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事件 令和 1年 (ワ) 21183号 損害賠償請求事件
5
原告
同 訴 訟代理人弁護士遠山光貴
被告 マイクロソフトコーポレーション 10
被告 日本マイクロソフト株式会社
上記両名訴訟代理人弁護士 村本武志 15 岡文夫 下枝歩美
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2020/12/03
権利種別 商標権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 被告らは,原告に対し,連帯して339万9432円及びこれに対する平成29年8月11日から支払済みまで年5分の割合による金員20 を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,これを2分し,その1を原告の負担とし,その余を被告らの負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
25 事 実 及 び 理 由第1 請求等11 被告らは,原告に対し,連帯して693万6846円及びこれに対する平成29年8月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 仮執行宣言第2 事案の概要5 本件は,原告が,被告マイクロソフトコーポレーション(以下「被告米国法人」という。)が,被告日本マイクロソフト株式会社(以下「被告日本法人」という。)と共謀しその協力を得て,不当に過大な被保全債権に基づき原告の預金債権の仮差押命令の申立てをしたことから,原告はその払戻しを妨げられるなどの損害を被ったと主張して,不法行為による損害賠償請求権に基づき,10 被告らに対し,連帯して,693万6846円及びこれに対する不法行為より後の日である平成29年8月11日から支払済みまで民法(ただし,平成29年法律第44号による改正前のもの。以下,法定利率につき同じ。)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実及び証拠上容易に認められる事実。証15 拠は文末に括弧で付記した。なお,書証は特記しない限り枝番を全て含む。以下同じ。)? 当事者被告米国法人は,電子計算機用ソフトウェア等の販売等を目的とするアメリカ合衆国の法人である。
20 被告日本法人は,電子計算機用ソフトウェア及び電子計算機周辺装置の製造,組立,輸入,輸出,販売,使用許諾及び保守サービス等を目的とする株式会社であり,被告米国法人の完全子会社である。
(本項につき,争いがない事実のほか,弁論の全趣旨)? 事実経過25 ア 被告米国法人は,別紙商標権目録記載の商標権(以下「本件商標権」といい,本件商標権に係る商標を「本件商標」という。)を有していた。
2(甲2,6)イ 被告米国法人は,平成26年10月17日,長野地方裁判所に,原告を債務者として,原告が本件商標の指定商品に係る広告を内容とする情報に「マイクロソフト」という標章を付して電磁的方法により提供するなどし5 て被告米国法人の本件商標権を侵害したことから被告米国法人は損害を被った等と主張して,被告米国法人の原告に対する不法行為による損害賠償請求権6960万3360円の内金3100万円を被保全債権として,原告の有する複数の預金債権につき,仮差押命令の申立てをした(同裁判所平成26年(ヨ)第35号,以下「前件仮差押申立事件」という。)。被10 告米国法人は,令和元年法律第3号による改正前の商標法38条1項(現商標法38条1項1号。以下「商標法38条1項」という。)に基づいて上記損害賠償請求権がある旨主張した。被告日本法人の従業員であるA(以下「A」という。)は陳述書を作成し,被告米国法人は,前件仮差押申立事件の疎明資料として同陳述書を提出した。(甲1,9)15 長野地方裁判所は,同月29日,前件仮差押申立事件について,上記被保全債権の執行を保全するため,原告の株式会社セブン銀行に対する預金債権のうち100万円に満つるまで,原告の株式会社ジャパンネット銀行に対する預金債権のうち1500万円に満つるまで,原告の株式会社みずほ銀行に対する預金債権のうち1500万円に満つるまでの各債権を仮に20 差し押さえ,上記各第三債務者に対し原告への弁済を禁止する旨の命令(以下「前件仮差押命令」という。)をした。(甲2)上記各第三債務者に対しては,前件仮差押命令が送達された時点において,順に,53万2971円,1316万6343円,1260万6280円(合計2630万5594円)の各預金債権が存在して,これらが仮25 差押えされた。