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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成25ワ28210 商標権侵害差止請求事件 判例 商標
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事件 平成 27年 (ワ) 27号 商標権に基づく差止等請求事件
東京都港区<以下略>
原告株式会社 ディーエイチ シー
同訴訟代理人弁護士 内川治哉
同 河村光
同 補佐人弁理士杉浦靖也 東京都千代田区<以下略>
被告大作商事株式会社
同訴訟代理人弁護士 大野聖二
同 大野浩之
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2015/11/13
権利種別 商標権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告は,別紙被告商品目録記載の商品に,別紙標章目録記載の標章を付し て,譲渡し,引き渡し,譲渡若しくは引渡しのために展示し,電気通信回線 を通じて提供してはならない。
2 被告は,別紙標章目録記載の標章を付した商品を廃棄せよ。
3 被告は,別紙URL目録1ないし41記載のウェブページから別紙標章目録 記載の標章を削除せよ。
4 被告は,その営業上の活動並びに商品に「DHC-DS」,「ディーエイチ シーディーエス」の表示を使用してはならない。
1 5 被告は,「DHC-DS」,「ディーエイチシーディーエス」の表示を付し た商品を廃棄せよ。
6 被告は,別紙URL目録1ないし41記載のウェブページから「DHC-D S」,「ディーエイチシーディーエス」の表示を削除せよ。
7 被告は,「dhc-ds.com」のドメイン名を使用してはならない。
8 被告は,「dhc-ds.com」のドメインの登録を抹消せよ。
9 仮執行宣言
事案の概要
1 前提事実(証拠を掲げていない事実は当事者間に争いがない。) (1) 当事者 ア 原告は,化粧品の製造販売等を目的とする会社である(甲1)。
イ 被告は,通信機器,コンピュータ及びその周辺装置・端末機器の輸出 入並びに販売等を業とする会社であり,平成22年6月頃より台湾の会 社「DHC Specialty Corp」(以下「台湾DHC」という。)からバッテ リーテスター(自動車等のバッテリーの能力を計測するもの。以下同 じ。)及びその関連商品を輸入・販売している(弁論の全趣旨)。
(2) 原告の商標権及び被告の標章 ア 原告は,以下の商標権(以下「原告商標権」といい,その登録商標を 「原告商標」という。)を有している(甲3)。
登録番号:登録第5636696号 商標(標準文字):DHC-DS 指定商品又は指定役務並びに商品及び役務の区分: 第9類 測定機械器具,バッテリーテスター,その他の電気磁気測 定器,バッテリーチャージャー,電池用充電器,充電器,その他 の配電用又は制御用の機械器具,回転変流機,調相機,電池,ブ ースターケーブル,その他の電線及びケーブル(以下「本件指定 2 商品」という。) 出願日:平成24年12月7日 登録日:平成25年12月13日 イ 被告は,別紙被告商品目録記載のバッテリーテスター及びその関連商 品(以下,併せて「被告各商品」という。)の本体及び外箱に別紙標章 目録の【標章1】及び【標章2】記載の各標章(以下,併せて「被告各 標章」という。なお,説明の便宜上,単に「DHC-DS」ということ がある。)を付し,かつ,別紙URL目録記載の被 告のホームページ (以下「被告ホームページ」という。)内において,被告各標章を表示 している。
(3) 原告及び被告の表示 ア 原告は,昭和50年以降,自己の商号,営業表示及び商品表示として 「DHC」及び「ディーエイチシー」の各名称並びに別紙原告標章目録 記載の標章(以下「原告標章」といい,「DHC」及び「ディーエイチ シー」の各名称と併せて「原告表示」という。)を使用している(甲1, 弁論の全趣旨)。
イ 被告は,平成24年4月以降,「DHC-DS」の名称及び被告各標 章(以下,「DHC-DS」の名称及び被告各標章に加え,「ディーエ イチシーディーエス」の名称を併せて「被告表示」という。)を被告各 商品に使用している。
(4) 原告及び被告のドメイン名 ア 原告は,上記(3)アのとおり原告表示を使用しているほか,原告の開設 するウェブサイトにおいて,「dhc.co.jp」のドメイン名(以下「原告ド メイン名」という。)を使用している。
イ 被告は,「dhc-ds.com」のドメイン名(以下「被告ドメイン名」とい う。)を使用し,被告各商品の販売・広告等を行っている。
