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関連ワード 指定商品 /  公序良俗(4条1項7号) /  商標権の移転 /  存続期間 /  更新登録 /  継続 /  商号 / 
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事件 平成 17年 (ワ) 10923号 商標権移転登録抹消登録手続請求事件
東京都品川区(以下略)
原告A
同訴訟代理人弁護士長尾憲治 埼玉県川越市(以下略)
被告日 油技研工業株式会社
同訴訟代理人弁護士丸島俊介
同 登坂真人
同 木下信行
同 児玉晃一
同 寺町東子
同 伊藤方一
同 香川美里
同 高橋俊彦
同 西田美樹
同 田口博章
同 上條弘次
同 井村華子
同 太田晃弘
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2006/10/27
権利種別 商標権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
全容
2第1請求被告は原告に対し,別紙商標権目録記載の登録商標につき,別紙登録目録記載の移転登録の抹消登録手続をせよ。
第2事案の概要等1争いのない事実(1)当事者等ア産機興業株式会社(以下「産機興業」という。)は,昭和36年12月に設立された,電気工事用機械工具類の販売,建設用機械器具及び建設資材の販売等を目的とする株式会社である。
原告は,産機興業の設立以来産機興業の代表取締役社長である。
,イ被告は,工業薬品,農業薬品,医薬品の製造,電設関係諸機械器具の製造等を目的とする株式会社である。
(2)本件商標権原告は,平成13年8月20日ころ当時,別紙商標権目録記載の商標権(以下「本件商標権」といい,同商標権に係る登録商標を「本件商標」という。)を有していたが,当時の本件商標権の指定商品の区分は第9類で,指定商品は「産業機械器具,動力機械器具(電動機を除く)風水力機械器具,事務用機械器具(電子応用機械器具に属するものを除く)その他の機械器具で他の類に属しないもの,これらの部品及び附属品(他の類に属するものを除く)機械要素,但しかいばおけ,養鶏用かご,印刷または製本機械器具,緩衝器,ばね,管継ぎ手,パツキングおよびガスケツトを除く」であった。
(3)本件商標権の移転原告は,平成13年8月20日ころ,被告との間で,本件商標権を被告に無償で譲渡するとの合意をし(以下「本件譲渡契約」という。),同年9月18日,別紙登録目録記載のとおり,本件商標権を原告から被告に移転する旨の登録がされた(以下「本件移転登録」という。)。
3(4)産機興業は,平成13年7月16日,2回目の手形不渡りを出して倒産し,その後任意整理が行われていたが,被告は,平成15年8月20日,東京地方裁判所に産機興業に対する破産申立てをした。産機興業は,同年9月19日,同裁判所から破産決定を受けた(同裁判所平成15年(フ)第15675号)。
(5)指定商品の変更被告は,平成13年11月20日,本件商標権の商品及び役務の区分等の書換登録を申請し,平成14年10月16日,本件商標権の商品及び役務の区分を「第7類」に,指定商品を別紙商標権目録記載のとおりに,それぞれ書き換える旨の登録がされた。
2事案の概要本件は,原告が,被告に対し,本件譲渡契約が公序良俗違反により無効であり又は詐欺により取り消した旨主張して,移転登録抹消手続を請求する事案である。
3本件の争点(1)本件譲渡契約が公序良俗に反する無効なものか否か(2)本件譲渡契約が被告の詐欺によるものか否か第3争点に関する当事者の主張1争点(1)(本件譲渡契約が公序良俗に反する無効なものか否か)について〔原告の主張〕被告は,本件商標が機械工具等販売の業界において著名であることに着目し,倒産した産機興業の在庫を廉価で買い取り,従業員を引き継ぎ,商標を継続して使用すれば,新たに営業所等を設置して販路を開拓する費用及び時間を節約でき,新商品を容易に販売することができる等の経営上の利点があると考え,またこの方法によって利益を上げることができると確信した。
被告は,この確信に基づいて,原告が当時経済的,精神的及び肉体的に困窮4し,倒産の経験を欠いているために判断能力を失っており,しかもB税理士(以下「B税理士」という。)が産機興業の任意整理において独断専行している状況に乗じて,事前に譲渡を承諾していない原告に対し,真実は実行する意思がないのに,本件商標権の譲渡と引換えに,産機興業の従業員の3分の2に相当する約35名の引受け等を行う旨を申し向け,本件譲渡契約を締結した。
なお,本件譲渡契約と産機興業の在庫商品等の譲渡契約とは,経済的に不可分である。
本件譲渡契約は,原告に何ら利益がなく,自己の権利を一方的に失うだけである一方,被告において不当に利益を得る内容のものであって,極めて不公平である。なお,被告は,産機興業から,本来は1億3000万円程度である在庫品等を1000万円で買い受けており,産機興業の破産管財人から同売買について否認権を行使する訴訟が提起されている。被告は,産機興業から在庫商品等を買い受けた直後ころ,これを評価して約1億3000万円の評価額を付け,その旨の計算書を作成している。また,被告は,この買受け後間もなく,買い受けた在庫商品等のうちから相模螺子工業株式会社に対し,部品を代金500万円で売却しているから,被告はこの部品を除く在庫商品等をわずか代金500万円で買い受けたのと等しい結果を得たものである。
以上のとおり,被告は,原告が困窮し,正常な判断ができない状況に乗じて,原告に甘言を用いて無償の本件譲渡契約を締結したから,本件譲渡契約は公序良俗に反し,無効である。
〔被告の主張〕本件譲渡契約は公序良俗に反しない。その理由は次のとおりである。
