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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成19ネ10008職務発明対価支払等請求控訴事件 判例 特許
平成19ネ10056不当利得返還等請求控訴事件 判例 特許
平成16ワ14321特許権譲渡代金請求事件 判例 特許
平成16ワ11060職務発明の対価請求事件 判例 特許
平成17ワ12576職務発明対価支払等請求事件 判例 特許
関連ワード 特許を受ける権利 /  承継 /  発明者 /  職務発明 /  相当の対価(相当な対価) /  共同発明 /  共有 /  着想 /  時効 /  ライセンス /  援用権(援用) /  存続期間 /  製造承認 /  均等 /  信義則 /  特許発明 /  実施 /  加工 /  乗じた額 /  実施料 /  共同発明者 /  実施権 /  通常実施権 /  実施許諾(実施の許諾) /  設定登録 /  対価 /  請求の範囲 /  変更 /  相当期間 / 
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事件 平成 19年 (ワ) 12522号 職務発明の対価請求事件
東京都町田市<略>
原告A
同訴訟代理人弁護士新保克芳
同 洞敬
同 井上彰 東京都港区<略>
被告三菱化学株式会社
同訴訟代理人弁護士飯田秀郷
同 栗宇一樹
同 早稲本和徳
同 和氣満美子
同 鈴木英之
同 隈部泰正
同 大友良浩
同 戸谷由布子
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2008/02/29
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
全容
第1請求被告は,原告に対し,150万円及びこれに対する平成19年5月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2第2事案の概要等本件は,被告の元従業員である原告が,被告に対し,平成16年法律第79号による改正前の特許法35条(以下,同条について「特許法」という場合,特に断らない限り,同改正前のものをいう。)に基づき,原告が被告に承継させた職務発明に係る特許権について,相当対価(平成8年4月1日から平成21年5月18日までの実施に対応する相当対価)の一部として150万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成19年5月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
これに対し,被告は,相当の対価請求権は時効により消滅したと主張している。
1当事者間に争いのない事実等(認定事実については末尾に証拠を掲記する。)(1)当事者等ア原告は,昭和40年被告に入社し,被告の中央研究所内に設置された医薬研究部などで新薬の開発に携わるなどした後,平成8年3月31日に被告を定年により退職した者である。
また,原告は,被告の理事であったものの,平成9年6月27日に理事を退任した。
イ被告は,医薬品その他の各種化学製品の製造,加工及び販売等を行う株式会社である。被告の商号は,平成6年,三菱化成株式会社から現在の商号に変更された。
ウ被告は,平成11年9月30日,ティーティーファーマ株式会社(以下「ティーティーファーマ」という。)に対し,被告の医薬事業の営業全部を譲渡した。上記譲渡の経緯は,次のとおりである。
(ア)平成11年4月,東京田辺製薬株式会社(以下「東京田辺製薬」という。)の100%子会社として,ティーティーファーマが設立された。
3(イ)平成11年9月30日終了時,被告は医薬事業の営業全部を,東京田辺製薬は食品添加物事業を除く営業全部を,それぞれティーティーファーマに譲渡した。
(ウ)平成11年10月1日,被告と東京田辺製薬とは合併し,ティーティーファーマは,社名を三菱東京製薬株式会社(以下「三菱東京製薬」という。)に変更した。
(エ)平成13年10月1日,三菱東京製薬は,ウェルファイド株式会社(以下「ウェルファイド」という。)と合併し,社名を三菱ウェルファーマ株式会社(以下「三菱ウェルファーマ」という。また,ティーティーファーマ,三菱東京製薬,三菱ウェルファーマの商号を区別せず「三菱ウェルファーマ」ということがある。)に変更した。
(甲15,16,弁論の全趣旨)(2)職務発明ア原告は,被告に在職中の昭和56年1月ころ,共同発明者の1人として,次の特許権(以下「本件特許権1」といい,本件特許権1に係る特許を「本件特許1」という。)に係る発明(以下「本件発明1」という。)をした。
本件発明1は,職務発明であり,被告は,原告ら共同発明者から特許を受ける権利を承継し,原告らを共同発明者,被告を出願人として,次のとおり,特許出願をし,特許を得た。
特 許 番 号第1466481号発明の名称(3-アミノプロポキシ)ビベンジル類出願日昭和56年8月20日(特願昭56-130704)公開日昭和58年2月25日(特開昭58-32847)出願公告日昭和63年3月25日(特公昭63-13427)登録日昭和63年11月10日4満了日平成13年8月20日延長満了日平成18年4月10日発明者原告,<以下略>(甲1の1・2,弁論の全趣旨)イ原告は,被告に在職中の昭和56年1月ころ,共同発明者の1人として,次の特許権(以下「本件特許権2」といい,本件特許権2に係る特許を「本件特許2」という。)に係る発明(以下「本件発明2」という。また,本件発明1と本件発明2を併せて「本件発明」という。)をした。
本件発明2は,職務発明であり,被告は,原告ら共同発明者から特許を受ける権利を承継し,原告らを共同発明者,被告を出願人として,次のとおり,特許出願をし,特許を得た。
特 許 番 号第1835237号発明の名称セロトニン拮抗剤出願日平成元年5月18日(特願平1-125055)公開日平成2年12月17日(特開平2-304022)出願公告日平成5年7月7日(特公平5-44926)登録日平成6年4月11日満了日平成21年5月18日発明者原告,<以下略>(甲10の1・2,弁論の全趣旨)(3)本件発明の実施等ア本件発明に係る医薬品は,一般名を塩酸サルポグレラート,商品名を?@アンプラーグ錠50?r,?Aアンプラーグ錠100?r,?Bアンプラーグ細粒10%という(以下?@ないし?Bの商品を併せて「アンプラーグ」という。)。
イ被告は,アンプラーグ錠50?r(?@)及びアンプラーグ錠100?r5(?A)については,平成5年7月2日に製造承認を受け,同年10月7日に発売を開始した。また,アンプラーグ細粒10%(?B)については,平成11年3月4日に製造承認を受け,同年5月20日に発売を開始した。
ウ被告は,平成5年10月から平成11年9月30日までの間,アンプラーグについて,その販売全部を東京田辺製薬に委託していた。
被告は,平成11年9月30日,アンプラーグを含む医薬品事業全体を,東京田辺製薬の完全子会社である三菱ウェルファーマ(当時の商号はティーティーファーマ)に譲渡した。その後も,被告は,本件特許権1及び同2を保有していたものの,同年10月1日以降は,被告と三菱ウェルファーマとの間の独占的実施許諾契約に基づき,三菱ウェルファーマのみがアンプラーグの製造販売を行っている。
(甲1の1,甲6,甲10の1,弁論の全趣旨)(4)被告における職務発明に関する規定ア発明等取扱規則(甲8,乙1の1)被告には,従業員の発明に関し,昭和48年9月1日から施行され,昭和55年1月1日から一部改定・施行された「発明等取扱規則」(甲8,乙1の1。以下「本件発明等取扱規則」という。)がある。なお,本件発明等取扱規則は,同規則を全面改定した「職務発明取扱規則」(乙1の2)が平成6年10月1日から施行されたことに伴い,同日をもって廃止され,その後,「職務発明取扱規則」は,平成9年4月1日から一部改定・施行され(乙1の3),さらに,平成18年4月1日から一部改定・施行された(乙1の4・5)。
