運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 27年 (ワ) 14906号 損害賠償等請求事件
当事者及びその略称の表示 別紙当事者目録記載のとおり
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2017/03/15
権利種別 商標権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
請求
1 原告A@の請求 被告長寿介護センターは,原告A@に対し,1億0589万5232円及びこれに対する平成27年7月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告ひまわりの請求 ア 被告長寿介護センターは,原告ひまわりに対し,1億0589万5232円及びこれに対する平成27年7月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
イ 被告長寿介護センターは,原告ひまわりに対し,1603万1510円及びこれに対する平成27年7月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
ウ 被告ことぶき及び被告長寿介護センターは,原告ひまわりに対し,連帯して1680万円及びこれに対する平成27年7月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要等
1 事案の要旨 被告長寿介護センターは,「ひまわりホーム新宿」と称する有料老人ホーム( 以 1 下,単に「ひまわりホーム新宿」といい,これに係る事業を「ひまわりホーム新宿事業」という。)を含む7つの有料老人ホームを運営していた。同被告の発行済株式全部を保有し,同被告の代表取締役を務めていた原告A@の支配下から,被告ことぶきの支配下に,被告長寿介護センターの運営に係る有料老人ホーム事業を関連事業とともに移転することとなった。そこで,同原告から被告ことぶきに対し,被告長寿介護センターの発行済株式全部を,関連会社の発行済株式全部などとともに,同原告から被告ことぶきに譲渡することとなった。ところが,同被告から譲渡代金を減額して欲しいとの申入れを受けたことから,原告A@は,ひまわりホーム新宿事業については,事業移転の対象から除外することとし,必要な行政手続の完了後,被告長寿介護センターの事業から分離して,同原告の指定する者である原告ひまわりに事業譲渡することとした。
本件は,(1)原告らそれぞれが(ただし,原告らは,原告A@の請求と原告ひまわりの請求のいずれか一方が認められるべきであるとするものであり,両原告の請求が共に認められるべきであると主張するものではない。),被告長寿介護センターに対し,同被告と原告A@又は原告ひまわりとの間で,同被告の原告ひまわりに対するひまわりホーム新宿事業の譲渡に伴い,別紙事業利益等一覧表記載の事業利益及び介護保険料収入(以下,それぞれ「本件事業利益」及び「本件介護保険料収入」といい,これらを併せて「本件事業利益等」という。)を原告A@又は原告ひまわりに支払う旨の黙示の合意(以下「本件黙示の合意1」といい,そのうち,本件事業利益に係るものを「本件黙示の合意1(1)」と,本件介護保険料収入に係るものを「本件黙示の合意1(2)」とそれぞれいう。)が成立したと主張して,本件黙示の合意1に基づき,同別紙記載の金員(合計1億0589万5232円)及びこれに対する平成27年7月7日(同被告に対する訴状送達の日の翌日)から支払済までの民法所定年5分の遅延損害金の支払を求め(仮に,本件黙示の合意1が認められないときは,原告ひまわりが,予備的請求として,同被告に対し,法律上の原因なく,上記金員と同額の利得が同被告に生じており,そのためにこれと同額の 2 損失が同原告に生じていると主張して,不当利得返還請求権に基づき,上記金員及び遅延損害金の支払を求め)(前記第1の1及び第1の2ア。以下,これらの請求を「本件請求(1)」という。),(2)原告ひまわりが,被告長寿介護センターに対し,同原告と同被告との間で,ひまわりホーム新宿の入居者に対する保証金及び入居一時金(以下,これらを併せて「本件保証金等」という。)の返還債務(以下「本件保証金等返還債務」という。)について,同原告が同被告からひまわりホーム新宿事業を譲り受ける際,同債務を同被告から同原告が承継し,本件保証金等相当額を同被告が同原告に対して支払う旨の黙示の合意( 以下「本件黙示の合意2」という。)が成立したと主張して,本件黙示の合意2に基づき,本件保証金等相当額1603万1510円及びこれに対する平成27年7月7日(同被告に対する訴状送達の日の翌日)から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求め(仮に,本件黙示の合意2が認められないときは,予備的請求として,同原告が,同被告からひまわりホーム新宿事業を譲り受け,ひまわりホーム新宿の入居者の本件保証金等の返還債務を承継したこと(少なくとも,同債務を履行したこと)により,法律上の原因なく,本件保証金等相当額(少なくとも,既履行部分相当額)の利得が同被告に生じており,そのためにこれと同額の損失が同原告に生じていると主張して,不当利得返還請求権に基づき,上記本件保証金等相当額及び遅延損害金の支払を求め)(前記第1の2イ。以下,これらの請求を「本件請求(2)」という。),(3)原告ひまわりが,被告らに対し,被告長寿介護センターは,被告ことぶきと共謀の上,「ホームあしすと」というタイトルの有料老人ホーム紹介誌(以下「ホームあしすと誌」という。)を発行する株式会社シニアサポート(以下「シニアサポート」という。)に対し,「ひまわりホーム新宿は事業を行っていない」旨の虚偽の説明(以下「本件虚偽説明」という。)をし,同原告によるひまわりホーム新宿事業の承継後,同誌にひまわりホーム新宿が紹介されなくなる事態を招いて同原告に損害を被らせたと主張して,不法行為(共同不法行為)に基づく損害賠償金1680万円及びこれに対する平成27年7月7日(各被告に対する訴状送達 3 の日の翌日)から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の連帯支払 を求め ている (前記第1の2ウ。以下 ,こ れら の請求を「 本件請求 (3)」 と いう。)事案である。
2 前提事実(当事者間に争いがないか,後掲の証拠等により容易に認められる事実。なお,書証番号は,特記しない限り枝番の記載を省略する。また,証人AAの尋問の結果〔以下「証人AA」と略称する。〕,原告A@本人兼原告ひまわり代表者A@の尋問の結果〔以下「原告A@本人」と略称する。〕及び被告長寿介護センター代表者ABの尋問の結果〔以下「被告長寿介護センター代表者」と略称する。
なお,同人は,尋問を実施した第2回口頭弁論期日(平成28年11月9日)の時点において,既に同被告の代表取締役を辞任していたが,会社法351条1項により,なお代表取締役としての権利義務を有していた。〕については,証人調書又は本人調書別紙速記録中,当該証言又は供述が記載された該当頁を付記することがある。) (1) 当事者等 ア 原告ら (ア) 原告ひまわりは,平成24年12月20日,原告A@を代表取締役として設立された株式会社であり,平成26年4月1日以降,ひまわりホーム新宿事業を運営している。
(イ) 原告A@は,現在,原告ひまわりの代表取締役を務める者であるが,従前,被告長寿介護センターの取締役兼代表取締役を務め,同被告の発行済株式全部を保有していた(乙8,弁論の全趣旨)。
イ 被告ら (ア) 被告ことぶきは,一般労働者派遣事業等を目的とする株式会社であり,平成25年2月18日(以下「本件株式譲渡日」ということがある。)以降,被告長寿介護センターの発行済株式全部を保有している。
(イ) 被告長寿介護センターは,平成26年3月31日まで,ひまわりホーム新宿 4 を含む7つの有料老人ホーム(ひまわりホーム新宿,ひまわりホーム雪谷,ひまわりホーム洋光台,ひまわりホーム鎌倉,ひまわりホーム川崎大師,ひまわりホーム新千鳥及びひまわりホーム北赤羽)を運営していた株式会社であり,同年4月1日以降,上記有料老人ホームのうち,ひまわりホーム新宿を除く6つの有料老人ホームを運営するようになったが,事業縮小のため,同月30日をもって,ひまわりホーム雪谷に係る事業を廃止し,同事業を関連事業所に移行した(乙10)。
(ウ) AA(以下「AA」という。)は,従前,被告ことぶきの取締役兼代表取締役であったが,平成28年4月23日,代表取締役及び取締役を退任し(同年5月20日登記),同年5月19日,再度,取締役に就任した(同月20日登記)。従前,同被告の事務長職にあったAB(以下「AB」という。)は,同月19日,同被告の取締役兼代表取締役に就任し(同月20日登記),同年11月2日,代表取締役及び取締役を辞任した(同月25日登記)。ACは,同年5月19日,同被告の取締役に就任し(同月20日登記),同年11月25日,代表取締役に就任した(同月30日登記)。
また,AAは,平成25年2月22日,被告長寿介護センター取締役兼代表取締役に就任したが,平成27年3月17日,代表取締役及び取締役を退任した(平成28年5月20日登記)。ABは,平成28年5月19日,同被告の取締役兼代表取締役に就任し(同月20日登記),同年11月2日,代表取締役及び取締役を辞任した(同月25日 登記)。ACは,同年5月19日,同被告の取締役に就任し(同月20日登記),同年11月25日,代表取締役に就任した(同月30日登記)。 (以上につき,甲52,弁論の全趣旨) ウ 医療法人社団向生會(以下「向生会」という。)は,被告長寿介護センターが運営していた老人ホームに出張診療することを主な業務内容としていた医療法人である(甲17,40)。
(2) 事業承継の打合せの申込み 被告ことぶきと被告長寿介護センター(当時の代表取締役は,原告A@である。) 5 とは,平成24年10月4日付けで「事業継承申込書」と題する書面(甲19)を取り交わすことにより,被告ことぶきが,被告長寿介護センターに対し,同被告並びにそのグループ会社である全国福祉サービス株式会社及び全福総合食品株式会社(以下,これら三社を「本各法人」という。)の事業を承継すること(以下「三社事業承継」という。なお,上記書面には「事業継承」とあり,通常の事業承継の意味とは異なる文脈で使用されている部分もあるが,以下では,書証中の文言を引用する場合以外はすべて「事業承継」ということとする。)についての打合せを申し込み,同被告がこれを承諾した(なお,上記書面には,「事業継承金額 450,000,000円」「上記の譲渡金額を当社(判決注:被告ことぶき)で精査させていたく ( マ マ ) 為,下記資料のご提出をお願い致します。」「デューデリジェンス後に当社より改めて譲渡金額はご提示します。」「譲渡金額,支払方法等は,別途契約書を作成して正式契約とさせて頂きます。」などの記載があり,この段階では,被告ことぶきが被告長寿介護センターに資料開示を求め,被告長寿介護センターがこれに応じたにすぎず,三社事業承継を行う旨の合意が成立したわけではない。)。
(3) 原告A@と被告ことぶきの基本合意 原告A@は,平成25年1月17日当時,被告長寿介護センターの代表取締役を務めるとともに,被告長寿介護センターの発行済株式全部を保有していた。また,その当時,同被告が運営していた有料老人ホーム事業は,前記(1)イ(イ)の7つの有料老人ホーム(ひまわりホーム新宿,ひまわりホーム洋光台,ひまわりホーム雪谷,ひまわりホーム鎌倉,ひまわりホーム川崎大師,ひまわりホーム新千鳥及びひまわりホーム北赤羽)の運営であった。
