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関連審決 無効2020-890023
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事件 令和 3年 (行ケ) 10028号 審決取消請求事件

原告マルホ株式会社
同 訴訟代理人弁護士広瀬史乃 松田世理奈
同 訴訟代理人弁理士小林浩 鈴木康仁 瀧澤文
被告健栄製薬株式会社
同 訴訟代理人弁護士重冨貴光 古庄俊哉 岩ア翔太 田中想音
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2021/09/21
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が無効2020−890023号事件について令和2年12月25日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
主文同旨
事案の概要
本件は,商標法46条1項1号に基づく商標登録無効請求を不成立とした審決の取消訴訟であり,争点は,被告の商標が同法4条1項11号又は15号に該当するか否かである。
1 本件商標 被告は,以下の商標(以下「本件商標」という。)の商標権者である(甲1)。
(1) 商標の構成 「ヒルドマイルド」(標準文字) (2) 登録番号 第6178213号 (3) 出願日 平成30年8月8日 (4) 査定日 令和元年7月30日(以下「本件査定日」という。) (5) 登録日 令和元年9月6日 (6) 商品及び役務の区分並びに指定商品 第5類「薬剤」 2 特許庁における手続の経緯 原告は,令和2年2月28日,商標法46条1項1号に基づき,本件商標について,商標登録無効審判(以下「本件審判」という。)の請求をした。特許庁は,同請求を無効2020-890023号事件として審理した上,同年12月25日, 「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,令和3年1月15日,原告に送達された。
3 本件審決の理由の要点 (1) 商標法4条1項11号該当性について 本件商標と別紙記載の各商標(以下,別紙記載1の商標を「引用商標1」,同記載2の商標を「引用商標2」といい,両者を併せて「引用商標」という。)を比較するに,両者は,外観において,本件商標と引用商標1とは,片仮名と欧文字の差異を有し,明確に区別できるものであり,本件商標と引用商標2とは,語頭の「ヒルド」を共通にするものの,文字数及び構成全体の文字において相違するものである。
次に,称呼において,本件商標から生じる「ヒルドマイルド」及び「ヒルド」と 引用商標から生じる「ヒルドイド」の称呼とは,その構成音,音数などが明らかに相違するものであるから,称呼上,明確に聴別できるものである。
そして,本件商標と引用商標は,いずれも特定の観念を生じないものであるから,観念において比較することができない。
以上からすると,本件商標と引用商標とは,観念において比較することができないとしても,外観及び称呼において明確に区別できる非類似の商標とみるのが相当である。
そうすると,本件商標と引用商標の指定商品が同一又は類似であるとしても,本件商標と引用商標とは非類似の商標であるから,本件商標は,商標法4条1項11号に該当しない。
(2) 商標法4条1項15号該当性について ア 原告使用商標の周知著名性について 原告は,昭和29年10月に血行促進 皮膚保湿剤 ・ 「ヒルドイドクリーム0.3%」を,平成8年7月に「ヒルドイドソフト軟膏0.3%」を,平成13年7月に「ヒルドイドローション0.3%」を発売開始しており,これらの商品には, 「Hirudoid」の文字も併記され,「ヒルドイド」及び「Hirudoid」(以下併せて「原告使用商標」といい,また,商品名に原告使用商標を含む原告販売の血行促進・皮膚保湿剤を「原告商品」という。)が使用されているといえる。
そして,原告商品の「ヒルドイドクリーム0.3%」等は,医療用医薬品の一種であって,一般人を対象とする広告は行われていないものであり,また,一般雑誌における原告商品に関する記事は,医療用医薬品としてではなく,スキンケア商品として美容目的で掲載されているもの(甲25の1〜6)である上に,原告は,これら記事の掲載に関し,医療用医薬品としての適正使用についての要請を行っているにすぎないから,原告商品の広告をしているとはいえない(甲29)。
また,原告商品は,皮膚科の医師に注目されたり,医療関係者向けの雑誌における広告は認められるものの,その掲載期間及び回数は平成25年から同29年にか けて年5,6回程度と決して多くはないといわざるを得ない。
さらに,原告商品の「ヘパリン類似物質含有製剤」又は「血液凝固阻止剤」の分野における平成26年度から同29年度までの入院及び外来の外用薬としての売上額及び市場占有率は,420億円〜520億円及び75%〜83%(金額ベース)であることから,平成30年8月の本件商標の登録出願時においても,原告商品は一定程度の売上額及び市場占有率があったものと推認できるものの,平成29年度末から約1年6月余り後の本件商標の登録査定時におけるそれらの数値は明らかではないことから,これらの期間の数値をもって本件商標の登録査定時における原告商品の売上額及び市場占有率を推し量ることはできない。
以上からすると,本件商標の登録出願時及び登録査定時において,原告商品は,需要者の間に広く知られていたとはいえないものであるから,原告商品に使用されている原告使用商標は,原告の業務に係る商品(「ヘパリン類似物質」を有効成分とする血行促進・皮膚保湿剤(医療用医薬品))を表示するものとして,取引者,需要者の間に広く認識されていたものと認めることはできない。
イ 本件商標と原告使用商標との類似性の程度 上記(1)のとおり,本件商標と原告使用商標とは,観念において比較することができないとしても,外観及び称呼において明確に区別できる非類似の商標とみるのが相当であって別異の商標である。
ウ 原告使用商標の独創性の程度について 原告使用商標「Hirudoid」又は「ヒルドイド」の語は,辞書等に載録が認められない造語といえるから,その独創性の程度は高いといえる。
出所の混同のおそれについて 上記アのとおり,原告使用商標は,本件商標の登録出願時及び登録査定時において,原告の業務に係る商品を表示するものとして,取引者,需要者の間に広く認識されていたとはいえない。
また,原告使用商標の独創性の程度は高いといえるものの,上記イのとおり,本 件商標と原告使用商標とは,明らかな差異を有する別異の商標である。
そうしてみると,本件商標をその指定商品に使用した場合,これに接する取引者,需要者が,原告使用商標を想起・連想して,当該商品を原告の業務に係る商品あるいは同人と経済的又は組織的に何らかの関係を有する者の業務に係る商品であるかのように,商品の出所について混同を生ずるおそれがある商標ということはできない。
したがって,本件商標は,商標法4条1項15号に該当しない。
(3) よって,本件商標の登録は,商標法46条1項により無効とすることはできない。
原告が主張する審決取消事由
1 取消事由1(商標法4条1項11号該当性に関する判断の誤り) 2 取消事由2(商標法4条1項15号該当性に関する判断の誤り)
当事者の主張
1 取消事由1(商標法4条1項11号該当性に関する判断の誤り)について(原告の主張) (1) 本件審決は,本件商標「ヒルドマイルド」と引用商標1「Hirudoid」及び引用商標2「ヒルドイド」とは,外観及び称呼において明確に区別できる非類似の商標とみるのが相当であるとするが,この判断は誤りである。
商標の類否は,商標の外観,観念,称呼の3要素に加え,商標が使用される商品の取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断されるべきである。しかし,本件審決は,単に,本件商標と引用商標の全体の構成文字やその数,当該文字より生じる称呼の構成音及びその音数等の相違に基づき外観称呼の類否を判断するのみであり,その称呼外観によって取引者・需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察し,両商標をその指定商品「薬剤」に使用した場合,商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによる判断をしておらず,本件商標と引用商標が使用される商品「薬剤」について,原告が明 らかにした取引の実情,すなわち,引用商標の独創性や医療用医薬品の取引の実情に係る具体的な取引状況に基づいた商標の類否判断もしていない。
(2) 本件商標と引用商標は,いずれも特定の意味合いを有しない一種の造語として理解され,特定の観念を生じないものであるから,これらを観念において比較することができないものであるものの,下記ア及びイのとおり称呼外観が相紛らわしいものであり,また,下記ウのとおりこれらの商標が使用される商品「薬剤」の具体的な取引状況に基づけば,両商標が「薬剤」に使用される場合には,商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれのあるほどに互いに類似する商標である。
