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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成20ワ34852商標権侵害差止等請求事件 判例 商標
平成17ワ25426損害賠償請求事件 判例 商標
平成16ワ25661商標権侵害差止等請求事件 判例 商標
平成18ワ5272損害賠償請求事件 平成18ワ8460損害賠償請求事件 判例 商標
平成19ワ3083先使用権確認 判例 商標
関連ワード 独占的使用 /  役務の提供 /  商標的使用 /  指定商品 /  指定役務 /  普通に用いられる方法 /  公序良俗(4条1項7号) /  4条1項10号 /  4条1項11号 /  不正競争の目的 /  権利濫用(権利の濫用) /  先使用(32条) /  観念(観念類似) /  補正 /  商標の効力 /  差止 /  信義則 /  無効審判 /  社団法人 /  同一の役務 /  先使用権 /  継続的に使用 /  継続 / 
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事件 平成 20年 (ワ) 3023号 商標権侵害排除請求事件
東京都港区<以下略>
原告H1○t1□
同訴訟代理人弁護士小川修 東京都港区<以下略>
被告U1○眞佐喜
同訴訟代理人弁護士高芝重徳
同 辻居幸一
同 佐竹勝一
同訴訟代理人弁理士苫米地正啓
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2009/03/12
権利種別 商標権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
全容
第1請求1被告は,技芸の教授及び音楽の演奏に係る役務の提供に当たり,その提供を受ける者の利用に供する免章(免状)又は演奏会プログラム若しくはパンフレットに別紙標章目録記載の標章を付する行為をしてはならない。
2被告は,技芸の教授及び音楽の演奏に係る役務の提供に当たり,その提供を受ける者の利用に供する免章(免状)又は演奏会プログラム若しくはパンフレットに別紙標章目録記載の標章を付したものを用いてその提供をしてはならない。
第2事案の概要2本件は,共に箏曲家として箏曲の家元の養子であった原告と被告との間において,家元の死亡後,家元の芸名(「U1○真佐喜」)を商標として出願し,登録を受けた原告が,家庭裁判所の許可を得て家元の芸名(上記登録商標)と1文字違い(新字体と旧字体の違い)の戸籍上の氏名(「U1○眞佐喜」)に変更した被告に対し,被告が被告の氏名と同一の標章を免状やパンフレット等に使用することが原告の上記登録商標の商標権を侵害すると主張して,商標法36条1項に基づき,その使用の差止めを求める事案である。
1前提となる事実(1)当事者等二代目のU1○真佐喜(氏名「H1○t2□」,明治36年12月10日生,以下「二代真佐喜」という。)は,山田流箏曲の家元であり,かつ,重要無形文化財保持者(人間国宝)であって,実父である初代のU1○真佐喜(氏名「U1○k1□」,明治2年10月3日生,昭和8年7月10日没,以下「初代真佐喜」という。)の跡を継いで「U1○真佐喜」を襲名し,山田流箏曲協会と真磨琴会の会主であったところ,平成8年5月11日に逝去した。(争いのない事実,乙3,24,弁論の全趣旨)原告(平成9年10月時点の芸名「H1○m1□」,大正4年4月23日生)は,箏曲家であり,昭和48年8月3日に二代真佐喜と養子縁組をしてその養子となった。(争いのない事実,甲24,乙9,弁論の全趣旨)被告(昭和35年7月2日生)は,箏曲家であり,平成3年12月18日に二代真佐喜と養子縁組をしてその養子(氏名「H1○n1□」)となり,平成18年12月5日に東京家庭裁判所において氏の変更(平成18年(家)第8689号)と名の変更(同第8690号)の許可審判がそれぞれされて,氏の変更が同月20日に確定し,同月25日に届出がされ,その戸籍上の氏名が「U1○眞佐喜」となった。(争いのない事実,乙17,19〜21,弁論の全趣旨)3(2)原告の商標原告は,別紙商標目録記載1の商標権(以下「本件商標権」といい,その登録商標を,以下「本件商標」という。)及び同目録記載2の商標権(この登録商標を,以下「関連商標」という。)を有している。(争いのない事実,甲1〜4)(3)被告の行為被告は,「U1○眞磨琴会」,「山田流箏曲U1○会」などと称する箏曲の演奏団体の会主として,箏曲の技芸の教授や演奏を行い,その「勉強会」などとして開催する演奏会において配布されるプログラムのパンフレットには,別紙標章目録記載1ないし5の標章(以下,個別に「被告標章1」,「被告標章2」,「被告標章3及び4」などといい,すべてを総称して「被告標章」という。)が記載されている。(争いのない事実,甲18〜21,弁論の全趣旨)(4)被告標章と本件商標との類否被告標章1は,「U1○眞佐喜」の文字を縦書きしてなる標章であり,被告標章2は,その標章を構成する字体を飾ったものであって,本件商標と対比すると,いずれも「真」の新字体と「眞」の旧字体の違いしかなく,被告標章1及び2は,本件商標と類似している。(争いのない事実,弁論の全趣旨)被告標章3は,「U1○眞佐喜」の文字を横書きしてなる標章であり,被告標章4及び5は,それぞれその標章を構成する字体を飾ったものであって,本件商標と対比すると,いずれも「真」の新字体と「眞」の旧字体の違いしかなく,被告標章3,4及び5は,本件商標と類似している。(争いのない事実,弁論の全趣旨)(5)家庭裁判所の審判に対する再審原告は,被告の氏の変更と名の変更に係る許可審判について,平成19年44月27日,東京家庭裁判所にそれぞれ再審(平成19年(家チ)第2号,同第3号)を申し立てたものの,平成20年3月7日にいずれも棄却され,東京高等裁判所の抗告審(平成20年(ラ)第498号)においても,同年4月30日,名の変更許可審判に関する部分が再審申立却下となり,その余の抗告が棄却された。(乙21,28,弁論の全趣旨)2争点(1)被告標章の商標的使用(2)本件商標の先使用(3)被告標章の使用と不正競争の目的(4)本件商標の登録の無効(5)原告の権利濫用第3争点に関する当事者の主張1争点(1)〔被告標章の商標的使用〕について〔原告の主張〕(1)被告は,被告標章を箏曲の演奏,箏曲の技芸の教授という役務について使用している。すなわち,被告において,上記の役務を提供するに当たり,箏曲演奏の技芸を学ぶ者又は演奏聴取者の利用に供する免章(「免状」のこと,以下同じ)又は演奏会プログラムのパンフレット(甲18〜21)などに被告標章を付し(商標法2条3項3号),あるいは,その役務の提供を受ける者の利用に供する免章又は演奏会プログラムのパンフレットなどに被告標章を付したものを用いて役務を提供している(同4号)。
(2)したがって,被告は,その提供する箏曲の演奏,箏曲の技芸の教授という役務について,被告標章を商標として使用している。
〔被告の主張〕(1)演奏会プログラムのパンフレット(甲18〜21)に被告標章が記載されていることは認める。
5しかし,被告標章の記載は,商標として記載されているものではなく,当日演奏する人物の氏名を記載したものにすぎず,演奏という役務に直接関連して使用されていない。
(2)したがって,被告における被告標章の使用は,役務出所表示や自他役務識別の機能を発揮する態様で使用されておらず,本来的な商標の使用にあたらない。
2争点(2)〔本件商標の先使用〕について〔被告の主張〕(1)本件商標「U1○真佐喜」は,二代真佐喜により,その指定役務同一の役務について,本件商標の出願以前から,不正競争の目的なく使用されており,初代真佐喜から承継されたものである。なお,由緒ある名称が代々引き継がれるに際しては,「国」と「國」,「団」と「團」のように変更されることがあるから,被告標章(「U1○眞佐喜」)と本件商標(「U1○真佐喜」)とは,「真」と「眞」の文字において異なるものの,実質的に同一であり,また,初代真佐喜は,「眞」の文字を使用していた。
(2)二代真佐喜は,被告を後継者として迎えて養子とし,被告が後継者であることを明らかにするため,平成5年3月27日,歌舞伎座において,尾上菊五郎らを迎え,「第二百回記念U1○n1□名披露目真磨琴会」として,「承継の名披露目」を盛大に催した。
そして,二代真佐喜の死亡後,弟子の多くが二代真佐喜から後継者として指名された被告に師事し,被告は,二代真佐喜の跡を継いで,これらの弟子に対し,被告標章を用いて箏曲の指導を引き続き行い,現在に至っている。