(甲3)ウ 原告は,弁護士に委任して,前件仮差押命令に対し,保全異議の申立て3をした(長野地方裁判所平成27年(モ)第38号,以下「前件異議事件」という。)。(甲4)被告米国法人は,平成27年,長野地方裁判所に,原告を被告として,原告が本件商標の指定商品に係る広告を内容とする情報に「マイクロソ5 フト」という標章を付して電磁的方法により提供するなどして被告米国法人の本件商標権を侵害したことから被告米国法人は損害を被ったと主張して,原告に対し,被告米国法人の原告に対する不法行為による損害賠償請求権に基づき,2億7861万2033円の内金2700万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める訴えを提起した(同裁判所平10 成27年(ワ)第36号,以下「前件訴訟」という。)。原告は,弁護士に前件訴訟の訴訟活動を委任した。(甲6)長野地方裁判所は,平成29年8月10日,前件異議事件について,前件仮差押命令を,被告米国法人の原告に対する不法行為による損害賠償請求権500万円の執行を保全するため,原告の前記各第三債務者に対する15 預金債権のうち,順に,20万円,240万円,240万円(合計500万円)に満つるまでの各債権を仮に差し押さえ,前記各第三債務者に対し原告への弁済を禁止する旨の内容に変更する旨の決定(以下「前件異議決定」という。)をするとともに,前件訴訟について,被告米国法人の請求を,原告に対し,550万円(商標権侵害による損害500万円及び弁護20 士費用50万円の合計)及びこれに対する平成26年5月23日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で認容し,その余の請求を棄却する旨の判決をした。(甲4,6)エ 前件異議決定は,平成29年9月1日,確定した。原告は,前件訴訟の長野地方裁判所の上記判決に対し控訴し,被告米国法人は附帯控訴をした25 が,知的財産高等裁判所は,平成30年3月29日,原告の控訴及び被告米国法人の附帯控訴をいずれも棄却する旨の判決(同裁判所平成29年4(ネ)第10082号,同30年(ネ)第10005号)をした。(甲5,7)前記長野地方裁判所の一審判決は,平成31年3月28日,確定した。
(甲8)5 オ 原告は,令和元年8月6日,本件訴えを提起した。
2 争点及び争点に関する当事者の主張本件の争点は,@被告米国法人が故意又は過失により過大な仮差押命令の申立てをしたか。
A被告日本法人が故意又は過失により被告米国法人に過大な仮差押命令の申10 立てをさせたか。
B原告が被った損害及び額である。
? 争点@(被告米国法人が故意又は過失により過大な仮差押命令の申立てをしたか。)について15 (原告の主張)被告米国法人には,不当に過大な仮差押命令の申立てにつき故意があり,又は,本案である前件訴訟について一部敗訴判決が確定していることから過失があることが推定される。
すなわち,被告米国法人は,日本国内で製品を直接販売していないにもか20 かわらず,原告の預金債権を過大に仮差押えすることを企図して,前件仮差押申立事件において,日本国内で製品を直接販売している旨の虚偽の主張をし,被告日本法人の従業員であるAをしてその旨の陳述書を作成させて,疎明資料として提出し,過大な被保全債権の存在を主張した。
仮に被告米国法人に故意がなかったとしても,被告米国法人の上記主張が25 明らかな虚偽であったことからすれば,被告米国法人指摘の裁判例,文献等の存在にかかわらず,被告米国法人が上記主張をしたことに相当な事由があ5ったとはいえず,被告米国法人には過失がある。
(被告米国法人の主張)否認する。
被告米国法人は,海外の複数の完全子会社及び被告日本法人を通じて日本5 国内において被告米国法人の製品を販売していたところ,これらの子会社はいずれも被告米国法人の一部門を独立させただけの会社であり,被告米国法人から被告日本法人までの販売は,実質的には製造部門から販売部門までの製品の移転にすぎず,市場における販売ではないし,日本国内において販売していた日本国内市場向け被告米国法人の製品は,海外において需要はなく10 日本国内でのみ販売していたから,原告が本件商標と同一の標章を付した広告をして本件商標の指定商品を販売することは日本国内における被告米国法人の被告米国法人の製品の販売を直接減少させるものであった。
