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関連審決 取消2002-31120
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成16行ケ312審決取消請求事件 判例 商標
平成18行ケ10043審決取消請求事件 判例 商標
関連ワード 包装 /  役務の提供 /  品質保証機能 /  質保証機能 /  識別機能 /  指定商品 /  不使用 /  通常使用権 /  出所の混同 /  国内 /  使用許諾 /  不使用取消審判 /  外国 / 
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事件 平成 16年 (行ケ) 404号 審決取消請求事件
原告 帝人株式会社
訴訟代理人弁理士 網野友康,初瀬俊哉,網野誠,高野明子
被告 深厚國際股有限公司
訴訟代理人弁理士 山口朔生
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2005/03/17
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が取消2002-31120号事件について平成16年7月30日にした審決を取り消す。」との判決。
事案の概要
本件は,原告を商標権者とする後記本件商標の登録につき,被告が商標法50条1項に基づく取消しを求めて審判請求をしたところ,本件商標の登録を取り消すとの審決がされたため,原告が同審決の取消しを求めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯 (1) 本件商標 商標権者:帝人株式会社(原告) 商標:「ザックス」の片仮名文字と「ZAX」の欧文字を二段に横書きしてなるもの。
出願日:平成8年12月19日(商願08-142259号) 指定商品:第25類「洋服,コート,セーター類,ワイシャツ類,寝巻き類,下着,水泳着,水泳帽,和服,ずきん,帽子,靴類(「靴合わせくぎ・靴くぎ・靴の引き手・靴びょう・靴保護金具」を除く。),草履類」 設定登録日:平成11年8月20日 商標登録番号:第4307720号 (2) 本件手続 審判請求日:平成14年9月24日(取消2002-31120号) 審決日:平成16年7月30日 審決の結論:「登録第4307720号商標の商標登録は取り消す。」 審決謄本送達日:平成16年8月11日(原告に対し) 2 審決の理由の要点 (1) 審決は,「本件ラベル」(審判乙1,本訴甲4)の表面の表示として, 右に掲げたもの(審決末尾に別掲<使用商標>として掲載されたものと同一である。ただし,右のものは,より鮮明な本訴甲4から直接に取得した画像である。)を認定した。そして,審決は,右に掲げた構成からなる商標を「使用商標」とし,品番「T63342」の織物を「使用商品」と認定した。
その上で,審決は,次のとおり認定した(以下,「被請求人」を「原告」と言い換え,また,明白な誤記は訂正の上で,引用する。)。
「使用商標は,織物(生地)である使用商品の商標として使用されたものであり,使用商標を表示した本件ラベルが二次製品に直接付され,その本件ラベルの裏面に『素材提供 帝人株式会社』の他『発売元(二次製品の発売者名)』が表示されるとしても,そのラベルに記載されている説明,また縫製業者である天庄衣料株式会社作成の縫製仕様書中の「生地名及No.」の欄に「T63342 ザックス」と記載されていること,さらに,繊維業界においては,需要者のニーズに合った被服を作るための品質・特性をもつ新素材(織物等)の開発が進められ,繊維メーカーの開発した素材を用いた被服であることを表示し,そして同時に当該被服の製造者又は販売者が,独自の商標を表示した別のラベルや衿ネーム等も付することは一般的に行われていることをも考慮すると,取引者,需要者は,本件ラベルに表示されている使用商標を当該二次製品の生地(織物)に係る商標と認識するものとみるのが相当といえる。
また,使用商標に係る使用商品を出荷した帝人ファイバー株式会社は原告(商標権者)のポリエステル衣料繊維部門を分離独立させた会社であること,そして帝人加工糸株式会社は原告の100%出資の子会社であることからすると,帝人ファイバー株式会社及び帝人加工糸株式会社は,原告とは業務上密接な関係にあり,使用商標における通常使用権の許諾がされていることは推認できるものである。
