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事件 平成 23年 (行ケ) 10277号 審決取消請求事件
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裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2012/05/31
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成24年5月31日判決言渡

平成23年(行ケ)第10277号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 平成24年2月28日

判 決

原 告 X

訴訟代理人弁理士 志 賀 正 武

同 渡 邊 隆

同 実 広 信 哉

同 渡 部 崇

同 堀 江 健 太 郎

被 告 特 許 庁 長 官

指 定 代 理 人 上 條 の ぶ よ

同 川 上 美 秀

同 須 藤 康 洋

同 芦 葉 松 美

主 文

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と

定める。

事 実 及 び 理 由

第1 請求

特許庁が不服2008−71号事件について平成23年4月11日にした審決を

取り消す。

第2 争いのない事実

1 特許庁における手続の経緯


1
原告は,平成8年8月9日に行った出願の分割出願として,平成15年10月2

日,発明の名称を「セミフルオロアルカン及びその使用」とする発明について特許

出願し(請求項の数4。パリ条約における優先権主張 平成7年(1995年)9

月29日,ドイツ連邦共和国。以下「本願」という。(甲1)
) ,平成19年9月26

日付けで拒絶査定がされた(甲5)。原告は,平成20年1月4日,拒絶査定不服審

判(不服2008−71号事件)を請求し(甲6),平成22年9月16日付けで拒

絶理由通知がされ(甲12),平成23年2月21日,手続補正(以下「本件補正

といい,同補正後の本願に係る明細書を「本願明細書」という。)をした(甲14)。

特許庁は平成23年4月11日,「本件審決の請求は,成り立たない。」との審決を

し,その謄本は同月26日,原告に送達された。

2 特許請求の範囲

本件補正後の特許請求の範囲の請求項1は,以下のとおりである(以下,上記請

求項1に係る発明を「本願発明」という。(甲14)
) 。

「【請求項1】

下記一般式:

RFRH又はRFRHRF

(式中,

RFは,線形又は分岐ペルフルオロアルキル基を表し,

RHは,線形又は分岐飽和(炭化水素)アルキル基を表し,

線形又は分岐ペルフルオロアルキル基の炭素原子の総数が3〜20であり,

線形又は分岐飽和(炭化水素)アルキル基の炭素原子数が3〜20である)の線

形又は分岐セミフルオロアルカンを含む,挿管液体吸入法用液体呼吸剤であって,

−線形セミフルオロアルカンが,下記一般式:

F(CF2)n(CH2)mH,又は,

F(CF2)n(CH2)m(CF2)nF

(式中,n=3〜20,m=3〜20)を有し,


2
−分岐セミフルオロアルカンが,ペルフルオロアルキル基内に−FCX−単位(但

し,X=C2F5,C3F7又はC4F9)を含み,アルキル基内に−HCY−単位(但

し,Y=C2H5,C3H7又はC4H9)を含む,挿管液体吸入法用液体呼吸剤。」

3 審決の理由

審決の理由は,別紙審決書写しに記載のとおりであり,その要旨は,以下のとお

りである。

(1) 本願発明は,本願の優先日前に頒布された刊行物である特表平6−5076

36号公報(甲15。以下「引用例A」という。)に記載された発明(以下「本件引

用発明」という。)に基づいて,当業者が容易に発明することができたものであり,

本願発明が,本件引用発明に比して当業者にとって予測困難な格別顕著な効果を奏

するものであると認めることもできない。したがって,本願発明は,特許法29条

2項の規定により,特許を受けることができない。

(2) 審決が,上記判断に至る過程で認定した本件引用発明の内容,本願発明と本

件引用発明の一致点及び相違点は,以下のとおりである。

ア 本件引用発明の内容

「一般式CnF2n+1Cn’H2n’+1(nおよびn’は,約1から約10)を有する

化合物を含む挿管液体吸入法用液体呼吸剤。」

イ 本願発明と本件引用発明の一致点

「一般式RFRH(式中, Fは,
R 線形または分岐ペルフルオロアルキル基を表し,

RHは,線形または分岐飽和(炭化水素)アルキル基を表す)のセミフルオロアル

カンを含む挿管液体吸入法用液体呼吸剤。」である点

ウ 本願発明と本件引用発明の相違点

本願発明では,線形又は分岐ペルフルオロアルキル基の炭素原子の総数が3〜2

0であり,線形又は分岐飽和(炭化水素)アルキル基の炭素原子数が3〜20であ

るのに対し,本件引用発明では,線形又は分岐ペルフルオロアルキル基の炭素原子

の総数が約1から約10であり,線形又は分岐飽和(炭化水素)アルキル基の炭素


3
原子数が約1から約10である点

第3 当事者の主張

1 取消事由に関する原告の主張

審決には,引用例Aに記載された発明の認定の誤り(取消事由1),相違点の認定

の誤り(取消事由2),容易想到性の判断の誤り(取消事由3)があり,その結論に

影響を及ぼすから,違法として取り消されるべきである。

(1) 引用例Aに記載された発明の認定の誤り(取消事由1)

