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事件 昭和 53年 (行ウ) 153号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 1982/10/15
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
主文 一 被告が原告の昭和四九年九月一〇日付の事件の表示を「商願昭四七―六九三九六」と記載した手続補正書に対し昭和五二年一月一七日付でした不受理処分はこれを取り消す。
二 被告が原告の昭和四八年商標登録願第六九三九六号の出願に対し昭和五一年九月三日付でした出願無効処分は無効であることを確認する。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨主文同旨二 請求の趣旨に対する答弁1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
当事者の主張
一 請求の原因1 手続の経緯(一) 原告は、弁理士【A】を代理人として、昭和四八年四月二六日付各願書でもつて、同年同月二七日、次の二つの商標登録出願(昭和四八年商標登録願第六九三九五号、以下「A出願」という。同年同第六九三九六号、以下、「本件出願」という。)をした。
(1) A出願指定商品及び商品の区分第二二類 はき物(運動用特殊ぐつを除く。)、かさ、つえ、これらの部品及び附属品商標登録を受けようとする商標の表示CHILPRUFE(2) 本件出願指定商品及び商品の区分第二四類 おもちや、人形、娯楽用具、運動具、釣り具、楽器、演奏補助品、蓄音機(電気蓄音機を除く。)、レコード、これらの部品及び附属品商標登録を受けようとする商標の表示(1)と同じ(二) 被告は、原告出願代理人に対し、昭和四九年六月二〇日付で、右両出願につきいずれも「添附委任状に記載された委任者の住所と願書に記載された出願人の住所とが相違する。」との理由により、代理権を証する書面について、手続補正指令書発送の日である昭和四九年七月五日から三〇日以内に手続補正書を提出することを命じた。
(三) 原告出願代理人は、右各手続補正命令に応じた補正をするため、昭和四九年九月一二日、被告に対し、右各出願につき、補正の内容をそれぞれ「(1)願書中の出願人の住所を、別添の訂正願書に記載のとおり訂正する。(2)委任状(訳文共)を別添のとおり補正する。
(3)法人証明書(訳文共)を別添のとおり補正する。」とする同年九月一〇日付の各手続補正書を提出した(本件出願についての右手続補正書を、以下、「本件手続補正書」という場合がある。)。その際、原告出願代理人は、各手続補正書の「事件の表示」欄に、A出願については「商願昭四八―六九三九五」、本件出願については「商願昭四八―六九三九六」と記載すべきところ、「昭四八」を「昭四七」と誤記し、更に、本件手続補正書の「7 添附書類援用の申立」の欄に「上記委任状及び法人証明書の各原本は、本日提出した商願昭四八―六九三九五の手続補正書に添附したものを援用する。」と記載すべきところ、「昭四八」を「昭四七」と誤記した。
(四) 被告は、A出願の右手続補正書に対し昭和五〇年六月七日付で、「事件の表示が相違する」との理由をもつて不受理処分にし、その通知は同年同月一九日、
原告出願代理人に到達した。原告出願代理人は、同日、前記誤記を訂正した手続補正書を再提出し、この手続補正書は同日受理された。
これにより、A出願は、昭和五二年二月二五日出願公告の決定を得、同年九月一六日登録査定を受け、その後登録された。
(五) 被告は、本件出願につき、昭和五一年九月三日付で「この出願は指定の期間内に補正書の提出がなかつたから商標法第77条第2項の規定により準用する特許法第18条の規定によつて無効にする。」との処分をし、右処分の謄本は、同年一一月七日原告出願代理人に送達された(以下、右処分を「本件出願無効処分」という。)。
