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関連審決 無効2004-89092
関連ワード 識別力 /  識別機能 /  指定商品 /  記述的商標(3条1項3号) /  3条1項6号 /  周知性 /  観念(観念類似) /  無効審判 /  登録異議申立 /  外国 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10714号 審決取消請求事件
原告 古内亀治朗商店株式会社代表者代表取締役

訴訟代理人弁護士 富坂博
同 弁理士 川浪順子
被告 株式会社ミツカングループ本社代表者代表取締役
訴訟代理人弁護士 上谷清
同 宇井正一
同 永井紀昭
同 萩尾保繁
同笹本摂
同 山口健司
同 薄葉健司
同 弁理士 青木篤
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2006/04/27
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2004-89092号事件について平成17年8月23日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯原告は,「クエン酸サイクル」の文字を横書きしてなり,指定商品を第29類「食肉,食用魚介類(生きているものを除く。),肉製品,加工水産物,豆,加工野菜及び加工果実,卵,加工卵,乳製品,食用油脂,カレー・シチュー又はスープのもと,なめ物,お茶漬けのり,ふりかけ,油揚げ,凍り豆腐,こんにゃく,豆乳,豆腐,納豆,食用たんぱく」とする商標登録第4330205号商標(平成8年7月26日商標登録出願,平成11年9月3日登録審決,同年10月29日設定登録,以下「本件商標」という。)の商標権者である。
被告は,平成16年10月28日,原告の前権利者である古内亀治郎商店株式会社を被請求人として,本件商標につき商標登録無効の審判を請求し,特許庁は,これを無効2004-89092号事件として審理した結果,平成17年8月23日,「本件商標の登録を無効とする」旨の審決をし,その謄本は,同年9月2日,審判係属中に古内亀治郎商店株式会社から権利承継(平成16年12月1日移転登録)した原告に送達された。
2 審決の理由審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本件商標は,これをその指定商品について使用した場合,これに接する取引者・需要者は,生物の細胞内物質代謝において最も普遍的な経路(本件代謝経路),クエン酸による代謝作用への効用を表したもの,あるいは,食餌と代謝機能との関係を表したもの,すなわち,食に関する基礎的な用語の一つを表したものと理解するにとどまり,何人かの業務に係る商品であることを認識することができないものであるから,商標法3条1項6号に違反して登録されたものであり,無効とすべきものであるとした。
原告主張の審決取消事由
審決は,本件商標である「クエン酸サイクル」の語が食品関連分野,医療関連分野,更には社会一般の間において広く認識されていたものと誤認し,本件商標が公益面から登録を制限されるべき場合に当たると誤った判断をし,また,本件商標が自他商品識別機能を獲得しているのを看過し,その結果,本件商標の登録を商標法3条1項6号違反を理由に無効とすべきであるとの結論を導いたものであって,違法であるから,取り消されるべきである。
1 「クエン酸サイクル」の周知範囲の誤認( ) 審決は,本件商標である「クエン酸サイクル」の語が,「人を含む生体一 1般の機能を維持するための最も基本的かつ普遍的な働きをなすものとして,クエン酸又はクエン酸を仲立ちとする人の食餌生活全般に関わる事柄として,本件商標の登録審決時(平成11年9月3日)においては既に,我が国における生化学の分野の専門家ばかりでなく,食品関連分野,医療関連分野,更には社会一般の間においても,広く認識されていたものであり,このような知識は,健康志向の高まりとともに,当該審決後もより一層浸透していったものということができる。」(審決謄本13頁下から第3段落)と認定したが,誤りである。
( ) 原告も,「クエン酸サイクル」の語が生化学者H.A.Krebs(以下 2「クレブス博士」という。)が発見・命名・提唱した,人を含む生体一般の機能を維持するための最も基本的かつ普遍的な働きを解明した理論(以下「本件代謝経路」という。)を意味する生化学用語の邦訳の一つであることや,本件代謝経路を意味するものとして一部の書籍に「クエン酸サイクル」の語の記載があったことは否定しないし,このことは,本件商標の審査・拒絶不服審判においても肯定されているところである。しかし,それは,飽くまでも「本件代謝経路」を意味する生化学用語の邦訳の単なる一つにすぎないものであって,「クエン酸サイクル」の語は,本件商標の登録審決時において,本件代謝経路を意味する定着した生化学用語とはいえないし,まして一般用語ともいえないものである。
「本件代謝経路」を意味する生化学用語は,もともと外国語であって,英語では「citric acid cycle」,「Krebs cycle」,「tricarboxylic acid cycle」,「 CATcycle」など,ドイツ語では「Citronens urekreias」,「Krebsscher Kreis」,「Tricarbonsaurekreis」など多数の用語が使用されており,この外国語が,「クレブスのサイクル」,「クレブスサイクル」,「クレブス回路」,「TCAサイクル」,「ティー・シー・エー サイクル」,「トリカルボンさん回路」,「トリカルボン酸回路」,「くえんさんサイクル」,「枸櫞酸回路」,「枸櫞酸サイクル」,「クエン酸サイクル」,「クエン酸回路」など多数の日本語に訳されているのであり,このように多岐にわたる邦訳の一つとして「クエン酸サイクル」の語が,たまたま他の関連用語とともに書籍等に記載されていたのである。
また,専門的な文献等,一般的な辞書類,教科書についてみても,「クエン酸サイクル」の語で表現しているものは見られず,審決が掲げる辞書類や専門的な文献のいくつかにおいて「クエン酸サイクル」の用語が記載されてはいても,「クレブスサイクル」,「クレブス回路」,「TCAサイクル」,「トリカルボン酸回路」などの用語解説に付随するもの,ないしは,補足として記載されているにすぎないものであって,「本件代謝経路」を「クエン酸サイクル」の語で表現しているものは極めて少ない。日本食糧新聞の記事では,「クエン酸サイクル」の語が使用されているものの,同新聞は,限定された業界での業界紙にすぎないものであり,しかも単発的なものであるのに対して,朝日新聞,毎日新聞,産経新聞という全国紙の日刊新聞においては,「クレブス回路」,「クエン酸回路」,「TCA回路」,「TCAサイクル」の語しか使用されておらず,「クエン酸サイクル」の語を見いだすことはできないのである。したがって,「クエン酸サイクル」の語は,わが国において,「本件代謝経路」を意味する定着した生化学用語であるとは,到底いい難い。
