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事件 令和 2年 (ワ) 14627号 損害賠償請求事件

原告株式会社珠屋櫻山
同訴訟代理人弁護士 吉岡正太郎 大久保博史
被告A
同訴訟代理人弁護士 竹内淳
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2022/05/27
権利種別 商標権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 被告は、原告に対し、963万6770円及びこれに対する平成29年1月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを9分し、その5を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
請求の趣旨
被告は、原告に対し、2128万0344円及びこれに対する平成29年1 月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
1 原告は、株式会社櫻山(以下「櫻山」という。)の権利義務を承継した会社 であり、被告は、櫻山の代表取締役であったところ、被告の元配偶者であるB は、櫻山の印影を付した申請書を使用するなどし、櫻山の保有する別紙商標目 録記載の本件商標1及び2に係る商標権(以下「本件各商標権」という。)を 自らの名義に移転登録させた。
1 本件は、原告が、被告に対し、上記移転登録が被告とBの共同不法行為を構成するとして、不法行為に基づき、損害金2128万0344円及び本件商標1に係る移転登録の申請がされた日から民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 前提事実(当事者間に争いがない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨により認定できる事実をいう。なお、本判決を通じ、証拠を摘示する場合には、特に記載しない限り、枝番を含むものとする。)? 当事者等 ア 原告は、旧商号を株式会社珠屋小林商店としたが、平成29年12月1 日、櫻山外1社を合併し、現商号に変更するとともに、櫻山のラスクの製 造・販売等の事業を承継した会社である。合併当時の代表取締役は、Cで あった。(甲1) イ 被告は、平成20年1月25日から平成29年1月15日まで、櫻山の 代表取締役を務めていた者である。被告は、もともと、櫻山の株式全部を 保有していたが、平成28年3月7日、Cが代表取締役を務める株式会社 ホクショーに対し、これを譲渡した。(甲4、乙イ2、21) ウ Bは、平成20年1月25日まで、櫻山の代表取締役を務め、平成22 年11月19日まで、被告と婚姻していた者である。Bは、本件訴訟の相 被告とされ、自身の行為の違法性は認め、損害論のみを争ったが、本件口 頭弁論終結後、原告と裁判上の和解をした。(甲3、乙イ1)? 櫻山の株式譲渡に係る経緯 ア 櫻山は、平成18年2月2日、有限会社櫻山として設立され、平成19 年2月1日、株式会社櫻山に商号変更した会社であり、Bが代表取締役を 務め、秋田県雄勝郡羽後町を本店所在地としていた。(乙イ1、2) イ 被告は、平成20年1月25日、Bに代わり、櫻山の代表取締役に就任 2 した。櫻山は、平成24年8月3日、「クロワッサン、ラスク」を指定商 品とする本件商標1及び2の登録を得た。(甲7、8、乙イ2) ウ 被告は、平成27年12月15日、福島市所在の株式会社ホクショーと の間で、櫻山が同社の子会社となるが、被告は引き続き櫻山の代表取締役 を務めることなどを内容とする株式譲渡契約を締結した。(甲4) エ Cは、平成28年3月7日、櫻山の唯一の(代表)取締役であった被告 に加え、櫻山の代表取締役(共同)に就任し、D外1名が、新たな取締役 に就任した。(甲5) オ 被告は、Dに対し、平成28年10月20日、櫻山の代表者印を引き渡 し、また、同年11月4日頃、これとは別に古い通帳に挟まれていた櫻山 の印鑑カードを送付した。(甲13、23、被告本人・22頁)? 本件商標2の移転登録までの経過 ア Bは、平成28年10月11日、特許庁長官に対し、登録義務者の欄に 「有限会社櫻山代表取締役印」の印影を付した申請書により、本件商標2 を自らの名義に移転する申請をした。(甲14、15) イ 特許庁長官は、平成28年11月4日、Bに対し、前記アの申請につい て、代表者印が「有限会社」のままであるため、「印鑑証明書による証明」 などを要するとする拒絶理由通知を発送した。(甲14) ウ 被告は、平成28年11月9日、Dに対し、いわゆる「ものづくり補助 金」に係る手続に必要であるなどとして、櫻山の印鑑証明書を羽後町役場 のE宛てに送付するよう依頼した。(甲21) エ 被告は、平成28年11月14日、株式会社ホクショー、C及びDに対 し、平成29年1月15日をもって、櫻山の代表取締役及び取締役を辞任 する旨の通知をした。(甲54、55、乙38) オ Bは、平成28年11月21日、特許庁長官に対し、櫻山の印鑑証明書 を添付した上、改めて、前記アと同様に、本件商標2を自らの名義に移転 3 する申請をし、その登録を受けた。(甲8、9)? 本件商標2の移転登録以後の経過 ア Bは、平成29年1月18日、特許庁長官に対し、前記?オの印鑑証明 書を援用するとした上、これと同様に、本件商標1を自らに移転する申請 をし、その登録を受けた。(甲10、11) イ Bは、平成29年1月27日、特許庁長官に対し、「CAFE OHZ AN」の文字を含む花柄の図案(以下「B商標1」という。)の商標登録 を申請したが、拒絶査定がされた。(甲40、44) ウ Bは、平成29年1月27日、特許庁長官に対し、「オウザンのスティ ックラスク」という標準文字(以下「B商標2」という。)の商標登録を 申請し、その登録を受けた。(甲45) エ Bは、平成29年1月27日、特許庁長官に対し、「オウザンのキュー ブラスク」という標準文字(以下「B商標3」という。)の商標登録を申 請し、その登録を受けた。(甲46) オ 被告は、平成29年1月27日、取締役辞任に伴う引継ぎのため、Dと ともに、櫻山の取引先である株式会社三越伊勢丹ホールディングス(以下 「三越伊勢丹」という。)の担当者と面談した。(乙イ8)? 本件訴訟に至る経緯 ア 原告は、平成30年10月9日、Bによる本件商標1及び2の移転登録 に被告が共謀しており、有印私文書偽造、同行使、特別背任に当たるなど として、被告を告訴又は告発したが、秋田地方検察庁は、令和元年11月 17日、公訴を提起しない処分をした。(乙イ4、5、7) イ 東京地方裁判所は、平成31年3月30日、Bに対し、本件商標1及び 2に係る移転登録の抹消登録手続を命じる判決をし、櫻山の承継人である 原告が、本件各商標権の名義人となった。なお、Bは、当該訴訟の口頭弁 論に出頭せず、答弁書その他の準備書面を提出しなかった。(甲24) 4 ウ 特許庁は、令和元年5月25日付けで、原告の請求に基づき、前記イの 判決の結果、原告が本件各商標権の権利者となったことを前提として、B 商標2及び3の登録が無効である旨の審決をした。なお、Bは、原告の当 該請求に対し、何らの答弁もしなかった。(甲48、49) 3 争点 ? 被告の共謀の有無(争点1) ? 被告の過失の有無(争点2) ? 原告に生じた損害(争点3)
