運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成20行ケ10275審決取消請求事件 判例 特許
平成20行ケ10272審決取消請求事件 判例 特許
平成20行ケ10273審決取消請求事件 判例 特許
平成20行ケ10065審決取消請求事件 判例 特許
平成20行ケ10483審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  有用性 /  物の発明 /  容易に実施 /  周知技術 /  技術的範囲 /  実施可能要件 /  試行錯誤 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  パリ条約 /  優先権 /  模倣 /  参酌 /  技術的意義 /  置換 /  実施 /  拒絶査定不服審判 /  拒絶査定 /  拒絶審決 /  前置審査 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  拡張 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 20年 (行ケ) 10274号 審決取消請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2009/09/02
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文


平成21年9月2日判決言渡
平成20年 行ケ 第10274号 審決取消請求事件
()
平成21年6月8日口頭弁論終結
判決
原告ノバルティスバクシンズ
アンドダイアグノスティッ
クス,インコーポレーテッド
(審決上の表示カイロン
コーポレイション)
同訴訟代理人弁理士山本秀策
同 ?谷剛志
同 長谷部真久
被告特許庁長官
同 指 定 代 理 人上條肇
同 北村明弘
同 鵜飼健
同 小林和男
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30
日と定める。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が不服2005?19658号事件について平成20年3月13日に
した審決を取り消す。



第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯
原告は,1988年(昭和63年)11月18日,国際特許出願をし(特願
平1?500565号。パリ条約による優先権主張1987年(昭和62
年)11月18日,同年12月30日,1988年(昭和63年)2月26
日,同年5月6日,同年10月26日,同年11月14日,いずれもアメリ
カ合衆国。),その一部を平成5年6月11日に新たな特許出願をし(特願
平5?178446号),更にその一部につき平成8年8月22日,新たな特
許出願をし(特願平8?241451号。),更にその一部につき平成10
年4月6日,新たな特許出願をし(特願平10?111631号),更にそ
の一部につき平成11年6月3日,新たな特許出願をした(特願平11?1
57193号,甲4の1。以下「本願」という。)。そして,原告は,本願
出願後,平成14年9月3日付け手続補正書(甲4の4)及び平成16年2
月20日付け手続補正書(甲4の8)を提出した。しかし,原告は,平成1
7年7月12日付けの拒絶査定を受けたので(甲4の10),同年10月1
1日,これに対する審判請求(不服2005?19658号事件)をすると
共に,同日付け手続補正書(甲4の12)を提出した。
特許庁は,平成20年3月13日,「本件審判の請求は,成り立たない。」
との審決をし(以下「本件審決」という場合がある。付加期間90日),その
謄本は,同年同月26日に原告に送達された。
2 特許請求の範囲
平成17年10月11日付け手続補正書(甲4の12)による補正後の本願
の請求項1は,下記のとおりである(請求項の数は11である。)。
「以下の特性を有する,少なくとも8個のアミノ酸の連続する配列を含む,
ポリペプチド:
(1)該少なくとも8個のアミノ酸の連続する配列が少なくとも一つの部位を



含み,
該部位は,該少なくとも8個のアミノ酸の連続する配列からなる配列中
においても該ポリペプチド中においても,C型肝炎ウイルスに対する抗体
によって結合され得;そして
(2)該少なくとも8個のアミノ酸の連続する配列が,以下のアミノ酸配列:
【化1】?【化3】(判決注:GlyからLeuまでの2436アミノ酸
からなる配列,具体的配列はここでは省略)
中に1または数個の欠失,挿入,または置換を有するアミノ酸配列から得
られ,
ただし,該ポリペプチドは,以下のアミノ酸配列:
【化4】?【化6】(判決注:GlyからLeuまでの2436アミノ酸
からなる,【化1】?【化3】と同じ配列,具体的配列はここでは省略)
から得られ得る,少なくとも8個のアミノ酸の連続する配列を含まな
い。」(以下この発明を「本願発明」という。)
3 審決の内容
別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願に係る明細書(甲3,4
の12。以下「本願明細書」という。)の発明の詳細な説明に,当業者が容易
に実施することができる程度に記載されておらず,本願について,平成2年法
律第30号による改正前の特許法(以下「旧特許法」という。)36条3項
規定する要件を満たしていないから,特許を受けることができないとするもの
である。
第3 争点に関する原告の主張
審決には,以下のとおりの誤りがあるから,取り消されるべきである。
1 取消事由1(本願発明の認定の誤り)
審決は,本願発明の「HCVに対する抗体」(C型肝炎ウイルスに対する抗
体)が「本件の特定HCV変異体(本件HCV)に対する抗体」及び「その他