本件発明には本件発明等取扱規則が適用され,同規則中には,次の規定がある。
(甲8,乙1の1ないし5,弁論の全趣旨)【発明等取扱規則】6第5条従業員が職務発明をした場合は,その職務発明につき日本国及び外国において特許,実用新案登録又は意匠登録を受ける権利(以下「登録を受ける権利」という。)を会社に譲渡しなければならない。ただし,会社が登録を受ける権利の承継を希望しない旨を通知した場合は,この限りでない。
第8条会社は,職務発明についての出願がなされた場合及び当該出願が特許又は登録された場合は,その職務発明をした従業員に対し,補償金を支給する。
第9条会社が,特許権等に係る発明等を実施し,その効果が顕著であると認められた場合その他これに準ずる場合は,会社は,その職務発明をした従業員に対し,褒賞金を支給する。
第10条2条に規定する補償金及び褒賞金の金額は,別に定める基準に基づき,補償金については特許部長が,褒賞金については社長が,それぞれこれを決定する。
第13条補償金及び褒賞金は,その職務発明をした従業員が退社し又は死亡した後であっても,本人又はその遺族に贈ることがある。
【職務発明に対する補償金の基準】1金額種別出願時補償金登録時補償金特許6,000円 3,000円に特許請求の範囲に記載された1発明につき9,000円を加えた額追加特許3,000円 3,000円に特許請求の範囲に記載された1発明につき3,000円を加えた額7実用新案登録3,000円 6,000円意匠登録2,000円 4,000円類似意匠の意匠登録1,000円 2,000円2補償金支払方法(1)出願時補償金は,職務発明が出願されたときに一出願を単位として都度支払う。(以下略)(2)登録時補償金は,職務発明についての出願が特許又は登録されたときに都度支払う。(以下略)イ特許報奨取扱い規則(甲9)被告には,従業員の発明に関し,平成13年11月21日から施行された「特許報奨取扱い規則」(甲9。以下「本件特許報奨取扱い規則」という。)がある。同規則中には,次の規定がある。
(甲9,弁論の全趣旨)【特許報奨取扱い規則】前文この規則は,技術革新,競争力のある技術が企業発展の原動力であり,かかる技術を排他力ある特許権とすることにより他社に優位性を維持できることとなることに鑑み,会社の事業収益に大きく貢献した特許に係る発明者個人を報奨することにより,もって,事業に直結した利益を生むべき従業員個々人の発明活動を刺激,促進及び奨励することを目的とする。
第1条本規則において,次の各号に掲げる用語の意義は,当該各号に定めるところによる。
(1)「営業利益基準」とは,本報奨申請時の前会計年度から起算して連続する過去5会計年度における三菱化学株式会社(以下「会社」という。)の「対象事業」(第3号に定義されるところによ8る。)の営業利益(技術料収入を含む。)が次の各号に掲げる要件を満たす基準をいう。
?@各会計年度ともに黒字であること。
?A5会計年度の累積の営業利益(技術料収入を含む。)が次に定める額に達しており且つ売上高営業利益率が10%以上(a)20億円以上40億円未満(b)40億円以上(2)「特許選定基準」とは,本規則に基づく報奨の候補となる特許を選定する基準であって,次の各号に定める基準をいう。
?@「会社」名義(他社との共有名義のものを含む。)の特許であること。
?A「営業利益基準」の算定対象期間において,有効に登録され維持されている特許であって本報奨の申請時においても登録されている特許であること。(以下略)?B対象候補となる特許は,最大3件までとする。(以下略)(3)「対象事業」とは,「営業利益基準」を満たす会社の特定の事業であって,かかる事業に関する特許のうち「特許選定基準」に従い選定された特許がかかる事業収益獲得に極めて大きな貢献をしていると考えられる事業をいう。
(4)「対象特許」とは,前号に定めるところに従い選定された特許を個々に又は併せていう。
第2条本報奨の申請対象となる会社の従業員は,「対象特許」に発明者として記載されている者の全員(以下「対象発明者」という。)とする。
2前項の「対象発明者」は,当該「対象特許」の発明当時において「会社」に在籍する従業員であることを要するが,本報奨の申請時において「会社」の従業員であるか退職者(懲戒免職者を除く。)であ9るかを問わない。ただし,本報奨の確定日において生存していることを要し,また,第6条に基づき報奨金が支払われる5年間の途中において死亡した場合には,死亡時の翌年以降の報奨金は支払われ得ないものとする。
第3条「対象事業」の所管部門は,前条に基づき選定された「対象発明者」について本報奨の申請を毎年10月1日付にて行うことができる。
2前項に基づき申請を行おうとする所管部門は,その申請前に,「対象事業」が「営業利益基準」を満たしていることの数字的根拠について資料を経理部に提出し,その選定の妥当性について経理部の審査を受けるものとする。
3第1項の申請は,前項の審査後9月30日までに,別途定める申請書に必要事項を記載し,知的財産部に提出することによりなされるものとする。
第5条選考委員会は,社内選考委員会及び社外選考委員会の両委員会が組織されるものとし,社内選考委員会の一次審査を経て,社外選考委員会が最終審査を行う。
2両選考委員会は,「対象特許」について,その妥当性,「対象事業」の事業収益への貢献度合い及び他社への排他力の程度を審査する。
3両選考委員会は,前項の審査に基づき独自の判断により「対象特許」を表彰の対象としないことができる。
第6条本報奨は,社長が自己の名においてこれを行う。本項に基づき,社長による本報奨の決裁が行われた日を本報奨の確定日とする。
2報奨金は,「営業利益基準」の第1条第1号?A(a)に該当する案件一件につき1年あたり金3千万円(税込み)とし,第1条第1号?A(b)に該当する案件一件につき1年あたり金5千万円(税込み)とし,それぞれ同一金額が5カ年間にわたり対象発明者に支払われる。ただ10し,表彰対象発明者が複数人いる場合には,かかる対象発明者で均等にこれを分けるものとする。
4第1回目の本報奨金は,本報奨確定日に発生し,本報奨確定日から速やかに支払われるものとし,第2回目以降の本報奨金は,各年の本報奨確定日の応当日に発生し,当該応当日から速やかに支払われるものとする。
5本報奨確定日において「対象発明者」が自己都合退職している場合においては,当該自己都合退職者の報奨額は,前項に基づき確定された自己分の半額とする。ただし,本報奨確定日に「会社」に在籍していて,その後自己都合退職した場合には,半額を「会社」に返還することを要しない。
6本報奨の確定日後本報奨金が支払われる5年間において本報奨の「対象発明者」が懲戒免職の処分を受けた場合には,かかる「対象発明者」は,かかる懲戒免職日以降に第3項に基づき発生する報奨金を受領することができない。
9表彰対象案件及び表彰対象者は,社内において公開されるものとする。
10本報奨は,「会社」内における他の表彰制度との重複を妨げるものではない。
11本報奨の対象となった「対象特許」は,再び本報奨の対象とすることはできない。
第8条「会社」名義の特許が「会社」以外の三菱化学グループ会社において実施され利益が得られている場合には,「会社」は,本規則と同様の規則を制定することを当該三菱化学グループ会社に奨励する。この場合において,当該三菱化学グループ会社及び「会社」間における報奨金の負担の取扱いが必要なときは,両者これを決定する。
11附則「対象事業」の算定期間は,1996年(平成8年)4月1日に遡って効力を発する。
2争点(1)本件発明の承継の相当の対価額(争点1)(2)消滅時効の抗弁(争点2)第3争点に関する当事者の主張1争点1(本件発明の承継の相当の対価額)について〔原告の主張〕(1)三菱ウェルファーマの利益を売上高に含めるべきであることア被告と三菱ウェルファーマとの関係被告と三菱ウェルファーマとは,次のとおり,被告が三菱ウェルファーマを分社化し,その後両者が完全兄弟会社となるまで,一貫して強固な資本的・人的結び付きを有する関係にある。