争点に関する当事者の主張
1 争点1(被告の共謀の有無)について (原告の主張) 被告が、Bによる本件商標1及び2の移転手続に主体的に関与していたこと は、以下の点から明らかである。
? 被告は、櫻山の代表取締役たる地位にあった者であるから、櫻山が、本件 各商標権を有していることを当然に認識していた。
これに対し、被告は、商標登録の事務をしていたのはBであるなどと主張 する。しかし、被告は、本件商標1及び2の商標登録がされた時点の代表取 締役である上、櫻山は小規模な会社であって、代表取締役が、会社の重要な 知的財産の情報を知らないとは考え難い。まして、本件商標1は、日本初と 宣伝していた「クロワッサン・ラスク」(乙イ3・5頁)に係るものであり、
本件商標2は、その商品に使用されていた商標である(甲38)。
? その上、Bによる本件商標2に係る移転登録の申請は、被告が櫻山の代表 取締役であった時期にされたものである。
そうすると、被告は、Bに協力していたと考えるのが自然である。実際、
本件商標2の移転登録手続に添付された印鑑証明書(甲8)は、被告が、
Dに対し、ものづくり補助金のために必要であるという虚偽の理由を述べ 5 (甲66)、羽後町役場に送付させた上(甲21)、これを櫻山の事務所 に届けさせたものである(甲22)。
これに対し、被告は、本件商標2の移転登録手続のために印鑑証明書を 取り寄せたことを否認し、Bが、被告の自宅から当該印鑑証明書を無断で 持ち出したかのように主張する。しかし、Bによる当初の移転登録申請が 却下されてから再度の移転登録申請がされるまでの短期間の時系列からす れば、被告は、Bと意を通じていたと考えるほかはない。
なお、被告は、当時、櫻山の代表印を所持していなかったが、本件商標 2の移転登録に係る申請書の印影は、本来の印影と異なる部分があり、B が偽造したものと考えられる(甲12)。そして、被告も、平成28年1 2月12日、この偽造された印影と同様の印影を付した書面(甲50)を 作成しており、これに関与していたと考えられる。なお、Bは、印鑑自体 は偽造しておらず、パソコンを使用し、印影を偽造したにすぎないと説明 するが、この点の真偽よりも、上記の事実関係が重要である。
? しかも、被告は、経営権をめぐる対立から櫻山の代表取締役を辞任した者 であり、櫻山の事業を妨害するという動機を有していた。
ア Bは、本件各商標権を移転登録させるのみならず、B商標1ないし3を 登録申請し、原告の業務を妨害している。しかし、Bは、原告の業務を妨 害するような独自の動機は有していないはずであるから、本件各商標権の 移転登録は、被告の原告の業務に対する妨害行為の一環であると考えられ る。実際、被告は、平成29年11月中旬、三越伊勢丹に対し、櫻山の商 標登録に問題がある旨の通知(甲26)をしている。
イ まして、Bは、被告の元夫であり、平成29年11月8日、原告と被告 とのトラブルの際にも被告と行動を共にし、その後も、被告のために、原 告従業員の様子を撮影するなどしている(甲56ないし58)。このよう に、Bが、被告の指示を受け、これに一貫して協力してきたことからすれ 6 ば、本件各商標権の移転登録に関してのみ、Bの独断の行為であると考え るのは不合理である。
ウ 以上のほか、Bは、原告に無断で、原告の電話回線及びインターネット 回線の解約手続をするという業務妨害にも及んでいる。また、被告の退任 に反発した櫻山の元従業員らは、ラトリエモネイと称するラスクの製造会 社を立ち上げ、原告商品の模倣品ともいうべき製品を販売しているが(甲 63)、Bは、その工場にも出入りしている(甲62)。したがって、B が、被告に同調していたことは明らかである。
? 以上によれば、Bが、被告の意の下で、本件商標1及び2の移転登録をし たと考えるのが相当である。特に、被告が、前記?のとおり、本件商標2の 移転登録に関与したことは明らかであるから、そうである以上、被告は、本 件商標1の移転登録にも関与したと考えるべきである。
(被告の主張) 被告が、Bによる本件各商標権の移転登録について、Bと共謀するなどした事実は存在せず、原告の指摘は、以下のとおり失当である。
? 被告は、本件各商標権の移転登録が問題とされる以前、櫻山において、本 件各商標権が保有されていることを特に認識していなかった。
すなわち、本件各商標権が登録された当時、商標登録の事務を担っていた のはBであり、被告は、その登録に係る詳細を知らなかった。そして、被告 が櫻山の代表取締役であった間、ラスク菓子の製造販売のため、本件商標1 及び2を使用したことは基本的になかった(ただし、Cらによる嫌がらせな どのため、包装袋の発注が間に合わず、本件商標2を付した過去の料亭時代 の土産袋を使用したことはある。)。特に、本件商標2は、桜の花及び富士 山を模した図案からなるものであり、ラスク菓子のような洋菓子とはイメー ジが合うものではなく、当該図案は、櫻山が、Bを代表取締役として、日本 料理の料亭を営んでいた時期に使用されていたロゴである(なお、Bは、日 7 本料理の調理師を本職とし、当該図案を考案した者である。)。
? そして、被告は、櫻山の代表取締役であった時期を含め、Bによる本件各 商標権の移転登録手続に関与しておらず、関知もしていない。
ア 本件商標2の移転登録手続に添付された櫻山の印鑑証明書が、被告が取 り寄せた印鑑証明書と同一であることの証明はない。原告は、その根拠と して、Bによる当初の移転登録申請が却下されてからの時系列を指摘する が、そもそも、被告は、Bによる移転登録申請が却下されたことを知らな かったのであるから、被告が印鑑証明書を取り寄せた時期が当該却下の時 期に近接しているとしても、そのことに何らの意味もない。
イ また、被告が、印鑑証明書を取り寄せるに当たり、Dを欺罔したという 事実も存在しない。そもそも、被告は、ものづくり補助金の事務局からの 指示を受け、印鑑証明書の追加提出するため、その送付を求めたにすぎな い(ただし、その指示は担当者の手違いであり、当該印鑑証明書は実際に は提出されなかった。)。確かに、被告は、Dに対し、当該補助金と無関 係な羽後町役場に送付するよう依頼している。しかし、被告は、当時、C らの意向に沿うよう強要され、代表者印や印鑑カードも取り上げられるな どの嫌がらせを受けており、被告が、Dに対し、被告自身の下に印鑑証明 書を送付するよう依頼しても、難癖を付けられることは容易に想定される 状態にあった。そのため、被告は、これを羽後町役場に勤務していたE宛 に送付するように依頼した上、同人から当該印鑑証明書を入手することが できるように手配したにすぎない。