原告A@と被告ことぶきは,同日頃,同日付け「事業譲渡にかかる基本合意書」(甲1。以下「本件基本合意書」という。)を取り交わすことにより,三社事業承継に向生会の事業承継を加えた事業承継(以下「本件事業承継」という。)について,別紙本件基本合意書の要点(同別紙では,本件基本合意書の文言を本判決で定義した文言等に置換し,明らかな誤記を適宜修正した。)記載の内容の合意(以下 6 「本件基本合意」という。)をした。
(4) 原告A@と被告ことぶきの株式譲渡契約 原告A@と被告ことぶきは,平成25年2月18日(本件株式譲渡日),同原告が保有する本各法人の発行済株式全部を,本件基本合意に基づいて,同原告から同被告に譲渡することに関し,同日付け株式譲渡契約書(甲2。以下「本件株式譲渡契約書」という。)を取り交わすことにより,別紙本件株式譲渡契約書の要点(同別紙では,本件株式譲渡契約書の文言を本判決で定義した文言等に置換し,明らかな誤記を適宜修正した。)記載の内容の契約(以下「本件株式譲渡契約」という。)を締結した(なお,本件株式譲渡契約書には,「平成25年1月21日付け事業譲渡に係る基本合意書に基づき株式を譲渡する」旨記載されているが,同日付けの合意書は取り交わされておらず,同契約書にいう「平成25年1月21日付け事業譲渡に係る基本合意書」は,同月17日頃取り交わされた本件基本合意書を意味する〔争いがない。〕。)。
(5) 被告ことぶきによる株式譲渡代金の支払と株式の移転 被告ことぶきは,平成25年2月18日までに,原告A@に対し,本各法人の発行済株式全部の譲渡代金として合計3億8000万円を支払い,同日,原告A@は,被告ことぶきに本各法人の全株式を譲渡した。
(6) ひまわりホーム新宿の分離 原告A@は,平成26年3月31日までの間に,本件基本合意書9条2項に基づき,被告長寿介護センターの事業のうち,ひまわりホーム新宿事業を分離し,原告A@が代表取締役を務める原告ひまわりが同事業を承継して行うための各種行政手続を履践した。
原告ひまわりは,従前,被告長寿介護センターが賃借していた建物を平成26年4月1日付けで賃借し,同日以降,ひまわりホーム新宿事業の運営を行っている(甲23,26,28)。
(7) 本件保証金等返還債務 7 ひまわりホーム新宿に入居を希望する者は,被告長寿介護センターとの入居契約締結時に,入居金として2年契約で157万5000円,保証金50万円を支払い,月額利用料として住居費,食費,光熱水費,施設運営費を支払うことになっており,同被告は,ひまわりホーム新宿の入居者との入居契約終了時又は入居契約解除時に,当該入居者に対し,入居金についてはその未償却額を,保証金については精算後の残額を返還すること,入居金は2年契約の場合,入居時に入居金のうちの30%を一括償却し,残りについては,契約締結日より730分の1ずつ償却し,730日目をもって完了すること,保証金は,未払金又は未負担金等があればこれを精算した後に返還することとされていた(甲27,弁論の全趣旨)。
なお,有料老人ホームの設置者のうち,終身にわたって受領すべき家賃等の全部又は一部を一括して受領するものは,前払金の算定の基礎を書面で明示し,かつ,前払金について返還債務を負うこととなる場合に備えて必要な保全措置を講じなければならないとされているが(老人福祉法29条7項),平成18年3月31日までに設置届出済みの有料老人ホームは,上記の保全措置は義務付けられていないところ,ひまわりホーム新宿が同日までに設置届済みの有料老人ホームであったことなどから,ひまわりホーム新宿事業においては,上記保全措置は取られておらず,本件保証金等に対応する別段預金等は存在しない(甲37,原告A@本人〔15〜16頁〕,被告長寿介護センター代表者〔24〜25頁〕,弁論の全趣旨)。
3 争点 (1) 本件請求(1)は認められるか(争点1) ア 本件黙示の合意1は成立したか(争点1(1)) イ 本件事業利益等につき不当利得返還請求ができるか(争点1(2)) (2) 本件請求(2)は認められるか(争点2) ア 本件黙示の合意2は成立したか(仮に成立した場合,相殺は認められるか)(争点2(1)) イ 本件保証金等につき不当利得返還請求ができるか(争点2(2)) 8 (3) 本件請求(3)は認められるか(争点3) ア 被告らは本件虚偽説明をしたか(争点3(1)) イ 損害の発生及びその額(争点3(2))
争点に対する当事者の主張
1 争点1(本件請求(1)は認められるか)について (1) 争点1(1)(本件黙示の合意1は成立したか)について 【原告らの主張】 ア 本件事業承継及びひまわりホーム新宿事業の分離に至る経緯 原告A@は,平成24年頃,被告長寿介護センターの運営に係る有料老人ホーム事業を売却することにして,友人から紹介されたAA(その当時の被告ことぶきの代表取締役)と交渉を重ね,被告ことぶきに対し,上記老人ホーム事業及び同老人ホームに関連する診療所を運営する向生会を売却することになり,売却金額を合計4億5000万円とした。ところが,本件基本合意の締結段階になって,AAが,「お金が7000万円足りないので,老人ホームをどこか1か所外して,代金を3億8000万円にして欲しい。基本合意後,4ないし5か月すれば7000万円を準備できるので,外した老人ホームについても買い受ける。」旨申し入れてきたため,原告A@とAAとで話し合い,ひまわりホーム新宿事業を売却対象から除外することになった。
イ 原告A@と被告ことぶきの合意(ア) 原告A@と被告ことぶきとの間で,本件株式譲渡日(平成25年2月18日)までの間に,後記(ウ)の@ないしDの事情から,@平成24年4月1日(平成23年度の被告長寿介護センターの決算日の翌日)から平成25年2月17日(原告 A@がその保有に係る被告長寿介護センターの発行済株式全部を被告ことぶきに譲渡した日の前日)までの期間(以下「本件期間@」という。)のひまわりホーム新宿事業の利益相当額,同月18日(本件株式譲渡日)から平成26年3月31日(被告長寿介護センターから原告ひまわりにひまわりホーム新宿事業の事業譲渡が完了 9 した日の前日)までの期間(以下「本件期間A」という。)のひまわりホーム新宿事業の利益相当額,及び被告長寿介護センターが利得した過去のひまわりホーム新宿事業の利益相当額(本件株式譲渡日以前においてひまわりホーム新宿事業で発生した利益のうち他の老人ホーム事業の費用に回された分に相当する金額)を,被告長寿介護センターが原告ひまわり又は原告A@に対して支払うという方法で清算すること,A被告ことぶきが被告長寿介護センターの100パーセント株主として,被告長寿介護センターをして上記@を実行させることという内容の明示又は黙示の合意(以下「A@とことぶきの合意@」という。)が成立した。
(イ) 原告A@と被告ことぶきとの間で,本件株式譲渡日(平成25年2月18日)までの間に,後記(ウ)の@ないしB及びDの事情から,@本件株式譲渡日の時点で未払となっていたひまわりホーム新宿事業の平成24年12月分,平成25年1月分及び同年2月分の介護保険料(以下「本件介護保険料」という。)が国民健康保険連合会から被告長寿介護センターに支払われた場合には,被告長寿介護センターが原告ひまわりに対して本件介護保険料相当額を支払うという方法で精算すること,A被告ことぶきが被告長寿介護センターの100パーセント株主として,被告長寿介護センターをして上記@を実行させることを内容とする黙示の合意(以下「A@とことぶきの合意A」という。)が成立した。
(ウ) 事情 @ 本件株式譲渡契約において,被告長寿介護センターが運営していたひまわりホーム新宿事業について,被告長寿介護センターの事業から分離して,原告A@が指定する者(平成24年12月10日に設立された原告ひまわり)に事業譲渡する旨合意されたこと A 上記@のとおり,ひまわりホーム新宿事業が被告長寿介護センターの事業から分離されて原告ひまわりに事業譲渡されることから,本件株式譲渡契約において原告A@に対して支払われる株式譲渡代金の合計額4億5000万円が減額されて3億8000万円となったこと 10 B ひまわりホーム新宿事業が本件株式譲渡契約の対象から除外され,株式譲渡代金が減額になったにもかかわらず,本件期間@及び本件期間Aについてのひまわりホーム新宿事業の利益相当額を被告長寿介護センターに帰属させることは公平を欠き,これらの期間のひまわりホーム新宿事業の利益相当額については,被告長寿介護センターではなく,ひまわりホーム新宿事業を承継した原告ひまわり又は原告A@に帰属させることが当事者の合理的意思に合致し,また,被告長寿介護センターの平成25年3月末日を決算期とする決算では,ひまわりホーム新宿事業分も含めて決算をしているが,本件期間@は,原告A@が100パーセント株主であった被告長寿介護センターがひまわりホーム新宿事業を運営していたものであるから,本件期間@の利益については,ひまわりホーム新宿事業を承継した原告ひまわり又は原告A@に返還するのが公平であって,当事者の合理的意思に合致し,さらに,本件株式譲渡日以前は,原告A@が100パーセント株主であった被告長寿介護センターがひまわりホーム新宿事業を運営していたのであるから,本件株式譲渡日以前において,ひまわりホーム新宿事業の利益のうち他の老人ホーム事業の費用に回された相当額を被告長寿介護センターに帰属させることは公平を欠き,上記相当額については,原告ひまわり又は原告A@に帰属させることが当事者の合理的意思に合致すること C 本件基本合意書9条1項の規定は,ひまわりホーム新宿の運営について,名義上は被告長寿介護センターが行うが,実質的な運営者は原告 A@が指定する者(原告ひまわり)であり,原告ひまわりが,東京都の認可を受けてひまわりホーム新宿の事業主体となるまでの期間について,ひまわりホーム新宿の運営委託をした趣旨と解されること D 被告ことぶきは,被告長寿介護センターの100%株主になるので,原告ひまわり又は原告A@と被告ことぶきとの間で合意したことを被告長寿介護センターに実行させることができること ウ 本件黙示の合意1(1)の成立 11 (ア) 本件黙示の合意1(1)の内容 原告A@又は原告ひまわりと被告長寿介護センターとの間で,平成25年2月18日から平成26年3月31日までの間に,下記(イ)の@ないしCの事情から,A@とことぶきの合意@に基づき,次の内容の本件黙示の合意1(1)が成立した。
@ 本件期間@に被告長寿介護センターが得たひまわりホーム新宿事業の利益相当額(1686万2360円)を原告A@又は原告ひまわりに対して支払うこと A 本件期間A(原告ひまわり又は原告A@が被告長寿介護センターにひまわりホーム新宿の運営を委託した期間)に被告長寿介護センターが得たひまわりホーム新宿事業の事業利益相当額(2533万2761円)を原告ひまわり又は原告A@に対して支払うこと B 被告長寿介護センターがひまわりホーム新宿事業の分離によって利得した過去3年間の事業利益相当額(本件株式譲渡日前におけるひまわりホーム新宿事業の利益のうち他の老人ホーム事業の費用に回された分である5013万2000円)を原告ひまわり又は原告A@に対して支払うこと (イ) 事情 @ 本件株式譲渡契約により,被告長寿介護センターが被告ことぶきの完全子会社になったこと A 被告ことぶきの代表取締役であったAAが,平成25年2月22日に被告長寿介護センターの代表取締役に就任したこと B 原告A@が,ひまわりホーム新宿事業を承継する会社として,平成24年12月20日設立の原告ひまわりを指定したこと C 被告長寿介護センターが,平成26年3月31日までの間に,原告ひまわりが被告長寿介護センターから分離されたひまわりホーム新宿事業を運営することができるために必要な手続として,東京都に対して事業譲渡契約による移行を理由とする廃止届を提出したこと (ウ) 本件事業利益の算定 12 @ 本件期間@のひまわりホーム新宿事業の利益相当額 被告長寿介護センターは,ひまわりホーム新宿事業において,本件期間@に2328万4313円の利益(ただし,平成25年2月分は同月17日までの日割り計算)を得ている。そして,同期間中の被告長寿介護センターの本社経費分のうち,ひまわりホーム新宿が負担すべきである本社経費分642万1947円を上記金額から控除すると,同被告が,本件期間@において,ひまわりホーム新宿事業で得た利益相当額は1386万2366円となる。