称呼について (ア) 本件商標の要部 本件審決も認めるように,本件商標「ヒルドマイルド」の構成中の「マイルド」の文字は,本件商標の指定商品「薬剤」を取り扱う業界において,本件商標の登録出願前から,薬を服用・使用した際に受ける刺激などが穏やかで少ないことを表示するものとして使用されており(甲5,6),本件商標の指定商品との関係においては,自他商品の識別標識としての機能は弱く,「マイルド」の文字部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じない。これに対し,本件商標語頭の「ヒルド」の文字は,非常に独創的な文字であるから,自他商品の識別標識としての機能は強く,需要者等に対し商品の識別標識として強く支配的な印象を与える。さらに, 「ヒルド」と「マイルド」の文字を結合しても特定の意味合いを想起させるものでもなく,これらの文字間に観念上のつながりはない。したがって, 「ヒルド」と「マイルド」の文字部分を分離して観察することが,取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているとはいえないから,各部分を分離して観察することも許される。
よって,本件商標構成中の語頭に位置する「ヒルド」の文字部分に着目し,当該文字部分をもって取引に資される場合も決して少なくないから,本件商標から抽出した「ヒルド」の部分(要部)と引用商標との対比によって類否を判断すべきである。
被告は, 「○○」との称呼が生じる商標と「〇〇マイルド」との称呼が生じる商標の併存登録例があることを理由として上記要部認定を否定するが,被告の挙げる併存登録例は,同一権利者によるものか,又は「○○」の部分が「マイルド」の部分よりも識別力が高いものではないもので,本件とは事案が異なる。また,被告が挙げる併存登録例のうち「ウフェナマイルド\UFENAMILD」については,その商標が「ウフェナマイルド」と「UFENAMILD」を上下二段にまとまりよく表してなる態様からなるものであり,拒絶査定不服審判の審決(乙2)では,上段の「ウフェナマイルド」が,下段の「UFENAMILD」の読み仮名を表してなるものと認識されたから, 「ウフェナマイルド」の一連の称呼が生じる商標として理解されたものであって,やはり本件とは事案が異なる。
(イ) 称呼の類否 商標の称呼の類否は,比較される両称呼の音質,音量及び音調並びに音節に関する判断要素のそれぞれにおいて,共通し,近似するところがあるか否かを比較するとともに,両商標が称呼され,聴覚されるときに需要者に与える称呼の全体的印象が,互いに紛らわしいか否かを考察するものである(商標審査基準(改訂第15版)
十,第4条第1項第11号3.(2)。
) 本件商標の要部「ヒルド」から生じる「ヒルド」の称呼と,引用商標から生じる「ヒルドイド」の称呼を比較すると,語頭の3音「ヒルド」が共通し,語尾部分における「イド」の音の有無という差異を有するのみである。しかも,引用商標のみが有する差異音「イド」のうち,「イ(i)」の音は,その前音の「ド」の母音「オ(o)」との二重母音となって, 「ド」の母音に吸収されやすく,聞き取り難い。また,差異音「イド」のうち, 「ド」の音は,称呼の識別上聴取され難い末尾に位置するものであるため,この差異音「イド」が,両商標の称呼全体に与える影響は決して大きいとはいえないから,両商標が称呼され,聴覚されるときに需要者等に与える称呼の全体的印象は,近似するものとなり,互いに紛らわしいといえる。
特に,本件商標や引用商標のように,文字で構成される商標については,自他商 品の識別標識としての機能を果たす場合において,語頭部分の音が最も重要な要素となる。したがって,語頭部分の「ヒルド」の3音が共通する両商標をそれぞれ一連に称呼するときは,その語調,語感が近似し,互いに相紛れるおそれがあるといえる。
外観について 商標の外観の類否は,商標に接する需要者に強く印象付けられる両外観を比較するとともに,需要者が,視覚を通じて認識する外観の全体的印象が,互いに紛らわしいか否かを考察する(商標審査基準(改訂第15版)第3 十,第4条第1項第11号3.(1)。
) 引用商標2は, 「ヒルドイド」の5文字構成であるところ,その半分以上を占める語頭の3文字「ヒルド」が,3文字構成からなる本件商標の要部「ヒルド」の全ての文字と共通する。両商標に共通する「ヒルド」の3文字は,両商標において視覚上最も目立つ語頭に位置するものであるから,商標に接する需要者等に強く印象付けられる部分であるといえる。また,本件商標の全体「ヒルドマイルド」と引用商標2「ヒルドイド」を対比した場合には,語頭の3文字「ヒルド」に加え,引用商標2の第4番目の文字「イ」と本件商標の第5番目の文字「イ」とが共通し,両者の語尾の文字「ド」も共通するから,両者の外観における全体的印象が,相紛らわしい。
したがって,需要者が,本件商標と引用商標2に,時と場所を異にして接するときは,需要者の視覚を通じて認識する外観の全体的印象が,互いに紛らわしく,外観上において,近似した印象を与えるものである。
取引の実情等 (ア) 引用商標の独創性が高いこと 引用商標を構成する「Hirudoid」及び「ヒルドイド」の文字の独創性の程度が高いことは,本件審決も認めるとおりである。引用商標の由来は, 「ドイツ語の Hirudo(蛭属)と oid(〜の様なもの)を組み合わせた」独特なもので,原告商 品が,もともと「凝血阻止血行促進剤」として販売されており,ヒル(蛭)の唾液からは血液を凝固させない成分が出ていることから, 「蛭属の(唾液成分のように凝血を阻止し血行促進の効果を有する)様なもの」といった意味が込められている。
ところで,「Hirudo」と「oid」は我が国において広く親しまれた外国語ではなく,「ヒルド」の文字を語頭に有する言葉も,広く使用される国語辞典「広辞苑」等に載録されていないもので,いずれも商標の構成文字に容易に採択される文字ではなく,そのような文字を組み合わせてなる引用商標はいわゆる造語であって,その独創性の程度は極めて高い。
そして,原告は,昭和29年の原告商品の発売開始から現在に至るまで,約60年にわたり原告商品に引用商標を使用し続けている。ヒルド」 「Hirudo」 「 又はの文字を語頭に有する独特な構成からなる引用商標の独創性は極めて高いが,原告の知る限りにおいて,昭和29年の原告商品の発売時, 「Hirudo」 「ヒルド」 やの文字を語頭に掲げて販売されていた薬剤は市場になく,昭和51年から平成11年までは,扶桑薬品工業株式会社が, 「ヒルドシン」の名称で,シンナリジン製剤を販売していたが,平成12年から現在に至るまで, 「Hirudo」や「ヒルド」の文字を語頭に掲げて販売されてきた薬剤は原告商品のみであった。すなわち,薬剤」 「を取り扱う業界において,原告は, 「Hirudo」の文字を約60年もの間,独占的に使用し続け, 「ヒルド」の文字についても約40年もの間,独占的に使用し続けてきた。そのため, 「薬剤」を取り扱う業界においては,商標の語頭に位置する文字「ヒルド」又は「Hirudo」やこれより生じる「ヒルド」の称呼の斬新さ,独創性に注目し, 「ヒルド」の3文字や「ヒルド」の3音から,原告商品を容易に想起し,あるいは連想するといえる。
上記の取引の実情に照らすと,語頭の3文字「ヒルド」と,これより生じる「ヒルド」の称呼が共通する引用商標2と本件商標は,外観及び称呼において相紛らわしく,また,語頭における「ヒルド」の3音が共通する本件商標と引用商標1は,称呼において相紛らわしい。したがって,両商標が「薬剤」に使用された場合には, 商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるから,本件商標と引用商標は,外観及び称呼において相紛らわしい類似の商標である。
(イ) 医療用医薬品の取り違え問題について 引用商標は,原告が販売する医療用医薬品のブランド名として使用され続けている。他方,本件商標の使用状況は確認できないが,本件商標は,医療用先発医薬品のブランド名として使用され得るものである。医療用医薬品の処方に当たっては,オーダリングシステムを使用するのが一般的であり,医薬品名の語頭の3文字を入力することが常識とされており,医療用医薬品市場においても,医薬品に使用される商標の語頭の3文字に着目し,当該文字部分をもって取引が行われているとの実情がある。ところで, 「医療用医薬品」については,かねてより,名称(ブランド名)が類似する別の医薬品との取り違えミスが問題となっており,平成26年に報告された「薬剤取り違え」事例全817件のうち,医薬品の名称類似に関するものが246件(30.1%),そのうち頭3文字以上が一致する医薬品の取り違え事例が153件(18.7%)と最も多い。実際の取り違え事例をみると,語頭の3文字が共通する場合には,その構成文字の数とその文字から生じる称呼の音数,語頭の3文字以外の構成文字に共通性がなくとも,称呼外観の全体的印象が互いに紛らわしく,名称が類似するとして,医薬品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるといえる。かかる実情に照らすと,本件商標と引用商標が類似することに起因する医薬品の取り違えが懸念される。