( ) 上記のとおり,「本件代謝経路」を意味する外国語の生化学用語の多岐に 3わたる邦訳の一つとして,「クエン酸サイクル」の語が,たまたま他の関連用語とともに書籍等に記載されていたとしても,「クエン酸サイクル」を記憶して「本件代謝経路」を意味する生化学用語であると判断する能力は,「本件代謝経路」の研究に関わる者でもなければ持ち合わせないというべきであり,まして,本件商標の指定商品である第29類の食品に係る平均的需要者において,「クエン酸サイクル」を記憶して「本件代謝経路」を意味する生化学用語であると判断する能力はないと考えるのが自然かつ妥当である。
( ) 審決は,「本件商標『クエン酸サイクル』は,この英文名(『citri 4c acid cycle』)の邦訳であって,『クエン酸回路』も邦訳上の違いでしかなく」(審決謄本13頁第2段落)としているが,「サイクル」は,「周波数」,「周期」等を意味する語,「回路」は,「電流・磁気の通路」等を意味する語であって,両者は全く別な分野に属する言葉であるのみならず,全く別な意味を有しているのであり,一般社会において,需要者は,「クエン酸サイクル」から「クエン酸回路」を想起したり,反対に「クエン酸回路」から「クエン酸サイクル」を想起することはあり得ず,したがって,「クエン酸サイクル」の語から,本件商標の登録審決時,不特定多数者間において広く認識されていた一般用語であるとする審決の判断が誤りであることは,明らかである。
( ) 原告は,第29類の食品を指定商品とする本件商標の商標権者であるのみ 5ならず,第30類,第31類,第32類あるいは第33類の食品に関連する商品を指定商品とする登録商標「クエン酸サイクル」(登録第4144938号,第4176395号,第4357485号,4363735号)の商標権者でもある。そして,これらの登録商標は,いずれも,本件商標の登録出願と同時期に出願し,登録を受けていたものである上,本件商標及び第30類に係る登録商標については,被告から登録異議申立てがされ,いずれも登録を維持する旨の異議決定がされていたのであるから,審査,審判の専門官である審査官,審判官は,「クエン酸サイクル」の標章が,食品類について付された場合,「本件代謝経路」を意味する定着した生化学用語とはいえず,かつ,社会一般においても不特定多数者間において広く認識された一般用語とはいえないと判断したものとみるべきである。なお,原告は,第16類,第35類,第1類,第31類の商品を指定商品とする登録商標「クエン酸サイクル」(登録第4176398号,登録第4483961号,登録第4554507号,登録第4560215号)の商標権者でもある。
このように,「クエン酸サイクル」を記憶して「本件代謝経路」を意味する生化学用語であると判断する能力は,「本件代謝経路」の研究に関わる者でもなければ持ち合わせないとみるのが自然であり,まして,本件商標の指定商品である第29類の食品の平均的需要者にはあり得ないというべきである。
2 公益面による登録制限判断の誤り( ) 審決は,最高裁昭和54年4月10日第三小法廷判決(裁判集民事126 1号507頁,判例時報927号233頁)及び東京高裁平成17年1月20日判決(平成16年(行ケ)第189号事件)を引用しつつ,「『クエン酸サイクル』の語は,クエン酸との関わりを端的に想起させる語であり,当時,既に顕在化していた健康志向社会にあって,飲食品分野における事業者であれば,その商品を流通過程又は取引過程におく場合に必要適切な表示として何人もその使用を欲するものであるから,一私人に対し独占使用を認めるのは公益上適当とはいえない。」(審決謄本14頁下から第2段落)とするが,上記判例及び裁判例は,いずれも商標法3条1項3号についてのものであるところ,同項6号は,「商標法第3条第1項第1号から第5号に掲げるもののほか,需要者が何人の業務にかかる商品であることを認識できない商標」の登録を制限する規定であって,同項3号との違いは,3号がその商品の産地,販売地,原材料その他の特性を表示記述する標章についてのものであるのに対し,6号は商品と直接結び付かないものに関する場合で,商品と結び付かない広く知られた語か,公益面から登録を制限すべき明白な理由があるものについての規定と解されるのである。したがって,これらの判決の趣旨を超えて,3号と6号を安易に同一視し,流用的に取り扱った審決の判断は,誤りである。
( ) 本件商標は,クレブス博士が完成した理論の名称の邦訳の単なる一つであ 2るにすぎず,定着した生化学用語でも一般用語でもないから,本件商標に独占権を付与しても何人も不利益を受けるものではない。もし事業者において,商品を流通過程又は取引過程におく場合に本件代謝回路を表す生化学用語による表示が必要であり,その使用を欲するのであれば,邦訳が数多あるのであるから,本件商標たる「クエン酸サイクル」以外に選択する余地が十分あるのであって,それこそ集英社発行の「日本語になった外国語辞典」(被告が審判事件において提出した甲第11号証)に記載の用語,すなわち,「クレブス回路」,「TCA回路」,「トリカルボン酸回路」のいずれかを使用すれば足りるものである。
( ) 仮に,原告が本件商標につき商標登録を保有しても,他の事業者は,本件 3代謝経路を表示,使用するについては商標法26条の「商標権が及ばない範囲」をもって十分解決し得るものであって,本件商標をあえて無効にしなければ解決できないというものではない。
3 自他商品識別機能を獲得していることの看過原告は,クエン酸の効用等が見向きもされなかったころに,いち早くその効能に着目し,研究会を作って製品開発にあたり,平成8年には健康補助食品の商品化に成功し,これに本件商標を付して販売するに至った。
また,原告は,平成9年9月3日,文化人,運動選手,芸能人を招いて,健康フォーラム「元気になろう!全国大会」を開催し,以後,毎年9月3日を「クエン酸(903)の日」として,上記同様の健康フォーラムを開催し続けている。この活動を契機として,平成14年2月7日,フジテレビ系の放送番組「発掘あるある大事典」が,「クエン酸」の効用を大々的に取り上げ,平成16年10月13日,NHKの番組「ためしてガッテン」が,「クエン酸」に関する放送をし,これらの番組が切っ掛けとなって,「クエン酸」が一般社会に認識されるようになったのである。