A 本件期間Aのひまわりホーム新宿事業の利益相当額 本件期間Aにおけるひまわりホーム新宿事業の利益相当額は,2533万2761円である(甲4)。
なお,被告長寿介護センターは,ひまわりホーム新宿事業の事業利益算出に当たり,銀行融資配賦額及び本社管理運営費を控除すべきであると主張するが,銀行融資配賦額や本社管理運営費は,内部的な試算あるいは各事業所別の利益を把握するために使用されていたにすぎず,企業会計法上も税法上も費用として認められるものではない。仮に,銀行融資配賦額や本件管理運営費という概念があるとしても,これは本件基本合書意9条2項の「その他の債権債務」に該当し,分離後のひまわりホーム新宿は承継しない。
また,同被告は,平成25年2月18日時点の借入金残高の9パーセント分及び本社運営管理費分について相殺の主張をしているが,これらはいずれも本件基本合意書9条2項の「その他の債権債務」に該当するから,分離後のひまわりホーム新宿は承継しない。
B ひまわりホーム新宿事業の分離により,被告長寿介護センターが利得した利益相当額 平成21年4月から平成24年3月までの3期分のひまわりホーム新宿事業の利益は合計8789万4000円(甲5の1ないし5の3)であるところ,ここから,ひまわりホーム新宿事業が本来負担すべきと考えられる3776万2000円を控 13 除すると5013万2000円となる。
被告長寿介護センターが本件株式譲渡日において運営していた老人ホームの定員数合計(264名)とひまわりホーム新宿の定員(287名)の定員比率は10.61パーセント(28÷264)であるから,ひまわりホーム新宿事業から発生した利益のうち,被告長寿介護センターの事業として本来負担すべきと考えられる金額は,被告長寿介護センターの全老人ホーム3期分の利益合計3億5591万4000円を上記定員比率で乗じた3776万2000円を上回ることはない。
エ 本件黙示の合意1(2)の成立 (ア) 本件黙示の合意1(2)の内容 原告ひまわり又は原告A@と被告長寿介護センターの間で,A@とことぶきの合意Aに基づき,下記(イ)の@ないしCの事情から,平成25年2月から平成26年3月までの間に,本件株式譲渡日の時点で未払となっていた本件介護保険料が,国民健康保険連合会から被告長寿介護センターに支払われた場合には,その保険料相当額を,被告長寿介護センターが,原告ひまわり又は原告A@に対して支払うことを内容とする本件黙示の合意1(2)が成立したというべきである。
(イ) 事情 @ 本件株式譲渡契約により,被告長寿介護センターが被告ことぶきの完全子会社になったこと A 被告ことぶきの代表取締役AAが,平成25年2月22日に,被告長寿介護センターの代表取締役に就任したこと B 原告A@が,ひまわりホーム新宿事業を行うものとして,平成24年12月20日設立の原告ひまわりを指定したこと C 被告長寿介護センターが,平成26年3月31日までの間に,原告ひまわりが被告長寿介護センターから分離されたひまわりホーム新宿事業を運営するために必要な手続として,東京都に対し,事業譲渡契約による移行を理由とする廃止届(甲25)を提出したこと 14 (ウ) 本件介護保険料収入の算定 被告長寿介護センターには,本件株式譲渡日の時点で未払であった下記の本件介護保険料合計1356万8105円が支払われている。
@ 平成24年12月分(平成25年2月15日頃の支払)517万1676円 A 平成25年1月分(同年3月15日頃の支払) 522万7935円 B 平成25年2月分(同年4月15日頃の支払) 316万8494円(同年2月17日までの日割分) オ まとめ 以上のとおり,原告ひまわり又は原告A@と被告長寿介護センターとの間で本件黙示の合意1が成立しているといえるから,原告らのいずれかが,同被告に対し,1億0589万5232円及びこれに対する平成27年7月7日(同被告に対する訴状送達の日の翌日)から支払い済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
【被告長寿介護センターの主張】 本件黙示の合意1は,成立していない。
本件株式譲渡日前に,被告長寿介護センターの代表者兼株主であった原告A@が,平成21年4月1日から平成25年2月18日までに被告長寿介護センターが取得した事業利益,本件期間@における被告長寿介護センターの事業利益,本件介護保険料を得ることができる法的根拠はない。また,本件期間Aにおける被告長寿介護センターの事業利益についても,原告A@は,被告長寿介護センターの代表取締役でも株主でもないから,ひまわりホーム新宿事業の事業利益を得ることができる権利を法律上有していない。
したがって,原告らの主張に係る本件黙示の合意1が,本件株式譲渡契約において定められた範囲以外で成立するはずがない。
本件において,原告A@又は原告ひまわりと被告ことぶき,被告長寿介護センターとの間で,原告らが主張するような本件黙示の合意1に関する話合いは,本件株 15 式譲渡契約時点においても,同契約締結後においても何らされておらず,被告らは,原告らの主張するような本件黙示の合意1の内容を前提とする行動もとっていない。
(2) 争点1(2)(本件事業利益等につき不当利得返還請求ができるか)について 【原告ひまわりの主張】 ア 仮に,本件黙示の合意1が認められない場合,以下のとおり,法律上の原因なく,本件事業利益等相当額の利得が被告長寿介護センターに生じており,そのためにこれと同額の損失が原告ひまわりに生じている。
イ 被告長寿介護センターには,次のとおり,本件事業利益等相当額(別紙本件事業利益等一覧表参照)の利得が生じている。
(ア) 被告長寿介護センターは,ひまわりホーム新宿事業を運営することにより,本件期間@(平成24年4月1日から平成25年2月17日までの期間)に1686万2366円の利益を,本件期間A(平成25年2月18日から平成26年3月31日までの期間)に2533万2761円の利益を得ており,また,同被告は,平成21年4月から平成24年3月までの3期分のひまわりホーム新宿事業の利益からひまわりホーム新宿が本来負担すべきものと考えられる費用を控除した5013万2000円につき,同被告の運営に係る他の老人ホームの費用に回すことにより,これと同額の利得を得た。
(イ) 被告長寿介護センターは,本件株式譲渡日前の時点で未払であった平成24年12月から平成25年2月までの期間のひまわりホーム新宿事業に係る介護保険料合計1356万8105円につき,同月18日(本件株式譲渡日)以降に国民健康保険連合会から支払を受け,これと同額の利得を得た。
ウ 原告ひまわりには,本件事業利益等相当額の損失が生じている。すなわち,原告ひまわりと被告らとは,ひまわりホーム新宿事業につき,平成25年2月から平成26年3月までの間に,被告長寿介護センターから同原告に事業譲渡する旨合意しており,上記イの本件事業利益等は,本来,同原告が取得すべきものであるところ,同原告は,これを取得していないから,本件事業利益等相当額の損失を受け 16 たことになる。
エ 上記ウのとおり,本来,原告ひまわりが取得すべき本件事業利益等を被告長寿介護センターが取得しているから,被告長寿介護センターの利得と原告ひまわりの損失との間には因果関係が認められる。
オ 被告長寿介護センターが本件事業利益等を取得することができる法律上の原因はない。
カ 以上から,原告ひまわりは,被告長寿介護センターに対し,不当利得金合計1億0589万5232円及びこれに対する平成27年7月7日(同被告に対する訴状送達の日の翌日)から支払済までの民法所定年5分の遅延損害金の支払を求めることができる。
【被告長寿介護センターの主張】 被告長寿介護センターが,法律上の原因なく,本件事業利益等相当額の利得を得たというためには,本件黙示の合意1がされたことが立証される必要があるところ,そのような合意がされた事実がないことは,既に述べたとおりであるから,原告ひまわりの予備的請求は理由がない。
2 争点2(本件請求(2)は認められるか)について (1) 争点2(1)(本件黙示の合意2は成立したか〔仮に成立した場合,相殺は認められるか〕)について 【原告ひまわりの主張】 ア 保証金及び入居一時金は,ひまわりホーム新宿の入居契約書(甲27の1)4条に規定されており,入居契約が終了した場合,施設設置者が入居者に同契約書35条の規定するところにより算定される額を返還することとされている。
イ 原告A@と被告ことぶきの合意 (ア) 本件株式譲渡契約書6条2項は,ひまわりホーム新宿事業は,本件基本合意書9条2項の定めに従い,被告長寿介護センターの事業から分離する旨規定するとともに,ひまわりホーム新宿の分離に関しては,日常の運営によって生ずる債権債 17 務,入居者関連の債権債務,建物賃貸借契約関連の債権債務その他これらに準ず る債権債務については,同被告の受渡日をもって精算し,その他の債権債務については,分離後のひまわり新宿は継承しない旨規定している。
ここでいう「入居者関連の債権債務」には,同被告がひまわりホーム新宿の入居者から預かっていた本件保証金等が含まれるから,被告ことぶきは上記規定に従い,被告長寿介護センターの受渡日である平成25年2月18日をもって,精算しなければならないものである。
本件保証金等の精算方法について明確な規定はないが,後記の(イ)@ないしCの事情に照らせば,原告A@と被告ことぶきとの間で,本件株式譲渡日までに,@原告ひまわりが本件保証金等の返還債務を引き継ぐこと,A本件保証金等相当額を被告長寿介護センターが同原告に対して支払うこと,B被告ことぶきが,被告長寿介護センターの100%株主として,同被告をして上記@及びAを実行させることとする合意(以下「A@とことぶきの合意B」という。)が成立したものというべきである。
(イ) 事情 @ 本件株式譲渡契約において,被告長寿介護センターが運営していたひまわりホーム新宿事業について,同被告から分離して,原告A@が指定する者である原告ひまわりに事業譲渡する旨合意されたこと A ひまわりホーム新宿事業が,本件株式譲渡契約の対象から除外され,同被告から同原告に事業譲渡されたのであるから,本件保証金等については,同原告が同被告から入居者に対する返還債務を承継し,同被告が同原告に対して本件保証金等相当額を支払うと解することが当事者の合理的意思に合致すること B 実際に,同原告は,同被告からひまわりホーム新宿事業を承継した平成26年4月1日以降,平成28年10月31日までの間に,ひまわりホーム新宿から退去した14名に対し,合計750万7453円(保証金合計700万円と入居一時金合計50万7453円を併せたもの)を支払っていることから,同被告が,同原 18 告に対し,本件保証金等相当額を支払うことが公平であること C 被告ことぶきは,被告長寿介護センターの100%株主になるのであるから,原告A@と被告ことぶきとの間で合意したことを被告長寿介護センターに実行させることができること ウ 原告A@又は原告ひまわりと被告長寿介護センターの合意 (ア) 本件黙示の合意2の内容 原告A@又は原告ひまわりと被告長寿介護センターとの間では,平成25年2月18日から平成26年3月31日までの間に,後記(イ)@ないしCの事情に照らせば,A@とことぶきの合意Bに基づき,同被告がひまわりホーム新宿の入居者から預かっていた本件保証金等の返還債務を原告ひまわりが承継し,本件保証金等相当額を同被告が同原告に支払うものとする旨の本件黙示の合意2が成立したというべきである。