仮に、Bが、当該印鑑証明書を使用し、本件商標2に係る移転登録申請 をしたとすれば、Bは、被告に無断で当該印鑑証明書を持ち出したという ことになる。この点につき、被告は、当該印鑑証明書の保管場所を明確に 記憶していないが、被告は、通常、書類ファイルに印鑑証明書の予備を保 管するようにしていた。そして、Bは、被告と離婚した後も、櫻山の事務 8 をし、その事務所に出入りするなどしていた。
ウ なお、本件各商標権の移転登録申請書に付された印影が、偽造された印 鑑によるものであることは否認する。もとより、被告が、当該申請書を偽 造した事実もない。原告が指摘する書面(甲50)は、被告の社宅の賃料 に係る預金口座振替依頼書であるが、被告が櫻山の正規の代表者印を取り 上げられる前に準備していたものである。すなわち、被告は、Cらが、被 告の東京の社宅を解約するよう理不尽な要求をし始めたため、その賃料を 自らが負担せざるを得なくなった場合に備え、当該書面を準備しておいた ものであり、平成28年11月10日、これが最終的に決まったため(乙 イ36、37)、同年12月12日付けで、当該書面を提出した。
? 実際、被告において、本件各商標権を移転登録するなど、原告に対する業 務妨害をしようと考える動機はなかった。
ア 確かに、被告は、株式会社ホクショーやCが、当初の合意に反し、櫻山 の取締役の過半数を確保した上、被告に対し、理不尽な要求や嫌がらせを 続けたため、事実上、代表取締役から放逐された。しかし、被告は、既に 櫻山の株式を手放しており、株式会社ホクショーや原告に対し、驚き呆れ こそすれ、恨むような気持は有しておらず、その事業を妨害するなどした こともない。もとより、被告が、三越伊勢丹に対し、櫻山の「商標登録に 問題があり」、「問題のある会社」(甲28)であるなど、櫻山の商標や 櫻山の評価に関わる文書を送付したような事実もない。
なお、被告は、三越伊勢丹に対し、櫻山が、新工場に係る賃貸借契約を 締結せずに、被告所有地を使用しており、また、旧工場等の賃料を支払わ ず、その賃貸借契約を解除されたことなどを内容とする文書を送付したこ とはある。しかし、当該文書は、被告が、三越伊勢丹に対し、櫻山の代表 取締役退任に伴う引継ぎの際に、当時説明していた内容と全く異なる事態 が生じてしまったため、被告が、三越伊勢丹から責任を追及される可能性 9 も考慮し、その経緯を説明したものにすぎない。そのため、その送付には、
必要性及び合理性があったのであり、業務妨害に当たるものではない。
イ 他方、Bにおいて、原告の営業を妨害する動機を有していなかったと断 じる根拠はない。むしろ、Bが、自ら考案した本件商標2を保有する櫻山 に対し、恨みや不満を抱いていたことは想像に難くない。
そして、被告が、Bと一貫した協力関係にあったような事実も存在しな い。確かに、被告が、Bに対し、原告とのトラブルについて、一時的な助 力を頼んだことがあることは事実である。しかし、原告は、当時、櫻山の 工場として、被告の所有地を不法占有していたのであり、原告のいう原告 の従業員なる者は、同工場に常駐しており、誰何する被告を撮影するなど、
明らかな不審人物であった。そのため、被告が、身辺保護の意味合いでB に協力を求め、被告の意を受けたBが、その不審人物に注意をするなどし たことがあったにすぎない。
2 争点2(被告の過失の有無)について(原告の主張) 仮に、被告が、故意によって、本件商標1及び2の移転登録に関する行為をしていないとしても、被告とBとの人間関係など、争点1で主張した事情に鑑みれば、被告は、少なくとも、過失によって、Bの不法行為に関与したものとして、その責任を免れないというべきである。
実際、被告は、Bの依頼を受け、印鑑証明書を取り寄せている。そうすると、
被告において、それが本件商標2に係る移転登録申請に使用されることを知らなかったとしても、会社の重要書類である印鑑証明書の使用方法等を確認しなかった点に過失責任があることは明らかである。
(被告の主張) 原告は、被告の過失責任を問題とするが、これを基礎づける具体的な主張をしておらず、失当であることは明らかである。なお、原告は、被告において、
10 会社の重要書類である印鑑証明書の保管に過失があったかのように主張するところ、確かに、被告は、現在、その保管場所を記憶していないが、現在から4年以上も前のことなのであるから不自然なことではない。仮に、当該印鑑証明書が、Bの説明のとおり、被告宅の重要書類の入ったファイルに保管されていたのであれば、被告は、これを適切に保管していたということになる。したがって、原告の主張は、いずれにせよ失当である。
3 争点3(原告に生じた損害)について(原告の主張)? 営業上の損害 ア 原告は、実店舗における営業に加え、大手百貨店である三越伊勢丹のカ タログやインターネット販売サイト(以下「カタログ等」という。)に自 社商品を掲載し、その販売を行っていた。
ところが、三越伊勢丹は、平成29年12月15日、原告に対し、同年 11月中旬、原告の商標登録に問題があるなどと指摘する被告の代理人弁 護士名義の文書が届いたとして、商標に問題がある以上、原告の商品をカ タログ等に掲載することはできないと告げた(甲28)。そのため、原告 は、少なくとも平成30年1月から令和2年5月まで、カタログ等の掲載 による営業利益を上げることができないという損害を受けた。
なお、原告は、その間においても、三越伊勢丹における実店舗での営業 を続けることができたが、三越伊勢丹のような規模の百貨店において、部 門ごとに判断が異なるといったことは往々にしてあるから、三越伊勢丹が、
原告に対し、商標に係る問題があることを指摘し、原告の商品をカタログ 等に掲載することを拒否したことは事実である。
イ その結果、原告は、平成30年1月から令和2年5月までの29か月間 に、原告の平成28年におけるカタログ等による平均月間営業利益55万 円(甲37、65)を乗じた1595万円相当の損害を被った。
11 なお、原告がカタログ等の販売をし得なくなった平成30年の直近は平 成29年であるが、被告が、退任前、三越伊勢丹と同年におけるカタログ 等の掲載に係る打合せをしなかったため、原告は、同年には、カタログ等 による販売をしていない。そのため、上記のとおり、平成28年の営業利 益を損害算定の基礎とするのが相当である。
? 訴訟及び仮処分手続の費用 ア 本件各商標権は、原告の重要な財産である。また、原告が、これらを自 己の名義に戻さなければ、その類似商標であるB商標2及び3の無効審決 を得ることはできず、その結果、これと類似する花柄ロゴを商標登録する こともできない状況にあった。そのため、原告は、本件各商標権が第三者 に移転される事態を防ぐため、処分禁止の仮処分を申し立てた上、その移 転登録の抹消登録手続を求める訴訟を提起することを余儀なくされた。
イ これらの手続に要した費用は、印紙代18万5000円(甲24)、郵 券6000円、弁護士費用202万0680円(甲29ないし31)及び 仮処分登録免許税16万3300円(甲32)であり、原告は、その合計 237万4980円相当の損害を被った。