引用例Aには,「一般式CnF2n+1Cn’H2n’+1(nおよびn’は,約1から約

10)を有する化合物を含む挿管液体吸入法用液体呼吸剤。 が記載されているとし


た審決の認定には,以下のとおり誤りがある。

ア 引用例Aに「CnF2n+1Cn’H2n’+1 」が開示されているとした認定の誤り

引用例Aの4頁右下欄13行目には「CnF2n+1Cn’F2n’+1」と記載されてい

るのであって,「CnF2n+1Cn’H2n’+1」とは記載されていない。

審決は,引用例A中の「フルオロカーボン−ヒドロカーボン化合物」及び「C8

F17C2H5」の記載から,「CnF2n+1Cn’F2n’+1」は「CnF2n+1Cn’H2n’

+1 」の誤記であることは明白であるとしているが,この判断は,誤りである。

すなわち,引用例A中の「フルオロカーボン−ヒドロカーボン化合物」が「Cn

F2n+1−CF=CHCn’F2n’+1」(4頁右下欄13行目ないし14行目)を意味

している可能性があり,「CnF2n+1C n’F 2n’+1」を指しているとは一義的にい

えないこと,引用例Aの唯一の実施例として水素原子を全く含まないPFOBが使

用されており, 8F17C2H5」の記載が「C8F17C2F5」の誤りである可能性
「C

があることに照らすならば,引用例Aに記載された「CnF2n+1C n’F2n’+1」が

「CnF2n+1Cn’H2n’+1」の誤記であると断定することはできない。

イ 引用例Aに記載された発明を「PFOB」のみではなく「CnF2n+1Cn’H

2n’+1 (nおよびn’は約1から約10)を有する化合物」全体であるとした認定

の誤り


4
引用例Aにおいて,仮に, nF2n+1Cn’F2n’+1」の記載が「CnF2n+1Cn’
「C

H2n’+1」の誤記であるとしても,引用例Aが目的とする部分液体呼吸において,

酸素ガス供給時の呼吸の補助に使用可能な程度にまで具体的・客観的なものとして

記載されている液体フルオロカーボンは,実施例のPFOBのみである。
「一般式C

n F2n+1Cn’H 2n’+1(nおよびn’は,約1から約10)を有する化合物」が,

呼吸の補助に使用可能であることは何ら実証されておらず,また,酸素ガスを肺に

別途供給することなく,それ自体で呼吸を可能とする液体呼吸剤として使用可能で

あることの開示もない。

なお,PFOBは,臭素原子を有する化合物(正確にはC8F17Br)であるが,

「CnF2n+1Cn’H 2n’+1」(n及びn’は約1から約10)は臭素原子を有して

いないので,両者は,化合物として全く異なり,PFOBが部分液体呼吸に使用で

きることが実証されているからといって,「CnF2n+1Cn’H2n’+1」(n及びn’

は約1から約10)も同様に使用できるとはいえない。

当業者が反復実施して目的とする技術効果を上げることができない程度のいわゆ

る未完成発明は,特許法上の発明には該当せず,刊行物に,そのような文言が記載

されていたとしても,
「刊行物に記載された発明」ということはできず,引用発明と

しての適格性を欠く。引用例Aに記載された発明における「CnF2n+1Cn’H2n’

+1 」
(n及びn’は約1から約10)の化合物の使用は,発明として未完成であり,

引用発明としての適格性はない。

ウ 引用例Aに,
「挿管液体吸入法用液体呼吸剤」
(後記「全液体呼吸」)の開示が

あるとした認定の誤り

本願発明の「液体呼吸剤」は,特許請求の範囲に「挿管液体吸入法用液体呼吸剤」

と記載されているとおり,液体呼吸剤自体が肺に酸素を運搬して肺から二酸化炭素

を除去するものであり,酸素ガスを肺に別途供給することなく,それ自体で呼吸を

可能とするもの(以下,上記のような液体呼吸を「全液体呼吸」という場合がある。)

である。これに対して,引用例Aに記載の「液体フルオロカーボン」は,酸素ガス


5
を肺に別途供給して行われる呼吸を促進するために使用されており(以下,上記の

ような液体呼吸を「部分液体呼吸」という場合がある。,それ自体は酸素を供給し


ない。したがって,引用例Aは,本願発明における,それ自体で呼吸を可能とする

「液体呼吸剤」を開示していない。

なお,液体フルオロカーボンの固有の性質と,引用例Aにおける液体フルオロカ

ーボンを使用する発明の用途の開示とは異なると解すべきである。引用例A記載の

液体フルオロカーボンが「液体呼吸剤」として使用可能であることを開示している

としても,
「部分液体呼吸」に使用することしか開示していない以上,
「全液体呼吸」

に使用することが開示されていると解すべきでない。

エ 小括

以上によれば,引用例Aに記載された発明は,「酸素ガスと併用して使用される,

PFOBからなる呼吸補助剤」と認定されるべきである。

(2) 相違点の認定の誤り(取消事由2)

