマークの製品が顧客に愛用されるよう力を注いで来たものであつて、原告がラコステ社の名声にフリーライドを計画して出願登録を行つた旨の被告の主張は全く失当である。 更に付言すれば、ラコステ社の商標は我国において何ら周知性を有するものではない。欧米各国での評価がどうであれ、鰐のマークの商標の問題は我国における問題である。鰐のマークを見てラコステ社を想起する日本人は限られた極く一部の人であり、ラコステという名を始めて聞く人が圧倒的多数である。このことは我国においてラコステ社へのフリーライド行為が成立しないことを証明するものである。 被告の権利濫用の抗弁は理由がない。 |
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証拠関係(省略)
理 由一、次の事実は当事者間に争いがない。 (1) 原告が次の商標(本件登録商標)の商標権者であること。 出願 昭和三四年四月二七日公告 同三五年八月四日(昭三五―一六七六二)登録 同三六年五月一日登録番号 第五七一六一二号指定商品 旧第三六類洋服、オーバーコート、レインコート、股引、脚袢、帽子、 襯衣、ズボン下、手袋、靴下、カラ、カフス、ネクタイ、襟巻、ガーター、腕止、 巻ゲートル、手巾、装身用ピン。 商標の構成内容 別紙図面(一)記載のとおり、縦三・横八の割合の長方形の枠の中に、左端の下部から右斜上方に向つて鰐を意味する英語「Crocodile」を筆記体で書き、右文字とほぼ平行に頭部を斜下にし斜上に向つて尾をはね少し口を開いた鰐の図形を画いたものとからなる。 (2) 本件登録商標出願当時指定商品を旧第三六類とするつぎの登録商標が存在していたこと。 @ 登録第五三〇二九〇号の商標A 登録第四〇四二一九号の商標B 登録第四一二二九八号の商標C 登録第四二五〇九四号の商標D 登録第四四〇九四九号の商標E 登録第四四二九四六号の商標F 登録第四五六〇八九号の商標G 登録第五一六九八六号の商標二、いずれも成立に争いのない乙第二号証の一、同第五号証の一、同第六号証の一、同第七号証の一、同第八号証の一、同第九号証の一、同第一〇号証の一、および同第一一号証の一(以上、いずれも商標公報)によれば、右@ないしGの既登録商標はそれぞれつぎのとおり構成せられている事実が認められる。 @ 登録第五三〇二九〇号の商標は、別紙図面(二)記載のとおり、頭を左下にし右斜上方に向つて尾をはねた鰐の図形と三か月の図形を組合わせ、その下に「月鰐つきわに」と筆書体で書いた文字との結合からなる。 A 登録第四〇四二一九号の商標は、別紙(三)記載のとおり、鰐を意味する英単語の「ALLIGATOR」全文字を活字体の大文字で表わしたものからなる。 B 登録第四一二二九八号の商標は、別紙図面(五)記載のとおり、ほぼ正面に向つて大きく口を開いた鰐の図形とその鰐の口中に向つて頭を左にして羽ばたいている小鳥の図形を組合わせ、その左上方に「鰐鳥」と筆書体で書いた文字との結合からなる。 C 登録第四二五〇九四号の商標は、別紙図面(五)記載のとおり、「CROCODILE―HILL」と英語の活字体大文字で全部表わしたものとからなる。 D 登録第四四〇九四号の商標の構成は、別紙図面(六)記載のとおり、地球儀の北半球部分の図の上に乗つている左頭の鰐の図形の下に「地球鰐」と肉太に書いた文字との結合からなる。 E 登録第四四二九四六号の商標は、別紙図面(七)記載のとおり、貝の図形の中に左頭で鰐の図形を画き入れ、その上に「WANI―KAI」と、下に「鰐貝印」と書いた文字との結合からなる。 F 登録第四五六〇八九号の商標は、別紙図面(八)記載のとおり、一般に星を表現するのに用いられている図形の中に右下を頭にし左斜上方に向つて尾をはねた鰐の図形を画き入れ、その上に「ホシワニ」と、下に「STARC-ROCODILE」と書いた文字との結合からなる。 