運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 無効2003-35031
関連ワード 独占的使用 /  先願主義 /  指定商品 /  公序良俗(4条1項7号) /  ただ乗り(フリーライド) /  権利濫用(権利の濫用) /  国内 /  警告 /  差止 /  外国 /  継続 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 16年 (行ケ) 108号 審決取消請求事件
原告 株式会社インディアンモトサイクルカンパニージャパン
訴訟代理人弁護士 佐藤雅巳,古木睦美
被告 東洋エンタープライズ株式会社
訴訟代理人弁理士 野原利雄
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/12/08
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が無効2003-35031号事件について平成16年2月24日にした審決を取り消す。」との判決。
事案の概要
本件は,原告が,後記本件商標の商標権者である被告に対し,商標法4条1項7号に違反して登録されたものであるとして,本件商標登録を取り消すことを求める審判の請求をしたところ,審判請求は成り立たないとの審決がされたため,同審決の取消しを求めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯 (1) 本件商標 商標権者:被告(東洋エンタープライズ株式会社) 本件商標:「インディアンモーターサイクル」のカタカナ文字を横書きしてなるもの 指定商品:平成3年政令第299号による改正前の商標法施行令別表の商品区分第17類「被服,その他本類に属する商品」 登録出願日:平成3年11月5日 設定登録日:平成6年3月31日 登録番号:第2634277号 (2) 本件手続 審判請求日:平成15年1月30日(無効2003-35031号) 審決日:平成16年2月24日 審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」 審決謄本送達日:平成16年3月12日(原告に対し) 2 審決の理由の要旨 (以下,理解の便宜上,審判手続における証拠番号の前には「審判」を付し,「請求人」は「原告」,「被請求人」は「被告」と読み替え,固有名詞が初出する場合は正式名称で表記するなどした。) (1) 審決は,商標法4条1項7号に関する原告の主張について,以下のとおり,判断した。 「(ア) 原告の主張並びに提出した審判甲2ないし5によれば,インディアン・モトサイクル・カンパニー(判決注:以下「旧インディアン社」という。)は,1901年(明治34年)にマサチューセッツ州スプリングフィールドに設立されたオートバイのメーカーであり,1953年(昭和28年)操業を停止し,後に解散したことが認められる。そして,過去において,旧インディアン社の使用していた「Indianロゴ」,「ヘッドドレスロゴ」等の商標が,同社のオートバイに使用された結果,米国,ヨーロッパ,日本において需要者の間に広く認識され,周知著名性を獲得するに至っていたことを否定することはできない。 しかしながら,旧インディアン社は,1953年に操業を停止し,後に解散しており,その後において営業活動(製造,販売)を行っていたものとは認め得ないから,旧インディアン社が使用していた「Indianロゴ」,「ヘッドドレスロゴ」等の商標の周知著名性は,過去において高い水準にあったとしても,解散後38年を経過した,本件商標の登録出願時には,消滅していたに等しいというべきであり,混同を生ずる営業主体(出所)そのものが存在しないから,本件商標は旧インディアン社との関係において,社会の商取引の秩序を乱すものと認めることはできない。 (イ) 原告の主張並びに提出した審判甲6及び7によれば,P1(判決注:以下「P1」という。)は,平成2年6月26日,かつて旧インディアン社が存在していたマサチューセッツ州スプリングフィールドに,インディアン・モトサイクル・カンパニー・インク(判決注:以下「ザンギインディアン社」という。)