(1)被告は,原告に対し,産機興業の従業員50名の約3分の2に相当する35名くらいを産機興業と同一の就業条件で引き受けて採用するとは約束していない。被告は,原告に対し,新たに設立する会社で,産機興業の元従業員から新会社の事業規模に見合う人数を採用するよう取り計らうと約束した5のみであって,産機興業の従業員のうち19名程度を新会社で引き受ける旨を話し合っていたにすぎない。被告は,本件譲渡契約後,株式会社カクタスを設立し,同社において産機興業の元従業員を雇用した。
(2)被告は,在庫商品を適正な価額で買い取るとの約束をしていない。被告は,産機興業から在庫商品等の一部を代金1000万円で譲り受けたが,その評価額は1億3000万円くらいではなかった。
産機興業は,平成13年7月16日に2回目の手形不渡を出して倒産した後,従業員の未払給与,従業員の失業後の再雇用,在庫商品等の処理,従前の取引先のアフターケア等の種々の問題を抱えており,これらの問題の解決を支援する支援先を探していた。
被告は永年の取引先であった産機興業から,在庫商品等の買取りを依頼されたので,原告の立会いの下で,産機興業の担当者と協議した。その結果,在庫商品の一部等について,これが倒産会社の在庫商品の整理処分であることにかんがみて,被告が代金1000万円で引き取ること,被告において産機興業の取扱商品を扱う新会社を設立し,この新会社で産機興業の元役員及び元従業員の一部を雇用するとともに,産機興業の従前の取引先のアフターケアを行うこと,並びに被告が本件商標権を譲り受けることを合意した。その後,産機興業は,この在庫商品等の売却代金から,従業員の未払給与を支払った。
(3)産機興業の倒産後,原告本人は,しばらくの間,体調不良を理由に療養していたが,同社の当時の取締役営業部長であったC(以下「C」という。)は,この間,被告担当者との協議を行い,その結果,覚書(甲3)記載の内容で合意をすることで話がまとまり,平成13年8月20日ころ,被告の社内で,被告の担当者の外,原告と産機興業の当時の常務取締役であったD(以下「D」という。)及びCが一同に会して,同覚書を締結することになった。
6ところが,当日になって原告が印鑑を忘れたたため,被告が用意した印鑑を使用し,原告自身が署名及び押印した。
被告の当時の常務取締役であったE(以下「E」という。)は,この署名及び押印の際,原告に対し,本件商標権の譲渡の趣旨を説明したところ,原告は譲渡を快諾した。
(4)産機興業の任意整理中の債権者集会で,原告自身が債権者らに対し,株式会社カクタスが産機興業の元従業員を雇用し,産機興業の在庫商品の一部を引き受けてその事業を開始した旨等を報告しており,原告は本件商標権及び在庫商品の譲渡について何ら異議を述べなかった。
(5)原告は本件商標権の更新登録手続を怠っていたが,被告は,平成13年8月22日,特許庁に対して登録料30万2000円を納付して,更新登録手続を行い,かつ移転登録手続をした。この更新登録手続等についても,原告は何ら異議を述べなかった。
2争点(2)(本件譲渡契約が被告の詐欺によるものか否か)について〔原告の主張〕(1)産機興業が倒産した平成13年7月当時,原告は個人の資産のほとんどを産機興業に提供し,かつ産機興業の資金繰りに奔走していたが,体調を崩し,従業員の生活確保を心配して極度に疲労困憊していた。
そこで,Eは,同年8月ころ,原告の上記状況に乗じ,Cを介して,原告に対し,実行する意思もないのに,「本件商標権を無償譲渡してほしい。それができるならば,従業員50名の約3分の2に相当する35名くらいを産機興業と同一の就業条件で引き受けて採用する。産機興業の営業所の人員と場所を引き継ぐ。また,在庫商品は評価の上,適正な価額で買い取り,代金を支払う。売掛金債権は全額放棄する。」旨の虚偽の申出をなし,原告にその旨誤信させた。
その結果,原告は本件譲渡契約に係る意思表示をしたものであって,被告7の上記行為は原告に対する詐欺に当たる。
原告は,平成17年9月6日,本件第1回口頭弁論期日において,被告に対し,上記意思表示を取り消すとの意思表示をした。
(2)被告の主張について原告は,産機興業の在庫商品等の売却の交渉に立ち会ったことはないし,被告の役員その他から本件商標権の譲受けの申出を受けたことも,譲渡の交渉をしたこともない。
産機興業は,平成13年7月16日の倒産以降,倒産対応に熟達した人物として紹介されたB税理士に任意整理の手続を主導させており,原告はその個人財産を産機興業のためにほとんど投げうち,また精神的及び肉体的に困窮し,心房細動のため自宅で療養して,産機興業には出社していなかった。
原告の出社しない産機興業の社内では,同社のD等が対応に苦慮しており,他方同社の当時の取締役であったCは同社のために個人で借入れを行っていた。
Eは,このような窮地にあるCに,前記(1)のとおり申出をしたところ,Cは,窮地を脱すべく,原告に対して本件商標権を譲渡するよう要請したが,原告はこの要請に応じなかった。
C及びDは,平成13年8月,原告に対し,倒産前に世話になった取引先に挨拶に行って欲しいと頼み,同人らとともに被告の池袋支店に赴いた。原告は,この際,Cから印鑑を持参して欲しいと頼まれたが,同人の依頼を無視して印鑑を持参しなかった。
ところが,原告は被告の池袋支店の一室で,被告の取締役のEないしFから,覚書に押印するよう求められ,Cも,原告に対し,同社の従業員を助けるため覚書に押印するよう再三懇願した。
原告は,本件商標権を無償で譲渡することを全く予想していなかったのでいったん沈黙し,印鑑を持参していないとの理由で押印を拒絶した。
8しかし,再度Cから泣きつかれ,他方,被告の担当者が「A」の印鑑を準備した。原告は,被告のEらや産機興業のCらに取り囲まれ,心臓病が突発したらどうしようかと不安に駆られて,やむなく覚書に署名押印した。
なお,原告は,譲渡証書(乙2の2)に押印したことはない。
〔被告の主張〕被告は,原告に対し,産機興業の従業員を何名採用するとか,引き受けた従業員の給与水準を産機興業の給与水準どおりとするとか,在庫商品を適正な価額で買い取るとか,売掛金債権を全額放棄するとの約束をしなかった。