3 2 本件は,原告が,@被告各標章は原告商標と同一又は類似であるなどと主 張して,被告に対し,商標法36条1項及び2項に基づき,被告各標章の使 用の差止め,被告各標章を付した商品の廃棄及び被告ホームページからの被 告各標章の削除を求め(請求の趣旨1〜3項),A原告表示は原告の商品等 表示として著名ないし周知なものであるところ,被告各標章はこれに類似す るなどと主張して,被告に対し,不正競争防止法2条1項1号及び2号,同 法3条1項及び2項に基づき,被告表示の使用の差止め,被告各標章を付し た商品の廃棄及び被告ホームページからの被告表示の削除を求め(請求の趣 旨1〜6項。このうち1〜3項は上記@の訴訟物と選択的であると解され る。),B被告ドメイン名は原告表示及び原告ドメイン名と類似しており, 被告には不正の利益を得る目的があるなどと主張して,被告に対し,同法2 条1項12号,同法3条1項及び2項に基づき,被告ドメイン名の使用の差 止め及び登録の抹消を求める事案である。
3 争点 (1) 商標権侵害に基づく請求 ア 原告商標と被告各標章の類否 イ 原告商標が商標登録無効審判により無効にされるべきものか (ア) 商標法4条1項7号による無効 (イ) 商標法3条1項柱書きによる無効 ウ 先使用の抗弁 エ 権利の濫用(2) 不正競争防止法2条1項1号,2号に基づく請求 ア 原告表示と被告表示の類否及び誤認混同のおそれ イ 原告表示の周知性,著名性(3) 不正競争防止法2条1項12号に基づく請求 ア 原告表示及び原告ドメイン名と被告ドメイン名の類否 4 イ 不正の利益を得る目的
争点に関する当事者の主張
1 商標権侵害に基づく請求 (1) 争点(1)ア(原告商標と被告各標章の類否)について 〔原告の主張〕 原告商標と被告各標章の要部はいずれも「DHC-DS」の文字であり, 「ディーエイチシーディーエス」という同一の称呼を生じる。したがって, 原告商標と被告各標章は,外観及び称呼のいずれも同一又は酷似している ため,商品の出所を誤認混同するおそれが認められる。
〔被告の主張〕 否認ないし争う。
(2) 争点(1)イ(ア)(商標法4条1項7号による無効)について 〔被告の主張〕 被告は平成22年6月頃からバッテリーテスター等に「DHC JAP AN」との標章を用いていたところ,平成24年1月,原告から当該標章 の使用につき警告を受けた。そこで,被告は,原告との間で交渉を継続す るとともに,平成24年4月頃,「DHC JAPAN」に代えて「DH C-DS」を用いるに至ったものである。
しかるに,原告は,平成24年12月,被告が使用していた「DHC- DS」について商標を出願し,原告商標権を取得した。
この原告の出願は,被告の「DHC-DS」の使用を封じ,もって被告 との交渉を有利に運ぶために行われたものであって,被告の利益を害する 剽窃的行為であり,著しく社会的妥当性を欠く。したがって,原告商標は 商標法4条1項7号により無効とされるべきものである。
〔原告の主張〕 被告が「DHC-DS」の標章を使用し始めたのは平成24年4月18 5 日以降であり,同年12月時点で被告には「DHC-DS」の標章につき 何ら蓄積された信用などない。他方,原告は昭和50年から「DHC」及 び「ディーエイチシー」の商標を用いており,かかる商標について確固た る信用を築いているのであって,原告による原告商標の登録,使用が剽窃 的行為に該当することはない。
また,原告は被告が「DHC-DS」の使用を継続できるよう最大限配 慮して交渉をしてきており,原告による原告商標の出願及び原告商標権の 取得に何ら社会的な妥当性を欠く点はない。
したがって,商標法4条1項7号によって原告商標が無効となることな どない。
(3) 争点(1)イ(イ)(商標法3条1項柱書きによる無効)について〔被告の主張〕 原告は「DHC」についてすらバッテリーテスター等の本件指定商品に 使用した実績がなく,当然,「DHC-DS」の標章を本件指定商品に用 いた実績もない。さらに,「DHC-DS」の標章を用いて本件指定商品 に用いる予定があるとも考え難い。
したがって,原告は,使用意思が全くないにもかかわらず,原告商標を 取得したものであり,原告商標は商標法3条1項柱書きにより無効とされ るべきものである。
〔原告の主張〕 原告は,化粧品及び健康食品の製造販売事業のほかにも,電化製品,ヘ リコプター事業,通信教育など多角的に事業を展開している。また,原告 は,自社製品ではないものの,原告のオンラインショップにおいて体組成 計や活動量計などの機器を販売しているほか,ヘリコプター事業において バッテリーテスターを用いた機体整備の受託事業を行っており,将来バッ テリーテスターを顧客に販売する可能性もある。そのため,原告は,原告 6 商標「DHC-DS」の出願時,原告の事業において測定機械器具,バッ テリーテスターその他の電気磁気測定器等につき原告商標を使用する意思 があったし,現在もある。