(ア)被告は,東京田辺製薬と合併するに際して,平成11年9月30日,ティーティーファーマに対し,被告の医薬品事業全部を譲渡した。
(イ)上記(ア)の翌日である平成11年10月1日,被告と東京田辺製薬とは合併し,ティーティーファーマは,被告の100%子会社となった(なお,ティーティーファーマは,社名を三菱東京製薬に変更した。)。
(ウ)三菱東京製薬は,平成13年10月,ウェルファイドと合併し,三菱ウェルファーマに商号を変更した。
上記合併後も,被告は,三菱ウェルファーマの株式の42.23%を保有する筆頭株主であった(なお,被告に次ぐ株主である武田薬品工業株式会社の保有割合は7.18%にすぎなかった。)。
また,被告は,三菱ウェルファーマの取締役6人中,代表取締役社長を含め4人という過半数を被告出身者で占めさせ,そのうち1名については,被告の執行役員と兼任させていた。
12その後も,被告出身者が三菱ウェルファーマの代表権を取得しなかった時期はなく,むしろ,平成16年6月以降は,被告の取締役社長が三菱ウェルファーマの代表取締役会長を兼任しており,その他の取締役についても,被告出身者及びその兼任者で過半数を占めていた。
(エ)被告は,平成15年12月,株式の公開買付けにより,三菱ウェルファーマの発行済株式の58.94%を保有する親会社となった。
さらに,平成17年10月には,株式移転により,被告と三菱ウェルファーマを完全子会社とする株式会社三菱ケミカルホールディングスが設立され,被告と三菱ウェルファーマとは,完全な兄弟会社となった。
(オ)上記(ウ)の当時,すなわち,被告が三菱ウェルファーマの100%親会社でないときにおいても,被告は,三菱ウェルファーマが被告の医薬部門であることを自ら表明していた。
イ上記関係に照らせば,被告と三菱ウェルファーマとは,少なくともアンプラーグ事業に関しては,実質的に一体であり,上記事業による利益を被告と三菱ウェルファーマとで分け合っているにすぎないといえる。
職務発明の対価請求の場面においては,職務発明を譲り受けた使用者が自ら事業を実施するか,その事業を子会社に譲渡したかという使用者の資本施策のいかんによって,「使用者が受けるべき利益」に差が生じ,発明者が受ける発明の承継の相当の対価額が変わるなどという事態は不当である。
ウよって,本件において,アンプラーグ事業による被告と三菱ウェルファーマの売上げ及び利益は一体と見るべきであり,本件発明の承継の相当の対価額を定めるに当たっては,三菱ウェルファーマが得た利益と被告が実施料として得る利益の合計額をもって,「使用者が受けるべき利益」とすべきである。
(2)売上高13ア被告による実施分(平成8年4月1日から平成11年9月30日まで)(ア)被告は,自社が筆頭株主であった東京田辺製薬に対し,次の条件でアンプラーグの販売を委託し,平成5年10月から販売を開始した。
一 時 金東京田辺製薬が被告に対し30億円を支払う。
売上分配東京田辺製薬が,同社のアンプラーグの売上高の40%を被告に対して支払う。
(イ)東京田辺製薬の平成8年4月1日から平成11年9月30日までのアンプラーグ売上高は,合計380億9800万円であるから,このうち,40%に相当する額が被告の売上高となる。
イ三菱ウェルファーマによる実施分(平成11年10月1日から平成19年3月31日まで)三菱ウェルファーマの平成11年10月1日から平成19年3月31日までのアンプラーグ売上高は,合計1113億9800万円である。
ウ将来分(平成19年4月1日から平成21年5月18日まで)平成19年4月1日から平成21年5月18日までのアンプラーグ売上高は,合計407億1200万円と推計することができる。
(3)超過売上高被告は,昭和46年に医薬事業を立ち上げたばかりであり,当初は他社からの導入品を販売していたにすぎない。
被告の医薬品市場における市場シェアは限りなくゼロに近く,本件発明の実施品であるアンプラーグは,他の大手医薬品メーカーであれば,容易に同品質の製品を製造,販売することが可能であったから,仮に,被告が本件特許権1及び同2を有していなければ,これら競合他社の存在により,アンプラーグのシェアを独占することができなかったことは明らかである。
よって,本件発明の排他的効果,すなわち,被告が競業他社に本件発明の実施を禁止することができたことに起因して得ることのできた売上げの割合14は,少なくとも50%を下らない。
(4)被告の独占の利益の額アアンプラーグ事業の利益率は,医薬品専業の三菱ウェルファーマの利益率を下回ることはない。
三菱ウェルファーマの平成14年度から平成16年度までにおける売上高営業利益率は平均約12%であり,研究開発費を除いた売上高利益率は平均約32%である。
イ被告自らが医薬品事業を営んでいた場合の営業利益は,三菱ウェルファーマの営業利益と被告が同社から得る実施料の合計と異ならない。
アンプラーグについての実施料率は売上げの3%程度であると推認することができるから,アンプラーグ事業によって被告が得るべき利益を売上高営業利益率で算定すると,売上げの15%(12%+3%)を下回ることはない。
ウ本件発明の承継の相当の対価額の算定に当たっては,本件発明を行った従業員と関係のない他の発明に関する事由や費用を考慮すべきではないから,医薬品事業全体の利益をもってこれを推定する場合には,他の研究開発費を除いた売上高利益率を用いるべきである。
三菱ウェルファーマにおける研究開発費を除いた売上高利益率は約32%であり,アンプラーグに関する開発費を考慮しても,その利益率は売上高の30%を下回ることはない。
エ本件発明の寄与割合(ア)アンプラーグに関しては,?@本件特許1(物質特許),?A特許番号第1854806号に係る特許(中間体の特許。原告は発明者ではない。
甲12),?B本件特許2(用途特許),?C特許番号第3864991号に係る特許(結晶型特許。原告は発明者ではない。甲13)の4つの特許がある。
15このうち,アンプラーグの独占売上げに対する各特許の寄与割合は,?@本件特許1が80%,?B本件特許2が20%であり,上記?A及び?Cの特許はゼロである。
(イ)本件特許権1の存続期間が満了した平成18年4月10日以降,本件特許権2の存続期間が満了する平成21年5月18日までの間については,本件特許2の寄与割合は100%となる。
オ本件において,利益率は30%とすべきであり,使用者の受けるべき利益は,次の(ア)ないし(ウ)の合計251億0300万円(百万円未満四捨五入)となる。
(ア)被告実施期間分22億8600万円(百万円未満四捨五入)(計算式)380億9800万円(東京田辺製薬売上高)×0.4(被告売上高割合)×0.5(超過売上割合)×0.3(利益率)=22億8588万円(イ)三菱ウェルファーマ実施期間分167億1000万円(百万円未満四捨五入)(計算式)1113億9800万円(三菱ウェルファーマ売上高)×0.5(超過売上割合)×0.3(利益率)=167億0970万円(ウ)将来の実施期間分61億0700万円(百万円未満四捨五入)(計算式)407億1200万円(将来売上高)×0.5(超過売上割合)×0.3(利益率)=61億0680万円カ仮に,利益率を15%としても,使用者の受けるべき利益は,次の(ア)ないし(ウ)の合計125億5100万円(百万円未満四捨五入)となる。
(ア)被告実施期間分11億4300万円(百万円未満四捨五入)16(計算式)380億9800万円(東京田辺製薬売上高)×0.4(被告売上高割合)×0.5(超過売上割合)×0.15(利益率)=11億4294万円(イ)三菱ウェルファーマ実施期間分83億5500万円(百万円未満四捨五入)(計算式)1113億9800万円(三菱ウェルファーマ売上高)×0.5(超過売上割合)×0.15(利益率)=83億5485万円(ウ)将来の実施期間分30億5300万円(百万円未満四捨五入)(計算式)407億1200万円(将来売上高)×0.5(超過売上割合)×0.15(利益率)=30億5340万円(5)使用者の貢献度本件発明は,原告の着想と地道な努力によるものであり,研究開発を中止するように申し入れたことさえある被告の貢献度は低い。
