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事件 平成 13年 (ネ) 5322号 商標権侵害差止等請求控訴事件
控訴人 A
訴訟代理人弁護士會田恒司
被控訴人 B
訴訟代理人弁護士三木善續
同 伊原友己
同 加古尊温
同補佐人弁理士 武石靖彦
同 村田紀子
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/04/25
権利種別 商標権
訴訟類型 民事訴訟
主文 本件控訴を棄却する。
控訴人の当審における新請求を棄却する。
当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 控訴人 原判決を取り消す。
(主位的請求) (1) 被控訴人は,別紙標章目録記載1ないし3の各標章並びに「真葛」,「真」,「真葛焼」及び「真 焼」との表示を別紙商品目録記載の商品並びにその容器,包装及び宣伝用カタログに使用し,又は商品,容器若しくは包装にこれらの表示を付した別紙商品目録記載の商品を販売し,若しくは販売のために展示してはならない。
(2) 被控訴人は,別紙標章目録記載1ないし3の各標章並びに「真葛」,「真」,「真葛焼」及び「真 焼」との表示を付したその所持に係る別紙商品目録記載の商品並びにその容器及び包装を廃棄せよ。
(3) 被控訴人は,控訴人に対し,2220万円,及び内468万円に対する平成9年10月1日から,内468万円に対する平成10年10月1日から,内468万円に対する平成11年10月1日から,内468万円に対する平成12年10月1日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 訴訟費用は,第1,2審を通じて被控訴人の負担とする。
(第1次的予備的請求) (1) 被控訴人は,別紙標章目録記載1ないし3の各標章並びに「真葛」,「真」,「真葛焼」及び「真 焼」の標章を別紙商品目録記載の商品又はその容器,包装若しくは宣伝用カタログに使用する場合には,これらの標章と一体化し,かつ,これらの標章の文字フォントサイズのポイント数と同じポイント数のフォントサイズによる,「京都」又はこれと同一性のある文字を表示せよ。
(2) 訴訟費用は,第1,2審を通じて被控訴人の負担とする。
(第2次的予備的請求) (1) 被控訴人は,別紙標章目録記載1ないし3の各標章並びに「真葛」,「真」,「真葛焼」及び「真 焼」の標章を別紙商品目録記載の商品又はその容器,包装若しくは宣伝用カタログに使用する場合には,これらの標章と一体化し,かつ,これらの標章の文字フォントサイズのポイント数の半分以上のポイント数のフォントサイズによる「京都」又はこれと同一性のある文字を表示せよ。
(2) 訴訟費用は,第1,2審を通じて被控訴人の負担とする。
2 被控訴人 主文と同旨
事案の概要
控訴人は,指定商品を旧第19類「台所用品(電気機械器具,手動利器及び手動工具に属するものを除く。),日用品(他の類に属するものを除く。)」とし,「真葛」の文字を縦書きにして成る登録第2593798号の登録商標(平成3年12月13日出願,平成5年10月29日設定登録),及び,指定商品を旧第20類「家具,畳類,建具,屋内装置品(書画及び彫刻を除く。),屋外装置品(他の類に属するものを除く。),記念カップ類,葬祭用具」とし,「真葛」の文字を縦書きにして成る登録第2639377号の登録商標(平成3年12月13日出願,平成5年5月13日設定登録,以下,両登録商標を「本件登録商標」と総称することがある。)の商標権者である(当事者間に争いがない。)。
本件は,被控訴人が陶器に使用する別紙標章目録記載1ないし3の各標章(以下「本件標章」と総称する。)が,本件登録商標に類似しており,控訴人の有する上記各商標権を侵害しているとして,控訴人が,被控訴人に対して,主位的に上記行為の中止等及び損害の賠償を求め,予備的に,本件標章の使用時に混同を防ぐための表示を付加することを求めた事案の控訴審である。
当事者の主張
当事者双方の主張は,次のとおり付加するほか,原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の内容」記載のとおりであるから,これを引用する。