(イ) 事情 @ 本件株式譲渡契約により,同被告が被告ことぶきの完全子会社になったこと A 同被告の代表取締役であったAAが平成25年2月22日に被告長寿介護センターの代表取締役に就任したこと B 同被告は,東京都に対して廃止届を提出することにより,旧入居契約が原告ひまわりに承継され,同被告が入居者から預かっていた本件保証金等の返還債務については同原告が同債務を承継することから,同被告は,同原告が承継した入居者の本件保証金等に相当する金額を同原告に支払うことを黙示に承諾していたと認められること C 同原告は,現在の入居者との間で改めて入居契約を締結していないものの,同被告は,平成26年2月17日に運営懇談会を開催し,ひまわりホーム新宿の運営主体が同被告から同原告に変更となること,そのために,同被告の事業者を廃止し,同原告の事業者申請をするにあたって同意が必要であることなどを説明して,入居者から同意書を取得し,同原告が同被告から上記同意書及び上記懇談会の議事 19 録を入手して新宿区に提出したこと エ この点に関し,被告長寿介護センターは,本件保証金等について保全措置が取られていないことを理由として,本件基本合意書9条2項の「入居者関連の債権債務」に,本件保証金等は含まれないと主張するが,ひまわりホーム新宿は,平成18年3月31日までに設置届出済みの有料老人ホームであり,保全措置をとることは法的義務になっておらず,本件保証金等が入居者関連の債権債務に含まれないことの理由とはならない。
オ 以上によれば,原告ひまわりは,本件黙示の合意2に基づき,被告長寿介護センターに対し,平成26年3月31日の時点における本件保証金等の合計額である1603万1510円及びこれに対する平成27年7月7日(同被告に対する訴状送達の日の翌日)から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金 の支払を求めることができる。
【被告長寿介護センターの主張】 ア 本件黙示の合意2は,成立していない。
原告ひまわりが,本件保証金等の返還債務を引き継いだのは,本件株式譲渡契約書6条2項及び本件基本合意書9条2項に基づくもので,かかる返還債務を引き継いだとしても,被告長寿介護センターが,同原告に対し,これに相当する金銭を支払う旨の取り決めはされていない。
また,同被告は,もともと本件保証金等に対する保全措置を講じておらず,同被告は,これに相当する預金等を有していなかった。
同原告の請求を認めれば,同被告は,本件株式譲渡契約書に取り決めのない新たな出捐を要することになり,一方的に予期せぬ不利益を被ることになる。
したがって,本件保証金等の返還債務に相当する金員を支払う旨の合意(本件黙示の合意2)が当事者双方の合理的意思に合致することはあり得ない。
イ 仮に,原告ひまわりの被告長寿介護センターに対する本件保証金等の返還請求について認められる部分があるとしても,同被告は,後記(ア)ないし(エ)の各債権 20 を自働債権として,平成28年1月20日の第3回弁論準備手続期日において,同日付け準備書面(3)を陳述することにより,上記原告ひまわりの本件保証金等返還請求権とその対当額において相殺するとの意思表示をした。
(ア) ひまわりホーム新宿のために支出した費用349万3700円 平成25年2月28日,ひまわりホーム新宿について改修工事が必要となり,被告長寿介護センターは,相和住建株式会社(以下「相和住建」という。)と請負契約を締結し,同年3月29日,同契約に基づく報酬として300万7900円を支払った(乙40)。また,同被告は,同月31日,ひまわりホーム新宿の浴室の手すり取付工事及び脱衣場扉取付工事のため,同年4月30日,相和住建と請負契約を締結し,同契約に基づく報酬として48万5800円を支払った(乙41)。
上記いずれの工事も,ひまわりホーム新宿事業の分離先として,原告A@の指定した原告ひまわりが負担すべきものであって,同被告が負担すべき理由はないから,法律上の原因なく,同原告は,これらと同額の利得を得ており,これにより同被告に同額の損失を与えたものである。
したがって,同被告は,同原告に対し,不当利得返還請求権に基づき,同被告が支払った報酬相当額349万3700円の支払を求めることができる。
(イ) 被告長寿介護センターの借入金 被告長寿介護センターの金融機関からの借入金(以下「本件借入金」という。)の一部については,本件基本合意書9条2項にいう「その他これらに準じる債権債務」として,原告ひまわりが引き継ぐべき債務である。
本件株式譲渡日(平成25年2月18日)現在,本件借入金は2億2707万円であり,本件株式譲渡日前において,被告長寿介護センターは7つの有料老人ホームごとに本件借入金が割り付けられ,毎月返済がされていた。そうすると,本件借入金のうち,本件株式譲渡日前において,ひまわりホーム新宿事業において負担していた割合部分は,日常の運営によって支払われていたものであるから,日常の運営によって生ずる債権債務に準ずる債務と解すべきである。
21 本件株式譲渡日前に,ひまわりホーム新宿事業において,本件借入金について,ひと月の返済金の9パーセントを負担していた(乙42)もので,ひまわりホーム新宿事業の分離譲渡先である原告ひまわりは,平成25年2月18日時点で借入金残高2億2707万円の9パーセントに当たる2043万6300円を引き継ぐべきである。本件借入金の一部の清算方法については本件株式譲渡契約書において定めがないが,同原告が,本件借入金の債務者である同被告に対し,ひまわりホーム新宿事業における負担部分を支払うこととするのが,当事者の合理的意思に合致するというべきであり,同原告と同被告との間で,その旨の黙示の合意が成立しているといえる。
したがって,同被告は,同原告に対し,2043万6300円の支払を求めることができる。
(ウ) 本社管理運営費用602万6785円 被告長寿介護センターは,7つの有料老人ホーム運営のため,本店所在地において一括して運営管理を行っているところ,本件株式譲渡日前は,同被告は,毎月500万円を本社運営管理費として計上し,ひまわりホーム新宿事業における負担額は45万円であった(乙42)。
本件期間Aにおいて,同被告は,ひまわりホーム新宿事業を含め,本社管理運営費を負担し,原告ひまわりにおいては,法律上の原因なく,同期間の運営管理費 の負担を免れることにより,これと同額の利得を得ており,これより同被告に同額の損失を与えたものである。
したがって,同被告は,同原告に対し,不当利得返還請求権に基づき,ひまわりホーム新宿事業の運営管理費相当額602万6785円(=〔45万円×11日/28日〕+〔45万円×13か月分〕)の支払を求めることができる。
(エ) 報酬請求権(商法512条)1773万2932円 被告長寿介護センターは,本件期間Aにおいて,ひまわりホーム新宿を運営していたが,これは,ひまわりホーム新宿事業の分離先として原告A@の指定する者の 22 ためにする意思を持って行われたものであるから,同被告は,同原告が指定した者である原告ひまわりに対し,報酬請求権を有する(商法512条)。
同被告は,実際に事業活動が行えない同原告の代わりに運営していたものであるから,その報酬として相当な額は,本件期間Aにおけるひまわりホーム新宿の事業利益2533万2761円の70パーセントである1773万2932円(1円未満切捨て)を下らない。
したがって,同被告は,同原告に対し,報酬請求権に基づき1773万2932円の支払を求めることができる。
(2) 争点2(2)(本件保証金等につき不当利得返還請求ができるか)について 【原告ひまわりの主張】 ア 被告長寿介護センターは,本件株式譲渡日(平成25年2月18日)の時点において,ひまわりホーム新宿の入居者から,本件保証金等として,合計1603万1510円を預かっていた(甲6)。その後,ひまわりホーム新宿事業は,平成26年3月31日の経過をもって,同被告から分離して原告ひまわりに帰属させることとなり,同原告は,同被告から,ひまわりホーム新宿の入居者に対する上記本件保証金等の返還債務を承継したから,同被告は,同原告に対し,返還債務を承継した本件保証金等相当額を支払わなければならないはずである。しかるに,同被告は,同原告に対し,上記本件保証金等相当額を支払わないから,法律上の原因なく,これと同額の利得が同被告に生じており,そのためにこれと同額の損失が同原告に生じている。したがって,同原告は,同被告に対し,不当利得金1603万1510円及びこれに対する平成27年7月7日(同被告に対する訴状送達の日の翌日)から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
イ 仮に,本件保証金等返還債務が被告長寿介護センターから原告ひまわりに承継されておらず,同被告が同原告ひまわりに本件保証金等相当額を支払う義務がないとしても,同原告は,同被告からひまわりホーム新宿事業を承継した平成26年 23 4月1日以降,平成28年10月31日までの間に,ひまわりホーム新宿から退去した者14名に対し,合計750万7453円(保証金合計700万円と入居一時金合計50万7453円の合計)を支払った(甲41ないし43,50)から,法律上の原因なく,同被告が上記入居者に対する本件保証金等の返還債務を免れることにより,これと同額の利得が同被告に生じ,そのためこれと同額の損失が同原告に生じた。したがって,同原告は,同被告に対し,少なくとも不当利得金750万7453円及びこれに対する平成27年7月7日(同被告に対する訴状送達の日の翌日)から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
【被告長寿介護センターの主張】 本件基本合意書9条2項にいう「入居者関連の債権債務」は,被告長寿介護センターから原告ひまわり(原告A@の指定する者)に引き継がれることが予定されていたところ,ひまわりホーム新宿の入居者に対する本件保証金等の返還債務は,同項にいう「入居者関連の・・・債務」に含まれることが明らかである。そうすると,平成26年4月1日以降,同原告が,ひまわりホーム新宿の退去者に本件保証金等の返還債務を履行したことは,まさに,同項及びこれを受けた本件株式譲渡契約書6条2項の規定に沿うものであり,同被告が,法律上の原因なく,本件保証金等の返還債務を免れたとはいえない。したがって,同原告の予備的請求は理由がない。
3 争点3(本件請求(3)は認められるか)について 【原告ひまわりの主張】 (1) 争点3(1)(被告らは本件虚偽説明をしたか)について ひまわりホーム新宿は,従前,ホームあしすと誌に継続的に掲載されており,平成26年2月28日発行の同誌第23号にも掲載されていた(甲7)。