医薬品であるため,実施までのプロセスで臨床試験などの負担が必要になるものの,アンプラーグが最近でも年間177億円の売上げ(平成17年度)を上げており,高い利益率を誇っていることを考慮すれば,使用者の貢献度は75%を上回ることはない。
(6)共同発明者間の寄与割合ア本件発明1本件発明1をするに当たっては,原告の判断,指示に基づいて,すべて研究開発が行われており,原告がほとんど単独発明者とも評価し得る圧倒的に重要な役割を果たした。
本件特許1の特許公報には,共同発明者として,原告のほかに4名が記17載されているものの,いずれも,原告が行ったドラッグデザインに基づき,原告の指示の下で,原告が行う合成の補助,あるいは,原告が示した化学式に基づき合成を行ったにすぎず,本件発明1において寄与度と評価されるような主体的は役割は果たしていない。
よって,本件発明1において,共同発明者間の原告の寄与割合は80%以上であるということができ,少なくとも,50%を下回ることはない。
イ本件発明2本件発明2は,アンプラーグのセロトニン拮抗作用を用途としている。
アンプラーグの創薬段階において,セロトニン拮抗作用を持つ製剤として明確にターゲットを絞った上で研究開発が進められていたのであり,本件発明2について特許出願がされた平成元年当時,アンプラーグがセロトニン拮抗作用を有することは既に被告の社内において自明のことであった。
医薬品として十分なセロトニン拮抗作用を持つアンプラーグは,既に選択されていたのであり,本件特許2は,被告の特許政策として出願されたものにすぎない。
本件特許2の特許公報には,共同発明者として,原告のほかに3名が記載されているものの,本件発明2において,共同発明者間の原告の寄与割合は80%以上であるということができ,少なくとも,50%を下回ることはない。
(7)本件発明の承継の相当な対価額以上によれば,本件発明の承継の相当な対価額は,被告の独占の利益の額251億0300万円(利益率30%の場合),あるいは,125億5100万円(利益率15%の場合)に発明者の貢献度25%を乗じ,これに,共同発明者間における原告の寄与割合50%を乗じた額,すなわち,31億3800万円(利益率30%の場合。百万円未満四捨五入),又は15億6900万円(利益率15%の場合。百万円未満四捨五入)となる。
18(8)本訴における請求原告は,上記(7)の金額から,既払金(出願補償金及び登録補償金として,既に支払われた1800円)を控除した残額の一部として,150万円の支払を求める。
〔被告の主張〕(1)原告の主張(1)のうち,被告と三菱ウェルファーマの沿革については認め,「使用者が受けるべき利益」を算定するに当たって,アンプラーグによる両社の売上げ及び利益を一体と見るべきであるとの主張は否認ないし争う。
被告は,三菱ウェルファーマに対して本件発明を実施許諾し,三菱ウェルファーマが本件発明を実施しているのであって,被告は三菱ウェルファーマから実施許諾料の支払を受けているにすぎない。
被告と三菱ウェルファーマは別法人であり,三菱ウェルファーマは実施権者にすぎず,原告の使用者ではないから,三菱ウェルファーマの売上げや利益を,相当の対価額の算定の基礎資料とすべきではない。
なお,職務発明を譲り受けた使用者が自ら事業を実施するか,あるいは,その事業を子会社に譲渡するかという使用者の資本施策によって,「使用者が受けるべき利益」に差が生じることはないとの点については,原告の主張を被告も認める。これは,特許法35条における「相当の対価」は権利承継時に算定されるべき客観的価値であり,権利承継後の事情により権利承継時の客観的価値に変動が生じるものではないからである。
(2)原告の主張(2)のうち,被告が東京田辺製薬に対してアンプラーグの販売を委託したことは認め,その余は否認ないし争う。
(3)原告の主張(3)ないし(7)は,いずれも否認ないし争う。
(4)原告の主張(8)は否認ないし争う。
なお,被告は,本件発明等取扱規則に基づき,原告に対し,昭和56年11月末日ころまでに,本件発明1の出願時補償金として1200円(600190円を発明者5名で除した金額)を,平成元年2月末日ころまでに,本件発明1の登録時補償金として3600円(18000円を発明者5名で除した金額)をそれぞれ支払った。
2争点2(消滅時効の抗弁)について〔被告の主張〕(1)消滅時効の起算点についてア特許法35条3項は,特許を受ける権利等を使用者等に承継させた時に,従業者は,相当の対価請求権を取得することを定めたものであり,相当の対価請求権は,その権利承継時から消滅時効が進行するものと解すべきである(勤務規則等に支払時期の定めがあったとしても,支払時期の定めは,法律上の障害には当たらない。)。そして,相当の対価請求権は,単一の請求権であるから,承継時から進行を開始した消滅時効が完成すれば,その請求権は全部消滅するものと解される。
なお,被告が原告に対して支払った出願時補償金及び登録時補償金が相当の対価の支払の一部であるとしても,その支払により時効が中断し,以後,改めて消滅時効が進行することになる。
イ仮に,相当の対価請求権の消滅時効の起算点は,原則として権利承継時であるものの,勤務規則等に対価の支払時期が定められているときは,法律上の障害があるものとして,勤務規則等で定められている支払時期が消滅時効の起算点となるとし,上記規則等に従って報償が行われるべき時までは,相当の対価を請求するには法律上の障害があるものとして,消滅時効は進行しないと解するとしても,本件における消滅時効の起算点は次のとおりである。
(ア)本件発明等取扱規則の9条及び10条によれば,褒賞金を支払うような顕著な効果があったか否か,そのような顕著な効果があったとしていかなる金額を支給するかは,被告の裁量に委ねられている。
20上記規定は,職務発明における実績補償の性質を有するといえるものの,その支給の有無や支払時期は,被告の意思いかんにより決せられるものであるから,上記規定が支払時期を定めたものであると解することはできない。
(イ)本件発明等取扱規則の8条が規定する補償金については,出願時及び登録時をもってその支払時期とする旨の定めと解することができるから,遅くとも本件発明の各登録時が消滅時効の起算点となる。
(2)相当の対価請求権の時効消滅ア権利承継時が消滅時効の起算点である場合本件発明1が被告に承継されたのは,遅くとも出願日である昭和56年(1981年)8月20日である。
また,本件発明2が被告に承継されたのは,遅くとも出願日である平成元年(1989年)5月18日である。
したがって,それぞれ上記承継時から10年が経過したことにより,相当の対価請求権は時効消滅した。
イ登録時が消滅時効の起算点である場合本件発明1が設定登録されたのは,昭和63年(1988年)11月10日である。
本件発明2が設定登録されたのは,平成6年(1994年)4月11日である。
したがって,それぞれ上記登録時から10年が経過したことにより,相当の対価請求権は時効消滅した。
ウ実施開始時が消滅時効の起算点である場合仮に,実施開始時が消滅時効の起算点であるとしても,本件発明は,平成5年(1993年)10月7日には実施が開始された。
したがって,上記実施開始時から10年が経過したことにより,相当の21対価請求権は時効消滅した。
エ設定登録時又は実施開始時のどちらか遅い時期が消滅時効の起算点である場合仮に,設定登録時又は実施開始時のどちらか遅い時期が消滅時効の起算点であるとしても,本件発明1については,昭和63年(1988年)11月10日に設定登録されており,本件発明2については,平成6年(1994年)4月11日に設定登録されており,さらに,本件発明は,平成5年(1993年)10月7日には実施が開始されているから,本件発明1については,上記実施開始時から,本件発明2については,上記登録時から,それぞれ10年が経過したことにより,相当の対価請求権は時効消滅した。
オ登録時補償金を支払った時が消滅時効の起算点である場合登録時補償金を支払った時が消滅時効の起算点であるとしても,平成元年(1989年)2月末日ころまでには,本件発明1について登録時補償金を支払済みであるから,上記支払時から10年が経過したことにより,本件発明1について相当の対価請求権は時効消滅した。