1 当審における控訴人の主張の要点 (1) 先使用権の不存在について (ア) 原判決は,例えば,「同Cらは,少なくとも黙示的には,Dが「真葛」の商標を使用することを許諾していたというべきである。」(原判決19頁16行〜17行),「本件登録商標が登録出願された平成3年12月13日には,本件標章は,既に被告商品を表示するものとして陶磁器類商品の需要者の間に広く認識されていたと認められる。」(同22頁10行〜12行),「平成3年12月13日の時点においては,既に歴代Cの手になる「真葛焼」が制作されなくなって久しかったから,これらの商標(本件標章)は,むしろ先代のDによる昭和8,9年ころの著名な作陶活動から継続して制作活動に勤しんできた被告の茶陶器類等を示すものとして需要者には認識されているというべきである。」(同頁15行〜19行)などと認定し,これらの認定を前提に,被控訴人は,不正競争の目的なく本件標章を使用していたから,同人の本件標章の使用は,商標法32条1項先使用に当たると判断した。しかしながら,原判決は,上記判断の前提となる事実の認定において既に誤っている。
(イ) 控訴人の曾祖父であるE(初代C)が,明治3年に京都から横浜に移住し,横浜の南太田(太田ともいわれている。)に窯を築いて陶芸活動を開始して以来,初代C,控訴人の祖父である2代C,控訴人の父である3代Cの三代(以下「横浜真葛」ということがある。)にわたる陶芸活動により,同人らの製作した陶器は,日本国内はもとより国外においても周知・著名となり,上記陶器には,「真葛」あるいは「真葛焼」の名称が付されていたため,遅くとも明治10年代には,「真葛」あるいは「真葛焼」の標章は,横浜真葛の製作した陶器を表すものとして,日本国内はもとより国外でも周知・著名となり,その周知・著名性は,現在もなお継続している。
控訴人は,「真葛」の文字から成る本件登録商標の商標権者であるのみならず,3代Cの相続人として,5代Cを名乗ることのできる立場にあり(4代Cは,控訴人の叔父Kである。),しかも,現在,製陶活動を行いつつ,真葛窯の復興を目指している者である。
(ウ) これに対して,京都に窯を築いてFと名乗って陶芸活動を行っていたG,H,I,被控訴人と続く系統(以下「京都真葛」という。)においては,昭和初期に至って,I(以下「I」という。)の代に,初めて,「真葛」あるいは「真葛焼」の標章を陶芸活動に使用するようになったものである。仮に,京都真葛と横浜真葛とが親族関係にあるとしても,横浜真葛における歴代のCの「窯」と,被控訴人が受け継いでいる,京都真葛における歴代のFの「窯」とは,「窯」としては全く別のものであり,同じ名称の「窯」が併存することなど,あり得るはずのないことである。また,初代,2代,3代の各C(以下,この3名を「歴代C」ということがある。)が,親族であるからといって,「窯」の異なる京都真葛に,「真葛」あるいは「真葛焼」の標章の使用を許諾するということは,あり得ない。
歴代Cは,上記のとおり,横浜の南太田に窯を設けていたため,製作した陶器は,「真葛焼」あるいは「太田焼」と称されていたのであり,広辞苑(甲第2号証)に,「まくずやき【真葛焼】太田焼(おおたやき)の別称」と記載されているのは,このことを示すものである。
原判決は,「「広辞苑」等を援用する原告の上記主張は採用することができない」(22頁15行〜20行)と認定しており,これは,「広辞苑」の記載内容さえも無視するものであって,到底理解することのできないものである。
(エ) 以上のような事情の下では,被控訴人による,「真葛」,「真葛焼」等から成る本件標章の使用につき,不正競争の目的なくなされたものである,ということはできない。また,京都真葛による本件標章の使用が,本件登録商標の登録出願前に,周知となっていたということもできない。
したがって,被控訴人による本件標章の使用が商標法32条1項先使用に当たるとした原判決の判断は,誤りである。