? 特許庁での手続に係る費用 ア 原告は、B商標1ないし3の商標登録の申請がされたことを知ったこと から、これを阻止するため、特許庁に情報提供をすることとし、弁理士事 務所に手数料を支払った(甲33の1ないし4)。
イ 原告は、原告の使用する花柄ロゴ等の商標登録申請が拒絶査定を受けた ことから、これに対応するための印紙代及び弁理士事務所に対する意見書 作成手数料を出捐した(甲33の5ないし13)。
ウ もっとも、原告が、上記イの花柄ロゴ等の登録を得るには、前記?アの とおり、その類似商標であるB商標2及び3の無効審決を得る必要があり、
原告は、その弁理士費用を出捐した(甲33の14、15)。
12 エ 上記アないしウの手数料、印紙代、意見書作成手数料及び弁理士費用の 合計102万0788円は、本件各商標権の移転登録と相当因果関係ある ものとして、原告に生じた損害である。
? 小括 以上によれば、原告に生じた損害は、前記?ないし?の合計1934万5 768円に、弁護士費用相当損害193万4576円を加えた2128万0 344円を下回らないというべきである。
(被告の主張)? 営業上の損害 ア 原告が、新宿伊勢丹、日本橋三越及び銀座三越での実店舗での営業や羽 後町の古民家でのカフェにおける営業に加え、三越伊勢丹のカタログ等に 自社商品を掲載し、その販売を行っていたことは認める。
しかし、原告が、平成30年に三越伊勢丹のカタログ等による販売をし 得なくなったのは、Dが、被告の退任に伴う平成29年1月27日の顔合 わせなどにおいて、三越伊勢丹の担当者に対し、不誠実な言動をとるなど し、その信頼を失ったことが主たる原因である(乙8、9)。
また、被告が櫻山の代表者であった時期、三越伊勢丹のカタログ等に掲 載してもらうためには、三越伊勢丹に対し、新商品を提案し、その承認を 得なければならなかった。そのため、原告が、カタログ等の掲載を認めら れなかったのは、単に新商品の開発ができなかったからであるとも推測さ れる。
これに対し、原告は、三越伊勢丹から商標に係る問題を指摘されたこと が原因であったと主張するが、その根拠となるメール(甲28)の内容は 要領を得ないものである。仮に、そのような指摘があったのであれば、原 告の商標には何ら法的問題がない旨を説明すれば足りたはずである。
実際、原告は、平成30年において、三越伊勢丹の実店舗での営業を継 13 続している。仮に、三越伊勢丹が、商標に係る問題を本当に深刻に捉えて いたのであれば、そのような商品はカタログ等に掲載するのみならず、店 舗でも販売することができないはずである。
また、被告が、三越伊勢丹に対し、櫻山の商標登録に問題があり、問題 のある会社であるかのように通知する文書を送付した事実が存在しないこ とは、争点1で主張したとおりである。
イ 原告は、損害額算定の根拠として、平成28年の営業利益の額を主張す るが、その金額は、商業帳簿で立証されるべきである。しかるに、原告が 提出する証拠(甲65)は、これに原告独自のネットショップや羽後町の カフェにおける売上げが含まれていないことが明らかではない書面である 上、具体的に営業利益の額を導き出した計算過程(売上割戻、期首棚卸高、
製造原価、外注費、期末棚卸高及び販管費の考慮)も不明なものである。
そもそも、平成28年の営業利益は、被告の事業努力の賜物であるから、
その金額に基づき、原告の損害額を算定することは許されない。
これに対し、原告は、平成29年の営業利益の額を損害額算定の基礎と しない理由として、被告が、三越伊勢丹と打合せをしていなかったため、
同年におけるカタログ掲載ができなかったからであると主張する。しかし、
被告は、三越伊勢丹との間で、平成29年のカタログ等の掲載に係る打合 せをし、その準備を進めていたのであり、実際、三越伊勢丹の担当者が、
被告の退任に不安を示したことから、被告は、株式会社ホクショーに対し、
繁忙期が終わる同年3月まで留任することを申し出ており、これを拒絶し たのは株式会社ホクショーである(乙16ないし18)。そうすると、櫻 山が、同年においても、カタログ等による販売をすることができなかった のは、前記アのとおり、CやDが、三菱伊勢丹の信頼を失っていたことに よるものと考えられる。
? 訴訟及び仮処分手続の費用 14 ア 原告が主張する費用のうち、郵券や仮処分登録免許税のような訴訟費用 等(民事訴訟費用等に関する法律2条1号、2号、11号、3条11条 1項1号)は、訴訟費用額確定手続によって、Bに償還請求すべきであり、
これを別訴で請求することは許されない。
イ 原告が問題とする訴訟手続及び仮処分手続は、商標権移転登録抹消登録 請求に関するものにすぎず、不法行為や労働働契約上の安全配慮義務違反 に係る損害賠償請求に関するものではないから、その弁護士費用を当該手 続の相手方でもない被告に負担させることは許されない。
? 特許庁での手続に係る費用 原告が主張する費用のうち、特許庁に情報提供をすることに係る弁理士費 用は、その具体的内容が不明であり、原告が、原告の使用する商標を確保す る上で余儀なくされた費用であるか否かが明らかではない。
当裁判所の判断
1 認定事実 前記前提事実、証拠(後掲各証拠のほか、証人F及び同Cの各証人尋問並び にB及び被告Aの各本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の 事実を認めることができる。
? 櫻山の来歴 ア 被告は、平成元年頃、羽後町の実家の建物において、櫻山の前身となる 旅館兼懐石料理店を創業した。また、Bは、日本料理の調理人であるが (弁論の全趣旨)、平成4年3月、被告と結婚し、法人化の前後を通じ、
櫻山を経営した(甲3、乙イ1、イ44・1頁、乙ロ12・1頁)。
イ Bは、平成20年頃、櫻山の経営の前面から退き、被告は、平成21年 頃から、櫻山の経営の中心を自らが考案したクロワッサン・ラスクなどの 洋菓子の製造販売に移行させた。そして、被告とBは、平成22年11月 に離婚した。(乙イ1頁及び2頁、乙ロ・1頁及び2頁)。
15 ウ もっとも、Bは、被告と離婚した後も、櫻山において、懐石料理やカフ ェの調理などの業務をし、櫻山が、平成23年から平成24年頃まで、懐 石料理から完全に撤退した後も、櫻山における事務作業を請け負うなどし ていた。(乙イ1頁及び2頁、乙ロ・2頁、B・6頁) エ 櫻山は、平成24年8月3日、本件商標1及び2を登録したが、本件商 標2は、櫻山が懐石料理を提供していた時期にも使用されていた桜と富士 山の図案につき、これに付記された「OHZAN」の文字の下に、「クロ ワッサン・デコラスク」の文字を加えたものであった(甲7、乙ロ1)。