の天然に存在し得るHCV変異体に対する抗体」を包含すると認定したが,誤
りである。
本願明細書には,「HCVに対する抗体」について定義がないことから,他
の記載を参酌すると,「HCVに対する抗体」とは,【化1】?【化3】に示
されるアミノ酸配列を有するポリペプチドを含むC型肝炎ウイルスに対する抗
体,すなわち本件HCVに対する抗体のみを意味し,「その他の変異HCVに
対する抗体」を意味するものではないことは明らかである。
2 取消事由2(実施可能要件違反の判断の誤り)
(1)本願明細書に実施形態を網羅的に実施することの記載を要するとの判断
の誤り
旧特許法36条3項に規定する,いわゆる実施可能要件は,本願発明を使
用し,製造することができることを記載すれば足りるのであって(甲1
9),「網羅的に得ること」を記載することを要するものではないと解すべ
きである。バイオテクノロジー関連発明の審査では,すべての実施形態を「
網羅的に得る」ことを要求することは著しく不合理であり,出願人に酷な結
果をもたらし,ひいては発明を奨励するという特許法の趣旨に反する。した
がって,本願発明が実施可能か否かは,本来任意に選択された一個の部分(
本件ではポリペプチド)が実施可能,すなわち生産及び使用をすることがで
きるように本願明細書に記載されているか否かによって判断されるべきであ
るから,その実施形態を「網羅的」に得ることが必要であるとした審決の判
断には誤りがある。
(2) 技術常識に反する判断の誤り
本願発明は,下記のとおりの本願優先権主張日の技術常識に基づけば実施
可能であるから,審決の判断は誤りである。
ア本願優先権主張日当時,ペップスキャン技術(網羅的なペプチド合成と
抗原抗体反応によって対象となるポリペプチド・タンパク質中の抗原性の



部位を特定できるもの)は周知技術ないし技術常識であり(甲2,9ない
し16,23),本願明細書にも段落【0084】等において記載されて
いるところ,ペップスキャン技術によれば,本願発明の基本となる変異の
ない配列(以下「元配列」という場合がある。)については,過度の試行
錯誤をすることなく対象となるポリペプチド・タンパク質中の抗原性の部
位を特定することができる。そして,本願発明が「本件HCVに対する抗
体」に結合されることが前提であることを考慮すると,本願発明を実施す
るためには,本件特定のHCVに対する抗体への結合能を担保する,ペッ
プスキャンで抗原性の部位が同定されたポリペプチドにおいて,1または
数個の変異(置換,挿入,欠失)を行なって結合性を保持するか否かを確
認し,喪失したものを排除していけば足りる。
イ変異実験においては,設計された配列を有するペプチドを合成する。8
マー程度の長さであれば,甲2記載の合成手法によって容易に製造するこ
とができる。そして,数十箇所程度において,保存的置換(判決注:ポリ
ペプチド,タンパク質を構成するアミノ酸の一部のものが,物理化学的に
類似した他のアミノ酸に置き換わることを意味するものと解される。甲2
0によれば,多くて3種類)の実験を行なった場合の実験個数は,甲2に
おいて,抗原性の部位は5アミノ酸程度であるから,仮に5マーが50箇
所あったとしても,1000種類程度にとどまる。欠失をさせる場合は,
5マーが50箇所あったとしてその各々を欠失することになるから250
種類,挿入については事実上置換と同様に考慮することができ,1000
種類程度を考慮すれば足りる。そして,1個の置換で抗原性を喪失する例
がほとんどであるから,1個の置換,挿入,欠失の結果,なお抗原性を保
持している例は半数以下と見積もられる。
抗原性を保持するものについて2個目の変異を導入することになるが,
その場合にも抗原性を保持する例はまれであり,ほとんど存在しない。2



個目でも抗原性を保持したものについては,さらに3個目,4個目の変異
を導入する必要があるが,その数は非常に限定的であり無視できる回数で
ある。
なお,抗原性のない部位が変異によって抗原性を獲得することは実際に
あり得ないし,仮にあったとしても,抗原性を獲得した配列は,本件HC
Vに対する抗体が結合するとして網羅的に同定されたポリペプチドと同一
の配列となるから,到達する経路における相違(「本件HCVに対する抗
体」が結合する配列から出発するか,又は無関係な配列から出発するかの
相違)にすぎないから,このような抗原性のない部位が抗原性を獲得する
ことを考慮する必要はない。
したがって,本願発明は,ペップスキャン技術,タンパク質技術におけ
る法則性等を考慮すると,仮に網羅的に個々のペプチドを入手することが
必要であったとしても,当業者に過度の実験を要することなく実施するこ
とができ,その実験数は11万5620種類で足りる。
3 取消事由3(本願発明の有用性の看過)
審決は,「そしてそのような部位を有するポリペプチドであれば,本件の特
定HCV変異体ポリタンパクの部分ポリペプチドと同様に,本件の特定HCV
変異体に対する抗体と交差反応性を有するはずであり,例えば患者血清中など
における本件の特定HCV変異体に対する抗体の存在を検出し,もって患者の
HCV感染を検出する等の用途に用い得るものと考えられる。
しかしながら,このような用途には,本件の特定HCV変異体ポリタンパク
の部分ポリペプチドを用いれば十分であり,わざわざ本件の特定HCV変異体
ポリタンパクのアミノ酸配列に対し1?数個のアミノ酸の欠失,挿入または置
換を有するアミノ酸配列を有するタンパクの部分ポリペプチドの中から,この
ような抗原性を維持した部分ポリペプチドを選択して用いることに,格別の技
術的な意義があるとは認めがたい。」と判断したが(審決書5頁7行?17