被告米国法人は,前件仮差押申立事件においては,商標法38条1項にいう被告米国法人が販売することができた商品には,規範的に被告米国法人と15 同視できる者が販売することができた商品も含むという理解を前提として,被告日本法人を通じて販売した商品を含めて,被告米国法人は日本国内で商品を直接販売している旨を主張し,その旨のA作成に係る陳述書を提出したにすぎず,前件異議事件においては,より厳密に,被告米国法人は,被告日本法人等を通じて日本国内で商品を販売している旨を主張したものであり,20 被告米国法人には過大な本件仮差押命令の申立てについて故意はなかった。
また,上記事実関係や,当時存在した裁判例,文献等の内容に照らせば,被告米国法人が,前件仮差押申立事件当時,被告日本法人等を通じて販売した商品を含めて被告米国法人は日本国内で商品を直接販売しているとの認識を有し,同認識に基づき上記のとおり主張したことには相当な事由があった25 のであり,被告米国法人には過失も認められない。
なお,前件異議事件及び前件訴訟において低額の損害賠償額しか認められ6なかったのは,原告が侵害行為の詳細を一切明らかにしなかったためである。
? 争点A(被告日本法人が故意又は過失により被告米国法人に過大な仮差押命令の申立てをさせたか。)について(原告の主張)5 被告日本法人には,被告米国法人による不当に過大な仮差押命令の申立てにつき故意又は過失がある。すなわち,被告日本法人は,被告米国法人が日本国内で製品を直接販売していないことを知りながら,被告米国法人をして原告の預金債権を過大に仮差押えさせることを企図して,従業員をして被告米国法人が日本国内で製品を直接販売している旨の陳述書を作成させ,被告10 米国法人に提供し前件仮差押申立事件において疎明資料として提出させた。
(被告日本法人の主張)否認する。
被告日本法人は,被告米国法人を債権者とする前件仮差押申立事件においては,商標法38条1項において被告米国法人が販売することができた商品15 には,規範的に被告米国法人と同視できる者が販売することができた商品も含むという理解を前提として,被告日本法人等を通じて販売した商品を含めて,被告米国法人は日本国内で商品を直接販売している旨のA作成に係る陳述書を提出したにすぎず,前件異議事件においては,より厳密に,被告米国法人は,被告日本法人等を通じて日本国内で商品を販売している旨の陳述書20 を提出したものであり,被告米国法人による過大な仮差押命令の申立てについて故意も過失もなかった。
? 争点B(原告が被った損害及び額)について(原告の主張)原告は,被告らによる違法な仮差押命令の申立てにより,前件仮差押命令25 の日の翌日から前件異議決定の日までの間,預金債権の払戻しを妨げられ,次の各損害を被った。
7ア 払戻しを受けられなかったことによる損害 296万1846円前件仮差押命令によって過大に仮差押えされた2630万5594円と前件異議決定において認可された500万円の差額である2130万5594円に対する前件仮差押命令の日の翌日である平成26年10月30日5 から前件異議決定の日である平成29年8月10日までの民法所定年5分の割合による金員に相当する額イ 前件異議事件の弁護士費用 130万円前件異議事件において過大に被保全債権とされた3100万円と実際に認可された被保全債権500万円の差額の1割である260万円の一部10 ウ 前件訴訟の弁護士費用 107万5000円前件訴訟において過大に請求された2700万円と実際に認容された550万円の差額の1割である215万円の一部エ 慰謝料 100万円原告は,不当な仮差押えにより,預金債権を払い戻すことができなくな15 り,生活が困窮したばかりか金融機関からの信頼も失い,多大な精神的苦痛を被ったものであり,これを慰謝するための金額は上記額を下らない。
オ 弁護士費用 60万円原告が本件訴訟追行に要した弁護士費用のうち上記額は被告らの不法行為と相当因果関係のある損害として被告らが負担すべきである。
20 カ 合計 693万6846円(被告らの主張)否認ないし争う。
なお,前件仮差押申立事件の申立て及び前件訴訟の提起は正当なものであり,これに原告が応訴するために要した弁護士費用相当額が原告の損害にな25 るとはいえない。また,本件において,原告が侵害された利益に対し財産価値以外に考慮に値する主観的精神的価値を認めていたという事情は存在せず,8精神的損害が発生したとはいえない。
第3 当裁判所の判断1 認定事実前提事実,証拠(各項末尾に掲記)及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実5 が認められる。