(2) 出所混同防止表示について 原判決は,控訴人の,商標法32条2項の出所混同防止表示の請求に対して,「被告が本件標章を表示している商品(被告商品)が主に鑑賞用の高価格の陶器類である・・・という特殊性にかんがみると,その取引者及び需要者は,普通に払われる注意力をもってすれば,当該商品に表示された標章(商標)にばかり着目することなく,その商品に現れた作者の能力・作風等から真贋等に注意して購入するのが通常であると考えられる。そして,・・・原告の陶芸経験・能力が必ずしも十分でないことからすると,本件登録商標に係る指定商品の取引者及び需要者において普通に注意力を払えば,本件標章を表示した被告商品と原告が本件登録商標を使用・表示した指定商品との間で,商品の出所に誤認混同を生じることは,まずあり得ないというべきである。」(原判決25頁18行〜26頁1行)と判示し,誤認混同を生じるおそれがないことを理由に,本件登録商標と本件標章とが類似していないと判断した。
しかしながら,本件標章と本件登録商標とは,外観においても,字体が異なるとはいえ,同一性があり,称呼及び観念においては完全に同一である。これらの商標が非類似であるとする余地はない。
被控訴人の陶器は,表千家又は裏千家のお茶の家元の箱書が付けられ,「真葛」あるいは「真葛焼」の標章が付されているからこそ,高価品として売ることができるのである。陶器自体の良し悪しは看者の趣味感によってその多くが左右されるものであるから,被控訴人の窯で造った陶器であっても,お茶の家元の箱書やこれらの標章がなければ,高価品として売ることができるものではない。被控訴人の陶器は,本件標章があってこそ高額で売ることができるのである。
このような状況の下で,本件標章が付されたものと本件登録商標が付されたものとの間に,誤認混同が生じるおそれがないとはいえない。
したがって,控訴人が,被控訴人に対して,商標法32条2項に基づき,本件標章に「京都」又はこれと同一性のある文字を表示して,混同防止のための措置を求めることには,理由がある。
(3) 不正競争防止法に基づく請求について(当審における新請求) 前述したとおり,「真葛」あるいは「真葛焼」の標章は,横浜真葛の製作した陶器を表すものとして,日本国内はもとより国外でも周知・著名となっていたのであるから,3代Cは,被控訴人が本件標章を使用してきていることに対して,不正競争防止法2条1項1号及び2号並びに3条ないし5条に基づく差止請求権及び損害賠償請求権を有していた。上記権利は,財産上の権利であるから相続の対象となり,控訴人は,昭和21年4月12日,3代目Cを家督相続したことにより,上記権利を取得した。
控訴人は,上記各権利に基づき,被控訴人による本件標章の使用の中止等並びに損害の賠償を求める。
2 当審における被控訴人の反論の要点 (1) 先使用権の不存在の主張について 京都真葛は,伝統ある陶芸家の系統であり,また,「真葛」を名乗ったIも,その陶芸活動を継承した被控訴人も,それぞれの作品が世間に高く評価され,今日の名声となっているのであり,京都真葛による本件標章の使用により,世間が京都真葛を歴代Cと誤認したことはなく,したがって,被控訴人の作品が,歴代Cの作品と誤認されたため高く評価されたなどということも全くない。I及び被控訴人は,昭和初期以来,茶道の家元や宗匠方のお好み品に指定されるほどの名品を製作してきており,昭和63年の時点において,横浜真葛の過去の名声を借りなければならないような事情には全くなかった。このような事情の下で,Iも被控訴人も,それぞれの陶芸活動において,控訴人に対する関係ではもとより,横浜真葛の歴代Cに対しても,不正競争の目的など全く持ったことはない。
被控訴人による本件標章の使用が,不正競争の目的でなされたものではないこと,京都真葛の使用に係る本件標章が,本件登録商標の登録出願前に周知となっていたことは,上記のとおりである。被控訴人による本件標章の使用が,商標法32条1項先使用に当たることは,明らかである 被控訴人は,歴代Cの功績を高く評価しており,いささかもそれをないがしろにするつもりはない。被控訴人は,歴代Cと縁続きにある者として,またこれと共通の系譜を持つ「窯」を守る者として,かつて,横浜にCという優れた陶芸家がおり,その者によって「真葛焼」という陶器が焼かれ,数多くの名品が世に出されていたということを広く知ってもらいたいとすら願っている。横浜真葛と京都真葛との著名度の争いをするつもりも,本家論争をするつもりも,毛頭ない。
