関連審決 |
審判1996-1381 無効2000-35266 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成21ワ17204職務発明の対価請求事件 | 判例 | 特許 |
平成9ネ1476 | 判例 | 特許 |
判例 | 特許 | |
平成8ワ1898 | 判例 | 特許 |
平成8ワ11205 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 識別力 / 指定商品 / 周知性 / 混同を生ずるおそれ(混同を生じるおそれ) / 広義の混同 / 狭義の混同 / 4条1項15号 / 著名商標 / 希釈化(ダイリュージョン) / 外観(外観類似) / 称呼(称呼類似) / 観念(観念類似) / 出所の混同 / 非類似 / |
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事件 |
平成
14年
(行ケ)
538号
審決取消請求事件
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原告 日本医薬品工業株式会社 訴訟代理人弁護士 稲元富保 訴訟代理人弁理士 宮田信道 被告 日本新薬株式会社 訴訟代理人弁理士 青山葆 同 河宮治 同 樋口豊治 同 西津千晶 同 清水尚人 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2003/05/08 |
権利種別 | 商標権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が無効2000-35266号事件について平成14年9月10日にした審決を取り消す。 (2) 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 主文と同旨 |
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特許庁における手続の経緯等及び審決の理由
以下は,当事者間に争いがなく,かつ,証拠(弁論の全趣旨を含む。)によって認定できる事実である。 1 特許庁における手続の経緯等 原告は,登録第4263430号の商標(「イルガスロン」の片仮名文字を横書きして成り,第5類「薬剤」を指定商品として,平成10年3月3日に登録出願され,平成11年4月16日に登録された。以下,「本件商標」といい,その出願を「本件出願」,その登録を「本件登録」という。)の商標権者である。 2 被告は,平成12年5月15日,本件登録を,その指定商品中「消化性潰瘍治療剤」に関して,無効とすることについて審判を請求した。特許庁は,これを無効2000-35266号事件として審理し,その結果,平成14年9月10日,「登録第4263430号商標の指定商品中「消化性潰瘍治療剤」についての登録を無効とする。」との審決をし,その謄本を,同月24日原告に送達した。 (甲第1号証,弁論の全趣旨) 3 審決の理由 審決の理由は,別紙審決書の写しのとおりである。要するに,@被告の有する登録第2380832号の商標(「ガスロンN」の文字を書して成り,第1類「化学品(他の類に属するものを除く)薬剤,医療補助品」を指定商品として,平成元年2月15日に登録出願され,平成4年2月28日に登録された。以下「引用商標B」ということもある。)は,消化性潰瘍治療剤の商品名として使用され,本件出願日である平成10年3月3日よりも前に,取引者・需要者間に広く知られるようになって,本件出願日に著名性を有していたこと,A引用商標B「ガスロンN」のうち,「N」は,識別力を有しない単なる記号であり,「ガスロン」の文字部分が,取引者・需要者により独立して認識され得ること,B本件商標「イルガスロン」も,常に一体不可分なものとして認識されなければならないものではなく,その中の「ガスロン」の文字が,独立して,取引者・需要者により認識され得ること,の各事項を認定した上,これらを前提にすれば,本件商標を,消化性潰瘍治療剤に使用するときは,これに接する取引者・需要者が,被告又は被告と組織的,経済的に何らかの関係を有する者の取扱いに係る商品であるかのように,商品の出所について混同を生ずるおそれがある,とみるのが相当である,と判断して,本件登録は,商標法4条1項15号に該当するとするものである。 |
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原告主張の審決取消事由の要点
審決は,引用商標Bの周知著名性についての認定判断を誤り(取消事由1),同商標の一部(「ガスロン」)が独立して周知著名性を持つと誤って認定判断し(取消事由2),本件商標も,その一部である「ガスロン」の文字部分が,独立して,取引者・需要者により認識され得ると誤って認定判断し(取消事由3),本件商標と引用商標Bを,共に消化性潰瘍治療剤に用いた場合,取引者・需要者において出所の混同を生じるおそれがある,と誤って判断した(取消事由4)ものであり,これらはそれぞれ結論に影響するものであるから,違法として取り消されるべきである。 1 取消事由1(本件出願時における引用商標Bの周知著名性についての認定判断の誤り) (1) 被告の商品である「ガスロンN」(以下「被告商品」ということもある。)の売上げは,平成2年から平成10年までの間,年間50億円程度にすぎない。 