したがって,原告商標は,商標法3条1項柱書きにより無効となること はない。
(4) 争点(1)ウ(先使用の抗弁)について〔被告の主張〕 前記(2)〔被告の主張〕のとおり,被告はバッテリーテスター等につき 「DHC JAPAN」の標章の使用を開始し,平成24年4月頃から 「DHC-DS」の標章の使用を開始して,現在も継続して用いている。
原告商標の出願日である平成24年12月7日の時点では,被告の「DH C-DS」の標章は,「DHC JAPAN」の使用によって蓄積された 信用もあって,バッテリーテスターの業界において被告のバッテリーテス ター等を指すものであるとの周知性を取得していたものである。
したがって,被告は,商標法32条1項に基づき,被告各商品について 被告各標章を使用する権利を有する。
〔原告の主張〕 被告がバッテリーテスター等について被告各標章の使用を開始したのは 平成24年4月18日以降であり,約7か月半後の原告商標の出願日にお いて,被告各標章が「需要者の間に広く認識されている」状態になってい たとはいえない。また,「DHC JAPAN」と「DHC-DS」とは 全く別の標章であるため,「DHC JAPAN」の標章の使用による信 頼が「DHC-DS」の標章に引き継がれることはあり得ないし,そもそ も被告の主張によれば「DHC JAPAN」の標章の使用が開始された のも平成22年6月からにすぎない。
したがって,被告が商標法32条1項に基づいて被告各商品につき被告 7 各標章を用いる権利を有することはない。
(5) 争点(1)エ(権利の濫用)について 〔被告の主張〕 前記(2)〔被告の主張〕で主張したことからすると,原告が,このように して取得した原告商標に基づき,被告に対して「DHC-DS」をバッテ リーテスター等に使用しないよう差止めを求めることは,権利の濫用に当 たり,許されない。
〔原告の主張〕 前記(2)〔原告の主張〕のとおり,原告が,原告商標を出願し,その商標 権を取得した経緯に何ら非難されるべき点はなく,原告商標に基づいて被 告に対して使用の差止めを求めることは権利の濫用とならない。
2 不正競争防止法2条1項1号,2号に基づく請求 (1) 争点(2)ア(原告表示と被告表示の類否及び誤認混同のおそれ)について 〔原告の主張〕 被告表示の構成中,識別力を有するのは「DHC」の部分であり,原告 表示と被告表示が類似することは明白である。また,このように,被告表 示は原告表示と類似しているため,消費者が被告表示又は被告表示の付さ れた商品を見た場合,被告が原告又は原告と関係のある会社であるとか, 被告の商品が原告又は原告と関係のある会社の商品であるなどと混同する ものである。
被告は顧客層が重複しない旨を主張するが,原告は,多角的に事業を展 開しており,その顧客層は老若男女を問わず,かつ,一般消費者と事業者 の双方を顧客としているのであって,原告と被告の顧客層が重複すること に疑いの余地はない。
〔被告の主張〕 「DHC-DS」には「-DS」という文字も含まれており,これは被 8 告を示す「大作商事(だいさくしょうじ)」の「だ」と「し」の頭文字で あって,識別性において非常に重要な部分である。このため「-DS」の 部分は無視されるべきでなく,一体で理解されるべきであって,被告の使 用する「DHC-DS」は,原告の「DHC」とは外観称呼も異なる。
そして,バッテリーテスターの世界において「DHC-DS」とは被告 の製品を指すものとされており,他方で原告はバッテリーテスターに関す る商品を一切販売していない。そもそも,原告の主たる商品は化粧品,健 康食品等であり,その顧客層は一般消費者である女性である一方,被告が 取り扱っているバッテリーテスターの顧客層は整備士やメカニックといっ た特定の職業に属する男性であって,両者の顧客層は重複していない。
以上からすれば,原告表示と被告表示は類似しておらず,また混同も生 じていない。
(2) 争点(2)イ(原告表示の周知性,著名性)について〔原告の主張〕 原告は,「DHC」につき防護商標(第5010200号防護第1号, 第5010200号防護第2号)の登録を得ており,その著名性について は特許庁も認めるところである。さらに,原告の売上高は平成23年度か ら平成25年度において年間1000億円以上であること,通信販売会員 は平成26年12月時点で1224万人を超えていること,原告が原告表 示を用いて莫大な宣伝活動を行っていること,現に各種の売上高ランキン グ等でも上位にあること,原告表示が付された商品は多数の店舗で販売さ れていることをも勘案すると,原告表示に全国的な著名性及び周知性があ ることは明らかである。