前記のとおり,審決は引用例Aに記載された発明の認定に誤りがあり,この発明

と本願発明との相違点の認定にも誤りがある。

本願発明と引用例Aに記載された発明との相違点は,以下のとおり「相違点1」

及び「相違点2」と認定すべきであり,これと異なる認定をした審決には,誤りが

ある。

ア 相違点1

本願発明では,下記一般式:
R FR H又はR FR HR F

(式中,
R Fは,線形又は分岐ペルフルオロアルキル基を表し,

R Hは,線形又は分岐飽和(炭化水素)アルキル基を表し,

線形又は分岐ペルフルオロアルキル基の炭素原子の総数が3〜20であり,

線形又は分岐飽和(炭化水素)アルキル基の炭素原子数が3〜20であり,


6
−線形セミフルオロアルカンが,下記一般式:
F(CF 2) n(CH 2) mH,又は,

F(CF 2) n(CH 2) m(CF 2) nF

(式中,n=3〜20,m=3〜20)を有し,

−分岐セミフルオロアルカンが,ペルフルオロアルキル基内に−FCX−単位
(但し,X=C 2F 5’C 3F 7又はC 4F 9)を含み,アルキル基内に−HCY−単位

(但し,Y=C 2H 5’C 3H 7又はC 4H 9)を含む)の線形又は分岐セミフルオロア

ルカンを使用するのに対し,引用例A記載の発明ではPFOBを使用する点

イ 相違点2

本願発明では,上記線形又は分岐セミフルオロアルカンを,それ自体で呼吸を可

能とする液体呼吸剤として使用するが,引用例A記載の発明では,PFOBをあく

まで酸素ガスを併用して呼吸の補助剤として使用する点

(3) 容易想到性の判断の誤り(取消事由3)

ア 本願発明について

酸素で飽和した液状ペルフルオロカーボンをある種の外科手術において肺に直接

注入して呼吸を行わせることは本願の優先日前に知られていたが,ペルフルオロカ

ーボンは単位体積当たりの重量が大きい。本願発明では,フッ素原子の一部をフッ

素原子より軽い水素原子に置換したセミフルオロアルカンを液体呼吸剤として使用

しており,これにより,肺に導入する液体の重量を軽減し,呼吸を容易にする。本

願発明の液体呼吸剤は,呼吸の容易化だけでなく,深海等の高圧下で圧縮された潜

水夫等の肺の拡張にも有用であり,また,宇宙飛行士用としても使用することがで

きる。本願発明の液体呼吸剤は比較的低密度であるために移動(流動)させ易く,

扱いやすい。

イ 相違点1に係る容易想到性について

(ア) 本願発明と引用例Aに記載された発明との相違点1は,前記(2)アのとおり

であるが,引用例Aには,PFOBに代えて本願発明の上記相違点1に係る線形又


7
は分岐セミフルオロアルカンを使用すべきとの記載も示唆もない。

前記のとおり, nF2n+1Cn’H2n’+1」
「C (n及びn’は約1から約10)の化

合物の使用は未完成発明であり,引用例Aに「CnF2n+1Cn’H 2n’+1」(n及び

n’は約1から約10)に関する文言が存在しても,PFOBに代えて, nF2n
「C

+1 Cn’H2n’+1」(n及びn’は約1から約10)の化合物を使用することができ

るとはいえない。

(イ) 引用例Aには, 8F17C2H5の化合物についての記載はあるが,
C 同記載は,

未完成発明の一態様にすぎないから,PFOBに代えてC8F17C2H5の化合物を

使用することができるとはいえない。さらに,C8F17C2H5は炭化水素鎖が短く

(C2H5部位は2つの炭素原子しか有さない),本願発明で使用されるセミフルオ

ロアルカンとは異なるから,仮に,PFOBに代えてC8F17C2H5を使用したと

しても,本願発明の構成に至ることはない。

(ウ) PFOBは約1.92g/cm3の密度を有するのに対し,本願発明で使用

されるセミフルオロアルカンは1.1〜1.5g/cm3程度の密度を有するにす

ぎない。本願発明では,比較的重いハロゲン原子の一部に代えて比較的軽い水素原

子を有するために密度が比較的小さいセミフルオロアルカンを使用する。本願発明

は,引用例Aに記載された発明と比較して,呼吸の容易性及び移動の容易性の点で

有利な効果を発揮するものであり,引用例Aに記載された発明に基づいて,当業者

が容易に想到できたものとはいえない。

ウ 相違点2に係る容易想到性について

本願発明と引用例Aに記載された発明との相違点2は,前記(2)イのとおりである

が,引用例Aには,PFOBを,酸素ガスの導入を別途行うことなく,それ自体で

呼吸を可能とする液体呼吸剤として使用することは,記載も示唆もない。

また,引用例Aに,「CnF2n+1Cn’H2n’+1」(n及びn’は約1から約10)

の化合物に関する記載があるとしても,引用例Aには,それ自体で呼吸を可能とす

る液体呼吸剤として,PFOBに代えて,上記化合物を使用することについての記


8
載も示唆もない。

したがって,引用例Aの記載に基づいて,当業者が本願発明を容易に発明できた

とはいえない。

2 被告の反論

(1) 引用例Aに記載された発明の認定の誤り(取消事由1)に対して

ア 引用例Aに「CnF2n+1Cn’H2n’+1 」が開示されているとした認定の誤り

に対して

「フルオロカーボン−ヒドロカーボン化合物」なる化合物は,化学構造式で示す

と「CnF2n+1Cn’H2n’+1」と表記すべきものである。引用例A中の「一般式C

n F2n+1Cn’F2n’+1(nおよびn’は,約1から約10)」は,
「フルオロカーボ

ン−ヒドロカーボン化合物」の一例として「CnF2n+1Cn’H2n’+1(nおよびn’