行),誤りである。
すなわち,審決は,本願発明の有用性を否定しているが,当該発明が有用性
の要件を満たすか否かは,その発明自体に有用性が認められるか否かを検討す
れば足りるところ,審決は,有用性の判断に当たって,他の代替的な発明を用
いれば十分であるか否かを基準としているので,誤りである。
4取消事由4(新たな拒絶理由につき拒絶理由通知をしなかったことによる手
続的瑕疵)
審判体は,第2回審尋(甲4の16)になってはじめて「C型肝炎ウイルス
に対する抗体」が「本件の特定HCV変異体に対する抗体」と「その他の天然
に存在し得るHCV変異体に対してのみ結合し得る,特異的抗体」の両方を包
含するとの解釈を示し,この解釈に基づいて新たな実施可能要件違反の拒絶理
由を告知した。この場合の拒絶理由は新たな拒絶理由であるから,拒絶理由通
知をして原告に補正の機会を与えるべきであるにもかかわらず,審尋としたこ
とは,特許法159条50条に違背するものであり,手続上の瑕疵がある。
5取消事由5(第2回審尋に対する第2回回答書添付の補正案についての判断
の誤り及びそれに伴う手続的瑕疵)
原告は,第2回審尋において示された拒絶理由に対して,平成20年2月1
9日付け回答書において補正案(甲4の17)を提出し,「HCVに対する抗
体」は「本件HCVに対する抗体」を意味することを明らかにした。これに対
し,審決は,上記補正案の内容は,本願明細書に記載された範囲内で行なわれ
るものではないから,不適法であると判断したが,誤りである。本願明細書の
記載及び技術常識を総合すれば,上記補正案は新たな技術的事項を導入するも
のではなく,明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてなされた補正
あることは明らかである。
第4 被告の反論
原告が主張する取消事由には理由がなく,審決に違法はない。



1 取消事由1(本願発明の認定の誤り)に対し
本願発明に係る特許請求の範囲には,「HCV」とのみ記載され,「変異H
CV」を排除する対立概念として記載されているわけではない。そして,本願
明細書の【0026】には,HCVのようなゲノムがRNAで構成されている
ウイルスは偶発変異率が高いので,HCV種の中には「毒性」又は「無毒性」
であり得る多くのウイルス株があることが説明され,そして,「「HCV」と
いう用語は,本願で用いる場合,NANBHを発病させるウイルス種および弱
毒化されたウイルス株または後者由来の欠損干渉粒子を意味する。」と記載さ
れている。また,一般にHCVのゲノムが変異し,そのアミノ酸配列が変異し
た場合には,当該HCVの抗原性も変異し,その結果,当該変異したHCVに
のみ結合する抗体が生じ得ることは十分に想定できるが,本願明細書に,HC
V変異体ポリペプチドを,特定のHCV変異体に免疫学的に結合する抗体にの
み結び付けるような記載はない。さらに,原告は,審査の過程において,本願
発明の「HCV」を「本件HCV」に限定していなかった。
以上によれば,本願で用いる「HCV」という用語には,HCV変異体が含
まれることは明らかであり,本願明細書にそのゲノムの具体的配列が記載され
ている特定のHCV変異体に限定しているものではない。
原告の主張は失当である。
2 取消事由2(実施可能要件違反の判断の誤り)に対し
(1)本願明細書に実施形態を網羅的に実施することの記載を要するとの判断
の誤りに対し
本願発明が実施可能であるか否かは,本願発明に包含されるあらゆる選択
肢が実施できるように本願明細書に記載されているか否かによって判断され
るべきである。
すなわち,明細書,図面において具体的に記載された実施の形態から明細
書の他の記載及び技術常識に基づいて発明に明確に包含される技術的範囲の



全域にわたって当業者が容易にそれを得られるような技術を開示している
か,又は開示するまでもなく当業者が容易にそれを得られるような科学的根
拠が出願時に知られていた場合に限り,網羅的に得られたことが記載されて
いなくても,当業者が容易にその実施をすることができる。
しかし,本願発明のポリペプチドについては,【化1】ないし【化3】の
アミノ酸配列中に1または数個の欠失,挿入,または置換を有するアミノ酸
配列から得られる,少なくとも8個のアミノ酸の連続する配列が,当該配列
中においても当該配列を含むポリペプチド中においても,HCV抗体によっ
て結合され得る少なくとも1つの部位を必ず含むなどという技術常識が存し
ない以上は,当該少なくとも8個のアミノ酸の連続する配列がHCV抗体に
結合するか否かは,当該配列の1つ1つについて,当該配列からなるポリペ
プチド,及び,当該配列を含むポリペプチドの形で,HCV抗体との免疫反
応性を調べて検証する他はない。
そうすると,本願発明のポリペプチドのすべてが本願明細書の記載及び本
願出願当時の技術常識に基づいて容易に得られるということはできない。
(2) 技術常識に反する判断の誤りに対し
ア原告は,周知技術ないし技術常識であるペップスキャン法によれば,本
願発明を網羅的に実施できると主張する。しかし,ペップスキャン法は,
抗体とペプチドの結合の有無を順次判別するためのツールでしかなく,当
業者に膨大な化合物からなる選択肢を絞り込むための具体的な指針・目安
を与えるものにはなり得ない。したがって,ペップスキャン技術が周知技
術ないし技術常識であっても,当業者は本願明細書の記載及び周知技術か
ら本願発明を容易に実施することはできない。
イ原告は,本願発明のポリペプチドが「本件HCVに対する抗体」によっ
て結合され得る部位を含むものに特定されるとの前提で抗原性の部位は1
23箇所と見積もられると主張する。



