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関連審決 取消2019-300766
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事件 令和 3年 (行ケ) 10076号 審決取消請求事件

原告X
同訴訟代理人弁護士 寒河江孝允
被告Y
同訴訟代理人弁理士 小菅一弘 林栄二
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2022/02/09
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が取消2019-300766号事件について令和3年5月10日にした審決を取り消す。
事案の概要
本件は,商標法50条1項に基づく商標登録取消審判請求に対する取消審決に対する取消訴訟である。争点は,別紙商標登録目録記載の商標(以下「本件商標」といい,本件商標に係る商標登録を「本件商標登録」という。)の商標権者である原告が,後記本件要証期間内に,本件商標に係る指定商品(以下「本件指定商品」という。)について,本件商標を使用したか否かである。
1 本件商標登録 原告は,本件商標の商標権者である(甲2,44)。
2 特許庁における手続の経緯等 被告は,令和元年10月2日,特許庁に対し,本件商標登録の取消しを求めて審判請求(以下「本件審判請求」という。)をした。特許庁は,本件審判請求を令和元年10月18日に登録し(甲44),取消2019-300766号事件として審理をした上,令和3年5月10日,本件商標登録を取り消す旨の審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月20日,原告に送達された。
本件商標登録について,商標法50条2項に規定する「審判の請求の登録前3年以内」は,平成28年10月18日から令和元年10月17日までの期間(以下「本件要証期間」という。)となる。
3 本件審決の理由の要旨 (1) 甲8,10,12,14,16,18,20,22,24,26並びに36の1及び2の各書籍(以下「本件各書籍」という。)並びに甲9,11,13,15,17,19,21,23,25,27,34及び37の各ウェブサイト(以下「本件各ウェブサイト」という。)について 原告は,自らが著した本件各書籍及び本件各ウェブサイトに,「知本主義」の文字を用いており,このことが,本件指定商品についての本件商標の使用に該当する旨主張するので,以下検討する。
ア 本件各書籍のうち,甲8の書籍(以下「甲8書籍」という。)には,「知本主義」の文字が,帯,裏表紙及び文章中に記載されており,それらの中には,当該文字がかぎ括弧内に表記された態様のものも存在する。また,甲8書籍に関する甲9,31及び32の各ウェブサイトにも,当該文字を含むものが存在する。
しかしながら,一般に,商品「書籍」の出所を表示するのは,出版社の商号ハウスマーク等であって,甲8書籍及びこれに関する各ウェブサイトにおいては,「廣済堂出版」の文字がこれに該当する。
そして,甲8書籍及びこれに関する各ウェブサイトにおける「知本主義」の文字は,その前後の文字と組み合わされて著者の主張を表すものとして記載されており, 当該文字は,これがかぎ括弧内に表記されるとしても,取引者,需要者は,当該書籍の副題,記載内容又は宣伝文句の一部としてこれを認識するにとどまるといえ,「知本主義」の文字部分が,商品「書籍」について出所を表示し,自他商品識別のための機能を果たすものと認識することはないとみるのが相当である。
したがって,甲8書籍並びにこれに関する甲9,31及び32の各ウェブサイトに表示された「知本主義」の表示をもって,本件商標を商品「書籍」に使用したものと認めることはできない。
イ 甲8書籍以外の本件各書籍には,「知本主義」の文字が,文章中及び前書き等に記載されており,それらの中にも,当該文字がかぎ括弧内に表記された態様のものが存在し,また,当該各書籍に関する各ウェブサイトにも,当該文字を含むものが存在する。
しかしながら,当該各書籍及びそれらの各ウェブサイトについても,上記アと同様に「知本主義」の表示をもって,本件商標を商品「書籍」に使用したものと認めることはできない。