(3)したがって,被告は,二代真佐喜の有していた本件商標の先使用権を承継し,現に有している。
〔原告の主張〕(1)被告は,二代真佐喜の家元の後継者ではない。
6平成5年3月27日の歌舞伎座での「第二百回記念U1○n1□名披露目真磨琴会」は,「U1○n1□」の芸名を新たに与えられたことを世間に披露するものであって,二代真佐喜の存命する時点で「U1○真佐喜」の襲名を披露することはあり得ない。
被告は,確かに二代真佐喜の養子として迎えられ,後継者となることを期待されていたものの,遺憾ながら,その期待に反したのであり,二代真佐喜は,被告を後継者に決する意思を最後まで表示しなかった。
(2)したがって,被告は,二代真佐喜の有していた本件商標の先使用権を承継していない。
3争点(3)〔被告標章の使用と不正競争の目的〕について〔被告の主張〕(1)被告標章は,被告の氏名であり,演奏会プログラムのパンフレット(甲18〜21)は,自己の氏名を普通に用いられる方法で表示(商標法26条1項1号)しているものである。
(2)被告は,被告標章を二代真佐喜から承継して使用しているものであり,不正競争の目的(商標法26条2項)がないことは,次のとおりである。
すなわち,二代真佐喜は,実子がおらず,弟子の中にもU1○真佐喜の名を継ぐに足る才能のある者がいなかったため,山田流箏曲の名家で三代H2○s1□の二男であった被告を養子として迎え,山田流U1○派の家元の跡継ぎであることを平成5年3月27日「第二百回記念U1○n1□名披露目真磨琴会」として歌舞伎座で広く世間に披露した。二代真佐喜には,多数の弟子がいたものの,弟子の中で「U1○」を名乗ることを認めたのは被告のみであり,二代真佐喜自身が企画してその作成を指示した平成8年5月26日開催予定「芸道90周年」の演奏会のパンフレット(乙7の1・2)には,会主として,二代真佐喜と被告(「U1○n1□」)の名前が並記されていた。そもそも,家元の後継者を決めるのは,家元自身であり,山田流箏曲協会は,家元の跡7継ぎにつき何ら関与する権限を有しておらず,原告に対しても,「U1○真佐喜」の名称の使用を認めていない。また,二代真佐喜の死亡後,名取りの弟子100名以上が原告側と袂を分かって被告に師事しており,被告は,自ら「U1○眞佐喜」の芸名を使用し,多数の勉強会,研究会,U1○会,コンサート等を定期的に開催してきた(なお,勉強会,U1○会とは,弟子が普段の稽古の成果を発表する会であり,研究会とは,弟子に曲を指導し,模範演奏を行う会である。)。そして,被告は,「U1○眞佐喜」の芸名を10年以上にわたって継続的に使用し,箏曲界に「U1○眞佐喜」の芸名が定着したことから,平成18年9月21日,氏と名の変更許可を東京家庭裁判所に申し立て,これが認められたものである。
(3)したがって,被告標章には,本件商標の効力が及ばない。
〔原告の主張〕(1)被告は,二代真佐喜及び同門の者の期待に反し,芸に精進することをないがしろにし,恩師である二代真佐喜を深く嘆かせ,周囲の者に「大変な人を養子にもらった」と漏らさせるほどであった。
すなわち,被告は,平成6年6月から平成7年3月まで,河東節,地歌三絃,山田流箏曲をそれぞれの権威者から学ぶ趣旨で文化庁のインターンシップ助成金を受けたにもかかわらず,山田流箏曲の稽古をすべて休み,ほかの稽古にも無断欠席を繰り返し,技芸の精進を怠って省みることがなかった。
平成7年10月に二代真佐喜が入院した後,被告自身の箏の稽古は行わず,2名の弟子に教えるのみであり,演奏会,温習会にあたっても,稽古日,下ざらいに無断欠席が多く,直前の下ざらいに1,2回出席する程度であった。
演奏会,温習会当日も,調子合わせをせず,出演時刻間際に到着することもあった。このような行状について,原告だけでなく,社団法人日本三曲協会Y1○g1□師,被告の実兄,山田流箏曲協会理事などの多くの人が再三忠告したにもかかわらず,被告は,その態度を改めなかった。真磨琴会の独立免章8発行権限の取得に際し,山田流箏曲協会理事会において,被告を真磨琴会の代表者として承認できないとした経緯について,説明をするために理事会への出席を求めたところ,被告は,これを拒否した。
そこで,原告,H1○m2□,Y2○s2□の真磨琴会代表者,被告の実兄,社団法人日本三曲協会及び山田流箏曲協会の関係者は,将来,被告を初代真佐喜及び二代真佐喜の芸風を承継する真磨琴会の代表者と認めるには,なお技芸の精進を求める必要があるので,代表者と認めるための条件を提示し,同意を得ようとしたところ,被告から黙殺されたため,平成9年9月4日,被告に対し,被告が真磨琴会及び「U1○真佐喜」の名称を使用しないように申し入れ,その名称に化体された芸風を体得しておらず,技芸の拙い被告によって,その芸風が侵害されることを防止しようとした。
ところが,被告は,平成11年,山田流箏曲協会を退会し,特許庁に被告による商標出願(商願平09-156244)に係る商標「U1○眞磨箏会/U1○眞佐喜」(以下「被告商標」という。)の登録を拒絶されたことから,関係者が知らないうちに,東京家庭裁判所に氏の変更と名の変更の許可審判を求める申立てを行い,「やむを得ない事由」があるなどと偽りの主張をし,それらの許可審判に基づき,平成18年12月25日,氏名を被告標章(「U1○眞佐喜」)のとおりに変更する届出がされた。
(2)以上のとおりであって,被告において,被告標章の使用について,不正競争の目的(商標法26条2項)があることは,明らかである。
4争点(4)〔本件商標の登録の無効〕について〔被告の主張〕(1)「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」(商標法4条1項7号)には,出願商標の構成自体につき公序良俗を害するおそれがある場合のほか,指定商品(指定役務)について商標登録を認めてその独占的使用を許すことが社会公共の利益に反し,又は,社会一般の道徳観念に反するよう9な場合も含まれる。
この観点からすると,故人の著名な氏名からなる商標について,遺族等の承諾を得ることなく当該商標を指定商品又は指定役務に登録することは,故人の氏名の名声に便乗し,指定商品又は指定役務についての使用の独占をもたらすことになり,故人の名声,名誉を傷つけるおそれがあるばかりでなく,公正な取引秩序を乱すことから,このような商標登録は,社会公共の利益に反し,公序良俗を害するおそれがある商標に該当する(なお,商標「ダリ/DARI」に関する東京高裁平成14年7月31日判決(判例時報1802号139頁,乙58),商標「ピカソ/PICASO」に関する特許庁平成12年1月6日付け審決(乙62),商標「チャップリン」に関する特許庁平成14年3月19日付け審決(乙66),商標「福沢諭吉」に関する特許庁平成17年5月31日付け審決(乙67),商標「野口英世」に関する特許庁平成18年5月30日付け審決(乙68)など参照)。
(2)原告は,人間国宝であった故人の二代真佐喜の著名な芸名からなる本件商標について,箏曲の教授や演奏を含む「技芸の教授・音楽の演奏」との指定役務について商標登録出願をしたものの,遺族の承諾を得ていないため,この出願が商標法4条1項7号に該当することは,特許庁の平成11年4月27日付け拒絶理由通知書(乙14の1)に指摘されている。
この拒絶理由通知に対し,原告は,平成11年5月25日付け手続補正書(甲24)及び同日付け意見書(甲25)において,原告自らが筆頭者である戸籍謄本のみを提出し,被告との養子縁組の記載された二代真佐喜(「H1○t2□」)を筆頭者とする改製原戸籍の謄本(乙3)を提出せず,被告が遺族であった事実を特許庁に秘匿して,同年8月27日に本件商標の登録を得た。もちろん,被告は,当時,原告が本件商標の登録を行ったことを知らず,これを承諾したこともない。
(3)このように,原告による本件商標の登録は,遺族である被告の承諾を得る10ことなしに本件商標を出願し,被告が遺族であった事実を特許庁に秘匿して登録を得たものであり,著名な二代真佐喜の名声に便乗し,指定役務についての本件商標の使用を独占することにより,その名声,名誉を傷つけるおそれがあるから,公正な取引秩序を乱すことが明らかである。
したがって,本件商標の登録は,「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」(商標法4条1項7号)に該当し,商標無効審判により無効にされるべきものと認められるから(同法46条1項1号),原告は本件商標権を行使することができない(同法39条,特許法104条の3第1項)。