さらに,原告は,販売当初は,スパを持つ地域の健康センター,個別の通信販売,居酒屋チェーンへの納入,有名運動選手(スキー,野球)への商品提供,海上自衛隊内での販売等,地道な販売活動において販路を拡大してきた結果,現在では,本件商標の使用権者であるクイックジャパン株式会社等を介して,有名百貨店,有名薬局チェーンに上記健康補助食品を販売するに至っている。
このように,原告は,その努力により,本件商標を付した原告の商品を販売,宣伝広告して,本件商標を周知にさせたものであるから,この点からしても,審決が「本件商標は,これをその指定商品について使用しても,何人かの業務に係る商品であることを認識することができないものというべきである」と判断したのは,誤りである。
被告の反論
審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由は理由がない。
1 「クエン酸サイクル」の周知範囲の誤認について( ) 原告は,「クエン酸サイクル」の語が「本件代謝経路」を意味する生化学 1用語の邦訳の単なる一つにすぎないものであり,本件商標の登録審決時(平成11年9月3日)において,本件代謝経路を意味する定着した生化学用語ではないし,まして一般用語でもない旨主張する。
しかし,「クエン酸サイクル」の語は,著名な「本件代謝経路」を意味する英語「citric acid cycle」の邦訳であり,「クエン酸回路」とは,邦訳上の違いでしかなく,「トリカルボン酸サイクル(回路)」,「TCAサイクル(回路)」又は「クレブスサイクル(回路)」等の邦語も,元々,上記英文名に基づく別称若しくは略称である。本件商標,その他の用語は,みな等しく本件代謝経路において一致する関連同義語として取り扱われていたのである。人の健康に関わる医薬・医療関連分野の者を含めて,本件商標又は関連同義語に接する社会一般の不特定多数の者が,「クエン酸サイクル」をもって,一様に本件代謝経路に係る同義語と理解し得る客観情勢にあったとみるべきである。
また,多数の邦訳が存在することは,「クエン酸サイクル」の語が定着した生化学用語であり,かつ,一般用語であることを否定するものとはなり得ない。我が国において,本件代謝経路を意味する数種の関連同義語があろうとも,それらはみなクレブス博士に係る本件代謝経路を表す原文・原義に拠ったものという事実並びに関連諸事情を客観的に示すものである。
( ) 原告は,「クエン酸サイクル」を記憶して「本件代謝経路」を意味する生 2化学用語であると判断する能力は,「本件代謝経路」の研究に関わる者でもなければ持ち合わせておらず,まして,本件商標の指定商品である第29類の食品に係る平均的需要者において,「クエン酸サイクル」を記憶して「本件代謝経路」を意味する生化学用語であると判断する能力はない旨主張する。
しかし,審決が認定した諸事情から明らかなとおり,本件商標の登録審決時の社会一般の不特定多数の者は,本件商標から,本件代謝経路の意味合いを容易に認識,理解し得たものとみるべきである。
( ) 原告は,「サイクル」は,「周波数」,「周期」等を意味する語,「回 3路」は,「電流・磁気の通路」等を意味する語であって,両者は全く別な分野に属する言葉であるのみならず,全く別な意味を有しているのであり,一般社会において,需要者は,「クエン酸サイクル」から「クエン酸回路」を想起したり,反対に「クエン酸回路」から「クエン酸サイクル」を想起することはあり得ない旨主張する。
しかし,「クエン酸サイクル」と「クエン酸回路」の二つの用例に限ってみれば,これらは元々「citricacid cycle」の英文名称の邦訳上又は表記上の違いでしかなく,実質的に全く同義のもの(同義語)と理解し得たであろう事情は明らかであり,必ずしも本件代謝経路の研究に携わる者でなくとも,近年の英語に対する知識・理解力の進捗著しい我が国社会一般の外国語事情から十分可能であったといわなければならない。また,「回路」,「サイクル」,「CYCLE」,「CIRCUIT」は,いずれも「輪」,「円」を語源とし,「輪」,「円」を連想させる言葉であって,相互に容易に想起できる言葉であることは明らかである。
( ) 原告は,本件商標とは別に,食品に関連する分類において「クエン酸サイ 4クル」の登録商標を受けていることを理由に,審査,審判の専門官である審査官及び審判官は,「クエン酸サイクル」の標章が,食品類について付された場合,「本件代謝経路」を意味する定着した生化学用語とはいえず,かつ,社会一般においても不特定多数者間において広く認識された一般用語とはいえないと判断したものである旨主張する。
しかし,特許庁の手続により登録され又は登録が維持された案件のすべてが絶対的に無効理由を内包しないわけではなく,いずれの商標についても,法的な最終判断がされているわけではない。上記登録商標の中には,本件と同様の理由により無効審判が請求されているものもあり,原告が主張するような登録例があるからといって,「クエン酸サイクル」の語が食品類について「本件代謝経路」を意味する定着した生化学用語であり,かつ,社会一般においても不特定多数者間において広く知られていた一般用語である事実が左右されることにはならない。
2 公益面による登録制限判断の誤りについて( ) 原告は,東京高裁平成17年1月20日判決を根拠に,商標法3条1項6 1号と同項3号との違いは,同項3号がその商品の産地,販売地,原材料その他の特性を表示記述する標章についてのものであるのに対し,同項6号は商品と直接結び付かないものに関する場合で,商品と結び付かない広く知られた語か,公益面から登録を制限すべき明白な理由があるものについての規定と解されると主張する。
しかし,上記東京高裁判決は,独占適応性の適否の判断に当たっては,査定時又は審決時において当該商標の一般的使用の将来的可能性(一般化の蓋然性)を判断しなければならないとの同項3号の一般的,基本的解釈論を示したものであって,この趣旨は,特に査定時又は審決時において当該商標が現に使用されておらず,あるいは一般的に使用されていない場合にも,将来的な一般化の可能性を考慮の上判断すべき旨を説いた点に論旨があり,あくまでも,当該商標のそれぞれについて個別的・具体的に判断されるべき基本的な解釈論である。そして,商標法3条1項各号に掲げる商標が商標登録の要件を欠くとされているのは,出所識別機能あるいは独占適応性を欠く商標であるからと解されるところ,同項6号と3号は,出所識別機能(自他商品識別力)あるいは独占適応性を欠く商標は登録されるべきでないという点において変わりはないから,同項3号に関する上記東京高裁判決の趣旨を同項6号に適用しても何ら誤りはない。