? 被告米国法人は,本件商標を付した商品を,被告米国法人の完全子会社であるシンガポール共和国(以下「シンガポール」という。)法人マイクロソフト・オペレーションズ・PTE・LTD(以下「MSオペレーション」という。)に販売し,MSオペレーションは,これらを被告米国法人の完全子10 会社である米国法人マイクロソフト・リージョナル・セイルズ・コーポレーション(以下「MSリージョナルセイルズ」という。)のシンガポール支店に販売し,MSリージョナルセイルズは,これらを被告日本法人に販売し,被告日本法人は,これらを日本国内において販売していた(以下,このようにして販売される本件商標を付した商品を「被告商品」という。)。
15 なお,被告日本法人の業務内容は,被告商品の販売及び役務提供並びにマーケティング情報の収集であり,日本国内において販売されていた被告商品の日本語版は,日本国外では販売されず,日本国内においてのみ販売されていた。
(本項につき,甲6,7,20,乙9〜13)20 ? 原告は,少なくとも平成23年11月中旬から平成26年5月23日まで,自己が運営責任者であるインターネット上のウェブサイト(以下「本件ウェブサイト」という。)において,「マイクロソフトのプロダクトキーを扱っております。」,「マイクロソフトのWindowsやOffice等のプロダクトキーを販売しています。ダウンロード版と考えてもらえれば分かりやすいと思い25 ます。」と表記するなどして,「マイクロソフト」という標章を使用し,被告米国法人が著作権を有するソフトウェアをコンピュータにインストールす9る際に入力を求められるシリアルデータであって,ユーザーが被告米国法人からライセンスの認証を受けるために必要なプロダクトキーとして原告が提供する商品(以下,総称して「原告商品」という。)を販売するとの内容を掲載して,原告商品を販売した(以下「原告侵害行為」という。)。
5 原告商品は,被告米国法人の真正商品ではなく,マニアがインターネットウェブサイト上に掲載していた適当なプロダクトキーを集めたものであり,原告は,購入者に対し,原告商品によってライセンス認証を受けられなかった場合に備えて,ライセンス認証という技術的制限手段を不正に回避するクラックツールのダウンロードURLを送信するなどしていた。
10 (本項につき,甲6,7)? 被告米国法人は,平成26年10月17日,被告米国法人が原告に対して6960万3360円の損害賠償請求権を有すると主張して,そのうちの3100万円を被保全権利として,前件仮差押申立事件の申立てをした。
被告米国法人は,その申立書において,被保全権利に関し,本件ウェブサ15 イトには31種類の原告商品が掲載されているところ,被告米国法人は被告商品を「直販している」ので,推定小売価格の全額が被告米国法人の利益となり,上記31種類に対応する被告商品の平均価格が58万0028円であって,原告がそれぞれの製品を何個販売していたか不明であるため,その価格の平均である58万0028円が原告商品1個当たりの被告米国法人の利20 益であると主張した上で,商標法38条1項に基づいて,58万0028円に原告の譲渡数量とする120個を乗じた6960万3360円が被告米国法人の損害の額であると主張して,内金3100万円を被保全権利とした。
上記申立書には,本件ウェブサイトに掲載されている原告商品の一覧表等が付されていたところ,そこには,上記のとおり31種類の原告商品とその25 販売価格が2000円から8000円である旨,また原告商品に対応する被告商品が記載されていた。原告商品に対応する被告商品には,「Windows710HomePremium」など2万円台の製品が8種類あり,同製品を含む19種類の製品が10万円未満であり,10万円から20万円の製品が5種類あった一方,425万円と512万円の製品が各1種類あった。また,譲渡数量とする120個は,原告が「ヤフオク!」に出品していた原告商品のプロダ5 クトキーの数から推計したものであった。
被告日本法人の法務・政策企画統括本部ライセンスコンプライアンスマネージャのAは,陳述書を被告米国法人に提供し,被告米国法人は,前件仮差押申立事件の疎明資料としてこれを提出した。同陳述書には,被告米国法人の利益に関し,被告商品に関する利益について,被告米国法人による直販を10 しているので,日本における推定小売価格の全額が被告米国法人の利益になる旨が記載されており,また,前件仮差押申立事件の申立書に付された上記一覧表と同様の一覧表が付されていた。(甲1,9)長野地方裁判所は,上記申立てに基づき,平成26年10月29日,前件仮差押命令をし,原告が各第三債務者に対して有する預金債権合計263015 万5594円が仮に差し押さえられた。(甲2,3)? 原告は,前件仮差押命令に対し保全異議の申立てをし,他方,被告米国法人は,平成27年,前件訴訟を提起した。