してみれば,原告(商標権者)又は通常使用権者は,その使用商品の販売に際し,仮に使用商標を使用商品又はその包装自体に直接付さなかったとしても,その使用商品に係る取引書類やラベル支給依頼書兼確約書において使用商標がその使用商品の商標として使用されていると認められるものである。そして,使用商品を購入した縫製業者に,その本件ラベルの取り扱いを,使用商標に係る使用商品を生地とする二次製品に限り付すことを確約させているものであるから,その使用商品が二次製品として別の商品に加工され,その新たな商品に本件ラベルによって使用商標が表示されたとしても,その使用商標は生地(織物)である使用商品の商標であることに変わりなく,二次製品に付した新たな商標ということはできない。」 (2) 審決は,上記認定をふまえ,次のとおり判断した。
「本件商標は,…『ザックス』の片仮名文字と『ZAX』の欧文字を二段に横書きしてなるところ,原告が使用していると認められる使用商標は,別掲(判決注:上記(1)に掲記)のとおり,図案化されているとしても容易に『ZAX』の欧文字からなるものと認識され得る構成態様で表され,その下段に『ザックス』の片仮名文字が表示されていることから,その構成全体からして,使用商標は,『ZAX』の欧文字及び『ザックス』の片仮名文字からなるものであって,本件商標と社会通念上同一の商標とみるのが相当である。
そして,使用商標は,Tシャツ,パンツ又はスラックス等の被服の織物生地(使用商品)について使用されているものである。」 (3) 審決は,原告の主張を次のように排斥した。
「原告は,使用商標は,スラックスに直接付しているので,スラックスの商標として使用しているものである旨主張,また,出荷された織物生地(使用商品)が,縫製使用書に基づき製造され,完成品として販売されていて,その商品に『ザックスストレート9』と表示していた事実は…納品書に示されているとおりであり,この完成品に…ラベルが付されていたもので,完成品の写真が乙7(判決注:本訴甲10)である旨主張する。
しかしながら,使用商標は,原告(商標権者)又は通常使用権者が使用商品について使用をしていること上記認定のとおりである。また,…上記認定のとおり,使用商標は使用商品に使用されている商標といわざるを得ないものであり,また,…納品書中の『品番・商品名』の欄に『15461 ザックスストレート9』と記載されていることのみをもって,使用商標が『被服』(スラックス)に使用されたものとみることはできないので,その原告の主張は採用できない。」 (4) 審決は,次のように結論付けた。 「本件商標と社会通念上同一とみられる使用商標は,被服の生地,すなわち,織物について使用しているものであって,本件審判請求に係る指定商品に含まれるスラックス等の被服について使用されていたものということはできない。… 本件商標の登録は,商標法50条1項の規定に基づき取り消すべきものとする。」
原告の主張(審決取消事由)の要点
1 本件審判請求の登録前三年以内に,日本国内において,原告,通常使用権者である帝人ファイバー株式会社(以下「帝人ファイバー」という。)及び原告の100%出資の子会社である帝人加工糸株式会社(以下「帝人加工糸」という。),又はこれらの者から使用許諾された通常使用権者である天庄衣料株式会社(以下「天庄衣料」という。)が,本件商標の指定商品「スラックス」について,本件商標と社会通念上同一の商標を使用した事実が存在する。
(1) 本件ラベルの表面には「ZAX」の欧文字と「ザックス」の片仮名とからなる商標(使用商標)が表示されている。
天庄衣料は,平成14年1月23日,原告に対し,二次製品「パンツ」に添付するために,2000枚の本件ラベル(ラベル商品コード:192Y2300)の支給を依頼した(「ラベル支給依頼書兼確約書」甲5-2)。その書面において,確約事項として「6.ラベルは本依頼書兼確約書に記載の商品に限り使用する」という使用に際しての義務が記載されている。なお,ラベル名称「ザックス」のラベルは,ラベル商品コード「192Y2300」である(甲13)。
帝人加工糸から天庄衣料に対し,品番T63342の商品「ザックス」が出荷された(平成14年2月22日に対価請求。甲7)。平成14年3月19日,天庄衣料から顧客に対し,133枚の「ザックスストレート」が納品された(甲8)。品番T63342の商品「ザックス」は,「ロング丈スパッツ」の本体用生地として使用されていた(甲6)。