G 登録第五一六九八六号の商標は、頭を右にして口を開いた鰐が頭に王冠を乗せている図形とその下に「王冠ワニ」と書いた肉太の文字との結合からなる。 三、前記のとおり、本件登録商標が鰐の図形と鰐を意味する「Crocodile」なる英文字との結合からなるものである事実および本件登録商標出願時既に旧第三六類を指定商品とする登録商標中には、鰐の図形を商標中に用いる前記@、 B、D、E、F、Gの各商標や、無制限に鰐の観念を生ずる前記Aの商標、「CROCODILE」の文字を用いる前記C、Fの商標等が既に存在していた事実に照して考えると、本件登録商標は鰐の図形部分と「Crocodile」なる英文字部分とが一体不可分な形で結合しているもの、すなわち図形部分と文字部分とが結合した構成全体としての特別顕著性を有し、その構成全体としての外観、称呼、観念が生じるものであると解さざるを得ない。従つて、本件登録商標から無制限、単純な「鰐」印の外観、称呼、観念が生じるとは解し得ない。 なる程、原告が主張するとおり、本件登録商標中の図形部は明らかに鰐の図形であり、「Crocodile」の文字は鰐を意味する英文字ではあるけれども、大なり小なり「鰐」印の称呼、観念を生じる前記@ないしGの登録商標が既に存在していた状況下に、それらに遅れて本件登録商標は出願・登録されたもので、本件登録商標と前記@ないしGの商標とは単純な「鰐」印という称呼、観念でとうてい区別され得ないことは明らかであり、商標の使命である商品識別および出所混同防止の機能を果たす本件登録商標の特別顕著性は、どのように考えても、文字部分と図形部分とが結合した全体構成のみに存するものと考えざるを得ず、本件登録商標から生ずる称呼、観念は強いて表現すれば「Crocodileの文字入り鰐」印といつたようなものになると解さざるを得ない。 本件登録商標が前記@ないしGの各登録商標の存在にもかかわらず登録され得たのは、それが単純な「鰐」印の称呼、観念を生じるものではなく、鰐の図形に英文字を付加・結合させることによつて現実取引においても右既登録の商標から識別され得ると認められたからに外ならない。 右認定に反する甲第六号証(鑑定書)は採用できない。 四、そこで本件登録商標の構成全体と(イ)号、(ロ)号および(ハ)号標章とを対比する。 (イ)号標章は(イ)号図面記載のとおり右向きの鰐を図案化した図形(体は緑色、開いた口は赤色)の胴体部に黒色で図案化した「Lacoste」の文字をアレンジしたもので構成され、(ロ)号標章は(ロ)号図面記載のとおり右向きの鰐を図案化した図形(体は黄色、開いた口は赤色)から構成され、(ハ)号標章は(ハ)号図面記載のとおり右向きで、尾をはね上げ、口を開いた鰐の図形から構成されている。 被告は右(イ)号ないし(ハ)号標章を単独で使用することはなく、他の文字と結合した形で標章として使用している旨主張するが、仮に原告主張のとおり被告が右(イ)号ないし(ハ)号標章を用いているとしても、これらが本件登録商標と同一でないことはいうまでもなく、また右説示のとおり本件登録商標は鰐の図形と「Crocodile」なる文字とが結合した全体の構成としてはじめて特別顕著性を有するものであるから、右文字部分を全く欠いている(イ)号ないし(ハ)号標章は外観、称呼、観念のいずれにおいても本件登録商標に類似すると認めることもできない。 したがつて、被告の右標章の使用はなんら原告の本件登録商標権を侵害するものではないといわなければならない。 五、以上によつて、(イ)号、(ロ)号および(ハ)号標章が原告の有する本件商標権を侵害することを前提とする原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。 |
裁判官 | 大江健次郎 |
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裁判官 | 近藤浩武 |
裁判官 | 庵前重和 |