オ 被告は、その後、櫻山の経営を拡大したものの、資金繰りに問題が生じ たことなどから、株式会社日本M&Aセンターの仲介を受け、平成27年 12月15日、株式会社ホクショーの子会社となることとした。(乙イ1 9、22ないし24、39ないし41、44・2頁及び3頁) カ なお、櫻山は、平成23年頃には三越伊勢丹と取引があり、東京の青山 に被告の社宅でもある事務所を構えていたが、株式会社ホクショーの子会 社となった後は、事務所機能を東京の赤坂に移転し、従前からの従業員で あるGに勤務させていた。(乙イ20、被告本人・5頁及び6頁)? 本件各商標権の移転までの経緯 ア 被告とCは、青山の社宅賃料を含む被告の待遇や経費の使用、本社機能 の移転など、経営方針をめぐって対立し、Cは、平成28年9月9日頃ま でには、被告を代表取締役から解任することをも視野に入れるようになっ ていた。(乙イ26、27、29、44・3頁及び4頁) イ Dは、平成28年10月7日、被告に対し、「最後の打合せの機会」と 称してCとの話合いを提案し、被告は、同月15日、Cと会談したが、社 宅及び事務所の賃料の負担問題の合意に至らず、被告は、代表取締役を退 任する意向を示した。(乙イ35、36、被告本人・14頁) ウ Bは、平成28年10月11日、特許庁長官に対し、本件商標2を自ら 16 の名義に移転する申請をしたが、特許庁長官は、同年11月4日、Bに対 し、代表者印が「有限会社」のままであるため、「印鑑証明書による証明」 などによる却下理由の解消を示唆する却下理由通知を発送した。(甲14、
15)エ 被告は、平成28年11月4日頃、株式会社ホクショーに対し、社宅と 事務所及び賃料の会社負担を止めることは当初の合意に反することを指摘 した上、前記イの会談で示された意向を撤回することを要求し、これに1 週間以内に回答するよう求める最後通知を送付した。(乙イ36)オ 被告は、平成28年11月9日、Dに対し、ものづくり補助金の手続に おいて、関連会社である「株式会社オウザン」の印鑑証明書が誤って提出 されたため書類に不備があり、印鑑証明書の添付が抜けていたとして、櫻 山の印鑑証明書を羽後町役場のE宛てに送付するよう依頼した。(甲21、
被告本人・21頁) しかし、当該補助金に係る手続は、そもそも、秋田県中小企業団体中央 会ものづくり補助金秋田県地域事務局(以下「補助金事務局」という。) が担当するものであり、羽後町役場が取り扱うものではなかった。その上、
補助金事務局は、被告との間で、平成28年11月頃、ものづくり補助金 に関してやり取りをした事実なく、そもそも同補助金に関する手続に印鑑 証明書が必要となることはなく、もとより、補助金事務局が、被告に対し、
印鑑証明書の提出を求めた事実はなかった。(甲22、66)カ 被告は、その頃、Eに対し、櫻山からの郵送物を開封せずに櫻山に届け るように電話で依頼していた。そして、Eは、当該郵送物を櫻山の事務所 に届け、被告は、最終的に、Dの送付した印鑑証明書を取得した。(甲2 2、被告本人・15頁及び16頁)キ Cは、平成28年11月10日、被告に対し、前記エの要求を拒絶する 旨の回答をし、被告は、同月14日、Cに対し、代表取締役を退任する旨 17 の通知をした。なお、Cは、当該要求について、もはや話合いの段階では ないと考えていた。(甲55、56、乙イ37、38、C・14頁) ク Bは、平成28年11月15日、前記ウの移転登録申請を取り下げた上、
同月21日、前記オの経過で印鑑証明書を使用し、本件商標2を自らの名 義に移転する申請をしたほか、平成29年1月18日、本件商標1を自ら の名義に移転する申請をして、各登録を受けた。(甲8ないし11、15)? 本件各商標権の移転以後の経過 ア Bは、平成29年1月27日、櫻山が本件商標2を登録した際に委任し たみなとみらい特許事務所の弁理士に委任し、特許庁長官に対し、B商標 1ないし3の登録申請をした。このうち、B商標1は、櫻山の商品の包装 に使用されてきた図案からなるものであり、同2及び3は、櫻山の販売し てきた商品の種類を示す文言からなるものであった。(甲39、40、4 4ないし46、乙ロ3、B・17頁ないし21頁) イ 原告代表者は、平成29年7月頃、櫻山の従業員となったが、被告が櫻 山の商標権を移転させた旨の噂を聞き、原告と付き合いのあったみなとみ らい特許事務所に調査等を依頼した。その後、同事務所は、原告代表者に 対し、本件商標1及び2の名義移転、B商標1ないし3の申請代理に係る 事実を告げた上、利益相反のおそれがあるとして、Bの代理人を辞任し、
原告代表者からの依頼も辞退した。(甲44、原告代表者・2頁) ウ 被告は、平成29年8月頃、櫻山が、工場(新工場)の敷地として、被 告所有地を無権限で占有していることを警告する文書(甲56)を同工場 の門扉等に貼り付けた。そして、Bは、同年11月頃、被告の指示を受け、
同工場内にいた人物に退去するよう求め、同月12日、被告が当該人物に 接触する際、その様子を動画撮影するなどした。(甲51ないし53、
B・28頁及び29頁) エ 被告は、平成29年10月12日頃、櫻山による上記ウの被告所有地の 18 占有などについて、東京地方裁判所に対し、建物収去明渡等請求事件の訴 訟(乙イ11)を提起し、同地上に、「櫻山関係者」を名宛人とし、その 旨を告知する文書(甲58)を掲示するなどした。その際、櫻山の元従業 員であり、被告の実家に住んでいたことのあるHが、その作業を手伝った。
(甲59、被告本人・29頁及び30頁) その後、Hは、被告とも相談し、櫻山を辞めた他の従業員とともに、ラ スク菓子を製造販売する「L’atelier Monei」と称する事 業をするようになった。被告は、原告に対する契約上の競業避止義務を負 っていたが、被告の実家に寝泊まりしていたBが、その事業に協力し、百 貨店と出店交渉する際に同席するなどした。(甲62、63、70、B・ 21頁及び22頁、被告本人・26頁及び27頁) オ 被告は、平成29年11月頃、三越伊勢丹に対し、櫻山による被告所有 地の不法占有の事実などを通知する文書を送付した。そして、原告は、同 年12月15日の三越伊勢丹とのミーティングにおいて、三越伊勢丹から、
被告から文書が送付されたことを踏まえ、櫻山の商標登録に問題があり、
これに問題があるとカタログを全部作り直さなければならないため、平成 30年の御中元のカタログ掲載はできないことなどを告げられた。(甲2 8、被告本人・33頁、C・6頁)2 争点1(被告の共謀の有無)について? 前記前提事実及び認定事実によれば、被告とCとの関係は、Bが最初に本 件商標2を自らの名義に移転しようと申請した平成28年10月11日まで に、最後の話合いの機会を提案されるほどに破綻していたこと、そして、被 告は、本件商標2の移転登録申請に係る却下理由通知書が発送された平成2 8年11月4日の直後である同月9日、真実は、補助金事務局から印鑑証明 書の提出を求められていないにもかかわらず、Dに対し、同提出を求められ た旨の虚偽の事実を伝え、上記却下理由通知書で提出を示唆された印鑑証明 19 書の取得を依頼したこと、その上で、被告は、その提出先が羽後町役場であ るかのようにDを誤信させ、同役場の協力者を通じ、これを自らの手元に入 手したこと、そして、Bは、同月21日、上記入手に係る印鑑証明書を添付 した上、本件商標2を自らの名義に移転させたこと、その後、Bは、その後 も被告と行動を共にし、櫻山の元従業員などとともに、櫻山と同様のラスク 菓子の製造販売事業などを始め、また、ラスク菓子に係るB商標1ないし3 の登録申請をしていること、以上の事実が認められる。