被告米国法人は,前件異議事件及び前件訴訟において,被告米国法人は,MSオペレーション及びMSリージョナルセイルズ,更に被告日本法人を通20 じて,日本国内において被告商品を販売しており,原告侵害行為によって,被告日本法人等を通じた販売数量の減少がもたらされるという不利益を受けるから,被告米国法人と原告の間には,製品の販売について相互補完関係が認められるとした上,被告商品の限界利益の平均の額は25万6187円であり,原告は,原告侵害行為によって少なくとも1059個の原告商品を販25 売したから,商標法38条1項又は民法709条により,原告侵害行為がなければ被告米国法人が販売することができ被告商品の単位数量当たりの利益11の平均の額である25万6187円に原告の譲渡数量である1059個を乗じた2億7130万2033円が被告米国法人の損害の額であると主張し,これに弁護士費用を加えた2億7861万2033円の内金2700万円及び遅延損害金を請求した。上記の被告商品の単位数量当たりの利益について,5 被告米国法人は,被告商品の価格を記載した一覧表を掲げ,原告が販売した原告商品の内訳を明らかにしないから,一覧表に掲げられた被告商品の平均値である60万9971円を算定の基礎となる被告商品の価格とし,被告米国法人の限界利益は,被告商品当たり42%を下回ることはなく,被告商品1個当たりの利益は25万6187円であると主張した。(甲4,6,15)10 なお,前件異議事件及び前件訴訟において,原告は,原告商品に対応する被告商品の種類や譲渡数量に係る記録は一切存在しない旨主張していた。
(乙6,7)? 長野地方裁判所は,前件異議事件及び前件訴訟について,被告米国法人は,被告日本法人等に対し被告商品の販売について本件商標の使用を許諾してい15 るものの,日本国内において被告商品を販売しているのは専ら被告日本法人であり,日本の市場においては,原告商品が販売されていなければ,需要者が被告米国法人の販売する被告商品又は原告商品と市場において競合する可能性のある商品に向けられたであろうという代替関係がなく,「その侵害行為がなければ商標権者が自己の商品を販売することができた」とはいえない20 から,商標法38条1項を適用することはできないとした。そこでは,原告商品の販売によって,日本の市場における被告商品の需要が減少し,ひいては,被告米国法人に対する需要が減少するであろうことは推認することができるが,被告米国法人のMSオペレーションに対する被告商品の販売数量の減少はシンガポール市場におけるものであって,日本市場とは市場の同一性25 がないこと,外国市場における譲渡価格や利益額が,当然に,商標法38条1項の単位数量当たりの利益の額に相当するということもできないことを挙12げた。そして,民法709条の規定に基づいて,逸失利益を検討し,原告侵害行為によって,日本国内における被告商品の需要が減少し,被告日本法人,ひいては,最終的に被告米国法人に対する需要が減少したことが推認されるとした。ただし,原告商品が1059個販売されたことが認められるものの,5 どの被告商品に関するプロダクトキーを何個販売したかは原告において記録がないとして明らかにしないが,原告商品に対応する被告商品の一覧表には,最低価格が1万4160円のものから最高価格が537万6000円のものまで価格に相当なばらつきがあることや,最高価格や最高価格に近い被告商品については,一般ユーザーが購入することは必ずしも容易でないことから,10 その製品の価格の平均値である60万9971円を原告商品1個当たりの被告米国法人に対する需要の減少額として認定することは実態にそぐわないとした。また,被告米国法人が主張した利益率42%について,一般にソフトウェアプログラムが一度完成すればそれを複製,製造するためのコストがほとんどかからないことを認めつつ,そうであるとしても被告商品の販売に係15 るものに限定したものでないなどとして,上記の利益率を逸失利益の算定根拠とすることは相当でないとした。その上で,本件においては,被告米国法人に逸失利益の損害が生じたことが認められるものの,その損害額を立証するために必要な事実を立証することが当該事実の性質上極めて困難であるとして,それまでの検討や証拠,弁論等の全趣旨を勘案の上で,商標法39条20 において準用される特許法105条の3により,被告米国法人に生じた逸失利益に係る損害額を500万円と認定するのが相当であるとする前件異議決定及び判決をした。(甲4,6)前件異議決定は確定した。