ウ よって,本件各書籍及び本件各ウェブサイトに表示された「知本主義」の文字は,商品「書籍」について出所を表示し,自他商品識別のための機能を果たすものと認識されることはないものとみるのが相当であるから,本件商標を商品「書籍」に使用したものと認めることはできない。
(2) 甲28の会報(以下「甲28会報」という。)及び原告のファンクラブ「X会(以下「本件団体」という。)の会報誌(以下「本件会報」という。)について 原告は,本件会報は「知本主義」の表題の雑誌であって,これが本件要証期間内に広く有償で購入可能なものであった旨主張するので,以下検討する。
ア 使用商標と本件商標との社会通念上同一性について 甲28会報の1頁の上段の長方形の枠内(以下「本件枠内」という。)には,「賢主主義と知本主義」の文字が表されているところ,「知本主義」の文字が「賢 主主義と」の文字よりも大きく表されているとしても,両者は特段の間隔を空けることなく配されており,しかも,両者を併せた文字が一体の日本語として特段の不自然さをもたないことから,甲28会報に接した取引者,需要者は,「賢主主義と知本主義」の文字(以下「使用商標」という。)をその題号として認識するというべきである。
そうすると,使用商標は,甲28会報の題号として,その構成文字全体が一体のものとして認識されるというのが相当である。
そして,「賢主主義と知本主義」の文字からなる使用商標と「知本主義」の文字からなる本件商標とは,その構成文字が明らかに異なるから,使用商標は,本件商標と社会通念上同一の商標と認めることができない。
イ 使用者及び使用時期について 甲28会報の1頁の本件枠内には,「X会 会報」という本件団体の会報であることを示す文字が表示されているところ,当該会報の発行者が本件商標の商標権者であることは確認できず,また,甲28会報の発行日を示すと思われる「令和元年12月23日」は,本件要証期間内ではない。
ウ 本件会報が広く有償で購入可能なものであったか否かについて 甲28会報の記載によれば,甲28会報の内容は,原告の発明の紹介や本件団体が主催する会合の告知等であり,その会合の目的も,専ら原告との交流を楽しむことにあるといえることからすると,本件団体の目的は,原告の考えに賛同する者が集まり原告を支援することにあると認められる。
そして,本件団体の会員数,本件会報の発行部数,本件会報の価格,本件会報の印刷ないし出版者及び本件会報の配布ないし販売の事実等を裏付ける客観的な証拠の提出はない。
そうすると,甲28会報以外に本件会報が存在するとしても,それが有償で購入可能であったことや一般人に販売されたことを原告の提出に係る証拠から把握することはできない。
エ 本件会報が商標法50条の「商品」であるか否かについて 商標法50条における「商品」といえるためには,市場において独立して商取引の対象として流通に供される物であることを要する。
しかしながら,甲28会報は,その体裁が4頁のパンフレット状のものにすぎず,また,その内容も,前記ウのとおり,原告の発明の紹介や団体が主催する会合の告知等であって,原告の個人的色彩が極めて強いものであり,さらに,本件会報が有償で購入可能であったことや一般人に販売されたことを把握することはできない。
そうすると,本件会報が,市場において独立して商取引の対象として流通に供された物とは認められない。
オ 小括 したがって,甲28からは,本件要証期間内に,本件商標(社会通念上同一と認められるものを含む。)が本件指定商品中のいずれかの商品について使用されたものと認めることはできない。
(3) 甲29及び甲30について 甲29は,本件要証期間内に係るものではなく,また,甲30は,その作成日又は印刷日も明らかでないから,いずれも本件要証期間内のものと認めることはできない。
また,甲29及び30は,「知本主義」の文字が,その前後の文字と組み合わされて,著者の主張や歌のタイトル又は歌詞の一部を表すものとして記載されており,取引者,需要者は,当該文字をそのように認識するにとどまるといえる。よって,たとえ,甲29及び30が本件指定商品中のいずれかに該当する商品に係るものであるとしても,取引者,需要者は,「知本主義」の文字部分が,その商品について出所を表示し,自他商品識別のための機能を果たすものと認識することはないとみるのが相当である。
