運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 無効2016-890051
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 29年 (行ケ) 10094号 審決取消請求事件

原告 兵庫県杞柳製品協同組合
被告Y
同訴訟代理人弁理士 大森亜子
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2017/10/24
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が無効2016−890051号事件について平成29年3月29日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文同旨
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等 ? 被告は,別紙本件商標目録記載の商標(以下「本件商標」という。)の商標権者である(甲1)。
? 原告は,平成28年8月10日,本件商標について商標登録無効審判を請求した。
? 特許庁は,原告の請求を無効2016-890051号事件として審理し,平成29年3月29日,「本件審判の請求は,成り立たない。」とする別紙審決書 1 (写し)記載の審決(以下「本件審決」という。)をし,同年4月6日,その謄本は原告に送達された。
? 原告は,同月29日,本件審決の取消しを求めて本件訴訟を提起した。
2 本件審決の理由の要旨 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに,本件商標は,@原告の登録商標(地域団体商標)である別紙引用商標目録記載の商標(以下「引用商標」という。)と非類似の商標であって,商標法4条1項11号の規定に該当するものではなく,A引用商標又は原告の業務に係る商品と混同を生ずるおそれがあるとはいえず,同項15号にも該当するものではなく,B同項16号及び7号の規定に該当するものでもないから,その商標登録を無効にすべきでない,というものである。
3 取消事由 ? 商標法4条1項11号該当性判断の誤り(取消事由1) ? 商標法4条1項15号該当性判断の誤り(取消事由2) ? 商標法4条1項16号該当性判断の誤り(取消事由3) ? 商標法4条1項7号該当性判断の誤り(取消事由4)
当事者の主張
1 取消事由1(商標法4条1項11号該当性判断の誤り)について 〔原告の主張〕 ? 本件商標について 本件商標の構成中,下段の欧文字部分は,兵庫県豊岡市を表したものであり,本件商標に接する取引者,需要者は,指定商品の産地又は販売地を表したものとして理解するにとどまり,自他商品の識別標識としての機能を果たし得ない。本件商標は,構成中の上段の「豊岡柳」という漢字部分が下段の欧文字より大きく書されているため,この漢字部分が出所識別標識として強く支配的な印象を与える要部といえる。
2 したがって,本件商標は,その要部となる「豊岡柳」の漢字部分から「トヨオカヤナギ」の称呼が生じる。また,「豊岡」は兵庫県豊岡地域を意味し,「柳」は,学術名称「杞柳(コリヤナギ)」の普通名称であることから,商品の原材料を示す「コリヤナギ」を意味する。そして,「柳行李」,「柳かご」,「柳バスケット」等が知られているように,杞柳細工は,昔から「柳細工」として理解され,周知されているため,「豊岡柳」全体として,「兵庫県豊岡市及び周辺地域で生産された柳細工を施した商品」又は「兵庫県豊岡市及び周辺地域で生産された柳で作製された商品」等の意味合いを認識させる。このことは,実際の本件商標の使用態様からも裏付けることができる。被告は,「豊岡柳」は歴史のある「豊岡杞柳細工」ですと記し,材料がコリヤナギ(杞柳)であると説明して販売している。
? 引用商標について 引用商標は,「豊岡杞柳細工」を横書きしてなるところ,「細工」の文字は,その指定商品「兵庫県豊岡市及び周辺地域で生産された杞柳細工を施したこうり」等との関係においては,出所識別標識としての機能を果たし得ない。したがって,引用商標中の「豊岡杞柳」の文字が,取引者,需要者に対し,出所識別標識として強く支配的な印象を与える要部である。