は,約1から約10)」を例示しようとしたものであって,誤記である。

「CnF2n+1Cn’F2n’+1」が「CnF2n+1 Cn’H2n’+1」の誤記ではないとす

ると,構造式としてまとめて書き表す場合には「CnF2n+2」と表記するのが一般

的であり,「CnF2n+1Cn’F2n’+1」のように,nとn’を区別して表記するこ

との意義を見出すことができない。

イ 引用例Aに記載された発明を「PFOB」のみではなく「CnF2n+1Cn’H

2n’+1 (nおよびn’は約1から約10)を有する化合物」全体であるとした認定

の誤りに対して

「CnF2n+1Cn’H2n’+1」(n及びn’は約1から約10)の化合物の使用は

未完成発明であり,引用発明としての適格性を欠くとの原告の主張は,以下のとお

り,理由がない。

特許を受けようとする発明の進歩性を否定するための公知発明のうち,特許法2

9条1項3号にいう特許出願前に「頒布された刊行物に記載された発明」というた

めには,特許出願当時の技術水準を基礎として,当業者が当該刊行物を見たときに,

特許請求の範囲の記載により特定される特許を受けようとする発明の内容との対比


9
に必要な限度において,その技術的思想を実施し得る程度に技術的思想の内容が開

示されていることが必要であり,かつ,それで足りる。

引用例Aには,「一般式CnF2n+1Cn’H2n’+1(nおよびn’は,約1から約

10)を有する化合物」が,酸素と二酸化炭素を容易に溶解し,医療用に用いるこ

とのできるフルオロカーボンであり,挿管液体吸入法用液体呼吸剤において使用可

能な液体フルオロカーボンであるとの説明がある。

引用例Aにおいて,ペルフルオロ臭化オクチル(PFOB)は,使用可能な液体

フルオロカーボンの中で,表面張力の観点から特に好ましいものとして例示されて

いるにすぎない。そして,引用例AにはPFOB(C8F17Br)の有用性が具体

的に裏付けられている。

引用例Aの上記記載や本願優先日当時の技術常識から,当業者は,
「一般式CnF

2n+1 Cn’H2n’+1(nおよびn’は,約1から約10)を有する化合物」は,引用

例Aに記載される他の液体フルオロカーボンやPFOBと同様に,優れた酸素溶解

性を有し,「一般式CnF2n+1Cn’H 2n’+1(nおよびn’は,約1から約10)

を有する化合物」が挿管液体吸入法用液体呼吸剤として使用可能であると理解する

ことができる。

ウ 引用例Aに「挿管液体吸入法用液体呼吸剤」(全液体呼吸)の開示があるとし

た認定の誤りに対して

本件引用発明の「液体呼吸剤」は,本願発明の「挿管液体吸入法用液体呼吸剤」

の使用対象及び使用方法と相違はなく,引用例Aは,本願発明における「液体呼吸

剤」と同じ意味の「液体呼吸剤」を開示しているから,原告の主張は理由がない。

(ア) 本願明細書の記載によれば,本願発明の「挿管液体吸入法用液体呼吸剤」は,

気管に管を挿入して肺内へ液体呼吸剤を導入することによって使用されるものを意

味する。

本願優先日当時,液体呼吸には全液体呼吸と部分液体呼吸とがあることは技術常

識であったこと,及び原告提出の意見書(甲3)の実験成績証明書の記載から,本


10
願発明の「挿管液体吸入法用液体呼吸剤」は,その用途として,部分液体呼吸に用

いられるものを包含するといえる。

一方,引用例Aには,液体フルオロカーボンを部分液体換気に用いることができ

ること,呼吸不全が誘発された肺に対して,気管カニューレを介して液体呼吸剤を

投与したことが記載されており,引用例Aに記載されている部分液体呼吸剤は,呼

吸窮迫症候群等の種々の肺症状の治療を目的として,挿管液体吸入法により用いら

れる液体呼吸剤であるといえる。

(イ) 引用例Aや本願優先日前に頒布された刊行物である「液体呼吸(Liquid

Ventilation)の利点と問題点」Neonatal Care, Vol.8,No.5,1995,p.440-449(平成

7年5月10日発行)(乙1。以下「乙1文献」という。)の記載によると,液体フ

ルオロカーボンが,酸素供給の促進作用のみならず,それ自体で酸素を供給する性

質を有しており,
「液体呼吸剤」としての作用効果を奏するということは,本願優先

日当時の技術常識であった。

引用例Aに,本件引用発明は部分液体呼吸に適したものであるとの記載があった

としても,そのような記載によって,液体フルオロカーボンの上記作用効果が否定

されるわけではない。

(2) 相違点の認定の誤り(取消事由2)に対して

前記のとおり,審決における本件引用発明の認定に誤りはなく,原告の主張は,

その前提において誤りがある。

(3) 容易想到性判断の誤り(取消事由3)に対して

前記のとおり,審決における本件引用発明の認定に誤りはなく,原告の主張は,

その前提において誤りがある。

また,原告は,本願発明の液体呼吸剤に呼吸の容易性等の効果があると主張する

が,裏付けを欠く。また,本件引用発明は,本願発明と同様にセミフルオロアルカ

ンを用いる以上,本願発明に格別の効果があるならば,本件引用発明にも,同様の

効果があるはずである。本願発明が,本件引用発明に比して,当業者にとって予測


11
困難な格別顕著な効果を奏すると認めることはできない。

第4 当裁判所の判断

1 取消事由1及び2について

事案にかんがみ,先に,取消事由1(引用例Aに記載された発明の認定の誤り)