これに対し,同じ消化性潰瘍治療剤の分野では,平成10年度の卸販売薬価でみると,山之内製薬の「ガスター錠」の年間売上高は約862億円,エーザイの「セルベックス」が約410億円,大塚製薬の「ムコスタ」が約273億円,武田製薬の「タケプロン」が約105億円,グラクソの「ザンタック」が約200億円,三共の「ザンタック」が約161億円,寿の「マーズレン」が約182億円,ゼリアの「アシノン」が約125億円,帝国臓器の「アルタット」が約121億円,SBSの「タガメット」が約149億円である。 被告商品と同程度の売上げのある製品としては,ガストローム(田辺製薬),アルサルミン(中外製薬),パリエット(エーザイ),オメプラール(アストラ),アプレース(杏林),ノイエル(第一製薬),ソロン(大正製薬)がある(甲第2号証)。 このように,本件出願時,被告商品の数倍の売上高を持つ製品に限っても多数存在した。被告商品の発売当時から,このような状態が続いていた。 (2) 消化性潰瘍治療剤の市場規模は,平成10年度の薬価でみると,約3500億円である。被告商品の売上げは,市場占有率にしてわずか1.3%程度にすぎない(甲第2号証)。 (3) 特許庁の特許電子図書館の日本有名商標集には,例えば「ガスター/Gaster」は掲載されているが,引用商標Bは掲載されていない(甲第3号証)。 (4) 医薬マーケティング総合誌「月刊ディテールマン DETAILMAN INFORMATION」(後に「月刊ミクス MEDICAL INFORMATION EXPRESS」に改名)等において,被告は,平成元年から平成3年の3年間で,計259回の広告を出稿していた。しかし,平成4年以降の広告出稿回数は,上記総合誌の集計下限数以下であって,具体的な回数は不明である。他方,同じ消化性潰瘍治療剤の分野に属する「ガスター」は,昭和62年〜平成2年,平成4年,平成5年,平成7年,平成10年の8年間に,計458回の製品広告を出稿している。被告は,被告商品「ガスロンN」の宣伝広告に努めたというが,広告出稿回数が多いとは認められない。 そもそも,被告商品の約8倍の売上高を有している「セルベックス」の広告出稿回数が,平成元年及び平成2年の2年間で,わずか87回であることに照らせば,広告出稿回数と取引者・需要者の知名度(売上高,市場占有率)との間に強い相関関係はない,ということができるのである(甲第26号証ないし第33号証,第35号証,第38号証)。 (5) 被告のMR(Medical Representative:医薬情報担当者,以下単に「MR」ということもある。)の数は,被告商品の発売の前後を通して,さほど大きく変動しておらず,昭和61年当時,業界で22位であり,被告商品発売当時,製薬業界上位3社の3分の1程度であった。そして,平成元年以降は,40位前後に後退している。 MRは,パンフレット等を持参して直接医師と面接し,あるいは,担当する医局単位や医師会単位でセミナーや講演会を開催して,販売促進活動をする。医療用医薬品は,一般向けの広告ができないから,MRの人数が,医療用医薬品の宣伝広告活動の多寡を決する一つの要因となる。 一方で,前述のとおり,被告が,被告商品の発売の前後を通じて,MRの数を大幅に増員したということはなく,むしろ,被告のMRの数は,医薬品業界内では相対的に低下しており,他方で,被告製品を同業他社と共同して販売することで,そのMRの支援を得たという事実もない。これでも,被告が,多大な労力を費やして,被告商品の宣伝広告活動に努めたというのであれば,被告以上の数のMRを擁する会社の製品は,すべて周知著名ということになる。そのようなことがあり得ないのは明らかである。 そもそも,医療用医薬品の知名度は,MRの数はもちろん,その質的能力及び当該医薬品の有用性(有効性,安全性,適用症の範囲,利便性,医療経済性等)で決まるものであり,それは,処方率,すなわち市場占有率の高さとなって現れる。この点でも,市場占有率がわずか1%程度の被告商品が,周知著名であるということはあり得ない(甲第26号証ないし第41号証)。 (6) 論文数で比較しても,昭和56年から平成14年までの間に,「ガスター」(又は成分名ファモチジン)については合計456件,「セルベックス」(又は成分名テプレノン)については92件の論文が発表されているのに対し,被告商品についての記載がある論文は,わずか26件にすぎない(甲第42号証及び第43号証)。 (7) 医学専門書に紹介されている件数においても,被告商品は,「ガスター」,「セルベックス」と比較して少ない。なお,引用商標Bと類似する「ガスコン」も,同一機序による競合薬がないという理由で,多数の医学専門書で紹介されている(甲第45号証〜第59号証)。 (8) 以上のような事実に照らすと,たとい,被告が,新聞,雑誌,医薬情報担当者による広告宣伝活動を行ったとしても,被告商品が,医薬品の取引者・需要者の間で広く知られていたものと認めることはできない。 この点に関する審決の判断は,誤っている。 (9) 被告は,「マレイン酸イルソグラジンを有効成分とする」,「防御因子増強型」の消化性潰瘍治療剤として,被告商品が周知著名であると主張している。 これは,被告商品の市場占有率を,見かけ上高めるための議論にすぎない。また,被告商品が,マレイン酸イルソグラジンを有効成分としているという事実が,取引者・需用者に広く知られていた,という事実もない。 そもそも,マレイン酸イルソグラジンを有効成分とする消化性潰瘍治療剤のみを扱う市場などというものはあり得ず,そのような薬剤のみを扱う医療関係者は存在しない。現在までに,マレイン酸イルソグラジンを有効成分とする医薬品のみが治療効果を現し,他の成分を有効成分とする消化性潰瘍治療剤が無効であったなどという患者は発見されていないのである。確かに,作用機序,効能効果,用法用量,副作用等は,医薬品の市場占有率を左右する有用性の要素ではある。しかし,それらの違いによって,限局した医薬品市場が形成される,ということまで生じるわけではない。 