( ) 本件において,「クエン酸サイクル」の語は,クエン酸との関わりを端的 2に想起させる語であり,当時,既に顕在化していた健康志向社会にあって,飲食品分野における事業者であれば,その商品を流通過程又は取引過程におく場合に必要適切な表示として何人もその使用を欲するものであるから,一私人に対し独占使用を認めるのは公益上適当とはいえない。また,需要者の立場からも,「クエン酸サイクル」の語は,クエン酸との関わりを端的に想起させるものであることから,商品の品質・効能等の説明の中で,商品と本件代謝機能との関係を容易に理解するために,「クエン酸サイクル」の語が使用されるべきであって,現に,多くの流通業者等が,商品の品質・効能等の説明のために,商品と本件代謝機能との記述的に使用している(乙17,19〜21)。このように,「クエン酸サイクル」の語が商品の品質・効能等の説明のために,記述的に使用される状況であるのであって,需要者の立場からも,一私人に独占使用を認めるのは適当とはいえない。
( ) 原告は,本件商標は,クレブス博士が完成した理論の名称の邦訳の単なる 3一つであるにすぎず,定着した生化学用語でも一般用語でもないから,本件商標に独占権を付与しても何人も不利益を受けるものではなく,もし事業者において,商品を流通過程又は取引過程におく場合に本件代謝回路を表す生化学用語による表示が必要であり,その使用を欲するのであれば,邦訳が数多あるのであるから,本件商標たる「クエン酸サイクル」以外に選択する余地が十分ある旨主張する。
しかし,世上,同義語とされる語は少なからず存在するとみられるところ,それら同義語相互の関係において,その内の一つは商標法3条1項3号所定の独占適応性を有し,他方は有しないなどという論理は,不可解極まりなく,詭弁というほかはない。原告の上記主張は,独善的かつ不当であって,失当というほかない。
3 自他商品識別機能を獲得していることの看過について原告は,原告が,本件商標を付した商品の販売,普及に尽力し,原告の商品及び本件商標を周知にさせたのであり,その結果,本件商標は原告の販売する商品の商標として知られており,既に周知性も獲得しているのであって,クエン酸の効用の普及は原告の地道な努力によるものである旨主張する。
しかし,「クエン酸」が健康によいこと自体は,一般社会において,平成8年よりもはるか以前に既に知られており,「クエン酸」の効能は注目されていたものであって,原告が製品化を企画していた当時,クエン酸の効能等に着目していた者は何も原告のみに限られていたわけでない。また,クエン酸の効用の普及は原告の努力によるである旨の主張は,全体に趣旨不明であり,かつ,証拠に基づき事実を述べるものでなく客観性に欠けるから不適切であって,認められるものではない。
原告主張に係る当該催しの会場内ステッカー等に表示された「クエン酸サイクルドリンク」,「クエン酸サイクル体験談」,「日本クエン酸サイクル研究会」,「クエン酸サイクル勉強会」なる表示はいずれも記述的であるばかりでなく,むしろ原告自ら「クエン酸サイクル」(本件商標)を生化学用語又は一般用語として使用している状況ともいえる。原告自身,「クエン酸サイクル」の語の持つ意味合いを十分に認識した上,上記のような記述的な使用をしていたものと推認することができる。
当裁判所の判断
1 「クエン酸サイクル」の周知範囲の誤認について( ) 審決は,本件商標が商標法3条1項6号に違反して登録されたものである 1と判断する前提として,「クエン酸サイクル」の語が,「人を含む生体一般の機能を維持するための最も基本的かつ普遍的な働きをなすものとして,クエン酸又はクエン酸を仲立ちとする人の食餌生活全般に関わる事柄として,本件商標の登録審決時(平成11年9月3日)においては既に,我が国における生化学の分野の専門家ばかりでなく,食品関連分野,医療関連分野,更には社会一般の間においても,広く認識されていた」(審決謄本13頁下から第3段落)と認定するのに対し,原告は,「クエン酸サイクル」の語が「本件代謝経路」を意味する生化学用語の邦訳の単なる一つにすぎないものであり,本件商標の登録審決時において,本件代謝経路を意味する定着した生化学用語ではないし,まして一般用語でもない旨主張する。
( ) そこで,検討すると,まず,以下の事実は,当事者間に争いがない。 2ア 原告のいう「本件代謝経路」を要約すると,第一の役割は,脂肪,炭水化物及びタンパク質代謝物を代謝反応により酸化することでエネルギー生成に働くことであり,第二の役割は,サイクル自体の代謝反応により糖新生・アミノ基転移・脱アミノ化や脂肪酸合成等の代謝過程に働くことにあり,人を含む生体一般の機能を維持するための最も基本的かつ普遍的な働きを解明した理論であるということができる(本件代謝経路の理論)。
イ 本件代謝経路の理論は,英語では「citric acid cycle」,「Krebs cycle」又は「tricarboxylicacid cycle」と表現されており,本件商標「クエン酸サイクル」は,「クエン酸回路」とともに,英文名「citric acidcycle」の邦訳であること,「トリカルボン酸サイクル(回路)」,「TCAサイクル(回路)」又は「クレブスサイクル(回路)」等の邦語も上記英文名に基づく別称若しくは略称であって,「クエン酸サイクル」と意味的に全く同一の語(同義語)として取り扱われている。
ウ 「クエン酸サイクル」,「クエン酸回路」,「トリカルボン酸サイクル(回路)」,「TCAサイクル(回路)」又は「クレブスサイクル(回路)」等の語は,本件商標の登録審決時,我が国における生化学の分野の専門家の間において,本件代謝経路を意味する訳語として認識されていた。
エ 「クエン酸サイクル」の語は,「クエン酸回路」,「トリカルボン酸サイクル(回路)」,「TCAサイクル(回路)」又は「クレブスサイクル(回路)」の関連同義語とともに,人を含む生体一般の機能を維持するための最も基本的かつ普遍的な働きをなすものとして,本件商標の登録審決時において,少なくとも我が国における生化学の分野の専門家の間において広く認識されていた。
( ) 進んで,「クエン酸サイクル」ないし本件代謝経路に関する公知文献等の 3記載についてみると,証拠(各項目ごとに括弧内に摘示する。なお,枝番のあるものは,特に断らない限り,各枝番を含む。以下,同じ。)によれば,以下の事実を認めることができる。
ア 生化学分野の文献共立出版株式会社「化学大辞典3」(昭和44年発行)の「くえんさんサイクル」の項には,「生物の細胞内物質代謝において最も普遍的な経路。