〔被告の主張〕 バッテリーテスターの世界において「DHC-DS」とは被告の製品を 指すものとされており,原告の「DHC」たる標章は周知でも著名でもな 9 い。原告が「DHC」について防護標章の登録を得ているからといって, 不正競争防止法2条1項2号における「著名」の要件を満たしているとは いえない。また,原告の主張立証はいずれも化粧品等に関するものに限ら れており,バッテリーテスター等についてのものは一切含まれていない。
3 不正競争防止法2条1項12号に基づく請求 (1) 争点(3)ア(原告表示及び原告ドメイン名と被告ドメイン名の類否)につ いて 〔原告の主張〕 被告ドメイン名の要部である「dhc-ds」のうち「dhc」の部分が識別力を 有するものであり,被告ドメイン名が原告表示及び原告ドメイン名と類似 することは明白である。そして,消費者が被告ドメイン名を見た場合,被 告が原告又は原告と関係のある会社であるとか,被告の商品が原告又は原 告と関係のある会社の商品であるなどと混同するものである。
〔被告の主張〕 「ds」は被告を示す文字であり,識別性において非常に重要な部分であ って,無視されるべきではない。「dhc-ds」のドメインは一体で理解され るべきであり,「dhc」とは外観及び称呼が異なっている。
(2) 争点(3)イ(不正の利益を得る目的)について 〔原告の主張〕 原告表示は著名であるところ,被告は,このことを知りながら,遅くと も平成24年5月16日以降,原告表示と類似する被告ドメイン名を使用 しているのであって,被告には,原告が長きにわたって築き上げてきた社 会的信頼にフリーライドして不正の利益を得ようとする目的がある。
〔被告の主張〕 被告は平成24年1月に原告から警告を受けたため,誠意を見せて,D HCで検索した際に被告ホームページが上位にランク付けされないように 10 し,さらには「dhc-ds」という被告ドメイン名に変更したものである。そ して,被告ホームページには「Copyright ? 2013 Daisaku Shoji Ltd. All Rights Reserved」として,被告のホームページであることが分かるように なっているほか,「会社概要」欄でも被告がバッテリーテスター等を販売 していることが分かるようになっている。被告に不正の利益を得ようとす る目的がないことは明白である。
当裁判所の判断
1 商標権侵害に基づく請求について 本件の事案に鑑み,まず争点(1)エ(権利の濫用)について検討する。
(1) 前記第2,1の前提事実並びに以下の証拠及び弁論の全趣旨によれば, 以下の事実が認められ,同認定を覆すに足りる的確な証拠はない。なお, 証拠を掲げていない事実は当事者間に争いがない。
ア 台湾DHC 台湾DHCは,1987年(昭和62年)に設立された会社である。
創業者がA,その妻がBであることから,B Aの頭文字を取って「DH C」としたものである。
台湾DHCは,バッテリーテスター,充電器,メモリーサーバ等を販 売しており,中国及び台湾に工場を有するほか,2002年(平成14 年)には米国に「DHC USA」を設立するなど世界規模で事業を展 開し,日本,米国,欧州,台湾及び中国で特許権の取得や出願を行い, このうち米国,欧州,台湾及び中国では「DHC」の商標権を取得して いる。特に,国際的なバッテリーテスター装置産業においては,台湾D HCは上位2位入る製造会社であり,その出荷量は2012年(平成2 4年)から2014年(平成26年)にかけて●(省略)●を上回って いる(乙3の1〜乙7の5,弁論の全趣旨)。
イ 被告 11 被告は,平成22年6月頃から,台湾DHCよりバッテリーテスター 及びその関連商品を輸入・販売している。被告がこれまで「DHC」の 文字を含んだ名称で販売したバッテリーテスター等は●(省略)●以上 であり,その売上総額は●(省略)●に及んでいる。また,被告がこれ まで第三者に対してOEM品として販売した台湾DHCの製品は●(省 略)●以上であり,その売上総額は●(省略)●に及んでいる(乙1 0)。
ウ 原告 原告は,昭和50年12月に設立された会社であり,化粧品,健康食 品,食品,医薬品,遺伝子検査キット,アパレル等の商品を販売してい る(甲1,弁論の全趣旨)。また,原告のホームページ上では,「DH C」の表示が付された美顔器(甲11の1),ドライヤー(甲11の 2)が販売されているほか,原告がヘリコプター事業(空撮,遊覧,整 備等)を行っている旨の記載がある(甲11の5)。