これらの事実によれば,天庄衣料は,生地「ザックス」を原材料とし,天庄衣料の縫製に係る商品「ロング丈スパッツ」(「パンツ」,「スラックス」あるいは「ザックスストレート」)に本件ラベルを付し(表示状況は甲10のとおり。),少なくとも取扱期間(平成12年3〜8月,平成13年3〜8月,平成14年3〜8月)中に販売したといえる(甲9)。
(2) 帝人ファイバーは,原告から分社化した会社であり(甲12),また帝人加工糸は,原告の100%子会社であり,両者は,少なくとも本件商標について通常使用権を有している。そして,天庄衣料は,原告から本件商標を使用することについて明示の許諾を受けた通常使用権者である。また,天庄衣料は,原告に代わって天庄衣料に生地を供給していた帝人ファイバー及び帝人加工糸からも本件商標の使用について黙示の再使用許諾を受けていたと解される。さらに,天庄衣料は,原告の厳格な指揮監督の下に,原告,帝人ファイバー又は帝人加工糸(以下「原告ら」ということがある。)の供給する生地「ザックス」を使用した二次製品に限り,本件ラベルを添付することを許されていたのであるから,原告の一機関として,本件ラベルを商品に付し,商品を販売した行為は,原告ら自身の使用にも該当する。
(3) 本件ラベルは,商品「スラックス」に付され,販売されていた(甲10)。
「スラックス」は,指定商品「被服」に含まれる。
本件ラベルは,スラックスに対し,他のラベルとともに合成樹脂製の線で吊り下げられて販売されており,商標法2条3項1号及び2号の「使用」に当たる。また,スラックスに付された状態での本件ラベルの位置・大きさ・彩色・デザイン等の態様は,商品を店頭に陳列したときに十分に需要者の目をひくような態様であるので,使用商標は,天庄衣料の縫製・販売に係る商品「スラックス」を,他の商品と識別させるための表示であると需要者に認識させていたものである。
使用商標は,商品「スラックス」について,自他商品識別機能を果たすように使用されていたことが認められる。
よって,使用商標は,形式的にも機能的にも,商品「スラックス」について使用されていたものである。
(4) 使用商標が本件商標と社会通念上同一の商標であることは,審決が認定したとおりである。
2 審決は,「使用商標は,織物(生地)である使用商品の商標として使用されたもの」であると認定したが,事実誤認の違法がある。
(1) 審決における判断の前提について 審決は,原告らが天庄衣料等の縫製業者に生地「ザックス」及び本件ラベルを供給し,縫製業者が生地「ザックス」を素材とするスラックスに本件ラベルを付して販売していたという,原告ら及び天庄衣料等の縫製業者の間の内情に基づいて,使用商標の使用は二次製品についての使用に該当しないと判断した。
しかしながら,本件ラベルが吊り下げられたスラックス(甲10)を実際に需要者が購入するときに,スラックスが生地「ザックス」を縫製したものであることを需要者が知る手がかりとなるのは,本件ラベルの裏面の記載のみである。通常の需要者が,スラックスの購入時にラベル支給依頼書兼確約書(甲5-1〜4)や縫製使用書(甲6)を参照する機会があるわけもなく,上記のような内情など知る由もない。需要者のごく一般的な購入手順の途中で,すべての需要者が,本件ラベルを裏返し,裏面の記載を読んで「ザックス」が素材の名称であると必ず認識すると断定できる合理的理由はない。したがって,スラックスを購入した需要者のうちの何割かは,本件ラベルの裏面の記載を読まずに,「ザックス」が素材の名称であることに気づかないままスラックスを購入する。そして,本件ラベルの表面の使用商標は,スラックスに係る商標と認識し,次回にスラックスを購入する際の指標とすることになる。このような場合には,使用商標はスラックスの自他商品識別標識として機能したことは明らかである。
審決は,通常の需要者を判断主体とするのではなく,需要者が取引の内情を知っているという誤った前提に基づき判断した結果,誤りを犯した。
(2) 審決における判断基準の不合理性について 審決の結論は,すべての需要者が必ず本件ラベルの裏面の記載を読むという誤った前提に基づくものであるから,結局,本件ラベルの裏面に使用商標が素材である旨が記載されている事実があるか否かのみに依拠して,使用商品が素材か被服かを判断したということになる。