よって,引用商標は,その要部となる「豊岡杞柳」の文字から,「トヨオカキリュウ」又は全体として「トヨオカキリュウザイク」の称呼が生じる。また,引用商標に接する取引者,需要者は,構成中の「豊岡」から兵庫県豊岡市を,「杞柳」から商品の原材料を示す「コリヤナギ」を想起し,全体として,「兵庫県豊岡市及び周辺地域で生産された柳細工を施した商品」又は「兵庫県豊岡市及び周辺地域で生産された柳で作製された商品」等の意味合いを認識する。
? 本件商標と引用商標の類否について 以上のとおり,本件商標と引用商標とは,称呼上は「トヨオカヤナギ」と「トヨオカキリュウ」又は「トヨオカキリュウザイク」とで異なるものの,全体の外観において,同一又は類似する文字部分を含み,両者から生じる観念は,同一又はかな 3 り近似しており,取引の実情の観点からも,商品の出所につき誤認混同を生じるおそれがある類似性を有するといえる。また,本件商標の指定商品中の第18類「かばん類」と,引用商標の指定商品中の第18類「兵庫県豊岡市及び周辺地域で生産された杞柳細工を施したこうり」とは,商品が類似する。
よって,本件商標は,商標法4条1項11号に該当する。
〔被告の主張〕 本件商標は,「豊岡柳」の3文字をまとまりよく一体に組み合わせ,「柳」の文字の一部を長く縦に伸ばすとともに,これとクロスするように描かれた横線を介して下段に「Toyooka」の英文字を配してなる,デザイン化された図形的な商標である。本件商標は,「豊岡柳」の文字部分だけをとってみても,引用商標とは,「豊岡」の部分は共通であるものの,「柳」と「杞柳細工」とは外観称呼観念のいずれの観点からも異なっており,類似ではない。
したがって,本件商標は,引用商標と類似せず,商標法4条1項11号に該当しない。
2 取消事由2(商標法4条1項15号該当性判断の誤り)について 〔原告の主張〕 ? 引用商標及び原告の業務に係る商品の周知性について 豊岡杞柳細工は,江戸時代に豊岡藩の地域産業として確立し,明治時代には数々の国際博覧会に出展して賞を受け,戦前には軍用品としての需要を拡大し,戦後には,買い物籠が大流行してどの家庭にも普及し,昭和26年には120万個の売上げを誇っていた。昭和50年前後に中国製バスケットの輸入が増えた頃から,苦境に立たされることになるが,平成4年に伝統的工芸品の認定を受け,伝統工芸士を育成するなど,地域活性化に貢献できるよう活動を続けてきた。
原告及びその構成員は,引用商標を指定商品及びかばん類に付して,製造・販売を継続して行っており,東京・神奈川・仙台・金沢・軽井沢・大阪・京都・福岡などのほか,通信販売やインターネットを通して日本各地に販売している。豊岡杞柳 4 細工は,多くのテレビ番組及び出版物で紹介されており,皇室にも愛用される由緒あるブランドである。
さらに,引用商標は,毎年発行されている,通商産業省伝統的工芸品産業室監修,財団法人伝統的工芸品産業振興協会(以下「伝統的工芸品産業振興協会」という。)編集による「伝統的工芸品の本」並びに経済産業省・特許庁作成の「地域団体商標」及び「地域団体商標事例集」によって周知されている。引用商標が地域団体商標として登録されたということは,引用商標が需要者の間に広く認識されていると特許庁が認めたものである。
伝統工芸士が手作業で製作する商品であるため,受注・生産量に限度がある,豊岡杞柳細工のような伝統的工芸品について,伝統的工芸品としての歴史が語る周知性を無視して,一般商標と同列に取り扱い,巨大市場における周知性を求めるのは適切でない。引用商標が,長い歴史に裏付けられた広い周知性の証として地域団体商標として登録されている事実を忘れるべきではない。
? 出所の混同について 前記1?のとおり,本件商標は,引用商標又は原告の業務に係る商品と,商品の出所につき誤認混同を生じるおそれがある。実際に,顧客から原告に対し,「豊岡柳」の商品はどこにあるのかという問合せの電話がかかってくることが度々ある。
〔被告の主張〕 被告は,出所を混同されることのないように,引用商標とは全く類似しない本件商標を付して商品を販売しており,取扱商品ジャンルや原材料が同じであっても,需要者は十分に識別している。被告及びその周辺の事業者に対しては,原告の商品についての問合せはなく,被告の「豊岡柳」商品が欲しいと言って連絡してくる需要者ばかりである。
3 取消事由3(商標法4条1項16号該当性判断の誤り)について 〔原告の主張〕 本件商標の構成中の「豊岡」は,兵庫県豊岡市であるから,その指定商品に使用 5 された場合に,これに接する需要者は,「柳」は商品の素材を示し,商品の品質を表示しているものと認識する。豊岡が「豊岡鞄」でも有名なかばんの産地であることからも,指定商品との関係において,「兵庫県豊岡市及び周辺地域で生産された杞柳細工を施した商品」又は「兵庫県豊岡市及び周辺地域で生産された柳で作製された商品」等以外の商品に使用するときには,商品の品質に誤認を生じさせるおそれがある。
