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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成17ワ25426損害賠償請求事件 判例 商標
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平成29ワ12058 商標権侵害行為差止等請求事件 判例 商標
平成18ネ2387不正競争行為差止等請求控訴事件 判例 商標
平成29ワ9779商標権侵害行為差止請求事件 判例 商標
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事件 平成 28年 (ワ) 28591号 商標権侵害差止等請求事件

原告A
同訴訟代理人弁護士 安江邦治
被告学校法人河合塾
同訴訟代理人弁護士 中島茂
同 原正雄
同 小木惇
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2017/04/27
権利種別 商標権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告は,「医の心」なる標章及び「医心」なる標章を使用して,被告の学習 塾の医学の教授の役務に関する生徒募集等のためにパンフレット,電磁的方法 その他手段のいかんを問わず宣伝広告をしたり,第三者に宣伝広告をさせては ならない。
2 被告は,原告に対し,2000万円及びこれに対する平成28年9月7日か ら支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は,「医の心」との標準文字の商標及び「医心」との標準文字の商標に 係る各商標権を有する原告が,被告においてこれらの文言をパンフレットやウ 1 ェブサイト上で使用して医学部受験生に対する受験指導等の宣伝広告を行って いる行為が上記商標権をいずれも侵害する旨主張して,被告に対し,@商標法 36条1項に基づき,上記各標章の宣伝広告のための使用の差止めを求めると ともに,A民法709条及び商標法38条2項に基づき,一部請求として,損 害賠償金2000万円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成28年9 月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求 める事案である。
1 前提事実(証拠を掲記した事実以外は当事者間に争いがない。) (1) 当事者 ア 原告は,予備校・家庭教師派遣業の運営,出版業,映像制作,学習ソフ トの開発等を業とする「合同会社医系予備校講師の会」の代表社員である。
イ 被告は,教育基本法及び学校教育法に従い学校教育を行うことを目的と する河合塾大阪校を含む各学校を設置し,受験生に対する受験勉強の教授 等を業とする学校法人である。
(2) 原告の商標権 原告は,次の各商標権(以下「本件商標権」と総称し,これらに係る各商 標を「本件商標」と総称する。)を有する(甲1ないし4)。
ア 登録番号 第5587659号 出 願 日 平成24年12月14日 登 録 日 平成25年6月7日 登録商標 「医の心」(標準文字) 指定役務 第41類 医学・歯学に関する知識の教授,医学部・歯学部に関する受験 勉強の教授,医学部・歯学部受験に関する倫理学・一般教養・小 論文の教授,医学部・歯学部受験に関する面接指導 (以下,上記商標権を「本件商標権1」といい,その登録商標を「本件商 2 標1」という。) イ 登録番号 第5858642号 出 願 日 平成27年8月6日 登 録 日 平成28年6月17日 登録商標 「医心」(標準文字) 指定役務 第41類 医学・歯学・薬学又は看護学に関する知識の教授,医学部・歯 学部・薬学部・看護学部又はその他の医療系学部に関する受験勉 強の教授,医学部生・歯学部生・薬学部生・看護学部生又は医学 部受験生に対するコミュニケーション力・倫理学・一般教養又は 小論文の教授,医学部生・歯学部生・薬学部生・看護学部生又は 医学部受験生に対する面接指導,医学・歯学・薬学又は看護学に 関するセミナーの企画・運営又は開催,医学・歯学・薬学又は看 護学に関するイベントの企画・運営又は開催,医学部・歯学部・ 薬学部又は看護学部の受験に関するセミナーの企画・運営又は開 催,医学部・歯学部・薬学部又は看護学部の受験に関するイベン トの企画・運営又は開催,ホームページを利用して生徒募集を行 うことによる医学部生・歯学部生・薬学部生・看護学部生又は医 学部受験生に対する医療知識の教授,電子出版物の提供 (以下,上記商標権を「本件商標権2」といい,その登録商標を「本件商 標2」という。)(3) 被告のウェブサイト及びパンフレットにおける表記 被告は,平成27年4月,大阪校医進館において,医学部志望の高校1年 生を対象とする「高1医進コース」の講座の一つとして「医心養成ゼミ」を 開講し,平成28年4月からは「高2医進コース」の講座の一つとしても 「医心養成ゼミ」を開講した(乙30)。