このような判断基準は,化繊業界及びアパレル業界の競業秩序に徒に混乱を招来することになり,誤りである。本件において,仮に審決が確定して本件商標権が取り消され,被告が指定商品「被服」について使用商標と相類似する商標を登録したとしても,本件ラベルを被服に付しても使用商標の使用商品は素材であるから,被告の商標権は原告ら及び縫製業者の行為には及ばない。したがって,販売店の店頭には甲10のスラックスと,使用商標に類似する商標の付された被告の製造・販売に係る被服等とが,何の違法状態も伴わずに同時に並べられることになる。これにより需要者が出所混同を生じて不利益を被り,競業秩序が乱されることは必至であり,商標法の目的に反する結果を生ずる。
原告は,仮に審決が確定した場合には,このような混乱の発生を予防するために,被告の商標登録を阻止し,不正競争防止法等に基づいて被告の商標使用を差し止めるための法的措置を執らざるを得ないが,迅速な救済は期待できず,訴訟経済上も好ましくなく,また複数件の争訟を抱えることにより,原告・被告とも多大な時間と手間と金銭を費やすことになる。
よって,単に素材であることの表示の有無を基準として使用商品を決定した審決の判断は非合理的であり,かつ,このような判断基準により結論を導いたとしても紛争解決に通じないどころか逆に紛争を誘発するにすぎない。
(3) 被服と生地との関係について 被服は,その主要な素材である生地が,二次製品である被服に加工された後にもなお,二次製品の品質の非常に大きな要素を占めるという特殊な商品である。この特殊性は,他の商品,例えば自動車や書籍などと比較すれば明らかであり,素材となる鉄板や紙の品質は,二次製品の品質のうちでは小さな比重を有するにすぎず,鉄板自体が自動車の走行性能に大きな影響を与えたり,書籍を物理的に構成する紙の品質いかんにより書籍に記載されている内容の良し悪しが定まるということはない。しかし,被服の場合には,生地の耐久性・防寒性・防湿性・耐洗濯性・肌触り・色柄や織技法による外見などの品質が,そのまま被服の品質となる。生地は,裁断・縫製を経て被服となるが,生地自体の形状や特性は裁断・縫製により,あまり変化することなく被服に現れるからである。よって,品質面における生地と被服との関係は,他の製品の原材料と完成品との関係に比較して,より密接なものである。
また,現実の取引の場においても,被服と生地とは非常に密接な関係を有する。
典型的には,呉服屋や紳士服の仕立屋においては,需要者に生地とデザインを同時に選択させる販売形態が永年にわたり採られている。このような販売形態は,商標法上は,商品「被服」の販売とも,商品「織物」の販売と役務「裁縫」あるいは「仕立て」の提供とを行っているともみることができ,さらには販売店で半完成品を販売していたり,裾や丈の調整を行ったりすることも通常行われていることを考え合わせると,役務の提供と商品の販売との間に一定の境界線を引くことはほとんど不可能である。
このような被服と生地との密接な関係の下では,仮に需要者が本件ラベルに表示された使用商標が生地に係る商標であると知っていたとしても,同時に被服を他の商品と識別するための標識であり,商品を購入するときに一定の出所を表示し,特定の品質を保証する目印となることを認識しているものと解するのが自然である。
よって,本件ラベルに表示された使用商標は,生地の商標であることを知悉している需要者にも,実質的に被服に係る商標としても認識され,現に被服の一定の品質や一定の素材の出所を期待する標識として機能している。
(4) 化繊業界の実情について (a) 審決の「取引者,需要者は,本件ラベルに表示されている使用商標を当該二次製品の生地(織物)に係る商標と認識するものと見るのが相当といえる」とする部分の判断は,誤りである。
我が国の化繊業界においては,原告を含む化繊メーカーは,素材を提供された縫製業者が化繊メーカーの提供した素材に係る商標を表示した素材ラベルを二次製品に付すことにより,二次製品の有する特質を明らかにし,二次製品の素材の品質を保証する商慣習が確立している。
このような商慣習が成立した経緯は,我が国においては,戦時中における国策などの影響もあり,国民の間に「化学繊維の品質は天然繊維に劣る」との意識が強く根付いていた。これを払拭するため,1959年に東レ株式会社と原告とは,事業化に成功し,製造・販売を開始したポリエステル繊維に「テトロン」と命名し,二次製品を購入する一般の需要者をターゲットとして計画的な宣伝普及活動を試みた。需要者が二次製品を購入しなければ,縫製業者にも生地を買ってもらえないのであるから,この試みは当を得たものであった。素材ラベルが使用されたのも,「テトロン」が嚆矢である。この宣伝普及活動は成功し,以来,原告をはじめとする化繊メーカーは,マスメディアを通じてさまざまな形態で需要者に対する宣伝広告活動を強力に推し進めてきた。例えば,化繊メーカー各社は毎年水着キャンペーンを行っていたが,化繊メーカー各社は水着を製造しているわけではない。現在では,需要者に商品を直接提供することがほとんどなく,二次製品の素材を二次製品メーカーに提供する「素材専門メーカー」である割には,各化繊メーカーの名称及び主力商品の商標は,取引業者のみならず需要者間にまで広く知られるに至っていることは証明を要しない事実である。
