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関連ワード 包装 /  指定商品 /  周知性 /  不正目的(不正の目的) /  不正競争の目的 /  ただ乗り(フリーライド) /  不使用 /  先使用(32条) /  差止 /  共有 /  使用許諾 /  存続期間 /  更新登録 /  先使用権 /  継続 /  商号 / 
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事件 昭和 55年 (ワ) 2774号
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裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 1984/05/30
権利種別 商標権
訴訟類型 民事訴訟
主文 原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨1 被告は、店頭看板、のれん、包装袋、包装紙、マツチ、宣伝用チラシ、店員用制服、そばつゆとつくり及び領収書中、「麻布永坂更科本店」なる文字の記載部分をいずれも抹消せよ。
2 被告は、そば、うどん、そうめん、ひやむぎ、そばつゆ、うどんつゆ、そうめんつゆ、ひやむぎつゆの商品に、「永坂更科」の標章を使用してはならない。
3 被告は、「株式会社麻布永坂更科本店」の商号を使用してはならない。
4 被告は、東京法務局日本橋出張所昭和二五年一〇月五日受付をもつてした被告の設立登記中、「株式会社麻布永坂更科本店」の商号の抹消登記手続をせよ。
5 訴訟費用は被告の負担とする。
6 仮執行の宜言二 請求の趣旨に対する答弁 主文同旨
当事者の主張
一 請求の原因1 商標権に基づく請求(請求の趣旨1、2項の主位的請求原因)(一) 原告は、訴外Aと次の商標権(以下、「本件商標権」といい、その登録商標を「本件商標」という。)を、存続期間更新登録を経て現に共有している。
登録番号 第三九八六五四号出願日 昭和二五年五月二三日出願公告 昭和二六年一月二〇日登録日 同年五月一七日指定商品 旧商標法施行規則第15条の規定による商品類別四七類そば登録商標の構成 別添商標公報のとおり(二) 被告は、現在そば等の麺類を製造・調理販売するそば屋を営業し、そのそば屋において、その店頭看板、のれん、包装袋、包装紙、マツチ、宣伝用チラシ、
店員用制服、そばつゆとつくり及び領収書中に「麻布永坂更科本店」との表示を使用している。
(三) 被告は、そば、うどん、そうめん、ひやむぎ、そばつゆ、うどんつゆ、そうめんつゆ及びひやむぎつゆの商品の表示としてこれらの容器に、「永坂更科」の標章を使用するおそれがある。
(四) 被告の右(二)(三)の行為は、いずれも本件商標に係る指定商品たる「そば」又はこれに類似する商品に関係する。
(五) 右(二)の「麻布永坂更科本店」との表示はその主要部分が、また、右(三)の「永坂更科」との表示はその全体が、それぞれ本件商標と同一であり、これら表示は本件商標と同一又は類似している。
(六) よつて原告は、本件商標権に基づき、請求の趣旨1、2項記載の判決を求める。
2 商法第19条第20条及び第21条の規定に基づく請求(請求の趣旨3、4項の主位的請求原因)(一) 原告は、昭和三四年一一月一四日、商号を「株式会社永坂更科布屋太兵衛」とし、本店所在地を東京都港区<以下略>(その後同区<以下略>に移転。)とし、目的を(一)飲食店の経営、(二)麺類の加工、(三)前各項に附帯する一切の業務として、設立の登記がされた会社であるが、昭和三五年一一月二五日、合資会社麻布永坂更科総本店(以下「訴外合資会社」という。)を吸収合併し、その権利義務一切を承継した。訴外合資会社は、昭和二四年一〇月一九日、本店所在地を東京都港区<以下略>とし、目的を(一)飲食店、(二)麺類の委託加工、
(三)右に附帯する一切の業務として、設立の登記がされた会社であるが、右吸収合併により、昭和三五年一一月二五日、解散の登記がされた。