(六) 被告は、昭和五二年一月一七日付で本件手続補正書を「事件の表示が相違する」との理由で不受理処分に付し、右処分の通知は同年三月三日原告出願代理人に送達された(以下、右処分を「本件不受理処分」という。)。
(七) 原告出願代理人は、被告に対し、昭和五二年三月二二日付で、本件不受理処分につき行政不服審査法による異議の申立をした。被告は、昭和五三年八月三〇日付で右申立を棄却する旨の決定をし、その決定書謄本は同月三一日原告出願代理人に送達された。
2 本件不受理処分の違法性 本件不受理処分は、以下に述べるとおり違法であり、取り消されるべきものである。
(一) 本件手続補正書は、事件の表示を「商願昭四八―六九三九六」と記載すべきところを「商願昭四七―六九三九六」と誤記したこと及び委任状と法人証明書の原本の援用を申立てた別件A出願の手続補正書の事件の表示を「商願昭四八―六九三九五」と記載すべきところを「商願昭四七―六九三九五」と誤記したこと以外は、出願の種類、出願人の名称、代理人等の記載はすべて本件出願の記載と一致するものであり、本件出願について提出されたものとみるべきである。また、本件手続補正書は本件出願の出願人の住所と願書添附の委任状の委任者の住所とが一致するように補正されており、本件補正命令の要求を満たすものであつた。
(二) 右のような場合においても、仮に、被告が主張するように手続補正書の事件の表示に誤記があるとして当該手続補正書を不受理処分にすることが許されるとしても、A出願についての前記1(四)の例からも明らかなように、提出について指定期間の制限のある手続補正書のこと故、被告としては受領後遅滞なく不受理処分にして、出願人をして直ちに誤記を訂正した手続補正書を提出する機会を与えるべきところ、被告は、本件手続補正書を受領後二年四月もの長期間、受理不受理を決定しないまま放置し、しかもその間に本件出願につき本件出願無効処分を先行させ、その後本件不受理処分をなしたのであるから、被告の右処理手続は単なる手続上の遅滞であるだけでなく手続上の信義則にも反する。
(三) 従来特許庁は、特許、実用新案登録出願における明細書中の明白な誤記の訂正又は意匠登録出願における意匠に係る物品の表示における不適当な表現字句の訂正については、電話によつて訂正箇所と訂正字句を指示して出願人の訂正意思を確認し、その旨を当該文書の余白に記入し、担当審査官が押印することによつて、
訂正を完了する措置を採つてきた。また、最近はこの電話連絡による訂正措置を、
特許、実用新案登録出願の明細書における「誤記」ではない「不適当な記載」の訂正にも適用するようになつている。このような電話連絡による訂正措置は、年間七〇万件を超える件数の出願を受理する特許庁としては当然必要な措置であるが、特に本件手続補正書のように提出後二年四月を経過して漸く事件番号の表示の誤記に気が付いたような場合、右のような訂正措置は、被告が採つても採らなくともよい任意的措置というよりはむしろ、行政庁の事務処理の信義則の原則上、被告として採らねばならない必要的措置であつたと解するのが相当である。
したがつて、本件において被告が電話連絡による訂正措置を採らずにいきなり本件不受理処分をしたのは違法である。
(四) 被告は本件手続補正書において原告が委任状及び法人証明書の原本の援用を申立てた別件A出願についての手続補正書が既に不受理処分にされたことを理由に、本件手続補正書には援用不能の委任状、法人証明書を援用している治癒不能の瑕疵がある旨主張する。しかしながら、第一に本件不受理処分の理由は「事件の表示が相違する」の一点であり、委任状及び法人証明書の原本の援用不能を理由とするものではなく、第二に原告出願代理人は別件A出願の右手続補正書が不受理処分にされた後に直ちに右手続補正書の事件の表示の記載を訂正して再提出し、その手続補正書はA出願についての手続補正書として受理されているのであるから、本件手続補正書における委任状と法人証明書の原本の援用は可能であり、右は治癒不能の瑕疵にはあたらない。
3 本件出願無効処分の瑕疵 本件出願無効処分は以下に述べるように重大かつ明白なる瑕疵があり無効である。