他方,原告は,米国,欧州,台湾及び中国においては,バッテリーテ スター等の分野で「DHC」の商標を取得しておらず,またバッテリー テスター等に関する特許権を有していない。また,原告は,これまでバ ッテリーテスター等の製造・販売を行ったことがない。
エ 原告と被告の交渉経緯等 (ア) 被告は平成22年6月頃に台湾DHCからのバッテリーテスター等 の輸入・販売を開始した。その際,被告が当初使用していた標章は 「DHC JAPAN」というものであった。
(イ) 原告は,平成24年1月6日付けで,被告に対し,原告が広い分野 で「DHC」との商標を登録しており,被告の使用する「DHC J APAN」との標章は原告の商標権を侵害するなどとして,直ちにそ の使用を中止するよう求めた(甲7)。
12 (ウ) 原告は,青色の横長長方形内に「DHC」の欧文字を白抜きで表し て成る商標について商標権を有していた(登録第5192762号)。
これに対し,被告は,平成24年2月16日,当該商標の指定役務 中,第35類「電気磁気測定器・起動器・交流電動機及び直流電動機 (陸上の乗物用の交流電動機及び直流電動機(その部品を除く。)を 除く。)・交流発電機・直流発電機・配電用又は制御用の機械器具・ 回転変流機・調相機・太陽電池・陸上の乗物用の交流電動機及び直流 電動機(その部品を除く。)・電線及びケーブルの小売又は卸売の業 務において行われる顧客に対する便益の提供」について不使用取消審 判を請求した。
(エ) 被告は,平成24年2月21日付けで,原告に対し,原告の主張に は理由がないものと思料するものの,協議には応じる旨通知した(甲 8)。
以後,原告と被告は,解決に向けて交渉を行った。
(オ) 被告は,平成24年4月18日,原告に対し,「DHC JAPA N」をやめて「DHC-DS」に変更する旨を通知するとともに,以 後,「DHC-DS」の使用を開始した。
(カ) そして,被告は,原告との協議の中で,被告自身が「DHC-D S」の商標登録を受けるのは難しいため,原告において「DHC-D S」の商標登録を受けた上で,被告にその商標権を譲渡するよう求め た。これに対し,原告は,被告に譲渡することはできないものの,か かる商標権の使用を無償で許諾することを提案した。
その後,原告と被告は交渉を継続し,平成24年10月頃には,@ 原告が「DHC-DS」の商標登録を受けた上で,被告に通常使用権 を許諾する,A被告は,係属中の不使用取消審判を除き,今後,原告 の商標権の効力を争わない,などの内容で交渉が進められていた。
13 (キ) 原告は,前記(ウ)の不使用取消審判手続において,請求に係る商標を 指定役務中「電気磁気測定器の小売又は卸売の業務において行われる 顧客に対する便益の提供」について使用している旨主張していた。
しかし,特許庁は,平成24年10月30日,原告が「電気磁気測 定器の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提 供」を行っているとは認められないなどと判断して,前記(ウ)の不使用 取消審判を全部認容する旨の審決をした(乙2。平成25年1月21 日確定)。
(ク) 被告は,上記審決を受けて,交渉における原告の要求は妥当なもの ではないと考え,平成24年11月27日,原告に対し,原告が「D HC-DS」の商標登録を受けた上で,使用許諾にとどまらず商標権 自体を被告に譲渡するよう求めた(弁論の全趣旨)。
(ケ) 原告は,平成24年12月7日,「DHC-DS」について商標 (原告商標)を出願し,平成25年12月13日,その登録を受けた。
(2) 上記のとおり,台湾DHCはその設立から30年近くを経た会社であり, 諸外国で「DHC」の商標権を取得している上,バッテリーテスター等に ついて相当な製造実績を有している。そして,被告はこの台湾DHCから バッテリーテスター等を輸入・販売しており,現在に至るまで台数にして ●(省略)●,金額にして●(省略)●規模の販売実績を有しているもの である。
また,被告は,その使用する標章をめぐって原告と交渉する中で,「D HC JAPAN」との標章の使用をやめて「DHC-DS」という標章 を使用し始めたものであって,被告も原告の利益に一定程度の配慮をして いることがうかがわれ,この点に特段の背信性等があるともいい難い。
そして,被告が使用し始めた「DHC-DS」との標章(被告各標章) についてみても,「DHC」との部分のみならず「DS」という部分も造 14 語であって(被告は「大作商事(だいさくしょうじ)」の「だ」と「し」 の頭文字であると説明する。),この部分だけが特定の観念を有するもの でもないし,文字の大きさも「DS」の部分は「DHC」の部分と同じか やや小さい程度にとどまるのであって,被告各標章全体をみても,「DH C」の部分のみが著しく強調されているというわけでもない。