カ以上によれば,本件発明1については,どんなに遅くとも平成5年(1993年)10月7日が消滅時効の起算点となり,本件発明2については,どんなに遅くとも平成6年(1994年)4月11日が消滅時効の起算点となる。そして,上記各時点から10年が経過したことにより,本件発明について相当の対価請求権は時効消滅した。
(3)消滅時効援用の意思表示被告は,原告に対し,平成19年2月13日ころ,本件発明についての相当の対価請求権につき,消滅時効を援用する旨の意思表示をした(甲7の2・3)。
(4)本件特許報奨取扱い規則について(原告の主張に対する反論)22ア被告には,現在,本件発明等取扱規則の流れを汲む「職務発明取扱規則」(乙1の4・5)のほか,本件特許報奨取扱い規則が存在するものの,両者は,その策定の経緯に照らしても,全く別個の制度であり,本件特許報奨取扱い規則に定める報奨金は,特許法35条に定める職務発明に対する相当の対価とは性質を異にするものである(本件特許報奨取扱い規則は,表彰の一環としてされるものである(6条9項)。)。
同規則においては,死亡者は報奨の対象外であるとされ(2条2項),退職者は自己分の半額とされ(6条5項),懲戒免職者は対象外であるとされており(6条6項),職務発明の対価性は失われている。また,外部委員会の審査を要する(5条)として使用者等と従業者等という当事者間の規律外の要素をもち,報奨金を一律に規定し(6条2項),実績補償の実績との関連性も喪失している。要するに,制度全体が,職務発明の相当の対価の支払とは全く異なる思想によって設計されているのである。
仮に,本件特許報奨取扱い規則が実績補償を定めた規定であるとすれば,被告には,実績補償に関する制度が2つ併存することになってしまうが,このような事態を合理的に説明することはできない。
なお,本件特許報奨取扱い規則が施行された平成13年11月21日には,既に本件発明に関する相当の対価請求権の消滅時効は進行を開始しており,同規則が施行されたこと自体は,上記時効の中断事由にも該当しない。
イ本件特許報奨取扱い規則においては,一定の基準を満たせば必ず報奨金が支払われるというものではなく,あくまで,被告の社内における選考委員会の審査を経ることが必要とされており,報奨金を支払うか否かは被告の任意の判断に基づくものである。
したがって,報奨金を実績補償であると解することはできず,また,上記規則が相当の対価の支払時期を定めたものと解することもできない。
23ウ被告は,アンプラーグを含む医薬品事業の全部を平成11年9月30日,三菱ウェルファーマに対して譲渡した。それ以降,被告は,本件特許権1や本件特許権2などの特許権を引き続き保有することはあっても,医薬事業は行っていない。したがって,被告には,本件発明に係る「対象事業」が平成11年(1999年)10月1日以降存在しないから,これが存在することを前提とする特許報奨取扱い規則を本件発明に適用する余地はない。
なお,本件特許報奨取扱い規則は,「対象事業」の事業収益に大きく貢献した特許に係る発明者個人を報奨することにより,事業に連結した利益を生むべき従業者個々人の発明活動を刺激,促進し,奨励することを目的とするものであるから,当然に「対象事業」が存在することが,その適用の前提となるのであって,同規則の附則の規定は,「対象事業」を1996年4月1日以降行われている会社の特定の事業までさかのぼって対象とする趣旨ではなく,「対象事業」は同規則の施行時に行われていなければならないものの,「営業利益基準」の「算定期間」を1996年4月1日までさかのぼらせる旨を定めたものにすぎない。
エ労働契約上の観点からも,本件特許報奨取扱い規則が原告に適用されることはない。
すなわち,特許法35条は,職務発明について特許を受ける権利が当該発明をした従業者等に原始的に帰属することを前提に,使用者等に法定通常実施権を認めるとともに,契約,勤務規則その他の定めにより,特許を受ける権利,若しくは特許権を使用者等に移転することができる旨を定めており,職務発明について特許を受ける権利及び特許権の帰属,並びに利用に関して,使用者等及び従業者等の利益を保護するとともに,両者間の利害の調整を図った規定である。
そして,使用者等は,職務発明について特許を受ける権利及び特許権を24使用者等に承継させる意思を従業者等が有しているか否かにかかわりなく,使用者等があらかじめ定める勤務規則その他の定めにおいて,特許を受ける権利及び特許権が使用者等に承継される旨の条項を設けておくことができるのであり,また,その承継について対価を支払う旨及び対価の額,支払時期等を定めることも妨げられることがない。
職務発明の相当の対価の額,支払時期等が,勤務規則等で定められた場合には,その勤務規則等が請求の根拠となり得るものの,当該勤務規則等は,使用者と従業者との間を規律するものであるから,その適用があるというためには,少なくとも当該勤務規則制定時において従業者であることが必要である。
本件特許報奨取扱い規則が施行されたのは,平成13年11月21日であるのに対し,原告が被告を定年退職したのは,平成8年3月31日であり,理事を退任したのも平成9年6月27日である。
したがって,いずれにしても,本件特許報奨取扱い規則が原告に対して適用される余地はなく,同規則が,特許法35条に基づく職務発明の相当の対価請求に対する法律上の障害となることもない。
オなお,被告には,本件特許報奨取扱い規則に基づき,同規則施行前に退職した者に対する報奨金の支払例が1件ある。
しかし,このことから,同規則が特許法35条に基づく職務発明の相当の対価請求に対する法律上の障害となるといえるものではない。
すなわち,仮に,本件特許報奨取扱い規則の制定前に退職した職務発明者が,その制定直後に,被告に対して,まだ消滅時効が成立していない職務発明の相当の対価請求をした場合,被告が即時支払義務を免れるために同規則を根拠に期限の利益を主張することはできないのである。
〔原告の主張〕(1)消滅時効の起算点について25ア本件発明等取扱規則の規定による法律上の障害(ア)本件発明等取扱規則9条は,発明を実施し,当該発明の効果が顕著であったか否かによって,褒賞金の支給の有無が決定される旨を規定する。このように「顕著な効果」を要件としている場合,発明の実施後,売上げに対する発明の効果が顕著かどうかを判断するために必要な期間が経過して初めて,発明者は褒賞金を受領することができることになる。
したがって,実施後相当期間が経過した時点が,褒賞金の支払時期となる。そして,本件特許報奨取扱い規則においては,報奨金申請時の前会計年度から起算して過去5会計年度における対象事業の営業利益(技術料収入を含む)を基準とし,同営業利益が20億円以上40億円未満の場合には3000万円を,40億円以上の場合には5000万円を,それぞれ5年間報奨金として支払う旨規定されており(1条及び6条),上記「顕著な効果」を判断するには,少なくとも5年間の実績を見ることが必要であるというのが被告の基準である(なお,職務発明取扱規則施行細則(乙1の5)においても,「累積営業利益額」として「5年間の累積営業利益額(技術料収入を含む。)」を要求しており,被告において,顕著な効果の有無を判断するために,少なくとも実施後5年の経過を必要としていることが分かる。)。
そうすると,アンプラーグが発売された平成5年10月7日から5年間が経過した平成10年10月7日以降になって初めて,顕著な効果の有無を判断することができ,それに基づく相当の対価請求が可能になるのである。よって,アンプラーグが発売された平成5年以降の売上げに基づく相当の対価請求権については,消滅時効は完成していない。
被告は,アンプラーグを発売した時点から,原告において職務発明に基づく相当な対価請求権を行使することができたと主張する。しかしながら,一従業員において,自ら行った職務発明の実績はもちろんそれが26顕著であるか否かを直ちに把握することは不可能であり,被告の主張は職務発明を行った者に不可能を強いるものである。