(4)原告の主張について原告は,被告による被告商標の出願(商願平09-156244)に対し,平成11年6月14日付け刊行物等提出書(甲38)を提出し,この中で被告が記載された二代真佐喜(「H1○t2□」)を筆頭者とする戸籍謄本を付してその身分関係を明らかにしたから,被告が二代真佐喜の遺族であることを特許庁に秘匿していない旨を主張する。
しかし,この刊行物等提出書(甲38)は,あくまで,被告商標の出願(商願平09-156244)の過程で特許庁に提出された書類であり,本件商標の出願(商願平10-012400)の過程で提出されたものではない。商標の出願は,出願事件ごとに特許庁の審査官によって個別に行われるから,別の出願事件において,特許庁に書類を提出したことにより,当該事件においても,書類を提出したことにはならない。また,これらの出願の審査を担当した審査官については,被告商標(商願平09-156244)の拒絶査定(甲10)と本件商標(商願平10-012400)の拒絶理由通知書(乙14の1)の記載によれば,同一の担当者ではない。
むしろ,原告は,被告商標の出願過程では,上記の戸籍謄本を提出したにもかかわらず,特許庁から遺族の承諾の有無を指摘された本件商標の出願過程では,同じ謄本を提出しなかったものであり,被告が遺族であることを特11許庁に秘匿していたことが明らかである。
また,原告は,山田流箏曲協会においては,家元承継や独立免章発行を承認した事例があり,また,真磨琴会の代表者となるための条件を被告が拒否したため,本件商標が真磨琴会の芸風を承継する後継者を育成するとの目的にのみ使用されるから,社会公共の利益に反し,公序良俗を害するものでない旨主張する。
しかし,真磨琴会又は山田流箏曲協会は,「U1○真佐喜」の芸名について,いかなる権利も有していない。
つまり,二代真佐喜が会長を務めていた「真磨琴会」においては,真磨琴会が家元の承継や「U1○真佐喜」の芸名に関する決定を行うことはなく,これらは家元が自ら決定すべき事項であって,弟子の親睦団体としての真磨琴会が権利を有するものではなかった。また,二代真佐喜の死亡後,原告(H1○m1□),H1○m2□及びY2○s2□によって設立された新「真磨琴会」は,平成9年2月に山田流箏曲協会から独立免章発行を承認されたことが認証され(甲5)ているものの,会長は家元とは無関係に理事から互選され,さらに原告を含む3名の者が規約に規定のない代表者を称しているのであって,二代真佐喜が会長であった旧「真磨琴会」とは性質の異なる団体である。そして,山田流箏曲協会は,山田流の箏曲家の親睦団体であって,家元の後継者を決める権限はなく,二代真佐喜の芸名の使用権限を付与する立場にもない。そもそも,二代真佐喜は,自らの名前で免章を発行していたものであり,旧「真磨琴会」が山田流箏曲協会から免章発行権限を付与されていたのではない。他方,新「真磨琴会」は,真磨琴会として免章を発行するのであって,「U1○真佐喜」の名前で免章を発行する権限があるのではない。
〔原告の主張〕(1)初代真佐喜は,山田流箏曲界の伝統技芸を深めるとともに,真磨琴会を創立して会主となり,さらなる技芸に精進した結果,その芸風を確立し,二代12真佐喜を含め,後進の者を育成した偉大な人物である。真磨琴会を引き継いだ二代真佐喜は,初代真佐喜の娘として,その芸風を承継して,初代真佐喜の芸風を完成させた。「U1○真佐喜」の名称は,初代真佐喜と二代真佐喜を通じて山田流箏曲の伝統を受け継ぎながら,真磨琴会を主宰し,所属する者とともに演奏活動を行い,後進の者の指導育成に生涯を捧げ,その精妙な芸風を確立した真磨琴会代表者の芸名であるから,その名称を使用するには,山田流箏曲協会の承認を受けるに足りる初代真佐喜と二代真佐喜の芸風を体得し,これを後進に伝えることができる技芸の持ち主でなければならない。
山田流箏曲協会においては,その構成団体(会派)の家元や代表者が欠けたとき,家元承継を承認した事例があり,その承認が得られずに家元が承継できなかった事例もある。また,独立免章発行を承認した事例もある。
当初,二代真佐喜の死亡後,被告を加えた3名を真磨琴会の代表者の候補者として山田流箏曲協会の理事らに相談したところ,被告は,芸風を体得しておらず,技芸も未熟であって不適当とされた。このため,次善の策として,社団法人日本三曲協会副会長のY1○g1□師が「確認書」(甲12)の案を作成し,平成9年3月にこの真磨琴会の代表者となるための条件を被告の実兄のH2○s1□師を通じて被告に提示し,同年8月13日に内容証明郵便(甲11)を送付したものの,被告は,芸の精進を拒否して調印をしなかった。
そこで,やむをえず,平成9年9月4日,真磨琴会と「U1○真佐喜」の名称を被告が使用することのないように申し入れた(甲16)。当時,被告において,初代真佐喜と二代真佐喜の芸風を会得しようとせず,技芸力も拙いまま,「U1○真佐喜」の著名性を不当に利用しようとする意図のあったことは,被告商標の出願(商願平09-156244)を同月9日にしていたことから明らかである。
被告は,このように,自ら非違の行為をあえてしながら,本件商標の登録について被告の承諾を得ていないと非難する。しかし,被告が山田流箏曲協13会と真磨琴会関係者の期待に真摯に応じさえすれば,後継者として,本件商標権を活用し得る立場にあったのであり,しかも,3年間という限られた時間内の修練で足りるものであった。
原告を含む真磨琴会会員は,初代真佐喜と二代真佐喜のまれにみる研鑽努力の精華を虚しく散らすことは許されない。そこで,真磨琴会規約が改正され,2条(目的)は,「本会は、斯道の向上発展を計り、初代および二代目U1○真佐喜師の芸風の研鑽と普及に努め、その芸風を継承する後継者の育成をすることを目的とする。」と定められた。
したがって,本件商標は,真磨琴会規約2条の目的にのみ使用され,社会公共の利益に反し,公序良俗を害するものでは決してない。
(2)原告は,被告による被告商標の出願に対し,平成11年6月14日付け刊行物等提出書(甲38)を提出し,この中で被告が記載された二代真佐喜(「H1○t2□」)を筆頭者とする戸籍謄本を付してその身分関係を明らかにした。
そもそも,原告の本件商標の出願(商願平10-012400)に係る拒絶理由の末尾には,「なお,出願人がH1○氏との関係において,本願商標を出願する正当な地位を有することを明らかにした場合は,この限りでない。」とされている。原告は,これを明らかにするため,山田流箏曲協会との関係について,「認証書」(甲5)を提出するなど,必要な補正手続等(甲24,25)をして,これが認められたものである。
(3)被告は,原告が本件商標を出願し,登録を受けることを黙示に同意しているのであり,少なくとも,同意がないと被告が主張することは,信義則に反する。
そもそも,家元制度は,家元に流儀の芸事に関する規範性,正当性を求め,流儀の同一性を保持することにある。山田流箏曲協会において,U1○派は,初代真佐喜の創設した真磨琴会を活動の拠り所としていた。箏曲眞磨琴会規14定4条は「本会は家元U1○眞佐喜師を会長とし門下を以つて組織する」とし,2条は「家元を中心として修練を重ね山田流伝統の技術を研修伝承して自らを磨き芸道の興隆に寄与せんとする」ことを目的としている。
被告が初代真佐喜,二代真佐喜の後継者候補であろうとするなら,初代真佐喜の確立し,二代真佐喜の完成した芸風を「研修伝承して」真磨琴会の中心となるべく修練を重ねる責務があった。ところが,被告は,真磨琴会本部に赴くこともせず,平成9年2月15日,「私の今後の活動のことについてですが,自分の勉強に専心したいと思っております。尚,真磨琴会としての出演は休ませていただきます。」との書信を原告に寄せ,後継者候補としての責務を意図的に回避し,その後も,真磨琴会の中心になるような育成の試みを拒み通した。
被告は,H2○家の家元の子として生まれ,芸能の人として成人したのであるから,家元の責務の基本を知っており,その行動がU1○派門下の人々の甚だしい困惑を誘ったことを容易に理解できたはずである。被告が初代真佐喜と二代真佐喜の後継者候補の責務を放擲し,「真磨琴会としての出演は休ませて」ほしいとの書信を送れば,これを受けた真磨琴会関係者が初代真佐喜と二代真佐喜の務めてきた家元としての責務をその死亡後においても引き継ぐため,その芸風を象徴する本件商標を登録し,真磨琴会の代表者が保持する措置をとるほかないことも,被告において理解し得た。改定後の真磨琴会規約2条の趣旨は,箏曲眞磨琴會規定2条の精神を初代真佐喜と二代真佐喜の死亡後の情況に適合するように言い換えたものである。