を設立し,前記の旧インディアン社を復活し,「Indian」のオートバイの復活製造及び「Indianロゴ」や「ヘッドドレスロゴ」等を使用した「Indian」ブランドのアパレルやアクセサリー等のマーチャンダイジングビジネスを開始した旨の記事が米国の一般紙「THE DAILY NEWS」1991年(平成3年)7月1日号(審判甲6)及び「USA TODAY」同年7月1日号(審判甲7)により,報じられた事実は認められる。 しかしながら,ザンギインディアン社がこの報道以前に「Indianロゴ」,「ヘッドドレスロゴ」等の商標を使用していた事実は認められない。そして,かかる報道がなされたのは1991年7月1日であり,本件商標の登録出願は,その4か月後である1991年11月5日であるから,この報道のみで,本件商標の登録出願時に,「Indianロゴ」,「ヘッドドレスロゴ」等の商標がオートバイ,アパレル,アクセサリー等の商品について,サンギインディアン社の業務に係る商品として広く認識されていたものとは認められない。 (ウ) 原告の主張並びに提出した審判甲10,11,12の2,13によれば,コンセプト・デザイナーであるP2(判決注:以下「P2」という。)は,我が国において,平成5年6月3日,株式会社インディアンモトサイクルカンパニージャパン(原告)を設立し,代表取締役に就任したこと(審判甲13),そして,P1は,P2に「Indian」ブランドのビジネス,「インディアン商標」の出願,登録,ライセンスを含め,日本での権利を譲渡したこと(審判甲10及び12の2),さらに,P2は,日本に登録出願した「インディアン商標」を原告に譲渡したこと(審判甲11)が認められる。 しかしながら,旧インディアン社とザンギインディアン社とが何らかの関係を有しているものと認め得る証左は見当たらないから,P1は,過去において旧インディアン社が使用していた「Indianロゴ」,「ヘッドドレスロゴ」等の商標を単に採択したものといわざるを得ない。そうとすれば,原告は,P2が「インディアン商標」を日本において出願登録した商標権の譲渡を受けた者であるにすぎず,原告が,唯一の「インディアン商標」の独占的使用権者であるということはできない。 (エ) 繊研新聞及び日経流通新聞(いずれも平成5年7月24日付)において,原告が「Indian」ブランドの輸入,ライセンスビジネスの展開を開始する等の内容の記事が報じられたこと(審判甲16,17),「インディアン商標」に関して,株式会社マルヨシ(判決注:以下「マルヨシ」という。)が平成6年5月に展示会を開催し,販売を開始したこと(審判甲21),同じく,マルヨシ及び株式会社サンライズ(判決注:以下「サンライズ社」という。)の輸入に係るバッグ,Tシャツ,トレーナー等及びサンライズ社の製造に係るTシャツ等が平成6年に雑誌等で広告されたこと(審判甲24,25),同じく,西澤株式会社(判決注:以下「西澤社」という。)が平成7年から平成8年にかけて展示会を開催するとともに,同社の製造販売に係る革製ジャケットなどの広告宣伝を行ったこと(審判甲31ないし40),その他の使用の事実(審判甲19,20,76ないし193)等よりすれば,原告をはじめとする前記各社が「インディアン商標」を使用している事実は認め得るものである。 しかしながら,前記の証拠は,本件商標の登録査定時(平成5年7月16日)以降の証左であって,本件商標の登録査定時に,原告をはじめとする前記各社が使用する「インディアン商標」が,同人らの業務に係る商品標識として周知であったとまで認めることはできない。 (オ) 原告は,平成8年7月22日付繊研新聞に,「インディアンモトサイクル商標」が原告の登録商標であり,類似品の出現など侵害行為には法的措置も辞さない旨を付記して新規ライセンシーの募集広告をしたこと(審判甲41),また,平成8年9月に東京地裁に商標権侵害差止の仮処分申請をし,同年12月仮処分決定が出されたこと(審判甲42),被告は,仮処分決定が出された後も,「インディアン商標」を使用した革製ジャケットやTシャツ等の輸入,製造,販売,広告を継続していたこと(審判甲47,48,58ないし75),被告が出願登録している商標中には,海外ブランドを意図して採択されていると推認されてもやむを得ない商標が見られること(審判甲1)は,原告主張のとおりである。 