(一) 本件出願無効処分は、前記1(五)のとおり手続補正書の提出がなかつたことを理由としてなされたものであるが、前記2(一)のとおり本件出願については本件補正命令の要求を充足した本件手続補正書が既に提出されていた以上、本件出願無効処分はその根拠を欠如するものであり、重大かつ明白なる瑕疵が存する。
(二) 被告は、本件手続補正書につき、その提出後約二年を経過した昭和五一年九月三日になつてもなおその受理不受理を決定しないまま放置しておきながら、手続補正書の提出がないことを唯一の根拠として、右日付で本件出願無効処分をした。
本件において、被告が本件手続補正書の受理不受理を通常の処理期間内に決定していたならば、仮にそれが不受理処分になつた場合でも、原告としては、A出願と同様に、事件の表示の記載を訂正して手続補正書を再提出することが可能であつたものであり、本件出願無効処分は十分回避しえたものである。
本来、商標法第77条第2項の規定により準用される特許法第18条第1項(前段)の規定による出願無効処分は、被告の必要的補正事項についての補正命令に対し、出願人がその補正をしなかつた場合の出願人の懈怠に対する一種の制裁の意味を有するものである。(もちろん、制裁そのものが目的ではなく、出願人からの補正がない限り処理しえない事件を処理することをもその目的としている。)ところで、右にみたように本件出願無効処分は、出願人である原告の手続補正書不提出という懈怠に基づくものではなく、被告の事務処理の怠慢に起因することが明らかであつて、この点からも本件出願無効処分には重大かつ明白なる瑕疵が存するというべきである。
(三) 被告は昭和四九年九月一二日に受領した本件手続補正書を同五二年一月一七日本件不受理処分に付するまで二年四か月の長期にわたつて単に置きとどめたまま、何の処分もしなかつたものであり、その結果本件手続補正書の提出者たる原告としては本件手続補正書が完全に受理されたと思い込むのが当然であり、この点において本件手続補正書は、遅くとも提出後約二年を経過していた本件出願無効処分のされた日前に本件出願について提出の効力を発生していたものとみるのが相当である。
4 よつて、原告は本件不受理処分の取消し及び本件出願無効処分が無効であることの確認を求める。
二 請求の原因に対する認否及び被告の主張1 請求の原因1中、(三)の事実は否認し、その余の事実は認める。
同2、3は争う。
2 本件不受理処分は次に述べるように適法な処分である。
(一) 特許庁における手続補正書の処理手続及び手続補正書が不受理処分となる場合は、次のとおりである。
特許庁に手続補正書が提出された場合、同庁出願第二課受付係において、窓口(青)又は郵送(赤)により受領したものに分けて別に受付印を押印し、特許、実用新案、意匠、商標に区別して同課第二データーシート係へ送付する。同係では電子計算機における当該手続補正書の事件の表示の欄に記載されている出願番号に当たる出願マスターフアイルに受付日及び書類の種別を記録する。その後当該出願に係るデーター表(作成日、出願番号、類別、出願人住所、氏名、代理人名、最近の記録)が打ち出されたものを手続補正書に添附し同補正書が商標登録出願のものであれば同課商標整理係に送付する。同係においては、データー表に基づき出願書類の内同課商標方式審査係(以下、「方式係」という。)に保管されている出願(方式審査前の出願、方式について補正命令がされている出願であり、出願番号に整理されている。)について提出された手続補正書は方式係へ送付する。また商標整理係に保管されている出願(拒絶理由通知、答弁指令、公告期間及び登録異議申立がされている出願等であり、出願番号順に整理されている。ただし、公告期間中及び公告登録異議申立があつたものは公告番号順である。)に係る手続補正書については、商標整理係において当該手続補正書の事件の表示の欄に記載された出願番号により抽出した当該出願書類と照合して方式審査を行い、瑕疵が存しないときには受理し、当該手続補正書に瑕疵が存する場合には不受理処分にする。なお、商標整理係に保管されておらず、関係各課の担当係に出願書類が保管されている場合は、当該係へ出むき、当該出願書類と照合し方式審査をして前記と同様に処理することになる(担当審査官が審査中のもの及び商標権存続期間更新登録願(以下、「更新登録願」という。)を除き、通常は出願番号順、万国工業所有権資料館においては種別毎に保管番号順、登録課においては設定登録前のものについては事件番号順に保管している。)。一方、方式係へ送付された手続補正書については、当該手続補正書の事件の表示の欄に記載された出願番号により方式係に保管されている出願書類を抽出し、右書類と照合して方式審査を行い、商標整理係同様の処理をすることになる。