また,一般論として,医療用医薬品メーカーは,自ら又はその関連会社等を通じて,医療用医薬品(処方薬)の市販薬版(スイッチOTC)など,ドラッグストア等で医師の処方を受けずに気軽に購入できるような市販薬を販売することがある。
仮に本件商標「ヒルドマイルド」が付された市販薬がドラッグストア等で販売されたとすれば,その取引者・需要者は一般消費者であり,その注意力の水準は医療関係者より相当低いものと考えられる。
以上の取引の実情に照らすと,本件商標が指定商品「薬剤」に使用された場合, 本件商標における引用商標と共通する語頭の3文字「ヒルド」と語頭の3音「ヒルド」によって,本件商標に接した取引者・需要者は,引用商標を連想し,引用商標が使用される「薬剤」であると,商品の出所につき誤認混同を生じるおそれがあるから,本件商標は,外観及び称呼において引用商標と相紛らわしく,引用商標と類似する商標である。
(被告の主張) (1) 本件商標と引用商標の外観及び称呼は明らかに相違するため,取引の実情を考慮するまでもなく,両商標は明らかに非類似である。取引の実情について検討するも,引用商標の独創性の有無は商標法4条1項11号取引の実情として考慮されるべき事情ではない上,仮にこれを考慮したとしても,原告が主張する取引の実情によって,外観及び称呼において明らかに相違する両商標が類似するということになるとはいえない。
したがって,本件商標と引用商標が外観及び称呼において明確に区別できる非類似の商標とみるのが相当であるとの本件審決の判断には,結論において誤りはない(ただし,本件商標から「ヒルド」との称呼が生じるという判断部分は誤りである。。
) (2) 本件商標は, 「ヒルドマイルド」との片仮名7文字を標準文字で横書きしたものであり,外観上, 「ヒルドマイルド」という一連一体の語であると捉えられる。外観において,本件商標を殊更に「ヒルド」部分と「マイルド」部分とに区別すべき理由はない。称呼においても,全体で7音と比較的短い構成音から無理なく「ヒルドマイルド」という一連の称呼が生じるものであって,称呼上も「ヒルドマイルド」という一連一体の語であると認識できる。このように,本件商標は,外観,称呼において「ヒルドマイルド」という一連一体の語で捉えられることからすると, 「ヒルド」部分と「マイルド」部分とを分離観察することこそが取引上不自然である。
仮に「○○マイルド」の「◯◯」部分と「マイルド」部分に自他識別機能の強弱の差異があるとしても, 「◯◯」部分と「マイルド」部分に分離観察するという帰結が正当化されるわけではない。例えば, 「薬剤」の分野において, 「ウフェナ」 (登録 第6264754号。乙1の7の1) 「ウフェナマイルド\UFENAMILD」 と(登録第5286540号。乙1の7の2)のように, 「○○」との商標と「○○マイルド(MILD)との商標が併存して商標登録されている例が多数存在している。
」 ア 称呼 引用商標から「ヒルドイド」との称呼が生じるが,本件商標は「ヒルドマイルド」という7音からなるのに対し,引用商標は「ヒルドイド」という5音からなり,本件商標と引用商標とは,その構成音・音数が明らかに相違する。
万が一,審決が認定するように,本件商標から「ヒルド」との称呼が生ずるとしても,この称呼は「ヒルド」という3音からなるのに対し,引用商標は「ヒルドイド」という5音からなり,両者は構成音・音数が明らかに相違する。本件商標から生ずる「ヒルド」との称呼と引用商標の称呼「ヒルドイド」とは, 「ヒルド」という3音において共通するものの,引用商標には,第4音「イ」及び第5音「ド」が続いていることから,両者の語調・語感は明らかに相違する。引用商標の「ヒルド」に続く「イド」の部分においては有声破裂音である「ド」が用いられており, 「イド」という発音が明瞭に認識されるのであるから,引用商標「ヒルドイド」の発音は「ヒルド」という3音の称呼とは全く異なる。引用商標は, 「ヒルドイド」と全体を一体的によどみなく称呼されるのが通常であり,また,そのいずれの発音も明瞭に認識されるものであるから,万が一,本件商標から「ヒルド」との称呼が生ずるとしても,本件商標と引用商標の称呼は明らかに相違し,非類似である。
外観 本件商標は「ヒルドマイルド」の片仮名7文字からなるものであるのに対し,引用商標1は「Hirudoid」の欧文字8文字からなるもので,本件商標と引用商標1とは,片仮名と欧文字という差異を有し,明らかに相違する。また,引用商標2は「ヒルドイド」という5文字からなり,本件商標とはその文字数及び構成全体の文字において明らかに相違する。
原告は,本件商標と引用商標2を比較した場合,本件商標の5文字目「イ」と引 用商標2の4文字目「イ」,両商標の語尾「ド」が共通することから,両者の外観における全体的な印象が相紛らわしいと主張するが,文字順を捨象して部分的に共通する文字を都合よく抜き出して議論すること自体が失当である。加えて,「ヒルド」に続く文字という視点で観察すると,本件商標は「マイルド」との4文字であるのに対し,引用商標2は「イド」との2文字であり,外観上,両者を見間違えることはおよそ考えられない。
観念 本件商標と引用商標は,いずれも構成文字全体をもって特定の観念を有しないから,両者を観念において比較することはできない。
取引の実情 (ア) 引用商標の独創性について 裁判例においても審査基準においても,商標の類否判断における取引の実情は,指定商品又は指定役務全般についての一般的,恒常的な取引の実情を指すものであって,単にその商標が現在使用されている商品又は役務についてのみの特殊的,限定的な取引の実情を考慮しないものとされているところ,原告は引用商標の独創性が高いことを主張するが,これらは,引用商標に関する特殊的・限定的な事情をいうものにほかならず,考慮すべき取引の実情に当たらない。
原告は,引用商標の「Hirudo」又は「ヒルド」部分を殊更に強調して,引用商標の独創性があると主張するが,引用商標は, 「Hirudoid」又は「ヒルドイド」という一連一体の造語として創作されたものであり, 「Hirudo」 「ヒ やルド」部分が独立して創作されたわけではないし,需要者が,殊更に「Hirudo」や「ヒルド」部分を取り出して,この部分に特徴があると認識することなどあり得ず,これを裏付ける証拠もない。引用商標の独創性は,それが認められるとしても, 「Hirudoid」 「ヒルドイド」 又は という語全体に認められるにすぎず,「Hirudo」や「ヒルド」部分が独立して独創性を有する訳でない。
また, 「ヒルド」の3文字又は「ヒルド」の3音から原告商品を容易に想起,連想 するという原告の主張も理由がない。原告商品は「Hirudoid」又は「ヒルドイド」であって「Hirudo」や「ヒルド」ではない。原告商品は,医療用医薬品であり,医師の処方によって選択・決定されるものであるところ,医師等の医療関係者が原告商品の語頭の「ヒルド」の3文字又は「ヒルド」の3音部分のみに着目して原告商品の取引が行われているといった事実も一切ない。
「ヒルド」と称呼される文字を語頭に掲げて販売されていた商品が「ヒルドシン」を除いて原告商品以外に存在しなかったとしても,そのことが, 「ヒルド」の3文字又は「ヒルド」の3音が原告商品を示すことを意味するわけではないし,平成30年頃以降,一般用医薬品の市場では, 「ヒルドプレミアム」という薬剤(医薬部外品)が販売されており(乙3),もはや「薬剤」の分野において語頭に「ヒルド」という文字を掲げている薬剤は原告商品だけではない。
(イ) 医療用医薬品の取り違え問題について 医療現場における語頭3文字が共通する医療用医薬品の取り違えミスは,ヒヤリ・ハット事例5399件のうちの僅か約2.8%(153件)にすぎず,名称の語頭3文字が共通することが医療用医薬品の取り違えの一般的な原因であるかのようにいう原告の主張は明らかに誇張である(名称の語頭3文字が共通するから医薬品の取り違えが発生しているわけではない。。一方,商標の類否は,需要者の通常有す )る注意力を基準として判断され,注意力の散漫な者や慎重な者については基準とされないと解すべきところ,医療関係者が通常の注意を払った場合であっても,名称の語頭3文字が共通する医薬品を取り違えているというような事情はない。
2 取消事由2(商標法4条1項15号該当性に関する判断の誤り)について(原告の主張) 本件審決は,原告使用商標が独創性の高いものであることは認定しつつ,@原告使用商標の周知著名性に関する認定を誤り,A本件商標と原告使用商標との類似性の程度に関する認定を誤り,B本件商標と原告使用商標に関する商品間の関連性や取引の実情等を踏まえた出所の混同のおそれに係る認定を誤ったものであり,その 判断において明らかな誤びゅうを含むものである。