このような化繊業界の実情を背景に,縫製業者が素材商標を二次製品の品質を保証するために使用してきたこと,さらに近年では品質・特性の特化された高機能素材が開発されていることともあいまって,需要者は,素材商標を二次製品の品質を保証する標識であるとの認識を有するに至っている。すなわち,化繊メーカー,縫製業者等の二次製品の製造業者及び需要者は,いずれも素材商標が二次製品の一定の品質を保証する標識として機能するものであるという共通意識を有している。
本件ラベルのような素材ラベルも,二次製品に付されて需要者に見られることにより,二次製品の一定の品質を保証するものとして,各化繊メーカーにより盛んに使用されている。正確な数字ではないが,平成15年に二次製品の製造業者に支給された素材ラベルの総数は,1億枚を超えている。
素材商標が二次製品の商標としても需要者・取引者に認識されているとの実情の下,各化繊メーカーは,素材商標を採択する際に,対象となる二次製品にも同様の商標が存在しないことを確認し,素材及び対象となる二次製品を指定商品として,複数区分について商標権を取得している。また,縫製業者等の二次製品の製造業者は,各化繊メーカーが二次製品について商標権を取得している場合には,抵触する商標については不使用取消審判を請求してまで使用・登録を強行することを差し控えているものと推定される。事実,化繊メーカーが取得した登録商標に対してアパレル等から不使用取消審判が請求されたり,使用により商標権侵害が生じたケースは非常に少ない。このようにして永年にわたり各化繊メーカーと二次製品の製造業者とは健全な競業秩序を維持していた。
(b) しかしながら,近年,この競業秩序が乱されつつある。
平成5年,株式会社クラレが,その製造販売に係る繊維素材について,原告の所有に係る登録商標「remi(レミ)」の使用許諾を受け,素材ラベルに表示して使用していた。しかし,平成8年に当該登録商標の指定商品「被服」につき香港所在の法人から不使用取消審判の請求がなされ,特許庁は,素材ラベルの使用は被服についての使用に該当しないと判断し,登録が一部取り消された(甲18)。株式会社クラレは,一部取消後も素材については使用権を有していたので,素材ラベルを被服に付して販売することもできたが,香港所在の法人が同一又は類似する商標の付された被服を販売すると出所混同の生じるおそれがあり,「remi」の使用を中止した。
我が国繊維業界は,かつては輸出量が輸入量を大きく超過していたが,輸入量が上回るようになり,輸入国に転換している。衣類その他の二次製品についても,輸入量(トン数)が増加し,輸入元は主として東アジア及び東南アジアである。その多くは日本国内の業者が外国の製造業者に依頼して生産されたものを輸入して販売するOEM製品であるが,近時は,アジア諸国等の諸外国の縫製業者が製造した製品に自社ブランドを付して日本国内で販売するケースが増えてきた。新規に日本市場に自社ブランド製品を投入しようとする外国ブランドの縫製業者等は,素材商標に関して確立されている上述のような競業秩序を認識していないため,素材商標に対する不使用取消審判の請求を躊躇する理由もない。
仮に,本件についても,「remi」と同様に登録を取り消されることになると,前記の支障が生ずるのみならず,素材商標についてみだりに不使用取消審判を請求して商標権者である繊維メーカーに金銭を請求する等,いわゆる商標ブローカーの活動を助長することになりかねない。
化繊メーカーと紡績業者との団体である日本化学繊維協会内の知的財産専門委員会商標分科会(旧商標専門委員会)は,昭和51年当時から上記のような混乱が生じることを予想し,複数回にわたって特許庁に対し,素材ラベルを最終製品に付した場合には最終製品についての商標の使用と認めるべきであることを訴えてきた。
化繊業界の実情の変遷に対応するためにも,素材商標は被服について使用されていると認められてしかるべきである。
被告の主張の要点
1 帝人ファイバー又は帝人加工糸が通常使用権者であることは認められない。
したがって,天庄衣料が帝人ファイバー及び帝人加工糸から本件商標の使用についての黙示の再使用許諾を受けていたとの主張は認めることはできない。