他方で,原告は,「化粧品,健康食品,食品,医薬品,遺伝子検査キッ ト,アパレル等」の商品を販売する会社であって(原告自身,訴状ではこ のように説明していた。),不使用取消審判でも指摘されたように「電気 磁気測定器の小売」を行ったことはなく,ましてやバッテリーテスターの 製造・販売を行ったこともない。しかるに,原告は,被告の使用する標章 をめぐって交渉を積み重ねている中で,被告が譲歩を示して,当初原告か ら商標権の侵害であるとして使用の中止を求められた「DHC JAPA N」を「DHC-DS」という標章に変更してこれを使用していることを 十分認識しながら,被告との交渉が条件が折り合わず暗礁に乗り上げたと みるや,自らの標章につき不使用取消審判を受けているにもかかわらず, あえて被告の使用していた「DHC-DS」の文字につき,指定役務にわ ざわざバッテリーテスターを含めた上で,原告商標として出願し,その登 録を得ると,直ちにこれを被告に対して行使したことが認められる。
以上の諸事情に照らせば,原告が,被告に対し,原告商標権に基づいて 被告各標章の使用の差止めを求めるとともに,被告各標章を付した商品の 廃棄等を求めることは,権利の濫用に当たり,許されないものといわざる を得ない。
(3) この点に関して原告は,「DHC-DS」という原告商標の出願当時, 同商標をバッテリーテスター等に使用する意思があったと主張する。
しかし,原告は,当審において,被告からその具体的な理由及び事業計 画を明らかにするよう求められたにもかかわらず,これを明らかにしない。
15 そもそも原告は「化粧品,健康食品,食品,医薬品,遺伝子検査キット, アパレル等」の商品を販売する会社というのであって,原告のホームペー ジ上では美顔器やドライヤーが販売されていることや,ヘリコプター事業 を行っている旨の記載があることを考慮に入れても,原告が,原告商標の 出願当時,バッテリーテスター等の製造・販売事業に参入する事業計画が あったとか,ましてやバッテリーテスター等の製造・販売に当たって「D HC」ではなく「DHC-DS」という原告商標を使用する具体的な意思 があったことをうかがわせる証拠は何ら存しない。
(4) 以上によれば,争点(1)アないしウについて判断するまでもなく,原告の 商標権侵害に基づく請求は理由がない。
2 不正競争防止法2条1項1号,2号に基づく請求について 事案に鑑み,まず,争点(2)ア(原告表示と被告表示の類否及び誤認混同の おそれ)について検討する。
(1) 不正競争防止法2条1項1号における類否 ある商品等表示が不正競争防止法2条1項1号にいう他人の商品等表示 と類似するか否かについては,取引の実情のもとにおいて,取引者又は需 要者が両表示の外観,称呼又は観念に基づく印象,記憶,連想等から両表 示を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるか否かを基準として 判断するのが相当である(最高裁昭和57年(オ)第658号同58年1 0月7日第二小法廷判決・民集37巻8号1082頁参照)。
以上を前提に,原告表示と被告表示の類否を検討する。
外観 まず,原告表示とは,@「DHC」の名称,A「ディーエイチシー」 の名称,B原告標章をいう。このうちBの原告標章は,青色の横長長方 形内に白抜きの欧文字で「DHC」と横書きして成るものである。
他方,被告表示とは,@「DHC-DS」の名称,A「ディーエイチ 16 シーディーエス」の名称,B被告各標章をいう。このうちBの被告各標 章は,黒色の横長長方形内に白抜きの欧文字で「DHC-DS」 「Battery Energy Management Solutions」と上下二段に横書きで記載さ れ , 「 D H C - D S 」 と の 構 成 部 分 と 「 Battery Energy Management Solutions」との構成部分から成る結合標章であり,前者の構成部分の文 字は後者の構成部分の文字に比べて大きく強調されている。なお,被告 各標章のうち別紙標章目録の【標章1】は「DHC」と「DS」の文字 の大きさは同一であるが,同目録の【標章2】は,「DHC」の文字に 比べて「DS」の文字の大きさがわずかに小さい。