医師の専門性を考慮すれば,消化器官用薬のみを扱う医師の存在することまでは考えられる。しかし,それでも,マレイン酸イルソグラジンを有効成分とする消化性潰瘍治療剤のみを扱う医師などという存在はあり得ない。薬剤師,購買担当者,医薬品卸業者に至っては,当然,多種多様な薬を扱っている。 被告商品の周知著名性は,判断の基礎となる市場を細分化するとしても,本来,消化器官用薬(薬効分類表の23,甲第7号証)一般を扱う市場を採り上げ,これを基礎として判断すべきである。そうすると,被告商品の市場占有率は,前記の1.3%より,さらに小さい,微々たるものになる。仮に,防御因子増強型の消化性潰瘍治療剤で考えるとしても(これのみを扱う市場もまた,現実には存在し得ない。),2.8〜3.5%程度である。 審決は,被告商品の市場占有率が,100%に近いものであると認定しているが,この認定は,架空の市場を前提としている点で,誤っている。 仮に,被告が主張するような限局された市場を想定することが許されるなら,特許権が切れるなどして後発品が参入するまで,先発品の市場占有率は100%となり,すべての先発品は周知著名ということになる。このような結論が不当であることはいうまでもない。 (10)以上のとおりであるから,被告商品は,いかなる意味においても,周知著名であったということはできない。審決の認定は誤っている。 2 取消事由2(引用商標Bの要部の認定の誤り及び「ガスロン」の部分の周知著名性の認定の誤り) (1) 消化性潰瘍治療剤が属する薬効別分類23の「消化器官用薬」には,医薬品業界において,長年使用され著名な「ガスコン」という商品が存在している(甲第第4号証)。 「ガスコン」と「ガスロン」とは,外観上,3文字目の左側縦線があるかないかのみのわずかな違いしかなく,字数も同じで,極めて強度に類似している。 称呼上も,「コ」と「ロ」の違いのみで,非常に近い。にもかかわらず,引用商標Bとこの「ガスコン」とが区別されたのは,引用商標B中に「N」の文字が存在するためである。 このような引用商標B「ガスロンN」から「N」を除いた「ガスロン」だけを取り出し,それが要部であると考えるのは,誤りである。 (2) 被告は,登録第2150317号商標(「ガスロン」及び「GASLON」の文字を二段に横書きして成り,第1類「化学品(他の類に属するものは除く)薬剤,医学補助品」を指定商品として,昭和62年1月19日に登録出願され,平成元年6月23日に登録された。以下「引用商標A」ということもある。)を有している。しかし,被告は,引用商標Aを用いず,引用商標Bの登録出願をし,その登録を得て使用している。これは,「ガスロン」と「ガスコン」とでは出所の混同を生じるが,引用商標B「ガスロンN」では,「N」の字があるため,そのおそれはないと,被告自ら判断したためにほかならない。 (3) 1で述べたとおり,被告は,引用商標B「ガスロンN」を標章として用いて,新聞,雑誌,医薬情報担当者に対する,被告商品の広告宣伝活動をしたにすぎず,それが,本件出願当時,周知著名となっていたというわけではない。したがって,その一部にすぎない「ガスロン」が,本件出願時,周知著名であったということもあり得ない。 3 取消事由3(本件商標のうち「ガスロン」が,独立して認識され得ると認定したことの誤り) 審決は,本件商標は,特段の語義を有しない造語であるから,常に一体不可分のものとして認識されなければならない格別の理由はない,とする。しかし,そうであるとしても,そのことは,当然に,可分のものとして認識されることを意味するものではない。出所を混同する主体である取引者・需要者の観点から,本件商標を可分なものとして認識するか否か,を検討すべきである。 薬品の取引者・需要者に含まれる,医師,薬剤師,医薬品取扱業者は,医薬品の専門家ないしこれに準じる者であり,医薬品の取り違えが重大な事故につながることを認識している。本件商標を,「イル」と「ガスロン」に分離して認識するなどということは,到底考えられない。 一般の患者は,医薬品に関する知識が十分ではない。しかし,本件商標は,わずか6文字から成るものであるから,一つのまとまり「イルガスロン」として認識され,称呼される,とみるのが自然である。「ガスロンN」が周知著名であったのであれば,そのことにより,一般の患者が,「イルガスロン」からガスロンのみを取り出して認識,称呼することが生じ得ると考えられるとしても,「ガスロンN」が周知著名であったわけではないことは,前述のとおりである。 本件商標は,あくまで「イルガスロン」としてのみ認識されるものである。 4 取消事由4(商品の出所の混同を生じないことについて) (1) 審決は,引用商標Bないしそのうちの「ガスロン」の文字部分が周知著名であったことを,出所の混同を生じるおそれの一つの論拠としている。 前記のとおり,消化性潰瘍治療剤における,被告商品「ガスロンN」の市場占有率は,わずか1.3%程度である。被告商品が,マレイン酸イルソグラジンを主成分とするという事実が周知著名であったこともない。被告商品,ひいては引用商標Bが周知著名であった,ということはできない。まして,引用商標B「ガスロンN」の一部である「ガスロン」のみが,消化性潰瘍治療剤の名称として周知・著名であった,ということはできない。 (2) 前述のとおり,医師が,商品名を取り違えることはあり得ない。 (3) 調剤指針(甲第9号証)によると,医薬品の入庫・保管に際しての分類方法として,法的規制別,薬効別,薬形別,薬品名の五十音別などがあり,実際には,これらを組み合わせて保管している。 原告の製品である「イルガスロン」(以下「原告商品」ということもある。)