したがって,被告は,これらの情況を知りながら,あえて家元後継者候補の責務を放棄したのであり,その事態を受けて,法人でない真磨琴会としては,代表者の1人である原告が初代真佐喜と二代真佐喜の芸風を後進の者に引き継ぐ上でのやむを得ない措置の1つとして,本件商標を登録するであろうことを予見し黙示的に同意したものである。
15少なくとも,被告がこのような事情を自ら作出しながら,本件商標の登録に被告の同意がないと主張するのは,信義則に反する。
5争点(5)〔原告の権利濫用〕について〔被告の主張〕(1)被告は,平成3年12月18日,二代真佐喜の養子となり,平成5年3月27日には,歌舞伎座で行われた「第二百回記念U1○n1□名披露目真磨琴会」において,二代真佐喜の後継者として正式に指名され,公に認知された。二代真佐喜が平成8年5月11日に亡くなった後,被告は,自ら「U1○眞佐喜」の芸名を使用して定期的に演奏会を開催し,10年以上にわたってその使用を継続した。そして,被告は,「U1○眞佐喜」の芸名が定着したことから,平成18年9月21日,氏と名の変更許可を東京家庭裁判所に申し立て,これが認められたものである。
他方,原告については,箏曲界においても,U1○派内においても,原告が二代真佐喜の正当な後継者であって,「U1○真佐喜」(本件商標)の名称を受け継ぐものという共通の認識はない。また,本件商標を見て原告の行う箏曲の教授や演奏を想起するものは存在しない。
したがって,原告が本件商標に基づき自らを「U1○真佐喜」の独占的な表示主体として,正当な後継者である被告に対して権利行使することは,公正な競争秩序に反し,権利の濫用にあたる。
(2)原告による本件商標の登録は,著名な二代真佐喜の名声に便乗し,指定役務についての本件商標の使用の独占により,その名声,名誉を傷つけるおそれがあるばかりでなく,公正な取引秩序を乱すことが明らかであり,社会公共の利益に反し,公序良俗を害するおそれがある。
(3)したがって,原告による本件商標権の行使は,権利濫用として許されない。
(4)原告の主張について原告は,平成11円6月20日,平成12年6月25日,平成13年6月1624日,平成16年2月22日,同年10月2日に紫山会館(東京都千代田区<以下略>)で開催された勉強会等について,会主として,被告が「U1○眞佐喜」の芸名を使用せず,「U1○n1□」を称していた旨主張し,その根拠として,弁護士会照会に対する紫山会館からの照会回答書(甲40の3)の記載を指摘する。
しかし,弁護士会照会の内容は,「申込人名義」を確認するものであり,会場の申込人名義に本名を使用することは何ら不自然ではない。申込みに本名を用いたからといって,勉強会等において「U1○眞佐喜」の芸名を使用しなかったことの証明にはならない。
また,原告は,平成14年9月1日に大磯プリンスホテルで開催されたコンサートについて,被告が「U1○n1□」と称して会場で「U1○n1□海辺のこんさーと」との看板を掲げ,コンサートの人数が15名の出席にとどまったなどと主張する。
しかし,その根拠となる弁護士会照会に対する照会回答書(甲41の3)及びホテル担当者から提出を受けた受付簿写し(甲43)には,「U1○n1□海辺のこんさーと」については,いずれもホテル側が作成した資料に「U1○n1□」の記載が残っていたというにすぎない。被告代理人から新たにした弁護士会照会に対する照会回答書(乙81の3)によれば,ホテルとして,申込みの時点での名称と実際に行われたコンサートの名称が同一であるかは確認していないとされており,実際の名称は,当日のパンフレット(乙76)のとおり,「おことのかい5周年記念U1○眞佐喜海辺のこんさーと」である。また,受付簿写し(甲43)に記載のある「会食」と「コンサート」の欄の15名は,被告側のスタッフの人数であって,予想される観客の人数ではない。
〔原告の主張〕(1)被告は,二代真佐喜の家元の後継者ではない。
17平成5年3月27日の歌舞伎座での「第二百回記念U1○n1□名披露目真磨琴会」は,「U1○n1□」の芸名を新たに与えられたことを世間に披露するものであって,二代真佐喜の存命する時点で「U1○真佐喜」の襲名を披露することはあり得ない。
被告は,確かに二代真佐喜の養子として迎えられ,後継者となることを期待されていたものの,遺憾ながら,その期待に反したのであり,二代真佐喜は,被告を後継者に決する意思を最後まで表示しなかった。
付言すると,改定前の箏曲眞磨琴会規定2条は,「会員相互の親和を旨とし家元を中心として修練を重ね山田流伝統の技術を研修伝承して自らを磨き芸道の興隆に寄与せんとする」と厳しく規定する。初代真佐喜と二代真佐喜は,正にこの規定の精神を実践し抜いてその奥義に達した。二代真佐喜についてみれば,家元たる父初代真佐喜の芸道における自らを律することの厳しさに日夜接し,また,自らを厳しく律していたのであり,被告の怠惰な日常の様子を見て歯ぎしりし,「大変な人を養子にしてしまった」と述懐せざるを得なかった心境は,察するに余りある。それ故,二代真佐喜は,生前,被告を後継者に指定することをしなかった。仮に,二代真佐喜が生前にその意思を表示していたとすると,その社団法人日本三曲協会と山田流箏曲協会における地位からみて,意思を伝えられた人がこれらの協会の中にいないはずがないのに,いないのであり,また,被告が真磨琴会の代表者の1人となることに反対する理事もいなかったであろう。
(2)被告は,二代真佐喜の死亡後,平成16年に至るまで,芸名を「U1○n1□」と称している。
すなわち,平成11年6月20日,平成12年6月25日,平成13年6月24日,平成16年2月22日,同年10月2日に紫山会館(東京都千代田区<以下略>)で開催された勉強会等について,会主として,被告が「U1○眞佐喜」の芸名を使用せず,「U1○n1□」を称していたことは,弁護士18会照会に対する紫山会館からの照会回答書(甲40の3)により明らかである。
また,平成14年9月1日に大磯プリンスホテルで開催されたコンサートについても,被告が「U1○n1□」と称して会場で「U1○n1□海辺のこんさーと」との看板を掲げ,コンサートの人数が15名の出席にとどまっており,これらも弁護士会照会に対する照会回答書(甲41の3)及びホテル担当者から提出を受けた受付簿写し(甲43)によって明らかである。
したがって,被告が「U1○眞佐喜」の芸名を10年以上にわたって継続的に使用し,箏曲界に定着した事実はない。三代U1○真佐喜の承継については,「襲名披露」も行わず,大名跡に相応しい大舞台での演奏活動も一切行われていないのであり,社団法人日本三曲協会,山田流箏曲協会,真磨琴会に知れぬように隠れて行動していた情況をもって,箏曲界に定着しているとは到底いえない。
第4当裁判所の判断1まず,争点(1)〔被告標章の商標的使用〕について検討する。
(1)証拠(甲18〜21,乙16,54,73〜79)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア平成9年4月27日,港区芝浦港南区民センターにおいて,「U1○眞磨琴会第一回勉強会」が開催され,プログラムのパンフレット(甲18,乙16)の表書きには,被告標章2を用いて,「会主U1○眞佐喜」と記載されている。
イ平成11年6月20日,紫山会館(東京都千代田区<以下略>)において,「山田流箏曲U1○眞佐喜勉強会」が開催され,プログラムのパンフレット(乙73)の表書きには,被告標章2を用いて,「山田流箏曲U1○眞佐喜勉強会」,被告標章1を用いて,「会主U1○眞佐喜」とそれぞれ記載されている。
19ウ平成12年6月25日,紫山会館(東京都千代田区<以下略>)において,「山田流箏曲U1○眞佐喜勉強会」が開催され,プログラムのパンフレット(甲19,乙74)の表書きには,被告標章2を用いて,「山田流箏曲U1○眞佐喜勉強会」,被告標章1を用いて,「会主U1○眞佐喜」とそれぞれ記載されている。
エ平成13年10月28日,仙台市太白区中央市民センターにおいて,「山田流箏曲U1○派U1○会門下生による勉強会」が開催され,プログラムのパンフレット(乙75)の表書きには,被告標章1を用いて,「会主U1○眞佐喜」と記載されている。
オ平成14年9月1日,大磯プリンスホテルにおいて,「おことのかい5周年記念U1○眞佐喜海辺のこんさーとMASAKI U***○ CONCERT」が開催され,プログラムのパンフレット(甲20,乙76)の表書きには,被告標章5を用いて,「おことのかい5周年記念U1○眞佐喜海辺のこんさーとMASAKI U***○ CONCERT」,被告標章3を用いて,「会主U1○眞佐喜」とそれぞれ記載されている。