被告の担当者の行為は,原告に対する詐欺に当たらない。その理由は前記1〔被告の主張〕と同様である。
第4当裁判所の判断1前記第2の1の事実及び証拠によれば,以下の事実が認められる。
(1)産機興業は,従前,本件商標を付した電気工事用機械工具類(電設工具類)の製造及び販売を主たる業務として営業活動を行い,平成13年7月ころには,東京の本店の外,札幌,仙台,名古屋,大阪及び福岡にそれぞれ営業所を有し,合計43名の従業員を抱え,年商約14億円を上げるに至っていた。
ところが,産機興業は,当時の資源活用の風潮に乗って焼却炉(ゴミ焼却タイル化プラント)の製造販売を始めたところ,製品の納入先の自治体の方針の変更等のため,資金繰りに窮するようになり,平成13年7月,2回目の手形不渡りを出して倒産するに至った。
なお,産機興業は倒産当時,その傘下に,協力会社(下請会社)として,カクタス精機株式会社,有限会社アサヒ鉄工及び相模螺子株式会社の3社を擁していた(甲11〔1,3頁,資料第1〕,16)。
(2)前記(1)の倒産後,産機興業のC(当時は取締役営業部長)は,取引先の関係者を介して,G(以下「G」という。)及びB税理士の紹介を受けた。
9産機興業は,その後の平成13年7月14日ころ,B税理士との間で税理士顧問契約を締結し,同税理士は,同月20日ころ以降,産機興業の私的整理の処理を事実上取り仕切るようになった(甲10,11〔4,5頁〕,弁論の全趣旨)。
(3)被告は,従前,約40年にわたり産機興業との間で温度管理用示温材等の取引を行っており,原告は特に被告の温度管理用示温材について特約店であり,また溶接剤「テイカウエルド」について総発売元であった。
被告は,このように従前から産機興業の取引先であったので,前記(1)の倒産に先立つ平成13年3月ころ,産機興業から手形を発行して融資を受けたい旨の申し出を受けた。被告は,この申し出を拒絶したが,その後,被告は産機興業に対して,支払条件の変更に応じたり,手形の支払期限を先に延ばす等して支援してきた。しかし,産機興業は最終的には前記(1)のとおり倒産し,倒産時に被告が産機興業に対して有していた債権は5600万円余であった(乙7)。
(4)被告は,産機興業の温度管理用示温材等の販路が消滅すると自己の営業にも支障が生じるため,産機興業の販路を保存できないかと考えていたので,被告の当時の担当者であったE(当時は常務取締役)において,前記(1)の倒産直後である平成13年7月16日ころ,産機興業のD(当時は常務取締役)と,被告が出資して電設工具類等の販売会社を設立し,設立された会社が産機興業の販路を引き継ぐこと等を協議した。
協議の結果,EとD及びCとの間で,同月18日ころ,@被告が全額出資して新会社を設立し,同社において産機興業が従前行っていた電設工具(カクタス油圧電動工具),温度管理用示温材及び溶接剤等の販売を行うが,産機興業が従前行っていた環境事業(焼却炉の製造及び販売)は行わないこと,A同新会社は産機興業の営業所のうち東京(本店),名古屋及び大阪のみを引き継ぐこと,B主として産機興業の元従業員から同新会社の従業10員を雇用すること等を確認した。その際,Eが被告において産機興業の用いているカクタスの商標(本件商標)がなければ新会社の設立は難しい旨述べたところ,D及びCは,本件商標権の譲渡について確認した。
Eらは,その後,産機興業の取引先,協力会社及び従業員と協議し,@被告が産機興業の協力会社であるカクタス精機株式会社,有限会社アサヒ鉄工に対し,資金面の協力をすること,取引先の松下電工株式会社に対しては取引継続のための保証金を提供し,取引先の日立金属工業株式会社及び相模螺子工業株式会社に対して取引条件等の面で協力を約束することにより,産機興業の取引先の一部を引き継ぐ新会社との取引に関して各社から協力を得られること,A産機興業の主要取引先からは,新会社において本件商標の使用を継続してほしい旨の要望があったこと,B産機興業の各営業所の元従業員の新会社に対する協力を得られることを確認した。
Eらは,同月19日,産機興業の営業所を訪れ,B税理士,D及びCらと面談を行い,B税理士らとの間で,@産機興業を任意整理で処理すること,A被告が全額出資して新会社を設立し,産機興業の事業の一部を承継し,新会社においてはカクタス油圧電動工具の販売を中心として営業を行うこと,B被告が本件商標権を譲り受けることを改めて確認した。
さらに同月21日及び30日も,同様に産機興業の任意整理及び新会社の設立についての協議を行った。
その後,被告が産機興業から引き継ぐ営業所に,札幌及び九州(福岡)の営業所が加えられた(乙7)。
(5)他方,被告では,平成13年7月30日ころ,本件商標権について調査したところ,商標権者が原告であることを発見し,それが産機興業であるとの従前の認識が誤りであったことが判明した。
そこで,Eらが産機興業の担当者に確認したところ,同担当者から,産機興業では,費用の節約の観点から,本件商標権につきいったん同年3月に存11続期間を満了させ,産機興業において同一の商標の登録出願をする予定であった旨の回答を得た。
Eは,弁理士と相談した上で,Cに対し,存続期間満了後の猶予期間(6か月)内に本件商標権の権利存続の手続をし,その後に原告から被告が本件商標権の譲渡を受けたいので,原告の了解を取るよう依頼し,かつ本件商標権の譲渡に係る覚書を準備した(乙7)。
(6)EらがCとの間で平成13年7月30日に行った打合せでは,本件商標権に関し,@もともと原告が商標権者であるが,平成13年3月に産機興業へ権利を移転する申請をしており,現時点で誰が商標権者となるか分からないこと,A仮に本件商標権の譲渡を受けなくても,本件商標を付した旧カクタス商品と同等の品質である旨の商品PRを行うことによって,新会社において工具類を販売できるが,本件商標が使用できるに越したことはないこと,B新会社の商号を「株式会社カクタス」とすれば営業上の問題を相当程度解決できるであろうこと,C商品のうち手動式のケーブルカッターには刃の部分に「CACTUS」の標章が付されており,顧客から同標章が付された刃を指定して注文がされることがあるので,本件商標権の譲渡を受ければ,市場での混乱を回避できること等が検討された。