と被告商品「ガスロンN」とを,消化性潰瘍治療剤の保管棚に収納する場合でも,五十音順に並べるのが一般的である。そうすると,両者の間には,例えば,「イルガスロン」の次に,「ウガロンカプセル」(被告),「エラシオンカブセル」(扶桑薬品),「オメプラゾン」(三菱ウェルファーマ),「ガスター」(山之内製薬),「ガストロゼピン」(田辺製薬及び日本ベーリンガー),「ガストロフィリンA」(富山化学)等の消化性潰瘍治療剤が置かれる。したがって,両者が取り違えられることはない。 病院薬局,保健薬局では,コンピュータ等を用いた調剤業務の自動化システムが普及しており,薬品名は,3文字以上入力されるよう工夫されている。本件商標と引用商標Bは,先頭3文字が明らかに異なるから,この点でも,明確に区別される。 薬剤師が,被告商品と原告商品とで,出所を混同することはない。 (4) 卸売業において,倉庫で商品を保管するに際し,大きくメーカー別に分類し,その中で商品群別に分類し,さらに単品ごとに置き場を決める。 発注伝票に基づいて作成されるピッキング・リスト(集品指示書)には,少なくともメーカー名(又は置き場),商品名及び発注数量が記載されている。集品作業員(ピッカー)は,メーカー別の商品の置き場を探し出すので,「イルガスロン」と「ガスロンN」が,取り違えられることはない。 システムによっては,未熟な集品作業員でも,ピッキング(集品作業)ができるよう,商品の置き場を棚ロケーション・コード化することが行われている。 この場合,商品の置き場所,商品コード,商品名を知らなくても,ピッキングができる。未熟練の作業員でも,「イルガスロン」と「ガスロンN」を取り違えることはない(甲第11号証)。 実際に,薬局におけるインシデント事例(平成13年4月1日〜平成14年3月31日)でも,「イルガスロン」と「ガスロンN」が取り違えられた例は報告されていない(甲第12号証)。 (5) 「アロシリトール」と「ロシリトール」(甲第13号証,第14号証),「エスキノン」と「スキノン」(甲第15号証,第16号証),「カドラール」,「セドラール」,「ドラール」と「ハイドラール」(甲第17号証ないし第21号証),「ブチルミン」と「チルミン」(甲第22号証,第23号証),「ビソルボン」と「ソルボン」(甲第24号証,第25号証)は,それぞれ異なる商標権者が登録を得ている。このように,ある商標とその先頭に1文字ないし2文字を付加した商標とが互いに類似しないと扱われている例は,実務上珍しくない。 (6) 審決は,「イルガスロン」に接する取引者・需要者が,それが,あたかも被告又は被告と組織的,経済的に何らかの関係を有する者の取扱いに係る商品であるかのように,商品の出所の混同を生ずるおそれがある,と認定している。 医療用医薬品は,不特定多数人の取引に供されるものではなく,広告宣伝も,医療関係者に対して以外にはなされない。原告商品「イルガスロン」は,医療関係者に対し,被告商品と同程度の広告宣伝行為をしている。前述のとおり,医療関係者が,原告商品と被告商品とを取り違えることはあり得ない。 患者についてみても,医療用医薬品は,医療関係者以外への広告宣伝ができないのであるから,そもそも,引用商標Bが周知著名となることはあり得ない。 また,「イルガスロン」と「ガスロンN」は,外観,称呼及び観念のいずれも相違しているから,この点からみても,患者が,出所の混同を生じることはあり得ない。 (7) 被告商品と原告商品は,有効成分を同じくすることから,適用症の範囲等に違いはなく,競合を生じるのは,主として薬価差である。それゆえ,被告のいう先発品を製造販売する企業が,たとい,協業関係・資本関係があったとしても,他社に対し後発品の製造販売を許可することはあり得ない。医療関係者が,薬価が安い後発品を製造販売する企業と先発品を製造販売する企業との間に何らかの関係がある,と考えることはない。 換言すると,医療用医薬品において,現行の医療保険制度(薬価制度)の下では,先発品と後発品とで出所の混同を引き起こす可能性はない。 (8) したがって,周知著名でない「ガスロン」の文字を含むからといって,「イルガスロン」の標章を付された原告商品が,被告商品と出所の混同をきたすことはない。 (9) 特許庁は,「セレガスロン」が,引用商標A「ガスロン」と出所の混同を生じさせるおそれがない,と判断した(平成8年審判第1381号・甲第62号証)。本件で,審決は,本件出願時,引用商標Bが既に周知著名であったとして,「セレガスロン」に関する上記審決を,本件で参考とすることはできない,としている。 しかし,仮に,本件出願時,引用商標Bが周知著名であったとする理由付けが正しいというのであれば,上記別件においても,「セレガスロン」が商標登録出願された平成2年1月30日の時点で,やはり「ガスロンN」は周知著名であったといえるはずである。結局,上記別件の審決は,「ガスロン」ないし「ガスロンN」が周知著名であっても,「セレガスロン」は,「ガスロンN」と出所の混同を生じないものであると判断したものと理解されるべきである。そうである以上,本件商標「イルガスロン」と引用商標B「ガスロンN」も,出所の混同を生ずるおそれがないものと判断されるべきである。 |
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被告の主張の要点