〔被告の主張〕 本件商標は,「豊岡柳」の文字と「Toyooka」の文字を組み合わせて図形ロゴ化した態様からなるものであり,このまとまりのよい商標からは,「豊岡」,「柳」の各語をあえて抽出することなく,全体として特段の意味合いを認識させない造語として捉えられるべきものである。
したがって,本件商標からは特段の観念を生じないため,その指定商品中いずれの商品に使用しても,商品の品質に誤認を与えるおそれはない。
4 取消事由4(商標法4条1項7号該当性判断の誤り)について 〔原告の主張〕 被告が本件商標を付して販売している,杞柳細工を施したかばんは,平成20年度の伝統的工芸品産業振興協会による伝統的工芸品活用フォーラム事業(以下「本件事業」という。)の際に原告が立ち上げた研究会において,被告をパートナーとして製作する途中にあった作品であり,同事業の成果品である。被告は,上記研究会が不成功に終わったものとして本件事業を終了する際,原告との間で,同事業の成果品は市場に出さない旨を取り決めたにもかかわらず,上記研究会において原告から知り得た豊岡杞柳細工の製作に関する情報を利用して,原告に無断で商品化したものである。
また,被告は,引用商標に類似する本件商標を上記商品に付し,同商品を紹介する場面では,「豊岡柳」は歴史のある「豊岡杞柳細工」ですと記して,その素晴らしさを紹介して販売している。
6 歴史を重ねて日本で唯一の伝統的工芸品となっている「豊岡杞柳細工」に便乗した不正な利益取得を行っている行為は,商取引の秩序を乱すものであり,本件商標は,公序良俗を害するおそれがある商標に該当する。
〔被告の主張〕 被告は,本件事業の際に,原告から,インターネット等で誰でもがすぐに入手できる簡単な情報について説明を受けたにすぎない。杞柳細工のかばんを実際に制作するために有用な情報は,被告が,豊岡の町で店を訪ねるなどして独自に調査をしているときに知り合った人に紹介を受けた者から得たものである。
また,被告は,「豊岡柳」は歴史のある「豊岡杞柳細工」ですというような記載は行っていない。そもそも,地域に根ざす歴史や昔から杞柳細工と呼ばれていたことについて,原告だけが独占で語れるものではない。実際に多くの企業が豊岡の歴史や杞柳細工について語っており,被告が歴史を述べることにも全く問題はない。
被告が,引用商標とは全く類似せず混同を生ずることもない本件商標を出願し登録したことについて,公序良俗に違反する事情はない。
当裁判所の判断
1 取消事由2(商標法4条1項15号該当性判断の誤り)について 事案に鑑み,取消事由2について検討する。
? 商標法4条1項15号にいう「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」には,当該商標をその指定商品又は指定役務に使用したときに,当該商品又は役務が他人の業務に係る商品又は役務であると誤信されるおそれがある商標のみならず,当該商品又は役務が上記他人との間にいわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品又は役務であると誤信されるおそれがある商標が含まれる。そして,上記の「混同を生じるおそれ」の有無は,当該商標と他人の表示との類似性の程度,他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や,当該商標の指定商品又は指定役務と他人の業務に係る商品又は役務との間の性質,用 7 途又は目的における関連性の程度並びに商品又は役務の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし,当該商標の指定商品又は指定役務の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として,総合的に判断されるべきものである(最高裁平成10年(行ヒ)第85号同12年7月11日第三小法廷判決・民集54巻6号1848頁)。
? 商標の類似性の程度 ア 本件商標について 本件商標の外観は,「豊岡柳」の漢字を上段に,「Toyooka」の欧文字を下段に書し,これらの文字の間には横線が引かれ,その構成中の「柳」の文字の一部が縦に長く伸びている。そして,「豊岡柳」の漢字及び「Toyooka」の欧文字は,それぞれ,各文字の大きさ及び書体が同一で,等間隔に,その全体が1行でまとまりよく表示されており,文字の大きさは,漢字が欧文字より大きい。