(1) 原告使用商標の周知著名性 ア 原告による継続的かつ多数の広告 原告は,原告商品の発売以来現在に至るまで,原告商品の広告宣伝活動として,@原告使用商標(「ヒルドイド」及び「Hirudoid」)を付した広告を医学関係の専門雑誌や日本全国各地で開催される学会の学会要旨集等に掲載し(甲17),A同商標を付した原告商品の掲載されるパンフレット等を病院等の医療機関に配布するなどの活動(甲18)を全国的に行ってきた。原告は,原告商品の専門雑誌及び学会要旨集への広告掲載費用として,平成27年10月〜令和2年9月の直近5年間だけでも合計●●●●●●以上の費用を投入しており(甲17,48),年間平均約●●●●●●で推移している。また,原告は,昭和29年10月の原告商品の販売開始以来,現在に至るまで継続的に原告商品の広告を実施してきたもので,これまでに投入された広告費の総額や頒布された広告の総数はばく大なものとなる。
過去に医療用医薬品の商品の表示に係る周知著名性が認められた事例においても,その年間広告金額は「1000万円以上」であったなどと認定されている(東京高裁平成11年(行ケ)第309号同12年9月4日判決(甲49) )ことに照らしても,原告による原告商品の年間の広告金額は,医療用医薬品の広告規模として決して小さくない。
イ 原告商品の売上げ及び高い市場占有率 原告商品は,以下に示すとおり,平成26年度〜平成30年度の5年間において年間約420〜520億円を売り上げており,全ての国内医療用医薬品を対象とする年間売上ランキング(エンサイスリサーチセンター調べ/平成29年度(2017年度))で上位20位以内に入るほどの売上規模を誇る商品である(甲52)。
また,原告商品は,外用の処方薬のうち,厚生労働省公表のNDBオープンデータの薬効分類「333 血液凝固阻止剤」に分類される商品市場において,平成26年度〜平成30年度の期間で,80%前後の高い市場占有率(金額ベース)を有している(甲20,甲53)。数量でみた市場占有率も,過去5年間(平成26年度〜平 成30年度)において50〜70%と高い水準で推移している。これらの証拠に照らせば,本件査定日(令和元年7月30日)においても,ヒルドイドが70〜80%(金額ベース)の高い市場占有率を有していたことが推認される。本件審決が,原告商品の市場占有率について,本件商標の登録査定時における数値は明らかでなく,それ以前の市場占有率をもって推し量ることもできないと認定したことは誤りである。
ウ 原告以外の者による周知活動 原告は,本件審判において,一般需要者向けの複数の雑誌やウェブサイトなどにおいて,原告使用商標が付された原告商品が紹介されていることを示す証拠を提出した(甲24,25(いずれも枝番を含む。以下,特記しない限り枝番があるものは枝番を含む。) )。これらの証拠は,原告商品が,これらの媒体や個人間の伝達(いわゆる「口コミ」)により,従来の取引者及び処方薬の需要者のみならず,敏感肌や乾燥肌などの肌の状態の改善を望む需要者の間において,周知著名性を獲得したことを示すものといえる。
ところが,本件審決は,@本件商品について一般人を対象とする広告が行われていないこと,A一般需要者向けの雑誌における原告商品に関する記事はスキンケア商品として美容目的で掲載されているものであるなどとのみ述べて,一般需要者向けの雑誌やウェブサイト,口コミにより原告商品が広く知られるところとなったことついて,全く認定していない。
そもそも,商標法4条1項15号の「混同を生ずるおそれ」を判断するに当たり,他人の業務に係る商品又は役務の表示が,自らの広告のみによって広く認識されるに至ったのか,それとも自らの広告のみならず第三者の口コミ等の評判によって広く認識されるに至ったのかということは,問題とならないはずである。
また,一般需要者向けの雑誌には, 「皮膚科で処方してもらった」 「処方薬」 「処方箋が必要なコスメ」 「皮膚科処方のヒルドイド軟膏」等と表示されており,原告商品が医療用医薬品として販売されていることが明示されている。そうすると,これら の記事により医療用医薬品の原告商品が広く認識されるようになったということは疑いのないところである。
本件審決は,原告作成に係る適正使用を要請する文書(甲29)について,原告商品の広告とはいえないなどとして,周知著名性の認定に当たって考慮に入れていないが,同文書は,製薬メーカーとして同文書を公表しなければならないほど,原告商品の優れた保湿効能が一般需要者向けの複数の雑誌やウェブサイトなど原告の預かり知らないところで盛んに取り上げられ,広く認知・拡散されていたということを証明するものである。
したがって,原告商品の周知著名性に関する本件審決の認定は誤りである。
エ 類似品の出現 一般需要者向けの複数の雑誌やウェブサイトなどで原告商品が盛んに取り上げられ,そのことが広く認知されたことを受けて,原告商品に含まれる「ヘパリン類似物質」を含有する保湿クリームやローション剤等を「一般用医薬品」や「医薬部外品」として発売する第三者が多く現れたが,その中には,独創性の高い原告使用商標と同じ語頭(「ヒルド」又は「ヒル」)を冠する標章(例えば, 「ヒルメナイド」 「ヒルセリン」 「ヒルドプレミアム」)を使用するものがある。そして,第5類の「薬剤」や第3類の「化粧品」を指定して「ヒルド」 「ヒル」「Hirudo」又は「Hi , ,ru」の文字を語頭に有する商標が,原告とは無関係の第三者によって商標登録出願されるようになった。また,インターネット上において原告商品の顧客吸引力フリーライドするような宣伝文句(例えば, 「処方薬のヒルドイドソフト軟膏と同じヘパリン類似物質を配合した乳液タイプの薬です」 をうたう第三者の ) 「ヘパリン類似物質」を含有する商品が散見される。これらのことからすれば, 「ヘパリン類似物質」を含有する血行促進・皮膚保湿剤である「ヒルドイド」という原告商品の表示が,取引者・需要者に広く認識されており,その顧客吸引力フリーライドするような第三者の商品が市場に出回っているものと認められる。
オ その他原告商品の周知著名性を示す事実 原告商品の優れた効果については,多数の医師著述文献において取り上げられ,原告商品に信頼を寄せる多くの医師が,原告商品を必要とする患者に積極的に処方していることを読み取れる。原告が2007年度(平成19年度)ポーター賞を受賞するなど,原告商品は,その革新性が評判となり医療業界で広く受け入れられて定着していた。
また,原告は,肌の悩みを抱え,皮膚薬(塗り薬)を使用したことのある日本全国に居住する20歳以上の男女を対象に「ヒルドイド」の認知度に関するアンケートを実施したが,その結果,主に皮膚の乾燥に起因すると考えられるトラブル(乾燥,シミ・シワ,湿疹・かぶれ)を抱えて何らかの皮膚薬(処方薬に限らず,いわゆる市販薬を含む。)を使用している又は過去1年に使用していた一般消費者のうち,約5割の者が保湿剤としての「ヒルドイド」を認知しており,特に女性の間においては,「ヒルドイド」の認知度は約60%という非常に高い数値が顕出された(甲56)。この結果からも,ヒルドイドという原告商品の表示が,市販薬の使用者も含め,取引者・需要者の間で広く認識されていることが裏付けられる。
ところで,被告は,昨年(令和2年)からヘパリン類似物質を含有した「ヒルマイルド」という乾燥肌治療薬を一般用医薬品として販売しているが,語頭の「ヒル」という文字がヒルドイドと共通しているため,ヒルマイルドに接した多くの需要者が,原告商品であるヒルドイドを想起している。
このように, 「ヒルドイド」は,本件商標の登録出願時及び登録査定時において,原告商品の表示として取引者・需要者の間に広く認識されていた。
(2) 本件商標と原告使用商標との類似性 前記1(原告の主張)のとおり,本件商標と引用商標は,外観及び称呼について相紛らわしい互いに類似する商標であり,原告使用商標は引用商標と同じである。
したがって,本件審決が,本件商標と原告使用商標とを「外観及び称呼において明確に区別できる非類似の商標」と認定したことは,誤りである。
(3) 本件商標と原告使用商標に関する商品間の関連性や取引の実情等を踏まえた 出所の混同のおそれ 上記(1)及び(2)のとおり,原告使用商標は,原告商品を示すものとして,原告商品を取り扱う医療関係者や原告商品の処方を受ける患者のほか,乾燥肌などの肌の状態の改善を望む一般需要者の間において周知著名なものと認められ,かつ,本件商標と原告使用商標は外観及び称呼において明瞭に区別できず,相紛らわしいものである。また,本件商標の指定商品は「薬剤」であって,引用商標の指定商品「薬剤」と同一である。加えて,本件審決も認めるとおり, 「ヒルドイド」という商標は独創性の高いものであることから,出所の識別力が強いといえる。医薬品の取引の実態として,語頭3文字が共通することにより,取引者・需要者が出所を混同するおそれがある。被告自身も,第5類「薬剤」について, 「ヒルドマイルド」「HIRUDO ,MILD」「ヒルドソフト」「HIRUDOSOFT」「ヒルマイルド」「HIR , , , ,UMILD」「ヒルMILD」という文字からなる複数の商標を登録出願し,これ ,に加え,被告が,昨年からヘパリン類似物質を含有した「ヒルマイルド」という一般用医薬品(市販薬)を乾燥肌治療薬として販売し,現に原告商品との誤認混同を招いていることからすれば,被告において,本件商標の登録や使用の動機が,原告商品の周知著名な表示である「ヒルドイド」及び「Hirudoid」の顧客吸引力フリーライドすることを意図したものであることが強く疑われる。