しかしながら,被告が「インディアン商標」を原告からの警告,仮処分命令後も使用を継続したこと,被告が出願登録している商標中には,海外ブランドを意図して採択されている商標が見られるとしても,これらの事実が,市場を撹乱させ,原告の業務を妨害しているものと直ちに断定することはできない。」 (2) 審決は,以下のとおり,結論付けた。 「本件商標は,「インディアンモーターサイクル」の文字よりなるところ,前記したとおり,@本件商標は,解散後38年を経過した旧インディアン社との関係においては,社会の商取引の秩序を乱すものと認めることはできず,A本件商標の登録出願時,登録査定時のいずれにおいても,「インディアン商標」は,原告ほか,サンライズ社,マルヨシ及び西澤社の業務に係る商品標識として広く認識されたものとは認められず,B原告が唯一の「インディアン商標」の独占的使用権者であるということはできず,C被告が「インディアン商標」を原告からの警告,仮処分命令後も継続使用していたり,さらには,被告が出願登録している商標中には,海外ブランドを意図して採択されている商標が見られるとしても,それをもって直ちに原告の業務を妨害しているものとは断定することができないものである。 してみれば,本件商標は,原告の「インディアン商標」を妨害し,公正な競争秩序を乱すものであり,その使用に便乗して不当な利益を得ること(フリーライド)を目的として使用されるものということはできない。また,本件商標は,原告の「インディアン商標」を冒用して採択したものとも断定することはできない。 そうしてみると,本件商標は,公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがあるものということはできない。 したがって,本件商標は,商標法4条1項7号に違反して登録されたものでないから,同法46条1項の規定により,その登録を無効とすべきでない。」
当事者の主張
1 原告の主張の要点 本件商標は,商標法4条1項7号の「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当する。本件商標が同号に該当しないとの審決の判断は,誤りであり,取り消されるべきである。
(1) 他人の業務を妨害する目的で出願し登録を得た商標は,公正な競業秩序を害するものとして,商標法4条1項7号の「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当する。
(2) 本件商標は,被告が,我が国において「インディアン」商標を用いたブランドビジネスが展開されたときに,そのブランドビジネスを妨害する目的で,出願し登録を得たものであり,公正な競業秩序を害するものであるから,公序良俗に反する商標である。このことは,以下の事実から明らかである。
(ア) 旧インディアン社がオートバイに使用した商標は,米国のみならず,日本でも著名であったところ,ザンギインディアン社は,既に消滅していた旧インディアン社がオートバイに使用していた「Indian」商標(当時,商標権は消滅していた。)にマーチャンダイジングのブランドとしての価値を新たに付与した。P2は,ザンギインディアン社から日本における「Indian」商標を使用したマーチャンダイジングビジネスの権利を取得したものであり,原告はP2の承継者である。
(イ) 被告が本件商標の出願をしたのは,米国の新聞紙上で「Indian」ブランドの復活が平成3年7月1日に報じられた4か月後の同年11月5日である。被告は,従前から,外国のブランド情報を収集していたのであるから,この報道を見て,「Indian」ブランドビジネスが日本で展開されるであろうことを予測したことは明白である。
(ウ) 原告は平成5年6月30日に設立されたが,原告が「Indian」ブランドビジネスを日本において展開することは,平成5年7月24日に繊維新聞,日経流通新聞で広く報じられた。原告は,「Indianロゴ」,「ヘッドドレスロゴ」,「『Indianロゴ』/MOTOCYCLE」,「『ヘッドドレスロゴ』/ MOTOCYCLE」等を使用した「Indian」ブランドの商品(ジャケット,シャツ,帽子,バック等)の輸入販売を行うかたわら,月刊誌「DICTIONARY」(「Indian」ブランドの顧客である若い人向けの広報誌で,若い人の間で有名な全国展開の大手専門店「ビームズ」,「シップス」,「ユナイテッド・アローズ」等の専門店(上記3店でヤングメンズカジュアルの相当大きな部分を占める。)に無料で設置されている雑誌)に平成6年1月から平成7年2月にかけて,定期的に広告をし,「Indian」ブランドの宣伝に努めた。かかる企業努力のかいあって,「Indian」ブランドは,平成6年前半には市場に浸透し,バッグについてマルヨシにライセンスをするまでになり,同年後半には一層市場に浸透した。