しかし,「HCVに対する抗体」は,連続エピトープに対するものだけ
ではなく,不連続エピトープに対するものもあり得るから,原告の主張す
る方法では,本願明細書に具体的配列が記載された特定のHCV変異体に
対する抗体に結合する部位ですら網羅的な決定を行なうことはできない。
そして,本願発明に係る「HCVに対する抗体によって結合され得」る部
位は,本願明細書に具体的配列が記載された特定のHCV変異体に対する
抗体によって結合され得る部位に限られず,アミノ酸配列が異なる他のH
CV変異体に対し産生される新たなHCV抗体によって結合され得る部位
も含まれるのであり,そのような新たな部位は,HCVの原形株の情報を
もとにした合成ポリペプチド抗原を用いて,ペップスキャン法によって「
抗原性がある」とされる部位とは必ずしも同一ではない。
ウ原告は,保存的置換の実験を行なった場合の実験個数は抗原性の部位は
5アミノ酸程度にとどまるから,仮に5マーが50箇所でも1000種類
程度にとどまると主張する。しかし,本願発明に係る請求項1は「置換」
について「保存的」な特定のアミノ酸の組合せに限定されず,当然「欠
失」又は「挿入」の場合も含まれるから,実験個数が1000種類程度に
とどまることはあり得ない。
また,乙2,3によれば,元来抗原性を持っていない部位が変異によっ
て抗原性を獲得することがあり得る。すなわち,乙2にはHCVエピトー
プにおける株間の多様性があることが記載されており,「HCVエピトー
プ」は,HCVにおいて抗原性を持っている部位であって,株間で異なっ
ており,ある株では抗原性を持っていても別の株では配列が異なるから,
抗原性を持っておらずエピトープとはならないものがあることを意味す
る。そして,乙3によれば,N末端から数えたアミノ酸の一次構造上の位
置として同じではあるが,そのアミノ酸の配列が変異した別のHCV株に
由来する別の配列となることによって抗体が生じることが記載されてい



る。
したがって,元の抗原性部位が変化したり,新たな抗原性部位が生成し
たりすることがあるから,必要な実験数が11万5620種類で足りると
の原告の主張はその前提において誤りである。
3 取消事由3(本願発明の有用性の看過)に対し
原告主張に係る審決の判断は,本願発明は他の代替的な発明を用いれば十分
であるから本願発明には格別の技術的意義がなく,そのために有用性がないか
ら旧特許法36条3項の要件を満たさないと判断したものではないから,原告
の主張はその前提において失当である。
4取消事由4(新たな拒絶理由につき拒絶理由通知をしなかったことによる手
続的瑕疵)に対し
(1)拒絶査定における拒絶理由と,第2回審尋及び審決に示した拒絶理由と
を対比すると,両者において拒絶理由とされた条文の根拠は同一である。第
2回審尋及び審決は,本願発明に含まれる様々なポリペプチドを「本件HC
Vに対する抗体によって結合され得る部位を含む,本願発明のポリペプチ
ド」及び「その他の天然に存在しうるHCV変異体に対する特異的抗体によ
って結合され得る部位を含む,本願発明のポリペプチド」に大別し,拒絶査
定時よりさらに詳細に例を挙げることにより,本願発明に含まれる様々なポ
リペプチドが本願明細書の発明の詳細な説明に当業者が容易に実施すること
ができる程度に記載されていないと判断した。したがって,拒絶査定におけ
る拒絶理由と第2回審尋及び審決における拒絶理由とは異なるものではな
い。仮に,拒絶理由が異なると解釈される点があるとしても,実質的に通知
されていたものであるか,審査手続において既に通知した拒絶理由の内容か
ら容易に予想されるものであるから,改めて拒絶理由を通知することにより
出願人に対し意見書の提出又は補正の機会を与えることを要しない。原告の
主張は失当である。



(2)被告は,審査段階における拒絶理由通知において,C型肝炎ウイルスに
対する抗体が「本件HCVに対する抗体」に限定されるとの認識を示したこ
とはなく,一方,原告は本願発明にHCV変異株が含まれると認めていたの
であるから,第2回審尋における拒絶理由は新たな拒絶理由ではない。原告
の主張は失当である。
5取消事由5(第2回審尋に対する第2回回答書添付の補正案についての判断
の誤り及びそれに伴う手続的瑕疵)に対し
(1)原告は,平成17年10月11日付け拒絶査定不服審判の請求の日から
30日以内に第2回回答書に記載の補正案に係る手続補正書を提出しなかっ
たのであるから,補正の機会を逸したものであって,その後に補正の提案を
しても特許法の予定する補正手続ではない以上,審判合議体がこれを審理の
対象とする義務はない。
また,特許庁からの審尋に対する回答書において,特許請求の範囲の補正
案を示したからといって,補正の機会を与えるべき法的義務があったという
こともできない。
(2)本願明細書には,補正案の請求項1で規定された特定のポリペプチドに
ついては記載されておらず,上記補正案は,当業者によって本願明細書のす
べての記載を総合することによって導かれる技術的事項との関係において,
新たな技術的事項を導入したものであることは明らかである。審決の判断に
誤りはない。
第5 当裁判所の判断
当裁判所は,原告主張の取消事由4(新たな拒絶理由につき拒絶理由通知を
しなかったことによる手続的瑕疵)の一部には理由があるものの,原告主張の
手続的瑕疵は審決の結論に影響を及ぼすものとはいえず,その余の取消事由に
は理由がなく,原告の請求には理由がないものと判断する。以下理由を述べ
る。