したがって,これらの証拠をもって,本件商標が本件要証期間内に本件指定商品について使用されたものと認めることはできない。
(4) 小括 上記のとおり,本件要証期間内に,本件商標(社会通念上同一と認められるものを含む。)が本件指定商品について使用されたものと認めることはできない。
その他,原告の提出に係る証拠をみても,本件要証期間内に,本件商標(社会通念上同一と認められるものを含む。)が本件指定商品中のいずれかの商品について使用されたことを認めるに足る証拠は見いだせない。
原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(本件商標の使用)について 原告は,以下のとおり,本件要証期間内に本件指定商品について本件商標を使用したものである(商標法2条3項2号又は同項8号)。
(1) 原告は,本件各書籍において,本件商標を使用した。
ア(ア) 甲8書籍の帯には,大きな文字で「知本主義の時代を生きろ」と明記されている。また,甲8書籍の173頁には,特別の表記で「知本主義」と記載されている。これらにより,甲8書籍の出所が原告であることが明確にされている。
なお,書籍の帯における記載は,それ自体,商標の使用であるし,また,甲8書籍の帯は,透明なものであって,当該帯における記載は,表紙における記載と同視できるところ,書籍の表紙における記載は,商標の使用である。
仮に,甲8書籍の出所が廣済堂出版社であるとしても,原告は,同社に対して本件商標の使用を許諾しているから,甲8書籍については,通常使用権者が本件商標を使用しているといえる。
(イ) 甲10の書籍の185頁及び230頁には,タイトルとしてゴシック体で強調された「知本主義」との記載がある。これらは,同書籍の出所が原告であることを明確にしている。
(ウ) 甲12の書籍の226頁には,大きな文字で「「資本主義」から「知本主義」へ」と明記され,同227頁には,「私は「資本主義」にかわる新しいパラダイムとして「知本主義」を提案したい。」と記載されている。これらは,同書籍の 出所が原告であることを明確にしている。
(エ) 甲14の書籍 甲14の書籍の202頁には,「資本主義に代わって「知本主義」を」と記載されている。これにより,同書籍の出所が原告であることが分かる。
(オ) 甲16及び甲20の各書籍 甲16及び甲20の各書籍の各230頁には,「資本主義にかわる知本主義」との表題や「というのが私の唱える「知本主義」です。」との記載があり,これらは,同書籍の出所が原告であることを明確にしている。
なお,甲20の書籍の発行者は原告であり,発行所は原告が代表取締役を務めるA株式会社である。
(カ) 甲18の書籍 甲18の書籍の138頁には,「知本主義と太陽内閣」との記載があり,これにより,同書籍の出所が原告であることが明らかにされている。
(キ) 甲22の書籍 甲22の書籍の191頁には,特別の表記で「知本主義」との記載があり,これは,同書籍の出所が原告であることを明確にしている。
なお,甲22の書籍の発行者は原告であり,発行所は上記A株式会社である。
(ク) 甲24の書籍 甲24の書籍の163頁には,「資本主義から「知本主義」の時代へ」との記載及び「インテリジェンスを財産にする考え方を創案し,これを私は「知本主義」と命名しました。」との記載がある。これらは,同書籍の出所が原告であることを明確にしている。
(ケ) 甲26の書籍 甲26の書籍の98〜99頁には,「資本主義ではなくて「知本主義」」との記載がある。これは,同書籍の出所が原告であることを明確にしている。
(コ) 甲36の1及び2の書籍 甲36の1及び2の書籍には,「資本主義社会は「知本主義」へ」との記載がある。これは,需要者に対し,同書籍が本件商標の書籍群であると認識させるものである。
なお,同書籍の発行者は原告であり,発行所は上記A株式会社である。
イ 「知本主義」の語は,辞書にも記載のないユニークな「知本」と広く思想主張等の立場を表す「主義」を組み合わせたものであって,これが書籍に付された場合,知本の主義主張に関する分野事項の書籍であることを取引者及び需要者に想起させ,他の書籍との違いを明確化できるとの識別効果が得られる。