また,この打合せでは,東京の本店に加えて,大阪,名古屋及び九州に新会社の営業所を設け,さらにテクニカルセンターを設けて,19名程度の従業員を雇用することが検討されたほか,CからEに対し,新会社では産機興業よりも少ない人数で営業を行うので,効率的な営業が要請され,従前の顧客の多い地区に本店を開設してほしいとの要望があった(甲11〔資料第1〕)。
(7)Eは,平成13年8月16日,被告が設立する新会社の設立計画の概要がまとまったとして,関係者を招集して被告の川越工場の会議室で会議を開き,産機興業の倒産の経緯,新会社の設立及び設立後の営業の計画の概要,12債権者集会の動向予測並びに本件商標権の取扱い等について協議がされた(甲11〔資料第2〕)。
(8)その後,原告,D及びCが被告の営業所を平成13年8月20日に訪れることになり,EはCらとの間で,この訪問の際に本件商標権の譲渡に係る覚書を締結することを決め,原告の印鑑を持参するよう指示した。
ところが,同日,上記訪問の直前になって,Cから被告の担当者にあてて,原告が印鑑を持参していない旨の電話連絡があり,被告では原告の姓である「A」の印鑑を準備した(甲11,乙7)。
原告は,前同日,D及びCを伴って池袋の被告の営業所(営業本部)を訪問し,対応したEらに対し,産機興業の倒産の件で迷惑をかけていることにつき謝罪し,産機興業の任意整理について説明を行った。Eは,これに引き続いて原告らに対し,被告が出資して新会社を設立することや,新会社の事業計画及び原告から商標権の譲渡を受ける必要性について説明し,原告に対し,「商標権譲渡に関する覚書」と題する書類(甲3)を差し出して,同書類に押印し,本件商標権の譲渡に応じてほしい旨を申し出た。
原告は,Eらの説得により,Eらに対し,産機興業と被告との間の協議の結果に賛同し,本件商標権の譲渡に応じる旨回答して,上記覚書に自ら署名し,かつ被告が用意した印鑑を使用してこれに押印した。
さらに,原告は,この際,商標権存続期間更新登録申請書(乙1の1),商標権移転登録申請書(乙2の1)及び譲渡証書(乙2の2)にもそれぞれ同様に押印した(乙7)。
上記「商標権譲渡に関する覚書」には,概ね次のとおりの内容の約定がある(甲3)。
ア(1項)原告は,被告に対し,本件商標権を無償で譲渡し,かつ更新登録手続及び商標権移転登録手続を行う。
イ(2項)被告は,本件商標が付された商品を販売する新会社を設立す13る。
ウ(3項)被告は,産機興業を退職した従業員のうち事業規模程度の人員が新会社に採用されるよう取り計らう。
エ(4項)被告は,産機興業の協力会社との従前からの取引を継続する。
オ(5項)被告は,2項の新会社が本件商標を付した商品を円滑に取引先等に供給するよう取り計らう。
カ(6項)本件商標権の譲渡は,産機興業株式会社の従業員の雇用や協力会社の営業の確保に資するものである(以下略)。
(9)産機興業では,平成13年8月22日,第1回目の債権者集会が行われたが,この債権者集会に,産機興業側では原告,D,C,B税理士のほか,顧問であるH弁護士(以下「H弁護士」という。)らが出席し,債権者側では,80社の各担当者が出席した。
この債権者集会では,まず原告が倒産した件を謝罪し,B税理士が産機興業の現状について説明を行った。
その後,B税理士等と債権者との間で質疑応答がされたが,この質疑応答の中で,D等から,@産機興業が開発した電線端末自動処理装置TAC及びTAFが不良在庫となり,かつ近年売上げ及び利益が減少してきていること,A利益等の減少の状況を打開するために進出した焼却灰残さタイル化プラント等の環境事業で失敗し,群馬県群馬郡群馬町(以下「群馬町」という。)で保管してあるタイル化実証プラントに経費がかかっているが,他方でこれを廃棄するにも多額の費用がかかること,B簿価にして4億円超の在庫商品があるが,実際には商品価値がないものが多いこと,C従業員の未払給与,退職金及び税金等の債務が2億円程度あることが説明された。
なお,産機興業は前記(1)の倒産の直前に,複数の取引先に対し救済融資を依頼していたところ,この質疑応答の中で,産機興業の協力企業であるカクタス精機株式会社の担当者から,産機興業から決済資金の不足を理由に送14金を依頼されたので,同年7月2日に産機興業に対し1700万円を振り込んで貸し付けたが,この貸付金債権が一般の債権者の債権と同列になるのは納得がいかないと不満が述べられた(乙4)。
(10)E及びF等は,平成13年8月24日,産機興業を訪れ,B税理士らと新会社設立に関して協議を行った。この際,B税理士はEに対し,被告が産機興業の本件商標が付された商品を引き継ぐ代わりに産機興業が被告に対してした債権譲渡を撤回すること及び被告が産機興業の在庫品を一括して買い取ること等を提案した(乙7)。
(11)被告では,平成13年8月27日,当時の被告のI社長のほか,E,J次長及び産機興業の代表者が出席して,「株式会社カクタス創業キックオフミーティング」と称する会議を開き,新会社の設立計画の概要や営業の在り方等が協議された(甲11〔資料第3〕)。
(12)EらとB税理士らは,その後,産機興業の在庫商品等の譲渡の件について協議を行い,その結果,産機興業と被告とは,平成13年9月12日,概ね次のとおりの内容で合意した(以下「本件在庫商品等譲渡合意」という。
乙3)。
1条(営業用財産の譲渡)産機興業は,被告に対し,代金1000万円で,産機興業の在庫商品,原料,在庫仕掛品,什器及び備品等や特許権及び出願中の特許発明に係る特許を受ける権利を一括して譲渡する。
2条(物件の引渡し,移転登録等)(略)ウ3条(譲渡代金の支払)被告は,産機興業に対し,平成13年9月13日限り,1条の譲渡代金を支払う。