1 取消事由1(本件出願時における引用商標Bの周知著名性についての認定判断の誤り)に対して (1) 市場占有率が低いことをもって,直ちに周知著名性が否定されるものではない。そもそも,本件で争点となる,出所の混同のおそれは,市場占有率が低ければ存在しない,という性質のものではない。 出所の混同のおそれは,その商標の使用期間,使用規模(主に売上高),宣伝広告による浸透度(主にPR方法・広告宣伝費)等の周知著名性を形成する要件に加え,商品が競合関係にあるか否か(具体的混同のおそれ)や,競合関係にない場合には一般的混同のおそれの有無(協業関係・資本関係等の一定の関係の存在を類推せしめる事情)等の諸事実を総合して,判断すべきである。 (2) 薬剤は,一般的に,有効成分が異なると作用機序,効能効果,用法用量,副作用等に違いを生じる。適応症が同一であっても,有効成分が異なると,多くの場合代替不能である。 消化性潰瘍治療剤とは,「消化液,とくに胃液中の塩酸およびペプシンによる自己消化作用により,消化管領域に発生する潰瘍」を治療する薬剤をいう(乙第1号証)。消化性潰瘍治療剤には,大別して,胃酸分泌を抑える攻撃因子抑制型と,胃粘膜の血流を増加し,胃粘膜保護液の分泌を促進させる防御因子増強型があり,これらの間に代替性はない。 市場占有率を問題にする際,その市場は,消化性潰瘍治療剤全体ではなく,競合しかつ代替性のあるマレイン酸イルソグラジンを有効成分とする防御因子増強型消化性潰瘍治療剤を基準とすべきである。被告商品と,その有効成分が異なる他の消化性潰瘍治療剤とは,直接競合するものではないから,被告商品の市場占有率を考えるに当たり,それらを除くのは当然である。 被告商品は,平成元年度から平成9年度までの間,マレイン酸イルソグラジンを有効成分とする防御因子増強型の消化性潰瘍治療剤に関して,100パーセント近い市場占有率を有していた。現在でも90パーセント以上の市場占有率がある。したがって,このことを一要素として,引用商標Bの周知著名性を認めた審決の判断に誤りはない。 原告は,マレイン酸イルソグラジンを有効成分とする防御因子増強型の消化性潰瘍治療剤のみを扱う,限局された市場を想定することはできない,と主張する。しかし,医師や薬剤師が,薬剤の有効性,安全性,適用症の範囲,利便性,医療経済性等も考慮しつつ,その患者の症状に最も適合する消化性潰瘍治療剤を選択するのは当然である。したがって,医師や薬剤師が,特に,「マレイン酸イルソグラジン」を有効成分とする「防御因子増強型」消化性潰瘍治療剤を選択する場合は,十分に想定することができる。 (3) 原告は,特許庁の特許電子図書館の「日本有名商標集」に,引用商標Bが掲載されてないことを,その周知著名性を否定する一つの論拠としている。しかし,特許庁自身,「ただし,本検索システムに我が国の周知・著名商標の全てが蓄積されている訳ではありません。周知・著名商標のデータに関しては,今後とも,逐次蓄積を行っていく予定ですのでご注意ください。」と断り書きを入れている。 (4) 被告商品は,当該分野における世界初の新薬である。新薬は,医薬品メーカーの広告宣伝活動をとおして,その分野の医療関係者の耳目を集めるのが通常である。そして,発売時点で相当知れわたり,薬効が顕著であれば,比較的速やかに周知著名になることは,経験則上明らかである。なぜなら,医薬品メーカーは,新薬を開発するに至るまでに膨大な時間と経費をかけるから,この先行投資の回収を図るため,いったん国の許認可を得た後は,徹底的な情報伝達活動を行うからである。 被告も,そのような活動を行ってきた。 2 取消事由2(引用商標Bの要部の認定の誤り及び「ガスロン」の部分の周知著名性の認定の誤り)に対して (1) 薬剤名に付けられたアルファベットの1文字ないし2文字は,成分名表示,等級表示,剤形表示として類型的に使用されている。アルファベットの1文字ないし2文字を除いた部分が,識別上の要部と認識する需要者は少なくない。 (2) 特許庁が,「ガスコン」と「ガスロンN」が商標として非類似であると判断したからといって,「N」が識別性を持つ部分と扱われるべきであるということにはならない。 本件では,出所の混同を生じるおそれがあるか否かが問題となっている。 商標の類似と出所の混同のおそれとは,別の概念である。 3 取消事由3(本件商標のうち「ガスロン」が,独立して認識されうると認定したことの誤り)に対して 原告は,本件商標「イルガスロン」の文字が,一体不可分のものとして認識されるのであれば,引用商標B「ガスロンN」と出所の混同を生じるおそれがないかのように主張する。原告のこの主張は,商標の外観・称呼・観念を道具概念とする商標の類否に関する議論であって,本件で問題とされている出所の混同の蓋然性の議論には当てはまらない。 審決は,「本件商標(判決注・本件商標「イルガスロン」を指す。)は,これをその指定商品中の「消化性潰瘍治療剤」に使用する場合には,請求人(判決注・被告を指す。)がマレイン酸イルソグラジンを主成分とする消化性潰瘍治療剤に使用し著名な商標である「ガスロン」の文字をその構成中に有するので,これに接する取引者,需要者が恰も請求人または請求人と組織的,経済的に何らかの関係を有する者の取扱いに係る商品であるかのように商品の出所について混同を生ずるおそれがあるというのが相当である。」(19頁6行目〜11行目)と説示している。これは,両商標の類否そのものについて論じているのではない。取引者・需要者が,本件商標の「ガスロン」の文字部分に着目することを,混同のおそれの存否を判断するに当たり参酌したものである。そして,本件商標「イルガスロン」において,取引者・需要者が「ガスロン」の文字部分に着目することは十分あり得るのである。 4 取消事由4(商品の出所の混同を生じないことについて)に対して (1) 商標法4条1項15号は,混同の蓋然性を問題にしている。現実の混同の存在が要件となるのではない。そして,同号における商標の観察方法としては,「時と処を異にした間接離隔観察」が採られるべきであって,「直接対比観察」に限定されるべきではない。 