(エ) 被告は,本件商標をその指定商品に使用せず,「Indian」ブランドが原告により日本市場に導入され,原告が企業努力を傾注して同ブランドを日本市場に浸透させるや,それに便乗して,本件商標と同一性の範囲内にない,かつ,原告の使用する「Indianロゴ」と同一の態様の,「Indianロゴ」等の「Indian」ブランドを本件商標の指定商品であるシャツ,帽子,ジャケット等に使用して,原告やそのライセンシーの業務を妨害した。
原告は,平成7年,西澤社に対し,「Indianロゴ」等の商標を革製ジャケット等に使用するライセンスを許諾した。西澤社は,平成7年から平成8年にかけて巨額の資金を投入して広告と宣伝を行った。この結果,「Indian」ブランドはレザージャケット等のブランドとしても市場に浸透した。しかし,平成8,9年の秋冬シ-ズンに西澤社が前年の投資の成果を回収しようとした矢先,被告は平成8年の秋冬シーズンの始めから,原告の商標と同一又は酷似した標章を使用した革製ジャケット等の販売を開始した。
これらの被告の行為の結果,市場は混乱し,原告及びそのライセンシーは業務を妨害され,多大な損害を蒙った。
(オ) そこで,原告は,平成8年5月,やむなく被告を相手にして訴訟を提訴するとともに仮処分命令の申立てを行い,同年12月,同仮処分決定が発出された。被告は,仮処分決定を受けた後も,「Indianロゴ」と同一又は酷似した書体の標章を使用して,革製ジャケットやTシャツ等の輸入,販売,広告を継続した。被告は本件商標に基づき原告外2名に対し訴えを提起したが(平成8年(ワ)第14026号事件),同事件の請求は,権利の濫用に当たるとして,棄却された。
(3) 以上のとおり,本件商標は,「Indian」ブランドの日本への上陸を予想し,そのブランドビジネスを妨害する目的で出願され登録されたものであるから,公正な競業秩序を害するものとして公序良俗に反するというべきである。
2 被告の主張の要点 本件商標が商標法4条1項7号の「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当しないとした審決の判断は,正当であって,誤りではない。
(1) 被告は,昭和40年に設立された株式会社であり,現在,アメリカンカジュアル衣料専門業者としては日本最有力である。被告は,ジーンズ,ジャケット,アロハシャツ等,アメリカンカジュアル衣料全般について,多くの取引者や需要者から高い信頼と支持を得ている。原告の主な業務は,他者に商標の使用を許諾することにより利益を得るブランドビジネスである。
(2) 旧インディアン社は,1901年(明治34年)に創業され,その使用する「Indianロゴ」,「ヘッドドレスロゴ」等の商標は,米国,欧州,日本において需要者の間に広く認識され,周知著名性を獲得するに至った。しかし,旧インディアン社は,今からおよそ50年前の1953年(昭和28年)には操業を停止しており,それ以来,事業活動を行っていない。
(3) P1は,平成2年,ザンギインディアン社を設立した。P1は,旧インディアン社及びその商標に関連して,国内外200人にも及ぶ人々から金員等を詐取したとして,平成8年6月に逮捕され,実刑判決を受けた。ザンギインディアン社は,オートバイの製造はもちろん,企業本来の事業活動はおろかその準備行為すら一切せずに設立後間もなく倒産した。
(4) P1やザンギインディアン社は,旧インディアン社の商標について,日本はもとより,米国においても,権利を有しないのであるから,他者が日本において同商標及びこれを原型起源とする商標を採択・使用することを制限できないはずである。原告と被告は,旧インディアン社が存続時に使用していた商標又はそれを原型起源とする商標に関し,いずれか一方が正当な使用者で,他方が不正な使用者という関係にはない。