カ平成15年9月27日,東京プリンスホテルにおいて,「U1○会」が開催され,プログラムのパンフレット(乙77)の表書きには,被告標章4を用いて,「会主U1○眞佐喜」と記載されている。
キ平成16年10月2日,紫山会館(東京都千代田区<以下略>)において,「山田流箏曲U1○会」が開催され,プログラムのパンフレット(乙78)の表書きには,被告標章4を用いて,「会主U1○眞佐喜」と記載されている。
ク平成17年10月16日,紫山会館(東京都千代田区<以下略>)において,「山田流箏曲U1○会」が開催され,プログラムのパンフレット(甲21,乙79)の表書きには,被告標章4を用いて,「会主U1○眞佐喜」と記載されている。
20ケ被告は,平成9年,門下の弟子に「箏曲師範」を免許する免章を発行したことがあり,その免章の末尾には,被告により,「U1○眞佐喜」と記載されている。
(2)前記第2の1前提となる事実(1)及び(3)に加え,上記の認定事実を踏まえてみると,被告は,「U1○眞磨琴会」,「山田流箏曲U1○派」,「山田流箏曲U1○会」と称する箏曲の演奏団体の会主として,箏曲の技芸の教授や演奏を行っており,演奏会において配布されるプログラムのパンフレットには,プログラム中の個別の演奏者や曲目を紹介する記載とは別に,パンフレットの表書きに被告標章が表示されている。そして,箏曲のような伝統的な芸能の世界では,家元の制度に現れているように,その流儀の権威者を中心として,技芸の同一性や等質性が保たれ,対外的にまとまりのある芸能として認知されるものである。
そうすると,被告は,箏曲の演奏団体の会主として権威的な中心となる存在であり,また,各種演奏会の開催者であることが明らかであるから,被告標章について,箏曲の演奏の役務を提供するに当たり,演奏聴取者の利用に供する演奏会プログラムのパンフレットに付し(商標法2条3項3号),あるいは,演奏を聴取する者の利用に供する演奏会プログラムのパンフレットに付したものを用いて役務を提供している(同4号)ことが認められる。
また,被告は,箏曲の演奏団体の会主として,門下の弟子に免章を発行しており,その免章に被告標章と同一といえる標章を表示しているから,被告標章について,箏曲の技芸の教授の役務を提供するに当たり,箏曲演奏の技芸を学ぶ者の利用に供する免章に付し(商標法2条3項3号),あるいは,箏曲演奏の技芸を学ぶ者の利用に供する免章に付したものを用いて役務を提供している(同4号)ことが認められる。
(3)これに対し,被告は,演奏会プログラムのパンフレットにおける被告標章の記載について,商標として記載されているものではなく,当日演奏する人21物の氏名を記載したものにすぎず,演奏という役務に直接関連して使用されていないと主張する。
しかしながら,被告標章の表示は,単なる演奏者の紹介と異なって,箏曲の演奏の役務に関連して使用されているとみるべきことは上記のとおりであり,役務出所表示や自他役務識別の機能を発揮する態様で使用されているものということができるから,被告の上記主張は失当である。
(4)したがって,被告は,その提供する箏曲の演奏,箏曲の技芸の教授という役務について,被告標章を商標として使用しているものと認められる。
2次に,前記第2の1前提となる事実に,証拠(甲1〜5,10〜12,14〜16,18〜22,24,25,32の1,甲37,38,乙1,2,4,5,7の1・2,乙14の1〜乙17,19〜21,73〜79)及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。
(1)被告の生まれ等被告は,昭和35年7月2日,山田流箏曲の家元である三代H2○s1□の二男として出生し,昭和57年6月27日,兄の四代「H2○s1□」と自身の三代「H2○s3□」の襲名演奏会が国立劇場(大劇場)で開催された。
なお,被告の父の三代H2○s1□は,家庭裁判所の許可を得て,昭和41年に名を「n2□」から「s1□」に変更し(同年11月28日届出),昭和42年に氏を「H3○」から「H2○」に変更し(同年5月11日届出),「H2○s1□」を戸籍上の氏名としている。また,被告の兄の四代H2○s1□は,昭和53年7月31日に三代H2○s1□が逝去した後,家庭裁判所の許可を得て,同年9月7日に名を「s4□」から「s1□」に変更し,「H2○s1□」を戸籍上の氏名としている。
(2)被告の名披露目平成3年12月18日に被告が二代真佐喜の養子となった後,平成5年3月27日,歌舞伎座において,「第二百回記念U1○n1□名披露目真磨琴22会」が催された。その演奏プログラムのパンフレット(乙1)の表紙から2枚目には,次のとおり記載されている。
「ごあいさつ U1○真佐喜父初代U1○真佐喜が創立致しました真磨琴会も、皆様方のご後援のお蔭で今回は第二百回記念演奏会を催す運びとなりました。
特に今春は皇太子様のご成婚というおめでたいニュースに日本中が沸き立っていますが、この好機に同じ山田流のH2○家から迎えましたU1○n1□の名披露目を兼ねた演奏会が催せますこと、誠に有り難いことに存じます。
なお、今回は従来にも増して、七百名以上の演奏者がご出演下さいましてお祝い下さいますことは、感謝の極みでございます。その中には広島の島原帆山先生、大阪の菊原初子先生お二方のように、卒寿を越された人間国宝が遠方からご来駕下さるなど、恐縮の至りに存じます。更に、歌舞伎の尾上梅幸丈、菊五郎丈には、立方として錦上花を添えて下さいますこと、御礼の申し上げようもございません。
つきましては、大勢の演奏家の皆様、客席の皆様に対し、不行き届きのことがありはしないかと案じられますが、その節はご寛容の程願い上げます。
終わりに、U1○n1□のこと、何卒私同様末長く宜敷くお引き立ての程願い上げます。
本日はご多忙をお繰り合わせご来場下さいまして、誠に有り難く御礼申し上げます。
平成五年三月二十七日 」なお,この演奏会に先立つ「舞踊藝術」平成5年3月号(25巻2号6頁,乙4)には,次のとおりの記載がある。
「山田流U1○眞佐喜師後継者U1○n1□さん近世の名人、初代s1□師を曾祖父に持ち、山田流の名家H2○に昭和35年、
23三代s1□の次男として生まれた。父亡き後、s3□として、兄四代s1□と共にH2○会をささえ、今日に至っている。この度、同山田流の名門、人間国宝・U1○眞佐喜師の後継者として迎えられ、箏曲会のホープとして大いに嘱望され、益々の活躍が期待されている。3月27日(土)10時30分、歌舞伎座に於いて、継承の名披露目の会を開催する。箏曲会のトップの人達が多数祝演し、演劇界からも、尾上梅幸、菊五郎らが出演、門出を祝う。
(広告参照)。 」また,「演劇界」平成5年3月号(162頁,乙5)には,次のとおりの記載がある。
「眞磨琴会二百回記念公演人間国宝で芸術院会員でもあるU1○真佐喜が主宰する琴の眞磨琴会が、
三月二十七日(土)十時半、歌舞伎座で二百回を記念した公演を行います。
今回はU1○n1□継承の披露でもあり、n1□が『三番叟』を演奏するのをはじめ、菊原初子、中田博之、島原帆山、Y1○g1□ほか三曲界の錚々たるメンバーが総出演する演奏会。また、尾上梅幸が『月づくし』尾上菊五郎が『桜の宿』を踊り、花を添えます。
〔省略〕 」(3)二代真佐喜逝去直後の演奏会平成8年5月11日に二代真佐喜が逝去した後の同月26日,福島県文化センター(大ホール)において,「U1○真佐喜芸道九十周年記念真磨琴会全国大会」が催された。
この演奏プログラムのパンフレット(乙7の1・2)には,日時,場所,開催名,後援者の記載された頁に,「主催真磨琴会」,「会主U1○真佐喜U1○n1□」と表示され,巻頭の頁には,二代真佐喜から,「ご挨拶」として,開催に当たっての謝意,福島の地との由縁の説明,賛助出演者の紹介,関係者への御礼などが述べられているものの,被告に関する言及はない。
24(4)平成9年から平成10年までの動向ア平成9年2月12日,原告(H1○m1□),H1○m2□(原告の養子,氏名「H1○h1□」)及びY2○s2□の3名は,真磨琴会の代表者として,山田流箏曲協会に対し,独立免章発行の申請を行い,同月中に山田流箏曲協会から,独立免章発行の権限を承認された(甲5)。
イ平成9年3月,原告(H1○m1□),H1○m2□及びY2○s2□の3名を代表者とする真磨琴会は,H2○s1□氏を通じて,被告に対し,次のような「確認書」(甲12)を提示した。
「 確認書以下は、U1○家・H2○家との話合いによる申し合せの確認である。
(1) 二代U1○真佐喜(本名:H1○t2□)-以下師と呼ぶ-、師は、その本人の持つ芸を後世に伝えるべく選ばれた人間国宝であった故、後続者は当然師の芸脈を守り、正しく伝承する義務がある。従って、