及び取消事由2(相違点の認定の誤り)を併せて判断する。

当裁判所は,@引用例Aにおける「CnF2n+1Cn’F2n’+1」との記載は, n
「C

F2n+1Cn’H2n’+1」の誤記であり,同引用例には,「CnF2n+1Cn’H2n’+1」

の記載,開示があるとした審決の認定には誤りはなく,原告のこの点の主張は失当

であり,また,A引用例Aに記載された発明を「PFOB」のみではなく「CnF2

n+1 Cn’H2n’+1(nおよびn’は約1から約10)を有する化合物」全体である

とした審決の認定には誤りはなく,原告のこの点の主張も失当であり,さらに,B

引用例Aは,「部分液体呼吸」について開示したものであるが,本願発明も,「部分

液体呼吸」を排除したものではないから,本願発明と引用例Aに記載された発明と

は,上記の点を相違点とすべきではなく,
「全液体呼吸」についての開示の有無を相

違点としなかった審決の認定に誤りがあるとする原告の主張は失当であると解する。

その理由は,以下のとおりである。

(1) 引用例Aの記載

引用例Aは,発明の名称を「フルオロカーボンの部分液体呼吸」とする発明に係

る特許出願の公表特許公報(特表平6−507636号公報)であり,同公報には,

次の記載がある(甲15)。

「『技術分野』本発明は,肺の表面活性物質(サーファクタント)補填物および肺

疾患の治療方法に関する。本発明は,特に,種々の肺症状の治療における部分液体

呼吸技術ならびに生体適合性液体フルオロカーボンの使用を開示する。(2頁右下


欄3行目ないし6行目)

「フルオロカーボンは,フッ素置換炭化水素であり,撮像剤としておよび代替血

液として医療に用いられてきた。
・・・臭素化フルオロカーボンおよびその他のフル


12
オロカーボンは,医療分野において,適切に用いたならば安全で生体適合性をもつ

物質であるとして知られている。

さらに,酸素,ならびにガス一般は,いくつかのフルオロカーボンに対して可溶

性が高いことが知られている。この特性は,探求者に,代替血液として乳化フルオ

ロカーボンを開発させることを可能とした。・・・

注入可能なフルオロカーボンエマルジョンは,酸素のための溶剤として働く。こ

れは,より高い張力において酸素を溶解し,この酸素を分圧の低下にともなって放

出する。二酸化炭素は同様に処理される。・・・

液体呼吸はいくつかの場合において実践されてきた。動物を酸素付加されたフル

オロカーボン液に浸漬し肺をフルオロカーボンで満たす。呼吸の仕事量は,この全

体浸漬実験において増加するけれども,動物はフルオロカーボン液の呼吸から生存

のために充分な酸素を取り出すことができる。 3頁右下欄7行目ないし29行目)



「さらに,フルオロカーボンが肺の内部にある間の患者の呼吸を外部換気装置に

より補助することができる。また,フルオロカーボンは,呼吸窮迫症候群の患者に

おける部分液体換気に用いることができ,さらに,本方法は,呼吸窮迫症候群の緩

和に有効である。(4頁右上欄3行目ないし6行目)


「下記に列挙するような,本発明において有用な化合物(以下「フルオロカーボ

ン」と呼ぶ)は,一般に,ガス交換を促進することができ,これらのフルオロカー

ボンの大半は酸素と二酸化炭素を容易に溶解する。医療用に用いることのできるフ

ルオロカーボンは数多く存在する。・・・

他のフルオロカーボンは,1−ブロモ−ヘプタデカフルオロ−オクタン(C8F1

7 Br,時には,ペルフルオロ臭化オクチルあるいは「PFOB」として示される),

1−ブロモペンタ−デカフルオロヘプタン(C7F15Br),1−ブロモトリデカフ

ルオロヘキサン(C6F13Br,ペルフルオロ臭化ヘキシルまたは「PFHB」と

しても知られる)などの,臭素化ペルフルオロカーボンを含む。・・・

本発明によるさらなるフルオロカーボンは,(CH 3) 2CFO(CF2 CF2)2


13
OCF(CF3)2,
(CF3)2CFO(CF2CF2)3OCF(CF3)(CF3)C


FO(CF2CF2)F,
(CF3)2CFO(CF2CF2)2F, 6F13) 2Oなどの
(C

ペルフルオロアルキル化エーテルやポリエーテルを含む。さらに,たとえばCnF2

n+1 Cn’F2n’+1, nF2n+1OCn’F2n’+1, nF2n+1−CF=CHCn’F2n’
C C

+1 の一般式をもつ化合物のようなフルオロカーボン−ヒドロカーボン化合物があ

り,ここでnおよびn′は同一でも異なっていてもよく約1から約10(化合物が

常温で液体である限りにおいて)までである。このような化合物には,たとえば,

C8F17C2H5およびC6F13CH=CHC6H13がある。エステル,チオエーテル,

その他さまざまに変形されたフルオロカーボン−ヒドロカーボン化合物の混合物も,

本発明に用いるのに適した「フルオロカーボン」物質の広義の範囲内に包含される。

各種のフルオロカーボンの混合物も可能である。これ以上はここには挙げないが,

本開示中に記載された,肺の治療に適した特性を持つさらなる「フルオロカーボン」

も利用できる。(4頁左下欄10行目ないし右下欄22行目)