而して、手続補正書の事件の表示の欄に記載された出願番号により抽出された出願書類と当該手続補正書とを対比して、必要的事項(@出願番号、A商品の区分、
B指定商品、C出願人の住所、D出願人の氏名、E出願人の印、F代理人による手続の場合はその氏名、印)について照合した結果、符合しない事項がある場合は、
当該手続補正書に瑕疵が存することになり、理由を附して(瑕疵の点を指摘して)、不受理処分に付する。
また、必要的事項七項目の内、@を除いた他のすべての項目が符合しないときは、手続補正書の事件の表示の欄に表示された出願番号の出願について当該手続補正書が提出されたものでないことが明らかであるから、「事件の表示が相違する。」として不受理処分がなされることになる。
(二) 本件手続補正書の事件の表示の欄には「商願昭四七―六九三九六」の出願番号が記載されており、前記(一)より明らかなように本件手続補正書は本件出願とは別出願の昭和四七年商標登録願第六九三九六号について提出されたものであり、本件出願について提出された手続補正書とは認められない。また、前記(一)記載のように本件手続補正書の事件の表示の欄に記載された出願番号により抽出された出願書類と本件手続補正書の必要的事項を照合した結果、出願番号以外のすべての必要的事項が符合しないため、昭和五二年一月一七日、本件手続補正書を「事件の表示が相違する。」との理由で不受理処分に付したものであり、本件不受理処分は適法である。
(三) 本件手続補正書による補正の目的が達成されるために必要とされる委任状及び法人証明書の原本は、昭和四七年商標登録願第六九三九五号について本件手続補正書と同日に提出した手続補正書に添附したものを援用する旨本件手続補正書に記載されているが、右手続補正書は「出願人相違」との理由をもつて昭和五〇年六月七日付けで不受理処分にされており、かつ原告は右処分を知つた日から六〇日以内に行政不服審査法による異議申立をしていないことから、右不受理処分は既に争いえないものとなつている。してみれば、原告は本件手続補正書において提出されていない委任状及び法人証明書の原本を援用していることになり、本件手続補正書には補正によつて治癒できない重大な瑕疵が存するものである。
(四) 手続の補正命令に対応して提出する手続補正書は、商標法施行規則第6条第1項で準用する特許法施行規則第11条第1項に定める様式第五により作成しなければならないところ、本件手続補正書には右様式に定められた項目中、「補正命令の日付」の記載がない。また、本件手続補正書は、「自発補正」との記載があり、本件補正命令に対する手続補正書とは認められない。
(五) 本件手続補正書は昭和四九年九月一二日提出され、本件不受理処分は同五二年一月一七日にされているが、それだけの期間を要した理由は、本件手続補正書の事件の表示の欄に記載された出願番号「商願昭四七―六九三九六」は更新登録願であり、更新登録願は審査簿がなく、更新登録願に係る商標権の登録番号により整理しているため、出願書類の抽出が困難であり、右抽出に時間を要したためである。
(六) 電話連絡による訂正措置は、出願又は出願に関する手続における方式審査の対象となる瑕疵について、従来から一切行つてない。
本件手続補正書のように「事件の表示」に瑕疵があるほか、更に前記(三)のような補正によつて治癒できない瑕疵があるものに対し、行政サービスとしての電話連絡による訂正措置を講ずることは相当でない。
また、本件出願は本件不受理処分の時点において既に本件出願無効処分に付され、この無効処分は行政不服審査法に基づく異議申立が六〇日以内の期間に申立てられなかつたため既に争いえないものとなつていたものであるから、本件出願について手続を補正することはもはや許されなかつたものである。