ところが,被告長寿介護センターが,被告ことぶきと共謀の上,同年3月頃,同誌を発行するシニアサポートに対して,「ひまわりホーム新宿は事業を行っていない」旨の虚偽の説明(本件虚偽説明)をしたことから,同年6月30日発行の同誌 24 第24号(甲8),同年10月31日発行の同誌第25号(甲9)にひまわりホーム新宿が掲載されなかった。
原告ひまわりは,同年3月以降,ひまわりホーム新宿の入居者数が減少傾向にあり,不思議に思っていたところ,同年12月に,ひまわりホーム新宿の所長が,ホームあしすと誌第25号にひまわりホーム新宿が掲載されていないことに気付き,シニアサポートに連絡をしたところ,「被告長寿介護センターと話をした際に,『あそこはやっていない』と言っていたので廃業したと判断をしてリストから消しました。」との回答があった。そこで,ひまわりホーム新宿の所長は,シニアサポートに対し,「現在も,ひまわりが運営会社となって事業を継続している。」旨回答したほか,同年末にかけて,複数の老人ホーム紹介会社に赴いて「『ひまわりホーム新宿』は継続しています。」旨の説明をした。その結果,平成27年(2015年)3月31日発行の「ホームあしすと」第26号(甲10)には,ひまわりホーム新宿が再び掲載された。
被告らが,共謀の上,シニアサポートにした本件虚偽説明は,原告ひまわりに対する営業妨害であり,同原告に対する共同不法行為を構成する。
(2) 争点3(2)(損害の発生及びその額)について 被告らの本件虚偽説明の結果,ホームあしすと誌にひまわりホーム新宿が紹介されなくなる事態となり,ひまわりホーム新宿の入居人数が減少したため,原告ひまわりは,1680万円の損害を被った(甲11)。
すなわち,本件虚偽説明の前である平成24年1月から平成25年12月までの期間におけるひまわりホーム新宿の平均入居者数が約25.5名であったのに対し,本件虚偽説明の後である平成26年4月1日から平成27年3月31日までの期間におけるひまわりホーム新宿平均入居者数が約22名であったことに照らせば,本件虚偽説明によりひまわりホーム新宿の入居者数は,1カ月当たり平均3.5名減少したことになる。入居者1人当たりの平均売上は,1カ月当たり約40万円であるから,原告ひまわりは,1680万円(=収容人数減少1か月当たり3.5名× 25 収容者の1か月当たりの売上40万円×12か月)の減収となったものといえる。
したがって,原告ひまわりは,被告らに対し,共同不法行為に基づく損害賠償金1680万円及びこれに対する平成27年7月7日(各被告に対する訴状送達の日の翌日)から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めることができる。
【被告らの主張】 (1) 争点3(1) (被告らは本件虚偽説明をしたか)について 被告らにおいて,シニアサポートに対し,本件虚偽説明をした者はいないから,原告ひまわりの請求には理由がない。
(2) 争点3(2)(損害の発生及びその額)について 原告ひまわりの主張は,否認し又は争う。
当裁判所の判断
1 認定事実 前記前提事実,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 本件基本合意に至るまで ア 被告長寿介護センターは,従前,原告A@が代表取締役を務めており,平成12年頃から有料老人ホーム事業を行い,ひまわりホーム新宿を含む7つの有料老人ホームを運営していた。
原告A@は,平成24年初め頃,原告A@の長女AD(以下「AD」という。)が主催する異業種交流会において,大手介護事業者の役員で,かつ,介護部門の責任者でもあった人物(以下「紹介者」という。なお,当事者双方とも,紹介者の氏名を明らかにしない。)と知り合った。
同原告は,同年6月頃,紹介者に対し,被告長寿介護センターの直近2期の決算書などを提出し,同被告が行っている介護事業を買い取ってくれる人を探してほしい旨依頼した。
紹介者は,同年夏頃,同原告に対し,十分な資金を有する適当な買い手がいるこ 26 とを伝え,被告ことぶきの代表者であったAAを候補者として掲げた。
同原告が,紹介者を通じて,被告ことぶきに対し,被告長寿介護センターの事業につき買取希望額を尋ねたところ,被告ことぶきは,本各法人に係る事業について査定を実施し,同年8月31日,「事業譲渡査定(案)」と題する書面を示して,3億4263万円を提案した。
同原告は,これを受けて,被告長寿介護センターの代表者として,紹介者を通じて,被告ことぶきに対し,3億5000万円ならば売却してもよい旨回答した。また,同原告は,同年9月頃,紹介者を通じて,同被告に対し,被告長寿介護センターが運営する老人ホームに出張診療をすることを主な業務内容とする向生会について1億円で上記事業譲渡と共に譲り受けて欲しい旨申し出た。
被告ことぶきは,向生会については,譲渡金額も高額であり,被告長寿介護センターを譲り受けることに消極であったものの,紹介者からは,向生会も含めての事業譲渡でなければ事業譲渡には応じない旨を再三伝えられ,向生会には,保険未収入金が2000万円程度,預金残高が500万円程度あると伝えられていたこともあって,原告A@の申出どおり1億円で承継することを了解した。
その後,被告ことぶきは,原告A@が代表取締役を務める被告長寿介護センターに対し,被告長寿介護センター,全国福祉サービス及び全福総合食品の3社(本各駅法人)の事業に向生会の事業を加えた事業の承継(本件事業承継)について,事業承継金額を4億5000万円とすることを精査するため,「事業承継申込書」と題する書面作成し,被告長寿介護センターの了解を得た。そして,被告ことぶきは,被告長寿介護センターから提出された資料をもとにデューデリジェンスを実施し,同年11月頃,被告長寿介護センター(あるいは,その代表取締役であり,発行済株式全部を保有していた原告A@)と被告ことぶきとの間で,同年末ころ,本件事業承継に係る対価を合計4億5000万円とする方向で話がまとまりかけた。
(以上につき,本文中に掲げたもののほか,甲16,19,40,乙50,53,原告A@本人,被告長寿介護センター代表者) 27 イ ところが,被告ことぶきは,平成24年12月頃,銀行からの借入れが受けられなくなり,資金が7000万円不足するとして,紹介者を通じて,原告A@に対し,被告長寿介護センターの運営する有料老人ホームの事業をどこか1か所事業承継の対象から除外し,本件事業承継に係る対価を3億8000万円に減額して欲しいこと,遅くとも半年後までに,資金が準備できれば,除外した有料老人ホームについても7000万円で事業承継する旨を申し入れた。
当時,被告長寿介護センターの代表者であった原告A@は,紹介者から,被告ことぶきの代表取締役であるAAは十分な資産を有しているから,遅くとも半年後には除外した事業についても事業承継するということを信頼しても大丈夫であろうとの助言を受け,被告長寿介護センターの運営する有料老人ホームのうち,敷地や建物を原告A@の親族が所有権するひまわりホーム新宿について,本件事業承継の対象から除外し,本件事業承継の対価を3億8000万円とすることについて,紹介者を通じて,被告ことぶきに提案し,被告ことぶきもこれを了承した。
(2) 本件基本合意及び本件株式譲渡契約の成立 原告A@と被告ことぶきは,上記(1)の経緯を踏まえ,前記前提事実のとおり,本件基本合意をし,さらに,同合意に基づいて本件株式譲渡契約を締結した。
上記契約に至る経過において,その当時,被告ことぶきの代表取締役であったAAと原告A@が直接会って具体的な条項等をどのようにするかを協議したことはなく,原告A@と被告ことぶきとの間の交渉は,すべて紹介者を通じて行われていた。
また,AAは,介護事業についてはABにすべて任せるとしており,ABが被告ことぶきの本件事業承継に係る手続を引き受け,AAの代理人としてABが被告ことぶきの意向を紹介者に伝え,原告A@は,自らの意向を紹介者に伝える方法で行われた(なお,紹介者が原告A@又は被告ことぶきのいずれか一方の代理人であったとは認め難く,その役割は,仲介者にとどまるとみるのが相当である。)。そして,本件株式譲渡契約書の作成も紹介者の紹介による権藤という姓の人物によって作成され,原告A@とAAは,本件株式譲渡契約締結日である平成25年2月18日に 28 対面したほかは,1度会ったことがあるかどうかであり,本件株式譲渡契約日において,原告A@とAAが対面した際も,本件事業承継の内容について詳細な協議をすることなく,雑談をする程度であった。
被告ことぶきは,原告A@に対し,平成25年2月18日までに,本各法人の発行済株式全部の譲渡代金(形式的には,本各法人の株式の譲渡代金であるが,実質的には,向生会の事業承継の対価を含む。)として合計3億8000万円(本件基本合意に基づき支払った1000万円を含む。)を支払い,原告A@は,同日,被告ことぶきに対し,本各法人の株券全部及び向生会の出資証券全部を交付した。
(以上につき,甲1,2,20,21,証人AA,原告A@本人,被告長寿介護センター代表者) (3) 平成25年2月18日から平成26年3月31日までの期間(本件期間A)における被告長寿介護センターの事業等について ア ひまわりホーム新宿事業については,原告A@と被告ことぶきとの間の本件基本合意の内容によれば,被告長寿介護センターの事業から分離することが約されていたものの,遅くとも半年後には被告ことぶきがひまわりホーム新宿事業分の金員を支払ってひまわりホーム新宿事業も含めて事業承継することも想定されていたこと,有料老人ホームを設置しようとする者は,あらかじめその施設を設置しようとする地の都道府県知事に届け出なければならない(老人福祉法29条参照)こともあって,平成25年2月18日以降も,従前どおり,被告長寿介護センターが,ひまわりホーム新宿事業を含む7つの有料老人ホームの事業を継続して運営しており(換言すると,ひまわりホーム新宿事業について,名目上の運営主体を被告長寿介護センターとした上で,実際の運営は原告A@あるいは原告ひまわりが行う〔原告A@あるいは原告ひまわりの計算で,ひまわりホーム新宿事業の運営を行う〕ということ〔そのようなことが法律上許されるか否かは,ひとまず措く。〕はなかった。),ひまわりホーム新宿事業を他の有料老人ホーム事業から会計的に分離して運営を行う措置が取られることもなかった。また,被告長寿介護センターは,本件 29 期間Aにおけるひまわりホーム新宿事業の運営について,原告A@からその運営を任されているという認識を有していたものの,ひまわりホーム新宿事業について,原告A@に相談したり,同原告からの指示を受けたりすることはなかったし,ひまわりホーム新宿事業の継続に要した特別の支出(後記イ(イ))について,同原告又は原告ひまわりから補てんを受けることもなかった。
イ 本件株式譲渡日以降の被告長寿介護センターの事業において,以下の支出等があった。
(ア) ひまわりホーム北赤羽の事業に関し,平成25年3月11日の東京消防庁による消防法4条に基づく立入検査により,火災予防上の不備欠陥を指摘されたため,被告長寿介護センターは,スプリンクラー設置工事を行うこととし,同年8月15日,請負代金を840万円とする請負工事契約を締結し,平成26年1月24日までに同代金を支払った(乙2,3,46の1ないし3)。
(イ) ひまわりホーム新宿事業に関し,被告長寿介護センターは,平成25年3月27日,改修工事代金として300万7200円を支払い,同年4月30日,浴室,手すり取付工事及び脱衣場扉取付工事代金として48万5100円を支払った(乙41,42,51,52)。