3 被告は,同ゼミに関するウェブサイト及びパンフレットにおいて,「医の 心」「医心」「医心養成ゼミ」との表記を多く用いている(以下,「医の 心」との表記を「被告標章1」と,「医心」との表記を「被告標章2」と, 「医心養成ゼミ」との表記を「被告標章3」といい,これらを併せて「被告 標章」と総称する。)。具体的な使用状況は,例えば,別紙被告標章使用状 況1ないし4各記載のとおりである(これらは順に甲5,8の2,8の4及 び8の5に対応する。これらを順に「本件ウェブサイト1」,「本件ウェブ サイト2」,「本件ウェブサイト3」,「本件パンフレット」といい,併せ て「本件ウェブサイト等」と総称する。また,別紙被告標章使用状況1ない し4において,「医の心」ないし「医心」との文言が使用された部分24か 所につき,それぞれ被告表記@ないし?ともいう。)。
なお,被告は,平成28年8月,「医心養成ゼミ」の名称を「医深探求ゼ ミ」と変更した(乙29,30)。
(4) 検索画面上での表示 ヤフー株式会社が運営する検索サイト「Yahoo!検索」(以下「本件検索 サイト」という。)において,「河合塾,大阪校,医学部,医心養成ゼミ」 ないし「河合塾,大阪校,医学部,医の心」の各キーワードを入力した場合 の検索結果には,被告が開講している「医心養成ゼミ」に関する被告のウェ ブサイトの記載の一部(被告標章1ないし3の記載を含む。)が表示された (甲8の1,8の3。以下「本件検索結果」と総称する。)。
2 争点 (1) 被告標章に係る商標的使用の有無(争点(1)) (2) 本件検索結果における被告標章の使用主体(争点(2)) (3) 本件商標と被告標章3との類否(争点(3)) (4) 被告標章3についての被告の先使用権の成否(争点(4)) (5) 原告の損害額(争点(5)) 4 3 争点に関する当事者の主張 (1) 争点(1)(被告標章に係る商標的使用の有無)について ア 被告の主張 (ア) 被告標章1の「医の心」という言葉は,医師の誠実性を示す言葉と して普通に用いられており(乙6ないし10参照),同標章は,大阪校 医進館で運営する医心養成ゼミのカリキュラム(以下「本件カリキュラ ム」という。)における獲得対象,すなわち医師としての誠実性を説明, 記述した表示である(被告表記@AKMNPS参照)。
なお,「医の心」は,「医師にとって必要な理念」を意味するものと しても受け取られるところ,一般に「医は仁術」(「医は,人命を救う 博愛の道である」旨)の語句が広く知られていることから,やはり「医 の心」は「医師としての誠実性」を意味するものとして認識される。
また,被告標章1は単独で用いられているのではなく,例えば本件ウ ェブサイト1においても,他の表記とともに用いられることにより,受 験生やその保護者などの需要者は,表記全体をみて,被告標章1が医師 の誠実性を示す言葉として使用されているものと理解する。
(イ) 被告標章2「医心」も,本件カリキュラムにおける獲得対象,すな わち医師としての誠実性を説明,記述した表示である(被告表記DFH 参照)。被告は,医心,すなわち医師としての誠実性を養成し,主体性, 課題発見力,傾聴力を身につけることで,受験学力の向上につながると 考えている。
「医心」が「医の心」と同じ意味を有するものとして用いられている ことを,受験生やその保護者などの需要者は容易に理解する。また, 「医心」は「医術の心得」という意味で用いられる日常用語である(広 辞苑第6版参照)。辞書には「医術」であるとの解説のみが記載されて いるが,「医は仁術」の語句が広く知られていることから,医師として 5 の誠実性をも兼ね備えていることを示すものとして理解される。
「医心」が医師としての誠実性を示すものとして用いられていること は,本件ウェブサイト1における他の記載からも読み取ることができる。