2 原告らによる本件商標「ZAX」の使用は,被服に使用されている「生地(素材)」についての使用であって,請求に係る指定商品「被服」等についての使用ではない。
本件ラベルは,商標権者又は通常使用権者が,需要者に対し,被服自体の識別を目的としたものではなく,被服に使用された「生地(素材)」の説明を目的とした商標である旨を意識的に限定したことを表明しているラベルである。さらに,ラベル支給依頼書兼確約書(甲5-1〜4),縫製使用書(甲6)についても,「ザックス」とはスラックス(被服)自体に係る商標である旨の記載はなく,当該被服に使用されている生地(素材)を表示する商標ラベルであることを示すものでしかない。
出所の異なる被服メーカーの被服について,それぞれの被服メーカー自体の被服商標ラベルと,同一生地メーカーの生地(素材)商標ラベルが同時に付されて使用されている例は少なくない。生地は,出所が異なる被服についても供給されることは一般に行われているからである。
このような使用態様によっても,被服同士の出所の混同の発生といった問題は生じておらず,安定した取引秩序が保たれている。これは,被服商標ラベルは「被服自体」に,素材商標ラベルは被服に使用されている「生地(素材)」について,それぞれ別個独立に機能し,素材商標ラベルは特定の生地自体の識別標識として機能していることが需要者に理解され受け容れられているからにほかならない。素材商標ラベルは,需要者に対する直接的な効果として,被服に使用されている特定の「生地(素材)」についての自他商品識別表示及び出所表示として機能し,その反射的な効果として間接的に商品「被服」との関係においては商品内容の説明的記述としての機能を発揮しているのである。
本件商標が「被服」自体と被服に使用されている「生地(素材)」のいずれについて使用されているものであるかの判断は,商品「被服」を購入する際の一般的な需要者の立場に立って行われるべきである。
「被服」についての通常の需要者であれば,被服メーカーのブランド名の他,少なくともラベルの表裏一面に記載された商品内容の説明的な記述(サイズ,素材,価格等)を確認し,似合うか試着するといった手順で購入することが一般的手法である。さらに,近年の取引態様においては,被服自体の商標ラベルとともに被服の使用生地(素材)の説明ラベルを各別に付することは一般的に行われており,素材商標ラベルは,単なる被服の使用生地(素材)の説明を目的とするものであり,特定の被服自体の識別・出所を目的として使用しているものではないとの認識は,需要者においても周知の事実である。
審決が取り消された場合には,素材メーカーに不当に広い保護を与えることになる。一方,「被服」について業務上の信用蓄積のために使用を欲する被服メーカーの商標選択の余地を不当に狭め,被服メーカーの商標によるブランド形成へのインセンティブが減少する結果となり妥当ではない。
以上のとおり,少なくとも原告らによる本件商標の使用は,被服ではなく「生地(素材)」の説明に係る商標であることを意識的に限定した商標ラベルを使用している点,及び,商品に対して被服自体の商標ラベルとは別に,出所の混同が生じないように別のラベルにより付記的な態様で付されている点から,指定商品「被服」についての使用と認めることはできない。
審決の結論は,適法かつ妥当であり,取消事由は存在しない。
当裁判所の判断
1 原告は,前記第3,1のとおり自らの見解を示した上,これをふまえて,同2のとおり,具体的に審決の誤りを主張するものである。その主張の骨子は,天庄衣料が,生地「ザックス」を原材料とし,天庄衣料の縫製に係る商品「ロング丈スパッツ」に本件ラベルを付して販売したのであるから,これにより,使用商標は,形式的にも機能的にも,商品「スラックス」について使用されていたということができるのであって,審決が「使用商標は,織物(生地)である使用商品の商標として使用されたもの」であると認定した点に事実誤認の違法がある,というものである。
2 そこで,検討するに,甲4によれば,本件ラベルの表面は,前記第2,2(1)に掲げた態様となっており,使用商標が記載されていること,本件ラベルの裏面には,「(特徴)ザックスは,テイジンが新しく開発した『ポリエステル/セルロース系繊維』の組み合わせによるマイルドな清涼感,しなやかなドレープ性,カジュアルな表面感を持ち,ウオッシャブル性にも優れた新質感素材です。<取扱注意点>この素材は,多少色落ちの傾向がありますので,他のものと分けてお取り扱いください。」と記載されており,その下に,「素材提供 帝人ファイバー株式会社」と記載され,さらに「販売元」を表示する欄(当該二次製品の発売者を表示する欄と認められる。)が設けられていることが認められる。