(イ)仮に,5年間の検討期間を必要としないとしても,実績補償は少なくとも各年度の実績が判明しなければ請求することができない。
本件発明等取扱規則の本文の記載から,少なくとも,毎年ごとの実績を待って実績補償が行われることは間違いなく,発明の効果を見て支払うことを定めている本件発明等取扱規則は,各年度の実績が判明してから実績補償を支払うという支払時期を定めたものであるといえる。
したがって,各年度の実績が明らかになって初めて権利の行使が可能となるのであるから,各年度実績に対応する実績補償請求権は,各年度末の到来によって,それぞれ消滅時効の進行が開始することになる。
本件では,平成8年4月1日以降の分については,平成9年3月末に集計されて初めて,褒賞金が支払われることになるから,平成9年4月1日以降になって初めて,相当の対価請求が可能となる。原告は,被告に対し,平成19年2月1日,本件発明の対価請求を行い,催告から6か月以内に本訴を提起したから,消滅時効は完成していない。
(ウ)以上のとおり,本件発明等取扱規則は,実績補償について支払時期を定めた規定であり,原告が相当の対価請求権を行使する上で法律上の障害となっているから,平成8年4月1日以降の実績による対価請求権は,時効消滅していない。
イ本件特許報奨取扱い規則の規定による法律上の障害(ア)平成13年11月21日に施行された本件特許報奨取扱い規則は,報奨金の支払につき,?@「営業利益基準」の算定対象期間において,有効に登録され維持されている特許であって本報奨の申請時においても登録されている特許であることを要求していること(1条(2)。支払と特許の関連性),?A本報奨の申請対象となる会社の従業員は,「対象特27許」に発明者として記載されている者の全員としていること(2条1項
支払と発明者との関連性),?B支払金額も利益に応じた金額を定めていること(1条及び6条。利益に応じた支払金額の決定)を規定している。
このように,特許権の存在を前提に,その利益に対する貢献に応じて発明者に対して支払われるものは,その名称に関わらず,実績補償である。
(イ)本件特許報奨取扱い規則の定める報奨金の支払要件は,職務発明取扱規則(乙1の4)に基づき実績補償の計算方法を定めた細則(乙1の5)の定める要件と類似しており,両規則は,同じ思想に基づいて設計されたものであるといる。
また,実際上も,同規則の定める報奨金の額が高額であること,同規則に基づいて報奨金が支払われた発明について対価請求訴訟が提起された場合,相当対価額から同報奨金額が控除されることになることなどに照らしても,本件特許報奨取扱い規則は,実績補償としての性質を有するものであるといえる。
(ウ)本件特許報奨取扱い規則は,報奨の対象となる特許について,?@会社名義の特許であること,?A「営業利益基準」の算定対象期間において,有効に登録されている特許であって本報奨の申請時においても登録されている特許であることを規定し(1条(2)),「営業利益基準」の算定対象期間において有効に登録されている会社名義の特許が一律に報奨の対象となる旨を規定している。
また,「営業利益基準」については,本報奨申請時の前会計年度から起算して連続する過去5会計年度における被告の「対象事業」の営業利益が一定の要件を満たす基準をいうと規定し(1条(1)),その附則において,対象事業の算定期間は,1996年4月1日にさかのぼって効力を発する旨規定している。
28したがって,本件発明には,本件特許報奨取扱い規則が適用され,平成8年(1996年)4月1日以降の分は,5年に1度必ず評価した上で,その期間の実施実績によって報奨金を支給するか否かが決定されることになる。
(エ)本件特許報奨取扱い規則においては,当該特許による営業利益の額に応じて一義的に報奨額が決定される仕組みとなっているから,上記報奨額が明らかとなった時点で初めて,従業員は,職務発明の相当の対価として本来支払われるべき額に不足があるのか否かを知り得ることになる。
したがって,本件発明について,平成8年4月1日以降の分の実績に基づく対価請求は,同規則の施行日である平成13年11月21日以降に初めて可能となるのである。
(オ)以上のとおり,本件特許報奨取扱い規則は,実績補償について支払時期を定めた規定であり,原告が相当の対価請求権を行使する上で法律上の障害となっているから,平成8年4月1日以降の実績による対価請求権は,時効消滅していない。
(2)被告による消滅時効の援用は信義則に反し,許されないこと本件発明についての相当の対価請求権が時効により消滅している旨の被告の主張は,被告自らが制定した規定が不明確であるから,いつでも発明者は請求できたにもかかわらず,請求しなかったから時効であるというに等しく,不当なものである。被告に雇用されていた原告が,発明等取扱規則に基づき,被告が本件発明の実施効果を公正に認定し,褒賞金を支払ってくれるものと考えるのは当然のことであり,その額が確定する前に,使用者である被告に対し,相当対価の支払請求をすることなど考えられない。
被告は莫大な利益を享受しながら,規定の不備による不利益を発明者に負わせ,相当な対価を発明者に対して一切支払わないなどという主張は,使用29者と従業者という関係にあったことからして,信義則に反し許されない。
(3)被告の主張に対する反論ア被告は,本件特許報奨取扱い規則が,本件発明等取扱規則の流れを汲む「職務発明取扱規則」とは全く別の制度である旨主張する。
形式的に2つの制度が存在することを理由に,一方は実績補償であるが,他方は実績補償ではないなどとはいえない。
そもそも,被告が職務発明取扱規則施行細則(乙1の5)を制定した時期は,平成18年4月1日であり,それ以前には,本件特許報奨取扱い規則しか存在しなかった。本件では,平成13年11月に本件特許報奨取扱い規則が制定された時に,それが実績補償規程であったのか否かが問題となっているのであり,平成18年になって上記細則が制定されたからといって,本件特許報奨取扱い規則が実績補償を定めた規程であることが否定されるものではない。
本件特許報奨取扱い規則が実績補償の性質を有する以上,両者は補完関係にあり,むしろ,医薬品に関する特許発明等,実績補償額が高額になるものについては,何より本件特許報奨取扱い規則によって実績補償がされることになるのである。
イ被告は,アンプラーグを含む医薬品事業を,平成11年9月30日に三菱ウェルファーマに対して譲渡しているため,平成13年11月21日に施行された本件特許報奨取扱い規則にいう「対象事業」が,被告には存在しない旨主張する。
しかしながら,同規則の附則によれば,アンプラーグ事業が,上記「対象事業」に該当することは明らかである。
そもそも,三菱ウェルファーマは,被告の事業戦略上の要請から,医薬品事業を行う完全子会社として分社化されたことに伴い,アンプラーグ事業を被告から譲り受けたのであり,法人格こそ異なるものの,被告の一事30業部門であることには変わりない。
また,被告は,上記医薬品事業の譲渡後も,本件特許権1及び同2を保有し,三菱ウェルファーマからライセンス収入等を得ている。特許権を保有して実施許諾料を得ること自体,同規則にいう被告の「事業」にほかならない。
したがって,アンプラーグ事業は,被告の事業であり,本件特許報奨取扱い規則にいう「対象事業」に該当する。
ウ本件特許報奨取扱い規則は,その頭書において,「会社の事業収益に大きく貢献した特許に係る発明者個人を報奨する」と明記している。
会社の収益に大きく貢献したといえるか否かは,当該発明内容いかんによるのであって,その発明者が現に従業員であるか退職者であるかとは全く関係がない。