(5) 被告が本件商標の出願を行ったのは,平成2年終わりころに,被告の評判を知った数百人からなる米国ヴィンテージバイクの愛好家団体から,そのバイクジャケットを作るように依頼を受けたのがきっかけである。被告は,これに応じてバイクジャケットを商品化するにあたり,商標を「インディアンモーターサイクル」とすることとし,平成3年11月5日に商標登録の出願をした。本件商標をカタカナ表記としたのは,当初,ロゴデザインが決まっていなかったことから,とりあえず音表示で出願したためであり,このような出願手法は特に不自然なものではない。
被告は,本件商標が登録された後,商品の具体的な販売企画に着手するとともに,本件商標についてのカナダ国の商標権者であるカナダインディアン社と業務提携し,平成7年から,同社商品を輸入して販売を開始した。その最初の雑誌広告は,平成7年6月25日発行の「ポパイ」である。被告が当初使用していた「Indian」関連商標のすべては,カナダインディアン社から輸入した商品に元々付されていたもので,原告が使用する商標に依拠したものではない。
(6) 原告は,被告が,米国の新聞記事を見て,本件商標を出願したと主張する。
しかしながら,著名なファッション誌や衣料専門誌であればともかく,米国で発行された英字新聞を被告が日々購読しているとの原告の前提は現実離れしている。しかも,原告が根拠とする新聞記事は,P1が金員を詐取するために行った一方的な発表をそのまま記事にしたにすぎないのであって,このような根拠のない報道は,我が国における商標出願や登録の適否を左右する要因とはなり得ない。
(7) 原告は,被告が原告の商標に類似した標章を使用していると主張するが,旧インディアン社のバイクイメージや時代イメージを商品に再現しようという試みは,同社が消滅した数年後には始まっており,同様の商品を取り扱う者は,原告及び被告を含め,各国に存在する。これらの業者はいずれも旧インディアン社の商標に依拠しているのであるから,その構成や書体は必然的に近似せざるを得ない。
(8) 以上によれば,本件商標が商標法4条1項7号の「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当しないことは明らかである。
当裁判所の判断
(1) 商標法4条1項7号は「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」は商標登録を受けることができない旨規定する。ここにいう「公の秩序・・・を害する」には,商標の登録出願が適正な商道徳に反して社会的相当性を欠き,その商標の登録を認めることが商標法の目的に反することになる場合も含まれると解すべきである。しかしながら,同号は商標自体の性質に着目した規定となっていること,商標法の目的に反すると考えられる商標の登録については同法4条1項各号に個別に不登録事由が定められていること,及び,商標法においては,商標選択の自由を前提として最先の出願人に登録を認める先願主義の原則が採用されていることを考慮するならば,商標自体に公序良俗違反のない商標が商標法4条1項7号に該当するのは,その登録出願の経緯に著しく社会的相当性を欠くものがあり,登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合に限られるものというべきである(東京高裁平成14年(行ケ)第616号事件・平成15年5月8日判決(最高裁HP)参照。)。
(2) そこで,本件商標の出願の経緯について検討するに,証拠(甲3ないし5,7,8,乙3ないし6,8,9,13ないし21)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる(争いのない事実を含む。)。
(ア) 被告は,昭和40年11月に設立されたアメリカンカジュアル衣料の輸出入及び国内販売等を取り扱う株式会社であり,原告は,平成5年6月に設立された装身具,皮革製品,衣料品等の輸出入及び販売等を業とする株式会社である。
(イ) 旧インディアン社は,1901年(明治34年)にマサチューセッツ州スプリングフィールドにおいて設立され,その使用する「Indianロゴ」,「ヘッドドレスロゴ」等の商標は,米国,欧州,日本において,需要者の間で周知著名性を獲得するに至った。しかしながら,旧インディアン社は,1953年(昭和28年)に操業を停止した。