ウ 本件株式譲渡日以降,被告長寿介護センターは,向生会の銀行の預金口座から,本件株式譲渡日直前の平成25年1月30日に合計4500万円余りが引き出されていることに気が付いたが,それを原告A@に指摘することはなかった。同金員は,向生会において,平成24年10月25日,臨時社員総会が開かれ,それまで規定をおいていなかった退職金規定を作成し,同年12月22日,ADの退職金を3000万円,平成21年9月30日に退職した原告A@の退職金を1000万円,退職日は不明であるものの,原告A@の妻の退職金を500万円とする旨決議され,この決議に基づく支払であった(甲48,乙22ないし24,25,49の1,50)。
また,向生会が有する普通預金口座から,平成25年2月2日及び28日に,使 30 途不明な金員合計319万1000円が引き出されていたが,この金員については,被告長寿介護センターが原告A@に指摘すると,同年5月7日に,同金額が原告A@から振り込まれた(乙26の1及び2,27)。
エ 被告ことぶきは,本件基本合意及び本件株式譲渡契約において事業承継の対象から除外したひまわりホーム新宿事業について,上記イ(ア)やウのような事情を考慮の上,原告A@に対し,対価を4000万円として,事業承継の対象とすることを希望し,契約締結予定日を平成25年9月末日などとする同年8月16日付け買受申込書を渡したことがあったが,原告A@は,話がまとまりつつあった従前の対価との差額である7000万円を対価とするものではなかったことから,これを断った(甲22,40,乙50,53,被告長寿介護センター代表者〔9頁〜12頁〕)。
オ 上記エ以降,原告A@は,原告A@が代表取締役を務める原告ひまわりにひまわりホーム新宿の事業を承継させるための諸手続の準備を開始した。
原告ひまわりは,平成26年2月28日,東京都に対し,老人福祉法29条に基づき,有料老人ホーム設置届を届け出るとともに,指定居宅サービス事業所及び指定介護予防サービス事業所指定(許可)申請書を提出した。
一方,被告長寿介護センターは,同月25日,運営会社の変更と代表取締役の変更,現在の運営事業者の廃止届に係る同意書の提出などについて,ひまわりホーム新宿の入居者及び家族に対して説明する機会として運営懇談会を開催し,同月,東京都に対し,同年3月31日をもって,事業譲渡契約による移行により,ひまわりホーム新宿事業所を廃止・休止する旨を届け出た。
被告長寿介護センターと原告ひまわりは,本件基本合意(被告長寿介護センターの発行済株式全部を保有する被告ことぶきと原告ひまわりの代表取締役である原告A@との合意)にしたがって,同年4月1日までの間に,原告ひまわりが,被告長寿介護センターが運営していた事業の一つであるひまわりホーム新宿事業を承継する旨合意(以下「新宿事業承継合意」という。)し,同合意に基づき,ひまわりホ 31 ーム新宿事業を被告長寿介護センターから原告ひまわりが承継した。
(甲23ないし25,35,36,弁論の全趣旨)。
(4) 平成26年4月1日以降のひまわりホーム新宿事業について ア 原告ひまわりは,平成26年4月1日以降,被告長寿介護センターがひまわりホーム新宿事業を行う建物として賃借していた建物を賃借し,ひまわりホーム新宿事業の運営を開始した(甲28,40)。
イ 原告ひまわりは,同日から平成28年10月31日までの間に,ひまわりホーム新宿の入居者のうちひまわりホーム新宿から退去した14名に対し,保証金として合計700万円と入居一時金として合計50万7453円の総合計750万7453円を支払った(甲27,38,41ないし43,49ないし51)。
ウ 原告ひまわりは,平成26年4月16日,被告長寿介護センターに対し,運営上の引継ぎ,ひまわりホーム新宿の運営委託期間中の契約上の問題等について話し合うための会議を開催したい旨の内容証明郵便を送付して以降,ひまわりホーム新宿事業を原告ひまわりが引き継ぐに当たり必要な諸手続が進められ,代理人弁護士らを通じて協議の機会も設けられた上,関係書類や資料等,原告ひまわりに引き継ぐべきものとして合意が整ったものについては引き継がれたものの,平成27年1月19日までに,運営委託期間中の損益配分の協議,入居一時金及び保証金,ひまわりホーム新宿を営む建物の賃貸借契約に関する敷金返還請求権については合意に至らず,これらの点について,原告らは,当庁に対し,本件訴訟を提起するに至った(乙11ないし20,弁論の全趣旨)。
2 争点1(本件請求(1)は認められるか)について (1) 争点1(1)(本件黙示の合意1は成立したか)について ア 原告らは,本件黙示の合意1(被告長寿介護センターの原告ひまわりに対するひまわりホーム新宿事業の譲渡に伴い,同被告が本件事業利益等を原告A@又は原告ひまわりに支払う旨の黙示の合意)が成立した旨主張するので,前記前提事実及び認定事実に基づいて検討する。
32 イ 原告A@と被告ことぶきとは,被告長寿介護センターの運営していた老人ホーム事業のうち,ひまわりホーム新宿事業以外のものを被告ことぶきの支配下に移行させる手段として,原告A@が保有していた被告長寿介護センターの発行済株式全部を被告ことぶきに譲渡した後,必要な行政手続の終了を待って,被告長寿介護センター運営に係る老人ホーム事業からひまわりホーム新宿事業を分離し,これを原告A@の指定する者である原告ひまわりに事業譲渡するというスキームを選択したものである。すなわち,ひまわりホーム新宿事業を原告A@の支配下に留保するのではなく,被告長寿介護センターを被告ことぶきの完全子会社とする方法により,被告長寿介護センターの運営していた老人ホーム事業の全てをいったん被告ことぶきの支配下に置いた後,行政手続の終了を待って,ひまわりホーム新宿事業を分離し,原告ひまわりに事業譲渡したものである。
そして,原告A@と被告ことぶきは,紹介者を通じた交渉の後,上記スキームを前提として,本件株式譲渡契約書の規定するとおり本各法人の株式の譲渡代金を定めるとともに,被告長寿介護センターがひまわりホーム新宿事業を分離して,原告A@の指定する者(後に,原告ひまわりと指定される。)に事業譲渡させることを取り決めたものである。
そうすると,原告ひまわりと被告長寿介護センターとの間でいかなる範囲の債権債務を承継し,いかなる内容の清算をするかは,原告A@と被告ことぶきが本各法人の株式の譲渡代金を妥当であると判断して本件株式譲渡契約を締結するに際し,重要な考慮要素となるべきものであったことは明らかであり,本件基本合意書9条2項の末尾に「必要と認めた場合は,・・・別途協議の上,覚書を締結する。」との規定があることにも鑑みれば,原告ひまわりと被告長寿介護センターとの間の債権債務の承継その他の清算は,覚書などにより別途の取決めをしない限りは,専ら本件基本合意書及び本件株式譲渡契約書の規定に従って行うというのが,当事者の合理的意思に合致するというべきである。
ウ そこで,原告A@と被告ことぶきとの間で締結された本件基本合意及び本件 33 株式譲渡契約の定めるところを見るに,本件株式譲渡契約書6条2項及び本件基本合意書9条2項の規定によれば,ひまわりホーム新宿の分離に当たり,被告長寿介護センターが有していたひまわりホーム新宿事業の「日常の運営によって生じる債権債務,入居者関連の債権債務,建物賃貸借契約関連の債権債務その他これらに準ずる債権債務」については,原告A@の指定する者(原告ひまわり)が承継し,被告長寿介護センターが有していた「その他の債権債務」については,原告ひまわりは承継しないこととされたことが認められるから,原告A@が発行済株式全部を保有する原告ひまわりと,被告ことぶきが発行済株式全部を保有することとなった被告長寿介護センターとの間で,これと同旨の合意がされたものと認めるのが相当である。
また,本件株式譲渡契約書及び本件基本合意書は,原告A@の指定する者(原告ひまわり)と被告長寿介護センターとの間で,「債権債務」に該当しない資産や特定の期間に発生した損益につき,承継をしたり,清算をしたりすることについて,何らの規定も置いていないから,これらについては,特段の事情がない限り,承継や清算は行うこととしない旨の合意がされたというべきであり(ひまわりホーム新宿の事業所に備え付けられた備品など,事業譲渡に当然に伴うべき資産の承継を否定する趣旨ではない。),本件基本合意書及び本件株式譲渡契約書を精査しても,ほかに被告長寿介護センターが,ひまわりホーム新宿事業の譲渡に当たり,原告A@又は原告ひまわりに対して本件事業利益等を支払うことを想定したと解される規定は,見当たらない(原告らの主張それ自体,本件基本合意書9条2項の規定に基づく承継ないし清算の対象に本件事業利益等が含まれないことを前提とするものであることは,明らかである。また,平成24年12月分から平成25年2月分までの介護保険料は,被告長寿介護センターから原告ひまわりへのひまわりホーム新宿の事業譲渡が完了した平成26年3月31日より前に支払済みである〔弁論の全趣旨〕から,承継ないし清算の対象となり得る「債権」には当たらない。)。
そもそも,事業譲渡によって譲受人が譲渡人の資産・債務・契約上の地位等のう 34 ちどの部分を承継するかは,もっぱら契約により定まる(最高裁平成22年(受)第1238号 同23年3月22日第三小法廷判決・裁判集民事236号7月7日第一小法廷判決・裁判集民事237号139頁,同22年(受)第1405号同23年7月8日第二小法廷判決・裁判集民事237号159頁参照)ものであるところ,原告A@と被告ことぶきとの間で本件基本合意がされた時点では,被告長寿介護センターの事業からひまわりホーム新宿事業を分離して譲り渡すべき原告A@の指定する者が具体的に定まっていなかったことをひとまず措いて,「原告A@の指定する者」という限度で特定されていたと解するとしても,ひまわりホーム新宿事業を分離して,これを原告ひまわりが承継するためには,行政手続を要するものであり,本件基本合意書9条1項の規定も,同手続を完了するまでは,被告長寿介護センターが引き続きひまわりホーム新宿事業を営むことを前提としたものであると解される。そうである以上,本件株式譲渡日からひまわりホーム新宿事業の分離・譲渡が完了するまでの間のひまわりホーム新宿事業に係る事業利益の分配やひまわりホーム新宿事業に関する収入については,当事者間で様々な取り決めをすることができたところ,あえて本件基本合意書9条2項以外の取り決めをしなかったというのが,本件の実態であるとみるべきである(少なくとも,ひまわりホーム新宿事業を分離して原告A@の指定する者に承継させることを前提として本各法人の株式の譲渡代金が定められた(4億5000万円から3億8000万円に減額された)ことをもって,直ちに原告らが主張するような合意内容が一義的に決まるものでないことは,明らかである。)。
実際,原告A@と被告ことぶきの代表者であったAAとは,本件株式譲渡日(平成25年2月18日)前は,本件事業承継に係る条件について,直接会って具体的に話し合ったことはなく,両名は,本件株式譲渡日に対面した際も,雑談をした程度にすぎず,両名は,本件株式譲渡日以降,平成26年3月31日までの間にも,直接又は紹介者を通じるなどして,具体的な協議をしたことがないのである。すな 35 わち,原告A@(なお,同原告は,本件基本合意書及び本件株式譲渡契約書を取り交わした当時,被告長寿介護センターの代表取締役であり,かつ,発行済株式全部を保有していたのであるから,ひまわりホーム新宿事業に関し,本件事業利益が存在し得ることや本件介護保険料収入があることを知悉していたか,少なくとも極めて容易に認識し得たはずである。)は,本件株式譲渡契約締結の前後を通じ,被告ことぶきに対し,ひまわりホーム新宿の分離に際して,本件事業利益等を被告長寿介護センターから同原告又はその指定する者に支払うこととするという条件をあえて提示しなかったのであり(なお,仮に,そのような提示をするのであれば,事業利益がなく,損失が発生したときも,同原告又はその指定する者が負担するというのでなければ,態度が一貫していないというべきであろう。有料老人ホーム事業は,運営が順調であれば,一定の利益を得ることが期待されるものの,事故等が発生し,大きな損失を受ける可能性もあることは,いうまでもない。),他方,被告ことぶきにおいて,ひまわりホーム新宿の分離に際して,本件事業利益等を被告長寿介護センターから同原告又はその指定する者に支払わなければならないこととなる可能性を考慮して,本件株式譲渡契約書の定める株式の譲渡代金の妥当性を検討した形跡がないことからすれば,原告らの主張するところは,被告ことぶきに不測の損害を与えるものというほかはない。