・・・1937年H.A.Krebsにより完成され,その後多くの研究者により修正が加えられ,現在は図に示すようなものと考えられている。
すなわち脂肪,炭水化物およびタンパク質の代謝生産物は最後にはピルビン酸となってこのサイクルにはいり,燃焼して二酸化炭素と水とになる。
このサイクルが1回転するごとに1モルのピルビン酸は3モルの二酸化炭素を放出し,10原子の水素がTPNまたはDPN(注,いずれもクエン酸サイクルに関与する酵素の補助因子)に移行する。そして,これらの物質が酸化されて,その際遊離する化学エネルギーの一部はいわゆる高エネルギーの化学結合物となってたくわえられる。・・・このサイクルは生体の末端呼吸機構として,また中間に生成する2-ケトグルタル酸,フマル酸,オキサル酢酸などを通じてアミノ酸の生合成の出発点としてきわめて重要である。」(23頁右欄最終段落〜24頁左欄第1段落)との記載があり,そのほか,株式会社岩波書店「(岩波)生物学辞典(第3版)」(昭和60年発行)及び株式会社東京化学同人「生化学辞典(第二版)」(平成2年発行)ではいずれも「クエン酸回路」の項に,株式会社岩波書店「(岩波)理化学辞典(第4版)」(平成4年発行)では「トリカルボン酸サイクル」の項に,本件代謝経路についての記載がある。(乙2〜5)イ 医学分野の文献株式会社南山堂「医学大辞典(第16版)」(昭和54年発行)の「クレーブス回路」の項には,「『英 Krebs cycle』→『トリカルボン酸回路』」とあり,「トリカルボン酸回路」の項には,「(クレーブス回路,クエン酸回路,TCA回路)糖質,脂質,アミノ酸の代謝に由来する活性酢酸(アセチル-CoA)が酸化的に代謝される回路で,すべての好気的細胞にみられる。・・・回路の回転に必要な酵素のすべてはミトコンドリアにある。これは動物,植物,微生物に共通である。・・・」との記載があり,その他,医歯薬出版株式会社「最新医学大辞典第2版」(平成8年発行)では「クエン酸回路」の項に,本件代謝経路についての記載がある。(乙12,13)ウ 一般国語辞典(ア) 株式会社岩波書店「広辞苑(第五版)」(平成10年発行)の「くえんさん」の項には,「柑橘類の果実中に遊離して存するほか,生物界に広く分布する水酸基を含むカルボン酸。また,細菌などの発酵生成物。
水に溶けやすい結晶で,爽快な酸味をもち,清涼飲料水の製造や媒染剤などに用いる。」との記載があり,「くえんさんかいろ」の項には,「『枸櫞酸回路』トリカルボン酸回路に同じ。」との記載が,「トリカルボンさんかいろ」の項には,「『トリカルボン酸回路』(tricarboxylic acid cycle)生物の呼吸において最も主要と考えられる代謝経路。糖質・脂質・アミノ酸などの炭素骨格は,最終的にはこの経路を経て完全に酸化・分解され,生体のエネルギー源となる。クレブス回路。クエン酸回路。TCA回路。」との記載がある。
(乙7)(イ) 株式会社三省堂「大辞林(第二版)」(平成7年発行)の「くえんさん」の項には,「柑橘類の果実に多量に含まれる有機酸。・・・無色・無臭の結晶で,爽快な酸味があり,水に溶けやすい。清涼飲料水,医薬,媒染剤などに用いる。」との記載,「くえんさんかいろ」の項には,「[枸櫞酸回路]→ティーシーエー回路」とあり,「ティーシーエーかいろ」の項には,「『TCA回路(tricarboxylic acid cycle)』酸素呼吸の反応過程の一部。解糖系によって生じた活性状態の酢酸がオキサロ酢酸と結合してクエン酸となり,順次,呼吸酵素の働きによって二酸化炭素と水とに分解され,その際,生活活動に必要なエネルギーを発生したりしながら再びオキサロ酢酸にもどる回路。クレブス回路。クエン酸回路。トリカルボン酸回路。」との記載がある。(乙9)(ウ) 株式会社小学館「大辞泉」(平成7年発行)の「くえんさん」の項には,「柑橘類の果実に多く含まれる有機酸。水に溶けやすい結晶で,さわやかな酸味がある。清涼飲料,医薬品などに利用」との記載,「くえんさんかいろ」の項には,「『枸櫞酸回路』→トリカルボン酸回路」とあり,「トリカルボンさんかいろ」の項には,「『トリカルボン酸回路』(tricarboxylicacid cycle)生物体中で,有機物が燃焼して二酸化炭素と水になる代謝経路。糖や脂肪酸などの分解によってできた活性状態の酢酸がオキサロ酢酸と結合し,三つのカルボキシル基をもつ化合物の枸櫞酸となることから始まり,さまざまな有機酸に転変しながら炭酸ガスと水,エネルギーを生じ,再びオキサロ酢酸に戻り,同様の反応を繰り返す。枸櫞酸回路。クレブス回路。TCA回路。」との記載がある。(乙10)エ 高校教科書東京書籍株式会社「改訂生物U」(昭和48年4月10日文部省検定済),開隆堂出版株式会社「新訂生物U」(昭和48年4月10日文部省検定済),教育出版株式会社「改訂/生物T/生命の探求1」(昭和50年文部省検定済),開隆堂出版株式会社「新編生物U」(昭和51年4月10日文部省検定済),株式会社第一学習社「生物U」(昭和52年4月9日文部省検定済,同年5月15日発行),株式会社講談社「標準高等/生物T」(昭和53年3月31日文部省検定済),株式会社新興出版社啓林館「新編生物1」(昭和53年文部省検定済,昭和54年発行),実教出版株式会社「図説生物T/改訂版」(昭和53年5月25日発行),株式会社講談社「標準高等/生物U」(昭和54年文部省検定済),株式会社清水書院「生物T最新版」(昭和54年発行),実教出版株式会社「図説生物U/改訂版」(昭和51年4月10日文部省検定済,昭和54年5月25日発行),数研出版株式会社「三訂版/高等学校/生物U」(昭和55年発行),実教出版株式会社「生物」(昭和57年3月31日文部省検定済,同年5月25日発行),数研出版株式会社「高等学校/生物」(昭和57年3月31日文部省検定済,58年発行),開隆堂出版株式会社「生物」(昭和57年3月31日文部省検定済),教育出版株式会社「生物/生命の探求」(昭和57年3月31日文部省検定済),学校図書株式会社「高等学校/生物」(昭和57年3月31日文部省検定済),株式会社新興出版社啓林館「高等学校/生物」(昭和57年3月31日文部省検定済),株式会社新興出版社啓林館「高等学校/生物TB」(平成5年2月28日文部省検定済,平成8年12月10日発行),株式会社浜島書店「ニュービジュアル版/新詳生物図表」(平成7年12月1日発行)には,いずれも,「クエン酸回路」あるいは「クレブス回路」の名称により本件代謝径路を記述している。(乙14)オ新聞(ア) 平成2年9月29日付け日本経済新聞夕刊には,「脂肪やたんぱく質や炭水化物が体内でエネルギーに変化していく最終段階で,八種類の酸が次々と酸化をくり返してエネルギーをつくりだす仕組みは,代表的な酸であるクエンの名をとって『クエン酸サイクル』と呼ばれている。