n1□氏には今後3年の間に下記曲目を箏、三絃、唄の節、手法すべてU1○(師)流で、且つ暗譜で修得するものとする。
奥歌四つ物、中七つ物、代表的な山田流の曲(竹生島、松風、近江八景、寿くらべ、雨夜の月等)、組歌(四季曲、初音曲、羽衣曲等)未修得の師の主な作曲物。
(2) 前項の成果を本日より3年経過後、下記相談役と協議の上、n1□氏を真磨琴会の代表として認め、評価された場合、同氏を会の代表として山田流箏曲協会に推薦、申請をすることとする。
相談役には複数の山田流箏曲協会理事及び真磨琴会代表者三名とす。
(3) n1□氏はその間、会の代表となるべく人格、芸術両面において会員の信頼を得るように努力し、師が永年に亘って育んできた大切な真磨琴会を二分する様な行動は謹むものとする。
25(4) n1□氏はその間(師の逝去に伴い、生前の様に毎月の手当を支払えない事情もあり)三田の家(二階の師の部屋)に同居し、第(1) 項の芸の修得につとめるものとする。
(5) n1□氏はその間、真磨琴会又は個人に対する出演依頼があった場合、
H1○m1□或いはm2□に必ず連絡し、相談の上、対処するものとする。
(6) n1□氏はその間、出演の演奏会の下合せには、よほどの支障がない限り、必ず出席することとする。
(7) 上記項目(1)-(6)をn1□氏の承認出来ない場合、又は、3年間の成果が得られない場合は、相談役及び真磨琴会代表・幹部相寄り協議の上、真磨琴会より退会するものとする。
平成年月日署名人立会人 」ウ平成9年8月13日,原告(H1○m1□)は,被告に対し,原告(H1○m1□),H1○m2□及びY2○s2□の3名を代表者とする真磨琴会として,次のとおりの内容証明郵便(甲11)を送付した。
「n1□様お暑い毎日ですがお元気にお過しのことと存じます。早速ながら、本年三月にH2○s1□氏を通じ、提示しました「確認書」の件ですが、やがて半年近くなりますので、異議ないものと認め、Y1○g1□先生・Y3○h2□先生・Y3○a1□先生お立合の上、左記の通り、調印の儀を取り行い度くお知らせいたします。
記日時平成九年九月四日(木)午前十一時場所〔省略〕H1○宅(真磨琴会本部)26当日、n1□様の出席がない場合、真磨琴会放棄と判断して、同会より退会の運びとなりますので必ず出席して下さい。
.........尚、?@九月四日どうしても都合がつかない場合?A九月一日(月)午前十一時前記同所?B九月五日(金)午後五時〃の用意があります。?A・?Bをご希望の場合は、八月二五日迄に同封はがきで必ずご連絡下さい。
?@・?A・?Bのいずれもn1□様、出席のない折は、やはり真磨琴会放棄と判断いたします。 」エ原告(H1○m1□),H1○m2□,Y2○s2□,H2○s1□及びS1○m3□の5名は,被告に対し,平成9年9月4日付け内容証明郵便(甲16)を送付した。同郵便には,次のとおり記載され,「前略先にお送りした書面の通り真磨琴会代表就任について確認書制作の為、関係当事者及び立会人全員が同席し、貴殿の出席をお待ちいたしましたが出席頂けませんでした。ついては先日欠席の際は貴殿は真磨琴会に対する全ての権利を放棄されたものと御連絡した通り、関係当事者及び立会人全員が、貴殿は真磨琴会に対する全ての権利を放棄したものと確認いたしました。今後、真磨琴会及びU1○真佐喜の名称を使用することは無き様、申し入れます。 」末尾に,署名人として,原告(H1○m1□),H1○m2□,Y2○s2□,H2○s1□及びS1○m3□の5名,立会人として,Y3○a1□,Y3○h2□及びY1○g1□の3名がそれぞれ署名押印している。
オ山田流箏曲協会理事会は,被告に対し,常務理事のH2○s1□とH4○m4□の両名から被告に宛てた平成10年6月30日付け書簡(甲14)を送付した。同書簡には,次のとおり記載されている。
27「前略、
個人、団体共に独立承認の条件などについてご不明な点があるようですので、協会としてご説明を申し上げたく、下記の日時にT1○様ほか皆様も出来るだけご同伴の上、理事会にご出席をいただきたくご通知申し上げます。
この会議にはU1○m1□様ほか2名の真磨琴会代表の方々はご出席になりませんことをご承知下さい。
平成10年7月23日(木)午後4時於虎ノ門邦楽社ビル4階会議室〔省略〕(この日時は理事11名のスケジュールを調整の上、決定いたしました。) 」カ被告は,山田流箏曲協会理事会常務理事のH2○s1□とH4○m4□の両名に対し,平成10年7月10日付け書簡(甲15)を送付した。同書簡には,次のとおり記載されている。
「拝啓時下益々ご清栄のことと、お慶び申し上げます。
山田流箏曲協会には、ご高配をいただき厚く御礼申し上げますとともに、いろいろとご心配をおかけいたしまして申し訳ございません。
さて、平成一〇年六月三〇日付けで山田流箏曲協会理事会よりお手紙をいただきましたことについて、ご連絡申し上げます。
お手紙によれば、「個人、団体共に独立承認の条件などについてご不明な点があるようですので、協会としてご説明を申しあげたく」とのご趣旨にて、出席のご要請でございますが、私といたしましては、独立承認の条件等について、なんらの不明もございません。
お暑い中、理事の先生方に私どもの為にお時間をさいていただき、ご説明いただくことは誠に恐縮でございますので、何卒皆様には宜しくお伝えいただき、御足労いただかなくて済みますように、お取り計らいい28ただきたくお願い申し上げます。
末筆ながら、暑い毎日が続いておりますが、何卒ご自愛下さいますようお祈り申し上げます。 敬具」(5)被告による演奏会等被告は,平成9年4月以降,「U1○眞佐喜」として,次のとおり(日時/開催名/場所),演奏会等を開催している。
ア平成9年4月27日/「U1○眞磨琴会第一回勉強会」/港区芝浦港南区民センター(甲18,乙16)イ平成11年6月20日/「山田流箏曲U1○眞佐喜勉強会」/紫山会館(東京都千代田区<以下略>)(乙73)ウ平成12年6月25日/「山田流箏曲U1○眞佐喜勉強会」/紫山会館(東京都千代田区<以下略>)(甲19,乙74)エ平成12年12月25日/U1○会研究会/港区芝浦港南区民センターオ平成13年6月24日/U1○眞佐喜勉強会/紫山会館(東京都千代田区<以下略>)カ平成13年10月28日/「山田流箏曲U1○派U1○会門下生による勉強会」/仙台市太白区中央市民センター(乙75)キ平成13年12月23日/U1○会研究会/港区芝浦港南区民センターク平成14年6月30日/U1○会研究会/仙台市榴岡市民センターケ平成14年9月1日/「おことのかい5周年記念U1○眞佐喜海辺のこんさーとMASAKI U***○ CONCERT」/大磯プリンスホテル(甲20,乙76)コ平成14年12月25日/U1○会研究会/港区芝浦港南区民センターサ平成15年9月27日/「U1○会」/東京プリンスホテル(乙77)シ平成15年12月14日/U1○会門下生による勉強会/仙台市太白区富沢市民センター29ス平成15年12月25日/U1○会研究会/銀座東劇スタジオセ平成16年2月22日/山田流箏曲三絃研究会/紫山会館(東京都千代田区<以下略>)ソ平成16年10月2日/「山田流箏曲U1○会」/紫山会館(東京都千代田区<以下略>)(乙78)タ平成16年11月20日/山田流U1○会仙台支部箏曲清流會/仙台市博物館ホールチ平成16年12月25日/U1○会研究会/銀座吉水かくえホールツ平成17年10月16日/「山田流箏曲U1○会」/紫山会館(東京都千代田区<以下略>)(甲21,乙79)(6)商標登録の出願等ア原告による出願原告は,平成10年2月17日,本件商標(「U1○真佐喜」)を出願(商願平10-012400)したところ,平成11年4月27日,特許庁から拒絶理由が通知(乙14の1)され,その理由として,次のとおり記載されている。
「この商標登録出願に係る商標は、1996年5月21日に92歳死去された山田流箏曲協会名誉会長であり、重要無形文化財保持者(人間国宝)のH1○t2□氏の芸名「U1○真佐喜」の文字を書してなるものであるところ、H1○氏の遺族の承諾を得ているものとは認められないから、かかる商標を登録し使用することは穏当でない。
したがって、この商標登録出願に係る商標は、商標法第4条第1項第7号に該当する。