このような取引の実態に加え,原告商品の有効成分と同じ「ヘパリン類似物質」を有効成分とする一般用医薬品や保湿に係る医薬部外品の多くは,一般消費者向けに数百円から千数百円程度というような比較的安価な価格で取引されており,需要者が商品の表示をじっくり検討し,高度の注意を払って購入する類の商品ではない。
以上のことを総合的に勘案すれば,原告商品の顧客吸引力(ブランド力)にフリーライドすることを意図しているとみられる被告が,本件商標を指定商品である薬剤に用いた場合には,これに接する取引者・需要者において,その通常用いる注意力からすれば, 「ヒルド」という語頭の音が共通するために,独創性の高い原告使用商標である「ヒルドイド」 「Hirudoid」を想起,連想して,当該商品を原告の業 務に係る商品,あるいは原告と経済的又は組織的に何らかの関係を有する者の業務に係る商品であるかのように,商品の出所について混同を生ずるおそれがあるものと認められる。
(4) 被告の主張に対する反論 ア 被告は,本件商標が現在使用されておらず,今後使用するとしても医療用医薬品のブランド名としての使用が想定される旨主張する。しかし,被告は,本件審判請求事件における答弁書において,本件商標が「一般用医薬品または医薬部外品に使用される」ものであると明確に述べており,現に,被告は,令和2年6月に,本件商標を販売名とし,ヒルドイドと同じヘパリン類似物質を含有する市販薬(一般用医薬品)の製造販売承認を厚生労働省から受けている。したがって,被告の本件商標が医療用医薬品のみに用いられるという主張には理由がなく,むしろ,商標権者である被告の認識や意図としては,本件商標について,医療用医薬品の名称としての使用は想定しておらず,薬剤のうち市販薬に使用することを想定しているといえる。
イ 被告は,本件で周知著名性の基準となる取引者・需要者は,医師等の医療関係者のみであると主張する。しかし,医療用医薬品の購入者(最終需要者)が患者であり,患者もその表示を認識することや,医療用医薬品メーカーが,自ら又はその関連会社等を通じて,医療用医薬品(処方薬)の市販薬版(スイッチOTC)など,ドラッグストア等で医師の処方を受けずに気軽に購入できるような市販薬を販売することはよく知られていることからすれば,商標の周知性や混同の判断基準たる取引者・需要者という概念には,医療関係者のみならず患者である一般消費者も含まれると解するべきである。
(被告の主張) 本件審決は,本件商標の登録が商標法4条1項15号に違反してされたものではないと判断しているところ,この判断に誤りはない。
(1) 本件商標と引用商標とは明らかに非類似であること 前記1(被告の主張)のとおり,本件商標と原告使用商標である引用商標とは外観及び称呼において明確に区別可能な明らかに非類似の商標である。
(2) 引用商標に周知著名性がないこと 引用商標は,医療用医薬品である原告商品に用いられているが,この医療用医薬品の選択・決定は,医師の処方をはじめとする医療関係者の判断によって行われ,広告も,その選択・決定の主体である医療関係者に対してのみ許容されているのであるから,原告商品の取引者及び需要者は,医師等の医療関係者である。ところで,原告が提出する証拠には,原告商品の取引者又は需要者である医療関係者に対する周知性を基礎づけるに足りる証拠価値があるとはいえず,引用商標が原告商品の表示として取引者又は需要者の間に広く認識されていたとはいえない。
(3) 本件商標の使用が原告商品と混同を生ずるおそれがないこと 原告商品が,医療用医薬品として医師等の医療関係者が専門家としての高度な注意義務の下で取り扱われるものであるなどの事情に鑑みれば,本件商標が指定商品「薬剤」に使用されたとしても,原告の業務に係る商品と混同するおそれはない。
本件商標は,現在まで一度も使用されていないが,下記(4)エのとおり,被告は,今後も本件商標を市販薬に使用する予定は全くなく,また,後発医薬品に使用することはできないのであるから,商標法4条1項15号該当性の判断においては,本件商標の指定商品(薬剤)における医療用医薬品の取引者及び需要者を対象とし,本件商標が医療用先発医薬品のブランド名として使用されることを想定して審理すべきである。そして,当該医療用先発医薬品が原告商品と有効成分・効能効果が同一となる(すなわち,原告商品の後発医薬品となる)ことはないところ,医療用医薬品を選択・決定する専門家である医師等が,専門家としての高度な注意義務に基づいて選定する以上,有効成分・効能効果が異なる医薬品同士につき,混同を生ずるおそれはない。
(4) 原告の主張について ア 原告は,引用商標が周知著名性を有していることの根拠として原告商品の売上げ及び市場占有率を挙げるが,原告商品と競合する医療用医薬品市場のうち,ヘパリン類似物質含有商品市場に恣意的かつ局所的に限定した上での主張であり,当を得ない。原告商品(ヒルドイド)は,血行促進・皮膚保湿に関連する様々な疾患に効能効果を有する皮膚治療剤であり,この効能効果と重複・関連する皮膚治療剤は,ヘパリン類似物質含有商品に限定されない。上記の皮膚治療剤の市場は,平成30年度においては合計159種類の医薬品からなり,販売高2009億4726万7939円との大きな市場規模を有しており,この市場規模に照らせば,原告商品の市場占有率は約24%程度にすぎない。なお,原告は,市場占有率を金額ベースで取り上げているが,グラムベースで算出すべきであり,グラムベースでみると,上記皮膚治療剤の市場においては,平成26年度から平成30年度までの原告商品の市場占有率は20%前後にすぎない。原告商品が先発医薬品であることからすれば,医学文献が存在することは当然であり,また,ポーター賞は原告商品が受賞したものではなく,これらの点は原告商品の周知著名性を根拠づけるものとはいえない。そのほか,原告は,一般需要者向けの雑誌記事や市販薬の出現等の事情を挙げるが,これらの事情は医療関係者に対する原告商品の周知著名性を基礎づけるものではない。
原告は,本件の周知著名性の基準となる取引者・需要者に医療用医薬品の購入者(最終需要者)である患者も含まれると主張するが,医療用医薬品を患者が購入しようとする場合,医師等による処方箋が必要となり,医師等の医療関係者が極めて専門的な知識・経験に基づき,かつ,業務上の責任を伴って,適切な医薬品を選択し,処方を決定するものであるから,医療用医薬品の選択主体は,患者ではなく,医師等の医療関係者である。原告使用商標が使用されている医療用医薬品の市場は,専ら医師等の医療関係者との関係で展開されるものである。百歩譲って,原告使用商標の周知著名性の基準とすべき需要者に一般消費者が含まれるとしても,原告使用商標につき,医療用医薬品とは規制・入手経路・販売場所・市場・需要者・価格 がおよそ異なる市販薬の取引者及び需要者である一般消費者に対して周知著名性があるとはいえない。一般消費者が需要者に含まれると仮定した場合,原告商品の売上規模を考えるに当たって考慮すべき他の同種商品市場は,@原告商品と同種の効能効果を有する他の医療用医薬品市場の約2009億4726万円(平成30年),A原告商品と同種の効能効果を有する一般用医薬品市場の850億6000万円(平成30年),B乾燥肌等に対するスキンケア商品を含む化粧品市場の1兆4053億円(平成31年・令和元年),の合計1兆6913億0726万円となる。そうすると,ヒルドイドの平成30年度の売上高約482億円(乙8の5)が市場全体に占める割合は約2.85%にすぎない。また,原告商品の宣伝広告等に関して原告が提出した証拠は,専ら医療関係者に向けられた宣伝に係るものであり,一般消費者が接するものではない。医療用医薬品を一般消費者に向けて宣伝広告することは禁止されていることから,原告が,一般消費者に向けて原告商品の宣伝広告を行った実績は一切存在せず,一般消費者に対して原告商品の商品陳列が行われたこともない。原告商品の宣伝広告等に関して原告が提出する書証は専ら医療関係者に向けられたものであり,そもそも一般消費者が接するものではない。原告は,一般消費者に向けて原告商品の宣伝広告を一切行っていないだけでなく,むしろ徹底して原告商品が一般消費者の目に触れないように措置を講じており(乙13) このよ ,うな原告商品について,一般消費者に広く認識されているとはいえない。
ところで,一時期(平成26年〜平成29年頃),美容に関心の高い女性が乾燥肌等の愁訴により医師の処方を受けて原告商品を使用するという事象が生じ,社会問題化した。そこで,健保連は,原告商品の処方を保険適用から除外する提言を行うに至った(乙19)。原告は,原告商品の処方が保険適用から除外されることを防ぐため,平成29年10月,ヒルドイドの適正使用を要請する文書(乙20)を発出した。その結果,一般消費者によって原告商品が需要されることはなくなり,女性誌等が原告商品を美容目的や乾燥肌(皮膚乾燥症,皮脂欠乏症)の対策目的で取り上げる事態は生じなくなった。このように,原告自身が,原告商品が一般消費 者によって需要されることがないように働きかけている。これらの点を勘案しても,本件商標登録出願時(平成30年8月8日)及び登録査定時(令和元年7月30日)において,引用商標が一般消費者に対する周知著名性を有していたということはできない。