4条(債権譲渡の解除)産機興業は,被告との間で,産機興業が被告に対してした,産機興業の15丸共電気株式会社等9社に対する各売掛代金の債権譲渡を合意解除する。
被告は,産機興業が丸共電気株式会社等から債務の弁済を受けることに異議を述べない。
5条(抵当権設定の解除)産機興業は,被告との間でした,長野県茅野市所在の家屋に対する根抵当権設定契約を合意解除し,被告は原告に対し,同根抵当権設定登記の抹消登記手続を行う。
6条(譲渡の趣旨)本件在庫商品等譲渡合意の趣旨は,被告が新会社を設立して産機興業の在庫商品等を同新会社に提供し,新会社において産機興業の元従業員の雇用確保及び関連協力会社の営業の確保に資することにあり,譲渡代金は産機興業の従業員に対する未払賃金等の支払に充てられる(以下略)。
(13)平成13年9月4日,新会社株式会社カクタスが設立され,新会社において産機興業の元従業員から19名を採用して雇用した(甲13,乙7)。
(14)平成13年9月28日,B税理士は産機興業の監査役に就任し,他方,D及びCは,その後産機興業の取締役を辞任した(甲2,乙5)。
,(15)産機興業では,平成14年2月6日,B税理士が司会をして第2回債権者集会が開かれた。この債権者集会には,産機興業側では原告のほか,H弁護士,B税理士,D,C及びK取締役経理部長(ただし,D,C及びKは当時産機興業の取締役を退任していた。)が出席した(乙5)。
アB税理士は,この債権者集会で,事前に準備したレジュメ(乙5)等を出席した債権者に配布し,これに基づいて次のとおり産機興業の現状及び任意整理の進行について説明を行った。
(ア)a第1回債権者集会当時(平成13年8月22日当時)は,産機興業において新会社を設立し,新会社において既に産機興業が販売した商品のメンテナンス等を中心に営業活動を行う計画を検討していたが,16経済情勢が厳しかった上,営業所を閉鎖すること等の問題を乗り越えることが困難で,立案の段階で難航していた。
bそのような中,大口債権者である被告から,原告が個人で有している本件商標権の無償で譲り受けることを前提に,産機興業の従業員の3分の2程度を引き受けてもよいこと並びに産機興業の従来の取引先に販売した商品のメンテナンス及びアフターケア等を行ってもよいことを提案された。
そこで,産機興業では,原告や他の役員とB税理士とが相談した上で,被告の提案に応じることに決め,被告の提示した条件の大部分を受け入れることとし,被告から在庫商品や特許権等の譲渡代金として約1000万円を受け取り,原告は被告に対し自らが保有していた本件商標権を無償で譲渡した。
なお,被告から受領した代金約1000万円は,従業員の未払給与の支払に充てた。
(イ)第1回債権者集会の当時に従業員の未払給与が1500万円程度,未払退職金が1億8000万円程度それぞれあったが,三田労働基準監督署及び従業員数名と協議し,退職金についてはその一部を従業員に支払った。すなわち,従業員の未払給与1650万円及び退職金の内金1655万円等の合計1億3247万円の支払をした。
なお,労働基準監督署から,従業員の退職金の一部の立替制度利用の認定を受けており,現在3500万円ないし4000万円程度の立替えを受けられるよう調整中である。しかし,立替えを受けても後に求償を受ける可能性がある。
(ウ)保有する不動産は担保割れとなっている状況にあり,むしろ伊勢原工場では在留物の撤去費用がかかる。
(エ)第1回債権者集会当時に帳簿上計上されていた売掛代金約1億481780万円の中には,回収不能なものや二重に計上されていたものがあり,精査の結果,代金の額は約1億1739万円であることが分かった。またその一部は取引先6社に債権譲渡されていたが,その後の調整の結果,債権譲受人との間で,合計6000万円以上の代金につき債権譲渡を合意解除した。
(オ)群馬町で保管している焼却炉残さタイル化実証プラントは,2億円以上の開発費等をかけて製作したものであったが,保管に必要な借地料及び倉庫代として月額15万円(ただし減額後のもの。従前は月額45万円であった。)が必要である。このプラントを売却できれば売却代金1000万円ないし3000万円程度が債権者に対する配当の原資となるが,売却できなければ撤去費用として1000万円程度が必要である。
(カ)a従業員の未払給与1650万円及び退職金の内金1655万円等の合計1億3247万円の支払をした一方,収入としては,売掛残金等で約1億3379万円があったのみで,収支は約132万円の黒字であった。
b債権者に対する配当の原資として2000万円を予定している。
イ他方,この債権者集会において,債権者から出された本件商標権の譲渡に関する質問につき,原告は,「『カクタス』という商標は私個人が所有していました関係上,当時日油技研鰍ウんと打合せ相談の上,当社の従業員3分の2程再雇用として引き取っていただき,業務も引き続き行ってくださるとのことで,私としまして何しろ従業員の再雇用の件で大変苦慮しておりました時なので商標権を無償で譲渡という条件で,移譲承諾いたしました。」と回答した。このように,原告は,もともと原告が一個人として本件商標権を保有していたが,産機興業の従業員の就職先について困っていたところ,被告が産機興業の従業員3分の2程度を引き受け,産機興業の業務を継続するとの申し出をしたことを受けて,被告に対し本件商標18権を無償で譲渡したことを明らかにした。
(16)産機興業は,平成14年6月23日,有限会社応用科学技術研究所に対し,群馬町で保管中の焼却炉残さタイル化プラント一式を,代金1500万円で売り渡した(甲12の10)。
(17)原告は,平成14年10月10日ころ,産機興業の代表者として,B税理士に対し,産機興業との間の信頼関係が失われたとして税理士顧問契約を解除する旨を通知し,B税理士が保管している産機興業名義の預金通帳,キャッシュカード及び印鑑等の一切を同月15日までに返還することを求め,かつ産機興業の監査役を辞任するよう求めた(甲12の3)。