? 原告は,上記判決に対して控訴し,被告米国法人は附帯控訴をした。
25 知的財産高等裁判所は,平成30年3月29日,上記長野地裁判決の上記判断を引用して,上記長野地裁判決と同旨の判断をして,原告の控訴及び被13告米国法人の附帯控訴をいずれも棄却する旨の判決をした。知的財産高等裁判所は,同裁判所における当事者の主張に対する判断として,附帯控訴理由に対し,被告米国法人が日本市場において被告商品を販売していることを前提とする被告米国法人の主張は前提を欠き,また,被告米国法人が指摘する5 同裁判所平成25年2月1日判決は,特許権者が特許権侵害に対する損害賠償を求める事案において,特許法102条1項ではなく,同条2項が適用されるための要件を示すものである上,特許権者が日本国外で製造した製品を日本国内に所在する法人に販売していたという事案において,同項の適用の可否を判断するものであり,本件とは事案を異にすることなどを述べた。
10 (甲4,7)前記長野地方裁判所の一審判決は,平成31年3月28日,確定した。
? 知的財産高等裁判所は,平成25年2月1日,特許権侵害に係る不法行為による損害賠償請求事件について,特許権者が,販売店との間で日本国内における特許権者製品の販売について販売店契約を締結し,上記販売店に対し15 英国で製造した特許発明に係る特許権者製品を販売(輸出)している事案において,特許権者は,販売店を通じて特許権者製品を日本国内において販売しているといえることなどを挙げて,特許権者には,侵害者の侵害行為がなかったならば,利益が得られたであろうという事情が認められるから,特許権者の損害額の算定につき,特許法102条2項の適用が排除される理由は20 ないとして,同項により,侵害者が受けた利益の額を特許権者が受けた損害の額と推定する旨の判決(以下「平成25年知財高裁判決」という。)をした。
平成27年9月28日発行の文献には,商標法38条2項の適用に当たっては,特許法と同様に,商標権者には侵害者の侵害行為がなかったならば利25 益が得られたであろうという事情が認められれば足りると考えることも可能であろうとする記載があり,平成28年11月25日発行の文献には,商標14権者自らが登録商標を使用していなくとも,商標権者と侵害者との間に競業関係が認められ,侵害者による商標権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には,商標法38条1項及び2項が適用されるとする記載があった。これらの文献では上記の記載箇所で平成25 5年知財高裁判決が引用されていた。(乙4,5)2 争点@(被告米国法人が故意又は過失により過大な仮差押命令の申立てをしたか。)について? 仮差押命令が,その被保全権利が存在しないために当初から不当であるとして取り消された場合において,同命令を得てこれを執行した債権者にこの10 点について故意又は過失があったときは,債権者には債務者がその執行によって受けた損害を賠償すべき義務がある。そして,仮差押命令が異議若しくは上訴手続において取り消され,又は,本案訴訟において債権者敗訴の判決が確定した場合には,債権者において過失があったことが推定されるが,上記推定を覆す事情があれば,債権者に過失は認められない。
15 本件で,被告米国法人は,原告の行為によって6000万円以上の損害を被ったとして,そのうち3100万円を被保全債権として前件仮差押申立事件を申し立て,同被保全債権の執行を保全するための前件仮差押命令を得て,合計2630万5594円の原告の預金債権が仮に差し押さえられた。被保全債権として被告米国法人が主張した内容は前記 のとおりである。しか20 し,前件異議決定によって500万円を超える部分に係る前件仮差押命令は取り消され,その後,前件異議決定並びに被告米国法人の原告に対する損害賠償請求を500万円及び弁護士費用50万円並びに遅延損害金の支払を求める限度で認容した前件訴訟の判決が確定した。
以上によれば,前件仮差押申立事件において500万円を超えて仮に差し25 押さえられた部分について,被告米国法人には過失が推定される。
これに対し,被告米国法人は,前件仮差押申立事件において,商標法3815条1項において被告米国法人が販売することができた商品には,規範的に被告米国法人と同視できる者が販売することができた商品も含むという理解を前提として被保全債権額の主張をしたところ,事実関係や裁判例等から,そのような主張をしたことには相当な理由があるから被告米国法人には過失が5 ない旨主張し,上記の事由から過失の推定が覆滅する旨主張する。