ウ また,そもそも,商標法50条所定の「使用」といえるためには,登録商標がその指定商品又は指定役務について何らかの態様で使用されていれば足り,出所表示機能を果たす態様の使用に限定されるものではないと解すべきであるから,仮に本件各書籍における「知本主義」の記載が商品の出所識別機能を果たさないとしても,同条の「使用」に該当するというべきである。
(2) 原告は,甲28会報において,本件商標を使用した。
甲28会報には,タイトルとして太字で「知本主義」と記載されている。甲28会報は,毎月発行される月刊誌であり,26年以上にわたって,有償で全国的に配布されている。
なお,甲28会報の題号は,文字の大きさに照らし,「賢主主義と知本主義」ではなく「知本主義」と解すべきである。
また,甲28会報は,市場において独立して商取引の対象となる商品である。
(3) 原告は,甲29の選挙公報において,本件商標を使用した。
甲29は,原告が東京都知事選挙に立候補した際の選挙公報であり,「知本主義」との記載がある。これは,本件商標を多数の人々に認識させる広告である。
(4) 原告は,甲30の社歌において,本件商標を使用した。
甲30は,原告が昭和32年に設立した株式会社Bの社歌(原告作)であり,「知本主義」との歌詞が用いられている。同社歌は,過去62年間にわたって歌わ れ続けている。これは,本件商標を多数の人々に認識させる広告である。
(5) 原告は,甲34のウェブサイトにおいて,本件商標を使用した。
同ウェブサイトは,原告が代表取締役を務める株式会社Bが運営するものである。
同ウェブサイトにおいては,「知本主義」との記載のある書籍を販売及び広告のために掲載している。
(6) 原告は,甲37のウェブサイトにおいて,本件商標を使用した。
同ウェブサイトは,上記株式会社Bが運営するものである。同ウェブサイトの広告文に記載された「知本主義」は,広告に係る書籍が知本の主義主張に関する分野事項の書籍であることを取引者及び需要者に容易に想起させる。
2 取消事由2(権利の濫用)について(1) 被告は,弁理士である。
(2) 被告は,令和元年8月26日,指定商品及び指定役務を第16類「文房具類,印刷物,紙類,書画,写真,写真立て」等の多数の商品及び役務として本件商標と同一の商標につき商標登録出願(以下「被告出願」という。)をしたところ,本件商標登録が存在するため,令和2年9月17日付けで,商標法4条1項11号を理由に拒絶理由通知を受けた。本件審判請求は,上記拒絶理由の解消を目的としてされたものである。
(3) 被告が被告出願をした目的は,弁理士として,第35類「知的所有権に関する調査,分析等」,第36類「知的所有権の評価,情報提供等」,第41類「知的財産権の鑑定に関する知識の教授等」,第45類「工業所有権に関する手続の代理,鑑定業務,知的所有権に関する助言,指導等」等の指定役務につき商標権を取得することであると解されるところ,本件審判請求は,弁理士としての被告の本来の業務の範囲を超えて,被告出願に係る指定商品及び指定役務のうちのほんのわずかな部分(第16類「印刷物」)に類似する指定商品(本件指定商品)につき本件商標登録の取消しを求めるものである。
(4) 以上によれば,本件審判請求は,許される限度を超えたものであり,権利 の濫用に該当して不適法なものであるから,これを認容した本件審決は,違法である。
被告の主張
1 取消事由1(本件商標の使用)について 以下のとおり,原告は,本件要証期間内に本件指定商品について本件商標を使用しなかったものである。
(1) 本件各書籍について ア 商標法50条にいう「使用」とは,商品の出所を表示し,自他商品識別のための機能を果たすものでなければならないところ,本件各書籍に記載された「知本主義」の文字は,商品の出所を表示し,自他商品識別のための機能を果たすものではないから,本件商標の使用に当たらない。
なお,「本件各書籍に記載された「知本主義」の文字が知本の主義主張に関する分野事項の書籍であることを取引者及び需要者に容易に想起させる」との原告の主張は,「知本主義」の文字が書籍の記載内容を表示するものにすぎず,同文字が商標としての上記機能を果たすものでないことを自認するものである。