同規則は,支給対象となる発明者について,2条1項で,「本報奨の申請対象となる会社の従業員は,「対象特許」に発明者として記載されている者の全員(以下「対象発明者」という。)とする」と規定し,同条2項では,「前項の「対象発明者」は,当該「対象特許の発明当時において「会社」に在籍することを要するが,本報奨の申請時において「会社」の従業員であるか退職者(懲戒免職者を除く。)であるかを問わない。ただし,本報奨の確定日において生存していることを要し,また,6条に基づき報奨金が支払われる5年間の途中において死亡した場合には,死亡時の翌年以降の報奨金は支払われ得ないものとする。」と規定している。すなわち,本件特許報奨取扱い規則は,支給対象となる発明者について,?@発明当時に被告に在籍し,?A報奨の確定日に生存していることを要件としているにすぎず,施行時に被告に在籍することを要件とはしていない。
むしろ,支払対象となる特許についての「特許選定基準」において,?@「会社」名義の特許であること,?A「営業利益基準」の算定対象期間にお31いて,有効に登録され維持されている特許であって本報奨の申請時においても登録されている特許であることとの条件が挙げられ(1条(2)),この条件を満たす特許であれば,報奨の支払対象としていることから(すなわち,本件特許報奨取扱い規則が施行された後に出願された特許発明に限らず,施行前の発明であっても報奨の対象としていることから),発明者についても施行時の在職者に限定していないことが明らかである。
実際,被告は,本件特許報奨取扱い規則の施行前に退職した者に対しても,同規則に基づく報奨金を支払っている。
よって,本件特許報奨取扱い規則が求める各条件を満たす特許を発明した従業員であれば,同規則施行時に既に退職していても,同規則の適用を受けるのである。
エ被告は,特許法35条により生じる職務発明の相当の対価請求権は単一の権利であるとして,対価請求権の消滅時効が1年ごとに完成するとの原告の主張は失当である旨主張する。
しかしながら,特許法35条は,職務発明者が相当の対価の支払を受ける権利を有すると規定するのみであり,当該権利が単一の権利である旨定めているわけではない。対価請求権は,抽象的な権利としては単一であっても,それに基づく具体的な請求権は,それぞれ個別に発生するのであり,被告の主張は失当である。
第4当裁判所の判断当裁判所は,本件事案の内容に鑑み,まず,争点2(消滅時効の抗弁)から判断する。
1職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させる旨を定めた勤務規則等がある場合においては,従業者等は,当該勤務規則等により,特許を受ける権利等を使用者等に承継させたときに,相当の対価の支払を受ける権利を取得する(特許法35条3項)。対価の額については,同条4項の規定があ32るので,勤務規則等による額が同項により算定される額に満たないときは同項により算定される額に修正されるのであるが,対価の支払時期についてはそのような規定はない。したがって,勤務規則等に対価の支払時期が定められているときは,その支払時期によるものと解するのが相当であり,勤務規則等の定めによる支払時期が到来するまでの間は,相当の対価の支払を受ける権利の行使につき法律上の障害があるものとして,その支払を求めることができないというべきである。そうすると,勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価の支払時期に関する条項がある場合には,その支払時期が相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となると解するのが相当である(最高裁平成15年4月22日第三小法廷判決・民集57巻4号477頁参照)。
特許法35条3項に基づく相当の対価の支払を受ける権利は,同条により認められた法定の債権であるから,権利を行使することができる時から10年の経過によって消滅する(民法166条1項,167条1項)。
2消滅時効について(1)前記当事者間に争いのない事実等に記載のとおり,本件発明等取扱規則には,従業員が職務発明をした場合は,その職務発明につき特許を受ける権利を被告に譲渡しなければならないこと(5条),被告は,職務発明についての出願がされた場合及び当該出願につき特許権の設定登録がされた場合は,その職務発明をした従業員に対し,補償金を支給すること(8条),被告が,特許権等に係る発明等を実施し,その効果が顕著であると認められた場合その他これに準ずる場合は,被告は,その職務発明をした従業員に対し,褒賞金を支給すること(9条),これら補償金及び褒賞金の金額は,別に定める基準に基づき,補償金については特許部長が,褒賞金については社長が,それぞれこれを決定すること(10条)などが定められている。
以上によれば,本件発明等取扱規則は,被告が従業員のした職務発明につ33いて特許を受ける権利を承継したときは,その発明をした従業者に対し,その対価として出願補償,登録補償,実績補償を支払うこと,このうち,出願補償の支払時期については出願した時点,登録補償の支払時期については特許権の設定登録がされた時点とすることを定めているものと認められる。
他方,本件発明等取扱規則は,実績補償については,被告が,「特許権等に係る発明等を実施し」,「その効果が顕著であると認められた場合その他これに準ずる場合」に,その職務発明をした従業員に対し支給すると定めている(9条)。実績補償の支払時期が発明の実施の効果が顕著であることの認定といういわば被告の意思いかんによって左右されると解することは相当でないから,上記規定は,実績補償の支払時期を特許権等に係る発明等の実施開始時(「特許権等に係る発明等を実施し」と規定されていることから,特許発明の実施開始時,又は特許権の設定登録時のいずれか遅い時点)と定めているものと解するのが相当である(「その効果が顕著であると認められた場合その他これに準ずる場合」とは,支払時期を定めたものではなく,支給の要件を定めたものと解すべきである。)。このように解することによって,被告においては,特許権の設定登録がされた発明が実施された場合,自発的に又は従業者からの請求を受けて,実施の効果が顕著であると認めたときに実績補償の支払をし,一方,従業者においては,支払額に不足があると考えれば,特許法35条3項に基づく相当の対価の不足額を請求することにより,被告と従業者との利害の調整を図ることができるといえる。
(2)前記当事者間に争いのない事実等に記載のとおり,本件発明1の出願日は昭和56年8月20日,設定登録日は昭和63年11月10日であり,本件発明2の出願日は平成元年5月18日,設定登録日は平成6年4月11日であり,本件発明1及び同2の実施開始日は,平成5年10月7日である。
そうすると,本件発明等取扱規則により,本件発明1についての相当の対価の支払時期は,出願補償については出願時である昭和56年8月20日と34なり,登録補償については設定登録時である昭和63年11月10日となり,実績補償については,設定登録日よりも実施開始時の方が遅いため,実施開始時である平成5年10月7日となり,上記の各時点が消滅時効の起算点となる。また,本件発明2についての相当の対価の支払時期は,出願補償については出願時である平成元年5月18日となり,登録補償については設定登録時である平成6年4月11日となり,実績補償については,設定登録日の方が実施開始時よりも遅いため,設定登録日である平成6年4月11日となり,上記の各時点が消滅時効の起算点となる。
なお,弁論の全趣旨によれば,被告は,原告に対し,昭和56年11月末日ころまでに,本件発明1の出願時補償金として1200円を,平成元年2月末日ころまでに,本件発明1の登録時補償金として3600円をそれぞれ支払ったことが認められるから,本件発明1に係る出願補償,登録補償についての消滅時効の進行は各支払によりそれぞれ中断し,上記各支払があった時点から再度消滅時効が進行を開始した。
(3)そうすると,原告の本件発明1に係る相当の対価請求権及び本件発明2に係る相当の対価請求権は,いずれも,原告が,被告に対し,その履行を催告した平成19年2月1日(甲7の1,弁論の全趣旨。なお,本件訴えは,同催告から6か月以内の同年5月18日に提起された。)までに,その時効起算点から既に10年以上が経過しており,消滅時効が完成したというべきである。
被告は,原告に対し,平成19年2月13日ころ,消滅時効を援用する旨の意思表示をしたことが認められるから(甲7の2・3),原告の本件発明1に係る相当の対価請求権及び本件発明2に係る相当の対価請求権は,いずれも時効により消滅した。