エ 以上のほか,本件全証拠及び弁論の全趣旨を総合しても,原告らの主張に係るA@とことぶきの合意@及びAの成立を認めることは困難であり,原告らの主張に係る本件黙示の合意2(1)及び(2)を認めることも困難である。
したがって,本件黙示の合意1に基づく原告A@又は原告ひまわりの請求は,いずれも理由がない。
(2) 争点1(2)(本件事業利益等につき不当利得返還請求ができるか)について 原告ひまわりは,法律上の原因なく,本件事業利益等と同額の利得が被告長寿介護センターに生じており,そのためにこれと同額の損失が同原告に生じている旨主張する。
36 しかし,被告長寿介護センターは,原告ひまわりに対するひまわりホーム新宿事業の譲渡の完了(平成26年4月1日)まで,法律上も,実際もひまわりホーム新宿事業を実際に運営していたのであるから,本件事業利益等を取得することができる地位にあったことは明らかであり,また,同原告がこれを取得することができる地位になかったことも明らかであるから,同原告の上記主張は,採用することができない。
付言するに,同原告の主張は,要するに,同原告が本件事業利益等を取得することができる地位にあり,同被告がかかる地位になかったことを前提とするものであり,その趣旨は,ひまわりホーム新宿事業が原告A@の支配下に留保されていたというものと解されるが,前記(1)イで説示したとおり,同原告と被告ことぶきとは,被告長寿介護センターの運営していた老人ホーム事業のうち,ひまわりホーム新宿事業以外のものを被告ことぶきの支配下に移行させる手段として,ひまわりホーム新宿事業をあえて原告A@の支配下に留保せず,被告長寿介護センターを被告ことぶきの完全子会社とする方法により,被告長寿介護センターの運営していた老人ホーム事業の全てをいったん被告ことぶきの支配下に置いた後,行政手続の終了を待って,ひまわりホーム新宿事業を分離し,原告ひまわりに事業譲渡するというスキームを選択したものといえるから,上記前提が成り立たないことは,明らかである。
したがって,本件事業利益等に関する同原告ひまわりの同被告に対する不当利得返還請求は,理由がない。
3 争点2(本件請求(2)は認められるか)について (1) 争点2(1)(本件黙示の合意2は成立したか〔仮に成立した場合,相殺は認められるか〕)について ア 原告ひまわりは,同原告と被告長寿介護センターとの間で,本件黙示の合意2(ひまわりホーム新宿の入居者に対する本件保証金等返還債務について,同原告が同被告からひまわりホーム新宿事業を譲り受ける際,同債務を同被告から同原告が承継し,本件保証金等相当額を同被告が同原告に対して支払う旨の黙示の合意) 37 が成立した旨主張するので,前記前提事実及び認定事実に基づいて検討する。
前記2(1)において説示したように,原告A@と被告ことぶきとの交渉の結果,本件株式譲渡契約書の規定するとおり株式の譲渡代金が定められるとともに,被告長寿介護センターがひまわりホーム新宿事業を分離して,原告 A@の指定する者(原告ひまわり)に承継させることが取り決められたものであるところ,原告ひまわりと被告長寿介護センターとの間でいかなる範囲の債権債務を承継し,いかなる内容の清算をするかは,原告A@及び被告ことぶきが株式の譲渡代金を妥当であると判断して本件株式譲渡契約を締結するに際し,重要な考慮要素であったことは明らかであり,本件基本合意書9条2項の末尾に「必要と認めた場合は,・・・別途協議の上,覚書を締結する。」との規定があることにも鑑みれば,原告ひまわりと被告長寿介護センターとの間の債権債務の承継その他の清算は,覚書などにより 別途の取決めをしない限りは,専ら本件基本合意書及び本件株式譲渡契約書の規定に従って行うというのが,当事者の合理的意思に合致するものというべきである。
そして,@被告長寿介護センターは,ひまわりホーム新宿の入居者に対し,本件保証金等返還債務を負っていたこと,A原告A@と被告ことぶきとの契約(具体的には,本件株式譲渡契約書6条2項及び本件基本合意書9条2項の規定)に基づいて,原告A@が発行済株式全部を保有する原告ひまわりと,被告ことぶきが発行済株式全部を保有することとなった被告長寿介護センターとの間で,ひまわりホーム新宿の分離に当たり,被告長寿介護センターが有していたひまわりホーム新宿事業の「日常の運営によって生じる債権債務,入居者関連の債権債務,建物賃貸借契約関連の債権債務その他これらに準ずる債権債務」については原告ひまわりが承継し,被告長寿介護センターが有していた「その他の債権債務」については原告ひまわりは承継しない旨を内容とする新宿事業承継合意がされたとみることができること,B本件保証金等返還債務は,ひまわりホーム新宿事業の「入居者関連の・・・債務」に含まれること,C被告長寿介護センターは,ひまわりホーム新宿の入居者に対し,運営主体が被告長寿介護センターから原告ひまわりに変更となることを説明し,同 38 意書を徴したこと,D原告ひまわりは,ひまわりホーム新宿の退去者に対し本件保証金等返還債務を履行していることからすれば,原告ひまわりが被告長寿介護センターからひまわりホーム新宿の入居者に対する 本件保証金等返還債務を承継した(同債務を引き受けた)ものと認めるのが相当である(なお,このこと自体は,同原告も自認するところである。)。
他方,ひまわりホーム新宿事業においては,本件保証金等に対する保全措置が講じられていないことから,本件保証金等に対応する別段預金等は存在せず,ひまわりホーム新宿の入居者の退去に伴い本件保証金等返還債務の履行が必要となったときは,他の支出と同様に,原稿ひまわりと被告長寿介護センターとの間で,平成26年4月1日以降に引き継いだ資産やひまわりホーム新宿における新たな収入の中から,その都度,退去者に対する支払がされるべきものと認められる。そうすると,被告長寿介護センターがひまわりホーム新宿事業の「入居者関連の債権」(本件基本合意書9条2項)として,本件保証金等相当額の債権を有していたとは認められず,原告A@と被告ことぶきとの間で取り交わされた本件基本合意書及び本件株式譲渡契約書を精査しても,ほかに被告長寿介護センターが原告ひまわりに対して本件保証金等相当額を支払うことを想定したと解される規定は,見当たらない。
以上のほか,本件全証拠及び弁論の全趣旨を総合しても,原告ひまわりの主張に係るA@とことぶきの合意Bの成立を認めることは困難であり,原告ひまわりの主張に係る本件黙示の合意2を認めることも困難である。
イ この点,原告ひまわりは,ひまわりホーム新宿事業が本件株式譲渡契約の対象から除外されたとして,本件保証金等相当額を被告長寿介護センターから同原告に支払うこととするのが,原告A@及び被告ことぶきの合理的意思に合致する旨主張する。
しかし,同原告は,本件基本合意書及び本件株式譲渡契約書を取り交わした当時,被告長寿介護センターの代表取締役であり,かつ,発行済株式全部を保有していたのであるから,ひまわりホーム新宿事業に関し,同被告が本件保証金等返還債務を 39 負っているにもかかわらず,本件保証金等に対する保全措置が講じられておらず,本件保証金等に対応する別段預金等が存在しないことを知悉していたか,少なくとも極めて容易に認識し得たはずである。しかるに,同原告は,被告ことぶきに対し,ひまわりホーム新宿の分離に際して,本件保証金等相当額を被告長寿介護センターから同原告の指定する者に支払うこととするという条件を提示しなかったのである。
他方,被告ことぶきにおいて,ひまわりホーム新宿の分離に際して,本件保証金等相当額を被告長寿介護センターから同原告の指定する者に支払わなければならないこととなる可能性を考慮して,本件株式譲渡契約書の定める株式の譲渡代金の妥当性を検討した形跡はなく,原告ひまわりの主張するところは,被告ことぶきに不測の損害を与えるものというほかはない。
したがって,同原告の上記主張は,採用することができない。
ウ 上記検討したところによれば,本件黙示の合意2が成立したとは認められず,したがって,被告長寿介護センターの主張に係る相殺の可否について検討するまでもなく,同合意に基づく原告のひまわりの請求は理由がない。
(2) 争点2(2)(本件保証金等につき不当利得返還請求ができるか)について 原告ひまわりは,同原告が,被告長寿介護センターからひまわりホーム新宿事業を譲り受け,ひまわりホーム新宿の入居者の本件保証金等の返還債務を承継した こと(少なくとも,同債務を履行したこと)により,法律上の原因なく,本件保証金等相当額(少なくとも,既履行部分相当額)の利得が同被告に生じており,そのためにこれと同額の損失が同原告に生じている旨主張する。
しかし,上記(1)において説示したとおり,同原告は,同被告から,新宿事業承継合意に基づき,ひまわりホーム新宿事業を承継した際,同被告からひまわりホーム新宿の入居者に対する本件保証金等返還債務を承継した(同原告が債務を引き受けた)ことが認められる(このこと自体は,同原告も自認するところである。)から,同原告がひまわりホーム新宿の退去者に対して当該債務を履行したり,今後退去する者に対して当該債務を負っていることをもって,同原告に法律上の原因なき 40 損失が生じているとみることができないことは,明らかである。
同原告の主張は,要するに,同原告が同被告から本件保証金等返還債務を承継するに当たり,同被告が同原告にこれと同額の給付をする債務(又は同原告からの求償に応ずる債務)を負ったことを前提とするものであるところ,同原告の主張に係る本件黙示の合意2がされたとは認められず,したがって,同被告が上記債務を負ったといえないことは,上記(1)で説示したとおりである。
したがって,本件保証金等に関する同原告の同被告に対する不当利得返還請求は,理由がない。
(3) 小括 以上によれば,原告ひまわりの本件請求(3)は,いずれも理由がない。
4 争点3(本件請求(3)は認められるか)について (1) 争点3(1)(被告らは本件虚偽説明をしたか)について ア 証拠(甲7ないし10)及び弁論の全趣旨によれば,ひまわりホーム新宿は,従前,老人ホーム事業の紹介誌であるホームあしすと誌に有料老人ホームの一つとして掲載されていたが,同誌第23号(平成26年2月28日発行)に掲載された後,同誌第24号(同年6月30日発行)及び同誌第25号(同年10月31日発行)には掲載されず,同誌第26号(平成27年3月31日発行)から再び掲載されるようになったことが認められる。
イ 原告ひまわりは,ひまわりホーム新宿がホームあしすと誌第24号及び同誌第25号に掲載されなかった理由について,被告長寿介護センターが,被告ことぶきと共謀の上,平成26年3月頃,同誌の発行者であるシニアサポートに対し,「ひまわりホーム新宿は事業を行っていない」旨の虚偽の説明(本件虚偽説明)をしたからである旨主張し,原告A@の平成28年5月31日付け陳述書(甲40)には,これに沿う記載(24〜25頁)がある(なお,被告長寿介護センター代表者〔27頁〕は,上記陳述書の記載とは整合しない。)。