そして,使用商標が記載された本件ラベルが使用されている態様(天庄衣料の商品展示室におけるもの)としては,スラックスに対し,本件ラベルが他の1枚のラベルとともに取り付けられていることが認められる(甲10)。
上記本件ラベルの記載に照らせば,ラベルに表示された帝人ファイバー(甲5-2に照らせば,原告も本件ラベルの表示を了解しているものと認められる。)は,本件ラベルにおいて,使用商標を上記「素材」の商標として記載していること,そして,「ザックス」という「素材」の品質,機能上の特徴,有利性などを説明し訴求するものであることが明らかである。本件ラベルは,上記認定事実に照らせば,原告又は帝人ファイバーが,スラックスに使用された「ザックス」という「素材」の品質ないし機能を保証するものであると解し得るとしても,「素材」以外のスラックスそのものないしスラックス全体の品質ないし機能について保証する趣旨であると解し得る記載は存在しない。
そして,天庄衣料から原告に宛てたラベル支給依頼書兼確約書(甲5-2)により,原告と天庄衣料との合意内容をみても,確約事項の「5」として,「ラベルを添付した最終商品の品質,その他につき苦情があったときは,直ちに自己の責任において解決し,貴社に迷惑をかけない。万一貴社に損害が発生した場合,専ら貴社に責任があるときを除きその損害を賠償する。」と約定されている。これによれば,原告らは,「素材」についてのみ需要者(消費者)に対して責任を負うものであり,それ以外,すなわち最終商品(スラックス)の品質その他の問題に関しては,需要者(消費者)に対する責任について,原告らと天庄衣料との関係のみならず,原告らと需要者(消費者)との関係においても,天庄衣料が責任を負い,原告らは何ら責任を負わず,苦情等に関与もしないことが約されているものと解される。なお,証拠(甲5-1・3・4)に照らし,上記確約事項は,原告が作成した同一の書式中にあらかじめ印刷された部分に記載されたものであって,原告は,各取引先から同様の書面を徴していることが認められる。
以上の事実によれば,原告らは,使用商標を被服に使用された「素材」のみを指す識別標識として使用しており,商標の品質保証機能という観点からみても,名目的にも実質的にも,「素材」の品質について保証するにとどまり,それ以外のスラックスそのものないしスラックス全体について品質を保証する機能を有するものとして使用されているとは,到底認められない。
したがって,「使用商標は,織物(生地)である使用商品の商標として使用されたもの」であるとの審決の認定,さらに「本件商標と社会通念上同一とみられる使用商標は,被服の生地,すなわち,織物について使用しているものであって,本件審判請求に係る指定商品に含まれるスラックス等の被服について使用されていたものということはできない。」とした審決の認定は,いずれも是認し得るものである。
3 原告は,上記の点につき,前記第3,2(1)において,通常の需要者は,スラックスの購入時にラベル支給依頼書兼確約書(甲5-1〜4)等を参照する機会がなく,原告らと天庄衣料との内情など知る由もないこと,スラックスを購入した需要者のうちの何割かは,本件ラベルの裏面の記載を読まずに,「ザックス」が素材の名称であることに気づかないままスラックスを購入し,本件ラベルの表面の使用商標は,スラックスに係る商標と認識し,次回にスラックスを購入する際の指標とすることになることを指摘し,このような場合には,使用商標は,スラックスの自他商品識別標識として機能したことになると主張する。
(1) しかしながら,原告らは,使用商標を被服に使用された「素材」のみを指す識別標識として使用していること,原告らは,「素材」についてのみ需要者(消費者)に対して責任を負うものであり,それ以外,すなわち最終商品(スラックス)の品質その他の問題に関しては,すべて,天庄衣料において需要者(消費者)に対する責任を負うシステムになっていることは,前認定のとおりである。
仮に,原告主張のように,需要者のうちの何割かが,本件ラベルの表面の使用商標がスラックスに係る商標と認識するようなことがあるとすれば,その需要者の認識は,上記事実に反するもので,明らかに誤解をしているのであって,その主な原因は,原告ら及び天庄衣料が使用商標を記載した本件ラベルを誤解を与えるような態様で使用したことにあるといわざるを得ないところ,需要者が誤解した場合に,原告らがその誤解の内容に沿う対応をするというのであればともかく,原告らとしては,これに何ら責任も負わず,関与もしないというのであるから,使用商標が自他商品識別標識として健全に機能していることにならないことは,多言を要しないところである。