イ 本件商標は,英語の「healed」 (ヒールド:瘉された,治された)と「mild」(マイルド:ものごとの柔らかいさま)を組み合わせ,称呼しやすいように長音を省いて一連一体の語として構成したものであり,前記1(原告の主張)(2)ウ(ア)で原告が主張する引用商標の由来とは全く異なる。原告主張の由来に基づくならば,引用商標は「ヒル(蛭)」という人の血を吸う危険で不快な生物を想起させることとなるのに対し,本件商標は,healed と mild という,症状を優しく穏やかに癒す・治すというイメージを想起させるから,両者が想起させるイメージは全く反対のものである。両商標が由来の全く異なる造語として,それぞれ独創性を有し,相反するイメージを想起させる以上,両商標を混同するおそれはない。
ウ 原告は,被告が「ヒルマイルド」との名称の一般用医薬品を販売していることなどから,引用商標の顧客吸引力フリーライドすることを意図していることが強く疑われるなどと主張するが,そもそも,引用商標は周知著名性を有しておらず,本件商標とは明らかに非類似であるから,上記主張は前提を欠く。本件訴訟において判断されるべき対象は「ヒルドマイルド」という本件商標であるから, 「ヒルマイルド」の販売は本件と何ら関連しないが,原告は,本件において,引用商標の語頭の「ヒルド」が独創的であり,当該部分の共通性をもって本件商標と引用商標が類似すると主張しているのであるから, 「ヒル」という2文字及び2音しか共通しない「ヒルマイルド」を殊更に取り上げて,被告が引用商標の顧客誘引力へのフリーライドを意図しているなどという原告の主張には一貫性がない。
エ 原告は,本件商標が医療用医薬品ではなく市販薬に用いられることを前提として「混同を生ずるおそれ」があると主張するが,このような主張は不自然・不適切である。
被告は,ヘパリン類似物質を含有する保湿剤の市販薬である「ヒルマイルド」を令和2年6月に上市したが,その商品名として本件商標を含む様々な標章を候補として検討を進め,最終的に「ヒルマイルド」との名称を使用することに決定し, 「ヒルマイルド」標章の商標登録を得,同標章を上市以来現在に至るまで,ヘパリン類似物質を含有する市販薬に使用している。この決定に伴い,本件商標については使用しないことを決定した。
「ヒルマイルド」は,発売初年から瞬く間にヘパリン類似物質含有商品の市販薬市場のトップシェア商品に上り詰めており,その商品名を変更することはあり得ない。
「ヒルマイルド」については,原告が販売停止等を求める仮処分命令申立てをしたが,原告の主張は認められず,同申立ては却下された(乙10)。これらの事情を踏まえれば,もはや被告が「ヒルマイルド」とは異なる本件商標を市販薬に用いることはおよそ想定できず,被告自身も本件商標を市販薬に使用することを全く予定していない。原告は,本件商標での販売承認が存在することを指摘するが,事業にとって不要となった承認を取り消す申請手続の労力等に鑑みれば,そのような取消申請手続をとる必要もないというにすぎない。
オ 仮に本件商標が市販薬に使用されたとしても,医療用医薬品と市販薬では,規制・入手経路・販売場所・市場・需要者・価格がおよそ異なり,両者の需要者はこのような相違ゆえに両者が別物であることを明確に認識する。よって,本件商標が市販薬に用いられたとしても,医療用医薬品である原告商品に付された原告使用商標(引用商標)との間で混同が生じるおそれは全くない。
当裁判所の判断
1 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められる。
(1) 原告商品及び原告使用商標 ア 原告は,昭和29年,凝血阻止血行促進剤「ヒルドイド」を発売し,平成2年, 「ヒルドイド」の薬効分類を血行促進・皮膚保湿剤に変更した。その後,原告は,平成8年に血行促進・皮膚保湿剤「ヒルドイドソフト」を,平成13年に血行促進・皮膚保湿剤「ヒルドイドローション」を,平成30年に血行促進・皮膚保湿剤「ヒ ルドイドフォーム」を発売した。原告商品は,ヘパリン類似物質製剤であり,クリーム,ソフト軟膏,ローション又はフォームの剤形の商品である。原告商品はチューブ又は瓶に包装されており,チューブ又は瓶には「ヒルドイド」の標章の下に「Hirudoid」の標章がいずれも横書きで表示されており,これらの原告使用商標は引用商標と実質的に同一であるものと認められる。なお,原告は,引用商標2の出願頃までは原告商品に「Hirudoid」の標章のみを表示していたものと推認される。(甲12,15,16,92) イ 昭和29年当時, 「ヒルド」を語頭に付した名称の医薬品は市場に存在しておらず, 「ヒルド」又は「ヒルド○○」との名称が付された医薬品としては,原告製品の他には扶桑薬品工業株式会社のシンナリジン製剤である「ヒルドシン」が昭和51年から平成11年まで販売されていたものの,それ以降現在に至るまで,ヒルド」 「を語頭に付した名称の医薬品は原告商品のみである。(甲13,46,47) ウ 令和2年2月12日時点において,語頭に「ヒルド」又は「HIRUDO」を付する第5類「薬剤」を指定商品とする商標としては,原告を権利者とする引用商標,「ヒルドイドソフト」及び「HIRUDOIDSOFT」,扶桑薬品工業株式会社を権利者とする「ヒルドシン\HIRDSYN」が登録されているほかは,被告を権利者とする本件商標, 「HIRUDOMILD」「ヒルドソフト」及び「HI ,RUDOSOFT」が登録されているのみである(被告の商標はいずれも平成30年8月8日出願,令和元年9月6日登録) その他, 。 株式会社Stay Freeが,平成30年10月12日に「ヒルドプレミアム」という商標の登録を得ているが,その指定商品は第3類「化粧品」である。(甲14,68) エ エンサイススナップショットデータ(薬価基準ベース)2017年度(平成29年度)版によると,原告商品は,平成29年度には医療用医薬品の年間売上げで19位であった。NDBオープンデータによると,原告商品の平成26年度から平成30年度までの売上げは,それぞれ417億円,464億円,472億円,521億円,482億円で,ヘパリン類似物質含有製剤又は血液凝固阻止剤の中での 市場占有率は,それぞれ,数量で69%,65%,61%,57%,53%(いずれも小数点以下四捨五入。以下同じ。,金額で83%,81%,79%,76%, )73%であった。なお,原告商品は日本全国で流通している。
(甲20,36,52,53) オ 原告は,原告商品について,医学専門雑誌等に原告使用商標を付した原告商品の広告を掲載したり,原告商品のパンフレットなどを病院等の医療機関に配布するなどの広告活動をしており,平成19年10月から令和元年9月までの間,年●●●●●●●●●●●●(1万円未満切捨て)の広告費用を支出した。また,原告は,自社のホームページのうち医療関係者のみが参照することを予定するページにおいて,原告商品の説明を掲載している。なお,ヒルドイド(原告商品)の効能については医師が執筆した多数の医学文献が存在し,原告は,ヒルドイド(原告商品)に「皮脂欠乏症」の効能を追加することに成功したことなどが評価されて「2007年度(平成19年度)第7回ポーター賞」を受賞した。
(甲15〜18,21,23,48,50,51,90,91,乙13の3) カ 原告商品は,アンチエイジングの効果がある又は肌荒れ・乾燥に効果のある保湿クリームとして評判となり,平成26年から平成29年にかけて,原告商品を化粧下地に用いること,夜のスキンケアとして肌に塗り込むこと,美容液・乳液の代わりに使用することなどが複数の女性誌やブログで取り上げられた。
(甲24,25) キ 健康保険組合連合会は,平成29年9月,数年前から美容に関心の高い女性の間で,皮膚科等を受診し「乾燥肌(皮脂欠乏症)」等の訴えにより「ヒルドイド」(各種タイプ,後発品含む)を化粧品代わりに処方してもらうことが流行している可能性が高いことを指摘し,保湿剤の処方における保険適用の範囲を縮小すること等を提言する内容の「政策立案に資するレセプト分析に関する調査研究V」を取りまとめた。(乙19) ク 原告は,平成29年10月18日,ヒルドイドの適正使用に関するお知らせ」 「 と題する文書を公表し,今後とも,原告商品の美容目的での使用を推奨していると受け取られかねない記事に対して,厳しい姿勢で臨むことなどを明らかにした。
(甲29,乙20) ケ NERAエコノミックコンサルティングが,令和3年2月から同年3月までに,乾燥,シミ・シワ,湿疹・かぶれのいずれかの肌の悩みを抱えており,処方された又は市販の皮膚薬(塗り薬)を使用中又は1年以内に使用したことがある人を対象として実施したアンケート調査によると,対象者全体の44%が「ヒルドイド」という言葉から保湿剤を想起し,女性の60%が保湿剤を想起した。また, 「ヒルドイド」から保湿剤を想起した者の92%が原告商品のパッケージをみて,ヒルドイドのパッケージであると回答した。(甲56) (2) その他のヘパリン類似物質含有製剤について ア 日経ウーマンのウェブサイトに掲載された平成30年12月6日付の記事には,『ヒルドイド』で知られる医療用保湿剤の成分,ヘパリン類似物質を配合した 「市販品とコスメが,18年秋に相次いで登場した。」として,「ヒルメナイド油性クリーム」(マツモトキヨシ)「ヒルセリンローション」 , (株式会社コジット)等の商品が紹介されている(甲26の1)。また,平成30年10月頃,上記ヒルメナイド油性クリームは,店頭において, 「ヒルドイドソフト軟膏と同処方」との文字及び原告商品の写真が掲載されたPOPを伴って販売されていたことがある(甲27の1)。