本件商標の外観は,上記のとおりであり,下段の「Toyooka」の欧文字は,その位置するところとあいまって,上段の「豊岡」の読みを表したものと理解されるため,本件商標からは,「トヨオカヤナギ」との称呼を生じる(なお,この点について,当事者間に争いはない。)。
また,本件商標の上段は,「豊岡柳」という文字から構成されているところ,「豊岡柳」という一連の語は,既成の語として辞書等に掲載されているものではないが,「豊岡」は「兵庫県北部の市。かつては柳行李・柳籠,今はスーツケースなどの生産が盛ん。」を意味し,「柳」は「(ア) ヤナギ科ヤナギ属植物の総称。北半球北部を中心に約400種,日本には約90種。シダレヤナギ・コリヤナギ・カワヤナギなどが代表的。庭木または街路樹として植栽。(イ) 特に,シダレヤナギのこと。」を意味するものである(広辞苑第6版)。そうすると,「豊岡柳」という語から,「兵庫県豊岡市の柳(ヤナギ科ヤナギ属植物の総称又はシダレヤナギ)」という観念を生じる。また,後記?のとおり,「豊岡」は古くから柳細工(柳の一種であるコリヤナギ(杞柳)の枝を編んで行李や籠等を製作するもの。「杞柳細工」ともい 8 う。)が盛んな地域であり,平成4年に,「豊岡杞柳細工」が通商産業大臣(現経済産業大臣)から伝統的工芸品に指定され,平成19年には,引用商標である「豊岡杞柳細工」が,原告又はその構成員の業務に係る指定商品(兵庫県豊岡市及び周辺地域で生産された杞柳細工を施したこうり,柳・籐製のかご及び柳・籐製の買い物かご)を表示するものとして需要者の間に広く認識されているものとして,地域団体商標として設定登録されたことなどからすると,「豊岡柳」の語から,「兵庫県豊岡市で生産された柳細工を施した製品」という観念も生じ得るものといえる。
イ 引用商標について 引用商標の外観は,「豊岡杞柳細工」の漢字を横書きして成る。各文字の大きさ及び書体は同一であり,等間隔に,その全体が1行でまとまりよく表示されている。
また,引用商標は,その構成の全体から,「トヨオカキリュウザイク」の称呼を生じる。
そして,「豊岡杞柳細工」が伝統的工芸品に指定され,別紙引用商標目録記載のとおり,原告は,地域の名称である「豊岡」と原告又はその構成員の業務に係る商品の普通名称である「杞柳細工」を普通に用いられる方法で表示する文字のみからなる「豊岡杞柳細工」という引用商標について,地域団体商標として設定登録を受けたものである。そうすると,引用商標は,その構成の全体から,「兵庫県豊岡市で生産された杞柳細工を施した製品」という観念が生じるほか,兵庫県豊岡市で生産された杞柳細工を施した製品に係る原告の伝統的工芸品ないし地域ブランドという観念も生じる。
ウ 本件商標と引用商標の対比 以上のとおり,本件商標と引用商標は,外観及び称呼において類似するとはいえないものの,本件商標をその指定商品に使用した場合は,「兵庫県豊岡市の柳」という観念だけでなく,「兵庫県豊岡市で生産された柳細工を施した製品」という観念も生じ得るものである。そして,その場合には,本件商標の観念は,引用商標から生じる観念と類似するものということができる。
9 ? 引用商標の周知著名性及び独創性の程度 ア 後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(ア) 兵庫県豊岡市及びその周辺地域(以下「豊岡地方」と総称することがある。)では,古くから,地元で採れるコリヤナギの枝を編んで行李等の商品(杞柳製品)を製作する産業が行われていた。同産業は,江戸時代に,豊岡藩の保護と助成を受けて盛んになり,明治時代以降は,従来から生産されていた行李のほかに,バスケット,手提籠等の日常生活で用いられる籠類等を生産するようになって需要が拡大し,日本国内だけでなく海外にも輸出され,昭和26年には買い物籠を主とした手提げ籠の生産数が年間120万個を超え,現皇太子が子どもの頃に愛用していたバスケットが「なるちゃんバッグ」と呼ばれて流行するなど,最盛時には,豊岡市民の約半数が同産業にかかわり,日本国内における杞柳製品の生産額の約8割を占めていた。また,その頃から,杞柳製品と呼称される物には,コリヤナギを原材料とする製品のほかに,籐を原材料とする製品も含まれるようになった。その後,安価な外国製のバスケット類の輸入が増えたことや生活様式の変化などから,多くの廃業や転業が続き,豊岡地方における杞柳製品の生産額は減少したものの,後記(イ)のとおり,現在でも,豊岡地方における伝統的な産業として,杞柳製品の製造は続けられ,その生産額は,日本における杞柳製品の生産額のほとんどを占めている。