1 取消事由1(本願発明の認定の誤り)について
(1) 本願明細書の記載
本願明細書(甲3,4の12)には,以下の記載がある。
ア発明を実施する方法I.定義「C型肝炎ウイルス(hepatit

isCvirus)」という用語は,非A非B型肝炎(NANBH)
の従来知られていなかった病原因子に対して,この分野の研究者が保留し
ていた用語である。従って,本願で用いる場合,「C型肝炎ウイルス(H
CV)という用語はNANBHの病原因子を意味し,またこのNANBH
は,以前にはNANBVおよび/またはBB?NANBVと呼ばれていた
ものである。本願では,HCV,NANBVおよびBB?NANBVとい
う用語を互換性のある語として使用する。この用語法を拡張して,以前は
NANB肝炎(NANBH)と呼んでいたHCVによって発病する疾患を
C型肝炎と呼ぶ。本願では,NANBHとC型肝炎という用語を互換性の
ある語として使用してもよい。」(段落【0025】)
イ「「HCV」という用語は,本願で用いる場合,NANBHを発病させ
るウイルス種および弱毒化されたウイルス株または後者由来の欠損干渉粒
子を意味する。後に述べるように,HCVゲノムは,RNAで構成されて
いる。RNAを含有するウイルスの偶発変異率が比較的高いということが
知られており,すなわち約10?10/ヌクレオチドであると報告さ
?3 ?4
れている〔フィールズとナイプ(FieldsandKnipe)1
986年〕。それ故,後に述べるHCV種の中には,多くのウイルス株が
ある。本願記載の組成物と方法によって,種々の関連ウイルス株の増殖,
同定,検出および単離を行うことができる。さらに各種ウイルス株に対す
る診断薬とワクチンを製造することができ,また薬理学的用途の抗ウイル
ス剤を,HCVの複製を阻害するということによりスクリーニングするこ
とができる。」(段落【0026】)



本願で提供する情報は,ある種のHCV株由来のものであり,このウ ウ「
イルス株は以後CDC/HCV1と呼ぶが,ウイルス分離学者がこの種に
属する他のウイルス株を同定するのに充分なものである。本願に記載する
ように,本願の発明者らは,HCVがフラビウイルス(Flavivir
us)またはフラビ様ウイルス(Flavi?likevirus)で
あることを発見した。・・・」(段落【0027】)
(2) 本願発明の「C型肝炎ウイルスに対する抗体」の意義
前記(1)の記載及び弁論の全趣旨を総合すれば,本願発明は,従来,病原
因子が明らかでなく,A型肝炎やB型肝炎と区別して認識されていたにとど
まる非A非B型肝炎の原因ウイルスの一つの株を発見,同定して,そのゲノ
ムRNAのcDNA配列を解析し,対応する推定アミノ酸配列の情報を【化
1】?【化3】として提供するとともに,かかる原因ウイルスに対して,A
型,B型に続くC型の肝炎ウイルス(HCV)という概念を提唱し,この中
にはゲノムが偶発変異した多くの株が存在するであろうことを開示したもの
と理解することができる。
そして,前記(1)の記載によれば,「C型肝炎ウイルス」について,?@「
HCV」と同義であること,?ANANBH,すなわち非A非B型肝炎を発病
させるウイルス種,および弱毒化されたウイルス株または後者由来の欠損干
渉粒子を意味すること,?B上記の肝炎の原因ウイルスであって,そのゲノム
が偶発変異した多くの株を包括的に意味するものであると認められる。
したがって,本願発明にいう「C型肝炎ウイルスに対する抗体」とは,C
型肝炎ウイルスの原因ウイルスであって,そのゲノムが偶発変異した多くの
株に対する抗体を包括的に意味するものと解され,これと同旨の審決の認定
に誤りはない。
(3) 原告の主張に対し
原告は,本願明細書の段落【0027】,【0034】,【0414】,



【0415】の記載から,本願発明の「C型肝炎ウイルスに対する抗体」と
は,【化1】?【化3】,【化4】?【化6】に示されるアミノ酸配列を有
するポリペプチドを含むC型肝炎ウイルスに対する抗体を指すと解すべきで
あると主張する。
しかし,原告の主張は失当である。
すなわち,【0414】や【0415】における「HCV抗原に対する抗
体」や「抗HCV抗体」は,上記特定の株に対する抗体を意味する用語とし
て使用されているものと解され,【0025】及び【0026】で定義され
たHCVに基づいて間接的に定義されたものといえる「C型肝炎ウイルスに
対する抗体」という用語とは別異の意味の用語であると解するのが相当であ
る。また,【0034】の「変異HCV」なる用語や【0145】の「部位
特異的変異誘発法」なる用語は,一般的な説明のための用語として理解さ
れ,【0025】及び【0026】で定義されたHCVに基づいて間接的に
定義されたものといえる「C型肝炎ウイルスに対する抗体」という用語の解
釈に影響を与えるものとはいえない。さらに,【0027】の記載も,【0
025】及び【0026】で定義されたHCVに基づいて間接的に定義され
たものといえる「C型肝炎ウイルスに対する抗体」という用語の解釈に影響
を与えるものとはいえない。
したがって,原告の上記主張には理由がなく採用できない。
2 取消事由2(実施可能要件違反の判断の誤り)について
(1)本願明細書に実施形態を網羅的に実施することの記載を要するとの判断
の誤り
ア原告は,旧特許法36条3項所定の実施可能要件の判断に当たり,本願
発明が実施可能か否かは,本来任意に選択された一個の部分(本件ではポ
リペプチド)が生産及び使用をすることができるように本願明細書に記載
されていることで足りると解すべきであるにもかかわらず,審決が「網羅