また,「医心」は,医師にとって必要な資質という意味を有すること を示すものでもある。
(ウ) 被告標章3「医心養成ゼミ」は,医師の誠実性を示す「医の心」を 養成するゼミであるとして,本件カリキュラムで提供する内容を記述, 説明するもので,「医心を養成するゼミである」ことを簡略化してゼミ の内容を表現したものであり(被告表記BCEGIJLOQR???? 参照),自他の役務を識別するための表示ではない。
(エ) 以上のとおり,被告は,本件カリキュラムで提供される内容を示す ものとして,「医師としての誠実性である医心を養成するゼミ」という 意味で「医心養成ゼミ」と表記している。
また,被告が「医の心」や「医心」を,自他の役務を識別する表示と して用いたことはなく,いずれも本件カリキュラムで提供される内容を, 普通に用いられる方法で説明する記述である。
したがって,本件ウェブサイト等及び本件検索結果における被告標章 の表示は,いずれも商標としての使用ではなく,本件商標権を侵害する ものではない(なお,そもそも,本件検索結果における被告標章の表示 は,後記(2)のとおり,被告が行ったものではない。)。
なお,カリキュラムの内容を説明,記述したことが「商標としての使 用」になるわけではない。また,仮に,原告が「医の心」を「役務を表 現する標章」として使用していたとしても,そのために被告標章1「医 の心」が「商標としての使用」に転化することはない。
イ 原告の主張 (ア) 「医の心」という用語自体は,原告が創作したものではないが,原 6 告は他に先駆けて,医学部受験生に対する最新の医療論・医療概論を含 む受験勉強の教授の役務を表現する標章として「医の心」を使用してい る。
他方で,被告は,被告標章1「医の心」について,被告が受験生に対 して提供する「受験勉強の教授の役務」を表現するものであることを自 認している。
「医の心」が医師の誠実性を示す言葉として普通に用いられているか はともかく,被告の上記主張からすれば,少なくとも,被告は,本件ウ ェブサイト等において「医の心」なる用語を被告が受験生に提供する 「受験勉強の教授の内容」を表現する標識として使用していることにつ いて自認していることになる。
このように,被告は,「医の心」授業について被告が受験生に提供す る「医学に関する知識の教授」「医学部に関する受験勉強の教授」とい う役務を表現する標章として使用しており(甲5参照),これは普通名 詞又は普通名称としての使用などでなく,被告標章1が,本件商標権を 侵害するものであることは明らかである。
(イ) 被告は,被告標章2「医心」を「受験学力の加速的な向上」に結び つく授業の名称として使用しているから,被告の医学部受験生に対する 受験勉強の教授(役務)の標章として使用していることになり,これは 普通名詞又は普通名称としての使用などでなく,被告標章2が,本件商 標権を侵害するものであることは明らかである。
(ウ) 被告は,被告標章3「医心養成ゼミ」につき,被告が提供する本件 カリキュラム(被告の役務)を表現したものであることを認めており, 商標としての使用であることを認めている。
そして,「医心養成ゼミ」の表示は,本件商標2「医心」を使用して おり,かつ被告の役務識別機能を有する表示として使用されている。
7 (エ) 以上のとおり,被告の使用する被告標章は,被告の提供する受験勉 強の教授の役務の内容を表象するものであり,受験生が被告の提供する 役務を選択する動機付けに重要な役割を果たすものであるから,正に役 務商標として使用されている。
なお,原告から本件商標の使用許諾を受けた「合同会社医系予備校講 師の会」は,同商標を指定役務の商標として使用しているところ,同会 のカリキュラムはその入会案内(甲11の1)及びシラバス(甲11の 2)記載のとおりであって,本件商標は,そこに示された「受験勉強の 教授等の役務」の内容を表す標識としての機能を果たしている。
(2) 争点(2)(本件検索結果における被告標章の使用主体)について ア 原告の主張 被告は,ヤフー株式会社が運営するウェブサイト(本件検索サイト)に おいても,被告標章を使用し,広告宣伝を行っているから,本件検索結果 における被告標章の使用についても,当然に商標法上の責任を負うべきで ある。
イ 被告の主張 争う。上記被告標章の使用とされるものは,被告が行ったものではない。