(甲6の1〜8,7,16〜20,29) (イ) 原告は,昭和37年に,豊岡杞柳製品振興協議会と兵庫県杞柳製品生産協同組合が発展的に解消して設立された協同組合である。(甲7) 原告は,平成4年10月8日,「豊岡杞柳細工」について,「柳行李」,「小行李」及び「柳・籐籠」の3部門において,伝統的工芸品産業の振興に関する法律に基づき,当時の通商産業大臣から伝統的工芸品の指定を受けた。伝統的工芸品は,@主として日常生活の用に供されるものであること,Aその製造過程の主要部分が手工業的であること,B伝統的な技術又は技法により製造されるものであること,C伝統的に使用されてきた原材料が主たる原料として用いられ,製造されるもので 10 あること,D一定の地域において少なくない数の者がその製造を行い,又はその製造に従事しているものであること,の要件に該当する工芸品について,当該工芸品の製造される地域において当該工芸品を製造する事業者を代表する事業協同組合等の申出により,経済産業大臣が,産業構造審議会の意見を聴いて指定するものである。
原告は,伝統的工芸品産業の振興に関する法律に基づき,豊岡杞柳細工産業に関する振興計画を作成し,国や県・市の補助を受けて,同計画に基づく事業(後継者育成事業,児童・生徒に対する伝統的工芸品教育事業,伝統的工芸品ふるさと体験交流事業,伝統的工芸品活用フォーラム事業,伝統工芸ふれあい広場製作体験等)を行っている。この「豊岡杞柳細工」は,水に浸すと柔らかくなり,乾くと硬くなるという,コリヤナギや籐の性質を利用し,自然木の味わいなどを活かしながら,職人の手によって一つ一つ編み上げていくものであり,籠を編み上げる技法に幾つもの種類があり,製作する人の意図によって様々な作品が出来上がることを特徴とするものである。なお,通商産業大臣から伝統的工芸品の指定を受けている柳製品は,全国で豊岡杞柳細工以外にはない。(甲6の8・9,7,21,23の3,31の1〜3) また,原告は,平成6年に,伝統的工芸品産業振興協会の伝統工芸士認定事業に参加し,構成員10名が伝統工芸士の認定を受け,伝統的工芸品表示事業を開始して,伝統証紙(経済産業大臣が指定した技術・技法,原材料で製作され,産地検査に合格した製品に貼られる,「伝統マーク」をデザインした証紙)の表示を始めた。
そして,原告は,その頃から,原告の商標として「豊岡杞柳細工」の使用を開始し,平成13年には,更に構成員5名が伝統工芸士の認定を受けた。(甲6の9,7,8,9の4) (ウ) 平成18年4月1日,地域団体商標制度が導入されたことから,原告は,別紙引用商標目録記載のとおり,「豊岡杞柳細工」の文字からなる引用商標を出願し,平成19年3月9日,指定商品を兵庫県豊岡市及び周辺地域で生産された杞柳 11 細工を施したこうり,柳・籐製のかご及び柳・籐製の買い物かごとする地域団体商標として,設定登録を受けた。(甲2) なお,地域団体商標の制度は,従前,地域の名称と商品(役務)の名称等からなる文字商標について登録を受けるには,使用により識別力を取得して商標法3条2項の要件を満たす必要があったため,事業者の商標が全国的に相当程度知られるようになるまでの間は他人の便乗使用を排除できず,また,他人により使用されることによって事業者の商標としての識別力の獲得がますます困難になるという問題があったことから,地域の産品等についての事業者の信用の維持を図り,地域ブランドの保護による我が国の産業競争力の強化と地域経済の活性化を目的として,いわゆる「地域ブランド」として用いられることが多い上記文字商標について,その商標が使用された結果自己又はその構成員の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されているときは,商標登録を受けることができるとするものである。また,地域団体商標は,事業者を構成員に有する団体がその構成員に使用をさせる商標であり,商品又は役務の出所が当該団体又はその構成員であることを明らかにするものである。
(エ) 原告及びその構成員は,豊岡地方において豊岡杞柳細工を製作している。