的」に得ることが必要であるとした点には,誤りがあると主張する。
旧特許法36条3項は,「・・・発明の詳細な説明には,その発明の属
する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をするこ
とができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載しなければなら
ない。」と規定する。特許権は,公開することの代償として,物の発明で
あれば,特許請求の範囲に記載された「その物」について,実施する権利
を専有することができる制度であることに照らすならば,公開の裏付けと
なる明細書の記載の程度は,「その物」の全体について実施できる程度に
記載されていなければならないのは当然であって,「その物の」一部につ
いてのみ実施できる程度に記載されれば足りると解すべきではない。した
がって,原告の上記主張はその前提において失当である。
イ原告は,バイオテクノロジー関連の分野では,実施可能要件は,すべて
の実施形態を網羅的に得ることを要求していないのが現状であり,それを
要求することは,出願人に酷な結果をもたらし,ひいては発明を奨励する
という特許法の趣旨に反し,著しく不合理であると主張する。
確かに,バイオテクノロジー関連の分野では,発明の詳細な説明におい
て,「欠失,挿入または置換」されたすべての実施態様が具体的に記載さ
れていなくても,特許請求の範囲において,特定のアミノ酸配列を示し,
さらに同配列中の「1又は数個が欠失,挿入または置換」等がされた場合
をも包含する形式での記載が許容される場合がある。
新規かつ有用な活性のある遺伝子に関連した技術分野において,当該分
野のすぐれた発明等を奨励する観点,及び,仮にそのような記載が許容さ
れなかった場合に第三者の模倣を阻止できず,独占権としての実効性を確
保できない不都合を回避する観点から,特許請求の範囲に,特定のアミノ
酸配列等を示した上で,同配列中の「1又は数個が欠失,挿入または置
換」等がされた場合をも包含する記載が許容される場合があってしかるべ



きであるといえよう。しかし,そのような形式で特許請求の範囲の記載が
許される場合であっても,そのことが,当然に発明の詳細な説明の記載に
ついて,一部の実施のみの開示によって,実施可能要件を充足するものと
解すべきことを意味するものではない。すなわち,特許請求の範囲に,新
規かつ有用な活性のあるポリペプチドを構成するアミノ酸の配列が包括的
に記載(配列の一部の改変を許容する形式で記載)されている場合におい
て,元のポリペプチドと同様の活性を有する改変されたポリペプチドを容
易に得ることができるといえる事情が認められるときは,いわゆる実施可
能要件を充足するものと解して差し支えないというべきであるが,これに
対し,上記のような形式で記載された特許請求の範囲に属する技術の全体
を実施することに,当業者に期待し得る程度を越える試行錯誤や創意工夫
を強いる事情のある場合には,いわゆる実施可能要件を充足しないという
べきである。
本件では,特許請求の範囲の記載は,本願発明に係るポリペプチドのア
ミノ酸配列数が,わずかに「少なくとも8個」であり,かつ,同配列中
の「1個または数個のアミノ酸が欠失,挿入または置換」を含めたものと
されているが,発明の詳細な説明には,そのようなわずかな配列数で特定
されたポリペプチドを基礎として,これと同様の活性を有するポリペプチ
ドを得るための改変を含む態様が,当業者にとって,容易に実施できる程
度に開示されているとはいえない。したがって,原告の上記主張は採用す
ることができない。
(2) 原告の主張に対し
この点,原告は,?@本願優先権主張日当時,ペップスキャン技術は周知技
術であるところ,本願発明の元配列については,ペップスキャン技術によっ
て,抗原性の部位を容易に同定し得,これに基づいて,本願発明の抗原性の
ペプチドを容易に網羅的に決定できる,?A本願発明を実施するには,上記ペ