原告の上記主張は,採用することができない。
(2) 上記の点をおいて,需要者の認識について検討するとしても,原告の上記主張は,採用し得ない。
証拠(甲10,14,15,17-1〜31,21,23)及び弁論の全趣旨によれば,我が国の化繊業界においては,優れた素材の開発に注力し,その素材について,ラベルを作成し,その表面に化繊メーカーの有する商標を記載し,ラベルの裏面に素材の品質,機能上の特徴,有利性などを説明し訴求するような記載をするとともに,素材メーカーないし素材販売会社がわかる記載をしていること,当該素材を使用して製造された被服の販売過程においては,被服に対し,被服自体の製造メーカーを示すラベルだけでなく,上記素材に関するラベルも付された状況で販売されていること,以上は,化繊業界に属する多くの企業についてみられる現象であり,また,被服の販売において一般的にみられる状況であること,さらに,我が国化繊業界のこれまでの製品開発による品質向上,消費者の信頼性の向上,さらには,活発な宣伝広告活動もあいまって,被服の取引者はもとより,一般需要者においても,被服に使用された素材自体の品質や機能に対する関心が高まっていることが認められる。
そして,これらの事実に照らせば,被服の取引者及び需要者は,上記のような被服の素材に関する記載のあるラベルに日常接しており,したがって,被服には,当該被服の製造者又は販売者の表示をしたラベルとは異なる被服の素材の製造者又は販売者の表示とともに素材の品質,機能上の特徴,有利性などを説明し訴求するようなラベルも付されていることが多いことを経験し,認識しているものと推認される。そうであれば,本件ラベルに記載された使用商標に接した需要者は,通常,それが素材に関するラベルであり,使用商標も上記「素材」に関するものであることを理解し得るのであって,これを直ちにスラックスに係る商標であると誤認する可能性は,低いものと認められる(取引者においては,いうまでもない。)。
この意味においても,原告の主張は採用することができない。
4 原告は,前記第3,2(2)のとおり,化繊業界及びアパレル業界の秩序などを主張し,審決の判断の不合理性を主張する。
原告の主張のうち,本件ラベルの裏面の記載に依拠した判断であるなどとして,審決を非難する部分は,既に判示したとおり,採用することができない。
原告の主張のうち,競争秩序の混乱等をいう点については,現在の商標法における商標保護制度の体系が指定商品との関係を基に構築されている点に係わるものである(すなわち,素材に関する商標と素材を使用した製品に関する商標とは,指定商品との関係で別のものと扱わざるを得ない。)。原告の主張する事情は確かに憂慮すべき事柄であり,深刻なものを感じないではないが,本件において,立法論としてはともかく,現行法の基本的な枠組みを維持した上で,使用商標を商品「スラックス」について使用されていたものであると解することは不可能としかいいようがない。被告がその商標(甲16)を自由に権利行使できるものとは考えられず,現行法の下でも他の有効な手段が存在するはずである。
いずれにしても,原告の前記第3,2(2)の主張は,採用し得ない。
5 原告は,前記第3,2(3)のとおり,被服と生地との関係について主張し,本件ラベルに表示された使用商標は,生地の商標であることを知りつくしている需要者にも,実質的に被服に係る商標としても認識され,現に被服の一定の品質や一定の素材の出所を期待する標識として機能している,と主張する。
被服と生地の密接な関係についての原告の主張には,首肯し得るものがあるが,需要者の認識をいう点がにわかに採用することができないことは,前判示のとおりである。そして,前判示の点に照らせば,被服と生地との関係に関する原告の主張を考慮しても,審決の認定判断を誤りであるとすることはできない。
6 原告の前記第3,2(4)の主張は,本件争点に関する背景事情が主な内容であるが,これらの主張を精査しても,既に判示したところに照らし,審決を取り消すべきものとは判断されない。
7 結論 以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 田中昌利
裁判官 佐藤達文