3 本件出願無効処分は次に述べるように適法な処分である。
(一) 原告は、昭和四八年四月二七日、本件出願をしたが、右の願書に記載された出願人の住所と願書に添附された委任状に記載された委任者の住所とが相違していたため、商標法第77条第2項の規定において準用する特許法第17条第2項の規定に基づき昭和四九年六月二〇日付手続補正指令書(方式)をもつて前記不備を補正するように命じたが、原告から適式な手続補正書の提出はなかつた。原告は昭和四九年九月一〇日付で本件出願について本件手続補正書を提出した旨主張するが前記2(二)に述べたように本件手続補正書は本件出願について提出されたものとは認められない。したがつて、被告は昭和五一年九月三日付で商標法第77条第2項において準用する特許法第18条第1項の規定により本件出願につき本件出願無効処分を行つたものであり、右処分には何らの違法も存しない。
(二) 原告は、本件出願無効処分は本件手続補正書が提出されていることを看過してなされたものであるから重大かつ明白な瑕疵があり無効である旨主張する。
しかしながら、商標法第77条第2項の規定において準用する特許法第18条第1項の規定による出願無効処分は、同法第17条第2項による補正命令に対し手続補正書が何ら提出されない場合ばかりではなく、手続補正書が提出されていても補正を命じられた事項が全部補正されていない場合、又は提出された手続補正書に瑕疵が存しその瑕疵が補正により治癒されえないものである場合にもできると解すべきであるところ、本件手続補正書には前記2(二)、(三)、(四)記載の瑕疵が存し、右瑕疵は補正により治癒されえないものであるから、本件出願無効処分は何ら違法ではない。
(三) 仮に、前記(二)が理由がないとしても、一般に行政処分が当然無効とされるのは当該処分について重大かつ明白な瑕疵が存しなければならないものであるから、本件出願無効処分に重大かつ明白な瑕疵があり当然無効であるというには、
本件出願について指定期間内に適式な手続補正書が提出されていたということが必要であり、しかるに、本件手続補正書のように不適法な手続補正書が提出されているにすぎない場合には、たとえ、これを看過し指定期間内に手続補正書の提出がなかつたものとして出願無効処分を行つたとしてもこれが当然に無効となるものではない。
(四) 本件不受理処分が本件手続補正書の提出後二年四か月を経過した後にされたことについては、前記2(五)に述べたとおり、本件手続補正書の事件の表示の欄に記載された昭和四七年商標登録願第六九三九六号が更新登録願であることから出願書類の抽出が困難でありその抽出が遅れたという事情もあつたのであり、その処理について迅速性を欠くとの非難は免かれないとしても、本件出願無効処分を違法ならしめるものではない。
証拠(省略)
理 由一 請求の原因1の各事実は、(三)の事実を除き、当事者間に争いがない。
二 右当事者間に争いのない事実といずれも成立に争いのない甲第二号証、第五号証の一、第八号証の一ないし三、第九号証、及び証人【A】の証言によれば、請求の原因1(二)の各補正命令は、A出願及び本件出願の各願書に出願人原告の住所としていずれも「イギリス国レイセスター州<以下略>」と記載されていたのに、
A出願の願書に添附されていた委任状原本において原告の住所が「Chilprufe,Mills,Leicester,England」と記載されており(委任状訳文においては、右原文を「イギリス国レイセスター州<以下略>」と訳している。)、また本件出願の願書においても、添附書類である委任状、法人証明書としてA出願のそれを援用したため、いずれも「添附委任状に記載された委任者の住所と願書に記載された出願人の住所とが相違する。」と判断されて、その補正を命じたものであること、原告出願代理人は、右各補正命令に応じた補正をするため、