ップスキャン技術によって同定されたペプチドにおいて,1又は数個の変
異(欠失,挿入,置換)を行って結合性を保持するかどうか,を確認し,喪
失したものを排除していけば足りるので,当業者は容易にその実験を実施で
きる,?Bその際,保存的置換の選択を考慮するならば,さらに容易に実験を
実施できるから,当業者に過度の負担を求めるものではないと主張する。
しかし,原告の上記主張は,以下のとおり,失当である。すなわち,本件
において,特許請求の範囲は,特定のアミノ酸配列を示した上で,同配列中
の「1又は数個が欠失,挿入または置換」等がされた場合をも包含する旨の
記載がされている。特許請求の範囲に含まれるアミノ酸配列は,?@元配列に
おいて見いだされた抗原性の部位のみを変異させる方法で尽くされるもので
はなく,?A元配列のエピトープ以外の部位を変異させる方法で抗原性を獲得
する方法も含まれると解される。
本願明細書に,元配列において見いだされた抗原性の部位のみを変異させ
る技術に限定されることが記載されているわけではなく,また,上記部位以
外の部位を変異させても本願発明のエピトープを得ることができないことが
技術常識であるとは認められない。また,本願明細書には,「置換」につい
て,保存的置換に限られる旨の記載はなく,保存的置換が,当業者の技術常
識であるとも認められない(原告は,甲20,33から保存的置換は技術常
識であると主張するが,いずれも本願発明における「置換」が保存的置換を
指すとの証拠たり得ない。)。原告の上記主張は,採用することはできな
い。
3 取消事由3(本願発明の有用性の看過)について
審決は,本願発明に有用性がないと判断しているわけではないから,原告の
主張はその前提において失当であり,理由がない。
4取消事由4(新たな拒絶理由につき拒絶理由通知をしなかったことによる手
続的瑕疵)について



(1) 審判手続の経緯
前記第2,1記載の手続の経緯及び証拠(甲4の1ないし17)によれ
ば,審判手続の経緯として,以下の事実が認められる。
ア原告は,平成11年6月3日,本願について特許出願をしたが(特願
平11?157193号),その後,平成14年9月3日付け手続補正
書(甲4の4)を提出した。同手続補正書による補正後の請求項1は次の
とおりであった。
「【請求項1】以下の特性を有する,少なくとも8個のアミノ酸の連続す
る配列を含む,ポリペプチド:
(1)該少なくとも8個のアミノ酸の連続する配列が少なくとも一つの部
位を含み,
該部位は,該少なくとも8個のアミノ酸の連続する配列からなる配
列中においても該ポリペプチド中においても,C型肝炎ウイルスに対
する抗体によって結合され得;そして
(2)該少なくとも8個のアミノ酸の連続する配列が,以下のアミノ酸配
列:【化1】ないし【化3】(略)
と,少なくとも80%の類似性を有するHCV単離株のアミノ酸配列
から得られ,ただし,該ポリペプチドは,以下のアミノ酸配列:【化
4】ないし【化6】(略)から得られ得る,少なくとも8個のアミノ
酸の連続する配列を含まない。」
イこれに対し,審査官は,本願明細書の記載が旧特許法36条3項ないし
5項に規定する要件を満たしていないとして平成15年8月18日付け拒
絶理由通知を行なった(甲4の7)。このうち,旧特許法36条3項違反
に関しては,HCV由来の変異した抗原性ポリペプチド及びそれから抗H
CV抗体に結合され得る抗原性部分断片を取得することが困難で過度の実
験ないし試行錯誤を要することを理由としていた。



ウそこで,原告は平成16年2月20日付け手続補正書(甲4の8)を提
出した。上記補正後の請求項1は次のとおりであった。
「【請求項1】以下の特性を有する,少なくとも8個のアミノ酸の連続
する配列を含む,ポリペプチド:
(1)該少なくとも8個のアミノ酸の連続する配列が少なくとも一つの部
位を含み,
該部位は,該少なくとも8個のアミノ酸の連続する配列からなる配
列中においても該ポリペプチド中においても,C型肝炎ウイルスに対
する抗体によって結合され得;そして
(2)該少なくとも8個のアミノ酸の連続する配列が,以下のアミノ酸配
列:【化1】ないし【化3】(略)
と,少なくとも80%の同一性を有するHCV単離株のアミノ酸配列
から得られ,ただし,該ポリペプチドは,以下のアミノ酸配列:【化
4】ないし【化6】(略)から得られ得る,少なくとも8個のアミノ
酸の連続する配列を含まない。」
これに対し,平成17年7月8日付けで,以下の理由で拒絶査定がされ
た(甲4の10)。すなわち,旧特許法36条3項違反に関して,本願明
細書に具体的に記載された塩基配列に基づいて新たにHCV変異体に関連
する塩基配列を決定し,そこからエピトープを同定するまでのすべてを本
願明細書の記載に基づいて行なうことは当業者に過度の負担を強いるもの
であることを理由としていた。
エ原告は,平成17年10月11日,これに対する審判請求(不服200
5?19658号事件)をすると共に,同日付け手続補正書(甲4の1
2)を提出し,これより本願発明は前記第2,2記載のとおりとなった。
前置審査の手続が行われ,平成18年3月29日付け前置報告書(甲4
の13)にも,旧特許法36条3項違反の理由として,請求項1記載のポ