商標法2条3項8号は「役務に関する広告…を内容とする情報に標章を 付して電磁的方法により提供する行為」を「使用」と定義しており,本件 検索結果が商標法上の「使用」に該当するのは,本件検索結果を被告が 「提供」した場合に限られる。しかるところ,被告が本件検索結果を「提 供」した事実はないから,同検索結果は商標法所定の「使用」に該当しな い。
そもそも本件検索サイトを運営するのはヤフー株式会社であり,同社は 被告とは別法人で資本関係もなく,両者間には契約関係もない。
また,本件検索サイトは,検索者の求めに応じ,インターネット上にあ 8 る情報の中から目的の情報を収集し,表示するサービスである。
そして,本件検索結果は,本件検索サイトの検索エンジン用ロボット独 自のデータやアルゴリズムが収集した情報に基づいて自動的に作成された ものであり,上記検索結果における「医の心」「医心」との表記は,同サ イトの検索エンジン用ロボット独自のデータやアルゴリズムが,被告の運 営するウェブサイト(甲8の2,8の4等)から情報を収集し,その情報 を表示しただけのものであるから,被告が「提供」したものではない。
(3) 争点(3)(本件商標と被告標章3との類否)について ア 原告の主張 被告標章3「医心養成ゼミ」の要部「医心」は,本件商標2「医心」と 同一であるから,被告標章3を使用することは,本件商標権2を侵害する ものである。同様に,被告標章3「医心養成ゼミ」の要部「医心」は,本 件商標1「医の心」にも類似するから,被告標章3を使用することは,本 件商標権1をも侵害する。
イ 被告の主張 被告標章3「医心養成ゼミ」は,本件商標2「医心」とは,外観,称呼, 観念のいずれにおいても相違する。
まず,被告標章3は,外観上,一連一体の記載であり,「医心」のみが 切り離されて認識されることはない。そして,この合計6文字は,全て同 書同大で,全て同色で表され,横一列に記載され文字の間隔も全て同じで まとまっている。これに対し,本件商標2「医心」は漢字2字からなり, 漢字4文字,カタカナ2文字からなる「医心養成ゼミ」との表記とは明ら かに異なる。
また,被告標章3から生じる称呼は「イシンヨウセイゼミ」であり,略 称される場合にも「ヨウセイゼミ」といわれ,「イシン」と略称されるこ とはない。これに対し,本件商標2「医心」から生じる称呼は「いごこ 9 ろ」であり,称呼が異なる。
さらに,被告標章3からは,「医心を養成するゼミ」という観念が生じ る。被告は,この「医心」に「医師としての誠実性」という意味を込めて おり,「そのような医心を育てるゼミ」という観念が生じる。これに対し, 本件商標2「医心」からは「医術の心得」という観念が生じる。そして, 「ゼミ(演習,セミナー,講習会)」と,「心得(わきまえておくべき事 柄)」とでは,観念が全く異なる。
(4) 争点(4)(被告標章3についての被告の先使用権の成否)について ア 被告の主張 本件商標2の出願に先立つ平成27年4月頃,医心養成ゼミは,被告大 阪校医進館が運営している「高1医進コース」のカリキュラムの一つであ った。そして,同コースの需要者は,@平成27年4月時点の高校1年生, A大阪校医進館への通学圏内(近畿2府2県)の高校に通学している者, B医学部志望者の全てに該当する者であり,これらの者のほとんどは,近 畿2府2県に所在する高校のうち被告が大阪校医進館への入学を勧誘すべ き重要校として位置付けている高校(以下「主要39校」という。)の1 年生(平成27年4月時点)であった。
そして,被告は,本件商標2「医心」が出願された平成27年8月6日 以前である平成26年11月頃から,被告標章3「医心養成ゼミ」を使用 しており,主要39校の高校1年生に対し,チラシやパンフレットを校門 前で手渡したり,自宅に郵送するなどした。また,上記需要者の多くが医 心養成ゼミのウェブサイトを閲覧した。
その結果,被告標章3「医心養成ゼミ」は,遅くとも本件商標2の出願 に先立つ平成27年4月頃までには,上記コースの需要者の間で広く認識 されるに至り,本件商標2「医心」の出願日である同年8月6日時点でも 需要者に広く認識されていた。
10 したがって,被告は,被告標章3について先使用権を有する。
イ 原告の主張 争う。
被告が提出した証拠(乙31ないし41)は,いずれも被告標章3が被 告の商標として需要者の間に広く認識されていたこと(周知性)を認定し 得るものではない。