「部分液体換気処置

呼吸不全を誘発した後,気管カニューレを介して動物の肺に,PFOB液を3m

l/kgずつの漸増投与で合計容積15m1/kgまで投与した。PFOB点滴の

各投与の後,上記と同じ換気設定で15分間にわたり動物の換気を行なった。(6


頁左上欄第4行目ないし7行目)

「フルオロカーボンは気管チューブを介して直接点滴注入により供給される。フ

ルオロカーボンを液体または粉末の表面活性物質とともに与える場合には,粉末は

フルオロカーボンに混合してもよく,あるいは,フルオロカーボン投与に先だって

エアロゾルとして乳児または成人に与えてもよい。・・・

投与中に一方の肺のみを液体で換気することを望む場合には,挿管された乳児は,

機械的または手動での換気を行なうあいだ,左右側臥位に置かれる。新生児の場合

は挿管が難しいため,新生児挿管に熟練した者のみがこの処置を行なうべきであ

る。(6頁右下欄24行目ないし7頁左上欄4行目)



14
「本発明の別の態様として,部分液体呼吸の方法が得られる。

部分液体呼吸は,主に新生児を対象とする全液体呼吸にくらべて多くの利点を備

えている。明らかに,全液体呼吸から全空気呼吸への移行の困難さを,部分液体呼

吸により減少できる。肺は生体適合性流体中に浸される。肺傷害は最小限に抑えら

れこのことにより肺成熟および修復が可能となる。空気またはガスを依然として吸

気および呼気できるため,部分液体呼吸は全液体呼吸よりも行ないやすい。(7頁


右上欄4行目ないし10行目)