リペプチドがHCVに対する抗体によって結合され得るものとなる蓋然性
は極めて低く,それを見い出すためには,当業者に期待しうる程度を越え
る試行錯誤を強いるものであることが記載されている。
オ審判官は,平成18年9月27日付けで原告に対して書面による審尋(
第1回審尋)を行ない(甲4の13),前置報告書の内容について意見を
求めたところ,原告は,平成19年3月28日付け回答書(甲4の14)
を提出し,補正案を提示した。補正案の内容は,下記のとおりであった。
「【請求項1】以下の特性を有する,少なくとも8個のアミノ酸の連続
する配列を含む,ポリペプチド:
(1)該少なくとも8個のアミノ酸の連続する配列が少なくとも一つの部
位を含み,
該部位は,該少なくとも8個のアミノ酸の連続する配列からなる配
列中においても該ポリペプチド中においても,C型肝炎ウイルスに対
する抗体によって結合され得;そして
(2)該少なくとも8個のアミノ酸の連続する配列が,以下のアミノ酸配
列:【化1】ないし【化3】(略)中に1個の欠失,挿入,または置
換を有するアミノ酸配列から得られ,ただし,該ポリペプチドは,以
下のアミノ酸配列:【化4】ないし【化6】(略)から得られ得る,
少なくとも8個のアミノ酸の連続する配列を含まない。」
カ審判官は,平成19年8月17日,書面による審尋(第2回審尋)を行
ない,本願発明について,そこでいう「C型肝炎ウイルス(HCV)に対
する抗体」は「本件の特定HCV変異体に対する抗体」と「その他の天然
に存在し得るHCVに変異体に対する特異的抗体」が含まれるとして,い
ずれの抗体も網羅的に得るのは困難であることを理由に旧特許法36条
項違反であるとした(甲4の16)。
キこれに対し,原告は,平成20年2月19日付け回答書(甲4の17)



を提出し,補正案を提出した。補正案の内容は,下記のとおりである。
「【請求項1】以下の特性を有する,8個のアミノ酸の連続する配列を
含む,ポリペプチド:
(1)該8個のアミノ酸の連続する配列が少なくとも一つの部位を含み,
該部位は,以下のアミノ酸配列【化1】ないし【化3】(略)を有す
るC型肝炎ウイルスに対する抗体によって結合され得;そして
(2)該8個のアミノ酸の連続する配列が,以下のアミノ酸配列:【化4
】ないし【化6】(略)中に1個の置換を有するアミノ酸配列から得
られる。」
ク 特許庁は,平成20年3月13日,本件審決をした。
(2) 判断
ア特許法50条159条2項によれば,審判官は,拒絶審決をするとき
は,特許出願人に対し拒絶の理由を通知し,相当の期間を指定して意見書
を提出する機会を与えることを要する。ところで,審判官が,「C型肝炎
ウイルス(HCV)に対する抗体」に「本件の特定HCV変異体に対する
抗体」と「その他の天然に存在し得るHCV変異体に対する特異的抗体」
が含まれ,それぞれについて実施可能要件を欠くとの判断を示したのは,
第2回審尋がはじめてであり,とりわけ,「C型肝炎ウイルス(HCV)
に対する抗体」に「その他の天然に存在し得るHCV変異体に対する特異
的抗体」が含まれるとの解釈を前提として,実施可能要件を欠くとの判断
を示したのは,第2回審尋がはじめてであるから,その事項については,
新たな拒絶理由に該当するというべきである。そうすると,審判官は,上
記理由については原告に対して補正の機会を与えるために改めて拒絶理由
通知を行なうべきであり,それを怠った本件の審判手続には,手続上の瑕
疵がある。
イ上記の瑕疵が,審決の結論に影響を及ぼすか否かを検討する。以下のと



おり,「C型肝炎ウイルス(HCV)に対する抗体」に,「その他の天然
に存在し得るHCV変異体に対する特異的抗体」が含まれるとの解釈を前
提にしない場合であっても,実施可能要件を欠くことは明白であるから,
上記手続の瑕疵は,審決の結論に影響するものではない。
すなわち,弁論の全趣旨によれば,上記の場合であっても,?@本願発明
では,8アミノ酸からなるペプチドにおける8個のうち1個のアミノ酸の
みを置換する場合,ペップスキャンの対象となるペプチドの数は38万8
640通りとなり,該ペプチドの調製とアッセイは12か月以上を要する
こと,?A本願発明では「少なくとも8個のアミノ酸」とあり,エピトープ
が8個以上のアミノ酸で構成されている場合が想定できること,?B元配列
に対する抗体と反応するエピトープが必ずしも存在するとはいえないこ
と,?Cどのようなアミノ酸配列からなる部位にどのような抗原性があるか
を合理的に推論することができないこと(元来抗原性を持っていない部位
が変異によって新たな抗原性を獲得することは十分にあり得る。)等の事
情を考慮すると,エピトープを探索するために,膨大な回数のペップスキ
ャンを行なうことが必要となり,当該作業は当事者に期待し得る程度を越
える過度の試行錯誤を伴うというべきであって,実施可能ということはで
きない。なお,原告は,第2回審尋に対して補正案を提出しているが,そ
の内容も上記?@,?B,?Cと同様の理由から実施可能要件を欠く。したがっ
て,原告の主張は理由がない。
5取消事由5(第2回審尋に対する第2回回答書添付の補正案についての判断
の誤り及びそれに伴う手続的瑕疵)について
原告は,審決が,第2回回答書添付の補正案について十分に検討しておら
ず,手続的瑕疵があると主張する。しかし,審尋に対する回答書において出願
人から示された補正案について,審判合議体が審理すべき義務はないから,上
補正案が新規事項に該当するとの審決の判断の当否について検討するまでも



なく,原告の主張は理由がない。
6 結論
以上のとおり,原告の主張には理由がなく,審決を取り消すべき違法は認め
られない。
したがって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文の
とおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
飯村敏明
裁判官
中平健
裁判官
上田洋幸