イ 原告は,本件各書籍の著者にすぎず,これらの書籍の発行者ではないし(なお,「文章の執筆」は,第41類に区分される役務である。),当該発行者が原告から専用使用権又は通常使用権の設定を受けた者であるとの立証もないから,本件各書籍に「知本主義」との記載があっても,それは,本件指定商品についての本件商標の使用ではない。
ウ 本件各書籍にみられる「知本主義」を含む記載は,「知本主義」の前後に他の文字を一連のものとして伴い,当該他の文字と合わさって特定の意味合いを表し,読まれるものであるから,これらの記載は,社会通念上も,本件商標と同一ではない。
エ 「知本主義」の文字が書籍の帯や表紙に記載されているからといって,そのことから直ちに,これが本件商標の使用であるということはできない。
オ 本件各書籍に「知本主義」等の記載がされたのは,本件要証期間内のことではない。
(2) 甲28会報について ア 甲28会報には,出版元や価格が記載されておらず,これが原告のファンクラブの会員という特定の者に配布される印刷物であることを踏まえると,甲28会報は,不特定多数の者との独立した商取引の対象とされる商品としての「雑誌」に該当するとはいえない。
イ 甲28会報に記載されているのは「賢主主義と知本主義」であり,これは,本件商標と外観,称呼及び観念のいずれにおいても,社会通念上同一であるとはいえない。
ウ 甲28会報に上記記載がされたのは,本件要証期間内のことではない。
(3) 甲29の選挙公報について ア 杉並区選挙管理委員会が作成したとされる甲29の選挙公報は,商取引の対象とされる商品としての「新聞」,「雑誌」若しくは「書籍」又はこれらに係る広告,取引書類等のいずれにも該当しないし,また,「知本主義」の文字の使用者が原告であるということもできない。
イ 甲29の選挙公報に記載されている文字は,「資本主義(拝金主義)から知本主義へ」であって,本件商標とは外観,称呼及び観念のいずれにおいても,社会通念上同一であるとはいえない。
ウ 甲29の選挙公報に上記記載がされたのは,本件要証期間内のことではない。
(4) 甲30の社歌について ア 「知本主義」との歌詞を歌唱しても,文字をもって構成される商標の使用には当たらない。
イ 社歌が記載された甲30の書面をみても,それが本件指定商品やそれに係る広告,取引書類等に該当するとはいえない。
(5) 甲37のウェブサイトについて 「知本主義」の文字を含む甲37のウェブサイトに記載された広告文に触れた取引者及び需要者は,当該広告文の全体を書籍の記載内容を紹介するためのメッセージ(当該書籍の副題,記載内容又は宣伝文句)であると認識するのであって,その中の「知本主義」の文字が書籍の出所を表示し,自他商品識別のための機能を果たすものであると認識することはないから,同ウェブサイトにおける上記記載は,本件商標の使用ではない。
2 取消事由2(権利の濫用)について (1) 一般に,自己の商標登録出願に係る拒絶理由通知に引用された他人の登録商標に対し,不使用取消審判請求により当該商標登録の取消しを請求し,拒絶理由の解消を図ることは,拒絶理由通知に対する対応として普通に行われていることである。これは,当該商標登録の取消しを求める指定商品又は指定役務が自己の商標登録出願に係る指定商品又は指定役務の一部であるか全部であるかにより変わるものではない。
(2) 被告は,弁理士ではあるが,弁理士として本件審判請求をしたものではない。また,本件指定商品の中には知的財産権に関するものも含まれており,これらは,弁理士の業務に関連するものである。
(3) 原告の主張は,不使用取消審判の請求人適格を「利害関係人」から「何人」に改正した商標法の趣旨を無視するものである。
(4) 以上によれば,本件審判請求が権利の濫用に該当し,不適法なものであるということはできない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件商標の使用)について(1) 商標法50条にいう「登録商標の使用」について 商標法上,商標の本質的機能は,自他商品又は役務の識別機能にあると解するのが相当であるから(同法3条参照),同法50条にいう「登録商標の使用」というためには,当該登録商標が商品又は役務の出所を表示し,自他商品又は役務を識別 するものと取引者及び需要者において認識し得る態様で使用されることを要すると解するのが相当である。