一方、被告は、昭和二五年一〇月五日、商号を「株式会社麻布永坂更科本店」とし、本店所在地を東京都港区<以下略>とし、目的を(一)麺類外食券食堂の経営、(二)和洋料理飲食店の経営、(三)食料品の委託加工(但官庁の許可を要するものを除く。)、(四)右に附帯する一切の業務として、設立の登記がされた会社である。
(二) 訴外合資会社の商号と被告の商号とは主要部分たる「麻布永坂更科」の部分が同一であり、また原告の商号と被告の商号とはやはり主要部分たる「永坂更科」の部分が同一であつて、いずれも極めて類似するため判然区別することができないものであり、またいずれの営業もそば屋であつて同一であるから、一般人に訴外合資会社及びこれを引き継いだ原告の営業と被告の営業とを混同誤認させるおそれがある。
(三) 訴外合資会社の商号中の「永坂更科」なる部分は、同社の創立者であるBの祖先Cが寛政元年に創称した表示であり、その表示の下に右Cの郷里たる信州更科のそばを江戸に紹介し、独特の風味を有する純白のそばを特技をもつて加工製造し販売したことが端緒であり、創業当時から将軍家や諸大名の用命を受け、明治以後は現在に至るまで皇室の御用達を受け、また狂歌にうたわれたり、明治維新の頃の風流番附にその名を掲げられたり、更には東京名物百人一首にうたわれたりするなど、その名声は大きく広がつている。このように「永坂更科」の表示は、少なくとも東京都及びその周辺地域においては極めて著名であり、かつてはCないしB家が、訴外合資会社設立後は同会社が、また同会社と原告との合併後は原告が、その名声の維持発展に努めてきた。
ところが、被告は、原告らが右のようにして維持発展に努めた「永坂更科」の名声にただ乗りし、被告の営業を訴外合資会社の営業と誤認混同させる目的で「株式会社麻布永坂更科本店」の商号で設立の登記をし、また被告の営業を訴外合資会社及び原告の営業と誤認混同させる目的で右商号を維持存置させている。
(四) よつて、原告は、(1)被告の商号が、その設立登記の際、既に東京都港区内に本店を置き同一営業を行つていた訴外合資会社の商号と判然区別することができないものであつたから、訴外合資会社は被告に対し商法第19条の規定に基づき商号使用差止等を求める権利を有していたところ、原告が合併によりその権利を承継したから、(2)被告は、不正競争の目的で、登記された訴外合資会社及び原告の商号と類似する商号を使用しているから商法第20条の規定に基づき、(3)被告は、不正の目的で、訴外合資会社及び原告の営業と誤認させる商号を使用しているから商法第21条の規定に基づき、請求の趣旨3、4項記載の判決を求める。
3 不正競争防止法に基づく請求(請求の趣旨1ないし4項の予備的請求原因)(一) 原告は、「永坂更科」の表示を使用して、そば等の麺類の製造及び調理販売の営業を行い、また右の表示を調理販売するそば等の商品の表示として使用しているが、右「永坂更科」の表示は、前2(三)前段記載のとおり、少なくとも東京都内及びその周辺地域においては、かつてはCないしB家の、その後訴外合資会社の、更にその後原告の営業及び商品を表示するものとして一般の人々に広く認識され、その周知性を獲得している。
(二)被告は、前記のとおり昭和二五年一〇月五日設立された株式会社であるが、
「株式会社麻布永坂更科本店」の商号を使用し、また、前記1(二)のとおりそば屋の営業につき「麻布永坂更科本店」の表示を使用し、前記1(三)のとおりそば等の商品に「永坂更科」の表示を使用するおそれがある。
(三)被告の商号である「株式会社麻布永坂更科本店」及び被告が営業の表示として使用する「麻布永坂更科本店」は、いずれもその主要部分である「永坂更科」の部分が原告の右周知表示と同一であるから、これに極めて類似し、また、被告がそば等の商品の表示として使用するおそれのある表示は原告の右周知表示と同一である。