これらの原告表示と被告表示の外観を比較すると,この中には共通す る部分があるといえなくもないものの(例えば,原告表示の@と被告表 示の@は,いずれも「DHC」という部分が共通する),全体としてみ ると,原告表示は基本的には欧文字3字という文字数の少ない単純な構 成であるのに対し(原告表示@及びB),被告表示の中心的構成である 「DHC-DS」は5字の構成であり,「-(ハイフン)」を考慮する と 全 体 の 長 さ が 異 な り ( 被 告 表 示 @ 及 び B ) , 「 Battery Energy Management Solutions」という商品の分野を想起させる文字も記載され ていることから(被告表示B),全体として異なるものといわざるを得 ない。
称呼 原告表示の@,A及びBは,いずれも「ディーエイチシー」との称呼 を有するものと認められる。
他方,被告表示の@及びAは,いずれも「ディーエイチシーディーエ ス」との称呼を有するものと認められ,被告表示Bのうち「DHC-D S 」 と の 構 成 部 分 は 「 デ ィ ー エ イ チ シ ー デ ィ ー エ ス 」 , 「 Battery Energy Management Solutions」との構成部分は「バッテリーエナジーマ 17 ネージメントソリューションズ」との称呼を有するものと認められる。
これらの原告表示と被告表示の称呼を比較すると,上記アと同様に, 全体として異なるものといわざるを得ない。
観念 (ア) 原告表示の@及びBは欧文字3字から成り(なお,原告表示のAは これを読み下したものである。),造語であると認められ,何らの観 念も生じない。
他方,被告表示の@と,Bのうち「DHC-DS」との構成部分は, 欧文字3字(DHC),ハイフン,欧文字2字(DS)から成るもの であり(なお,被告表示のAはこれを読み下したものである。),こ れを全体としてみても,また「DHC」と「DS」とに分割してみて も,いずれも造語であると認められ,何らの観念も生じない。
(イ) ところで,原告は,これまで原告が「DHC」などの原告表示を用 いて大規模な宣伝活動を行っており,現に各種の売上高ランキング等 でも上位にあることなどを指摘している。そうすると,これらを前提 とする限りは,「DHC-DS」などの被告表示についても,ここか ら観念される営業主体が原告に限られるように思われなくもない。
しかし,原告の大規模な宣伝活動は,原告の提出する書証によって も,化粧品,健康食品,アパレル等の分野に限られており(甲13の 1〜7,13〜18),各種の売上高ランキング等も化粧品をはじめ とする通信販売のランキングにすぎない(甲14の1〜5)。また, 原告は,過去及び現在を通じて,バッテリーテスター等の製造・販売 事業を行っておらず,その事業分野に参入する具体的な事業計画があ ることをうかがわせる証拠もない。
他方,前記1で認定したとおり,台湾DHCはその設立から30年 近くを経ており,諸外国で「DHC」の商標権を取得している上,バ 18 ッテリーテスター等について相当な製造実績を有している。そして, 被告はこの台湾DHCからバッテリーテスター等を輸入・販売してお り,このうち「DHC」の文字を含んだ名称で販売したバッテリーテ スター等は●(省略)●以上,売上額にして●(省略)●に及ぶとい うのである。被告のバッテリーテスター等について触れた通信販売サ イト上ないしブログ上の各種コメント(乙9の1〜15)をも併せ考 慮すると,バッテリーテスター等の取引者又は需要者の間において, 「DHC」ないし「DHC-DS」との名称から営業主体として台湾 DHCや被告を想起する者は相当数存在するようにうかがわれる。
さらに,@株式会社クボタは「トラクター並びにその部品及び附属 品」を指定商品として「DHC」(標準文字)との商標につき商標権 を取得し(乙14の1),現にトラクターに使用していること(乙1 8。ただし,英文のウェブサイトである。),A第一法規株式会社は 「印刷物」を指定商品として「DHC」の欧文字から成る商標につき 商標権を取得し(乙14の2),現に印刷物に使用していること(乙 15),B他にも,化粧品等以外の分野では,「DHC」や「ディー エイチシー」等の文字を名称に含む会社が複数存在していること(乙 16の1〜3。このうち「霞が関ディー・エイチ・シィー株式会社」 は,昭和59年に設立され,三井不動産株式会社が70%,東京ガス 株式会社が30%の株式を有する会社であり,熱供給事業を業とす る。)なども考慮すると,少なくとも,「DHC-DS」との名称, 「ディーエイチシーディーエス」との名称及び被告各標章からそれぞ れ観念される営業主体について,これが原告だけに限られるとまでは いうことができないという,取引の実情も存する。
エ 小括 以上の諸事情を総合考慮すれば,原告表示と被告表示とを比較した場 19 合,上記取引の実情のもとにおいて,取引者又は需要者が両表示の外観, 称呼又は観念に基づく印象,記憶,連想等から両表示を全体的に類似の ものとして受け取るおそれがあるとまではいえない。