前件仮差押申立事件の申立書において,被告米国法人は,被告米国法人が被告商品を直販しているから,日本における推定小売価格の全額が被告米国法人の利益となる旨主張していた(前記 )。
被告商品は,実際には,被告米国法人から,順に,MSオペレーション,10 MSリージョナルセイルズ,被告日本法人に販売され,日本国内において,被告日本法人により販売されていたのであるが,前件仮差押申立事件の申立書において,被告米国法人は,前記のとおりの主張をしており,被告商品を日本において販売しているのが被告日本法人であることや,被告日本法人が被告米国法人と同視することができることなどの主張はしていなかった。そ15 して,取引の流れについて上記の主張をしていないだけでなく,被告米国法人の販売後日本における販売までの間に独立の法人格を有する複数の法人が介在している以上,前件仮差押申立事件の申立人である被告米国法人の利益はMSオペレーションに販売することによる利益であるのが原則であるのに,特段の説明も一切なく,「直販」していることを挙げて日本における推定小20 売価格の全額が被告米国法人の利益であるとの主張をしていた。この主張は,被告米国法人が自ら日本国内で販売していることを前提として主張していたと解するほかはない。
これらからすると,前件仮差押申立事件の仮差押申立書における被告米国法人の主張は,実際の取引の流れを踏まえつつ,商標法38条1項において25 被告米国法人が販売することができた商品には,規範的に被告米国法人と同視できる者が販売することができた商品も含むという理解を前提にしてされ16たものとは認められない(なお,仮に,実際の取引の流れを踏まえて,上記のような理解から仮差押申立書を記載したとすると,被告日本法人と被告米国法人の関係や被告日本法人が被告米国法人と同視できるなどの主張を明示的にせずに仮差押申立書において上記のように主張することが適切であるか5 は疑問の余地があるほか,特に,被告米国法人の利益について,特段の説明もなく,直販を理由として日本国内の推定小売価格の全額が被告米国法人の利益となるとの主張をすることは不適切といえる。債務者の審尋等を経ない仮差押えの申立てにおける主張については,特にこのことがいえる。)。
被告米国法人は,本件において,過失の推定を覆す事情として上記理解を10 していたことを前提とする主張をするのであるが,その主張は前提を欠くといえる。
被告らの主張中には,前件訴訟等における被告米国法人の原告に対する損害賠償額が前記の額となったことに関係して,原告が前件訴訟等において侵害行為の詳細を明らかにしなかったことを指摘する部分がある。
15 しかし,上記が本件における過失の推定を覆す事情になるかは措くとしても,原告が販売した原告商品に対応する被告商品の種類等が明らかにならなかったことによって前件訴訟等における損害賠償額が本来の損害賠償額よりも少額となったことを認めるに足りる証拠はない。前件訴訟等の裁判所は,上記詳細が明らかにならなかったことから証拠がないことを理由に損害が認20 められないとしたりはせず,同状況も含み得る種々の事情を考慮した上で商標法39条において準用する特許法105条の3を適用して,相当な損害額を認定したものである。なお,被告米国法人は,前件仮差押申立事件の申立書において,商標法38条2項に基づき損害が算定され,直販を理由として日本の推定小売価格の全額が被告米国法人の利益であるとの主張をしていた25 が,被告米国法人から独立した法人格を有する複数の企業を介して日本国内において被告商品が販売される以上,仮に介在する企業が完全子会社であっ17たとしても,被告米国法人の利益は,被告米国法人がMSオペレーションに販売したことによって得られた利益であり,その額は,通常は,日本における推定小売価格の全額とはならないといえる。また,被告米国法人は,前件仮差押申立事件の申立書において,上記のとおり,日本の推定小売価格の全5 額が被告米国法人の利益であるとの主張をしていたが,その後の前件訴訟等においては,利益率は42%であると主張し,前件訴訟等の裁判所は,原告主張の利益率を逸失利益の算定の根拠とすることは相当でないとしてその利益率を採用しなかった。
以上によれば,前件仮差押申立事件において500万円を超えて仮に差し10 押さえられた部分について,被告米国法人に過失が推定され,被告米国法人は,その推定が覆ると主張するが,本件において,被告米国法人が過失の推定が覆るとしている事由はその前提を欠くといえる 。
本件において被告米国法人が過失の推定が覆るとして主張する事由によって被告米国法人の過失の推定は覆らず,被告米国法人には,少なくとも過失15 があった。