このサイクルが活発でないと脂肪などがたまりやすくなる。」などといった記事がある。(乙28,30)(イ) 平成9年7月10日付け産経新聞東京夕刊には,「梅は健康食品であり医薬品」との見出しで,「梅に含まれている有機酸による代謝の促進,言い換えるとクエン酸などにTCAサイクルの活性化が,色付けのために加えられているように見られるシソ(順気生薬)により,効果が高められて,梅干しの効果をより明白にしているのです。」などといった記事がある。(乙17の5)(ウ) 平成9年8月4日付け毎日新聞大阪夕刊には,「ビタミンB1がエネルギー生成に深く関係しているからだ。糖質をエネルギーに換えるには,酵素を必要とする好気的解糖と酸素のいらない嫌気的解糖がある。好気的解糖の方が19倍も効率的だ。この解糖過程がクエン酸回路と呼ばれ,それが順調に進行するには,酸素とともにB1が欠かせない。」などといった記事がある。(乙17の3)(エ) 平成11年3月8日付け日本食糧新聞には,「石垣島の,かしじぇー(泡盛もろみの蒸留残渣)から作られた“天然発酵クエン酸飲料”で,体をアルカリ性にするといわれている。梅干し・レモン・夏ミカンのような柑橘類に含まれる酸と同じクエン酸を多く含んでおり,クエン酸サイクルという代謝経路に直接取り込まれ,効率よく疲れの原因である『乳酸』を分解する。」などといった記事がある。(乙17の4)。
(オ) 平成11年8月12日付け毎日新聞大阪夕刊には,「人体には“TCAサイクル”という,炭水化物を燃焼させる一連の化学反応があり,ここでリンゴ酸やクエン酸が重要な働きをします。」などといった記事がある。(乙17の6)( ) 以上の事実によれば,本件商標の登録審決時(平成11年9月3日)ま 4でには,「クエン酸」は日常の食生活に身近な化学物質として周知となっていたばかりでなく,「クエン酸サイクル」のほか,「クエン酸回路」,「トリカルボン酸サイクル(回路)」,「TCAサイクル(回路)」又は「クレブスサイクル(回路)」の関連同義語は,本件代謝経路を表す名称として,生化学分野,医学分野などの専門家の間で周知であったのみならず,本件商標の指定商品に係る取引者・需要者を含む一般社会においても,少なくとも,「生物の細胞内物質代謝において最も普遍的な経路」,「クエン酸による代謝作用への効用を表したもの」,「食餌と代謝機能との関係を表したもの」あるいは「食に関する基礎的な用語の一つを表したもの」などといった程度には広く認識されていたものと認めるのが相当である。そのことは,教育界において,遅くとも昭和48年ころ以降,高校の生物教科書にも掲載され,高校1年ないし2年で学習すべきものとされていることからもうかがうことができる。
上記のとおり,本件代謝経路を表す語として,「クエン酸サイクル」のほか,「クエン酸回路」,「トリカルボン酸サイクル(回路)」,「TCAサイクル(回路)」又は「クレブスサイクル(回路)」等の関連同義語が使用されていたものであるが,「クエン酸サイクル」と「クエン酸回路」についてみると,いずれも「citric acid cycle」の訳語であるのみならず,本件商標の登録審決時の我が国における英語の普及度からすれば,一般社会人であれば,同一外来語の邦訳である「クエン酸サイクル」と「クエン酸回路」を関連同義語とみなし得るほどの英語力を有していたと推察される。
また,ここで問題となるのは,本件商標の商標法3条1項6号該当性の有無,すなわち,本件商標をその指定商品について使用した場合に,これに接する取引者・需要者が「クエン酸サイクル」の語から,何人かの業務に係る商品であることを認識することができるものか否かであるから,その前提としては,「生物の細胞内物質代謝において最も普遍的な経路」,「クエン酸による代謝作用への効用を表したもの」,「食餌と代謝機能との関係を表したもの」あるいは「食に関する基礎的な用語の一つを表したもの」などといった程度の認識があれば十分であって,必ずしも本件代謝経路についての学術的に正確な理解までも必要とするものではない。加えて,たとえ,「クエン酸サイクル」が何であるかについて正確に理解していない場合であっても,「クエン酸」が日常の食生活に身近な化学物質として周知となっていたことからすると,「クエン酸サイクル」の語は,クエン酸との関わりを端的に想起させるものであって,少なくとも,クエン酸に関する循環系のようなものであり,上記のとおり,「食に関する基礎的な用語の一つを表したもの」などといった程度の理解をし得たものと認められる。
そうすると,本件商標の登録審決時において,「クエン酸サイクル」の語が,関連同義語とともに,本件代謝経路,すなわち,「生物の細胞内物質代謝において最も普遍的な経路」,「クエン酸による代謝作用への効用を表したもの」,「食餌と代謝機能との関係を表したもの」あるいは「食に関する基礎的な用語の一つを表したもの」を表す語として本件商標の指定商品の取引者・需要者の間で周知となっていたのであれば,「クエン酸サイクル」という語自体において,すでに自他商品識別力を欠くものであって,商標としての機能を果たし得ないものというべきである。
また,「クエン酸サイクル」の語から,「クエン酸」に関する循環系のようなものであり,「食に関する基礎的な用語の一つを表したもの」といった程度に理解する場合であっても,「クエン酸サイクル」の作用効果を表すものと理解しているのであるから,上記同様に,「クエン酸サイクル」という語自体において,すでに自他商品識別力を欠くものであって,商標としての機能を果たし得ないものというべきである。
したがって,「本件商標『クエン酸サイクル』をその指定商品について使用した場合,これに接する取引者・需要者は,上記事情よりして,生物の細胞内物質代謝において最も普遍的な経路(本件代謝経路),クエン酸による代謝作用への効用を表したもの,あるいは,食餌と代謝機能との関係を表したもの,すなわち,食に関する基礎的な用語の一つを表したものと理解するに止まり,何人かの業務に係る商品であることを認識することができないものといわなければならない。」(審決謄本13頁下から第2段落)とした審決の認定判断に誤りはない。
( ) 原告の主張について 5ア 原告は,「本件代謝経路」を意味する外国語の生化学用語の多岐にわたる邦訳の一つとして,「クエン酸サイクル」の語が,たまたま他の関連用語とともに書籍等に記載されていたとしても,「クエン酸サイクル」を記憶して「本件代謝経路」を意味する生化学用語であると判断する能力は,「本件代謝経路」の研究に関わる者でもなければ持ち合わせないとみるのが自然であり,まして,本件商標の指定商品である第29類の食品の平均的需要者にはあり得ないというべきであるなどと主張する。