控訴人の主張は,自分の父祖に当たる歴代Cの業績を持ち出して,その業績・名声があたかも控訴人自身のものであるかのようにいうものであり,このような主張こそが失当なのである。いかに3代Cの子であるからといって,陶芸とは全く無縁の生活を送ってきた控訴人が,横浜大空襲で廃絶に追いやられ,その後長らく歴史に埋没していた窯の名声を,被控訴人を攻撃する道具として,今日において自己のものとして主張することまでが,認められてよかろうはずはない。
(2) 出所混同防止表示について (ア) 陶芸界では全く無名の控訴人が,仮に,陶芸活動を行って自己の作品に「真葛」の標章を付しているとしても,茶道具・美術品の取引の実情に照らせば,現在なお陶芸界・茶陶界で活躍している被控訴人の作品と控訴人の作品との間で,出所の誤認混同のおそれが生じるようなことはあり得ない。原判決が,控訴人の,混同防止表示の付加請求を排斥したことには,十分な理由がある。
(イ) 商標法32条2項は,「当該商標権者又は専用使用権者は,前項の規定により商標の使用をする権利を有する者に対し,その者の業務に係る商品又は役務と自己の業務に係る商品又は役務との混同を防ぐのに適当な表示を付すべきことを請求することができる。」と規定している。しかし,この規定は,先使用権が成立する場合に,先使用者に対し,全く必要性のないにもかかわらず,無条件で機械的に混同防止表示を付加することまでを要求している,と解すべきものではない。
控訴人の請求は,被控訴人の窯名や作品の「真葛」に「京都」の語を付加せよ,ということである。しかし,伝統ある京都真葛の「窯」において,今更,そのような付加ができるものではない。もし,これをするとすれば,被控訴人の被る財産的損失及び陶芸美術的損失は,計り知れないものとなる。一方,控訴人が退職後の慰みに日曜陶芸的に自分で製作した陶器を近所の人等に譲渡するようなことがあるとしても,その場合に,この陶器と被控訴人の陶器とが誤認混同されるようなことはあり得ない。仮に,被控訴人が個展などを開くことがあるとしても,その場合にも,被控訴人の作品が控訴人の作品と誤認されることはあり得ない。
被控訴人の窯名や作品に付すべき本件標章に,更に「京都」の語を付加するなどまでして,歴代Cの横浜真葛と被控訴人を含めた歴代Fの京都真葛とを峻別をする必要性はない。戦前までは,横浜真葛と京都真葛とが,いずれも立派に併存しており,戦後には,京都真葛のみが活躍してきたという経緯があり,この経緯において,陶芸史の上でも実際の取引の上でも,横浜真葛と京都真葛との間で混乱が生じたという事実はないのである。
(3) 不正競争防止法に基づく請求について 控訴人の主張は,すべて争う。
当裁判所の判断
1 はじめに 当裁判所も,被控訴人に対する控訴人の本訴請求は,理由がないものと判断する。その理由は,後記2ないし5を付加するほか,原判決の「第3 当裁判所の判断」(ただし,「3 予備的請求の成否(争点(3))について」の部分(24頁1行〜26頁12行)を除く。)のとおりであるから,これを引用する。
2 控訴人の,先使用権の不存在の主張について (1) 初代Cから3代Cまでの歴代Cの陶芸活動により,それぞれのCの製作した陶器が日本国内はもとより国外でも周知・著名となったこと,上記陶器に「真葛」あるいは「真葛焼」の名称が付されていたことは,当事者間に争いがない。
(2) 証拠(甲第12,13号証,乙第71号証,原審における原告本人尋問の結果,弁論の全趣旨)によれば,次の事実を認めることができる。
(ア) 3代Cは,2代Cから,家業である陶芸を引き継ぎ,横浜の南太田において陶芸活動に従事していた。同人は,昭和20年5月29日の横浜大空襲の折り,被災して家族及び従業員とともども死亡した。
(イ) 戦後,3代Cの弟のKは,4代Cを名乗って横浜真葛の再興を図ったものの,陶芸界から評価されることのないまま,数年で廃業した。
(ウ) 控訴人は,3代Cの家督を相続したものの,陶芸活動には全く携わることなく,技術系の会社員等として生計を立ててきていた。同人は,平成元年ころになって,歴代Cの「窯」を復興しようと思い立ち,自宅に作業場を作り,陶器の製作を始めた。控訴人は,その陶器に「真葛」の表示をしており,知人らで望む者がいればこれを販売することもしている。控訴人の陶器は,陶芸界でなにがしかにせよ評価されるような段階には,至っていない。