この点に関し,原告は,上記「登録商標の使用」といえるためには,当該登録商標がその指定商品又は指定役務について何らかの態様で使用されていれば足りる旨主張するが,上記のとおりの商標の本質的機能に照らし,採用することができない。
(2) 本件各書籍について 証拠(甲8,10,12,14,16,18,20,22,24,26,36の1及び2)によれば,本件各書籍(表紙,裏表紙,書籍に付された帯等も含む。)には,「知本主義の時代を生きろ」,「私は資本主義ではなく「知本主義」時代が到来すると思う。」,「資本主義に代わる知本主義」,「「資本主義」から「知本主義」へ」など,「知本主義」の文字を用いた表現が一定程度記載されているものと認められる。
しかしながら,原告が「知本」の語につき辞書にも記載がないと主張するとおり,「知本主義」の語の観念は不明確であり,「主義」との語尾から何らかの主義主張を指すことがうかがわれるのみである。そうすると,上記のとおり本件各書籍において「知本主義」の文字を用いた表現が一定程度記載されていることや,本件各書籍が通信販売サイト等において宣伝されていること(甲9,11,13,15,17,19,21,23,25,27,37)を考慮しても,「知本主義」の文字又はこれを含む表現に触れた取引者及び需要者は,これらの文字等を書籍の副題の一部,記載内容,宣伝文句,著者の主張等であると認識するにとどまり,これらの文字等が当該書籍に係る自他商品識別機能を果たすと認識するとは考え難い(これは,「知本主義」の文字が鍵括弧でくくられている場合であっても変わるところではない。)。なお,この点に関し,原告も,「知本主義」の文字等が書籍に付された場合,「知本」の主義主張に関する分野ないし事項の書籍であることを取引者及び需要者に想起させる旨主張しているところである。
したがって,本件各書籍における「知本主義」の文字の記載は,商標法50条に いう「登録商標の使用」に該当しない。
(3) 甲28会報について ア 証拠(甲28)によれば,甲28会報には,「賢主主義と知本主義」との表題が付され,「X会のうた」として,「いっぱい 知本主義」との記載がされ,「「知本主義」を実践するX会12月例会」なる会合の告知がされているものと認められるが,甲28の記載やその他の証拠によっても,甲28会報が市場における独立した商取引の対象たる商品であると認めることはできないから,甲28会報における上記表題等の記載をもって,本件商標が商品について使用されたということはできない。
イ 証拠(甲28)によれば,甲28会報には,「令和元年12月23日」との日付の記載があるものと認められ,その他,甲28会報が本件要証期間内に発行されたものと認めるに足りる証拠はない。
ウ 以上のとおりであるから,甲28会報における上記アの記載をもって,原告又は本件商標の専用使用権者若しくは通常使用権者(以下「原告ら」という。)が本件要証期間内に本件指定商品について本件商標を使用したと認めることはできない。
(4) 甲29の選挙公報について 証拠(甲29)によれば,甲29は,東京都選挙管理委員会が平成11年4月11日執行の東京都知事選挙に際して発行した選挙公報(原告に係るもの)であり,「資本主義(拝金主義)から知本主義へ」との記載がされているものと認められる。
しかしながら,一般に選挙公報が「新聞」,「雑誌」若しくは「書籍」又はこれらに係る広告等に該当しないことは明らかである。また,上記認定のとおりの選挙の執行期日にも照らすと,同選挙公報が本件要証期間内に発行されたと認めることもできない。
そうすると,甲29の選挙公報における上記記載をもって,原告らが本件要証期間内に本件指定商品について本件商標を使用したと認めることはできない。
(5) 甲30の社歌について 証拠(甲30)及び弁論の全趣旨によれば,甲30の書面には,「知本主義・知財企業「B 勤務心得の歌」」と題する歌の歌詞が記載され,その歌詞の中に「知本主義」の語が用いられているものと認められる。
しかしながら,本件全証拠によっても,甲30の書面が「新聞」,「雑誌」若しくは「書籍」又はこれらに係る広告等に該当すると認めることはできないし,同書面の作成時期も不明である(同書面には,「SINCE1957」との記載がみられるのみである。)。