原告のいう,「クエン酸サイクル」を記憶して「本件代謝経路」を意味する生化学用語であると判断する能力が,本件代謝経路を学術的に正確な認識をすることを意味するというのであれば,「本件代謝経路」の研究に関わる者でもなければ持ち合わせないといえるかもしれない。しかし,上記( )に判示したとおり,「本件代謝経路」について「生物の細胞内物質 4代謝において最も普遍的な経路」,「クエン酸による代謝作用への効用を表したもの」,「食餌と代謝機能との関係を表したもの」あるいは「食に関する基礎的な用語の一つを表したもの」などといった程度の認識があれば十分であって,必ずしも本件代謝経路についての学術的に正確な理解までも必要とするものではないから,原告の上記主張は,失当というほかない。
イ 原告は,「サイクル」は「周波数」,「周期」等を意味する語,「回路」は「電流・磁気の通路」等を意味する語であって,両者は全く別な分野に属する言葉であり,かつ,全く別な意味を有しているのであり,一般社会において需要者は,「クエン酸サイクル」から「クエン酸回路」を想起したり,反対に「クエン酸回路」から「クエン酸サイクル」を想起することはあり得ないと主張する。
しかし,本件代謝経路を理解している多くの取引者・需要者は,「クエン酸サイクル」と「クエン酸回路」が関連同義語であることを理解するものと考えられるし,仮に,そのような理解をしていない場合であっても,「サイクル」及び「回路」は,株式会社岩波書店「広辞苑(第五版)」によれば,「サイクル」は「周期,循環過程。振動数・周波数の単位」,「回路」は「電気の通路。・・・生体の物質代謝経路のうち循環的な部分の呼称。サイクル。『クエン酸-』」の語義を有するものであって,いずれも「循環」の観念を含む点で共通しているばかりでなく,同義語としても用いられており,原告の主張するような電気的なものに限って使用される語でないのであるから,「クエン酸」を理解するものであれば,「クエン酸サイクル」から「クエン酸回路」を想起し,「クエン酸回路」から「クエン酸サイクル」を想起するのが通常であるというべきである。
したがって,原告の上記主張は,失当である。
ウ 原告は,第29類の食品を指定商品とする本件商標の商標権者であるのみならず,第30類,第31類,第32類あるいは第33類の食品に関連する商品を指定商品とする登録商標「クエン酸サイクル」の商標権者でもあるところ,いずれも登録を受けている上,本件商標及び第30類に係る登録商標については,被告から登録異議申立てがされ,いずれも登録を維持する旨の異議決定がされたのであるから,審査,審判の専門官である審査官,審判官は,「クエン酸サイクル」の標章が,食品類について付された場合,「本件代謝経路」を意味する定着した生化学用語とはいえず,かつ,社会一般においても不特定多数者間において広く認識された一般用語とはいえないと判断したものとみるべきである旨主張する。
しかし,特許庁の手続により登録され又は登録異議申立て手続において登録が維持されていても,必ずしも,その判断が確定的なものであるとはいえず,無効原因を内包していれば取消しの対象となり,無効となることもあり得るのである。また,原告が主張するような登録例があるからといって,そのことから直ちに,「クエン酸サイクル」の語が,食品類について「本件代謝経路」を意味する定着した生化学用語でないとか,社会一般においても不特定多数者間において広く認識された一般用語ではないことの証拠になるものでもない。
したがって,原告の上記主張も,失当である。
( ) 以上によれば,本件商標は,その構成自体から自他商品識別力を欠き,商 6標としての機能を果たし得ないものと認められるから,商標法3条1項6号にいう「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標」に該当するものというべきである。
2 公益面による登録制限判断の誤りについて( ) 審決は,「本件商標である『クエン酸サイクル』の語は,元々,生化学分 1野の新発見に係る自然界の定理(生物の細胞内物質代謝において最も普遍的な経路/本件代謝経路)を意味し,生物,化学又は生化学分野においては,その関連同義語とともに,早くから知られていたものであり,また,人を含む生体一般の機能を維持するための最も基本的かつ普遍的な働きをなすものとして,クエン酸又はクエン酸を仲立ちとする人の食餌生活全般に関わる事柄として,本件商標の登録審決時(平成11年9月3日)においては既に,我が国における生化学の分野の専門家ばかりでなく,食品関連分野,医療関連分野,更には社会一般の間においても,広く認識されていた」(審決謄本13頁下から第3段落)ものであると認定するとともに,「このような知識は,健康志向の高まりとともに,当該審決後もより一層浸透していったものということができる。」(同段落)とし,「本件商標『クエン酸サイクル』をその指定商品について使用した場合,これに接する取引者・需要者は,上記事情よりして,生物の細胞内物質代謝において最も普遍的な経路(本件代謝経路),クエン酸による代謝作用への効用を表したもの,あるいは,食餌と代謝機能との関係を表したもの,すなわち,食に関する基礎的な用語の一つを表したものと理解するに止まり,何人かの業務に係る商品であることを認識することができないものといわなければならない」(同頁下から第2段落)から,商標法3条1項6号に違反して登録されたものであるとの結論を導いた。
そして,その際に,「当該審決後の日付の証拠も,『クエン酸サイクル』の語についての当該審決後における取引者・需要者の認識の状況を把握する資料として,十分意味のあるものといわなければならない。」(同15頁下から第2段落)との判断の前提として,東京高裁平成17年1月20日判決・平成16年(行ケ)第189号を引用し,「前記した東京高等裁判所平成16年(行ケ)第189号判決によれば,ある商標を特定人に独占使用させることが公益上適当であるか否かの判断は,登録査定時(本件にあっては,登録審決時)における第3条該当性ばかりでなく,将来を含めた認識の可能性をも考慮されるものであると解される」(同頁下から第3段落)とした。
( ) 原告は,審決の引用した最高裁昭和54年4月10日第三小法廷判決及び 2東京高裁平成17年1月20日判決が商標法3条1項3号に関するものであることを根拠にして,同項3号と6号との違いは,3号がその商品の産地,販売地,原材料その他の特性を表示記述する標章についてのものであるのに対し,同項6号は商品と直接結び付かないものに関する場合で,商品と結び付かない広く知られた語か,公益面から登録を制限すべき明白な理由があるものについての規定と解すべきであるから,上記判決の趣旨を超えて,3号と6号を安易に同一視し,本件商標について,公益面から登録を制限するのは違法である旨主張する。