上記認定事実によれば、Bは、被告がDに虚偽の説明をして入手した印鑑 証明書を正に使用して、本件商標2の移転登録手続をしたことが認められ、
その他に、被告による印鑑証明書の取得時期、取得の経緯、被告とBとの関 係等に照らすと、被告による上記印鑑証明書の取得依頼は、Bと共謀して本 件商標2の移転登録を行うためのものであったと認めるのが相当である。そ して、当該認定事実を踏まえると、被告は、Bと共謀しこれと一連の行為で ある本件商標1の移転登録手続をも行ったものと推認するのが相当である。
したがって、被告は、Bと共謀して本件商標1及び2に係る移転登録を行 ったものと認めるのが相当であるから、共同不法行為責任を免れないという べきである。
? これに対し、Bは、本件商標2が第三者である櫻山の保有になったことに 憤り、被告に抗議しても取り合ってもらえなかったから、単独で本件商標2 の移転登録手続をした旨供述している(B・2頁及び6頁)。
しかし、Bの供述の信用性を検討するに、自らが本件商標1及びB商標1 ないし3に係る一連の手続をした経緯について、よく覚えていないが思い起 こすと、特許庁から申請の不備を指摘されてヒステリックになり、ADHD (乙ロ9)の症状で衝動的になっていた部分もあるように思うなどと供述す るにとどまるなど、極めて曖昧なものであって、それ自体信用性を欠くとい うほかない(乙イロ12・3頁ないし5頁、B・3頁、4頁及び7頁)。し 20 かも、Bは、本件商標1及び2の移転登録申請書における櫻山名義の印影は、
これまで櫻山の事務手続でも行っていたように画像データを書面に印刷した ものであり、それ以後も含め、櫻山の印鑑の実物を使用したことはないと断 言するものの(同・2頁、13頁ないし15頁及び32頁)、上記において Bが供述する櫻山の事務手続は、被告の説明内容とも相違する上(被告・4 8頁)、甲18及び19の文書の「株式会社櫻山代表取締役」の印影は、B が、特許庁から書類を「直渡し」(甲16、17)された際、特許庁の窓口 で押印したものであることは明らかであるから、Bの供述は、その重要な点 において事実と異なるといわざるを得ない。そうすると、被告とは無関係に 本件商標2の移転登録手続をしたとするBの供述は、信用性が低いものとい うほかなく、上記推認を妨げるものとはいえない。
? また、被告は、本件商標2の移転登録手続は、Bによる単独の行為である として、縷々主張するものの、以下に説示するとおり、いずれも前記?の推 認を覆すに足りない。その理由は、次のとおりである。
ア 被告は、補助金事務局に指示に基づき、印鑑証明書の取得を依頼したに すぎず、Dを欺罔する意図はなかったと供述し、その旨主張する。
しかし、被告の供述自体(被告本人・6頁ないし8頁)も、当時の補助 金事務局とのやり取りにつき、余り覚えていないなどと極めて曖昧なもの である。その上、上記において認定したとおり、証拠(甲66)及び弁論 の全趣旨によれば、補助金事務局は、被告との間で、平成28年11月頃、
ものづくり補助金に関してやり取りをした事実がないのみならず、そもそ も同補助金に関する手続に印鑑証明書が必要となることはなく、補助金事 務局が、被告に対し、印鑑証明書の提出を求めた事実はなかったことが認 められる。そうすると、被告の供述は、客観的事実に反するものであり、
信用性が低いというほかない。
のみならず、被告は、Dに対し、これを羽後町役場に送付させ、確実に 21 正当に使用されるかのようにDをあえて誤信させる行為までしているので あるから、正当な理由による依頼ではなかったことを当時認識していたと いうほかない。この点につき、被告は、そのようにしなければ、印鑑証明 書の取得が遅滞するといった嫌がらせを受ける可能性があったと供述する ものの(被告本人・9頁)、本来の提出先に直接送付するよう依頼すれば 足りるのであるから、被告の供述内容は、それ自体合理的なものとはいえ ない。そもそも、被告は、平成28年11月7日、Dに対し、既に会社の 印鑑を渡してしまった以上、当該補助金に係る手続は、Dがするよう述べ ていたことが認められるのであって(甲13・添付資料4)、被告が、同 月9日になって、当該補助金に係る手続のため、羽後町役場を経由すると いう迂遠な方法を用いてまで、早急に印鑑証明書を取得しようとする動機 があったとは、認め難い。しかも、被告は、結局、上記入手に係る当該印 鑑証明書を補助金事務局に提出していないところ、被告は、当該印鑑証明 書を入手した後、これを青山の事務所に保管したとしながら、これを提出 しなかった経緯を具体的に供述することができないところである(被告本 人・9頁ないし11頁)。
これらの事情を踏まえると、上記において説示したとおり、被告は、B に使用させるため、補助金事務局に提出する必要性がないことを知りなが ら、その提出の必要があるかのようにDを誤信させ、櫻山の印鑑証明書を 入手したものと認めるのが相当である。
したがって、被告の主張は、採用することができない。
イ 被告は、Bが申請書に添付した印鑑証明書と、被告がDから入手した印 鑑証明書との同一性を争う旨の主張をしている。
しかし、証拠(甲8)及び弁論の全趣旨によれば、Bが申請書に添付し た印鑑証明書は、被告がDに櫻山の印鑑証明書の取得を依頼したのと同日 である平成28年11月9日、株式会社ホクショーの本店所在地を管轄す 22 る福島地方法務局で発行されていることが認められる。そして、当のB自 身も、上記にいう同一性自体は争っておらず、少なくともBが被告以外の 者から入手したものとは認め難い。そうすると、前記認定事実?カのとお り、Bが申請書に添付した印鑑証明書と被告がDから入手した印鑑証明書 とは、同一のものであると認めるのが相当である。
したがって、被告の主張は、採用することができない。
ウ 被告は、本件各商標権の移転登録が問題となるまで、本件各商標権の存 在を特には認識していなかったと主張する。
しかし、本件各商標権は、Bが櫻山の経営の前面から退いた後、被告が 代表取締役であった間、被告が推し進めたラスク菓子の製造販売事業に係 るものとして登録されたものであって、上記事業を支える重要な知的財産 権であったのであるから、櫻山の経営が、被告の手元から離れようとする 時期に、被告がその存在に思い及ばなかったとは認め難い。まして、被告 も、代表取締役を退任する前、Bから本件各商標権を取り返すように求め られたこと自体は認めているのであるから(被告本人・18頁)、被告が、
当時、本件各商標権の存在を特には認識していなかったなどといえないこ とは明らかである。
したがって、被告の主張は、採用することができない。