(ウ) 旧インディアン社が操業を停止した後も,旧インディアン社の商標をモチーフとして使用した商品は米国内において販売され,我が国においても,従前から,旧インディアン社の商標に因んだ商標登録がなされている。
(エ) 米国人であるP1は,旧インディアン社の復活を標榜して,ザンギインディアン社を設立し,1991年(平成3年)7月には,以下のとおり,P1が旧インディアン社を復活を計画している旨の記事が新聞紙上に掲載された。
@ 1991年7月1日付け「THE DAILY NEWS」(甲7)には,「P1は,今まさに,アメリカ史に残る伝説であるインディアン・モトサイクルを甦らせるという夢を実現しようとしている。」「P1氏は衣類やアクセサリーのビジネスで大きな成功を収めている。インディアン・Tシャツ,皮ジャン,皮パンツ,しろめ製バックル,ブーツなどの新シリーズが売り出されている。」等と記載されている。
A 1991年7月5日付け「USA TODAY」(甲8)には,「40年近くの間,製造を中止されていたインディアン・バイクが再び息を吹き返した。・・・P1の計画が順調にいけば,このクラシックの大型バイクは1993年には路上へと帰って来る。」「彼は去年そのインディアンの商標権を買い取り,アクセサリーが会社と共にテスト・マーケットをすることにした。バイヤーたちはその会社のトレードマークであるインディアンヘッドを付したTシャツや皮ジャンに飛びついたのだった。」との記載がある。
(オ) その後,P1は,旧インディアン社及びその商標に関連して,虚偽の報告書を作成するなどして,多数の投資家から金員等を詐取したとして,1996年(平成8年)6月に逮捕され,米国の連邦地方裁判所において実刑判決を受けた。また,ザンギインディアン社は倒産している。
(3) 本件商標の出願に関し,原告は,被告が上記新聞記事を見て,「Indian」ブランドビジネスが日本で展開されるであろうことを予測して,これを妨害する目的で,本件商標の出願を行ったと主張する。しかしながら,これらの記事は,一般紙上に各1回掲載されたにすぎず,被告がこれらの記事の存在を認識し,関心を持ったことを示す証拠はない。また,仮に,被告がこれらの記事に接する機会があったとしても,これらの記事の主たる内容は,P1が旧インディアン社のオートバイの製造を計画しているというにすぎず,インディアンブランドの衣服等のビジネスに触れた部分はあるものの,我が国でインディアンブランドのビジネスを行うことが時期等の情報も含めて具体的に報道されているものではないのであるから,これをもって,本件商標の出願がザンギインディアン社の業務を妨害する意図に基づくものであるとは到底推認できない。さらに,本件商標の出願当時,旧インディアン社の商標を独占的に使用する権限を有する者が存在したと認めるに足る証拠はないのであるから,被告が,上記記事に接したかどうかにかかわらず,アメリカンカジュアル衣料の取引業者として,インディアンブランドの衣料の事業を開始しようと考え,本件商標を出願したとしても,違法視すべき点は何ら存しない。
(4) 原告は,被告が本件商標を使用せず,原告が企業努力を傾注して平成6年前半ころまでに「Indian」ブランドを日本市場に浸透させるや,それに便乗して,原告の使用する「Indianロゴ」と同一の態様の「Indian」ブランドを本件商標の指定商品であるシャツ,帽子,ジャケット等に使用して,原告やその取引先の業務を妨害したと縷々主張する。しかしながら,被告が原告やその取引先の営業を妨害したとの原告の主張事実は証拠上認めることはできない。のみならず,原告が問題とする被告の行為は,本件商標の出願日より2年以上も後の,しかも本件商標とは別の標章の使用に関するものであり,原告の主張するような事実が仮に認められたとしても,本件商標の出願の経緯が著しく社会的な相当性を欠くといえるような事実を構成することは考えられない。また,原告は,被告が本件商標を使用していないことも問題とするが,これも本件商標の出願の経緯の社会的な相当性を左右する事実とはいえない。したがって,原告の主張は失当である。
(5) 以上のとおりであるから,本件商標の出願の経緯が著しく社会的相当性を欠き,登録を認めることが商標法の予定する秩序に反すると認めることはできない。
結論
以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 田中昌利
裁判官 佐藤達文