(エ) 歴代Cの業績は,死後もなお高い評価を受け,陶芸愛好家の中には,現在も,幻の陶器として収集し,研究する者が少なくない。
(3) 上記認定の事実によれば,本件登録商標は,平成元年に始まった控訴人の陶芸活動によって製作される陶器に対する限度で,出所表示機能を有するものであって,不幸にして戦禍によって断絶した横浜真葛の歴代Cとの関連において出所表示機能を有するものではないものというべきである。
控訴人は,歴代Cの製作した陶器は,日本国内はもとより国外においても周知・著名となり,上記陶器には,「真葛」あるいは「真葛焼」の名称が付されていたため,遅くとも明治10年代には,「真葛」あるいは「真葛焼」の標章は,横浜真葛の製作した陶器を表すものとして,日本国内はもとより国外でも周知・著名となり,その周知・著名性は,現在もなお継続している,控訴人は,「真葛」の文字から成る本件登録商標の商標権者であるのみならず,3代Cの相続人として,5代目Cを名乗ることのできる立場にあり,しかも,現在,製陶活動を行いつつ,真葛窯の復興を目指している者である,と主張する。
歴代Cの製作した陶器が,日本国内はもとより国外においても周知・著名となり,上記陶器には,「真葛」あるいは「真葛焼」の名称が付されていたため,遅くとも明治10年代には,「真葛」あるいは「真葛焼」の標章は,横浜真葛の製作した陶器を表すものとして,日本国内はもとより国外でも周知・著名となり,その周知・著名性は,現在もなお継続していることは,被控訴人も争わないところである。しかしながら,この周知・著名性は,歴代C及びその製作に係る陶器についてのものであって,控訴人ともその制作に係る陶器とも,無縁のものである。控訴人は,3代Cの子ではあっても,同人の陶芸活動にせよその技術にせよ,何ら承継したわけではなく,全く独自に陶芸を始めたというにすぎない。このような立場の者が,ただ3代Cの家督相続人であるということだけで,歴代Cが築き上げた信用,名声を承継し得るものではないことは,いうまでもないことというべきである。
控訴人は,横浜真葛における歴代のCの「窯」と,被控訴人が受け継いでいる,京都真葛における歴代のFの「窯」とは,「窯」としては全く別のものであり,同じ名称の「窯」が併存することはあり得るものではない,と主張する。
しかしながら,前述したとおり,横浜真葛における歴代Cの「窯」は,不幸にして,もはや存在していない。それゆえに,幻の陶器とされ,収集,研究の対象となっているのである。したがって,現時点における問題としては,同じ名称の「窯」の併存を論ずる余地はない。
(4) 証拠(各項目ごとに括弧内に摘示する。)によれば,次の事実が認められる。
(ア) Iは,昭和3年ころから,陶芸活動を開始し,昭和5年には帝展に初入選し,その後,横浜真葛の系統とは異なる京焼の作風を志向して,陶芸家として活躍し,昭和9年ころからは,真葛香斎を名乗るようになった。同人は,昭和10年ころから,茶道具としての陶器の製作を通じて,表千家,裏千家,武者小路千家の知遇を得,その作品が茶道家等の間で愛好されるようになった。
(乙第1,43号証,第29号証の1) (イ) Iは,大正10年商標法の下で,昭和14年9月22日,指定商品を第14類「他類ニ属セサル陶器,磁器,七寶製品,土器,瓦及煉瓦ノ類」とし,「眞」を縦書きに書して成る商標について商標登録出願をし,昭和15年4月5日に設定登録を受け,また,昭和35年2月1日には,昭和35年施行の現行商標法の下で,指定商品を旧分類の第14類「他類に属しない陶器,磁器,七宝製品,土器,瓦及び煉瓦の類」として,縦書きに書した「真葛」の文字を楕円で囲んで成る商標について商標登録出願をし,昭和36年4月1日に設定登録を受けた。
(乙第7,8号証の1,2) (ウ) 被控訴人は,昭和22年6月21日,Iの長女Jと婚姻するとともに,Iの下で陶芸についての修業を積み,昭和44年6月19日に,Iと養子縁組をし,同年11月6日には,Iから上記登録商標を譲り受け,昭和47年春には,Iの名跡を譲り受け,Iと同様に,表千家,裏千家,武者小路千家の知遇を得,その作品が茶道家等の間で愛好される状況の下で,陶芸活動を続けて現在に至っている。