なお、出願人がH1○氏との関係において、本願商標を出願する正当な地位を有することを明らかにした場合は、この限りでない。」これに対し,原告は,平成11年5月25日,特許庁に対して,新たに30戸籍謄本,認証書写し,挨拶状,国民健康保険被保険者証写しを添付して「添付書類の目録」を補正した手続補正書(甲24)を提出し,原告を筆頭者とする戸籍謄本,山田流箏曲協会から原告,H1○m2□及びY2○s2□の3名を代表者とする真磨琴会に対して独立免章発行権限を承認した認証書(甲5),原告が平成9年12月をもって芸名を「H1○m1□」から「U1○m1□」に改めて活動する旨の同月吉日付け挨拶状,原告の芸名として「U1○m1□」の記載された国民健康保険被保険者証が提出されるとともに,原告は,同日,次の記載内容の意見書(甲25)を提出した。
「商標登録出願人は、同時に提出する手続補正書添付(2)戸籍謄本記載のとおり、H1○t2□(芸名U1○真佐喜)の養女となるとともに、これに師事し、前記芸名の要部である「真佐」を出願人の芸名に用いることを許され、山田流箏曲協会に所属し、芸名H1○m1□と称しておりましたが、平成9年2月前記協会から承認を受け、養女H1○h1□(芸名H1○m2□)、門弟Y2○s2□(芸名)とともに真磨琴会を主宰し、U1○真佐喜の芸を正当に承継しているものであります(手続補正書添付(3)認証書参照)。
その後、芸名をU1○m1□と改め(手続補正書添付(4)挨拶状参照)、
養母U1○真佐喜の芸を正当に承継し、このことは広く知られているところであります(手続補正書添付(5)国民健康保険被保険者証参照)。
よって、出願人は本願商標を出願する正当な地位を有するものでありますので、本願商標の登録をお認めいただきたく御願い申し上げます。 」その後,本件商標は,平成11年8月27日に商標登録(登録第4309319号)された(甲1,2,22)。
さらに,原告は,平成10年3月24日,関連商標(「真磨琴会」)を出願(商願平10-024533)し,平成12年7月7日にこれが商標31登録(登録第4397148号)された(甲3,4)。
イ被告による出願被告は,平成9年9月9日,被告商標(「U1○眞磨箏会/U1○眞佐喜」)を出願(商願平09-156244)したものの,平成11年1月13日に拒絶理由通知がされ,同年5月27日に拒絶査定がされた(甲10)。
これに関し,原告は,商願平10-024533の出願に係る関連商標(「真磨琴会」)について,平成11年5月28日に拒絶理由通知がされ,その理由として,被告商標と同一又は類似であって,その指定役務と同一又は類似の役務について使用するものであり,商標法4条1項11号に該当すると指摘されたことから,同年6月14日,特許庁に対し,被告商標の出願(商願平09-156244)について,刊行物等提出書(甲38)を提出し,二代真佐喜(「H1○t2□」)を筆頭者とする被告の記載された戸籍謄本,原告(「H1○t1□」)を筆頭者とする戸籍謄本,山田流箏曲協会の認証書(甲5)外5通の書面を提出し,二代真佐喜とその真磨琴会との関係からして,被告商標が商標法4条1項10号,同8号,同19号に該当することを提出の理由として述べている。
なお,被告は,平成12年4月13日,商標「U1○眞佐喜」(縦書き)を出願(商願2000-039486)し,平成13年4月6日にこれが商標登録(登録第4465866号,商品の区分:第9類,指定商品:「レコード」ほか)されている(乙15)。
(7)被告の氏名及び芸名被告は,平成18年9月21日,東京家庭裁判所において,いわゆる永年使用等を理由として,戸籍法107条1項により氏「H1○」を「U1○」に変更することの許可(同年(家)第8689号氏変更許可申立事件),同法107条の2により名「n1□」を「眞佐喜」に変更することの許可(同第863290号名変更許可申立事件)をそれぞれ申し立て,同年12月5日に許可審判(乙19,20)がそれぞれされて,氏の変更が同月20日に確定し,同月25日に届出がされ,その戸籍上の氏名が「U1○眞佐喜」となった。
この結果,被告の戸籍上の氏名は,その出生以来,「H3○n1□」(昭和35年7月2日),「H2○n1□」(昭和42年5月11日),「H1○n1□」(平成3年12月18日),「U1○眞佐喜」(平成18年12月25日)と変遷し,他方,箏曲家としての芸名は,「H2○s3□」(昭和57年6月27日),「U1○n1□」(平成3年12月18日)を経て,現在の戸籍上の氏名と同一の「U1○眞佐喜」に至っている。
(8)真磨琴会の規約二代真佐喜の主宰する真磨琴会は,昭和30年7月10日に定められた「箏曲眞磨琴會規定」(甲32の1)に基づく団体であり,「會員相互の親和を旨とし家元を中心として修練を重ね山田流傳統の技術を研修傳承して自らを磨き藝道の興隆に寄与せんとする」(2条)ことを目的して,「本會は家元U1○眞佐喜師を會長とし門下を以つて組織する」(4条)とされていた。
二代真佐喜の逝去後,平成10年12月12日と平成12年7月9日の改定を経た「真磨琴会規約」(甲37)の規定によると,「本会は、斯道の向上発展を計り、初代および二代目U1○真佐喜師の芸風の研鑽と普及に努め、
その芸風を継承する後継者の育成をすることを目的とする。」(2条)と改められ,正会員の中から選任された理事の互選によって会長が選任され,総会の承認を得るもの(10条,11条)とされている。
3以下では,本件の事案に鑑み,争点(4)〔本件商標の登録の無効〕及び争点(5)〔原告の権利濫用〕から検討する。
(1)争点(4)〔本件商標の登録の無効〕についてア被告は,原告による本件商標の登録について,遺族である被告の承諾を得ることなしに本件商標を出願し,被告が遺族であった事実を特許庁に秘33匿して登録を得たものであり,著名な二代真佐喜の名声に便乗し,指定役務についての本件商標の使用の独占により,その名声,名誉を傷つけるおそれがあるから,「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」(商標法4条1項7号)に該当して,商標無効審判により無効にされるべきものと認められ(同法46条1項1号),その結果,原告は本件商標権を行使することができない(同法39条,特許法104条の3第1項)と主張する。
そこで,前記2の認定事実を踏まえて検討するに,原告は,本件商標の出願過程において,特許庁からの拒絶理由通知を受け,これに対する手続補正書(甲24)を特許庁に提出した際,原告を筆頭者とする戸籍謄本を提出したにとどまり,二代真佐喜(「H1○t2□」)を筆頭者とする被告の記載された戸籍謄本を提出しなかったことが明らかである(この点,原告は,被告商標の出願過程において,関連商標の拒絶理由を解消するために刊行物等提出書(甲38)を提出し,二代真佐喜(「H1○t2□」)を筆頭者とする被告の記載された戸籍謄本を示した旨を主張するものの,本件商標の出願過程で被告の存在に触れていないことに変わりはない。)。仮に,原告において,特許庁の本件商標に係る商願平10-012400の担当審査官に対し,二代真佐喜の遺族が原告1人であり,承諾者としての原告自身が出願しているとして,原告を筆頭者とする戸籍謄本のみを提出したのであれば,被告が遺族であった事実を秘匿したとの指摘が妥当するといえる。
しかしながら,特許庁の本件商標についての拒絶理由通知(乙14の1)には,遺族の承諾につき言及がされているのと同時に,「なお、出願人がH1○氏との関係において、本願商標を出願する正当な地位を有することを明らかにした場合は、この限りでない。」と記載され,これに対する原告の意見書(甲25)には,山田流箏曲協会から承認を受けてH1○m2□34及びY2○s2□とともに真磨琴会を主宰し,芸名を「H1○m1□」から「U1○m1□」に改めて,養母である二代真佐喜の芸を正当に承継したことから,「よって、出願人は本願商標を出願する正当な地位を有するものでありますので、本願商標の登録をお認めいただきたく御願い申し上げます。」と記載されていることが明らかであり,同意見書中には,遺族の承諾要件を充たしている旨を主張しているとみるべき記載は見当たらない。
そうすると,原告が提出した手続補正書(甲24)や意見書(甲25)は,専ら,原告における本件商標の出願人としての「正当な地位」を明らかにするために提出されたものと認められる。そして,特許庁において,おそらく,このような趣旨の原告の補正や意見を容れて,本件商標の登録に至ったものと窺うことができる。
したがって,原告による本件商標の登録については,遺族である被告の承諾を得ることなしに出願されたものであることが明らかであるものの,被告が遺族である事実を特許庁に秘匿したということはできず,遺族の承諾要件を充たしたものとして登録を得たものということもできない。
イもっとも,原告において,本件商標の出願人として,遺族の1人である被告の承諾の欠如に代わる程度の「正当な地位」にあったか否かについては,なお検討をする必要がある。