株式会社コジットは,平成30年9月から早くとも令和元年12月まで,同社のホームページにおいて,医薬部外品である「ヒルセリンクリーム」及び「ヒルセリンローション」の説明として,『ヒルドイド』と同様の“ヘパリン類似物質”を配合」 「と記載していた(甲27の3)。株式会社NALCは,平成30年9月から早くとも令和元年12月まで,同社のホームページにおいて, 「あのヒルドイドと同じ有効成分配分の最強保湿乳液‘NALC薬用ヘパリンミルクローション’がこの秋,NALCより誕生!」などと記載した(甲27の4)。その他,令和元年9月,同年12月及び令和2年2月において,オンラインショップが,ヘパリン類似物質が配合さ れた医薬部外品や市販薬(いずれも原告商品ではないもの)について「ヒルドイド」「ヒルドイドと同じ有効成分」「ヒルドイドのジェネリック」「ヒルドイドで有名な『ヘパリン類似物質』を配合」などと記載して販売している例が多数みられる(甲27の5,甲30,31)。
イ 「ヒルドプレミアム」について 株式会社Stay Freeが, 「ヒルドプレミアム」というヘパリン類似物質配合の医薬部外品の化粧品として,クリーム及びローションを販売しているが,令和3年3月から同年6月にかけて確認された,同商品が販売されているオンラインショップの購入者のレビューやSNSの書き込みの中には,「ヒルドイドにプレミアムってあるんですね」「ヒルドイドの市販品」「ヒルドイドが効くという事で・・ , ,こちらの商品を注文」というように原告商品そのもの又はその市販品であるものと誤解しているものが複数あり,原告商品と混同して「ヒルドイドプレミアム」と呼んでいるものや, 「ヒルドイドかと思ったら・・」 「ちがってました。」と原告商品と誤解して購入した旨の記載,商品名とパッケージが原告商品に似ている旨の記載などがみられる。(甲71〜83) ウ 原告は,平成31年1月から令和3年2月にかけて,取引先の病院・クリニック等から,ヒルドプレミアムについて, 「ネット見るとヒルドイドのすごいいいやつという感じだよ」「あまりにもそっくりなためマルホがOTC出したのかと思っ ,て患者さんと驚いていた」,処方薬(原告商品)がなくなったので「ヒルドイドプレミアムというヒルドイドソフト軟膏とそっくりな物を購入してみた」という患者に「OTCで多くの類似商品が販売されている」と伝えた,ヒルメナイドについて,「マルホがやっと出したかと思った」「名前もヒルドイドと似ているのでマルホと ,して対策はできないのか」などと言われた。(甲32,38,44) エ 「ヒルマイルド」について (ア) 被告は,令和2年6月29日,ヘパリン類似物質を0.3%配合する一般用医薬品である乾燥肌治療薬「ヒルマイルド」 (ヒルマイルドクリーム及びヒルマイル ドローション。以下併せて「ヒルマイルド」という。)の販売を開始し,同年9月12日,テレビCMの放映を開始した。(甲39の1・2) (イ) ヒルマイルドの販売開始時, 「あのヒルドイドが店頭で新発売!」と記載したPOPを使用したドラッグストアがある。また,原告は,数十件の取引先の病院・クリニック等から,ヒルマイルドが原告の商品であることを前提とした質問を受けたり,ヒルマイルドに原告が関与しているのかと質問を受けるなどした。(甲41,43) (ウ) 原告は,大阪地方裁判所に対し,被告を相手方として,商標法36条1項・2項及び不正競争防止法3条1項・2項に基づきヒルマイルドの販売等の差止めを求める仮処分の申立てをしたが,同裁判所は,令和3年7月9日,ヒルマイルドの標章と引用商標は類似しないと判断して,同申立てを却下した。(乙10) (エ) 上記(ウ)の仮処分の申立てに関するウェブニュースに対する読者コメント(全1845件)をみると,ヒルマイルドについて,原告商品と同じ又は原告商品が薬局で買えるようになったものと認識していた旨の記載が複数あり,その他にも原告商品と商品名やパッケージが似ている旨の記載を加えると,全体の56%が原告商品とヒルマイルドが似ているという趣旨のものであり,似ていないという趣旨のコメントは全体の2%であった。(甲83,84) (3) 一般に,医薬品メーカーが,医療用医薬品のうち一定の要件を満たしたものについて販売許可を得て,医療用医薬品と有効成分や用法・容量が同じまま市販薬として販売することがあり,これらの医薬品をスイッチOTC薬といい,例えば,ロキソニンS,アレグラFXなどがある。(甲64,65) (4) 医療分野では,医薬品の名称が似ていることによる取り違え事故が後を絶たないとされており,複数の医薬品メーカーが医療関係者に対する注意喚起をしている。薬剤(処方薬)のオーダリングシステムにおいて,頭3文字を入力して検索することで,別の商品名の薬と間違える割合が有意に減少した。(甲7〜10,60,62) (5) 「マイルド」という言葉は, 「物事の程度や人の性質・態度などが穏やかなさま。」 「刺激の少ないさま。 などを意味する単語として一般的な国語辞典に掲載され 」ており,日常的に使用される単語である。特に,薬剤の分野においては,ステロイド外用薬の強さを5段階で表した場合に「ウィーク(weak)」に次いで弱いことを意味するものとして使用されたり,「効き目がマイルド」「マイルドな作用」などと薬効や作用が弱いことを表したり,目薬の差し心地が優しいこと,洗眼薬が瞳にしみないこと,飲み口が良いことなど薬を用いる際の刺激が弱いことを表す単語と認識されている。例えば, 「ロート アルガード クリアマイルド」「スマイル40EX ,ゴールドマイルド」「アイボンマイルド」など,薬効や刺激の弱い薬剤を表すもの ,として,ブランド名とともに商品名に用いられている。(甲4〜6,58,59) 2 商標の類否について 商標の類否は,対比される両商標が同一又は類似の商品に使用された場合に,商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが,それには,そのような商品に使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべきであり,かつ,その商品の取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断するのが相当である(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照)。
また,複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて,商標の構成部分の一部が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合等,商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない場合には,その構成部分の一部を抽出し,当該部分だけを他人の商標と比較して商標の類否を判断することも許されるというべきである(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号 1621頁,最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁,最高裁平成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民事228号561頁)。
3 本件商標及び引用商標 (1) 本件商標について ア 本件商標は,ヒルドマイルド」 「 の7文字の標準文字で表してなるものであり,「ヒルドマイルド」の称呼が生じるものである。
ところで,本件商標が7文字からなるものでその一部のみを観察することも想定可能な程度の長さを有していること,その構成中の「マイルド」の文字部分は,前記1(5)のとおり,「物事の程度や人の性質・態度などが穏やかなさま。「刺激の少 」ないさま。 などを意味する単語として日常的に使用されており, 」 ひとまとまりの語句として強く認識され得るものであることからすると,本件商標は, 「ヒルド」の構成部分と「マイルド」の構成部分からなる結合商標であるとみることができる。
そして, 「ヒルド」の構成部分は,辞書等に採録された既成語ではなく一種の造語と理解され,前記1(1)のとおり,長期間にわたって原告商品の外には薬剤の名称には使用されておらず,薬剤の名称としてありふれたものではないことからしても,需要者に対し,商品の出所識別標識として強い印象を与えるといえる。これに対し,「マイルド」の構成部分は,前記1(5)のとおり,薬剤の分野においては,薬の効果や刺激が弱いことを意味するものとして薬のブランド名等とともに商品名に用いられることが相当程度にある語句であるから,指定商品である薬剤との関係において,自他識別機能は極めて弱いというべきであり, 「マイルド」の構成部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じるとはいえない。