また,被告の主張によれば,被告の「医心養成ゼミ」が世間に初めて紹 介されたのは平成27年2月前後ということになるが,同年4月に開講さ れた同ゼミで使用された資料に記載された被告標章2「医心」や被告標章 3「医心養成ゼミ」が本件商標2「医心」の登録出願日である同年8月6 日の時点で,被告の役務を表示するものとして需要者の間に広く認識され ていたとは到底解されない。このほか,被告の「医心養成ゼミ」の需要者 が,被告の主張どおりであったとしても,これが直ちに商標法32条1項 にいう「需要者」に当たるものでもない。
(5) 争点(5)(原告の損害額)について ア 原告の主張 被告が平成27年4月から平成28年7月までの間に本件商標権の侵害 行為(大阪校医進館の医進コースにおける被告標章の使用)によって得た 売上げは,被告発行のパンフレットに基づき推測すると,少なくとも5億 円を下らないものと解され,被告の利益率は,少なくとも1割を下らない と解されるので,上記期間中に被告が得た利益は5000万円を下らない。
そこで,原告は,被告の上記利益のうち2000万円の支払を請求する。
イ 被告の主張 争う。
当裁判所の判断
1 争点(1)(被告標章に係る商標的使用の有無)について 11 (1) 証拠(甲5,8の1ないし5,乙4,6ないし10,11の1ないし1 1,17,30)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 「医の心」及び「医心」という語の用例等 (ア) 「医の心」という語は,以下のとおり,医療関係の書籍や番組,ウ ェブサイト等で頻繁に用いられており,このうち,c及びeは,本件商 標1の出願より25年以上前のものである。
a 「QLife Pro」という医療従事者向けの医療総合サイト「医心」が あり(株式会社QLife運営),その中に立石実医師が執筆した「医の 心」というコラムが平成25年3月8日付けで掲載され,そこでは後 記cの著作の内容が紹介されている(乙6)。
b 毎日放送で「医のココロ」という医療情報番組が放送されている (乙7)。
c 榊原仟教授(東京帝国大学医学部の医局長,東京女子医科大学外科 主任教授,日本心臓血管外科学会会長,筑波大学副学長を歴任し,心 臓外科の権威とされる。)が著作した「医の心」と題する書物(中公 文庫,昭和62年2月10日発行)が刊行されており,そこでは, 「『医の心』といえば,医師たる者の心得ていなければならないこと とも受取れるし,医師が患者の治療に際して,背景に抱いている医師 の心情とも解釈できる。」,「『人間の生命と医師の使命』では,医 師は生命をどう考え,どのような立場で取扱っているのか,について 触れた。これが,医療の本質にかかわるもので,『医の心』そのもの ともいえると思う。」等の記載がある(乙8)。
d 神津仁医師による「医の心」と題するウェブサイト上のエッセイが あり,そこでは,日本医師会生涯教育シリーズの「対談 医の心―先 輩医師に学ぶ」という書籍が紹介されている(乙9)。
e 北里大学病院が編者となった「医の心(一) 医の哲学と倫理を考え 12 る」と題する書物(丸善株式会社,昭和59年1月20日発行)が刊 行されている(乙10)。
(イ) 「医心」という語は,「医術の心得」(広辞苑第6版)との意味で 一般に用いられている。
イ 被告による本件標章の使用態様等 (ア) 本件ウェブサイト1(甲5)においては,「医心養成ゼミでは良医 になるための知識や心構えを習得していきます。」「医心=『主体性』 『課題発見力』『傾聴力』など,臨床医・研究医にとって必要な資 質。」等の記載がある。
(イ) 本件ウェブサイト2(甲8の2)には,「医学部入試(面接・小論 文)突破のみならず,その先の医学生として,自分を高め続けていくた めに必要な素養や能力,それが『医の心』です。」「医心養成ゼミとは, その『医の心』を講義形式やその場での実践を通して身につけていくこ とを目的とした特別講座です。」等の記載がある。
(ウ) 本件ウェブサイト3(甲8の4)には,「―医師に欠かせない『医 の心』を育てる―『医心養成ゼミ2016』のご案内」「(学)河合塾 では,大阪校医進館にて,中学生・高校生とその保護者を対象に医学部 志望者のための特別講座『医心養成ゼミ2016』を実施いたしま す。」「当講座では,『医の心』を講義形式やその場での実践を通して 身につけていくということを目的としています。」等の記載がある。
(エ) 本件パンフレット(甲8の5)には,「医心養成ゼミでは,楽しみ ながら医師になるための知識や心構えを習得していきます。」等の記載 がある。