しかし,同原告の主張及び上記陳述書の記載によっても,同原告は,シニアサポ 41 ートに対し,同誌第24号及び同誌第25号(これらは,同原告がひまわりホーム新宿事業を承継した平成26年4月1日より後に発行されている。)にひまわりホーム新宿を掲載して欲しい旨の申込みをしていないことがうかがわれ,他方,同被告が同原告のため上記各号にひまわりホーム新宿を掲載するようシニアサポートに申込みをする義務があったと認めるに足りる証拠はないから,そうであれば,同原告は,そもそも,本件虚偽説明がされたか否かにかかわらず,同原告において,上記各号にひまわりホーム新宿が掲載されることを期待できる立場にはなかったといえる。
加えて,被告長寿介護センターによって本件虚偽説明がされたことや,同被告が被告ことぶきと共謀していたことを裏付ける客観的ないし的確な証拠はないところ,原告A@の上記陳述書の記載は,単なる伝聞ないし推測の域を出るものではないといわざるを得ない。
以上によれば,原告A@の上記陳述書の記載をもって,直ちに原告ひまわりの主張に係る事実を認めることは,困難というほかはない。
(2) 争点3(2)(損害の発生及びその額)について 上記(1)の点をひとまず措き,原告ひまわりの主張に係る損害について検討したとしても,ひまわりホーム新宿の入居人数が減少したという同原告の主張の根拠とされる「1.入居者数比較」で始まる書面(甲11)は,同原告自身の作成に係るものであって,何ら客観的資料を伴うものではないから,同原告が自らの主張を単に記載したものにすぎないというほかはない。また,ホームあしすと誌(なお,同誌は,「ご自由にお持ち帰りください」と表示されたいわゆるフリーペーパーで あり,一つの号に掲載される施設の総数が2000を超えるものであるところ,同原告がひまわりホーム新宿の掲載の有無を問題にしているのは,1頁に43ないし46という多数の有料老人ホーム又は高齢者住宅を表形式で列挙している箇所である〔甲7ないし10〕。また,同誌の発行部数,配布場所・地域,読者層は,明らかでない。)への掲載が新規入居者の獲得にどの程度貢献しているのかは明らかでな 42 く,同誌第24号(平成26年6月30日発行)及び同誌第25号(同年10月31日発行)にひまわりホーム新宿が掲載されなかったことによって,直ちに同原告の主張に係る平均入居者数の減少がもたらされたと推認することは,困難である。
(3) 小括 以上によれば,そもそも,被告らが本件虚偽説明をしたとは認められないし,本件虚偽説明がされたと仮定したところで,原告ひまわりの主張に係る損害の発生や,当該損害と本件虚偽説明との因果関係を肯定することができないから,いずれにせよ,同原告の本件請求(3)は理由がない。
結論
よって,原告らの請求はいずれも理由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。
追加
43 裁判官笹本哲朗44 (別紙)当事者目録原告A@(以下「原告A@」という。)原告株式会社ひまわり(以下「原告ひまわり」という。)上記2名訴訟代理人弁護士弘中徹同海野秀樹同三好重臣同仙田正一同植村理栄子同曽我辺佳志同日正美被告株式会社長寿介護センター(以下「被告長寿介護センター」という。)被告株式会社管理センターことぶき(以下「被告ことぶき」という。)上記2名訴訟代理人弁護士飯野信昭同花山寛同堀口昌孝同松本雄一45 (別紙)事業利益等一覧表対象期間等金額アひまわりホー@本件期間@:平成24年4月1日(被ム新宿事業の事業告長寿介護センターの平成23年度の決算利益日の翌日)〜平成25年2月17日(原告A@がその保有に係る被告長寿介護センターの発行済株式全部を被告ことぶきに譲渡した日〔本件株式譲渡日〕の前日)\16,862,366A本件期間A:平成25年2月18日(本件株式譲渡日)〜平成26年3月31日(被告長寿介護センターから原告ひまわりにひまわりホーム新宿事業の譲渡が完了した日の前日)\25,332,761Bひまわりホーム新宿事業の分離により,被告長寿介護センターが利得することになった過去3年分のひまわりホーム新宿事業の利益相当額\50,132,000イひまわりホー被告長寿介護センターが国民健康保険連合ム新宿事業に関す会から平成25年2月18日以降に受領しる介護保険料収入た平成24年12月分から平成25年2月分の介護保険料\13,568,105合計\105,895,23246 (別紙)本件基本合意書の要点前文平成24年10月4日付け三社事業承継申込書に基づくデューデリジェンスが全て終了したので,第1条各号記載の法人(以下“本各法人”という。)について,原告A@と,被告ことぶきとは,本各法人を被告ことぶきが譲り受けるにつき,下記のとおり合意したので本件基本合意書を取り交わす。
第1条(事業譲渡・継承の合意)原告A@は,被告ことぶきに対して次の各号に記載する法人の発行済全株式を株主から売り渡すことを約し,被告ことぶきはこれを買い受けることを承諾した。
(1)被告長寿介護センター(発行済株式800株,株主原告A@)(2)全国福祉サービス株式会社(発行済株式200株,株主原告A@)(3)全福総合食品株式会社(発行済株式20株,株主原告A@)また,被告ことぶきは医療法人社団向生会の事業の継承を第13条に定めるところに従ってこれを行う。
第2条(譲渡の方法)本各法人の譲渡方法は,株式売買等の方法による。
第3条(譲渡代金)本各法人の発行済み株式の売買等の代金は,3億8000万円とし,被告ことぶきは,原告A@の指定する者に対して次のとおり売買代金を支払う。
(1)本合意書締結日から,締結日を含み7日以内に金1000万円を甲の指定する者の下記銀行口座に振り込みにて支払う。(口座名等省略)(2)被告ことぶきは,本各法人の受け渡し期日または原告A@,被告ことぶきが合意する期日に残金金3億7000万円を原告A@が指定する者の銀行口座に振り込む方法または原告A@,被告ことぶきが合意する別の方法により原告A@の指定47 する者に支払う。
第4条(受け渡しの実行期限)本各法人の受け渡しは平成25年(2013年)1月31日までに実行するものとする。
第6条被告ことぶきは,被告ことぶきの銀行融資が内定し,残代金の支払いが可能となったときは,速やかにその旨と支払い予定日を原告A@に通知するものとし,原告A@と被告ことぶきとは次条以下の方法で本各法人受渡しを実行する。本各法人は,受け渡し期日の前後においては,通常通りの業務を行い,現状有姿のまま受け渡しされる。
第9条(ひまわりホーム新宿の分離)1.被告長寿介護センターが賃借して運営している「ひまわりホーム新宿」は,当該法人の受け渡し日に賃借人の地位が原告A@の指定する者に変更されて分離されるものとするが,分離のための行政手続に約4か月を要するため,分離が承認されるまでの間,行政上は運営体の名義を従来通り,被告長寿介護センターとする。
「ひまわりホーム新宿」の分離手続は,原告A@の負担と責任で行うが,被告長寿介護センター名を要する書類の作成及び発行については,被告ことぶきは全面的に協力する。
2.「ひまわりホーム新宿」の分離に関しては,日常の運営によって生ずる債権債務,入居者関連の債権債務,建物賃貸借契約関連の債権債務その他これらに準ずる債権債務については,被告長寿介護センターの受け渡し日をもって精算する。その他の債権債務については,分離後の「ひまわりホーム新宿」は継承しない。詳細について,原告A@あるいは被告ことぶきが必要と認めた場合は,別途協議の上,覚書を締結する。
第12条(ひまわりホーム新宿の買受希望)1.被告ことぶきは,第9条第1項の定めにより分離された「ひまわりホーム新48 宿」を将来,譲り受けることを希望し,原告A@は,将来,被告ことぶきから申し込みを受けた場合,誠実に協議に応ずるものとする。
2.原告A@と被告ことぶきとは,前項の「ひまわりホーム新宿」の譲り受け希望の申出は,平成25年(2013年)12月31日までに行うこととし,譲渡代金・譲渡手続等は,別途,原告A@と被告長寿介護センターは協議して決定することを合意する。
第13条(斡旋の同時履行)被告ことぶきは,下記の法人の引受者を,被告ことぶきの責任と負担において斡旋するものとし,この斡旋の責任は,本件基本合意書成立と同時に成立し,第1条の株式売買と同時に履行されるものとする。ただし,いったん成立し,履行された後はこの限りではない。
医療法人社団向生會第14条原告A@,被告ことぶきは,本合意書に定める各条項の解釈,運用に疑義が生じたとき,あるいは,本合意書に定めのない事項が生じたときは,紛争にならないよう,仲介者を加えて誠実に協議して解決の道を見出すものとし,円滑に本合意の目的を達するように努める。
49 (別紙)本件株式譲渡契約書の要点第1条(株式の売買)1.原告A@は,株主として自己の所有する下記の法人の発行済み株式総数が下記のとおりであることを確認し,本日,それぞれその株式総数を被告ことぶきに売(1)被告長寿介護センター(発行済株式数800株,株主原告A@)(2)全国福祉サービス株式会社(発行済株式数200株,株主原告A@)(3)全福総合食品株式会社(発行済株式数20株,原告A@)2.前項に定める株式総数の譲渡代金は3億8000万円とする。
3.被告ことぶきは,基本合意書第3条第1項の定めにより原告A@に対して支払った金1千万円を,前項の譲渡代金に充当する。
(4.略)5.上記1(1)ないし(3)の各株式は,譲渡代金全額の支払いと同時に甲から乙に移転するものとし,かつ,甲は乙に対し速やかに株券を全部引き渡す。
第3条(役員の辞任)原告A@は,第1条5項に定める株式譲渡日までに本各法人の取締役(代表取締役を含む,以下同じ。)及び監査役全員の辞任日を空欄とした辞任届を被告ことぶきに交付する。被告ことぶきは各役員辞任の日を本各法人において株式譲渡後,最初に開催される臨時株主総会の日に補充し,同日,全取締役及び監査役は辞任する。
第6条(ひまわりホーム新宿の分離の確認)1.原告A@,被告ことぶきは,第1条第2項に定める株式譲渡代金には,被告長寿介護センターが施設を賃借して運営しているひまわりホーム新宿の事業が含まれないことを確認する。
2.ひまわりホーム新宿にかかる事業は,本件基本合意書第9条第2項の定めに従い,被告長寿介護センターの事業から分離する。
50 第8条(医療法人の継承の斡旋)被告ことぶきは,医療法人社団向生會の事業の継承の斡旋を,本株式譲渡と同時に基本合意書第13条の定めるところに従ってこれを行う。
第9条(法人の引渡し)本各法人の引渡しは,株式譲渡日に行うものとし,原告A@,被告ことぶきは,基本合意書の定めに従ってこれを実行する。
第10条(引渡し後の協力)原告A@は,本各法人の引渡し後においても本各法人の事業が円滑に運営できるように被告ことぶきに対して必要かつ適切な協力を行うものとする。
第12条(基本合意書の効力)1.基本合意書の各条項は,本契約に別段の定めがある場合及び次項の定めを除き,本契約締結後も効力を有するものとする。
2.基本合意書第4条に定める本各法人の受け渡し実行期限を平成25年2月18日までに変更する。
第14条(規定外事項)本契約に定めのない事項又は本契約の規定の解釈について疑義がある事項については,原告A@被告ことぶきは,民法及び商法その他の法令並びに慣行に従い,誠意を持って協議し,解決する。
51
裁判長裁判官 嶋末和秀
裁判官 鈴木千帆