これに対し,B税理士は,同月15日ころ,原告に対し,「回答書」と題する内容証明郵便を送り,過去2回の債権者集会で取り決めた事項を無視する原告とは同調して税理士業務を遂行できないので,H弁護士が辞任した同年9月末日に既に自己も税理士顧問契約を終了させているはずであるが,残務処理だけは行う意思がある旨,未だ監査役としての職務が完了していないため,任期満了時に産機興業の監査役を辞任する予定である旨及び産機興業名義の預金通帳等の引渡しは,準備ができ次第,必ず行う旨等を通知した(甲12の4)。
原告は,同年11月8日,産機興業の代表者として,B税理士に対し,「再度催告通知書」と題する書面を送り,また,同月25日,ファクシミリで「再催告通知書」と題する書面を送信して,保管している産機興業の金員等を早急に返還するよう求めた(甲12の5,6)。
B税理士は,その後の同年12月19日,産機興業の監査役を解任された(甲2)。
さらに,産機興業は,平成15年4月23日ころ,B税理士に対し,B税理士が保管していた産機興業名義の預金及び群馬町の焼却炉残さタイル化プラントの売買代金の一部に相当する預り金合計約4625万円並びにこれに19対する遅延損害金の支払を請求するとともに,B税理士が保管中の産機興業の総勘定元帳等の引渡しを請求する訴えを,東京地方裁判所に提起した(甲12の1)。
(18)産機興業の任意整理は,原告とB税理士らが対立し,混乱した状況になったので,被告は,平成15年8月,東京地方裁判所に対し,産機興業の破産を申し立てた(乙7)。
そこで,同裁判所は,同年9月19日,産機興業に対し,破産決定をし,L弁護士を破産管財人に選任した(乙6)。
その後,同破産管財人は,被告に対し,本件在庫商品等譲渡合意について否認権を行使する訴訟を提起したが,その後に和解した(当庁平成16年(ワ)第15694号事件,弁論の全趣旨)。
(19)原告は,平成15年12月ころ,被告及び被告の親会社である株式会社日本油脂に対し,それぞれ書面を送り,本件商標権を返還して欲しい旨要求した(甲8,9)。
2争点(1)(本件譲渡契約が公序良俗に反する無効なものか否か)について(1)公序良俗違反に関する原告の主張は,要するに,産機興業の倒産直後の原告及びCらの窮状に乗じてされた本件譲渡契約は公序良俗に違反するというものであると解される。
しかしながら,前記1(4),(6)及び(7)のとおり,原告及びC等の産機興業の役員らは,未経験の事態の発生に右往左往しながら,倒産後の従業員の雇用の確保及び協力会社の営業の継続等に心を砕いていたところ,被告が従業員の再雇用等につながる提案をし,新会社において本件商標が必要であったことから,原告は,この提案に応じ,本件譲渡契約を締結したものである。
本件商標権は,産機興業の創立以来の代表者である原告が,同社の営業に使用する目的で個人として保有していたものの,対外的には同社の商標として使用され,同社の営業を引き継ぐ者があれば,その営業に必要なものであっ20た。原告は,倒産会社の代表者として一種の道義的責任をとって本件商標権を譲渡したものと評価し得る。被告が譲渡後に設立した新会社では産機興業の元従業員の約44パーセントが採用され,電設工具類等に係る従前の取引関係が維持されており,本件商標権の譲渡によって原告が確保しようとした事柄の相当程度が実現されている。なお,本件譲渡契約においては本件商標権が無償で譲渡されているが,当時本件商標は倒産会社で使用されていた商標であって,これに係る権利が,会社の経営が健全な時期に設定される価格より相当程度低額で譲渡されることもあり得るものであるし,従業員の再雇用等の他の条件と併せてみれば,本件譲渡契約が無償でなされたことをもって,公序良俗違反ということはできない。
(2)他方,原告は,被告が産機興業から本来は1億3000万円程度の価値のある在庫商品を1000万円で買い受けており,その後に買い受けた在庫商品の一部を500万円で売却しているから,被告はその余の在庫商品を500万円で買い受けたに等しいなどと主張する。
確かに,前記1(12)及び(18)のとおり,被告は,平成13年9月12日,産機興業から同社の在庫商品や什器・備品及び特許権等を代金1000万円で買い受け,破産宣告後に産機興業の破産管財人が被告に対してこの譲渡につき否認権を行使する訴訟を提起して,その後に和解したものである。また,Cの陳述書(甲15)添付の資料第1号証によれば,被告の担当者が,産機興業の在庫商品につき,平成13年8月28日の時点では8838万円強,同年9月30日の時点では1億994万円強の評価をしていたことが認められる。
しかしながら,そもそも,本件商標権の譲渡契約と産機興業の在庫商品の譲渡契約とが不可分一体のものとまではいえないから,仮に後者が暴利行為に当たり得るとしても,前者が公序良俗違反となるものではない。また,本件商標権の譲渡は,被告が譲り受け,新会社の営業においてする取引を十全21ならしめるためのものであると推認できるところ,前記のとおり原告の本件商標権の譲渡には,倒産会社の代表者としての道義的責任を果たし,かつ可及的に同社の従業員の再就職先を確保し,下請け企業の営業の継続を確保する点に主眼があることにかんがみれば,仮に被告が産機興業から譲り受けた在庫商品の対価が低額であるとしても,直ちに本件商標権の譲渡が公序良俗違反となるわけではない。
そして,目的物の譲渡価格の設定は,譲渡当事者間において本来自由に決定できる事柄であるところ,産機興業が当時倒産しており,不良在庫を抱えていたことにかんがみると,産機興業から被告に譲渡された在庫商品等の価格が不適正であったことを認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。
(3)そうすると,本件譲渡契約が公序良俗に違反するということはできないから,公序良俗違反に係る原告の主張は失当である。