原告に対し右各願書に記載した住所に適合する住所を記載した委任状及び法人証明書の送付を求めたが、これらの書類の受領に時間を要し、右各補正命令に定められた補正期間内に補正書を提出することができなかつたため、自発補正の形式で、昭和四九年九月一二日、右両出願につき、同年九月一〇日付の各手続補正書(方式)を被告あてに提出したこと、A出願についての右手続補正書の事件の表示欄には「商願昭四七―六九三九五」と、本件出願についての右手続補正書の事件の表示欄には「商願昭四七―六九三九六」と、その添附書類援用の申立欄には、「上記委任状及び法人証明書の各原本は、本日提出した商願昭四七―六九三九五の手続補正書に添附したものを援用する。」とそれぞれ記載されていたが、これらの出願番号の記載の各「昭四七」は、原告出願代理人がそれぞれ「昭四八」と記載すべきところを「昭四七」と誤記したものであつたこと、右各手続補正書の出願人の名称、代理人の氏名の記載がいずれも提出済の各願書の記載と同一であり、補正の内容として、それぞれ「(1) 願書中の出願人の住所を、別添の訂正願書に記載のとおり訂正する。(2) 委任状(訳文共)を別添のとおり補正する。(3) 法人証明書(訳文共)を別添のとおり補正する。」と記載されており(もつとも、右(1)の出願人の住所は提出済の願書において既に正確に記載されており、訂正の要はなかつたのであり、したがつて、訂正願書にも提出済の願書に記載された原告の住所と同一の住所が記載されている。)、A出願の右手続補正書には、訂正願書とあらためて送付を受けたところの願書の住所と一致する住所が記載された委任状(作成年月日一九七三年四月一一日)及び法人証明書の原本が訳文とともに添附され、本件出願の右手続補正書には、訂正願書とA出願に添附された右委任状及び法人証明書の電子複写機による写しが訳文とともに添附されていたこと、右各訂正願書の記載事項は、提出済の各出願の願書の記載事項と同一であり、したがつて、各訂正願書の提出年月日の日付も提出済の願書の日付と同じく「昭和四八年四月二六日」と記載されていたことが認められる。
右認定の事実によると、右各手続補正書は、出願番号の誤記の点を除き、その補正の内容において見る限り、前記各補正命令によつて命ぜられたところの「添附委任状に記載された委任者の住所と願書に記載された出願人の住所が相違する。」という瑕疵を正しく補正した手続補正書であつたと認められる。
三 A出願についての右手続補正書に対し、被告が昭和五〇年六月七日付で「事件の表示が相違する」との理由をもつて不受理処分にし、その通知が同年同月一九日原告出願代理人に到達したこと、原告出願代理人が右同日、提出済の右手続補正書上の出願番号の誤記を書き直して訂正し、この訂正した手続補正書は、その添附の訂正願書及び委任状、法人証明書原本とともに、同日受理され、これにより、A出願は昭和五二年二月二五日出願公告の決定を得、同年九月一六日登録査定を受け、
その後商標登録されたこと、一方、本件出願の右手続補正書に対しては、右手続補正書提出の日から約二年四か月経過した昭和五二年一月一七日に至り、同日付で「事件の表示が相違する。」との理由で不受理処分がなされ、その通知が同年三月三日原告出願代理人に到達したこと、この不受理処分がされる前の昭和五一年九月三日付で、本件出願につき、「この出願は指定の期間内に補正書の提出がなかつた」ことを理由に本件出願無効処分がなされ、右処分の謄本が同年一一月七日原告出願代理人に送達されたことは前記一のとおり当事者間に争いがない。
四 以上の事実を前提として、本件不受理処分の適否について判断する。
手続補正書の不受理処分は、補正命令に対し手続補正書が全く提出されなかつたのと同一の状態を作り出すものであつて、そのもととなる出願が出願無効処分に付される結果を惹起する等出願人に重大な不利益を与えるものであるから、手続補正書が法によつて要求される本質的要件を備えておらず、かつその瑕疵が補正によつて治癒できない場合にのみ許されるものと解すべきである。