(四)昭和五七年六月、原告がその取引金融機関に対し、自己の普通預金口座から当座預金口座への振替を依頼したところ、右金融機関は、わざわざ被告の当座入金帳を新たに発行したうえ、被告の口座に振替入金をしてしまつたことがある。また、顧客が原告に対し被告と誤つて宴席の予約をし、その後キヤンセルされたことがある。電話や郵便物の間違いは日常茶飯事で枚挙にいとまがない。このように、
被告が原告の表示と極めて類似する商号ないし営業表示を使用していることにより、現に営業上の施設及び営業活動は混同され、営業上の利益が害されているから、今後も営業上の利益が害されるおそれがある。また、被告がそば等の商品について原告の右周知表示と同一のものを使用するならば、原、被告の商品が混同され、今後営業上の利益が害されるおそれがある。
(五)よつて、仮に本件商標権及び商法第19条第20条第21条の各規定に基づく請求が認められないとしても、不正競争防止法第1条第1項第一、第二号の規定に基づき、請求の趣旨1ないし4項記載の判決を求める。
二 請求の原因に対する認否1 請求の原因1(一)(二)(四)の各事実及び同(五)の事実のうち、被告の「麻布永坂更科本店」の表示の主要部分である「永坂更科」が、また、「永坂更科」の表示の全体が、それぞれ本件商標と同一であることは認める。
同1(三)の事実は否認する。
2 請求の原因2(一)の事実は認める。
同2(二)のうち、訴外合資会社の商号と被告の商号とが主要部分たる「麻布永坂更科」の部分において同一であり、原告の商号と被告の商号とが主要部分たる「永坂更科」の部分において同一であること、訴外合資会社、原告及び被告の各営業がそば屋であつて同一であることは認め、その余は否認する。
同2(三)のうち後段の事実は否認する。被告は、昭和三二年一一月一五日、東京地方裁判所昭和三二年(メ)第一一号商標使用禁止並商標侵害による謝罪広告調停事件における調停によつて、原告が吸収合併した訴外合資会社から「麻布永坂更科本店」との表示を商号として使用することを許諾されたものであつて、「永坂更科」の名声にただ乗りし、被告の営業を訴外合資会社及び原告の営業と誤認混同させる等の不正の目的ないし不正競争の目的は全くない。
3 請求の原因3(一)のうち、原告が「永坂更科」の表示を使用してそば等の麺類の製造及び調理販売の営業を行つていること、また原告が右の表示を調理販売するそば等の商品の表示として使用していることは認め、その余は否認する。
同3(二)のうち、被告が昭和二五年一〇月五日設立された株式会社であり、
「株式会社麻布永坂更科本店」の商号を使用していること、また、被告がそば屋を営業するにつき、店頭看板等原告主張のものに「麻布永坂更科本店」の表示を付して使用していることは認め、その余は否認する。
同3(三)のうち、被告の商号及び営業表示の主要部分が原告の表示と同一であること、及び原告において被告が商品の表示として使用するおそれがあると主張する表示が原告の表示と同一であることは認める。
同3(四)の事実は不知。
三 抗弁1 先使用権(一) 請求の原因1に対して 本件商標は昭和二五年五月二三日登録出願されているところ、被告の創立者であるDは、昭和二二年六月以来、本件商標である「永坂更科」を主要部分として含んだ「永坂更科製麺部新開亭」との表示を用いてそば屋の営業を行い、右表示は昭和二五年五月の本件商標登録出願の際には右Dの営業ないしその商品を示すものとして需要者に広く認識されていたものであつて、右Dは、昭和二五年一〇月五日、被告を設立し、被告において右Dから業務とともに右表示の主要部分である「永坂更科」の表示の使用を承継したから、被告には旧商標法(大正一〇年法律第九九号)第9条、商標法施行法第4条、商標法第32条の規定に基づき、本件商標を使用する権利がある。
(二)請求の原因3に対して 訴外合資会社の創立者であるBは、昭和一八年頃から昭和二四年一〇月に訴外合資会社を設立するまでの間営業していなかつたため、「永坂更科」の表示が周知性を獲得したとしても、その時期は訴外合資会社が設立された右昭和二四年一〇月以降であるところ、前記のとおり、Dは昭和二二年六月以来「永坂更科」を主要部分として含む「永坂更科製麺部新開亭」の表示を用いて営業していたのであり、被告は右Dから右表示の使用を含む業務を承継をしたのであるから、被告には不正競争防止法第2条第1項第4号の規定する事由がある。