3争点(2)(本件譲渡契約が被告の詐欺によるものか否か)について(1)原告は,被告の当時の常務取締役であったEにおいて,原告ないし産機興業の役員であったC等に対し,本件商標権の無償譲渡の条件として,産機興業において設立する新会社において産機興業の元従業員50名の約3分の2に相当する35名くらいを産機興業と同一の就業条件で引き受けて採用すること,産機興業の営業所の人員及び場所をすべて引き継ぐこと,産機興業に対する売掛金債権を全額放棄することなど虚偽の申出をした旨主張するが,本件全証拠によっても,上記事実を認めるに足りない。
(2)従業員の再雇用についてア原告が提出した株式会社日本油脂宛の書面(甲9)中には,上記のうち,産機興業の元従業員の再雇用の件につき,原告主張に沿った部分があるが,原告の要求を記したものにすぎず,その中の一部の記載をもって上記各主張事実の証拠とはなり難い。
イまた,Cの陳述書(甲11〔6,7頁〕)中には,「産機興業の事業の22関係,債権債務の関係は,A社長に代ってB税理士が,自らこれに当っておりましたが,実際に,誰とどのような交渉等をしていたのか,私は殆ど知りません。B税理士は,会社に従来からいた担当者と打ち合せ等を殆どしたことがないからです。B税理士は,そんな打ち合せ等しないで,どんどん独断で整理をしていったのであります。(中略)倒産直後の頃から,日油技研の営業担当者は,倒産後の状況等を見に来ており,B税理士が,兎に角全権を握って会社財産の処分をしているのを見ていたのだろうと思います。日油技研では営業担当者以外の者も足繁くB税理士を訪ね,色々打合せをしておりました。」との部分等があり,産機興業の任意整理においてB税理士が独断専行していたことを強調し,かつ本件商標権の譲渡の話が浮上してから初めて同人に相談がされるようになった旨が記載されている。
しかし,そもそもCは当時産機興業の取締役営業部長という要職にあって本来産機興業の営業全体を見るべき立場にあったところ,被告の設立する新会社の営業にとって,産機興業の販路を維持するため,産機興業の元従業員をどの程度採用し,営業所等をどの程度引き継ぐか等は,新会社の立上げの成否に関わる重要な事項である。しかも,新会社設立に関係する甲第11号証に添付の資料のうち平成13年7月30日付の被告の会議議事録では,B税理士ではなくCのみが産機興業側の出席者として記載されており,かつその内容も相当詳細かつ具体的なものである。
また,Cの陳述書(甲14〔8頁〕)中には,平成13年7月下旬ころのこととして,「当時話が決まった訳ではありませんが,日油技研がB税理士と話し合って全在庫を譲り受け,営業所,従業員も引き継いで営業を続けていくという,誠に従業員にとっては願ってもない再就職の案が日油技研側から示され,私自身は非常に前途に明るい光をみていた訳です。」との部分があり,仮にこの部分に従えば,平成13年7月下旬ころでは産23機興業の従業員の引受け等の件につき被告側と合意の条件が全然確定していなかったことになるが,その後直ちに産機興業の全従業員の約3分の2を採用すること等が決まるのは,極めて不自然というべきである。
そうすると,当時においていかにB税理士が産機興業の任意整理を取り仕切っていたとしても,本件商標権の譲渡の話が浮上するまでCがほとんど任意整理の進行に関わっていなかったというのは不自然であって,Cの上記各陳述書(甲11,14)中の原告主張に沿った部分は信用できない。
ウなお,前記1(15)イ認定のとおり,原告は第2回債権者集会において,被告が産機興業の元従業員の3分の2程度を新会社で採用すると申し出てくれたから本件商標権を無償で譲渡した旨発言しているが(なお,原告の陳述書(甲16〔16,17頁〕)中には,第2回債権者集会議事録(乙5)はB税理士が自分に累が及ばないように勝手に書いたものであって,原告は同議事録中にあるような発言をしていない旨の部分があるが,同議事録は詳細かつ具体的な内容のものであって,原告の発言部分の前後の流れも自然なものであるから,上記原告陳述書の該当部分は信用できない。),この時点は被告が新会社を設立してから約5か月も後のことであって,このころには新会社が採用する産機興業の元従業員の人数も概ね確定していたと推認できるところ,前記1(4)及び(6)認定のとおり,既に6か月以上前の平成14年7月30日の時点で被告が設立する新会社の営業規模が産機興業の営業規模よりも相当程度小さくなることが予定されており,新会社が雇用する産機興業の元従業員の人数も19名程度になることが被告の関係者とCらとの間で協議されていたものであったから,上記第2回債権者集会の当時には,新会社において雇用する産機興業の元従業員の人数が産機興業の従業員全体の3分の2程度にならないことは,既に明らかになっていたと推認できる。そして,上記第2回債権者集会の当時,原告が被告に対し,本件譲渡契約につき異議を述べたり,その効力を争っ24たり,又は契約解除をした事実は本件全証拠によっても認められない。そうすると,原告のかかる発言は原告の誤解に基づくものであったといわざるを得ず,他にE等の被告の担当者において,原告ないし産機興業の担当者に対し,産機興業の元従業員の約3分の2を採用する旨の発言をした事実を認めるに足りる証拠はない。
エなお,前記1(4),(6),(7)ないし(12)認定のとおり,産機興業では倒産直後から従業員の雇用確保,未払賃金等の支払及び協力会社(下請会社)の営業継続が実現できるよう,D及びCにおいて種々奔走し,その結果,被告の当時の常務取締役であったEらとの間で,被告が新会社を設立して従業員を引き受ける計画につき協議するに至ったものであるが,被告がかかる計画を立案するに至ったのは,同1(4)認定のとおり,被告の特約店であり,かつ一部の商品については総発売元であった産機興業が既に開拓していた販路を確保し,産機興業の倒産により自己の商品の販売に支障が生じることを回避することが第1の目的であったものであるし,また同1(6)認定のとおり,EとCとの間で平成13年7月30日に行われた打合せでは,被告が設立する新会社が産機興業から引き継ぐ営業所はその一部であり,かつ産機興業の元従業員から採用するのは19名程度に止まることが協議されていたものである。