商標法3条1項3号と6号とでは要件が異なっていることは法条から明らかであって,6号該当性の当否を論ずる限り,登録査定時(本件にあっては,登録審決時)において,「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標」に該当するか否かが問題となるのであり,そこに直ちに3号該当性における公益性の問題を持ち込むことはできない。しかも,同項6号該当性は,登録査定時(本件にあっては,登録審決時)において「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標」と認定できるか否かであるから,将来を含めた認識の可能性を考慮すべきでないことは,明らかである。
したがって,商標法3条1項3号該当性が審理の対象とされていない本件審判において,審決が,同号に関して判断した上記東京高裁判決を引用して公益性について言及したのは,誤りというほかない。
この点につき,被告は,商標法3条1項各号に掲げる商標が商標登録の要件を欠くとされているのは,出所識別機能あるいは独占適応性を欠く商標であるからと解されるところ,同項6号と3号は,出所識別機能(自他商品識別力)あるいは独占適応性を欠く商標は登録されるべきでないという点において変わりはないから,3号に関する上記東京高裁判決の趣旨を6号に適用しても何ら誤りはないと主張する。
確かに,商標法3条1項6号と3号は,出所識別機能(自他商品識別力)あるいは独占適応性を欠く商標は登録されるべきでないという点において変わりはなく,同項6号と3号とは,その適用において重なる部分が多いことが予想される。
特に,本件においては,「クエン酸サイクル」という食餌と代謝機能との関係を表したもの,食に関する基礎的な用語が問題となっており,これを植物に関する商品に付したならば,原材料等を表示する標章とみられる場合が少なくないものと思われる。しかし同項3号特有の要件もあるのであって,重なる部分のみを強調する被告の上記主張は,直ちには採用することができない。
また,被告は,「クエン酸サイクル」の語は,クエン酸との関わりを端的に想起させる語であり,当時,既に顕在化していた健康志向社会にあって,飲食品分野における事業者であれば,その商品を流通過程又は取引過程におく場合に必要適切な表示として何人もその使用を欲するものであるから,一私人に対し独占使用を認めるのは公益上適当とはいえないと主張するが,商標法3条1項3号該当性を審理の対象としていない本件において,上述したところに照らし,採用できないものというべきである。
以上によれば,審決の上記東京高裁判決を引用しての判断部分は誤りといわなければならない。しかし,上記の誤った判断部分を除外しても,優に,本件商標が商標法3条1項6号に違反して登録されたものであるとの結論を導くことができるのであるから,上記の点は,審決の結論に影響を及ぼす瑕疵に当たるということはできない。
( ) 原告は,本件商標は,クレブス博士が完成した理論の名称の邦訳の単なる 3一つであるにすぎず,定着した生化学用語でも一般用語でもないから,本件商標に独占権を付与しても何人も不利益を受けるものではないと主張するが,本件商標が定着した生化学用語であり,一般用語であることは上述したとおりであって,原告の上記主張は,その前提を欠くものであり,失当である。
また,原告は,仮に,原告が本件商標につき商標登録を保有しても,他の事業者は,本件代謝経路を表示,使用するについては商標法26条の「商標権が及ばない範囲」をもって十分解決し得るものであって,本件商標をあえて無効にしなければ解決できないというものではないとも主張するが,商標法26条による解決の可能性は,本件商標に無効事由があるにもかかわらず,あえて本件商標に係る商標登録を維持しなければならない合理的根拠とはなり得ず,原告の上記主張は,失当である。
3 本件商標の自他識別機能の誤認について( ) 原告は,本件商標を付した商品の販売,普及に尽力し,原告の商品及び本 1件商標であることを周知させたのであり,その結果,本件商標は原告の販売する商品の商標として既に周知性も獲得しているのであって,クエン酸の効用の普及は原告の地道な努力によるものであるとして,本件商標の自他識別機能を否定した審決の判断の誤りを主張する。
( ) そこで,検討すると,証拠(甲1〜10,24,25,27,28)によ 2れば,本件商標の前権利者であった古内亀治郎商店株式会社は,澱粉から抽出したクエン酸にビタミン群と甘味を加えた健康補助食品を開発し,これに「クエン酸サイクルドリンク」の標章を付して,平成9年4月から,自衛隊基地,都内のホテル等において展示販売を開始したこと,また,同社は,「日本クエン酸サイクル研究会」と称する研究機関を運営し,有名人等を招いて「クエン酸サイクル活動の集い」を催し,そこで試飲会,展示販売等の宣伝活動を行うなどし,上記健康補助食品の普及に努めたことが認められる。
( ) ところで,上記1( )の判示に照らせば,取引者・需要者は,「クエン酸 34サイクル」と「ドリンク」とが結合した「クエン酸サイクルドリンク」から,生物の細胞内物質代謝において最も普遍的な経路,クエン酸による代謝作用への効用を表したもの,食餌と代謝機能との関係を表したもの,あるいは,食に関する基礎的な用語の一つを表したものに関連する飲料を想起するのが通常であるといわざるを得ない。
そうすると,原告は,クエン酸を主体とする健康補助食品に「クエン酸サイクルドリンク」の標章を付して販売し,宣伝,広告しているのであるから,正に,クエン酸を主体とする健康補助食品の効能を述べているものであって,このような販売,宣伝,広告活動をもって,本件商標の自他商品を識別する機能を取得したとみることはできない。したがって,原告の上記主張は,採用の限りではない。
4 以上によれば,本件商標は,何人かの業務に係る商品であることを認識することができず,商標法3条1項6号に違反して登録されたものであるから,その商標登録を無効とすべきであるとした審決の判断に誤りはないというべきであり,原告主張の取消事由は理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 宍戸充
裁判官 柴田義明
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