(オ) 被告作成のパンフレット(乙4)には,「『医心養成ゼミ』では, 合格後の医学生・医師にとって必要な素養『医心』を高1生の時点から 3年かけて段階的に養成します。」等の記載がある。
13 (カ) 被告作成のチラシ(乙17)には,「医心養成ゼミ」について「今 日求められている医学研究者・医療人の素養を,グループワーク形式 (定員40名)の講座を通して体感してみよう。」との記載がある。
(キ) 被告が平成27年4月に大阪校医進館において開講した,医学部志 望の高校1年生向けの「医心養成ゼミ」は,医学部受験に必要な知識の 習得を直接の目的とするものではなく,「パターナリズム」や「将来の ライフスタイル」について議論したり,研究現場を訪れたり,医師を志 望する理由を英語で考えたり,「論理的に考える力」「計算処理力」 「論証力,表現力」を獲得するなどのテーマで議論を行うといった内容 であった(乙11の1ないし11)。
ウ 本件検索結果の内容 本件検索結果は,被告が開講している「医心養成ゼミ」に関する被告の ウェブサイトの記載の一部が表示されたものであり,例えば,「医心養成 ゼミとは,その『医の心』を講義形式やその場での実践を通して身につけ ていくことを目的とした特別講座です。」,「高校1年生対象『医進コー ス体験ゼミ』のご案内です。…徹底的な『医学部合格への学力』養成に加 え,合格後の医学生・医師にとって必要な要素『医心』を高1生の時点か ら3年かけて段階的に養成する…」等の記載がある(甲8の1・3)。
(2) 前記(1)ア(ア)のとおり,「医の心」という語は,従前から医療関係の書 籍や番組等で頻繁に用いられている語であり,その文言からしてその意味は 医師ないし医療の心得といったものであると自然に理解できるところ,現に, 昭和62年に発行された心臓外科の権威とされる医師による「医の心」と題 する書物(乙8)では,「医の心」につき,医師の心得ないし医師の心情と の意味である旨が詳細に記載されている。
また,「医心」という語も,「医の心」を短縮した語であると解され,現 に,前記(1)ア(イ)のとおり,「医術の心得」(広辞苑第6版)といった意 14 味で一般に用いられている。
そして,前記(1)イ(ア)ないし(カ)のとおり,被告は,本件ウェブサイト 等を含む被告のウェブサイト及びパンフレット等において,被告標章1「医 の心」や被告標章2「医心」という語を,上記のような一般的な意義と同様 に,医師としての心構えや医師が有すべき素養等といった意味で用いている ものであり,被告標章3「医心養成ゼミ」も,そのような「医の心」や「医 心」を養成するためのゼミであることを説明しているものである。実際に, 被告は,前記(1)イ(キ)のとおり,「医心養成ゼミ」において,医学部受験 のための知識ではなく,医師としての心構えや素養を養うことを目的とした カリキュラムを提供している。
以上のとおり,本件ウェブサイト等を含む被告のウェブサイト及びパンフ レットにおいて,被告標章1及び2は,医学部志望者が医師になるために学 力とともに備えるべき心構えや素養を記述的に説明した語であり,被告標章 3も,医師として必要な心構えや素養の養成を目的とするゼミであることを 記述的に説明した語であると認められるから,これらの標章は自他識別機能 を有する標識として商標的に使用されているものではなく,したがって,被 告のウェブサイト及びパンフレットにおける被告標章1ないし3の使用には, 本件商標権1及び2の効力は及ばない(商標法26条1項6号)。
なお,仮に,原告から使用許諾を受けた者が本件商標を商標的に用いてい るとしても,同事実によって,被告が被告標章を商標的に使用していること にはならない。
(3) また,本件検索結果における被告標章1ないし3の表示についても,被 告が開講している「医心養成ゼミ」に関する被告のウェブサイトの記載の 一部が表示されるものであるところ,そもそもそれが被告による使用に当 たるか否かの点(争点(2))は措いて,その表示内容を検討しても,上記 (2)の被告のウェブサイト及びパンフレットにおける被告標章の使用の場合 15 と同様に,被告標章を商標的に使用しているものではなく,本件商標権1 及び2の効力は及ばない。
2 結論 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はいず れも理由がないからこれらを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 沖中康人
裁判官 矢口俊哉
裁判官 村井美喜子