2 契約に基づく使用権(請求の原因1ないし3に対し) 被告の創立者であるDは、昭和二二年六月一三日、訴外合資会社の創立者であるBとの間で、Dが「永坂更科」を主要部分として含む「麻布永坂更科本店」の表示を使用することをBにおいて許諾する旨の契約を締結した。
右契約により右表示の使用を許諾されたDは、前記のとおり「永坂更科」を主要部分として含む「永坂更科製麺部新開亭」との表示でそば屋の営業を行い、その後昭和二五年一〇月五日、「株式会社麻布永坂更科本店」の商号で被告を設立し、被告において右Dから営業とともに主要部分たる「永坂更科」の表示の使用を承継した。
一方、右Bは、原告主張のとおり、右契約締結後の昭和二四年一〇月一九日、原告の現代表者であるAらと共同して訴外合資会社を設立し、また昭和三四年一一月一四日、同様に原告を設立し、その後原告は訴外合資会社を吸収合併した。
このように、被告は右Dと、原告は右Bとそれぞれ同一視できる会社であるから、被告には、前記契約と基づいて、原告に対し、「永坂更科」の表示を使用する権利がある。
3 調停に基づく使用権(請求の原因1ないし3に対し) 昭和三二年一一月一五日、訴外合資会社ほか一名が原告となり、Eほか一〇名を被告とした東京地方裁判所昭和二七年(ワ)第二一五四号商標使用禁止並商標侵害による謝罪広告請求事件の付調停事件(同庁昭和三二年(メ)第一一号)において、利害関係人として本訴被告が加わり、「原告は利害関係人株式会社麻布永坂科更本店が「麻布永坂更科本店」なる商号を、商号及び商標として無償で使用することを認める。」との内容の調停が成立した。
原告は、原告主張のとおり、昭和三五年一一月二五日、訴外合資会社を吸収合併し、その権利義務一切を承継した。
したがつて、被告は、原告に対し、右調停に基づき、「株式会社麻布永坂更科本店」との商号を、また「麻布永坂更科本店」及び「永坂更科」との表示を使用する権利を有する。
四 抗弁に対する認否1 抗弁1(一)のうち、本件商標の登録出願が昭和二五年五月二三日なされたこと、Dが昭和二五年一〇月五日被告を設立したことは認め、その余の事実は否認する。
同1(二)の事実は否認する。
2 抗弁2のうち、DとBが被告主張の契約を締結したことは否認する。
3 抗弁3のうち、被告が主張する調停事件において被告が主張するような内容の調停が成立したことは認めるが、右調停の効力は否認する。すなわち、「合資会社麻布永坂更科総本店」の商号で既に登記されていた訴外合資会社が、自己の商号と判然区別することができない「株式会社麻布永坂更科本店」の商号で後に登記された被告に対し、その商号の使用を認める旨の合意は、強行法規である商法第19条の規定に反し無効であり、また、右調停時に施行されていた旧商標法の規定では、
商標権者が自己以外の者に商標を使用させることは認められていなかつたから、訴外合資会社が被告に対し自己の商標の使用を許諾する旨の合意は無効である。したがつて、「麻布永坂更科本店」との表示を商号及び商標として使用することを許諾した右調停条項は全体として無効であり、抗弁3は主張自体失当である。
五 再抗弁(抗弁3に対し)1 被告は、右調停の成立した昭和三二年一一月一五日以降二二年間以上にわたり、「麻布永坂更科本店」なる表示を使用しなかった。
したがつて、商法第30条、商標法第19条第2項但書の規定に照らし、被告が右表示を使用する権利は失効した。
2 原告は被告に対し、昭和五五年一月二四日、被告が「麻布永坂更科本店」なる表示を長期間にわたつて使用しなかつたことを理由として、前記調停条項の合意を解除する旨の意思表示をし、右解除の意思表示は同月二五日被告に到達した。
六 再抗弁に対する認否再抗弁1の事実は否認する。
同2の事実は認める。
証拠関係(省略)