同事業に従事する事業所は約20社,従業者は約50名であり,年間売上高は約5000万円である。また,原告及びその構成員は,引用商標の指定商品であるこうり,かご及び買い物かごのほかに,杞柳細工を施したハンドバッグ,アタッシュケース等のかばん類も製作し,引用商標を付して販売している(以下,原告及びその構成員が製作する杞柳細工を施した製品を総称して,「原告商品」ということがある。)。(甲7,9の1〜5,10の1〜3,24,32) 原告商品は,豊岡地方においては,原告の構成員や原告商品を取り扱う事業者の経営する店舗で販売されているほか,財団法人但馬地域地場産業振興センター,豊岡杞柳細工ミュージアム等においても販売,展示されている。なお,同ミュージアムは,平成18年に玄武洞ミュージアム内に開設されたものであり,杞柳細工に関 12 する資料や製作に用いる道具類等を展示した資料館であって,杞柳細工のかご編み体験もすることができる。また,玄武洞ミュージアムは,鉱物,宝石,化石等を展示する博物館であり,年間約12万人が来館する観光施設である。原告商品を販売する際には,「経済産業大臣指定伝統的工芸品」「豊岡杞柳細工」「兵庫県杞柳製品協同組合(原告)」との表示がされたタグが付されている。(甲6の10,9の1,10の3,27の1・2,28,30,31の1〜3) 原告商品は,豊岡地方以外の地域では,伝統的工芸品産業振興協会が運営している東京都所在の全国伝統的工芸品センター(伝統工芸青山スクエア)において販売されているほか,平成18年から平成23年にかけて,横浜,玉川,立川,港南台,新宿,日本橋等の高島屋において,「豊岡杞柳細工 おしゃれなバッグ展」などと題する展示会が各店舗において1週間程度開催され,平成23年及び平成25年に,伝統的工芸品活用フォーラム事業において,東京ビッグサイトにて,多数の伝統的工芸品の出展とともに原告商品の展示が行われるなど,各地で展示会の開催や販売がされている。(甲6の10,9の2・3,11,30,31の1〜3) また,原告商品は,原告の作成した商品カタログを用いたり,原告の構成員や豊岡杞柳細工ミュージアムが開設したウェブページ,「YAHOO!JAPANショッピング」,「楽天市場」等のインターネットのサイトを介したりするなどして,通信販売も行われている。(甲9の4・5,10の1〜3) (オ) 前記(イ)のとおり,「豊岡杞柳細工」は,伝統的工芸品に指定されているため,通商産業省伝統的工芸品産業室が監修し伝統的工芸品産業振興協会が編集して年1回発行される冊子「伝統的工芸品の本」に毎回掲載され,豊岡杞柳細工の歴史,特徴,製法等について,原告商品の写真と一緒に紹介されている。また,前記(ウ)のとおり,引用商標は,地域団体商標として設定登録されているため,経済産業省・特許庁が年1回発行する冊子「地域団体商標」に毎回掲載され,引用商標の構成,権利者,指定商品,原告商品の写真,連絡先及び関連ホームページのアドレスなどが紹介されている。(甲6の9,21,22) 13 また,原告は,原告商品を紹介するパンフレットを作成しており,その表紙には,「杞柳(KIRYU)」「豊岡杞柳細工」と記載され,原告商品の写真が多数掲載されているほか,豊岡杞柳細工の歴史,伝統的工芸品に指定されていること,その特徴や製法等が紹介されている。(甲10の1・2) さらに,前記(エ)のとおり百貨店等で開催される原告商品の展示会のチラシや,原告商品を紹介するウェブページには,引用商標及び原告商品の写真のほか,豊岡杞柳細工の歴史,伝統的工芸品に指定されていること,その特徴や製法等が紹介されている。(甲9の1〜5) そのほかに,多数の書籍(「伝統の杞柳製品匠の技,但馬」(財団法人但馬地域地場産業振興センター発行)等),雑誌(「サライ」(小学館発行),「BE-PAL」(小学館発行)等),新聞(神戸新聞)に,豊岡の杞柳製品又は伝統的工芸品である豊岡杞柳細工について,その歴史,特徴,製法,製作者等を紹介する記事や,原告商品について,その特徴,製法,製作者等を原告商品の写真や引用商標とともに紹介する記事が掲載され,平成14年9月発行の「女性自身」(光文社発行)には,皇太子妃が豊岡杞柳細工の手提げ籠を手から提げている写真が掲載され,平成23年10月発行の「女性自身」等の雑誌には,皇后陛下が豊岡杞柳細工の手提げ籠を手から提げている写真が掲載された。また,平成27年10月25日にNHKで放映された番組「イッピン」において,豊岡の杞柳細工が,豊岡地方の名産品である柳細工として取り上げられ,その歴史,特徴,製法,製作者等が紹介された。
さらに,豊岡商工会議所や豊岡市役所のホームページにおいて,豊岡市の特産品として杞柳製品(杞柳細工)が紹介されたり,神戸市所在の兵庫県公館・県政資料館において,兵庫の産業として豊岡地方の杞柳細工が紹介されたりしている。(甲6の10,7,10の3〜5) イ 前記アの認定事実によれば,豊岡杞柳細工は,豊岡地方において古くから製作されてきたものであり,経済産業大臣により伝統的工芸品に指定され,「豊岡杞柳細工」という引用商標が,地域団体商標として設定登録されているものである。