エ 被告は、被告には、本件各商標権を移転登録するなど、原告の業務を妨 害しようと考える動機はなかったと主張する。
しかし、被告は、前記認定事実によれば、株式会社ホクショーの支援を 受けたため、自らが考案したラスク菓子の製造販売に関する事業を同社に 引き渡すに至り、しかも、その間の経緯について、当初の合意に反すると 考えていたことになるのであるから、被告が、当該ラスク菓子に関する本 件各商標権を取り戻したいと考えたとしても、そのこと自体を不自然とい うことはできない。そして、Bが、本件各商標権を自らの名義に移転した 23 ことには争いがないところ、前記認定事実のとおり、被告は、代表取締役 退任後の櫻山とのトラブルにおいて、Bの助力を受けており、Bは、櫻山 の元従業員が新たに始めたラスク菓子の製造販売事業に関与しているので あるから、被告が、Bによる本件各商標の登録移転申請に協力し、B商標 1ないし3の商標登録申請に同意することは、上記の事実経過に鑑みると、
格別不自然なものとはいえない。
したがって、被告の主張は、採用することができない。
オ 被告は、B個人が櫻山に恨みを抱くなどしていた可能性を指摘して、被 告は、これに協力する関係にもなかったなどと主張する。
しかし、Bが、本件商標2の移転登録手続をする個人的な動機を有して いたとしても、被告にも、これに関与する動機が認め得ることは、上記エ において説示したとおりである。そして、被告とBが、当該手続の頃、原 告又は櫻山とのトラブルに関して、共同で行動することがあったことは被 告も自認するところ、前記アのとおり、被告が、当該手続のため、印鑑証 明書を取得していたと認められる以上、被告とBは、少なくとも当該移転 登録手続を協力する関係にあったといえる。そうすると、被告が、本件商 標権1やB商標1ないし3に係る手続についても、Bと協力する関係にあ ったと推認するのが相当であり、これを覆すに足りる的確な証拠はない。
したがって、被告の主張は、採用することができない。
? 以上のとおり、被告の主張を十分に考慮しても、被告は、Bによる本件各 商標権の移転登録手続を共謀し、B商標1ないし3の登録申請手続も容認し ていたというべきである。その他に、被告提出に係る準備書面及び証拠を改 めて検討しても、上記において説示した事実経過に鑑みると、上記判断を左 右するに至らない。なお、本件商標2の移転登録申請は、櫻山の代表者であ った被告の意思に基づくことになるところ、弁論の全趣旨によれば、櫻山は、
当時、Bに対し、本件商標2を移転する理由は何ら存在しなかったと認めら 24 れるから、これは櫻山に対する不法行為を構成するものと認められ、また、
櫻山が、Bに対し、本件商標1を譲渡するなどした事実が存在しないことに も格別争いがないことからすると、上記と同様に、これも櫻山に対する不法 行為を構成することは明らかである。
3 争点3(原告に生じた損害)について? 営業上の損害 ア 前記認定事実1?オのとおり、原告は、三越伊勢丹から、原告の商標登 録の問題を指摘され、商標登録に問題があるとカタログ等を作り直さなけ ればならないとして、平成30年の御中元のカタログ等の掲載はできない ことなどを告げられ、当該カタログ等の掲載による売上げを計上すること ができなかったことが認められる。
そうすると、少なくとも、原告がB商標2及び3に係る無効審決を得た 令和2年5月まで、原告の商品を当該カタログに掲載し得なかったことに よる損害は、被告による本件各商標権の移転に係る不法行為と相当因果関 係がある損害と認めるのが相当である。
これに対し、被告は、原告が、三越伊勢丹の実店舗での販売を継続し得 ていることからすれば、商標登録が問題であったとは考えられず、また、
原告が、原告の商品を当該カタログに掲載し得なかったのは、原告が、経 営陣を被告から交代するに当たり、三越伊勢丹の信頼を失ったことが主た る原因であるなどと主張する。しかし、被告も主張するとおり、原告は、
以後も実店舗での販売は継続し得ているのであるから、三越伊勢丹にカタ ログ等の掲載を拒否された理由が、原告がそもそも三越伊勢丹の信頼を失 ったことによるものとは、直ちに認め難い。そして、実店舗は、原告の従 業員が、原告専用のブースで販売するものであるのに対し(原告代表者・ 14頁)、カタログ等は、他の店舗の商品と一緒に掲載され、問題があれ ば全体を作り直さなければならないものであると認められることからする 25 と(C・14頁から15頁)、商標登録に問題があるためにカタログ等の 掲載を拒否されたとするCの証言は、その内容に照らして信用することが できる。そうすると、上記拒否により生じた損害は、本件各商標権の移転 に係る不法行為と相当因果関係がある損害というべきである。
したがって、被告の主張は、採用することができない。
イ そして、証拠(甲65)及び弁論の全趣旨によれば、原告(櫻山)の平 成27年4月から平成29年10月の3年間におけるカタログ等による平 均営業利益は、月額約30万円であるものと認めるのが相当であり、これ を覆すに足りる的確な証拠はない。そうすると、上記営業利益に基づき逸 失利益の算定するのが相当である。
これに対し、原告は、平成28年の実績のみを前提として、営業利益は 月額55万円であると主張するが、同年は、他の年の数倍の利益を上げ、
特に同年11月において、前年の11倍以上の利益を上げるなど例年とは 異なる特別な事情があったことが認められることからすると、逸失利益の 算定に当たっては同年のみの実績によるのは相当ではない。
これに対し、被告は、原告提出に係る証拠(甲65)の記載は、営業利 益の計算過程も明らかにされていないなどと主張するが、原告は、被告が 櫻山の元代表取締役であった当時の計算過程と同様であるとして、その内 容を説明しているのに対し(原告準備書面(5))、被告は、被告は櫻山 の元代表取締役でありながら抽象的な指摘をするにとどまり、何ら具体的 に実質的な反論しないでいたのであるから、本件訴訟の経過及び弁論の全 趣旨を踏まえても、被告の主張は、採用の限りではない。
ウ もっとも、証拠及び弁論の全趣旨によれば、原告は、引継ぎが十分でな かったなど商標とは別の問題で、平成29年の御歳暮のカタログ等の掲載 をすることができず、平成30年の御中元のカタログを掲載しようとした ところ、平成29年12月15日、その掲載を拒絶されたという事実を認 26 めることができる(甲65、C・5頁)。そうすると、その損害算定期間 の計算上の始期は、通常の御中元のカタログの掲載時期その他の上記事情 を総合すると、平成30年5月とするのが相当であるから、原告の主張す る終期である令和2年5月までの25か月間に相当する750万円の限度 で損害を認めるのが相当である。
? 訴訟及び仮処分手続の費用 ア 証拠(甲24、29ないし32)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、
被告及びBによって、Bに対する本件各商標権の移転登録がされたため、