理 由一 先づ、請求の原因2について判断する。
1 商法第19条の規定に基づく請求について 請求の原因2(一)の事実は当事者間に争いがない。
原告は、原告が訴外合資会社を吸収合併したからその権利義務一切を承継し、訴外合資会社が被告に対し有していた商号使用差止等を求める権利をも承継している旨主張する。
しかしながら、商法第19条の規定は、商号が商人の営業活動上の信用を表彰するものとして重要であるところから、当該商号を使用する商人を、そして商人の営業を識別し、それに信頼をおいて取引する一般公衆を保護するため、現に登記されている商号に、同一市町村内において同一営業の範囲で排斥力を認めたものであるから、仮に同一市町村内において同一営業の範囲内で同一又は類似の商号が後に登記され、既登記商号権者にいつたんは使用差止等請求権が発生したとしても、右請求権を根拠づける既登記商号が廃止又は類似の程度を超えて変更された場合には、
右請求権は消滅するものと解される。したがつて、本件において、訴外合資会社が原告に吸収合併され、「合資会社麻布永坂総本店」との商号が存在しなくなつた時点でこの商号に基づく商号使用差止等を求める権利もまた消滅し、原告が訴外合資会社から右権利を承継することはありえないというべきである。
また、当事者間に争いのない事実によれば、原告は昭和三四年一一月一四日商号を「株式会社永坂更科布屋太兵衛」として設立されたものであり、一方被告は昭和二五年一〇月五日商号を「株式会社麻布永坂更科本店」として設立されているものであつて、原告の商号は被告の商号より後に登記されたものであるから、原告は自己の商号を根拠として被告商号の使用差止等を求めることはできない。
右のとおり、訴外合資会社の商号及び原告の商号を根拠とした商法第19条の規定による請求はいずれも理由がない。
2 商法第20条及び第21条の規定に基づく請求について 昭和三二年一一月一五日、原告が本訴訴外合資会社ほか一名、被告がEほか一〇名の当庁昭和二七年(ワ)第二一五四号商標使用禁止並商標侵害による謝罪広告請求事件の付調停事件(当庁昭和三二年(メ)第一一号)において、本訴被告が利害関係人として加わり、「原告は利害関係人株式会社麻布永坂更科本店が、「麻布永坂更科本店」なる商号を、商号及び商標として無償で使用することを認める。」との内容の調停が成立したことは当事者間に争いがなく、また、前記のとおり、原告が訴外合資会社を吸収合併し、その権利義務一切を承継したことも当事者間に争いがない。これら争いのない事実によると、被告は訴外合資会社の使用許諾に基づきその商号を使用しているのであるから、訴外合資会社の権利義務を承継した原告との関係において、商号使用につき「不正の目的」ないし「不正競争の目的」がないことは明らかである。したがつて、その余について判断するまでもなく、原告の商法第20条及び第21条の規定に基づく請求は理由がない。
二 そこで、請求の原因1及び3に対する関係で、抗弁3及び再抗弁について判断する。
1 前記のとおり、訴外合資会社及び被告らの間で、昭和三二年一一月一五日、訴外合資会社は、被告が「麻布永坂更科本店」の商号商号及び商標として無償で使用することを認める旨の調停が成立したこと、及び原告が訴外合資会社を吸収合併し、その権利義務の一切を承継したことは当事者間に争いがなく、右事実によれば、被告は、右調停における合意により訴外合資会社に対し、「麻布永坂更科本店」との表示を商号及び商標として使用する権原を有し、この権原を原告に対抗することができることが明らかである。そして、右調停における合意の趣旨からして、被告が右表示を営業表示として使用することもまた右権原内に含まれるものと解すべきである。
2 原告は、被告の商号は訴外合資会社の商号に極めて類似しており、このような類似商号の併存を認めた調停条項は、類似商号の登記を禁止した強行法規たる商法第19条の規定に反し無効である旨主張する。