14 また,引用商標を付した原告商品は,豊岡地方に所在する店舗やミュージアム等の施設で展示・販売されるほか,東京都内の百貨店等で展示会を開催し,インターネットを介した通信販売をするなどして,豊岡地方以外でも販売されている。さらに,原告商品は,伝統的工芸品に指定され,地域団体商標の登録を受けていることから,経済産業省がそれぞれ年1回発行する冊子に毎年掲載されているほか,多数の書籍,雑誌,テレビ等において,豊岡地方の伝統的工芸品であることや,その歴史,製法,特徴等が紹介されている。これらの事情を考慮すると,引用商標を付した原告商品は,本件商標の登録出願時及び登録査定時において,原告又はその構成員の業務を示すものとして,需要者の間に広く認識されており,一定の周知性を有していたものと認められる。
なお,引用商標は,地域の名称である「豊岡」と商品の普通名称である「杞柳細工」を普通に用いられる方法で表示する文字のみからなる地域団体商標であるから,その構成自体は,独創的なものとはいえない。
? 商品の関連性その他取引の実情 ア 後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(ア) 被告は,京都府に在住し,「拓心」の屋号で,かばんの企画,製造,販売等の事業を営む者である。被告は,平成20年に,伝統的工芸品の作り手とデザイナーやプロデューサーなど様々な分野の専門家が交流を図り,パートナーを選択して新商品開発研究を行って試作品を作り,発表し意見を求める展示会に参加する本件事業に加わり,原告のパートナーとなったが,新商品の開発には至らず,同事業は終了した。(甲13の1〜5,23の2) しかし,被告は,杞柳細工に商品価値を見出したことから,平成22年に本件商標を出願し,平成23年に本件商標の設定登録を受けた。そして,被告は,本件商標を付した柳細工のかばん(バッグ,アタッシュケース等。以下,被告の販売する上記かばんを総称して「被告商品」ということがある。)の製造を開始した。(甲1,12,23の2・5) 15 (イ) 被告商品は,豊岡地方のほか,京都府に所在する被告の店舗や百貨店等で販売されている。また,平成25年及び平成26年に,社団法人京都国際工芸センターにおいて,「豊岡柳KAGO展」などと題する展示会が1週間開催されるなどした。(甲23の3・4) さらに,被告商品は,被告が開設したウェブページや他のインターネットのサイトを介するなどして,通信販売も行われている。(甲23の1) (ウ) 被告が作成した被告商品のパンフレットや,被告商品の展示会を紹介するウェブページには,本件商標及び被告商品の写真が掲載されている。そして,上記パンフレット等に掲載された被告商品の写真は,原告のパンフレット等に掲載された,原告商品である杞柳細工のかばん類や籠類と外観が類似するものも少なくない。
(甲9の1〜5,10の1〜3,23の1,23の3〜6) イ 本件商標の指定商品は,第18類「皮革,かばん類,袋物,携帯用化粧道具入れ,かばん金具」である。一方,前記?のとおり,原告商品は,引用商標の指定商品であるこうり(第18類),かご及び買い物かご(第20類)のほかに,ハンドバッグ,アタッシュケース等のかばん類も含むものである。
したがって,本件商標の指定商品と原告商品とは,商品の用途や目的,原材料,販売場所等において共通し,同一又は密接な関連性を有するものであり,取引者及び需要者が共通する。
また,前記アのとおり,被告商品のパンフレット等に掲載されている被告商品の写真は,原告商品と外観が類似するものも少なくない。そして,本件商標の指定商品である「皮革,かばん類,袋物,携帯用化粧道具入れ,かばん金具」が日常的に使用される性質の商品であることや,その需要者が特別の専門的知識経験を有する者ではないことからすると,これを購入するに際して払われる注意力は,さほど高いものではない。
このような被告の本件商標の使用態様及び需要者の注意力の程度に照らすと,被告が本件商標を指定商品に使用した場合,これに接した需要者は,前記?のとおり 16 周知性を有する「豊岡杞柳細工」の表示を連想する可能性がある。