同条は,競合商品間の狭義の混同のおそれだけでなく,何らかの資本的(経済的)関係若しくは協業的(組織的)関係が存在するかのように誤認させるおそれを含む広義の混同のおそれをも,防止するための規定である。 (2) 医薬品業界では,昨今,新薬の開発に当たり他社との共同開発,技術提携又は共同販売が行われることは珍しくない(乙第6号証)。これに照らせば,引用商標Bと本件商標に接した需要者は,原告と被告とが,組織的,経済的に何らかの関係があると推認してしまい,広義の混同が生じ得る,ということができる。この,広義の混同を避ける必要があるのである。 (3) 被告商品と原告商品は,共に,マレイン酸イルソグラジンを有効成分とする防御因子増強型の消化性潰瘍治療剤であり,原告商品は,厚生労働省から,薬理・薬効が被告商品と同等と認められた,完全に代替可能な薬剤である。被告商品が,特許切れの先発医薬品(新しい効能や効果を有し,臨床試験等により,その有効性や安全性が確認され,国から承認された新薬)であり,原告商品が後発医薬品(先発医薬品の特許が切れた後に,先発医薬品と有効成分等が同一であるとして,臨床試験などを省略して承認された医薬品)に当たる。両者は完全に競合する。 本件商標「イルガスロン」が原告商品に,引用商標B「ガスロンN」が被告商品に付された場合,両者の間で,出所の混同を来すおそれがあることは明白である。 (4) 取引者・需要者は,「イルガスロン」中の「ガスロン」の文字部分に着目し,「ガスロン」や「ガスロンN」を容易に連想し得る。これにより,引用商標Bの持つ指標力が希釈化され,これに化体した業務上の信用が毀損されることになる。 原告は,医師や薬剤師が準拠する「調剤指針」(甲第9号証)や,卸売業者による商品の仕分け方法,ピッキング方法(甲第11号証)を縷々論じる。しかし,これらは,すべて,直接対比観察による場合の,現実の混同の不存在の例を挙げただけのものにすぎない。 (5) 原告は,市場占有率,広告出稿回数,論文の数,医学専門書での掲載数等に関して,被告商品が,「ガスター」や「セルベックス」等に比較して少ないことを指摘する。 しかし,要は,医師が当該疾患に対する薬物療法における第一選択肢として想起する薬物,あるいは患者が是非とも処方して欲しいと願う薬物同士の間で,出所の混同のおそれがあってはならない,ということなのである。被告商品と有効成分を異にする上記ガスター及びセルベックスと,被告商品との間には,代替性がなく,当該疾患に対する薬物療法における第一選択肢として,医師が共に想起したり,患者が処方を願うような関係はない。これらとの間で,出所の混同のおそれを検討する必要はない。 (6) 原告が挙げる「セレガスロン」の事案では,単に,その登録出願時(平成2年1月30日)に,引用商標Bが周知著名であったとは認定できない,との前提に基づいた判断がされたにすぎない。本件と結論が異なるのは当然である。 |
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当裁判所の判断
1 原告商品及び被告商品の性質等について 消化性潰瘍治療剤は,攻撃因子抑制型と防御因子増強(強化)型に分類される。防御因子増強型の消化性潰瘍治療剤は,さらに,粘膜抵抗強化薬(潰瘍病巣保護薬,組織修復促進薬),粘液産生・分泌促進薬,胃粘膜微小循環改善薬に分類される。マレイン酸イルソグラジン(Irsogladine Maleate)は,防御因子増強(強化)型の消化性潰瘍治療剤のうちの,胃粘膜微小循環改善薬に該当し,胃粘膜上皮の細胞間接合を強化し,粘膜細胞そのものを安定強化することによる細胞防御作用のほか,胃粘膜の血流を増加させる作用を有する,とされている。防御因子増強型の消化性潰瘍治療剤は,単体では必ずしも効果は高くないが,攻撃因子抑制型の薬と併用すると有用である,とされている。 原告商品と被告商品とは,いずれも,マレイン酸イルソグラジンを有効成分とする,防御因子増強型の消化性潰瘍治療剤である。 被告商品名及び引用商標B中の「ガスロン」は,「gastric ulcer(胃潰瘍) long-acting(長時間作用)」からきている。原告商品名及び本件商標の「イルガスロン」は,「Irsogladine Maleate」,「gas tric ulcer(胃潰瘍) long-acting(長時間作用)」から来ている。 (甲第45号証,第46号証,乙第4号証,第5号証)。 2 被告商品の周知性の程度について(取消事由1に対する判断) (1) 被告商品は,昭和63年,厚生省の認可を得て,その製造・販売が開始された。平成元年度の売上高(卸販売薬価)は約13億円である。平成7年度から平成9年度は,60億円前後の売上げを得て,平成10年度以降は,おおむね50億円前後の売上高を達成している。消化性潰瘍治療剤全体での売上げ高の順位は,平成13年度で16位である。その市場占有率は,消化性潰瘍治療剤全体では1%前後,防御因子増強型消化性潰瘍治療剤全体では,2.8%ないし3.5%程度である。 (甲第1号証,第2号証,第8号証) (2) 被告は,被告商品の宣伝活動として,少なくとも,被告商品の上市直後,広告を出稿した。その件数は,「月刊ディテールマン DETAILMAN INFORMATION」(株式会社ミクス刊)の集計で,平成元年度は108件で,医療用医薬品全体での順位は2位,平成2年度は93件で3位であり,平成3年度は58件で24位である。 (甲第29号証ないし第31号証) (3) 平成2年ないし平成14年の間のもので,「ガスロン」ないし「ガスロンN」に関する医学論文(症例紹介の中で,処方されていることが記載されている程度のものを含む。)が,26件程度ある。 (甲第44号証) (4) 被告商品「ガスロンN」は,マレイン酸イルソグラジンを有効成分とする防御因子増強型の消化性潰瘍治療剤として,「治療薬マニュアル2001」(医学書院),「実地医家常用 薬2002 治療指針と便覧」(東京医療出版),「治療薬 Up-to-Date 2002」(メディカルレビュー社),「今日の治療薬 解説と便覧 2002」(南江堂),「Clinical Application and Management Selected Therapeutic Drugs in Medical Practice 2001〜2002(治療薬ガイド2001〜2002」(文光堂),「Prescription Update in Internal Medicine(最新 内科処方の実際-優秀処方例と治療薬ガイド)」(じほう),「2003 TODAY'S THERAPY(今月の治療指針 2003年版(Volume 45)(医学書院),「疾患と今日の処方 第3版」(医歯薬出版),「優秀処方とその解説 改訂38版」(南山堂),「薬局 2002年1月増刊号 病気と薬の説明ガイド」(南山堂)の医学専門書において,紹介されている。 (甲第45号証ないし第51号証,第53号証,第59号証。乙第2号証。ただし,甲第51号証に「マレイン酸イルソグラジン」の記載はない。また,乙第2号証に,「ガスロンN」の記載はない。) (5) 以上の事実によれば,被告は,マレイン酸イルソグラジンを有効成分とする防御因子増強型の消化性潰瘍治療剤の認可を受けた後,これに引用商標B「ガスロンN」の商標を付して,被告商品としてその製造販売を開始し,少なくとも当初3年間は,相当程度強力な広告宣伝活動を行い,その結果,相当数販売され,医療の現場で用いられるようになり,本件出願時までにそのことが複数の論文で紹介され,現在でも複数の医療専門書で紹介されていることが認められる。したがって,被告商品「ガスロンN」は,本件出願当時,その名称とともに,医療用医薬品の取引者・需要者の間で広く知られていた,と優に認めることができる。 被告商品が,マレイン酸イルソグラジンを有効成分とする消化性潰瘍治療剤として広く知られていた,とする限度で,審決の認定に誤りはない。 (6) 原告は,被告商品「ガスロンN」と「ガスター」や「セルベックス」とを市場占有率等の点で比較した上で,「ガスロンN」の周知著名性を否定する。確かに,被告商品は,上記2製品と比較すると,消化性潰瘍治療剤の分野における市場占有率は僅少であり,論文や医学専門書で取り上げられている頻度・回数もかなり劣る。 (甲第2号証,第3号証,第42号証,第43号証,第45号証ないし第61号証)。 しかし,同じ消化性潰瘍治療剤であるとはいえ,薬効(作用機序等)に違いがある被告商品と「ガスター」及び「セルベックス」とを,市場占有率等において単純に比較して,その結果を周知著名性の差に結び付けることが,周知著名性の認定方法として正当といい得るかには,疑問がある。この点はしばらくおくとしても,そもそも,他により周知度が高く,より著名であるといい得る商品が存在するというだけで,当然に被告商品の周知性が否定されるものではないことは,いうまでもないところである。 医療用医薬品という商品の特殊性を考えるときは,次のようにいうことができる。 医療用医薬品を第一次的に選択する責務を負うのは医師であり,その医師が薬剤を取捨選択するに当たっては,診断の結果と医師の持つ専門的知見に基づき,何より,当該患者の症例に最も合う薬剤を選ぶはずである。そこでは,医師は,薬剤の主たる有効成分に着目すると考えられるから,ある薬剤が,他の薬剤にはない成分であって,有効性があると認められた成分を含有している以上,その薬剤の売上高が比較的少なかったとしても,それだけで,市場に埋没してしまい,医師,ひいては薬剤師や医薬品を取り扱う業者から,省みられなくなって,周知性を失うとは考えにくい。そのようなことが起こり得るとすれば,例えば,完全に代替することが可能で,かつより有効性の高い(あるいはより安価な)薬剤が出現したような場合であろう。しかし,原告が挙げる「ガスター」,「セルベックス」等の薬剤(消化性潰瘍治療剤)が,被告商品に完全に代替可能で,かつ薬効ないし医療経済性においてより優れた薬剤であるとは,本件全証拠によっても認めることができない。 原告の前記主張は,採用できない。 3 引用商標B及び本件商標中の注目されやすい部分について(取消事由2及び同3に対する判断) (1) 前記のとおり,被告商品名,ひいては引用商標B中の「ガスロン」は,「gastric ulcer(胃潰瘍) lon g-acting(長時間作用)」から来ている。これは,端的に,薬剤の適用症と効能の特徴についての英語上の表現から造った略語であり,医師,薬剤師等専門的知識を有する医薬品の取引者・需要者にとっては,その由来を比較的容易に推測できる性質のものであると認められる。したがって,引用商標Bを,消化性潰瘍治療剤に用いるときは,取引者・需要者が,そのような「ガスロン」の文字部分に着目し,注意を払うことは十分あり得るというべきである。 これに対し,薬剤名の一部として用いられる1文字ないし2文字のアルファベットは,成分の略号(MS:Methyl Salicylate(サリチル酸メチル)),性質を表す語の略号(L:Long-acting(持続型)),特徴・品質を示す語の略号(A:Absorption(吸収)),イメージを表す語の略号(AQ:Aqua(水のような,透明な)),適用症を示す語の略号(RF:Renal Failure(腎不全用)),適用患者を示す語の略号(P:Pediatric(小児用))等として用いられるものである。「N」についていえば,例えば「夜間用(Night)」,「新しい(New)」,出所(Nihon Shinyaku),「天然(Native)」,成分(NaCl)等,種々の意味で用いられている。