しかしながら、商法第19条は、登記官に対し、同一市町村内における同一営業のための同一商号及び判然区別することができない商号を登記することを禁じた登記法上の効力とともに、誤つて同一商号又は判然区別することができない商号の登記申請が受理されたとき、既登記商号権者において右後登記の抹消等を請求することができるという私法上の効力をも併せ認めた規定であると解せられるところ、既登記商号権者が有する私法上の商号抹消等請求権を行使するか否かは全く自由であるから、本件において、前記調停条項における訴外合資会社の被告に対する商号使用許諾も右私法上の商号抹消等請求権の放棄と解されるのであつて、右調停条項が商法第19条の規定に違反し無効となるものでないことは明らかである。
3 原告は、旧商標法の規定の下では、商標権者が自己以外の者に商標の使用を許諾することは認められておらず、また、商標としての使用と商号としての使用は分離することができないから、本件調停条項は全体として無効である旨主張する。
しかしながら、いずれも成立に争いのない甲第一号証、乙第一、第二号証及び弁論の全趣旨によると、昭和二二年六月一三日、
後に被告を創立したDと後に本件商標権者となる訴外合資会社を創立したBとの間でDを甲とし、Bを乙として、「乙ハ甲ノ経営スル新開亭ニ於テ昭和二二年六月一日ヨリ営業ニ従事シ、甲ハ之ニ対シ毎月二五日迄ニ金一千円也ヲ支払フコト」、
「甲ハ乙ニ於テ新開亭ニテ営業ニ従事スル間ハ麻布永坂更科本店ノ商号ヲ使用シテ麺類ノ調理販売業ヲ経営スルモノトス」、「乙ガ独立営業ヲ為スニ至リタルトキハ甲ハ其ノ麺類ノ調理販売業ヲ継続スルコトヲ得麻布永坂更科本店ノ商号ヲ用フルコトヲ得」、「乙ハ麻布永坂更科総本店ナル商号ヲ用フルモノトス」との条項を含む合意が成立し、これを公正証書としたこと、右Dは、右合意に基づき、そのころから「永坂更科製麺部新開亭」の表示を使用して来たこと、Bは、昭和二四年一〇月一九日訴外合資会社を設立して独立し、その商号を右合意に則し「合資会社麻布永坂更科総本店」とし、Dは昭和二五年一〇月五日従前の営業を株式会社組織とするため被告を設立し、その商号を右合意に則し「株式会社麻布永坂更科本店」とし(訴外合資会社及び被告の設立に関する事実は当事者間に争いがない。)、両者とも麺類の製造販売業を継続していたことが認められ、前記調停は、右に認定した合意の成立とその履行状況、とくに本件商標登録出願前からDにおいて「永坂更科」との表示を含む「永坂更科製麺部新開亭」の表示を使用していた事実を前提に成立したことが明らかであつて、このような場合は旧商標法第9条の規定の趣旨に照らし、商標権者が自己以外の者に対し商標の使用を許諾することは現行商標法の下におけると同様有効と解されるから、原告の右主張は失当である。
4 再抗弁について 再抗弁1、2は、いずれも被告による商号及び商標の不使用の事実を前提とするところ、被告がその設立以来今日まで「株式会社麻布永坂更科本店」との商号の下で存続していることは原告の認めて争わないところであり、成立に争いのない甲第八号証及び官公署作成部分について当事者間に争いがなくこの事実からその余の部分も真正に作成されたものと認められる乙第五、第六号証並びに証人Fの証言を総合すると、被告は、前記調停成立後現在に至るまで営業を継続していたことが認められ、右事実によれば、被告が「麻布永坂更科本店」との表示を商号の主要な部分もしくは営業表示として使用していたことは明らかであり、また、商標として使用していたことを推認することができるから、再抗弁1、2はいずれもその前提を欠き、失当であるといわざるを得ない。
5 以上のとおり、請求の原因1及び3に対する関係で抗弁3は理由があり、再抗弁事実はこれを認めることができないから、右各請求の原因に基づく請求はいずれにせよ失当といわざるをえない。
三 結論 よつて、原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、
訴訟費用の負担につき民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
裁判官 牧野利秋
裁判官 野崎悦宏
裁判官 一宮和夫