弁護士に委任し、Bに対し、当該移転登録を抹消する訴訟を提起し、これ に係る仮処分手続(以下、上記訴訟と併せて「別件訴訟」という。)をし たことが認められる。
そして、上記認定事実を前提として、被告は、印紙、郵券及び仮処分登 録免許税に係る上記の費用は、別件訴訟に係る訴訟費用額等の確定処分に よる回収を図るべきであると主張する。
イ そこで検討するに、原告は、Bとの関係においては、別件訴訟において 民事訴訟費用等に関する法律2条各号に掲げられた費目のものについて、
別件訴訟に係る訴訟費用額等の確定処分を経て取り立てることが予定され ているのであるから、原告が、もとより、これをBに対する不法行為に基 づく損害賠償請求において損害として主張することは許されない(最高裁 平成31年(受)第606号令和2年4月7日判決・民集74巻3号64 6頁参照)。
もっとも、別件訴訟の当事者以外の者に負担を求める場合には、別件訴 訟に係る訴訟費用額等の確定処分を経て取り立てることが予定されていな いのであるから、上記の理が直ちに当てはまるものと解するのは相当では なく、共同不法行為に係る損害賠償債務が連帯債務とされている趣旨に照 らしても、原告は、被告との関係においては、上記費目のものについて、
27 原告が、これを被告及びBに対する共同不法行為に基づく損害賠償請求に おいて損害として主張することは、許されるというべきである。
そうすると、少なくとも証拠から認定することができる印紙代18万5 000円(甲24)及び登録免許税16万3300円(甲31)の合計3 4万8300円の限度で、被告とBの共同不法行為と相当因果関係がある 損害であると認めるのが相当である ウ そして、別件訴訟の難易度、審理の経過、認容する請求の内容その他の 諸般の事情を考慮すれば、前記認定に係る本件商標1及び2の移転登録の 態様の悪質性及び当該抹消登録手続の難易性に照らしても、被告の不法行 為と相当因果関係のある弁護士費用は、50万円と認めるのが相当である。
? 特許庁での手続に係る費用 ア 原告は、B商標1ないし3の商標登録の申請がされたことを知ったこと から、これを阻止するため、特許庁に情報提供をしたとして、これに要し た弁理士費用が損害であると主張する。
しかし、証拠(甲40ないし49)及び弁論の全趣旨によれば、B商標 1は、Bが本件商標1及び2の権利者であることを前提としても、原告が 行った情報提供の程度にかかわらず、客観的に登録が拒絶されるものとい え、他方、B商標2及び3は、Bが本件商標1及び2の名義人である以上、
原告が行った情報提供の程度では、その登録を阻止し得ないものであった と認めるのが相当である。したがって、これらの情報提供に係る費用を被 告の不法行為と相当因果関係ある損害であると認めることはできない。
イ 原告は、原告が商標登録を申請した花柄ロゴ等について、審査官に対し て応答期間の延長を求めた手続に係る費用が損害であり、また、これらの 商標登録の申請が拒絶査定を受けたことから、これに対応するため、印紙 代及び意見書作成費用の弁理士費用を出捐したとして、これが損害である と主張する。
28 しかし、応答期間の延長を必要とする当時の事情や及び原告提出に係る 意見書の内容が具体的には明らかにされていないことを踏まえると、原告 主張の費用についてまで、被告の不法行為と相当因果関係がある損害であ ると認めるに足りないというべきである。
ウ 他方、B商標2及び3は、Bが本件商標1及び2の権利者であることを 前提に登録されたものであり、原告のラスク菓子の製造販売事業等に関連 するものであると認められるところ、前記2?のとおり、被告も、その登 録を容認していたと推認されるものであるから、その無効審判請求に係る 印紙代(申立手数料)及び弁理士費用については、被告の不法行為と相当 因果関係がある損害であると認めるのが相当である。
そして、Bが原告の無効審判請求に対し何らの答弁をしなかったこと、
当該無効審判請求に先立ってBに対する本件商標1及び2の移転登録の抹 消手続を命ずる判決(甲24)が確定していたこと、その他の上記無効審 判請求の難易度、審理の経過、認容する請求の内容(甲48、49)等を 考慮すると、被告の不法行為と相当因果関係がある費用は、申立手数料等 11万2400円(甲33の14、15)に、上記の事情を踏まえた弁理 士費用相当損害額30万円を加えた41万2400円の限度で認めるのが 相当である。
? 小括 以上によれば、原告に生じた損害は、上記合計876万0700円に、本 件訴訟の難易度、審理の経過、認容する請求の内容その他本件において認め られる諸般の事情を考慮して、本件訴訟に係る弁護士費用相当損害額87万 6070円を加えた963万6770円であると認めるのが相当である。
4 その他? 原告は、本件弁論準備手続が終結した後である令和4年1月8日、被告を 文書の所持者とし、被告が三越伊勢丹に代理人弁護士名で送付した文書(前 29 記1?オ)に係る文書提出命令の申立て(当庁令和4年(モ)第45号)を し、被告は、これが時機に遅れた攻撃防御方法であるとして、その却下を求 める申立てをしている。
そこで検討するに、前記3までに認定判断したところによれば、その取調 べの必要性を認めることができない上、前記文書提出命令の対象文書は、被 告が三越伊勢丹に送付した文書の控えを意味するものと理解されるところ、
これを被告が所持していると認めるべき証拠は存在せず、むしろ、証拠(乙 イ43、被告本人・14頁)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、これを所 持していないと認めるのが相当である。そうすると、上記文書提出命令の申 立ては訴訟の完結を遅延させるものとは認められないから、被告の時機に後 れた攻撃防御方法の申立てを却下するとともに、上記の理由をもって、上記 文書提出命令の申立てを却下することとする。
? その他に、当事者双方提出に係る準備書面及び証拠(Bの提出したものを 含む。)を改めて検討しても、本件事案の経過及び内容に鑑みると、前記判 断を左右するに至らない。したがって、上記判断に反する原告及び被告の主 張は、いずれも採用することができない。
5 結論 よって、原告の請求は、主文記載の限度で理由があるから、その限度で認容し、その余は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
追加
30 裁判官?野俊太郎は、転補につき、裁判官齊藤敦は、退官につき、いずれも署名押印することができない。
裁判長裁判官中島基至31 (別紙)別紙商標目録1本件商標1登録商標オウザンのクロワッサン・ラスク(標準文字)登録番号第5511786号出願日平成24年1月30日登録日平成24年1月30日商品及び役務の区分第30類指定商品又は指定役務クロワッサン、ラスク2本件商標2登録商標(下図のとおり)登録番号第5511808号出願日平成24年2月6日登録日平成24年2月6日商品及び役務の区分第30類指定商品又は指定役務クロワッサン、ラスク32
裁判長裁判官 中島基至