また,同1(8)認定のとおり,「商標権譲渡に関する覚書」では,本件商標権の譲渡の趣旨として,産機興業の従業員の雇用及び協力会社の営業の確保に資することが明記されている一方(6項),産機興業の元従業員のうち事業規模程度の人員が被告の設立する新会社に雇用されるよう被告において配慮する義務が定められているのみで(3項),新会社が雇用する元従業員の人数は明記されていないし,採用される人員の規模も新会社の事業規模に必要な限度に止まっているものである。
そして,同1(1)認定のとおり,そもそも産機興業は新たな事業である25焼却炉残さタイル化プラント等の環境事業の展開に失敗して倒産するに至ったものであるところ,同1(4)認定のとおり,EらはCらとの間で,産機興業の営業のうち,焼却炉残さタイル化プラント等の環境事業は新会社において産機興業から引き継がない旨を合意し,他方,同1(6)認定のとおり,Cにおいて新会社では産機興業より少ない人数で営業活動を行う旨発言しているから,被告が設立する新会社の営業の規模は,被告が新会社設立の提案をした当初から産機興業の営業の規模よりも相当程度小さくなることが予定され,したがって,新会社に必要な従業員の数も相当程度減員されることが当初から予定されていたものである。なお,被告が設立した新会社株式会社カクタスにおいて産機興業の元従業員から採用した従業員は,19名と産機興業の元従業員全体の約44パーセントに当たり,産機興業の元従業員全体の人数(43名)からは相当程度減少しているものの,決して少なくはない。
そうすると,本件譲渡契約の時点では,被告において採用する産機興業の元従業員の人数は未だ確定しておらず,E等の被告の担当者が産機興業側に提案したのは,新会社の営業(事業規模)に必要な,相当程度の人数として,少なくとも19名程度を元従業員から採用するというものであったと認められ,採用の条件として産機興業と同一の就業条件にすることや,営業所の人員をすべて引き継ぐこと等が提案された事実はなかったというべきである。
(3)営業所の引継ぎについて前記1(6)認定のとおり,被告の当時の常務取締役であったEらが産機興業のCらと平成13年7月30日の時点で協議していたのは,産機興業の営業所のうち,東京の本店と大阪,名古屋及び九州の営業所並びにテクニカルセンターを,被告の設立する新会社において引き継ぐことであって,その後に札幌の営業所が引き継ぐべき営業所に加えられたものであった。しかし,26本件全証拠によっても,新会社が産機興業の全営業所を引き継ぐことや引継ぎの対象から除外されている仙台の営業所の引継ぎの件について,産機興業の担当者と被告の担当者との間で協議がされた事実は認められず,被告の担当者において産機興業の担当者に対し,新会社が産機興業の全営業所を引き継ぐ旨の提案をした事実は認められない。
(4)売掛金債権の放棄について被告の担当者において産機興業の担当者に対し産機興業に対する売掛金債権を全額放棄するとの提案をしたという事実については,本件全証拠によっても認めるに足りない。
被告が産機興業の倒産当時産機興業に対して有する売掛代金債権等の合計額が5600万円余と多額であり,これを放棄すれば他の債権者に与える影響は大きいし,在庫商品等を比較的低額で譲渡したことを正当化する大きな論拠となり得るから,かかる提案があったとすれば,配当が主たる関心であった少なくとも第2回の債権者集会で,上記提案につき何らかの言及があったはずである。しかし,第1回債権者集会はもちろん,第2回債権者集会においても,上記提案につき何らの言及もないから,被告の担当者において上記提案をした事実は証拠上認めることができないというべきである。
(5)在庫商品譲渡の対価について本件全証拠によっても,被告のF等の担当者において,原告ないし産機興業の担当者に対し,産機興業の在庫商品を評価の上,適正な価額で買い取ることを本件商標権の譲渡の条件として申し出た事実を認めるに足りない。
そして,本件商標権の譲渡と産機興業の在庫商品の譲渡とは,もともと権利者も契約当事者も異なる,別個の契約なのであって,仮に後者の譲渡の対価の設定が結果的に適正ではなかったとしても,そのことの一事をもって直ちに前者の譲渡において欺罔行為がされたことにはならない。
なお,仮にかかる申し出がされたとしても,それは当然の事柄にすぎない27上,目的物の譲渡価格の設定は,譲渡当事者間において本来自由に決定できる事柄であるところ,産機興業が当時倒産しており,不良在庫を抱えていたことにかんがみると,産機興業から被告に譲渡された在庫商品等の価格が適正ではなかったことを認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。
(6)小括以上のとおり,本件譲渡契約について被告の担当者による欺罔行為を認めるに足りる証拠はなく,本件譲渡契約に係る原告の意思表示は被告の詐欺によるものとはいえない。
4結論以上の次第で,原告の請求には理由がないから,原告の本件請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
追加
高部眞規子裁判長裁判官中島基至裁判官田邉実裁判官28(別紙)商標権目録登録番号第0891948号登録年月日昭和46年3月8日商品の区分第7類指定商品金属加工機械器具,鉱山機械器具,土木機械器具,荷役機械器具,化学機械器具,繊維機械器具,プラスチック加工機械器具,ゴム製品製造機械器具,動力機械器具(陸上の乗物用のものを除く。),陸上の乗物用の動力機械の部品,風水力機械器具,修繕用機械器具,廃棄物圧縮装置,廃棄物破砕装置,動力伝導装置(機械要素)(陸上の乗物用のものを除く。)商標29(別紙)登録目録順位番号(付記)2番登録原因本権の移転受付年月日平成13年8月23日受付番号009094登録権利者埼玉県川越市(以下略)日油技研工業株式会社