(乙第1号証,第4ないし第6号証,第8号証の1,2,第29号証の1,第43号証) (エ) 被控訴人は,昭和53年,大丸東京店において「真焼茶碗展」を開催し,昭和59年には,日本橋三越本店において個展を開催し,昭和63年には,名古屋三越百貨店において個展を開催し,さらに,同年に大阪でも個展を開催し,平成2年には,札幌市内で個展を開催し,自己の作品を展示した。被控訴人が昭和59年に日本橋三越本店で個展を開催した際には,表千家の家元から,「この度,日本橋三越本店で真焼のF さんが東京で初めての個展を催します。初代の長造釉の他金襴手・祥瑞・乾山写等の作品を出品されるようです。ぜひご覧頂きますよう私からもおすすめします。」という推薦の言葉とともに,日本橋三越美術部の「この度三越本店では,F 先生の東京での初の個展を開催いたします。」などというあいさつの記載された案内状が配布され,昭和63年の名古屋三越百貨店における個展においても,表千家の家元から,「京焼の技法を守り茶道の研鑚にも余念のない真焼・F さんが,名古屋にて展観を開かれると聞きます。時代と共に歩む京焼の伝統がどのように生かされていくか,たのしみにしています。」という推薦の言葉とともに,名古屋三越百貨店の「この度,名古屋三越におきまして京焼の名門真焼・F 先生によります名古屋初の個展を開催させていただく事となりました。」などというあいさつの記載された案内状が配布された。
(甲第32号証,乙第11〜15号証) (5) 被控訴人が,本件登録商標の登録出願前から,茶器等の陶器を製造・販売し,別紙商品目録記載の各商品の底部裏面,並びにその容器である箱及びこれを販売するための広告書籍に,本件標章を表示して販売するなどして使用し,現在に至っていることは,当事者間に争いがない。
(6) 上記(4)及び(5)の事実によれば,被控訴人は,控訴人が陶芸活動を開始するよりはるか前から,京都真葛のIの陶芸活動及び技術を承継して生み出されている作品に本件標章を使用してきているのであって,この使用が,控訴人の陶芸活動に係る作品と無関係であることは,明らかである。控訴人との関係で,不正競争の目的の有無を論ずる余地はない。
同じく上記(4)及び(5)の事実によれば,京都真葛の使用に係る本件標章が,京都真葛の陶芸活動に係る作品を表示するものとして,本件登録商標の登録出願の何十年も前から既に周知となり,この状態は,本件登録商標の登録出願時を越えて,続いていることが,明らかである。
同じく上記(3)及び(4)の事実によれば,被控訴人が控訴人による本件登録商標の登録出願の前後を通じて,継続して,自己の陶芸活動に係る作品について本件標章を使用してきていることも,明らかである。
以上のとおりであるから,被控訴人には,本件標章の使用につき,商標法32条1項にいう先使用権がある,ということができる。
(7) 控訴人は,原判決の説示は,「広辞苑」の記載内容さえも無視するものであって,到底理解することができないものである,と主張する。
しかしながら,原判決は,「広辞苑」及びその他の証拠に基づいて,「平成3年12月13日の時点においては,既に歴代Cの手になる「真葛焼」が制作されなくなって久しかったから,これらの商標(本件標章)は,むしろ先代のDによる昭和8,9年ころの著名な作陶活動から継続して制作活動に勤しんできた被告の茶陶器類等を示すものとして需要者には認識されているというべきである。」(原判決22頁15行〜19行)と認定しているのであって,「広辞苑」の記載内容を無視しているのでないことは,原判決の説示自体から明らかである。
3 出所混同防止表示について (1) 商標法は,32条2項において,「当該商標権者又は専用使用権者は,前項の規定により商標の使用をする権利を有する者に対し,その者の業務に係る商品又は役務と自己の業務に係る商品又は役務との混同を防ぐのに適当な表示を付すべきことを請求することができる。」と規定し,商標権者又は専用使用権者に,先使用権を有する者に対して出所混同防止表示の付加を請求する権利を与えている。