「N」が,消化性潰瘍治療剤の商品名として用いられた場合でも,一見したところでは,専門的知識を有する取引者・需要者にとってさえ,どのような意味で用いられているのか容易に判然とするものとは認め難い。 そうすると,引用商標Bのうち,「N」を,全く識別力のない単なる記号とすることはできないとしても,医療用医薬品の取引者・需要者が,比較的容易に意味が推測できる「ガスロン」の文字部分により強く着目することは,十分あり得ることというべきである。 (甲第6号証)。 以上により,「ガスロン」の文字部分は,被告製品が広く知られるに伴い,本件出願当時,同様に広く知られていたと認めることができる。 (2) 同様に,前記のとおり,原告商品名,ひいては本件商標は,「Irsogladine maleate(マレイン酸イルソグラジン)」,「gastric ulcer(胃潰瘍) long-acting(長時間作用)」から来ている。本件商標を,消化性潰瘍治療剤の商品名として用いた場合,医師,薬剤師等専門的知識を有する取引者・需要者が,「ガスロン」が薬剤の適用症・効能の特徴を示す部分であると推測して,特に着目し,注意を払うことも,また十分あり得ることということができる。 本件商標「イルガスロン」が,常に一体不可分なものとして認識されるという原告の主張は,失当である。 4 出所の誤認混同のおそれについて(取消事由4に対する判断) (1) 前記1及び2で認定したとおり,本件出願時,被告商品及び「ガスロン」の文字部分は,取引者・需要者に広く知られるに至っていたこと,本件商標を,消化性潰瘍治療剤の商標として用いるときは,その「ガスロン」の文字部分が,独立して取引者・需要者から認識され得ることに加え,薬剤の開発や市場への導入が,複数会社の共同により行われることが決して珍しくないこと(乙第6号証)を併せ考慮すると,本件商標を消化性潰瘍治療剤の商標として,原告の商品に用いるときは,その商品は先発医薬品を製造販売していた被告の製品である,あるいは,原告と被告とが資本関係ないし協業関係にある,などと取引者・需要者が認識し,いわゆる広義の混同を生じるおそれがあると優に認めることができる。 (2) 原告は,「ガスロンN」と「イルガスロン」とでは,流通段階から薬剤の使用段階に至るまで,およそ誤認混同のおそれはない,と主張し,これに沿う証拠(甲第7号証,第9号証ないし第12号証)を提出する。 しかし,医療過誤や,取引における過誤を防止するために,種々の工夫がなされ,実際には過誤が生じない,ということは,本件で問題となっている広義の混同が生じるおそれがないことを帰結するものではない。同じ消化性潰瘍治療剤の場合,「イルガスロン」の商標を付された商品と,「ガスロンN」のそれとが,現実の医療現場に至るまであくまで別の薬剤として認識され扱われることは(ただし,前記のとおり,実際の原告商品と被告商品の有効成分は同じであり,代替可能である。),それら両商品が,いずれも被告ないし被告と一定の関係を持つ者の製造販売に係るものと取引者・需要者が認識することを,阻害するものではないのである。 5 原告は,周知著名な商標として「ガスコン」があるにも関わらず,引用商標Bが登録されたことをもって,「ガスロン」の文字部分が独立して認識されるものではなく,したがって,本件商標と引用商標Bとで,出所の混同を生じるおそれはない,あるいは,「アロシリトール」と「ロシリトール」,「エスキノン」と「スキノン」等,類似する商標が登録されている例を挙げ,やはり,本件商標と引用商標Bとで,出所の混同を生じるおそれはないと,と主張する。 しかし,ガスコンと被告商品とでは,明らかに効能効果・適用症が異なるし,「アロシリトール」と「ロシリトール」等においても,これらがそれぞれ付される商品同士の競合関係の有無及びその程度は,全く不明である。 (甲第4号証,第5号証,第13号証ないし第24号証) 審決は,本件商標と引用商標Bとが,共に消化性潰瘍治療剤の商標として用いられる場合には,出所の混同を生じるおそれがあるとして,消化性潰瘍治療剤について本件登録を無効としたのであり,本件は,これについての取消訴訟である。 「ガスコン」と「ガスロンN」とで,商標が類似するか,あるいは出所の混同を生じ得るか否かによって,本件の判断が影響を受けることはない。「アロシリトール」と「ロシリトール」等が類似するか,出所の混同を生じ得るか否かについても,同様である。 「セレガスロン」の事案(甲第62号証)では,その出願時は平成2年1月30日であり,その時は,引用商標Bの周知性が本件出願時より低かったため,甲第62号証の審決は,「セレガスロン」の登録を無効と判断しなかったと理解することが可能である(前記のとおり,引用商標Bの周知性は,「マレイン酸イルソグラジン」を有効成分とする消化性潰瘍治療剤の市場占有率ではなく,販売開始当初の広告,その後の相当額の売上実績(すなわち,医療現場での使用実績),論文での紹介等の事実の積み重ねに基づき,生じたものと認定されるべきである。)。本件の参考となるものではない。 6 結論 以上のとおりであるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がないことが明らかであり,その他,審決には取消しの事由となるべき誤りは認められない。そこで,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 山下和明 |
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裁判官 | 設樂隆一 |
裁判官 | 高瀬順久 |