したがって,原告表示と被告表示との間に,不正競争防止法2条1項 1号にいう類似性があるとまではいうことができない(なお,以上述べ たところからすれば,同号にいう混同が生じているということもできな い。)。
(2) 不正競争防止法2条1項2号における類否 不正競争防止法2条1項2号における類似性の判断基準も,同項1号に おけるそれと基本的には同様であるが,両規定の趣旨に鑑み,同項1号に おいては,混同が発生する可能性があるのか否かが重視されるべきである のに対し,同項2号にあっては,著名な商品等表示とそれを有する著名な 事業主との一対一の対応関係を崩し,稀釈化を引き起こすような程度に類 似しているような表示か否か,すなわち,容易に著名な商品等表示を想起 させるほど類似しているような表示か否かを検討すべきものと解するのが 相当である。
これを本件についてみるに,前記のとおり,原告表示と被告表示とは, 外観,称呼においてそれぞれ全体として異なるものといわざるを得ない上, 取引の実情についてみても,原告はバッテリーテスター等の製造・販売事 業を行っていないこと,他方で台湾DHC及び被告はバッテリーテスター 等については相当な製造,販売実績があること,原告以外にも「DHC」 について商標権を取得したり,これを名称に含んだりする会社が複数存在 していることなどを考慮すると,仮に原告表示に著名性が認められるとし ても,被告表示において,容易に原告表示を想起させるほどこれに類似し ているとまでいうことは困難である。
したがって,原告表示と被告表示との間に,不正競争防止法2条1項2 20 号にいう類似性があるとまではいうことができない。
(3) 以上によれば,争点(2)イについて判断するまでもなく,原告の不正競争 防止法2条1項1号,2号に基づく請求は理由がない。
3 不正競争防止法2条1項12号に基づく請求 上記2において説示したところに照らせば,原告表示及び原告ドメイン名 と被告ドメイン名についても,これが類似しているということはできない (争点(3)ア)。
なお,先に認定した台湾DHCの事業内容及び実績,バッテリーテスター 等についての被告の輸入・販売実績等に照らせば,被告が被告ドメイン名を 使用していることにつき,原告の社会的信用にフリーライドして不正の利益 を得ようとする目的があるとも認め難い(争点(3)イ)。
いずれにせよ,原告の不正競争防止法2条1項12号に基づく請求は,理 由がない。
4 結論 よって,本訴請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし, 主文のとおり判決する。
追加
瀬孝裁判官勝又来未子22 (別紙)被告商品目録1.DS6デジタルバッテリーテスター2.DSR77デジタルバッテリーテスター3.DSMOTOバイク(2輪)用バッテリーテスター4.DSB11デジタルバッテリーテスター5.DSB22デジタルバッテリーテスター6.DSR02デジタルバッテリーテスター7.メモリーセーバーMS28.メモリーセーバーMS-19.EZ812両極性ブースターケーブル10.DS8バッテリーテスター11.DS4バッテリーテスター23 (別紙)標章目録【標章1】【標章2】24 (別紙)URL目録ページタイトルURL1製品情報ページ省略2トップページ省略3製品情報トップページ省略4DS6(製品概要)省略5DS6(仕様)省略6DSR77(製品情報省略)7DSR77(製品概要省略/バッテリー診断テスト)8DSR77(製品概要省略/始動能力診断テスト)9DSR77(仕様)省略10DSR77(使用方法省略)11DSR77(よくある省略質問と答え)12DSMOTO(製品概省略要)13DSMOTO(仕様)省略25 14DSB11(製品概要省略)15DSB11(仕様)省略16DSB11(使用方法省略)17DSB22(製品概要省略)18DSB22(仕様)省略19DSB22(使用方法省略)20DSR02(製品概要省略)21DSR02(仕様)省略22メモリーセーバーMS省略223メモリーセーバーMS省略24EZ812(製品概要省略)25EZ812(仕様)省略26ダウンロードトップペ省略ージ27総合カタログ省略28DS8カタログ省略29DS6カタログ省略26 30DS4カタログ省略31DS77カタログ省略32DSB11カタログ省略33MS2カタログ省略34DSMOTOカタログ省略35DSR77取扱説明書省略36DSR02取扱説明書省略37DSB11DSB2省略2取扱説明書38DSMOTO取扱説明省略書39MS-1取扱説明書省略40お問い合わせ省略41会社情報省略27 (別紙)原告標章目録28
裁判長裁判官 東海林保
裁判官 21