損害賠償請求権を被保全権利として仮差押えをしたが,その後の本案訴訟等で認容された損害賠償額が仮差押えの被保全権利とした損害賠償請求権の額よりも小さかったとしても,損害賠償額の算定に当たっては種々の事情が考慮されることや仮差押申立時の諸事情に照らして,当時の債権者の主張が20 合理的であるとして,過失の推定が覆ることはあるとはいえる。もっとも,本件では,前記のとおり,被告米国法人が過失の推定が覆るとして主張する事由によって過失の推定が覆るとはいえない。
3 争点A(被告日本法人が故意又は過失により被告米国法人に過大な仮差押命令の申立てをさせたか。)について25 被告日本法人は,被告商品は,被告米国法人から他の法人を介して被告日本法人に販売され,被告日本法人が日本国内で販売しているものであることを当18然に知っていたと認められ,また,被告米国法人が原告を債務者として仮差押命令の申立てをする予定であり,その疎明資料として裁判所に提出されることを認識しながら,従業員であるAをして,被告米国法人の利益に関し,被告米国法人による直販をしているので,日本における被告商品の推定小売価格の全5 額が被告米国法人の利益になるなどの記載がされた陳述書を作成させた上,被告米国法人に提供した。そして,被告米国法人が前件仮差押申立事件において同陳述書を疎明資料として提出したことによって前件仮差押命令が発令されたといえるから,被告日本法人は,被告米国法人による違法な仮差押命令の申立てについて,少なくとも過失による共同不法行為責任を負うと認められる。
10 4 争点B(原告が被った損害及び額)について? 原告は,被告らによる違法な行為(前記2及び3)により,次の各損害を被ったものと認められる。
ア 払戻しを受けられなかったことによる損害 295万9432円原告は,前件仮差押命令が各第三債務者に送達された日(遅くとも平成15 26年10月30日であると認められる(甲3)。)の翌日から前件異議決定の日である平成29年8月10日までの間,前件仮差押命令によって仮差押えされた2630万5594円と前件異議決定において認可された500万円の差額である2130万5594円の払戻しをすることができなくなり同額の運用を妨げられたから,同額に対する平成2620 年10月31日から平成29年8月10日まで民法所定年5分の割合による金員相当額である標記額の損害を被ったものと認められる。
イ 前件異議事件の弁護士費用 15万円原告は,被告らによる違法な行為により,弁護士に委任して保全異議の申立てをし(前記第2の1?ウ),前件異議事件の追行に弁護士費用の25 支出を余儀なくされるという損害を被ったところ,本件に顕れた各事情に照らせば,同損害の額としては標記額が相当であると認められる。
19ウ 前件訴訟の弁護士費用 0円前件仮差押命令の内容にかかわらず,被告米国法人の前件訴訟の提起は違法とはいえず,原告はこれに対し応訴せざるを得ない立場にあったのであるから,原告が前件訴訟の追行に要した弁護士費用は,被告らによ5 る違法な行為と相当因果関係がある損害とは認められない。
エ 慰謝料 0円経済的損害についてはそれがてん補されることにより被害の回復は一応達成されるものといえるところ,被告らによる違法な行為により,上記とは別に原告の権利,利益が侵害され,精神的損害が発生したという事10 情は認めるに足りない。
オ 本件訴訟追行に要した弁護士費用 29万円原告は,被告らによる違法な行為により本件訴訟追行を余儀なくされたところ,原告が本件訴訟追行に要した弁護士費用のうち標記額は,被告らの不法行為と相当因果関係がある損害として被告米国法人が負担すべ15 きである。
カ 合計 339万9432円? なお,仮に被告らの故意により過大な仮差押命令の申立てがされたとしても,原告がそれによって被った損害は上記?の額を超えるとは認められない。
第4 結論20 以上によれば,原告の請求は,被告らに対し連帯して339万9432円及びこれに対する不法行為より後の日である平成29年8月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから同限度で認容し,被告らに対するその余の請求はいずれも理由がないから棄却すべきである。
25 よって,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第46部20裁判長裁判官 柴 田 義 明5 裁判官 佐 伯 良 子裁判官 佐 藤 雅 浩1021別紙商標権目録(省略)22
事実及び理由
全容