しかし,商標法は,同時に,4条1項10号において,「他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であって,その商品若しくは役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの」については,商標登録を受けることができないことを規定しており,46条1項において,上記10号違反を商標登録の無効事由の一つとしている。
さらに,不正競争防止法は,2条1項1号において,「他人の商品等表示(・・・商標、標章、・・・その他の商品又は営業を表示するものをいう。・・・)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、・・・他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為」を,2号において,「自己の商品等表示として他人の著名な商品等表示と同一若しくは類似のものを使用し、又は・・・輸入する行為」を,不正競争として,周知あるいは著名な商標ないし標章の主体に対し,同法上の保護を与えるものとしている。
これらの規定を総合的にみた場合,商標法32条2項の定める出所混同防止表示の付加を請求する権利は,絶対的なものではなく,先使用者による使用の継続により混同が生じるおそれがあるときであっても,商標登録の前後を通じてみた,先使用者による使用の実態と商標権者による使用の実態との関係に照らして,先使用者に混同を防ぐための表示を行うよう求めることがいかにも不合理であると考えられるときは,先使用者の行うべき「混同を防ぐのに適当な表示」は見いだし難いとして,事実上,否定されることもあり得るものというべきである。
(2) 前述したところによれば,本件標章は,I及び被控訴人の陶芸活動によって生み出された作品に長年使用され,同作品の出所を表示するものとして周知となっており,一方,本件登録商標は,平成元年ころから始まった控訴人の上記認定のささやかな陶芸活動に係る作品について,その出所を表示する機能を有するにすぎないものである,ということができる。
(1)に述べたところを前提に,上記事実をみた場合,本件登録商標が控訴人の陶芸活動に係る作品に使用され,本件標章が被控訴人の陶芸活動に係る作品に使用されることにより,仮に,何らかの混同が生じるとしても,それが控訴人に商標法32条2項が予定しているよう損害を与えるようなものとなるとは考えにくく,上記認定の程度の陶芸活動をしているにすぎない控訴人が,I及び被控訴人の長年にわたる陶芸活動によって周知となっている本件標章に対し,何らかの表示の付加するよう求めることは,いかにも不合理であるということができる。結局,本件においては,「混同を防ぐに適当な表示」は見いだし難く,控訴人には,商標法32条2項の定める出所混同防止表示の付加を請求する権利は認められない,というべきである。
(3) 以上のとおりであるから,被控訴人は,商標法32条2項に基づく表示付加の義務を負うものでない。
4 不正競争防止法等に基づく損害賠償等の請求について 控訴人は,「真葛」あるいは「真葛焼」の標章は,横浜真葛の製作した陶器を表すものとして,日本国内はもとより国外でも周知・著名となっていたのであるから,3代Cは,被控訴人が本件標章を使用してきていることに対して,不正競争防止法2条1項1号及び2号並びに3条ないし5条に基づく差止請求権及び損害賠償請求権を有していた,上記権利は,財産上の権利であるから相続の対象となり,控訴人は,昭和21年4月12日,3代目Cを家督相続したことにより,上記権利を取得した,として,本件標章の使用の中止等並びに損害の賠償を求めている。
しかしながら,本件全証拠によっても,3代Cが,控訴人主張の,不正競争防止法2条1項1号及び2号に基づく差止請求権及び損害賠償請求権を有していたことを認めさせる資料を見出すことができない。
控訴人の主張は,失当である。
結論
以上検討したところによれば,控訴人の本訴請求は,当審における新請求も含めて,いずれも理由がないことが明らかであり,本件控訴も,当審における新請求も,いずれも棄却を免れない。そこで,これらをいずれもを棄却することとし,当審における訴訟費用の負担について,民事訴訟法67条,61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 阿部正幸
裁判官 宍戸充