そうすると,本件商標については, 「ヒルド」の文字のみを抽出し,この部分だけを引用商標と比較して類否を判断することも許されるというべきである。
イ したがって,本件商標については,ヒルドマイルド」 「 の外観及び称呼のほか,「ヒルド」の外観及び称呼が生じるものとして引用商標と比較することが相当であ る。なお, 「ヒルド」は辞書等に採録された既成語ではなく,特定の意味合いを有しない一種の造語と理解され,本件商標からは特定の観念を生じないというべきである。もっとも,上記1(5)からすれば,「ヒルドマイルド」が薬剤に使用された場合には,「薬効又は刺激が弱い『ヒルド』」という観念が生じ得ると認めるのが相当である。
(2) 引用商標について ア 引用商標1は, 「Hirudoid」の8文字のアルファベットからなるものであり, 「ヒルドイド」の称呼を生じる。辞書等に採録された既成語ではなく,特定の意味合いを有しない一種の造語と理解され,特定の観念を生じない。
イ 引用商標2は,「ヒルドイド」の5文字の片仮名からなるもので,「ヒルドイド」の称呼を生じる。辞書等に採録された既成語ではなく,特定の意味合いを有しない一種の造語と理解され,特定の観念を生じない。
4 本件商標と引用商標2の類否 所論に照らし,本件商標と引用商標2の類否について検討する。
(1) 本件商標の指定商品は「薬剤」であり,引用商標2の指定商品は「薬剤」を含むものであって,その指定商品は同一である。
(2)ア 本件商標は,その7文字中,4文字目の「マ」,6文字目の「ル」を除く「ヒルド」「イ」「ド」の5文字が引用商標2と共通し,その並び順も同じである。
次に,称呼についてみると,本件商標と引用商標2は, 「ヒルド」 「イ」 「ド」の5つの構成音が共通し,その並び順も同じであり,本件商標の方が引用商標2よりも「マ」と「ル」の2音多いものの,印象の強い語頭の3音と語尾の1音が同じである。そして,前記3(1)のとおり,本件商標は,薬剤に使用された場合,「薬効又は刺激が弱いヒルド」を連想させるものである。
イ 本件商標の「ヒルド」の構成部分と引用商標2を比較すると,その3文字全てが引用商標2の冒頭3文字と共通し,その3つの構成音全てと引用商標2の語頭の3つの構成音が共通する。
「ヒルド」及び引用商標2はいずれも特定の意味を有し ない造語であり,それ自体から特定の観念は生じない。
(3) 原告商品は医療用医薬品であるものの,その需要者は医療関係者に限られるものではなく,その最終需要者は患者である上に,前記1(2)のように,記事やオンラインショップ等で,市販品であるヘパリン類似物質含有製剤について 『ヒルドイ 「ド』で知られる医療用保湿剤の成分」を配合している旨の説明がされるほどに「ヒルドイド」が市販品である保湿剤の購入者に知られていたと推認されることからしても,原告使用商標が表示された原告商品の需要者には,医師等医療関係者のみならず患者も含まれるというべきである。本件商標の付された商品は存在しないものの,仮に被告が主張するように医療用医薬品のみに使用されるものであったとしても上記需要者の認定を左右しない。
その上で,取引の実情について検討するに,前記1(1)及び(2)のとおり,引用商標1を表示した原告商品が60年以上にわたり販売され,そのうち約40年は引用商標2も併せて表示されていること,原告が原告商品について一定の宣伝活動を継続していること,平成29年度には原告商品が医療用医薬品の年間売上げで19位となるなど非常に高い売上げを有していること,平成26年度から平成30年度までの間のヘパリン類似物質含有製剤又は血液凝固阻止剤の分野における原告商品の売上占有率は,徐々に減少しているものの全期間を通じて金額にして7割,数量にしても5割を超えていたこと,平成29年頃には,アンチエイジングの効果がある又は肌荒れ・乾燥に効果のある保湿クリームとして女性誌等でも取り上げられ,美容目的で処方を受ける例があることが疑われるなどとして問題視されるまでになっていたこと,原告が適正な処方をするよう注意喚起した後に,原告商品と同じヘパリン類似物質を配合した市販品(医薬品又は医薬部外品)が複数販売されるようになり,製造者や販売店が, 「ヒルドイドで有名な『ヘパリン類似物質』を配合」などと説明するなどしていたこと及び令和3年2月から同年3月に実施されたアンケートによると乾燥肌等に対する皮膚薬を使用又は1年以内に使用した者の44%が「ヒルドイド」を保湿剤であると認識していたことからすると,平成29年頃まで には,需要者の相当割合の者が,「ヒルドイド」という造語から,「ヘパリン類似物質を配合した保湿剤」である原告商品を想起するものと認められ,長期間をかけて形成されたこの状況は,本件商標の出願日及び本件査定日においても継続していたものと認めるのが相当である。
また,昭和51年から平成11年まで販売されていた「ヒルドシン」を除けば,語頭に「ヒルド」が付された薬剤は原告商品のみであったこと,原告が原告商品について適正な処方をするよう注意喚起した後に,原告商品と同じヘパリン類似物質を配合した市販品(医薬品又は医薬部外品)が複数販売されるようになり,そのうち医薬部外品の一つは語頭に「ヒルド」を用いており,一部の購入者が原告商品の市販品であると誤解して購入するなどしていたこと等に照らすと,本件商標の出願日及び本件査定日時点において,需要者の間では,「ヒルド」は,「ヒルドイド」を意味する単語として認識されていたと認めるのが相当であるから, 「ヒルド」と引用商標2は,いずれも「ヘパリン類似物質を配合した保湿剤であるヒルドイド」を想起させるということができ,観念を共通とするものと認められる。
(4) 被告の主張について 被告は, 「○○」と「○○マイルド」の両方が商標登録されている例が複数ある旨指摘するが,これらの登録例は,同一権利者による商標出願に係るものか,「○○」の部分が「クリア」「ハロー」「サン」など日常的に使用されている特定の意味を有する単語であるなどしていて(乙1),本件とは事案が異なる。また,「ウフェナ」の文字を標準文字で表してなる商標が, 「ウフェナマイルド」の文字と「UFENAMILD」の文字を上下二段に表してなる構成の引用商標と類似しないと判断した審決例(乙2)があるが,当該引用商標の構成が本件商標及び本件の引用商標とは異なる上,同審決においては取引の実情が考慮されていないなど本件とは事案が異なるものである。
次に,被告は,語頭に「ヒルド」を付す名称の薬剤は原告商品のみではない旨主張するが, 「ヒルド」を語頭に付した名称の商品が原告商品の他に複数販売されてい る状況が長期間にわたり継続するなどして「ヒルド」の構成部分の出所識別機能が失われたとまで認めるべき事情はないから,これらの商品の存在は,本件商標と引用商標2の類否の判断に影響しない。
(5) 上記を総合すると,本件商標と引用商標2は,指定商品が同一で,外観,観念,称呼に共通している部分があり,同一又は類似の商品に使用された場合に,商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるというほかないから,両商標は類似すると認めるのが相当である。
5 以上のとおり,本件商標は,その商標登録出願の日前の商標登録出願に係る他人の登録商標である引用商標2と類似するもので,引用商標2の指定商品と同一又は類似する商品を指定商品とするものであるから,商標法4条1項11号に該当し,登録することができない。原告の主張する取消事由1は理由がある。
そうすると,その余の点につき判断するまでもなく,本件審決は取消しを免れない。
結論
以上のとおり,原告の請求は理由があるから,本件審決を取り消すこととして,主文のとおり判決する。
追加
別紙(引用商標)1登録第459931号商標商標の構成:「Hirudoid」登録出願日:昭和29年5月12日設定登録日:昭和30年2月10日書換登録日:平成17年10月19日指定商品:第5類「薬剤(蚊取線香その他の蚊駆除用の薫料・日本薬局方の薬用せっけん・薬用酒を除く。,キナ塩,モルヒネ,チンキ剤,シロップ剤,)煎剤,水剤,浸剤,丸薬,膏薬,散薬,錠薬,煉薬,生薬,薬油,石灰,硫黄(薬剤),鉱水,打粉,もぐさ,黒焼き,防腐剤,防臭剤(身体用のものを除く。,駆虫剤,ばんそうこう,包帯,綿紗,綿撤糸,脱脂綿,医療用海綿,)オブラート」2登録第1647949号商標商標の構成:「ヒルドイド」登録出願日:昭和56年1月30日設定登録日:昭和59年1月26日書換登録日:平成16年11月4日指定商品:第5類「薬剤,医療用油紙,衛生マスク,オブラート,ガーゼ,カプセル,眼帯,耳帯,生理帯,生理用タンポン,生理用ナプキン,生理用パンティ,脱脂綿,ばんそうこう,包帯,包帯液,胸当てパッド」並びに第1類及び第10類に属する商標登録原簿に記載のとおりの商品以上
裁判長裁判官 本多知成
裁判官 浅井憲
裁判官 勝又来未子