(2) 判断

ア 引用例Aにおける「CnF2n+1Cn’F2n’+1」との記載は誤記であり, n
「C

F2n+1Cn’H2n’+1」に係る記載,開示があるとした審決の認定の当否について

上記(1)の記載によれば,引用例Aにおける「CnF2n+1Cn’ F2n’+1」との記

載は,「CnF2n+1Cn’H2n’+1」の明白な誤記であり,同引用例には,「CnF2n

+1 Cn’H2n’+1」の記載,開示があるとした審決の認定には誤りはない。

すなわち,引用例Aには,フルオロカーボンの大半は,酸素と二酸化炭素を容易

に溶解することから,肺症状の治療のため,フルオロカーボンを部分液体呼吸の呼

吸剤として使用する発明について記載されている。

そして,引用例Aには,このような呼吸剤として使用することができるフルオロ

カーボンが多数例示されているが,そのような例示の一つとして「たとえばCnF2

n+1 Cn’F2n’+1, nF2n+1OCn’F2n’+1, nF2n+1−CF=CHCn’F2n’
C C

+1 の一般式をもつ化合物のようなフルオロカーボン−ヒドロカーボン化合物があ

り,ここでnおよびn′は同一でも異なっていてもよく約1から約 10(化合物が常

温で液体である限りにおいて)までである。このような化合物には,たとえば,C

8 F17C2H5およびC6F13CH=CHC6H13がある。」と記載されている。上記

記載は,「CnF2n+1 Cn’F2n’+1」「CnF2n+1OCn’F2n’+1」「CnF2n+1−

CF=CHCn’F2n’+1」は,いずれもフルオロカーボン−ヒドロカーボン化合物

であり,「C8F17C2H5」と「C6F13CH=CHC6H13」は上記一般式による


15
フルオロカーボン−ヒドロカーボン化合物の一つであるという趣旨と解される。

したがって,「CnF2n+1Cn’F2n’+1」はフルオロカーボン−ヒドロカーボン

化合物であり,化合物中に必ず「H」が含まれているはずであるにもかかわらず,

上記一般式には「H」が含まれていないこと, 8F17C2H5」は上記一般式によ
「C

る化合物の一つであると解されることから, nF2n+1Cn’F2n’+1」は「CnF
「C

2n+1 Cn’H2n’+1」の明白な誤記であると認められる。

この点について,原告は,引用例A中の「フルオロカーボン−ヒドロカーボン化

合物」が「CnF2n+1−CF=CHCn’F2n’+1」を意味している可能性があるこ

と,水素原子を含まないPFOBの実施例が記載されており, 8F17C2H5」の
「C

記載が「C8F17C2F5」の誤りである可能性があることから,引用例Aに記載さ

れた「CnF2n+1Cn’ F2n’+1」が「CnF2n+1Cn’H2n’+1」の誤記であるとは

断定できないと主張する。

しかし,この点の原告の主張は,採用の限りでない。すなわち,引用例Aの記載

内容からすると, nF2n+1Cn’F2n’+1」 nF2n+1OCn’F 2n’+1」 nF
「C 「C 「C

2n+1 −CF=CHCn’F2n’+1」は,いずれもフルオロカーボン−ヒドロカーボン

化合物である化合物の一般式という趣旨で記載されていると解すべきであり, n
「C

F2n+1Cn’F2n’+1」中のいずれかの「F」が「H」の誤記でない限り,意味をな

さない。また,引用例Aの記載によると, 8F17C2H5」はフルオロカーボン−
「C

ヒドロカーボン化合物の一つとして挙げられていると解せられるから,原告の主張

は採用できない。

イ 引用例Aは,
「PFOB」のみの記載,開示ではなく, nF2n+1Cn’H2n’
「C

(nおよびn’は約1から約10)を有する化合物」全体の記載,開示であると
+1


した審決の認定の当否について

上記(1)によれば,引用例Aには,
「一般式CnF2n+1Cn’H2n’+1(nおよびn′

は,約1から約10)を有する化合物」全体が呼吸剤として開示されていると認め

られる。


16
この点について,原告は,引用例A中に,酸素ガス供給時の呼吸の補助に使用可

能な程度にまで具体的・客観的なものとして記載されている液体フルオロカーボン

はPFOBだけであり,また,引用例Aの4頁右下欄9行目の「本発明によるさら

なるフルオロカーボンは」の部分は,引用例Aに対応する国際出願に係る公開公報

(甲16)では「Additional fluorocarbons contemplated in accordance with this

invention」
(本発明に〔使えそうであると〕予想されるフルオロカーボンは)」と記

載され,希望的観測が述べられているにすぎず,「一般式CnF2n+1Cn’H2n’+1

(nおよびn’は,約1から約10)を有する化合物」が,呼吸の補助に使用可能

であることは何ら実証されておらず,上記化合物の使用は未完成発明であり,引用

例としての適格を欠く旨主張する。

しかし,原告のこの点の主張は,採用できない。すなわち,引用例Aの記載によ

ると,フルオロカーボンの大半は酸素と二酸化炭素を容易に溶解し,医療用に用い

ることもでき,液体呼吸剤として使用することができるのであって,引用例Aには,

PFOB以外にも,フルオロカーボン−ヒドロカーボン化合物を含む多数のフルオ

ロカーボンが掲記されている。それらは,いずれも,酸素と二酸化炭素を容易に溶

解し,液体呼吸に有用なフルオロカーボンとして例示されているものと解される。

実施例で使用されているPFOBも,酸素と二酸化炭素を容易に溶解するという性

質から,呼吸剤として使用されているものと解される。

また,本願の優先日前に頒布された刊行物である乙1文献には,ペルフルオロカ

ーボンは液体呼吸剤に適しており,常温で液体状のペルフルオロカーボンのうち酸

素や炭酸ガスの溶解度が高いものが液体呼吸に使用可能であることが,本願の優先

日前に頒布された刊行物である乙4,乙5には,高度にフルオロ化されたセミフル

オロアルカンは,酸素を溶解し,酸素運搬剤や液体呼吸剤として有用であることが,

それぞれ記載されており,本願の優先日当時,一定のフルオロカーボンが液体呼吸

剤として使用可能であることは当業者の技術常識であったと認められる。

さらに,引用例Aの4頁右下欄9行目ないし22行目の記載に関しては,引用例


17
Aに対応する国際出願に係る公開公報(国際公開第92/19232号公報。甲1

6)では「contemplate」の語が使用されており,この単語に「予想する,(将来の

事として)考える,見通す」の意味があるとしても(甲17),引用例Aに接した当

業者は,上記技術常識に基づき,引用例Aに記載されたフルオロカーボン−ヒドロ