被告は、本件不受理処分の理由として、第一に本件手続補正書には事件の表示の欄に誤記が存していた瑕疵がある旨主張するが、事件の表示の欄の誤記は容易に補正できるものであることは明らかであり、補正によつて治癒できない瑕疵にあたらないことはいうまでもない。もつとも、被告が従前から出願番号が正しく記載されていない手続補正書を「事件の表示が相違する」との理由のみで不受理処分にする取扱いを原則としてしていることは、当裁判所に顕著な事実であり、このような取扱いも、右不受理処分が方式審査に要する通常の期間内になされ、かつ、この処分の通知を受けた出願人等が出願番号の誤記を訂正した手続補正書を再提出するに通常要する期間内においては、手続補正書が提出されなかつたことを理由に出願無効処分等出願人に不利益な処分をしない等運用のよろしきを得るならば、被告が直面している大量の事件処理の要請からしても事務処理の迅速化を計るため、やむをえない取扱いとして肯認できるというべきである。
しかしながら、本件においては、前記のとおり、被告において本件手続補正書提出後単なる方式審査のために、方式審査に通常要すべき期間をはるかに超えた二年以上の期間を徒過した著しい手続遅滞が存するのであるから、この場合に、本来補正によつて治癒できる事件の表示の相違のみを理由に、補正を命ずることなく不受理処分に付することは到底許されるべきことではない。とくに、本件においては、
手続補正書の事件の表示欄の出願番号が「商願昭四七―六九三九六」と記載されてはいたが、手続補正書に添附された願書の提出年月日は、「昭和四八年四月二六日」と記載され、また、この願書に添附された委任状の写しによると、委任状の作成年月日が「一九七三年四月一一日」と記載されていて、これら添附書類を含めた本件手続補正書の内容全体を検討すれば、通常の注意力があれば、本件出願の出願年度が昭和四八年であり、事件の表示欄に記載された出願番号の年度の表示が誤記されたものではないかと推測が容易にでき、したがつて、被告において、一挙手一投足の労をとつて「商願昭四八―六九三九六」の出願書類と照合すれば、本件手続補正書が本件出願について提出されたものであり、事件の表示の欄の「昭四七」の記載は「昭四八」の誤記であることが直ちに判明したものと認められるのであつて、著しい事務処理の遅滞の後に本件手続補正書の方式審査をするに当つては、被告において右のような通常の注意をもつて本件手続補正書の内容全体を検討する責務を有したというべきである。被告が右責務を尽さず、漫然出願番号の相違のみを理由に本件手続補正書を不受理処分にしたことは適法な処分と評価することをえない。いずれにしても本件において事件の表示の誤記は本件不受理処分を正当化しうる理由とならない。
被告は、本件不受理処分の第二の理由として、本件手続補正書においては委任状及び法人証明書の原本は別件A出願の手続補正書に添附したものが援用されているが、原告が原本を援用した右手続補正書は既に不受理処分に付され、右不受理処分は確定しているから、本件手続補正書には援用不能の委任状、法人証明書の原本を援用しているという補正によつて治癒できない瑕疵が存する旨主張する。しかしながら、前記三のとおり、本件手続補正書において援用された別件A出願についての手続補正書添附の委任状及び法人証明書の原本は、昭和五〇年六月一九日受理されたA出願についての手続補正書に添附されて被告に対し提出されていたことが認められ、右によれば、原告としては被告から委任状、法人証明書の原本の不存在の瑕疵を指摘されれば、直ちにA出願についての右手続補正書に添附した委任状、法人証明書の原本を援用することができたものであり、したがつて、本件手続補正書には被告が主張するような補正によつて治癒できない瑕疵が存するとは認められない。
被告は、本件不受理処分の第三の理由として本件手続補正書には「補正命令の日付」の記載がなく、また「自発補正」と記載されており本件補正命令に対する手続補正書とは認められない旨主張する。しかしながら、「補正命令の日付」の記載のないことが補正によつて治癒できない瑕疵にあたらないことは明らかであり、また、補正命令が出された場合においても、出願人が自発的に補正命令に指摘された瑕疵を治癒すべく補正をして手続補正書を提出することは禁止されるべき事柄でないことはいうまでもなく、出願が係属している限り、このようにして提出された手続補正書を被告が無視することは許されない。本件手続補正書が本件補正命令の要求した事項について正しく補正されていることは前記二のとおりであるから、被告の右主張も採用しえない。