原告は,本件商標の出願過程において,このような「正当な地位」を裏付けるものとして,手続補正書(甲24)の提出により,原告を筆頭者とする戸籍謄本,山田流箏曲協会から原告,H1○m2□及びY2○s2□の3名を代表者とする真磨琴会に対して独立免章発行権限を承認した認証書(甲5),原告が平成9年12月をもって芸名を「H1○m1□」から「U1○m1□」に改めて活動する旨の同月吉日付け挨拶状,原告の芸名として「U1○m1□」の記載された国民健康保険被保険者証を提出し,意見書(甲25)において,山田流箏曲協会から承認を受けてH1○m2□及びY2○s2□ととも35に真磨琴会を主宰し,芸名を「H1○m1□」から「U1○m1□」に改めて,養母である二代真佐喜の芸を正当に承継した旨を述べたものである。
この点,被告は,真磨琴会又は山田流箏曲協会が「U1○真佐喜」の芸名について,いかなる権利も有しておらず,二代真佐喜が会長を務めた真磨琴会(旧「真磨琴会」)と原告,H1○m2□及びY2○s2□の3名を代表者とする真磨琴会(新「真磨琴会」)とでは,団体としての性質が異なるなどと主張する。他方,原告は,被告が山田流箏曲協会と真磨琴会関係者の期待に真摯に応じ,3年間という限られた時間内の修練さえすれば,後継者として,本件商標権を活用し得る立場にあった上,本件商標は,改正された真磨琴会規約2条の「本会は、斯道の向上発展を計り、初代および二代目U1○真佐喜師の芸風の研鑽と普及に努め、その芸風を継承する後継者の育成をすることを目的とする。」ことにのみ使用され,社会公共の利益に反し,公序良俗を害するものでは決してないなどとも主張する。
そこで,前記2の認定事実を踏まえて検討するに,被告は,二代真佐喜の後継者として,山田流の「H2○会」から山田流の「U1○会」に迎えられて,二代真佐喜の養子となり,当初から,芸名として「U1○」姓を名乗ることを許され,名披露目がされたものの,二代真佐喜の逝去の前後を通じて,いまだ「三代U1○真佐喜(眞佐喜)」としての襲名はされていないことが明らかである。他方,原告は,二代真佐喜の逝去後の平成9年12月をもって芸名を「H1○m1□」から「U1○m1□」に改めたのであり,二代真佐喜の存命中に,二代真佐喜自身からその後継者として指名されたものでないこともまた明らかである。
そうすると,二代真佐喜の逝去により,山田流U1○会(従来から存在する団体としての「真磨琴会」)としては,「U1○真佐喜」の芸名を受け継ぐ家元が不在の状態のまま,原告個人において,本件商標の出願,登録がされたことになる。
36しかしながら,二代真佐喜の逝去という事態の下で,いわば「U1○真佐喜」の芸名が宙に浮くことを防ぎ,併せて,初代真佐喜,二代真佐喜と受け継がれた山田流U1○会(真磨琴会)としての芸風を維持する上で,本件商標をその関係者の名義において登録することについては,一定の合理的な理由があるものというべきである。
この観点から,本件商標の登録に至る経緯をみると,前記2(4)「平成9年から平成10年までの動向」等に表れた事実関係のとおりであって,遅くとも平成10年7月10日付けの書簡(甲15)の時点までには,被告が山田流箏曲協会や原告,H1○m2□及びY2○s2□の3名を代表者とする真磨琴会との間に自ら距離を置き,以後,関わりを避ける意思を有していたものと読み取ることができる。一方,原告をもって本件商標の権利者とすることについては,山田流箏曲協会における主流的ないし多数的な立場を反映したものと推認することができ(なお,認証書(甲5)は,二代真佐喜の逝去後,山田流U1○会(真磨琴会)がやや混乱していると思われる中で,山田流箏曲協会からのいわゆる「お墨付き」として,それなりに権威のあるものと認められる。),また,原告,H1○m2□及びY2○s2□の3名を代表者とする真磨琴会の規約2条の目的に即して,本件商標が使用されるものと期待することもできる。
そうしてみると,二代真佐喜との関係においては,原告と被告とは,ほぼ同等の立場であって,原告が唯一の「正当な地位」を有する本件商標の出願人であるとは認め難いものの,原告の出願した本件商標について,少なくとも,著名な二代真佐喜の名声に便乗し,指定役務についての本件商標の使用の独占により,その名声,名誉を傷つけるおそれがあるとまでは認められないというべきである。
ウ以上のとおりであるから,原告による本件商標の出願,登録については,遺族である被告の承諾を得ることなしにされているものの,直ちに「公の37秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」(商標法4条1項7号)に該当するということはできず,商標無効審判により無効にされるべきもの(同法46条1項1号,同法39条,特許法104条の3第1項)と認めることはできない。
(2)争点(5)〔原告の権利濫用〕についてア前記第2の1前提となる事実及び前記2の認定事実のとおり,被告は,平成9年4月以降,一貫して芸名「U1○眞佐喜」を使用して演奏会等を行ってきており,その結果として,平成18年12月の家庭裁判所の手続において,被告が上記芸名を氏名とする社会的な必要性や相当な理由があることが肯定されたことから,戸籍上の氏名を「U1○眞佐喜」とする氏と名の変更が許可されたものであるということができる。
原告は,弁護士会照会に対する照会回答書(甲40の3,甲41の3,甲43)によれば,被告が,平成11年6月20日,平成12年6月25日,平成13年6月24日,平成16年2月22日,同年10月2日に紫山会館(東京都千代田区<以下略>)で開催された勉強会等や平成14年9月1日に大磯プリンスホテルで開催されたコンサートについて,「U1○眞佐喜」の芸名を使用せず,「U1○n1□」を称していたことが認められるから,被告において,二代真佐喜の逝去後,平成16年に至るまで,芸名を「U1○n1□」と称していたことは明らかであると主張する。
しかしながら,これらの照会回答書のうち,紫山会館に対する照会については,会館使用に当たっての申込人名義を確認するものであって,勉強会等において,「U1○眞佐喜」の芸名が使われなかったことを裏付けるものということはできず,また,証拠(乙81の1〜3)及び弁論の全趣旨によると,大磯プリンスホテルで開催されたコンサートについて,ホテルとして,コンサートの名称を確認していないことが認められるから,原告の上記主張は失当である。
38イところで,本件商標が原告によって遺族である被告の承諾を得ることなしに出願,登録されたものではあるものの,直ちに「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」(商標法4条1項7号)として無効であるとまではいえないことは,前記(1)で述べたとおりである。
しかしながら,そもそも,本件商標は,初代真佐喜と二代真佐喜の名跡に由来するものであること,前記(1)で検討したように,二代真佐喜との関係において原告と被告とはほぼ同等の立場であって,原告が唯一の「正当な地位」を有する本件商標の出願人として,その登録を許されたとまでは認め難いこと,被告は,原告と同じく二代真佐喜と由縁があり,前記のとおり,平成9年以降一貫して芸名として「U1○眞佐喜」を使用して演奏会活動等を行っていることに鑑みるならば,原告が本件商標権に基づき,「U1○真佐喜」の商標の独占を主張して,被告に対し,その提供する箏曲の演奏,箏曲の技芸の教授という役務について,本件商標と実質的に同一であると認められる被告標章を使用することの差止めを求めることは,特段の事情がない限り,権利の濫用に当たるものというべきである。本件において,上記特段の事情があると認めるに足る主張,立証はない。
ウ以上によれば,原告の被告に対する本件商標権の行使は,権利の濫用として許されないものと認められる。
4結論したがって,その余の点を検討するまでもなく,原告の請求は理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
追加
39裁判官平田直人裁判官瀬田浩久40商標目録1商標登録番号第4309319号出願年月日平成10年2月17日出願番号商願平10-012400登録年月日平成11年8月27日商品及び役務の区分第41類指定役務技芸の教授・音楽の演奏登録商標(標準文字)U1○真佐喜2商標登録番号第4397148号出願年月日平成10年3月24日出願番号商願平10-024533登録年月日平成12年7月7日商品及び役務の区分第41類指定役務技芸の教授,音楽の演奏登録商標(標準文字)真磨琴会41標章目録12345
裁判長裁判官 阿部正幸