カーボン化合物は,「他のフルオロカーボンと同様に液体呼吸に使用できると考え

る。」との趣旨で記載されていると解すると認められる。

なお,引用例Aの表1には,PFOBを含む8種類のペルフルオロカーボンにつ

いて,食塩水に対する拡張係数を測定した結果が示されており,PFOBのみが正

の拡張係数を示し,他のペルフルオロカーボンは負の拡張係数を示しているが,拡

張係数が正の値である場合には,化合物が呼吸膜の全面に広がり,呼吸剤として望

ましいというにすぎず,その他のフルオロカーボンが呼吸剤として使用できないこ

とを意味するものではない。

以上によると,引用例Aにおいては,PFOBのみが実施例に記載され,PFO

Bの実験結果のみが記載されているが,引用例Aに接した当業者は,引用例Aに例

示されたフルオロカーボン−ヒドロカーボン化合物,すなわちセミフルオロアルカ

ンを含む他のフルオロカーボンも,酸素と二酸化炭素を容易に溶解し,PFOBと

同様に,液体呼吸に有用であると理解すると認められる。

これらを総合すれば,「一般式CnF2n+1 Cn’H2n’+1(nおよびn’は,約1

から約10)を有する化合物」も液体呼吸剤として使用可能であり,引用例Aには

「一般式CnF2n+1Cn’H2n’+1(nおよびn′は,約1から約10)を有する化

合物」を含む液体呼吸剤に係る発明が開示されており,引用例Aに記載された発明

は,容易想到性の有無を判断する前提である引用発明としての適格性に欠くとはい

えない。

また,引用例Aには「PFOB」のみしか開示されていないことを前提とした,

本願発明と引用例A記載の発明との間に第3の1(2)記載の相違点1があるとの原

告の主張も,採用できない。


18
ウ 「全液体呼吸」の開示の有無に関して,本願発明と引用例Aに記載された発

明との相違点が認定されるか否かの点について

(ア) 本願発明の意義及び相違点について

本願発明の特許請求の範囲は,第2の2記載のとおりである。

本願発明の特許請求の範囲の記載によれば,挿管液体吸入法用液体呼吸剤が全液

体呼吸のための呼吸剤であるとの限定はないこと,同明細書の記載を参照しても,

「部分液体呼吸」を排除する記載がないこと,引用例A及び乙1文献によると,本

願の優先日当時,液体呼吸には全液体呼吸と部分液体呼吸があることは,当業者に

周知であったと認められること等を総合すると,本願発明における挿管液体吸入法

用液体呼吸剤は,全液体呼吸のみに使用され,部分液体呼吸への使用を排除するも

のと解することはできない。

他方,上記(1)によれば,引用例Aには,肺症状の治療のため,フルオロカーボン

を部分液体呼吸の呼吸剤として使用すること,動物や乳児,成人に挿管した上で液

体呼吸剤を供給して液体呼吸を行うという実施例が記載されており,フルオロカー

ボンを,部分液体呼吸のため,挿管液体吸入法に使用することが開示されていると

いえる。そして,前記ア及びイも総合すると,引用例Aに記載されている発明(本

件引用発明)の内容は,「一般式CnF2n+1 Cn’H2n’+1(nおよびn′は,約1

から約10)を有する化合物を含む,部分液体呼吸に用いられる挿管液体吸入法用

液体呼吸剤」であると認められる。

そうとすると,本件引用発明が「部分液体呼吸に用いられる」挿管液体吸入法用

液体呼吸剤であるとの点は,本願発明との相違点にはならない。したがって,本願

発明と本件引用発明との相違点に関する審決の認定に誤りはなく,本願発明と引用

例A記載の発明との間に第3の1(2)記載の相違点2があるとの原告の主張も,採用

できない。

(イ) 原告の主張に対して

原告は,本願発明の特許請求の範囲に「挿管液体吸入法用液体呼吸剤」と記載さ


19
れていることに照らすならば,本願発明における液体呼吸剤は,全液体呼吸のため

の液体呼吸剤であると解されるから,本願発明と引用例Aに記載されている発明と

の間には,第3の1(2)記載の相違点2があると主張する。

しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。引用例Aには,上記のとおり,

部分液体換気の実施例として,動物や乳児,成人に挿管の上,フルオロカーボンを

供給することが記載されている。したがって,本願発明の特許請求の範囲に「挿管

液体吸入法用液体呼吸剤」と記載されていることをもって,本願発明の呼吸剤が全

液体呼吸にのみ用いられるものであると認めることもできない。

2 相違点の判断の誤り(取消事由3)について

(1) 原告の主張は,本願発明と引用例Aに記載された発明との間に第3の1(2)

記載の相違点1及び2が存在することを前提とした主張であり,前記のとおり,原

告の主張はその前提において失当であり,採用の限りでない。

なお,本願発明と本件引用発明との間には,審決が認定した相違点があるが,本

件引用発明における線形又は分岐ペルフルオロアルキル基の炭素原子の総数は約1

から約10,線形又は分岐飽和(炭化水素)アルキル基の炭素原子数は約1から約

10であり,これをいずれも3ないし20としたことに特段の技術的意義は認めら

れず,本件引用発明に接した当業者が,本願発明のうち上記相違点に係る発明に至

るのは容易であると認められる。

(2) 原告は,本願発明では,フッ素原子の一部をフッ素原子より軽い水素原子に

置換したセミフルオロアルカンを液体呼吸剤として使用したことにより,肺に導入

する液体の重量を軽減し,呼吸を容易にし,また,本願発明の液体呼吸剤は比較的

低密度であるために移動(流動)させ易く,扱いやすいという効果があると主張す

る。

しかし,引用例Aには,フッ素原子の一部をフッ素原子より軽い水素原子に置換

したセミフルオロアルカンである「一般式CnF2n+1Cn’H2n’+1(nおよびn’

は,約1から約10)を有する化合物」が開示されていること,また,線形又は分


20
岐ペルフルオロアルキル基の炭素原子の総数,線形又は分岐飽和(炭化水素)アル

キル基の炭素原子数は,いずれも3ないし10である範囲で重なっていることに照

らすならば,本願発明における呼吸剤が,上記化合物に比べて,当業者にとって予

測困難な顕著な効果を奏するとは認められない。

3 結論

以上のとおり,原告主張に係る取消事由はいずれも理由がない。その他,原告は,

縷々主張するが,いずれも理由がなく,審決には取り消すべき違法はない。よって,

主文のとおり判決する。



知的財産高等裁判所第3部




裁判長裁判官

飯 村 敏 明




裁判官

八 木 貴 美 子




裁判官

知 野 明




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