? 小括 以上のとおり,@本件商標は,外観称呼において引用商標と相違するものの,本件商標からは,豊岡市で生産された柳細工を施した製品という観念も生じ得るものであり,かかる観念は,引用商標の観念と類似すること,A引用商標の表示は,独創性が高いとはいえないものの,引用商標を付した原告商品は,原告の業務を示すものとして周知性を有しており,伝統的工芸品の指定を受け,引用商標が地域団体商標として登録されていること,B本件商標の指定商品は,原告商品と同一又は密接な関連性を有するもので,原告商品と取引者及び需要者が共通することその他被告の本件商標の使用態様及び需要者の注意力等を総合的に考慮すれば,本件商標を指定商品に使用した場合は,これに接した取引者及び需要者に対し,原告の業務に係る「豊岡杞柳細工」の表示を連想させて,当該商品が原告の構成員又は原告との間に緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品であると誤信され,商品の出所につき誤認を生じさせるとともに,地域団体商標を取得し通商産業大臣から伝統的工芸品に指定された原告の表示の持つ顧客吸引力へのただ乗り(いわゆるフリーライド)やその希釈化(いわゆるダイリューション)を招くという結果を生じかねない。
そうすると,本件商標は,商標法4条1項15号にいう「混同を生ずるおそれがある商標」に当たると解するのが相当である。
? 被告の主張について ア 被告は,被告は出所を混同されることのないように引用商標とは全く類似しない本件商標を付して商品を販売しており,取扱商品ジャンルや原材料が同じであっても需要者は十分に識別している旨主張する。
イ しかし,被告が平成24年に作成した被告商品のパンフレットには,表紙に本件商標が表示され,裏表紙に被告商品の写真が掲載されているほか,本文において,豊岡における杞柳細工の歴史,豊岡杞柳細工が伝統的工芸品に指定されている 17 こと,杞柳細工の製法,特徴等が紹介されている。また,被告が平成26年に作成した被告商品のパンフレットには,表紙に本件商標及び被告商品の写真が掲載されているほか,本文において,豊岡における杞柳細工の歴史,被告商品の原材料の柳は100%国産(豊岡産)であり,杞柳細工を継承する職人が育て,編み上げるまで一貫して行っていることなどが紹介されている。(甲23の5・6) さらに,前記?ア(イ)のとおり京都府で平成25年に開催された被告商品の展示会を紹介するウェブページには,本件商標及び被告商品の写真が掲載されているほか,豊岡地方における杞柳細工の歴史,豊岡杞柳細工が伝統的工芸品に指定されていること,展示の目玉となるのは伝統工芸士ら柳細工職人によるバッグ,アタッシュケースなどの籠製品であることなどが紹介されており,平成26年に開催された被告商品の展示会を紹介するウェブページにも,同展示会は豊岡地方に古くから伝わる柳工芸を紹介する企画展であり,柳行李等の伝統的工芸品の展示,杞柳細工の製法の解説のほか,百貨店等で人気のモダンなハンドバッグ,スーツケースなど,現在豊岡地方で作られている製品も展示することなどが紹介されている。(甲23の3・4) 以上のとおり,被告は,被告商品を販売するに当たり,被告商品のパンフレットや被告商品を紹介するウェブサイトに,豊岡における杞柳細工の歴史,豊岡杞柳細工が伝統的工芸品に指定されていること,杞柳細工の製法,特徴等を紹介する文章を掲載するなど,引用商標又は原告商品と誤認を生じさせるような態様で使用している。そして,本件商標と引用商標とは観念において類似する点があること,引用商標の周知著名性の程度や商品の関連性,その他取引の実情等を踏まえると,本件商標をその指定商品に使用した場合に,原告の業務に係る商品と混同を生ずるおそれがあることについては,前記?のとおりである。
したがって,被告の上記主張は採用できない。
2 結論 以上の次第であって,取消事由2は理由があるから,その余の点について判断す 18 るまでもなく,本件審決は取り消されるべきものである。
追加
19 別紙本件商標目録商標登録番号:第5431098号商標の構成:出願日:平成22年8月12日設定登録日:平成23年8月12日指定商品:第18類「皮革,かばん類,袋物,携帯用化粧道具入れ,かばん金具」20 別紙引用商標目録商標登録番号:第5030662号(地域団体商標)商標の構成:出願日:平成18年4月1日設定登録日:平成19年3月9日更新登録日:平成29年1月10日指定商品:第18類「兵庫県豊岡市及び周辺地域で生産された杞柳細工を施したこうり」第20類「兵庫県豊岡市及び周辺地域で生産された杞柳細工を施した柳・籐製のかご,兵庫県豊岡市及び周辺地域で生産された杞柳細工を施した柳・籐製の買い物かご」21
裁判長裁判官 部眞規子
裁判官 山門優
裁判官 片瀬亮