(4)原告は,本件発明等取扱規則9条は,発明を実施し,当該発明の効果が顕著であることを実績補償の支払要件としているから,発明の実施後売上げ35に対する発明の効果が顕著であるか否かを判断するために必要な期間(実施後5年間,あるいは,少なくとも各年度ごとの実績に相当する分につき当該年度末)が経過した時点を実績補償の支払時期と定めたものである旨主張する。
しかしながら,本件発明等取扱規則9条の文言に照らし,同条項が,実績補償の支払時期を,「実施後売上げに対する発明の効果が顕著であるか否かを判断するために必要な期間」(実施後5年間又は各年度ごとの実績に相当する分につき当該年度末)が経過した時期とすることを定めたものであると解することはできない。すなわち,上記条項を原告が主張するように解釈し,実施後5年間又は各年度ごとの実績に相当する分につき当該年度末が経過するまで支払期日が到来しないとすることは,その時点まで従業者等が対価を請求することができないということを意味するのであり,本件発明等取扱規則9条の文言からは,そのような解釈を導くことはできない。原告は,その主張の根拠として,本件特許報奨取扱い規則及び職務発明取扱規則施行細則(乙1の5)を挙げる。しかしながら,本件発明等取扱規則は,昭和48年9月1日から施行され,昭和55年1月1日から一部改定・施行されたものであるのに対し,本件特許報奨取扱い規則は平成13年11月21日から施行されたものであり,職務発明取扱規則施行細則は平成18年4月1日から施行されたもの(実績時補償金については,平成17年4月1日以降に出願がされた職務発明にさかのぼって適用され,同年3月31日までに出願がされた職務発明については適用されない。)であるから,本件特許報奨取扱い規則や職務発明取扱規則施行細則があるからといって,直ちに,これらの規定を前提に,これらの規定との整合性を考慮して本件発明等取扱規則の条項を解釈すべきであるとはいえない。
(5)原告は,本件発明の実施開始時(アンプラーグの発売時)において,一従業員にすぎない原告が,本件発明の実績やその効果が顕著であるか否かを36把握して,相当の対価の請求をすることは不可能である旨主張する。
しかしながら,職務発明について特許を受ける権利を使用者に承継させた場合に従業者が取得する相当の対価請求権は,承継の時に発生するものであり,その相当の対価の額は,「発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して」定められるものであって(特許法35条4項),一定程度の不確定要素が伴わざるを得ないとしても,相当の対価請求権の発生時において,客観的に見込まれる利益の額として「使用者等が受けるべき利益の額」を算定することは可能であり,まして,特許権の設定登録がされた発明が実施された時点以降においては,既に実現化されている発明の実施の状況等を具体的に勘案して,「使用者等が受けるべき利益の額」を推計することができるというべきであるから,原告の上記主張は理由がない。
(6)原告は,本件発明等取扱規則の規定(9条)が不明確であるために,被告が実施による効果を認定し,褒賞金を支払ってくれるものと信じて,あえて相当の対価請求権を行使しなかった原告に対し,このような規定を設けた被告が消滅時効を援用することは信義則に反し,許されない旨主張する。
上記条項の文言は,褒賞金(実績補償)の支払時期について(支払時期を定めたものであるか否かについても含め)やや明確さを欠くものではあるものの,原告が主張するように,実施後5年間又は各年度ごとの実績に相当する分につき当該年度末が経過するまで支払期日が到来しないことを定めた規定であると誤認させるようなものであるとはいえず,本件発明の実施後,消滅時効の期間が経過するまでの間に,被告に実績補償の請求をすることを思い止まらせるようなものであったということはできないから,原告の上記主張も理由がない。
3本件特許報奨取扱い規則について(1)原告は,本件特許報奨取扱い規則は実績補償について支払時期を定めた37規定であり,原告が相当の対価請求権を行使する上で法律上の障害となっている旨主張する。
前記当事者間に争いのない事実等に記載のとおり,原告は,平成8年3月31日に,被告を退職し,さらに,平成9年6月27日に,被告の理事を退任した者である。他方,本件特許報奨取扱い規則は,平成13年に制定され,同年11月21日から施行されたものである(甲9,乙7)。
上記事実に照らせば,仮に,本件特許報奨取扱い規則中に,実績補償について支払時期を定める規定が含まれていると解し得るとしても,同規則が制定・施行されたのは,既に原告が被告を退社し,あるいは,遅くとも,被告の理事を退任した後のことであるから,少なくとも,同規則中の支払時期の定めが原告に適用されることはないものと解される。
すなわち,本件発明等取扱規則によれば,本件発明1及び同2についての実績補償の支払時期は,特許発明等の実施開始時又は特許権の設定登録時のいずれか遅い時点であるとされていると解すべきことは既に説示したとおりであり,原告の主張によれば,その支払時期が本件特許報奨取扱い規則によって,後の時期に延長されることになる。このような支払時期の延長は,消滅時効の起算点を遅らせるという点では従業者等に有利である反面,従前の規定では行使が可能であった従業者等の権利について,使用者等に期限の利益を与えるものである点においては従業者等に不利な定めであり,当該従業者が退職した後に使用者が一方的に上記のような定めを設けたからといって,使用者が,従前の規定によれば,既に期限が到来している対価請求権を行使してきた退職者に対し,期限の利益を主張して支払を拒み得ると解することができないことは明らかである。このような定めが従業者と使用者との法律関係の内容となるものと解することはできない。
なお,原告は,被告が本件特許報奨取扱い規則の施行前に退職した者に対しても,同規則に基づく報奨金を支払った例があることを,原告に対して同38規則が適用されることの根拠として挙げる。しかしながら,被告による上記支払は,本件特許報奨取扱い規則に基づく報奨金の性質によっては,その支払を受けた元従業員との間で,時効の中断事由,あるいは,信義則上,消滅時効の援用権を喪失する事由となり得るものであることは格別,原告と被告との間で,本件特許報奨取扱い規則中の支払時期の定めが原告に適用されることの根拠となるものではない。
(2)仮に,本件特許報奨取扱い規則が実績補償を定めた規定であると解し,かつ,本件特許1及び同2が同規則に基づく報奨の候補となる特許に該当し得るとしても,前記当事者間に争いのない事実等によれば,同規則は,「特許選定基準」を満たす特許について必ず報奨金を支払うことを内容とするものではなく,当該特許の「対象事業」の所管部門が,当該特許の「対象発明者」について報奨の申請をした場合に(なお,同規則において,上記所管部門は必ず報奨の申請をしなければならないと規定されてはおらず,「報奨の申請を毎年10月1日付にて行うことができる。」と規定されている(第3条1項)。),社内選考委員会と社外選考委員会とから成る選考委員会における審査を経て,その判断により報奨金が支払われるか否かが決定されることなどを内容とするものであるから(第5条1項ないし3項),被告が本件特許報奨取扱い規則を制定・施行したことをもって,被告において,既に支払時期が到来し,消滅時効の進行が開始していた本件発明に係る相当の対価の支払債務を承認したものである(時効中断事由に当たる,あるいは,信義則上,消滅時効の援用権を喪失する事由に当たる)ということはできない。
4よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の本訴請求は,理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
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