以上によれば、本件手続補正書は、法によつて要求される本質的要件を備えないところの補正によつて治癒できない瑕疵を有するものと認めることはできないから、事件の表示の誤記について補正を命ずることなく直ちに本件手続補正書を不受理処分にすることは許されず、本件不受理処分は違法との評価を免れない。
五 次に、本件出願無効処分について判断する。
前記事実から明らかなところの、本件出願無効処分がされた昭和五一年九月三日の段階では既に提出後約二年を経た本件手続補正書が受理不受理の判断がされぬまま被告の手許において放置されていたこと、本件手続補正書には事件の表示欄の出願番号の年度に誤記が存したとはいえ、その内容においては補正命令に対応した補正がされていたこと、被告において通常の注意をもつて添附書類を含めた本件手続補正書の内容全体を検討し、一挙手一投足の労をとれば本件手続補正書が本件出願について提出されたものであることが容易に判明したと認められるものであること、本件手続補正書と同日に提出された別件A出願についての手続補正書には、本件手続補正書と同様の事件の表示欄に出願番号の年度の誤記が存したにかかわらず、これについては被告において比較的早期に不受理処分に付したため原告出願代理人において出願番号の表示を訂正した手続補正書を提出して受理され、これによりA出願は実質審査を受けて商標登録を受けたことの各事実に照らすと、本件手続補正書について被告から何らかの措置が方式審査に通常要する期間内にされておれば、前記のA出願の例からも本件手続補正書の事件の表示欄の記載が訂正され、本件出願無効処分には至らなかつたと考えられるのであり、してみれば被告の本件手続補正書についての著しい事務処理の遅滞が本件出願無効処分を招いたといつても過言ではなく、他方、本件出願無効処分は、本件手続補正書の処理において被告が方式審査に通常払うべき注意を払わず、当然とるべき労をとらなかつた懈怠によつて、客観的には、本件出願についての手続補正書の提出があつたと認められるにもかかわらず、
これを顧慮することなく手続補正書の提出がないものとして誤認してなされたものと評価せざるをえず、このような事実関係の下においては、被告の本件出願につき指定期間内に補正書の提出がなかつたとの判断には、重大かつ明白な瑕疵が存すると認めるのが相当であり、この判断に基づいてされた本件出願無効処分は無効というべきである。
被告は、本件手続補正書には事件の表示の誤記のほか、被告の主張2(三)、
(四)記載の瑕疵が存するもので、補正命令に対し手続補正書が提出されても、本件のように適式な手続補正書でない場合は当該出願を出願無効処分に付することができる、又は、少なくとも右のような場合出願無効処分が当然に無効とされることはない旨主張するが、前記四のとおり本件手続補正書における瑕疵はいずれも補正可能な瑕疵であり、本件のように補正命令に対応した補正がなされている手続補正書が提出されている限り、被告は右のような補正可能な瑕疵の存在を理由に出願無効処分をなすことはできないものである。したがつて被告の右主張はいずれも採用しえない。また、被告は、本件手続補正書の事件の表示の欄に記載された出願の書類が更新登録願であつたため本件不受理処分が遅れた旨主張するが、手続補正書の方式審査はできるだけ迅速になされるべきことは法の当然に要請するところであり、被告の主張するような事情で本件手続補正書の方式審査が遅れたとすれば、被告の右のような処理手続自体に欠陥が存するものであり、いずれにしても右のような事情は被告の本件手続補正書の受理手続における手続上の遅滞を何ら正当化する理由とはならない。
六 以上のとおり、本件出願無効処分は無効であり、本件不受理処分は違法にされたものであるから、原告の本訴各請求はいずれも理由がある。
よつて、原告の本訴各請求を認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
裁判官 牧野利秋
裁判官 清水篤
裁判官 設楽隆一