そうすると,甲30の書面における上記記載をもって,原告らが本件要証期間内に本件指定商品について本件商標を使用したと認めることはできない。
(6) 甲34のウェブサイトについて 証拠(甲34)及び弁論の全趣旨によれば,甲34は,原告の著書を宣伝するウェブサイトであって,原告が代表取締役を務める株式会社Bが運営するものの画面を印刷した書面であると認められる。
しかし,甲34をみても,本件商標又は社会通念上これと同一の商標が当該ウェブサイトに表示されているということはできない。
したがって,原告らが甲34のウェブサイトにおいて本件商標を使用したとは認められない。
(7) 甲37のウェブサイトについて 証拠(甲37)及び弁論の全趣旨によれば,甲37は,原告の著書(甲36の1及び2)を宣伝するウェブサイトであって,上記株式会社Bが運営するものの画面を印刷した書面であり,同画面には,同著書を宣伝する文言として,「資本主義社会は「知本主義」へ」との記載がされているものと認められる。
しかしながら,前記(2)において説示したとおり,「知本主義」の文字を含む上記記載に触れた取引者及び需要者は,これを同著書の記載内容,宣伝文句,著者の主張等であると認識するにとどまり,これが同著書に係る自他商品識別機能を果た すと認識するとは考え難い。
したがって,甲37のウェブサイトにおける上記記載は,商標法50条にいう「登録商標の使用」に該当しない。
(8) 小括 以上のとおりであるから,原告らが本件要証期間内に本件指定商品について本件商標を使用したと認めることはできない。取消事由1は,理由がない。
2 取消事由2(権利の濫用)について (1) 証拠(甲49の1ないし4)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 被告は,弁理士である。
イ 被告は,令和元年8月26日,本件商標と同一の商標につき,指定商品及び指定役務を次のとおりとして,被告出願をした。
(ア) 第16類「印刷物」等(イ) 第35類「工業所有権・著作権等の知的所有権に関する事業調査・分析又はこれらに関する情報の提供」等(ウ) 第36類「工業所有権・著作権等の知的所有権に関する財産的価値の評価」等(エ) 第41類「知的財産権の鑑定に関する知識の教授」等(オ) 第45類「工業所有権に関する手続の代理又は鑑定その他の事務」等 ウ 被告は,令和2年9月17日付けで,被告出願に係る商標は本件商標と同一又は類似であって,本件商標登録に係る指定商品と同一又は類似の商品について使用するものであるから,商標法4条1項11号に該当するとして,被告出願について拒絶理由通知を受けた。
エ なお,被告は,上記ウに先立つ令和元年10月2日付けで,上記ウの拒絶理由を先行的に解消するため,本件審判請求をしていた。
(2) 上記認定のとおり,被告は,自ら欲する商標登録を得るための手段として, 前記1において認定説示したとおりの不使用商標に係る本件商標登録の取消しを求めて本件審判請求をしたものであるが,そのような方法をもって拒絶理由の解消を図ろうとすることが,権利の濫用に該当して許されないと評価することはできない。
この点に関し,原告は,第16類「印刷物」等をも指定商品として商標登録を得ることは,弁理士としての本来の業務の範囲を超えている旨主張する。しかしながら,知的財産に関する印刷物等が存在することは明らかであるから,第16類「印刷物」等をも指定商品として商標登録を得ようとすることが弁理士としての本来の業務の範囲を超えているということはできない。
また,原告は,本件審判請求に係る指定商品(本件指定商品)と類似する被告出願に係る指定商品は第16類「印刷物」のみであり,被告出願に係る指定商品及び指定役務のほんの一部にすぎないことも,権利の濫用を基礎付ける事情である旨主張するが,独自の見解であり,採用することができない。
(3) 小括 以上のとおり,本件審判請求が権利の濫用に該当して許されないと評価することはできず,したがって,これを認容した本件審決に違法はない。取消事由2は,理由がない。
3 結論 以上の次第であるから,原告の請求は理由がない。
裁判長裁判官 本多知成
裁判官 浅井憲
裁判官 中島朋宏